ランニング・ブレッド

マスター:鵺本

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/06/25 12:00
完成日
2016/07/03 02:32

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●期待に胸を膨らませ
 青空の下、田舎町から都会へ向けて、一台の荷馬車が走っていた。
 御者の老人とは反対に、積まれた藁の上に小さく腰掛けた少女には、まだあどけなさが残っている。
「お嬢ちゃん、もうすぐ着くよ」
「はい、ありがとうございます」
 麦わら帽子のつばを持ちあげ、三つ編みの少女は老人に軽く会釈した。
 草原を走っていた馬車は、次第に舗装された道の上を歩き出す。
 街の中は数多の商店が立ち並び、非常に賑やかだ。
 意識を集中させずとも耳には人々の話し声が聞こえ、立ち並ぶ屋台の香ばしい匂いが少女の期待を余計に膨らませていく。
 畑と小さな商店しかない少女の育った町とは雲泥の差である。
 胸の中の荷物を抱きしめながら、ソフィアは微笑みを浮かべた。
「ところで、あんたのような若い娘さんが、そんな大荷物で一体何しにきたんだ?」
 まさかこの街に恋人でもいるのかい? と、冷やかしを投げかけてくる老人に、ソフィアは慌てて首を横に振った。
「そうじゃありません! その、私みたいな未熟者がと思われるかもしれませんが、お店を開かせていただくことになったんです」
「へぇ! そいつはすごい! 一体なんの店を開くんだい!?」
 思いの外食いつきの良い老人に、ソフィアは頬を赤らめた。
「その……パン屋さんを」
「じゃあ、お嬢ちゃんはパン職人なのかい?」
「そんなに大したものじゃ……! 今回お店を開けることになったのだって、たまたま安く建物を借りられることになったからで……!」
 立地はそこまで良くはないと聞かされているが、相場の半値で借りることができたのだ。
 それこそ、少ない田舎娘の貯金でなんとかなる額だ。
 しかも、昔パン屋だった建物をそのままの状態にしているのだという。
 住居としては微妙だとしても、ソフィアにとってはこれ以上ないお買い得物件だ。
 本当に、神に感謝するしかない。
 だが、いくら脳天気な性格をしていようとも、不安を覚えないわけでもない。
(とんでもないボロ屋だったらどうしよう……)
 そのままの状態にしてあるから、あとは任せました、とは不動産屋の店主の言葉である。
(まあ、いっか。その時は修繕するだけだもの)
 ここまでやってこれたのだから、きっとなんとかなるだろう。
「はは! 運も実力のうちって言うじゃねぇか」
「そうですよね!」
 ソフィアの胸中には一抹の不安もなかった……はずだった。

●うまい話には裏がある
 先ほどまでの賑やかな空気はどこへ行ったのだろうか。
 不動産屋から渡されていた地図を握りつぶし、ソフィアは目の前に広がる光景に絶句した。
 街はずれ、というのは聞かされていた。
 少しくらい周りに雑草が生い茂っているのは想定内だ。
 田舎娘を舐めないでもらいたい。これくらいで凹むほど柔な精神はしていない。
 だが、ここまで荒廃した建物は想定外すぎる。建物の大きさは一般的なパン屋と相違ない。
 だが壁の塗装は剥がれ、屋根もボロボロ。雨漏り必至どころか今にも亡霊が出てきそうだ。
 というか、気のせいでなければ建物の中から唸り声のようなものが聞こえる。
 頼むから気のせいであってほしい。
 御者台の上から立ちすくむソフィアに声をかける老人にも、同情の色が滲んでいる。
「なあ嬢ちゃん、本当にここで合ってるのかい?」
 どことなく青空も霞み、吹いてくる風は唸り声を上げている。
 実際に見たことはなかったが、今はっきり分かったことがある。
 そうか、こういう建物を幽霊屋敷と呼ぶのか。
 ソフィアと御者の老人の背後を通過していく街人たちの目にも、心なしか同情の色が見え隠れしている。
「かわいそうに」
「ああ、騙されたんだな」
(めげない……めげない。私は騙されたわけじゃない。お化けなんていない、お化けなんているわけない!)
「あっ! 嬢ちゃん!」
 引き止める御者の老人を無視し、ソフィアは勢い良く幽霊屋敷の戸を文字どおり、蹴り開けた。
「田舎魂舐めるんじゃないわよ!!」
 そうして絶句した。
 ソフィアが目にしたのは、八本足で蜘蛛のように壁や天井を這う、腐ったパンだった。

