ゲスト
(ka0000)
【蒼乱】蒼界に馳せる想い
マスター:瑞木雫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~10人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/07/19 22:00
- 完成日
- 2017/01/27 01:29
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――サルヴァトーレ窮宇宙戦艦1番艦・サルヴァトーレ・ロッソ――
近々、大量の龍鉱石を使用して、この機体に搭載された“異世界転移装置”を起動し、クリムゾンウェストからリアルブルーへの転移を試みる実験を行うと正式に発表した。
(地球に帰還できるかもしれない……)
それは転移者にとって悲願であり喜ばしい朗報であっただろう。
だがしかし実際には、蓋を開けてみると良い話ばかりではなかったというのが現実だった。
【其の一、サルヴァトーレ・ロッソでの転移が成功するとは限らない】
何せ今回が初めての実験である。文字通り、失敗する可能性も無きにしも非ず。
【其の二、転移が成功してもクリムゾンウェストにまた戻れるという保証はない】
考えられる想定の一つとして、地球へ行ったきりとなってしまうというパターンがある。
つまり地球には到着する事自体はできるかもしれないが、その一方で、クリムゾンウェストには戻れず――この世界で出逢った者達との永久の別れとなってしまうかもしれないという可能性が存在するのだ。
ゆえに、きっと、詳細を聞いた多くのハンター達は今も迷い、悩んでいるだろう。
クリムゾンウェストに残るか、それとも、地球へ転移できるチャンスを掴むか――。
斯くしてその選択の答えを出さなければいけない期日は、刻々と迫っていたのだった。
●激動の、不安の中で・・・
サルヴァトーレ・ロッソの内部は、アパートなどを含む都市が丸ごと入っており、搭乗する者は、現在は無人であるこの居住区に一時的に部屋を割り振られる予定となっている。
しかし連合軍を除き、搭乗する者は正式に未だ確定していない。現在は、“搭乗する決心をしたハンター”を募っているという状況だった。
そして同盟の陸軍はこの日、サルヴァトーレ・ロッソに搭乗する連合軍の引っ越しの手伝いを、協力してくれるという有志の者達と共に実施していた。
「……えー。 僕らの班は、連合軍が北伐の遠征時に使っていた荷物とかそういうのを、とにかく運んで行きます。運ぶ物や、持って行く場所については、その都度、僕から伝えますので、宜しくお願い致します……」
――と陸軍の青年軍人が言うや否や、連合軍の手伝いに来ていたロザリーナ・アナスタージ(kz0138)とギアン・アナスタージ(kz0165)は口をぽかんと開けながら何とも言えない表情をして見つめる。
「ヴぁ、ヴァレーリオくん……?」
「何をやってるんだ君……。陸軍に入隊したのか……?」
なぜならその軍人が、知人でありジェオルジの村人のヴァレーリオ(kz0139)だったからだ。ロザリーナとギアンのイメージの中の彼は、田畑を耕したり、牛や鶏や羊を可愛がっているイメージしかなく、何時の間に軍人になっていたんだ……という感想を抱かずにはいられない。
「――い、色々あったんだよっ。だが今はそんな事はどうでもいい。経緯は後日話すからとりあえず、運ぼうぜ。俺んとこの隊長、鬼教官って呼ばれてるくれぇうるせぇんだ」
軍人の同僚達にバレないよう小声で耳打ちしながら、ロザリーナとギアンの背中を軽く押した。
斯くして引っ越しの手伝いは始まった。
陸軍と大勢の協力者は大勢集まっており、複数の班に分かれて、作業にあたった。そして特に大きな問題も無く、順調に進んでいくだろう。
――だが。
「……暗い顔だな、お嬢さん」
「――! や、やだ私ったら……暗くなっちゃってたかしら。えっと、初めまして……?」
「ああ、失礼。自己紹介がまだだった。名前は、ジャンルカ・アルベローニ(kz0164)。ジャンでいい」
「ジャンさんね。私はロザリーナ・アナスタージよ。宜しく」
――転移の可能性を秘めるサルヴァトーレ・ロッソを見れば、感慨深い気持ちになる者は少なくは無かった。
「私の友人や、一緒にライブを頑張ってきた大切な子達の中にも、リアルブルーの出身の子が居るの。地球の話をした事は無かったけれど……でも、多分、元の世界に帰りたいって思う気持ちは、少なからずあったと思うわ。家族やリアルブルーの友達、きっと、帰りを待ってくれている人達が地球に居ると、想うから」
「……」
「だから嬉しいニュースよね。もしかしたらクリムゾンウェストからリアルブルーに転移できるかもしれないなんて。……なのに、私、不安で胸が苦しいの。ジャンさんは今、どんな気持ちなのかしら」
「……俺も、似たような感じだぜ。北伐には深く関わってきたんだが、その時に出逢った女の子の事を、ロッソを見て想い出していた。その子は一生懸命、帰り道を探しててさ。これで帰還できるかもしれねぇんだなぁって思うと、良かったぁって思う反面、不安で仕方ねぇ。
ちゃんとリアルブルーに無事に転移できるのか。家族や友人に会えるのか。
その子だけじゃなくて、ダウンタウンで暮らす一部の連中や、最近仲良くなったダチもリアルブルー出身だ。だから彼や彼女達についても同様に想っている。
まぁ他にも、たとえ転移できたとしても行ったっきりになって、こっちには戻ってこられないようになる可能性があるかもってのも個人的には結構ショックだったけどさ。
――だが、なぁ。
それでも行くって覚悟を決めてんなら、俺は背中を押してやるつもりだぜ」
ジャンルカが前を見据えながら呟く。その横顔を眺めていたロザリーナは、俯き、そして小さく頷いた。
世界が大きく揺れ動き、激動しようとしている。
その中で生まれた渦は多くの人を巻き込み、飲み込もうとしていた。
近々、大量の龍鉱石を使用して、この機体に搭載された“異世界転移装置”を起動し、クリムゾンウェストからリアルブルーへの転移を試みる実験を行うと正式に発表した。
(地球に帰還できるかもしれない……)
それは転移者にとって悲願であり喜ばしい朗報であっただろう。
だがしかし実際には、蓋を開けてみると良い話ばかりではなかったというのが現実だった。
【其の一、サルヴァトーレ・ロッソでの転移が成功するとは限らない】
何せ今回が初めての実験である。文字通り、失敗する可能性も無きにしも非ず。
【其の二、転移が成功してもクリムゾンウェストにまた戻れるという保証はない】
考えられる想定の一つとして、地球へ行ったきりとなってしまうというパターンがある。
