ゲスト
(ka0000)
人食い屋敷
マスター:雪村彩人
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~10人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/07/07 22:00
- 完成日
- 2016/07/20 00:06
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
三人の男は屋敷にむかった。渦巻く霧がじとりと身体にからみつく。
屋敷に辿りついた三人の男の中の一人――ケヴィンが扉を開いた。瞬間、湿った黴臭い空気がケヴィンの顔に吹きつけてくる。
ケヴィンは仲間のテオドールとグィードを促し、屋敷の中に入った。カンテラをかざし、内部を探る。
光に浮かび上がる部屋の様子。最近まで管理されていたせいか、思いの外荒れてはいなかった。ただ空気だけがどんよりと澱んでいる。
ケヴィンは埃の浮いた大きなテーブルの上にカンテラをおいた。他の二人はカンテラの光で周囲を探っている。器がある。
「俺たちは二階を見てくる」
そういうと、テオドールはグィードを促し、二階へとむかった。うなずくと、あらためてケヴィンは内部を見回した。人食い屋敷と呼ばれる屋敷の内部を。
ディトマール・フロック。この屋敷の持ち主であった者の名だ。強盗に襲われて彼の一家は惨殺された。それ以来住む者は絶え、人々の記憶から屋敷のことは消し去られていたのだが――。
最近になって、この屋敷に潜り込んだ者たちが帰らなくなった。浮浪者や肝試し等、潜り込んだ者の理由は様々だ。ともかく、それらのことからここは人食い屋敷と呼ばれるようになった。そして自警団員であるケヴィンたちに調査の命令がくだったのである。
「人食い屋敷か。馬鹿馬鹿しい」
ケヴィンは笑った。
その時だ。悲鳴が響き渡った。
二階。グィードの声だ。
「どうし――」
いいかけて、ケヴィンは異変を感じた。背後に何かいる気配。
慌てて振り向いた彼の首に冷たい手がかかった。
●
ハンターズソサエティを訪れたのは、ゾンネンシュトラール帝国辺境にあるビーベラッハという小さな町の自警団団長であった。
「三人の自警団員が戻らなくなりました」
自警団団長――フィルビンガーは口を開いた。
「人食い屋敷――フロック邸に幽霊が出るようになり、入り込んだ者は幽霊に殺されるという噂が流れました。その噂を確かめるために三人の自警団員がフロック邸に趣いたのですが……」
フィルビンガーは声を途切れさせた。本当は自分たちの手で仲間を探し出したい。それがフィルビンガーの本音であった。
しかし、もし幽霊の噂が本当であったならばどうなるか。その幽霊の正体が歪虚であったならば、さらなる犠牲者が出るのは必至である。
「どうか仲間を探し出してください。そして、もし幽霊が潜んでいるのならば、その退治をお願いします」
フィルビンガーは深々と頭を下げた。
三人の男は屋敷にむかった。渦巻く霧がじとりと身体にからみつく。
屋敷に辿りついた三人の男の中の一人――ケヴィンが扉を開いた。瞬間、湿った黴臭い空気がケヴィンの顔に吹きつけてくる。
ケヴィンは仲間のテオドールとグィードを促し、屋敷の中に入った。カンテラをかざし、内部を探る。
光に浮かび上がる部屋の様子。最近まで管理されていたせいか、思いの外荒れてはいなかった。ただ空気だけがどんよりと澱んでいる。
ケヴィンは埃の浮いた大きなテーブルの上にカンテラをおいた。他の二人はカンテラの光で周囲を探っている。器がある。
「俺たちは二階を見てくる」
そういうと、テオドールはグィードを促し、二階へとむかった。うなずくと、あらためてケヴィンは内部を見回した。人食い屋敷と呼ばれる屋敷の内部を。
ディトマール・フロック。この屋敷の持ち主であった者の名だ。強盗に襲われて彼の一家は惨殺された。それ以来住む者は絶え、人々の記憶から屋敷のことは消し去られていたのだが――。
最近になって、この屋敷に潜り込んだ者たちが帰らなくなった。浮浪者や肝試し等、潜り込んだ者の理由は様々だ。ともかく、それらのことからここは人食い屋敷と呼ばれるようになった。そして自警団員であるケヴィンたちに調査の命令がくだったのである。
「人食い屋敷か。馬鹿馬鹿しい」
ケヴィンは笑った。
その時だ。悲鳴が響き渡った。
二階。グィードの声だ。
「どうし――」
いいかけて、ケヴィンは異変を感じた。背後に何かいる気配。
慌てて振り向いた彼の首に冷たい手がかかった。
●
ハンターズソサエティを訪れたのは、ゾンネンシュトラール帝国辺境にあるビーベラッハという小さな町の自警団団長であった。
「三人の自警団員が戻らなくなりました」
自警団団長――フィルビンガーは口を開いた。
「人食い屋敷――フロック邸に幽霊が出るようになり、入り込んだ者は幽霊に殺されるという噂が流れました。その噂を確かめるために三人の自警団員がフロック邸に趣いたのですが……」
