ゲスト
(ka0000)
退路なき闘争【紅】
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/10 22:00
- 完成日
- 2014/09/16 01:41
みんなの思い出
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オープニング
●
昏き森の中。そこでは獣の気配は久しく絶えていた。
何故か。
数多の歪虚が、犇めいてるからだ。人のように二足で立つ、羊の歪虚達。
獣臭は質量を感じさせる程に満ち溢れていた。中心に座す赤羊。周囲の羊達より二回り程大きい巨体の羊が、その群れの長であろう。
瞑想するかのような赤羊の周囲では、羊達も大人しくしていた。
様相の異なる羊の集団が現れてから、様相が些か変わってきた。
その群れを率いていたのは赤羊を遥かに上回る巨体。赤羊に比べ背丈はさらに二回り。腹回りは四倍程もある。
じきに。赤羊は立ち上がった。
巨体をだらしなく揺らす羊が歓喜するように鳴くと、森全体が唸るかのように、低く、音が響いた。
●
傷が癒えたフォーリ・イノサンティは王国に戻った。転移門を用いた転移により帰郷にはさして時間は掛からない。
屋敷では使用人達に迎えられた。次々とかけられる悔みの言葉に、フォーリは小さく頷き礼を返しながら屋敷に足を踏み入れる。閑散とした屋敷は、かつての姿と違っていた。当然の事だった。思い出と共を捨てる事を望んだのは彼自身だ。
――連絡はいつでもどうぞ。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の見送りの言葉を思い出す。道理を通し、義理を示している。貴族らしくも商人らしくもない態度に、自らを悲嘆するように息を吐いた。
「出立の用意をして下さい」
使用人にそう告げると、彼らは意を察して頷いていた。
●
デュニクス。王国の西部にあるこの街が、フォーリの妻の故郷であった。
弔うのであれば砦であるハルトフォートよりも、彼女が愛したこの地が良かろうと思っての事であった。付き従って来た使用人達と共に教会に趣き、葬式の手配をする。
ひそやかな式になった。
妻と息子達の名が刻まれた墓碑と遺髪が新たに加わった墓地を包む静寂が、胸に残った。
式を終え、郊外の墓地から市街地に戻ると騒がしい街の気配にフォーリは眉を寄せた。惑いと、怯懦の香り。馴染みのある気配がした。
●
――羊達の集団が、この街に向かっているのだという。
「で、今度はハンターが見つけたという訳だ」
詰所で騎士団員の一人が事情を告げた。今度は、とは、行商人が見つけた羊達の一団がこの地を襲った六月の一件を指していた。
「数は七十体以上。うち二体、指揮官級のやつが居たそうだ。ハンターの見立てだから、ある程度は正確だろう」
「うげ……多くね?」
「多いね……」
その場にはハンター達の姿もある。同盟での大規模作戦の影響もあり、緊急的に動かせる騎士には限りがあったのだろう。
「どうしようクリス。退く? 帰る?」
「しっ! 静かにしろよティア。聞こえたら気まずいだろ?!」
囁き声でも、静かなこの場ではよく響く。本人達だけがその事実に気づいておらず、フォーリは小さく微笑みを零しながら言った。
「集められた戦力で、この街を何とか守らねばならない、ですね」
「ええ、その通りです。フォーリ殿」
騎士団員はフォーリの事を知っているようだった。戦歴の長さ、そして西部の守護を統括するハルトフォートに聖堂戦士団員としての拠点を構えている都合もあり、西部ではフォーリは顔が利く。
「ご意見を聞かせて頂いても?」
頼る騎士の声に、思わずクリスとティアは振り向いた。
「……聞いたか?」
「生意気そうなあの騎士が……」
感嘆混じりの視線と同時に、騎士の憤怒の気配が満ちる。苦笑を返して、フォーリは言った。
「打って出るしか、無いでしょう」
「……何故、ですか?」
「この街は、既に傷ついている」
デュニクスは農業、そして、造酒で知られる街だ。二度も土地を荒らされては、取り返しの付かない事になる。
「この街を真に護るのであれば、それ以外にありえません」
私情は多分に有る。だが、聖堂戦士団員である彼にとって『この街』を護る、という意義もまた強く。
「それに……この場に居る私達なら、十分に成し遂げることが出来ると思います」
そう、言った
●
デュニクスから十分に離れた土地での迎撃となった。発見が早かったのが幸いし、大凡フォーリの描いた通りである。夏雲が浮かぶ空の元、小さかった敵の影が徐々に大きくなってくる。
相対するのは騎士とハンター達の混成集団だ。敵は二群からなるという想定の元、右翼と左翼に分かれる。左翼は騎士が多く、右翼はフォーリとハンター達が中心である。先ほどのクリスとティアは騎士のご指名で左翼に配されているようだった。
フォーリは静かに息を整え、身体の調子を確認する。傷は癒えたが、本調子とは言い難い。加えて借り物の装備だ。左手には小盾。右手には鉄槌。
「……」
戦いに向け、心を澄ます。同時に、湧き上がるものがあった。
彼方には歪虚。妻子を奪った狂気の歪虚ではなさそうだ。
――――。
ちり、と。何かが、どこかで、疼いた。
「…………あの街には、触れさせません」
紡ぐ。徐々に近づく敵を前に、フォーリは聖光を描き。
「我らに光の加護があらん事を!」
声と共に、歩を進めた。
●
先手は、人類側が取った。情報では羊達の獲物は近接武器のみ。それを見越していた騎士とハンター達は、距離を詰められるまでに大量に矢弾を使い、魔術を放った。左翼と相対するのは、巨体かつ肥満の羊に率いられる、肥満体の羊達。右翼側は、赤羊を後方に据えた羊達だ。
後方火力を受けて、赤羊が雄々しく嘶いた。即座に羊達は疾走に転じる。間合いを詰める為か。歪虚と人類の前衛がぶつかり合い――直ぐに、混戦となる。
そこで。
フォーリは、鬼神の如き戦ぶりを見せた。
●
食らいつく羊の口腔に小盾を打ち付け、右手から迫る羊の戦斧ごと頭蓋を砕く。切り開く。押し開く。
「――――――ッ!」
気勢が、怒声となって響いた。
中央の赤羊。あれがこの場の長だと知れる。此処の実力では勝ろうが、数で劣る我々が勝利を収めるにはそこを崩す他、無い。
薄く、守りを張る羊達。前衛の隙間から振るわれる長柄の獲物。報告にあるよりも遥かに組織的な動きだ。
故にフォーリは、強引に押し開く事にした。
理屈が、衝動を後押ししていた。
――■ス。
「オォ………ッ!」
叫んだ。返り血を幾重にも浴びながら、進む。ハンター達と騎士が続き、血煙が上がる。左脇腹に突撃してきた羊を膝と肘で挟みこむようにして受け止めると、後続の騎士の槍が刺し貫いた。
敵も、意図を察したのだろう。事態は、流れが、変わる。確信して声を張った。
「後続! 敵を近づけないように展開! 【皆さん】と私は――!」
視線の先。身を屈めた赤羊。
——来る!
