紡ぎの歯車(1)

マスター:西尾厚哉

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/07/17 22:00
完成日
2016/07/27 23:52

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ハンターの力を借りて、レイ・グロスハイムとノア・ベンカーはバルトアンデルスのイルリヒトから、時計塔の町に脱出、鍵を持っているピアが皆を時計塔内に匿った。
 慈善家ララ・デアを連れて時計塔を訪れた第一師団長オズワルドは興味深そうに内部を眺め、ララと対面したレイはピア・ファティが聞いたのと同じ内容を彼女の口から聞く。
 その後、オズワルドが過去のものを含めて報告書から読み取れる部分を補足した。
 3人の訓練生を連れて同じくイルリヒトを出たトマス・ブレガは兄のいる第一師団第6分隊と合流。
 新聞記者、ノア・ベンカーは容態の急変によりハンターの手でイルリヒトより送り出されたことに。
 レイ・グロスハイムは所在不明扱いである。


 この時間、食堂の裏のゴミ捨て場にはその日の残飯や調理の残りカスが捨てられた。
 野良犬を蹴飛ばして追い払い、我先にと子供達が群がる。
 でも足が思うように前に出ない。
「あたしが取って来る。待ってな」
 横にいた少女が言う。
 リンゴの芯とパンの欠片を引っ掴み
「ソ……」
 呼ぶ声の続きが消えた。
 開いたままの口が深く暗い穴だった。
 リンゴはどこ? ねえ、パンは?
 飢えた子供に秩序はなく、彼女の幼い母性だけをあてにしていた自分を思い知る。
 彼は血に濡れた石を掴んだ。

 捕まることは『死』だと思っていた。
 細い腕を掴もうとする『手』は『保護』と知る由もなく、彼は逃げ続け、時に戦った。
 しかしその日はあっという間に手足の自由を奪われた。
 大きな手が顎を掴む。
 噛みつくほどの自由もなかった。
 もう『死』からは逃れられない。
「名前は何という?」
「……ソレン」
「姓は?」
「……?」
「そうか。まずはノミとシラミを落とそうか」
 『手』は『死』をもたらさず、体中を調べた。
 真新しい服を着せられ、妙な運動をさせられた。
 読み書きはあっという間に覚えた。
 ずっしりと重い銃を持たされたのは半年以上たった頃だった。
 初めて持ったものなのに、前から自分の持ち物のようだった。
  『手』は言った。
「イルリヒトで籍が一つ空いた。そのままそこに入るといい。専用の部屋もある。持ち物は不要なら処分しても構わない。見知らぬ誰かが会いに来ても面倒なら追い返せ。彼の身内は縁遠くなった育ての家くらいだから」
「彼?」
「レイ・グロスハイム。姓がある。君もその名を使うといい」


「返す。君のだろう」
 レイは震えているピアに歯車のネックレスを差し出した。
「悪いが、元のグロスハイムのものはこれだけしか残ってない」
 元の、という言葉にピアの体が強張る。
「それでも……持っていてくれたのね……どうしてなの……」
「……どうしてだろう……」
 レイは微かに首を傾げる。
「ペンやノートですら使われた形跡がなかった。机に新しい傷はなく、ベッドのシーツも真新しい。なのに、アクセサリーがデスク脇の壁にある」
「……ガンギがないわ」
 ネックレスを見つめてピアは呟く。
「ガンギ?」
 ノアが彼女の手元を覗き込んだ。
「このネックレスの歯車は私のこの時計からお祖父ちゃまが取ったの」
 ピアは首にかけているペンダント型の時計を示す。
「第三歯車とガンギ車を……。鎖、切れた?」
 尋ねられて
「いや……」
 答えかけてレイは視線を泳がせた。
 血塗られた石を拾い上げた自らの手と、切れたネックレスを拾い上げる手のイメージが重なった。
 だからガラクタを集めるのか……
 あいつは全部を『取り戻して』いない。
「いろいろと辛いことだがな……」
 レイの表情を注意深く観察しながらオズワルドは言う。
「俺は実際に見たこたぁねえが、報告書を読む限りあんな途方もねえ巨大歪虚がバルトアンデルスに侵攻してきたら被害は甚大だ。師団からも戦力を出す予定だ。錬魔院は裏から手を回して根気強く洗い出すしかねえと思ってる」
「コンスタンティン・ゲルベッツは4年前に他界しています。ニクラスは彼の息子」
 レイの言葉にノアが目を剥いた。
「まじかよ!」
「ニクラスのことは俺もほとんど知らない。顔を合わせたのが数回程度だ。話もしていない」
「それでもあんた、やつの指示でトマス・ブレガに見張られてたんだろ? トマスって野郎はまたスパイする気じゃねえのか?」
 鼻息を噴き出すノアにオズワルドは失笑する。
「第5分隊の兵長、バルドゥル・ブレガは例え身内でもそれは許さんよ。今頃厳しく聞き込みをして、情報を得たうえで部隊計画も練っているはずだ」
 ノアはそれでも不信感が拭えない顔だった。

