ゲスト
(ka0000)
【深棲】海の日!
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~15人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/07 19:00
- 完成日
- 2014/10/01 02:42
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「海の日のイベント……ですか?」
ハンターズオフィスの談話室で、新米受付嬢は依頼主の青年を前に目をぱちくりさせていた。
「ええ、海の日です」
そう言ってにこやかに頷いた男の名は、エヴァルド・ブラマンデ。
資産家らしい整った身なりにしゅっとした中性的な顔立ち。それでありながらごてごてとしたアクセサリーは身につけておらず、首の後ろで束ねた長い艶やかな髪。そんな気品ある清潔感を漂わせる彼こそ、ヴァリオス商工会の『青年会』を率いる若きリーダーである。
「リアルブルーのとある国には、海で遊べる事や海からの恵みを喜ぶ『海の日』というイベントがあると聞いています。それをこのヴァリオスでも開催したいと考えています」
そう言ってエヴァルドはにこやかな表情を崩さず、ルミの瞳を見返した。
(青年会のお偉いさんに海の日イベントって……なんでこんな事になってるんだろう)
というのも全てはつい十数分前のこと――
「ヴァリオスのお偉いさんが来てるんですか?」
その日、エヴァルドはハンターズオフィス内で時の日となっていた。
ヴァリオス商工会と言えばかつてからヴァリオスの経済の発展を支えて来た大組織であり、エヴァルドはその内部派閥である『青年会』を率いるリーダー。そんな人がオフィスへやって来たものだから、それは話題の中心にもなるというものである。
「なんでもヴァリオスでイベントを開催するから、ハンターに手伝いをお願いする依頼を扱って欲しいんだって」
「イベントねぇ……」
イベント等の催し物の手伝い、という依頼はそれほど珍しいものではない。地域に貢献することもハンターの仕事の一つだ。
しかしヴァリオス郊外は、今回の歪虚の影響で大きな打撃を受けたのもまた事実である。
「ルミ、あんたさ、青年会の依頼の斡旋やってみない?」
「ええ、私が!?」
「アンタもオフィスに入って1ヶ月ほど経つし、そろそろ大きな仕事にも慣れてって貰わないと。それに、イベントとかそういうの得意って前に言ってなかった?」
「そ、それはやる側の話で――」
「じゃあ、ぴったりじゃない!」
「い、いやそういう意味じゃなくってぇ」
彼女の些細な抵抗むなしく、上司に当たる彼女の一言で青年会の依頼を受け持つ事が決定したのだった。
「青年会に顔売っとけば、いろいろ依頼回してもらえるようになるかもよ?」
そんな言葉を投げかけられながら。
(金持ちそうだし、優男っぽいけど、それなりにイケメンだし、お近づきになるって意味では確かに悪くないケド……)
ルミが恐る恐るエヴァルドの様子を伺っていると、彼は何枚かの紙の束を取り出した。
「簡単ではありますが、企画書です」
その中にはイベントの概要とハンター達への依頼内容が分かりやすく整えて書かれていた。
「ご存知の通り、ヴァリオスは今回のラッツィオ島での一軒で大きな打撃を受けました。人々は比較的安全な内陸へ疎開し、夏というビジネスシーズンも逃し、経済も回らず、非常に苦しい状況を迎えている者たちも居るでしょう。そんなヴァリオスの復興と経済の再活性化、ひいては自由都市の活性化にも繋がればと思い、今回のイベントを企画した次第です」
そう語る彼の瞳には強い意志を宿っており、それを真正面から受けたルミはただ圧倒されてしまう。
「それで、その一環としてラッツィオ島開放に尽力したハンター達に参加してほしいって事ですね?」
「その通り。今や彼らは時の人、大いに盛り上がる事を期待しています」
「なるほど、斡旋内容は分かりました」
そう言いながら眺めていた企画書の束をとんとんと整えると彼に向き直る。
「ここまで整った書類が準備される方はそうそう居ませんよ~。オフィスとしてはすっごく助かります♪」
ニッコリと得意の営業スマイルで微笑みかけると、エヴァルドもまた営業スマイルなのか素なのか分からない微笑を返す。
「いえ、こちらとしても齟齬があると困りますので。暫くイベントの宣伝でリゼリオに滞在するので、何か質問があれば声を掛けてください」
「分かりました☆」
「そう言えば……」
不意に何かを思い出したように口元に手を運ぶエヴァルド。そうして何事か頭の中で確かめるように頷いた後、彼は再び口を開いた。
「先ほど取り次いで貰った方から貴方はイベント事、特にステージイベントのようなものが得意だと聞いたのですが」
「へ……?」
似たような事をさっき上司の口から聞いた気がすると思いながら、ルミの中に嫌な(?)予感がふつふつと沸き起こる。
「よろしければ貴方も手伝ってもらえませんか? 人手は大いに越したことが無いですし、それに貴方は『海の日』というイベントをよくご存知のようだ。我々としても心強いのですが」
そうあくまでにこやかに微笑み掛けるエヴァルドを前に断ることもできず。
「やっぱりそうなるのね……」
半ば諦めたような様子で、あくまで仕事の一環としてその返事に頷くのだった。
そうしてハンターズオフィスに張り出された、ヴァリオスの復興を願ったやや季節はずれの海の日イベント。
「ルミちゃんが手伝うからにはイベントの失敗とかあり得ないんだから!」
そう依頼を貼り付けた受付嬢もまた、自分自身を奮起させていた。
ハンターズオフィスの談話室で、新米受付嬢は依頼主の青年を前に目をぱちくりさせていた。
「ええ、海の日です」
そう言ってにこやかに頷いた男の名は、エヴァルド・ブラマンデ。
資産家らしい整った身なりにしゅっとした中性的な顔立ち。それでありながらごてごてとしたアクセサリーは身につけておらず、首の後ろで束ねた長い艶やかな髪。そんな気品ある清潔感を漂わせる彼こそ、ヴァリオス商工会の『青年会』を率いる若きリーダーである。
「リアルブルーのとある国には、海で遊べる事や海からの恵みを喜ぶ『海の日』というイベントがあると聞いています。それをこのヴァリオスでも開催したいと考えています」
そう言ってエヴァルドはにこやかな表情を崩さず、ルミの瞳を見返した。
(青年会のお偉いさんに海の日イベントって……なんでこんな事になってるんだろう)
というのも全てはつい十数分前のこと――
「ヴァリオスのお偉いさんが来てるんですか?」
その日、エヴァルドはハンターズオフィス内で時の日となっていた。