フィルビンガーは声を途切れさせた。本当は自分たちの手で仲間を探し出したい。それがフィルビンガーの本音であった。
しかし、もし幽霊の噂が本当であったならばどうなるか。その幽霊の正体が歪虚であったならば、さらなる犠牲者が出るのは必至である。
「どうか仲間を探し出してください。そして、もし幽霊が潜んでいるのならば、その退治をお願いします」
フィルビンガーは深々と頭を下げた。
リプレイ本文
●
闇に沈むその館は高い塀に囲まれ、ただ沈黙していた。夜霧が薄く漂い、十人のハンターたちの身をじっとりと濡らしている。
「人食い屋敷か……」
やや感嘆を込めてぼそりと呟き、小柄の若者は眼を上げた。
若者――ドワーフであるロニ・カルディス(ka0551)は端正な顔をわずかにしかめた。己の方から虎口に飛び込むのはあま気持ちの良いものではない。
すると同じドワーフの少女――いや、女装した少年である小宮・千秋(ka6272)が感心したように声をもらした。
「いやー、見るからに恐ろしいお名前ですが、本来は何とか邸ときちんとしたお名前があるんですよねー」
「フロック邸。持ち主の名はディトマール・フロックだ」
どこか鋭角的な雰囲気をもつ二十歳ほどの若者がこたえた。黒髪黒瞳の彼の名は龍崎・カズマ(ka0178)という。
「なるほど」
うなずいたのはくたびれた黒い外套に身を包んだ娘であった。名をシルヴィア・オーウェン(ka6372)というハンターであるのだが、その顔は質素な身形を裏切るもので。涼しげな蒼の瞳といい、輝く銀髪といい、気品に満ち溢れていた。
「……生きていて欲しいですね」
とは、自警団員のことである。そのようにシルヴィアがもらしたのには故がある。
それは以前の依頼のことであった。少女人形の姿をとった歪虚と彼女を含めたハンターたちが戦ったのであるが、その後、彼女が見出したのは犠牲となった者の骸であったのだ。
だから、思う。今回は、助かってくれるといい、と。
●
ギキギ、と。
軋む音をたて玄関のドアが開いた。湿った、黴臭い空気がハンターたちに吹きつけてくる。
館の中は真闇であった。空には血の色の三日月がかかっているが、館内部まで真紅の光を届けることはない。
と、光が闇を切り裂いた。ライトの灯りだ。持ち主は天真爛漫な少女であった。名は超級まりお(ka0824)という。
まりおはライトを光をめぐらせた。
「入ったが最後、誰も戻って来ない人食い屋敷、フロック邸。噂の調査に行った自警団の三人も本当に戻って来なかった、と」
「過去に強盗による一家惨殺事件。そして中に入った人物が戻ってこないと。……数え役満じゃないですか」
さすがに薄気味悪そうに、その二十歳ほどに見える娘はエントランスを見回した。
美しい娘である。透けるほど白い肌の持ち主で、どこか艷やかだ。それは真紅に輝く瞳のせいかも知れなかった。名はエスカルラータ(ka0220)という。
「……かなり広いな」
白衣とサンダルという井出達の男がつぶやいた。その言葉通り、エントランスはかなりの広い。
男――鵤(ka3319)は肩をすくめた。
「目的もよく分からないまま家捜しとかぁ、おっさんくそだるぅー」
「だめですよぉ、そんなこといっては」
めっ、とばかり、可愛らしく星野 ハナ(ka5852)が鵤を睨みつけた。このような状況でありながら、この娘はいやに楽しそうだ。
鵤は苦笑すると、
「ああ、はいはい。ちゃんと最低限は働きますよぉ」
「ですよねぇ」
ハナは大きくうなずいた。その胸は冒険を前に大きくはずんでいる。
と、冷然たる容貌の娘が蒼の瞳をある一点でとめた。壁に落書きの跡があった。幽霊を馬鹿にする言葉や、卑猥な言葉などだ。
「……くだらんことをする」
戦いなれた物腰の娘――コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)の靴の下で砕けたガラスがギシリッと鳴った。
「確か浴室はニ階でしたよね」
左目に眼帯をつけた少女――松瀬 柚子(ka4625)が階段に目をむけた。その右目がきらきら光っている。常ならぬものに触れる、その期待に胸を躍らせているのだった。
「ああ」
コーネリアがうなずいた。脳裏に館の見取り図を思い描く。
「他に書斎と主夫婦の寝室、子供部屋があったはずだ」
「一階は六部屋ですよね」
と、ハナ。彼女は奥に通じるとドアに目をむけると、
「奥にあるのは……確かキッチンと食堂」
「それとリビング。他には客間と用人部屋、それから備品室ですね」
こたえると、エスカルラータは階段の上を見上げた。彼女は上階にあるはずの子供部屋を調べるつもりであったのだ。
「私は子供部屋にむかいます」
優美にエスカルラータは階段に足をかけた。ライトを手に千秋が追う。
「一人じゃ危ないですよぉ。わたくしも一緒にいきますですよぉ」
「僕も」
まりおもまたライトを手に階段を上り始めた。そして恐れげもなく呟く。
