ゲスト
(ka0000)
【王国始動】破壊の胎動
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2014/06/18 15:00
- 完成日
- 2014/06/25 04:33
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●real time
押し寄せるは圧倒的な白。土埃に汚れ、血の赤を孕んだ、混沌とした白。
明白に“群れ”ではない。それは“大群”であった。
歪虚の大群、その脅威たるや。ハンターらの背後の街を消し潰すに半刻も必要無いだろう。
「ハンター諸君、“我々”は何だ」
言わずとも理解しているだろう。
けれど、その青年……グラズヘイム王国最強を誇る騎士団の長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は、こう言って剣を引き抜いた。
「我々は、歪虚(あれ)を狩る者──」
──そして、世界を守り継ぐ者だ。
◆go back&go back
夜と朝の境界。薄闇の残照を陽の纏うコーラルが浸食し、形容しがたい神秘的な空が広がっている。まるで奇跡のように感ぜられる、美しく静かな王都の夜明け。それを見守る青年の心など知らずか、不似合いな叫びが未だ寝静まる城下に響いた。
「エリオット様!? 今日もこちらにいらしたのですか!」
エリオット・ヴァレンタインは、日課と化したこのやりとりに、天を仰いで嘆息した。
「あれほどお休みくださいと申し上げたではないですか……!」
クリムゾンウェスト最大の国グラズヘイムは、5年前の戦いで大きな傷を負った。
強大に過ぎる歪虚の侵攻。数え切れないほどの騎士が犠牲となり、そして“自らの命と引き換えにしても守べき主君までもを失った”事実は、今なお騎士たち──特にエリオット自身──に重く圧し掛かっている。
国を守るべき騎士は圧倒的に不足。国政もかろうじて一部の賢人が運用しているにすぎない。現在の王国は、そこに集う人材のスペックによって力技で無理やりまわしている状態だ。
少数精鋭と言う言葉あるが、少数だからこそ、それぞれが精鋭にならざるを得ないだけだ。
エリオットは、詰め寄る騎士を宥めるでもなく、言い分を受けとめては「そうだったな」と相槌を打つ。
「そんな貴方だから、皆もついていこうと思うのでしょうけれど……」
大気に溶けるほど小さな呟き。それを覆い隠すように、騎士は敢えてこう言った。
「恐れながら……貴方様が休まれないと、下の者達が休みづらくなるのですよ」
こうして、騎士団長の短い休暇が幕を開けた。
◆bad company
「どうせ暇してるか、持て余してるんだろう?」
ちょっと付き合ってよ、エリーと。二、三言交わした後にそう言い放ったのは、港街ガンナ・エントラータの領主ヘクス・シャルシェレット(kz0015)。彼に対し、エリオットは文字通り閉口した。
「あれ、ひょっとしてエリー、僕のこと疑ってる?」
どちらかと言えば「だから、その名で呼ぶな」だとか「そもそも持て余す暇なんぞない」などと言う類の怒りを覚えていただけだが……言われて、ふと気が付いた。このヘクスという男は、いつだってへらへらした体裁の裏に動機を隠し持っている。つまりどういうことかと言えば、エリオットはヘクスの言動に何らか意図があるのだろうと思い直すこととしたのだ。実際、ヘクスに巻き込まれると大抵ロクな目に合わないのだが。
ヘクス自身疑われていると分かっているのか、反応を楽しむ様子で悪びれもせずに笑い、続ける。
「最近、ハンターが爆発的に増えただろう? エリーが伝承を信じててもそうじゃなくても、どっちでもいいんだけど……いずれ、賽は投げられる」
サルヴァトーレ・ロッソの出現により、事態が大きく動くだろう。国の軍事を担うエリオットも、それが免れ得ないことだと感じている。
「歪虚に。滅びに、抗う……そう思うと、さ。少し感傷的になってね」
エリオットは、時折思うのだ。ヘクスはずるい男だと。軽薄そうに見えるその奥で、彼の真摯な想いや愛国の意が見え隠れするから、だから……無碍にできない。
「だから、さ。西部の酒でも飲みにいかない?」
苦笑して言うヘクスに、エリオットは暫し思案した。
そして。
「……仕方ないな」
そう、言った。
◆Kingdom's banquet
王国西部――またの名をリベルタース地方と言う――は王国にとって王都に次いで重要な土地と言っても過言ではない。
海洋に面するだけでなく河川に貫かれた土地は肥沃でもあり、交易の上でも農業の上でも便利が良い。
しかしながら、この土地の価値であり、そして同時に問題でもあるのは『リベルタース地方が、イスルダ島に面する最前線である』点だ。
王国の他の土地と比較しても、歪虚に連なる勢力の出現頻度は多い。騎士団が派遣されているとはいえ、危険な土地であることには代わりはないのだ。
「おい、ヘクス」
ヘクスとエリオットが訪れたのは、リベルタース地方の中でも有数の都市として知られる、デュニクスの街。
到着するや否や、エリオットは天を仰いで、言った。この日、二度目のことだ。
「騙したな」
「やだなぁ、人聞きの悪い。王女から御達しがあったでしょ? 彼らを歓迎して欲しい、って」
ヘクスはヘラヘラと笑いながらそう言った。彼の視線の先には個性豊かな集団――ハンター達。
