刀身研磨 私心摩耗

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
3日
締切
2016/07/12 12:00
完成日
2016/07/21 00:26

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 朝の涼風が吹く、東方風の家屋が並ぶ通りを、一人の女が歩いていた。左手に刀を一振り提げ、右へ左へと視線を迷わせながら通りを行く着物姿の女は、名を正宗鞘という。
 やがて彼女は、一軒の家屋の前で足を止めた。軒上に提げられた木彫りの看板には、『包丁、刀の研ぎ、承ります』とあった。
 視線を下ろして、戸口の脇に掛けられた表札に目を遣る。
「唐梨子(からなし)……。じゃあ、ここに……」
 呟きを漏らし、開け放たれた戸を覆う暖簾へと腕を伸ばす。
 藍染の布に触れる直前、躊躇うように手が止まった。しばしの間を置いた後、暖簾を掻き分け、正宗はその奥へと踏み入れた。
 りん……りん──と、暖簾の下に取り付けられた鈴が、正宗の来訪を告げる。
 屋内は薄暗く、開かれた突き上げ戸から差す朝日が、申し訳程度に土間を照らしている。しばらくして陽が高くなれば、光量も増すだろう。
 土間に二、三歩踏み入ると、鈴の音が止む。すると、正宗の耳が別の音を捉えた。摩擦音とでも言うべきか、何かを擦り合わせるような音が、律動的に木霊している。
 聞き覚えのある音。やがて音源を見出した正宗は、そこに目当ての人物を見咎める。
 柄を外し、茎(なかご)を晒した刀身を研ぎ石に当て研磨する人物の後ろ姿を。そのしなやかな体躯と、肩口でざんばらに切られた黒髪の艶。それを見れば、女性であると判別できた。
 見覚えのあるその後ろ姿に呼び掛ける。
「お久し振りです、桔梗(ききょう)」
 その声に女性が振り返った。
 女性──唐梨子桔梗は正宗の姿を捉えると、その眼を見開いた。その眦には皺こそなかったが、そろそろ四十路に届くのではなかっただろうか。本人が然して気にした風もなく、そう言っていた。
「……お前か、正宗。こんな早朝に何の用だ」
 唐梨子は表情を整えると、また姿勢を戻し、刀を研ぎ始めた。
「東方からこちらに居を移したと風の噂で聞いたもので。それに貴女なら、この時間でも起きているだろうと思い、こうして伺いました」
 正宗は一旦口を噤み、しばらく逡巡した後、口を開く。
「……一つ、聞かせて貰っても良いですか」
「──町が襲われたんだ」
 正宗の問いに先んじて、唐梨子は答えを返した。更に問う。
「……それは、歪虚に?」
「いいや、人間だ。野伏せり、という奴だな。先の戦争で潰れた武家の残党の集まりだろう。……酷いものだったよ」
 一旦、研ぎ石から刀を離し、窓から差す朝日に翳しながら、研磨の具合を矯めつ眇めつ眺める唐梨子。その語調は淡々していて、それ故に彼女が垣間見たであろう惨状を、みなまで聞くまでもなく想像する事ができた。
 正宗の左手──鞘を握る拳の関節が白む。
「……すみません。私が留まってさえいれば」
「お前が居た所で──いや、お前が居ればどうにかなっていたかもしれん、確かにな。だが、あのまま留まっていれば、お前がどうにかなっていた事だろうよ。あの頃の東方は、今よりも更に乱れていた。お前が背を向けたのは、正解だったよ」
「私は別にっ──」
「違わんだろう。お前は、あの日々に耐えられなくなった。だから姿を消して、こちらに逃げて来たのだろう?」
「私は……」
「勘違いするな、別に責めているわけではない。寧ろ私はホッとしたよ、これでお前の刀を研ぐ必要がなくなったとね。何度お前の刀を研がされた事か知れんからな。もっとも──」
 唐梨子は、正宗の刀をチラリと見遣ると、鼻を鳴らす。
「未だに、その刀を捨てる気にはなれんようだがね」
「これは捨てられません、絶対に。もしその時が来るとするなら、それは──」
 刀を持ち上げ、正宗は言葉を切る。それを見た唐梨子は嘆息を漏らすと、手を差し出した。
「どれ、貸してみろ。まさか、ただ顔を見に来ただけではあるまい」
「……はい、お願いします」

