ゲスト
(ka0000)
クリスとマリー とある貴族の坊やの傷心
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/06/23 19:00
- 完成日
- 2016/07/01 06:07
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「おはようございます、ルーサー。もう日も昇りましたよ? そろそろ起きて顔を洗って来てください」
「お~い、るぅ~~~さぁ~~~? 朝ごはんの時間だぞ~? 今日は特別にアップルパイをつけてもらったぞ~? 早くしないと私が全部食べちゃうぞ~?」
王国北東部フェルダー地方。とある小さな宿場街の、とある宿屋──
とある事情から巡礼路から外れて旅を続ける貴族の娘クリスと幼馴染みの侍女マリーは、その日── 共に旅をすることになった少年、ルーサーの部屋の前で、困惑したように顔を見合わせていた。
呼び掛けに、返事はなかった。が、室内に人の気配はあった。ベッドの中で身じろぎをする音── 少なくともまた『家出』をしたわけではないと知れ、その点だけはまぁ安心ではあるのだが……
「……いらない」
彼女らが諦めて去る気配がないと気づいたのか、暫くしてようやく少年から返事があった。
「でも、昨日もそう言って、部屋に籠もりきりで何も食べなかったじゃないですか。まだ旅は続きます。食べなきゃ身体がもちませんよ?」
「うるさい! いらないったらいらない! 僕のことは放っておいてくれ!」
布団の中に籠もったのか、ルーサーの言葉尻がくぐもる。
マリーがピキッと青筋を立てた。そして、激しく戸を叩きながら大声で出てくるよう促し始めたが、それは流石に他の客の迷惑なのでクリスがぴしゃりとたしなめた。
「でも、クリス! あいつ、何様のつもりよ! いつまであいつの我侭に付き合わなければならないの!?」
部屋の中に聞こえる様に、敢えて扉に向かって、マリー。それをまぁまぁと宥めながら、クリスは心配そうな表情で部屋の扉に向き直る。
「朝ごはんは後で部屋に運ばせます。とにかく何か口にしてください」
それから暫し返事を待ち…… それがないのを確認してから、クリスはマリーと階下へ下りた。
食堂の宿泊客は既にまばらになっていた。その多くは食事を終え、それぞれの旅を再開したのだろう。
「……だというのに、私たちはまた今日もここに足止めというわけね。あいつの我侭に振り回されて…… 私たちだって急ぎの旅なのに!」
「あらあらまあまあ。まさか寄り道好きのあなたの口から『急ぎの旅』なんて言葉が聞けるなんて」
グッと言葉を詰まらせるマリーを見てにこやかに微笑みながら。だが、クリスは表情を翳らせる。
「……無理からぬ話ではあるのですよね。ルーサーがショックを受けるのも」
ポソリと零したクリスの言葉に、マリーもまた沈黙した。……無言のまま、アップルパイを口へと運ぶ。うん、南部に比べて味が『質素』な王国北部の食事だが、ことリンゴ(と訳された)を使った料理は北部が素晴らしい。
巡礼の旅の途上にあったクリスとマリーが、馬車同士の事故現場に遭遇したのはつい先日のことだった。
大型の乗合馬車と、貴族の弾丸巡礼の馬車と── その貴族の馬車の主がフェルダー地方に領地を持つ大貴族・ダフィールド侯爵家であり、乗っていたのがその四男、ルーサー・ダフィールド少年だった。
ハンターたちと共に命がけで彼を救い出したクリスは、その後、唯一生き残った使用人から──同じ貴族の『誼』で、と──ルーサーをダフィールド家へ連れて行くよう頼まれた。
だが、我侭いっぱいに育てられたルーサー少年はクリスとマリーに反発して旅の道中に『家出』をし。そこで出会った良からぬ輩を雇い、家へと向かい始めたものの、その我侭に愛想をつかされ、逆に『誘拐』される羽目になった。
そして、その『身代金』交換の場において── 突如、乱入して来た正体不明の謎の騎兵との戦闘に巻き込まれ、九死に一生の目に遭った。
つい2日前のことである。
「恐らく、ルーサーのこれまでの人生から言って、世の中に『自分に危害を加える者がいる』なんて事は想像もつかない事だったのでしょう。その価値観が完全に崩壊した── 年端もいかない少年が受けた衝撃はいかばかりのことか……」
クリスの言葉に、マリーはむ~、と唸った。隣りに用意されたルーサーの朝食の、アップルパイはそのまま残っている。
「……でも、それは……こう言っちゃ悪いけど、ルーサーの自業自得よね?」
勿論、まだ歳若いルーサーには酷な話ではあるけれど。
「……あの使用人から旅費はもらっているんでしょ? だったら、後は、逗留費を宿の主人に渡して、後はダフィールド家に使いでも出せばいいんじゃない?」
そう単純な話ではないのです──クリスはマリーにそう告げた。
どういうこと? と怪訝な顔をするマリーに、クリスは無言で頭を振った。……まだ、確証のある話ではない。それに、その内容は…… 舌の端に乗せるだけでも、あまりにも酷過ぎる。
「ともあれ、今はルーサー少年です。彼は今、家の中だけで通用してきたそれとは異なるルールが外には存在するというあたりまえの事実を知り、また、暴力と己の死の可能性に直面し、これまで信じてきた価値観が完全に崩壊してしまって混乱している状況です。彼にはこの現実を受け入れ、咀嚼してもらわなければなりません。この旅を続ける為にも……彼が人として成長する為にも」
「でも…… 具体的には、どうやって?」
「……それを悩んでいるんです」
