ゲスト
(ka0000)
【深棲】グラズヘイムの剣─赤の誓い─
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/04 22:00
- 完成日
- 2014/09/17 01:14
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●狂気の逃亡
大型歪虚の死。
それは、本来獲物を前にして逃亡などするはずのない「狂気」の歪虚をして、ラッツィオ島からの逃亡へと至らしめた。
魚人のようなもの。不定形のもの。触手を脚のように使うもの。様々に醜悪なそれらが方々に散っていく。
それらの多くはハンターや同盟海軍、聖堂戦士団などによって討たれたが、島周辺での討伐から辛くも逃げおおせた個体もまた、存在していた。
――そしてその討ち漏らしの一部は、西方半島本土へと『逃亡』していたのだった。
●村を巡る攻防
その村は、リゼリオから三日ほどの位置にある漁村であり、宿場町であった。
ポルトワールから陸路リゼリオを目指した場合、ちょうど一息つきたくなる場所とでも言おうか。
そんな場所にあるものだから、当然村には商人や旅人など様々な人が金を落としていく。その金を使い、村は旅人が少しでも過ごしやすい環境を整える。さらに金が入ってくる。村長は気を良くして「安全」を村の武器に加えるべく柵を巡らせ自警団を組織する。
我らが村を西方一の村に!
そんなスローガンのもと、村人たちは今日も今日とて地道に労働に勤しんでいた。
――その異形の群が、現れるまでは。
「で、何だって俺らがこんなドサ回りみてえなことしないといけない?」
グラズヘイム王国騎士団副団長にして赤の隊隊長ダンテ・バルカザールが、馬上で腕を組んだまま言った。後ろには数十の騎兵が追従しており、一糸乱れぬ行軍は見る者を惹きつけた。
副官が大声で返す。
「あんたが言ったんでしょう、『こんな島に後一日といたら馬も俺も腐っちまう』って。それでこんな役回りになったんスよ!」
「ああん?」
腕組みしたまま首を捻るダンテ。忘れてたんスか。副官が言い募ろうとした矢先、ダンテが前を指差した。その先には、街道を駆け戻ってくる数騎。斥候だ。
「報告! 敵集団は既に村の柵に取り付き自警団と交戦中! 既に少数の敵は村内に侵入していると思われ、また歪虚の群が柵を越えるのも時間の問題かと!」
「デカブツは?」
「中型クラス1、小型多数!」
「よし。このまま縦隊で突っ込むぞ。敵集団を突破後、半数が村内に留まり応戦。残りは俺と共にハンターが来るまで外から敵を削る!」
ダンテが一気に速度を上げ大剣を抜く。前方、敵影が見る間に大きくなってくる。
「ハ、大型が死んでボスにでもなったつもりか? ありがとよ、てめえが集めてくれたおかげで雑魚どもを一掃できる」
ダンテが哄笑し、釣られた一部の騎士が咆哮を上げた。副官はそんな隊長の生き生きとした後ろ姿を眺め、息をついた。
こんな戦闘狂が、何で騎士団に収まってんだ。
●グラズヘイムの剣 ─赤の誓い─
“狂気”
常軌を逸脱した精神状態を表す言葉。一般的に「狂気の」と表されるものは、極めて異常で愚かな何かと受け取られ、それらの行動は通常に容認された社会規準から強く逸れている。
だが、時として狂気が“容認された社会基準に寄り沿う”形で表出する場合もある。
◇Knight of red
狂気、狂気、狂気、狂気、狂気……ここ最近“狂気”という言葉が余りに安い。
ま、それは実際“狂気”と呼ばれてるモンだし、それが大量に押し寄せてきたんだから仕方がないと言やぁ仕方がない。
「好きだ、愛してる」なんて言葉を簡単に使うと価値が下がるとよく言うが、まさしくアレだな。
目の前の“狂気様方”は、狂気なんて大層な言葉を使うのもどうかと思う程度だ。まるで価値がねぇ。ただの敵だ。それ以上でも以下でもない。
斬っても捨てても誰からも批判されはしないし、むしろ有り難がられるときた。……こんなに都合の良いことはねぇよな。
◇Knight of kingdom
村を囲う柵の向こう、そこから望む景色は“狂気”染みていた。
最初に村に落ちた影は、鳥の形をしていた。その影を見上げた村人は、そいつと“目があった”瞬間に体の奥底から凍りつくような、訳のわからない怯えを感じたそうだ。
影はぐるりと上空を回り……やがて、地響きのような轟音と共に狂気の群れが姿を現した。
小型、と言うには随分でかい歪虚が多数。その群れの奥、中型という表現が適切かも怪しい、恐らく体長20mを下らない黒い蛇のような、竜のような、得体の知れない何かが顔を覗かせている。
我ら王国騎士団は、大規模作戦にてラッツィオ島での戦闘に貢献し、その際にも多数の狂気を屠ってきた。
今さら怯むこともないはずだが──何度見ても、“狂気”が“狂気”たる理由は、対峙するだけで身に沁みる。
その軍勢は、圧倒的な狂気を“ぶちまけ”ながら村へと這い寄っている。
「ダンテ様、ハンターたちが到着したようです!」
一撃で小型歪虚を吹き飛ばした大剣を鞘に戻すでもなく、村に到着したハンター達に目をやるダンテ隊長は少し“飽いた”様子だった。
我々は、彼と、そして今ここに到着したハンターたちと共にあの巨大な黒蛇を討伐するチームとして編成された部隊だ。
「……で、行けんのか? 行くなら今しかねぇと思うが」
どす黒い狂気が距離を詰めてくるにつれ、そして前線で小型の群れを掃討する騎士とハンターたちが活躍するたび、“出番”は近づいていた。
そして今、スタートを切るための条件は全て揃った。中型対応のハンターたちが到着。小型歪虚を担う騎士とハンターを信じて、攻め上がるのは今しかない。
緊張と恐怖が綯い交ぜの腹を抱えて立っている騎士も居るだろう。
国を、王女を、そして今襲われている村人たちを想い、勇敢に剣を握る騎士も居るだろう。
だが、“この人”は普段と何ら変わりがない──いや、普段よりずっと“生き生きとしている”んだ。
「悠長にしてると、大変なことになるぜ。やるこたぁ明確だ。作戦も頭ン中に入ってんだろ?」
あとはてめぇらの覚悟だけ、そう言わんばかりの爛爛とした瞳が強い力で見渡す。同時に彼の片側の口角が上がったのを見て、痛感させられた。
───尋常じゃない。
刹那、彼の駆る馬が翻り、黒竜のように巨大な歪虚へ一直線に駆けてゆく。
止まることなく、振り返ることもなく、ただ“敵”へ猛進する背は大きく頼もしく、そして……どこか“狂気”染みていた。
「目標は中型一体! 我らグラズヘイム王国の名にかけて、敵を討ち果たさん! 隊長に続けえ──ッ!!」
我らグラズヘイム王国騎士団は、王国の剣。
人々を守るため、そして我らが王女の願いのために、ここに来たのだ。
そうだ、今さら何を怯えることがある?