 時計塔を出て夜のうちに師団本部に移ることになった。
 ノアは師団に行くことを固辞し、ヴァルツライヒの計画を阻止した身は保護を受けたほうが安全というピアやララの説得にも応じなかった。
 彼が何故そんなにも師団に行くことを拒むのか理由は全く分からなかったが、新聞記者である彼に無理を通せる者は誰もいない。
「連絡すっから」
 ひらひらと手を振って時計塔から出て行くノアの後姿を見送っていたピアは背後に気配を感じた。
 レイだ。
「なぜそんな目をするの?」
 きつい口調になったと悟ったのか、ピアは束の間口を引き結んだ。
「悪いけど、私はあなたの生い立ちに同情しません。順序が違ったらあなたが歪虚だったかも。そしたら何も分からない。あなたがかつて生きていたことすら誰も知らずに。そんなこと……許さない……」
 ピアはくるりと背を向けて足早に彼の前から立ち去った。
 肩を竦めて顔を背けた時、そこにオズワルドが立っていてレイは一瞬身を固くした。
「グロスハイム。俺もお前の生い立ちには同情しない」
「仕方なさの理解など求めていません。事実を伝えたまでです」
 オズワルドはふむと彼の顔を眺めた。
「彼女とララさんには伝えていないが、お前とピアさん、歯車のネックレスはララさんの命と引き換えの条件だ。だが命の天秤ばかりはない。こちらは断固戦う方針で行く」
 レイは頷いた。
「お前は一度対峙しているんだろう。奴に弱点はないのか」
「明確にはまだ。でも、必ずあります。あいつはあの剣機団子と必ず行動を共にする。団子を谷底に落とした時、吸血鬼は自分だけが残って攻撃を続けようとしなかった。ただの執着かもしれませんが……2体一緒に動くという部分に何かあると思えます」
「ハンター達が幾度か敵に会っている。彼らの力を得たい。場合によってはこっちも手酷い傷を負う可能性はあるが」
「……俺は……自分は問題なく」
 オズワルドは微かに目を細めてレイを見る。
「グロスハイム。死んでも構わないと思うなよ。死ぬのは一番の逃げだと思え」
 この人は……見通してしまう……
 レイは微かに身を震わせて頷いた。

リプレイ本文

 山にかかっていた雲が降りて来た。
(前は雪。今度は霧?)
 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は視線の先に立つレイとミグ・ロマイヤー(ka0665)に目を向ける。
 ミグは仏頂面のレイを見上げてくくっと笑った
「そなたは不器用だな。正直に心配だからと言えば良いのに」
 レイはぷいとそっぽを向く
『彼女は使えない』
 レイに再びネックレスを渡したピアはつい、と彼に肩を突かれて激昂した。
『では、ミグが代わりになろう。見た目なら可能であろう?』
 その一言がなければ今頃掴み合いの喧嘩に。
 しかし、それよりも頭を悩ませたのは、バルドゥルの部隊に覚醒者が彼を含めて4人、うち回復系スキルを持つ者はたった1人だったことだ。
「師団の兵はそもこういう構成であると思われるが良い」
 病的なほど青白く異様に赤い唇のバルドゥルは常に目をギンと見開くのが癖らしい。
 いないなら仕方がない。
 バルドゥルはハンターからの依頼を受けて夜のうちに兵に団子落とし込みの穴を掘らせていたし、スケールアウトの可能性も踏まえてマテリアル爆弾の設置も行っていた。
 非覚醒者でも師団の兵だ。相応の動きはしてくれるはず。
 残り2名は猟撃士、バルドゥルは舞刀士、それぞれの動きに期待することに。
 雲が降りる。
「湿気てきたぜ」
 リュー・グランフェスト(ka2419)が呟いた時、待ちわびた声が響いた。


