ゲスト
(ka0000)
【詩天】真中の戦い
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/15 19:00
- 完成日
- 2016/06/17 18:15
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
州都『若峰』の中央に築かれた黒狗城は、龍尾城と比較しても小さな城だ。
黒狗城は主立った施設を地下へ建設ていた事から、掘は存在しても内堀のみ。敵に攻められても数日は持ちこたえられるかもしれないが、とても籠城戦は厳しい。
かつて嫉妬の軍前に攻め寄られた際にも城を放棄して天ノ都へ落ち延びたのも賢明な判断と言えるだろう。
そんな黒狗城の広間に、三条家恩顧の武将が『ある男』に呼ばれて集まっていた。
その男とは――。
「皆、揃っておるな」
水野武徳。八代目詩天の時代より仕える古参の将で、千石原の乱では知略を駆使、相手方を撃退した強者として知られている。人手不足の三条家において軍師でありながら多方面で活躍。既に齢五十を超え、肉体的にも戦働きも厳しくなってきたようだが……。
「武徳殿、久しいな。詩天様は息災か?」
「う、うむ。まあな……。
それより早速、評定を始めるとしよう」
「武徳殿、東の三城を取り戻す手立てが立ったというのは誠か」
「うむ。策を立てたは良いが、我らの手勢だけでは実現が難しかった。しかし、ここに来て良い風が吹いてきたわ」
東の三城。
それはこの若峰の東に位置する三つの城を指す。
若峰に一番近い城は墨子城。墨子山に立てられた城で、横に長く築城されて堅牢な城として知られている。その隅子城の北東にあるのが伊須群城、南東にあるのが駒種城。いずれも憤怒の軍勢が侵攻してきた際に最後まで若峰を守り続けた防衛拠点である。
「皆も知っての通り、東の三城は未だ敵の手に落ちたままじゃ。この城を取り戻さねば、民は安心して若峰を復興させる事はできん」
「だが、あの城を取り戻すには我らの力だけでは無理だ。とても手が足りぬ」
「まあ、焦るな。まずは策を皆に伝えよう」
武徳は、地図を広げる。
そこには詩天が描かれている。若峰から少し離れた位置に『墨子城』の文字がある。
武徳は、その文字の横に将棋の酔象の駒を置く。
「墨子城は山の上にある堅牢な城じゃ。その麓には真中湿原。真中湿原を挟んだ墨子城の向かいに恵寿田山。我が軍はこの恵寿田山の麓に布陣する」
「ここから敵を攻撃するのか? だとすれば、戦力差に開きがありすぎるぞ。物見の報告では、敵は千五百。我が軍はかき集めても五百足らずじゃ。おまけに真中湿原は騎馬隊が進軍するだけでも苦労するぞ。ぬかるみで馬が足を取られてしまう」
墨子城は山の上に築城されている。この城を責めようとすれば、墨子山の麓から進軍する他ない。敵は山の上に布陣している為、布陣や進軍ルートは丸見え。山の上から石を落とされるだけでも味方に充分過ぎる被害が出るだろう。
「分かってる。大川の奴に兵を回すよう言ってみたのじゃが、若峰の守護で人手不足と抜かし追ったからなぁ。
我らだけではあの城は落ちん。だから、敵には墨子城から出てきて貰う」
「どういう事じゃ?」
「まず、遊撃部隊を編成する。少数精鋭で敵指揮官を討ち取る事が狙いじゃ。
次に我が軍の先陣が墨子城を攻撃する。適度に挑発して敵を誘い出すのじゃ。
敵はこちらを侮っておる。適度に攻撃しながら撤退を繰り返し、主力を真中湿原まで引き摺り出すのじゃ」
先陣を囮にして敵の主力を真中湿原まで誘き出そうというのだ。
敵も山の上から詩天軍の布陣を見定めている。敵の方が戦力が多い事を悟れば、主力で一気に仕掛けてくるはずだ。
「そして……こいつの出番じゃ」
武徳は背後にあった襖を開く。そこには中庭に置かれた多数の弓が置かれていた。
「長弓かっ!」
「そうじゃ。こいつを中央から貰い受けるには苦労したぞ。下手に要求すれば貸しにされるかもしれんからな。
恵寿田山に兵を伏し、頃合いを見て山頂からの雨を降らせるのよ。高い所からならば、敵の布陣もよーーく見えるぞ」
弓ならば遠くからでも敵を攻撃する事ができる。
武徳は中央からもらった長弓の数を揃え、遠距離から敵に痛打を与えるつもりだ。
「この機に乗じて、遊撃部隊は本体から離れて南から攻撃。我が軍の主力も進軍。二方向からの攻撃で敵の主力を一気に叩く。混乱状態の中で遊撃部隊が敵指揮官を仕留れば……決したようなものじゃ。ゆっくり墨子城を返してもらうとしよう」
敵の主力を真中湿原へ誘き出して一気に敵力主力に打撃を与える事がこの作戦の肝だ。
ここで敵の指揮官を討ち果たせれば、敵は烏合の衆。詩天軍でも優勢に戦う事ができるはずだ。
しかし――問題はまだ残っている。
「この敵を誘き出す囮と遊撃部隊はどうするのじゃ?」
評定に参加していた武将から、このような声が上がる。
詩天はついこの間まで千石原の乱でお家騒動があった。そこで主立った武将は戦場で倒れるか、切腹で侍として生涯を閉じた。この結果、歪虚に対抗するべき人材まで失ってしまったのだ。囮や遊撃部隊を務める猛将が評定の場にいるとは思えないのだ。失敗すれば大きな深手を――否、真中湿原で命を散らすかもしれない。
「そこよ。実は、中央からこの弓をもらい受ける際に、『はんたぁ』と呼ばれる西方の戦士を視察に送りたいと言ってきたのよ」
「ハンター……優秀な戦士達で天ノ都で憤怒の歪虚王を倒すのに一役買っております。最近、若峰でも見かけるようになりましたな」
「中央が何を考えているかは分からんが、使えるものは使わせてもらおう。彼らに囮と遊撃部隊の役を任せる。なに、報酬はそれなりに準備すれば良かろう」
「武徳殿、報酬を払うと言って踏み倒す気ではあるまいな?
