ゲスト
(ka0000)
望郷3 ~私の故郷を見ていって~
マスター:葉槻

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~13人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/22 09:00
- 完成日
- 2016/07/05 13:21
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●その町の名は
一人の少女が死んだ。
全身を病に侵され、年始には『持って余命半年』と言われた少女だった。
「私が死んだら3つのお願いがあるの」
彼女は常々そう唯一の肉親である父親に自身の想いを託していた。
彼女が死んで3週間。
父親は、漸く重い腰を上げて元領主の家の扉を叩いた。
「ヴィクター殿」
使用人から連絡を受け、書斎から出てきたフランツ・フォルスター(kz0132)は、玄関口に佇むすっかりやつれた様子の男の名を呼んだ。
「フランツ殿。突然の来訪、お許し下さい」
「いやいや、私が居るときで良かった……さぁ、こちらへ」
フランツはヴィクターを応接室へと通すと、柔らかなソファを勧めた。
「娘の葬儀には色々ご助力いただき、有り難うございました」
「いやいや。一般的なことしかしておらんよ。ここでは、喜びも悲しみも皆で分かち合う……そうじゃないか」
深々と頭を下げるヴィクターに、フランツは首を横に振る。
「彼女の“帰宅”には私の知人達も関わっていたようだしね……」
ヴィクターが自分の成した財の殆どをなげうって娘を帝都の病院へと入れたのをフランツは知っていた。
だが、その娘にとっては入院生活はただただ辛いだけの物だったらしい。
持っていたお小遣い、その全てを叩いてハンターオフィスへ『私を故郷へ連れて行って』と依頼を出したのだ。
戸惑うオフィスの顔なじみから連絡を受けたはいいが、積雪という物理的な難敵と件の病院に疑惑が掛かっていたこともあり、積極的に動けないうちに彼女は本当に帰ってきてしまったのだ。
「……本当に。あの子の姿を見たときには驚きました……夢か幻かと……」
道中をハンターに守られ、最後は冬の間は唯一の連絡手段となる郵便物、その配達を一手に引き受けている一家に掛け合って彼女は帰ってきた。
帰ってきて数日は壮絶な親子ゲンカが勃発し、あまりの苛烈さに周囲が心配して様子を見にいった程だったが、ある日を境にヴィクターが折れ、二人の関係は元に戻った。
「でも、ハンターの皆さんと出逢えたことは娘にとって良かったんでしょう。『感謝してもしきれない』と常々言っておりましたから……私も、今は同じ気持ちです」
そっと口元に笑みを浮かべるヴィクターを見て、フランツも微笑みを浮かべた。
「そこで、フランツ殿にお願いがあって参りました。娘の願いを叶えてやって下さい」
再び深く深く頭を下げたヴィクターに、フランツは「私に出来ることなら」と優しい眼差しで頷いた。
●ハンターオフィスにて
「シュレーベンラント州の端にザールバッハと呼ばれる地方があります。物凄く辺鄙な所で『帝国内の辺境』とか『時代に置いて行かれた秘境』とか……まぁ、色々な別称がある地域です」
そこを代々治めていたのがフランツの家系だが、これもあまりの辺境っぷりに先代の皇帝陛下が「引き続き頼む」とフランツに言ったから、フランツは現在も爵位を失わずあの地に引きこもっていられるのだ……という噂がまことしやかに囁かれている程である。
「一度近隣まで行かれた方ならご存知かもしませんが、あの辺りは標高が高く、とても雪深い地としても有名です」
その、雪深い土地にも遅い春がやってきた。
今、かの地には春の草花が一斉に芽吹き見頃を迎えているのだという。
「そこに住んでいたアンネリースさんから、『是非ハンターの皆さんを春の故郷へご招待したい』と手紙が届きました。縁がある方も、無い方も、折角のご招待ですし、行ってみては如何でしょうか?」
説明係の女性は少しだけ寂しそうな表情をした後、にこりと微笑んで、机の上に一通の手紙を置いた。
●アンネリースからの手紙
『拝啓 ハンターオフィスの皆様、ならびにハンターの皆様
初夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
わたくしの住む、ここマインハーゲンにもようやく遅い春がやってまいりました。
雪解け水の流れるヤムワッカ川には魚の鱗が陽の光を反射し、あぜ道には色とりどりの小さな花が咲き乱れ、夕方にはぐっとまだ冷えますが、夜には星が美しく瞬き、朝には美しい陽が昇ります。
わたくしの愛したこの故郷の風景を、是非皆様にも見ていただきたいと思い、筆を執りました。
今時期ですと、イコロスオプ山の中腹にあるシウニン草原から見る風景は筆舌しがたい美しさがあります。
また、大変個人的な事ではありますが、この6月にわたくしの親友が結婚しますので、是非ザールバッハならではの結婚式にもご参列いただけますと嬉しいです。
皆様のおかげで、わたくしはわたくしのまま、生涯を閉じることが出来ました。
そのお礼、といってはささやかではありますが、どうか我が故郷へお越し下さい。
少し気難しい人の多い町ではありますが、きっと皆様を歓迎してくれると思います。
皆様のご到着を心よりお待ちしております。
アンネリース・レーメ』