ヘクスは彼らに向かって柔らかく手を降ると、声を張った。
「やぁ、ハンターの諸君! 待たせたね。僕はヘクス・シャルシェレット。こっちの仏頂面はエリオット・ヴァレンタイン……王国の騎士団長様であり、今回の宴のゲストだよ」
無論、当の団長は何も聞いていない。
●and real time
盛大な宴の翌日。日が上がり始めた頃合いに、ハンター達は宿場のホールに集められ、こんなことを聞かされた。
「やあ、ハンター諸君、そして我らが騎士団長様、お休みの所すまないね。だが、緊急事態なんだ」
朝も早くから周辺警邏にあたろうとしていたエリオットは、ヘクスの言葉に眉を吊り上げる。
「どうやら雑魔の集団……いや、大群が、がこの街に向かっているらしい」
──“これ”が狙いか。
エリオットは、盛大なため息を零す。
「お休みください」と懇願した若い騎士たちの顔が脳裏にチラついたが、手は無意識に腰元の剣へと伸びた。
肥沃な土地をある程度整備しただけだが、住民たちにとってはライフラインと言える街道だった。両脇を彩る街路樹も、なだらかに続く農地も、全てを無感情に蹂躙しながら進み来る“それ”らは、暴威そのものだ。
恐らくは、生物の返り血を浴びたのだろう。多少の赤に飾られ、土埃に汚れる白毛を纏ったそれらは、元来“羊”と呼ばれていた生物だったと思われる。だがそれは、二足歩行。各々が凶器を持ち、群れを成してやってくる。その数、ヘクスが“集団”を“大群”と訂正したのも頷ける。
「ヘクス。この件、高くつくぞ……」
あれを街へと入れてはならない。殲滅せねばならない。
だがしかし、自分一人で殲滅させるには時間が足らず、駐在している騎士団員を呼ぶ間にあれらはここへ辿り着く──。
その時、エリオットは気が付いた。自らの傍に、ハンターたちの存在があることを。
押し寄せるは圧倒的な白。土埃に汚れ、血の赤を孕んだ、混沌とした白。
明白に“群れ”ではない。それは“大群”であった。
歪虚の大群、その脅威たるや。ハンターらの背後の街を消し潰すに半刻も必要無いだろう。
「ハンター諸君、“我々”は何だ」
言わずとも理解しているだろう。
けれど、その青年……グラズヘイム王国最強を誇る騎士団の長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)は、こう言って剣を引き抜いた。
「我々は、歪虚(あれ)を狩る者──」
──そして、世界を守り継ぐ者だ。
◆go back&go back
夜と朝の境界。薄闇の残照を陽の纏うコーラルが浸食し、形容しがたい神秘的な空が広がっている。まるで奇跡のように感ぜられる、美しく静かな王都の夜明け。それを見守る青年の心など知らずか、不似合いな叫びが未だ寝静まる城下に響いた。
「エリオット様!? 今日もこちらにいらしたのですか!」
エリオット・ヴァレンタインは、日課と化したこのやりとりに、天を仰いで嘆息した。
「あれほどお休みくださいと申し上げたではないですか……!」
クリムゾンウェスト最大の国グラズヘイムは、5年前の戦いで大きな傷を負った。
強大に過ぎる歪虚の侵攻。数え切れないほどの騎士が犠牲となり、そして“自らの命と引き換えにしても守べき主君までもを失った”事実は、今なお騎士たち──特にエリオット自身──に重く圧し掛かっている。
国を守るべき騎士は圧倒的に不足。国政もかろうじて一部の賢人が運用しているにすぎない。現在の王国は、そこに集う人材のスペックによって力技で無理やりまわしている状態だ。
少数精鋭と言う言葉あるが、少数だからこそ、それぞれが精鋭にならざるを得ないだけだ。
エリオットは、詰め寄る騎士を宥めるでもなく、言い分を受けとめては「そうだったな」と相槌を打つ。
「そんな貴方だから、皆もついていこうと思うのでしょうけれど……」
大気に溶けるほど小さな呟き。それを覆い隠すように、騎士は敢えてこう言った。
「恐れながら……貴方様が休まれないと、下の者達が休みづらくなるのですよ」
こうして、騎士団長の短い休暇が幕を開けた。
◆bad company
「どうせ暇してるか、持て余してるんだろう?」
ちょっと付き合ってよ、エリーと。二、三言交わした後にそう言い放ったのは、港街ガンナ・エントラータの領主ヘクス・シャルシェレット(kz0015)。彼に対し、エリオットは文字通り閉口した。
「あれ、ひょっとしてエリー、僕のこと疑ってる?」
どちらかと言えば「だから、その名で呼ぶな」だとか「そもそも持て余す暇なんぞない」などと言う類の怒りを覚えていただけだが……言われて、ふと気が付いた。このヘクスという男は、いつだってへらへらした体裁の裏に動機を隠し持っている。つまりどういうことかと言えば、エリオットはヘクスの言動に何らか意図があるのだろうと思い直すこととしたのだ。実際、ヘクスに巻き込まれると大抵ロクな目に合わないのだが。
ヘクス自身疑われていると分かっているのか、反応を楽しむ様子で悪びれもせずに笑い、続ける。
「最近、ハンターが爆発的に増えただろう? エリーが伝承を信じててもそうじゃなくても、どっちでもいいんだけど……いずれ、賽は投げられる」
サルヴァトーレ・ロッソの出現により、事態が大きく動くだろう。国の軍事を担うエリオットも、それが免れ得ないことだと感じている。
「歪虚に。滅びに、抗う……そう思うと、さ。少し感傷的になってね」