先日も私が貸した金を今日中に返すと言っておきながら、その日の夕方に金はないと言っておった。
その調子でハンター達の報酬を誤魔化すつもりではござらんな?」
「……はて、そうだったかな。最近、物覚えが悪くてなぁ」
顎髭を撫でながら、武徳は小首を傾げた。
これより詩天軍は――東の三城奪還に向けて動き出す。
戦力差から見れば圧倒的に劣勢の詩天軍ではあるが、このまま放置すれば詩天の民は安心して復興に勤しむ事もできない。
未だ弱く力も無い詩天軍。
それでも先の見えない平和の中で、武徳は大きな賭けに出るのであった。
黒狗城は主立った施設を地下へ建設ていた事から、掘は存在しても内堀のみ。敵に攻められても数日は持ちこたえられるかもしれないが、とても籠城戦は厳しい。
かつて嫉妬の軍前に攻め寄られた際にも城を放棄して天ノ都へ落ち延びたのも賢明な判断と言えるだろう。
そんな黒狗城の広間に、三条家恩顧の武将が『ある男』に呼ばれて集まっていた。
その男とは――。
「皆、揃っておるな」
水野武徳。八代目詩天の時代より仕える古参の将で、千石原の乱では知略を駆使、相手方を撃退した強者として知られている。人手不足の三条家において軍師でありながら多方面で活躍。既に齢五十を超え、肉体的にも戦働きも厳しくなってきたようだが……。
「武徳殿、久しいな。詩天様は息災か?」
「う、うむ。まあな……。
それより早速、評定を始めるとしよう」
「武徳殿、東の三城を取り戻す手立てが立ったというのは誠か」
「うむ。策を立てたは良いが、我らの手勢だけでは実現が難しかった。しかし、ここに来て良い風が吹いてきたわ」
東の三城。
それはこの若峰の東に位置する三つの城を指す。
若峰に一番近い城は墨子城。墨子山に立てられた城で、横に長く築城されて堅牢な城として知られている。その隅子城の北東にあるのが伊須群城、南東にあるのが駒種城。いずれも憤怒の軍勢が侵攻してきた際に最後まで若峰を守り続けた防衛拠点である。
「皆も知っての通り、東の三城は未だ敵の手に落ちたままじゃ。この城を取り戻さねば、民は安心して若峰を復興させる事はできん」
「だが、あの城を取り戻すには我らの力だけでは無理だ。とても手が足りぬ」
「まあ、焦るな。まずは策を皆に伝えよう」
武徳は、地図を広げる。
そこには詩天が描かれている。若峰から少し離れた位置に『墨子城』の文字がある。
武徳は、その文字の横に将棋の酔象の駒を置く。
「墨子城は山の上にある堅牢な城じゃ。その麓には真中湿原。真中湿原を挟んだ墨子城の向かいに恵寿田山。我が軍はこの恵寿田山の麓に布陣する」
「ここから敵を攻撃するのか? だとすれば、戦力差に開きがありすぎるぞ。物見の報告では、敵は千五百。我が軍はかき集めても五百足らずじゃ。おまけに真中湿原は騎馬隊が進軍するだけでも苦労するぞ。ぬかるみで馬が足を取られてしまう」
墨子城は山の上に築城されている。この城を責めようとすれば、墨子山の麓から進軍する他ない。敵は山の上に布陣している為、布陣や進軍ルートは丸見え。山の上から石を落とされるだけでも味方に充分過ぎる被害が出るだろう。
「分かってる。大川の奴に兵を回すよう言ってみたのじゃが、若峰の守護で人手不足と抜かし追ったからなぁ。
我らだけではあの城は落ちん。だから、敵には墨子城から出てきて貰う」
「どういう事じゃ?」
「まず、遊撃部隊を編成する。少数精鋭で敵指揮官を討ち取る事が狙いじゃ。
次に我が軍の先陣が墨子城を攻撃する。適度に挑発して敵を誘い出すのじゃ。
敵はこちらを侮っておる。適度に攻撃しながら撤退を繰り返し、主力を真中湿原まで引き摺り出すのじゃ」
先陣を囮にして敵の主力を真中湿原まで誘き出そうというのだ。
敵も山の上から詩天軍の布陣を見定めている。敵の方が戦力が多い事を悟れば、主力で一気に仕掛けてくるはずだ。
「そして……こいつの出番じゃ」
武徳は背後にあった襖を開く。そこには中庭に置かれた多数の弓が置かれていた。
「長弓かっ!」
「そうじゃ。こいつを中央から貰い受けるには苦労したぞ。下手に要求すれば貸しにされるかもしれんからな。
恵寿田山に兵を伏し、頃合いを見て山頂からの雨を降らせるのよ。高い所からならば、敵の布陣もよーーく見えるぞ」
弓ならば遠くからでも敵を攻撃する事ができる。
武徳は中央からもらった長弓の数を揃え、遠距離から敵に痛打を与えるつもりだ。
「この機に乗じて、遊撃部隊は本体から離れて南から攻撃。我が軍の主力も進軍。二方向からの攻撃で敵の主力を一気に叩く。混乱状態の中で遊撃部隊が敵指揮官を仕留れば……決したようなものじゃ。ゆっくり墨子城を返してもらうとしよう」
敵の主力を真中湿原へ誘き出して一気に敵力主力に打撃を与える事がこの作戦の肝だ。
ここで敵の指揮官を討ち果たせれば、敵は烏合の衆。詩天軍でも優勢に戦う事ができるはずだ。
しかし――問題はまだ残っている。
「この敵を誘き出す囮と遊撃部隊はどうするのじゃ?」
評定に参加していた武将から、このような声が上がる。
詩天はついこの間まで千石原の乱でお家騒動があった。そこで主立った武将は戦場で倒れるか、切腹で侍として生涯を閉じた。この結果、歪虚に対抗するべき人材まで失ってしまったのだ。囮や遊撃部隊を務める猛将が評定の場にいるとは思えないのだ。失敗すれば大きな深手を――否、真中湿原で命を散らすかもしれない。
「そこよ。実は、中央からこの弓をもらい受ける際に、『はんたぁ』と呼ばれる西方の戦士を視察に送りたいと言ってきたのよ」
「ハンター……優秀な戦士達で天ノ都で憤怒の歪虚王を倒すのに一役買っております。最近、若峰でも見かけるようになりましたな」
「中央が何を考えているかは分からんが、使えるものは使わせてもらおう。彼らに囮と遊撃部隊の役を任せる。なに、報酬はそれなりに準備すれば良かろう」
「武徳殿、報酬を払うと言って踏み倒す気ではあるまいな?