●マインハーゲン フランツ・フォルスターの私邸にて
「やぁ、遠路遙々ようこそ。道中の険しさに驚いたんじゃないかね?」
転移門を使い、整備された道を通って町村を抜け最寄りの町、ブラウヴァルトまでは比較的スムーズな道中だった。
しかし、ブラウヴァルトからここのマインハーゲンまで、山を越え谷を越え……深い森を抜けて漸く辿り着いた。
確かに道中は細い道一本道ではあったが、これは降雪が10mを越えるとなると道は疎か周囲の景色もさっぱり解らなくなるだろう。
「とりあえず、今日はもう遅い。わしの私邸にご案内しよう。ここで身体を休めて、明日からゆっくり過ごしておくれ」
夕日に染まる町。家々は白い壁に赤い屋根で統一されており、漂う夕食の香りがより一層素朴でのどかな田舎町といった風情を醸し出している。
案内された屋敷は赤い切り妻屋根が目を引く大きな二階建ての屋敷だった。
「一応明後日は3食用意する予定でおるので、不要ならそう言っておくれ。町に飲食店が無いわけでは無いが、帝都に比べれば数は少ないので気を付けてな」
貴方たちは二階のゲストルームを一人一つ割り当てられた。フランツは一階の奥の部屋を使うらしい。
明日からの予定を確認しようと荷物を置いた一同は一階のリビングに集まった。
1日目はアンネリースの友人の結婚式に参列予定だ。この町から南のアーレンという村まで行脚するらしい。
アンネリースの友人という新婦の名前はハンナ、新郎はギルバードと言うらしい。
2日目はフリー。町を見たり、手紙で勧められていた草原に行ってみるのも良いだろう。
3日目は出立の日だ。早朝ならば何か出来るかも知れないが……
さて、どのように過ごそうか。
貴方たちは互いの顔を見て、うーんと唸った。
一人の少女が死んだ。
全身を病に侵され、年始には『持って余命半年』と言われた少女だった。
「私が死んだら3つのお願いがあるの」
彼女は常々そう唯一の肉親である父親に自身の想いを託していた。
彼女が死んで3週間。
父親は、漸く重い腰を上げて元領主の家の扉を叩いた。
「ヴィクター殿」
使用人から連絡を受け、書斎から出てきたフランツ・フォルスター(kz0132)は、玄関口に佇むすっかりやつれた様子の男の名を呼んだ。
「フランツ殿。突然の来訪、お許し下さい」
「いやいや、私が居るときで良かった……さぁ、こちらへ」
フランツはヴィクターを応接室へと通すと、柔らかなソファを勧めた。
「娘の葬儀には色々ご助力いただき、有り難うございました」
「いやいや。一般的なことしかしておらんよ。ここでは、喜びも悲しみも皆で分かち合う……そうじゃないか」
深々と頭を下げるヴィクターに、フランツは首を横に振る。
「彼女の“帰宅”には私の知人達も関わっていたようだしね……」
ヴィクターが自分の成した財の殆どをなげうって娘を帝都の病院へと入れたのをフランツは知っていた。
だが、その娘にとっては入院生活はただただ辛いだけの物だったらしい。
持っていたお小遣い、その全てを叩いてハンターオフィスへ『私を故郷へ連れて行って』と依頼を出したのだ。
戸惑うオフィスの顔なじみから連絡を受けたはいいが、積雪という物理的な難敵と件の病院に疑惑が掛かっていたこともあり、積極的に動けないうちに彼女は本当に帰ってきてしまったのだ。
「……本当に。あの子の姿を見たときには驚きました……夢か幻かと……」
道中をハンターに守られ、最後は冬の間は唯一の連絡手段となる郵便物、その配達を一手に引き受けている一家に掛け合って彼女は帰ってきた。
帰ってきて数日は壮絶な親子ゲンカが勃発し、あまりの苛烈さに周囲が心配して様子を見にいった程だったが、ある日を境にヴィクターが折れ、二人の関係は元に戻った。
「でも、ハンターの皆さんと出逢えたことは娘にとって良かったんでしょう。『感謝してもしきれない』と常々言っておりましたから……私も、今は同じ気持ちです」
そっと口元に笑みを浮かべるヴィクターを見て、フランツも微笑みを浮かべた。
「そこで、フランツ殿にお願いがあって参りました。娘の願いを叶えてやって下さい」
再び深く深く頭を下げたヴィクターに、フランツは「私に出来ることなら」と優しい眼差しで頷いた。
●ハンターオフィスにて
「シュレーベンラント州の端にザールバッハと呼ばれる地方があります。物凄く辺鄙な所で『帝国内の辺境』とか『時代に置いて行かれた秘境』とか……まぁ、色々な別称がある地域です」
そこを代々治めていたのがフランツの家系だが、これもあまりの辺境っぷりに先代の皇帝陛下が「引き続き頼む」とフランツに言ったから、フランツは現在も爵位を失わずあの地に引きこもっていられるのだ……という噂がまことしやかに囁かれている程である。
「一度近隣まで行かれた方ならご存知かもしませんが、あの辺りは標高が高く、とても雪深い地としても有名です」
その、雪深い土地にも遅い春がやってきた。
今、かの地には春の草花が一斉に芽吹き見頃を迎えているのだという。
「そこに住んでいたアンネリースさんから、『是非ハンターの皆さんを春の故郷へご招待したい』と手紙が届きました。縁がある方も、無い方も、折角のご招待ですし、行ってみては如何でしょうか?」
説明係の女性は少しだけ寂しそうな表情をした後、にこりと微笑んで、机の上に一通の手紙を置いた。
●アンネリースからの手紙
『拝啓 ハンターオフィスの皆様、ならびにハンターの皆様
