ゲスト
(ka0000)
【奏演】Preludio
マスター:風亜智疾

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/07/17 19:00
- 完成日
- 2017/06/16 02:02
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
■
その村は、フマーレとジェオルジの中間点から少し北へ上った山間にあった。
名は知られておらず、60人程度の小規模な村であり、村人達は慎ましやかに自分達の食べるだけの食料と狩猟を行って生活していた。
――そう。その村は『あった』。村人は生活『していた』。
何処となく焦げ臭い香りと、低く響き渡る声。
農作物があったであろう畑には何一つ生えず、村人が生活していた家の影もない。
そんな村に唯一残されたレンガ造りの集会場には、今日も老若男女問わず人が集まっている。
集まった人々は、煤に汚れていたり泥に汚れていたり、或いは何処かどす黒い何かのシミが付いた服を着込み、一心不乱に祈り続ける。
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
瞳に生気はなく、ただ浮かぶのは只管に救いを求める色のみ。
そんな人々の声を身に浴びつつ、建物の中から二つの影が現れた。
頭から被ったローブのおかげで、その表情を窺い知る事は出来ないが、唯一見える口元が、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「教祖様!」
「あぁ、我らが偉大なる教祖様!」
祈りの声が、歓喜の声へと変わっていく。
声に軽く手を挙げる事で答えた影のうちの一つ――教祖、と呼ばれた者は小さく息を吸い込んだ。
「神の子達よ、聴きなさい。貴方方の身に降りかかった罪悪は、貴方方の罪ではありません」
シン、と静まり返った人々に向かって告げられる言葉は、甘やかに人々へと沁み込んでいく。
「降りかかった罪悪は全て、今この時も世界中に生息するもの。救う力を神から与えられながら、貴方方を救えなかった者にあるのです」
奏でる様に語られる言葉に、人々は息を呑む。
「教祖様、その『者』とは一体誰なのですか……!」
声をあげたのは、体の至る所に傷を負い包帯を巻かれた男だ。
瞳に浮かぶのは溢れんばかりの憎悪。それもそのはず、男はつい1週間前に雑魔に襲われ、自分も傷を負いつつ最愛の妻と幼い子供を失った。
憎むべきが世界が『敵』と定める異物ではないと言われ、それでは誰を恨めばいいのかと憤っている。
男の元へと歩み寄った教祖は、そっとその肩に手を置いた。
浮かべる表情は、慈愛の微笑み。
「貴方方が憎むべき、罪悪の根本。貴方方を苦しめるその者は……」
――ハンター。
■
男の前に座った、やや幼い顔立ちの女性は困惑の表情を浮かべていた。
「私の絵本が……?」
「えぇ、そうです。今申し上げた襲撃事件全ての現場で、貴方の描かれた絵本の1ページが置かれているのです」
だからなのだろう。自分が今、ソサエティの一室に呼ばれ、事情を聴かれているのは。
「何か心当たりはありませんか?」
「心当たり、って……」
戸惑い言葉が出ない彼女へと、追い打ちをかける様に男は言い募っていく。
「偶然にしては出来すぎてるでしょう。何かあるんじゃないですか?」
「分かりません、そんな……だって、聞いたのだって初めてなのよ……」
腕を組み見下ろす男の前で、女性――ヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は声を詰まらせ俯くのだった。
――同刻。同ソサエティ別室。
「呪われた村?」
灰色のロングマフラーに埋もれかけた口元が歪む。ディーノ・オルトリーニ(kz0148)は訝し気に目を細めた。
「あぁ、何の変哲もない村なんだが、常人には立ち入る事が出来ないらしい」
いやそうじゃない。言葉を改めた馴染みの受付担当の男性、バルトロ曰く。
そこは、特に何かある村ではない。名前を知る者すら少ない、小さな村だ。
そんな村に向かう人がいるのだという。
不思議に思って追いかける人間もいたのだが、その人間は全て雑魔の襲撃にあってしまうのだ。
「向かった人間も雑魔に襲われたんじゃないのか」
「いや、それはない。言い方は酷いが、死体は見つかっていない上に、戻っても来ていない」
おそらくそれが意味するのは、望んで村へ向かった人間は村へと辿り着けるにも拘わらず、それ以外の人間は雑魔に拒まれてしまうという事だ。
「なぁディーノ。そんな事があり得るか?」
「……俺の知る限りではないが」
「そうか……」
バルトロは首を振った後、そういえばと思い出した事柄を口にする。
「雑魔に襲われた人が倒れていた場所に、必ず落ちてるものがあるらしい」
「落ちているもの?」
首を捻っていたディーノだったが、次に告げられた言葉に勢いよく席を立つのだった。
「あぁ、絵本の1ページだ。確か……オオカミが主人公のやつ」
■
「一体どうしたんだディーノ」
受理された依頼書を手に困惑の表情を浮かべるバルトロへ、ディーノはいつになく鋭い表情を浮かべつつ告げる。
「使われた絵本に心当たりがある。調べたい」
「だとしてもお前一人では行かせられない。追いかけた人は必ず雑魔に襲われるんだ」
戦闘になると分かり切ってるのに、一人で行かせるわけにはいかないという判断だ。
「だから、調査と討伐依頼として受ける。頭数が揃い次第、任務についてくれ」
それが、ディーノとバルトロの妥協点だった。
■
その村は、フマーレとジェオルジの中間点から少し北へ上った山間にあった。
名は知られておらず、60人程度の小規模な村であり、村人達は慎ましやかに自分達の食べるだけの食料と狩猟を行って生活していた。
――そう。その村は『あった』。村人は生活『していた』。
何処となく焦げ臭い香りと、低く響き渡る声。
農作物があったであろう畑には何一つ生えず、村人が生活していた家の影もない。
そんな村に唯一残されたレンガ造りの集会場には、今日も老若男女問わず人が集まっている。
集まった人々は、煤に汚れていたり泥に汚れていたり、或いは何処かどす黒い何かのシミが付いた服を着込み、一心不乱に祈り続ける。
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