エリオットは、時折思うのだ。ヘクスはずるい男だと。軽薄そうに見えるその奥で、彼の真摯な想いや愛国の意が見え隠れするから、だから……無碍にできない。
「だから、さ。西部の酒でも飲みにいかない?」
苦笑して言うヘクスに、エリオットは暫し思案した。
そして。
「……仕方ないな」
そう、言った。
◆Kingdom's banquet
王国西部――またの名をリベルタース地方と言う――は王国にとって王都に次いで重要な土地と言っても過言ではない。
海洋に面するだけでなく河川に貫かれた土地は肥沃でもあり、交易の上でも農業の上でも便利が良い。
しかしながら、この土地の価値であり、そして同時に問題でもあるのは『リベルタース地方が、イスルダ島に面する最前線である』点だ。
王国の他の土地と比較しても、歪虚に連なる勢力の出現頻度は多い。騎士団が派遣されているとはいえ、危険な土地であることには代わりはないのだ。
「おい、ヘクス」
ヘクスとエリオットが訪れたのは、リベルタース地方の中でも有数の都市として知られる、デュニクスの街。
到着するや否や、エリオットは天を仰いで、言った。この日、二度目のことだ。
「騙したな」
「やだなぁ、人聞きの悪い。王女から御達しがあったでしょ? 彼らを歓迎して欲しい、って」
ヘクスはヘラヘラと笑いながらそう言った。彼の視線の先には個性豊かな集団――ハンター達。
ヘクスは彼らに向かって柔らかく手を降ると、声を張った。
「やぁ、ハンターの諸君! 待たせたね。僕はヘクス・シャルシェレット。こっちの仏頂面はエリオット・ヴァレンタイン……王国の騎士団長様であり、今回の宴のゲストだよ」
無論、当の団長は何も聞いていない。
●and real time
盛大な宴の翌日。日が上がり始めた頃合いに、ハンター達は宿場のホールに集められ、こんなことを聞かされた。
「やあ、ハンター諸君、そして我らが騎士団長様、お休みの所すまないね。だが、緊急事態なんだ」
朝も早くから周辺警邏にあたろうとしていたエリオットは、ヘクスの言葉に眉を吊り上げる。
「どうやら雑魔の集団……いや、大群が、がこの街に向かっているらしい」
──“これ”が狙いか。
エリオットは、盛大なため息を零す。
「お休みください」と懇願した若い騎士たちの顔が脳裏にチラついたが、手は無意識に腰元の剣へと伸びた。
肥沃な土地をある程度整備しただけだが、住民たちにとってはライフラインと言える街道だった。両脇を彩る街路樹も、なだらかに続く農地も、全てを無感情に蹂躙しながら進み来る“それ”らは、暴威そのものだ。
恐らくは、生物の返り血を浴びたのだろう。多少の赤に飾られ、土埃に汚れる白毛を纏ったそれらは、元来“羊”と呼ばれていた生物だったと思われる。だがそれは、二足歩行。各々が凶器を持ち、群れを成してやってくる。その数、ヘクスが“集団”を“大群”と訂正したのも頷ける。
「ヘクス。この件、高くつくぞ……」
あれを街へと入れてはならない。殲滅せねばならない。
だがしかし、自分一人で殲滅させるには時間が足らず、駐在している騎士団員を呼ぶ間にあれらはここへ辿り着く──。
その時、エリオットは気が付いた。自らの傍に、ハンターたちの存在があることを。
リプレイ本文
「我々は、歪虚(あれ)を狩る者──」
──そして、世界を守り継ぐ者だ。
迫りくる暴威。濁った白は土埃を巻き上げ、町の方角へ押し寄せて来る。
その光景に、ハンターたちは何を感じただろう。
「……さすが。鼓舞されるわね」
歪虚の大群に相対するハンターの一人、イオ・アル・レサート(ka0392)は、先の青年の言葉を反芻し、鮮やかな赤眼を僅かに細めて笑った。
「とはいえ、行き成り貧乏くじだな、おい……」
かたや、安藤・レブナント・御治郎(ka0998)は、銀の髪を掻き、大仰に嘆いて見せた。
大群を前に、それでも飄々とした御治郎の視線は、真っ直ぐ正面を捉える騎士団長の背に注がれている。
「はぁぁぁ、報酬は弾んで下さいよぉ」
ワザとらしいそれに答えが返るとは思っていないが、御治郎はひらひら手を振ると町へ踵を返す。
そんなやり取りを見守っていたクリスティア・オルトワール(ka0131)が、気を静めるように息を吐いた。
「確認出来て20体……最悪その倍以上は居るでしょうか」
歪虚の脅威は知っている。痛いほどに。必然、早くなりがちな鼓動を抑えるようもう一度息をつく。
それに、ここには他のハンターたちも、王国最強の騎士もいる。
「えぇ。なんであれ、突破を許すわけには行きません」
クリスの不安を拭うように、椿姫・T・ノーチェ(ka1225)は努めて冷静に敵を見据え、首肯する。
「そうとなったら散開なのー! みんな、あんまり時間ないから急ぐの!」
状況確認を終えたハンターらの間からひょっこり顔を出した佐藤 絢音(ka0552)の警鐘に合わせ、一同は視線を交わし、散開した。
町へ向かうハンター達の中、一人その場に残った少女がいた。
大きな翡翠の目を輝かせてエリオットを見上げる彼女は、エステル・L・V・W(ka0548)。
少女は作戦の動きを一通り青年へ伝えると、こう言い放った。
「エリオットさん。今回の事……わたくし、ダマサレたとは思ってませんよ!」
正直、明白に「利用された」のだが、ヘクスのそれは悪意からではない。
青年はなんとも答えづらい顔で「そうか」と応じる。
「ええ! 何故ならわたくしは獅子! 戦いこそわたくしの華!!」
エステルは……薄い反応も意に介さない心の強い子だった。