初夏の候、いかがお過ごしでしょうか。
わたくしの住む、ここマインハーゲンにもようやく遅い春がやってまいりました。
雪解け水の流れるヤムワッカ川には魚の鱗が陽の光を反射し、あぜ道には色とりどりの小さな花が咲き乱れ、夕方にはぐっとまだ冷えますが、夜には星が美しく瞬き、朝には美しい陽が昇ります。
わたくしの愛したこの故郷の風景を、是非皆様にも見ていただきたいと思い、筆を執りました。
今時期ですと、イコロスオプ山の中腹にあるシウニン草原から見る風景は筆舌しがたい美しさがあります。
また、大変個人的な事ではありますが、この6月にわたくしの親友が結婚しますので、是非ザールバッハならではの結婚式にもご参列いただけますと嬉しいです。
皆様のおかげで、わたくしはわたくしのまま、生涯を閉じることが出来ました。
そのお礼、といってはささやかではありますが、どうか我が故郷へお越し下さい。
少し気難しい人の多い町ではありますが、きっと皆様を歓迎してくれると思います。
皆様のご到着を心よりお待ちしております。
アンネリース・レーメ』
●マインハーゲン フランツ・フォルスターの私邸にて
「やぁ、遠路遙々ようこそ。道中の険しさに驚いたんじゃないかね?」
転移門を使い、整備された道を通って町村を抜け最寄りの町、ブラウヴァルトまでは比較的スムーズな道中だった。
しかし、ブラウヴァルトからここのマインハーゲンまで、山を越え谷を越え……深い森を抜けて漸く辿り着いた。
確かに道中は細い道一本道ではあったが、これは降雪が10mを越えるとなると道は疎か周囲の景色もさっぱり解らなくなるだろう。
「とりあえず、今日はもう遅い。わしの私邸にご案内しよう。ここで身体を休めて、明日からゆっくり過ごしておくれ」
夕日に染まる町。家々は白い壁に赤い屋根で統一されており、漂う夕食の香りがより一層素朴でのどかな田舎町といった風情を醸し出している。
案内された屋敷は赤い切り妻屋根が目を引く大きな二階建ての屋敷だった。
「一応明後日は3食用意する予定でおるので、不要ならそう言っておくれ。町に飲食店が無いわけでは無いが、帝都に比べれば数は少ないので気を付けてな」
貴方たちは二階のゲストルームを一人一つ割り当てられた。フランツは一階の奥の部屋を使うらしい。
明日からの予定を確認しようと荷物を置いた一同は一階のリビングに集まった。
1日目はアンネリースの友人の結婚式に参列予定だ。この町から南のアーレンという村まで行脚するらしい。
アンネリースの友人という新婦の名前はハンナ、新郎はギルバードと言うらしい。
2日目はフリー。町を見たり、手紙で勧められていた草原に行ってみるのも良いだろう。
3日目は出立の日だ。早朝ならば何か出来るかも知れないが……
さて、どのように過ごそうか。
貴方たちは互いの顔を見て、うーんと唸った。
リプレイ本文
●1日目
「アンさんにご招待頂きました。どうか末永くお幸せに……おめでとうございます」
「有り難うございます。アンから聞いています、どうぞ楽しんでいって下さい」
エステル・クレティエ(ka3783)の祝福の言葉に、はにかんだ様に微笑む花嫁は野菊のような素朴さを感じさせた。
今、野外での立食パーティといったメイン会場では、それぞれが料理に舌鼓を打ち、ワインを傾けてその香りと味を楽しんでいる。
ここに辿り着くまでの2時間の道中は、予想以上の騒々しさだった。
誰も彼もが楽器を片手にこの地方に伝わる祝福の歌を歌い、演奏し、踊る。
それをみて、ザレム・アズール(ka0878)とドロテア・フレーベ(ka4126)が歌い、劉 厳靖(ka4574)が借りたラッパを吹き鳴らし、水流崎トミヲ(ka4852)が太鼓で、マリル(メリル)(ka3294)がタンバリンを叩き演奏する。
エステルがフルートで、エリオ・アスコリ(ka5928)がヴァイオリンで演奏すれば、『上品だ』『素晴らしい』と参列者からアンコールを貰い、演奏し続けた。それでも人々が皆嬉しそうに楽しそうに今日の主役の2人を祝福しているのを見れば、その疲労も心地よく感じる。
そんな賑やかな会場の片隅では、浅黄 小夜(ka3062)が黙々と焼いた肉と格闘していた。
「良く似合ってますね」
金目(ka6190)にそう話しかけられて、小夜はきょとんと金目を見返した。
「伯の見立てだと聞きましたが……」
そう言われて、自分の衣装を言われているのだと気付いて、慌てて頷いた。
襟の深い白いブラウスに鮮やかな赤いボディス、黄色いエプロンのディアンドルは、昨夜フランツに着る服を相談したら今朝届いた物だった。
使用人の娘さんの服だそうだが、少々自分が着るにはこのビタミンカラーは派手過ぎないかと不安になりつつも着せて貰ったところ、ドロテアを始めとした女性陣に大変好評だったので断るに断れなくなり、結局この服を借りて参列することになったのだ。
「僕は女性の服装にはあまり詳しくないですが……その土地の物を着て参加するっていいですね。僕もそうすればよかったかな……でもこちらの正装って半ズボンなんですよね……」
金目のぼやきに小夜は思わず小さく笑った。
「ほれほれ、金目、杯が空いてるぞ!」
劉がワインボトルを傾け、それを金目は慌ててグラスで受け止める。
「かなり出来上がってますね?」
「まだまだ!」
呵々と笑って、劉は金目の皿からハムを一枚摘み取ると口へと放り込んだ。