「ずいぶんたくさんで来たんだね」
 サラが頭上で嗤っていた。
「何か……持っている」
 ウィルフォード・リュウェリン(ka1931)が目を細め、ルシオ・セレステ(ka0673)がピアが横にいることを確かめる。
 サラの腕が大きく動き、塊が頭上で弧を描く。
 塊と共に赤い雫が垂れ落ちる。
 逃れるように後ずさるレイとミグの頭を乗り越えてそれが落ちたあと、地から湧いて出たように細い矢が次々に噴き出した。
 咄嗟に防御に転じる。こんなものに顔を直撃されてはたまらない。
「……ったく、早速ですか!」
 ノーマン・コモンズ(ka0251)が放つ八握剣をサラは少しバランスを崩したものの空中で避けながら射程外に逃れる。
「団子は」
 ロニ・カルディス(ka0551)は視線だけをちらと巡らせる。
「いる」
 微かな唸り声を察知してラミア・マクトゥーム(ka1720)が一方向に身構えた。
 霞の向こうにゆっくりと現れる巨大な影、球面にうごめく剣機の姿。
「ほう。嬉しいぜぇ……? こんなデカブツと戦えるなんてよ」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は今まさに振りかざさんと腰をかがめて大斧を握り直す。
「雑魚もおでましだぜ」
 団子の足元に動く剣機群を見たリューが身構えた。
「30mです」
 マキナ・バベッジ(ka4302)が伝えたのは穴までの距離。
「ノーマン」
「ええ、わかってますよー」
 ノーマンはにこりとアルトに応える。
 小賢しく相手の射程から逃れようとも無敵ではない。
 必ず引き摺り下ろしてやる。
「来い。憐れな吸血鬼」
 ロニの声と共に作戦は開始される。

―― サラと団子を、引き離す


 ソウルトーチでリューの体がゆらりと炎に包まれたように見えた。
「こいつに意思の有無を試してやる!」
 雄叫びをあげて団子に突進する彼に反応して群がろうとする剣機をラミアの薙刀「静」がしなやかな彼女の動きと共にワイルドラッシュで繰り出され阻止される。
「邪魔しちゃだめだよっ……と!」
 頭上でくるりと「静」が回り、次へ。
―― ウオゥ……
 壁の剣機の唸り声をあげる。

 ドッ……!

 二刀流で振り下ろしたリューのガラティンとモルドゥールは磔になっている剣機の首を撥ねるが崩れ落ちる下からはまた新たな剣機が姿を見せた。
「玉ねぎの皮かよ! 剥かなきゃ属性云々じゃねえってことか?!」
「なら、掘り進む!」
 ボルディアが砕火で叩く。
 その重みから逃れるように壁が向こう側に動いた。後方に下がったのだ。
 これで穴に誘導していけるかもしれない。
「そうと決まりゃ……!」
 嬉々としてボルディアはノックバックの重い一撃を加える。
「……っとお!」
 上から剣機の持つ斧が飛んで来て、リューは慌てて飛び退った。
「周りの奴は狙ってるぞ!」
「承知!」
 2人の攻撃開始を見てラミアはマキナ達に向ける。
 師団兵とバルドゥルも雑魚を蹴散らしてはいるが……どうしたマキナ? ピアが動けないのか?
「ピア」
 ルシオの声にピアは反応せず、呆然と立ち尽くしていた。
 無防備なままの彼女に剣機が狙いを定める。
 ルシオはグランシャリオを構え、足の速い奴をマキナのウィップとウィルフォードのライトニングボルトが阻んだ。
 覚悟もしていた。分かっていたはずだった。だのに初めて見る剣機団子にピアは戸惑う。
「ファティさん、あの中にグロスハイムさんがいるんだと思います。大丈夫。セレステさんもリュウェリンさんもいらっしゃいます。彼をこの終わらない夢から救い出しましょう」
「そしたら……レイは戻って来る?」
 まさかのピアの言葉にマキナは戸惑う。
「マキナ!」
 ルシオの声でマキナは身を反らし、振り向きざまにウィップで剣機を裂いた。
 そしてパシリと小さな音。
 ウィルフォードがピアの頬を小さく叩いたのだ。
 それはピアの正気に戻すのに十分だった。
「僕達は君の意思を受け止める。本当のレイに、サラに、錬魔院やイルリヒトに君がどうしたいのか」
「ウィルフォードさん……」
 すまん、というように頬に指を伸ばしてくれるウィルフォードをピアは見上げる。
「戦います……ここにいるのは……歪虚です。ごめんなさい、マキナさん、ルシオさん。行きましょう」
 持っていたリボルビングソーを構え、最後の言葉は微かに潤んだ。


