【王国始動】揺籃の外郭

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
7日
締切
2014/06/18 12:00
完成日
2014/06/25 04:33

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 それは、王女の一声を切欠にした歓待期間に起こった出来事だった。

 王国西部の都市『デュニクス』に招待されたハンター達は、一昼夜をかけて存分に飲み明かした。
 その様相を語るには些か字数が足りないのだが――兎角、その翌日のことだ。
 漸く日が昇り始めた頃合いに、ハンター達は宿場のホールに集められ、こんな言葉を聞いた。

「やあ、ハンター諸君、そして我らが騎士団長様、お休みの所すまないね。だが、緊急事態なんだ」

 ヘクス・シャルシェレット(kz0015)は大仰な仕草で横に立つ汗だくの中年を手で示し、続ける。

「この交易商が早馬を飛ばしてくれて解った事なんだけど……」
 ――どうやら雑魔の集団……いや、大群が、この街に向かってきているらしい。

 ひたり、と。音が退いた。

 その只中で、徹頭徹尾望外の戦闘――いや、戦場予告を。
「こんな時になんだけど。……グラズヘイム王国へ、ようこそ」
 ヘクスは極めて優雅な仕草で、告げるのだった。


 ――さて。少し、遡る。



 ヘクスは揺籃館の執務室、そのソファでだらし無く足を伸ばして座っていた。
 執務室とは名ばかりの仮の塒。彼はそこで、最低限の灯りを灯し、思索に耽っている。
 ――貴族。そして商会の主の肩書き相応しい調度品が誂えられたその部屋がどこか無機質な印象を孕む中、彼の両手には、それぞれに、紙片。
 右手には王族の印が捺された手紙がある。システィーナ・グラハムからのものだった。
「んー……」
 他方。左手の紙片は、どうやら報告書の類のようだ。王国の西部――リベルタース地方での雑魔の目撃情報をまとめた紙片である。両者をぼんやりと眺めては、またひとつ、茫と息を吐く。
「やっぱり、エリー、かな」
 言って、猫のような滑らかさで身体を起こすヘクス。それまでの生気が抜けたような表情とは打って変わって人の悪い笑みを浮かべ、執務室を後にした。
「どうせ暇してるか、持て余してるんだろう」
 愉しげに、そう零して。


「どうせ暇してるか、持て余してるんだろう?」
「………」
 ――ちょっと付き合ってよ、エリー。
 二、三言交わした後にそう言われ、王国の騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は文字通り閉口した。
 元よりエリオットは余り口数の多い男ではないのだが、今はその双眸に警戒が滲んでいた。エリオットは眼を細め、無言のまま続きを促す。
「あれ、ひょっとしてエリー、僕のこと疑ってる?」
「……お前がそういう顔をする時は決まって何かを企んでいるからな」
「傷つくなぁ……まぁ、いいけどね」
 追求に悪びれもせずに、ヘクスはくすくすと笑い、続けた。
「最近、ハンターが爆発的に増えただろう? エリーが伝承を信じててもそうじゃなくても、どっちでもいいんだけど……いずれ、賽は投げられる」
「……そうだな」
 サルヴァトーレ・ロッソの出現以降、大きく状況は変わろうとしている。
 いや。
 ――否でも応でも、変わらざるを得ないのだった。
 王国は先の戦争以来、様々な問題を抱えている。王国は数多の騎士と――王を、喪った。その爪痕が今も深く王国を抉っている。騎士団長であるエリオットが常々、王国の軍事に頭を悩ませているのはヘクスもよく知っていた。ある意味で、当事者ではないヘクスはエリオット以上に現状を俯瞰しているといってもいい。

 サルヴァトーレ・ロッソは。伝承に湧き立つ、この時勢は。
 大きな、呼び水になり得る。

「歪虚に。滅びに、抗う……そう思うと、さ。少し感傷的になってね」
「……」
「だから、さ。『西部』の酒でも飲みにいかない?」
 苦笑して言うヘクスに、エリオットは暫し思案した。
 そして。
「……仕方ないな」
 そう、言った。勿論、それには理由もあったのだが――。
「よし。じゃ、行こっか」
「今からか?」
「うん。いい加減休めって部下から追い出されたんでしょ?」
「……相変わらず耳が敏い……」
「行けるよね?」
「……行くか」