瞳に生気はなく、ただ浮かぶのは只管に救いを求める色のみ。
そんな人々の声を身に浴びつつ、建物の中から二つの影が現れた。
頭から被ったローブのおかげで、その表情を窺い知る事は出来ないが、唯一見える口元が、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
「教祖様!」
「あぁ、我らが偉大なる教祖様!」
祈りの声が、歓喜の声へと変わっていく。
声に軽く手を挙げる事で答えた影のうちの一つ――教祖、と呼ばれた者は小さく息を吸い込んだ。
「神の子達よ、聴きなさい。貴方方の身に降りかかった罪悪は、貴方方の罪ではありません」
シン、と静まり返った人々に向かって告げられる言葉は、甘やかに人々へと沁み込んでいく。
「降りかかった罪悪は全て、今この時も世界中に生息するもの。救う力を神から与えられながら、貴方方を救えなかった者にあるのです」
奏でる様に語られる言葉に、人々は息を呑む。
「教祖様、その『者』とは一体誰なのですか……!」
声をあげたのは、体の至る所に傷を負い包帯を巻かれた男だ。
瞳に浮かぶのは溢れんばかりの憎悪。それもそのはず、男はつい1週間前に雑魔に襲われ、自分も傷を負いつつ最愛の妻と幼い子供を失った。
憎むべきが世界が『敵』と定める異物ではないと言われ、それでは誰を恨めばいいのかと憤っている。
男の元へと歩み寄った教祖は、そっとその肩に手を置いた。
浮かべる表情は、慈愛の微笑み。
「貴方方が憎むべき、罪悪の根本。貴方方を苦しめるその者は……」
――ハンター。
■
男の前に座った、やや幼い顔立ちの女性は困惑の表情を浮かべていた。
「私の絵本が……?」
「えぇ、そうです。今申し上げた襲撃事件全ての現場で、貴方の描かれた絵本の1ページが置かれているのです」
だからなのだろう。自分が今、ソサエティの一室に呼ばれ、事情を聴かれているのは。
「何か心当たりはありませんか?」
「心当たり、って……」
戸惑い言葉が出ない彼女へと、追い打ちをかける様に男は言い募っていく。
「偶然にしては出来すぎてるでしょう。何かあるんじゃないですか?」
「分かりません、そんな……だって、聞いたのだって初めてなのよ……」
腕を組み見下ろす男の前で、女性――ヴェロニカ・フェッロ(kz0147)は声を詰まらせ俯くのだった。
――同刻。同ソサエティ別室。
「呪われた村?」
灰色のロングマフラーに埋もれかけた口元が歪む。ディーノ・オルトリーニ(kz0148)は訝し気に目を細めた。
「あぁ、何の変哲もない村なんだが、常人には立ち入る事が出来ないらしい」
いやそうじゃない。言葉を改めた馴染みの受付担当の男性、バルトロ曰く。
そこは、特に何かある村ではない。名前を知る者すら少ない、小さな村だ。
そんな村に向かう人がいるのだという。
不思議に思って追いかける人間もいたのだが、その人間は全て雑魔の襲撃にあってしまうのだ。
「向かった人間も雑魔に襲われたんじゃないのか」
「いや、それはない。言い方は酷いが、死体は見つかっていない上に、戻っても来ていない」
おそらくそれが意味するのは、望んで村へ向かった人間は村へと辿り着けるにも拘わらず、それ以外の人間は雑魔に拒まれてしまうという事だ。
「なぁディーノ。そんな事があり得るか?」
「……俺の知る限りではないが」
「そうか……」
バルトロは首を振った後、そういえばと思い出した事柄を口にする。
「雑魔に襲われた人が倒れていた場所に、必ず落ちてるものがあるらしい」
「落ちているもの?」
首を捻っていたディーノだったが、次に告げられた言葉に勢いよく席を立つのだった。
「あぁ、絵本の1ページだ。確か……オオカミが主人公のやつ」
■
「一体どうしたんだディーノ」
受理された依頼書を手に困惑の表情を浮かべるバルトロへ、ディーノはいつになく鋭い表情を浮かべつつ告げる。
「使われた絵本に心当たりがある。調べたい」
「だとしてもお前一人では行かせられない。追いかけた人は必ず雑魔に襲われるんだ」
戦闘になると分かり切ってるのに、一人で行かせるわけにはいかないという判断だ。
「だから、調査と討伐依頼として受ける。頭数が揃い次第、任務についてくれ」
それが、ディーノとバルトロの妥協点だった。
リプレイ本文
■
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
そして、赦すことなかれ。救うことなかれ。手を取ることなかれ。我らを救わぬ者共を。
■Stringendo
日頃温厚な眼鏡の奥の瞳が、僅か眇められている。
神代 誠一(ka2086)は使い慣れた武器を念入りに確認していた。
身の内に秘められたその感情は、何に対しての『怒り』なのか。そして、誰に対しての『思い』なのか。
そんな誠一を横目に、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)はひらりふわりと踊るようにディーノ・オルトリーニの元へと歩み寄った。
「ふふっ、きっと素敵な物があるんだわ。『影這うハタハタ鳥』だって花の蜜に群がるんだもの」
不思議な言い回しだが、妙に心に残るのは何故だろう。
「通せんぼなんて意地悪だけれど……ねぇ、狼のおじさんはどう思う?」
傘をクルクル回しつつ小首を傾げた淑女に、口元を隠すようにマフラーを引き上げた男は無言を貫いた。
「お久しぶりね、ディーノさん。今回は共闘と行きましょう?」
ディーノを見上げつつ笑うのはブラウ(ka4809)だ。
「それにしても……近くで貴方の血の香りが嗅げるなんて……楽しみね」
「……相変わらずだな」
依頼とは関係のない会話だったからだろうか。ようやく男は口を開く。
(どうやら、依頼に関しての事は話したくないみたいね)
観察に徹していたセリス・アルマーズ(ka1079)は、今回同行している依頼主の心境を慮る。
金糸の使徒は、今回の仕事に対して他とは違う心境で参加していた。
(歪虚信仰をしているなら、塵も残さず焼き払わないといけないわ)
敬虔なエクラ教の使徒の中でも、やや強硬とも言えなくもないが、セリスにとってはそれが正義であり神への信仰なのだ。
「さて、なかなかに興味深い案件ではあるが……話がどこに向かうのか、少々不安な感じがするな」
大きく手を広げつつまるで演説をするような雰囲気をもって語りかける久延毘 大二郎(ka1771)が、そのままくるりとディーノへと向き直る。