ブーケトスではメリルが全力で挑んだが、目前で乱入してきた犬に奪われるという珍事件のお陰で笑顔に包まれた。
「素敵な結婚式ね」
ドロテアが新郎新婦2人へ紅白のブーケを贈ると、2人は嬉しそうにそれを受け取って笑う。
アンの分も、なんて考えない。自分の気持ちでお祝いする……そうドロテアは想いながら、心からの「おめでとう」を2人へ贈った。
「な、ちょっ、何で泣いてるんだ!?」
突如双眸からボロボロと涙を零し始めたトミヲを見て、ザレムが驚きながらもハンカチを差し出す。
「なんかなー、いつもなー、感極まって泣いちゃんだよなー」
ぐすぐすと鼻を啜りながら、差し出されたハンカチで涙を拭うトミヲを見て、金目はトミヲの感受性の高さに目を細めて微笑った。
「突然の訪問失礼します」
帰路、船から下りたエステルが向かったのはレーメ家――アンの生家だった。
初めて対面したヴィクターはやややつれてはいるが、ロマンスグレーの紳士然とした男だった。
「ようこそ」
微笑むその目尻にアンの面影を見て、あぁ、親子なのだな、とエステルは胸を押さえた。
●2日目
早朝。柔らかな日差しが降り注ぐ中、小夜は1人エステルから教えて貰った、アンネリースの墓前に立っていた。
巨大な共同墓地にはそれぞれの墓石が並んでいるが、一つとして同じデザインの物は無い。1番端、最も新しい白い犬の石像に両脇を守られた墓石がアンの物だった。
小夜はリアルブルーの、自分の知っている作法で手を合わせた。
お久し振りです。
アダムは捕えました。でもまだ終わりじゃないから、全部止めるまで頑張ります。
小夜はそっと目を開き、ゆっくりと立ち上がる。帰ろうと踏み出した所で、向こう側から来たエステルと目が合った。
2人は言葉を介さず、目配せだけで互いを慮ると静かにすれ違った。
エステルはエクラの作法で墓の前に膝を付いた。
ご招待ありがとうございます。
結婚式、素敵でした。いいな、私もお嫁に行けるかな……草原の空と風景、見て来ますね。
それから、とエステルは昨夜ヴィクターから貰った指輪を取り出した。
それは、かつてエステルが龍鉱石をアンに贈った事に対する礼だと言われた。
「あの石は自分が持っていきたいから、代わりに、これをと。貴女が来たら渡すよう言われていました」
何の装飾もない、シンプルな指輪。
「本当は手作りの物を、と言っていたのですが……間に合わなくて。あの子が1番気に入っていた物です。どうか受け取ってやって下さい」
小さな指輪はエステルの小指に抵抗なく収まった。
「ありがとうございます」
朝陽を受けて、キラリと輝いた指輪ごと、両手を胸に抱いてエステルは礼を告げた。
一同が最初に通りかかったのは白い小さな花が咲き乱れる湿地の草原だった。
「すごい、花びらが透明だよ!」
メリルがおぉぉと感嘆の声を上げ、小夜も瞳を輝かせてその小さな花に魅入っていた。
「サンカヨウという花です。アンはこの花が特に好きでした」
ヴィクターの説明に、金目がなるほど、と頷く。
「もう少し上まで上がるとシウニン草原です」
ヴィクターの案内で一同はのんびりと山を登っていく。
最後尾をのんびりと歩く劉はふと空を見上げる。
青い空に白い雲がぷかりと浮かび、澄んだ空気と春の風が徐々に汗ばんでくる身体を優しく労るように吹き抜けていく。
「良い所ね」
ドロテアが振り返り、小さく見える村の風景を眺めて告げた。
「そうだな」
アンが愛したこの風景を眼に焼き付けようと、2人は言葉少なに山を登っていく。
(アンちゃんおいで。風になって一緒に笑おう。できなかったこと一緒にしよう)
全身で風を受けて、草原を転がるようにしてはしゃぐメリル。
その相手をしていたエリオと金目は、お昼の合図にほっと胸を撫で下ろした。
「ヤッター! ごーはーんーっ!」
メリルがエステルから受け取ったお弁当を開けて、「豪華!」とはしゃぐ。
アンが好きだったというたまごサンドとハムサンドを中心に、色とりどりのおかずが並んでいる。
かつて、自分がバラエティランチを広げたときのアンの反応を思い出して、トミヲは視線を草原へと移す。
「あー」
(だめだな、こういうの、ダメなんだ)
風に揺れる草花、歌う鳥の声。かつての彼女はこの土地駆けまわったのかな、とはしゃぐ姿を思い浮かべて、トミヲは首を振った。
「すみませんでした」
食後、穏やかな雰囲気の中で口火を切ったのは金目だった。
父親の意に反した依頼を受けた、その事をまず詫びなければ、と金目は思っていた。
「でも、僕は、僕たちはアンさんに会えて良かったと思っています」
「そうですか。あの子もそう言ってました。『皆さんには感謝してもしきれない』と。私もそう思っています。娘を、アンネリースを連れて帰って来てくれて有り難うございました」
深々と頭を下げられて、ザレムが静かに首を振りながら顔を上げるように促した。
「もし良かったら娘さんのこと教えて欲しい」
思い出話でも、何でも。そう促されて、ヴィクターは少し遠くを見るように視線を彷徨わせた。
「そうですね……」
そこから語られるのはどこにでもいる様な腕白な女の子の話だった。
男の子と競争して木に登り、とんでも無く高い所まで登って勝った事。
母親が死んでからは、今まで一切やったことのない家事に挑み、様々な失敗を重ねた事。
怒ると感情が高ぶってすぐ泣き出す事。怒りながら泣いて、パンを食べようとして喉に詰まらせかけた事。
「皆さんにお届けした手紙には、実はもう一通ありました」