 そういうことになった。


 王国西部――またの名をリベルタース地方と言う――は王国にとって王都に次いで重要な土地と言っても過言ではない。
 海洋に面するだけでなく河川に貫かれた土地は肥沃でもあり、交易の上でも農業の上でも便利が良い。
 しかしながら、この土地の価値は……あるいは問題は。

『リベルタース地方が、イスルダ島に面する最前線である』点にある。

 王国の他の土地と比較しても、歪虚に連なる勢力の出現頻度は多い地方だった。騎士団が派遣されているとはいえ、危険な土地であることには代わりはない。
 それ故に今、往年の活気は緩やかに喪われていっている。
 それぞれの事情で、その土地を離れられない人間達。それぞれの事情で、その土地を離れていく人間達。
 まだ罅とは言い切れない程度の綻びがいくつも重なりあい、灰色の影を落とす土地だった。

 ヘクスとエリオットが訪れたのは、リベルタース地方の中でも有数の都市として知られる、デュニクスである。
 清水と、大地の恵みを体現する農作物を活かした優れた銘酒で『栄えた』街であった。
 農園は健在だ。銘酒を作る蔵元もまた。ただ、人の流れが徐々に細くなっていっただけ。
 落ちた影は確かに、かつての陽光を翳らせている。
 そんな事を思わせる街だった。


「おい、ヘクス」
 到着するや否や、エリオットは天を仰いで、言った。
「騙したな」
「やだなぁ、人聞きの悪い。王女から御達しがあったでしょ? 彼らを歓迎して欲しい、って」
「……」
 ヘクスはヘラヘラと笑いながらそう言った。彼の視線の先には個性豊かな集団――ハンター達。
 ヘクスは彼らに向かって柔らかく手を降ると。
「やぁ、ハンターの諸君! 待たせたね。僕はヘクス・シャルシェレット。こっちの仏頂面はエリオット・ヴァレンタイン……王国の騎士団長様であり、今回の宴のゲストだよ」
 そう、声を張った。
「遅れてきてなんだけど、歓待の準備は実はもう出来てるんだ。いい店がある、そっちに行こう!」
「……お前」
 エリオットの声音が孕んだ殺気を、ヘクスはさらりと無視する。
「君が人付き合いが壊滅的に下手な事は良く知ってるさ。でもね……『此処こそが、王国』さ。そう思わない?」
「……ヘクス。まだ何か企んでるだろう」
「さて、ね。ただ……」
 ――今日は、飲み過ぎないようにするんだよ?
 そう言うヘクスは確かに、笑っていた。


 ――そうして翌朝。雑魔の大群が来襲してきたのだった。



 エリオットがハンターを纏めあげて颯爽と戦場へと駆け出すのを尻目に、ヘクス・シャルシェレットは幾人かのハンターを呼び止めていた。
「やあ、すまないが、君たちには別の仕事を頼みたいんだ。あっちは大丈夫だろうから正面を切った戦いは彼らに任せてさ」