我が国のため。我が王女のため。そして人々のため。喜んで我が身を賭すと、ここに誓おう。
大型歪虚の死。
それは、本来獲物を前にして逃亡などするはずのない「狂気」の歪虚をして、ラッツィオ島からの逃亡へと至らしめた。
魚人のようなもの。不定形のもの。触手を脚のように使うもの。様々に醜悪なそれらが方々に散っていく。
それらの多くはハンターや同盟海軍、聖堂戦士団などによって討たれたが、島周辺での討伐から辛くも逃げおおせた個体もまた、存在していた。
――そしてその討ち漏らしの一部は、西方半島本土へと『逃亡』していたのだった。
●村を巡る攻防
その村は、リゼリオから三日ほどの位置にある漁村であり、宿場町であった。
ポルトワールから陸路リゼリオを目指した場合、ちょうど一息つきたくなる場所とでも言おうか。
そんな場所にあるものだから、当然村には商人や旅人など様々な人が金を落としていく。その金を使い、村は旅人が少しでも過ごしやすい環境を整える。さらに金が入ってくる。村長は気を良くして「安全」を村の武器に加えるべく柵を巡らせ自警団を組織する。
我らが村を西方一の村に!
そんなスローガンのもと、村人たちは今日も今日とて地道に労働に勤しんでいた。
――その異形の群が、現れるまでは。
「で、何だって俺らがこんなドサ回りみてえなことしないといけない?」
グラズヘイム王国騎士団副団長にして赤の隊隊長ダンテ・バルカザールが、馬上で腕を組んだまま言った。後ろには数十の騎兵が追従しており、一糸乱れぬ行軍は見る者を惹きつけた。
副官が大声で返す。
「あんたが言ったんでしょう、『こんな島に後一日といたら馬も俺も腐っちまう』って。それでこんな役回りになったんスよ!」
「ああん?」
腕組みしたまま首を捻るダンテ。忘れてたんスか。副官が言い募ろうとした矢先、ダンテが前を指差した。その先には、街道を駆け戻ってくる数騎。斥候だ。
「報告! 敵集団は既に村の柵に取り付き自警団と交戦中! 既に少数の敵は村内に侵入していると思われ、また歪虚の群が柵を越えるのも時間の問題かと!」
「デカブツは?」
「中型クラス1、小型多数!」
「よし。このまま縦隊で突っ込むぞ。敵集団を突破後、半数が村内に留まり応戦。残りは俺と共にハンターが来るまで外から敵を削る!」
ダンテが一気に速度を上げ大剣を抜く。前方、敵影が見る間に大きくなってくる。
「ハ、大型が死んでボスにでもなったつもりか? ありがとよ、てめえが集めてくれたおかげで雑魚どもを一掃できる」
ダンテが哄笑し、釣られた一部の騎士が咆哮を上げた。副官はそんな隊長の生き生きとした後ろ姿を眺め、息をついた。
こんな戦闘狂が、何で騎士団に収まってんだ。
●グラズヘイムの剣 ─赤の誓い─
“狂気”
常軌を逸脱した精神状態を表す言葉。一般的に「狂気の」と表されるものは、極めて異常で愚かな何かと受け取られ、それらの行動は通常に容認された社会規準から強く逸れている。
だが、時として狂気が“容認された社会基準に寄り沿う”形で表出する場合もある。
◇Knight of red
狂気、狂気、狂気、狂気、狂気……ここ最近“狂気”という言葉が余りに安い。
ま、それは実際“狂気”と呼ばれてるモンだし、それが大量に押し寄せてきたんだから仕方がないと言やぁ仕方がない。
「好きだ、愛してる」なんて言葉を簡単に使うと価値が下がるとよく言うが、まさしくアレだな。
目の前の“狂気様方”は、狂気なんて大層な言葉を使うのもどうかと思う程度だ。まるで価値がねぇ。ただの敵だ。それ以上でも以下でもない。
斬っても捨てても誰からも批判されはしないし、むしろ有り難がられるときた。……こんなに都合の良いことはねぇよな。
◇Knight of kingdom
村を囲う柵の向こう、そこから望む景色は“狂気”染みていた。
最初に村に落ちた影は、鳥の形をしていた。その影を見上げた村人は、そいつと“目があった”瞬間に体の奥底から凍りつくような、訳のわからない怯えを感じたそうだ。
影はぐるりと上空を回り……やがて、地響きのような轟音と共に狂気の群れが姿を現した。
小型、と言うには随分でかい歪虚が多数。その群れの奥、中型という表現が適切かも怪しい、恐らく体長20mを下らない黒い蛇のような、竜のような、得体の知れない何かが顔を覗かせている。
我ら王国騎士団は、大規模作戦にてラッツィオ島での戦闘に貢献し、その際にも多数の狂気を屠ってきた。
今さら怯むこともないはずだが──何度見ても、“狂気”が“狂気”たる理由は、対峙するだけで身に沁みる。
その軍勢は、圧倒的な狂気を“ぶちまけ”ながら村へと這い寄っている。
「ダンテ様、ハンターたちが到着したようです!」