 目釘を抜き、柄から取り外した二尺刀身を眺め回す唐梨子。
 地肌は板目、刃紋は互の目、浮き出た地刃の働きは、地景に、金筋と稲妻。銘こそ刻まれていないものの、業物級の刀だ。
 刀身から視線を外すと、唐梨子は正宗を見遣る。彼女の額に浮いた汗に気が付くと、溜息を零した。
「……お前、相変わらず他人に刀身を握られるのが駄目なのか?」
「……昔程ではありません。多少は慣れました」
「そうだったな。確か最初は吐き出したんだったか」
「……あの時は迷惑を──」
 苦い表情を浮かべた正宗は、背後から床が軋む小さな音を聞き咎めて振り返る。移した視線の先には、一人の少年が立って居た。年はようやく十に届いた頃だろうか。
「起きたか、ナギ」
 唐梨子が少年に向けて声を掛ける。
「彼は……?」
「椥辻(なぎつじ)凪太(なぎた)だ。そうだな……、この子も私と同じ生き残りだよ。少々縁があってね。今は私が引き取っている」
「生き残り……」
 正宗は、少年──凪太の頭髪を見遣った。色が抜け落ちた、白髪を。
 凪太の不思議そうな視線に気付いて、正宗は視線を落とす。
「ええと、私は正宗鞘と言います。桔梗の……、昔の知り合いです」
 正宗の自己紹介を受けた凪太は、ぺこりと頭を下げると、懐から紙の束と、筆入れを取り出した。筆入れに納めた鉛筆を手に取ると、紙面に筆を走らせる。しばらくして、彼が掲げてみせた紙面には、こう記されていた。
『ぼくは椥辻凪太です
 はじめましてさやお姉さん』
「……!」
「──ナギ、すまないが朝食の支度を頼めるか?」
 凪太は唐梨子の言葉に頷きを返して、土間に下りて台所の方へと向かう。
「あの子は両親が殺されるのを目の当たりにしたらしくてね。本人は押入れに隠れていたので無事だったらしいが、それ以来、髪の色と声を失ってしまった」
 桶に溜めた水を刀身に掛けて研ぎ石に当てながら、唐梨子は静かな口調で告げた。
「どうやら、その時の事を憶えていないらしいのが、せめてもの救いか。いや、親の死に目を忘れた事は、何よりの不幸かもしれないな。──正宗」
「……何でしょうか」
「朝は済ませていないんだろう? あの子を手伝ってくれれば、同席しても構わないが?」



「何を作るのか、もう決めているんですか?」
 正宗に問い掛けられた凪太は、米を研ぐ手を止め、手拭いで水を拭き取ると、また紙と鉛筆を手に取った。
『だいこんのみそ汁とめざしをやきます』
「わかりました。では、私は大根を切りましょう。ええと、包丁は……」
 視線を彷徨わしていると、眼前に包丁の柄が差し出された。その刀身を握っているのは、凪太の小さな手。
 身体が凍り付いた。

 ──姉さんはどうして、僕を選んだの?
 命を殺す手応えが、柄越しに伝わる。
 ──どうして、どうして、ドウシテ?
 
「っ……」
 袖を引かれる感覚で我に返ると、視界に心配そうな表情を浮かべる凪太と『だいじょうぶですか』と書かれた紙が映る。
「──大丈夫ですよ」
 どうにか微笑みを浮かべながら、凪太の頭を撫でる。
 ひどく懐かしい感触が、手に伝わった。