ヴァリオス商工会と言えばかつてからヴァリオスの経済の発展を支えて来た大組織であり、エヴァルドはその内部派閥である『青年会』を率いるリーダー。そんな人がオフィスへやって来たものだから、それは話題の中心にもなるというものである。
「なんでもヴァリオスでイベントを開催するから、ハンターに手伝いをお願いする依頼を扱って欲しいんだって」
「イベントねぇ……」
イベント等の催し物の手伝い、という依頼はそれほど珍しいものではない。地域に貢献することもハンターの仕事の一つだ。
しかしヴァリオス郊外は、今回の歪虚の影響で大きな打撃を受けたのもまた事実である。
「ルミ、あんたさ、青年会の依頼の斡旋やってみない?」
「ええ、私が!?」
「アンタもオフィスに入って1ヶ月ほど経つし、そろそろ大きな仕事にも慣れてって貰わないと。それに、イベントとかそういうの得意って前に言ってなかった?」
「そ、それはやる側の話で――」
「じゃあ、ぴったりじゃない!」
「い、いやそういう意味じゃなくってぇ」
彼女の些細な抵抗むなしく、上司に当たる彼女の一言で青年会の依頼を受け持つ事が決定したのだった。
「青年会に顔売っとけば、いろいろ依頼回してもらえるようになるかもよ?」
そんな言葉を投げかけられながら。
(金持ちそうだし、優男っぽいけど、それなりにイケメンだし、お近づきになるって意味では確かに悪くないケド……)
ルミが恐る恐るエヴァルドの様子を伺っていると、彼は何枚かの紙の束を取り出した。
「簡単ではありますが、企画書です」
その中にはイベントの概要とハンター達への依頼内容が分かりやすく整えて書かれていた。
「ご存知の通り、ヴァリオスは今回のラッツィオ島での一軒で大きな打撃を受けました。人々は比較的安全な内陸へ疎開し、夏というビジネスシーズンも逃し、経済も回らず、非常に苦しい状況を迎えている者たちも居るでしょう。そんなヴァリオスの復興と経済の再活性化、ひいては自由都市の活性化にも繋がればと思い、今回のイベントを企画した次第です」
そう語る彼の瞳には強い意志を宿っており、それを真正面から受けたルミはただ圧倒されてしまう。
「それで、その一環としてラッツィオ島開放に尽力したハンター達に参加してほしいって事ですね?」
「その通り。今や彼らは時の人、大いに盛り上がる事を期待しています」
「なるほど、斡旋内容は分かりました」
そう言いながら眺めていた企画書の束をとんとんと整えると彼に向き直る。
「ここまで整った書類が準備される方はそうそう居ませんよ~。オフィスとしてはすっごく助かります♪」
ニッコリと得意の営業スマイルで微笑みかけると、エヴァルドもまた営業スマイルなのか素なのか分からない微笑を返す。
「いえ、こちらとしても齟齬があると困りますので。暫くイベントの宣伝でリゼリオに滞在するので、何か質問があれば声を掛けてください」
「分かりました☆」
「そう言えば……」
不意に何かを思い出したように口元に手を運ぶエヴァルド。そうして何事か頭の中で確かめるように頷いた後、彼は再び口を開いた。
「先ほど取り次いで貰った方から貴方はイベント事、特にステージイベントのようなものが得意だと聞いたのですが」
「へ……?」
似たような事をさっき上司の口から聞いた気がすると思いながら、ルミの中に嫌な(?)予感がふつふつと沸き起こる。
「よろしければ貴方も手伝ってもらえませんか? 人手は大いに越したことが無いですし、それに貴方は『海の日』というイベントをよくご存知のようだ。我々としても心強いのですが」
そうあくまでにこやかに微笑み掛けるエヴァルドを前に断ることもできず。
「やっぱりそうなるのね……」
半ば諦めたような様子で、あくまで仕事の一環としてその返事に頷くのだった。
そうしてハンターズオフィスに張り出された、ヴァリオスの復興を願ったやや季節はずれの海の日イベント。
「ルミちゃんが手伝うからにはイベントの失敗とかあり得ないんだから!」
そう依頼を貼り付けた受付嬢もまた、自分自身を奮起させていた。
リプレイ本文
●
ラッツィオ島での戦いの犠牲と呼んでもいいだろう。ここ、極彩色の街『ヴァリオス』は多くの人々が内陸へと疎開し、夏という一大シーズンを逃した商人達は準備した品々を前に苦汁を舐めた。街に活気の無い状況を見かねたヴァリオス商工会の青年会リーダー、エヴァルド・ブラマンデは、この『海の日』イベントを立案したのである。
その前日、会場にはすでに露店が立ち並び、商人達の出店の準備で賑わう。
中でも大工達が腕を振るって設えているステージは、たった一日のイベントのためだけに作ったにしては勿体ないくらい壮美で迫力のあるものとなっていた。
「どうだい、立派なものだろう?」
最後の仕上げとなる周辺の装飾を行っているステージを見上げながら、エヴァルドは誇らしげに口を開いた。
「イベントのメインだから、このステージは特に力を入れたんだ」
「へぇ」
エヴァルドに説明を受けながら、ルミはそのステージに見入っていた。ステージ上では、ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)とヤナギ・エリューナク(ka0265)のリハーサルが行われており、イベント当日の雰囲気を醸し出していた。
「どうでも良いんですけど、いつの間にか随分気さくになりましたね~」
「いや、これは失敬。5日も共に意見を交わせばそれなりの友好関係は築けたと思って居たのだけれど、思い過ごしだったかな」
さわやかに返すエヴァルドに対し、ルミは特にそれ以上言及はしなかった。むしろ友好関係を築くための今回の依頼のわけであるから、そう思ってくれるのであれば願っても無いこと。
「な~んか、営業で走り回ってた頃を思い出すなぁ」
そうポツリと呟いた彼女の言葉はステージの演奏にかき消され、エヴァルドの耳には届かない。
「ああ、ルナさん」
エヴァルドはトコトコとステージ前を横切った少女、ルナ・セレスティア(ka2675)を呼び止めると、彼女は笑顔で振り向いた。
「はい、何でしょう?」
「頼まれていましたモノですが、似た作物でしたら準備できるかもしれません」
「本当ですか?」
エヴァルドがそう言うと、一瞬陰ったルナの表情がぱぁっと明るくなる。
「何を準備しているんです?」
ルミが興味がてら尋ねると、ルナは喜々として答えた。
「スイカ割りですよ! リアルブルーでは定番のイベントだと聞いています!」
「あぁ、なるほど」
ルミは笑顔で頷く。確かに海の定番イベントと言えばスイカ割り。海とスイカは切っても切れない存在だ。
「水着を着て踊りながら飛んでくるスイカを叩き割る演舞……水棲雑魔との戦いに備え、砂浜で自在に戦えるようにする訓練をするなんて、リアルブルーのイベントは一味違いますね!」