瞬後、その突撃を受け止めた盾が砕けた。
だが、抜かせない。フォーリはその勢いを全身の筋力で無理矢理に止め、血を吐きながら、声を張った。
「――こいつを、討ちます!」
返り血を浴びた赤羊が、ニィと歯を向いて、嗤っていた。
昏き森の中。そこでは獣の気配は久しく絶えていた。
何故か。
数多の歪虚が、犇めいてるからだ。人のように二足で立つ、羊の歪虚達。
獣臭は質量を感じさせる程に満ち溢れていた。中心に座す赤羊。周囲の羊達より二回り程大きい巨体の羊が、その群れの長であろう。
瞑想するかのような赤羊の周囲では、羊達も大人しくしていた。
様相の異なる羊の集団が現れてから、様相が些か変わってきた。
その群れを率いていたのは赤羊を遥かに上回る巨体。赤羊に比べ背丈はさらに二回り。腹回りは四倍程もある。
じきに。赤羊は立ち上がった。
巨体をだらしなく揺らす羊が歓喜するように鳴くと、森全体が唸るかのように、低く、音が響いた。
●
傷が癒えたフォーリ・イノサンティは王国に戻った。転移門を用いた転移により帰郷にはさして時間は掛からない。
屋敷では使用人達に迎えられた。次々とかけられる悔みの言葉に、フォーリは小さく頷き礼を返しながら屋敷に足を踏み入れる。閑散とした屋敷は、かつての姿と違っていた。当然の事だった。思い出と共を捨てる事を望んだのは彼自身だ。
――連絡はいつでもどうぞ。
ヘクス・シャルシェレット(kz0015)の見送りの言葉を思い出す。道理を通し、義理を示している。貴族らしくも商人らしくもない態度に、自らを悲嘆するように息を吐いた。
「出立の用意をして下さい」
使用人にそう告げると、彼らは意を察して頷いていた。
●
デュニクス。王国の西部にあるこの街が、フォーリの妻の故郷であった。
弔うのであれば砦であるハルトフォートよりも、彼女が愛したこの地が良かろうと思っての事であった。付き従って来た使用人達と共に教会に趣き、葬式の手配をする。
ひそやかな式になった。
妻と息子達の名が刻まれた墓碑と遺髪が新たに加わった墓地を包む静寂が、胸に残った。
式を終え、郊外の墓地から市街地に戻ると騒がしい街の気配にフォーリは眉を寄せた。惑いと、怯懦の香り。馴染みのある気配がした。
●
――羊達の集団が、この街に向かっているのだという。
「で、今度はハンターが見つけたという訳だ」
詰所で騎士団員の一人が事情を告げた。今度は、とは、行商人が見つけた羊達の一団がこの地を襲った六月の一件を指していた。
「数は七十体以上。うち二体、指揮官級のやつが居たそうだ。ハンターの見立てだから、ある程度は正確だろう」
「うげ……多くね?」
「多いね……」
その場にはハンター達の姿もある。同盟での大規模作戦の影響もあり、緊急的に動かせる騎士には限りがあったのだろう。
「どうしようクリス。退く? 帰る?」
「しっ! 静かにしろよティア。聞こえたら気まずいだろ?!」
囁き声でも、静かなこの場ではよく響く。本人達だけがその事実に気づいておらず、フォーリは小さく微笑みを零しながら言った。
「集められた戦力で、この街を何とか守らねばならない、ですね」
「ええ、その通りです。フォーリ殿」
騎士団員はフォーリの事を知っているようだった。戦歴の長さ、そして西部の守護を統括するハルトフォートに聖堂戦士団員としての拠点を構えている都合もあり、西部ではフォーリは顔が利く。
「ご意見を聞かせて頂いても?」
頼る騎士の声に、思わずクリスとティアは振り向いた。
「……聞いたか?」
「生意気そうなあの騎士が……」
感嘆混じりの視線と同時に、騎士の憤怒の気配が満ちる。苦笑を返して、フォーリは言った。
「打って出るしか、無いでしょう」
「……何故、ですか?」
「この街は、既に傷ついている」
デュニクスは農業、そして、造酒で知られる街だ。二度も土地を荒らされては、取り返しの付かない事になる。
「この街を真に護るのであれば、それ以外にありえません」
私情は多分に有る。だが、聖堂戦士団員である彼にとって『この街』を護る、という意義もまた強く。
「それに……この場に居る私達なら、十分に成し遂げることが出来ると思います」
そう、言った
●
デュニクスから十分に離れた土地での迎撃となった。発見が早かったのが幸いし、大凡フォーリの描いた通りである。夏雲が浮かぶ空の元、小さかった敵の影が徐々に大きくなってくる。
相対するのは騎士とハンター達の混成集団だ。敵は二群からなるという想定の元、右翼と左翼に分かれる。左翼は騎士が多く、右翼はフォーリとハンター達が中心である。先ほどのクリスとティアは騎士のご指名で左翼に配されているようだった。
フォーリは静かに息を整え、身体の調子を確認する。傷は癒えたが、本調子とは言い難い。加えて借り物の装備だ。左手には小盾。右手には鉄槌。
「……」
戦いに向け、心を澄ます。同時に、湧き上がるものがあった。
彼方には歪虚。妻子を奪った狂気の歪虚ではなさそうだ。
――――。
ちり、と。何かが、どこかで、疼いた。
「…………あの街には、触れさせません」
紡ぐ。徐々に近づく敵を前に、フォーリは聖光を描き。
「我らに光の加護があらん事を!」
声と共に、歩を進めた。
●