クリスはパイにフォークを差しながら、大きく溜め息を吐いた。恐らくだが、ルーサーは無意識の内に自分たちに甘えている。駄々を捏ねて見せることで慰めを欲しているのだろうが……それに応じてやるだけでは、あくまでその場しのぎでしかない。
「……そう言えば、マリーもルーサーと同じ様な経験をしましたよね? あの、ユグディラの森の一件で…… あの時、死ぬかもしれない目に遭って、それでもあなたは今のルーサーみたいにならなかった」
「そりゃ、私は大貴族様のおぼっちゃんみたいな育ちじゃないし? お……お館様とかクリスもいたし、今回の旅でも色々と見知ったり経験したこともあったし……」
そう、ことユグディラの森での『冒険』に関しては、旅の途上で出会ったハンターたちに聞いたり、教えてもらったりしたことが、危機を乗り切る際に役に立った。そして、何より…… あの場を凌ぎ切れれば、きっとクリスがなんとかしてくれる。そう信じられるものがあった。
「そ、そうですか……」
マリーのその素直な言葉に、クリスは赤面して照れつつ手の平で顔を仰いだ。
だが、そうか、ハンターか…… 様々な経験を持ち、広い世界を知る彼等ならば、或いは傷心のルーサーに伝えられる何かを持ち得ているかもしれない。
「そうですね。荒療治かもしれませんが…… ここは彼等に任せてみましょうか」
「お~い、るぅ~~~さぁ~~~? 朝ごはんの時間だぞ~? 今日は特別にアップルパイをつけてもらったぞ~? 早くしないと私が全部食べちゃうぞ~?」
王国北東部フェルダー地方。とある小さな宿場街の、とある宿屋──
とある事情から巡礼路から外れて旅を続ける貴族の娘クリスと幼馴染みの侍女マリーは、その日── 共に旅をすることになった少年、ルーサーの部屋の前で、困惑したように顔を見合わせていた。
呼び掛けに、返事はなかった。が、室内に人の気配はあった。ベッドの中で身じろぎをする音── 少なくともまた『家出』をしたわけではないと知れ、その点だけはまぁ安心ではあるのだが……
「……いらない」
彼女らが諦めて去る気配がないと気づいたのか、暫くしてようやく少年から返事があった。
「でも、昨日もそう言って、部屋に籠もりきりで何も食べなかったじゃないですか。まだ旅は続きます。食べなきゃ身体がもちませんよ?」
「うるさい! いらないったらいらない! 僕のことは放っておいてくれ!」
布団の中に籠もったのか、ルーサーの言葉尻がくぐもる。
マリーがピキッと青筋を立てた。そして、激しく戸を叩きながら大声で出てくるよう促し始めたが、それは流石に他の客の迷惑なのでクリスがぴしゃりとたしなめた。
「でも、クリス! あいつ、何様のつもりよ! いつまであいつの我侭に付き合わなければならないの!?」
部屋の中に聞こえる様に、敢えて扉に向かって、マリー。それをまぁまぁと宥めながら、クリスは心配そうな表情で部屋の扉に向き直る。
「朝ごはんは後で部屋に運ばせます。とにかく何か口にしてください」
それから暫し返事を待ち…… それがないのを確認してから、クリスはマリーと階下へ下りた。
食堂の宿泊客は既にまばらになっていた。その多くは食事を終え、それぞれの旅を再開したのだろう。
「……だというのに、私たちはまた今日もここに足止めというわけね。あいつの我侭に振り回されて…… 私たちだって急ぎの旅なのに!」
「あらあらまあまあ。まさか寄り道好きのあなたの口から『急ぎの旅』なんて言葉が聞けるなんて」
グッと言葉を詰まらせるマリーを見てにこやかに微笑みながら。だが、クリスは表情を翳らせる。
「……無理からぬ話ではあるのですよね。ルーサーがショックを受けるのも」
ポソリと零したクリスの言葉に、マリーもまた沈黙した。……無言のまま、アップルパイを口へと運ぶ。うん、南部に比べて味が『質素』な王国北部の食事だが、ことリンゴ(と訳された)を使った料理は北部が素晴らしい。
巡礼の旅の途上にあったクリスとマリーが、馬車同士の事故現場に遭遇したのはつい先日のことだった。
大型の乗合馬車と、貴族の弾丸巡礼の馬車と── その貴族の馬車の主がフェルダー地方に領地を持つ大貴族・ダフィールド侯爵家であり、乗っていたのがその四男、ルーサー・ダフィールド少年だった。
ハンターたちと共に命がけで彼を救い出したクリスは、その後、唯一生き残った使用人から──同じ貴族の『誼』で、と──ルーサーをダフィールド家へ連れて行くよう頼まれた。
だが、我侭いっぱいに育てられたルーサー少年はクリスとマリーに反発して旅の道中に『家出』をし。そこで出会った良からぬ輩を雇い、家へと向かい始めたものの、その我侭に愛想をつかされ、逆に『誘拐』される羽目になった。
そして、その『身代金』交換の場において── 突如、乱入して来た正体不明の謎の騎兵との戦闘に巻き込まれ、九死に一生の目に遭った。
つい2日前のことである。
「恐らく、ルーサーのこれまでの人生から言って、世の中に『自分に危害を加える者がいる』なんて事は想像もつかない事だったのでしょう。その価値観が完全に崩壊した── 年端もいかない少年が受けた衝撃はいかばかりのことか……」
クリスの言葉に、マリーはむ~、と唸った。隣りに用意されたルーサーの朝食の、アップルパイはそのまま残っている。
「……でも、それは……こう言っちゃ悪いけど、ルーサーの自業自得よね?」
勿論、まだ歳若いルーサーには酷な話ではあるけれど。
「……あの使用人から旅費はもらっているんでしょ? だったら、後は、逗留費を宿の主人に渡して、後はダフィールド家に使いでも出せばいいんじゃない?」