一撃で小型歪虚を吹き飛ばした大剣を鞘に戻すでもなく、村に到着したハンター達に目をやるダンテ隊長は少し“飽いた”様子だった。
我々は、彼と、そして今ここに到着したハンターたちと共にあの巨大な黒蛇を討伐するチームとして編成された部隊だ。
「……で、行けんのか? 行くなら今しかねぇと思うが」
どす黒い狂気が距離を詰めてくるにつれ、そして前線で小型の群れを掃討する騎士とハンターたちが活躍するたび、“出番”は近づいていた。
そして今、スタートを切るための条件は全て揃った。中型対応のハンターたちが到着。小型歪虚を担う騎士とハンターを信じて、攻め上がるのは今しかない。
緊張と恐怖が綯い交ぜの腹を抱えて立っている騎士も居るだろう。
国を、王女を、そして今襲われている村人たちを想い、勇敢に剣を握る騎士も居るだろう。
だが、“この人”は普段と何ら変わりがない──いや、普段よりずっと“生き生きとしている”んだ。
「悠長にしてると、大変なことになるぜ。やるこたぁ明確だ。作戦も頭ン中に入ってんだろ?」
あとはてめぇらの覚悟だけ、そう言わんばかりの爛爛とした瞳が強い力で見渡す。同時に彼の片側の口角が上がったのを見て、痛感させられた。
───尋常じゃない。
刹那、彼の駆る馬が翻り、黒竜のように巨大な歪虚へ一直線に駆けてゆく。
止まることなく、振り返ることもなく、ただ“敵”へ猛進する背は大きく頼もしく、そして……どこか“狂気”染みていた。
「目標は中型一体! 我らグラズヘイム王国の名にかけて、敵を討ち果たさん! 隊長に続けえ──ッ!!」
我らグラズヘイム王国騎士団は、王国の剣。
人々を守るため、そして我らが王女の願いのために、ここに来たのだ。
そうだ、今さら何を怯えることがある?
我が国のため。我が王女のため。そして人々のため。喜んで我が身を賭すと、ここに誓おう。
リプレイ本文
◆拓かれなかった血路
結論から言おう。
黒蛇接敵までにハンターは3割損耗、騎士に至っては5割を損耗。血路の代償は、高くついた。
血路を拓くべき小型対応班には、初撃の勢いが足りなかった。突撃からしばし、その勢いも完全に消えつつある。王国騎士団副隊長にして赤の隊隊長を務めるダンテ・バルカザールはやれやれと、燃えるような赤髪を掻き毟った。
号令が響く。騎士達が突撃開始。先陣切って、8頭の騎馬が戦場を駆ける。先頭を行くダンテが巨大な剣を一払い。歪虚は他の個体を巻き込んで吹き飛び、騎士らもそれに続けと猛る。時に歪虚の攻撃を受けながら、それでも脚を止めることは許されぬまま突き進む。そうして出来た血路を5人のハンターが駆けた。
他方、村外れにぽつんと建つ石造りの民家。東側の家のルーフで銃を構えた男がいた。
「あと数mで攻撃圏内です」
静架(ka0387)は、トランシーバーの周波数を合わせ、中型対応班へ情報を送る。
かたや、西側の家屋の上には三日月 壱(ka0244)。
「本当に、蛇のようにずるずる移動してきています。速度は僕らより速いですね。注意して下さい」
二人は、敢えて後方に残り、別の角度から近接部隊のバックアップに回っていた。
「体に特別凹凸など目立った部位はありませんね。蛇のように、というか摩擦を受けにくそうな印象ではあります」
「やはり蛇……という表現で概ね適切でしょうか。竜を食した事はありませんが、海蛇とナマコは結構美味いです。まぁ、食欲をそそらないサイズですけど」
届く会話が狂気に捉われぬよう心を繋ぎとめてくれる。雑談ができるうちは、余裕があると言うことだ。
「竜は盛り過ぎだろ、俺にはミミズに見える」
無線を聞いていた訳ではないが、文月 弥勒(ka0300)が嘲る。
──あんなデカブツをやれば俺も箔がつくってもんだ。
自然と鼓動が早まる。楽しみだとすら口にしそうになるが、少年の着けた仮面がそれを覆い隠した。
「そういや……今まで、ボクって人間大の敵としか戦ったことねえ」
ルリ・エンフィールド(ka1680)も、弥勒と似た心境だったのだろう。近くのハンターにだけ聴こえる声で「ワクワクする」と囁いた。
「とはいえ、どのみちコイツは焼いても食えなさそうだし、さっさと終わらせて帰りたいぜ……」
「後方の包囲が完了するようだ。準備はいいか?」
静架の報せを受け、アーサー・ホーガン(ka0471)が弥勒とルリに促す。二人は無線を所持していない為、指示が届くまでタイムラグが生じるようだ。
当の指示者──静架の瞳に映るのは、土煙を上げ、黒蛇に回り込む幾つもの騎馬兵。対象は銃の射程まで数m。
少年は、無線はそのままに照準を合わせた。
「……配置完了。正面対応各員は攻撃を開始して下さい」
ハンターらは、蛇の進行方向手前に位置どった。だが、接近するまでの間に蛇はハンターを障害とみなしていたらしい。敵は既に鎌首を擡げている。まるでハンターらが近くに来るのを待っているかのようだ。その様子に、壱の全身に戦慄が走る。
