ゲスト
(ka0000)
【深棲】グラズヘイムの願い―乙女の祈り―
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~4人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/04 22:00
- 完成日
- 2014/09/12 21:00
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●狂気の逃亡
大型歪虚の死。
それは、本来獲物を前にして逃亡などするはずのない「狂気」の歪虚をして、ラッツィオ島からの逃亡へと至らしめた。
魚人のようなもの。不定形のもの。触手を脚のように使うもの。様々に醜悪なそれらが方々に散っていく。
それらの多くはハンターや同盟海軍、聖堂戦士団などによって討たれたが、島周辺での討伐から辛くも逃げおおせた個体もまた、存在していた。
――そしてその討ち漏らしの一部は、西方半島本土へと『逃亡』していたのだった。
●招かれざる客
絶望が、押し寄せてきた。そう思わざるを得なかった。
轟々と土煙を上げながら近づいてくる集団。この村を滅ぼすためには、あの何分の一で十分か。
戦っても無駄だ、とすぐに知れる。逃げよう。誰かが言った。逃げるたって、何処に。誰かが言った。
逃げても無駄だ、とすぐに知れる。先に喰われるか、後に喰われるかの違いしかない。
「家族と一緒に最後を迎えたい奴は行けよ」
我知らず、呟いていた。
自警団のリーダー? 村で数少ない覚醒者?
「誰も文句なんか言わねえよ。皆死ぬ。どうせ死ぬなら、迎えたい最後を迎えりゃいい」
――マリィ。俺はお前が喰われる所なんか見たくない。
「俺は闘うぞ。俺は、抗う」
我ながら笑ってしまうくらいの自己防衛。どこまでも後ろ向きな理由だった。
虚栄も此処までくれば立派極まる。
皆死ぬのなら、先に死ぬべきが俺だ。それが、覚醒者である俺の責務だ。
そう誤魔化して、蓋をした。
誰かが銃を置いて、柵から離れていった。
振り返る事もなく。駆けていく。また、誰かが言った。
その時だ。
捨て置かれた銃を拾い上げる者が、居た。
「おや。君たちは逃げないのかい?」
その何者かが言った。慌てて振り向く。
「……誰だ、お前」
「おお、いや、我々は」
「メガネ。アンタは黙ってなよ」
「……」
ひょろ長い男は黙り込んだ。極めて不服そうだが。
女だ。上背はかなりあるが、出る所は出て引き締まった身体。カタギの人間ではないと知れた。女は名乗りはしなかったが、嘆息をして、こう言った。
「アタシらは通りすがりのハンターだよ。ちょうどリゼリオに帰る途中でね……」
●日常
その村は、リゼリオから三日ほどの位置にある漁村であり、宿場町であった。
ポルトワールから陸路リゼリオを目指した場合、ちょうど一息つきたくなる場所とでも言おうか。
そんな場所にあるものだから、当然村には商人や旅人など様々な人が金を落としていく。その金を使い、村は旅人が少しでも過ごしやすい環境を整える。さらに金が入ってくる。村長は気を良くして「安全」を村の武器に加えるべく柵を巡らせ自警団を組織する。
我らが村を西方一の村に!
そんなスローガンのもと、村人たちは今日も今日とて地道に労働に勤しんでいた。
――その異形の群が、現れるまでは。
●崩壊の序章
村の中央に位置する広場に住人を集める。護るべきが散らばると、いらぬ混乱の元となるというメガネの提案だった。それは今のところ成功しているように思えた。逃げる場所はない、とあの男は言い放った。クドクドと逃げる事の無意味さを問いて。
遠くから、銃声が響く。柵の向こうから来る敵を撃っている音だ。
アタシは此処で、村人達の護衛と見張りをしている。
――適当な所でずらかりたいけど……。
内心は飲み込んで、前線の様子を伺う。
その時だ。
「……!?」
視線を感じて、振り返った。
地上。居ない。アタシの様子に、不安を深める村人達。
見渡す。居ない。気配はないままだ。
そこに。
「……鳥?」
ヒュイ、と。音がした。瞬後だ。身体が勝手に動いた。
放ったナイフは、鳥を貫いていた。血が弾け、村人たちに返り血が弾ける。
途端、悲鳴が響いた。
「落ち着きな!!」
悲鳴と、混乱に負けぬように声を張った、その時だ。
ぞく、と。背筋が凍った。
「……やっぱりかィ」
鳥の死体が、『消えていた』。
悪寒の正体は、鳥が歪虚だったことじゃない。
それは、予想していた事だ。
背筋を貫く、数多の、殺気。濃密な狂気が、確かに『此処』に、届いていた。
●凶鳥/吉兆
逆茂木の中に仕込まれた杭に身を貫かれながらも、歪虚は反対側に立つ俺たちに執着している。少しでも奴らに知性があれば、俺達は瞬く間に喰らい尽くされていただろうが、おかげで何とか凌げていたのだ。
――敵の動きが、変わるまでは。