つまり地球には到着する事自体はできるかもしれないが、その一方で、クリムゾンウェストには戻れず――この世界で出逢った者達との永久の別れとなってしまうかもしれないという可能性が存在するのだ。
ゆえに、きっと、詳細を聞いた多くのハンター達は今も迷い、悩んでいるだろう。
クリムゾンウェストに残るか、それとも、地球へ転移できるチャンスを掴むか――。
斯くしてその選択の答えを出さなければいけない期日は、刻々と迫っていたのだった。
●激動の、不安の中で・・・
サルヴァトーレ・ロッソの内部は、アパートなどを含む都市が丸ごと入っており、搭乗する者は、現在は無人であるこの居住区に一時的に部屋を割り振られる予定となっている。
しかし連合軍を除き、搭乗する者は正式に未だ確定していない。現在は、“搭乗する決心をしたハンター”を募っているという状況だった。
そして同盟の陸軍はこの日、サルヴァトーレ・ロッソに搭乗する連合軍の引っ越しの手伝いを、協力してくれるという有志の者達と共に実施していた。
「……えー。 僕らの班は、連合軍が北伐の遠征時に使っていた荷物とかそういうのを、とにかく運んで行きます。運ぶ物や、持って行く場所については、その都度、僕から伝えますので、宜しくお願い致します……」
――と陸軍の青年軍人が言うや否や、連合軍の手伝いに来ていたロザリーナ・アナスタージ(kz0138)とギアン・アナスタージ(kz0165)は口をぽかんと開けながら何とも言えない表情をして見つめる。
「ヴぁ、ヴァレーリオくん……?」
「何をやってるんだ君……。陸軍に入隊したのか……?」
なぜならその軍人が、知人でありジェオルジの村人のヴァレーリオ(kz0139)だったからだ。ロザリーナとギアンのイメージの中の彼は、田畑を耕したり、牛や鶏や羊を可愛がっているイメージしかなく、何時の間に軍人になっていたんだ……という感想を抱かずにはいられない。
「――い、色々あったんだよっ。だが今はそんな事はどうでもいい。経緯は後日話すからとりあえず、運ぼうぜ。俺んとこの隊長、鬼教官って呼ばれてるくれぇうるせぇんだ」
軍人の同僚達にバレないよう小声で耳打ちしながら、ロザリーナとギアンの背中を軽く押した。
斯くして引っ越しの手伝いは始まった。
陸軍と大勢の協力者は大勢集まっており、複数の班に分かれて、作業にあたった。そして特に大きな問題も無く、順調に進んでいくだろう。
――だが。
「……暗い顔だな、お嬢さん」
「――! や、やだ私ったら……暗くなっちゃってたかしら。えっと、初めまして……?」
「ああ、失礼。自己紹介がまだだった。名前は、ジャンルカ・アルベローニ(kz0164)。ジャンでいい」
「ジャンさんね。私はロザリーナ・アナスタージよ。宜しく」
――転移の可能性を秘めるサルヴァトーレ・ロッソを見れば、感慨深い気持ちになる者は少なくは無かった。
「私の友人や、一緒にライブを頑張ってきた大切な子達の中にも、リアルブルーの出身の子が居るの。地球の話をした事は無かったけれど……でも、多分、元の世界に帰りたいって思う気持ちは、少なからずあったと思うわ。家族やリアルブルーの友達、きっと、帰りを待ってくれている人達が地球に居ると、想うから」
「……」
「だから嬉しいニュースよね。もしかしたらクリムゾンウェストからリアルブルーに転移できるかもしれないなんて。……なのに、私、不安で胸が苦しいの。ジャンさんは今、どんな気持ちなのかしら」
「……俺も、似たような感じだぜ。北伐には深く関わってきたんだが、その時に出逢った女の子の事を、ロッソを見て想い出していた。その子は一生懸命、帰り道を探しててさ。これで帰還できるかもしれねぇんだなぁって思うと、良かったぁって思う反面、不安で仕方ねぇ。
ちゃんとリアルブルーに無事に転移できるのか。家族や友人に会えるのか。
その子だけじゃなくて、ダウンタウンで暮らす一部の連中や、最近仲良くなったダチもリアルブルー出身だ。だから彼や彼女達についても同様に想っている。
まぁ他にも、たとえ転移できたとしても行ったっきりになって、こっちには戻ってこられないようになる可能性があるかもってのも個人的には結構ショックだったけどさ。
――だが、なぁ。
それでも行くって覚悟を決めてんなら、俺は背中を押してやるつもりだぜ」
ジャンルカが前を見据えながら呟く。その横顔を眺めていたロザリーナは、俯き、そして小さく頷いた。
世界が大きく揺れ動き、激動しようとしている。
その中で生まれた渦は多くの人を巻き込み、飲み込もうとしていた。
リプレイ本文
●
「リアルブルーへの転移実験、か。ボクの世代になってから、まさかこんな事になるとはね」
騎士然とした男装の麗人――シェラリンデ(ka3332)は、今は未だ見ぬ蒼界に想いを馳せた。
「ボクは王国出身だけど、リアルブルーには特別な想いがあるんだよね。あちらの世界は、曾祖父の生まれた世界なんだ」
円らな翡翠色の瞳は、一縷の希望を見据えている。
「間接的には知っているけれども、直接は知らない……。だからやっぱり、どんな世界なのかすごい見てみたいとは思う。ただ、帰れなかった曾祖父の事を思うと、やっぱりちょっと考えちゃうんだよね?」
そして皆へと振り返った。
「皆は今回の転移実験、どうするの?」
すると柏木 秋子(ka4394)は迷いなく答える。
「私は……、参加します」
その眸は想いを秘め、強く蒼に焦がれていて――まっすぐと蒼を見つめていた。
「ハンターになったのも、故郷に帰る為……。そして両親の元へ帰る為、ですから」
少女の決心は、揺るがない。
「リアルブルーへ、か」
七夜・真夕(ka3977)がぽつりと零したのを、寄り添っていた雪継・紅葉は聴いていた。
「真夕は・・・帰りたい? リアルブルー、に」
「ん……。そうね」
二人が出会った世界は紅だった。
しかし真夕は蒼の出身。
帰りたいかと問われれば、そう返す。
(帰れるかもしれない。その言葉に希望を抱く人は、少なくないでしょう。望まず……この紅の世界にやって来た人々は、確かに居るのですから)
セレン・コウヅキ(ka0153)は、周りの仲間の想いに触れて実感していた。
己も蒼の出身だ。だからこそ分かる。皆が蒼に帰りたいという気持ち――そして、紅を想う――その気持ちも。
藤堂研司(ka0569)は、悩んでいた。
こんなタイミングで、待ち望んでいた事が実現しようとは――。
「こんなチャンス、二度と巡ってこねぇかもしれない。……でも。行ったきりになっちまう可能性だってあるなら――俺は……」
研司の心臓が激しく鼓動し始める。
紅での邂逅
北方の龍達との約束
ダウンタウンの皆と作った研司砲
対峙しなければならない宿敵
蒼界へと馳せる度に紅界の事ばかりが想い浮かぶ
そして脳内で悪竜は咆哮するのだ。
“全てをブッ壊してやる!”