そう単純な話ではないのです──クリスはマリーにそう告げた。
どういうこと? と怪訝な顔をするマリーに、クリスは無言で頭を振った。……まだ、確証のある話ではない。それに、その内容は…… 舌の端に乗せるだけでも、あまりにも酷過ぎる。
「ともあれ、今はルーサー少年です。彼は今、家の中だけで通用してきたそれとは異なるルールが外には存在するというあたりまえの事実を知り、また、暴力と己の死の可能性に直面し、これまで信じてきた価値観が完全に崩壊してしまって混乱している状況です。彼にはこの現実を受け入れ、咀嚼してもらわなければなりません。この旅を続ける為にも……彼が人として成長する為にも」
「でも…… 具体的には、どうやって?」
「……それを悩んでいるんです」
クリスはパイにフォークを差しながら、大きく溜め息を吐いた。恐らくだが、ルーサーは無意識の内に自分たちに甘えている。駄々を捏ねて見せることで慰めを欲しているのだろうが……それに応じてやるだけでは、あくまでその場しのぎでしかない。
「……そう言えば、マリーもルーサーと同じ様な経験をしましたよね? あの、ユグディラの森の一件で…… あの時、死ぬかもしれない目に遭って、それでもあなたは今のルーサーみたいにならなかった」
「そりゃ、私は大貴族様のおぼっちゃんみたいな育ちじゃないし? お……お館様とかクリスもいたし、今回の旅でも色々と見知ったり経験したこともあったし……」
そう、ことユグディラの森での『冒険』に関しては、旅の途上で出会ったハンターたちに聞いたり、教えてもらったりしたことが、危機を乗り切る際に役に立った。そして、何より…… あの場を凌ぎ切れれば、きっとクリスがなんとかしてくれる。そう信じられるものがあった。
「そ、そうですか……」
マリーのその素直な言葉に、クリスは赤面して照れつつ手の平で顔を仰いだ。
だが、そうか、ハンターか…… 様々な経験を持ち、広い世界を知る彼等ならば、或いは傷心のルーサーに伝えられる何かを持ち得ているかもしれない。
「そうですね。荒療治かもしれませんが…… ここは彼等に任せてみましょうか」
リプレイ本文
閉ざされた宿の一室の扉の前に、決意の表情で正対して── ルーエル・ゼクシディア(ka2473)はゴクリと喉を鳴らすと、緊張した面持ちで眼前の扉をノックした。
中にいるはずのルーサーの名を、歳の割りに高めの声で呼ぶ。
……返事はない。くじけそうになりながら、それでもルーエルは諦めず。歳の近い友人に対するように話しかける。
「ねえ、ルーサーくん。一緒に散歩に行かないかい? 閉じ篭っていたら病気になってしまうよ。……大丈夫。君を狙う者なんていない。いたとしても、一線級のハンターたちが護衛についてるようなものだよ。……そりゃ、僕の背格好を見たら、頼りなく感じるかもしれないけど」
自分で自分の地雷を踏んだ心持ちで暫し待ち…… 返事がないことを確認した後、肩を落としてヴァイス(ka0364)を見やる。
「ダメか?」
「はい。雰囲気出してみたけどダメでした」
なぜ雰囲気を出した、と内心でツッコミを入れつつ、ヴァイスがクリスとマリーを振り返る。
「まぁ、あの時の様子からある程度は予想していたが…… 二人とも、大変だったみたいだな」
珍しく深刻な表情で、ヴァイスが労いの言葉を掛けた。曖昧に微苦笑を浮かべるクリスの横で、「まったくよ!」とぷんぷん怒ってみせるマリー。サクラ・エルフリード(ka2598)と共に立つシレークス(ka0752)が、苛立った様子で靴を鳴らす。
「ったく、世話の焼ける坊ちゃまでやがります。つーか、籠もりっぱなしとかマジありえねーです」
「……さすがに、前回の事で落ち込むのはしょうがないと思いますが?」
「不衛生極まりない!」
「ああ……」
サクラが納得していると、そこへ疲れ切った様子のヴァルナ=エリゴス(ka2651)が帰って来た。彼女は前回の事件の後処理を終えて帰って来たところだった。関係各所に詳細を報告し、更なる調査を依頼する──恐らく尻尾はつかめないが、それでもやっておく意味はある、と。髪を梳かす間もなく働きづめだったヴァルナが疲労と共に言う。
「で、今度は閉じ篭ってしまったというわけですか。まあ、突然、死にそうな目に遭ったのですから、無理からぬことですが」
「……落ち込むのはしょうがないです。が、このままではいけません」
「彼が抱え込んでしまった懊悩を誰かが受け止めて上げた方が良いと思うのですが…… それにはまずここから出て来て、悩みを打ち明けて貰わないと」
サクラとルーエルの言葉に頷くと、ヴァルナは休む間もなく階下へ下りていき、宿の主人に頼んで厨房を借り受けた。そして、手早くエプロンを着けるとオーブンに火を入れ、掻き集めた材料でアップルパイを焼くと、冷めない内にと急ぎルーサーの部屋の前へと取って返す。
おいしそうな甘い香りが周囲に立ちこめ、マリーがごくりと唾を飲み込む。ヴァルナは左手に皿を乗せたまま、部屋の扉をノックした。
「焼きたてのアップルパイです。一緒に食べましょう。……顔を見せてください。クリスティーヌさんたちも心配しています」
「……いらない。僕のことは放っておいて」
拗ねたようなその声に、ヴァイスはムッとし、シレークスはぷちんと切れた。
先の戦い以降、ヴァルナは今の今まで休む間なく仕事をしていた。にもかかわらず、疲れた身体に鞭打って、ルーサーの為にわざわざ温かいアップルパイを焼いたというのに……!