『危険です! 皆さん一旦離れて下さい!』
判断は、一瞬。少年は無線を握りしめ、気持ちの限りに声を張る。
警告から間もなく、ハンターらが数瞬前まで居た場所は伸びてきた巨大な口に一掃された。
体躯に見合わぬスピードに脅威を感じた者も少なくはない。しかし、あろうことか弥勒は口角を上げた。
──あんな巨大なモンとやりあえるハンターってのは最高だ。
だが、中型歪虚を討伐したというだけの事実に、英雄的な死は要らない。同時に、そんな感慨も過る。
強大な蛇の胴部、直径凡そ4m。"斬る"、そのイメージで少年は腰を深く落とし、力強く踏込んだ。
剣へ全身の力を注ぎこむように繰り出す強打。
「……堅ぇ」
土塗れの黒い表皮──それは蛇の鱗と言うには余りに硬く、まるで甲殻のようだ。
続くアーサーも、攻め上がる最後の踏込に力を込め、トライデントを握り締めた。マテリアルを注ぎ込み、狙いを定めて振り抜くように貫く。元より弥勒の一撃で割れた鱗は容易く穂先を飲み込み、ずぶりと肉を穿つ感触を確かめてから青年は槍を引き抜いた。
「かはは、良いじゃねぇか。中々食いごたえのありそうなデザートだぜ」
呵呵と傲笑。見上げた口は、変わらず貪欲そうに開かれていた。
『皆さん、また首が!』
蛇の鎌首が右に大きく揺れた。次の瞬間、前方の障害全てを喰らい尽くすように再び蛇の首が伸びた。
だが、今度ばかりは間に合わず、イーディス・ノースハイド(ka2106)が餌食となった。凶悪な牙が少女の柔らかな肉に食い込み、噛み付きは圧力を増してゆく。体が断ち切れるほどの強烈な痛みが全身を支配し始める。
「悪いけど……食われる訳には……!」
『今なら間に合います、早くイーディスさんを!』
壱の叫びをアーサーが復唱。そして全戦力が呼応した。蛇の口が地表近くにある今、直接攻撃が可能だ。ハンター達から雨の如き乱打が繰り出され、衝撃に歪虚の咬み合わせが緩んでゆく。
「この、蛇が……ッ!」
ルリの一撃。思い切り振りかぶった剣を片顎に叩きつければがくりと顎が下がり、イーディスが漸く死地を脱した。だが、盾でカバー出来なかった背中から大腿部にかけて深い咬傷に侵され、出血が酷い。
回復のため、イーディスを一時離脱させねばならない──それを受け、騎士達が後方で唸りを上げた。
◇
戦が始まって間もないというのに、カナタ・ハテナ(ka2130)は治療に追われていた。
拓かれなかった蛇へ至る道を自分たちの手で作る為、騎士たちはハンターに先行して強引に道をこじ開けた。それに加え、中型の脇を抜け後方へ回る過程で更に小型歪虚を相手にしたこともあり、騎士は既に損耗50%を突破。
カナタには無線もなく、戦いの状況は解らない。だが、今出来ることは、目の前の騎士を治療することと信じて少女は奔走した。だが、その最中、カナタは悪夢のような光景を目の当たりにした。
突如尾が鞭のようにしなり、後方の騎士達が文字通り"一掃"された。瞬きする間の出来事だった。
後方を騎士らに任せて勝手に脇腹を狙いに行っていたダンテと、カナタの治療を受けていた一人の騎士を除く、全ての騎士がそれに薙ぎ払われた。
たった一撃でも当たれば馬など一発で命を落とす。過半数の騎馬がそこで息絶えたほか、吹き飛ばされた揚句、苛烈な攻撃に意識を失った騎士もいる。元々損耗していたことも大きいが、たった一撃で壊滅状態に陥ったと解る。
すると、地に伏した騎士らに脇目も振らず、真っ赤な髪の男が駆け抜け、彼らの目の前に立ちはだかった。
「ダンテどん、一人では……!」
だが、ダンテはそれに応えない。
男の有様に、カナタは言葉を飲み込んだ。言葉をかける前に、成すべきことがあることは理解している。
「誰も死なせないのじゃ……もう2度と繰り返させないのじゃ……目の前の人を救えないのは、もう沢山なのじゃ」
◆ニーズヘッグの悪食
全身に土が付着していたことの意味──ハンターたちの懸念通りに、"それ"は起こった。
「何か、来そうです! 一度離れて下さい!」
空高く伸びあがったかと思えば垂直に頭部を落下させ、ハンター達の眼前で蛇は"地中へ潜り始めた"。
地面を食い破り、轟音を立て、土煙を巻き起こしながら大地を揺さぶっている。
その蛇と静架の直線距離、凡そ20m。氷のようにほの白い蒼眼が、いま好機を捉えた。
──チャンスは己の手で生み出すものです。
地に頭を突っ込んだ蛇目掛け、躊躇いなく引き金を引く。……命中。もう一撃、この機に畳みかけたい。
再び狙いをすます静架に対し、一方の壱は蛇の動きに着目していた。
あの巨体全てが潜り切るにはまだ少しの時間がかかるだろう。一体どこに行こうとしている?