「えっ、いや、それは違うと思――」
何かを勘違いしたルナの『スイカ割り』概念に物議を催す前に、彼女はルンルンとどこかへ歩き去った。残されたのは一抹の不安であるが、まあ盛り上がればそれでも良いかと、半ば他人事のように納得するルミであった。
「ヴァリオスでお祭りが有りますよ~、海を満喫し損ねたと言うそこのキミ! どうかな~?」
一方、周辺の街へと出向いているルージュ・L=ローズレ(ka1649)は、ヴァリオス郊外の街へと宣伝範囲を広げ、街角でチラシを配って歩いていた。Jyu=Bee(ka1681)の発案で、既に数日前から地元紙の広告で大きく宣伝が行われている。
あと前日にできる集客と言えば、足を使って少しでもイベントの認知度を高めることくらい。これが最後の追い込みとなるのだ。
「これで良し……かしら」
ヴァリオス市街の掲示板のポスターを張り替えて、nil(ka2654)は満足げに頷いた。今貼り付けたポスターにはでかでかと『海の日、明日開催!』の文字。
「『海の日』……リアルブルーの人達は、実際どうやって過ごすんだろ。海を、青を、楽しむの……かな……?」
まだ世間に出て間もない彼女にとっては、まだ知らぬリアルブルーのイベント。彼女の中に、期待に似た興味が溢れる。
「……楽しみね」
そう呟いた彼女の言葉はおそらく、街の全ての人々の気持ちの代弁しているかのようだった。
●
「さぁ地元の味だよー! ここでしか味わえないからゆっくり堪能していってね!!」
にぎやかなイベント会場に、ステラ・ブルマーレ(ka3014)の活気づいた声が響く。前日まで行われた宣伝の効果もあってか、当日はヴァリオスの住民のみならず内陸都市のジェオルジやフマーレからも観光客が押し寄せ、大盛況だった。
露店スペースでは様々な屋台料理や地元の民芸品、また夏ならではの品など、地元商工会が機会を逃したサマーシーズンの商品の数々が「今が好機」とばかりに立ち並ぶ。
そんな中でも大きな人だかりとなっているのは、ハンター達の屋台テント。この海を開放する立役者となったハンター達を一目見ようと、そして「せっかくだから買ってみよう」と、多くのお客が押し寄せていた。
「は、はーい、ありがとうございます!」
ティーナ・ウェンライト(ka0165)が笑顔で焼き立ての焼き鳥をお客に渡す。ちなみに客は老若男女問わず大勢であるが、中でも特に男性客が非常に目立つ。というのも、接客に励むハンター達の「衣装」に要因があったのだろう。
「……お前、そんなモンも着るのか」
持ち込んだビール缶を冷水で冷やしながら、周太郎・S・ストレイン(ka0293)はぷかりとタバコを吹かした。
彼女達が着ているのは水着――それも非常に目のやり場に困る、いや、むしろ目のやり場だらけのビキニ。それにエプロンを掛けているものだから、それはもう扇情的というか……まあ、男どもの興味を掻き立てるには十分すぎた。
「ああ、年甲斐もなくこんな格好を……わ、わたしだって、こんな格好したくてしたわけでは」
そう頬を赤らめながらお肉を捌くビキニのお姉さんの姿は、客達にはどういう目で映ったのだろうか。売り上げが伸びないわけがない。
「焼き鳥と言えばコレだ。リアルブルーの缶に入ったビール。エールの方が通じるか。オッサン、一本どうだ?」
そんなティーナの焼く焼き鳥に抱き合わせる形で、ハンター達自前の缶ビールや炭酸飲料を売りさばく。
「姉ちゃん、カニおくれ! カニ!」
「こっちは貝な!」
その隣でステラがメインとなっている海産物コーナーもまた盛況だ。隣でティーナが肉を売っているせいもあるのだろうか、お互い客を食い合うことも無く、逆にそれぞれの客寄せとしての効果も発揮している。
「はーい、もうちょっとで焼けるから待ってね!」
彼女の目の前では網の上でいい音を立てている包み焼きの白身魚。ほかの貝やカニも朝獲りに拘った一品だ。
「貝はもうちょっと、カニはどうですか?」
その後ろで必死に貝と格闘する如月 鉄兵(ka1142)。新鮮な貝は火を通せばじゅうじゅうとエキスを垂らし、炭火に落ちては潮の香りと共に熱い蒸気を発する。鉄平の隣では、丁寧にカニを焼き上げるヒスイ・グリーンリバー(ka0913)。
「こっちはもう行けます! とりあえず4人前です!」
はきはきと答えるヒスイは大皿にカニを取り上げながら、次の焼き上げの準備をする。さらに白身魚のための仕込みを挟みと、非常に手際が良い。
「お母さんに鍛えてもらった料理スキルを生かす時ですから!」
そんな調子が開店から続いており売り上げを見るでもなく屋台は大繁盛であった。
●
「間もなくイベントステージにて、催し物が始まりまーす! 皆さん楽しんでいってくださーい!」
浜辺に似合うグラサンを掛けて、岩動 巧真(ka1115)の声が会場に響く。運営としてスタッフの証である青い腕章を腕にお客の誘導を行っていた彼であったが、想定以上の盛況っぷりになかなかのてんやわんやとなっていた。
「たっくん~、ステージの席はもう一杯だって! 立ち見はまだまだ行けるらしいけど」
人ごみをかき分けながらルージュが巧真の元へと合流する。
「いや~、息つく暇も無いね」
「それだけ盛況って事だ。依頼を受けた身としちゃ嬉しい限りだぜ」
そう若干の無駄口をたたきながらも立ち見ブースへとお客を誘導する巧真。その時、不意に青年会から支給された魔道短電話に通信が入る。
ルージュが短電話を耳に当てるとその内容に耳を澄ます。人が多い影響か、若干聞こえづらい所はあるもののその受話器越しにJyuの声が響いた。
『Jyu=Beeよ。nilから連絡あって迷子の女の子が居るって事なんだけど……この盛況具合じゃない? ちょっと応援が必要そうなの。お願いできる?』
「おっけー、分かったよ」
そう言うと、ルージュはnilの居場所を聞いて通話を切った。
「ということで、迷子の迷子の子猫ちゃんだって。ちょっと行ってくるよ~」
「お前が迷子の子猫ちゃんになるんじゃねぇぞ」
「あ~、それどういう意味かな!?」
と、口では抗議して見せたものの笑顔で駆けてゆくルージュであった。
●
一方ステージではルナ主催の『スイカ(っぽいもの)割りコンテスト』の真っ最中。
ステージ中、投げ込まれ、叩き割られたスイカ(っぽいもの)の汁塗れで非常に大参事となっている。が……そのコメディ要素が効いたのか客ウケは中々好評である。
「水着スイカ踊り割りコンテストの優勝はエニア選手で~す!!」
「この 木刀「西瓜割」の前に割れないスイカは無いよ!」
ルナの軽快な声が響き渡り、十色 エニア(ka0370)はその手に持った木刀「西瓜割」を高々と掲げた。ちなみにあくまで『水着コンテスト』であるが、水着を準備していなかったエニアには飛び入り参加用の水着(女性用)が当てられた。男性用は準備してなかったらしい。実際、水着を持っていないからと、褌一丁で参加したゴリマッチョの漁師も居たそうな。