「まあなんだ。今回は宜しく頼むよ、オルトリーニ氏」
「……あぁ、頼む」
「確か、リアルブルーの歌でこんな感じの歌がありますよね。行きはよいよい、って」
口ずさみつつレオナ(ka6158)は小さく息を吐いた。それは、どこか今から向かう先への僅かな嘲笑を含んでいるかのよう。
「物語の1頁を残すようなことをして、如何にも構ってほしい! という感じがしますね」
「なんかもうすっごい悪意がありますよねぇ。知る人は知る絵本ですもん~」
同意するように首を縦に振った星野 ハナ(ka5852)が言葉を続ける。
「でも……その悪意がハンター全体に向けてなのか、変態粘着的に個人さんに向けてなのか調査がいりますけどぉ」
「出来れば、ハンター全体に向けての方が俺はまだ少しは気が鎮まるんですけどね……」
少女たちの言葉を耳に、誠一が小さく呟く。
今回の参加者の中で、置き去りにされた絵本の作者と関わりが最も深いのは、幼馴染のディーノを除けば誠一だ。
元々教師であった彼が、独り立ちしようと努力している友人に降りかかった災いに、胸を痛めそして怒りを覚えても仕方のないことだろう。
7者7様の姿をサングラス越しに少し離れたところで眺めていたJ・D(ka3351)は、帽子を深く被って大きく息を吐いた。
「ったく……一筋縄では行かねぇ仕事になりそうだ」
其々が胸騒ぎを抱えつつ、行動が始まる。
■Intermezzo
「同じ場面だけなら巻き手の行動が限定されますしぃ、大量購入の可能性があれば買い取り手の情報が掴みやすくなるのでこちらとしては良いこと尽くめですぅ」
ハナの言葉に、軽く顎に手を当てて首を傾げたレオナは口を開いた。
「思うんだけど。今回の敵って、村に行く人を追いかけなくても出てきてくれるのかしら」
そう。確かソサエティで聞かされたのは、村に行った人を追いかけた人間は雑魔に襲われた。という情報。
だとしたら、今回追いかけてきたわけではない自分たちに、敵は姿を現してくれるのだろうか。
「その点は大丈夫じゃねェか? 奴さんがどれほどの頭か知らねェが、武装したメンツがやって来てンだ」
少なくとも無抵抗の人間には絶対に見えないだろうと、周囲を警戒しつつJ・Dが答えれば、同意するように大二郎も鷹揚に頷いた。
「私も賛成だ。敵意をもって現れた相手に無抵抗な『門番』というわけでもあるまいさ」
周囲を警戒しつつ歩を進めるメンバーをちらりと見やりつつ、元より口数の少ない中年の男は輪をかけて口を閉ざしている。
その様子を、レンズの向こうの目を細めて誠一は見つめていた。
もちろん、周囲の警戒は解いてはいない。けれど、誠一は他の誰よりも背を向けて歩く灰色狼とも、足の悪い絵本作家とも親交があると自負している。
放っておけるはずがない。今回被害に遭っているヴェロニカは、自分にとって友人であり、どこか生徒のような存在でもあるのだから。
誠一は痛いほど知っている。
些細な変化から、ほんの小さなさざ波から、小石が作る波紋から、大きな何かが始まるのだと。
「大丈夫ですよ、ディーノさん。俺たちも、全力を尽くします。友人のためですから」
歩み寄って、男にだけ聞こえるように囁かれた声に返事はない。
それでも、マフラー越しの男の口角が僅かに上がったのは、勘違いではないのだから。
■con moto
低い地鳴りと共に、森の奥からロックパペットが姿を現した。
情報で聞かされていたとはいえ、その体は見ただけでも堅固であることが分かる。
まず真っ先に動いたのは誰よりも前に立ったセリスだ。
一気にロックパペットへと接近すると、龍の壁という名の通りの巨大な盾を体の前に構えた。
「さぁ、この盾を打ち倒せますか?」
駆け込む前衛メンバーに加護符を施しつつ、ハナは剣に手をかけ身を低く構えた中年男へと笑みを向ける。
「分かってると思いますけどぉ、もし『何か』に気付いても絶対に1人で行かないでくださいねぇ、ディーノさん」
この男が突っ走る事で泣く人がいるのだと気づいているハナは、しっかりと釘を刺すことを忘れない。
なによりそれを防ぐために、今回このメンバーが集まったといっても過言ではないのだから。
「……理解してるさ」
(どうだかね?)
肩を竦めて一瞥したのち、ロックパペットを見やった大二郎は手にした愛用の「指し棒」アブルリーを小さく振った。
「成る程、彼が先の話の中にあった雑魔とやらなのかね? まあ、小隊が何であろうと手がかりであることは変わりないんだがね」
拳を振り上げたロックパペットの懐に入り込んではひらりと離れ、遊ぶようにブラウが謳う。
「さぁさ鬼さんこちら。貴方に血が通っているかは分からないけれど、しばらく一緒に踊って頂戴ね」
ブラウと反対側、木の上から隠の徒で忍び寄ったフィリアが、傘をパチンと閉じた。
傘、といっても彼女の傘はただの傘ではなく。それは彼女自身が手をかけ愛用している「剣」ヴォーパルだ。
ロックパペットは気づかなかった。
フィリアは隠密行動の末、タタン、タタンと踵を鳴らし、木々を駆けあがっていたのだ。
そのまま暫し時を待つ。
「だってそろそろなんだもの。楽しいお茶会の始まりだわ」
眼鏡のブリッジ代わりだろうか、フライトゴーグルに触れ、戦場を俯瞰しつつ観察していた誠一は、脳内で素早くシミュレートを進めていく。
前衛でロックパペットの気を引き付けているのはブラウただ一人。
前衛支援を勤めつつ、後方に今回の作戦でカギを握るであろう攻撃のタイミングを計っている大二郎とJ・D。
「いけませんよぉ? 近くだけに警戒してたら、遠くからぼんっ! もあるんです」
ロックパペット後方で影を潜め佇んでいるフィリアに、後衛の仕掛けを助けるべく五色光符陣を炸裂させるハナ。
パッと敵から僅か離れたブラウの足元から、鋭い音を立てて石の針が黒髪の少女を貫いた。
「ブラウ君!」
がくりと膝をついたブラウへと、セリスが咄嗟にヒールを施しなんとかダメージを回復することに成功するも、やはり疲労と蓄積しているダメージ全ては回復しきれていない。
体勢を整えようとしたブラウめがけて振り上げられた拳は、思いのほか早い。
少しでもダメージを減らそうと、刀を敵との間に翳した瞬間。
――駆け込んだのは、灰色の影と、一瞬風に舞い上がった新緑。
ロックパペットの足元へと鞭を叩きつけフェイントで気を逸らした誠一と、ゴーレムを壁代わりに力いっぱい蹴りつけ、そのままブラウの体を抱えて転がるように後退したディーノだ。