リプレイ本文

「っ……!」
 正宗は背筋を這う寒気に衝き動かされ、玄関へと振り返った。
「お邪魔するわ」
 暖簾を掻き分け土間へ足を踏み入れて来たのは、一見すると年端もゆかない少女。
「──早く米を研がないと、水を吸ってしまいますよ」
 そう言って、来客へ視線を寄越そうとする椥辻を、水場へと押しやった。そして、来客に誰何の言葉を投げる。
「どなたですか?」
 同時に、手にした包丁を逆手に握ると、袖の内へと潜ませた。
 既に正宗は確信していた。この少女は、活殺流の殺し手を振るうに値する相手だと。
 稀に居るのだ。状況も何も関係なく、ただその在りようだけで、一殺多生の天秤を傾け得る存在が。
「ブラウ(ka4809)というのだけど。先日預けた刀を取りに──って、あらあらあら?」
 突如、少女──ブラウが、身構える正宗の下へ足早に近寄る。
「──貴女、とっても良い匂いがするわね?」
「……は?」
 微かに恍惚の色を表情に滲ませながら鼻を寄せるブラウに、戸惑いを浮かべる正宗。
「ねえ、貴女──」
 見た目とは不釣り合いな、蠱惑的な笑みを唇に宿らすブラウ。彼女が、もう一歩正宗に歩み寄ろうとすると、
「そこの、小さいの」
 唐梨子の声が制した。
「わたしの事かしら?」
 小首を傾げて、応じるブラウ。
「ああ。お前が取りに来たのは、この二振りだな?」
「ええ、そう。そうだったわ」
 本来の目的の品を差し出されると、唐梨子の方へと向かった。
 まず手に取ったのは、柄に機械を埋め込んだ刀。鞘から刀身を抜き、晒した白刃を見て、ブラウはまた陶然とした笑みを浮かべる。
 因縁の敵を斬殺した時の事を思い出したのだ。刎頚の後に、浴びた血の噴水──あの匂いを思い出しただけでも、背筋を快感が駆け巡る。
 だが、続く二刀目。虎徹と銘打たれた、うっすらと赤く染まる刀身を覗き込んだ時のそれは、比べるべくもなかった。研磨の後も褪せる事のなかったその紅は、地鉄の芯まで染み込んでいるのだろう。
 この刀が初めて吸った血は、持ち主の家族、そして、剣術の師だ。ブラウ自身が作り出した惨劇の光景──それは破瓜の記憶の如く、いや、それよりも尚鮮明に脳裏へ刻まれている。
 アレが、彼女が経験した初めての絶頂だったのだから。
「上出来だわ。──ああ、早く試してみたいわね」
 ブラウは刀身を鞘に納めると、やや濡れた瞳を正宗へと向けた。
「ふふ、冗談よ」
 身構える彼女へ悪戯っぽく微笑むと、ブラウは玄関へと向かった。
「縁があれば、また会いましょう。──でもその時は、そんな小さな得物じゃないと良いわね」



 昼前だったろうか、その日二人──いや、正宗を数に含めば三人目の客が訪れたのは。
「よう、ここは研ぎの店で間違いねえのかな?」
 暖簾を潜ったのは、黒い外套に身を包んだ男。
「そうだが、……まさか、その刀を?」
 唐梨子は、男が肩に掛けた刀を見咎め、眉をしかめた。持ち主よりも長いその刀は、分類するなら斬馬刀と言った所だろうか。
「駄目だったか?」
「駄目というわけでもないが。……名は何だ?」
「龍崎・カズマ(ka0178)と──」
 刀を差し出しながら、男──龍崎は自身の名を名乗った。
「違う、聞いているのはこの刀の銘だ」
「そっちか……、銘は天墜だ」
 金細工を施した柄に嵌め込まれているのは、琥珀、だろうか。鞘から刀身を引き抜いてみれば、窓から入る日差しを受け、刀身が怜悧な輝きを反射した。
「とある村で護り刀として祀られてたもんでな、もう無用になったからって、貰ったもんさ」
「無用?」
「ああ、何せ誰も住んでねえ村だったからな。護るもんが居なくなって、ただ錆付くだけってのも忍びねえだろ?」
「……物は言いようだな。要するに、くすねて来たという事か?」
「おいおい、人様の事を盗人みたいに言わんでくれよ。言ったろ、貰ったって」
「無人の村でか?」
「確かに人は居なかったなあ。ありゃ多分、幽霊ってやつなんだろうさ……」
 遠い目をして呟く龍崎。
「──まあ良い。それで、研ぎに何か注文はあるか?」
「いや、あんたに任せるよ。任せるべき事は任せる、手前でやれる事を請け負うってのが俺の信条でね。そうさな、研ぎが終わるまで掃除でもしてようか?」
「……どれだけここに居座るつもりだ?」
「は?」
 嘆息を漏らす唐梨子の言葉に、龍崎は疑問符を浮かべた。
「刀の研ぎはそう手早く終わるもんじゃない。他にも研ぎ待ちの刀があるしな。この刀の研ぎが終わるまで、幾らか日を跨ぐ事になるぞ」
「そうなのか? ふーん、じゃあ、どうすっかね──」
 龍崎は視線を彷徨わせ、台所で素麺を茹でながら、出し汁に調味料を加えて麺つゆを作っている凪太と正宗を捉えた。
「なあ? 実はまだ昼を済ませてないんだが、相伴に預かっても構わないか? 勿論、ただ飯食らうわけじゃない、手伝いくらいはさせて貰う」
「……好きにしろ」
「それじゃ、交渉成立って事で。──おおい、坊主。胡瓜とオクラに大根、それと納豆はあるか?」
「……厚かましい客も居たものだな」
 台所へと向かう龍崎の背を見遣り、唐梨子は三度目の溜息を零した。



