ガンスリンガー武侠 六合火鎗

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/06/17 15:00
完成日
2016/06/28 02:36

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 とある商人の下に送られて来た一通の書簡。差出人不明のそれにはこう記されていた。
『某月某日。夜の帳が下りる時に、貴兄の命を頂戴致す』



 標的とされた商人──死を配り歩く武器商人いわく、逆恨みまで含めれば怨恨の数などそれこそ売る程ある、との事らしい。
 自分の死を告げる書簡を受け取った彼は、お抱えの私兵団を使って守りの陣を屋敷の周囲に張った。
 私兵達の武装は、リアルブルー製の銃火器。クリムゾンウェストに普及している剣、弓、魔導銃ではなく、異世界より持ち寄られたそれが、死の商人の御眼鏡に適ったその理由は、安定した火力にこそある。
 主に非覚醒者によって構成される集団にとっては、不安定なマテリアルではなくガンパウダーの火力こそが最適であるという商人の着眼点は、的を射ていると言って良い。
 とは言え、未だ私兵達の練度は総じて低く、護衛戦力としては心許ない。だからこそ、ハンター達が雇われる事と相成ったのである。
 外灯の明かりの下で、黒い丈長の外套に身を包む、天雷(てんらい)もまたその一人。私兵らと同じく、周囲を警戒していた彼の切れ長の目が、こちらへと近付いて来る人物を捉える。
 奇しくも、天雷と対照的な白尽くめの衣装に身を包んだ男は、空手。銃を構えた集団が敷く陣へ、武装せずに正面を切って歩み寄るその男が、予告状の送り主であるとは到底思えない。
 いや、と天雷は目を細める。男の歩み──左右の足を交互に踏み出す動作に、僅かな違和感を彼は見出した。
 私兵達が突撃銃を突き付けながら男に近付く。
「止まれ。何者だ?」
 誰何の声に男は一瞥を寄越すと、ゆらりと右腕を動かした。
「伏下!」それを視認した天雷は咄嗟に母国の言葉で叫んだ。大精霊の恩寵で「伏せろ!」という意に翻訳された声が私兵達へと届くその前に──火焔の爆ぜる音が響き渡り、その言葉は意味を失くした。
 音の余韻が消えぬ内に、男の右手側から近付いた私兵三人が、僅差の時差で頽れる。伏した骸には、倒れた順に額、喉、胸の位置へ銃創。彼らの死相には断末魔の苦痛も恐怖もなく、己の死に際への不理解を物語っていた。
 しかし、雷は全てを把握していた。
 袖口から飛び出した拳銃の銃把を握る腕が、さながら袈裟切りの手刀を振るうような一挙動で三点に照準し、超速の三連射を行った早業を。
 銃口から発せられた発火炎は、蒼。おそらくあれは魔導拳銃か。
 更に下へと目を移せば、そこになければならない筈の薬莢がなかった。確かに雷管も火薬を必要としない魔導拳銃に薬莢は不要。
 銃の軽量化を図るなら、薬莢を削るのは道理だ。しかし、拳銃程度の装弾数なら、微々たる差でしかない。それはつまり、その僅かなアドバンテージが勝敗を別つ程の、極限の死闘すら想定しているという事。
 並の遣い手でない事は明らか。
「下がっていろ、俺がやる」
 襲撃者を包囲せんとする私兵達を言葉で制し、腰に回したガンベルト──背側のホルスターから二挺の自動拳銃を抜き放って、天雷は一歩踏み出した。
 雇われに過ぎない彼の命令に従う道理は私兵達にはない筈だが、天雷が放つ凍える熱を持った──紫電のような殺気に中てられて、大人しく引き下がる。
 二挺拳銃を携えて前へ出る天雷に、じとりとした視線を送った襲撃者は、左袖からも新たな魔導拳銃を取り出す。と──
 次の瞬間、石火の速度で天雷との間合いを詰めに掛かった。
 互いに銃を持ち合わせる状況下において、通常の戦術的思考に基づけば有り得ざる選択。だが天雷はそれに対して冷静に対処した。半ば予見していたかの如く。
 右の拳銃──その銃口を白尽くめに向けて撃発。照星を覗く事こそしなかったが、この距離では外す方が難しい──筈だった。
 果たして、放たれた弾丸は虚空を貫くに終わる。
 何故か。
 天雷の銃──その銃身を、白尽くめが左手に握る銃で撃発の寸前に払い除けたからだ。そしてそれは今、鉛色の呪いを放つ魔眼の前に晒されているのは、天雷である事を意味する。
 死線に捉えられたという事を。
 しかし、彼は恐怖に震える事無く、プログラム通り機能する機械のように、左の銃で白尽くめの銃身を撃発の寸前に打ち払った。
 そこから先の攻防を、果たして銃撃戦と呼んでも良いのか。
 彼我の間合いは、僅かに一歩。ただ一歩踏み込めば、拳が届く間合い。その間合いを保ちながら、二人の拳銃遣いは己が獲物で鍔迫り合う。
 彼の銃が我の銃を払い、向けられた彼の銃を我の銃が払う──銃火の旋律に導かれながら決められた所作を続けるそれは、舞踏。
 観客足る私兵達はただ沈黙してそれを眺める事しか叶わず、天雷の拳銃から地に零れる薬莢が、代わりとばかりに拍手喝采を謳う。
 両者の右手首が交錯。二つの銃口が互いの眉間を見詰めていた。しかし──ホールドオープン。計四挺の殺人器械は己が只の鉄塊に墜ちた事実を主張する。
 ────。
 大気が凝る程に濃密な沈黙。
 それを破ったのは外套を扇状に翻しながら、天雷が繰り出した端脚。
 白尽くめは腕を掲げて受けたものの、骨身を軋ます衝撃に押されて吹き飛ぶ。その好機に天雷が取った行動は無論、再装填。
 手首を直角に曲げる独特の動作、それに反応して袖内に仕込んだギミックが作動。左右の袖口から飛び出した弾倉を挿入口に迎え入れる。
 息吹を吹き返した銃を、天雷は即座に白尽くめへと向けた。だが、飛来した空弾倉が射線を阻害。先手を取られると判断した白尽くめが放ったのだ。
 用心金に掛けた指を軸に拳銃を回し、銃身で空弾倉を打ち落とすと、今度こそ照準を敵へと定める。照星の向こうには、同じくこちらを見詰める殺意の籠った瞳が。
 薄闇を裂く、異なる色彩をした二筋のマズルフラッシュ──
 天雷と白尽くめ、両者の間で火花が散り潰れた鉛の塊が一つ地に転がった。
 身に着けた功に従って放った凶弾の軌道が、相手と重なったというその事実。最早疑いようもない。この男の武技は、天雷が体得したそれと同一のものだ。
 六合火鎗──彼の祖国にて、銃を扱う事を前提として編み出された武技。秘中秘門が数多い功夫においても、闇の更に闇の中で生じた影。
 何故、異なる世界にてそれを扱う武芸者が居るのか。今はその思索に意味はない。
 彼方から銃声。屋敷を中心とするように設置された他の陣にも、襲撃者が現れたのだろうか。しかしそれも、今の天雷にとっては雑音でしかなかった。
 己と同じ功夫の徒。それを相手取るとはつまり、極限の生と死の狭間に身を置くという事に他ならないのだから。
「これでは駄目だ」
 天雷は、両手の拳銃を二挺とも放棄した。そして、ガンベルトに取り付けた左右のホルスターから別の得物を取り出す。
 ソードオフ・レバーアクションライフル。それを一挺ずつ両の手に握り、左右に構えた。
 これぞ、旋天雷火──命を託すに相応しい、我が切り札。