最初に戦場へ戻ってきたのはイオ。彼女は、手近な町人を捕まえ、こんな頼みごとをしていた。
『歪虚の群れが近くで見つかったの。既にハンターと騎士団長が動いているから大丈夫だと思うけれど。念のため、頑丈な建物に籠って自衛するよう、町の皆に伝えてもらえるかしら?』
特に、子供たちははぐれないように、と。
頼まれた歳若い男は、弾かれたようにその場を後にし、伝播のため町中を駆け回ったそうだ。
歳にそぐわぬイオの色香がそれを後押ししたことも、イオのこの行動が後にある少女の命を救うことなるだろうことも、まだ当人の知るところではないが。
「折角の歓迎の機に、すまない」
「暴威にただ屈するなんてお断りよ。それに、美味しいお酒とご飯も逃したくないもの」
エリオットの表情に陰りがみえ、気付いた少女は笑ってみせる。真っ直ぐで強い言葉が、今の青年には心地よく感じられた。
接敵まで幾許も無い。そこへ残りのハンターが戻ってくるのが見えた。
「みんなー、お待たせなの!」
「使えるものは使わないと、残るものも残らないだろ」
手押し荷車いっぱいに積み重ねられているのは酒樽。酒の町デュオニスには幾つもあるものだ。
「町の皆さんが協力してくださいました」
柔らかい表情を浮かべたクリスが、荷車の横から上段の樽を支えるように手を添えている。
「簡易なものですが、こちらも」
最後に椿姫が姿を現した。彼女の手には、町に合った手近なロープを結んで作った投げ縄。
「さ、行くの! 御治郎さん、よろしくなの!」
絢音の合図を受け、御治郎が荷車を持つ手にグッと力を込める。そして……
「行くぞ、巻き込まれんなよ……っ!」
荷車が、速度を上げて走り出した。
ある程度整備しただけの街道。それはコンクリート舗装された道路が当たり前に存在していたリアルブルーの人々から見れば「荒い道」だっただろう。街道は、荷車が普通に運航するに問題ないが、速度を上げるとがたついて樽が跳ねてしまう。無論、ハンターの力で無理を強いれば荷車が壊れる。
「敵最前列を!」
椿姫の声が、聞こえた。樽を射出すべき方角の事だろう。
「敵陣の左翼じゃねえのか?」
方角が刷り合っていない。御治郎の疑問に、とっさに絢音が答える。
「とにかく、敵の方向へ転がすの……!」
そんなこんなで樽は、密集した敵の最前列から多少左翼寄りの方角へ射出された。
接敵まであと僅かほどの距離から射出された樽。羊たちはその様子を“視認”していた。
「やはり、それなりに知能を持っているのね」
群の反応に、イオは確信する。羊は『二足歩行。各々が凶器を持ち、群れを成してやってくる』。
つまり、この歪虚にそれなりの『知能』があることは予測がたっていた。
転がる樽は、目にもとまらぬ回避不能の早さ……でもない。
結果、羊は樽をかわすか、あるいは所持している武器で樽を破壊することでやり過ごした。
ちなみに、当初イオが番えようとしていた火矢は、ない。町の近くでアルコールへ火を放ち、それを町や自分たちに害が及ばないように、かつ後に鎮火するまでの算段がつかず、実施判断を下せなかったからだ。
だが、この結果、大群の全容が判明することになる。
「樽を避けたことで、羊たちの群れが分断されましたね」
「見えたの! 敵の数は……えっと……」
椿姫は想定外の事態にも泰然と状況を見極め、全体像が見通せるようになった機に絢音が「ひとつ、ふたつ……」と敵を数え始める。だが、それより早く。
「敵影、確認できました。数……40、です」
クリスが想定した、“最悪の場合”がそこにあった。覚醒者の5倍を超す、圧倒的な数。
思いがけず、少女は息をのんだ。激闘はあまりに想像に容易い。クリスは、覚悟を胸に騎士団の長へ問う。
「ヴァレンタイン様に頑張って頂く場面が多くなりそうですが……」
「クリスティア」
青年は、彼女が継ごうとした言葉をやんわり遮るように名を呼んだ。
「……“誰”に訊いているんだ?」
前に立つ背は、確かにそう応えた。存外勝ち気なそれに、クリスは安堵にも似た笑みを浮かべた。
道の凹凸に跳ねた樽は予想外の方向に流れたものもあり、想定より散らばりながら転がった。
結果、1つの大群だった羊たちは、ハンターから向かって左翼10体、中央20体、右翼10体と3つの小集団に分断された。さらに、分かれた3つの集団は、それぞれ意思を持つまとまりとなって個別に進軍を再開。
それを迎え撃つハンターらは、表明のなかったエステル、御治郎はその場で話し合い、隊列を組む。
左翼、椿姫、御治郎、イオ。中央、エリオット。右翼、エステル、クリス、絢音。
「来るぞ、構えろ」
御治郎がスタッフを構えて腰を落とす。口元には挑発的な笑み。
想定外の敵の陣形に多少の困惑を残したまま、今、戦いが始まろうとしていた。
◆
ハンターらの陣を囲うように、陣の真左、中央正面、そして陣形を回り込むように右側から、それぞれ群れが襲いかかってきた。
「私たちを標的にしたようね。町への被害が、すぐにはなさそうで良かったわ」
挑発的に言うイオの肩口には、赤い燐光が集まり、小さな蠍を模っている。それは、覚醒の証。
「そうだな。……正面は、全て俺が受ける」
「ま、待ってなの……!」
動き出したエリオットに、絢音は自らのエネルギーを流入させた。
「団長さん、頼むのよ!」
施された攻性強化の支援に応えるように、青年は腰にさしていた剣のうちの一振りを“投擲”した。
──無論、容易く成し得る攻撃行動ではない。