「優勝のエニア選手には余ったスイカ、だいたい一年分が進呈されま~す!」
「え゛、それ景品じゃないよね!? ただの在庫処分だよね!?」
観客席からは「いいなー、ほしいなー(棒)」という歓声が上がる。優勝して嬉しいんだか嬉しくないんだかよくわからない気持ちの中ステージを降りると、スケジュールを管理していたルミがとことこと近づいてくる。ちなみにスイカ(っぽいもの)は結局、会場の全員に配られる事となった。
「そのまま次はエニアさん達のステージですから準備をお願いしますねー☆」
「繋ぎは私たちでやっておくから早く準備お願いね」
ルナ達と入れ替わりにステージ裏へと集まっていたのは、天竜寺 詩(ka0396)、オウカ・レンヴォルト(ka0301)の二人。彼女たちはスイカ汁を綺麗に掃除されたステージに上がると、二人で三味線を構える。
「みなさーん、今日はリアルブルーの日本って国の曲を演奏するよ! 私の故郷の音楽、楽しんでね♪」
そう詩が叫ぶとわぁっと沸き立つ観客席。そのまま手始めにと二人そろって軽く音合わせのように曲を弾いてみせる。ギターやヴァイオリンとも違う軽快ながらもどこまでも響き渡る独特な調べ。沸いていた客席も次第に静かになり、しかし盛り下がるわけでもなくただただ圧倒されるようにその調べに耳を任せる。
ベベンと締めの音を鳴らし1曲目が終わり、しんと静まり返った会場はすぐに拍手の渦へと変わった。一曲を終え、額の汗を拭いながらちらりと顧みた舞台裏ではぱたぱたと何事かジェスチャーで伝えようとするルミ。
『準備できました』
そう見取った二人は手を振って返すと、舞台裏から浴衣に身を包んだエニアが現れた。
「みなさーん、ここからは踊りも交えて楽しんで貰おうと思うよー!」
大手を振って観客を盛り上げる詩。
「うう……さっきのスイカ割りと違って緊張するね」
観客の視線に一瞬怖気づくも、その隣でオウカが静かに首を振る。
「……俺達はプロじゃないんだ。ただ楽しさを伝えられれば、それでいい」
その言葉に多少なり気も紛れたのか「そうだね」と返すエニアを前に再び三味線の音が響き渡る。先ほどと変わり早翔けのようなスピードと激しさ、そして迫力のある旋律。それに合わせてエニアが舞う。カランコロンと鳴る下駄の音と共にふわりと靡く浴衣がまた旋律の波を表現しているようで、よい融和を生み出していた。演奏が終わり、再び拍手が沸き起こる。
「ふぅ……」
一仕事を終え、額の汗を拭うエニア。その肩をぽんとオウカが叩く。何を言うでも無かったが、その一動だけでエニアには十分伝わっていた。
「うん、ありがとう」
エニアと入れ替わりにステージの前へと出たのは、これまで盛り上げに回っていた詩。三味線を脇に抱え、観客へ向かって静かに礼をする。
「ここまで聞いてくれてありがとうございまーす!」
ここまでの盛り上げの立役者に大きな拍手が送られる。
「最後に一つだけ、私の歌を聴いてほしいんだ。若くして亡くなったお兄さんを想って作られたリアルブルーの歌なんだけども……もしかしたら今回の戦いで亡くなった人もいるかもしれない。その人達を想って歌わせてもらうね。決して悲しい歌じゃないんだ。むしろ、これからの時代を生きていくために、聞いてほしいの」
そんな彼女の歌はリアルブルーの島国の、また小さな島の歌。亡くした人を想い、これからの素晴らしい時を生きていこうと言う歌。それらはクリムゾンウエストの人達の耳には、心にはどう聞こえたのだろう。ただ静かに、しかし聞き惚れるように、彼女の歌が会場に響いていた。
●
時は少し遡る。屋台ではひとしきり繁忙期を終えた出店メンバーが、一息ついていた。
「この調子なら少ない人数でも回せそうですね。自分、店番しますから、皆さんイベントを楽しんでこられたらどうでしょうか?」
そう言った鉄兵の提案は非常に魅力的なもので、その言葉に甘えようやくの休憩を取ることができる運びとなった。
「おいティーナ、ステージ身に行くからお前も付き合いな。ついでに少し腹ごしらえもしていくか」
「はい、みんな頑張ってるでしょうか?」
そう語りながら楽しそうにステージの方へと向かってゆく周太郎とティーナの二人。しかしながら、正面からはまだわかりづらいもののビキニにエプロンの格好は後ろから見れば、すごい事になってるのは言うまでもない。その後ろ姿に思わず二度見する男共は少なくなかった。
ステージの反対側、海岸の方も今年の夏に海で泳げなかった鬱憤が溜まっている人々で賑わっていた。そこには同じように休憩を貰った巧真とルージュの姿。
「おまたせ~」
海に来て水着に着替えない事は海への冒涜に値する。彼女もまたぴっちりとその目のやり場に困る胸を強調するビキニへと着替えうんと白い砂浜を踏みしめた。
「待たせただけあるじゃねぇか、悪くねぇな」
「ほんと? ありがと~♪」
ぎゅっと嬉しそうに巧真に抱き着くその姿は、完全に恋人のそれである。周囲からは冷やかしの視線なり妬みの視線なり、様々な視線が降り注ぐ。が、そんなことを気にする二人でもなく準備した海遊びセットを抱え、海へと繰り出していった。
そこから少し離れて、白い浜辺に座って海を眺めるのはnil。その瞳に映るのは浜辺の喧騒か、それともただの青い海なのか。この仕事を手伝って、いろんな事があった。事前からも出店の宣伝をしたり、何度もポスターを張ったりチラシを配ったり。今日も迷子の面倒を見たり、無事母親と出会うことが出来た迷子の子を見て何とも言えない気持ちになったり。ここには自分の知らない世界があった。少なくともハンターとしてこうして世の中に出なければ知ることが無かった世界が。
「此処でこうして海をずっと見ていれば……何かが変わるのかしら」
その吸い込まれそうな青をその瞳に移しながら、彼女は波の音にただ身も心も委ねていた。
●
陽が傾き始め、イベントは終盤。ステージの演目も終盤だ。檀上に上がるのはケイとヤナギの2人。
「機能のリハ、いい音だったぜ。今日は本番だ、俺らの世界の音、響かせてやろうゼ!」
二人の上るステージ。スイカ割りの後始末は綺麗に済んでおり、緞帳がざっと上がる。大勢の観客の熱い視線と空気。ああ、ステージの空気だけは紅の世界も蒼の世界も変わらないのだと。
前置きも無く、不意に掻き立てるハードロック。前置きも何も無いその開幕に観客は唖然し、そしてただ聞き入る。陽の陰りかけた砂浜に二本のエレキのボディが輝く。ただ圧倒されるだけだった観客の熱気も次第にこの音楽へのノリ方を覚え始め、自然に体を揺らす。
(息つく暇なんざ与えねぇ! ただ本能のままに……全力で音にノリやがれ!)
