夜襲 ~ガルガヌンク~ side漆黒の森

マスター:葉槻

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/06/28 09:00
完成日
2016/07/12 00:10

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●来訪
「フランツ様」
 几帳面なノック音の後、「お入りなさい」という返事を待ってゆっくりと書斎の扉が開かれた。
「お久しぶりです、おじさま」
 使用人に連れられて現れたのは柔らかく波打つ金髪の少女。彼女は挨拶を述べながらディアンドルの裾をつまみ、そして僅かに膝を落とした。
 上げられた顔、その瞳は大海の青。フランツは懐かしい面影を重ねて双眸を見開いた。
「クリームヒルト様……」
「いつぞやはお手紙ありがとう。おじさまの言葉でもう少し頑張ってみようと言う気になりました」
 その言葉にクリームヒルトが自分を訪ねてきた理由を察した。フランツは眼鏡を胸のポケットにしまい目を細めながら、前に進み出て彼女を出迎える。
「手紙ではこんなに成長し美しくなられているとは窺い知ることもできませんでしたな……お父上もさぞお喜びでしょう」
「ありがとう。チェスをしながら父、先帝ブンドルフの話も聞かせてもらいたいところなんだけど、今日は急ぎなの。いいかしら?」
 クリームヒルトの眼の鋭さをフランツは敢えておどけたような表情で微笑み頷く。
 それを見たクリームヒルトも微笑み返すと、鞄から厚い封書を取り出した。
「まずはこれを見ていただけますか?」
 渡された封書はざっと見積もって30枚以上はありそうな報告書と資料だ。
「解りました、少々お時間頂けますかの……さぁ、お掛けになって下さい」
 ソファへとクリームヒルトを誘い、自分もその向かいに座る。扉の前に立っていた使用人に紅茶をオーダーすると、フランツは静かに書類に目を通し始めた。

 フランツは深い溜息の後、すっかりぬるくなってしまった紅茶を飲み干して目頭を押さえるようにマッサージした。
 報告書は4月に起きたヴルツァライヒ関連の内容だった。一区切り付いたのを見たクリームヒルトは言葉を重ねた。
「テミスは羊飼いの村で暮らしていたそうですが、何者かによって村ごと壊滅……職業訓練施設の皮を被って、暗殺者、不適格者をゾンビとしていたカール・ヴァイトマンによって、テミスは暗殺者として育てられました。カールはもうこの世にはいない。しかしテミスは暗殺者として送り込まれた。どこかに彼女を預かり、そして現政権派の富裕層に向けて差し向けた張本人がいるはずなんです。人間、きっと一人じゃない。複数の暗殺者を隠匿して、必要な時に差し向けるというなら、それなりの場所と人間が必要だと思うの」
「……私の方でも、アダムという医師が歪虚と共に、人間を血のようなスライムへ変えるという胸の痛む事件が起きました。アダムは無事逮捕され、現在取り調べが始まりましたが……その彼が逃亡した際、逃亡先として選ばれた一つにガルガヌンクという場所があります。ズェーベン・ユーベルヴァルン州東端……シュレーベンラントのすぐ隣、という方が正しいですかな」
 その言葉に、クリームヒルトは眉をひそめた。
「歴史書に乗ってた地名ね。錬金術が始まる前まで帝国のエネルギーを担った最初期の採掘場よね。でももう地図にすらない名前よ」
「……さすがですな。再利用している動きがあるのでしょう。複雑な坑道は何かを隠すには最適です。名義はファバルという人物が買い取っているようですが、実体は不確定です」
「町が再興されるって相当なことよ? 働く場所とか。道路とか。地方は今困窮して過疎化するばかりなのに……」
 そこまでいって聡明なクリームヒルトは気づいたようだ。
 一般的な地方の町は維持できない。だが、一般的でなければ? フランツはそもそも一言も『町』とは言っていない。
 人が集まる。不自然に。
 お金が集まる。ありえない速さで。
「ヴルツァライヒの拠点……なのね。ありがとう」
「お待ちください。アダムを操っていたとされる歪虚の行き先はまだ杳として知れません。もしかしたら、歪虚の襲撃に遭って万が一のことがあれば先帝に申し訳が……」
「心づかい感謝します。おじさま。でも非道は止めなきゃならないの。時には無茶してでも」
「……勝てませんなぁ」
 クリームヒルトの言葉に、自分に忠誠を誓わせた瞳によく似た苛烈な視線に射止められて。フランツは根負けし苦笑いを浮かべると丁寧に頭を下げたのだった。