ブラウと同じ場所を辿ったせいか、石の針による傷を多少受けたディーノと彼に抱えられたブラウがゴーレムの攻撃範囲から逸れたのを確認すると、誠一は声を張り上げた。
「今だ!!」
■Calcando
彼らには一つの仮定があった。
ゴーレム『ロックパペット』は非常に防御力が高いと報告が上がっている。
防御力が高い、ということは、イコール硬い。
ゴーレムという無機物ではないものであるという点だけが懸念点にはなるが。
それでも、やれることは全てやりつくす。
共通した彼らの認識が今、実を結ぼうとしている。
■Tempestoso
「折角長物担いで来たンだ。こっちの間合いからぶち抜いてやンよ!」
「おっとその前に私の手順だ。なあそこの大きな君、君だ君。随分と固い物質で出来ているようだ」
どこか楽し気に観察しつつ、手にしたアブルリーを指揮者のように振って大二郎は笑う。
ターゲットをロックするように指し示したその先には、岩の巨人。
『火弾「八尺瓊勾玉」』彼が独自に昇華した焔の弾丸は、回転しつつ勢いよくロックパペットの右脚部へと着弾すると猛烈な熱を与えつつ爆発した。
「ほらよ、休んでる間なんてねェぞ!」
銀のライフルから放たれた弾丸は氷結のCooler。
大二郎の攻撃で高熱を与えられた脚部へと着弾した瞬間、一気に右脚部は霜に覆われた。
パキリ、と。場違いなほど澄んだ音がした気がした。
いや、ロックパペットの近くにいたフィリアと誠一には、確かに聞こえた。
「フィリアさん右を任せます! 俺はこちらを……!」
「あら? なんだか白兎の懐中時計にひびが入ってしまったみたい。確かめてあげなくちゃ」
ゴーグルで目を保護している誠一には、戦場に舞う砂や小石は障害にはならない。
的確に指示を出しつつ、蔦葛を発動させてヴィエーチルを巻き付けた。
蔦が這いあがる様にしてロックパペットの左足を固く拘束する。
次の瞬間、間近にあった木からふわり。ゴーレムの直前へと飛び降りたフィリアが、手にした傘で右脚部を突き壊した。
パキリ、パキリ。温度差によって堅固であったロックパペットの脚部は脆く、攻撃が通りやすくなったのだ。
そう、つまり。これは。
彼らの発想と行動が導き出した「正解」だ。
澄んだ音を立てて砕け散った右足がそれでも一矢報いようと、フィリアの頬と腕を切り裂いていく。
「くそっ、流石に重い、か……!」
力を込めてロックパペットの体がフィリアに向かって圧し掛かろうとするのを食い止めようとするが、巨体の重さは例え能力者であっても誠一だけでは止めきれない。
「フィリアさん避けてくださいねぇ!」
ギリギリと鳴くような鞭の音に被る様に後方から叫んだのはハナだった。
彼女が放っていた瑞鳥符だけでは、確実にフィリアへの圧し掛かりは軽減しきれない。
ならば、と。再度ロックパペットの胸部目掛けて五色光符陣を炸裂させる。
「神代さん、もう少しだけ抑えててください!」
誠一が引っ張る方へと押し上げるように、レオナが火炎符を右腕部へと直撃させた。
それでもまだ、もう一手、二手足りない。
ずるりと足が引きずられていく感覚に歯噛みしつつ、誠一はそれでも諦めない。
「フィリア、頭下げろ!」
切り裂かれ圧し掛かられそうになっているというのに、体勢を低くしろというJ・Dの発言はまさしく博打だ。
それでも、生存できると。成功すると彼は信じていた。
「ごめんなさい? わたしまだ貴方と一緒にハツカネズミにはなれないの」
微笑みつつ体勢を低くしたフィリアの頭上をすり抜けるように、レオナの攻撃によって熱を持った右腕部へと脚部と同じようにCoolerが炸裂した。
――聞こえない筈のゴーレムの絶叫が、聞こえた様な気がした。
「待ってくださいブラウ君。まだ怪我は治っては」
「今行かなくちゃ、いつ行くの? こんなに沢山の素敵な匂いが溢れてるのに」
恍惚とした笑みを浮かべつつ駆け込むブラウと、相変わらず前衛から動かない負傷したフィリアを確認して、セリスは小さく苦笑を零す。
「ですよね。分かりました。ならば私は盾となるまでです」
フィーリングスフィアが発動される。
範囲内にブラウ、フィリア、誠一を置いたその空間内で、二人の少女は楽し気にロックパペットと戯れるように斬り結び始めた。
引っ張られる力が大人しくなったのを見計らって、誠一は鞭から刀へと換装する。
跳ね上がる石の針は回避し、刀で叩き落せるだけ叩き落していく。
大二郎とハナ、レオナ、J・Dは熱を加え、氷結を与え、確実にその硬さを失わせていく。
振り上げられた左腕をハナの攻撃が吹き飛ばし、誠一が回避行動からそのまま体を捻り遠心力を利用して瞬影で残った足を切り崩す。
「あら大変。これじゃまるでハンプティ・ダンプティね」
優艶に、純粋に微笑みつつ、まだ滲む血を拭うこともなく、フィリアが「傘」を振り上げる。
「残念。やっぱり貴方岩なのね。素敵な匂いがしないのならサヨウナラだわ」
一番負傷しているというのに、恍惚とした表情のままブラウが壱式から僅か赤く光る刀を抜き放つ。
「ディーノさん! ここに思いっきり叩き込んでちょうだい!!」
駆け込む灰色の影。かつて『灰色狼』と呼ばれた疾影士の男は、一気に加速しブラウが貫くその個所を寸分たがわず同時に貫いた。
傘と赤みを帯びた刀、そして使い古された剣で貫かれたロックパペットは、澄んだ甲高い音とともに砕け散っていった。
■Affrettando
砕け散ったロックパペットを全員が確認した、その直後。
「……ハハッ!キャハハハ……!!!」
突然森の中を木霊する甲高い笑い声に、癒えたばかりの体に鞭を打って全員が周囲を警戒する。
「ヤーラレタヤーラレタ! キャハハハハハ!!!」
「クッソ、どこから!!」
J・Dが森の中へと威嚇射撃を込めた弾丸を放つも、手ごたえはなく笑い声も止まらない。
「操り人形から伸びる先にいるのは貴方かしら? ねぇ、おじさんは狼だしブラウはいつも匂いを嗅いでいるでしょう?」
どこにいるか分からないかとフィリスに問われ
「こうも反響していると、音源がどこか正確には分からん」
「残念だけど、皆の素敵な血の匂い以外はしないわね」
ディーノとブラウは唇を引き結んで首を横に振る。
「楽しんでいるところ悪いが……君が今回の黒幕かね?」
大二郎の問いかけは森に吸い込まれる。数秒のタイムラグを置いて、再度笑い声が広がった。
「幕は上がったばっかダヨ! 上がったならボクは幕じゃない。上がったら喋れないじゃナイカ!」
キャハハハハ!! キャハハハハハハ!!!