●ランニング・ブレッド
「走るパン?」
 飛び込んできた想定外の単語に、エマは思わず先輩職員の言葉を復唱した。
 次いで、何度目になるだろうか。またしても手元の書類に視線を落とす。
「すみません、耳が悪くなったようです。もう一度おっしゃっていただけますか?」
「いや、聞き間違いじゃない」
 上司の言っている言葉の意味が今ひとつわからない。
 いや、分かっているが理解しなかったことにした。
 馬鹿馬鹿しい。三文芝居じゃあるまいし。
 掛けていたフレームレスの眼鏡を外し、しつこいまでに眼鏡ふきで汚れを落としてから掛け直す。
 おかしい。何度見ても手元の文字が変わらない。
「申し訳ありません。目も悪くなってしまったようで。今度眼鏡を新調してきま――」
「だから本当にパンが走り回ってるっつってんだろうが!!」
 立ち上がり去ろうとしたエマの手首を、男――ブライアンは掴み大声を上げながら引き止めた。
 周りにいたハンターオフィス職員たちは動きを止め、奇異の目でエマとブライアンを凝視する。
 一番冷ややかな目をしていたのは、当事者であるはずのエマだった。
 掴まれた手を鼻で笑いながら振り払い、渋々といった様子で再度ブライアンの向かいの席に掛け直す。
「なんの冗談ですか?」
「だから、冗談じゃねぇっつうの」
 頬杖をつきながら、ブライアンが溜息をつく。
「パンって……食パンとかそういうパンのことですか?」
「だからそうだっつうの。写真、見るか?」
 男は上着のポケットから一枚の写真を取り出し、テーブルの上へ伏せた状態でエマの方へと差し出した。
「言っとくけど、結構キモいぞ」
 俺はそういうのちょっとパス。そんなブライアンの声を聞き流しながら、エマは伏せられた写真を手繰り寄せ、裏返した。
 写り込んでいたのは、カビの生えた巨大なパンだった。
 巨大な腐った食パンの側面から、八本の足が生えている。
 さながらそれは緑色の巨大な蜘蛛のようで。
「な? 結構きついだろ?」
 そんなブライアンの声に目眩がした。
「……これ、歪虚なんですよね?」
 眉を顰めながら、ブライアンに問う。
 手元の書類には、確かに「歪虚」の文字が見える。
「パン屋の廃墟ってのがでかかったのかもな。長らく空き家にされてたみたいで、裏に放置された廃棄パンが歪虚化しちまったらしい。俺も詳しいことは知らん。とにかく、キモいのは確かだし、そんなギャグみたいな見た目でも、歪虚は歪虚だ。放置するわけにもいかんだろう」
「世も末ですね」
 苦し紛れにこぼした言葉に同意するように、ブライアンも頷いた。
 さて、受付嬢としてはどうやってハンターに伝えたものだろうか……。

