ゲスト
(ka0000)
私を吸血鬼と呼ばないで
マスター:御影堂

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/05 09:00
- 完成日
- 2014/09/13 03:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「あぁ、恐ろしい恐ろしい」
ここ一ヶ月、領民たちは口癖のようにそうこぼす。
要因は、領の中心に聳える城にあった。山の上に存在する城には、ここの領主シュペーツ=ドラニカが住んでいた。これまで、領民はシュペーツに対して何ら不満を持っていなかった。
お互いにさほど干渉せず、程よい距離を保ち続けていたからだ。
しかし、今はひたすら畏怖の対象になっている。
「急に税が上昇したのですか?」
この領を通る行商人が尋ねると、こぞって領民は首をふる。
「では、虐殺や拷問?」
この質問に対しては、憤るように
「そんなことになったら、私達も態度を決めるだけだ」
と告げるのだ。
とりたてて、領民の生活に大きな負担が出ているわけではない。むしろ、政治はいままで通りののらりくらりとしたものだという。
何が起こっているのか、疑問符を浮かべる行商人にとある村の代表が教えてくれた。
「ここ一ヶ月、毎晩のように城に灯りが灯っているのだ」
「宴でも開いて、浪費をしていると?」
「むしろ、そうであった方がまだマシだ」
嘆息する代表の言葉に、さらに謎が深まる。
「ところで、あなたは吸血鬼なる怪物をご存知か?」
どこかの伝承で聞いた気がする。
行商人がそう答えると、より深くため息をついた。
「知っているならば、話が早い。どうやら領主様は、吸血鬼になったのではないかと思われるのだ……」
突拍子もない話に、笑いかけた行商人であったが代表の険しい表情にぐっと抑える。
どういうことかと問いかければ、おずおずと事情を説明してくれる。
毎晩、領主が見慣れぬ従者を連れて領内を徘徊している。しかも、領民に合わないようにこそこそとしているというのだ。城に灯りがついているのも、領主が起きているからに違いない。
吸血鬼なる存在は、人々の血を吸い従者に仕立てあげるというではないか。しかも、昼より夜に行動すると聞いている。
さらには、領主に会いに行った時、口の端に赤い液体が付着していたのだ。
あれは血液に違いない。
こうした事実が重なり、領民たちの間で「領主が吸血鬼になって、我々を狙っている」との噂が広がっていったのだという。
●
「ということがあったのですが」
ドストレートに行商人が、シュペーツに問うとこの世のものとは思えないほど深い溜息をついた。
「まさか、そのようなことになっているとは」
隣に立つ執事が眠そうな顔で、そっとシュペーツから視線をそらす。
面会するのであれば、まだ朝日が登る前にとの達しだが早すぎたのではないか。
そう思っていると、シュペーツが真実を告げ始めた。
「実はだな……一ヶ月ほど前に執務のため徹夜したときから夜に眠れぬのだ」
ズッコケそうになるのをとどめて、話を促す。
「運動すれば眠れるかと思い、最近雇った執事に無理を頼んで散歩をしていたのだよ。領民にそのことがバレては威厳に関わると、隠れていたのだが逆効果だったか」
こそこそするほうが目立つのではないかとも思えた。
血について尋ねると、シュペーツは執事に瓶を持ってこさせた。
「トマトジュースだ。眠りによいと知人に聞いてね」
なるほど、開けてみれば、確かにトマトジュースだった。
蓋を開けてみれば、なんていうこともない。
「領民にこのことがバレては、なんかこう。示しがつかない。何とかならんだろうか?」
行商人は、切羽詰まったシュペーツに依頼をしてみるのはどうかと促すのだった。
●
「領民と領主の双方から同時に依頼がありました」
スタッフは、頭を悩ませながらあなたたちに告げる。
「領民からは、領主が本当に吸血鬼化したのではないかということで調査の依頼ですね。もし、吸血鬼となっていれば討伐もしてほしいと書いてあります」
領民の依頼を脇に寄せて、続いてシュペーツからの依頼を手に取る。
「こちらは、眠らせてほしいという依頼ですね。逆転した昼夜を正したいが、自分たちの知恵では限界があるので助けてほしい。と、いうものですね」