●ガルガヌンク、その周囲の森
 ガルガヌンクは山を抉って作られていた。数百年の昔のままで打ち捨てられた建物は遺跡と言っても過言ではない。
 それを遺跡と呼べないのはところどころ今日日にある壁材で補修がなされ、そこここに灯りがちらちら見えるからだ。生活の息吹がする。
 息づく建物は全てが中央の大きな建物、暗殺者などを飼う『市場』に囲うようにできていた。
 その灯りを見て、貴方たちは森の中へと引き返しながらハンターオフィスにて受けた依頼の内容を思い出していた。

「皆さんの仕事はこのメインの街道の抑えですな」
 地図上でガルガヌンクから一つ森を抜けた先。蛇行している一本道を指してフランツは続ける。
「ここで、逃げてきたガルガヌンク関係者をなるべく生きて捕らえる事……それが1つ目」
「一つ目?」
 問うハンターを一瞥すると地図を広げ、一つの町を指差した。
「実は、数日前から怪しい荷馬車が目撃されておってな。恐らく荷は、人、もしくは、武器。あるいは」
「両方……か」
 呟いたハンターにフランツは頷いた。
「どうやら目的地がガルガヌンクであるらしい事が発覚し、奇しくも今日に被ったのは我々にとっても想定外じゃったが……異変に気付かれて逃げられでもしたら困るので、町の様子が見えない所で、ギリギリまで引き付けて捕縛してほしいんじゃ」
 地図で指し示された位置から隣町までは馬で20分も行けば着いてしまう。
 うっかり取り逃がせば夜の森の中、もしくは町の人混みに紛れてしまうだろう。
「具体的な武器の数、保護すべき人の数は判っておらん。ただ、歪虚などではないことだけは確かじゃろう、そこは安心しておくれ」
「何で判る?」
「下調べに向かった者からの報告じゃよ。それから、定期的にパンと水などの差し入れもしていた様子が目撃されておるそうじゃ」
 量的にはおそらく3~5人程度と思われるが、この人数を保護し、暗がりの中敵に逃げられないよう捕縛する、というのは中々に骨が折れそうだった。
「敵は恐らく覚醒者が4人。それぞれが身につけている得物は大剣、ライフル銃、棍、ダガーといった物が見えた、と」
 他にも武器を隠し持っている可能性、またクラス・レベル共に不明。馬車は2頭立てで4人が交代で御者していたらしい。
「相手は流れ者の覚醒者。油断すると足元を掬われる可能性がないとも限らんが……まぁ、皆さんの実力を鑑みればただの杞憂じゃろうて」
 にっこりと笑ってフランツは地図を一人のハンターへと手渡した。
「それでは、万事解決を期待しておるよ」
 そうフランツは微笑んで彼らを送り出したのだった。

リプレイ本文

●森の賢者の視線
 漆黒の森の中、一羽の梟が音も無く枝に止まった。
 その瞳にはランプを灯した荷馬車が一台映っている。
 荷馬車は暗く細い獣道を慎重に奥へと進んでいく。
 それを見送って、梟はホゥホゥと鳴いた。