 酷く愉しげに街道へと視線を送ったヘクスが、同じ色を残ったハンター達へと向ける。

「僕達は、正々堂々と、奇襲しよう」

 そういう事になった。

リプレイ本文


 燦燦と照りつける陽光の中、ハンター達は羊達の行進に轢き潰されたぶどう畑に身を隠していた。
「よーくぞ集まった、我が精鋭たちよ!」
 器用にも小声、それでいて深みのある声で告げたのは、ポラン=リシェ(ka1866)。口の端は釣り上がり、満面の得意顔だった。
「「「……」」」
「無視しないでっ!」
 満場一致の無反応に一瞬で心が折れたポランに、ガルシア・ペレイロ(ka0213)はくつくつと笑った。
「本当に愉快な嬢ちゃんだな」
「……まぁな」
 飄 凪(ka0592)が相槌を返す。無言でいることを心苦しく思ったのかもしれない。
 いつ標的が現れるとも知れぬ待ち伏せの最中だ。ポランが緊張を和らげようとしたのか、はたまたそれが彼女の地なのかは二人にも解らない。解らないが、交誼を結ぶ程度には――過日の宴会で縁を深めたのだろう――縁ある仲だ。不快には思わなかった。
 不意に。ポラン目掛けて何かが飛んでいった。
「石をなげないでっ!?」
 ポランは慌ててそれを受け止め、そう抗議する。
「警戒し過ぎだよ」
 下手人であるヘクスは呑気に、傍らに落ちたぶどうを拾って汚れを落としては口元に運んでいた。
 投げつけたのは、香り高いぶどうの実だったようだ。
「おぉぅ……つまみ食いっすか、ヘクスさんもワルっすね」
 へへ、とポランもヘクスに倣いぶどうを食べ始める。
 緊張感とは程遠い光景を見て、ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)は息をついた。
「宴の後にいきなり初仕事か。ただで飲む酒ほど高いものは無いな。……まあ、ちょうど平穏すぎて退屈していたところだ」
 腕が鳴る、と。男は憂鬱と期待が混じる調子で言う。
「ついてるんだか、ついてないんだかわからないわね……」
 ため息混じりに、ファルル・キーリア(ka2053)。まな板標準装備の転移者である。
「でも、やれることをやれるだけやる。これがハンターの責務って所かしら?」
 彼女が零した、その時だ。
「来たね」
 ヘクスが、言った。この場を射抜く言葉に、自然、視線が収束する。遠方に、赤い羊毛で覆われた二足歩行の羊が現れた。ガルシアと比べてもなお筋肉質な身体。血で染め上げられたような体毛は凝り固まっているよう。
「おいヘクス。アレが待ち人で良いのか?」
「待ち人というか、羊だけど」
 ガルシアの問いに、ヘクス。
「雑魔といえど、推定指揮官、か。油断はならないな」
 敵の姿を認めて、クローディス・ラスフェルト(ka1637)は生真面目な口調でそう言った。
 だが。
「不足はない。俺に……俺達に何処まで出来るのか。その試金石となってもらおうじゃないか」
 存外、不敵な男であるようであった。



 ぶどう畑の成れの果てを悠然と歩く赤羊の姿は些か滑稽ですらあった。
 ハンター達が伏せるこの場は、紛れも無く戦場である。それと知らずに歩む赤羊が、滑稽で無ければ何であろう。


 ――正々堂々と奇襲、か。上等じゃねぇか。
 凪は羊の姿を見つめながら、歯を剥くようにして、嗤う。
 死ぬわけにはいかない。異邦どころか異世界であるこの地で生きていくと決めたのだから。守るべきものと、生きていくと。
 だから、金がいる。そのためなら凪は強敵にでも挑もう。
 赤羊がポラン達後衛勢が伏せている所を通り過ぎた。
 羊は周囲に気を払おうともしない。恐らく、遠くデュニクスの街を見ているのだろう。
 まだか、と。凪は自問し。まだだ、と。自答する。
 後衛からは、十分に引き離しておきたい。