リプレイ本文

「武器商人とは、ここまで儲かるものなんだな。スラムに居た手合いは大違いだね」
 西門に待機するアルファス(ka3312)は、豪奢な門構えを見渡した。門の内部は広い空洞になっており、赤漆で彩られた柱が幾つも屹立している。石床の上では、支柱一つ一つに取り付けられた吊り灯篭の明かりが作る無数の影が躍っていた。
 柱の一本に寄り掛かるアルファスの周囲に、私兵達は居ない。彼らは門を超えた先、邸宅へと続く道の半ばで陣を敷いている。
 ただ一人で、これからやって来るであろう敵を待ち始めて、数刻が経った頃だろうか。外部に続く巨大な門戸が叩かれたのは。ノック、と言うには暴力的過ぎるそれは三度続き、やがて衝撃に耐えかねた閂がへし折れ、門戸が押し開かれた。
「……来たか」
 柱から背を離し、アルファスは来訪者を待ち構える。その身を覆うのは、半機半獣の鎧。甲鉄の獣が構えし爪は、二挺の魔導拳銃。
 僅かに開いた門戸の隙間から現れたのは、白尽くめの人影。その体格から察するに、男だろう。彼はアルファスの魔導拳銃の射程に踏み入る直前で立ち止まった。
 アルファスは静かに問う。
「……一応、聞いておこう。君が書簡の送り主か?」
「…………」
 沈黙したままの男は、返答の代わりに両の袖口から飛び出した、魔導拳銃の銃把を握る。
「説得は無意味、かな」
 男の怜悧な眼光を見て、問いというよりは確認という口調で更に語り掛けると、男が初めて口を開いた。
「……それは、命乞いか?」
「いや、僕も君と同じく雇われの身でね。命を乞える立場じゃない」
「ならば──」
「ああ、そうだね」
 これ以上、互いに交わすべき言の葉はなし──
 明確な合図など何もなく、両者は同時に足を踏み出した。
 奇しくも同じ、双銃遣い。いや、彼らは互いの歩法を見た瞬間に、共通項がそれだけではない事を察した。
 時には上体を倒し、時には起こし、緩急をつけた円周軌道を描く歩法は、『鷹翅蛇身』と形容される、劈掛掌のそれに相違ない。
 両者の間を飛び交う銃弾、その悉くが空を切る。互いの歩法が描く円周──その半径が、撃発の度に狭まっていく。
 林立する柱の間を縫って、螺旋は徐々に閉じて行く。そして、彼我の間合いが残り僅かとなった時、それまで曲線を描いていた歩法が、直線的なそれへと変化した。
 八極の歩法──活歩。震脚を踏み込み、滑るような足運びで間合いを詰めると、円周の中心点で両者が激突。
 双銃の銃身で鎬を削り合いながら、二人は同時に確信した。
 己が前に立つ相手が、己と同じ功を積んでいると。放長撃遠の劈掛掌と、近接打短の八極拳──この二つを極めた者は、神にすら恐れられるという。
 今より繰り広げられるは、神殺しの業を修めし者達による壮絶なる死闘。
 両者の指に再びトリガープルが乗る直前、灯篭の灯が一斉に身を捩らせた。