後方で、悲鳴。それと同時に、歪虚の一部が、【柵をよじ登るようにして後方へと抜けた】。
柵も。俺たちも。ただの障害物かのように。
俺たちという【餌】が、機能しなくなった瞬間だった。
意表を突かれた俺たちは慌てて掃射する。だが、変わらず俺たちを狙う歪虚もいて、そいつらは柵にぶつかり、柵をその身体で押し上げようとしている。
「……なんだ、これは!」
メガネは雄叫びを上げながら掃射。
「リィィィィィズ!!! 何があった!!!!」
大喝するメガネだが、全く反応はない。
いや。
聞こえないのだ。
凄まじい轟音が、響いたのだから。
「――ははっ! はははっ!!」
瞬後。『それ』を見て、俺は笑い出していた。
だって。
見ろよ。
目の前で、歪虚の一団が、横合いから突っ込んできた騎士達に喰い散らかされている。
「来た。来た。来た……ッ!」
助けだ。助けが来た。成り行きで死にかけた不幸なハンター達やこの場に残った自警団も喝采を上げているようだ。
「一時はどうなるかと思ったが」
前言撤回だ。逆茂木を遮蔽に魔導銃を乱射しているメガネは冷静にそう言った。丸っこい眼鏡を指で押し上げて言う。
「私の科学的探求はどうやらまだまだ続くらしい」
女の勧めに従って、隣の男を無視して敵を撃った。甲殻風の歪虚が泡を吹いて斃れ、そのまま後続に呑まれて潰れた。
「撃てェ! 手を止めるな……!」
――マリィ。
怒声を上げながら、名を呼んだ。生きて、お前にまた会える。この希望の熱さが――君に、伝わるか。
「もう、絶望しなくても良いんだ……!!」
マリィ。君に届け、と。そう願って、銃を撃った。
●純白の祈り
遠く、王国の地で。システィーナ・グラハム(kz0020)は祈りを捧げていた。
大規模な戦闘の結果を知って、ひとまずの安堵を得た後に、派遣された騎士団の動きを聞いた。
それから彼女は、私室に籠り、祈り続けている。室内ではただ、小さな呼吸の音だけが響いている。
戦士団と騎士団の派遣。
それは彼女にとって必然であり、なさねばならないことだった。それが失策であると言われることも、理解できたけれど。
今はそれも、彼女の胸中にはありはしなかった。
ただ。少しでも救おうと、伸ばした手。
その手が、喪われる筈だった光を救えるように。
一心不乱に、ただただ、祈り続けていた。
大型歪虚の死。
それは、本来獲物を前にして逃亡などするはずのない「狂気」の歪虚をして、ラッツィオ島からの逃亡へと至らしめた。
魚人のようなもの。不定形のもの。触手を脚のように使うもの。様々に醜悪なそれらが方々に散っていく。
それらの多くはハンターや同盟海軍、聖堂戦士団などによって討たれたが、島周辺での討伐から辛くも逃げおおせた個体もまた、存在していた。
――そしてその討ち漏らしの一部は、西方半島本土へと『逃亡』していたのだった。
●招かれざる客
絶望が、押し寄せてきた。そう思わざるを得なかった。
轟々と土煙を上げながら近づいてくる集団。この村を滅ぼすためには、あの何分の一で十分か。
戦っても無駄だ、とすぐに知れる。逃げよう。誰かが言った。逃げるたって、何処に。誰かが言った。
逃げても無駄だ、とすぐに知れる。先に喰われるか、後に喰われるかの違いしかない。
「家族と一緒に最後を迎えたい奴は行けよ」
我知らず、呟いていた。
自警団のリーダー? 村で数少ない覚醒者?
「誰も文句なんか言わねえよ。皆死ぬ。どうせ死ぬなら、迎えたい最後を迎えりゃいい」
――マリィ。俺はお前が喰われる所なんか見たくない。
「俺は闘うぞ。俺は、抗う」
我ながら笑ってしまうくらいの自己防衛。どこまでも後ろ向きな理由だった。
虚栄も此処までくれば立派極まる。
皆死ぬのなら、先に死ぬべきが俺だ。それが、覚醒者である俺の責務だ。
そう誤魔化して、蓋をした。
誰かが銃を置いて、柵から離れていった。
振り返る事もなく。駆けていく。また、誰かが言った。
その時だ。
捨て置かれた銃を拾い上げる者が、居た。
「おや。君たちは逃げないのかい?」
その何者かが言った。慌てて振り向く。
「……誰だ、お前」
「おお、いや、我々は」
「メガネ。アンタは黙ってなよ」
「……」
ひょろ長い男は黙り込んだ。極めて不服そうだが。
女だ。上背はかなりあるが、出る所は出て引き締まった身体。カタギの人間ではないと知れた。女は名乗りはしなかったが、嘆息をして、こう言った。
「アタシらは通りすがりのハンターだよ。ちょうどリゼリオに帰る途中でね……」
●日常
その村は、リゼリオから三日ほどの位置にある漁村であり、宿場町であった。
ポルトワールから陸路リゼリオを目指した場合、ちょうど一息つきたくなる場所とでも言おうか。
そんな場所にあるものだから、当然村には商人や旅人など様々な人が金を落としていく。その金を使い、村は旅人が少しでも過ごしやすい環境を整える。さらに金が入ってくる。村長は気を良くして「安全」を村の武器に加えるべく柵を巡らせ自警団を組織する。
我らが村を西方一の村に!