今にも扉を蹴破りかねない勢いのシレークスを手で制し、ヴァルナは皿を扉の前に置いた。
「少しは召し上がらないと倒れてしまいますよ? ここに置いておきますから、後でもいいので食べてくださいね」
そうして後ろに下がり、気配を消して静かに待つこと暫し……
……空腹を我慢できなくなったのだろう。美味しそうな匂いに釣られて、そっと扉の鍵を開けるルーサー。瞬間、踏み込んだシレークスがその扉を引き開けた。
ズカズカとてとて部屋に入って来たシレークスとサクラが、ひっ、と怯えて腰を抜かしたルーサーを両脇からがっしと持ち上げる。
「さて、数日振りだな、坊主。俺のことは覚えているか?」
続けて部屋に入って来たヴァイスが、不機嫌な調子で少年に告げた。
「まぁ、お前さんにも色々あるかもしれないが…… まずはこの部屋から出てもらうぞ」
「いつまでも引き篭もっていてはいけません…… さ、まずはお風呂でさっぱりしましょう」
ヴァイスとサクラに諭されながら、なおも暴れるルーサー坊ちゃん。シレークスはマリーにも手伝うよう声を掛けると、坊ちゃんの腕を抱え込むように拘束しつつ、満面の笑みで顔を寄せる。
「選ばせてやるです。このままひん剥かれて全身を拭かれるのと、大人しく温泉で身体を洗われるのとどちらがいいです?」
「ひぃっ!?」
それを見たヴァイスは苦笑を浮かべ、捕らわれのルーサーをひょいと女たちから『救出』してやった。そのまま荷物の様に肩へと担ぎ上げ、部屋を出てルーエルに声を掛けると、階下の浴場へと移動する。
「やっと顔を合わせることができたね」
傍らを共に移動しながら、担ぎ上げられたルーサーを見上げてにっこり笑いかけるルーエル。シレークスは嘆息と共にそれを見送った。……まぁ、最初は男同士に任せるか。あくまでも最初は、だが。
「さて。それじゃあ、クリスとマリーも私らと一緒に行くですよ。せっかく温泉があるのに入らねーなんて損なのですよ?」
宿の温泉。その脱衣所── どうしてよいのか分からずに、ルーサーは途方に暮れていた。
大貴族の子息であるルーサーは、自分で衣服を着脱する経験が殆どなかった。服を着替えることすら使用人の仕事であり、湯浴みもまた同様だ。
とりあえず、見よう見まねで服を脱いだ。その際、嫌でもヴァイスやルーエルの身体が目に入る。
ヴァイスの筋骨逞しい──それでいて、無駄のない、均整の取れた背中を見て、ルーサーは気恥ずかしくなった。彼の身体に比べて『労働する必要のない』自分の身体のなんと呑気なことか。一見、華奢なルーエルでさえ、ハンターとして、騎士として、目立たぬが必要な筋肉をしっかり維持しているというのに。
(……自分も身体を鍛えていれば、『誘拐』などされなかったろうか……?)
脱衣所を出て、風呂場に入る。
温泉は源泉掛け流し。皆で入るタイプの露天の大浴場だった。ローマ風、と訳されたその形式は、王国では中々珍しい。
(※リプレイの為、タオルを着用して入浴しています)との前置きの下、身体に湯を掛け流してから湯船に入る。貸切状態の湯の中で、ルーエルが気持ち良さそうに伸びをした。滾々と湧き出る湯をルーサーが不思議そうに眺めていると、ヴァイスが自然の恵みだと教えてくれて、少年は驚愕する。
「身体を鍛え始めた理由?」
ルーサーに訊ねられて、ルーエルはきょとんとした後、静かに笑みを浮かべて、答えた。
「んーと、そうだね…… 僕は帝国の生まれでね、母はすぐに亡くなっちゃったから、父が唯一の家族だった」
ルーサーの顔が強張った。なんでもないことのように、ルーエルは言葉を続ける。
「帝国騎士の家系だったから、訓練と作法は物心ついた時からやってたなぁ…… 褒められたい一心でね。立派な騎士になりたかった」
そこまで言って、ルーエルは照れた様にルーサーに話題を振った。
「僕のことはもういいよ。ルーサーくんは? 家名に誇りを持ってるみたいだけど、将来は何になりたいの?」
「将来……?」
……考えたこともなかった。綿々と続く侯爵家の家系── だが、傍流としてしか家名を継げぬ四男の身で、果たして自分に為すべきことなど……
「ルーサー」
それまでずっと無言でいたヴァイスが少年に声を掛けた。脱衣所に人の気配を感じたからだ。
「……これからお前を嵐が襲う」
「嵐?」
「だが、まぁ、役得だと思ってやり過ごせ」
「役得???」
ルーサーが小首を傾げていると、脱衣所の引き戸がすぱーん! と開け放たれた。
入って来たのはシレークス。そのけしからんグラマラスな身体に、聖職者としてはハレンt、いや、大胆過激な虎柄ビキニを纏い、その柔肌を惜しげもなく晒している。
その後ろにはサクラ、ヴァルナ、クリスにマリー。彼女らは皆、水着の上にバスタオルを巻いていた。