「来た、わね」
 土嚢を積んたバリケードに、機関銃の銃身を預けて待機していたマリィア・バルデス(ka5848)は、灯篭の明かりが籠る南門の内から、月光照らす夜気へと姿を現した白尽くめの姿を認めた。周囲に私兵達の姿はない。彼らは彼女が位置する地点よりも、更に後方で陣を敷いている。
 白尽くめもまたマリィアを視認すると、両袖口から飛び出した二挺の魔導拳銃を手に取り構えを取った。
 白尽くめが踏み出す寸前に、夜闇を裂く眩い光が夜気を裂いて、彼の頭上に降り注いだ。
 同時──機関銃が咆哮を上げて、頭上に意識を取られた白尽くめに弾丸の嵐をお見舞いする。が、滑るような足運びで、白尽くめは嵐雨を掻い潜った。
「な、なによそれ」
 唖然とするマリィアを誰が笑えよう。
 ただ、速く動いただけでは、この現象は説明がつかない。どれだけ早く動こうとも、降りしきる雨滴の全てを躱す事ができないように。
 だが、弾丸の雨は、天命の気紛れに過ぎぬそれとは違い、必ず人間の意思というものが付随する。無論、それを読み取っただけでは、弾雨の軌道を把握する事は不可能だ。撃発と共に生じる反動が、射手すら意図しない照準のブレを生み出す限り。
 射手の構え──筋肉の強張り、銃口の僅かな震え、それらの情報から弾道が描き得る全ての経路を把握、網羅して、分速五百発近い機関銃が作り出す死線の檻から脱出できるルートを見出し、実際にそれを辿る事ができる者が居るなどと、功夫の深奥を知らぬマリィアにどうして理解できようか。
 更に掃射を続けようとするマリィアを、白尽くめが放った銃撃が封じ込める。咄嗟に土嚢の陰に隠れ凶弾をやり過ごした彼女へ、白尽くめが接近しようとすると、
「俺様を忘れて貰っちゃ困るじゃーん!」
 高らかな声が頭上から響き、直後──旋回しながら落下する巨斧の一撃が、白尽くめを襲った。
 身を躱した白尽くめが今しがた立って居た石畳を、巨斧が割り砕く。
「さぁて挨拶も済んだ所で、おっ始めようじゃん──か!」
 石畳を砕いた巨斧を持ち上げ、不敵な笑みを浮かべたゾファル・G・初火(ka4407)は、白尽くめに息つく暇を与えずに、巨斧を振るった。
 使い手の二倍に匹敵する巨大な獲物は、まともな斧術で運用できる代物ではない。時には両刃の斧頭に直付けした補助グリップを握り、全身をフルに使って、巨斧を旋回させる。
 斧と一体化したその様は、刃風を撒き散らす暴風の如く。暴虐の嵐と化したゾファルは、縦横無尽の破壊を振り撒いた。
 その悉くを白尽くめは回避し、石畳や石灯篭が犠牲となって砕け散る。
 横薙ぎの斬撃を、白尽くめが上体を倒して回避。こめかみの僅か数ミリ上を擦過した巨斧は、旋回の勢いを殺さぬまま唐竹割りの軌道を描いた。身を沈めた事により生じた沈墜勁を歩法に生かし左に躱すと、白尽くめは後ろ回し蹴りを振るう。
「ぐっ……が──!?」
 斧を振り落とす代わりに身体を浮き上がらせたゾファルの脇腹に、旋風を纏った蹴り足が突き刺さる。石床に食い込んだ斧を置き去りにして吹き飛び、彼女は石灯篭に背を打ち付けた。
「私の事も忘れないでくれないかしら!」
 トドメの銃撃を放とうとした白尽くめを、弾雨が襲う。
 機関銃で武装するマリィアを最大脅威と心中に留め置いていた白尽くめは、既に活歩を踏んでいた。
 予備動作のないそれは、暗勁を用いた秘中秘門の歩法。氷上を滑るような動きで、再び死線の檻を潜り抜けた白尽くめは、劈掛の曲線歩法を以って機関銃の射手との間合いを詰める。
 尚も襲い来る銃火の嵐を掻い潜り、間合いを詰めた白尽くめは双銃の片割れをマリィアに向けて銃爪を引いた。
「ガン=カタってわけ? やるじゃない──」
 吐き出された弾丸は空を切る。
「けど、あんただけの専売特許と思ったら大間違いよ」
 ほくそ笑むマリィアは、弾道の上を舞っていた。
 機関銃が一方的に猛威を振るう事のできる間合いではなくなったと察知したマリィアは、機関銃の反動を制御する事を止め、寧ろ跳ね上がる銃身に身を任せバック宙を繰り出したのである。
 跳躍の頂点で身を翻し、彼女はホルスターに納めた拳銃を白尽くめへと向けた。が、既に懐へと飛び込んでいた敵の銃身に打ち払われる。
 額を見詰める銃口、空中で身を躱す術はない。
 しかし──放たれた弾丸は、またしても必殺を逃した。
 左手に保持したままの機関銃、その銃爪を標的が引いたからだ。反動で身体を右に泳がせたマリィアは、凶弾に肩口を掠められながらも、絶体絶命を回避したのである 
 だが、無茶な回避の代償として完全に体勢を崩した彼女に、次の攻撃へ対処する余裕はなかった。
 銃把を咥えた白蛇が、無防備に命を晒した標的を今度こそ喰らわんと、鎌首をもたげる。
 銃爪にトリガープルが乗ろうとした刹那──
「だから、私の事忘れんじゃねえじゃーん!」
 白尽くめの背を衝撃が叩いた。
 続く断頭刃の如き巨斧の振り下ろしを、半身を切り、寸での所で回避した白尽くめは、回転の勢いを載せた端脚を放つ。
「同じ手は食わないじゃん!」
 柄を握る手を軸に、風車の如く足を振り回して、ゾファルは蹴撃を受け止めた。
「喧しい女共だ」
 足を引いた白尽くめは、悪態を漏らしながら双銃を構え直す。
「あら、口が利けたのね。うるさいのは勘弁して頂戴」
 ゾファルが作り出した隙を消費して、機関銃の弾倉を交換し終えたマリィアが、悪態に微笑みを返した。
「ゾルファ、ちょっとだけ無茶するけど、構わないかしら?」
「んー? 俺様は構わないじゃん。どの道、機関銃と巨斧とじゃまともな連携組めないと思ってたとこじゃんよ」
「そ、なら安心して。ここからは、こっちもまともじゃなくなるから」
 首元に提げたゴーグルで緑眼を覆うと、マリィアは機関銃を掲げる。
「即席の思い付きだけど──そうね、マシン・ガン=カタとでも言った所かしら?」