 サラが放り投げたのはゴブリンの首であることはすぐにわかった。
 彼女は団子の唸りを聞いてちらと振り向きはしたものの、奇妙な声で動き回る剣機を呼び寄せる。
 それを盾に降りて来ると生首を拾い上げて再び飛び上り、皆の頭上に首を放り投げて滴る血を撒き散らす。
 なぜそんなことを。威嚇のつもりか?
「……っつ!」
 ゴーグルにカツンと掠る矢にロニは小さく顔をしかめた。
 サラの攻撃は空中からの槍であったはず。なぜ今回は下から?
 それでも移動は開始される。
 団子は落とし穴のある南側に。サラは直角に離れるように西側に。
 サラが投げた生首でその方向になったのだ。
 に、しても
「鬱陶しい!」
 アルトは向かって来る剣機にザクリと超重刀の一撃を加えた。
 背後にいた奴が振り下ろした斧を避けたところで相手は後方からの弾丸に射抜かれる。
 猟撃士兵が前に。レイが雑魚処分を指示したのだろう。
「……くっ……!」
 そのレイが矢から逃れて首を竦めた。額からすいと血が流れ、猟撃士兵のひとりも声をあげる。
 兵がいまいましそうに抜いた矢と共に赤く散った色にアルトは目を細めた。
 地に落ちず宙に舞い上がるように見えたのは錯覚なのか。
 いや、この光景は前にも。
 サラがあの女性の耳を食い千切った時、彼女の血は吸い上げられるように宙に立ち昇った。
 いったいどこに?
 ノーマンがふいに「え?!」と声をあげた。
 サラが投げた首が頭上を投げ戻されている。
「差し戻しじゃ!」
 と、ミグ。
「皆、心せい、奴はまた取りにくるぞ。矢はどうやらこの滴る血から……」
 おっと、と飛び出た矢をミグは頬に傷を作ってやり過ごす。
「おのれ!」
 何をする気だ、と横のレイがミグを見る。
「うまく射程外にいると思うているのだろう、小娘。だが」
 口を引き結び構える。
「『パリ』砲は届くのじゃ!」

―― ドウ!

 伸びた一条の光は目を見開いて慌てて避けるサラの横をすり抜け、

―― ウオォオオオ……!

「うわ!」
 ボルディアとリューがバラバラと頭上から落ちる破片と咆哮に同時に身構えた。
「団子にな」
 ミグはふふんと笑う。
 怒りの目を向けたサラが宙から無数の槍を投げつけ、逃れるために皆で飛び退った。
 ミグを振り返ったアルトは彼女の頬の血を見て再び目を細める。
 ミグはアルトの視線に小さく頷いた。
 予想をたてていた。
 吸血鬼は団子と離れられない理由がある。
『団子の中に吸血鬼の命の源らしい何かがあるのでは』
 ミグは頬の血を自らの指先で拭い取り掲げる。
 指先についた赤い雫はぽつりと宙に浮いて空に昇った。
「血を集めているのか」
 と、ロニ。
「どこに。団子の中に?」
 ノーマンが目を凝らす。雫の行先までは目で追えない。
「今度首を取りに降りて来たら行くよ。ノーマン、ロニ」
 アルトはサラを睨みつけた。