 暫し後。
「最初からクライマックス! あたし達の戦いは、ここから始まるっす!」
 ポランの声が響く中、殷々と音を曳いて、一条の光が奔った。
 機導砲。
「あたしのばーにんぐ……えーと……それっp」
 覚醒し、厨二心が荒ぶっているポランだったが如何せん経験値が足りなかったか。必殺技名を噛んでいる間に、光条は振り向いた羊の顔面に命中。
 問答無用の、会心の一撃だった。痛撃に、赤羊は顔面をその手で多い怒声をあげる。
 そこに。
「機導術展開確認……動作良好」
「……」
 全力の猛攻であった。クローディスもまた、ポランと同じように機導術を展開。他方、ウィルフォードは精神を研ぎ澄まし――そして。
「砲撃、行くぞ。射線に入るなよ」
 クローディスの言葉に合わせ、機導砲と魔法の矢が同時に放たれた。奇襲に、赤羊に逃れるすべはない。全弾命中。
 怨、と。赤羊の低い唸り声と共に、濃密な獣臭が戦場に満ち始めた。
「お前のその赤毛は地か? それともお前の殺したものの血で染まったのか……まあ、どちらでもいいが」
 クローディスは呻く羊を見やってそう言った。欠片の興味も無い戯言であった。
「派手に当たってるけど、今ひとつ、効いてなさそうね」
 一方で、ファルルは戦場の変化を感じながら呟いた。何もかも不足している現状ではやむを得ないという判断も含めて。
「さーて、そんじゃ、いっちょやってやろうぜ……!」
 女の思索を他所に、赤羊の横合いから凪が往った。男は獰猛な笑みと共に疾走。
 苛烈な踏み込みは、強く、大地を噛み込むように成された。紫電を纏う足が、倒れた木々を踏み抜く。
 凪は、技を知らぬ。知らぬが故に、ただ渾身の力で薙刀を振りぬいた。袈裟掛けからくるりと返し、振り上げた一撃は掲げられた腕部に吸い込まれる。
「硬え……!」
 手応えに凪は呻いた。血色の体毛はまるで金属を想起させる硬度だ。
「オォォオ……ッ!!」
 凪と共に前衛を張る、もう一人の巨漢もまた、前に出た。
 ガルシア・ペレイロ。巨体が、左手に盾、右手に長剣を掲げ、奔る。
「ラァァァァッ!」
 一気呵成。凪と同様に、苛烈に踏み込み――長剣で一閃。大上段からの一振りが、赤羊の角へと振るわれた。大岩に大木を打ち込んだかのような短い低音が、ガルシアの身を震わせる。
「……コイツは中々、骨が折れそうだ」
 角の硬度も然ることながら、今の一打を支えた頑健さに目を見張って、ガルシアは感嘆した。
 ――なるほど、ね。
 ファルルは、戦場の感触を存分に味わいながら、そう呟いた。ハンターとしての戦い方を、一つ一つ確かめるように。
「こういう戦い方になるのね」
 女は言葉と共に、引き金を引いた。此処から一息に戦闘の様相が変わる事を予感しながら。生まれ故郷から隔てられた遠い異世界で、銃声が響いた。



「おやまあ」
 ヘクスが感嘆していると、増援を警戒して視線を巡らせたウィルフォードと目が合った。
「攻機も逃さないし、抜け目もない。うんうん」
 ヘクスは、お前も戦えよ、と非難しているような怜悧な視線を無視して、一人満足そうに頷いていた。
「ただまあ……悪巧みは、苦手なのかな。これは仕方がない、か」



「■■■■■ッ!!」
 ガルシアと凪が前線に立ち、後衛の4人を背にする形での相対だ。鼓膜を震わせる吼声を前に、偉丈夫共は揺るぎもしない。猛撃を越え、敵を認識した赤羊は――深く、身を沈めた。怨怨と、獰猛な呼吸を響かせながら。
「チッ!」
 舌打ちは、どちらのモノだったか。背筋を貫く予感があった。
「避けて!」
 注意を喚起するファルルの声と、銃声が響くと同時。凪とガルシアは、横合いへと飛んでいた。
 だが、ガルシアが呑まれた。砲弾のように駆け出した赤羊は、掲げた盾ごと男の巨体を吹き飛ばす。腕が引き千切れたのではないかと錯覚するほどの、衝撃。
「ぐ、ぅぅ!」
「お、わ、うひゃァ!」
 赤羊はそのまま10m程も進み、止まった。奇天烈な悲鳴は唐突に間合いを詰められたポランのものだ。開いていた距離が幸いして巻き込まれることは無かったが。
「クソ、厄介だな!」
 慌てて追走する凪が、そう吐き捨てた。この距離が、厄介だった。凪にもガルシアにも簡単に詰められる距離ではない。距離を詰める事を優先しては攻機を逸してしまう。
「おっさん! まだいけるか!」
「おっさ……あ、ああ、行けるぜ」
 猛突を受けても毛程も揺るがなかったガルシアの心が、一瞬だけ凪いだ……かもしれない。
「……」
 兎角、ガルシアは態勢を立て直すと赤羊の眼前に立たんと駆け出した。