――と。
そんな研司の右肩に、ジャンルカは力強く手を置いた。
「!!」
「お前はこの世界に来るべくして来た人間なんだ。“この世界がお前を必要とした”。でもそんなの気にするな。お前の人生は、お前が決めろ。周りがなんと言おうと、世界がどうなろうと、お前のやりてぇようにやればいい」
「ジャンさん……」
「研司……たとえこれが今生の別れになっても、俺の想いは変わらねぇぜ。蒼だろうが紅だろうが、お前が元気に過ごしてくれてりゃあ、それでいいんだよ」
ダウンタウンの狂犬は研司を気に入っていた。
戦友として、仲間として。
でも今は――“友人”として幸せを願う言葉を掛け、寂しげな微笑みを零す。
「あっら! りおちゃんじゃないのぉ!! どうしたのよその恰好! 立派になっちゃってもぉー!」
「ロゼ!?」
ヴァレーリオの軍服姿を見て、ロス・バーミリオン(ka4718)は驚いていた。
けれどそれ以上に親の様な姉(?)の様な――そんな気持ちになり、彼の頬を指先でつつく。
「お化け見ただけでぎゃーぎゃー騒いでたかわいーりおちゃんは何処に行っちゃったのかしらん?」
「そ、その事は忘れろってのッ!」
「まぁ、真っ赤になっちゃって! 恥ずかしがり屋さんね~v」
「よぉーし! ミィリアも頑張るぞー、でござる!」
腕まくりをしたミィリア(ka2689)は、いいとこ見せるぞーと張り切って目の前にある荷物を運ぼうとしていた。
その姿を見つけた薬師神 流(ka3856)は――
「ミィリア、無理をしなくていい。重たい荷物は俺が、……あ」
言いかけた言葉を、そっと飲み込む。
(片手あたりおよそ俺の倍の……)
女子力はパワー。
そんな乙女を温かく見守る流は、軽い自信喪失により少しだけ憂いを帯びているが。
(まあ、いいか……。それは)
たとえ多少実力で劣ろうとも、己の習いや精神が変わる事はない。
「君は力持ちだな」
「……!」
褒められたのかな? ――と、流の言葉を受け取ったミィリアは頬を桜色に染め、嬉しそうに微笑んだ。
そんな愛らしき侍娘を見つめ、彼もまた、優しく双眸を細める。
常に大胆不敵で我を通す――ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、そんな男である筈だった。
しかし彼は今、想い悩んでいる。ロッソが目指す世界には、新たな光が見えた。けれど一寸先からは闇が広がり、先が視えない。故に葛藤しているのだ。
行くべきか、行くべきではないのかと。
「本当にらしくねぇぜ、…ジャック様よ」
――すると、何やら視線を感じた。
その方へと視線を遣れば、見知らぬ令嬢に見つめられていて、思いがけない事態に混乱する。
「!?」
「あなた、もしかしてジャック・J・グリーヴ?!」
「(――誰だ!? 女!? ってか近ッ!!)な、なんで俺様の名を知ってんだ?!」
「きゃー! やっぱり!? 有名人ですもの♪ お名前は当然知っているわ♪」
「(――ゆ、有名? ていうかやっぱ距離が近ぇ……!!)ええええっと、こいつをロッソの中に運べば良いんだったよな!! よし、任せろ! こんなもんすぐに片付けてやらぁッ!!」
「ご挨拶させて頂戴! 私、同盟の商人でアナスタージ家の…って、ジャック様!? ああっ、行っちゃった……!」
ロザリーナは彼を知っていた。王国貴族グリーヴ家の次男にして貿易商人――ジャック・J・グリーヴ――王国商人の間で金の亡者と呼ばれている男を。何故なら彼女も同盟商人。同業者の噂はよく耳にするからだ。
しかしそんな評判は関係無く、商人だからこそ気付いたジャックの先見の明に、ロザリーナは奮い立っていた。
(蒼界と繋がるかもしれないこの機は、きっと商業界に益々大きく影響を受ける事になる筈。どうしてその重みを、私は考えなかったのかしら。……彼の目を見る迄)
この時の胸の熱さを、胸が躍る嫉妬を、彼女は商人として生涯、忘れる事は無いだろう。
――それはきっと、ジャックの知らぬ話。
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)は偶然、聴いてしまった。軍人達の立ち話を――。
「さっきの話、本当なのん? 軍人さんは転移実験に参加するって……」
「勿論だ。我々も当然ロッソに搭乗する」
無骨な軍人は淡々と答えると「失礼。急ぎの用があるので」と立ち去ってしまい、ミィナはぽつんと残された。
そこに現れたのは――真新しい軍服を着込む仲の良い彼だ。
「何してんだミィナ」
「ヴァレーリオさん……」
けれど今は……、目を合わせるのも、辛い。
「ん……? どうしたんだ、元気無ぇな」
「ううん、なんでもないんよ」
ミィナは、もやもやと浮かぶ想いを飛ばすようにふるふると首を振る。
(でもお仕事は、ちゃんとやらんと。ヴァレーリオさんが怒られちゃうのは、嫌やもん……)
そして彼から逃げるように、駆け足で歩き出した。
(…ヴァレーリオさん、軍人さんになるなんて思わんかったのん。フェリチタの人に認めてもらうのは、もうええんかな?)