「たぶんコレ歪虚だねー。退治しないと。それに自警団の三人も生きてたら助けないと」
「油断しないでください」
シルヴィアが上階に上っていくハンターたちに声をかけた。
●
シルヴィアがドアノブに手をかけた。軋む音をたてて開く。
中は食堂であった。あまり荒らされてはいない。埃の積もったテーブルの上に燭台がおかれてあった。
「……生きていてくれればいいのだけれど」
水着と見紛うばかりの革鎧をまとったシルヴィアが室内を見回した。
暗い。いかに視力の良いシルヴィアといえど夜目が効くわけではなかった。よほど近づかねば確認は困難であろう。
シルヴィアは手探りで食堂を調べ始めた。
キッチンに足を踏み入れたのはコーネリアとハナであった。
「ここでリーネさんが殺害されたんですよねぇ」
ハナがいった。さすがに薄気味悪そうに声は強張っている。
リーネとはディトマールの長女で十歳。強盗犯から逃げてキッチンに隠れたが、結局見つかり、殺害されたものらしい。
フロック邸に入る前、ハナは占いを行っていた。その結果によると、キッチンに何かある。
「そうだ」
うなずくとコーネリアがキッチンを見回した。彼女たちもまた明かりをもっていなかった。真闇とはいえぬまでも、視認できるほどには明るくない。
「自警団の生き残りの姿はなさそうだな」
「そうですねぇ」
ハナがこたえた。確かに人の姿はない。あるのは錆の浮いたキッチンの道具のみだ。
「このお屋敷も……強盗が現れてさえいなければ、今も幸せであった筈の家族が住んでいたのですねぇ」
哀しげにハナが呟いた。やや遅れてもらしたフィオリーナの声には限りないの怒りが込められている。
「一家惨殺……。何故、同じ人間に殺さなければならないんだ」
「コーネリアさん」
コーネリアの語気に、ハナが息をひいた。そして、思い出した。コーネリアの過去を。
彼女は元英国海軍大尉であった。特殊部隊の隊長だったが、歪虚に対する無謀な作戦で部隊が全滅。その際に同じ部隊に所属していた妹を失っている。身内を理不尽に奪われる悲しみをコーネリアは誰よりも知っていた。
「このご時世、幽霊などと陳腐なオカルトを隠れ蓑にするとは、愚かにも程があるな」
吐き捨てると、コーネリアはキッチン奥のドアを開いた。そこは備品室である。
瞬間、ハナの愛犬が吼えた。そして――。
コーネリアの眼前、霧状の顔が逆さまにぶらさがっていた。
●
わずか前。
エスカルラータが階段に足をかけた。
埃が積もってはいるが、茶の染みが見える。血痕に違いない。ここで館の主であるディトマールが斬殺されたのである。
ギシッと。階段を軋ませてハンターたちは階段を上がった。目指す場所は二階の各部屋である。夫妻の寝室ではディトマールの妻、アリーセが殺害されていた。息子のカールが殺害されたのは子供部屋である。
「そういえば」
ふと千秋が何かを思い出したかのように口を開いた。
「一家は強盗に殺されたみたいですが、その強盗はどうなったんでしょうかぁ?」
「逮捕されなかったようだよ」
鵤がこたえた。
「きっと無念を残したんでしょうね。単純に解決を目指すのではなく、人としてやれる事をやりたいですね」
エスカルラータがいった。
その時、ライトの光にぬいぐるみが浮かび上がった。可愛らしい熊のぬいぐるみだ。
辛そうにを柚子がぬいぐるみを拾い上げた。
どれほど無念であったかと思う。家族を、そして未来を奪われた者達は。そして、その者達はもう誰にもその想いを伝えることはできないのだ。できることなら、その声を聞き届けてやりたいと思うのだが――。
ぬいぐるみに視線を落とすと、柚子が誰にともなく問うた。
「……それにしても、幽霊の正体は何なんでしょう。やっぱり元ここに住んでらっしゃった方達なんでしょうか?」
「どうだろうね」
鵤がこたえた。
通常、霊的存在が歪虚と化すにはかなりの年月を必要とする。殺害されたディトマール一家が歪虚と変じる可能性はあった。
「賑やかなご家庭だったんでしょうね……。護ってあげられなくてごめんなさい……きちんと、弔ってあげますから」
目を閉じてから、柚子はぬいぐるみを元の場所においた。
その時だ。黒猫が毛を逆立て、マルチーズが小さな唸り声をあげた。
「どうしたんですかぁ」
千秋が問いかけた。すると鵤が眉をひそめた。背筋に寒気を覚えたのだ。
反射的に鵤は振り向いた。そして、見た。背後に迫る影を。
それは人の形をしていた。が、断じて人間ではない。それは霧が凝ったように白く朧げであった。――歪虚だ。
咄嗟に鵤はマテリアルを変成、障壁として展開した。触れた歪虚の身体がはじけるように霧散した。
「やったかのかな? ――あっ」
さすがの鵤の口から愕然たる呻きがもれた。霧散したのは一瞬、すぐに歪虚は人の形をとりもどした。
「これは――」
その時だ。別の叫びが発せられた。柚子のものだ。
彼女の眼前。床からぬうと現れたものがある。霧状の影。歪虚だ。
瞬間、柚子の周囲に様々なシルエットの描かれたカードの幻影が現れた。その一枚に柚子が触れると、他のカードは光の残滓となって消滅。そのカードは柚子の身体に吸い込まれた。