今回の依頼は、両方を合わせた形になるとスタッフはいう。
「領主の依頼をこなせば、領民の不安を取り除けるでしょう。できれば、馬鹿げた噂は早々になくしてしまいたいですしね」
一拍置いて、あなた達に告げる。
「では、こちらの依頼を受けてくださいますね」
「あぁ、恐ろしい恐ろしい」
ここ一ヶ月、領民たちは口癖のようにそうこぼす。
要因は、領の中心に聳える城にあった。山の上に存在する城には、ここの領主シュペーツ=ドラニカが住んでいた。これまで、領民はシュペーツに対して何ら不満を持っていなかった。
お互いにさほど干渉せず、程よい距離を保ち続けていたからだ。
しかし、今はひたすら畏怖の対象になっている。
「急に税が上昇したのですか?」
この領を通る行商人が尋ねると、こぞって領民は首をふる。
「では、虐殺や拷問?」
この質問に対しては、憤るように
「そんなことになったら、私達も態度を決めるだけだ」
と告げるのだ。
とりたてて、領民の生活に大きな負担が出ているわけではない。むしろ、政治はいままで通りののらりくらりとしたものだという。
何が起こっているのか、疑問符を浮かべる行商人にとある村の代表が教えてくれた。
「ここ一ヶ月、毎晩のように城に灯りが灯っているのだ」
「宴でも開いて、浪費をしていると?」
「むしろ、そうであった方がまだマシだ」
嘆息する代表の言葉に、さらに謎が深まる。
「ところで、あなたは吸血鬼なる怪物をご存知か?」
どこかの伝承で聞いた気がする。
行商人がそう答えると、より深くため息をついた。
「知っているならば、話が早い。どうやら領主様は、吸血鬼になったのではないかと思われるのだ……」
突拍子もない話に、笑いかけた行商人であったが代表の険しい表情にぐっと抑える。
どういうことかと問いかければ、おずおずと事情を説明してくれる。
毎晩、領主が見慣れぬ従者を連れて領内を徘徊している。しかも、領民に合わないようにこそこそとしているというのだ。城に灯りがついているのも、領主が起きているからに違いない。
吸血鬼なる存在は、人々の血を吸い従者に仕立てあげるというではないか。しかも、昼より夜に行動すると聞いている。
さらには、領主に会いに行った時、口の端に赤い液体が付着していたのだ。
あれは血液に違いない。
こうした事実が重なり、領民たちの間で「領主が吸血鬼になって、我々を狙っている」との噂が広がっていったのだという。
●
「ということがあったのですが」
ドストレートに行商人が、シュペーツに問うとこの世のものとは思えないほど深い溜息をついた。
「まさか、そのようなことになっているとは」
隣に立つ執事が眠そうな顔で、そっとシュペーツから視線をそらす。
面会するのであれば、まだ朝日が登る前にとの達しだが早すぎたのではないか。
そう思っていると、シュペーツが真実を告げ始めた。
「実はだな……一ヶ月ほど前に執務のため徹夜したときから夜に眠れぬのだ」
ズッコケそうになるのをとどめて、話を促す。
「運動すれば眠れるかと思い、最近雇った執事に無理を頼んで散歩をしていたのだよ。領民にそのことがバレては威厳に関わると、隠れていたのだが逆効果だったか」
こそこそするほうが目立つのではないかとも思えた。
血について尋ねると、シュペーツは執事に瓶を持ってこさせた。
「トマトジュースだ。眠りによいと知人に聞いてね」
なるほど、開けてみれば、確かにトマトジュースだった。
蓋を開けてみれば、なんていうこともない。
「領民にこのことがバレては、なんかこう。示しがつかない。何とかならんだろうか?」
行商人は、切羽詰まったシュペーツに依頼をしてみるのはどうかと促すのだった。
●
「領民と領主の双方から同時に依頼がありました」
スタッフは、頭を悩ませながらあなたたちに告げる。
「領民からは、領主が本当に吸血鬼化したのではないかということで調査の依頼ですね。もし、吸血鬼となっていれば討伐もしてほしいと書いてあります」
領民の依頼を脇に寄せて、続いてシュペーツからの依頼を手に取る。
「こちらは、眠らせてほしいという依頼ですね。逆転した昼夜を正したいが、自分たちの知恵では限界があるので助けてほしい。と、いうものですね」
今回の依頼は、両方を合わせた形になるとスタッフはいう。
「領主の依頼をこなせば、領民の不安を取り除けるでしょう。できれば、馬鹿げた噂は早々になくしてしまいたいですしね」
