少年、領主の元でわがままを

マスター:狐野径

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/05/31 12:00
完成日
2016/06/05 19:12

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●民の噂
 グラズヘイム王国のとある町。
 領主ウィリアム・クリシスの愛らしく、文武両道の跡取り息子ニコラス・クリシスが死んで五年ほど経つ。
 魔法公害がひどく、魔法生物や雑魔が発生し、領主の館をおそったという事件だった。
 ニコラスは死に、その母親も娘イノア・クリシスをかばって死んだ。
 町の人はそう聞いている。ウィリアムの発表であり、エクラ教会も貴族仲間も誰もがそうだと信じている。
 いや、疑う者もいるかもしれないが、確固たる情報はない。
 一つあるとすれば、ニコラスの死体を領主は見せなかったこと。
 祭祀を司った者は領主の思いをくんで無理強いはしなかった。魔法生物は酸を発していたし、愛らしい子の無惨な死体をさらしたくはないと思ったのだろうから、と。
 そして、今、再び奇妙な噂が立った。
 ――若君の死体が出たらしい。
 ――白骨だったって。五年も経てばさすがにねぇ。
 ――あのとき、歪虚がいたという話がある。
 ――死体がなかったってことだよね?
 ――だって、歪虚が絡んでいるっていったら、若君の死体持って行かれて……。
 ――でも、白骨死体が……。
 それでも、平穏なのは、領主が魔法公害を起こさないように努力し、誰もが望んだ結果だったから。

●少年戻る
「ただいま! エクエス、エクエスいる?」
 拠点としている屋敷に戻ったプエル(kz0127)は、眉をひそめる。出かけた先の話をしたかったのだが相方はいなかった。
 テーブルの上にはプエルが残した書き置きと、出かけるときにはなかった大きなトランクと地図がある。
「……へぇ、ここに今あいついるんだ……」
 プエルはトランクを開けて服を眺める。
「うわ、この洋服、レチタティーヴォ様みたい!」
 楽しそうに鏡の前に立つ。写るのは戦いからかえって汚れているプエルだ。
「洋服が汚れちゃう。どうしよう、お風呂、一人で入れるけれど、入れられないんだよね」
 水でもいいが悩む。
「あいつのところにいって入れてもらおう」
 プエルは服の入ったトランクを手に、地図に記された町に向かった。

●邂逅
 プエルは地図のある町にやってきた、負傷しているワイバーンは山に隠して。
「うわあ、夕焼けだ、きれいだなぁ」
 丘の上から見下ろす。一本の木の横に立って、夕焼け色に染まる町を。

 ジクリ。

 胸の奥が奇妙にうずいた。
「……あれ? 気持ち悪いや。そうだ、お風呂!」
 丘を駆け下りる。
 大きな屋敷があるが無人のようだ。
「うーん。入ってみよう」
 家具がなくがらんとした広い屋敷だ。所々直した後も見受けられ、住めそうである。
「……ここなら、町も近いし、マテリアル補給もしやすいな」
 楽しそうに見て回る。
 二階の一室に入ってプエルは驚いた。そこだけ家具があるからだった。
「変なの」

 ジクリ。

 プエルはベッドのそばに荷物を置いて、窓を開ける。
「うわあ、いい眺めだ」
 プエルはしばらく眺めて窓を閉じた。
 マントを外し、ブーツを脱いで、ベッドにあがる。
「ふう……レチタティーヴォ様」
 鞄から人形を取り出す。
「しばらくここに……ん?」
 プエルはナイフを抜くと扉に向かった。
 扉が開いた瞬間、ナイフを突き出す。
「くっ!?」
「人間、大きな声を出すな」
「……ニコラス?」
「違う、余は憂悦孤唱プエル!」
 ナイフを突きつけられている男ウィリアムは呆然とプエルを見つめる。
(ニコラス!? ……いや、目の色は違うし……しかし……あの日、奴の細剣に刺されて死んで……)
 ウィリアムはプエルから目を離せない。
「……殺さないでくれ」
「なら、余の言うことを聞くか?」
「ああ」
「なら、風呂を入れてくれるかな?」
「それならば」
 歪虚としては可愛らしい頼みにウィリアムは微笑む。
(……これは……どういう意味だろう。先日出た白骨死体は何だったんだ? これは似ているが人形?)
 ウィリアムはこの部屋にある浴室に向かう。家具こそあるが湯はわかして持ってこないといけないだろう。
「時間がかかるが良いかな?」
「うん、ちゃんと入れてくれるなら」
 プエルはベッドの上でくつろいでいる。
(……歪虚なら滅ぼさないといけない。しかし、これがニコラスならば、少し、少しだけ一緒にいたい……)
 ソサエティに駆け込むという選択肢は消えた。