先日も私が貸した金を今日中に返すと言っておきながら、その日の夕方に金はないと言っておった。
その調子でハンター達の報酬を誤魔化すつもりではござらんな?」
「……はて、そうだったかな。最近、物覚えが悪くてなぁ」
顎髭を撫でながら、武徳は小首を傾げた。
これより詩天軍は――東の三城奪還に向けて動き出す。
戦力差から見れば圧倒的に劣勢の詩天軍ではあるが、このまま放置すれば詩天の民は安心して復興に勤しむ事もできない。
未だ弱く力も無い詩天軍。
それでも先の見えない平和の中で、武徳は大きな賭けに出るのであった。
リプレイ本文
詩天――東の三城。
かつて州都『若峰』を守護する重要な防衛拠点として機能していたのも、今は昔。
憤怒の歪虚王が倒された現在でも、東の三城は歪虚の支配地域下にある。この拠点を奪還しなければ、若峰と黒駒城は丸裸も同然。詩天復興の為にも奪還は絶対必須となっていた。
人々が安心して生活を営むべく、三条家は再び憤怒の軍勢へと戦いを挑む。
「皆、よくぞ参った。今一度作戦を説明しよう」
恵寿田山の麓に布陣した詩天軍。
その本陣にて三条家軍師水野武徳は周辺の地図を広げる。依頼に参加したハンターを交えた最後の打ち合わせだ。
「先行した囮部隊は、敵を挑発して主力を真中湿原へと誘き出す。
囮部隊は……」
「ボクだよ」
「それと、イッカクさんに俺です」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)とルドルフ・デネボラ(ka3749)、イッカク(ka5625)が名乗りを挙げる。
「あの、挑発は敵に接近して攻めるフリをすれば良いのでしょうか。
武器を叩いて音を立てれば、敵もこちらに気付くと思うのですが」
ルドルフは、東方――それも詩天という新しい場所に始めて足を運んだ。
情報では憤怒と呼ばれる歪虚を知ってはいるものの、実際に目の当たりにするのは初めてだ。少しでも敵の情報を入手しておきたいと考えたのだろう。
それに対して武徳は答える。
「人間を見かければ見境無く襲ってくる。襲われるのは簡単じゃ
「だったら、雄叫びの一発でもかましてやりゃ簡単にやってきてくれるって訳だ」
イッカクもすべき役目を理解したのか、軽く頷いてみせる。
「そうじゃ。なるべく派手に動けば食いつくはずだ。
じゃが、敵の主力を誘き出すのが目的じゃ。あまりやり過ぎれば後退するタイミングを見失うぞ」
武徳の一言。
囮役の重要な役目は、敵の主力を真中湿原まで引っ張り出す事。攻撃に集中するあまり後退のチャンスを逃せば敵に包囲される可能性だってある。
「わーってるよ。金が貰えりゃ俺ぁ何だって良いんだ。もらった分の働きは、きっちりとさせてもらわぁ」
詩天だろうが、何だろうが知った事ではない。
イッカクの胸にはそのような想いがあった。
しかし、一方で別の想いも存在している。
脳裏に浮かびそうになる言葉。
頭を振ってその言葉をイッカクは打ち消した。
「ねぇ、詩天は優れた舞刀士を排出していたんでしょ?」
戦闘を前に元気そうなアルトが期待の眼差しを向ける。
詩天は天ノ都に優れた舞剣士を送り出してきた地方として知られている。
詩天に来れば彼らに出会え、さらに素晴らしい刀術を目に出来ると考えて依頼を受けたのであった。
だが、その期待は脆くも崩れ去ってしまう。
「期待しているところを悪いんじゃが、優れた者は詩天の守護に回されてしまってな。今回の戦いでは期待に添えるような者はおらんのじゃ」
武徳は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
後で聞いた話だが、千石原の乱で腕の立つ舞剣士は減ってしまったらしい。
今回の戦でも兵士は急遽集められた者が多かったようだ。
「えー、そんなぁ」
「すまんのう、アルト殿。
では、作戦の説明を続けるぞ。敵の主力が真中湿原へ足を踏み入れたら、恵寿田山の頂上に伏せていた長弓部隊で攻撃開始じゃ。敵が混乱したのを見計らって南から遊撃部隊が突撃、敵の指揮官を一気に討ち果たす。
――で、その遊撃部隊は……お前達か」
地図から顔を上げた武徳は、遊撃部隊の三人に視線を送る。
ステラ=ライムライト(ka5122)、黒耀 (ka5677)、骸香(ka6223)――彼らは少数精鋭で敵陣を駆け抜けて敵の指揮官を倒す。武徳ら主力部隊も前進して敵の主力に攻撃を仕掛けるが、今後の戦いを考えれば敵の指揮官を倒す為に時間をかける事はできない。
早期決着が望ましい。
その為に、黒耀 はある提案を携えていた。
「水野様、長弓部隊の方にこれをお預けしたいのです」
「む?」
黒耀 が取り出したのはトランシーバー、魔導短伝話、遠見の眼鏡である。
東方出身の黒耀 が西方で出会った品々である。
「高所からならば、戦場の様子も部隊の動きもよく見えましょう。こちらを使って敵の指揮官らしい動きをしている一団を教えていただきたいのです。
あ、勿論後で返して下さいね?」
恵寿田山の頂上から遠見の眼鏡で敵を捜し、発見次第トランシーバーか魔導短伝話で
遊撃部隊に連絡したもらおうというのだ。
指揮官の居場所が早期に分かれば、味方の被害は最小限で抑えられる。