聞きたい事、言いたい事。どちらもある筈なのに、胸が締め付けられて、纏まらなくて――目の前が、暗い。
●
(この世界に来たのが王国歴で1013年10月、約3年前……。思えば……短くない時間をこの世界で過ごしてきたのね)
セレンはサルヴァトーレ・ロッソを見上げ、双眸を細めていた。この三年間。色々あったな……、と思い出を振り返っていたのだ。
すると、
「ひゃあ !?」
――という誰かの悲鳴と共に、何かが崩れる音が聞こえ、目を見開く。何事かと様子を見に行くと、どうやら人が荷物の下敷きになって埋もれているようで……。
助けねばと想い、すぐに救出する事にした。
「大丈夫ですか?」
セレンは荷物の下敷きになっていた人物に手を差し伸べる。
その人物は連合軍の軍服を着た少女だった――見た所、年下だろうか。
「あっ、ありがとうございます! 助かりましたっ」
「いいえ。お怪我もなく、無事で何よりでした。ですが……それにしても、この量をお一人で運搬するのは大変では……?」
下敷きにしていた荷物は、少女が運搬するには少々重たすぎるように感じる。
少女が無理をしていたのは一目瞭然だ。
「あ、あはは……。ちょっと張り切りすぎちゃいました。蒼にやっと帰れると想ったら嬉しくて。情けないですよね」
少女は困ったように笑っていた。
するとセレンは、
「なるほど……」
ぽつりと呟いて、自然に、少女の荷物の半分を持った。
「そ、そんなっ。荷物まで持って貰っちゃったら申し訳無いです……!」
慌てている軍人の少女。
しかし、
「気にしないでください。無理はしないように、一緒に頑張りましょう」
セレンは双眸を細め、柔らかな微笑みを浮かべた。
その優しさには面倒見の良さが滲み出る。
礼儀正しく、優しく。
見ず知らずの相手でもさらりと助ける、その姿を見て――
「(かっこいい……!)」
少女から憧れの眼差しを向けられているとは知らぬまま――セレンはロッソの内部へと歩き出すのだった。
――今の蒼は曾祖父が居た時代とは変わっているだろう。
けれど帰りたかったであろうことを思うと、申し訳ないような、複雑な気持ちで心がざわつくような。気持ちを胸に……、
「うまく言えないけども、蒼は曾祖父にとって帰る場所だった事には違いないんだ。晩年はもう、ここが帰る場所だっただろうけれど……それでも」
シェラリンデは語った。
「できれば、せめてあちらに……。曾祖父の事を知っている人に、ちゃんと伝えてあげたいんだよね……曾祖父の最期を」
秋子は俯いて、ぽつりと零す。
「そうなんですね。曾祖父さんの……」
「うん。たぶん、もう直接所縁がある人はなくなっているだろうけれどね。でも、血を継いでいる人はいるだろうから」
蒼の血を継ぐ騎士は、大きな翡翠の目の中で光を揺らしていた。
そして、ふと。秋子へと訊ねる。
「きみは蒼に帰る為にハンターになったって言ってたよね? 両親が待っているという事は、家族は向こうに……」
――“家族”。
その言葉は秋子の胸に深く響く。
そして問いに頷き、
「……はい」
目を伏して、静々と。家族への想いが溢れていた。
「ずーっと行けなかった世界だったのに……すごいよねっ! ブルーに行けるかもしれないなんて、とっても素敵なニュース」
すると流は、蒼界の街並みと変わらぬロッソ内部の都市を眺め見渡す。
「……あぁ、本当に」
その眼差しに秘めた想いはなんだろう――考え出すと、ミィリアの胸は締め付けられていた。
彼の横顔を見て思い出していたのは、ハンターになるより昔……雇ってくれていた主様の事だった。
残してきた家族の話の中で、ちょうどミィリアくらいの歳の孫がいるのだと、そう語っていた主様。
故郷をもう一度見ることは叶わず、もっとずっと遠い所へ旅立ってしまった人……。
(この世界の事も大切だと言ってくれたけれど、自分の生まれた地から突然離れて、帰る術もわからないというのは……どんな気持ちだったんだろう。ミィリアにはとても……想像なんてできない)
そして、流も。
蒼からの転移者である事は同じだ。
「変わっていくな……世界は」
そう呟く彼に頷くのが、今は精一杯だった。
もしも彼が蒼に帰るのだと決断した時は、笑顔で送り出したい、心からそう思っている。なのになぜだろう。なんだか悲しさも、一緒に込み上げてくる。
(あぁ……、苦しいな………)
胸が凄く痛くて、切なくて。
(どうすればいいのかな………)
気付かれないよう精一杯隠しながら、流を想い、ミィリアは初めて思い知る。
(――恋が、こんなにも苦しいなんて……知らなかった)
「もし、今戻れるのだとしたらそれは願ってもない事だわ。……だけど私にはこっちの世界でやらなきゃいけない事が出来たの。アイツを、見送らないといけない。きっとあの子の元へ行ってしまうアイツを……。私はこの目で見届けないといけなくちゃいけない――それを放棄して帰ってしまったら絶対に後悔すると思うわ。……元の職に戻れるのはありがたいけどね」
蒼でしていた仕事のこと。
こちらへ転移してきた今でも向こうの世界では患者が待っていること。
自分はどうすればいいのか――
答えは決まっている筈なのに、段々不安になってくること。
ロスが打ち明けた悩みを聴いて、ヴァレーリオの心臓は激しく鼓動を打っていた。
彼女が悩んでいたなんて、全然知らなかった。素直になれず、捻くれた事ばかり言って彼女に甘えてきたけれど――思えば、自分は彼女に何が出来ていただろうか。何も出来ていなかったんじゃないだろうか。そう、思い知らされたのだ。
「やーね、私ったら。……歳かしら。昔はこんな風に悩む事はあんまりなかったんだけどねぇ……」
どこか物悲しげな横顔を見つめ、ヴァレーリオは眉を潜める。
己の無力さは、自分が一番よく知っている。
――でも。
いつまでも頼りない年下のままでは居たくなかった。
「俺に、……出来る事は無ぇか?」
「……」
「なんだよその反応は……ッ!」
「いや……ね? りおちゃんがツンツンしてないだなんて、珍しいと思って」
「うるせぇな……!!」
ヴァレーリオは瞬く間に真っ赤になり、恥ずかしくなって顔を背けた。
やはり素直になるのは照れるのだ。
……だが。
「俺だってな。こういうふうに想う器ぐれぇあんだよ……」