「剣機にハンターの動きを邪魔させるな!」
 バルドゥルが兵に叫ぶ声が響く。
 リューの振り下ろしたガラティンが剣機の首を落とす。
 崩れ落ちればまた下に剣機がいる。
 伸びる腕を斬り落とし、周囲の端材は手で剥ぎ取る。
 ミグの『パリ』砲攻撃は団子の移動に速度をつけた。
 表面の一部のがらくたと剣機を粉砕しただけだったが、皮が剥がれてしまうことを団子は極力嫌うらしく、動き回る剣機がすぐに自らを貼りつけによじ登り、剥けた部分を逸らせようと団子は移動する。
 移動するから、また新しい面が下から湧き上がる。
 マキナが動く壁に素早くよじ登り、補修にかかる剣機をウィップで払い落とした。
 ウィルフォードがブリザードで剣機の動きを阻害する。
 その間にリュー達が攻撃を加える。
 ひたすら同じことを繰り返しているように思えるが、結果的にリンゴの皮を剥くように薄くなっていると願いたい。
「中身出てくんのか?!」
 と、ボルディア。
「半径なら10m……です!」
 ストン、と降りて部位狙いで打つマキナ。
「10mっ?」
「でも、中にグロスハイムさんがいるのならそこまでは。……それに穴まではあと少しです!」
「リュー! 吸血鬼の確保の動きに出るみたいだ!」
「剣機の足止めに行く」
 ラミアの声にウィルフォードが答えた。
 ちらとピアを振り返る。近くにいるルシオが任せて、というように視線を送った。
 ソーで剣機と応戦しているピアの顔は余裕もなく必死の形相だ。
 ウィルフォードがローブを翻した時、
「うっ……!」
 リューの声に皆の視線が彼に向いた。
 ぶわりと団子から噴き出す赤い霧。それが結晶のように団子全体を覆う。
「硬い……!」
 振り下ろした斧の手ごたえにボルディアが唸る。
 再び噴き出す赤い霧。今度は周辺の剣機達に纏わりつく。
「ベッカー!」
 バルドゥルが叫んだのは聖導士兵の名。
 さほど防御力も高くない剣機への攻撃がさっきと打って変わって通らない。
 面食らった状態で相手の攻撃を受ける。
 あちこちで血の粒が飛んだ。
 『地を駆けるもの』で回避したラミアも肩に相手の投げた斧を掠らせ、ピアは腕を負傷した。
 ルシオの慈雨と聖導士兵の放つヒーリングスフィアが光る。
 それでも四方から血の筋が空中に昇り、団子の中に吸い寄せられた。
 団子に直接攻撃をしていたハンターは周囲の剣機に攻撃を転じる。
 ルシオがレクイエムを放った。覚醒者はともかく、非覚醒者兵は負傷直後の動きが鈍い。
 防御強化か。この効果、どこまで続くものなのか。
「これであの妙な音をたてられたら……」
 ルシオは危機感を感じた。
 団子の発する妙な音については事前にバルドゥルにも伝えたし、ハンター達も知っている。
 それでもタイミングが悪ければ負傷した一般兵はひとたまりもない。


 怒りの表情を浮かべたサラが思惑通り首を取りに降りて来た。
 降りて来る前に剣機達のバリゲードをウィルフォードがライトニングボルトで払いのける。
 射程外まで離れず待ち構えていたアルトのワイヤーウィップがしなり、ノーマンの竜尾刀がエンタグルで伸びる。
 サラの片足を絡めとったのはノーマンだった。
 サラの形相はすさまじかった。
 地を掻き逃れようともがいたところにロニがジャッジメント。
 そしてノーマンが発煙手榴弾を手にしたとき

「ギャアアアアア!」

 その狂気じみた叫び声にアルトははっとする。
 まさか。

―― ヴォオオオ……

 巨大な歯車が軋む音。
「くっ……」
 ノーマンの手から手榴弾が落ちた。
 行動阻害。サラの攻撃が……来る。
 無数の槍が襲いかかった。
 低い位置からの攻撃は皆の腰から下を直撃し、流れる血は落ちず上に。
 次の攻撃が来る。
 しかしサラは団子のほうを見る。槍の雨が使えないらしい。
「エネルギー切れか」
 アルトの腰あたりから流れた血が立ち昇る。
「サラ! オルクスは滅びた! お前は……!」
 威嚇するように赤い口を開いたサラはノーマンの竜尾刀から逃れ飛び上った。
「な……!」
 まだ飛翔する力があると?!
 サラは一直線にレイとミグに向かって飛ぶと次の瞬間
「偽物、死ねえ!」
「ぐっ……!」
 レイが槍で貫かれた。
 何とか避けて急所は外したものの、サラの長い槍はレイの肩を地面に打ち付ける。
 引き抜いた槍で再び急所を狙おうとしたサラはミグのシザーハンズから逃れて空に飛びあがった。
「おまえ、妹ではないだろう!」
 サラはミグに言う。
「皆殺しにしてやる!」
 宙で身を翻した。
 ウィルフォードのファイアーボールとミグの『パリ』砲がそれを追いかけた。


 『歯車の軋み』は団子周辺にいた兵を混乱と行動阻害の2つの状態に分けた。
 ハンターとバルドゥルは行動阻害を、団子近くにいた聖導士兵と一般兵は混乱を、距離があったものは行動阻害に。
「リュー……!」
 ラミアが必死に声をあげる。サラが来る!