先手は、人類側が取った。情報では羊達の獲物は近接武器のみ。それを見越していた騎士とハンター達は、距離を詰められるまでに大量に矢弾を使い、魔術を放った。左翼と相対するのは、巨体かつ肥満の羊に率いられる、肥満体の羊達。右翼側は、赤羊を後方に据えた羊達だ。
後方火力を受けて、赤羊が雄々しく嘶いた。即座に羊達は疾走に転じる。間合いを詰める為か。歪虚と人類の前衛がぶつかり合い――直ぐに、混戦となる。
そこで。
フォーリは、鬼神の如き戦ぶりを見せた。
●
食らいつく羊の口腔に小盾を打ち付け、右手から迫る羊の戦斧ごと頭蓋を砕く。切り開く。押し開く。
「――――――ッ!」
気勢が、怒声となって響いた。
中央の赤羊。あれがこの場の長だと知れる。此処の実力では勝ろうが、数で劣る我々が勝利を収めるにはそこを崩す他、無い。
薄く、守りを張る羊達。前衛の隙間から振るわれる長柄の獲物。報告にあるよりも遥かに組織的な動きだ。
故にフォーリは、強引に押し開く事にした。
理屈が、衝動を後押ししていた。
――■ス。
「オォ………ッ!」
叫んだ。返り血を幾重にも浴びながら、進む。ハンター達と騎士が続き、血煙が上がる。左脇腹に突撃してきた羊を膝と肘で挟みこむようにして受け止めると、後続の騎士の槍が刺し貫いた。
敵も、意図を察したのだろう。事態は、流れが、変わる。確信して声を張った。
「後続! 敵を近づけないように展開! 【皆さん】と私は――!」
視線の先。身を屈めた赤羊。
——来る!
瞬後、その突撃を受け止めた盾が砕けた。
だが、抜かせない。フォーリはその勢いを全身の筋力で無理矢理に止め、血を吐きながら、声を張った。
「――こいつを、討ちます!」
返り血を浴びた赤羊が、ニィと歯を向いて、嗤っていた。
リプレイ本文
●
蒼天の下、歪虚の血で彩られた血路が開かれた。
強引に押し開いて往くハンターとフォーリと、相対する赤羊に率いられた一同によって描かれるのは鏡写しのシンメトリーだ。双方ともに、放たれた鏃の如く動き――それが、ほどけるように乱れた。
均衡は数瞬。直ぐに、乱戦へとなだれ込む。
●再会、相対
ガルシア・ペレイロ(ka0213)は大盾を構えて歯を剥いて笑った。
「此処は俺が引き継ぐ。一旦体勢を整えろ!」
赤羊とフォーリ、両者の均衡に割って入った。剥き出しの笑みのまま、フォーリに向かって叫ぶ。大盾を携え、赤羊の得物を弾いた。
「かたじけない!」
フォーリが引いたのを視線の端でガルシアは確認し、直ぐに赤羊に向き直る。真正面。血色の羊毛が燃えるように揺らめいている。視線には獰猛な殺意。そこに侮蔑の感情が滲んだように見えて、ガルシアは赤羊が己を認識していることを理解した。
「――今回は、前と同じようにはいかねぇぜ?」
嘯くガルシアに、赤羊は得物を振るって応えた。
「フォーリ殿、これを」
白羊に相対する寸前にマーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)がフォーリに盾を差し出した。
そうしてじつ、と少女はフォーリを見た。内奥を、その乱れを見通そうとするように。だが、判然とはしなかった。だから、言葉を継ぐ。
「白羊を落として、直ぐに援護に回りますので……どうか、それまでは」
「貴方は、いいのですか?」
「……私は大丈夫です。フォーリ殿こそ、お気をつけて」
マーニは頷いて、日本刀を掲げてフォーリに防護の術を施すと直ぐに疾走に移った。
敵も、味方も、動いていたから。
●
弾むような脚さばきで駆けるロイ・J・ラコリエス(ka0620)。往く先には白い羊達の群れ。
「羊は狩るもの。食べるもの」
言葉が溢れた。
「うん、どーってことはないね!」
波瀾万丈な人生の中で狩りに慣れている少年にとって、常と異なるのは二足歩行と得物の有無くらい、という事だろう。
細かいことは気にしてはいけない。少年もそんなに気にしていない。
後方。エルネスタ・バックハウス(ka0899)が馬から降りていた。軍用馬ではない馬が、突撃を拒んだようだった。
「まずは良い馬から手に入れないと、かな」
苦笑したエルネスタが赦すように馬の背を叩く。と、馬は混戦の隙間を縫って逃れていった。
見届け、改めて向き直るエルネスタの手にはアサルトライフル。
――悔しいけど火力は向こうのほうが上だもんなあ。
装填の音を聞いて、ロイは思考し――加速した。応じようと羊達が身構えた瞬後。
殷と、音。白羊の一匹の得物が弾けた。少年の加速の踏み込みで通った射線。
「おー、またわんさか羊がいるねぇ。一匹ぐらい捕まえてラムステーキでも食べたいね」
気楽な口調で紡がれる言葉が乗って通る。
「羊なんかには負けたりしないよ!美味しくいただくものだからね!」
それをなぞり、少年の身体が疾走った。銃撃で泳いだ羊の腹部をジャマダハルで抉ると、羊達の只中にアカイロが弾けた。
その女は、大層騒がしかった。出足こそ遅れたが、マーニにはその所在が直ぐに解る。
「ゲロ壊せッ! ゲロ潰せッ! ゲロ殺せッ! うひひひッ!」
銃声すら飲み込みかねない大音声にマーニは顔を顰める。
「愛してるぜてめえらッ!! 暴力賛成ッ!! 歌い狂おうぜ諸君ッ!!」
「……」
毒々沼 冥々(ka0696)は、マーニには全く共感しかねる言葉を吐き尽くしている。