……推測を巡らせようとした壱だが、そこで恐ろしいことに気がついた。
体が地上に残っている蛇を狙おうとしているハンターがいる。
「アーサーさん、ルリさん、何が起こるか解らない以上、危険です! 離脱して下さい!」
咄嗟の壱の指示も、無線をもたないルリに届くには些か時間がかかった。誰かの口を介して警告に従ったのであれば間に合わなかっただろう。だが……既にルリは離脱を開始していた。狙おうとしていた"強打"をセットし忘れ、予定が狂って攻撃を見送った為だ。だが、これは少女にとって好運と言えた。
壱の視線の先にいるアーサーは、既に地に潜る最中の蛇へと大剣を振り下ろした後だった。
少年の声が届かなかった訳でも、アーサーが警告を無視した訳でもない。
ただ一つ原因を述べるとしたら、それは"アーサーが壱より素早かった"だけのことだ。
突如、アーサーの足元付近に、ぽっかりと黒い大穴が開いた。
穴は鋭利な牙がびっしり生え、なお悪いことに"地上へ飛び出してきた"。
敵が潜りきったら離脱するつもりでいたアーサーは、まだ尾が出ている蛇の攻撃に準備できていなかった。
既に攻撃行動直後。全力移動による離脱は不可能。ならばと、青年は咄嗟の判断で地に槍を突き立て、棒高跳びの要領で跳躍。
辛うじて、突っ込んでくる大口から身を逸らしたアーサーだが、腹部から胸まで広範囲を食い破られた。
「──ッ!!」
激しく吹き飛び、アーサーの身体が地を転がる。だが、いま彼を治療できる者は居ない。
「なんだよ、今の……」
ルリが喉を鳴らした。強打を装備し忘れていなければ、狙われていたのは自分だったかもしれない。
ずるり──また、蛇が村へと近づいた。
『敵全身、地上に再出現。村までの距離、約18m!』
◇
『中型接近! 村まで、約14m!』
蛇は徐々に村へ接近していた。理由は明白だ。攻撃直後、ハンターは距離をとるべく後退。そこを黒蛇がずるりと前進するものだから、繰り返すほど村へ近づくのは当然のことだった。既に回復手段を使いきったハンターもおり、体力的リミットもすぐ傍に迫っている。
「フードスイング、来るぞ!」
「っと、危ねぇ。頼りにしてるぜ、相棒」
「構いませんが、私も長くはもちませ……ッ!」
イーディスは、守りの構えに徹していたが苛烈な攻撃はダメージを免れない……だけではなかった。少女の足を引っ張るのは最初に負った咬傷の痛み。損傷した大腿部では踏ん張りが効かないのだろう。少女はスイングの威力に押しやられ、そのまま後方に庇っていた弥勒共々大きく弾き飛ばされた。
『イーディスさんが損傷! 文月さんも、戦線復帰まで10秒超はかかります!』
『ルリさん、カバーを頼みます』
無線を持つアーサーは倒れ、イーディスも後方。ルリは無線を持たないため、ただただ蛇へと挑むほかない。
──イーディスは回復を使いきってる。……ボクが抑えねぇと。
小さな全身が心臓になったみたいにどくどくと激しく鼓動をしていたけれど、息を吸い込むと頭がクリアになる気がする。
「近くで見ると、やっぱでけぇなぁ」
はは、と自嘲気味に呟いて、剣を握りしめた。強力な踏込。ドワーフならではの胆力を以て、足の指一本一本まで力を込めて地を捉える。一閃。ルリの渾身の一撃が蛇の巨体を揺らした。けれど……ずるり。狂気は這い寄る。
「下がっといた方がいいんじゃねぇのか」
同タイミングで戦線復帰した弥勒の問いに、イーディスは答えなかった。
──我らの背後には王女が庇護を願う同盟国の民が居ります以上、我が身の力は微力なれど、全力を尽くして事に当たらせて頂く所存です。
戦いの前、自らが告げた言葉が過る。その言葉に嘘はない。
今、私にできることは一つしかないんだ──少女は胸中で、そんな言葉を投げ打った。
「知らねぇぞ」
腹を括った貌の少女に悪態をつき、弥勒は再び攻撃に転じる。殴打のような斬撃に続いて銃弾が飛び交い、イーディスが、ルリがラッシュをかける。
『敵、攻撃きます!」
壱の声に促され、イーディスの視線が貪婪な口を間近に捉える。開戦時と比べ、牙の多くは砕け、口の端が大きく裂けている様子が見えた。
──無様だな。だが、それもお互い様というものか。
蛇も、余力が無いようだ。特にダンテの一撃が加わった瞬間、全身を痙攣させて動きを鈍らせていた。なれば、あと少し持ち堪えれば我々の勝利だ。
鎌首を擡げる蛇は余りに大きく強く。その影は、暗く濃く、どこか死を想起させる。それでもイーディスは、ルリを庇うように立ち、盾を構えた。直後、凶悪な一撃が少女を襲い、その体は大量の赤と共に大地に投げ出された。
『イーディスさん……戦闘不能』
しかし、その時。
突然、黒蛇が一際大きな咆哮をあげた。怨嗟の唸りは大気を震わせ、その場全ての覚醒者が大蛇を振り仰いだ。
驚く壱と静架の耳に聞きなれない声が響く。
『"前"は何をやってる』
『戦闘不能者が半数……もう、後がありません』
『それに、今残ってる二人は無線を所持していないんです。僕らの声はもう届かなくて……!』
『解った』
無線から届いたダンテの声は、それが最後だった。
倒れ伏すハンターを背に、弥勒がまた一撃を繰り出す。無線もなく、戦況はよくわからない。そこかしこで剣と魔法のドンパチが続く戦場だ。離れた場所に居る壱や静架の声が何の補助もなしに耳に届く方が奇跡だろう。
何度も繰り返された蛇の攻撃予備動作。気付いた弥勒は大きく息を吸い込む。間一髪、少年は咬撃を回避できたが……ルリには、それができなかった。無残に吹き飛ぶ小さな体。遂に、弥勒は黒蛇と1対1に追い込まれた。