これには、武徳も膝を叩いて賞賛する。
「うむ。それであれば闇雲に突撃せずに済む。是非、使わせて欲しい」
黒耀 の提案を武徳はあっさりと採用した。
もし、これで作戦が当たれば指揮官攻略は予想以上に短縮されるはずだ。
「それにしても……思い出すねぇ」
骸香の脳裏に浮かぶのは、東方の記憶。
良い事も嫌な事もあった。
複雑な思いが絡み合っていて、骸香としても少々困惑を隠せない。
「鬼の者か」
「別に配慮なんていらないよ。依頼なんだし、余計な物は持ち込まないからね」
武徳の一言に、骸香はやや素っ気なく対応する。
ハンターである以上、受けた依頼に手を抜く事はできない。
骸香の言葉にステラが付け加える。
「お城の奪還のため、だもんね。急いで倒して取り戻そう?」
超が付くほどの元気っ子であるステラ。
みんなで力を合わせれば、決して失敗しない。
前向きな気持ちこそが、この作戦に必要不可欠だ。
「そうじゃな。その気持ちを忘れてはならん。
では、皆の者……抜かりなく」
武徳の言葉で評定は、幕を下ろす。
そして、作戦の本番が始まろうとしている。
●
「全軍、後退です」
囮として先陣を切ったルドルフは、各自へ後退を命じる。
先陣部隊の被害を最小限に抑えるべく、詩天の兵士には三人一組で戦うように指示。個々の技量不足があってもフォローしながら戦えば被害を減らせるはず。
さらに生き残る事を優先するようには伝えていたが……。
「敵の猛攻、未だ続いてますっ!」
味方の兵士がカミキリの鋏を刀で逸らしながら、悲鳴のように叫ぶ。
当初は兵士を二列か三列の陣形を組み、一列目が交戦しながら二列目まで後退。入れ替わりで二列目が交戦している間に一列目は三列目のところまで後退して入れ替わる。
こうする事で被害を最小限に抑える予定であった。
ただ、予想外だったのは敵が集まるスピードだ。
「しつこんだよっ!」
踏鳴で接近したアルトは、敵の横を駆け抜けると同時に超重刀「ラティスムス」の一撃を叩き込む。
味方に襲いかかろうとしていたカミキリは、血を噴き出しながらその場へ倒れ込んだ。「ありがとうございます!」
「とっとと下がりな」
アルトは、助けた兵士へ撤退を促した。
イッカクの雄叫びやルドルフが指示して出させた音。それに反応した歪虚達。
実は、歪虚は彼らが想像するよりも早く集まってきたのだ。
これにより防戦を強いられ、予定よりも早期に撤退を開始する事となる。
「よーし、鬱憤晴らしだ。部隊が撤退するまで全部面倒見てやらぁ!」
「そうだぁ! 思いっきり暴れてやるから、覚悟しろよっ!」
弧を描く剣捌きで百目を太刀「鬼神大王」で切り刻むイッカク。
報酬はしっかり支払われる。貰える分『だけ』働けばいい。
囮部隊の兵士と一緒に撤退したって報酬は変わらない。
だが、イッカクの心にあった想いが、それを拒否する。
「ゴチャゴチャ考えるのは、止めだ。徹底的に暴れてやる」
イッカクは鬼婆の包丁を受け流しながら、返す刀で太刀「鬼神大王」を振り抜いた。
アルトもイッカクも、部隊が撤退するまで殿を申し出る。
「二人だけでこの場を支えるつもりですか!」
――ルドルフの叫び。
だが、一方で二人は作戦をしっかり理解している事も分かっている。囮部隊がこれ以上被害が出る事もなく撤退できるまでの時間を稼ぐだけでいい。
「ちょっと暴れてやるだけだ。すぐに追いつく」
「そういう事だ。迷惑はかけねぇよ」
二人は剣を振るいながら、ルドルフを送り出す。
「先に、行ってます」
ルドルフはアルトとイッカクに防御障壁を施すと、ワン・オブ・サウザンドを手に後退を開始する。
●
囮部隊の撤退を確認後、ルドルフはアルトとイッカクに合流。
三人で後退を繰り返しながら、敵部隊の注意を引き続けていた。
そして、間もなく――真中湿原。
待ちに待った反撃の時間がやってくる。
「おい、目的地じゃないのか? そろそろ飽きてきたぞ」
息を切らせて太刀「鬼神大王」を振り下ろすイッカク。
見れば墨子城からの増援は無く、大部分が麓の湿原へ足を踏み入れている。
その事はアルトとルドルフにも分かっていた。
三人は見合わせて、小さく頷く。
「さぁ、反撃の時間ですっ!」
ルドルフはジェットブーツで敵陣へ突入。ファイアスロワーで扇状に炎の力を持った破壊エネルギーを噴射する。
そしてこれは、打ち合わせていた長弓部隊の攻撃合図――。
「来たな。長弓部隊へ合図を送れっ!」
炎を確認した瞬間、武徳が部下に指示を出す。
部下は大きく息を吸い込んで、陣貝に空気を吹き込んだ。
ホラ貝の笛から生まれた音が、周囲に響き渡る。
次の瞬間、何かが風を切る音聞こえ始める。
無数とも言える矢の雨が敵陣に向かって降り注ぐ。
――成功。
敵陣から急速に離れながら、囮部隊の三人は自らの役目が終わった事を察した。
●
「……中央より南側に一際大きな一団が見えます。おそらくそれが目標です」
「情報に感謝する」
長弓部隊からトランシーバー越しで届けられた情報を受け、黒耀 ら遊撃部隊も行動を開始する。
目指す先は中央より南。幸い、味方主力部隊よりも早く敵指揮官に到達できそうだ。
「今日の私はマジックカードしか持っていない。魔法デッキの味を堪能するがいい!