「年頃の女の子をこんな夜中に働かすなんてまったく! 傍迷惑な連中です!」
 「エステルさんもそう思いませんかっ!?」とソフィア =リリィホルム(ka2383)に話しを振られ、全く話しを聞いていなかったエステル・クレティエ(ka3783)はその双眸をぱちくりと瞬かせて「え、えぇ、そう……ですね?」と曖昧に相づちを打った。
 頬を膨らませながら穴を掘るソフィアにはそんなエステルの微妙な表情は見えず、「ですよねっ!」と同意を得られたことに満足そうに一層頬を膨らませながら手を動かす。
 そんなソフィアの言動を呆然と見守り、エステルはふるふると首を横に振った。
『人同士の戦いに深入りはするな』
 兄の言葉がエステルの心に棘となって刺さっていた。確かに認識や覚悟が甘いという自覚はある。
「でも、彼女の様な暗殺者はこれ以上……」
「ん? 何か言った?」
「え? あぁいえ、何にも」
 そう? と再び罠制作に戻ったソフィアを見て、そっと息を吐く。そして知らず口を付いて出ていたらしい言葉を、今度こそ心の中で反芻し、その決意を灯した瞳でガルガヌンクの町がある方向を見た。

 ――町は大きなランタンのように夜を灯している。

「始まった」
 エリオ・アスコリ(ka5928)は双眼鏡を降ろして、肉眼で町の方角を見る。それに釣られて金目(ka6190)も目を向けた。
 暗闇になれた目には不自然にその方角だけ空が明るく見え、禍々しささえ感じる程だ。

「どうして、“捕縛”なんですか?」
 夜襲組は敵の生死は不問だと聞いた金目がフランツに問うと、フランツは眼鏡の奥の瞳を少しだけ細めた。
「逃亡するということは、積極的に闘う術は持たないが、生きたいと思っている者。もしくは、死ねない理由がある者じゃろう。どのみち一族郎党皆殺しなんぞ出来る訳も無い。ならば買う恨みは少なくその分恩を売り、その命を『活かし』次に繋げることが重要……そうは思わんかね?」

 劉 厳靖(ka4574)はその回答を聞いたとき、「理想論だな」と思わず失笑した。
 生き残った事で恨みを持ち続け復讐の為に生きている者を実際に目の当たりにしている身としては、フランツの言葉は綺麗事が過ぎる。
 だが、いくつかフランツ経由で依頼を受けてきた中で、今まで一度も『生死問わず』と言われた事がないのもまた事実だ。つまり、少なくともフランツの言葉に嘘はないのだろう。
 ――ならば、その理想に付き合うのも悪くない。少なくともコマになると約束した身だ。
「数も不明、一般人も混ざってるかもってなると、殺さずってのも骨が折れるねぇ」
 罠を仕掛け終えた劉は小さく愚痴をこぼしながらエステルの傍へと歩いて行った。

「まだ、のこっていたんだな。ヴルツァライヒ」
 神城・錬(ka3822)の言葉に、久我・御言(ka4137)は顔を上げた。
 2人は顔を合わせた瞬間、1年前に一度ヴルツァライヒに関する依頼で一緒になった事を思い出していた。そして、その依頼が心躍るような楽しい物では決して無かった事を同時に思い出す。
「ヴルツァライヒか。まだ何かと関わってくるものだね」
 両肩を竦めるように御言が応えながら、樹の根元で結んだロープを引っ張る。
「チョットごめん、ネッと。連絡、まだ来ないカナ?」
 アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)が御言の罠を器用に避けながらエステルに近付くと小声で声を掛けた。
「……はい……」
 向こうも暗闇の中混戦しているのかもしれない。しかし、町の方角から幽かな発砲音が聞こえるようになって随分時間が経った。そろそろ逃亡者達がこちらへ来てもおかしくない。
 一同は息を潜めて、逃亡者の来訪を待った。