そんなスローガンのもと、村人たちは今日も今日とて地道に労働に勤しんでいた。
――その異形の群が、現れるまでは。
●崩壊の序章
村の中央に位置する広場に住人を集める。護るべきが散らばると、いらぬ混乱の元となるというメガネの提案だった。それは今のところ成功しているように思えた。逃げる場所はない、とあの男は言い放った。クドクドと逃げる事の無意味さを問いて。
遠くから、銃声が響く。柵の向こうから来る敵を撃っている音だ。
アタシは此処で、村人達の護衛と見張りをしている。
――適当な所でずらかりたいけど……。
内心は飲み込んで、前線の様子を伺う。
その時だ。
「……!?」
視線を感じて、振り返った。
地上。居ない。アタシの様子に、不安を深める村人達。
見渡す。居ない。気配はないままだ。
そこに。
「……鳥?」
ヒュイ、と。音がした。瞬後だ。身体が勝手に動いた。
放ったナイフは、鳥を貫いていた。血が弾け、村人たちに返り血が弾ける。
途端、悲鳴が響いた。
「落ち着きな!!」
悲鳴と、混乱に負けぬように声を張った、その時だ。
ぞく、と。背筋が凍った。
「……やっぱりかィ」
鳥の死体が、『消えていた』。
悪寒の正体は、鳥が歪虚だったことじゃない。
それは、予想していた事だ。
背筋を貫く、数多の、殺気。濃密な狂気が、確かに『此処』に、届いていた。
●凶鳥/吉兆
逆茂木の中に仕込まれた杭に身を貫かれながらも、歪虚は反対側に立つ俺たちに執着している。少しでも奴らに知性があれば、俺達は瞬く間に喰らい尽くされていただろうが、おかげで何とか凌げていたのだ。
――敵の動きが、変わるまでは。
後方で、悲鳴。それと同時に、歪虚の一部が、【柵をよじ登るようにして後方へと抜けた】。
柵も。俺たちも。ただの障害物かのように。
俺たちという【餌】が、機能しなくなった瞬間だった。
意表を突かれた俺たちは慌てて掃射する。だが、変わらず俺たちを狙う歪虚もいて、そいつらは柵にぶつかり、柵をその身体で押し上げようとしている。
「……なんだ、これは!」
メガネは雄叫びを上げながら掃射。
「リィィィィィズ!!! 何があった!!!!」
大喝するメガネだが、全く反応はない。
いや。
聞こえないのだ。
凄まじい轟音が、響いたのだから。
「――ははっ! はははっ!!」
瞬後。『それ』を見て、俺は笑い出していた。
だって。
見ろよ。
目の前で、歪虚の一団が、横合いから突っ込んできた騎士達に喰い散らかされている。
「来た。来た。来た……ッ!」
助けだ。助けが来た。成り行きで死にかけた不幸なハンター達やこの場に残った自警団も喝采を上げているようだ。
「一時はどうなるかと思ったが」
前言撤回だ。逆茂木を遮蔽に魔導銃を乱射しているメガネは冷静にそう言った。丸っこい眼鏡を指で押し上げて言う。
「私の科学的探求はどうやらまだまだ続くらしい」
女の勧めに従って、隣の男を無視して敵を撃った。甲殻風の歪虚が泡を吹いて斃れ、そのまま後続に呑まれて潰れた。
「撃てェ! 手を止めるな……!」
――マリィ。
怒声を上げながら、名を呼んだ。生きて、お前にまた会える。この希望の熱さが――君に、伝わるか。
「もう、絶望しなくても良いんだ……!!」
マリィ。君に届け、と。そう願って、銃を撃った。
●純白の祈り
遠く、王国の地で。システィーナ・グラハム(kz0020)は祈りを捧げていた。
大規模な戦闘の結果を知って、ひとまずの安堵を得た後に、派遣された騎士団の動きを聞いた。
それから彼女は、私室に籠り、祈り続けている。室内ではただ、小さな呼吸の音だけが響いている。
戦士団と騎士団の派遣。
それは彼女にとって必然であり、なさねばならないことだった。それが失策であると言われることも、理解できたけれど。
今はそれも、彼女の胸中にはありはしなかった。
ただ。少しでも救おうと、伸ばした手。
その手が、喪われる筈だった光を救えるように。
一心不乱に、ただただ、祈り続けていた。
リプレイ本文
●
騎馬突撃。王国の伝統、教練の集大成とも言える横撃が眼前の歪虚をなぎ払う。個では成せぬ殺戮の体現。そこに居た者達が壮観に目を奪われたのも数瞬。
夕影 風音(ka0275)は街の方へと視線を返した。街を刳り貫くような通路には、各所にバリケードが築かれている。傍ら。静刃=II(ka2921)が同じように振り返っていた。
――その方が、気も紛れますよ。
今為せる最善を尽くせ、と。静刃はそう言って発破を掛けた。発破というには静やかな言葉であったが。それは、先ほどまでは微細な命綱に過ぎなかった。
「救援に参りました! 緊急時ですので挨拶は省きます。防衛に協力させて頂きます」
粉塵を貫いて。リーリア・バックフィード(ka0873)の声が響く今となっては、意味合いが大きく異なる。
粉塵から悠然と歩み出る者が居た。カルナ・リフォール(ka0884)、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)だ。
「いやぁ、派手な登場になった」
嘯きながら、カルナは来た道を振り返った。薄れゆく粉塵と、騎馬達の向こう。ヴォイド達の動きは概ね二種類に分かれている。こちらに向かう者と、只中に在るハンター達を狙う者と。
「……しかし、気に入らんな。自分たちが逃げるためなら何であろうと踏みつけていくというつもりか?」
「ええ……この災厄、全力で打ち払います!」
言葉に、ヴァルナが頷いた。
――お父様や騎士の皆様はこんな重いものを背負って戦ってらしたのですね。
遠くにいる民を想う。護る、というその責任と共に。
傍ら。カルナの刀が抜かれ、陽光を返した。