いくぞ! デュエルスタンバイ!!」
黒耀 は、手にしていたバインダーから符を取り出した。
「マジックカード発動!」
符は注射器に姿を変え、ステラと骸香に力を与える。
次の瞬間、ステラと骸香の体に筋力が大幅に増強したかのような感覚が生じる。
「力が湧いてきたねぇ。目標も見つかってる事だし、一気に行きますか」
骸香は、瞬脚で敵との間合いを一気に詰める。
そして、眼前にいた鬼婆に対してノーモーションでレガース「コンヘラシオン」の蹴りを叩き込む。倒せなくてもいい、指揮官へのルートさえ切り開ければ構わない。
予定では瞬脚で敵陣を探し回るつもりではあったのだが、その必要も無くなった。
ただ、真っ直ぐ北上すればいいのだ。
「あぁもう、どいてて!」
試作振動刀「オートMURAMASA」を手に、間合いを詰めてカミキリを貫くステラ。
黒耀 の支援もあって進路上の敵を次々と排除していく。一緒に同行している詩天の兵士達も三人の活躍で被害らしい被害を受けていない。
「他愛もない。デュエリストの行く手を阻むには、力が足りぬと見える。
カードを揃えて出直すがいい!」
禹歩で危険を察知しようとしているが、今の所凶報は無い。
否――禹歩で察知する前から、デュエリストとしての勘が『このまま進め』と轟き叫んでいた。
「あ、あれだっ!」
ステラの視界に入ったのは、一際目立つ一団。
数体の骸骨武者に守られた敵指揮官。同じく骸骨武者だが、兜に派手な金細工が施されている。遠目から見ても偉そうなのが丸わかりだ。
「なるほど。敵の単純な思考回路に感謝だ。……マジックカード発動!」
再びステラと骸香にマジックカード【ぷろていん】を発動する黒耀 。
沸き上がる筋力に、二人のテンションも引き上げられる。
「更にマジックカード発動!!」
黒耀 は複数の符を取り出すと敵指揮官の周囲に張り巡らされる結界。
その結界付近へ降り注ぐ光。
五色光符陣が敵指揮官達を強い光で焼き尽くす。
「槍は懐がガラ空き、だよっ!!」
疾風剣で槍を手にした護衛役の骸骨武者へ剣撃を加えるステラ。
ステラの攻撃を発端に、遊撃部隊の精鋭達が護衛役に攻撃を開始。
必然的に開かれる敵指揮官への道――。
「やれやれ、仕方ないねぇ」
骸香は集まってくる百目や鬼婆の攻撃をマルチステップで敵指揮官へ接近する。
巧みに躱す骸香を前に敵指揮官は刀を構えて上段から一気に振り下ろす。
しかし、敵指揮官の放った刃は虚空を斬り地面へと突き刺さる。当たる寸前で瞬脚によって方向転換したのだ。
「悪いねぇ。トドメを刺すってガラじゃないんでねぇ」
後方から蹴りを放つ骸香。
バランスを崩して突き飛ばされた先にいるのは――ステラ。
納刀の構えから一気に刀を抜き放つ。
「……逃がさないよ!」
次の瞬間、試作振動刀「オートMURAMASA」が敵指揮官の頭部を破壊。
ステラの傍らをすり抜けて地面へと倒れていくと同時に、骨がボロボロと崩壊する。
●
「やったぞっ! ハンターが敵指揮官を打ち倒したぞっ!」
遊撃部隊の一人が、歓喜の声を上げる。
その喜びは、遊撃部隊の中に広がっていく。
「ハンターに遅れを取るな、我らも最後まで戦い抜くのだ!」
「そうだ! 気を抜くでないぞ!」
ハンターの功績が、兵士達の士気を向上させていく。
「その調子っ! 城を奪還するまでは終わりじゃないんだからね」
敵指揮官を倒した勢いに乗り、ステラの疾風剣がカミキリの脇腹を派手に斬る。
その傍らでは、骸香の蹴りが鬼婆の首を捉える。
「城を取り戻すまでが、戦だねぇ」
「そうだ! 最後のカードが開くまで、気を抜くなっ!