ヤナギの激しいケイの艶やかな声が乗る。歌の部分はしっとりと、しかし間奏に入れば再びハードに。変わりゆく音楽にノリのタイミングを外す観客。しかしそれすらも音楽の一部であるかのように、ただ思い思いに異郷の音楽に身を委ねる。
『まるで線香花火のような僕ら
パッと咲いたかと思えば脆くも落ちる
そんな時は思い出して
楽しい時も憂う時も其処にある
The Mother sea
愛することも憎むことも抱く
The Mother sea
さぁ、母なる海へ還りなさい
夜明けはもうすぐ
明けない明日は無いのだから』
色気のあるケイの声と心臓を揺らすような力強いヤナギの声がハモリ、音が一つになる。
締めの一符を鳴らした時、会場を溢れんばかりの歓声が包み込んだ。
「ああ……やっぱりこの瞬間、最高ね」
全身に汗を浮かべながら、ケイは満足げな表情でひとつ、大きな吐息をついた。
「音楽は、それを楽しむ魂は世界なんざ関係ねぇ。やっぱり、音楽ってやつは最高だぜ」
熱気という名の余韻を残し、名残惜しまれながらも二人はステージを後にしたのだった。
●
「いやぁ、みなさん本当に見事でした。おかげ様でイベントは大成功ですよ」
さわやかな微笑みと共に現れたのは、かのエヴァルド・ブラマンデ。依頼主であり、イベントの主催者でもある青年会のリーダーだ。
「いえいえ、お祭りというものはいくつになっても楽しいものですね」
おっとりと微笑んだのは、ティーナ。
「ステージは大盛況、屋台の方も大幅な黒字になるとは嬉しい想定外でした。流石はハンターの皆さんですね。もしもヴァリオスをお尋ねの際は是非ヴァリオス青年会をご贔屓に。代わりにまた何かお手伝いをお願いしなければならないことがあれば力をお貸し頂きたい」
そう言って、エヴァルドは一人ひとり握手を求める。その折、Jyuは一冊の紙束をエヴァルドへと手渡した。
「本部で全体のことを見ながら纏めたレポートよ。来年なり、次のイベントなりで役立てば良いのだけれど」
「おお、これは助かります。次の会議で参考にさせて頂きますよ」
そうして改めてハンター達に一礼をして見せるエヴァルド。季節外れの海の日イベントは大成功の内に幕を閉じたのだった。
屯っていたお客や商人達も引き、屋台や装飾がすべて片づけられ元の静かな砂浜へと戻った海岸には、日が昇ってから崩すことになっていた大きなステージのみが名残惜しそうに残っていた。ルミはステージを見つめるとふらっとそこに上りと中央に佇む。今はもう照明も無く、ただ真っ暗な木の台でしかないステージ。それでも瞳を閉じれば――
『キミとの約束を、きっと守るよ……だから……今は……答えを出さないで――』
小さく絞り出すような声で、でも懐かしむように口ずさんだ歌は、響く波の音と共に潮風に乗って消えて行く。観客のいないステージで。
「おや……これはこれは」
否、たまたまステージの裏で解体の段取りの最終確認を行っていたエヴァルドを除いては。
祭りの後の感傷をも感じる静けさの中、誰に届けるでもない歌を、彼女は潮風に乗せ続けていた。
ラッツィオ島での戦いの犠牲と呼んでもいいだろう。ここ、極彩色の街『ヴァリオス』は多くの人々が内陸へと疎開し、夏という一大シーズンを逃した商人達は準備した品々を前に苦汁を舐めた。街に活気の無い状況を見かねたヴァリオス商工会の青年会リーダー、エヴァルド・ブラマンデは、この『海の日』イベントを立案したのである。
その前日、会場にはすでに露店が立ち並び、商人達の出店の準備で賑わう。
中でも大工達が腕を振るって設えているステージは、たった一日のイベントのためだけに作ったにしては勿体ないくらい壮美で迫力のあるものとなっていた。
「どうだい、立派なものだろう?」
最後の仕上げとなる周辺の装飾を行っているステージを見上げながら、エヴァルドは誇らしげに口を開いた。
「イベントのメインだから、このステージは特に力を入れたんだ」
「へぇ」
エヴァルドに説明を受けながら、ルミはそのステージに見入っていた。ステージ上では、ケイ・R・シュトルツェ(ka0242)とヤナギ・エリューナク(ka0265)のリハーサルが行われており、イベント当日の雰囲気を醸し出していた。
「どうでも良いんですけど、いつの間にか随分気さくになりましたね~」
「いや、これは失敬。5日も共に意見を交わせばそれなりの友好関係は築けたと思って居たのだけれど、思い過ごしだったかな」
さわやかに返すエヴァルドに対し、ルミは特にそれ以上言及はしなかった。むしろ友好関係を築くための今回の依頼のわけであるから、そう思ってくれるのであれば願っても無いこと。
「な~んか、営業で走り回ってた頃を思い出すなぁ」
そうポツリと呟いた彼女の言葉はステージの演奏にかき消され、エヴァルドの耳には届かない。
「ああ、ルナさん」
エヴァルドはトコトコとステージ前を横切った少女、ルナ・セレスティア(ka2675)を呼び止めると、彼女は笑顔で振り向いた。
「はい、何でしょう?」
「頼まれていましたモノですが、似た作物でしたら準備できるかもしれません」
「本当ですか?」
エヴァルドがそう言うと、一瞬陰ったルナの表情がぱぁっと明るくなる。
「何を準備しているんです?」
ルミが興味がてら尋ねると、ルナは喜々として答えた。
「スイカ割りですよ! リアルブルーでは定番のイベントだと聞いています!」
「あぁ、なるほど」
ルミは笑顔で頷く。確かに海の定番イベントと言えばスイカ割り。海とスイカは切っても切れない存在だ。
「水着を着て踊りながら飛んでくるスイカを叩き割る演舞……水棲雑魔との戦いに備え、砂浜で自在に戦えるようにする訓練をするなんて、リアルブルーのイベントは一味違いますね!」
「えっ、いや、それは違うと思――」