「此処で行き止まりにさせて貰おう」
●
村の広場。状況を愉快げに笑う男が居た。
「西方一の村とやらを覗きに来てみりゃ……金が集まりゃ歪虚も集まるってか?」
絢爛なた佇まいの男の名を、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)という。
――ちょうど良い。借りを返せる。
最高の舞台だ、と。不遜に嗤い、声を張った。
「てめぇらは黙って俺様だけを見てろ!」
獅子の咆哮の如き大喝。混沌が、静まり返る。
「歪虚じゃねぇ、俺様をだ……心配する必要なんざねぇ、俺様は絶対にてめぇらを見捨てねぇ
俺様は貴族だ、貴族は力のねぇてめぇら平民を守る責務があんだからよ!」
歯を剥いて間もなく。
ジャックはそっぽを向いて、足早にその場を後にした。
『力無き平民』の半分以上が女性だった。ただ、それだけだ。
●
カルナ達と共に駆けつけたチョココ(ka2449)は手にした短伝話を火急の連絡に備えて後方へと届けようとして。
「はっ」
振り返る。敵は、こちらに至ろうとしていた。
「届ける暇がなさそうですの」
短伝話を手に困り顔のチョココ。そこに。
「あの、トランシーバなら通じるみたいですよ?」
櫻井 悠貴(ka0872)が手を延べた。
冒険都市リゼリオに近しいこの村では、物珍しさが勝ったか利便性を見たか受信機が在ったようである。悠貴から差し出されたトランシーバをチョココはじっと見つめ。
「聞こえますか。わたくし達、助けに、来ましたの」
チョココにとっては見慣れぬ機械だ。届いているかも解らない。それでも、続けた。
「この状況は前線で戦う者だけでは乗り切ることはできませんわ。だから、住民の皆様の協力が必要ですの」
彼方の中型歪虚。こちらに至る有象無象。ひとつの村で受け止めるには過大な戦力だ。
「歪虚を直視しない、お互いに場を離れたり勝手な行動をしない……その注意を守る。そうすれば、前線は憂いなく力を出し切れるのです」
だから。
「皆で危機を脱しましょう!」
そう、結んで、通信を終えた。そうして深く、息を吐く。
と、背に熱を感じて、振り向いた。
「頑張りましょうね」
悠貴が微笑んでいた。緊張を払うように、やわらかく。
「はいですの!」
チョココは満面の笑みで応えた。
――失わせたくない。
その笑みに、悠貴は強く、そう思った。別離の痛みを、彼女は知っていたからだ。
斯くして戦場は為った。
祈りと、願いの集う戦場が。
●
「自警団の皆様は、鳥型と柵を抜けた敵の撃破を」
簡単な情報共有の末、リーリアは言った。メガネは鷹揚に頷いて、言う。
「鳥型が後方に抜けると前線の歪虚の動きが乱れる。妥当な判断だろう」
「あなたもですよ?」
「断る」
明確な拒絶にリーリアの視線が陰る。
「……何ですって?」
視線に圧力を込めて聞き返すが、メガネは欠片も気にせずに。
「僕は目が悪い。そんな僕が空の鳥を打つなんて非効率的だ。目の前の敵を撃つ」
結果として、左側寄りにヴァルナ。中央にカルナとリーリア。静刃が右翼に入った。広場からどこか顔を赤らめながらも歩いてきたジャックは、柵を乗り越えて応撃の構え。何れも柵の前方に立っている。後衛にはチョココ、悠貴、風音は柵の裏手に回り、自警団やメガネと共に後衛につく。
村の最前線である此処は、戦場を俯瞰すると最後端に当たる。中頃に在る騎士とハンター達は、村に至ろうとする集団を中心に敵を抉っていた。
彼らを抜け、あるいは無視した歪虚達が疾駆。迎えるのは数多の銃弾だ。広い空間に軽く響く銃声。それらの銃撃を抜けた歪虚達が――我先にと前衛達に喰らいついた。
柵の向こうにいる人間には目もくれぬまま。
「やはりか!」
メガネが吐き捨てる。
「柵の前は危険だ! 柵が活かせない!」
間が悪い事に、今。自警団は空に向かって射撃をしていた。鳥型もまた同時に至っていた。全員が覚醒者でない彼らではその全てを撃ち落とす事は出来ない。
だが。
「逃がさないですの!」
チョココの風刃が、突破しようとした鳥型を斬り裂く。放てる魔術には限りがある。狙い澄まして撃ち落とす方針だった。他方、地上では風音の聖光や悠貴の魔導銃、静刃の戦輪の援護を受けた前衛達が押し寄せる歪虚達と刃を交わしている。
「次!」
身の丈を超える槍を振るったリーリアが歪虚の甲殻を叩き割りながら、次の一歩を踏み出す。傍らで、カルナの剣戟が踊る。
「守るべき民を背負った私達の刃から、逃げられると思うな!」
彼方の騎士とハンター達の奮闘もあって散発的な歪虚と銃弾と光の間で、カルナは斬り、斬り、舞う。既に傷ついた歪虚の身体の身が瞬く間に切り伏せられた。
左翼。ヴァルナはそう呟きながら間合いに至った海老のような歪虚に対してダーツを投げた。だが、甲殻に弾かれる。細かい狙いを付けるには得物も彼女自身の性質も噛み合わない。
「くっ!」
ヴァルナの困惑を他所に歪虚は更に一歩を踏み込んだ。急激に詰まる距離。大剣を抜いて、応戦しようとした、が。遅い。両の手の殴打が迫り――。
転瞬。歪虚の身体が傾ぎ、地に伏した。場を包む銃声にヴァルナは振り向いて――戦場には不釣り合いな程に丁寧に、礼を示した。
「……助かりました」
銃撃の主、ジャックは手を掲げるのみで取り合わなかった。
――死ぬ。恥ずか死ぬ。
そんな内心を知るべくもなく、ヴァルナは再び礼を示して、大剣を構えた。
●
「良い感じに捌けてるわね」
剣戟と気勢、銃声が響く中、風音は現状をそう評した。敵は、まっすぐにこちらを見て、こちらに来ている。襲撃が散発的な現状、ハンターを全員前線に配している事もあり対応力には未だ余力が有った。