「ぬんっ」
柚子は刃をたばしらせた。
降魔刀。銀の刀身には降魔成道の経文が彫り込まれている刀である。
その一閃は歪虚の身体を切り裂いた。いや、疾りすぎたといった方が正解かもしれない。一度霧散した歪虚は再び形を取り戻し、柚子に襲いかかった。
「うっ」
柚子の息がつまった。その首には歪虚の指がかかっている。
なんという力だろう。まさしく人外の握力。もぎはなすことはできなかった。
●
客間のテーブルにランタンをおくと、カズマは室内を見回した。
ほの暗い室内に特に目立ったものはない。が、核が目立ったものとは限らない。だからこそ探すのだ。
ライトを手に、カズマは壁に歩み寄った。絵がかけてある。主であったディトマールは絵に興味があったらしい。絵画が飾られていてもおかしくはないのだが――。
カズマが絵画に手をのばした時、パルムが叫びだした。何かと視線をカズマが視線を転じた。
その瞬間である。彼の足が何かにつかまれた。
冷たい手。歪虚だ。
咄嗟に跳び退ろうとしたが、無駄であった。人外の握力がしっかりと足首を掴んでいる。急速にカズマの身体から力を抜け落ちていった。
「うっ」
ロニは息をひいた。
リビングに足を踏み入れた瞬間である。彼の目は床に倒れた人間の姿をとらえていた。
警戒しつつ、ロニはライトの光をむけた。
倒れているのは男だ。近寄り、調べてみるとすでに息はなかった。おそらくは自警団員であろう。
「一人、発見した。すでに亡くなっている」
トランシーバーにむかってロニは告げた。
その時だ。叫びが聞こえた。ハナのものだ。
はじかれたように振り向き、しかしロニは足をとめた。今いったとて、亡霊相手には何もできない。それよりも亡霊の核を探す方が決だ。
●
逆さまにぶら下がった顔。
それは霧が凝ったようなものでありながら、少女のものであるように見えた。怨嗟と飢えにひきゆがんだ少女の顔に。
少女――歪虚の手から逃れ、咄嗟にコーネリアは跳び退った。予期していたとはいえ、咄嗟に逃れ得たの彼女の元軍人としての驚異的な反射神経の成せる業であった。
すると歪虚は横に飛んだ。ハナめがけて襲いかかる。
「そろそろ出てくる頃かと思っていましたぁ」
ハナの手から数枚の符が飛んだ。それは複雑な軌道を描いて歪虚を取り囲み、光った。真昼になったかと思われるほどの凄まじい閃光。さすがの歪虚もたまらずに霧散した。
「やりましたぁ! ――あっ」
ハナの口から愕然たる呻きが発せられた。霧散したのは一瞬、すぐさま歪虚が元の姿をとりもどしたのだ。
「……五色光符陣で散らせるだけってどういうことですぅ!? むぅぅん、絶対ブッコロですぅ」
ハナが歪虚を睨みつけた。その首に歪虚の手がかかった。
「やめろ!」
コーネリアが聖別された銀で作られた銃身を持つ、純白の神々しい魔導拳銃の銃口を歪虚にむけた。神罰銃、パニッシュメントだ。
刹那である。コーネリアの身が吹き飛ばされた。まるで見えぬ巨人の手ではたかれたように。歪虚の放った念力であった。
「おたくらは核を探してくれ」
エスカルラータと千秋にむかって叫び、鵤は大口径の魔導拳銃――レイジオブマルスをかまえた。
その時だ。何が倒れる音がした。柚子だ。顔色が蒼白になっている。大量の体力を吸い取られたのだった。
「やだねぇ」
鵤はレイジオブマルスのトリガーをひこうとし――はね飛ばされた。壁に激突。その手からレイジオブマルスがふっ飛んだ。
「マンマ・ミーア! 霧みたいな歪虚!」
迅雷の速度で壁を蹴り、まりおが歪虚試作光斬刀、MURASAMEブレイドで歪虚を切り裂いた。霧へと散る魔性。まりおが柚子を抱き起こした。
「なるほど、これが人食い屋敷の正体ってわけだ」
MURASAMEブレイドをかまえたまのおの眼前、散ったはずの歪虚は再び人の形を取り戻しつつあった。
●
「どこだ、核は?」
ロニは壁際におかれたベッドの下を覗き込んだ。何もない。
その時だ。衝撃で館が揺れた。何かが壁に激突したのだ。
歪虚のはずがなかった。やられているのは仲間だ。
「くそっ」
さすがのロニも焦りを覚えた。早く核を見つけ出さないと、ハンターたちもまた自警団員と同じ末路を辿りかねない。
ロニは室内を見回した。ライトの光を巡らせる。キャビネットが目にとまった。
走り寄るとロニはキャビネットの戸を開いた。素早く視線をはしらせる。何もない。
「ここにはないのか?」
ロニは廊下に飛び出した。
「ぬうっ」
カズマはがくりと膝を折った。反射的に抜剣。ロングソード――シグルリオーマで霧状の手に斬りつけた。
「何っ」
カズマは呻いた。何の手応えもない。まさに霧に斬りつけたように。
が、足は自由となった。床からのびた手が霧散したからだ。
カズマは跳び退った。シグマりオーマをかまえたまま、周囲を探る。腕は消えていた。と――。
突然、衝撃が襲ってきた。はねとばされたカズマは天井に激突。そして落下――しない。更かしの力が下からカズマの身を天井に押し付けている。