「お邪魔しまーす」
 快活な挨拶と共に暖簾を掻き分けて土間に踏み入ったのは、中性的な印象を持つ少年──霧雨 悠月(ka4130)だ。
「あれ? 誰も居ないのかな?」
 無人の土間を見渡して、霧雨は小首を傾げた。
「おや、貴方は──悠月?」
 しばらくして、暖簾の鈴が奏でる音を聞き付けた正宗が、居間の奥から顔を見せた。
「鞘、さん?」
 見覚えのある顔を見付けて、霧雨は軽い驚きの表情を浮かべた。
「もしかすると、桔梗──ここの研ぎ師へ用事でしょうか?」
「うん、研ぎに預けた刀を受け取りに来たんだ」
「そうでしたか。では、彼女を呼んで来るので待っていて下さい。──ナギ、彼にもお茶を」
 正宗が居間の奥に続く廊下へ姿を消すと、入れ替わりに凪太が急須と湯呑、そして茶請けの栗羊羹を乗せた盆を手に、障子の陰から現れた。
「ありがとう。凪太くん、だったよね」
 こくこく、と頷く凪太にもう一度礼を言いながら、霧雨は居間と土間に挟まれた縁側に腰掛けた。
 楊枝に刺さった羊羹を口に含んで緑茶を啜ると、甘味が苦味の中にほろりと溶ける。
「おいしい──」
 霧雨は、隣に腰掛け自分を見上げる凪太に気付くと、一切れの羊羹を刺し、彼の口元に運ぶ。「ほら、あーん」と促してやると、凪太はパクリと羊羹を頬張った。
「おいしい?」
 幸せそうに頬を緩ませる凪太が、また、こくこくと頷く。
「待たせたな」
 床板が軋む音に振り返ると、唐梨子が廊下に立って居た。
「あ──」
 霧雨は居住まいを正して、唐梨子に向き直る。自分の愛刀を託した相手に、礼儀を払おうという殊勝な心の表れ、だろうか。
「白狼を受け取りに来ました。もう仕上がっていますか?」
「ああ、研ぎの方はな。後は組み直すだけだ。そこで待って──」
「あのっ!」
 つっかけを履き、土間に降りようとする唐梨子を、呼び止める。
「──できれば刀身だけの姿で見たいです。駄目、ですか?」
「別に構わんさ。こっちだ」
 作業場に面する高床──そこに設置された刀箪笥へ向かう唐梨子。彼女は、箪笥の中から布を巻いた刀身を取り出すと、霧雨に手渡した。
 それを受け取り、布を解いた霧雨は、感嘆の溜息を漏らす。
 現れ出たのは、狼牙に似た刃紋を持つ刀身──柄を纏わぬ、愛刀の裸身。研ぎ師の手により化粧を施された愛刀は、いつにも増して妖艶さを増している。
「後は自分で組み直せ」
 更に柄や鍔を箪笥から取り出して、霧雨に手渡す唐梨子。
「あの、ありがとうございました!」
 霧雨はそれらを抱くと、深々と頭を下げた。