「敵の動きが乱れませんね……柵を乗り越えようとする敵がいません」
情報の齟齬に、悠貴は呟いた。イレギュラーな動きが無いからこそ対応出来ている。
「眼前で受け止めきれているから……だけではないでしょうね」
戦輪を回しながら、静刃が言うと。
「恐らく、鳥型への対応が効いている」
メガネが、応えた。
「あちらが襲われない限り、彼らは我々だけを狙うのだろう。恐らく……」
「鳥を介して、標的が変わっていた?」
「確証は無いがね」
言葉を奪い、悠貴。メガネは渋い顔で頷いた。
「それが本当なら、鳥型を落とし続ける事ができたら……村は、守れる筈」
風音の言葉が強く響く。それは、自分たちの指針が間違っていなかった、という事だ。
消耗戦のただ中だ。傷は募る。だが、それでも。
「このまま、護る事が出来る……!」
悠貴が呟いた、その時だ。
「そう簡単には行かなそう、ですね」
ぽつり、と、静刃は呟いた。
彼方の戦場を見ての言葉。
「……神に祈っている余裕はありませんか」
視線の先。騎士達の突撃も、ハンター達の攻撃も届かぬままに突破した敵の集団が、黒波の波濤となって押し寄せていた。
――これまでの余力などたやすく吹き飛び得る暴威だと一目で知れた。
「これだけの歪虚が、逃げてきた」
風音が、ぽつりと言う。
「私達で、けじめを付けなくちゃ」
この場に在るのは、ラッツィオ島の遺恨。取り逃し、危機に晒したのは自分たちだと、自責を込めて。
「諦めたら終わりですの。だから、諦めませんわ」
言って、チョココは両手を握りしめた。その意気の強さと、幼い姿の対比に目を細めて。
「誰一人として失わせない……!」
護る、と。自らに任じて、眼前の波濤を睨み返した。
●
「騎馬に轢かれるとしたらこんな気持ち、でしょうか……!」
銃弾と咆哮の雨の中、最前の歪虚と噛み合ったリーリアはむしろ喝采の声を上げていた。穂先の向こうには敵、敵、敵。傍らの銃弾が一体を抉れば、直ぐに次が押し寄せる。
口の端を釣り上げて、カルナが笑った。
「だからといって、通すわけにはいかない」
刀で強引に一体を切り伏せる。続いた触手型の一打を盾で止めながら、一歩を踏み込んだ。
「此処で行き止まりだ……!」
剛毅にも踏み込むカルナ。だが、僅かの間に数体に囲まれる。二人は身を捌いて逃れようとする、が。
その退路を埋め尽くすように、歪虚が、迫る。
両翼にも敵が押し寄せた。右翼、静刃と歪虚は柵越しでの相対となった。
「迎撃をお願いします」
静刃の声は、柵に阻まれながらも静刃を切り裂こうと至る歪虚を前にしても僅かも揺らがない。
「……」
逆茂木の柵を踏み越えるようにして強く踏込み、刃を一閃。眼前の一体を切る。と、横合いから触腕。柵の上で身を固めて受けた。
「大丈夫ですか!?」
瞬後。悠貴の声に続く弾幕が、柵に絡み込んだ歪虚達の身を貫いた。
「……なんでも自分でやるは無理、ですね」
身を包むマテリアルの光。運動強化の機導術と知れ、そう言った。
自警団の援護が無ければこの場に立ち続ける事も難しい。悠貴の支援で、多少は踏みとどまれるかと思った時だ。
「空!」
瞬間。警句の如き声が響いた。チョココだ。風の刃を顕現させながら、空を示す。
「鳥さんたちが、来てますの!」
「……皆さん、今は鳥を優先して下さい」
言って、静刃は嘆息を零した。敵を受け止めるにはこの柵が最善最良の場所。故に。
退くわけには、行かなかった。
●
最悪の瞬間とは、押し寄せるものだ。今回もそうだった。
鳥型の迎撃に、弾幕が空に流れた。その空隙に歪虚達が押し寄せ、圧力に押し流される前衛達は忽ち柵の至近まで押し返される。
「カカッ!」
その中で、哄笑をあげる男が居た。左翼。ジャックだ。怨、と。銃撃。
「ジャックさん……!」
柵まで押し戻されたヴァルナはそれ以上言葉を継げなかった。彼女の眼前にも敵の群れ。大剣で猛攻を受け止めながら、それでも何とか前に出ようと足掻く。視線の先。彼だけがその場に立ち続けていた。波濤に抗うように地を踏みしめながら、護りを固めて。盾で。鎧で。篭手で受け止めながら。その身には幾多もの殴打の後が刻まれてよう。だが。
「舐めンなよ負け犬共!」
大笑して叫ぶ。傷を、痛みを、血を厭わずに。
「血だらけになっても平民守ンのが貴族ってもんだ!」
「――!」
男の声に引き出されるようにヴァルナは踏み込み強打を見舞う。今は耐える時だと彼女にも解っていた、から。
「最善を、尽くします……!」
不退転の決意で、刃を振るっていた。
●
途切れない波濤。それでも、最前線は死守された。
――多大なる労苦を、ハンター達が背負って。
「……っ」
癒やしの術が使えなくなり、風音は前にでた。悠貴は随分と前から射撃に専念して、少しでも前衛の負荷を軽減しようと必死になっている。魔法を使い切ったチョココも、柵の上からワンドで歪虚を叩こうとしているのだが、時折姿勢を崩していて――とても可愛――危なっかしい。
「村には近づけません……!」
悠貴が声を張った。少女達の熱気は、慣れぬ戦闘だからこそか。風音はそれと知りつつも、呟く。
「諦めない」
守りたい、と。
解っていた。自分たちは最早力尽きようとしている、ということを。
それでも奮い立つ仲間たちが居る。守るべきものがいるから、立ち上がれる。風音に限らず、誰も彼もがそうだった。折れずに、立つ。
いつしか彼女たちは、視野狭窄の落とし穴に落ち込んでいた。
立ち続けるために、戦意を絞りだすために。
――だから、気付かなかったのだ。
●
黒山の如く押し寄せていた歪虚達の身が、震えた。
「余所見してるンじゃねェ……!」