体力と気力の臨界。極限の緊張を踏み越えて、少年が再び剣を構える。
──少年は知らなかった。
壱の攻撃が敵の狙いを逸らし続けていたことを。
静架の一撃が歪虚をクリティカルに穿ち抜いていたことを。
そして、燃えるような赤髪の男が迫っていたことを。
「邪魔する奴は……殺す!」
滴る汗が頬を伝うのも忘れ、弥勒は渾身の一撃を見舞った。
ぐらりと傾く姿態。それでも、敵は大口を開けた。回避は間に合わない。
……来る攻撃を覚悟した、その時だった。
「トドメは貰うぜ、少年」
弥勒の世界に飛び込んできたのは、真っ赤な男。途方もなく巨大な剣をぶん回し、男は笑った。
数瞬前まで"黒蛇だったもの"は雄叫びを上げ、巨体の輪郭は曖昧に歪み、大気に溶けるようにして黒く霞んでゆく。
その一瞬は時間の概念が消失したかのように、不思議と長く、驚くほど静かだった。
村までの距離、あと8m。死闘は、勝利をもって幕を閉じた。だが、彼ら王国騎士団にはまだすべきことがある。
「全軍突撃ィ!! 目標、その辺の雑魚ども! お前ら、くたばるなら敵の1匹でも殺してくたばりやがれ!!」
再び先頭切って馬を駆るダンテと追従する騎士を見送り、タフな連中だとハンターらは笑い声をあげた。
結論から言おう。
黒蛇接敵までにハンターは3割損耗、騎士に至っては5割を損耗。血路の代償は、高くついた。
血路を拓くべき小型対応班には、初撃の勢いが足りなかった。突撃からしばし、その勢いも完全に消えつつある。王国騎士団副隊長にして赤の隊隊長を務めるダンテ・バルカザールはやれやれと、燃えるような赤髪を掻き毟った。
号令が響く。騎士達が突撃開始。先陣切って、8頭の騎馬が戦場を駆ける。先頭を行くダンテが巨大な剣を一払い。歪虚は他の個体を巻き込んで吹き飛び、騎士らもそれに続けと猛る。時に歪虚の攻撃を受けながら、それでも脚を止めることは許されぬまま突き進む。そうして出来た血路を5人のハンターが駆けた。
他方、村外れにぽつんと建つ石造りの民家。東側の家のルーフで銃を構えた男がいた。
「あと数mで攻撃圏内です」
静架(ka0387)は、トランシーバーの周波数を合わせ、中型対応班へ情報を送る。
かたや、西側の家屋の上には三日月 壱(ka0244)。
「本当に、蛇のようにずるずる移動してきています。速度は僕らより速いですね。注意して下さい」
二人は、敢えて後方に残り、別の角度から近接部隊のバックアップに回っていた。
「体に特別凹凸など目立った部位はありませんね。蛇のように、というか摩擦を受けにくそうな印象ではあります」
「やはり蛇……という表現で概ね適切でしょうか。竜を食した事はありませんが、海蛇とナマコは結構美味いです。まぁ、食欲をそそらないサイズですけど」
届く会話が狂気に捉われぬよう心を繋ぎとめてくれる。雑談ができるうちは、余裕があると言うことだ。
「竜は盛り過ぎだろ、俺にはミミズに見える」
無線を聞いていた訳ではないが、文月 弥勒(ka0300)が嘲る。
──あんなデカブツをやれば俺も箔がつくってもんだ。
自然と鼓動が早まる。楽しみだとすら口にしそうになるが、少年の着けた仮面がそれを覆い隠した。
「そういや……今まで、ボクって人間大の敵としか戦ったことねえ」
ルリ・エンフィールド(ka1680)も、弥勒と似た心境だったのだろう。近くのハンターにだけ聴こえる声で「ワクワクする」と囁いた。
「とはいえ、どのみちコイツは焼いても食えなさそうだし、さっさと終わらせて帰りたいぜ……」
「後方の包囲が完了するようだ。準備はいいか?」
静架の報せを受け、アーサー・ホーガン(ka0471)が弥勒とルリに促す。二人は無線を所持していない為、指示が届くまでタイムラグが生じるようだ。
当の指示者──静架の瞳に映るのは、土煙を上げ、黒蛇に回り込む幾つもの騎馬兵。対象は銃の射程まで数m。
少年は、無線はそのままに照準を合わせた。
「……配置完了。正面対応各員は攻撃を開始して下さい」
ハンターらは、蛇の進行方向手前に位置どった。だが、接近するまでの間に蛇はハンターを障害とみなしていたらしい。敵は既に鎌首を擡げている。まるでハンターらが近くに来るのを待っているかのようだ。その様子に、壱の全身に戦慄が走る。
『危険です! 皆さん一旦離れて下さい!』
判断は、一瞬。少年は無線を握りしめ、気持ちの限りに声を張る。
警告から間もなく、ハンターらが数瞬前まで居た場所は伸びてきた巨大な口に一掃された。
体躯に見合わぬスピードに脅威を感じた者も少なくはない。しかし、あろうことか弥勒は口角を上げた。
──あんな巨大なモンとやりあえるハンターってのは最高だ。
だが、中型歪虚を討伐したというだけの事実に、英雄的な死は要らない。同時に、そんな感慨も過る。
強大な蛇の胴部、直径凡そ4m。"斬る"、そのイメージで少年は腰を深く落とし、力強く踏込んだ。
剣へ全身の力を注ぎこむように繰り出す強打。
「……堅ぇ」
土塗れの黒い表皮──それは蛇の鱗と言うには余りに硬く、まるで甲殻のようだ。
続くアーサーも、攻め上がる最後の踏込に力を込め、トライデントを握り締めた。マテリアルを注ぎ込み、狙いを定めて振り抜くように貫く。元より弥勒の一撃で割れた鱗は容易く穂先を飲み込み、ずぶりと肉を穿つ感触を確かめてから青年は槍を引き抜いた。