銃弾だけにして欲しい、と思いつつ、とりあえず冥々より前に立つ、が。
――どうしたら彼女から気を逸らせるでしょうか。
同じように高笑いでもしたらいいのだろうか。思案しながら、マーニは。
「……行きます」
とりあえず、日本刀に聖光を宿し、往く。何しろ、敵は既にこちらに向かっていた。振るわれた大斧を、日本刀で逸らし、踏み込む。
「うひひひひッ! 堪らないねェッ!」
「……」
日本刀で切り上げると同時に後方で弾けた声に、マーニは溜息を零した。
ヴァンシュトール・H・R(ka0169)は傍らの戦況に苦笑を零した。
「あちらは楽しそうだね」
「うむ」
応じる言葉は、何処か威厳に満ちている。ティアナ・アナスタシア(ka0546)だ。
「羊は数えると眠りが早くなると聞くが……今度ばかりは眠るわけにはいかんな」
メイスを掲げ、少女はやはり厳かに言う。
「七匹しか居ないから、眠るのも難しそうだけど……」
ヴァンシュトールは口元でそう零すと、二丁の拳銃を構え。
――大将首をとる、か。まさか、そんな大昔の戦みたいな戦いをすることになるとはね。
「君はいつもどおりに戦って。僕が合わせるから」
数奇な運命にそんなことを嘯きつつ言うと、ティアナは鷹揚に応じた。
「うむ。任せよう」
二人の位置取りは後方に寄っている。ティアナは手近な位置に立つ冥々に支援の術を施した。
「猛き勇者に聖なる刃と祝福を! ホーリー……セイバー!」
詠唱に曳かれ、マテリアルが奔った。冥々の銃が仄かに白い光を放ち始めるが、気にも留めずに冥々はああだこうだと叫び続けている。
「……有難みが薄いやつよ」
「……」
渋い顔で言うティアナに、ヴァンシュトールは何も言えなかった。ティアナは支援の構え。ヴァンシュトールは、ならばと攻勢を担い、銃撃を成す、が。
「守りを固めている、か」
白羊が構えた長柄の大斧で弾かれた。誇らしげに嗤う白羊を前に、そう言った。
短期決戦を図りたい自分達と、守りを固めて粘ろうとする白羊達。
――少し時間がかかりそうだな。
「それに付き合う道理も、無いけどね」
●
掲げた大盾に、凄まじい重圧が乗る。
――響く、か。
可及的に守りを固めて受け止めた赤羊の猛撃が、尚も。その事実にガルシアは苦笑。
「だが、あン時よりゃ十分耐えられるぜ」
男はただ盾として立つ。
「オォ……ッ!」
横合いから、メイスを振るうフォーリの一撃。ガルシアはすぐさま体を挟み、盾を翳す。火力は他者が担えばいい。攻撃は最低限。自分が敵だと識らしめられる程度で十分だと、男は己に任じていた。
ただ、誤算が有ったとすれば――想定より、白羊が、耐えていた。
守勢を維持できなくなると被弾が重なるのは予想できている。
「信じて待つしか、ねェが……」
その思考を、なぞったか。
「、ち……ッ」
赤羊の身が、屈んだ。
「フォーリ、避けろ!」
かつて見た、猛突。予想される激突に身を固める、が
「やられた……!」
フォーリの悔恨が、先に響いた。
「何だ、」
問い質そうと声を張り――転瞬。赤い奔流に、盾が大きく弾かれる。かつてよりも遥かに重い一撃に歯を食いしばる。
耐え切った。
「……クソ、ッたれ!」
だが、振り返った男の口の端から零れたのは、罵倒。
眼前。赤羊の背中が見える。
その足元には、猛突に『巻き込まれた』ハンターが、居た。打ちどころが悪かったか、身動ぎ一つしない。
そのハンターが背負っていた白羊達四体が、一斉にガルシアとフォーリを見つめ。
ギシ、ギシ、と。
軋むように、嗤った。
「赤は俺が持つ。フォーリ、手前は白い方を……!」
「心得ました!」
盾を手に、『それ以上先へ』行かせない為にガルシアは転進した。頷いたフォーリが続く。
●
「フォーリ殿……!」
後方の危機を察したか、マーニの声が響いた。
「よそ見しちゃだめだよっ」
横合いからマーニを切り伏せようとした白羊に、ロイ少年がジャマハダルと短剣で斬り掛かる。蹈鞴を踏む白羊に対して日本刀を突き込みながら、マーニは後方のフォーリから視線を剥がし。
「してません……!」
少女らしくささやかに、嘘をついた。
「何が厄介かって、物量もそうだけど指揮官が頭いいってのが一番困るよ」
エルネスタは後方の混戦を把握して、呟いた。視線の先では白い羊が血しぶきを上げながらも堪え立っている。引き金を引くと、漸く一頭が斃れた。
「うひひっ! アッチは楽しそうなのによォ……盛り上がりに欠けるバンドだなァ!?」
そこに、冥々の奇声と銃撃が続く。奇矯な振る舞いに比して、その立ち回りは鮮やかなものだ。先ほどの赤羊の突撃にしても、そうだ。赤羊の挙動には気づいていた。
ただ、声を張る前にはコトが済んでいただけ。
――たまらなく甘いねェ。
戦場だ。これでこそ、戦場だ、と心が奔る。マーニの後ろ髪も、フォーリの悔恨も、ガルシアの怒声も、斃れたハンターの無様も、全てが心地良く胸に、下腹部に、響く。
「うひひひひっ! ゲロ死ね!」
冥々は迸る激情を抑えることはせずに、弾丸をバラ撒いた。
「――均衡は崩れつつある」
銃撃の雨にゆるゆると倒れていく羊達を見据えながら、ヴァンシュトールが呟いた。
「だが、アチラはそうも行かなそうだの」