周囲からは、ずっと蚊帳の外で腫れ物のように扱われ続けてきたと思う――自分の人生の中で、いつも近くに居てくれた。そんな彼女へ、今無性に感じていたのは温もりだ。支えたいと思うのは図々しいかもしれない。それでも、どうしようもなく。力になれたらと、思ってしまっていたのだ。
「真夕。そろそろ休憩に、しない?」
「仕事も大分片付いたしね。そうしましょっか♪」
ロッソの内部都市には、無人のカフェテリアが設置されていた。真夕と紅葉はそこの丸テーブルを借り、休憩を始める。
喫茶「スノウ・ガーデン」の看板娘――紅葉が運ぶのは、心地良い紅茶の香り。そのいつもの香りは、愛しい恋人がくれる優しい一刻であり、幸せな時間。真夕は心が安らぐ温もりを感じつつ、そして、ふと。気になっていた事を尋ねる。
「ねぇ、紅葉。さっき私……リアルブルーに帰りたいかって聞かれた時、帰りたいって答えたでしょう? 不安にならなかった? この先、私達はどうなるんだろうって」
思わず“帰りたい”と言ってしまったけれど、紅葉にとってはこの世界が故郷。自分が蒼を特別に想うように、紅葉にとっても紅がそうである筈だった。
だが……。
「不安になんてなってないよ。この先の事なら、最初から決めていたもの」
「えっ。最初から?」
驚いて目を見張った真夕に、紅葉はこくりと頷いた。
「もし真夕がどう選択しても、ボクは何処でだって、ずっと一緒のつもり」
「……!」
「……もし、真夕がリアルブルーに行きたいなら、ボクもついていく。好きな人と一緒にいたい、から。それ以上の理由なんて必要ないでしょ? だから、全部受け止める。そう決めたの。恋人さん、だもの」
紅葉はくすりと微笑んだ。
すると真夕は双眸を細め、敵わないなぁと笑った。
「……私ね。帰りたい気持ちは少なからずあるわ。でも、どうしても? と言うなら、私はそこまでではないのだと思う」
転移した頃は、親を喪った後の遺産相続の関係――そして面倒な家のしがらみから、逃げる様な想いでここで生きていく覚悟を決めていた。
だが……。
「一度は帰ってみたいけど、私の居場所はここ」
此処に残る覚悟も、理由も、今では全然違う。
「ここでの充実した時間。そして此処で出来た大切な友人達……。どちらもこの世界を私に愛させてくれたわ。私はこの世界が好き。ここで生きる皆を守りたい。あなたと、共に」
真夕が紅葉の瞳を見つめて囁いた。
そのまっすぐな想いと言葉に、紅葉の胸は密かにときめく。
アパートの付近にある公園のベンチで腰を下ろしていたのは、研司とギアン。
休憩中の彼らは、研司が持参したお弁当を広げつつ、ロッソの内部にある都市風景を眺めて、語り合っていた。
「蒼への帰還は悲願で、こっちの世界に骨を埋める気はありませんでした。ハンターだから支援を受けて店舗を持つこともできた……なのにそうしなかったのも、いつかは帰るつもりだった……んですよね」
「……」
「それだけじゃあ無ぇ。久々に故郷の静岡の飯もたらふく食いてぇし、俺の手でブルーを護りたいって気持ちも強いんです。でも……やっぱり……、」
研司にとって蒼は考えれば考える程、特別な世界だった。
親だって心配している筈だ。会いたいし、安心させてやりたい。
それは確かだ。
確かな筈なのだが……
“本当にこのまま帰っちまっていいのか?”
この想いを断ち切る事が出来ない故に、実感する。
「俺はきっと……残る想いの方が、強ぇんだ」
研司は眉を潜めて俯いた。
――覚悟しなければならない。
残ると決めたのなら、もう二度と故郷に帰れないかもしれない事を。
もう二度と親の顔を見る事が叶わないかもしれない事を。
――哀しいが、研司に迫られていた選択とはそういう事だった。
しかしギアンが卵焼きを咀嚼して云った。
「大丈夫。君は行けるさ」
「え……?」
「君はいつか帰れる――“今”ではなくともな」
彼の慰めに、研司は目を見張らせる。
そして頬を緩ませ、穏やかに微笑むのだった。
「家族はきっと、君を心配しているだろうね」
シェラリンデがそう言うと、秋子は思い出していた。
――胸を痛ませながら、祈り続ける両親の顔を。
「心配、してくれていると思います。ショックもきっと、大きかった筈……」
そして、もう一人……。
皆で帰ってくる事を待ち望んでいた、“姉”の存在を。
「私、姉が居るんです」
「お姉さん……?」
「はい……。でも私の物心がつく前に、居なくなってしまったそうで……」
「え…?」
「――ずっと行方不明で。だから、ずっとずっと見てきました。姉の帰りを待ち望む、両親の顔を」
そして、おそらく今は。
(……私も、両親にその顔をさせてしまっている)
今、蒼に残された秋子の両親が、どんな想いで日々を過ごしているのか。
それはシェラリンデにも、あまりにも辛いものだと想像がつく。
ずっと近くで見つめてきた秋子は猶更――そんな自分が許せなくて。遣る瀬無くて。だから、何としてでも。
帰るための努力を、惜しみたくないと。
強く強く、秋子は想いを抱いていた。
ヴァレーリオはミィナが心配で、様子を窺っていた。
休憩中も膝を抱えて俯いたままで、心此処に在らずなようで。それでも何でもないとミィナは言うのだが、ヴァレーリオの目には勿論そうは見えない。
きっとなにか、想いを秘めている筈だ。だが考えても分からなくて――隣に座り、悩んでいると――ミィナは「ごめん」と切り出した。
「うち……なんて言ったらいいか分かんなくて。でも、ヴァレーリオさんに迷惑も掛けたくなくて……。だから、気にせんといて」
ヴァレーリオは少しの間、驚いた表情をした。
そして「何言ってんだよ」と言い返す。
「気にするに決まってる――お前が辛いのは、俺も辛ぇんだ……。幾らでも待つから、ちゃんと話せよ」
放っておくなんて、出来る筈がない。
落ち込んでいるミィナの背を優しく叩きながら、寄り添った。
“最悪、還れなくても良い”
――以前はその程度にしか思っていなかった。
“妹さえ還せればいい”
――と。
日本の様子も気になるし、親戚の顔も気になってはいるが、……きっと生きてはいるだろう。
ならば、それで良かったのだ。
しかし奇跡が起きてしまった。
自分も還れるかもしれないのだ。
だが、ふと。
喜びとは別の感情が己の胸を占めた。
“俺はあの世界で、生きていけるのか?”