「これで、多少なりとも威力は上がるだろう」
「ああ、助かる」
 クローディスが念じると、マテリアルの光輝がウィルフォードを包んだ。
 視線の先には、眼前には突進で姿勢が揺らいでいる赤羊。狙えば当たる、と。ウィルフォードは確信と共に魔術を紡ぎ。
「さて……此処、か?」
 体毛のない胴体を狙って、再び魔法の矢を放った。元より、ウィルフォードの魔術は精度に優れる。態勢が崩れた相手を狙い撃つのは造作もなかった。その点で、クローディスの支援は手堅い。
 高音を曳く魔法の矢は赤羊の肉厚な胴体へと突き刺さると、深い刺創を残して大気に溶けるように消えた。
「やはり、肌が露出している所が弱点か」
「アタックチャーンス!!」
 結果から見れば、赤羊の突進は前衛を引き離す事は出来たものの、後衛火力が充実している現状に於いては下策だったのだろう。一撃を見たポランは畳み掛けることを優先した。先ほどよりも縮まった距離で――狙うは、頭部。
「ばーに……狙い撃つ!」
 昂ぶる心のままにそう言い、放った光条は――吸い込まれるように、頭部を呑み込んだ。
「――――ッ!」
「っしゃァ! 一昨日来やがれっすよ……ホント……えーと」
 呻く赤羊を前に、ポランは片手を掲げてガッツポーズ……をしながら、そっと後退し、距離を開けた。
 赤羊が、血走った眼でポランを見ていた。



 それからの赤羊の闘いぶりは派手さこそ欠けてはいたが、それ故に油断ならないものだった。
 攻撃を避ける為に足を使い、羊毛で受け止める。雑魔に見合わぬ冷静な立ち回りとも言えるが――皮肉にも、ハンター達を猛撃を叩き込んだ結果であった。
 赤羊は無理を通さず。着実に、眼前の獲物を狙い続ける。
 ――その中で、後衛に禍を及ぼさずにいる凪とガルシアの健闘は、称賛すべきだろう。
 そこには、少なからずファルルの援護も影響している。戦闘が長引くにつれて、援護の手がじわじわと効いていた。
「変わるぜオッサン!」
「ああ、頼む」
 大きく踏み込んで赤羊に斬りかかる凪と入れ替わるように距離を取ると、ガルシアは己の身に治療を施した。赤羊の暴威に回復が追いつかず、その身は満身創痍と言っていい。凪も同じような有り様だった。
 ――まずいな。そろそろ矢種が尽きちまう。
 速攻で決めると力を尽くした結果、赤羊の傷は浅くはない。羊毛は、自らの血で少なからず染まっているように見え、相応の手応えもある。
 しかし、一手足りないという、予感もまた。


 ――その一手が、今は遠かった。


「見かけ通りの頑強さだな、雑魔……」
 クローディスが半ば呆れるようにそう言った。耐久試験だと臨んだものの、慮外のしぶとさである。
「う〜……まだだ、まだ終わらんよ!」
 ポランが口惜しげにそう言うが、砲撃は止んでしまっていた。
 ――今さらあたしが撃った所で決着がつくとは思えないのが、やりにくいわね。
 ファルルの呟きは胸元を真っ直ぐに滑り、足元へ。手を緩めれば前衛であるガルシアと凪が落ちるのが早まる。女は現状を俯瞰し、小さく溜息を吐いた。
「やっぱり、ついてなかったわね。それでも最善を尽くすしかないんでしょうけど」
 諦めるつもりは無かった。冷静に、そう判断しただけ。
 だが。
「……悪い事は、重なるものだな」
 冷静なウィルフォードの声が、不吉な響きをもって戦場に落ちた。


「増援だ」


 どこかその緊迫を愉しんでいるかのように、男はそう言った。





 デュニクスの街から駆けてくる二匹の白羊。哀れな声が意味する所は、ハンター達には解らない。
 ただ、これ以上の負荷に耐えられない事だけは、この上なく明らかであり――。
「こっちは俺とおっさんが引き受けとく。先に奴らを」
 凪がそう言うと、残るハンター達が頷いた。