「サクラ! マリー! 坊ちゃんに世界の広さを教えてやるです!」
「おー!」
湯船に浸かっていたルーサーが、あっという間に洗い場まで引き出された。その光景を苦笑と共に見守るクリス。ヴァルナは洗い場に一人座ると、嬉しそうにその長い髪を天然シャンプーであわあわと洗い始める。
「ちょ…… あまり暴れないでください。タオルが外れてしまいます」
はだけかけたバスタオルを押さえ、捲れた裾を引っ張りながら。サクラがむー、とルーサーを睨む。──確かに危険だ。だって、サクラは皆と違って、タオルを引っ掛ける凹凸がどこにもないから!(え
少年はピタリと動きを止めた。身体を洗われることには慣れてはいるが、相手が使用人じゃないと妙にこそばゆくて仕方がない。
身体を硬直させた少年の両肩を掴んで、シレークスは自身の前に座らせた。そうして腕の中にがっちりホールドしつつ、タオルに石鹸を泡立たせてルーサーの身体を洗い始める。
「ふふ~ん。お客さん、痒い所はありやがりますか~?」
「綺麗に洗ってあげますから…… 暴れると『恥ずかしい』ですよ……?」
それぞれ左右半身にあわあわとタオルを滑らすシレークスとサクラ。行動は荒っぽかった2人だが、ルーサーを洗う手付きは優しく丹念だ。
やがて、髪から爪先まで全身を綺麗に洗い終えて、左右から手桶でお湯を掛けてやる。
「さて、すっかり綺麗になりやがりましたね。ちったぁスッキリしやがりましたですか?」
シレークスが声を掛けると、ルーサーは毒気が抜かれたように素直に頷いた。
「気分転換というのは大事です…… 少々荒っぽかったかもしれませんが、余計なお世話でもしてくれる人がいるだけいいものですよ……」
サクラが微笑で呟いた。
その様子を湯船から確認して、フッと笑みを浮かべるヴァイス。ヴァルナはその膨大な量の髪をあわあわあわあわ洗い続けている……
「外に出て散歩に行きましょう。湯上りだし、きっと風が気持ちいいよ。丘の上へ、お弁当持って…… うん、きっと楽しいよ!」
風呂上り。一行はルーエルの提案によりピクニックに行く事になった。
洗った髪を纏め上げたヴァルナが、お弁当作りの為に再び厨房を借り上げる。
「簡単に摘めるサンドウィッチとポテトサラダを作りましょう。紅茶はジェオルジ産の良い茶葉があります。煮出した後に冷やして、祝福の水筒に」
テキパキと指示をだすヴァルナ。その補助に立つシレークスに続き、ヴァイスもまた下準備の手伝いに厨房に入る。
「あ、僕は料理上手じゃないから……」
「問答無用。芋潰しくらい手伝いやがれです」
シレークスに無理矢理厨房へと引きずり込まれるルーエル。しょうがないなあ、といそいそ続こうとしたサクラは、だが、シレークスに止められた。
「あ、サクラは手伝わなくていいです」
「?」
「料理中、すっぽ抜けた包丁が天井に突き刺さるような料理人は使えねーです。危なくて」
「!!!???」
剣は上手く使えるのになぁ、と、ロビーの隅に体育座りでいじけるサクラを他所に。無事、人数分のお弁当を作り終えた一行が、宿の裏手の丘へと上がる。
息の上がったルーサーの手を引き、マリーが真っ先に頂上へと駆け上がり。丘を渡る風の心地よさに、ヴァルナが髪を解いて風へと流す。
「こういう所で皆で食べるお弁当は、普段、独りで食べるのとはまた違った味がするんだよね!」
ルーエルが話しかけると、ルーサーは素直に頷いた。実家の広い食堂の一人きりの食事を思い出す。それに比べて、皆でわいわいと突くこの素朴な食事のなんと美味しく、楽しいことか。
さあ、帰ろうとなった時には夕刻近くになっていた。
シレークスは、最後に丘の上から見える光景をルーサーに見渡させた。
「ルーサー、てめぇが『誘拐』されたのは…… 鍛えてなかったからではなく、外の世界を知らなかったからでやがります」
そう言って、シレークスは東方や北方について話して聞かせた。ルーサーは改めて、目の前にいる人々がハンター──世界を渡る者たちと実感する。
「さっきも見たでしょう? とめどなく熱湯が溢れてくる……それが世界でやがります。精霊様のように、とまでは言いませんが、もう少し広い視野を持ちやがれです」
「それは…… でも……」
ルーサーは俯いた。
屋敷にいた頃は…… ルーサーの癇癪に、使用人たちは黙って鞭に打たれていた。
大人である使用人たちが黙って子供に殴られていたのは、彼等が侯爵家に雇われていたから──雇い主に逆らえなかったからだ。地位がなければ、ルーサーなどただの子供──純粋な暴力を目の当たりにして、その事実を思い知った。
「僕は、怖い。むき出しの悪意と暴力が──館の外に広がる世界が」
ルーサーの吐露に、クリスとルーエルは頭を振った。
「怖いのは、知らないからです。知れば、恐怖を克服する手段は考えられます」