ティアナはガルシア達を指して言う。多勢に無勢。だが、彼らがそう動かなければ後続のハンター達が狙われ、被害が募る。
「こっちは僕が持とう。援護に」
「うむ」
ヴァンシュトールが促すと、ティアナは移動した。四匹の白羊を相手に立ちまわるフォーリの方は手傷は少なそうだ。対して、ガルシアの方はじわじわと被弾が目立つようになっていた。
「施しをくれてやろう!」
これまた尊大にそう言って、ガルシアに癒やしの光を届ける。
「お、おう……ありがとよ」
ガルシアは尊大な少女の口調に僅かに目を剥いていた。だが、直ぐにそれも解ける。
赤羊が、得物を振りかざしていたからだ。
●
銃声。銃声。銃声。ハンター達の主力、鉄の塊が舞い踊る只中で。
「いやはや、気が急くね」
銃弾を解き放ちながら、エルネスタが言う。銃弾に脳髄をえぐられ、また一匹、白羊が消えた。
「……消えちゃうんじゃ、ラムステーキなんて出来やしないなあ。歪虚ってやつはなんて非経済的なんだ」
既にこの場の趨勢は決していた。エルネスタは、残る敵の只中で踊るロイの援護の為にこの場に残っている。冥々とマーニは増援の白羊へと向かっている。側面から喰らいついた冥々の笑い声が此処まで響いていた。
「よ、っと。……終わり!」
最後に、ロイが一突き。臓腑を抉られた白羊は苦悶の声を上げると、そのまま跪き、消えていった。
「……さて。赤羊はどうするかな」
弾倉を入れ替えながら、エルネスタは一つ、呟いた。
ヴァンシュトールは後方のハンター達の支援に向かっていた。赤羊が能動的に後方のハンターを狙った事が、彼の行動を早めていた。看過すれば、後続の干渉が避けられなくなる。此処が瓦解しては、雪崩れ込んでくるであろう羊達によって全てが水泡に帰するからだ。
その場を支える事に尽力するために、男はそこにいた。
「……趨勢が決まりつつあるな」
呟く。如何に間接火力に秀でる猟撃士とは言え、一人で戦況を変えるには至らない。言葉は、ガルシア達に向けられていた。
「うひひひひひひッ!」
「……」
絶好調の冥々に辟易すぎるマーニ。
――彼女は潔癖すぎるなあ、などと思いつつ見やれば、赤羊が視線を巡らせていた。戦況を把握しようというのだろう。
かつて、赤羊は逃走したという。それを踏まえて、予感があった。
斯くて、その通りとなった。
●On your mark
「逃げるぞ!」
動きに、覚えがあった。ガルシアは咆哮しながら、盾を大きく振りかぶり、投擲!
――重すぎて、至近に落ちてしまったのだが。
駆け抜ける赤羊。逃げ足の早さにガルシアが舌打ちを零した、その中で。動いた影が、二つ。
「二曲目に付き合っていけよォ……って」
一つが、赤羊の足元へと銃撃を浴びせる冥々だ。赤羊は警戒な動きで射撃を回避した。ぴょーん、と。着弾地点を跳ねて、そのまま勢いを殺さずに奔る。
「マジでか!」
赤羊はブシブシと嗤い声を残して、走り去ろうとする。そこに。
もう一つ。
韋駄天の如く駆ける影が、あった。
「逃げるのは悪いことじゃないと思うよ」
ロイ。覚醒者としての全速力に、何よりも少年の心が弾んだ。
「……でも、追いかけるのも悪いことじゃないよね!」
両脚にマテリアルが集う。疾影士の全力の疾駆に、開いた距離が瞬く間に詰まった。
少年としては、少しだけ足止め出来ればいい、という程度だったが。
――追われた赤羊としては、如何なものだったか。
「お、わっと……!」
少年の首を刈り取る軌跡で、大斧が振るわれた。土煙を上げながら、少年と赤羊の疾走が止む。
身を屈めて躱した少年は、赤羊の眼に浮かんだ色を、見た。
「……ありゃ」
それは、狩りに慣れたロイにとって、馴染みの色。
「覚悟しちゃった……?」
この場を死地と決めて最後まで抗おうとする獣の目を見て取って、少年は。
「……皆、早く来てくれないかな……」
冷や汗を流して、そう呟いた。
●
血色の煙が、燻り登る。赤羊の最後が、狼煙となっていた。指揮官が斃れると、一息に赤羊達の立ち回りが乱れた。
「……ふぅ」
「一気に攻める、これが我のやり方よ……! 畳み掛ける!!」
疲労困憊のガルシアが座り込む中、やたらと覇気に満ちたティアナの気勢と共にハンター達の多くが猛追を掛けた。逃げ惑う羊。遮二無二襲いかかる羊。統制を無くした羊達が、瞬く間に駆逐されていく。
「此処で逃しては二の舞になります。殲滅を!」
フォーリが激を飛ばしながら、逃げ往く白羊の背に聖光を投じて止めを成す。そのまま、追撃に移っていった。
「斯くて羊は過去の者になりにけり……おや、お帰り」
エレネスタは駆け寄ってきた愛馬にそう言った。甘えるように身を寄せる馬に苦笑しながらその背に乗ると、胴を一つ蹴る。乗り手の意を汲んで、疾走。
「遅ればせながら、竜騎兵といこうか!」
「大丈夫かい?」
ヴァンシュトールは、赤羊に轢かれたハンターの男に手を伸ばした。何とか立ち上がった男に、肩を貸す。
「さて、と」
癒し手を求めて視線を巡らせると、遠くを眺めていたマーニが目に入った。手を振って示すと、視線が絡み合う。
「……こちらへ。治療致しましょう」
募った感傷を、振り切るように、少女はそう言った。
マテリアルの光に照らされるマーニの横顔。そこに翳るものを見て、ヴァンシュトールは小さく息を吐いた。