「……そう考えている内に、分からなくなってきてしまった。己の道を」
流が呟くと、ミィリアはまっすぐ見つめていた。
「……不安なの? あっちの世界に戻ること」
「……」
流は、遠くを見つめながら言った。
「俺は……何ぞあれば鎮護となるべく、刀や槍や、そういったものの振るい方を学んだ。しかしもはやそれが戦場の技としては風化してしまったあの世界において、精神の象徴でしかない」
この世界は流にとって、とても居心地が良かった。
「生きる為に戦う。戦わねば死ぬ。戦ったとて、死ぬかもしれない。そんなふうに単純で、しかし救いようがなく、平等な戦のならいを。そのような原始的な摂理を……。この世界は、元の世界よりもう少しだけ、大事にしていた。この世界だからこそ、俺は学んだことを……本来意図された以上に発揮できていた」
――だからこそ、なんと、皮肉な巡り合わせだろうか。
「この在り方を望んだのはあの世界の筈だったのにな……。望まれた以外の在り方をそぎ落として生きたが故に――あの世界で居場所を見つける等、恐らく叶わぬ」
流は哀しげに視線を下に向けた。
彼の心には、日本を恋しく思う気持ちが少なからず在った。
故にミィリアは、真剣に聴き入りながら、眸の中で光を揺らす。
蒼と紅の狭間で苦悩する、不器用で優しい彼。
大好きだから。苦しんで欲しくないから。怖いけど、勇気を振り絞って・・・
「……ミィリアが流の傍に居る」
緊張して震えている彼女の告白に、流は驚いて目を見張っていた。
そして彼女は続ける。
「これからどうするかとか、まだ決まってない所だと思うけど……! でも……! 流が歩んでいく道に、ミィリアも一緒についていく!」
――心臓が早鐘となって胸を突き、頬は火照るけれど。ミィリアは溢れる想いを頑張って伝えた。
流は驚きを隠せないままだった。
けれど問い掛ける。
望んだ世界よりも己を望む世界があるとしたら。
……教えて欲しい。
「……君は、俺に理由をくれるのか?」
するとミィリアは満面の笑顔を浮かべ、頷いた。
彼女の答えはきっと。
彼の歩む道を、明るく照らす。
「ヴァレーリオさん、本当に転移実験に参加するん…?」
「え……?」
「うち、聞いたのん。軍人さんも一緒にロッソに乗るんよって……」
ミィナはやっとの思いで口にした。
長い時間一緒に居て、心の整理も沢山して――
ようやく言えるような気がしていた。
でも。
目頭が急激に熱くなるのを感じて、言葉にした瞬間、抑えつけていた気持ちが溢れ出していくのが自分で分かる。
――折角彼が、やりたい事を見つけたなら頑張って欲しいと思っていた。
応援したい、と。
けれど彼の気持ちを聴くのも、怖くて。
その想いは想像していたよりもきっと遥かに、大きかった。
「うちは、エルフだから……。同じ様に老いる事ができんし、同族のお相手見つかったら――悲しいけど、悔しいけど、遠くから幸せな姿を見るだけでもよかったのん。でも……、本当にいないトコに行っちゃってお別れするのは、ヤダ……」
自然と涙が溢れて、止まらない。
だからこの場から立ち去ろうとしていたけれど――彼女の体は、彼の腕の中にあった。
強く抱きしめられて、けれど大事にされていると分かる優しさが切なくて。
「……ごめんな」
謝られると余計に苦しさでいっぱいになっていく。
そんなふうに微かに嗚咽を漏らすミィナをゆっくり撫でながら、彼女だけに聞こえるようにヴァレーリオは囁いた。
「俺は……残される方の苦しさを知ってるんだ。優しかった爺ちゃんをずっと昔に亡くしたから。……でも。今度は俺が、いつかお前を悲しませてしまうのかもな」
しかし彼は約束する。何処にも行かない、と。
「嫌になる事も多いし、空回ってばっかだけど……。それでもフェリチタの事は嫌いじゃねぇんだ。それに……」
――お前を置いてまで行きたい世界なんて何処にも無ぇよ。
腕の中から覗いたヴァレーリオの表情は愁いを帯びていて。けれど。優しい微笑みを浮かべていた。
「残る事に決めたぜ」
「なんだって!?」
研司の決断を聴いて、ジャンルカは驚きを隠せなかった。研司の顔に、笑顔が浮かぶ。
「いっぱい考えてみたんだけどさ、今はまだ帰れねぇ。
思えば料理という道をくれたのも紅で……
他にも、沢山。
友達、お客さん、仲間…全部、かけがえのない、大切なもの――
こっちに来てからの2年で得たものは…きっと、ブルーじゃ貰えなかったものばかりだった。
それにダウンタウンの皆にも…飛龍達にも…その恩を返していきたいしな。
って事で、また暫く世話になるよ。これからも宜しく」
研司が握手を求めた。
「ああっもう、お前って奴は……。こちらこそだぜ、兄弟!」
するとジャンルカは強く握り返して、心から嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ。こっちの世界に暫く居るならさ、いっそダウンタウンに棲もうぜ?」
「ダウンタウンに!?」
「名案だろ?」
「きゅ、急すぎるなぁ……!」
斯くして研司は、ロッソの搭乗員に両親への手紙を託す。
綴ったのはこちらの世界で元気に過ごしているという事――そして己の想いを沢山閉じ込めた、分厚い手紙だった。
ロザリーナは、弱気な言葉を吐いていた。“寂しい”と。
だからこそ、
「元気を出して」
シェラリンデは微笑みを浮かべながら慰める。
彼女は騎士道に通ずる面があり、女性に優しい――。
「ごめんなさい…」
ロザリーナは、ぽつりと零した。
弱っている時に優しくして貰えて、感情が溢れ出しそうになるのを堪えながら。
そして秋子は、双眸を細めて言った。
「きっと、ロザリーナさんのお友達も寂しいと思っていると思いますよ。私にも、こちらの世界に来て、出会った人がいますから……分かります。別れが惜しくないかと言ったら、嘘になる。行くなと言われたら、戸惑いもする。“帰る”と決心した気持ちの中には、そんな想いを多分、皆も隠してるんじゃないかなって」
人との出逢いがあれば、別れがあるものだ。
後悔をしない為に、別れにも向き合わなければならない時だってあると思う――。
けれどそれは、忘れるという事ではなくて。
「奇跡のような出会いがあったこと。
それをなかったことにはしないで、ずっとずっと、心の中に抱えて。
……いつまでも、語り継げたらなと」
秋子はそう思っている事を告げた。
(……でも、それは、私が、蒼に帰る人達が、抱く想い)
その中でふと、姉の事が脳裏に過る。
――もしかしたら姉は、この世界にいるのかもしれない。
奇跡のような話だけれど、でも、有り得ない話ではなくて。
そしてもしそうだとしたら……。
人生の殆どをこちらの世界で過ごして、お世話になっている人がいて、仲の良い友達がいるのだろう。
きっと……。
「シェラリンデちゃん、秋子ちゃん……。本当にありがとう。私、秋子ちゃんの言うように手紙を書こうと思うわ」