「初めから一人で旅が出来る人なんていないよ。そうやって少しずつ世の中を学んでいくしかないんだ」
ヴァルナもまた、怖いのは当たり前だと続けた。誰だって最初はそうなのだ、と。
「……覚醒者になる前、私が始めて死を間近に感じた時…… 私はとても恐ろしくなりました。『武門の娘』なのに情けない話です」
え、とルーサーは驚いた。ヴァルナは──ハンターたちは、皆、あの時、命を助けてくれた猛者たちなのに。
「ありがとう、ルーサーさん。でも、私の場合、そんな恐ろしい存在よりも、その時、助けてくれた存在の方が鮮烈でした。それに憧れて今の私があります。感じ方はそれぞれですが…… ルーサーさんも、いつかそんな風に思える時が来ます」
「いつまでも一人でいじけていたって、『世界』は何も変わらないですよ? 自分が偉いと思うなら、そんな自分を襲った相手を叩きのめすことを考えては? 頼まれれば手伝う人はいるわけですし……」
サクラの言葉に…… ルーサーは再びガクガクと震え出した。怖いのは…… 本当に恐ろしいのは、それは……
ぺちん、とマリーが震える少年の頬を手で挟んだ。
「バカね」
と少女は言った。周りを見てみるがいい。少なくとも今は、あんたが怖がる理由なんてどこにもない。
「ああ。守ってやる」
ヴァイスがルーサーの頭にポンと手を乗せた。見渡すと、皆が頷いてくれた。
ルーサーは泣いた。恐怖ではなく、初めて安堵の想いで泣いた。
ヴァルナもまた呟いた。
「自分を助ける者がいる──ルーサーさんも、それを忘れないでくださいね」
中にいるはずのルーサーの名を、歳の割りに高めの声で呼ぶ。
……返事はない。くじけそうになりながら、それでもルーエルは諦めず。歳の近い友人に対するように話しかける。
「ねえ、ルーサーくん。一緒に散歩に行かないかい? 閉じ篭っていたら病気になってしまうよ。……大丈夫。君を狙う者なんていない。いたとしても、一線級のハンターたちが護衛についてるようなものだよ。……そりゃ、僕の背格好を見たら、頼りなく感じるかもしれないけど」
自分で自分の地雷を踏んだ心持ちで暫し待ち…… 返事がないことを確認した後、肩を落としてヴァイス(ka0364)を見やる。
「ダメか?」
「はい。雰囲気出してみたけどダメでした」
なぜ雰囲気を出した、と内心でツッコミを入れつつ、ヴァイスがクリスとマリーを振り返る。
「まぁ、あの時の様子からある程度は予想していたが…… 二人とも、大変だったみたいだな」
珍しく深刻な表情で、ヴァイスが労いの言葉を掛けた。曖昧に微苦笑を浮かべるクリスの横で、「まったくよ!」とぷんぷん怒ってみせるマリー。サクラ・エルフリード(ka2598)と共に立つシレークス(ka0752)が、苛立った様子で靴を鳴らす。
「ったく、世話の焼ける坊ちゃまでやがります。つーか、籠もりっぱなしとかマジありえねーです」
「……さすがに、前回の事で落ち込むのはしょうがないと思いますが?」
「不衛生極まりない!」
「ああ……」
サクラが納得していると、そこへ疲れ切った様子のヴァルナ=エリゴス(ka2651)が帰って来た。彼女は前回の事件の後処理を終えて帰って来たところだった。関係各所に詳細を報告し、更なる調査を依頼する──恐らく尻尾はつかめないが、それでもやっておく意味はある、と。髪を梳かす間もなく働きづめだったヴァルナが疲労と共に言う。
「で、今度は閉じ篭ってしまったというわけですか。まあ、突然、死にそうな目に遭ったのですから、無理からぬことですが」
「……落ち込むのはしょうがないです。が、このままではいけません」
「彼が抱え込んでしまった懊悩を誰かが受け止めて上げた方が良いと思うのですが…… それにはまずここから出て来て、悩みを打ち明けて貰わないと」
サクラとルーエルの言葉に頷くと、ヴァルナは休む間もなく階下へ下りていき、宿の主人に頼んで厨房を借り受けた。そして、手早くエプロンを着けるとオーブンに火を入れ、掻き集めた材料でアップルパイを焼くと、冷めない内にと急ぎルーサーの部屋の前へと取って返す。
おいしそうな甘い香りが周囲に立ちこめ、マリーがごくりと唾を飲み込む。ヴァルナは左手に皿を乗せたまま、部屋の扉をノックした。
「焼きたてのアップルパイです。一緒に食べましょう。……顔を見せてください。クリスティーヌさんたちも心配しています」
「……いらない。僕のことは放っておいて」
拗ねたようなその声に、ヴァイスはムッとし、シレークスはぷちんと切れた。
先の戦い以降、ヴァルナは今の今まで休む間なく仕事をしていた。にもかかわらず、疲れた身体に鞭打って、ルーサーの為にわざわざ温かいアップルパイを焼いたというのに……!