「色々あるよね、人生」
重い息を吐いて、嘯き、言う。言葉はただ、足元に落ちて――消えた。
見やる先は、紛れも無く戦場。そこに在るのは何処の世でも変わらない、ただただ有り触れた人の営みのように思えた。
なお。
「仕方、ねーなァ……僕ってば、ゲロかわいい、から、……」
冥々は赤羊の渾身の突撃に呑まれてしまっていた。あわよくば狙いを引きつけられれば、という心算ではあったのだが。豊かな声量が、完全に裏目に出てしまった。
「にゃん……」
息も絶え絶え。満身創痍ではあるのだが、中途半端に元気そうなのが災いしたか、癒し手が来るまで少し時間がかかりそうであった。
<了>
蒼天の下、歪虚の血で彩られた血路が開かれた。
強引に押し開いて往くハンターとフォーリと、相対する赤羊に率いられた一同によって描かれるのは鏡写しのシンメトリーだ。双方ともに、放たれた鏃の如く動き――それが、ほどけるように乱れた。
均衡は数瞬。直ぐに、乱戦へとなだれ込む。
●再会、相対
ガルシア・ペレイロ(ka0213)は大盾を構えて歯を剥いて笑った。
「此処は俺が引き継ぐ。一旦体勢を整えろ!」
赤羊とフォーリ、両者の均衡に割って入った。剥き出しの笑みのまま、フォーリに向かって叫ぶ。大盾を携え、赤羊の得物を弾いた。
「かたじけない!」
フォーリが引いたのを視線の端でガルシアは確認し、直ぐに赤羊に向き直る。真正面。血色の羊毛が燃えるように揺らめいている。視線には獰猛な殺意。そこに侮蔑の感情が滲んだように見えて、ガルシアは赤羊が己を認識していることを理解した。
「――今回は、前と同じようにはいかねぇぜ?」
嘯くガルシアに、赤羊は得物を振るって応えた。
「フォーリ殿、これを」
白羊に相対する寸前にマーニ・フォーゲルクロウ(ka2439)がフォーリに盾を差し出した。
そうしてじつ、と少女はフォーリを見た。内奥を、その乱れを見通そうとするように。だが、判然とはしなかった。だから、言葉を継ぐ。
「白羊を落として、直ぐに援護に回りますので……どうか、それまでは」
「貴方は、いいのですか?」
「……私は大丈夫です。フォーリ殿こそ、お気をつけて」
マーニは頷いて、日本刀を掲げてフォーリに防護の術を施すと直ぐに疾走に移った。
敵も、味方も、動いていたから。
●
弾むような脚さばきで駆けるロイ・J・ラコリエス(ka0620)。往く先には白い羊達の群れ。
「羊は狩るもの。食べるもの」
言葉が溢れた。
「うん、どーってことはないね!」
波瀾万丈な人生の中で狩りに慣れている少年にとって、常と異なるのは二足歩行と得物の有無くらい、という事だろう。
細かいことは気にしてはいけない。少年もそんなに気にしていない。
後方。エルネスタ・バックハウス(ka0899)が馬から降りていた。軍用馬ではない馬が、突撃を拒んだようだった。
「まずは良い馬から手に入れないと、かな」
苦笑したエルネスタが赦すように馬の背を叩く。と、馬は混戦の隙間を縫って逃れていった。
見届け、改めて向き直るエルネスタの手にはアサルトライフル。
――悔しいけど火力は向こうのほうが上だもんなあ。
装填の音を聞いて、ロイは思考し――加速した。応じようと羊達が身構えた瞬後。
殷と、音。白羊の一匹の得物が弾けた。少年の加速の踏み込みで通った射線。
「おー、またわんさか羊がいるねぇ。一匹ぐらい捕まえてラムステーキでも食べたいね」
気楽な口調で紡がれる言葉が乗って通る。
「羊なんかには負けたりしないよ!美味しくいただくものだからね!」
それをなぞり、少年の身体が疾走った。銃撃で泳いだ羊の腹部をジャマダハルで抉ると、羊達の只中にアカイロが弾けた。
その女は、大層騒がしかった。出足こそ遅れたが、マーニにはその所在が直ぐに解る。
「ゲロ壊せッ! ゲロ潰せッ! ゲロ殺せッ! うひひひッ!」
銃声すら飲み込みかねない大音声にマーニは顔を顰める。
「愛してるぜてめえらッ!! 暴力賛成ッ!! 歌い狂おうぜ諸君ッ!!」
「……」
毒々沼 冥々(ka0696)は、マーニには全く共感しかねる言葉を吐き尽くしている。
銃弾だけにして欲しい、と思いつつ、とりあえず冥々より前に立つ、が。
――どうしたら彼女から気を逸らせるでしょうか。
同じように高笑いでもしたらいいのだろうか。思案しながら、マーニは。
「……行きます」
とりあえず、日本刀に聖光を宿し、往く。何しろ、敵は既にこちらに向かっていた。振るわれた大斧を、日本刀で逸らし、踏み込む。
「うひひひひッ! 堪らないねェッ!」
「……」
日本刀で切り上げると同時に後方で弾けた声に、マーニは溜息を零した。
ヴァンシュトール・H・R(ka0169)は傍らの戦況に苦笑を零した。
「あちらは楽しそうだね」
「うむ」
応じる言葉は、何処か威厳に満ちている。ティアナ・アナスタシア(ka0546)だ。
「羊は数えると眠りが早くなると聞くが……今度ばかりは眠るわけにはいかんな」
メイスを掲げ、少女はやはり厳かに言う。
「七匹しか居ないから、眠るのも難しそうだけど……」
ヴァンシュトールは口元でそう零すと、二丁の拳銃を構え。
――大将首をとる、か。まさか、そんな大昔の戦みたいな戦いをすることになるとはね。