●森の王者の躍動
 ガサガザッと派手に草木を掻き分ける音を立てながら3人の男女が森の中へと入っていく。
「もうすぐ積荷の馬車が来るはずだ……あれと合流できれば……どわっ!?」
「ちょ、どうしたんだい!? ……きゃぁっ!!」
 男がロープで作った罠で転倒し、女は浅く掘られた穴に躓いていた。
「おいおい、お前等2人揃ってなにやってんだよ……むにゃぁ」
 後ろについていた男が膝から崩れるように倒れると、イビキをかいて爆睡している。
「ふむ」
 淡々と錬がロープを取り出すと、手早く3人を一纏めに括り上げる。
 一方でスリープクラウドを放ったエステルの顔色は優れない。
「向こうも暗がりの中闘ってるんだ。その子の所からじゃ逃亡者が見えないのかも知れない」
 エステルを気遣うように劉が告げ、エステルは口元に微笑を浮かべ「はい」と頷く。
 思い浮かべるのは大好きで大切な友人の顔、それから……
「兄さま」
 エステルは祈るように両手を前に組んで、2人の無事を、それから皆の無事を願った。

 1人、獣道へと入ってきた女を見つけ、髪を灰銀色に染めたソフィアが躍り出ると、女は驚いたようによろめき、首を振った。
「見逃して下さい! お腹に、子供が……!」
「へっ!?」
 予想外の言葉にソフィアの動きが思わず止まる。すると、女はそれを好機とみたのか、その懐から漆黒の何かを抜き放ち――
「そりゃ大変だ」
 後ろから間合いを詰めた御言が女の後頭部を銃床で殴り付け、女の意識を奪った。
 乾いた音を立てて地面に落ちるたのは黒光りする拳銃だった。
(え、えぇえええ?!)
 何とか口元を覆うことで叫び声を上げるのは堪えたソフィアが御言を見ると、御言は涼やかな表情のまま首を傾げた。
「多分、嘘だと思うが、何にせよ見逃すわけにはいかない」
 御言はバラの花びらを散らしながら後ろ手で縛り上げ、他に武器を持っていないか一通りチェックをすると、一応いわゆる『お姫様だっこ』で抱きかかえ、逃亡者を集めている場所へと運んでいく。
 その一部始終をぽかんと見守って、その背を見送りながらソフィアは片手で顔を覆って唸った。
「最近の若者は、性質が悪い……」

「よっ」
 金目が脚を目がけてワイヤーウィップを放てば、逃亡者はそれを軽々と避けて見せた。
「覚醒者か!」
 白い虎の耳と尻尾を生やしたエリオが飛び出し、ライトを顔に当てるが素早く顔を背け、森の中へと入っていこうとする。
「逃がすか!」
 金目は素早い身のこなしから恐らく疾影士であると予測を付け、ジェットブーツで後を追うと、人差し指で三角形を描き、その頂点から光線を放つ。
 一つは逃亡者の背面へ、他2つはその先にある細い木の枝へ。穿たれた木の枝は逃亡者の目前へと落ち、思わず逃亡者は足を止めた。
「観念しなよ」
 エリオが放った気功波が逃亡者の後頭部に炸裂し、ついに2人は逃亡者に追いついた。
「っ……こんなところで……!」
 その背丈、声からして、若い男。シルエットしか解らないが恐らくエリオと殆ど年齢差を感じない。
「落ち着け。大人しく投降すれば悪いようにはしない」
 エリオが低く落ち着いた声で告げるが、男は腰からナイフを抜き放つと、それを逆手に持って振り上げた。
「貴様等に捕まるくらいならっ!」
「やめろっ!」
 金目が叫ぶのと、夜の闇よりも暗い影が男にぶつかるのとほぼ同時だった。
 男は大地に万歳するように顔面から落ちた。
「ふー、ヤレヤレ。間一髪、ってところダネ。チョット手加減し損なったケド、大丈夫だったカナ?」
 樹の間からフェアリーステッキを回しながら現れたのはアルヴィン。普段なら覚醒するとキラキラと星が煌めくのだが、今日はそれを意志の力でぐっと抑えている。
 金目は男の首元に触れ、脈があり呼吸をしていることを確認して頷く。
「怪我は後で治すとシテ、持ち場に戻らないとネ。随分、離れちゃったカラ」
 アルヴィンの言葉に頷き、金目が男を背負い込んだ。
 エリオは地面に落ちていたナイフを拾い、気を失っている男を見る。
 ――やはり、自分とさほど外見的には変わらないぐらいか。
 顔や髪にかかっている土や枯れ葉を払ってやりながら、エリオは知らず溜息を吐いた。
 あの町に命をかけるほどの価値があるとは思えない。それでも、男は捕まるくらいならと自害を選ぼうとした。
「何が起ころうとしているんだ……」
「エリオさん?」
 覚醒し、名前の通り金色の瞳を向ける金目の問いに「なんでも無い」と答え、エリオは持ち場へと踵を返した。