一拍置いて、あなた達に告げる。
「では、こちらの依頼を受けてくださいますね」
リプレイ本文
●
蒼天の下、依頼主のもとへ向かうハンターたちの姿があった。
質素ながら整備された街道が、領主の人となりを象徴しているようだった。
「正直に言っちまうのが手っ取り早いと俺は思うんですがね」
エアルドフリス(ka1856)は、道すがらパイプをふかす。
それを受けて、トレイシー・ヴィッカー(ka1208)は
「確かにそのまま伝えてもいいと思うのだけど。その……世間体っていうのかしら。そういうの気になるわよね」
と頷きながら応える。
「領民への体裁も保たねばならぬとは、上に立つ者は大変じゃのぅ」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)はそういいながら、考えを深める。
「徹夜して執務をした結果ならば、頑張り屋の領主のために一肌脱がんとな」
領民の誤解を解く文句を考えているようだ。
「領主さんはついてない……と言えばいいのでしょうか?」
フィル・サリヴァン(ka1155)がいうように、運が無いとしかいいようがなかった。
激務の末、昼夜が交代したのに領民からの認識は吸血鬼……。
「やっぱり、朝昼晩の感覚は大事にしませんとねー。体にも悪いですよ!」
ぐっと拳を握り、主張するのは酔仙(ka1747)だ。
ならば、酒はいいのかと酔仙の荷物を見てツッコミたい者もいたがここは抑えた。
「みなさん、そろそろ……」
天央 観智(ka0896)が告げ、見渡せば領民らしき姿がちらほらと見え出した。
牧歌的な領民の様子を眺めていると、領主を吸血鬼と思っているようには見えない。それでも、まとめ役風の男がおずおずと近づいてきた。
自分たちの嘆願の件できたのか決めあぐねているらしい。
まずは自己紹介をさらっと行い、先手を打った。
「物々しくて申し訳ありません。最近、歪虚絡みの事件が多いのはご存知でしょうか」
情報には疎いのか、男はなんともいえない表情を浮かべている。
「領主様が情報を掴み、ハンターオフィスとの連携を取りたいとのことで。こうして参ったのです」
丁寧な観智の物言いに、半信半疑といった感じであった。
それでも、ハンターたちが来てくれたということが何よりの安心だったのであろう。
そうですかと返事をすると、男は仲間たちに事情を説明しに戻っていった。
その後も、領民たちに聞こえるように、海で発生した歪虚の話や各地での事件のことをそれとなく話しながら進む。
もちろん、領主が対策をとっていること。ハンターとの連携を密に取るために、自分たちが来たことも噂になるように図っていた。
日が傾きだした頃に、一行は館へと入ることができた。
まだ夕焼けが見えない時間であるのにも関わらず、領主は眠気さを露わにしていた。
「はぅ……すまなぃ」
頭が回っていないらしい領主の補助役として、執事長も席につく。
「領主様には、一つ一つ策を試していただき、継続可能な方法で最終的な調整を行います」
トレイシーたちは、用意してきた策を1つずつ説明していく。
寝起き頭の領主にかわって、執事長が相槌をうっていた。
ひと通りの挨拶、作戦会議、歓待の食事を終えた頃には日は落ちきっていた。
「早速、明日の朝から始めますが」
エアルドフリスの言葉に、領主が曖昧に頷いた。
「まずは今日寝ていただきませんと」
だが、領主の目はこの段階になってやっと冴えてきたようだ。
常人であれば寝られそうな時間であるが、どうやって寝ればいいのか、わからない。
「はいはーい!」
元気よく手を上げて提言をしたのは、酔仙だった。
歓待の席で頂いた酒でごきげんなまま、領主へ酒瓶を見せる。見たことのない酒だ。
酔仙が業者へ確認を取り、普段飲まないものを用意していたのだ。
「睡眠導入にはやはり寝酒がキク!」
だが、他の方法を試すには準備が足りない。ひとまずは、酔仙に任せることになった。
「ほら、飲んで飲んで」
自分が楽しんでいるように見えるのだが、気にしてはいけない。
領主に手を合わせつつ、他の者達は客室へ案内してもらうのだった……。
●
爽やかな、朝である。
「とにかく朝起きて頂きますよ、どんな手を使ってでも」
エアルドフリスはやる気満々で、領主の部屋へとやってきた。