剣は最前列の羊に突き刺さり、怨嗟の唸りと激しい返り血を飛散させ、一撃で消滅した。
先頭の騎士団長が開戦。他方、右翼に回り込んだ敵がエステルを捕えるまであと十数秒もない。
その只中、エステルの胸中は万感の思いに満たされていた。まるで戦の騒音など耳に届いていないかのように。
ここが、自分の出発点。ハンターになった。もはや、戻る道などないのだ、と。
想い爆ぜるように、少女は“吼えた”。
「Ghhhaaaa!!」
──覚醒。
そして、マテリアルリンクに迸るエネルギー。
猛る少女の獣耳に、微かに自らの名を呼ぶ幼馴染の声が届く。頑張れ、と。鼓舞されるように腕を薙いだ。
横一閃。途方もない気迫で振り払われた大振りの斧が、胴部を引き千切るように羊を両断した。
「まずは一匹です!」
その豪快な一撃に鼓舞されるように、後衛が続いた。
「私は信じて、やれる役割を果たすだけ……」
クリスが“番える”は呪文。周囲の光を編み上げるように、クリスのエネルギーが矢の形に収束。
迷うことなく前衛を狙う羊の足元を刺衝する。
強烈な一撃に呻く羊は態勢を崩したが、まだ息がある。追い撃つのは、小さな少女。
「最初に会った時はあやねは弱かったの」
呟く少女は、アルケミストデバイスを媒介に術式を展開。マテリアルが徐々にエネルギーに変換されてゆく。
「でも、今はあんまり弱くないの。ぐんじんさんくらいには頑張れるの」
年相応のあどけない笑みと、相反する力の奔流。力は集約し、そして……
「機導砲を撃つの、びーむ発射なの!」
絢音から放たれたエネルギーが、一条の光となって敵を貫く。歪虚は、跡形もなく消し飛んだ。
右翼の開戦と時を同じくして、椿姫が動いた。当初、左翼から押し込んで右翼に敵を流す……という作戦を考えていたが、敵が3つに分断され、各々位置も離れているとなれば話は別だろう。
明確に左翼正面から襲い来る敵に対し、予定していた作戦が“得策”ではないと、冷静な彼女は判断できた。
「こちらも、いきますよ」
椿姫は向かい来る先頭の羊へ投げ縄を放つ。それにかかったのは、羊の足ではなく羊が構えていた武器だった。
「この……ッ!」
かかった瞬間、椿姫は力ずくで引き上げると羊から武器を奪取。同時に羊の態勢を崩すことに成功する。
「お疲れさん! 後は任せな」
椿姫が引っ張ったことで、1体の羊が前のめりに突出。そこを、御治郎が撃った。
「町には行かせねぇよ」
長い木の杖を振りぬき、がら空きの頭部へと渾身の殴打を見舞う。
御治郎の強烈な痛打に倒れ伏す歪虚に、最後の一撃が容赦なく襲いかかった。
「弓のコツ、訊き忘れちゃった」
甘い、果実の蜜を思わせる香りが漂う。
イオが紡ぎ出した光の矢は、まるで標本のように羊を大地ごと刺し貫く。
歪虚の激しい叫びが平野を震わす。だがそれも徐々にフェードし、やがて闇は世界に溶けていった。
「……訊くまでも、なかったかしらね」
だが、順当に倒しても、数の暴威はすぐさまどうにかなるものではない。
押し寄せる羊たちは、各々前衛のエステル、椿姫に群がった。少女らの組んでいる陣ならば、全方位から滅多刺しにされるなどということにはなりえないだろうが、それでも前衛にかかる負荷は相応だ。椿姫は、一撃を受けたものの、その俊敏さで順当に回避。これも、敵の動きがさほど俊敏でなかったことが救いだった。
しかしエステルは、2度目の攻撃をかわした矢先に一撃を受け、崩れた。
「こんな、もの……っ!」
後2発も食らえば、“間違いなく倒れる”。それをエステルが悟ったところで今出来ることは一つ。
安定した攻撃でチームの要となっていたクリスのマジックアローが確実に敵へ着弾し、絢音が最後を刈り取る。
そうして着々と数を減らして行ったが、“危機”は訪れてしまった。
「……っ!!」
少女の頭上より振り下ろされる巨大な剣。途方もない“死”の予感。
それでもエステルは、最後まで喰らいつかんばかりの表情で敵を睨み据えた──その時だった。
手負いの獅子の視界を、青銅の甲冑が覆い尽くした。
少女と歪虚の間に割って入ったのは、町に駐在する騎士だった。イオの事前の働きかけによって事件を聞きつけ、いち早く現場に駆け付けたのだ。
この好機を逃すことなく、騎士に刃を振りおろしている歪虚の横っ腹めがけ、クリスが痛烈な光の矢を放つ。
「さぁ、形成逆転といきましょう」
右翼、左翼とも以降の攻撃は駐在騎士らが引き受け、ハンターらは一気に攻勢に躍り出た。
「逃がしませんよ。群れに帰りなさい」
椿と月を模ったトライバルタトゥーが紅く輝き、椿姫はマテリアルの力で一気に加速。逃れようとする羊を群れに押し戻すべく、ナイフで刺突するように突き飛ばす。
「よぉーし、よく来た」
羊が突き飛ばされた方角、待ち受ける御治郎は掌底の構え。青年の魔導計算機は既に術式を吐き出し、青年の手のひらへエネルギーを集約させている。
「残念だったな……。これで、終いだ!」
ゼロ距離。羊の顔面を握り潰すように掴んだ御治郎の手から、機導砲が放たれる。
残るは、右翼。
「さよならなの。闇は闇に還るのよ」
力無く腕を垂れる歪虚の体を絢音の機導砲が貫いた。
両翼の討伐が完了した時、エリオットの前に4体の歪虚が残っていた。
言いかえれば、ハンターが10体ずつ討伐する間に、男は一人で16体の歪虚を葬っていたということだが。
「エリオットさん、いま手伝……」