「ねえねえ、リカルドさん。武器商人って、結局の所悪い人なんですか?」
 商人の邸宅内で、襲撃者を待ち構えるソフィア・フォーサイス(ka5463)は、同じく傍らに待機するリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)に問い掛けた。
「さてな。今回に依頼人に関しちゃ、良い噂は聞かないがね。人間同士の小競り合いを見付けちゃ、両陣営に適当に武器流して、泥沼化させてるんだと。ま、典型的な武器商人の見本だな。こっちの世界で銃を流せば、そりゃこんだけ儲かるのも当たり前だろうさ」
 リカルドは問いに答えながら、邸宅のエントランスを見渡す。家具や絵画、花瓶に至るまで、ここに置かれている全ての物が一級品である事は、素人目にも理解できた。
「むー、なんだかなーって気分です」
「気持ちはわからんでもないがな。これもビジネスさ。こういう仕事続けるんなら、心情を抜きに動かにゃならん事もある。──っと、どうやら来なすったみたいだな」
 邸宅の正面玄関のドアノブが半分ほど捻られる様を見咎めたリカルドが、ホルスターから魔導拳銃を引き抜いた。それを見習い、ソフィアも同様に魔導拳銃を構える。
 二つの銃口が見詰める中、半分まで捻られたドアノブが再び動いて、扉が開く。
 邸内に足を踏み入れたのは、既に両手に魔導拳銃を握った白尽くめの男。
「いらっしゃいませ──招かれざるお客様」
 その姿を視認するや否や、リカルドは銃口を白尽くめの胸郭に向けて、銃爪を引いた。
「……っ!」
 白尽くめは上体を床面すれすれにまで落として弾丸を回避しせしめると、低姿勢に移行した際に生じた沈墜勁を、前進の勢いに転化する。
「……あの体勢から躱すかね」
 前進すると同時に放たれた凶弾から、壺を展示する台座に身を隠して逃れると、リカルドは苦々しく呟いた。
 同様に障害物の陰から、拳銃を突き出して応射するソフィアは、声を張り上げてリカルドに呼び掛ける。
「リカルドさん! 接近してみるんで、援護を──」
「いや──」
 拳銃を突き出し、照星の奥に疾走する白尽くめの姿を見たリカルドは、ソフィアの呼び掛けを遮って苦い笑みを浮かべる。 
「あちらさん直々に向かって来るつもりだ……!」
 こちらを射抜く眼光がそう告げていた。
 リカルドとソフィアが放つ二筋の射線を掻い潜った白尽くめは、応接用のソファに挟まれた四脚テーブルの下へ、背を上に向けながら滑り込む。
 瞬間──真下で爆発でも起きたかのような勢いで、テーブルが吹き飛んだ。
 貼山靠──背面、肩甲骨で打つ当身技。至極単純な技だが、八極の深奥に至った拳士が放てば、黒檀製であろうと藁で編んだようなもの──テーブルは放物線を描いて吹き飛び、リカルドとソフィアの間を突き抜けた。しかし、その光景に驚愕する暇など彼らにはない。
 テーブルを盾にして一気に間合いを詰めた白尽くめの双銃が、二人の額を見詰めていたからである。
「「……っ!」」
 既に銃を放棄していた二人は、近接器械を手に取り振るった。右の瞳を紅に変えたリカルドは咄嗟に抜き放ったマチェット仕様の振動刀で、黒焔を纏うソフィアは太刀を納めた鞘で、己が急所を捉えた銃を打ち払う。
 殺眼から逃れたリカルドは、更に電撃刀を抜いた。
 直後──双銃と双刀が火花を散らす。
 銃身を打ち払うと、リカルドは返す刀で白尽くめの手首、或は首筋に斬り込もうと試みる。が、そうして攻勢に転じる事ができたのも、僅か三合まで。
 四度目の交錯──喉元に照準をつけた拳銃を、電撃刀で打ち払う。飛び散る紫電を呑み込むようにマズルフラッシュが瞬いた。
 同時に、灼熱が首筋を掠める。微かな裂傷から、血滴が零れる。
 防御の手が遅れた。あと僅かでも刀速が遅ければ、銃弾は動脈を貫いていた。その事実に気付きながら、リカルドの双眸は揺らがない。それはひとえに彼の性質故の事ではあったが、敢えて別の理由を上げるとするなら、この状況こそ好機だと判断したからである。
 相手が攻め気に傾けば、後方のソフィアの不意討ちがより有効打に為り得ると。
 鞘から引き抜き様に、ソフィアは胴薙ぎの太刀筋で、白尽くめの背面へと斬り掛かる。果たして、不意打った筈の斬撃は、双銃の片割れの銃身によっていなされた。
「まだっ……まだぁ!」
 上段へ弾かれた刀を翻し、袈裟切りに斬線を落とす。しかし──
「ぐっう──!」
 刀身が標的に触れる寸前、白尽くめが後方へ突き出した爪先の一刺が、ソフィアの鳩尾を捉え、太刀を保持したままの彼女を吹き飛ばした。壁に背を打ち付けたソフィアが、肺を圧迫され昏絶する。
 足を戻す白尽くめの肩口に、リカルドはマチェットの刃先を落とす。魔導拳銃の用心金が斬撃を受け止め、もう一方の拳銃がリカルドへと向けられる。
 再び、双刀と双銃の攻防が始まる。
 リカルドは既に察していた。この白尽くめが、殺人を生業とする手練れだと。この男の心は、自分と同等、若しくはそれ以上に冷徹だ。となれば、こちらも攻め気を抑える必要がある。
 長期戦に持ち込めば、弾丸を消費する白尽くめに不利。しかしそれは、白尽くめとて百も承知だろう。
 不意に白尽くめが新たな動きを見せた。リカルドのマチェットを払い終えた後、銃口を向けるのではなく、袖口を彼の眼前と差し出したのだ。
 手首を直角に折り曲げる独特の動作──直後、袖口から予備弾倉が射出され、強かにリカルドの鼻柱を打ち付けた。
 仰け反るリカルド。その大腿を更に灼熱が襲う。白尽くめが銃口を下に向けたまま、銃爪を引いたのだ。覚醒の性質上、痛みの弊害こそなかったものの、軸足にしていた足から力が抜ける。
 体勢を崩すリカルドへ、銃口が向けられる。
「やらせる、かぁー!」
 銃爪にトリガープルが乗る直前、白尽くめの背後から、唸りを上げて鞘が飛来した。
 上体を逸らした白尽くめの脇を過ぎ、回転する鞘を、マチェットの柄を離し空いた手を床に着けたリカルドが、跳ね上げた両足で受け止める。
 鞘の回転を生かし、床に着けた手を軸に一転。鞘を白尽くめへ放り返すと、遠心力を頼りに体勢を立て直す。銃創を受けた足を庇うように立ち、ハンドルバンドで手首と連結したマチェットを握り直して、双刀を携えながら白尽くめと対峙する。
 鞘を打ち払った双銃を構える白尽くめの背後には、太刀の刃を寝かせて下段の構えを取るソフィア。
 三条の斬線と、二条の射線が、第二幕の開始を告げた。