「し、しまった」
身をもがかせるカズマの目は、その時、するすると床から身を滑り出させる歪虚の姿をとらえた。
「くらえっ」
カズマはシグマりオーマを投げつけた。流星のように飛んだ剣が歪虚を霧散させる。すると、突如不可視の力が消えた。
●
エスカルラータは寝室に飛び込んだ。千秋は子供部屋だ。
室内はそれほど荒れてはいなかった。ただ壁に血しぶきの痕がある。それが返って凄惨さを物語っていた。
一瞬息をひき、それから二人は部屋の捜索を開始した。
エスカルラータは婦人のものらしい化粧タンスを。引き出しを片っ端から引き出す。何もない。
千秋は部屋の隅におかれたキャビネットに走りよった。中には玩具が溢れていた。が、核らしきものは見当たらない。
「どこなんですかねぇ」
頭をかきつつ、千明は振り返った。その目がぴたりとあるものの上でとまった。
ベッドの枕元。小さな人形がおかれていた。
ハナの顔が土気色に変わった。コーネリアは激痛で動けない。
その時、飛鳥のように空を飛んだ者がいる。シルヴィアだ。軽やかに着地すると、シルヴィア。
杏は大剣をたばしらせた。疾る剣光は流星に似て。大剣――龍剣、クベラ・ヴァナが歪虚を斬り裂いた。が――。
歪虚は霧散したのみだ。ダメージすら与えることはできなかった。
「……これはまずいですね」
シルヴィアの美しい顔が絶望にゆがんだ。
その瞬間、形をとりもどした歪虚がシルヴィアに襲いかかった。が、シルヴィアは動けない。見えぬ力が彼女の身体を呪縛している。
歪虚の手がシルヴィアの首にのび――。
霧散した。
「ふぅ」
千秋は重い息をもらした。
ベッドの上の人形が砕け散っていた。その欠片が溶解していく。砕いたのは千秋のトンファーであった。
「間に合ったみたいですねぇ」
千秋の顔に疲れたように笑みがういた。
●
館の戸を閉めた後、エスカルラータとシルヴィアは中庭にむかった。荒れ果ててはいるが、花壇の跡らしきものがある。
「安らかに眠ってください」
墓標をたて、エスカルラータはブーケを捧げた。そして鎮魂歌を口ずさむ。
「……こうすることで、少しでも誰かの心は救われるのでしょうか」
祈りつつ、ふと、シルヴィアはつぶやいた。
その時、二人は聞いた。小さな笑い声を。
楽しげな子供の声。まるで両親と旅に出るような。
錯覚かもしれない。しかし、二人の顔には微笑みが浮かんでいた。
闇に沈むその館は高い塀に囲まれ、ただ沈黙していた。夜霧が薄く漂い、十人のハンターたちの身をじっとりと濡らしている。
「人食い屋敷か……」
やや感嘆を込めてぼそりと呟き、小柄の若者は眼を上げた。
若者――ドワーフであるロニ・カルディス(ka0551)は端正な顔をわずかにしかめた。己の方から虎口に飛び込むのはあま気持ちの良いものではない。
すると同じドワーフの少女――いや、女装した少年である小宮・千秋(ka6272)が感心したように声をもらした。
「いやー、見るからに恐ろしいお名前ですが、本来は何とか邸ときちんとしたお名前があるんですよねー」
「フロック邸。持ち主の名はディトマール・フロックだ」
どこか鋭角的な雰囲気をもつ二十歳ほどの若者がこたえた。黒髪黒瞳の彼の名は龍崎・カズマ(ka0178)という。
「なるほど」
うなずいたのはくたびれた黒い外套に身を包んだ娘であった。名をシルヴィア・オーウェン(ka6372)というハンターであるのだが、その顔は質素な身形を裏切るもので。涼しげな蒼の瞳といい、輝く銀髪といい、気品に満ち溢れていた。
「……生きていて欲しいですね」
とは、自警団員のことである。そのようにシルヴィアがもらしたのには故がある。
それは以前の依頼のことであった。少女人形の姿をとった歪虚と彼女を含めたハンターたちが戦ったのであるが、その後、彼女が見出したのは犠牲となった者の骸であったのだ。
だから、思う。今回は、助かってくれるといい、と。
●
ギキギ、と。
軋む音をたて玄関のドアが開いた。湿った、黴臭い空気がハンターたちに吹きつけてくる。
館の中は真闇であった。空には血の色の三日月がかかっているが、館内部まで真紅の光を届けることはない。
と、光が闇を切り裂いた。ライトの灯りだ。持ち主は天真爛漫な少女であった。名は超級まりお(ka0824)という。
まりおはライトを光をめぐらせた。
「入ったが最後、誰も戻って来ない人食い屋敷、フロック邸。噂の調査に行った自警団の三人も本当に戻って来なかった、と」
「過去に強盗による一家惨殺事件。そして中に入った人物が戻ってこないと。……数え役満じゃないですか」
さすがに薄気味悪そうに、その二十歳ほどに見える娘はエントランスを見回した。
美しい娘である。透けるほど白い肌の持ち主で、どこか艷やかだ。それは真紅に輝く瞳のせいかも知れなかった。名はエスカルラータ(ka0220)という。
「……かなり広いな」
白衣とサンダルという井出達の男がつぶやいた。その言葉通り、エントランスはかなりの広い。