クリスが再び光の矢を番えようとした数瞬の後、エリオットに群がる羊の半数が消えた。青年は、一度の剣撃で2体同時に葬り去ったのだ。それを受け、圧倒的な障害をようやく認識した残りの羊がいよいよ逃走を開始する。
ランアウトで加速状態の椿姫がそれを察知し、すぐさま追いかける。が、少女の目前で一体の羊が倒れ込んだ。
驚く椿姫の視界の端に、手を振っている男の姿がある。
「あれは……」
「椿姫、ヘクスが片付けるそうだ」
けろっとしたヘクスの表情に、椿姫は小さく苦笑した。
「……了解。お任せしましょう」
◆
激闘の後、ひと仕事終えたハンターらは再び宴に繰り出した。
「わたくしの獅子奮迅の大活躍を見せてさしあげたかったです!」
「んなこたいいから酒だ! 酒くれ、ねえちゃん!」
「あ、あやねは葡萄ジュースがほしいの!」
「皆さん……もう少し遠慮した方が……」
「勝利の宴だもの。盛り上がって悪いことはないでしょ?」
エリオットを拘束して武勇伝を聞かせるエステル。
それを横目に御治郎が店員を呼び、絢音もオトナに便乗する。
その光景にため息を零す椿姫を見て、イオが笑いながらグラスを傾けた。
賑やかで、楽しげな光景。
「苦労されてるのですね、ヴァレンタイン様は」
「……言うな」
勝利の余韻に浸る仲間たちに土産のワインを手渡しながら、クリスは青年の肩を叩いた。
祝宴は終わる気配を見せぬまま、王国の夜が更けていった。
──そして、世界を守り継ぐ者だ。
迫りくる暴威。濁った白は土埃を巻き上げ、町の方角へ押し寄せて来る。
その光景に、ハンターたちは何を感じただろう。
「……さすが。鼓舞されるわね」
歪虚の大群に相対するハンターの一人、イオ・アル・レサート(ka0392)は、先の青年の言葉を反芻し、鮮やかな赤眼を僅かに細めて笑った。
「とはいえ、行き成り貧乏くじだな、おい……」
かたや、安藤・レブナント・御治郎(ka0998)は、銀の髪を掻き、大仰に嘆いて見せた。
大群を前に、それでも飄々とした御治郎の視線は、真っ直ぐ正面を捉える騎士団長の背に注がれている。
「はぁぁぁ、報酬は弾んで下さいよぉ」
ワザとらしいそれに答えが返るとは思っていないが、御治郎はひらひら手を振ると町へ踵を返す。
そんなやり取りを見守っていたクリスティア・オルトワール(ka0131)が、気を静めるように息を吐いた。
「確認出来て20体……最悪その倍以上は居るでしょうか」
歪虚の脅威は知っている。痛いほどに。必然、早くなりがちな鼓動を抑えるようもう一度息をつく。
それに、ここには他のハンターたちも、王国最強の騎士もいる。
「えぇ。なんであれ、突破を許すわけには行きません」
クリスの不安を拭うように、椿姫・T・ノーチェ(ka1225)は努めて冷静に敵を見据え、首肯する。
「そうとなったら散開なのー! みんな、あんまり時間ないから急ぐの!」
状況確認を終えたハンターらの間からひょっこり顔を出した佐藤 絢音(ka0552)の警鐘に合わせ、一同は視線を交わし、散開した。
町へ向かうハンター達の中、一人その場に残った少女がいた。
大きな翡翠の目を輝かせてエリオットを見上げる彼女は、エステル・L・V・W(ka0548)。
少女は作戦の動きを一通り青年へ伝えると、こう言い放った。
「エリオットさん。今回の事……わたくし、ダマサレたとは思ってませんよ!」
正直、明白に「利用された」のだが、ヘクスのそれは悪意からではない。
青年はなんとも答えづらい顔で「そうか」と応じる。
「ええ! 何故ならわたくしは獅子! 戦いこそわたくしの華!!」
エステルは……薄い反応も意に介さない心の強い子だった。
最初に戦場へ戻ってきたのはイオ。彼女は、手近な町人を捕まえ、こんな頼みごとをしていた。
『歪虚の群れが近くで見つかったの。既にハンターと騎士団長が動いているから大丈夫だと思うけれど。念のため、頑丈な建物に籠って自衛するよう、町の皆に伝えてもらえるかしら?』
特に、子供たちははぐれないように、と。
頼まれた歳若い男は、弾かれたようにその場を後にし、伝播のため町中を駆け回ったそうだ。
歳にそぐわぬイオの色香がそれを後押ししたことも、イオのこの行動が後にある少女の命を救うことなるだろうことも、まだ当人の知るところではないが。
「折角の歓迎の機に、すまない」
「暴威にただ屈するなんてお断りよ。それに、美味しいお酒とご飯も逃したくないもの」
エリオットの表情に陰りがみえ、気付いた少女は笑ってみせる。真っ直ぐで強い言葉が、今の青年には心地よく感じられた。
接敵まで幾許も無い。そこへ残りのハンターが戻ってくるのが見えた。
「みんなー、お待たせなの!」
「使えるものは使わないと、残るものも残らないだろ」
手押し荷車いっぱいに積み重ねられているのは酒樽。酒の町デュオニスには幾つもあるものだ。
「町の皆さんが協力してくださいました」
柔らかい表情を浮かべたクリスが、荷車の横から上段の樽を支えるように手を添えている。
「簡易なものですが、こちらも」
最後に椿姫が姿を現した。彼女の手には、町に合った手近なロープを結んで作った投げ縄。
「さ、行くの! 御治郎さん、よろしくなの!」
絢音の合図を受け、御治郎が荷車を持つ手にグッと力を込める。そして……
「行くぞ、巻き込まれんなよ……っ!」
荷車が、速度を上げて走り出した。
ある程度整備しただけの街道。それはコンクリート舗装された道路が当たり前に存在していたリアルブルーの人々から見れば「荒い道」だっただろう。街道は、荷車が普通に運航するに問題ないが、速度を上げるとがたついて樽が跳ねてしまう。無論、ハンターの力で無理を強いれば荷車が壊れる。