ロザリーナが明るくなると、シェラリンデと秋子は互いを見合わせ、微笑んだ。
するとロザリーナは二人に、美しく咲いた薔薇を一輪ずつ手渡す。
それは彼女達の幸運と、願いが叶うようにと、想いを込めて――。
セレンは仕事をきっちりとこなした後、銃の点検を行っていた。
そして人知れず物思いに耽る。
(ロッソのCAM部隊に所属し、軍人としては新人だった当時――ロッソを離れ、ハンターとして生きる道を選んだ私は、戸惑う事もあったけれど、あっという間に紅での生活に慣れた。友人も出来た。だからこそ、この世界の事は嫌いじゃない。どちらかと言えば好きだと思う)
だがセレンの決意は揺るがなかった。
それでも帰りたい、帰らないといけない――と。
蒼に残してきてしまっているのだ。
かけがえのない人たちを。
(私の友人はここだけじゃない……。幼少期からの縁のある人、軍学校の同期もいる。そして何より――家族が地球にいる)
それに新たな転移者から伝わった今の蒼の状況には、不安を覚えずにはいられない……。
はたして、無事で居てくれているだろうか。
どう過ごしているのだろうか。
今迄なら、どうする事もできない状態に苦しみながら、皆の無事を信じるしかなかった。
だが今、状況は大きく変わった。
ロッソで蒼の世界へと転移できる可能性が生まれたのだ。
――ならば自分はやはり、この機会を逃す訳にはいかない。
(転移の成功確率は6割ほど……。さらにリアルブルーからクリムゾンウェストに戻ろうと思えば4割。まぁ、それだけあるなら十分でしょう。戦闘中に転移という、もっと低そうな確率の転移に成功してるのですから、きっと今回だって――いけるはず)
確固たる意志を秘めた双眸は、世界を越えて、蒼を見据える。
“私は帰る、必ずあの世界へ”
待っている者達の顔を思い浮かべながら、そう誓うのだった。
「真夕ちゃんっ、紅葉ちゃんーっ♪」
真夕と紅葉の姿を見つけた途端走ってきたロザリーナは、満面の笑顔で手を振りながら駆け寄った。
そして指を絡ませるように手を繋ぐ二人の仲睦まじさを見て――
「ふふ、相変わらずらぶらぶね?」
思わずきゃっきゃと嬉しがると、紅葉が頬を赤く染める。
真夕はそんな恋人が可愛くて癒されていたら……そうだ! と、思い出し、ロザリーナに報告した。
「そうそう。私、紅に残る事にしたわ」
「えっ!? 本当?」
するとロザリーナの目が輝く。
「ええ。私の蒼への想いは、蒼の世界に赴く人達に託そうと思うの。そして彼ら彼女達の紅への想いを、任されるつもり」
そう聞いた瞬間、真夕と紅葉の手を取った。
そして心からの喜びを、嬉しさを、目一杯伝え、幸せそうな笑顔をみせていた。
「あっ、そーそー! りおちゃん? もし何か、……そうね。何か思い詰まった時があったら遠慮なく! このロゼさんに相談なさい? オネェさんがちゃーんと聞いてあげる! ……いいわね?」
「なんだよ。急に改まって……」
「ほら、生活環境が変化したばかりって、悩みが付き物でしょう? それに……りおちゃんって尖ってるように見えて、心は兎ちゃんなんだものぉ」
「はぁッ!? う、兎っ!?」
「ふふ、冗談よv 冗談v」
ヴァレーリオがしかめっ面をすると、ロスはくすっと笑った。
「でも、オネェさんが心配しているのは本当。だからね、なんでも言って頂戴?」
「……」
ヴァレーリオはじと目でロスを見た。だが、
分かったよ。でもそりゃまた今度な――と、口にする。
そして、ぽつりと零した。
「使命……果たせるといいな」
――と。
ロスの紅に残る意思は揺るがない。
これから多くの人々が蒼に帰還するのだとしても。
もう二度と蒼に帰還できるチャンスが巡ってこないかもしれないのだとしても。
脳裏に過った不安も、様々な想いも、全て飲み込んで……。
ロスは微笑みながら頷いた。
「ええ。使命は必ず果たすわ。絶対にね」
そうして蒼を想わせる都市に背中を向けて、歩き出す。
人知れず――紅の使命を、胸に抱きながら。
「本当に良いんだよね・・・?」
紅葉がおそるおそる尋ねると、真夕は頷いた。
「私がここにいる理由なら、私の腕の中に全てあるもの」
「……!」
そして優しく抱き寄せて、恋人である紅葉だけに囁く。紅葉は照れるように顔を赤くしつつ、繋いだ手の指の絡みを深めて、腕の中で支える様に引っ付いた。
「ボクね……真夕には頼って欲しいし、甘えて欲しい。一人で悩むのも、二人なら軽くなるからね。勿論、ボクも、かな? ……う、ちょっと気恥ずかしくはあるけれど」
この先もずっと一緒で、二人で笑いあって支え合っていけるなら……。
とても幸せで、とても嬉しくて。
「……ありがとう。愛してるわ、紅葉」
――二人なら、何だって出来る。
お互いはそう想い合い、傍に居る事を誓った。
俺様は王国生まれの王国育ち。
守りてぇ家族も王国に居て、これから先も王国で生きていく。
そう、思ってたんだ。
……けどよ、ある日大転移でロッソがやって来てからというもの、色んなもんが変わった。
商人達の取り扱う品も蒼界の物が増えてからはガラッと変わったし、俺様がぎゃるげえに出会ったのだって、その関係が深い。
そしてこれから先も、色んなもんが変わっていくのだろう。
だからこそ俺様はその変化を確認していきてぇし、参加してみてぇと思った。
学びてぇんだ。
生活に根差した蒼界の道具とか、生活様式とか、どうやって金を回してるのかとか色々を。
だが世の中そんなに甘くはねぇ――この実験にはひとつ大きな問題がある。
それは無事に戻って来れる保障が無ぇって事だ。
蒼に行けるのは嬉しいが、行ったっきり王国に戻って来れねぇんじゃ意味がねぇ。
俺様が守りてぇと、変えていきたいと思うのは王国だ。
冷てぇと想われるかもしれねぇが、リアルブルーじゃない……。
――なら、やめておくか?
そういう選択肢もあるだろう。
……だが。
此処に来て、ロッソの中に丸ごと入ってるっていう都市を眺めて、分かった事がある。
それは紅界に流通してねぇ蒼界のもんの多さへの実感。
そして王国の商業を変えられる“確信”だ。
俺は、ジャック・J・グリーヴは……
俺様で、ジャック・J・グリーヴ様であるべきなんだ
ジャック様ならよ……
こんな事で悩むなんざ、全くもってらしくねぇ
もっと我を通してこそ、
常に不敵でこそ、ジャック様なんだ
蒼で学んだ知識を活かして王国をより良くしていきたい。
誰もが明日の飯の心配しねぇ――貧困に喘がず笑って生きていける、そんな国にする為に。
でけぇ一歩を踏み出せるなら、俺様は……
「上等だぜ、リアルブルー……!」
一寸先は闇だろうがなんだろうが、ンなもん取っ払うぐれぇの気概で居てやるぜ。
実験が成功するかとか、何が起こるかなんて、今の時点じゃあ誰にも分からねぇ。
――だがそれでも。
俺様は俺様の選択を信じて、一歩、前へ。
(どうしよう。さっきはついつい恥ずかしい事ばっかり言っちゃったなぁ…!)