●乙女の不安
 先日助けてくれたハンターたち。
 かつて兄ニコラスの護衛についていた青年が、歪虚となっていたと知った日。
「……ジョルジュがエクエスと言う名に」
 ハンターズソサエティで情報を集めた。その結果、何も行動ができなくなった。
「兄がこのプエルという歪虚である可能性は五分五分なのよね」
 エクエス自身が情報提供を求めてきたくらいだ。
「魔法生物に殺されたのは母だけ……兄はレチタティーヴォに殺された……と父は見ている。でも、その前後を誰も見ていない」
 父や率いている兵たちも目の前の魔法生物への対応で精いっぱいだった。
 イノアはあの日を思い出す、兄の最期の言葉を。
『僕のせい? なら、僕がここから離れれば、こいつらは』
 ニコラスは短剣を手に居間から飛び出した。
『ニコラス、どこに行くのです』
『ニコラス様っ!』
 母やジョルジュ、それ以外に使用人たちの声が響く。
 その直後、大きなミミズのような魔法生物がテラスを壊して侵入してきた。
 イノアの記憶はここで途絶える。母親にかばわれて意識を失ったからだった。
 思い出したくもない記憶。
「目を背けたいけれども……そんなことをすれば足元をすくわれる」
 助けてくれたハンターの中に、東方から来た役人である大江 紅葉(kz0163)もいた。彼女は傷が重かったため、クリシス家に一時滞在させた。姉がいればこんな感じだといいなというのを感じ、できれば帰ってほしくはなかった。
 悩むイノアを察し、手紙をいつでもよこしてほしいと告げ、何かあればハンターに頼めと助言する。
「……お父様は何か隠しているわ。骨は埋葬したのに、旧屋敷に入り浸っている。お菓子をたくさん持って行って、空の籠を持って朝に帰ってくる……」
 イノアはいろいろなパターンを考える。
「食事ならまだわかりやすいけれどお菓子だけなのよね」
 町でクリシス家に関する噂も流れている。悪意はないようだが政敵が知れば介入される可能性がある。
 イノアはソサエティに向かう、ハンターに頼むために。
「父の素行調査……なんか変よね」
 クスッと笑ったが、直後表情を殺した。
 途中に新しい店を見つける。仕立屋だ。
「あら? あれは……五年前にもあったわね。店長って言う人が、兄をべた褒めしてたのよ」
 性質はどうであれ服を作る腕は一流だった。
「旅して回っているのね……」
 イノアの胸は懐かしい思いでいっぱいになった。そして、ソサエティ支部の扉を開く、父の素行を調べてもらうために。

リプレイ本文

●事件
 イノア・クリシスの執務室でハンターは話を聞く。
「お菓子を持って旧屋敷に入り浸って、童心に返ってストレス発散……?」
 レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が漏らした言葉にイノアは苦笑する。
「それだといいんですが、あの屋敷は兄の部屋以外家具は置いていません」
「今頃になって見つかった白骨ってのも気になる」
 レイオスにハンターはうなずくが、イノアの表情が硬直する。
「ま、待ってください、それをどこで?」
「町で普通に噂として広まっていたぞ?」
 クリスティン・ガフ(ka1090)が告げる。
「……漏れているのですね」
「なら聞くが、実際はどういう状況かってェことだ。善政を敷く領主の変貌……の調査で済むのか?」
 万歳丸(ka5665)の問いかけにイノアは口をつぐむ。
「ま、いいたくねェならいいけど」
「領主の周辺調査だけ、というのでしたら過去のことは不要かもしれません。しかし、エクエスが言っていたことも含めると慎重に調べる必要はあります」
 エルバッハ・リオン(ka2434)は街の娘のような格好をし、戦闘に必要な道具はバックパックに詰めた。
「領主の跡を追って調査したいので屋敷の合鍵と見取り図があればお願いします」
 エルバッハは事務的に淡々と告げる。
「わかりました……事件のことですね」
 イノアはうなずく。
 五年前起こった事件は領主の屋敷の魔法生物による襲撃。背景は魔法公害を巡る領主と商人たちの対立であり、最後は和解した。ミミズのような外見の魔法生物があふれたとき、イノアの母と兄ニコラス・クリシス、護衛のジョルジュ・モースが死に、負傷者が出た。
「それに加えると……歪虚の関与です。兄は災厄の十三魔のレチタティーヴォと直前に会ったそうです」
「町の状況は筒抜けってェことか?」
「兄の言を信じれば重要なことはしゃべっていないとのことです……もっとも歪虚を対処しなかったことが問題です。一応、悩んだらしいのですが手段をとらず。あの日、レチタティーヴォは兄に自分を倒すならハンターを雇えばいいと告げたそうです」
「戦えば相当な被害が出るだろうな」
 クリスティンは眉を顰める。
「最後に兄は短剣をもって屋敷から出ました。魔法生物はまるで兄を追うように移動し……巻き込まれた私は気を失ってしまった……父たちによると丘の上にレチタティーヴォがいて兄がそこで殺された、と。死体に関しては母だけです。兄とジョルジュのは……。だから、兄は生きているかもとちょっと考えたかったんですけどね」
 白骨死体が出てしまったため、淡い期待は消えた。
 話を聞いた後、ハンターたちはそれぞれ調査を始めた。