ジャックはそれを意に介さずに打ち続ける。好機を見て、喰らい付く以外の手は無かった。それは、この場に居る者達全てにしてもそう。
薄れた圧力。護るために、ハンター達は自警団の応射を背に前にでた。
傷だらけのリーリアは、足を使って切り込んでいく。眼前に凄まじい速度で至った影に。
「邪魔、です……!」
槍を突き込み。
「ツレねェことを言うなよ、嬢ちゃん……」
阻まれた。
「……ッ!」
穂先を返そうとして――遅れて、リーリアは現状を理解した。
相対し、自身の放った穂先を受け止める、燃えるような赤い髪の男。
ダンテ・バルカザール。騎士団の副団長が、悲しげな顔をして立っていた。
●
返す刀で一直線に戻ってきた騎士達。騎士もハンターも傷ついてはいたが、戦力図は大きく崩れた。再び首魁を失った歪虚達は緩やかに駆逐されようとしている。
彼方。中型歪虚『黒蛇』が溶けるように消えていくのを見て、悠貴は呆けたように呟いた。
「大事な人や場所、私の手で守れたのでしょうか……?」
「ええ。少しばかり、骨が折れましたが……」
静刃が、応じた。傷だらけの自身の身体を見て、嘆息しての言葉だった。
「……そっか」
はた、と。力が抜けて、座り込んだ。震えた手を見つめながら。
「守れ、たんだ」
安堵して、そう零した。
前衛達が堪えきれずに呑まれたら。
柵は砕け、自警団共々ハンター達は喰らい尽くされ、村は跡形もなく滅びていただろう。
だが、そうはならなかった。その実感を夫々に噛み締める中。
――通りの向こう。村人たちが避難した広場から、歓声が響いた。
それだけで労苦を癒やす、万金に値する歓喜の声であった。
なお、これは余談だが。
改めて助けられた礼を、と探しまわるヴァルナだったが、当のジャックは何処かへと逃れ消えていたそうだ。
騎馬突撃。王国の伝統、教練の集大成とも言える横撃が眼前の歪虚をなぎ払う。個では成せぬ殺戮の体現。そこに居た者達が壮観に目を奪われたのも数瞬。
夕影 風音(ka0275)は街の方へと視線を返した。街を刳り貫くような通路には、各所にバリケードが築かれている。傍ら。静刃=II(ka2921)が同じように振り返っていた。
――その方が、気も紛れますよ。
今為せる最善を尽くせ、と。静刃はそう言って発破を掛けた。発破というには静やかな言葉であったが。それは、先ほどまでは微細な命綱に過ぎなかった。
「救援に参りました! 緊急時ですので挨拶は省きます。防衛に協力させて頂きます」
粉塵を貫いて。リーリア・バックフィード(ka0873)の声が響く今となっては、意味合いが大きく異なる。
粉塵から悠然と歩み出る者が居た。カルナ・リフォール(ka0884)、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)だ。
「いやぁ、派手な登場になった」
嘯きながら、カルナは来た道を振り返った。薄れゆく粉塵と、騎馬達の向こう。ヴォイド達の動きは概ね二種類に分かれている。こちらに向かう者と、只中に在るハンター達を狙う者と。
「……しかし、気に入らんな。自分たちが逃げるためなら何であろうと踏みつけていくというつもりか?」
「ええ……この災厄、全力で打ち払います!」
言葉に、ヴァルナが頷いた。
――お父様や騎士の皆様はこんな重いものを背負って戦ってらしたのですね。
遠くにいる民を想う。護る、というその責任と共に。
傍ら。カルナの刀が抜かれ、陽光を返した。
「此処で行き止まりにさせて貰おう」
●
村の広場。状況を愉快げに笑う男が居た。
「西方一の村とやらを覗きに来てみりゃ……金が集まりゃ歪虚も集まるってか?」
絢爛なた佇まいの男の名を、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)という。
――ちょうど良い。借りを返せる。
最高の舞台だ、と。不遜に嗤い、声を張った。
「てめぇらは黙って俺様だけを見てろ!」
獅子の咆哮の如き大喝。混沌が、静まり返る。
「歪虚じゃねぇ、俺様をだ……心配する必要なんざねぇ、俺様は絶対にてめぇらを見捨てねぇ
俺様は貴族だ、貴族は力のねぇてめぇら平民を守る責務があんだからよ!」
歯を剥いて間もなく。
ジャックはそっぽを向いて、足早にその場を後にした。
『力無き平民』の半分以上が女性だった。ただ、それだけだ。
●
カルナ達と共に駆けつけたチョココ(ka2449)は手にした短伝話を火急の連絡に備えて後方へと届けようとして。
「はっ」
振り返る。敵は、こちらに至ろうとしていた。
「届ける暇がなさそうですの」
短伝話を手に困り顔のチョココ。そこに。
「あの、トランシーバなら通じるみたいですよ?」
櫻井 悠貴(ka0872)が手を延べた。
冒険都市リゼリオに近しいこの村では、物珍しさが勝ったか利便性を見たか受信機が在ったようである。悠貴から差し出されたトランシーバをチョココはじっと見つめ。
「聞こえますか。わたくし達、助けに、来ましたの」
チョココにとっては見慣れぬ機械だ。届いているかも解らない。それでも、続けた。
「この状況は前線で戦う者だけでは乗り切ることはできませんわ。だから、住民の皆様の協力が必要ですの」
彼方の中型歪虚。こちらに至る有象無象。ひとつの村で受け止めるには過大な戦力だ。
「歪虚を直視しない、お互いに場を離れたり勝手な行動をしない……その注意を守る。そうすれば、前線は憂いなく力を出し切れるのです」
だから。
「皆で危機を脱しましょう!」
そう、結んで、通信を終えた。そうして深く、息を吐く。
と、背に熱を感じて、振り向いた。
「頑張りましょうね」
悠貴が微笑んでいた。緊張を払うように、やわらかく。