「……来た」
 木の幹に寄りかかり、静かに耳を澄ませていたレイ・T・ベッドフォード(ka2398)が小さく呟くと、固く閉じていた双眸を開いた。
「……まだ遠いですが。でもフクロウの目なら見えるでしょう」
 範囲ギリギリの所で待機させているフクロウへと視覚をシンクロさせる。
 暗闇の森の中、煌々と夜道を照らすランプが木の幹と幹の間でチラチラと見えた。
「……月明かりが無いのは幸いでしたね」
「あとどれくらいだ?」
「そうですね……恐らく、2~3分後」
「予想より早いな」
 エアルドフリス(ka1856)はほぼ無防備となっているレイの正面に立ち、周囲に変化が無いか耳をそばだてていたが、短伝話を取り出すと、アルヴィンへとコールした。
 ワンコールもしないうちに通信が繋がり、ノック音が受話器から聞こえる。
 それに対し眉間にしわを寄せながらエアルドフリスもノックで返す。
 向こうからもノック音が返り、通話を切った。
「向こうはまだ終わらない。こちらでやるしか無いな。幾人かこっちへ来るはずだ」
「そうですね。音を聞く限り、かなり散発的でしたから、向こうは少人数でも何とかなるでしょう」
 こちらを見ているようで別の場所を見ている、というレイとの会話は少し落ち着かない。
 空を見上げ……そこには鬱蒼と茂った針葉樹の枝葉しか見えなかった。
「ふむ、月すら見えんか」
 エアルドフリスの周囲に彼にだけ聞こえる雨音が響き、少し青みを深めた瞳は、まだ見えぬ馬車へと向かうように眇められた。
「……俺はいつでも行ける。出るタイミングを教えてくれ」


●森の狩人の爪と牙
「……あぁ、よかった」
 エステルが口元をハンカチで抑えながらも思わず安堵の声を上げた。
「連絡が来たのかい?」
 御言の言葉にエステルは頷いた。
「町の制圧は終了、逃亡者は13名だそうです」
「んじゃぁ、あと5人か」
 ロープで縛って猿轡を噛まして転がした8人を見て、劉が肩を竦めた。
「エリオ、金目、それから神城とソフィアにはもう向こうに向かって貰ったしな。アルヴィン、お前さんも行くかい?」
「んー……5人が5人とも覚醒者の可能性があるカラ、僕はコッチに残ろうカナ」
 アルヴィンの言葉に3人は頷くと、まだ来る逃亡者への対応に奔走した。