雑魔化してしまったら、と渡された手紙があったと聞き、一同は息を呑んだ。
「一応、この町にも覚醒者が何人かいます。彼らに討伐を依頼する手筈になっていましたが、万が一にも彼らの手を煩わせるような事態になったら」
――どうにかして地下倉庫に閉じ込めて、ハンターが来るまで絶対に開けるな。
「そんな物になるつもりはない、そう言って笑っていましたが。きっと今日を1番喜んでいるのはあの子でしょうね」
小夜はぎゅっとスカートの裾を握り締めて、「ごめんなさい」と小さく呟いた。
伝えたことを後悔していなかったが、やっぱり、怖がらせてしまったのだと知って。
「謝らなくていいんですよ。娘はそれを知ってそれでも帰ってきたいという我が儘を通した。知ったからこそ、対策が出来る。みんなにかける迷惑を最小限に抑えることが出来るはずだ、と」
そう言って小夜に微笑む目元はアンにそっくりだった。
「だから、有り難うございます。娘にきちんと言いづらいことも教えて下さって」
小夜は涙を零すまいと、大きな瞳に精一杯力を込めて「はい」と小さく頷いた。
「娘は最期まで自分らしく生きようと病と闘いました。最期まで逃げることなく。あの子を見ていて、私の方が娘が死んでしまうという事実から逃げたかったのだと知りました。今は息を引き取る瞬間に立ち会えて良かったと思っています。……本当に、有り難うございました」
静謐な光りを湛える瞳から、ひとすじの透明な雫がこぼれ落ちた。
「……彼女は、本当に、この土地が好きだったんだなあ」
あかね色に染まる山々を見ながら、トミヲは目を細めた。
遠回りしたけれど、彼女は彼女のまま死んだ。その事実を知ることが出来てよかったと思う。
メリルから受け取った花冠を手に、ザレムもまた藍色が徐々に濃くなる空を見る。
家出した身としては、あれほどまでに娘を想い、涙した父親の姿は正直羨ましいとさえ思った。
ハンターとしてもっと高い名声を得たら、帰ってみようか。それでも揉めることになったら、今度は諦めずにとことんまで話し合おう。
ザレムは小さな決意を胸に、完成した水彩画をヴィクターへ手渡そうと丁寧に仕舞った。
夜。一同はフランツの私室に入り浸っていた。
「伯も来たら良かったのに」
エリオが言うと、フランツは「ほっ」と笑った。
「流石に老体に山登りはしんどいでのぅ」
「チェックです」
「ん? ん~? おや、してやられたのぅ」
ぺちっと額を叩いてマリル嬢は強いのぅと笑うフランツに、マリルも微笑みを返す。
「じぃさん弱すぎだろ」
先に対戦して、圧勝を納めた劉が苦笑しながら杯を傾ける。
「……どうしてこの駒を使わなかったんですか?」
「それよりこちらを……」
「これを動かして、次にこれを動かせば……」
「おやおや。いやいや、マリル嬢はセンスがいい」
「……伯が致命的にゲームセンスないだけなんじゃ……」
金目に促され、では、とグラスを傾けながらエリオが笑う。
「人を使うのは得意なのにねぇ……あ、私も」
呆れ声のドロテアがおかわりを金目に要求する。
「人は、それぞれに思考し、動くじゃろう? マリル嬢ならこう来るか、あぁ来るか、という推測は立つ。が、置かれた駒はそれ以上にもそれ以下にも仕事をせん。それ故に、自分の駒の動きが気になるんじゃよ……結果、視野が狭くなり負ける、と」
「そこまで解っててなぁ」
劉が次の対戦相手にマリルを誘って、席に着いた。
「伯、アダムの処遇はどうなってる?」
エリオの問いに、金目からグラスを受け取ったフランツが眼鏡のブリッジを押し上げた。
「大人しく取り調べに答えておるようだよ。この調子であればアネリブーベ行きも近かろうの」
ザレムはアダムの事を報告書でしか知らないため、興味深そうにフランツを見た。
「剣機博士については?」
「続報なし、じゃの。そもそも剣機は目撃されても博士に関しては今回が初情報といっていいのでのぅ……軍も慎重に調査を進めておるようじゃが」
「んで、次は何を企んでるんだ? コマが必要なら、言ってくれよな? ちょっとの金と旨い酒で手をうつぜ? ……『捨て駒』以外ならな!」
はっはっは、と笑う劉がコツン、とポーンを動かす。
そんな一同の話を聞きながら、窓際のソファに腰掛け、エステルは膝ですやすやと寝息を立てている小夜の頭を優しく撫でた。
明るい部屋からでは暗い外の星は見えない。
そっとフランツの私室から抜け出したトミヲは、テラスに出て星を眺めていた。
帝都より標高が高く、灯りも少ない。澄んだ空気の中、満天の星が夜空を彩っている。
椅子と毛布を引っ張り出して、冷たい外気から身を守りつつ、彼女の愛した星空が朝陽に包まれるまで見つめ続けた。
●3日目
未だ空が白み始める前にアンの墓前に立った金目は、彼女の最後の言葉を思い出していた。
「『沢山ありがとう』」
呟けば、自然と口角が上がった。
日の出と共に光りを受けて輝く墓標に、笑顔のアンを見た気がして、ゆっくりと双眸を閉じる。
「また、話しをしにきます」
ドロテアも早朝に起き出すと、一人アンの墓前に昨日摘んだ草原の花を供えた。
あの時、アンよりも情報を優先した。それでも彼女は合流したドロテアを笑顔で受け入れた。
「……ごめんね。赦してなんて言わない。君の人生をあたしは忘れないわ」
アンが愛した世界に触れて、魂に刻み込んだ。自分の為に、けじめをつける為に。
供えられた花を見て、エステルは小さく微笑むと膝を付いて、アンへと語りかける。