「はいですの!」
チョココは満面の笑みで応えた。
――失わせたくない。
その笑みに、悠貴は強く、そう思った。別離の痛みを、彼女は知っていたからだ。
斯くして戦場は為った。
祈りと、願いの集う戦場が。
●
「自警団の皆様は、鳥型と柵を抜けた敵の撃破を」
簡単な情報共有の末、リーリアは言った。メガネは鷹揚に頷いて、言う。
「鳥型が後方に抜けると前線の歪虚の動きが乱れる。妥当な判断だろう」
「あなたもですよ?」
「断る」
明確な拒絶にリーリアの視線が陰る。
「……何ですって?」
視線に圧力を込めて聞き返すが、メガネは欠片も気にせずに。
「僕は目が悪い。そんな僕が空の鳥を打つなんて非効率的だ。目の前の敵を撃つ」
結果として、左側寄りにヴァルナ。中央にカルナとリーリア。静刃が右翼に入った。広場からどこか顔を赤らめながらも歩いてきたジャックは、柵を乗り越えて応撃の構え。何れも柵の前方に立っている。後衛にはチョココ、悠貴、風音は柵の裏手に回り、自警団やメガネと共に後衛につく。
村の最前線である此処は、戦場を俯瞰すると最後端に当たる。中頃に在る騎士とハンター達は、村に至ろうとする集団を中心に敵を抉っていた。
彼らを抜け、あるいは無視した歪虚達が疾駆。迎えるのは数多の銃弾だ。広い空間に軽く響く銃声。それらの銃撃を抜けた歪虚達が――我先にと前衛達に喰らいついた。
柵の向こうにいる人間には目もくれぬまま。
「やはりか!」
メガネが吐き捨てる。
「柵の前は危険だ! 柵が活かせない!」
間が悪い事に、今。自警団は空に向かって射撃をしていた。鳥型もまた同時に至っていた。全員が覚醒者でない彼らではその全てを撃ち落とす事は出来ない。
だが。
「逃がさないですの!」
チョココの風刃が、突破しようとした鳥型を斬り裂く。放てる魔術には限りがある。狙い澄まして撃ち落とす方針だった。他方、地上では風音の聖光や悠貴の魔導銃、静刃の戦輪の援護を受けた前衛達が押し寄せる歪虚達と刃を交わしている。
「次!」
身の丈を超える槍を振るったリーリアが歪虚の甲殻を叩き割りながら、次の一歩を踏み出す。傍らで、カルナの剣戟が踊る。
「守るべき民を背負った私達の刃から、逃げられると思うな!」
彼方の騎士とハンター達の奮闘もあって散発的な歪虚と銃弾と光の間で、カルナは斬り、斬り、舞う。既に傷ついた歪虚の身体の身が瞬く間に切り伏せられた。
左翼。ヴァルナはそう呟きながら間合いに至った海老のような歪虚に対してダーツを投げた。だが、甲殻に弾かれる。細かい狙いを付けるには得物も彼女自身の性質も噛み合わない。
「くっ!」
ヴァルナの困惑を他所に歪虚は更に一歩を踏み込んだ。急激に詰まる距離。大剣を抜いて、応戦しようとした、が。遅い。両の手の殴打が迫り――。
転瞬。歪虚の身体が傾ぎ、地に伏した。場を包む銃声にヴァルナは振り向いて――戦場には不釣り合いな程に丁寧に、礼を示した。
「……助かりました」
銃撃の主、ジャックは手を掲げるのみで取り合わなかった。
――死ぬ。恥ずか死ぬ。
そんな内心を知るべくもなく、ヴァルナは再び礼を示して、大剣を構えた。
●
「良い感じに捌けてるわね」
剣戟と気勢、銃声が響く中、風音は現状をそう評した。敵は、まっすぐにこちらを見て、こちらに来ている。襲撃が散発的な現状、ハンターを全員前線に配している事もあり対応力には未だ余力が有った。
「敵の動きが乱れませんね……柵を乗り越えようとする敵がいません」
情報の齟齬に、悠貴は呟いた。イレギュラーな動きが無いからこそ対応出来ている。
「眼前で受け止めきれているから……だけではないでしょうね」
戦輪を回しながら、静刃が言うと。
「恐らく、鳥型への対応が効いている」
メガネが、応えた。
「あちらが襲われない限り、彼らは我々だけを狙うのだろう。恐らく……」
「鳥を介して、標的が変わっていた?」
「確証は無いがね」
言葉を奪い、悠貴。メガネは渋い顔で頷いた。
「それが本当なら、鳥型を落とし続ける事ができたら……村は、守れる筈」
風音の言葉が強く響く。それは、自分たちの指針が間違っていなかった、という事だ。
消耗戦のただ中だ。傷は募る。だが、それでも。
「このまま、護る事が出来る……!」
悠貴が呟いた、その時だ。
「そう簡単には行かなそう、ですね」
ぽつり、と、静刃は呟いた。
彼方の戦場を見ての言葉。
「……神に祈っている余裕はありませんか」
視線の先。騎士達の突撃も、ハンター達の攻撃も届かぬままに突破した敵の集団が、黒波の波濤となって押し寄せていた。
――これまでの余力などたやすく吹き飛び得る暴威だと一目で知れた。
「これだけの歪虚が、逃げてきた」
風音が、ぽつりと言う。
「私達で、けじめを付けなくちゃ」
この場に在るのは、ラッツィオ島の遺恨。取り逃し、危機に晒したのは自分たちだと、自責を込めて。
「諦めたら終わりですの。だから、諦めませんわ」
言って、チョココは両手を握りしめた。その意気の強さと、幼い姿の対比に目を細めて。
「誰一人として失わせない……!」
護る、と。自らに任じて、眼前の波濤を睨み返した。
●
「騎馬に轢かれるとしたらこんな気持ち、でしょうか……!」
銃弾と咆哮の雨の中、最前の歪虚と噛み合ったリーリアはむしろ喝采の声を上げていた。穂先の向こうには敵、敵、敵。傍らの銃弾が一体を抉れば、直ぐに次が押し寄せる。
口の端を釣り上げて、カルナが笑った。
「だからといって、通すわけにはいかない」
刀で強引に一体を切り伏せる。続いた触手型の一打を盾で止めながら、一歩を踏み込んだ。
「此処で行き止まりだ……!」
剛毅にも踏み込むカルナ。だが、僅かの間に数体に囲まれる。二人は身を捌いて逃れようとする、が。