男――鵤(ka3319)は肩をすくめた。
「目的もよく分からないまま家捜しとかぁ、おっさんくそだるぅー」
「だめですよぉ、そんなこといっては」
めっ、とばかり、可愛らしく星野 ハナ(ka5852)が鵤を睨みつけた。このような状況でありながら、この娘はいやに楽しそうだ。
鵤は苦笑すると、
「ああ、はいはい。ちゃんと最低限は働きますよぉ」
「ですよねぇ」
ハナは大きくうなずいた。その胸は冒険を前に大きくはずんでいる。
と、冷然たる容貌の娘が蒼の瞳をある一点でとめた。壁に落書きの跡があった。幽霊を馬鹿にする言葉や、卑猥な言葉などだ。
「……くだらんことをする」
戦いなれた物腰の娘――コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)の靴の下で砕けたガラスがギシリッと鳴った。
「確か浴室はニ階でしたよね」
左目に眼帯をつけた少女――松瀬 柚子(ka4625)が階段に目をむけた。その右目がきらきら光っている。常ならぬものに触れる、その期待に胸を躍らせているのだった。
「ああ」
コーネリアがうなずいた。脳裏に館の見取り図を思い描く。
「他に書斎と主夫婦の寝室、子供部屋があったはずだ」
「一階は六部屋ですよね」
と、ハナ。彼女は奥に通じるとドアに目をむけると、
「奥にあるのは……確かキッチンと食堂」
「それとリビング。他には客間と用人部屋、それから備品室ですね」
こたえると、エスカルラータは階段の上を見上げた。彼女は上階にあるはずの子供部屋を調べるつもりであったのだ。
「私は子供部屋にむかいます」
優美にエスカルラータは階段に足をかけた。ライトを手に千秋が追う。
「一人じゃ危ないですよぉ。わたくしも一緒にいきますですよぉ」
「僕も」
まりおもまたライトを手に階段を上り始めた。そして恐れげもなく呟く。
「たぶんコレ歪虚だねー。退治しないと。それに自警団の三人も生きてたら助けないと」
「油断しないでください」
シルヴィアが上階に上っていくハンターたちに声をかけた。
●
シルヴィアがドアノブに手をかけた。軋む音をたてて開く。
中は食堂であった。あまり荒らされてはいない。埃の積もったテーブルの上に燭台がおかれてあった。
「……生きていてくれればいいのだけれど」
水着と見紛うばかりの革鎧をまとったシルヴィアが室内を見回した。
暗い。いかに視力の良いシルヴィアといえど夜目が効くわけではなかった。よほど近づかねば確認は困難であろう。
シルヴィアは手探りで食堂を調べ始めた。
キッチンに足を踏み入れたのはコーネリアとハナであった。
「ここでリーネさんが殺害されたんですよねぇ」
ハナがいった。さすがに薄気味悪そうに声は強張っている。
リーネとはディトマールの長女で十歳。強盗犯から逃げてキッチンに隠れたが、結局見つかり、殺害されたものらしい。
フロック邸に入る前、ハナは占いを行っていた。その結果によると、キッチンに何かある。
「そうだ」
うなずくとコーネリアがキッチンを見回した。彼女たちもまた明かりをもっていなかった。真闇とはいえぬまでも、視認できるほどには明るくない。
「自警団の生き残りの姿はなさそうだな」
「そうですねぇ」
ハナがこたえた。確かに人の姿はない。あるのは錆の浮いたキッチンの道具のみだ。
「このお屋敷も……強盗が現れてさえいなければ、今も幸せであった筈の家族が住んでいたのですねぇ」
哀しげにハナが呟いた。やや遅れてもらしたフィオリーナの声には限りないの怒りが込められている。
「一家惨殺……。何故、同じ人間に殺さなければならないんだ」
「コーネリアさん」
コーネリアの語気に、ハナが息をひいた。そして、思い出した。コーネリアの過去を。
彼女は元英国海軍大尉であった。特殊部隊の隊長だったが、歪虚に対する無謀な作戦で部隊が全滅。その際に同じ部隊に所属していた妹を失っている。身内を理不尽に奪われる悲しみをコーネリアは誰よりも知っていた。
「このご時世、幽霊などと陳腐なオカルトを隠れ蓑にするとは、愚かにも程があるな」
吐き捨てると、コーネリアはキッチン奥のドアを開いた。そこは備品室である。
瞬間、ハナの愛犬が吼えた。そして――。
コーネリアの眼前、霧状の顔が逆さまにぶらさがっていた。
●
わずか前。
エスカルラータが階段に足をかけた。
埃が積もってはいるが、茶の染みが見える。血痕に違いない。ここで館の主であるディトマールが斬殺されたのである。
ギシッと。階段を軋ませてハンターたちは階段を上がった。目指す場所は二階の各部屋である。夫妻の寝室ではディトマールの妻、アリーセが殺害されていた。息子のカールが殺害されたのは子供部屋である。
「そういえば」
ふと千秋が何かを思い出したかのように口を開いた。
「一家は強盗に殺されたみたいですが、その強盗はどうなったんでしょうかぁ?」
「逮捕されなかったようだよ」
鵤がこたえた。
「きっと無念を残したんでしょうね。単純に解決を目指すのではなく、人としてやれる事をやりたいですね」