「君はいつもどおりに戦って。僕が合わせるから」
数奇な運命にそんなことを嘯きつつ言うと、ティアナは鷹揚に応じた。
「うむ。任せよう」
二人の位置取りは後方に寄っている。ティアナは手近な位置に立つ冥々に支援の術を施した。
「猛き勇者に聖なる刃と祝福を! ホーリー……セイバー!」
詠唱に曳かれ、マテリアルが奔った。冥々の銃が仄かに白い光を放ち始めるが、気にも留めずに冥々はああだこうだと叫び続けている。
「……有難みが薄いやつよ」
「……」
渋い顔で言うティアナに、ヴァンシュトールは何も言えなかった。ティアナは支援の構え。ヴァンシュトールは、ならばと攻勢を担い、銃撃を成す、が。
「守りを固めている、か」
白羊が構えた長柄の大斧で弾かれた。誇らしげに嗤う白羊を前に、そう言った。
短期決戦を図りたい自分達と、守りを固めて粘ろうとする白羊達。
――少し時間がかかりそうだな。
「それに付き合う道理も、無いけどね」
●
掲げた大盾に、凄まじい重圧が乗る。
――響く、か。
可及的に守りを固めて受け止めた赤羊の猛撃が、尚も。その事実にガルシアは苦笑。
「だが、あン時よりゃ十分耐えられるぜ」
男はただ盾として立つ。
「オォ……ッ!」
横合いから、メイスを振るうフォーリの一撃。ガルシアはすぐさま体を挟み、盾を翳す。火力は他者が担えばいい。攻撃は最低限。自分が敵だと識らしめられる程度で十分だと、男は己に任じていた。
ただ、誤算が有ったとすれば――想定より、白羊が、耐えていた。
守勢を維持できなくなると被弾が重なるのは予想できている。
「信じて待つしか、ねェが……」
その思考を、なぞったか。
「、ち……ッ」
赤羊の身が、屈んだ。
「フォーリ、避けろ!」
かつて見た、猛突。予想される激突に身を固める、が
「やられた……!」
フォーリの悔恨が、先に響いた。
「何だ、」
問い質そうと声を張り――転瞬。赤い奔流に、盾が大きく弾かれる。かつてよりも遥かに重い一撃に歯を食いしばる。
耐え切った。
「……クソ、ッたれ!」
だが、振り返った男の口の端から零れたのは、罵倒。
眼前。赤羊の背中が見える。
その足元には、猛突に『巻き込まれた』ハンターが、居た。打ちどころが悪かったか、身動ぎ一つしない。
そのハンターが背負っていた白羊達四体が、一斉にガルシアとフォーリを見つめ。
ギシ、ギシ、と。
軋むように、嗤った。
「赤は俺が持つ。フォーリ、手前は白い方を……!」
「心得ました!」
盾を手に、『それ以上先へ』行かせない為にガルシアは転進した。頷いたフォーリが続く。
●
「フォーリ殿……!」
後方の危機を察したか、マーニの声が響いた。
「よそ見しちゃだめだよっ」
横合いからマーニを切り伏せようとした白羊に、ロイ少年がジャマハダルと短剣で斬り掛かる。蹈鞴を踏む白羊に対して日本刀を突き込みながら、マーニは後方のフォーリから視線を剥がし。
「してません……!」
少女らしくささやかに、嘘をついた。
「何が厄介かって、物量もそうだけど指揮官が頭いいってのが一番困るよ」
エルネスタは後方の混戦を把握して、呟いた。視線の先では白い羊が血しぶきを上げながらも堪え立っている。引き金を引くと、漸く一頭が斃れた。
「うひひっ! アッチは楽しそうなのによォ……盛り上がりに欠けるバンドだなァ!?」
そこに、冥々の奇声と銃撃が続く。奇矯な振る舞いに比して、その立ち回りは鮮やかなものだ。先ほどの赤羊の突撃にしても、そうだ。赤羊の挙動には気づいていた。
ただ、声を張る前にはコトが済んでいただけ。
――たまらなく甘いねェ。
戦場だ。これでこそ、戦場だ、と心が奔る。マーニの後ろ髪も、フォーリの悔恨も、ガルシアの怒声も、斃れたハンターの無様も、全てが心地良く胸に、下腹部に、響く。
「うひひひひっ! ゲロ死ね!」
冥々は迸る激情を抑えることはせずに、弾丸をバラ撒いた。
「――均衡は崩れつつある」
銃撃の雨にゆるゆると倒れていく羊達を見据えながら、ヴァンシュトールが呟いた。
「だが、アチラはそうも行かなそうだの」
ティアナはガルシア達を指して言う。多勢に無勢。だが、彼らがそう動かなければ後続のハンター達が狙われ、被害が募る。
「こっちは僕が持とう。援護に」
「うむ」
ヴァンシュトールが促すと、ティアナは移動した。四匹の白羊を相手に立ちまわるフォーリの方は手傷は少なそうだ。対して、ガルシアの方はじわじわと被弾が目立つようになっていた。
「施しをくれてやろう!」
これまた尊大にそう言って、ガルシアに癒やしの光を届ける。
「お、おう……ありがとよ」
ガルシアは尊大な少女の口調に僅かに目を剥いていた。だが、直ぐにそれも解ける。
赤羊が、得物を振りかざしていたからだ。
●
銃声。銃声。銃声。ハンター達の主力、鉄の塊が舞い踊る只中で。
「いやはや、気が急くね」
銃弾を解き放ちながら、エルネスタが言う。銃弾に脳髄をえぐられ、また一匹、白羊が消えた。
「……消えちゃうんじゃ、ラムステーキなんて出来やしないなあ。歪虚ってやつはなんて非経済的なんだ」
既にこの場の趨勢は決していた。エルネスタは、残る敵の只中で踊るロイの援護の為にこの場に残っている。冥々とマーニは増援の白羊へと向かっている。側面から喰らいついた冥々の笑い声が此処まで響いていた。