笑い声は響くが、大二郎の問いかけには謎かけのようではあるが返答がある。
それならば。会話を試みることも出来るかもしれない。
「あのゴーレムは君が?」
怒りを胸に押し込めつつ、穏やかさを前面に出した誠一の言葉に、森のどこかから声が降る。
「キャハハ! チガウちがうー。あれは『ソレ』が動かしたんダヨ? 僕はカンシ役ぅ~」
ほら! 目の前に落ちているだろう?
それが元凶サ!!
声の指し示す先へ、全員の視線が集まる。
――そこに落ちていたのは、1枚の紙。とある絵本の、1頁。
ダァ……ン!!!
大きな鈍い音が、2つ重なる。
片方は拳で近くの木を殴りつけたディーノのもの。
もう一つは、同じく近くの木を蹴りつけた……誠一のもの。
驚きで思わず固まったメンバーの中で、唯一微笑んだままのフィリアが絵本のページへと歩み寄っていく。
そっと拾い上げると、ゆっくりと汚れてしまったそのページを手で払った。
ページに描かれているのは、灰色オオカミと沢山の動物たちが、美しい花を囲んでいるイラスト。
だった、はずのもの。
何故ならそのページに描かれた動物は乱雑に塗りつぶされ、特に中央に描かれた花の絵は何よりも厳重に塗りつぶされていたのだから。
全員の視線が再び森へと移ったその時には、既に甲高い笑い声は聞こえなくなっていた。
■Calando
任務は達成した。
敵は殲滅し、僅かであれど恐らくは最大限の情報を手にすることができた。
だというのに、この後味の悪さはなんなのだろう。
この、やるせない気持ちは。憤りは。どうすればいいのだろう。
「絵本を媒体にロックパペットを作った、ということになるんでしょうか……」
レオナの言葉に、ふむと考え込む大二郎。
「どうだろうか。作り上げたロックパペットに絵本を持たせていただけ、という可能性も捨てきれん」
「糸の先のお人形さんは、一体何処へ帰っていったのかしら。森の奥ふかくにある穴の中?」
「追いかけるのはおすすめできません。いくら私が回復できたとしても、蓄積する疲労だけはどうしようもないのだから」
セリスの言葉に頷いたJ・Dが、帽子を目深に被り直して息を大きく吐いた。
「まぁ、黒幕がこの先にいる、っつーのが分かったンだ。一旦仕切り直しするしかねェな」
「そうですねぇ。深追いしてもいいことはありませんよぉ」
ハナの視線の先には、森を見つめたままのディーノの姿があった。
あれ以降、一切ディーノは口を開いていない。
微塵も動くことなく、森の奥を鋭い眼光で睨みつけているだけだ。
まるで、狼が獲物を捕らえようとするかのように。
「……今回は戻りましょう、ディーノさん。急いてはことを仕損じる。今は情報を整理して、次の行動を考える必要があります」
ディーノの肩を叩いて小さく笑った誠一へと視線を向けた男は、深く苦々しい溜息を吐いてゆっくりと森に背を向けた。
負傷したメンバーの治療はあらかた終わったが、それでも全快にならなかったメンバーは体力の残っているメンバーに支えられて、元来た道を引き返していく。
フィリアの手には1枚のページ。全員の記憶の中には甲高く不快極まりない笑い声。
戦いには勝った。今回の、ロックパペット退治には成功した。
だが。
最後尾を歩いていた誠一は、一度だけ背後の森へと視線を向けた。
彼の胸中は誰にも分からない。
けれど、温厚さを潜めたその鋭い眼光を知っているのは、同じく最後尾を歩いていたセリスだけだった。
■
「ああ、そうですか。可哀想に」
どこかの森の奥、廃れた村の片隅にある建物の中で、慈悲深い声が響く。
「あぁ教祖様。私たちは一体どうなってしまうのですか?」
「このまま私たちは……!」
深くフードを被った者がそっと手を挙げる。それだけで、ざわめきは止んだ。
「安心なさい、罪なき者たちよ」
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
■Delizioso
ヴェロニカ・フェッロの元に届けられた情報は、彼女の心を痛めるには十分すぎるものだった。
今回の結果を受けて、ディーノ・オルトリーニは万が一に備えて彼女の護衛を専属で勤めることが決まり、しばらく戦線を離脱することとなる。
ヴェロニカは絵本作成を一時中断。可能な限り外出を控えるようにと助言を受け、それを苦渋の思いで受け入れた。
しかしこのままでは被害は収まらない。それは、ディーノもヴェロニカも、そして今回依頼に同行した面々もはっきりと分かっている。
いつ現れ、いつ終わるとも知れない末端であろうロックパペットを叩くだけでは終わらない。
ならばどうするべきか。
次の一手が、選ばれようとしている。
END
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
そして、赦すことなかれ。救うことなかれ。手を取ることなかれ。我らを救わぬ者共を。
■Stringendo
日頃温厚な眼鏡の奥の瞳が、僅か眇められている。
神代 誠一(ka2086)は使い慣れた武器を念入りに確認していた。
身の内に秘められたその感情は、何に対しての『怒り』なのか。そして、誰に対しての『思い』なのか。
そんな誠一を横目に、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)はひらりふわりと踊るようにディーノ・オルトリーニの元へと歩み寄った。
「ふふっ、きっと素敵な物があるんだわ。『影這うハタハタ鳥』だって花の蜜に群がるんだもの」