エスカルラータがいった。
その時、ライトの光にぬいぐるみが浮かび上がった。可愛らしい熊のぬいぐるみだ。
辛そうにを柚子がぬいぐるみを拾い上げた。
どれほど無念であったかと思う。家族を、そして未来を奪われた者達は。そして、その者達はもう誰にもその想いを伝えることはできないのだ。できることなら、その声を聞き届けてやりたいと思うのだが――。
ぬいぐるみに視線を落とすと、柚子が誰にともなく問うた。
「……それにしても、幽霊の正体は何なんでしょう。やっぱり元ここに住んでらっしゃった方達なんでしょうか?」
「どうだろうね」
鵤がこたえた。
通常、霊的存在が歪虚と化すにはかなりの年月を必要とする。殺害されたディトマール一家が歪虚と変じる可能性はあった。
「賑やかなご家庭だったんでしょうね……。護ってあげられなくてごめんなさい……きちんと、弔ってあげますから」
目を閉じてから、柚子はぬいぐるみを元の場所においた。
その時だ。黒猫が毛を逆立て、マルチーズが小さな唸り声をあげた。
「どうしたんですかぁ」
千秋が問いかけた。すると鵤が眉をひそめた。背筋に寒気を覚えたのだ。
反射的に鵤は振り向いた。そして、見た。背後に迫る影を。
それは人の形をしていた。が、断じて人間ではない。それは霧が凝ったように白く朧げであった。――歪虚だ。
咄嗟に鵤はマテリアルを変成、障壁として展開した。触れた歪虚の身体がはじけるように霧散した。
「やったかのかな? ――あっ」
さすがの鵤の口から愕然たる呻きがもれた。霧散したのは一瞬、すぐに歪虚は人の形をとりもどした。
「これは――」
その時だ。別の叫びが発せられた。柚子のものだ。
彼女の眼前。床からぬうと現れたものがある。霧状の影。歪虚だ。
瞬間、柚子の周囲に様々なシルエットの描かれたカードの幻影が現れた。その一枚に柚子が触れると、他のカードは光の残滓となって消滅。そのカードは柚子の身体に吸い込まれた。
「ぬんっ」
柚子は刃をたばしらせた。
降魔刀。銀の刀身には降魔成道の経文が彫り込まれている刀である。
その一閃は歪虚の身体を切り裂いた。いや、疾りすぎたといった方が正解かもしれない。一度霧散した歪虚は再び形を取り戻し、柚子に襲いかかった。
「うっ」
柚子の息がつまった。その首には歪虚の指がかかっている。
なんという力だろう。まさしく人外の握力。もぎはなすことはできなかった。
●
客間のテーブルにランタンをおくと、カズマは室内を見回した。
ほの暗い室内に特に目立ったものはない。が、核が目立ったものとは限らない。だからこそ探すのだ。
ライトを手に、カズマは壁に歩み寄った。絵がかけてある。主であったディトマールは絵に興味があったらしい。絵画が飾られていてもおかしくはないのだが――。
カズマが絵画に手をのばした時、パルムが叫びだした。何かと視線をカズマが視線を転じた。
その瞬間である。彼の足が何かにつかまれた。
冷たい手。歪虚だ。
咄嗟に跳び退ろうとしたが、無駄であった。人外の握力がしっかりと足首を掴んでいる。急速にカズマの身体から力を抜け落ちていった。
「うっ」
ロニは息をひいた。
リビングに足を踏み入れた瞬間である。彼の目は床に倒れた人間の姿をとらえていた。
警戒しつつ、ロニはライトの光をむけた。
倒れているのは男だ。近寄り、調べてみるとすでに息はなかった。おそらくは自警団員であろう。
「一人、発見した。すでに亡くなっている」
トランシーバーにむかってロニは告げた。
その時だ。叫びが聞こえた。ハナのものだ。
はじかれたように振り向き、しかしロニは足をとめた。今いったとて、亡霊相手には何もできない。それよりも亡霊の核を探す方が決だ。
●
逆さまにぶら下がった顔。
それは霧が凝ったようなものでありながら、少女のものであるように見えた。怨嗟と飢えにひきゆがんだ少女の顔に。
少女――歪虚の手から逃れ、咄嗟にコーネリアは跳び退った。予期していたとはいえ、咄嗟に逃れ得たの彼女の元軍人としての驚異的な反射神経の成せる業であった。
すると歪虚は横に飛んだ。ハナめがけて襲いかかる。
「そろそろ出てくる頃かと思っていましたぁ」
ハナの手から数枚の符が飛んだ。それは複雑な軌道を描いて歪虚を取り囲み、光った。真昼になったかと思われるほどの凄まじい閃光。さすがの歪虚もたまらずに霧散した。
「やりましたぁ! ――あっ」
ハナの口から愕然たる呻きが発せられた。霧散したのは一瞬、すぐさま歪虚が元の姿をとりもどしたのだ。
「……五色光符陣で散らせるだけってどういうことですぅ!? むぅぅん、絶対ブッコロですぅ」
ハナが歪虚を睨みつけた。その首に歪虚の手がかかった。
「やめろ!」
コーネリアが聖別された銀で作られた銃身を持つ、純白の神々しい魔導拳銃の銃口を歪虚にむけた。神罰銃、パニッシュメントだ。
刹那である。コーネリアの身が吹き飛ばされた。まるで見えぬ巨人の手ではたかれたように。歪虚の放った念力であった。