何かを勘違いしたルナの『スイカ割り』概念に物議を催す前に、彼女はルンルンとどこかへ歩き去った。残されたのは一抹の不安であるが、まあ盛り上がればそれでも良いかと、半ば他人事のように納得するルミであった。
「ヴァリオスでお祭りが有りますよ~、海を満喫し損ねたと言うそこのキミ! どうかな~?」
一方、周辺の街へと出向いているルージュ・L=ローズレ(ka1649)は、ヴァリオス郊外の街へと宣伝範囲を広げ、街角でチラシを配って歩いていた。Jyu=Bee(ka1681)の発案で、既に数日前から地元紙の広告で大きく宣伝が行われている。
あと前日にできる集客と言えば、足を使って少しでもイベントの認知度を高めることくらい。これが最後の追い込みとなるのだ。
「これで良し……かしら」
ヴァリオス市街の掲示板のポスターを張り替えて、nil(ka2654)は満足げに頷いた。今貼り付けたポスターにはでかでかと『海の日、明日開催!』の文字。
「『海の日』……リアルブルーの人達は、実際どうやって過ごすんだろ。海を、青を、楽しむの……かな……?」
まだ世間に出て間もない彼女にとっては、まだ知らぬリアルブルーのイベント。彼女の中に、期待に似た興味が溢れる。
「……楽しみね」
そう呟いた彼女の言葉はおそらく、街の全ての人々の気持ちの代弁しているかのようだった。
●
「さぁ地元の味だよー! ここでしか味わえないからゆっくり堪能していってね!!」
にぎやかなイベント会場に、ステラ・ブルマーレ(ka3014)の活気づいた声が響く。前日まで行われた宣伝の効果もあってか、当日はヴァリオスの住民のみならず内陸都市のジェオルジやフマーレからも観光客が押し寄せ、大盛況だった。
露店スペースでは様々な屋台料理や地元の民芸品、また夏ならではの品など、地元商工会が機会を逃したサマーシーズンの商品の数々が「今が好機」とばかりに立ち並ぶ。
そんな中でも大きな人だかりとなっているのは、ハンター達の屋台テント。この海を開放する立役者となったハンター達を一目見ようと、そして「せっかくだから買ってみよう」と、多くのお客が押し寄せていた。
「は、はーい、ありがとうございます!」
ティーナ・ウェンライト(ka0165)が笑顔で焼き立ての焼き鳥をお客に渡す。ちなみに客は老若男女問わず大勢であるが、中でも特に男性客が非常に目立つ。というのも、接客に励むハンター達の「衣装」に要因があったのだろう。
「……お前、そんなモンも着るのか」
持ち込んだビール缶を冷水で冷やしながら、周太郎・S・ストレイン(ka0293)はぷかりとタバコを吹かした。
彼女達が着ているのは水着――それも非常に目のやり場に困る、いや、むしろ目のやり場だらけのビキニ。それにエプロンを掛けているものだから、それはもう扇情的というか……まあ、男どもの興味を掻き立てるには十分すぎた。
「ああ、年甲斐もなくこんな格好を……わ、わたしだって、こんな格好したくてしたわけでは」
そう頬を赤らめながらお肉を捌くビキニのお姉さんの姿は、客達にはどういう目で映ったのだろうか。売り上げが伸びないわけがない。
「焼き鳥と言えばコレだ。リアルブルーの缶に入ったビール。エールの方が通じるか。オッサン、一本どうだ?」
そんなティーナの焼く焼き鳥に抱き合わせる形で、ハンター達自前の缶ビールや炭酸飲料を売りさばく。
「姉ちゃん、カニおくれ! カニ!」
「こっちは貝な!」
その隣でステラがメインとなっている海産物コーナーもまた盛況だ。隣でティーナが肉を売っているせいもあるのだろうか、お互い客を食い合うことも無く、逆にそれぞれの客寄せとしての効果も発揮している。
「はーい、もうちょっとで焼けるから待ってね!」
彼女の目の前では網の上でいい音を立てている包み焼きの白身魚。ほかの貝やカニも朝獲りに拘った一品だ。
「貝はもうちょっと、カニはどうですか?」
その後ろで必死に貝と格闘する如月 鉄兵(ka1142)。新鮮な貝は火を通せばじゅうじゅうとエキスを垂らし、炭火に落ちては潮の香りと共に熱い蒸気を発する。鉄平の隣では、丁寧にカニを焼き上げるヒスイ・グリーンリバー(ka0913)。
「こっちはもう行けます! とりあえず4人前です!」
はきはきと答えるヒスイは大皿にカニを取り上げながら、次の焼き上げの準備をする。さらに白身魚のための仕込みを挟みと、非常に手際が良い。
「お母さんに鍛えてもらった料理スキルを生かす時ですから!」
そんな調子が開店から続いており売り上げを見るでもなく屋台は大繁盛であった。
●
「間もなくイベントステージにて、催し物が始まりまーす! 皆さん楽しんでいってくださーい!」
浜辺に似合うグラサンを掛けて、岩動 巧真(ka1115)の声が会場に響く。運営としてスタッフの証である青い腕章を腕にお客の誘導を行っていた彼であったが、想定以上の盛況っぷりになかなかのてんやわんやとなっていた。
「たっくん~、ステージの席はもう一杯だって! 立ち見はまだまだ行けるらしいけど」
人ごみをかき分けながらルージュが巧真の元へと合流する。
「いや~、息つく暇も無いね」
「それだけ盛況って事だ。依頼を受けた身としちゃ嬉しい限りだぜ」
そう若干の無駄口をたたきながらも立ち見ブースへとお客を誘導する巧真。その時、不意に青年会から支給された魔道短電話に通信が入る。
ルージュが短電話を耳に当てるとその内容に耳を澄ます。人が多い影響か、若干聞こえづらい所はあるもののその受話器越しにJyuの声が響いた。
『Jyu=Beeよ。nilから連絡あって迷子の女の子が居るって事なんだけど……この盛況具合じゃない? ちょっと応援が必要そうなの。お願いできる?』
「おっけー、分かったよ」
そう言うと、ルージュはnilの居場所を聞いて通話を切った。
「ということで、迷子の迷子の子猫ちゃんだって。ちょっと行ってくるよ~」
「お前が迷子の子猫ちゃんになるんじゃねぇぞ」