マジックカード発動っ!」
黒耀 がカードバインダー「ゲヴェルクシャフト」から次なる符を取り出した。
遊撃部隊がもたらした吉報は、本陣と囮部隊の面々にも伝わっていた。
「そうか、やったか!」
武徳の策はハンターの協力もあって大成功。
既に歪虚の一団も敵指揮官撃破を受けて撤退を開始している。
「各部隊は墨子城へ向けて進めぇ。逃げる敵は可能な限り討ち果たすのじゃ」
新たな命令を、武徳が下する。
敵はここで撤退するであろうが、いつ戻ってくるかも分からない。追撃して確実に敵の戦力を削ぐ事は、明日の勝利へと繋がるはずだ。
城に向かって進軍する詩天軍。
兵士達の士気は、明らかに異なっている。
――歪虚に勝てる。
希望を抱いた者は、かくも強い。
●
「勝ち鬨じゃ!」
武徳の声に、多くの兵士達が応えた。
進軍を開始して数刻後、詩天軍は墨子城へ入城。ハンターの活躍で被害も最小限に抑えられたと言えるだろう。
「あの笑顔。とってもいい顔しているよ」
「今まで歪虚に負け続きだったんだろ。これからも俺に報酬をもらえりゃ、勝利の美酒は飲み放題だ」
アルトとイッカクは少し離れた場所で兵士達を見守っていた。
この戦いの勝利は、序章に過ぎない。
詩天軍は東の三城奪還に向けて、一歩を踏み出したばかりだ。
かつて州都『若峰』を守護する重要な防衛拠点として機能していたのも、今は昔。
憤怒の歪虚王が倒された現在でも、東の三城は歪虚の支配地域下にある。この拠点を奪還しなければ、若峰と黒駒城は丸裸も同然。詩天復興の為にも奪還は絶対必須となっていた。
人々が安心して生活を営むべく、三条家は再び憤怒の軍勢へと戦いを挑む。
「皆、よくぞ参った。今一度作戦を説明しよう」
恵寿田山の麓に布陣した詩天軍。
その本陣にて三条家軍師水野武徳は周辺の地図を広げる。依頼に参加したハンターを交えた最後の打ち合わせだ。
「先行した囮部隊は、敵を挑発して主力を真中湿原へと誘き出す。
囮部隊は……」
「ボクだよ」
「それと、イッカクさんに俺です」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)とルドルフ・デネボラ(ka3749)、イッカク(ka5625)が名乗りを挙げる。
「あの、挑発は敵に接近して攻めるフリをすれば良いのでしょうか。
武器を叩いて音を立てれば、敵もこちらに気付くと思うのですが」
ルドルフは、東方――それも詩天という新しい場所に始めて足を運んだ。
情報では憤怒と呼ばれる歪虚を知ってはいるものの、実際に目の当たりにするのは初めてだ。少しでも敵の情報を入手しておきたいと考えたのだろう。
それに対して武徳は答える。
「人間を見かければ見境無く襲ってくる。襲われるのは簡単じゃ
「だったら、雄叫びの一発でもかましてやりゃ簡単にやってきてくれるって訳だ」
イッカクもすべき役目を理解したのか、軽く頷いてみせる。
「そうじゃ。なるべく派手に動けば食いつくはずだ。
じゃが、敵の主力を誘き出すのが目的じゃ。あまりやり過ぎれば後退するタイミングを見失うぞ」
武徳の一言。
囮役の重要な役目は、敵の主力を真中湿原まで引っ張り出す事。攻撃に集中するあまり後退のチャンスを逃せば敵に包囲される可能性だってある。
「わーってるよ。金が貰えりゃ俺ぁ何だって良いんだ。もらった分の働きは、きっちりとさせてもらわぁ」
詩天だろうが、何だろうが知った事ではない。
イッカクの胸にはそのような想いがあった。
しかし、一方で別の想いも存在している。
脳裏に浮かびそうになる言葉。
頭を振ってその言葉をイッカクは打ち消した。
「ねぇ、詩天は優れた舞刀士を排出していたんでしょ?」
戦闘を前に元気そうなアルトが期待の眼差しを向ける。
詩天は天ノ都に優れた舞剣士を送り出してきた地方として知られている。
詩天に来れば彼らに出会え、さらに素晴らしい刀術を目に出来ると考えて依頼を受けたのであった。
だが、その期待は脆くも崩れ去ってしまう。
「期待しているところを悪いんじゃが、優れた者は詩天の守護に回されてしまってな。今回の戦いでは期待に添えるような者はおらんのじゃ」
武徳は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
後で聞いた話だが、千石原の乱で腕の立つ舞剣士は減ってしまったらしい。
今回の戦でも兵士は急遽集められた者が多かったようだ。
「えー、そんなぁ」
「すまんのう、アルト殿。
では、作戦の説明を続けるぞ。敵の主力が真中湿原へ足を踏み入れたら、恵寿田山の頂上に伏せていた長弓部隊で攻撃開始じゃ。敵が混乱したのを見計らって南から遊撃部隊が突撃、敵の指揮官を一気に討ち果たす。
――で、その遊撃部隊は……お前達か」
地図から顔を上げた武徳は、遊撃部隊の三人に視線を送る。
ステラ=ライムライト(ka5122)、黒耀 (ka5677)、骸香(ka6223)――彼らは少数精鋭で敵陣を駆け抜けて敵の指揮官を倒す。武徳ら主力部隊も前進して敵の主力に攻撃を仕掛けるが、今後の戦いを考えれば敵の指揮官を倒す為に時間をかける事はできない。
早期決着が望ましい。
その為に、黒耀 はある提案を携えていた。
「水野様、長弓部隊の方にこれをお預けしたいのです」
「む?」
黒耀 が取り出したのはトランシーバー、魔導短伝話、遠見の眼鏡である。
東方出身の黒耀 が西方で出会った品々である。
「高所からならば、戦場の様子も部隊の動きもよく見えましょう。こちらを使って敵の指揮官らしい動きをしている一団を教えていただきたいのです。