「またお前か」
 唐梨子は暖簾を潜って来た人物を見遣ると、溜息を零した。とにかく、溜息の似合う女性である。
「何だよ、姐さん。そんな嫌そうな顔してんなよ」
 裾の短いジャケットに身を包んだ男──ケンジ・ヴィルター(ka4938)は、唐梨子の反応に肩を竦めて応じる。
「私がこっちで開業してから、一体何度刀を研ぎに出したと思っている。刀の扱いが荒いんじゃないのか?」
「仕方ねえだろ、まだ真剣の扱いにゃ慣れてねえんだよ」
「まあ、商売の足しになるなら問題ないが。あまり研ぎを重ねると、その刀使い物にならなくなるぞ」
「そ、そいつは困る。こいつはお気に入りなんだよ」
 たじろぐケンジ。鞘から刀を引き抜き、直刃の刃紋が浮かぶ刀身を見詰める。
「じっちゃんの道場で、神棚に祀られてた刀に似てるんだ」
 祖父が抜刀して、刀身を見せてくれたのは数える程度だったが、黒地の鍔にある流水の彫り物や、鎬に刻まれた梵字と不動明王は、手元にある刀と良く似ていた。何より、裏返した側に彫られた龍が、鍔の彫り物と合わさって「流水より出でて空翔ける龍」を表現している所などは、昔に舞い戻ったような錯覚を覚える程だ。
「それは何度も聞いた。それ程大事なら、刀の扱いを憶える事だな」
「んな事言ってもよ」
「仕方ない。正宗、少し手解きしてやれ」
「……私が?」
「本当に刀を駄目にして、泣き付かれでもしたら敵わんからな。安心しろ。昔お前が使っていた竹刀が幾つか置いてある」
「そういう事でしたら」
 正宗は壁に掛けられた竹刀を二本手に取った。内の一本をケンジに投げ渡すと、構えを取る。
「おいおい、マジでやるつもりか?」
「まずは、そちらからどうぞ」
「言っとくが、加減なんて器用な真似はできねえかんな。──凪太、これ預かっててくれ」
 ケンジはジャケットを凪太に投げ渡すと、竹刀を正眼に構える。そして、踏込と同時に、正宗に面打ちを振り落した。
「──良い打ち込みです」
 竹刀を寝かせて、それを防ぐ正宗。
「ですが──」
 次の瞬間、竹刀を旋回させ、力で押し込もうとするケンジの一刀を流した。
「剣道と剣術は違います」
「熱っ……!?」
 たたらを踏み、咄嗟に構えを戻したケンジの腕を、竹刀の切先が擦過した。更に容赦なく肌を掠める斬撃に、ケンジは悲鳴をあげる。
「竹刀と違い、真剣は引き斬るもの。それを意識しなければ、徒に刀を消耗させるだけですよ?」
「よおく、わかった……」
 至る所に蚯蚓腫れのできた腕をさすって、ケンジは肩を竦めた。
「──ありゃ? ここ、研ぎ師の店じゃなかったのか?」
 その時、新たに暖簾を潜る者が一人。いや、
「およ? サヤが居る?」
 二人だ。
「ジャック? それに、クロード──ですか?」
 金髪碧眼の青年──ジャック・エルギン(ka1522)と、普段の衣装と異なり和服に身を包んだクロード・N・シックス(ka4741)である。
「そうだけど、何で竹刀なんか構えてるの?」
「ちょいとばかり手合わせを、な」
 決まり悪そうに頭を掻きながらケンジが応じると、ジャックが楽し気な笑みを浮かべる。
「へえ、そいつは面白え。後で俺も一戦頼みたいね」
「気を付けろ。この姉ちゃん、とんでもなく強いぜ」
「知ってるさ。ま、とにかく今は、ここに来た用件が先だな」
 ジャックはそう言って、唐梨子に携えた大太刀を差し出す。猛る獅子を模した鍔。鞘内に黄金色の刀身を秘めた刀である。
「こいつの研ぎを頼むよ。綺麗にしてやってくれ。──ああ、それと、研ぎを見学したいんだけど」
「……好きにしろ」
 愛想なく頷く唐梨子。だが、バンダナを巻いたジャックが傍らに付くと、解説を交えながら作業を始める。
「刀の研ぎは、まず荒砥ぎから始める。そして、研ぎ石を順に目の細かいものに変えるわけだ。だが、切れ味だけを求めるなら、最初の研ぎだけで事足りる。いや寧ろ、その方が切れ味は良い」
「鋭い方が、斬れ易いんじゃないのか?」
「刀は引いて斬るものだ。多少の引っ掛かり、摩擦があった方が、武器として有能なのさ」
「なら、どうして?」
 ジャックは、作業場の隅にズラリと並べられた研ぎ石を見遣りながら問う。どうして、そこまでやるのか、と。
「さてな、私にもわからんよ。だが、とかく刀というのは、持ち手や作り手にとってただの武具の範疇を超えた存在になる事がある。お前にも、身に覚えはないか?」
「ああ、なくもないな」
 ジャックは黄金色の刀身を見詰めて頷いた。確かにこの刀を手にした時、感じ入るものはあった。獣王の名を冠した刀が、己を持つ以上強くあれと欲する声を聞いた気がした。
「まあ、それが決して良い結果を生むとは限らんがな。……あまり惹かれ過ぎれば、人生を狂わせる」
「そういうもんかね」
 呟くように告げた唐梨子の言葉に、ジャックは首を傾げる。
「お前は心配要らんようだがな。──さて」
 口許で微笑を浮かべた唐梨子は、徐に立ち上がった。
「何だよ、もう終わりか?」
「そろそろ日が傾き始める。知りたい事があるなら、また来い。どちらにせよ、刀の研ぎは一日で終わるようなもんじゃない」
「じゃあ、研ぎを教えてくれんのか?」
「手入れの基本くらいならな。それ以上を求めるなら、自分の目で盗め」