リプレイ本文

●連れてこられた場所
 依頼人に連れられ、ハンターたちは現場である一軒家へと連れてこられた。
「こ、これは……」
 廃屋に、ブレナー ローゼンベック(ka4184)は呆気に取られ声を漏らす。
 受付嬢から話は聞いていたが、こんなものを安価とはいえ、人に貸すという不動産屋の心情がブレナーには到底理解できない。同じパン屋を営む者として、ふつふつとした静かな怒りが湧き上がってくる。
 周りにいるハンターたちも程度の差は違えど、同じように感じているようだ。
 店の入り口に掛けられている看板が唸り声を上げる風に吹かれ、激しく音を立てて揺れていた。
「で、では! 開けますね!」
 エスカルラータ(ka0220)の言葉に、皆が一斉に頷く。
「スリープクラウッ――!?」
 だが、エスカルラータの言葉は途中で何者かに遮られてしまう。
 小さな影が扉の開いたその瞬間、何者かが内側から光の速さで飛び出してきたのだ。それも、エスカルラータの顔に向かって一直線に。
「エスカルラータさん!?」
 一瞬、それがなんなのか判別出来なかった。
 緑色の物体だ。八本の細長い足が側面から生えた、謎の物体。
 いや、パンだ。緑色の食パンが、衝撃に倒れたエスカルラータの口からこんにちはしている。間違いなく夢に出る系の怖さだ。
「うわぁああああああああ!?」
 咄嗟に叫び声を上げ、ブレナーはパンに水をかけていた。
 ギィッ!!
 そんな小さな悲鳴を上げ、食パンはエスカルラータの口から飛び出す。バランスを崩し横転したところを、檜ケ谷 樹(ka5040)が日本刀で地面へと突き刺した。
 体の中心を地面に縫い止められた食パンは、しばらく足を動かし抵抗を試みていたが、やがてその動きを止めた。
「く、口に気を、つけ……て」 
 地面に倒れ、か弱く痙攣を繰り返すエスカルラータから、そんな言葉が発された。
「エスカルラータさん、しっかり」
 マキナ・バベッジ(ka4302)が駆け寄り、エスカルラータの体を助け起こす。
「ああ、たべる、なら、せめて、火を……」
「エスカルラータさぁぁぁぁぁぁぁあん!!」
 白目を剥き、泡を吹いて気絶したエスカルラータに、水流崎トミヲ(ka4852)が叫び声を上げる。
「パンたちよ、この僕を怒らせたな。おぉぉぉっ! 僕は水流崎トミヲ! DT魔法使いにしてブゥゥゥゥレッドイーターさああああ!」
「ちょ、水流崎さん!?」
 叫び声を上げ家の中に突っ込んでいった水流崎に、星野 ハナ(ka5852)が素っ頓狂な声を上げる。ソフィアはこの状況を、ハンターたちから一歩引いた状態で、顔を真っ青にしながら見守っていた。
 