あ、勿論後で返して下さいね?」
恵寿田山の頂上から遠見の眼鏡で敵を捜し、発見次第トランシーバーか魔導短伝話で
遊撃部隊に連絡したもらおうというのだ。
指揮官の居場所が早期に分かれば、味方の被害は最小限で抑えられる。
これには、武徳も膝を叩いて賞賛する。
「うむ。それであれば闇雲に突撃せずに済む。是非、使わせて欲しい」
黒耀 の提案を武徳はあっさりと採用した。
もし、これで作戦が当たれば指揮官攻略は予想以上に短縮されるはずだ。
「それにしても……思い出すねぇ」
骸香の脳裏に浮かぶのは、東方の記憶。
良い事も嫌な事もあった。
複雑な思いが絡み合っていて、骸香としても少々困惑を隠せない。
「鬼の者か」
「別に配慮なんていらないよ。依頼なんだし、余計な物は持ち込まないからね」
武徳の一言に、骸香はやや素っ気なく対応する。
ハンターである以上、受けた依頼に手を抜く事はできない。
骸香の言葉にステラが付け加える。
「お城の奪還のため、だもんね。急いで倒して取り戻そう?」
超が付くほどの元気っ子であるステラ。
みんなで力を合わせれば、決して失敗しない。
前向きな気持ちこそが、この作戦に必要不可欠だ。
「そうじゃな。その気持ちを忘れてはならん。
では、皆の者……抜かりなく」
武徳の言葉で評定は、幕を下ろす。
そして、作戦の本番が始まろうとしている。
●
「全軍、後退です」
囮として先陣を切ったルドルフは、各自へ後退を命じる。
先陣部隊の被害を最小限に抑えるべく、詩天の兵士には三人一組で戦うように指示。個々の技量不足があってもフォローしながら戦えば被害を減らせるはず。
さらに生き残る事を優先するようには伝えていたが……。
「敵の猛攻、未だ続いてますっ!」
味方の兵士がカミキリの鋏を刀で逸らしながら、悲鳴のように叫ぶ。
当初は兵士を二列か三列の陣形を組み、一列目が交戦しながら二列目まで後退。入れ替わりで二列目が交戦している間に一列目は三列目のところまで後退して入れ替わる。
こうする事で被害を最小限に抑える予定であった。
ただ、予想外だったのは敵が集まるスピードだ。
「しつこんだよっ!」
踏鳴で接近したアルトは、敵の横を駆け抜けると同時に超重刀「ラティスムス」の一撃を叩き込む。
味方に襲いかかろうとしていたカミキリは、血を噴き出しながらその場へ倒れ込んだ。「ありがとうございます!」
「とっとと下がりな」
アルトは、助けた兵士へ撤退を促した。
イッカクの雄叫びやルドルフが指示して出させた音。それに反応した歪虚達。
実は、歪虚は彼らが想像するよりも早く集まってきたのだ。
これにより防戦を強いられ、予定よりも早期に撤退を開始する事となる。
「よーし、鬱憤晴らしだ。部隊が撤退するまで全部面倒見てやらぁ!」
「そうだぁ! 思いっきり暴れてやるから、覚悟しろよっ!」
弧を描く剣捌きで百目を太刀「鬼神大王」で切り刻むイッカク。
報酬はしっかり支払われる。貰える分『だけ』働けばいい。
囮部隊の兵士と一緒に撤退したって報酬は変わらない。
だが、イッカクの心にあった想いが、それを拒否する。
「ゴチャゴチャ考えるのは、止めだ。徹底的に暴れてやる」
イッカクは鬼婆の包丁を受け流しながら、返す刀で太刀「鬼神大王」を振り抜いた。
アルトもイッカクも、部隊が撤退するまで殿を申し出る。
「二人だけでこの場を支えるつもりですか!」
――ルドルフの叫び。
だが、一方で二人は作戦をしっかり理解している事も分かっている。囮部隊がこれ以上被害が出る事もなく撤退できるまでの時間を稼ぐだけでいい。
「ちょっと暴れてやるだけだ。すぐに追いつく」
「そういう事だ。迷惑はかけねぇよ」
二人は剣を振るいながら、ルドルフを送り出す。
「先に、行ってます」
ルドルフはアルトとイッカクに防御障壁を施すと、ワン・オブ・サウザンドを手に後退を開始する。
●
囮部隊の撤退を確認後、ルドルフはアルトとイッカクに合流。
三人で後退を繰り返しながら、敵部隊の注意を引き続けていた。
そして、間もなく――真中湿原。
待ちに待った反撃の時間がやってくる。
「おい、目的地じゃないのか? そろそろ飽きてきたぞ」
息を切らせて太刀「鬼神大王」を振り下ろすイッカク。
見れば墨子城からの増援は無く、大部分が麓の湿原へ足を踏み入れている。
その事はアルトとルドルフにも分かっていた。
三人は見合わせて、小さく頷く。
「さぁ、反撃の時間ですっ!」
ルドルフはジェットブーツで敵陣へ突入。ファイアスロワーで扇状に炎の力を持った破壊エネルギーを噴射する。
そしてこれは、打ち合わせていた長弓部隊の攻撃合図――。
「来たな。長弓部隊へ合図を送れっ!」
炎を確認した瞬間、武徳が部下に指示を出す。
部下は大きく息を吸い込んで、陣貝に空気を吹き込んだ。
ホラ貝の笛から生まれた音が、周囲に響き渡る。
次の瞬間、何かが風を切る音聞こえ始める。
無数とも言える矢の雨が敵陣に向かって降り注ぐ。
――成功。
敵陣から急速に離れながら、囮部隊の三人は自らの役目が終わった事を察した。
●
「……中央より南側に一際大きな一団が見えます。おそらくそれが目標です」
「情報に感謝する」
長弓部隊からトランシーバー越しで届けられた情報を受け、黒耀 ら遊撃部隊も行動を開始する。
目指す先は中央より南。幸い、味方主力部隊よりも早く敵指揮官に到達できそうだ。
「今日の私はマジックカードしか持っていない。魔法デッキの味を堪能するがいい!