不思議な言い回しだが、妙に心に残るのは何故だろう。
「通せんぼなんて意地悪だけれど……ねぇ、狼のおじさんはどう思う?」
傘をクルクル回しつつ小首を傾げた淑女に、口元を隠すようにマフラーを引き上げた男は無言を貫いた。
「お久しぶりね、ディーノさん。今回は共闘と行きましょう?」
ディーノを見上げつつ笑うのはブラウ(ka4809)だ。
「それにしても……近くで貴方の血の香りが嗅げるなんて……楽しみね」
「……相変わらずだな」
依頼とは関係のない会話だったからだろうか。ようやく男は口を開く。
(どうやら、依頼に関しての事は話したくないみたいね)
観察に徹していたセリス・アルマーズ(ka1079)は、今回同行している依頼主の心境を慮る。
金糸の使徒は、今回の仕事に対して他とは違う心境で参加していた。
(歪虚信仰をしているなら、塵も残さず焼き払わないといけないわ)
敬虔なエクラ教の使徒の中でも、やや強硬とも言えなくもないが、セリスにとってはそれが正義であり神への信仰なのだ。
「さて、なかなかに興味深い案件ではあるが……話がどこに向かうのか、少々不安な感じがするな」
大きく手を広げつつまるで演説をするような雰囲気をもって語りかける久延毘 大二郎(ka1771)が、そのままくるりとディーノへと向き直る。
「まあなんだ。今回は宜しく頼むよ、オルトリーニ氏」
「……あぁ、頼む」
「確か、リアルブルーの歌でこんな感じの歌がありますよね。行きはよいよい、って」
口ずさみつつレオナ(ka6158)は小さく息を吐いた。それは、どこか今から向かう先への僅かな嘲笑を含んでいるかのよう。
「物語の1頁を残すようなことをして、如何にも構ってほしい! という感じがしますね」
「なんかもうすっごい悪意がありますよねぇ。知る人は知る絵本ですもん~」
同意するように首を縦に振った星野 ハナ(ka5852)が言葉を続ける。
「でも……その悪意がハンター全体に向けてなのか、変態粘着的に個人さんに向けてなのか調査がいりますけどぉ」
「出来れば、ハンター全体に向けての方が俺はまだ少しは気が鎮まるんですけどね……」
少女たちの言葉を耳に、誠一が小さく呟く。
今回の参加者の中で、置き去りにされた絵本の作者と関わりが最も深いのは、幼馴染のディーノを除けば誠一だ。
元々教師であった彼が、独り立ちしようと努力している友人に降りかかった災いに、胸を痛めそして怒りを覚えても仕方のないことだろう。
7者7様の姿をサングラス越しに少し離れたところで眺めていたJ・D(ka3351)は、帽子を深く被って大きく息を吐いた。
「ったく……一筋縄では行かねぇ仕事になりそうだ」
其々が胸騒ぎを抱えつつ、行動が始まる。
■Intermezzo
「同じ場面だけなら巻き手の行動が限定されますしぃ、大量購入の可能性があれば買い取り手の情報が掴みやすくなるのでこちらとしては良いこと尽くめですぅ」
ハナの言葉に、軽く顎に手を当てて首を傾げたレオナは口を開いた。
「思うんだけど。今回の敵って、村に行く人を追いかけなくても出てきてくれるのかしら」
そう。確かソサエティで聞かされたのは、村に行った人を追いかけた人間は雑魔に襲われた。という情報。
だとしたら、今回追いかけてきたわけではない自分たちに、敵は姿を現してくれるのだろうか。
「その点は大丈夫じゃねェか? 奴さんがどれほどの頭か知らねェが、武装したメンツがやって来てンだ」
少なくとも無抵抗の人間には絶対に見えないだろうと、周囲を警戒しつつJ・Dが答えれば、同意するように大二郎も鷹揚に頷いた。
「私も賛成だ。敵意をもって現れた相手に無抵抗な『門番』というわけでもあるまいさ」
周囲を警戒しつつ歩を進めるメンバーをちらりと見やりつつ、元より口数の少ない中年の男は輪をかけて口を閉ざしている。
その様子を、レンズの向こうの目を細めて誠一は見つめていた。
もちろん、周囲の警戒は解いてはいない。けれど、誠一は他の誰よりも背を向けて歩く灰色狼とも、足の悪い絵本作家とも親交があると自負している。
放っておけるはずがない。今回被害に遭っているヴェロニカは、自分にとって友人であり、どこか生徒のような存在でもあるのだから。
誠一は痛いほど知っている。
些細な変化から、ほんの小さなさざ波から、小石が作る波紋から、大きな何かが始まるのだと。
「大丈夫ですよ、ディーノさん。俺たちも、全力を尽くします。友人のためですから」
歩み寄って、男にだけ聞こえるように囁かれた声に返事はない。
それでも、マフラー越しの男の口角が僅かに上がったのは、勘違いではないのだから。
■con moto
低い地鳴りと共に、森の奥からロックパペットが姿を現した。
情報で聞かされていたとはいえ、その体は見ただけでも堅固であることが分かる。
まず真っ先に動いたのは誰よりも前に立ったセリスだ。
一気にロックパペットへと接近すると、龍の壁という名の通りの巨大な盾を体の前に構えた。
「さぁ、この盾を打ち倒せますか?」
駆け込む前衛メンバーに加護符を施しつつ、ハナは剣に手をかけ身を低く構えた中年男へと笑みを向ける。
「分かってると思いますけどぉ、もし『何か』に気付いても絶対に1人で行かないでくださいねぇ、ディーノさん」
この男が突っ走る事で泣く人がいるのだと気づいているハナは、しっかりと釘を刺すことを忘れない。
なによりそれを防ぐために、今回このメンバーが集まったといっても過言ではないのだから。
「……理解してるさ」
(どうだかね?)