「おたくらは核を探してくれ」
エスカルラータと千秋にむかって叫び、鵤は大口径の魔導拳銃――レイジオブマルスをかまえた。
その時だ。何が倒れる音がした。柚子だ。顔色が蒼白になっている。大量の体力を吸い取られたのだった。
「やだねぇ」
鵤はレイジオブマルスのトリガーをひこうとし――はね飛ばされた。壁に激突。その手からレイジオブマルスがふっ飛んだ。
「マンマ・ミーア! 霧みたいな歪虚!」
迅雷の速度で壁を蹴り、まりおが歪虚試作光斬刀、MURASAMEブレイドで歪虚を切り裂いた。霧へと散る魔性。まりおが柚子を抱き起こした。
「なるほど、これが人食い屋敷の正体ってわけだ」
MURASAMEブレイドをかまえたまのおの眼前、散ったはずの歪虚は再び人の形を取り戻しつつあった。
●
「どこだ、核は?」
ロニは壁際におかれたベッドの下を覗き込んだ。何もない。
その時だ。衝撃で館が揺れた。何かが壁に激突したのだ。
歪虚のはずがなかった。やられているのは仲間だ。
「くそっ」
さすがのロニも焦りを覚えた。早く核を見つけ出さないと、ハンターたちもまた自警団員と同じ末路を辿りかねない。
ロニは室内を見回した。ライトの光を巡らせる。キャビネットが目にとまった。
走り寄るとロニはキャビネットの戸を開いた。素早く視線をはしらせる。何もない。
「ここにはないのか?」
ロニは廊下に飛び出した。
「ぬうっ」
カズマはがくりと膝を折った。反射的に抜剣。ロングソード――シグルリオーマで霧状の手に斬りつけた。
「何っ」
カズマは呻いた。何の手応えもない。まさに霧に斬りつけたように。
が、足は自由となった。床からのびた手が霧散したからだ。
カズマは跳び退った。シグマりオーマをかまえたまま、周囲を探る。腕は消えていた。と――。
突然、衝撃が襲ってきた。はねとばされたカズマは天井に激突。そして落下――しない。更かしの力が下からカズマの身を天井に押し付けている。
「し、しまった」
身をもがかせるカズマの目は、その時、するすると床から身を滑り出させる歪虚の姿をとらえた。
「くらえっ」
カズマはシグマりオーマを投げつけた。流星のように飛んだ剣が歪虚を霧散させる。すると、突如不可視の力が消えた。
●
エスカルラータは寝室に飛び込んだ。千秋は子供部屋だ。
室内はそれほど荒れてはいなかった。ただ壁に血しぶきの痕がある。それが返って凄惨さを物語っていた。
一瞬息をひき、それから二人は部屋の捜索を開始した。
エスカルラータは婦人のものらしい化粧タンスを。引き出しを片っ端から引き出す。何もない。
千秋は部屋の隅におかれたキャビネットに走りよった。中には玩具が溢れていた。が、核らしきものは見当たらない。
「どこなんですかねぇ」
頭をかきつつ、千明は振り返った。その目がぴたりとあるものの上でとまった。
ベッドの枕元。小さな人形がおかれていた。
ハナの顔が土気色に変わった。コーネリアは激痛で動けない。
その時、飛鳥のように空を飛んだ者がいる。シルヴィアだ。軽やかに着地すると、シルヴィア。
杏は大剣をたばしらせた。疾る剣光は流星に似て。大剣――龍剣、クベラ・ヴァナが歪虚を斬り裂いた。が――。
歪虚は霧散したのみだ。ダメージすら与えることはできなかった。
「……これはまずいですね」
シルヴィアの美しい顔が絶望にゆがんだ。
その瞬間、形をとりもどした歪虚がシルヴィアに襲いかかった。が、シルヴィアは動けない。見えぬ力が彼女の身体を呪縛している。
歪虚の手がシルヴィアの首にのび――。
霧散した。
「ふぅ」
千秋は重い息をもらした。
ベッドの上の人形が砕け散っていた。その欠片が溶解していく。砕いたのは千秋のトンファーであった。
「間に合ったみたいですねぇ」
千秋の顔に疲れたように笑みがういた。
●
館の戸を閉めた後、エスカルラータとシルヴィアは中庭にむかった。荒れ果ててはいるが、花壇の跡らしきものがある。
「安らかに眠ってください」
墓標をたて、エスカルラータはブーケを捧げた。そして鎮魂歌を口ずさむ。
「……こうすることで、少しでも誰かの心は救われるのでしょうか」
祈りつつ、ふと、シルヴィアはつぶやいた。
その時、二人は聞いた。小さな笑い声を。
楽しげな子供の声。まるで両親と旅に出るような。
錯覚かもしれない。しかし、二人の顔には微笑みが浮かんでいた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
【相談卓】ガサ入れ コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561) 人間(リアルブルー)|25才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/07/07 21:53:11 |
||
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/07/05 21:09:21 |