途中、昨日の宴会場を覗いたが何本かの酒瓶に囲まれて酔仙が気持ちよさそうに寝ているだけだった。おそらく余った酒も飲んだのだろう。
そっと、スルーした。
領主はベッドで、やや虚ろな表情を浮かべて寝ていた。気にせず、カーテンを引き開けて日光を差し込ませる。使用人にいつものように試してもらうが、ダメ。
そこでエアルドフリスが、強くゆすってみる。羽箒でくすぐりを入れてみるが、これもだめ。最終手段に水をかぶせようとしたが、掃除が大変と止められたのでハリセンで景気良く叩いてみた。
「お、おはよう」
爽やかとは程遠い表情で、シュペーツは目覚めたのだった。
「どうぞ、トマトジュースです」
トレイシーによって差し出されたのは、トマトジュースだった。
「トマトは疲労回復効果があるといわれています。栄養が豊富で、様々予防効果があるそうですよ」
そして、美容にもいいということでトレイシーや使用人もゴクゴクといただくのだった。
二日酔いにトマトジュースがいいかはさておき、酔仙も飲んでいた。
食事はエアルドフリスが料理人を巻き込んで用意させた野菜多めのメニュー。
「無理はしないでくださいね」
やはり眠たげなシュペーツに声をかけながら、観智は建前用だった書類を準備していた。
建前とはいえ、シュペーツが歪虚対策をとっていたことにするなら打ち合わせは必須だった。涼しげな風を窓から入れて、トレイシー、観智とシュペーツが席についた。
会議は眠る……主に領主が。
フィルが側につき、声をかけたりしていたが限界はある。
観智の計らいで30分の仮眠をシュペーツはとった。その後、昼食を挟んでフィルが領主を外へ連れ出した。
「運動をしましょう。素振りなんてどうですか?」
事務肌だと思っていたフィルだが、すんなりとシュペーツは木刀を受け取った。
「もとより貴族だ。ひと通りの心得は、ある」
「何なら私も一緒にしましょうか」
シュペーツの言に、フィルもハルバードを取り出す。打ち合いも考えていたらしいシュペーツは一つ頷くと、フィルに合わせて素振りを始めるのだった。
この日の夜は穏やかだった。
エアルドフリスの計らいで、夕方以降のコーヒー・茶類は禁ぜられた。
代わりに、カモミールティーのようなハーブティーを薦める。
「これなら再現できるでしょう。城の中庭でも簡単に育つ」
そう言いながら、エアルドフリスは庭師や料理人へ育て方や作り方を教えていた。
「この香りが、穏やかな心にさせてくれる」
エアルドフリスの解説を聞きながら、領主の心が落ち着く。
トレイシーの発案で、睡眠数時間前にぬるま湯につかってのんびりと身体を温める。
「これできっと大丈夫です」
トレイシーはあがってきた領主の顔を見て、うんと頷いた。
一緒に素振りをしたフィルも、明日に備えて体をほぐす。観智やエアルドフリスたちと明日について打ち合わせ、あとは寝るだけだった。
この夜は、穏やかだった。
寝る直前に、酔仙が
「寝る前に、これを」
と寝酒を進めに来たが、
「あちらで酔仙さんが試しましょうか」
「余ったお酒は飲んでいいですよ」
フィルとトレイシーが寝酒を回避させていた。
次の日、酔仙が空瓶に囲まれていたとかいなかったとか……。
●
「吸血鬼であれば、日の光なぞ浴びてはおれぬじゃろぅ? 見よ、あの領主の爽やかな散歩ぶりを!」
ヴィルマが指差す先にいたのは、フィルらを付き添わせて歩くシュペーツの姿だった。
その日は、ヴィルマの発案で午前中が散歩に当てられていた。
散歩と言っても職務の一貫だ。領内の警邏、ハンターへの防衛地点の解説……という名目である。
「あれ、本当だ。久々に姿を見たなぁ」
領民たちは口々に、シュペーツへ聞こえないよう囁く。
「あんたのいうてたこと、本当だったべか」
「当たり前じゃ。嘘を言う必要がどこにあるのかのぅ」
領主が吸血鬼でないこと、そして、夜半の散歩が執事を連れての見回りだったとヴィルマは触れ回っていた。
「今日は血色がいいですね」
素振りの代わりに今日は散歩に切り替えていた。
フィルの横でシュペーツが頷く。ヴィルマになるべく明るく振る舞うよう言い含められていたが、杞憂であったらしい。
「少しずつ、生活リズムが戻ってきましたから」
そう告げる領主の隣で、エアルドフリスがうんと頷く。
「今朝はハリセンも必要なかったですしね」