 虚仮脅し。
 レバーアクションライフルを新たに構えた黒衣の男を見て、白尽くめはそう判断した。
 歩法こそ劈掛掌や八極拳が反映されているものの、銃捌きは詠春拳の套路に似通っている六合火鎗において、重視するべきは精度と速度──その二項をおいて他にはない。
 だからこそ、あのような長物は虚仮脅しに過ぎない。
 その、筈だった。
 結果はどうか。こちらが劣勢に陥っているのは、火を見るよりも明らか。
 レバーアクションの装填技術──スピンコックを打撃技として用い、時には銃弾を虚空に放ち、撃発の反動をすら打撃の威力に転化する未知の功夫に翻弄された。というのは弁明になりはしない。問題なのは、虚仮脅しと評したその技に功が足りている事だ。六合火鎗の理に背いている筈の技が、基本に忠実である技に勝っているのである。
 絶招──それは、功夫において奥義を意味する言葉だが、本来の意義は、己が技として昇華させた技だけを指す。伝来の技を真似ただけでは、絶招足り得ない。
 この男が単身で築き、磨き上げたこの技こそ、真に絶招と呼ぶに値する。それは、認めざるを得ないだろう。
「──名を聞いていなかったな」
 攻防の最中にできた、束の間の間隙──口を開いた白尽くめは、黒衣の男の名を問うていた。この男を殺すにせよ、たとえ自分が冥土に旅立つ事になるにせよ、その名を聞いておかねばならない、そう思ったのだ。
 殺し屋稼業に身を堕とした自分に、まさか一端の拳士めいた魂が残っていたとは思ってもみなかった。
「俺の名は──」
「Fire in the hole!」」
 横合いから声が聞こえたかと思うと、二人の双銃遣いの間を拳大の投擲物が横切る。
「「手りゅっ──!?」」
 視界を横切ろうとするその形状を見るや、背筋が総毛だった。
 白尽くめは咄嗟に身を引き、宙返りを決めながら、眼前の手榴弾を上空高く蹴り上げる。
「なっ……!?」
 宙を泳ぐ最中、蹴り上げた手榴弾──安全ピンが差されたままのそれを見て、自分が一杯食わされた事を悟った。
 手榴弾が飛んで来た方向に、双眸を向ける。
 自分を見つめる銃口と、
──大マヌケ(Jackass)。
 嘲笑の形に歪んだ女の唇が見えた。
 銃声が響き、着弾の衝撃が身体を叩く。予想した痛みはなかった。灼熱の痛みの代わりに身を襲ったのは、骨の芯まで凍える程の冷気。
 身体の自由を奪われ受け身を取り損ねた白尽くめは、石畳の上に無様に転がった。
 その合間にも、全身が段々と凍て付いていく。辛うじて自由の利く右腕を動かし、銃口を女に向ける。
「見鬼去!」
 罵倒を叫びながら撃発。冷気に浸食されつつある腕が震え、弾丸は女の肩口を貫くに終わった。
 女は痛みに表情を顰めながらも、唇の笑みだけは崩さなかった。
 再び銃口が向けられる。女が銃把を握る自動拳銃に取り付けられたファイバースコープと視線が合った。同時に、次こそは必殺の弾丸が放たれると確信する。
 響き渡った銃声と共に、白尽くめは胸糞が悪くなる言葉を耳にした。冥土の土産としては最悪極まれる、糞っ垂れなスラングを。
 Eat shit and die──