「よ、っと。……終わり!」
最後に、ロイが一突き。臓腑を抉られた白羊は苦悶の声を上げると、そのまま跪き、消えていった。
「……さて。赤羊はどうするかな」
弾倉を入れ替えながら、エルネスタは一つ、呟いた。
ヴァンシュトールは後方のハンター達の支援に向かっていた。赤羊が能動的に後方のハンターを狙った事が、彼の行動を早めていた。看過すれば、後続の干渉が避けられなくなる。此処が瓦解しては、雪崩れ込んでくるであろう羊達によって全てが水泡に帰するからだ。
その場を支える事に尽力するために、男はそこにいた。
「……趨勢が決まりつつあるな」
呟く。如何に間接火力に秀でる猟撃士とは言え、一人で戦況を変えるには至らない。言葉は、ガルシア達に向けられていた。
「うひひひひひひッ!」
「……」
絶好調の冥々に辟易すぎるマーニ。
――彼女は潔癖すぎるなあ、などと思いつつ見やれば、赤羊が視線を巡らせていた。戦況を把握しようというのだろう。
かつて、赤羊は逃走したという。それを踏まえて、予感があった。
斯くて、その通りとなった。
●On your mark
「逃げるぞ!」
動きに、覚えがあった。ガルシアは咆哮しながら、盾を大きく振りかぶり、投擲!
――重すぎて、至近に落ちてしまったのだが。
駆け抜ける赤羊。逃げ足の早さにガルシアが舌打ちを零した、その中で。動いた影が、二つ。
「二曲目に付き合っていけよォ……って」
一つが、赤羊の足元へと銃撃を浴びせる冥々だ。赤羊は警戒な動きで射撃を回避した。ぴょーん、と。着弾地点を跳ねて、そのまま勢いを殺さずに奔る。
「マジでか!」
赤羊はブシブシと嗤い声を残して、走り去ろうとする。そこに。
もう一つ。
韋駄天の如く駆ける影が、あった。
「逃げるのは悪いことじゃないと思うよ」
ロイ。覚醒者としての全速力に、何よりも少年の心が弾んだ。
「……でも、追いかけるのも悪いことじゃないよね!」
両脚にマテリアルが集う。疾影士の全力の疾駆に、開いた距離が瞬く間に詰まった。
少年としては、少しだけ足止め出来ればいい、という程度だったが。
――追われた赤羊としては、如何なものだったか。
「お、わっと……!」
少年の首を刈り取る軌跡で、大斧が振るわれた。土煙を上げながら、少年と赤羊の疾走が止む。
身を屈めて躱した少年は、赤羊の眼に浮かんだ色を、見た。
「……ありゃ」
それは、狩りに慣れたロイにとって、馴染みの色。
「覚悟しちゃった……?」
この場を死地と決めて最後まで抗おうとする獣の目を見て取って、少年は。
「……皆、早く来てくれないかな……」
冷や汗を流して、そう呟いた。
●
血色の煙が、燻り登る。赤羊の最後が、狼煙となっていた。指揮官が斃れると、一息に赤羊達の立ち回りが乱れた。
「……ふぅ」
「一気に攻める、これが我のやり方よ……! 畳み掛ける!!」
疲労困憊のガルシアが座り込む中、やたらと覇気に満ちたティアナの気勢と共にハンター達の多くが猛追を掛けた。逃げ惑う羊。遮二無二襲いかかる羊。統制を無くした羊達が、瞬く間に駆逐されていく。
「此処で逃しては二の舞になります。殲滅を!」
フォーリが激を飛ばしながら、逃げ往く白羊の背に聖光を投じて止めを成す。そのまま、追撃に移っていった。
「斯くて羊は過去の者になりにけり……おや、お帰り」
エレネスタは駆け寄ってきた愛馬にそう言った。甘えるように身を寄せる馬に苦笑しながらその背に乗ると、胴を一つ蹴る。乗り手の意を汲んで、疾走。
「遅ればせながら、竜騎兵といこうか!」
「大丈夫かい?」
ヴァンシュトールは、赤羊に轢かれたハンターの男に手を伸ばした。何とか立ち上がった男に、肩を貸す。
「さて、と」
癒し手を求めて視線を巡らせると、遠くを眺めていたマーニが目に入った。手を振って示すと、視線が絡み合う。
「……こちらへ。治療致しましょう」
募った感傷を、振り切るように、少女はそう言った。
マテリアルの光に照らされるマーニの横顔。そこに翳るものを見て、ヴァンシュトールは小さく息を吐いた。
「色々あるよね、人生」
重い息を吐いて、嘯き、言う。言葉はただ、足元に落ちて――消えた。
見やる先は、紛れも無く戦場。そこに在るのは何処の世でも変わらない、ただただ有り触れた人の営みのように思えた。
なお。
「仕方、ねーなァ……僕ってば、ゲロかわいい、から、……」
冥々は赤羊の渾身の突撃に呑まれてしまっていた。あわよくば狙いを引きつけられれば、という心算ではあったのだが。豊かな声量が、完全に裏目に出てしまった。
「にゃん……」
息も絶え絶え。満身創痍ではあるのだが、中途半端に元気そうなのが災いしたか、癒し手が来るまで少し時間がかかりそうであった。
<了>
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/09 14:36:04 |
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作戦卓 ティアナ・アナスタシア(ka0546) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/09/10 18:48:48 |