エアルドフリスがカーテンを開くと、日光を浴びた領主は目を覚ましたのだった。用意していた水や羽箒はもれなく片付けられた。
「誤解を解くのも、よい頃合いですね」
観智の言葉に、全員それとなく応じた。
なお、酔仙は今日の寝酒に何を持っていくかを考えていたが、それを気取られることは……たぶんなかった。
「トマトジュースも持ってきましたよ」
トレイシーが館から持参した瓶を渡す。赤い液体で満たされた瓶を見た領民は、領主の前であるにも関わらず思わず指をさした。
アレはどう説明するのですかという表情で、ヴィルマを見る。
ヴィルマは咳払いをし、
「案ずるでない」
と領民のどよめきを収める。
ここ数日の間、ヴィルマは話術たくみに領民に溶け込んだいたのだ。
「あれは、トマトジュースじゃ」
衝撃の事実を告げられたかのように、領民たちは驚きどよめく。
そこまで驚くことかとヴィルマは、思わされるが再度咳払いで領民を落ち着かせる。
「領主は夜も歪虚襲撃のために対策を考えておったのじゃ」
すでに知れ渡っていたのか、これにはさほど驚かない。
「自分が倒れては意味が無いからのぅ。昼夜問わず仕事をしていた領主は健康に気を使いトマトジュースを飲んでおったのじゃ」
ヴィルマの言葉に、領民たちはなるほどという表情になった。
わかりやすいのぅという言葉を、ヴィルマは飲み込む。
「そういえば、聞いたことがある」
領民の一人が、トマトの効能についてしゃべりだしたのだ。トレイシーがトマトの効能をあらかじめ、領民に教えていたのが助け舟となった。
「みなさんも、いかがですか?」
さらにこちらへトレイシーが余ったトマトジュースを持ってきてくれた。
領主からの施しを断るわけにもいかない。飲まれていくごとに、トマトジュースだという話は疑いようもなくなっていく。
「領主は領民にも健康になってほしいと願っています」
「そのとおりじゃ」
二人の言葉に、領民たちはさすが領主様だと口にする。
先日まで、吸血鬼と疑っていたのはどこ吹く風だ。
「首尾は上々じゃな」
小さくヴィルマがつぶやく。
その言葉は、領主へ感謝を向ける領民の耳には入らない。
「さて、我も領主と歪虚対策を講じねばならぬ」
別れの挨拶をかわし、ヴィルマも領主たちに合流する。
領民たちはすっかり、吸血鬼ではないと信じきっていた。
●
「実に世話になった」
最終日の夜、シュペーツは深々とハンターたちへ感謝した。
エアルドフリスやトレイシーたちの立てたスケジュールに、シュペーツは順応していた。
朝日を差し込ませなくても、何となく起きられるところまで生活リズムは回復したのだ。
「例のハーブについては、庭師や料理人に教えてます」
エアルドフリスが用意したカモミールティーは、すっかり気に入ったらしい。館の園庭では、庭師によって栽培が始められていた。
「トマトジュースも備蓄ありますしね」
トレイシーの言葉に、料理人が頷く。領主も満足気に頷いていた。
もしかしたら、トマトジュースにハマった領主が名産品にするのではないかとすら思えてくる。
「歪虚対策については、打ち合わせたとおりにお願いしますね」
観智は、ハンターオフィスへ持ち帰る資料を抱えていた。
「わかっている」
観智やフィルたちと昼間に領内をめぐり、防衛地点や連絡経路について話し合ったのだ。
歪虚対策をとっていたという方便は、しっかりと現実化されていた。
「今度お会いした時は、軽く手合わせできるといいですね」
フィルと毎日素振りをしている中で、領主はなかなかに筋が良かった。
途中、素振り用の木刀で無理から起こされた記憶を思い出してか領主は苦笑いを浮かべた。
「領民には、いいように伝えておるからの。期待を裏切らぬようにな」
ヴィルマの言葉に、領主はしっかりと頷いた。
もとから信頼はあったのだ。余程のことがなければ大丈夫だろうと、領民と接する中でヴィルマは感じていた。
「今日は、寝酒しませんか?」
酔仙の問いかけに、領主はエアルドフリスたちの顔色をうかがいながら、返答した。
「最後だからね。支障の出ない程度に」
別れの宴には、多少の酒が振る舞われたのだった。
翌朝、日が昇るころに観智たちは館を去った。
領主シュペーツは、しっかりと目を覚まして彼らを見送ることができたのだった。
蒼天の下、依頼主のもとへ向かうハンターたちの姿があった。
質素ながら整備された街道が、領主の人となりを象徴しているようだった。