「酷い結末もあったものだな、まったく」
 天雷は、額に穴を開けた死体を見下ろしながら、呆れたように呟いた。
「ぁあん? 何だい、あんた。殺し方に上だの下だのとケチを付ける手合いだったのかい?」
 その呟きを耳聡く聞き咎めたフォークス(ka0570)は、肩の銃創を手当てしつつ、天雷に怪訝な顔を向ける。
「殴って殺そうが、斬って殺そうが、撃って殺そうが、騙して殺そうが、死体をこさえた事には変わりないじゃないのさ」
「騙して殺されては、この男も報われんだろう」
「死人に口なしって言うだろ。文句があっても、聞けやしないんだから知った事じゃない。この世界の相場はどうだか知らないけどね、少なくともアタイにとっちゃ、死人は喋らないと決まってる。そうでなきゃ、喧しくて仕方がないからね」
「成程、確かにそれも道理だな」
 苦笑を浮かべながら頷く天雷を他所に肩の治療を終えたフォークスは、白尽くめが手にしていた魔導拳銃を手に取る。
「次は追い剥ぎか?」
「なあに、ちょいとばかし土産をね。どれどれ──ん?」
 銃把を握り、試しにと銃爪を引いてみたものの、何の反応もなかった。どうやら銃本体にマテリアルが流れて行っていないらしい。
「ははあん、特定のマテリアル以外では、作動しないようになってるのか。ま、取れるもんは取っておくさ」
 適当な推測を立てて納得すると、フォークスは手にした銃を懐に仕舞い、待機させておいた魔導バイクへと向かう。
「あんたも来るかい?」
 座席に跨り、傍らのサイドカーを指して天雷に問うた。
「いや、俺はここで待たせて貰おう。もし援護に向かうつもりなら、邸内へ行け。他の場所は上首尾に事が運んでいるようだからな」
「なんでわかる?」
「先程から敷地内に木霊している銃声から、そう判断したまでの事だ。だが、屋敷の方は音が籠っているらしくてな。戦況が読み取れない」
「デタラメだねえ。ま、助言は聞いておくよ」
 フォークスは肩を一つ竦め、魔導機関の回転数を上げステアリングを切ると、バイクを屋敷の方へと走らせた。