その退路を埋め尽くすように、歪虚が、迫る。
両翼にも敵が押し寄せた。右翼、静刃と歪虚は柵越しでの相対となった。
「迎撃をお願いします」
静刃の声は、柵に阻まれながらも静刃を切り裂こうと至る歪虚を前にしても僅かも揺らがない。
「……」
逆茂木の柵を踏み越えるようにして強く踏込み、刃を一閃。眼前の一体を切る。と、横合いから触腕。柵の上で身を固めて受けた。
「大丈夫ですか!?」
瞬後。悠貴の声に続く弾幕が、柵に絡み込んだ歪虚達の身を貫いた。
「……なんでも自分でやるは無理、ですね」
身を包むマテリアルの光。運動強化の機導術と知れ、そう言った。
自警団の援護が無ければこの場に立ち続ける事も難しい。悠貴の支援で、多少は踏みとどまれるかと思った時だ。
「空!」
瞬間。警句の如き声が響いた。チョココだ。風の刃を顕現させながら、空を示す。
「鳥さんたちが、来てますの!」
「……皆さん、今は鳥を優先して下さい」
言って、静刃は嘆息を零した。敵を受け止めるにはこの柵が最善最良の場所。故に。
退くわけには、行かなかった。
●
最悪の瞬間とは、押し寄せるものだ。今回もそうだった。
鳥型の迎撃に、弾幕が空に流れた。その空隙に歪虚達が押し寄せ、圧力に押し流される前衛達は忽ち柵の至近まで押し返される。
「カカッ!」
その中で、哄笑をあげる男が居た。左翼。ジャックだ。怨、と。銃撃。
「ジャックさん……!」
柵まで押し戻されたヴァルナはそれ以上言葉を継げなかった。彼女の眼前にも敵の群れ。大剣で猛攻を受け止めながら、それでも何とか前に出ようと足掻く。視線の先。彼だけがその場に立ち続けていた。波濤に抗うように地を踏みしめながら、護りを固めて。盾で。鎧で。篭手で受け止めながら。その身には幾多もの殴打の後が刻まれてよう。だが。
「舐めンなよ負け犬共!」
大笑して叫ぶ。傷を、痛みを、血を厭わずに。
「血だらけになっても平民守ンのが貴族ってもんだ!」
「――!」
男の声に引き出されるようにヴァルナは踏み込み強打を見舞う。今は耐える時だと彼女にも解っていた、から。
「最善を、尽くします……!」
不退転の決意で、刃を振るっていた。
●
途切れない波濤。それでも、最前線は死守された。
――多大なる労苦を、ハンター達が背負って。
「……っ」
癒やしの術が使えなくなり、風音は前にでた。悠貴は随分と前から射撃に専念して、少しでも前衛の負荷を軽減しようと必死になっている。魔法を使い切ったチョココも、柵の上からワンドで歪虚を叩こうとしているのだが、時折姿勢を崩していて――とても可愛――危なっかしい。
「村には近づけません……!」
悠貴が声を張った。少女達の熱気は、慣れぬ戦闘だからこそか。風音はそれと知りつつも、呟く。
「諦めない」
守りたい、と。
解っていた。自分たちは最早力尽きようとしている、ということを。
それでも奮い立つ仲間たちが居る。守るべきものがいるから、立ち上がれる。風音に限らず、誰も彼もがそうだった。折れずに、立つ。
いつしか彼女たちは、視野狭窄の落とし穴に落ち込んでいた。
立ち続けるために、戦意を絞りだすために。
――だから、気付かなかったのだ。
●
黒山の如く押し寄せていた歪虚達の身が、震えた。
「余所見してるンじゃねェ……!」
ジャックはそれを意に介さずに打ち続ける。好機を見て、喰らい付く以外の手は無かった。それは、この場に居る者達全てにしてもそう。
薄れた圧力。護るために、ハンター達は自警団の応射を背に前にでた。
傷だらけのリーリアは、足を使って切り込んでいく。眼前に凄まじい速度で至った影に。
「邪魔、です……!」
槍を突き込み。
「ツレねェことを言うなよ、嬢ちゃん……」
阻まれた。
「……ッ!」
穂先を返そうとして――遅れて、リーリアは現状を理解した。
相対し、自身の放った穂先を受け止める、燃えるような赤い髪の男。
ダンテ・バルカザール。騎士団の副団長が、悲しげな顔をして立っていた。
●
返す刀で一直線に戻ってきた騎士達。騎士もハンターも傷ついてはいたが、戦力図は大きく崩れた。再び首魁を失った歪虚達は緩やかに駆逐されようとしている。
彼方。中型歪虚『黒蛇』が溶けるように消えていくのを見て、悠貴は呆けたように呟いた。
「大事な人や場所、私の手で守れたのでしょうか……?」
「ええ。少しばかり、骨が折れましたが……」
静刃が、応じた。傷だらけの自身の身体を見て、嘆息しての言葉だった。
「……そっか」
はた、と。力が抜けて、座り込んだ。震えた手を見つめながら。
「守れ、たんだ」
安堵して、そう零した。
前衛達が堪えきれずに呑まれたら。
柵は砕け、自警団共々ハンター達は喰らい尽くされ、村は跡形もなく滅びていただろう。
だが、そうはならなかった。その実感を夫々に噛み締める中。
――通りの向こう。村人たちが避難した広場から、歓声が響いた。
それだけで労苦を癒やす、万金に値する歓喜の声であった。
なお、これは余談だが。
改めて助けられた礼を、と探しまわるヴァルナだったが、当のジャックは何処かへと逃れ消えていたそうだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/04 17:44:35 |
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相談卓 リーリア・バックフィード(ka0873) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2014/09/04 18:15:04 |