「正直に言っちまうのが手っ取り早いと俺は思うんですがね」
エアルドフリス(ka1856)は、道すがらパイプをふかす。
それを受けて、トレイシー・ヴィッカー(ka1208)は
「確かにそのまま伝えてもいいと思うのだけど。その……世間体っていうのかしら。そういうの気になるわよね」
と頷きながら応える。
「領民への体裁も保たねばならぬとは、上に立つ者は大変じゃのぅ」
ヴィルマ・ネーベル(ka2549)はそういいながら、考えを深める。
「徹夜して執務をした結果ならば、頑張り屋の領主のために一肌脱がんとな」
領民の誤解を解く文句を考えているようだ。
「領主さんはついてない……と言えばいいのでしょうか?」
フィル・サリヴァン(ka1155)がいうように、運が無いとしかいいようがなかった。
激務の末、昼夜が交代したのに領民からの認識は吸血鬼……。
「やっぱり、朝昼晩の感覚は大事にしませんとねー。体にも悪いですよ!」
ぐっと拳を握り、主張するのは酔仙(ka1747)だ。
ならば、酒はいいのかと酔仙の荷物を見てツッコミたい者もいたがここは抑えた。
「みなさん、そろそろ……」
天央 観智(ka0896)が告げ、見渡せば領民らしき姿がちらほらと見え出した。
牧歌的な領民の様子を眺めていると、領主を吸血鬼と思っているようには見えない。それでも、まとめ役風の男がおずおずと近づいてきた。
自分たちの嘆願の件できたのか決めあぐねているらしい。
まずは自己紹介をさらっと行い、先手を打った。
「物々しくて申し訳ありません。最近、歪虚絡みの事件が多いのはご存知でしょうか」
情報には疎いのか、男はなんともいえない表情を浮かべている。
「領主様が情報を掴み、ハンターオフィスとの連携を取りたいとのことで。こうして参ったのです」
丁寧な観智の物言いに、半信半疑といった感じであった。
それでも、ハンターたちが来てくれたということが何よりの安心だったのであろう。
そうですかと返事をすると、男は仲間たちに事情を説明しに戻っていった。
その後も、領民たちに聞こえるように、海で発生した歪虚の話や各地での事件のことをそれとなく話しながら進む。
もちろん、領主が対策をとっていること。ハンターとの連携を密に取るために、自分たちが来たことも噂になるように図っていた。
日が傾きだした頃に、一行は館へと入ることができた。
まだ夕焼けが見えない時間であるのにも関わらず、領主は眠気さを露わにしていた。
「はぅ……すまなぃ」
頭が回っていないらしい領主の補助役として、執事長も席につく。
「領主様には、一つ一つ策を試していただき、継続可能な方法で最終的な調整を行います」
トレイシーたちは、用意してきた策を1つずつ説明していく。
寝起き頭の領主にかわって、執事長が相槌をうっていた。
ひと通りの挨拶、作戦会議、歓待の食事を終えた頃には日は落ちきっていた。
「早速、明日の朝から始めますが」
エアルドフリスの言葉に、領主が曖昧に頷いた。
「まずは今日寝ていただきませんと」
だが、領主の目はこの段階になってやっと冴えてきたようだ。
常人であれば寝られそうな時間であるが、どうやって寝ればいいのか、わからない。
「はいはーい!」
元気よく手を上げて提言をしたのは、酔仙だった。
歓待の席で頂いた酒でごきげんなまま、領主へ酒瓶を見せる。見たことのない酒だ。
酔仙が業者へ確認を取り、普段飲まないものを用意していたのだ。
「睡眠導入にはやはり寝酒がキク!」
だが、他の方法を試すには準備が足りない。ひとまずは、酔仙に任せることになった。
「ほら、飲んで飲んで」
自分が楽しんでいるように見えるのだが、気にしてはいけない。
領主に手を合わせつつ、他の者達は客室へ案内してもらうのだった……。
●
爽やかな、朝である。
「とにかく朝起きて頂きますよ、どんな手を使ってでも」
エアルドフリスはやる気満々で、領主の部屋へとやってきた。
途中、昨日の宴会場を覗いたが何本かの酒瓶に囲まれて酔仙が気持ちよさそうに寝ているだけだった。おそらく余った酒も飲んだのだろう。
そっと、スルーした。
領主はベッドで、やや虚ろな表情を浮かべて寝ていた。気にせず、カーテンを引き開けて日光を差し込ませる。使用人にいつものように試してもらうが、ダメ。