 閃光が、二人の双銃遣いの間に帳を作る。
 アルファスは三条の光線を足下に撃ち、巻き上がった粉塵を目晦ましにして後退。
 装甲の曲面を駆使し、白尽くめの銃撃を受け流してはいるものの、既に鎧には幾つか銃痕が穿たれている。当然、その内に守られた肉体も、無事というわけにはいかない。主要な筋肉、骨、動脈の損傷こそ避けてはいるが、流血による体力の喪失は深刻だ。
 両腕の双銃を見遣る。ホールドオープン──二挺ともが、無言の内に弾切れを報せていた。
 粉塵を裂いて、白尽くめが現れる。その身体にも、銃創が刻まれている。 
 あちらの双銃は、未だ殺人器械としての機能を保っている。銃把の太さから鑑みて、弾倉はダブルカラムだろう。つまり、あちらの装填数はこちらの倍以上。元より拳銃同士の凌ぎ合いでは、アルファスの勝機は薄かったのだ。
 が、彼の武器は銃のみにあらず。
 白尽くめの双銃が二挺ともに蒼炎を瞬かせた。吐き出された弾丸は、しかし──アルファスには届かない。
 彼の眼前で凶弾は押し留められる。──紫電纏う障壁によって。
「ぐっ……!?」
 弾道を遡るようにして紫電が走り、白尽くめに絡み付いた。
 雷撃に神経を灼かれ、身体が硬直する間はおそらく一秒にも満たないだろう。が、それだけの間があれば十分。
 瞬間、アルファスは双銃を手放し、活歩を踏んだ。白尽くめの眼前へと身を運ぶと、更に震脚を石床に打ち落とす。
 裂帛の踏み足。が、その凄まじさとは裏腹に、大気の震えは小さい。当然だ。音はエネルギーである。音が生じるという事は、それだけのエネルギーを外に逃がすという事。
 功を積んだ拳士の震脚は、音を発しない。勁の全てを拳へと伝え、標的の身体に打ち込む。
 縦拳──金剛八式の一式、衝捶が、白尽くめの胸郭を穿った。
 『无二打』と謳われた、史上最強の八極拳士、李書文。精霊の恩恵を受けてようやくその足下に及んだ拳は、一撃の下に白尽くめの心臓を潰した。
 致命の手応えを残す拳を引いて呼気を吐き、アルファスは調息によって内功の乱れを整える。
 同調するように灯篭の揺らめきが収まり、門の内は再び静寂で満たされた。



 馬賊撃ち。
 銃を水平に構え、撃発に伴う反動を利用して広範囲を掃射する技術だ。本来はマシンピストルを用いるべき所を機関銃で代用するとなると、確かにまともとは言えないだろう。
 機関銃の凄まじい反動で馬賊撃ちを行った所で、ろくに照準は定まらない。事実、マリィアは薬莢を撒き散らして荒ぶる得物に振り回された。
 無闇矢鱈と放たれる銃弾が描く射線を、歩法を駆使して潜り抜ける白尽くめ。彼は乱数弾幕の見切りに神経を酷使するあまり、地形の把握を疎かにした。
 下げた足が踏んだのは、先程ゾルファの斧が割り砕いた石畳。斬撃の痕に足を取られ、彼は小さく体勢を崩す。
「くっ……!?」
「取ったぁぁぁああ!」
 その足を、度重なる撃発の反動で更に加速し、唸りを上げて旋回する機関銃の銃身が掬う。鉄と火薬による足払いは、鮮やか──と形容するには粗雑に過ぎたが、ともあれ白尽くめの体勢を完全に崩す事に成功した。
 猛烈な衝撃を足に受け、天地の区別を見失った白尽くめ。その胴を──
「こいつで、トドメじゃーん!」
 機関銃の弾幕を、斧頭を掲げてやり過ごしながら、この好機を待ちに待っていたゾルファの巨斧が両断した。
 腰から下を断たれた白尽くめは、血濡れた水音を立てて地に落ちる。
「……最期に言い残したい事があったら、一応聞いてあげるけど?」
 自身の流血によりできた血溜まりに沈むようにして伏した白尽くめの眉間に、魔導拳銃の銃口を突き付けながら、マリィアは問うた。
 白尽くめ、いや、血に汚れた衣装は、既に純白とは程遠い。ただ死に逝くだけの男は、血の混じった咳を吐えながら応える。
「……ない。何も、な。──言い残す言葉はなく、言い残す相手も居ない」
 いや、そんなモノは要らない。
 その応えを聞いたマリィアは、小さく呟いた後、ゆっくりと銃爪を引いた。
 ──それは、とても悲しい人生ね。