今にも扉を蹴破りかねない勢いのシレークスを手で制し、ヴァルナは皿を扉の前に置いた。
「少しは召し上がらないと倒れてしまいますよ? ここに置いておきますから、後でもいいので食べてくださいね」
そうして後ろに下がり、気配を消して静かに待つこと暫し……
……空腹を我慢できなくなったのだろう。美味しそうな匂いに釣られて、そっと扉の鍵を開けるルーサー。瞬間、踏み込んだシレークスがその扉を引き開けた。
ズカズカとてとて部屋に入って来たシレークスとサクラが、ひっ、と怯えて腰を抜かしたルーサーを両脇からがっしと持ち上げる。
「さて、数日振りだな、坊主。俺のことは覚えているか?」
続けて部屋に入って来たヴァイスが、不機嫌な調子で少年に告げた。
「まぁ、お前さんにも色々あるかもしれないが…… まずはこの部屋から出てもらうぞ」
「いつまでも引き篭もっていてはいけません…… さ、まずはお風呂でさっぱりしましょう」
ヴァイスとサクラに諭されながら、なおも暴れるルーサー坊ちゃん。シレークスはマリーにも手伝うよう声を掛けると、坊ちゃんの腕を抱え込むように拘束しつつ、満面の笑みで顔を寄せる。
「選ばせてやるです。このままひん剥かれて全身を拭かれるのと、大人しく温泉で身体を洗われるのとどちらがいいです?」
「ひぃっ!?」
それを見たヴァイスは苦笑を浮かべ、捕らわれのルーサーをひょいと女たちから『救出』してやった。そのまま荷物の様に肩へと担ぎ上げ、部屋を出てルーエルに声を掛けると、階下の浴場へと移動する。
「やっと顔を合わせることができたね」
傍らを共に移動しながら、担ぎ上げられたルーサーを見上げてにっこり笑いかけるルーエル。シレークスは嘆息と共にそれを見送った。……まぁ、最初は男同士に任せるか。あくまでも最初は、だが。
「さて。それじゃあ、クリスとマリーも私らと一緒に行くですよ。せっかく温泉があるのに入らねーなんて損なのですよ?」
宿の温泉。その脱衣所── どうしてよいのか分からずに、ルーサーは途方に暮れていた。
大貴族の子息であるルーサーは、自分で衣服を着脱する経験が殆どなかった。服を着替えることすら使用人の仕事であり、湯浴みもまた同様だ。
とりあえず、見よう見まねで服を脱いだ。その際、嫌でもヴァイスやルーエルの身体が目に入る。
ヴァイスの筋骨逞しい──それでいて、無駄のない、均整の取れた背中を見て、ルーサーは気恥ずかしくなった。彼の身体に比べて『労働する必要のない』自分の身体のなんと呑気なことか。一見、華奢なルーエルでさえ、ハンターとして、騎士として、目立たぬが必要な筋肉をしっかり維持しているというのに。
(……自分も身体を鍛えていれば、『誘拐』などされなかったろうか……?)
脱衣所を出て、風呂場に入る。
温泉は源泉掛け流し。皆で入るタイプの露天の大浴場だった。ローマ風、と訳されたその形式は、王国では中々珍しい。
(※リプレイの為、タオルを着用して入浴しています)との前置きの下、身体に湯を掛け流してから湯船に入る。貸切状態の湯の中で、ルーエルが気持ち良さそうに伸びをした。滾々と湧き出る湯をルーサーが不思議そうに眺めていると、ヴァイスが自然の恵みだと教えてくれて、少年は驚愕する。
「身体を鍛え始めた理由?」
ルーサーに訊ねられて、ルーエルはきょとんとした後、静かに笑みを浮かべて、答えた。
「んーと、そうだね…… 僕は帝国の生まれでね、母はすぐに亡くなっちゃったから、父が唯一の家族だった」
ルーサーの顔が強張った。なんでもないことのように、ルーエルは言葉を続ける。
「帝国騎士の家系だったから、訓練と作法は物心ついた時からやってたなぁ…… 褒められたい一心でね。立派な騎士になりたかった」
そこまで言って、ルーエルは照れた様にルーサーに話題を振った。
「僕のことはもういいよ。ルーサーくんは? 家名に誇りを持ってるみたいだけど、将来は何になりたいの?」
「将来……?」
……考えたこともなかった。綿々と続く侯爵家の家系── だが、傍流としてしか家名を継げぬ四男の身で、果たして自分に為すべきことなど……
「ルーサー」
それまでずっと無言でいたヴァイスが少年に声を掛けた。脱衣所に人の気配を感じたからだ。
「……これからお前を嵐が襲う」
「嵐?」
「だが、まぁ、役得だと思ってやり過ごせ」
「役得???」
ルーサーが小首を傾げていると、脱衣所の引き戸がすぱーん! と開け放たれた。
入って来たのはシレークス。そのけしからんグラマラスな身体に、聖職者としてはハレンt、いや、大胆過激な虎柄ビキニを纏い、その柔肌を惜しげもなく晒している。
その後ろにはサクラ、ヴァルナ、クリスにマリー。彼女らは皆、水着の上にバスタオルを巻いていた。
「サクラ! マリー! 坊ちゃんに世界の広さを教えてやるです!」
「おー!」
湯船に浸かっていたルーサーが、あっという間に洗い場まで引き出された。その光景を苦笑と共に見守るクリス。ヴァルナは洗い場に一人座ると、嬉しそうにその長い髪を天然シャンプーであわあわと洗い始める。
「ちょ…… あまり暴れないでください。タオルが外れてしまいます」
はだけかけたバスタオルを押さえ、捲れた裾を引っ張りながら。サクラがむー、とルーサーを睨む。──確かに危険だ。だって、サクラは皆と違って、タオルを引っ掛ける凹凸がどこにもないから!(え
少年はピタリと動きを止めた。身体を洗われることには慣れてはいるが、相手が使用人じゃないと妙にこそばゆくて仕方がない。
身体を硬直させた少年の両肩を掴んで、シレークスは自身の前に座らせた。そうして腕の中にがっちりホールドしつつ、タオルに石鹸を泡立たせてルーサーの身体を洗い始める。
「ふふ~ん。お客さん、痒い所はありやがりますか~?」
「綺麗に洗ってあげますから…… 暴れると『恥ずかしい』ですよ……?」