「かはは、良いじゃねぇか。中々食いごたえのありそうなデザートだぜ」
呵呵と傲笑。見上げた口は、変わらず貪欲そうに開かれていた。
『皆さん、また首が!』
蛇の鎌首が右に大きく揺れた。次の瞬間、前方の障害全てを喰らい尽くすように再び蛇の首が伸びた。
だが、今度ばかりは間に合わず、イーディス・ノースハイド(ka2106)が餌食となった。凶悪な牙が少女の柔らかな肉に食い込み、噛み付きは圧力を増してゆく。体が断ち切れるほどの強烈な痛みが全身を支配し始める。
「悪いけど……食われる訳には……!」
『今なら間に合います、早くイーディスさんを!』
壱の叫びをアーサーが復唱。そして全戦力が呼応した。蛇の口が地表近くにある今、直接攻撃が可能だ。ハンター達から雨の如き乱打が繰り出され、衝撃に歪虚の咬み合わせが緩んでゆく。
「この、蛇が……ッ!」
ルリの一撃。思い切り振りかぶった剣を片顎に叩きつければがくりと顎が下がり、イーディスが漸く死地を脱した。だが、盾でカバー出来なかった背中から大腿部にかけて深い咬傷に侵され、出血が酷い。
回復のため、イーディスを一時離脱させねばならない──それを受け、騎士達が後方で唸りを上げた。
◇
戦が始まって間もないというのに、カナタ・ハテナ(ka2130)は治療に追われていた。
拓かれなかった蛇へ至る道を自分たちの手で作る為、騎士たちはハンターに先行して強引に道をこじ開けた。それに加え、中型の脇を抜け後方へ回る過程で更に小型歪虚を相手にしたこともあり、騎士は既に損耗50%を突破。
カナタには無線もなく、戦いの状況は解らない。だが、今出来ることは、目の前の騎士を治療することと信じて少女は奔走した。だが、その最中、カナタは悪夢のような光景を目の当たりにした。
突如尾が鞭のようにしなり、後方の騎士達が文字通り"一掃"された。瞬きする間の出来事だった。
後方を騎士らに任せて勝手に脇腹を狙いに行っていたダンテと、カナタの治療を受けていた一人の騎士を除く、全ての騎士がそれに薙ぎ払われた。
たった一撃でも当たれば馬など一発で命を落とす。過半数の騎馬がそこで息絶えたほか、吹き飛ばされた揚句、苛烈な攻撃に意識を失った騎士もいる。元々損耗していたことも大きいが、たった一撃で壊滅状態に陥ったと解る。
すると、地に伏した騎士らに脇目も振らず、真っ赤な髪の男が駆け抜け、彼らの目の前に立ちはだかった。
「ダンテどん、一人では……!」
だが、ダンテはそれに応えない。
男の有様に、カナタは言葉を飲み込んだ。言葉をかける前に、成すべきことがあることは理解している。
「誰も死なせないのじゃ……もう2度と繰り返させないのじゃ……目の前の人を救えないのは、もう沢山なのじゃ」
◆ニーズヘッグの悪食
全身に土が付着していたことの意味──ハンターたちの懸念通りに、"それ"は起こった。
「何か、来そうです! 一度離れて下さい!」
空高く伸びあがったかと思えば垂直に頭部を落下させ、ハンター達の眼前で蛇は"地中へ潜り始めた"。
地面を食い破り、轟音を立て、土煙を巻き起こしながら大地を揺さぶっている。
その蛇と静架の直線距離、凡そ20m。氷のようにほの白い蒼眼が、いま好機を捉えた。
──チャンスは己の手で生み出すものです。
地に頭を突っ込んだ蛇目掛け、躊躇いなく引き金を引く。……命中。もう一撃、この機に畳みかけたい。
再び狙いをすます静架に対し、一方の壱は蛇の動きに着目していた。
あの巨体全てが潜り切るにはまだ少しの時間がかかるだろう。一体どこに行こうとしている?
……推測を巡らせようとした壱だが、そこで恐ろしいことに気がついた。
体が地上に残っている蛇を狙おうとしているハンターがいる。
「アーサーさん、ルリさん、何が起こるか解らない以上、危険です! 離脱して下さい!」
咄嗟の壱の指示も、無線をもたないルリに届くには些か時間がかかった。誰かの口を介して警告に従ったのであれば間に合わなかっただろう。だが……既にルリは離脱を開始していた。狙おうとしていた"強打"をセットし忘れ、予定が狂って攻撃を見送った為だ。だが、これは少女にとって好運と言えた。
壱の視線の先にいるアーサーは、既に地に潜る最中の蛇へと大剣を振り下ろした後だった。
少年の声が届かなかった訳でも、アーサーが警告を無視した訳でもない。
ただ一つ原因を述べるとしたら、それは"アーサーが壱より素早かった"だけのことだ。
突如、アーサーの足元付近に、ぽっかりと黒い大穴が開いた。
穴は鋭利な牙がびっしり生え、なお悪いことに"地上へ飛び出してきた"。
敵が潜りきったら離脱するつもりでいたアーサーは、まだ尾が出ている蛇の攻撃に準備できていなかった。
既に攻撃行動直後。全力移動による離脱は不可能。ならばと、青年は咄嗟の判断で地に槍を突き立て、棒高跳びの要領で跳躍。
辛うじて、突っ込んでくる大口から身を逸らしたアーサーだが、腹部から胸まで広範囲を食い破られた。
「──ッ!!」
激しく吹き飛び、アーサーの身体が地を転がる。だが、いま彼を治療できる者は居ない。
「なんだよ、今の……」
ルリが喉を鳴らした。強打を装備し忘れていなければ、狙われていたのは自分だったかもしれない。
ずるり──また、蛇が村へと近づいた。
『敵全身、地上に再出現。村までの距離、約18m!』
◇
『中型接近! 村まで、約14m!』