「あ~、それどういう意味かな!?」
と、口では抗議して見せたものの笑顔で駆けてゆくルージュであった。
●
一方ステージではルナ主催の『スイカ(っぽいもの)割りコンテスト』の真っ最中。
ステージ中、投げ込まれ、叩き割られたスイカ(っぽいもの)の汁塗れで非常に大参事となっている。が……そのコメディ要素が効いたのか客ウケは中々好評である。
「水着スイカ踊り割りコンテストの優勝はエニア選手で~す!!」
「この 木刀「西瓜割」の前に割れないスイカは無いよ!」
ルナの軽快な声が響き渡り、十色 エニア(ka0370)はその手に持った木刀「西瓜割」を高々と掲げた。ちなみにあくまで『水着コンテスト』であるが、水着を準備していなかったエニアには飛び入り参加用の水着(女性用)が当てられた。男性用は準備してなかったらしい。実際、水着を持っていないからと、褌一丁で参加したゴリマッチョの漁師も居たそうな。
「優勝のエニア選手には余ったスイカ、だいたい一年分が進呈されま~す!」
「え゛、それ景品じゃないよね!? ただの在庫処分だよね!?」
観客席からは「いいなー、ほしいなー(棒)」という歓声が上がる。優勝して嬉しいんだか嬉しくないんだかよくわからない気持ちの中ステージを降りると、スケジュールを管理していたルミがとことこと近づいてくる。ちなみにスイカ(っぽいもの)は結局、会場の全員に配られる事となった。
「そのまま次はエニアさん達のステージですから準備をお願いしますねー☆」
「繋ぎは私たちでやっておくから早く準備お願いね」
ルナ達と入れ替わりにステージ裏へと集まっていたのは、天竜寺 詩(ka0396)、オウカ・レンヴォルト(ka0301)の二人。彼女たちはスイカ汁を綺麗に掃除されたステージに上がると、二人で三味線を構える。
「みなさーん、今日はリアルブルーの日本って国の曲を演奏するよ! 私の故郷の音楽、楽しんでね♪」
そう詩が叫ぶとわぁっと沸き立つ観客席。そのまま手始めにと二人そろって軽く音合わせのように曲を弾いてみせる。ギターやヴァイオリンとも違う軽快ながらもどこまでも響き渡る独特な調べ。沸いていた客席も次第に静かになり、しかし盛り下がるわけでもなくただただ圧倒されるようにその調べに耳を任せる。
ベベンと締めの音を鳴らし1曲目が終わり、しんと静まり返った会場はすぐに拍手の渦へと変わった。一曲を終え、額の汗を拭いながらちらりと顧みた舞台裏ではぱたぱたと何事かジェスチャーで伝えようとするルミ。
『準備できました』
そう見取った二人は手を振って返すと、舞台裏から浴衣に身を包んだエニアが現れた。
「みなさーん、ここからは踊りも交えて楽しんで貰おうと思うよー!」
大手を振って観客を盛り上げる詩。
「うう……さっきのスイカ割りと違って緊張するね」
観客の視線に一瞬怖気づくも、その隣でオウカが静かに首を振る。
「……俺達はプロじゃないんだ。ただ楽しさを伝えられれば、それでいい」
その言葉に多少なり気も紛れたのか「そうだね」と返すエニアを前に再び三味線の音が響き渡る。先ほどと変わり早翔けのようなスピードと激しさ、そして迫力のある旋律。それに合わせてエニアが舞う。カランコロンと鳴る下駄の音と共にふわりと靡く浴衣がまた旋律の波を表現しているようで、よい融和を生み出していた。演奏が終わり、再び拍手が沸き起こる。
「ふぅ……」
一仕事を終え、額の汗を拭うエニア。その肩をぽんとオウカが叩く。何を言うでも無かったが、その一動だけでエニアには十分伝わっていた。
「うん、ありがとう」
エニアと入れ替わりにステージの前へと出たのは、これまで盛り上げに回っていた詩。三味線を脇に抱え、観客へ向かって静かに礼をする。
「ここまで聞いてくれてありがとうございまーす!」
ここまでの盛り上げの立役者に大きな拍手が送られる。
「最後に一つだけ、私の歌を聴いてほしいんだ。若くして亡くなったお兄さんを想って作られたリアルブルーの歌なんだけども……もしかしたら今回の戦いで亡くなった人もいるかもしれない。その人達を想って歌わせてもらうね。決して悲しい歌じゃないんだ。むしろ、これからの時代を生きていくために、聞いてほしいの」
そんな彼女の歌はリアルブルーの島国の、また小さな島の歌。亡くした人を想い、これからの素晴らしい時を生きていこうと言う歌。それらはクリムゾンウエストの人達の耳には、心にはどう聞こえたのだろう。ただ静かに、しかし聞き惚れるように、彼女の歌が会場に響いていた。
●
時は少し遡る。屋台ではひとしきり繁忙期を終えた出店メンバーが、一息ついていた。
「この調子なら少ない人数でも回せそうですね。自分、店番しますから、皆さんイベントを楽しんでこられたらどうでしょうか?」
そう言った鉄兵の提案は非常に魅力的なもので、その言葉に甘えようやくの休憩を取ることができる運びとなった。
「おいティーナ、ステージ身に行くからお前も付き合いな。ついでに少し腹ごしらえもしていくか」
「はい、みんな頑張ってるでしょうか?」
そう語りながら楽しそうにステージの方へと向かってゆく周太郎とティーナの二人。しかしながら、正面からはまだわかりづらいもののビキニにエプロンの格好は後ろから見れば、すごい事になってるのは言うまでもない。その後ろ姿に思わず二度見する男共は少なくなかった。
ステージの反対側、海岸の方も今年の夏に海で泳げなかった鬱憤が溜まっている人々で賑わっていた。そこには同じように休憩を貰った巧真とルージュの姿。
「おまたせ~」
海に来て水着に着替えない事は海への冒涜に値する。彼女もまたぴっちりとその目のやり場に困る胸を強調するビキニへと着替えうんと白い砂浜を踏みしめた。
「待たせただけあるじゃねぇか、悪くねぇな」
「ほんと? ありがと~♪」