「こちらに4人向かっているようですが……馬車の到着の方が早いですね、間もなく最後のカーブを越えます」
「わかった」
 エアルドフリスはカドゥケウスを握り締める。
 ガラガラと回る車輪の音が、馬の蹄の音が、踏み倒される草木の音が無音だった漆黒の森に響く。
 レイも視覚のシンクロを解くと、軽く眉間を揉みながら自分の視野にならし、翡翠の瞳でエアルドフリスを見た。
 二つの視線が絡まり、同時に小さく頷くと2人は馬車の前へと身を躍らせた。
 馬車の10m手前でアースウォールを展開し道を塞ぐと、御者役の覚醒者は慌てて激突する前に馬を止めた。
「何だ? どうした?」
「道がふさがってるんだ。なんだ、これ……アースウォール?」
 御者席の後ろから聞こえる声に、御者役の男が、馬を宥めながら土壁へと近付いていく。
 その男へ、滑るように躍り出たレイがハルバードを振り下ろす。
 それを背に負っていた大剣の鞘ごと受けると、男はバックステップで間合いを取る。
「敵襲だ!」
 その声に御者席に座っていたもう1人が棍を構え、奥にいた1人が飛び出るとダガーを構える。
 銃弾がレイの足元を穿ち、幌の隙間から銃口が覗いているのが見えた。
「……何者だ」
 大剣の男に問われて、レイは笑顔で一礼して見せた。
「SKMでございます」
「SKM?」
「シュレーベンラントを、心から、まもり隊。言葉の通りでございます」
「っち、ふざけやがって!」
「待って! 仲間に魔術師がいるよ!」
 レイ目がけて飛び掛かろうとした男に、女の声がかかると同時に火矢が放たれる。
 レイは猫のよう笑みを貼り付かせたままそれを受け払うと、荷馬車から距離を取る。
「円環の裡に万物は巡る。理の護り手にして旅人たる月、我が言霊を御身が雫と為し給え」
 次の瞬間、蒼色の燐光が荷馬車を中心に広がる。
 土壁の向こうに居たエアルドフリスがスリープクラウドを放ったのだ。
 しかし、そこは腐っても覚醒者。眠気に打ち克ち、口元を抑えながら、レイへ向かって攻撃をしかけ始める。
「下がって!」
 レイに大剣を向けた男が、女の声に反応し慌てて後ろに下がると、女から生み出された火球が土壁ごと周囲を爆風に包む。
 レイもまた両腕を顔前で交差させ爆風から守ったが、その直後に大剣が風を切りながら襲いかかってきたのをハルバードで流し避ける。
 その脇を、素早い身のこなしで(体格からして恐らく)男が駆け抜けていく。
「エアルドフリス様!」
 脇を銃弾が掠め、流石に庇いに向かうことが出来ず、レイが声を上げた。
 壁の向こうに男が飛び込むと、「ギャ」という悲鳴が上がった。
「間に合ったか」
 ここまでランアウトで走ってきた錬が男の左上腕を小太刀で切り裂いていた。
 更に気功波が男の鳩尾を抉り、デルタレイが大剣使いと魔術師も含めて穿った。
「ボクも運び屋だけどね、生憎とお前らのような仕事は御免だよ」
 拳を握り締め、エリオは3人を睨み付けた。

「ちょ、みんな、早すぎっ」
 草木を掻き分け現れたソフィアへ銃弾が襲いかかる。
 しかし、その銃弾は光りの障壁に威力を削ぎ落とされ、逆に馬車の中に居た猟撃士が馬車から転げ落ちた。
「あはっ、ごめんね?」
 攻性防壁に守られたソフィアはぺろりと舌を見せながら、ピュアホワイトを構えて荷台へと走り寄った。
 後ろから麻布の幕を開け、その眼球を刺激する程の悪臭に思わず眉間を寄せ、肘で鼻と口元を覆った。
 木箱が並んでいる、その奥。
 鉄格子の檻。
 その檻の隅で固まっている――
「……酷いっ!」
 ソフィアは踵を返すと、まだ倒れたまま上手く動けないでいる機導師のもとへと走った。そして、機導師の男の襟首を掴むと荷台を指差した。
「あんた達……人を、何だと思っているのっ!!」
 恐らく檻に閉じ込めてから一度も外に出していないのだ。
 垂れ流しの汚物、冷たい鉄の棒の上で、暗闇になれた目だから見えた、ガリガリに痩せ、折り重なるようにして眠っていた8人もの人々。