「クロードも刀を研ぎに?」
 正宗が茶請けと湯呑を乗せた盆を間に置いて、縁側に腰掛けるクロードの隣に腰を下ろした。
「まあね。サヤはここの研ぎ師さんと知り合いなの?」
「ええ、私が東方に転移した時にお世話になりました」
「なら、安心してこの刀を任せられるわ」
 傍らに立て掛けた刀の鞘を撫でるクロード。
「……大事な刀なんですか?」
「うーん、大事っていうか、大事だった刀に似てるのよ。──私の家にあった伝来の刀にね」
「確か、東方の出でしたね。では、ご家族は東方に?」
「ううん、それがさー、歪虚に潰されちゃったんだよね、これが」
 あっけらかんと、笑みさえ浮かべて、一族が全滅した過去を語るクロード。
「……そう、でしたか」
 鞘を握り締め白んだ彼女の手に気付き、正宗はただ一言だけ口にした。
「そうそう。あの刀もさー、最期に父さんが握ってた筈だから、多分屋敷の残骸に下敷きになってるわね。父さんも、兄さん達も、母さんも皆死んじゃってさ。一人だけ命拾って、そん時思ったわけよ。──刀なんて二度と持つか、ってね」
 やはり笑みを浮かべながら言った後、クロードは鞘から刀を引き抜いた。白刃に映る、金瞳を見詰めて、彼女は続ける。
「けど、この子に逢った時に思い出したの」
 火に包まれる屋敷を前にした自身が、何を誓ったか。
「二度と、折れない。絶対に、曲がってなんかやるもんか、って誓った事を」
 だからこそ、また刀を手に取ったのだ。折れず曲がらずと謳われる、東方の刀を。
「貴女は……強いんですね」
 正宗が、小さく呟く。
「なに言ってんの、まだまだ弱っちいから、刀を手に取るんでしょ? それよりさ、夕飯の仕度しないの? わたしも手伝うからさ」
 おーい、ナギくん! と台所に立つ凪太に駆け寄って行くクロード。
「……やっぱり貴女は、私よりもずっと強い」
 その背を見送って、正宗は消え入りそうな声を漏らした。

依頼結果

依頼成功度普通
面白かった! 5
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 感謝のうた
    霧雨 悠月(ka4130
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 双棍の士
    葉桐 舞矢(ka4741
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 背徳の馨香
    ブラウ(ka4809
    ドワーフ|11才|女性|舞刀士
  • 頼れるアニキ
    ケンジ・ヴィルター(ka4938
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 刀身研磨 相談&雑談
ジャック・エルギン(ka1522
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/07/11 22:12:23
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/07/10 01:23:50