●戦闘開始?
「ザレムさん」
 後ろから、星野がザレム・アズール(ka0878)に声を掛ける。
「エスカルラータさん、大丈夫ですかねぇ?」
「問題ないだろう。なんとか未遂に終わったようだし」
 外に待機している依頼者と力尽きているエスカルラータには、マキナとブレナーが付いている。もしも外に逃げた場合でも、迅速に対処してくれるだろう。それに言い方に語弊はあるが、一応食べてはいない。エスカルラータはショックで気絶しているだけだ。
「未遂!? そ、そんな、ひわ、卑猥な言い方っ!」
「うるさいですぅ! DT魔法使いは黙っててくださいですよぉ」
「ぐっ! びびび、美少女に言われると余計クるものがあると言いますか、現実は辛い! 悲しい! ああっ、くやしい! でも以下略!」
「……すまん、何を言っているのか全く分からん」
 水流崎と星野のやり取りに、ザレムは完全に置いてきぼり状態だ。
「いいんですよぉ! 気にしないでください! はぁ、鈍いザレムさんも素敵ですぅ!」
(……なんだこの世界観。俺か? 俺がつっこむしかないのか?)
 側からそれを見ていた檜ケ谷は、思わず素が出そうになってしまった。
 現在、いの一番に飛び込んでいった水流崎を追うような形で、ハンターたちはパン屋の内部を捜索していた。
 見た目よりも案外、中は広いようだった。
 こちら側は店舗スペース、おそらく扉の向こう側には厨房が広がっているのだろう。この店の規模ではもしかすると、パン屋兼小さなカフェを営んでいたのかもしれない。
 シャッターの降りた、暗い屋内は静かだ。不完全ではあったが、スリープクラウドの効果が出ているのかもしれない。
 そんな風に観察を続けていると、それまで先頭を歩いていた超級まりお(ka0824)が、不意打ちのように立ち止まった。
「……見つけた」
 一同、一斉に身構える。だが、懐中電灯の先には何もいない。
「いないじゃないか」
 檜ケ谷の言葉に、ハンターたちに背を向けたままのまりおは、静かに首を横に振った。
「じゃあ、一体どこにいるって言うんだ?」
「ここ」
 ゆっくりと、まりおが振り返る。指差された彼女の顔には、巨大な焼きそばパンが張り付いていた。
「いやぁあああああ!? 怖くはないですけど、普通に気持ち悪いですぅ!」
 わざとらしいまでの叫びを上げ、星野はザレムの背後に身を隠した。
 ザレムのデルタレイが、焼きそば歪虚に直撃した瞬間、相手はまりおの顔から地面へと落下した。
「ザレムくん! 待つんだ! なるべく無傷でお願いする、うん、頑張ればなんとか食べられそうな気がするんだ」
 そのままとどめをさそうとするザレムを、水流崎が必死で押し留める。
「……分かった」
 静かに頷き、ザレムは無言で焼きそばパンの足を切り落とした。
 足を失ってしまえば、パン型歪虚は完全に無害化された。が、視界の暴力だけはどうしようもない。
 よく食べるという発想ができるなと、檜ケ谷は苦笑いを浮かべた。
「これを食べようとする発想がすごいというか、外にいる三人が聞いたら卒倒しそうだね。……あ、一人はもう倒れてるんだっけ」
「いや、案外調理次第ではなんとかなるかもな」
「ザレムくん、僕を一人にしないでもらえないかな」
「は?」
 呆然と立ちすくむまりおの元に、星野が駆け寄る。
「まりおさん、大丈夫ですぅ?」
「実害はないけど、割ときつい。こう、精神的に。でもまあ、とりあえず、もうここにはいないと思う」
「となると、残りは奥ですかぁ」
 
 ハンターたちの視線が、一斉に厨房へと続く扉へと向けられた。


●閑話休題
「い、今、中から叫び声が聞こえましたけど、みなさん大丈夫ですかね!?」
 それまでエスカルラータを看病していたブレナーが、顔を上げる。
 マキナはそれを、至って静かにたしなめた。
「きっと大丈夫。落ち着いて。……それより、エスカルラータさんの様子は?」
「うーん、大きなパン、が、私を、ああ、ごめん、なさい、ウッ」
 一瞬目が覚めたかに思えたエスカルラータだったが、すぐにまた気を失ってしまう。
「ダメです。……相当ショックが大きかったんでしょうね。で、でも! 飛びつかれたのがボクだったとしても、絶対に気絶出来る自信がありますから!」
「そんな自信は、誰も求めていないと思います」
「そうですよね」
 あはは、とブレナーは苦笑いを返す。
「ところで、マキナさんはさっきから何をしているんですか?」
 エスカルラータの額にのせたタオルを取り替えてやりながら、ブレナーはマキナへと視線を向けた。
 先ほどから、マキナは木の板に向き合い、何か文字を書いている。
「……看板、作っているんです。ただ待っているのも、暇ですから」
 顔に微かな笑みを浮かべたマキナに、ブレナーは満面の笑みを返した、
「ソフィアさん、無事にお店を開けるといいですね」
 ブレナーの言葉に、マキナはゆっくりと頷いた。
 ちょうどその時、エスカルラータのために飲み物を買いに走っていたソフィアが、戻ってくるのが見えた。
 中の阿鼻叫喚ぶりとは相反するように、外では穏やかな時間が流れているのだった。