●騎士
 万歳丸はニコラスが殺された現場にいたはずのモース親子を訪ねた。
 今回の事件に直接関係があるか別として、この領地に関係している歪虚がいるのは間違いないためだ。
「聞きたいこととは?」
 ウルス・モースは淡々と告げ、控えて立つ息子のジョージ・モースは不安そうに見える。
「最近の領主の様子でおかしいことはねェか?」
「……疲れが取れていない様子だ」
「夜に古い屋敷に行っても眠れねェってことか?」
「さあ、分からない」
「白骨の死体はどこから出たんだ?」
「旧屋敷の玄関から見える繁み……手入れのために幾度も出入りしているから」
 気づかないのはおかしいのだ、五年間気づかれずそこに死体があったならば。
「五年前の事件はイノアから聞いた分は分かった。あんたらが見ていることを知りたい」
 ジョージは父親を見る。
「ジョージはその時いなかった、修業に出してあったからな。私が知る限りであるが……戦闘中であり、遠目だが丘の上にレチタティーヴォの姿は見ている。そこに若君と我が愚息が向かった」
「……殺された瞬間は?」
「見ていない。魔法生物の対処で手いっぱいだった。次に見たときには若君が心臓を貫かれて倒れたところだった」
 ウルスの耳にはウィリアムの絶叫が残っているという。
「我々がなんとか切り抜けたときには」
 誰もいなかった、死体すらも。
「そのニコラとジョル……の絵とかあるか?」
 ジョージが二つの額を持ってくる。一つは大きいもので領主一家の物、一つは銀髪の青年の姿絵。
 ニコラスとプエルは似ているのがよくわかった。
「家族の絵は最後に描かれたため、領主の執務室にあったのだ」
「……やばいんじゃねェのか」
「ハンターを信じてすべて話している」
 万歳丸はウルスの視線をうけとめた。
 プエルに確認を取るには何か手がかりもほしく、話をつづけた。

●噂
 レイオスは領主や敵対者の噂を聞くため、町を歩く。町に越して来ようと考えている旅人を装って。
 敵対者の情報はイノアにもらった五年前の物。以降は大きくもめることがなかったという。その中の一人はレイオスもあったことがあった。
 その商人が魔法公害を起こしてしまい、レイオスたちハンターがジャック・オー・ランタンの栗版というような雑魔退治を請け負ったのだった。その時の印象は悪人ではなかった。
 町の人間に話を聞いてもリストにある人物たちは、変人がいても悪人ではないと返ってくる。
 話をした人物には「五年前はおかしかった」とポロリとこぼす者もあった。領主ともめた人物たちは何かに憑かれたように研究や非合法に近い商売に手を出していたようだったという。それでも事件があったとき、すぐに和解が成立した。
「わからない」
 レイオスの正直な感想だ。
 しかし、一つはっきりしたのは、町の中心には魔法生物が出現していないということ。領主の屋敷周辺だけだったのだ。下水道を通ったか、歪虚の手引きがあったのかというあたりだろうか。
 レイオスが首をひねっていることはもう一つある。
 若君の物とされる白骨遺体についてだった。それ自体が歪虚か、暴食の亡霊型の歪虚がいるならわかりやすい。ニコラスに似ているのはプエルという嫉妬の歪虚であるが、レチタティーヴォの関与が明白になってきているため、何でもありかもしれないとなると答えは出ない。
(この白骨死体がレチタティーヴォが残した演目の開演の合図なのか?)
 イノアには注意を促すことは必須であった。