 『量的にはおそらく3~5人程度』

 とんでもない。連中は食事も最低限しか与えることもせず運んでいたのだ。
 作戦上可能であればガルガヌンクから逃げてきた「商品」を装おうと思っていたソフィアは、服と顔を汚し、必死に逃げてきた振りをしようとしていた。だが、彼らの真似は出来ない。出来るはずも無い。
「何とか言えーっ!!」
 怒りと悲しみと驚きと悔しさと、様々な感情が一気に渦巻いてソフィアは激昂した。
 ライフル銃はその構造上接射は出来ない。猟撃士の男は未だ震える手で懐から拳銃を取り出そうとしたが、それを許すソフィアでは無い。
 機杖を振り上げるとその先端にありったけの雷撃を込めて男の頬を殴り飛ばした。


●森の音楽家の憂鬱
「あと3人が見つからん」
 御言の言葉に、合流した荷馬車対策班の面々は顔を見合わせた。
「……可能性としては3つ。1つ、実は町の中にまだいる。2つ、途中で息絶えている。3つ、俺たちの目をくぐり抜けて逃走した」
「まさか」
 劉の指摘に錬が片眉を跳ね上げるが、レイとエリオはなるほど、と頷いた。
「逃亡者にも霊闘士がいた可能性、ですか」
「えぇ、私と同じように探ったのかも知れません」
「とりあず、あの中にいる者達をどうにかしてやらんと」
 エアルドフリスが荷馬車へと視線を向ける。
 檻の中の8人は余程疲労が大きいのか、抵抗力が無いのか。誰ひとりとして起きる気配が無い。
「あ、エステルさんは、こっち」
「応急手当を手伝って貰えますか?」
「? はい」
 荷馬車に向かおうとしたエステルはエリオと金目に促されて、すっかりのびきっている運び屋達へと向かった。
「どう?」
 荷台から降りてきたアルヴィンへソフィアはそっと声を掛けた。
「んー。僕は医者じゃないカラ、正確な事はわからないケド。酷い外傷トカはなさそうカナ。よく寝てるネ」
「そっか」
 少しだけ安心したようなソフィアの額を、アルヴィンはツン、と人差し指で突いた。
「眉間にシワ、クセになっちゃうヨ? 大丈夫。起きたら身体を綺麗にシテ、ご飯食べてもらおうネ」
「……うん」

 葉擦れがさざ波のように響く。
「……生きるために売られ、生き方を強いられる、ですか」
 まるで家畜のようですね、とレイはぽつり零した。
 病巣がどこなのか。表出が違うだけで貧困と反政府組織、その根は、同じに思えた。
「それでも……私は、手をさしのべ続けたい」
 梟の仕業か。鼠かリスのか細い鳴き声に、静かな夜が闇を増していくような気配を感じて、レイは瞳を閉じた。

依頼結果

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MVP一覧

  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリスka1856
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエka3783
  • 正秋隊(紫龍)
    劉 厳靖ka4574
  • 緑青の波濤
    エリオ・アスコリka5928

重体一覧

参加者一覧

  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • SKMコンサルタント
    レイ・T・ベッドフォード(ka2398
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 良き羅針盤
    神城・錬(ka3822
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • 正秋隊(紫龍)
    劉 厳靖(ka4574
    人間(紅)|36才|男性|闘狩人
  • 緑青の波濤
    エリオ・アスコリ(ka5928
    人間(紅)|17才|男性|格闘士
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 辺境伯に質問
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/06/27 23:24:44
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/06/27 08:53:20
アイコン 相談卓
エリオ・アスコリ(ka5928
人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|格闘士(マスターアームズ)
最終発言
2016/06/28 02:34:36