●それは食への冒涜であった
「悪霊退散! 悪霊退散んんんん! もう! こんなの食への冒涜ですぅ! 絶対に許しません! 絶許ですぅ!」
 厨房へと踏み込んだ五人のハンターたちは、三種のパンと対峙していた。
 中途半端にスリープクラウドが効いているせいか、パンたちのスピードは少しばかり遅い。これなら簡単に片付けられそうだ。
 だが速度が遅くなったせいで、しっかりと目視でグロテスクな体色が確認できてしまっている。
 五色光符陣を片手に、星野は怒りを露にした。
「それでも僕は食べる! 食べてみせる! うぉおおおおおお!! だから一応原型は残しておいて!! 後生だからぁ!」
「……僕には信じられないんだけど、本気で食べるつもりなのね。世の中には知らないことがたくさんあるみたい。うん、新発見をありがとう」
「一体何が、彼をそこまで動かしているというんだろうね」
 身近でパンを見ても衰えない水流崎の勢いに、まりおと檜ケ谷は呆れ半分関心半分である。ザレムだけが一貫して、無関心を貫いていた。
 その時、三匹のパンのうちの一匹、カレーパンが、星野に向かって中身を吐き出した。それを合図に、あんパン、ブルーベリージャムパンも一斉に、壁を這いながら中身を吐き出す。
「美少女たちをジャムやカレーや餡まみれにはさせない! うおおおお! 僕が全て受け止める! さあ来い! 受け止めてみせる!」
 水流崎が飛び出すも、そのうちカレーパンが放った一発が、運悪く星野の服へと付着する。
「もぉおおお! いくらエプロンとはいえ、カレーの染みって落とすの面倒なんですよぉ!」
 キレながら飛ばした五色光符陣のうちの一発が、カレーパンへと直撃した。
 体を痙攣させたカレーパンが床へと落下する。落ちた瞬間、地面へとカレーパンの中身が吐き出された。
 一瞬パンが仲間の敗北に動揺した隙を突き、まりおがヒートダガーであんぱんを、ザレムがファイアスローワーで焼きブルベリージャムパンを焼けば、あたりには不気味なまでの静寂が訪れた。
 残されたのはパン歪虚の死骸と、ジャムや餡にまみれたハンターたちの姿であった。
「まずは、風呂に入ろうか」
 考えるまでもなく、全員が檜ケ谷の言葉に頷いた。
 

●開店準備
「すみません。皆さんに、こんなことまで手伝わせてしまって」
 ハンターたちが作業を止め振り向けば、エプロンをしめ、バンダナで長い髪をまとめた、若きパン屋の店主の姿があった。ハンターたちの協力もあり、すっかり店は綺麗になった。小綺麗な内装に、ソフィアの花のような笑顔がよく映えた。
「気にしないでください、人助けが僕たちの仕事ですから」
「そうですそうです。あ、これはどこに置けばいいですか?」
 マキナとブレナーの言葉に、ソフィアはほっと胸を撫で下ろしていた。
 吐き出されたパンたちの内包物を片付けるところから始まり、雨漏りの修繕、窓ガラスの付け替えなどなど、作業の内容は多岐に渡った。
 何も知らない者が見れば、完全に新築のそれだ。すっかり動かなくなったパン歪虚の残骸が部屋の隅にさえ置いていなければ、の話ではあるのだが。
 だがしかし、そんなパン歪虚の残骸の前にしゃがみ込む奇異な男が一人。
 そんな男の様子を伺うように、遠巻きに三人の女性が視線を投げかけていた。
「それ、本当に食べるんですかぁ? ザレムさんはやめておけって言ってましたけどぉ?」
「……私はやめておきます。少しだけ、残念ですけど」
「あんなことがあって、食べるって言う方が驚きだよ」
 星野、エスカルラータ、まりおの三者の意見は、言葉は違えど同じだった。
 あんなもの、誰がなんと言おうが絶対に食べたくない。
 だが、しゃがみ込んでいる男、水流崎は違うようだった。
「それでも僕は食べてみせるッ!」
 独り言のようにつぶやき、男は山の中から一つのパンを取り出す。
 焼きそばパンだった。そのまま迷いなく口へと運び込む。
 瞬間、男の巨体は無様に床の上へと横たえられるのであった。
「ほら、言わんこっちゃない」
「ああもう、だから食べるなって言ったんですよぉ! ザレムさんが言ってたの、聞いてなかったんですかぁ?」
 駆け寄って行く星野とまりおを、エスカルラータは遠い目で見守っていた。
「……ところで、ザレムさんはどこに?」
「ザレムくんなら、用があるって出て行ったよ」
 呟かれた独り言に、たまたま近くを通りがかった檜ケ谷が返事を返す。
「まあ、なんとなく想像はつくけれどね」
 なんのことか今ひとつ理解してない様子のエスカルラータに、檜ケ谷は思わせぶりに目配せをしたのだった。