「敵最前列を!」
椿姫の声が、聞こえた。樽を射出すべき方角の事だろう。
「敵陣の左翼じゃねえのか?」
方角が刷り合っていない。御治郎の疑問に、とっさに絢音が答える。
「とにかく、敵の方向へ転がすの……!」
そんなこんなで樽は、密集した敵の最前列から多少左翼寄りの方角へ射出された。
接敵まであと僅かほどの距離から射出された樽。羊たちはその様子を“視認”していた。
「やはり、それなりに知能を持っているのね」
群の反応に、イオは確信する。羊は『二足歩行。各々が凶器を持ち、群れを成してやってくる』。
つまり、この歪虚にそれなりの『知能』があることは予測がたっていた。
転がる樽は、目にもとまらぬ回避不能の早さ……でもない。
結果、羊は樽をかわすか、あるいは所持している武器で樽を破壊することでやり過ごした。
ちなみに、当初イオが番えようとしていた火矢は、ない。町の近くでアルコールへ火を放ち、それを町や自分たちに害が及ばないように、かつ後に鎮火するまでの算段がつかず、実施判断を下せなかったからだ。
だが、この結果、大群の全容が判明することになる。
「樽を避けたことで、羊たちの群れが分断されましたね」
「見えたの! 敵の数は……えっと……」
椿姫は想定外の事態にも泰然と状況を見極め、全体像が見通せるようになった機に絢音が「ひとつ、ふたつ……」と敵を数え始める。だが、それより早く。
「敵影、確認できました。数……40、です」
クリスが想定した、“最悪の場合”がそこにあった。覚醒者の5倍を超す、圧倒的な数。
思いがけず、少女は息をのんだ。激闘はあまりに想像に容易い。クリスは、覚悟を胸に騎士団の長へ問う。
「ヴァレンタイン様に頑張って頂く場面が多くなりそうですが……」
「クリスティア」
青年は、彼女が継ごうとした言葉をやんわり遮るように名を呼んだ。
「……“誰”に訊いているんだ?」
前に立つ背は、確かにそう応えた。存外勝ち気なそれに、クリスは安堵にも似た笑みを浮かべた。
道の凹凸に跳ねた樽は予想外の方向に流れたものもあり、想定より散らばりながら転がった。
結果、1つの大群だった羊たちは、ハンターから向かって左翼10体、中央20体、右翼10体と3つの小集団に分断された。さらに、分かれた3つの集団は、それぞれ意思を持つまとまりとなって個別に進軍を再開。
それを迎え撃つハンターらは、表明のなかったエステル、御治郎はその場で話し合い、隊列を組む。
左翼、椿姫、御治郎、イオ。中央、エリオット。右翼、エステル、クリス、絢音。
「来るぞ、構えろ」
御治郎がスタッフを構えて腰を落とす。口元には挑発的な笑み。
想定外の敵の陣形に多少の困惑を残したまま、今、戦いが始まろうとしていた。
◆
ハンターらの陣を囲うように、陣の真左、中央正面、そして陣形を回り込むように右側から、それぞれ群れが襲いかかってきた。
「私たちを標的にしたようね。町への被害が、すぐにはなさそうで良かったわ」
挑発的に言うイオの肩口には、赤い燐光が集まり、小さな蠍を模っている。それは、覚醒の証。
「そうだな。……正面は、全て俺が受ける」
「ま、待ってなの……!」
動き出したエリオットに、絢音は自らのエネルギーを流入させた。
「団長さん、頼むのよ!」
施された攻性強化の支援に応えるように、青年は腰にさしていた剣のうちの一振りを“投擲”した。
──無論、容易く成し得る攻撃行動ではない。
剣は最前列の羊に突き刺さり、怨嗟の唸りと激しい返り血を飛散させ、一撃で消滅した。
先頭の騎士団長が開戦。他方、右翼に回り込んだ敵がエステルを捕えるまであと十数秒もない。
その只中、エステルの胸中は万感の思いに満たされていた。まるで戦の騒音など耳に届いていないかのように。
ここが、自分の出発点。ハンターになった。もはや、戻る道などないのだ、と。
想い爆ぜるように、少女は“吼えた”。
「Ghhhaaaa!!」
──覚醒。
そして、マテリアルリンクに迸るエネルギー。
猛る少女の獣耳に、微かに自らの名を呼ぶ幼馴染の声が届く。頑張れ、と。鼓舞されるように腕を薙いだ。
横一閃。途方もない気迫で振り払われた大振りの斧が、胴部を引き千切るように羊を両断した。
「まずは一匹です!」
その豪快な一撃に鼓舞されるように、後衛が続いた。
「私は信じて、やれる役割を果たすだけ……」
クリスが“番える”は呪文。周囲の光を編み上げるように、クリスのエネルギーが矢の形に収束。
迷うことなく前衛を狙う羊の足元を刺衝する。
強烈な一撃に呻く羊は態勢を崩したが、まだ息がある。追い撃つのは、小さな少女。
「最初に会った時はあやねは弱かったの」
呟く少女は、アルケミストデバイスを媒介に術式を展開。マテリアルが徐々にエネルギーに変換されてゆく。
「でも、今はあんまり弱くないの。ぐんじんさんくらいには頑張れるの」
年相応のあどけない笑みと、相反する力の奔流。力は集約し、そして……
「機導砲を撃つの、びーむ発射なの!」
絢音から放たれたエネルギーが、一条の光となって敵を貫く。歪虚は、跡形もなく消し飛んだ。
右翼の開戦と時を同じくして、椿姫が動いた。当初、左翼から押し込んで右翼に敵を流す……という作戦を考えていたが、敵が3つに分断され、各々位置も離れているとなれば話は別だろう。