そこでエアルドフリスが、強くゆすってみる。羽箒でくすぐりを入れてみるが、これもだめ。最終手段に水をかぶせようとしたが、掃除が大変と止められたのでハリセンで景気良く叩いてみた。
「お、おはよう」
爽やかとは程遠い表情で、シュペーツは目覚めたのだった。
「どうぞ、トマトジュースです」
トレイシーによって差し出されたのは、トマトジュースだった。
「トマトは疲労回復効果があるといわれています。栄養が豊富で、様々予防効果があるそうですよ」
そして、美容にもいいということでトレイシーや使用人もゴクゴクといただくのだった。
二日酔いにトマトジュースがいいかはさておき、酔仙も飲んでいた。
食事はエアルドフリスが料理人を巻き込んで用意させた野菜多めのメニュー。
「無理はしないでくださいね」
やはり眠たげなシュペーツに声をかけながら、観智は建前用だった書類を準備していた。
建前とはいえ、シュペーツが歪虚対策をとっていたことにするなら打ち合わせは必須だった。涼しげな風を窓から入れて、トレイシー、観智とシュペーツが席についた。
会議は眠る……主に領主が。
フィルが側につき、声をかけたりしていたが限界はある。
観智の計らいで30分の仮眠をシュペーツはとった。その後、昼食を挟んでフィルが領主を外へ連れ出した。
「運動をしましょう。素振りなんてどうですか?」
事務肌だと思っていたフィルだが、すんなりとシュペーツは木刀を受け取った。
「もとより貴族だ。ひと通りの心得は、ある」
「何なら私も一緒にしましょうか」
シュペーツの言に、フィルもハルバードを取り出す。打ち合いも考えていたらしいシュペーツは一つ頷くと、フィルに合わせて素振りを始めるのだった。
この日の夜は穏やかだった。
エアルドフリスの計らいで、夕方以降のコーヒー・茶類は禁ぜられた。
代わりに、カモミールティーのようなハーブティーを薦める。
「これなら再現できるでしょう。城の中庭でも簡単に育つ」
そう言いながら、エアルドフリスは庭師や料理人へ育て方や作り方を教えていた。
「この香りが、穏やかな心にさせてくれる」
エアルドフリスの解説を聞きながら、領主の心が落ち着く。
トレイシーの発案で、睡眠数時間前にぬるま湯につかってのんびりと身体を温める。
「これできっと大丈夫です」
トレイシーはあがってきた領主の顔を見て、うんと頷いた。
一緒に素振りをしたフィルも、明日に備えて体をほぐす。観智やエアルドフリスたちと明日について打ち合わせ、あとは寝るだけだった。
この夜は、穏やかだった。
寝る直前に、酔仙が
「寝る前に、これを」
と寝酒を進めに来たが、
「あちらで酔仙さんが試しましょうか」
「余ったお酒は飲んでいいですよ」
フィルとトレイシーが寝酒を回避させていた。
次の日、酔仙が空瓶に囲まれていたとかいなかったとか……。
●
「吸血鬼であれば、日の光なぞ浴びてはおれぬじゃろぅ? 見よ、あの領主の爽やかな散歩ぶりを!」
ヴィルマが指差す先にいたのは、フィルらを付き添わせて歩くシュペーツの姿だった。
その日は、ヴィルマの発案で午前中が散歩に当てられていた。
散歩と言っても職務の一貫だ。領内の警邏、ハンターへの防衛地点の解説……という名目である。
「あれ、本当だ。久々に姿を見たなぁ」
領民たちは口々に、シュペーツへ聞こえないよう囁く。
「あんたのいうてたこと、本当だったべか」
「当たり前じゃ。嘘を言う必要がどこにあるのかのぅ」
領主が吸血鬼でないこと、そして、夜半の散歩が執事を連れての見回りだったとヴィルマは触れ回っていた。
「今日は血色がいいですね」
素振りの代わりに今日は散歩に切り替えていた。
フィルの横でシュペーツが頷く。ヴィルマになるべく明るく振る舞うよう言い含められていたが、杞憂であったらしい。
「少しずつ、生活リズムが戻ってきましたから」
そう告げる領主の隣で、エアルドフリスがうんと頷く。
「今朝はハリセンも必要なかったですしね」
エアルドフリスがカーテンを開くと、日光を浴びた領主は目を覚ましたのだった。用意していた水や羽箒はもれなく片付けられた。
「誤解を解くのも、よい頃合いですね」
観智の言葉に、全員それとなく応じた。
なお、酔仙は今日の寝酒に何を持っていくかを考えていたが、それを気取られることは……たぶんなかった。
「トマトジュースも持ってきましたよ」