それぞれ左右半身にあわあわとタオルを滑らすシレークスとサクラ。行動は荒っぽかった2人だが、ルーサーを洗う手付きは優しく丹念だ。
やがて、髪から爪先まで全身を綺麗に洗い終えて、左右から手桶でお湯を掛けてやる。
「さて、すっかり綺麗になりやがりましたね。ちったぁスッキリしやがりましたですか?」
シレークスが声を掛けると、ルーサーは毒気が抜かれたように素直に頷いた。
「気分転換というのは大事です…… 少々荒っぽかったかもしれませんが、余計なお世話でもしてくれる人がいるだけいいものですよ……」
サクラが微笑で呟いた。
その様子を湯船から確認して、フッと笑みを浮かべるヴァイス。ヴァルナはその膨大な量の髪をあわあわあわあわ洗い続けている……
「外に出て散歩に行きましょう。湯上りだし、きっと風が気持ちいいよ。丘の上へ、お弁当持って…… うん、きっと楽しいよ!」
風呂上り。一行はルーエルの提案によりピクニックに行く事になった。
洗った髪を纏め上げたヴァルナが、お弁当作りの為に再び厨房を借り上げる。
「簡単に摘めるサンドウィッチとポテトサラダを作りましょう。紅茶はジェオルジ産の良い茶葉があります。煮出した後に冷やして、祝福の水筒に」
テキパキと指示をだすヴァルナ。その補助に立つシレークスに続き、ヴァイスもまた下準備の手伝いに厨房に入る。
「あ、僕は料理上手じゃないから……」
「問答無用。芋潰しくらい手伝いやがれです」
シレークスに無理矢理厨房へと引きずり込まれるルーエル。しょうがないなあ、といそいそ続こうとしたサクラは、だが、シレークスに止められた。
「あ、サクラは手伝わなくていいです」
「?」
「料理中、すっぽ抜けた包丁が天井に突き刺さるような料理人は使えねーです。危なくて」
「!!!???」
剣は上手く使えるのになぁ、と、ロビーの隅に体育座りでいじけるサクラを他所に。無事、人数分のお弁当を作り終えた一行が、宿の裏手の丘へと上がる。
息の上がったルーサーの手を引き、マリーが真っ先に頂上へと駆け上がり。丘を渡る風の心地よさに、ヴァルナが髪を解いて風へと流す。
「こういう所で皆で食べるお弁当は、普段、独りで食べるのとはまた違った味がするんだよね!」
ルーエルが話しかけると、ルーサーは素直に頷いた。実家の広い食堂の一人きりの食事を思い出す。それに比べて、皆でわいわいと突くこの素朴な食事のなんと美味しく、楽しいことか。
さあ、帰ろうとなった時には夕刻近くになっていた。
シレークスは、最後に丘の上から見える光景をルーサーに見渡させた。
「ルーサー、てめぇが『誘拐』されたのは…… 鍛えてなかったからではなく、外の世界を知らなかったからでやがります」
そう言って、シレークスは東方や北方について話して聞かせた。ルーサーは改めて、目の前にいる人々がハンター──世界を渡る者たちと実感する。
「さっきも見たでしょう? とめどなく熱湯が溢れてくる……それが世界でやがります。精霊様のように、とまでは言いませんが、もう少し広い視野を持ちやがれです」
「それは…… でも……」
ルーサーは俯いた。
屋敷にいた頃は…… ルーサーの癇癪に、使用人たちは黙って鞭に打たれていた。
大人である使用人たちが黙って子供に殴られていたのは、彼等が侯爵家に雇われていたから──雇い主に逆らえなかったからだ。地位がなければ、ルーサーなどただの子供──純粋な暴力を目の当たりにして、その事実を思い知った。
「僕は、怖い。むき出しの悪意と暴力が──館の外に広がる世界が」
ルーサーの吐露に、クリスとルーエルは頭を振った。
「怖いのは、知らないからです。知れば、恐怖を克服する手段は考えられます」
「初めから一人で旅が出来る人なんていないよ。そうやって少しずつ世の中を学んでいくしかないんだ」
ヴァルナもまた、怖いのは当たり前だと続けた。誰だって最初はそうなのだ、と。
「……覚醒者になる前、私が始めて死を間近に感じた時…… 私はとても恐ろしくなりました。『武門の娘』なのに情けない話です」
え、とルーサーは驚いた。ヴァルナは──ハンターたちは、皆、あの時、命を助けてくれた猛者たちなのに。
「ありがとう、ルーサーさん。でも、私の場合、そんな恐ろしい存在よりも、その時、助けてくれた存在の方が鮮烈でした。それに憧れて今の私があります。感じ方はそれぞれですが…… ルーサーさんも、いつかそんな風に思える時が来ます」
「いつまでも一人でいじけていたって、『世界』は何も変わらないですよ? 自分が偉いと思うなら、そんな自分を襲った相手を叩きのめすことを考えては? 頼まれれば手伝う人はいるわけですし……」
サクラの言葉に…… ルーサーは再びガクガクと震え出した。怖いのは…… 本当に恐ろしいのは、それは……
ぺちん、とマリーが震える少年の頬を手で挟んだ。
「バカね」
と少女は言った。周りを見てみるがいい。少なくとも今は、あんたが怖がる理由なんてどこにもない。
「ああ。守ってやる」
ヴァイスがルーサーの頭にポンと手を乗せた。見渡すと、皆が頷いてくれた。
ルーサーは泣いた。恐怖ではなく、初めて安堵の想いで泣いた。
ヴァルナもまた呟いた。
「自分を助ける者がいる──ルーサーさんも、それを忘れないでくださいね」
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 シレークス(ka0752) ドワーフ|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/06/23 11:55:59 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/06/22 18:20:11 |