明確に左翼正面から襲い来る敵に対し、予定していた作戦が“得策”ではないと、冷静な彼女は判断できた。
「こちらも、いきますよ」
椿姫は向かい来る先頭の羊へ投げ縄を放つ。それにかかったのは、羊の足ではなく羊が構えていた武器だった。
「この……ッ!」
かかった瞬間、椿姫は力ずくで引き上げると羊から武器を奪取。同時に羊の態勢を崩すことに成功する。
「お疲れさん! 後は任せな」
椿姫が引っ張ったことで、1体の羊が前のめりに突出。そこを、御治郎が撃った。
「町には行かせねぇよ」
長い木の杖を振りぬき、がら空きの頭部へと渾身の殴打を見舞う。
御治郎の強烈な痛打に倒れ伏す歪虚に、最後の一撃が容赦なく襲いかかった。
「弓のコツ、訊き忘れちゃった」
甘い、果実の蜜を思わせる香りが漂う。
イオが紡ぎ出した光の矢は、まるで標本のように羊を大地ごと刺し貫く。
歪虚の激しい叫びが平野を震わす。だがそれも徐々にフェードし、やがて闇は世界に溶けていった。
「……訊くまでも、なかったかしらね」
だが、順当に倒しても、数の暴威はすぐさまどうにかなるものではない。
押し寄せる羊たちは、各々前衛のエステル、椿姫に群がった。少女らの組んでいる陣ならば、全方位から滅多刺しにされるなどということにはなりえないだろうが、それでも前衛にかかる負荷は相応だ。椿姫は、一撃を受けたものの、その俊敏さで順当に回避。これも、敵の動きがさほど俊敏でなかったことが救いだった。
しかしエステルは、2度目の攻撃をかわした矢先に一撃を受け、崩れた。
「こんな、もの……っ!」
後2発も食らえば、“間違いなく倒れる”。それをエステルが悟ったところで今出来ることは一つ。
安定した攻撃でチームの要となっていたクリスのマジックアローが確実に敵へ着弾し、絢音が最後を刈り取る。
そうして着々と数を減らして行ったが、“危機”は訪れてしまった。
「……っ!!」
少女の頭上より振り下ろされる巨大な剣。途方もない“死”の予感。
それでもエステルは、最後まで喰らいつかんばかりの表情で敵を睨み据えた──その時だった。
手負いの獅子の視界を、青銅の甲冑が覆い尽くした。
少女と歪虚の間に割って入ったのは、町に駐在する騎士だった。イオの事前の働きかけによって事件を聞きつけ、いち早く現場に駆け付けたのだ。
この好機を逃すことなく、騎士に刃を振りおろしている歪虚の横っ腹めがけ、クリスが痛烈な光の矢を放つ。
「さぁ、形成逆転といきましょう」
右翼、左翼とも以降の攻撃は駐在騎士らが引き受け、ハンターらは一気に攻勢に躍り出た。
「逃がしませんよ。群れに帰りなさい」
椿と月を模ったトライバルタトゥーが紅く輝き、椿姫はマテリアルの力で一気に加速。逃れようとする羊を群れに押し戻すべく、ナイフで刺突するように突き飛ばす。
「よぉーし、よく来た」
羊が突き飛ばされた方角、待ち受ける御治郎は掌底の構え。青年の魔導計算機は既に術式を吐き出し、青年の手のひらへエネルギーを集約させている。
「残念だったな……。これで、終いだ!」
ゼロ距離。羊の顔面を握り潰すように掴んだ御治郎の手から、機導砲が放たれる。
残るは、右翼。
「さよならなの。闇は闇に還るのよ」
力無く腕を垂れる歪虚の体を絢音の機導砲が貫いた。
両翼の討伐が完了した時、エリオットの前に4体の歪虚が残っていた。
言いかえれば、ハンターが10体ずつ討伐する間に、男は一人で16体の歪虚を葬っていたということだが。
「エリオットさん、いま手伝……」
クリスが再び光の矢を番えようとした数瞬の後、エリオットに群がる羊の半数が消えた。青年は、一度の剣撃で2体同時に葬り去ったのだ。それを受け、圧倒的な障害をようやく認識した残りの羊がいよいよ逃走を開始する。
ランアウトで加速状態の椿姫がそれを察知し、すぐさま追いかける。が、少女の目前で一体の羊が倒れ込んだ。
驚く椿姫の視界の端に、手を振っている男の姿がある。
「あれは……」
「椿姫、ヘクスが片付けるそうだ」
けろっとしたヘクスの表情に、椿姫は小さく苦笑した。
「……了解。お任せしましょう」
◆
激闘の後、ひと仕事終えたハンターらは再び宴に繰り出した。
「わたくしの獅子奮迅の大活躍を見せてさしあげたかったです!」
「んなこたいいから酒だ! 酒くれ、ねえちゃん!」
「あ、あやねは葡萄ジュースがほしいの!」
「皆さん……もう少し遠慮した方が……」
「勝利の宴だもの。盛り上がって悪いことはないでしょ?」
エリオットを拘束して武勇伝を聞かせるエステル。
それを横目に御治郎が店員を呼び、絢音もオトナに便乗する。
その光景にため息を零す椿姫を見て、イオが笑いながらグラスを傾けた。
賑やかで、楽しげな光景。
「苦労されてるのですね、ヴァレンタイン様は」
「……言うな」
勝利の余韻に浸る仲間たちに土産のワインを手渡しながら、クリスは青年の肩を叩いた。
祝宴は終わる気配を見せぬまま、王国の夜が更けていった。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 佐藤 絢音(ka0552) 人間(リアルブルー)|10才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2014/06/18 00:57:58 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/06/11 02:23:17 |