●尾行
 エルバッハは領主を尾行する。
 かごを下げて出かけるウィリアムは疲れが見えるが、足取りは軽い。
「隠すような相手というのが問題なのですよね」
 領主は声をかけられることなく進んでいく。
 旧屋敷の入り口で門番に声をかける。
「毎日いらっしゃいますね」
「ああ、なんとなく落ち着くんだ」
「それは良いことですね」
 門番が扉を開けると、領主は入っていった。
 エルバッハは門番にイノアの一筆を見せると、門番は辛そうな表情になる。
「領主様、毎日来るんですか?」
「若君が生きている可能性があるときならわかりますが、今……いや、むしろ、だから来るのかもしれない?」
「可能性?」
「白骨死体が発見されて亡くなられたのが確定しましたから。死体がないとは表向きおっしゃってませんが、逃げて生きているかもと想像していたんですよ。若君、老若男女問わず人気ありましたから」
 死体がないのを隠したのは問題だ。貴族など影響力が強いのに黙っていれば、歪虚となって表れたとき、誰が防ぐことができるか。
 それでも、町の者は希望として受け止めていたようだ。
 エルバッハは礼を言って屋敷に向かう。
 二階のニコラスの部屋に明かりがついている。覗くにはバルコニー伝いしかなく難しい。
 意を決し、中に入る。がらんとした屋敷は隠れる場所はほぼないため、最悪なときは逃げるしかない。身をかがめ、できる限り静かに該当の部屋に近づく。
 扉に近づく。
「わ、サクサクパンだ」
 嬉しそうな声が響く。
(あの少年ですね)
 はっきりと声が漏れてこないが、動きや話し声の音はある。あまり効果的ではないため、態勢を整える必要がある。
 プエルの歌声が響くが怒るに変わる。
「……人間! 僕はニコラスではない!」
「す、すまない」
「ねえ! 何か面白いことないの? 町の地図ちょうだい!」
「何に使うのかな?」
「教えない」
 プエルがいるのだろう、似ている何かでない限り。
「早くどうにかしないと、危険みたいですね」

●仕立て屋
 クリスティンは念のためにニコラスの姿絵を見せてもらう。異なる部分を除けばニコラスとプエルは似ていた。
 クリスティンは町に広がる噂の根源を突き止めようとする。領主一家が隠しても戦いに参加した兵士もいるし、白骨死体を見つけた者もいる。
 兵士たちも白骨を見つけた執事も気持ちを吐露したことはあるが、事件の裏を大声で言ったことはないという。そこから推測で噂が広ったにしては早すぎるように思えた。
 白骨が若君の物と決められたのは、胸のあたりの骨の傷と埋まっていた短剣だった。白骨がまとう衣類はほぼ朽ちておりあてにはならない。
 試しに仕立て屋を訪れる、五年前いてまた今戻ってきているという。
「いらっしゃーい。んー、あたしの創作意欲を刺激するタイプではないけれど、作ってほしいというなら、一流のあたしが作ってあげなくはないわよ」
 ひどい言われようにクリスティンは苦笑するしかない。
「店主か?」
「そーよ?」
 店主は体格が非常に良く筋骨隆々な男で、顔だちは中性的だ。
「なら、お前のいう創作意欲が刺激される対象とはどんなのだ?」
「そーねー、可愛い男の子なんて素敵」
「可愛いか……男の子で言われて喜ぶか?」
「そこは言いようよ? 面と向かって言うと『僕を愚弄するのか』てなっちゃうもの。でもそれはそれで可愛いのよねぇ」
 具体的な対象がいるようだ。
「子供が好きなのか」
「やっぱり渋くて素敵な殿方もいいわっ!」
「ここの領主のような?」
「そーねー、あの人も悪くはないけど、やっぱり一番素敵なのは……ひ・み・つ」
「それはつまらないな。そんなに素敵な殿方がいるなら、私も気になる」
 クリスティンは冷静に話を続ける、何か違和感が漂っているためだった。
「……そー? でも人間によさがわかるのかしら?」
「お前は人間ではないのか?」
 仕立て屋はビクリと身を震わせた。
「エルフにもドワーフにも見えないからな」
「そ、そう? そういえば何か用?」
「若君のこと知っているか?」
「聞いたわ。悲しいわねぇ」
 全く悲しそうに聞こえない。
「情報通だろうな、旅する仕立て屋は」
「あらわかるぅ?」
「実は若君生きているのか?」
「存在はしているわね」
「白骨は?」
「馬鹿な奴がね、置いたのよ。領主がね、落ち込んだところに若君を送り込めば面白ってね。でもね、あれはもういないから!」
 置いた奴はいない。若君がプエルならば?
 素直に話してくれるかは不明だが、おだててみることにする。
「そうか……ところで、素晴らしいお前の服をもっと見てみたいのだが?」
「え? そう? 人間があたしの作る服の素晴らしさがわかるって不安だけど!」
「ほお」
「……近くに来ているはずなんだけど……プエルちゃん、本当似合うし、可愛いのよ!」
「嫉妬の、か?」
 クリスティンはここで戦うのは不利だと知っているため、取り押さえることを考える。
 男は自分の失態に気づき、逃げる。
「待て!」
 町に出た男の姿は意外にもすぐに見えなくなる。
 急いでイノアに連絡を取る。町の封鎖とはいかずとも、警戒は必要だから。