「……本当はもう一度、会いたかったな……」
柳眉を寄せて困った顔で笑うアンを見た気がして、エステルは笑みを深めた。
「また、来ますね。今度は兄様も一緒に」
「ったく、若けぇのに大した奴だぜ、よく頑張ったな。お前さんの故郷は良いところだ、んまあ、また来るぜ!」
墓石を撫でるように叩いて明るく告げた劉は、足元に供えられている花に気付き、誰が来たのかを察して左の口角を持ち上げた。
「ちょいとは手土産持ってこれると良いんだがな。期待せず待っててくれ」
「みんないるね?」
朝から身体を動かし、心身のリフレッシュに努めたエリオが最終確認をすると、馬車へと乗り込んだ。
「3日間、ありがとうございました」
「うむ、気を付けての」
手を振るフランツに手を振り返し別れを告げる。
「さよちゃん……なんだかとっても眠いんだ……」
徹夜したツケが来て、トミヲは気絶するように寝始めた。
それを皮切りに、早起きをしたメンバーが次々と船をこぎ始める。
馬車は外界と隔絶するような深い森へと入った。
マリルは外を眺め、静かに瞳を閉じた。
「アンさんにご招待頂きました。どうか末永くお幸せに……おめでとうございます」
「有り難うございます。アンから聞いています、どうぞ楽しんでいって下さい」
エステル・クレティエ(ka3783)の祝福の言葉に、はにかんだ様に微笑む花嫁は野菊のような素朴さを感じさせた。
今、野外での立食パーティといったメイン会場では、それぞれが料理に舌鼓を打ち、ワインを傾けてその香りと味を楽しんでいる。
ここに辿り着くまでの2時間の道中は、予想以上の騒々しさだった。
誰も彼もが楽器を片手にこの地方に伝わる祝福の歌を歌い、演奏し、踊る。
それをみて、ザレム・アズール(ka0878)とドロテア・フレーベ(ka4126)が歌い、劉 厳靖(ka4574)が借りたラッパを吹き鳴らし、水流崎トミヲ(ka4852)が太鼓で、マリル(メリル)(ka3294)がタンバリンを叩き演奏する。
エステルがフルートで、エリオ・アスコリ(ka5928)がヴァイオリンで演奏すれば、『上品だ』『素晴らしい』と参列者からアンコールを貰い、演奏し続けた。それでも人々が皆嬉しそうに楽しそうに今日の主役の2人を祝福しているのを見れば、その疲労も心地よく感じる。
そんな賑やかな会場の片隅では、浅黄 小夜(ka3062)が黙々と焼いた肉と格闘していた。
「良く似合ってますね」
金目(ka6190)にそう話しかけられて、小夜はきょとんと金目を見返した。
「伯の見立てだと聞きましたが……」
そう言われて、自分の衣装を言われているのだと気付いて、慌てて頷いた。
襟の深い白いブラウスに鮮やかな赤いボディス、黄色いエプロンのディアンドルは、昨夜フランツに着る服を相談したら今朝届いた物だった。
使用人の娘さんの服だそうだが、少々自分が着るにはこのビタミンカラーは派手過ぎないかと不安になりつつも着せて貰ったところ、ドロテアを始めとした女性陣に大変好評だったので断るに断れなくなり、結局この服を借りて参列することになったのだ。
「僕は女性の服装にはあまり詳しくないですが……その土地の物を着て参加するっていいですね。僕もそうすればよかったかな……でもこちらの正装って半ズボンなんですよね……」
金目のぼやきに小夜は思わず小さく笑った。
「ほれほれ、金目、杯が空いてるぞ!」
劉がワインボトルを傾け、それを金目は慌ててグラスで受け止める。
「かなり出来上がってますね?」
「まだまだ!」
呵々と笑って、劉は金目の皿からハムを一枚摘み取ると口へと放り込んだ。
ブーケトスではメリルが全力で挑んだが、目前で乱入してきた犬に奪われるという珍事件のお陰で笑顔に包まれた。
「素敵な結婚式ね」
ドロテアが新郎新婦2人へ紅白のブーケを贈ると、2人は嬉しそうにそれを受け取って笑う。
アンの分も、なんて考えない。自分の気持ちでお祝いする……そうドロテアは想いながら、心からの「おめでとう」を2人へ贈った。
「な、ちょっ、何で泣いてるんだ!?」
突如双眸からボロボロと涙を零し始めたトミヲを見て、ザレムが驚きながらもハンカチを差し出す。
「なんかなー、いつもなー、感極まって泣いちゃんだよなー」
ぐすぐすと鼻を啜りながら、差し出されたハンカチで涙を拭うトミヲを見て、金目はトミヲの感受性の高さに目を細めて微笑った。
「突然の訪問失礼します」
帰路、船から下りたエステルが向かったのはレーメ家――アンの生家だった。
初めて対面したヴィクターはやややつれてはいるが、ロマンスグレーの紳士然とした男だった。
「ようこそ」
微笑むその目尻にアンの面影を見て、あぁ、親子なのだな、とエステルは胸を押さえた。
●2日目
早朝。柔らかな日差しが降り注ぐ中、小夜は1人エステルから教えて貰った、アンネリースの墓前に立っていた。
巨大な共同墓地にはそれぞれの墓石が並んでいるが、一つとして同じデザインの物は無い。1番端、最も新しい白い犬の石像に両脇を守られた墓石がアンの物だった。
小夜はリアルブルーの、自分の知っている作法で手を合わせた。
お久し振りです。
アダムは捕えました。でもまだ終わりじゃないから、全部止めるまで頑張ります。
小夜はそっと目を開き、ゆっくりと立ち上がる。帰ろうと踏み出した所で、向こう側から来たエステルと目が合った。
2人は言葉を介さず、目配せだけで互いを慮ると静かにすれ違った。