 瞬後だ。


 白羊の片割れが突然、倒れ込んだ。飄、と。風の音が遅れて響く。
 視界の端で、動く影があった。此方ではない彼方へと向かって手を振る人影――ヘクス、だった。
 手には、矢弓。
 ハンター達の視線に気付いた彼は、何事かを指で指し示した。


 その先で。


 ――赤羊が、踵を返していた。


 紛うことなき逃走であった。



「てめェ! 待てコラ!」
「ちょ、ま、なッ! え?!」
 ガルシアの怒声を置き去りにしたスプリンター顔負けの疾走にポランは絶句した。
「興味深い。全力で走る時も二足歩行なんだな」
「待てクローディス。それだけじゃない。何故か羊毛が燃えている」
「おや」
「あ、あたし、ツッコまないっすからね!?」
 クローディスとウィルフォードが飽くまでも冷静にそう言い、なんだかんだで面倒見が良いポランはそう返していた。
「言っている間に近づいて来てるけど?」
「……やるしかないっすね!」
 狙いをつけようとする頃には赤羊は彼女達の間を抜けて、こちらに背中を晒している。
「……背中、殆ど全部毛に覆われているわね」
「存外、理にかなっているわけですか……」
 赤い羊毛が、彼らの手に余る程度には硬い事は知れていた。とはいえ、撃たぬ道理も無い。
「当たれぇぇぇぇぇッ!!!」
 後衛四人による一斉射撃は――吸い込まれるように、その背に命中。つんのめるように、赤羊は倒れこんだ。
「やったっすか!?」
「それ、言っちゃうのね」
 ポランの声に、ファルルが嘆息するや否や。
 赤羊は立ち上がり、ハンター達を振り返って彼らを見つめていた。
 ――そう、長い時間ではなかった。ハンター達が次の斉射をする前に、走り去る。
「……逃げたな」
「助かった、とも言うが、まァ……一段落か」
「だなぁ……」
 この場で最も身体を張った凪とガルシアはそう言って、空を仰ぎ見た。陽は高く、暖かな陽気が凝り固まった疲れを癒やすように降り注いでいる。
 終局に相応しい、和やかな情景であった。

 ――ハンター達の初依頼はこうして幕を下ろしたのだった。















 訂正しよう。少しだけ、続く。
「いやぁ、惜しかったね!」
 曖昧な空気を更に掻き混ぜる、ヘクスの拍手と言葉が響いた。晴れやかで嬉しげな、場違い極まりない声だった。
「……そういえばあなた、何をしていたの」
 ファルルがそう問えば。
「何ってそりゃあ、応援をしていたよ」
「「「………」」」
 応答に一同の無言が返る。明らかに手に余る難敵だったのだ。無理もない。
 ヘクスは悪びれずに続けた。
「手勢をエリオット達に撃破されて、赤羊は撤退したけれど……その間、君達は本当に良く戦ったよ」
 一人ひとりを見つめ返しながら。
「力が足りなくても、僕達は歪虚と戦わなくちゃいけない。それこそが、王国が抱えている大きな問題だ」
 心底、嬉しそうに。
「いつか君達が、王国に、この世界に光をもたらしてくれる事を祈っているよ」
 こう、言ったのだった。


「王国へ、ようこそ。僕達は君達を、歓迎する」

依頼結果

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  • 壮健なる偉丈夫
    ガルシア・ペレイロka0213
  • 黒鉄の金獅子
    飄 凪ka0592

重体一覧

参加者一覧

  • 壮健なる偉丈夫
    ガルシア・ペレイロ(ka0213
    人間(蒼)|35才|男性|闘狩人
  • 黒鉄の金獅子
    飄 凪(ka0592
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 機導の徒
    クローディス・ラスフェルト(ka1637
    人間(紅)|25才|男性|機導師
  • 厨弐力、成長中
    ポラン=リシェ(ka1866
    エルフ|18才|女性|機導師
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリン(ka1931
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • 遮るもの無き見えざる手
    ファルル・キーリア(ka2053
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓 6/18 12:00迄
ポラン=リシェ(ka1866
エルフ|18才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2014/06/18 08:32:31
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/06/15 03:45:11