肩を竦めて一瞥したのち、ロックパペットを見やった大二郎は手にした愛用の「指し棒」アブルリーを小さく振った。
「成る程、彼が先の話の中にあった雑魔とやらなのかね? まあ、小隊が何であろうと手がかりであることは変わりないんだがね」
拳を振り上げたロックパペットの懐に入り込んではひらりと離れ、遊ぶようにブラウが謳う。
「さぁさ鬼さんこちら。貴方に血が通っているかは分からないけれど、しばらく一緒に踊って頂戴ね」
ブラウと反対側、木の上から隠の徒で忍び寄ったフィリアが、傘をパチンと閉じた。
傘、といっても彼女の傘はただの傘ではなく。それは彼女自身が手をかけ愛用している「剣」ヴォーパルだ。
ロックパペットは気づかなかった。
フィリアは隠密行動の末、タタン、タタンと踵を鳴らし、木々を駆けあがっていたのだ。
そのまま暫し時を待つ。
「だってそろそろなんだもの。楽しいお茶会の始まりだわ」
眼鏡のブリッジ代わりだろうか、フライトゴーグルに触れ、戦場を俯瞰しつつ観察していた誠一は、脳内で素早くシミュレートを進めていく。
前衛でロックパペットの気を引き付けているのはブラウただ一人。
前衛支援を勤めつつ、後方に今回の作戦でカギを握るであろう攻撃のタイミングを計っている大二郎とJ・D。
「いけませんよぉ? 近くだけに警戒してたら、遠くからぼんっ! もあるんです」
ロックパペット後方で影を潜め佇んでいるフィリアに、後衛の仕掛けを助けるべく五色光符陣を炸裂させるハナ。
パッと敵から僅か離れたブラウの足元から、鋭い音を立てて石の針が黒髪の少女を貫いた。
「ブラウ君!」
がくりと膝をついたブラウへと、セリスが咄嗟にヒールを施しなんとかダメージを回復することに成功するも、やはり疲労と蓄積しているダメージ全ては回復しきれていない。
体勢を整えようとしたブラウめがけて振り上げられた拳は、思いのほか早い。
少しでもダメージを減らそうと、刀を敵との間に翳した瞬間。
――駆け込んだのは、灰色の影と、一瞬風に舞い上がった新緑。
ロックパペットの足元へと鞭を叩きつけフェイントで気を逸らした誠一と、ゴーレムを壁代わりに力いっぱい蹴りつけ、そのままブラウの体を抱えて転がるように後退したディーノだ。
ブラウと同じ場所を辿ったせいか、石の針による傷を多少受けたディーノと彼に抱えられたブラウがゴーレムの攻撃範囲から逸れたのを確認すると、誠一は声を張り上げた。
「今だ!!」
■Calcando
彼らには一つの仮定があった。
ゴーレム『ロックパペット』は非常に防御力が高いと報告が上がっている。
防御力が高い、ということは、イコール硬い。
ゴーレムという無機物ではないものであるという点だけが懸念点にはなるが。
それでも、やれることは全てやりつくす。
共通した彼らの認識が今、実を結ぼうとしている。
■Tempestoso
「折角長物担いで来たンだ。こっちの間合いからぶち抜いてやンよ!」
「おっとその前に私の手順だ。なあそこの大きな君、君だ君。随分と固い物質で出来ているようだ」
どこか楽し気に観察しつつ、手にしたアブルリーを指揮者のように振って大二郎は笑う。
ターゲットをロックするように指し示したその先には、岩の巨人。
『火弾「八尺瓊勾玉」』彼が独自に昇華した焔の弾丸は、回転しつつ勢いよくロックパペットの右脚部へと着弾すると猛烈な熱を与えつつ爆発した。
「ほらよ、休んでる間なんてねェぞ!」
銀のライフルから放たれた弾丸は氷結のCooler。
大二郎の攻撃で高熱を与えられた脚部へと着弾した瞬間、一気に右脚部は霜に覆われた。
パキリ、と。場違いなほど澄んだ音がした気がした。
いや、ロックパペットの近くにいたフィリアと誠一には、確かに聞こえた。
「フィリアさん右を任せます! 俺はこちらを……!」
「あら? なんだか白兎の懐中時計にひびが入ってしまったみたい。確かめてあげなくちゃ」
ゴーグルで目を保護している誠一には、戦場に舞う砂や小石は障害にはならない。
的確に指示を出しつつ、蔦葛を発動させてヴィエーチルを巻き付けた。
蔦が這いあがる様にしてロックパペットの左足を固く拘束する。
次の瞬間、間近にあった木からふわり。ゴーレムの直前へと飛び降りたフィリアが、手にした傘で右脚部を突き壊した。
パキリ、パキリ。温度差によって堅固であったロックパペットの脚部は脆く、攻撃が通りやすくなったのだ。
そう、つまり。これは。
彼らの発想と行動が導き出した「正解」だ。
澄んだ音を立てて砕け散った右足がそれでも一矢報いようと、フィリアの頬と腕を切り裂いていく。
「くそっ、流石に重い、か……!」
力を込めてロックパペットの体がフィリアに向かって圧し掛かろうとするのを食い止めようとするが、巨体の重さは例え能力者であっても誠一だけでは止めきれない。
「フィリアさん避けてくださいねぇ!」
ギリギリと鳴くような鞭の音に被る様に後方から叫んだのはハナだった。
彼女が放っていた瑞鳥符だけでは、確実にフィリアへの圧し掛かりは軽減しきれない。
ならば、と。再度ロックパペットの胸部目掛けて五色光符陣を炸裂させる。
「神代さん、もう少しだけ抑えててください!」
誠一が引っ張る方へと押し上げるように、レオナが火炎符を右腕部へと直撃させた。
それでもまだ、もう一手、二手足りない。
ずるりと足が引きずられていく感覚に歯噛みしつつ、誠一はそれでも諦めない。
「フィリア、頭下げろ!」
切り裂かれ圧し掛かられそうになっているというのに、体勢を低くしろというJ・Dの発言はまさしく博打だ。
それでも、生存できると。成功すると彼は信じていた。
「ごめんなさい? わたしまだ貴方と一緒にハツカネズミにはなれないの」
微笑みつつ体勢を低くしたフィリアの頭上をすり抜けるように、レオナの攻撃によって熱を持った右腕部へと脚部と同じようにCoolerが炸裂した。
――聞こえない筈のゴーレムの絶叫が、聞こえた様な気がした。
「待ってくださいブラウ君。まだ怪我は治っては」
「今行かなくちゃ、いつ行くの? こんなに沢山の素敵な匂いが溢れてるのに」
恍惚とした笑みを浮かべつつ駆け込むブラウと、相変わらず前衛から動かない負傷したフィリアを確認して、セリスは小さく苦笑を零す。
「ですよね。分かりました。ならば私は盾となるまでです」
フィーリングスフィアが発動される。
範囲内にブラウ、フィリア、誠一を置いたその空間内で、二人の少女は楽し気にロックパペットと戯れるように斬り結び始めた。
引っ張られる力が大人しくなったのを見計らって、誠一は鞭から刀へと換装する。
跳ね上がる石の針は回避し、刀で叩き落せるだけ叩き落していく。
大二郎とハナ、レオナ、J・Dは熱を加え、氷結を与え、確実にその硬さを失わせていく。
振り上げられた左腕をハナの攻撃が吹き飛ばし、誠一が回避行動からそのまま体を捻り遠心力を利用して瞬影で残った足を切り崩す。
「あら大変。これじゃまるでハンプティ・ダンプティね」
優艶に、純粋に微笑みつつ、まだ滲む血を拭うこともなく、フィリアが「傘」を振り上げる。
「残念。やっぱり貴方岩なのね。素敵な匂いがしないのならサヨウナラだわ」
一番負傷しているというのに、恍惚とした表情のままブラウが壱式から僅か赤く光る刀を抜き放つ。
「ディーノさん! ここに思いっきり叩き込んでちょうだい!!」
駆け込む灰色の影。かつて『灰色狼』と呼ばれた疾影士の男は、一気に加速しブラウが貫くその個所を寸分たがわず同時に貫いた。
傘と赤みを帯びた刀、そして使い古された剣で貫かれたロックパペットは、澄んだ甲高い音とともに砕け散っていった。
■Affrettando
砕け散ったロックパペットを全員が確認した、その直後。
「……ハハッ!キャハハハ……!!!」
突然森の中を木霊する甲高い笑い声に、癒えたばかりの体に鞭を打って全員が周囲を警戒する。
「ヤーラレタヤーラレタ! キャハハハハハ!!!」
「クッソ、どこから!!」
J・Dが森の中へと威嚇射撃を込めた弾丸を放つも、手ごたえはなく笑い声も止まらない。
「操り人形から伸びる先にいるのは貴方かしら? ねぇ、おじさんは狼だしブラウはいつも匂いを嗅いでいるでしょう?」
どこにいるか分からないかとフィリスに問われ
「こうも反響していると、音源がどこか正確には分からん」
「残念だけど、皆の素敵な血の匂い以外はしないわね」
ディーノとブラウは唇を引き結んで首を横に振る。
「楽しんでいるところ悪いが……君が今回の黒幕かね?」
大二郎の問いかけは森に吸い込まれる。数秒のタイムラグを置いて、再度笑い声が広がった。
「幕は上がったばっかダヨ! 上がったならボクは幕じゃない。上がったら喋れないじゃナイカ!」
キャハハハハ!! キャハハハハハハ!!!