エステルはエクラの作法で墓の前に膝を付いた。
ご招待ありがとうございます。
結婚式、素敵でした。いいな、私もお嫁に行けるかな……草原の空と風景、見て来ますね。
それから、とエステルは昨夜ヴィクターから貰った指輪を取り出した。
それは、かつてエステルが龍鉱石をアンに贈った事に対する礼だと言われた。
「あの石は自分が持っていきたいから、代わりに、これをと。貴女が来たら渡すよう言われていました」
何の装飾もない、シンプルな指輪。
「本当は手作りの物を、と言っていたのですが……間に合わなくて。あの子が1番気に入っていた物です。どうか受け取ってやって下さい」
小さな指輪はエステルの小指に抵抗なく収まった。
「ありがとうございます」
朝陽を受けて、キラリと輝いた指輪ごと、両手を胸に抱いてエステルは礼を告げた。
一同が最初に通りかかったのは白い小さな花が咲き乱れる湿地の草原だった。
「すごい、花びらが透明だよ!」
メリルがおぉぉと感嘆の声を上げ、小夜も瞳を輝かせてその小さな花に魅入っていた。
「サンカヨウという花です。アンはこの花が特に好きでした」
ヴィクターの説明に、金目がなるほど、と頷く。
「もう少し上まで上がるとシウニン草原です」
ヴィクターの案内で一同はのんびりと山を登っていく。
最後尾をのんびりと歩く劉はふと空を見上げる。
青い空に白い雲がぷかりと浮かび、澄んだ空気と春の風が徐々に汗ばんでくる身体を優しく労るように吹き抜けていく。
「良い所ね」
ドロテアが振り返り、小さく見える村の風景を眺めて告げた。
「そうだな」
アンが愛したこの風景を眼に焼き付けようと、2人は言葉少なに山を登っていく。
(アンちゃんおいで。風になって一緒に笑おう。できなかったこと一緒にしよう)
全身で風を受けて、草原を転がるようにしてはしゃぐメリル。
その相手をしていたエリオと金目は、お昼の合図にほっと胸を撫で下ろした。
「ヤッター! ごーはーんーっ!」
メリルがエステルから受け取ったお弁当を開けて、「豪華!」とはしゃぐ。
アンが好きだったというたまごサンドとハムサンドを中心に、色とりどりのおかずが並んでいる。
かつて、自分がバラエティランチを広げたときのアンの反応を思い出して、トミヲは視線を草原へと移す。
「あー」
(だめだな、こういうの、ダメなんだ)
風に揺れる草花、歌う鳥の声。かつての彼女はこの土地駆けまわったのかな、とはしゃぐ姿を思い浮かべて、トミヲは首を振った。
「すみませんでした」
食後、穏やかな雰囲気の中で口火を切ったのは金目だった。
父親の意に反した依頼を受けた、その事をまず詫びなければ、と金目は思っていた。
「でも、僕は、僕たちはアンさんに会えて良かったと思っています」
「そうですか。あの子もそう言ってました。『皆さんには感謝してもしきれない』と。私もそう思っています。娘を、アンネリースを連れて帰って来てくれて有り難うございました」
深々と頭を下げられて、ザレムが静かに首を振りながら顔を上げるように促した。
「もし良かったら娘さんのこと教えて欲しい」
思い出話でも、何でも。そう促されて、ヴィクターは少し遠くを見るように視線を彷徨わせた。
「そうですね……」
そこから語られるのはどこにでもいる様な腕白な女の子の話だった。
男の子と競争して木に登り、とんでも無く高い所まで登って勝った事。
母親が死んでからは、今まで一切やったことのない家事に挑み、様々な失敗を重ねた事。
怒ると感情が高ぶってすぐ泣き出す事。怒りながら泣いて、パンを食べようとして喉に詰まらせかけた事。
「皆さんにお届けした手紙には、実はもう一通ありました」
雑魔化してしまったら、と渡された手紙があったと聞き、一同は息を呑んだ。
「一応、この町にも覚醒者が何人かいます。彼らに討伐を依頼する手筈になっていましたが、万が一にも彼らの手を煩わせるような事態になったら」
――どうにかして地下倉庫に閉じ込めて、ハンターが来るまで絶対に開けるな。
「そんな物になるつもりはない、そう言って笑っていましたが。きっと今日を1番喜んでいるのはあの子でしょうね」
小夜はぎゅっとスカートの裾を握り締めて、「ごめんなさい」と小さく呟いた。
伝えたことを後悔していなかったが、やっぱり、怖がらせてしまったのだと知って。
「謝らなくていいんですよ。娘はそれを知ってそれでも帰ってきたいという我が儘を通した。知ったからこそ、対策が出来る。みんなにかける迷惑を最小限に抑えることが出来るはずだ、と」
そう言って小夜に微笑む目元はアンにそっくりだった。
「だから、有り難うございます。娘にきちんと言いづらいことも教えて下さって」
小夜は涙を零すまいと、大きな瞳に精一杯力を込めて「はい」と小さく頷いた。
「娘は最期まで自分らしく生きようと病と闘いました。最期まで逃げることなく。あの子を見ていて、私の方が娘が死んでしまうという事実から逃げたかったのだと知りました。今は息を引き取る瞬間に立ち会えて良かったと思っています。……本当に、有り難うございました」
静謐な光りを湛える瞳から、ひとすじの透明な雫がこぼれ落ちた。
「……彼女は、本当に、この土地が好きだったんだなあ」
あかね色に染まる山々を見ながら、トミヲは目を細めた。
遠回りしたけれど、彼女は彼女のまま死んだ。その事実を知ることが出来てよかったと思う。
メリルから受け取った花冠を手に、ザレムもまた藍色が徐々に濃くなる空を見る。