ぎゅっと嬉しそうに巧真に抱き着くその姿は、完全に恋人のそれである。周囲からは冷やかしの視線なり妬みの視線なり、様々な視線が降り注ぐ。が、そんなことを気にする二人でもなく準備した海遊びセットを抱え、海へと繰り出していった。
そこから少し離れて、白い浜辺に座って海を眺めるのはnil。その瞳に映るのは浜辺の喧騒か、それともただの青い海なのか。この仕事を手伝って、いろんな事があった。事前からも出店の宣伝をしたり、何度もポスターを張ったりチラシを配ったり。今日も迷子の面倒を見たり、無事母親と出会うことが出来た迷子の子を見て何とも言えない気持ちになったり。ここには自分の知らない世界があった。少なくともハンターとしてこうして世の中に出なければ知ることが無かった世界が。
「此処でこうして海をずっと見ていれば……何かが変わるのかしら」
その吸い込まれそうな青をその瞳に移しながら、彼女は波の音にただ身も心も委ねていた。
●
陽が傾き始め、イベントは終盤。ステージの演目も終盤だ。檀上に上がるのはケイとヤナギの2人。
「機能のリハ、いい音だったぜ。今日は本番だ、俺らの世界の音、響かせてやろうゼ!」
二人の上るステージ。スイカ割りの後始末は綺麗に済んでおり、緞帳がざっと上がる。大勢の観客の熱い視線と空気。ああ、ステージの空気だけは紅の世界も蒼の世界も変わらないのだと。
前置きも無く、不意に掻き立てるハードロック。前置きも何も無いその開幕に観客は唖然し、そしてただ聞き入る。陽の陰りかけた砂浜に二本のエレキのボディが輝く。ただ圧倒されるだけだった観客の熱気も次第にこの音楽へのノリ方を覚え始め、自然に体を揺らす。
(息つく暇なんざ与えねぇ! ただ本能のままに……全力で音にノリやがれ!)
ヤナギの激しいケイの艶やかな声が乗る。歌の部分はしっとりと、しかし間奏に入れば再びハードに。変わりゆく音楽にノリのタイミングを外す観客。しかしそれすらも音楽の一部であるかのように、ただ思い思いに異郷の音楽に身を委ねる。
『まるで線香花火のような僕ら
パッと咲いたかと思えば脆くも落ちる
そんな時は思い出して
楽しい時も憂う時も其処にある
The Mother sea
愛することも憎むことも抱く
The Mother sea
さぁ、母なる海へ還りなさい
夜明けはもうすぐ
明けない明日は無いのだから』
色気のあるケイの声と心臓を揺らすような力強いヤナギの声がハモリ、音が一つになる。
締めの一符を鳴らした時、会場を溢れんばかりの歓声が包み込んだ。
「ああ……やっぱりこの瞬間、最高ね」
全身に汗を浮かべながら、ケイは満足げな表情でひとつ、大きな吐息をついた。
「音楽は、それを楽しむ魂は世界なんざ関係ねぇ。やっぱり、音楽ってやつは最高だぜ」
熱気という名の余韻を残し、名残惜しまれながらも二人はステージを後にしたのだった。
●
「いやぁ、みなさん本当に見事でした。おかげ様でイベントは大成功ですよ」
さわやかな微笑みと共に現れたのは、かのエヴァルド・ブラマンデ。依頼主であり、イベントの主催者でもある青年会のリーダーだ。
「いえいえ、お祭りというものはいくつになっても楽しいものですね」
おっとりと微笑んだのは、ティーナ。
「ステージは大盛況、屋台の方も大幅な黒字になるとは嬉しい想定外でした。流石はハンターの皆さんですね。もしもヴァリオスをお尋ねの際は是非ヴァリオス青年会をご贔屓に。代わりにまた何かお手伝いをお願いしなければならないことがあれば力をお貸し頂きたい」
そう言って、エヴァルドは一人ひとり握手を求める。その折、Jyuは一冊の紙束をエヴァルドへと手渡した。
「本部で全体のことを見ながら纏めたレポートよ。来年なり、次のイベントなりで役立てば良いのだけれど」
「おお、これは助かります。次の会議で参考にさせて頂きますよ」
そうして改めてハンター達に一礼をして見せるエヴァルド。季節外れの海の日イベントは大成功の内に幕を閉じたのだった。
屯っていたお客や商人達も引き、屋台や装飾がすべて片づけられ元の静かな砂浜へと戻った海岸には、日が昇ってから崩すことになっていた大きなステージのみが名残惜しそうに残っていた。ルミはステージを見つめるとふらっとそこに上りと中央に佇む。今はもう照明も無く、ただ真っ暗な木の台でしかないステージ。それでも瞳を閉じれば――
『キミとの約束を、きっと守るよ……だから……今は……答えを出さないで――』
小さく絞り出すような声で、でも懐かしむように口ずさんだ歌は、響く波の音と共に潮風に乗って消えて行く。観客のいないステージで。
「おや……これはこれは」
否、たまたまステージの裏で解体の段取りの最終確認を行っていたエヴァルドを除いては。
祭りの後の感傷をも感じる静けさの中、誰に届けるでもない歌を、彼女は潮風に乗せ続けていた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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備え付けの伝話(質問所) ルージュ・L=ローズレ(ka1649) 人間(リアルブルー)|17才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/09/06 03:36:07 |
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浜辺の大型テント(相談所) ルージュ・L=ローズレ(ka1649) 人間(リアルブルー)|17才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2014/09/07 18:59:16 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/06 19:37:09 |