蛇は徐々に村へ接近していた。理由は明白だ。攻撃直後、ハンターは距離をとるべく後退。そこを黒蛇がずるりと前進するものだから、繰り返すほど村へ近づくのは当然のことだった。既に回復手段を使いきったハンターもおり、体力的リミットもすぐ傍に迫っている。
「フードスイング、来るぞ!」
「っと、危ねぇ。頼りにしてるぜ、相棒」
「構いませんが、私も長くはもちませ……ッ!」
イーディスは、守りの構えに徹していたが苛烈な攻撃はダメージを免れない……だけではなかった。少女の足を引っ張るのは最初に負った咬傷の痛み。損傷した大腿部では踏ん張りが効かないのだろう。少女はスイングの威力に押しやられ、そのまま後方に庇っていた弥勒共々大きく弾き飛ばされた。
『イーディスさんが損傷! 文月さんも、戦線復帰まで10秒超はかかります!』
『ルリさん、カバーを頼みます』
無線を持つアーサーは倒れ、イーディスも後方。ルリは無線を持たないため、ただただ蛇へと挑むほかない。
──イーディスは回復を使いきってる。……ボクが抑えねぇと。
小さな全身が心臓になったみたいにどくどくと激しく鼓動をしていたけれど、息を吸い込むと頭がクリアになる気がする。
「近くで見ると、やっぱでけぇなぁ」
はは、と自嘲気味に呟いて、剣を握りしめた。強力な踏込。ドワーフならではの胆力を以て、足の指一本一本まで力を込めて地を捉える。一閃。ルリの渾身の一撃が蛇の巨体を揺らした。けれど……ずるり。狂気は這い寄る。
「下がっといた方がいいんじゃねぇのか」
同タイミングで戦線復帰した弥勒の問いに、イーディスは答えなかった。
──我らの背後には王女が庇護を願う同盟国の民が居ります以上、我が身の力は微力なれど、全力を尽くして事に当たらせて頂く所存です。
戦いの前、自らが告げた言葉が過る。その言葉に嘘はない。
今、私にできることは一つしかないんだ──少女は胸中で、そんな言葉を投げ打った。
「知らねぇぞ」
腹を括った貌の少女に悪態をつき、弥勒は再び攻撃に転じる。殴打のような斬撃に続いて銃弾が飛び交い、イーディスが、ルリがラッシュをかける。
『敵、攻撃きます!」
壱の声に促され、イーディスの視線が貪婪な口を間近に捉える。開戦時と比べ、牙の多くは砕け、口の端が大きく裂けている様子が見えた。
──無様だな。だが、それもお互い様というものか。
蛇も、余力が無いようだ。特にダンテの一撃が加わった瞬間、全身を痙攣させて動きを鈍らせていた。なれば、あと少し持ち堪えれば我々の勝利だ。
鎌首を擡げる蛇は余りに大きく強く。その影は、暗く濃く、どこか死を想起させる。それでもイーディスは、ルリを庇うように立ち、盾を構えた。直後、凶悪な一撃が少女を襲い、その体は大量の赤と共に大地に投げ出された。
『イーディスさん……戦闘不能』
しかし、その時。
突然、黒蛇が一際大きな咆哮をあげた。怨嗟の唸りは大気を震わせ、その場全ての覚醒者が大蛇を振り仰いだ。
驚く壱と静架の耳に聞きなれない声が響く。
『"前"は何をやってる』
『戦闘不能者が半数……もう、後がありません』
『それに、今残ってる二人は無線を所持していないんです。僕らの声はもう届かなくて……!』
『解った』
無線から届いたダンテの声は、それが最後だった。
倒れ伏すハンターを背に、弥勒がまた一撃を繰り出す。無線もなく、戦況はよくわからない。そこかしこで剣と魔法のドンパチが続く戦場だ。離れた場所に居る壱や静架の声が何の補助もなしに耳に届く方が奇跡だろう。
何度も繰り返された蛇の攻撃予備動作。気付いた弥勒は大きく息を吸い込む。間一髪、少年は咬撃を回避できたが……ルリには、それができなかった。無残に吹き飛ぶ小さな体。遂に、弥勒は黒蛇と1対1に追い込まれた。
体力と気力の臨界。極限の緊張を踏み越えて、少年が再び剣を構える。
──少年は知らなかった。
壱の攻撃が敵の狙いを逸らし続けていたことを。
静架の一撃が歪虚をクリティカルに穿ち抜いていたことを。
そして、燃えるような赤髪の男が迫っていたことを。
「邪魔する奴は……殺す!」
滴る汗が頬を伝うのも忘れ、弥勒は渾身の一撃を見舞った。
ぐらりと傾く姿態。それでも、敵は大口を開けた。回避は間に合わない。
……来る攻撃を覚悟した、その時だった。
「トドメは貰うぜ、少年」
弥勒の世界に飛び込んできたのは、真っ赤な男。途方もなく巨大な剣をぶん回し、男は笑った。
数瞬前まで"黒蛇だったもの"は雄叫びを上げ、巨体の輪郭は曖昧に歪み、大気に溶けるようにして黒く霞んでゆく。
その一瞬は時間の概念が消失したかのように、不思議と長く、驚くほど静かだった。
村までの距離、あと8m。死闘は、勝利をもって幕を閉じた。だが、彼ら王国騎士団にはまだすべきことがある。
「全軍突撃ィ!! 目標、その辺の雑魚ども! お前ら、くたばるなら敵の1匹でも殺してくたばりやがれ!!」
再び先頭切って馬を駆るダンテと追従する騎士を見送り、タフな連中だとハンターらは笑い声をあげた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 イーディス・ノースハイド(ka2106) 人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/09/04 21:57:05 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/08/31 14:09:34 |