笑い声は響くが、大二郎の問いかけには謎かけのようではあるが返答がある。
それならば。会話を試みることも出来るかもしれない。
「あのゴーレムは君が?」
怒りを胸に押し込めつつ、穏やかさを前面に出した誠一の言葉に、森のどこかから声が降る。
「キャハハ! チガウちがうー。あれは『ソレ』が動かしたんダヨ? 僕はカンシ役ぅ~」
ほら! 目の前に落ちているだろう?
それが元凶サ!!
声の指し示す先へ、全員の視線が集まる。
――そこに落ちていたのは、1枚の紙。とある絵本の、1頁。
ダァ……ン!!!
大きな鈍い音が、2つ重なる。
片方は拳で近くの木を殴りつけたディーノのもの。
もう一つは、同じく近くの木を蹴りつけた……誠一のもの。
驚きで思わず固まったメンバーの中で、唯一微笑んだままのフィリアが絵本のページへと歩み寄っていく。
そっと拾い上げると、ゆっくりと汚れてしまったそのページを手で払った。
ページに描かれているのは、灰色オオカミと沢山の動物たちが、美しい花を囲んでいるイラスト。
だった、はずのもの。
何故ならそのページに描かれた動物は乱雑に塗りつぶされ、特に中央に描かれた花の絵は何よりも厳重に塗りつぶされていたのだから。
全員の視線が再び森へと移ったその時には、既に甲高い笑い声は聞こえなくなっていた。
■Calando
任務は達成した。
敵は殲滅し、僅かであれど恐らくは最大限の情報を手にすることができた。
だというのに、この後味の悪さはなんなのだろう。
この、やるせない気持ちは。憤りは。どうすればいいのだろう。
「絵本を媒体にロックパペットを作った、ということになるんでしょうか……」
レオナの言葉に、ふむと考え込む大二郎。
「どうだろうか。作り上げたロックパペットに絵本を持たせていただけ、という可能性も捨てきれん」
「糸の先のお人形さんは、一体何処へ帰っていったのかしら。森の奥ふかくにある穴の中?」
「追いかけるのはおすすめできません。いくら私が回復できたとしても、蓄積する疲労だけはどうしようもないのだから」
セリスの言葉に頷いたJ・Dが、帽子を目深に被り直して息を大きく吐いた。
「まぁ、黒幕がこの先にいる、っつーのが分かったンだ。一旦仕切り直しするしかねェな」
「そうですねぇ。深追いしてもいいことはありませんよぉ」
ハナの視線の先には、森を見つめたままのディーノの姿があった。
あれ以降、一切ディーノは口を開いていない。
微塵も動くことなく、森の奥を鋭い眼光で睨みつけているだけだ。
まるで、狼が獲物を捕らえようとするかのように。
「……今回は戻りましょう、ディーノさん。急いてはことを仕損じる。今は情報を整理して、次の行動を考える必要があります」
ディーノの肩を叩いて小さく笑った誠一へと視線を向けた男は、深く苦々しい溜息を吐いてゆっくりと森に背を向けた。
負傷したメンバーの治療はあらかた終わったが、それでも全快にならなかったメンバーは体力の残っているメンバーに支えられて、元来た道を引き返していく。
フィリアの手には1枚のページ。全員の記憶の中には甲高く不快極まりない笑い声。
戦いには勝った。今回の、ロックパペット退治には成功した。
だが。
最後尾を歩いていた誠一は、一度だけ背後の森へと視線を向けた。
彼の胸中は誰にも分からない。
けれど、温厚さを潜めたその鋭い眼光を知っているのは、同じく最後尾を歩いていたセリスだけだった。
■
「ああ、そうですか。可哀想に」
どこかの森の奥、廃れた村の片隅にある建物の中で、慈悲深い声が響く。
「あぁ教祖様。私たちは一体どうなってしまうのですか?」
「このまま私たちは……!」
深くフードを被った者がそっと手を挙げる。それだけで、ざわめきは止んだ。
「安心なさい、罪なき者たちよ」
――祈り給へ。崇め給へ。敬い給へ。我らが神を。
■Delizioso
ヴェロニカ・フェッロの元に届けられた情報は、彼女の心を痛めるには十分すぎるものだった。
今回の結果を受けて、ディーノ・オルトリーニは万が一に備えて彼女の護衛を専属で勤めることが決まり、しばらく戦線を離脱することとなる。
ヴェロニカは絵本作成を一時中断。可能な限り外出を控えるようにと助言を受け、それを苦渋の思いで受け入れた。
しかしこのままでは被害は収まらない。それは、ディーノもヴェロニカも、そして今回依頼に同行した面々もはっきりと分かっている。
いつ現れ、いつ終わるとも知れない末端であろうロックパペットを叩くだけでは終わらない。
ならばどうするべきか。
次の一手が、選ばれようとしている。
END
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 ディーノ・オルトリーニ(kz0148) 人間(クリムゾンウェスト)|41才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/07/16 21:15:15 |
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相談卓 久延毘 大二郎(ka1771) 人間(リアルブルー)|22才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/07/17 18:50:54 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/07/13 21:50:38 |