「リカルドさん!」
 リカルドの背に回ったソフィアが声を上げる。瞬時にその意図を悟ったリカルドは、重心を後ろに傾け、背中から床に倒れた。その鼻先を掠め、太刀が薙ぐ。
 白尽くめの胴を狙った横薙ぎの一刀は、魔導拳銃の銃身によって阻まれた。刀身を掬い上げた拳銃の銃口が、ソフィアへと向けられる。
 背筋と腹筋を駆使し、蹴り上げたリカルドの足裏が銃身を叩き、射線を逸らす。
 同時に体勢を戻したリカルドは、マチェットを握った腕を突き出した。
 白尽くめが、刺突を繰り出す刀身を払い除けんと、拳銃を振るう。が、銃身は刀身を見失い、空を切る。マチェットそのものが、振るい手の腕から消失したのだ。
「な、に? っ……!」
 白尽くめが唖然とした表情を浮かべた直後、刹那の間を置いて、彼の手首を衝撃が叩いた。
 リカルドが刺突の寸前に手放したマチェットの鎬部分が、ハンドルバンドで直結した主の手首を軸にして一転し、白尽くめの手首を直撃したのである。
 予想外の打撃を受け、白尽くめは拳銃を取り落す。
「貰いましたっ!」
 横合いに回り込んでいたソフィアは、それを好機と捉え猛然と斬り込んだ。
 切り上げる軌道を描く太刀筋は残った拳銃で払われる。
 今となっては、もう一方の腕を警戒する必要はない。ソフィアは更に、二刀目を振るう。が、太刀が白尽くめに届く事はなく、
「ぐふ……」
 軽い衝撃が三つ、立て続けに彼女の胴を貫いた。
 凶弾を放ったのは、警戒不要と意識から外した腕に納まる魔導拳銃。取り落した筈のそれが何故そこにあるのかと言えば、床に落下する寸前に白尽くめが蹴り上げたからである。
 銃創から血が零れる。身に纏う黒焔が一瞬激しく燃え上がり、ソフィアの身体に吸い込まれるようにして消失した。
 膝から崩れ落ちる彼女の頭に、銃口が突き付けられる。
「フォーサイスッ……!」
 リカルドの双刀も、トリガープルが必殺に達するまでには間に合わなかった。そして──
 切断。
 そう、切断だ。その瞬間に起きた現象は撃発ではなく、切断だった。
「ば、かな……!」
 断ち斬られたのは、白尽くめの手首。今しがた、ソフィアの頭蓋に照準をつけていた拳銃の銃把を握っていた手首である。
 そして、その手首を切断したものは、ソフィアが柄を握る太刀の刀身だった。
 手首を断った刀身が、血滴を散らしながら翻る。太刀筋を変えて、白尽くめの首筋を狙った。
 神経の感度を極限にまで引き上げた白尽くめは、その刎頚の斬線を危うい所で凌ぎ切る。これまで、彼女の攻めをものともしなかった白尽くめが、全神経を総動員させてようやく、辛くも絶命を免れる。
 刀速が上がったわけではない、ソフィアの刀術が冴えを増したというわけでもない。にも関わらず、彼女の太刀は白尽くめの首筋を掠めた。その由縁を、太刀筋を捌いた白尽くめだけが理解し、そして戦慄した。
 意がない。受け流した太刀、その刀身には、相手を斬るという一念が籠められていなかった。つまりソフィアは、『斬る』という意を紡ぐ工程を経たずして、太刀を振るったのだ。
 あらゆる武術の極致──明鏡止水。死に瀕し、その境地に達したとでも言うのか。
 ソフィアが、一歩前に足を踏み出す。釣られるようにして、白尽くめは一歩後に足を引いた。
「っ……!?」
 白尽くめの背筋が、総毛立つ。今や彼は、水鏡に映った月影も同然。水面が揺らげば、月の虚像もまた歪まざるを得ない。
 ソフィアが更にもう一歩踏み出した。途端、彼女の膝から力が抜ける。流血による損耗が限界に達したのだ。
 鏡の戒めから解かれた白尽くめは、即座にソフィアの頭蓋に銃口を突き付ける。
「貰った……!」
 銃爪に掛けた指に、トリガープルを乗せる、寸前──
「が、はっ……!?」
 白尽くめの左胸から、紫電を帯びた切先が飛び出した。
「最後の最後に、攻め気に傾いたな」
 電撃刀の刀身を引き抜きながら、リカルドは呟いた。傷口から滂沱と血を零して崩れ落ちる白尽くめ。血溜まりに沈む男を見下ろす。
「いや、怯えた、つった方が正しいか?」
 そして、倒れ伏したソフィアに視線を移す。
「っと、早く止血しねえと不味いな、こりゃ」
 リカルドは、彼女の下へと駆け寄った。



 後ろに流れて行く夜気は、既に白み始めている。
 紫煙を燻らせながらバイクを駆るフォークスは、風切り音に紛れる呻き声を聞いた。声の主、サイドカーに横たわるソフィアに視線を移すと、意識を取り戻した彼女が身を起こそうとしていた。
「まだ寝てな。今、近くの病院に走らせてる所だ」
「私……、ああ、撃たれたんでしたっけ。……どうにも、記憶がはっきりしません。あの、私達勝ったんですか?」
「まあ、今生きてるって事は、勝ったんじゃないのかい?」
「そうですか。……何で勝てたのか、さっぱり憶えて──あ」
 首を傾げるソフィアのお腹が、音を立てる。
「えへへ、穴が空いてても、お腹は減るものなんですね」
「大したタマだよ、あんた」
 肩を竦め、紫煙混じりの溜息を漏らしながら、フォークスは二輪を加速させた。

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MVP一覧

  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファスka3312

重体一覧

  • 無垢なる黒焔
    ソフィア・フォーサイスka5463

参加者一覧

  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファス(ka3312
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ゾファル怠極拳
    ゾファル・G・初火(ka4407
    人間(蒼)|16才|女性|闘狩人
  • 無垢なる黒焔
    ソフィア・フォーサイス(ka5463
    人間(蒼)|15才|女性|舞刀士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
リカルド=フェアバーン(ka0356
人間(リアルブルー)|32才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/06/17 08:10:15
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/06/13 21:52:15