●不動産屋にて
「知ってましたよね?」
「な、何のことを言っているんだね。君は」
 ザレムの言葉に、不動産店の店主はシラを切る。
 だが、男のあからさまな態度が何よりの証拠である。
 悪は、徹底的に叩く。
 不動産店にバイクで単身乗り込んだザレムは、机一つ挟んだ店主に対し、にこりと、わざとらしいまでの笑みを浮かべる。身を乗り出せば、やましさからだろう。男は、わずかに息を飲んだ。
「ソフィア・グレースさん。ご存知ですよね?」
 ソフィアの名を出せば、男はあからさまに表情を引きつらせた。
「先日この方から、うちのギルドに歪虚の駆除依頼がありまして」
 男の顔に脂汗が浮かぶ。
「ソフィアさんから契約書も見せていただいたんですが、書面のここ。よく見てください。なんと、被害者に保険金が掛けられているんですよ。どうして不動産店との賃貸契約で、保険金が絡んでくるんでしょう? 不思議ですね」
「……そうだ! 知っていた! 歪虚がいると知って安くで貸したんだ! 死んでくれれば保険金も手に入る! これほど美味しい話はないだろう!? 何が欲しい!? 金か!? そうだ、お前も共犯になればいい! ハンターオフィスに共犯がいてくれれば、これほど心強いことはない! どうだ! 半分を分け前でやる! もっとか!? いくら欲しい!?」
「……今の言葉、すべて録音させていただきました」
 男の顔に、絶望がにじむ。
「廃屋一つと、投獄。どちらがお望みですか?」
 微笑みを浮かべたザレムの言葉に、店主はあっさりと敗北を認めたのだった。


●別れ
「皆さん、本当にありがとうございました!」
 ソフィアは去りゆくハンターたちに、深々と礼をした。
「これ、お土産です」
 渡されたのは、パンが入った紙袋だった。袋いっぱいに、大小様々、たくさんの種類のパンが入れられている。
「こ、こんなにいただけませんよ!」
 ブレナーは、反射的に袋を突き返してしまった。
「いいんですよ、私、あんまりお金はあげられないし……。これくらい、お安い御用なんですから」
 そっと少年にパンの入った袋を渡し直し、ソフィアは花のように笑んだ。
「大切にいただきます」
 マキナの言葉に、ソフィアは嬉しそうに頷く。
「なくなったら、また来てください。腕によりをかけた、美味しいパンをご馳走しますから!」
 満面の笑みの店主に見送られ、ハンターたちは店を後にしたのだった。

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  • エスカルラータ(ka0220
    人間(紅)|23才|女性|魔術師

  •  (ka0824
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 刃の先に見る理想
    ブレナー ローゼンベック(ka4184
    人間(蒼)|14才|男性|闘狩人
  • 時の守りと救い
    マキナ・バベッジ(ka4302
    人間(紅)|16才|男性|疾影士
  • DTよ永遠に
    水流崎トミヲ(ka4852
    人間(蒼)|27才|男性|魔術師
  • 幸せを手にした男
    檜ケ谷 樹(ka5040
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/06/24 22:04:57
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マキナ・バベッジ(ka4302
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/06/25 11:51:09