―― ウオオォォ……!

 ミグの『パリ』砲が再び到達。
 団子が大きく動いた。
「ルシオ!」
 リューは叫ぶ。剣機の斧を剣で受けるのがやっとだ。あともう少しで団子は穴に落ちる。
 ルシオはレクイエムで剣機の動きを止めるとキュアを使う。
 せめて、ハンターだけでも。
 阻害から解放されたアルト達が走り込む。
「ルシオ! 俺がスフィアを使う」
 そう言ったロニの息も荒い。
 ウィルフォードが周辺の剣機をファイアーボールで吹き飛ばした。
「ピアはどこだ」
 彼に問われてルシオは顔を巡らせる。
 いない? まさか、さっきまで横に。
「ピア!」
 だが、ルシオの声にピアは答えることができなかった。
 足が言うことを利かなくなった途端、首から下げた時計を剣機に捕まれた。
 ソーを取り落し、そのまま首を絞められる格好で引き摺られる。
「助け……」
 小さなその声にラミアが気づいたが、サラも気づいた。
 槍を構える。

―― ドッ……

 衝撃がピアに伝わった。
「この……!」
 踏鳴で距離を縮めたアルトの超重刀の切っ先から逃れサラは再び空に逃げる。
 ウィルフォードのライトニングボルト、ノーマンの八握剣が追う。
 しかし
「マキナさん……」
 ピアは声を震わせた。
 自分に覆いかぶさっている彼の周囲を血の筋が昇っていく。
「マキナ! 貫通してるから穂先を斬る! 動かないで!」
 ラミアが叫んだ

―― ウオォォォ…!

「さっさと落ちやがれ!」
 ボルディアの最後の一打で剣機団子は唸りをあげて地に沈んだ。


 剣機の姿が消えた。
 サラの姿も見当たらない。
 負傷者を抱えて血が立ち昇らなくなる距離まで移動する。
 結局盆地を出るしかなかった。
 死者は出なかったが、ハンターを含めほぼ全員が負傷した。
 ピアはノーマンの肩を借りるマキナの傍から離れようとしなかった。
「あの時は……ランアウトを使うだけで精一杯で……もう、大丈夫ですから」
 マキナは笑みを見せた。
 同じようにウィルフォードの肩を借りるレイをミグは見上げる。
「最初にああいうことを言うから心配してもらえないのだぞ?」
 レイはむっと口を引き結んだ。
「サラも負傷しているよ」
 アルトが言う。
「最後のファイアーボールと『パリ』砲……ノーマンの八握剣かな……片腕が動いていなかった」
「回復するだろうか。槍も斬ってしまったけれど」
 と、ラミア。
「あの団子、血の貯蔵庫なのは確実です。満杯でなきゃ回復も充分じゃないんじゃないかと。それに、共有してますよね?」
 思い出しながらノーマンは言う。
「団子があの音を出したあと、サラはもう自分で攻撃するしかなかった。貯蔵庫がカラになったんですよ。だとしたら、足を絡めとった時、恐ろしく抵抗していた理由がわかります。離れられないんですよ。常に傍にいないといけない。手榴弾で視界も遮断できていたらレイの攻撃もできないほどパニックになった可能性があります」
「問題は団子だよな。皮はまた元に戻ってそうな気がする」
 言ってからリューはいや、違うと眉を潜めた。
「あの団子、何の意思も感じなかった。そもそも剣機を作って集めてるのはサラだ。あの団子自身は殻を作るんなら何でもいいんじゃねえ?」
「役割も分担しているのかもしれない」
 ふむ、とロニは視線を泳がせる。
「団子の攻撃は今のところ皮を剥がされるのを阻止するものだけだ。血を吸い上げるのが団子の役割だとしても、団子が供給元から血を吸い上げられるわけではない。サラが血を流させ、団子が吸収する。そう考えればいつも2体でいるつじつまが合う」
「じゃあ、サラを先に葬ってしまえば、相手にするのは団子の剣機だけ……」
 ラミアは呟いた。
 それを聞いてピアは微かに震える息を吐いて目を伏せた。

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    人間(紅)|24才|男性|疾影士
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    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • 時軸の風詠み
    ウィルフォード・リュウェリン(ka1931
    エルフ|28才|男性|魔術師
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
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