いくぞ! デュエルスタンバイ!!」
黒耀 は、手にしていたバインダーから符を取り出した。
「マジックカード発動!」
符は注射器に姿を変え、ステラと骸香に力を与える。
次の瞬間、ステラと骸香の体に筋力が大幅に増強したかのような感覚が生じる。
「力が湧いてきたねぇ。目標も見つかってる事だし、一気に行きますか」
骸香は、瞬脚で敵との間合いを一気に詰める。
そして、眼前にいた鬼婆に対してノーモーションでレガース「コンヘラシオン」の蹴りを叩き込む。倒せなくてもいい、指揮官へのルートさえ切り開ければ構わない。
予定では瞬脚で敵陣を探し回るつもりではあったのだが、その必要も無くなった。
ただ、真っ直ぐ北上すればいいのだ。
「あぁもう、どいてて!」
試作振動刀「オートMURAMASA」を手に、間合いを詰めてカミキリを貫くステラ。
黒耀 の支援もあって進路上の敵を次々と排除していく。一緒に同行している詩天の兵士達も三人の活躍で被害らしい被害を受けていない。
「他愛もない。デュエリストの行く手を阻むには、力が足りぬと見える。
カードを揃えて出直すがいい!」
禹歩で危険を察知しようとしているが、今の所凶報は無い。
否――禹歩で察知する前から、デュエリストとしての勘が『このまま進め』と轟き叫んでいた。
「あ、あれだっ!」
ステラの視界に入ったのは、一際目立つ一団。
数体の骸骨武者に守られた敵指揮官。同じく骸骨武者だが、兜に派手な金細工が施されている。遠目から見ても偉そうなのが丸わかりだ。
「なるほど。敵の単純な思考回路に感謝だ。……マジックカード発動!」
再びステラと骸香にマジックカード【ぷろていん】を発動する黒耀 。
沸き上がる筋力に、二人のテンションも引き上げられる。
「更にマジックカード発動!!」
黒耀 は複数の符を取り出すと敵指揮官の周囲に張り巡らされる結界。
その結界付近へ降り注ぐ光。
五色光符陣が敵指揮官達を強い光で焼き尽くす。
「槍は懐がガラ空き、だよっ!!」
疾風剣で槍を手にした護衛役の骸骨武者へ剣撃を加えるステラ。
ステラの攻撃を発端に、遊撃部隊の精鋭達が護衛役に攻撃を開始。
必然的に開かれる敵指揮官への道――。
「やれやれ、仕方ないねぇ」
骸香は集まってくる百目や鬼婆の攻撃をマルチステップで敵指揮官へ接近する。
巧みに躱す骸香を前に敵指揮官は刀を構えて上段から一気に振り下ろす。
しかし、敵指揮官の放った刃は虚空を斬り地面へと突き刺さる。当たる寸前で瞬脚によって方向転換したのだ。
「悪いねぇ。トドメを刺すってガラじゃないんでねぇ」
後方から蹴りを放つ骸香。
バランスを崩して突き飛ばされた先にいるのは――ステラ。
納刀の構えから一気に刀を抜き放つ。
「……逃がさないよ!」
次の瞬間、試作振動刀「オートMURAMASA」が敵指揮官の頭部を破壊。
ステラの傍らをすり抜けて地面へと倒れていくと同時に、骨がボロボロと崩壊する。
●
「やったぞっ! ハンターが敵指揮官を打ち倒したぞっ!」
遊撃部隊の一人が、歓喜の声を上げる。
その喜びは、遊撃部隊の中に広がっていく。
「ハンターに遅れを取るな、我らも最後まで戦い抜くのだ!」
「そうだ! 気を抜くでないぞ!」
ハンターの功績が、兵士達の士気を向上させていく。
「その調子っ! 城を奪還するまでは終わりじゃないんだからね」
敵指揮官を倒した勢いに乗り、ステラの疾風剣がカミキリの脇腹を派手に斬る。
その傍らでは、骸香の蹴りが鬼婆の首を捉える。
「城を取り戻すまでが、戦だねぇ」
「そうだ! 最後のカードが開くまで、気を抜くなっ!
マジックカード発動っ!」
黒耀 がカードバインダー「ゲヴェルクシャフト」から次なる符を取り出した。
遊撃部隊がもたらした吉報は、本陣と囮部隊の面々にも伝わっていた。
「そうか、やったか!」
武徳の策はハンターの協力もあって大成功。
既に歪虚の一団も敵指揮官撃破を受けて撤退を開始している。
「各部隊は墨子城へ向けて進めぇ。逃げる敵は可能な限り討ち果たすのじゃ」
新たな命令を、武徳が下する。
敵はここで撤退するであろうが、いつ戻ってくるかも分からない。追撃して確実に敵の戦力を削ぐ事は、明日の勝利へと繋がるはずだ。
城に向かって進軍する詩天軍。
兵士達の士気は、明らかに異なっている。
――歪虚に勝てる。
希望を抱いた者は、かくも強い。
●
「勝ち鬨じゃ!」
武徳の声に、多くの兵士達が応えた。
進軍を開始して数刻後、詩天軍は墨子城へ入城。ハンターの活躍で被害も最小限に抑えられたと言えるだろう。
「あの笑顔。とってもいい顔しているよ」
「今まで歪虚に負け続きだったんだろ。これからも俺に報酬をもらえりゃ、勝利の美酒は飲み放題だ」
アルトとイッカクは少し離れた場所で兵士達を見守っていた。
この戦いの勝利は、序章に過ぎない。
詩天軍は東の三城奪還に向けて、一歩を踏み出したばかりだ。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/12 14:51:14 |
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墨子城奪還! アルト・ヴァレンティーニ(ka3109) 人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/06/15 00:30:16 |