家出した身としては、あれほどまでに娘を想い、涙した父親の姿は正直羨ましいとさえ思った。
ハンターとしてもっと高い名声を得たら、帰ってみようか。それでも揉めることになったら、今度は諦めずにとことんまで話し合おう。
ザレムは小さな決意を胸に、完成した水彩画をヴィクターへ手渡そうと丁寧に仕舞った。
夜。一同はフランツの私室に入り浸っていた。
「伯も来たら良かったのに」
エリオが言うと、フランツは「ほっ」と笑った。
「流石に老体に山登りはしんどいでのぅ」
「チェックです」
「ん? ん~? おや、してやられたのぅ」
ぺちっと額を叩いてマリル嬢は強いのぅと笑うフランツに、マリルも微笑みを返す。
「じぃさん弱すぎだろ」
先に対戦して、圧勝を納めた劉が苦笑しながら杯を傾ける。
「……どうしてこの駒を使わなかったんですか?」
「それよりこちらを……」
「これを動かして、次にこれを動かせば……」
「おやおや。いやいや、マリル嬢はセンスがいい」
「……伯が致命的にゲームセンスないだけなんじゃ……」
金目に促され、では、とグラスを傾けながらエリオが笑う。
「人を使うのは得意なのにねぇ……あ、私も」
呆れ声のドロテアがおかわりを金目に要求する。
「人は、それぞれに思考し、動くじゃろう? マリル嬢ならこう来るか、あぁ来るか、という推測は立つ。が、置かれた駒はそれ以上にもそれ以下にも仕事をせん。それ故に、自分の駒の動きが気になるんじゃよ……結果、視野が狭くなり負ける、と」
「そこまで解っててなぁ」
劉が次の対戦相手にマリルを誘って、席に着いた。
「伯、アダムの処遇はどうなってる?」
エリオの問いに、金目からグラスを受け取ったフランツが眼鏡のブリッジを押し上げた。
「大人しく取り調べに答えておるようだよ。この調子であればアネリブーベ行きも近かろうの」
ザレムはアダムの事を報告書でしか知らないため、興味深そうにフランツを見た。
「剣機博士については?」
「続報なし、じゃの。そもそも剣機は目撃されても博士に関しては今回が初情報といっていいのでのぅ……軍も慎重に調査を進めておるようじゃが」
「んで、次は何を企んでるんだ? コマが必要なら、言ってくれよな? ちょっとの金と旨い酒で手をうつぜ? ……『捨て駒』以外ならな!」
はっはっは、と笑う劉がコツン、とポーンを動かす。
そんな一同の話を聞きながら、窓際のソファに腰掛け、エステルは膝ですやすやと寝息を立てている小夜の頭を優しく撫でた。
明るい部屋からでは暗い外の星は見えない。
そっとフランツの私室から抜け出したトミヲは、テラスに出て星を眺めていた。
帝都より標高が高く、灯りも少ない。澄んだ空気の中、満天の星が夜空を彩っている。
椅子と毛布を引っ張り出して、冷たい外気から身を守りつつ、彼女の愛した星空が朝陽に包まれるまで見つめ続けた。
●3日目
未だ空が白み始める前にアンの墓前に立った金目は、彼女の最後の言葉を思い出していた。
「『沢山ありがとう』」
呟けば、自然と口角が上がった。
日の出と共に光りを受けて輝く墓標に、笑顔のアンを見た気がして、ゆっくりと双眸を閉じる。
「また、話しをしにきます」
ドロテアも早朝に起き出すと、一人アンの墓前に昨日摘んだ草原の花を供えた。
あの時、アンよりも情報を優先した。それでも彼女は合流したドロテアを笑顔で受け入れた。
「……ごめんね。赦してなんて言わない。君の人生をあたしは忘れないわ」
アンが愛した世界に触れて、魂に刻み込んだ。自分の為に、けじめをつける為に。
供えられた花を見て、エステルは小さく微笑むと膝を付いて、アンへと語りかける。
「……本当はもう一度、会いたかったな……」
柳眉を寄せて困った顔で笑うアンを見た気がして、エステルは笑みを深めた。
「また、来ますね。今度は兄様も一緒に」
「ったく、若けぇのに大した奴だぜ、よく頑張ったな。お前さんの故郷は良いところだ、んまあ、また来るぜ!」
墓石を撫でるように叩いて明るく告げた劉は、足元に供えられている花に気付き、誰が来たのかを察して左の口角を持ち上げた。
「ちょいとは手土産持ってこれると良いんだがな。期待せず待っててくれ」
「みんないるね?」
朝から身体を動かし、心身のリフレッシュに努めたエリオが最終確認をすると、馬車へと乗り込んだ。
「3日間、ありがとうございました」
「うむ、気を付けての」
手を振るフランツに手を振り返し別れを告げる。
「さよちゃん……なんだかとっても眠いんだ……」
徹夜したツケが来て、トミヲは気絶するように寝始めた。
それを皮切りに、早起きをしたメンバーが次々と船をこぎ始める。
馬車は外界と隔絶するような深い森へと入った。
マリルは外を眺め、静かに瞳を閉じた。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 8人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
アンお嬢様の故郷へ。 エステル・クレティエ(ka3783) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/06/22 06:54:00 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/19 18:01:11 |