トレイシーが館から持参した瓶を渡す。赤い液体で満たされた瓶を見た領民は、領主の前であるにも関わらず思わず指をさした。
アレはどう説明するのですかという表情で、ヴィルマを見る。
ヴィルマは咳払いをし、
「案ずるでない」
と領民のどよめきを収める。
ここ数日の間、ヴィルマは話術たくみに領民に溶け込んだいたのだ。
「あれは、トマトジュースじゃ」
衝撃の事実を告げられたかのように、領民たちは驚きどよめく。
そこまで驚くことかとヴィルマは、思わされるが再度咳払いで領民を落ち着かせる。
「領主は夜も歪虚襲撃のために対策を考えておったのじゃ」
すでに知れ渡っていたのか、これにはさほど驚かない。
「自分が倒れては意味が無いからのぅ。昼夜問わず仕事をしていた領主は健康に気を使いトマトジュースを飲んでおったのじゃ」
ヴィルマの言葉に、領民たちはなるほどという表情になった。
わかりやすいのぅという言葉を、ヴィルマは飲み込む。
「そういえば、聞いたことがある」
領民の一人が、トマトの効能についてしゃべりだしたのだ。トレイシーがトマトの効能をあらかじめ、領民に教えていたのが助け舟となった。
「みなさんも、いかがですか?」
さらにこちらへトレイシーが余ったトマトジュースを持ってきてくれた。
領主からの施しを断るわけにもいかない。飲まれていくごとに、トマトジュースだという話は疑いようもなくなっていく。
「領主は領民にも健康になってほしいと願っています」
「そのとおりじゃ」
二人の言葉に、領民たちはさすが領主様だと口にする。
先日まで、吸血鬼と疑っていたのはどこ吹く風だ。
「首尾は上々じゃな」
小さくヴィルマがつぶやく。
その言葉は、領主へ感謝を向ける領民の耳には入らない。
「さて、我も領主と歪虚対策を講じねばならぬ」
別れの挨拶をかわし、ヴィルマも領主たちに合流する。
領民たちはすっかり、吸血鬼ではないと信じきっていた。
●
「実に世話になった」
最終日の夜、シュペーツは深々とハンターたちへ感謝した。
エアルドフリスやトレイシーたちの立てたスケジュールに、シュペーツは順応していた。
朝日を差し込ませなくても、何となく起きられるところまで生活リズムは回復したのだ。
「例のハーブについては、庭師や料理人に教えてます」
エアルドフリスが用意したカモミールティーは、すっかり気に入ったらしい。館の園庭では、庭師によって栽培が始められていた。
「トマトジュースも備蓄ありますしね」
トレイシーの言葉に、料理人が頷く。領主も満足気に頷いていた。
もしかしたら、トマトジュースにハマった領主が名産品にするのではないかとすら思えてくる。
「歪虚対策については、打ち合わせたとおりにお願いしますね」
観智は、ハンターオフィスへ持ち帰る資料を抱えていた。
「わかっている」
観智やフィルたちと昼間に領内をめぐり、防衛地点や連絡経路について話し合ったのだ。
歪虚対策をとっていたという方便は、しっかりと現実化されていた。
「今度お会いした時は、軽く手合わせできるといいですね」
フィルと毎日素振りをしている中で、領主はなかなかに筋が良かった。
途中、素振り用の木刀で無理から起こされた記憶を思い出してか領主は苦笑いを浮かべた。
「領民には、いいように伝えておるからの。期待を裏切らぬようにな」
ヴィルマの言葉に、領主はしっかりと頷いた。
もとから信頼はあったのだ。余程のことがなければ大丈夫だろうと、領民と接する中でヴィルマは感じていた。
「今日は、寝酒しませんか?」
酔仙の問いかけに、領主はエアルドフリスたちの顔色をうかがいながら、返答した。
「最後だからね。支障の出ない程度に」
別れの宴には、多少の酒が振る舞われたのだった。
翌朝、日が昇るころに観智たちは館を去った。
領主シュペーツは、しっかりと目を覚まして彼らを見送ることができたのだった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 エアルドフリス(ka1856) 人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2014/09/05 04:30:45 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/02 07:12:54 |