●少年
 プエルを領主から引き離すため、ハンターは屋敷に向かう。
 領主は帰宅している。苦悶に満ちた表情になっていた。
 ハンターが屋敷に足を踏み入れた時、靴音が響く。
「……人間は信じられないな」
 外出着に武器を持ったプエルと鉢合わせたのだった。頭の上にはなぜか手作りの人形を乗せている。人形はレチタティーヴォに見える、三頭身に簡略化してある姿だが。
「おい、歪虚、てめェの名は?」
 万歳丸は構えのまま問う。
「……名前を聞くには自分が名乗るのが礼儀だろう?」
「未来の大英雄、万歳丸だ!」
「大英雄? へええ、余は憂悦孤唱プエル。前も会ったよね?」
 プエルは万歳丸を見つめる。
「プエルとは誰がつけた名前だ? お前は二コラ……だろう!」
「……レチタティーヴォ様がつけてくださったんだ。……余を別の名で呼びたがるのは何故だ!」
 プエルは不機嫌だ。
「ニコラス・クリシス、この領主の跡取りで魔法生物に殺された方です」
「魔法生物はお前が嫌う『にょろ』だったそうだ」
 エルバッハとクリスティンが補足を入れる。
「てめェにそっくりで、歌がうまかった。魔法生物が暴れて、丘の上でレチ……んー……に殺された」
「レチタティーヴォの細剣に心臓を刺し貫かれて」
 レイオスが告げた瞬間、プエルは目を見開き、首を横に振る。
「護衛についていた野郎もそこで殺された。てめェとそいつの死体は出てきていない」
「あなたがニコラスであり、エクエスがその護衛だったジョルジュ・モースだったという話です」
 エルバッハが後を継ぎきっぱり言う。
「……う、嘘だ! 人間はすぐ嘘つく! ぼ、僕が人間だったっていうの? おかしいよ! だって、僕が目を覚ましたとき、レチタティーヴォ様が優しくいろいろ教えてくれて!」
「記憶がないことをいいことに、お前に役割を与えたということか?」
 クリスティンは問いかけた。
「……僕は……そうだ、エクエスに聞こう」
 プエルは名案とばかりにうなずくと逃げるために隙を探す。
「待ち人ならもう来ないぜ?」
「……どういう意味?」
 プエルはレイオスを不安げな瞳で見つめる。
「もう、いないぞ?」
「……人間は! 余、余の大切なものを……」
 プエルはハンターの隙間を縫って走った。
 その隙間はあえて作ってあったものであり、ハンターたちはプエルを追う。戦うにもここは難しいし、屋敷から追い出すことを第一とする。
 玄関を出たところで、プエルが転んでいる。
「……家は直ってる。僕がいない間に時間は過ぎている。誰も住んでいない家……最期? 始まり? 僕はレチタティーヴォ様に……」
 ――剣を向けたんだ。
 プエルは呆然としている。立ち上がって、人形を胸に抱く。
「ふふふ……あははははは!」
 けたたましい笑いが響く。
 攻撃するか否か、ハンターは魔法も考え距離を取る。
「父上も母上も僕を見てくれない! 妹は僕を馬鹿にする! ジョルジュは最初から邪険に僕をする! 町の子がうらやましい! 歌うのだけが楽しくて、でも声変わりするからダメだって!」
 ほしかった優しさと憧れと嫉妬。プエルはハンターを見つめる。
「レチタティーヴォ様は僕を助けてくれた! そして、すべてが変わった!」
「違う!」
 レイオスが鋭く言う。
「丘の上で初めて会ったとき僕を抱きしめてくれた! 父上は抱きしめてくれなかったのに!」
 プエルは嫣然と笑うと立ち去った。
 ハンターは追う。プエルは町ではない方向に消えた。
 町の出入りが厳しくなったのはこの直後であった。

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重体一覧

参加者一覧

  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/05/31 07:18:41
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/05/30 23:21:01