ミィリアは恥ずかしくなって悶えていた。
だが一方で――流の表情は、とても穏やかだ。
「そうだ。次の春……共に桜を見に行かないか?」
ミィリアは目を丸くした。
今は未だ遠い、次の春。
今は未だ遠くて、だからこそ嬉しい約束。
「うんっ!」
“ミィリアはあなたの居場所になれますか?”
――それはまだ、怖くて聞けやしないけれど。
一つ言えるのは。
季節は廻り、移ろうとも・・
約束する。
あなたの傍に、共に居ると。
「リアルブルーへの転移実験、か。ボクの世代になってから、まさかこんな事になるとはね」
騎士然とした男装の麗人――シェラリンデ(ka3332)は、今は未だ見ぬ蒼界に想いを馳せた。
「ボクは王国出身だけど、リアルブルーには特別な想いがあるんだよね。あちらの世界は、曾祖父の生まれた世界なんだ」
円らな翡翠色の瞳は、一縷の希望を見据えている。
「間接的には知っているけれども、直接は知らない……。だからやっぱり、どんな世界なのかすごい見てみたいとは思う。ただ、帰れなかった曾祖父の事を思うと、やっぱりちょっと考えちゃうんだよね?」
そして皆へと振り返った。
「皆は今回の転移実験、どうするの?」
すると柏木 秋子(ka4394)は迷いなく答える。
「私は……、参加します」
その眸は想いを秘め、強く蒼に焦がれていて――まっすぐと蒼を見つめていた。
「ハンターになったのも、故郷に帰る為……。そして両親の元へ帰る為、ですから」
少女の決心は、揺るがない。
「リアルブルーへ、か」
七夜・真夕(ka3977)がぽつりと零したのを、寄り添っていた雪継・紅葉は聴いていた。
「真夕は・・・帰りたい? リアルブルー、に」
「ん……。そうね」
二人が出会った世界は紅だった。
しかし真夕は蒼の出身。
帰りたいかと問われれば、そう返す。
(帰れるかもしれない。その言葉に希望を抱く人は、少なくないでしょう。望まず……この紅の世界にやって来た人々は、確かに居るのですから)
セレン・コウヅキ(ka0153)は、周りの仲間の想いに触れて実感していた。
己も蒼の出身だ。だからこそ分かる。皆が蒼に帰りたいという気持ち――そして、紅を想う――その気持ちも。
藤堂研司(ka0569)は、悩んでいた。
こんなタイミングで、待ち望んでいた事が実現しようとは――。
「こんなチャンス、二度と巡ってこねぇかもしれない。……でも。行ったきりになっちまう可能性だってあるなら――俺は……」
研司の心臓が激しく鼓動し始める。
紅での邂逅
北方の龍達との約束
ダウンタウンの皆と作った研司砲
対峙しなければならない宿敵
蒼界へと馳せる度に紅界の事ばかりが想い浮かぶ
そして脳内で悪竜は咆哮するのだ。
“全てをブッ壊してやる!”
――と。
そんな研司の右肩に、ジャンルカは力強く手を置いた。
「!!」
「お前はこの世界に来るべくして来た人間なんだ。“この世界がお前を必要とした”。でもそんなの気にするな。お前の人生は、お前が決めろ。周りがなんと言おうと、世界がどうなろうと、お前のやりてぇようにやればいい」
「ジャンさん……」
「研司……たとえこれが今生の別れになっても、俺の想いは変わらねぇぜ。蒼だろうが紅だろうが、お前が元気に過ごしてくれてりゃあ、それでいいんだよ」
ダウンタウンの狂犬は研司を気に入っていた。
戦友として、仲間として。
でも今は――“友人”として幸せを願う言葉を掛け、寂しげな微笑みを零す。
「あっら! りおちゃんじゃないのぉ!! どうしたのよその恰好! 立派になっちゃってもぉー!」
「ロゼ!?」
ヴァレーリオの軍服姿を見て、ロス・バーミリオン(ka4718)は驚いていた。
けれどそれ以上に親の様な姉(?)の様な――そんな気持ちになり、彼の頬を指先でつつく。
「お化け見ただけでぎゃーぎゃー騒いでたかわいーりおちゃんは何処に行っちゃったのかしらん?」
「そ、その事は忘れろってのッ!」
「まぁ、真っ赤になっちゃって! 恥ずかしがり屋さんね~v」
「よぉーし! ミィリアも頑張るぞー、でござる!」
腕まくりをしたミィリア(ka2689)は、いいとこ見せるぞーと張り切って目の前にある荷物を運ぼうとしていた。
その姿を見つけた薬師神 流(ka3856)は――
「ミィリア、無理をしなくていい。重たい荷物は俺が、……あ」
言いかけた言葉を、そっと飲み込む。
(片手あたりおよそ俺の倍の……)
女子力はパワー。
そんな乙女を温かく見守る流は、軽い自信喪失により少しだけ憂いを帯びているが。
(まあ、いいか……。それは)
たとえ多少実力で劣ろうとも、己の習いや精神が変わる事はない。
「君は力持ちだな」
「……!」
褒められたのかな? ――と、流の言葉を受け取ったミィリアは頬を桜色に染め、嬉しそうに微笑んだ。
そんな愛らしき侍娘を見つめ、彼もまた、優しく双眸を細める。
常に大胆不敵で我を通す――ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は、そんな男である筈だった。
しかし彼は今、想い悩んでいる。ロッソが目指す世界には、新たな光が見えた。けれど一寸先からは闇が広がり、先が視えない。故に葛藤しているのだ。
行くべきか、行くべきではないのかと。
「本当にらしくねぇぜ、…ジャック様よ」
――すると、何やら視線を感じた。
その方へと視線を遣れば、見知らぬ令嬢に見つめられていて、思いがけない事態に混乱する。
「!?」
「あなた、もしかしてジャック・J・グリーヴ?!」
「(――誰だ!? 女!? ってか近ッ!!)な、なんで俺様の名を知ってんだ?!」
「きゃー! やっぱり!? 有名人ですもの♪ お名前は当然知っているわ♪」
「(――ゆ、有名? ていうかやっぱ距離が近ぇ……!!)ええええっと、こいつをロッソの中に運べば良いんだったよな!! よし、任せろ! こんなもんすぐに片付けてやらぁッ!!」
「ご挨拶させて頂戴! 私、同盟の商人でアナスタージ家の…って、ジャック様!? ああっ、行っちゃった……!」
ロザリーナは彼を知っていた。王国貴族グリーヴ家の次男にして貿易商人――ジャック・J・グリーヴ――王国商人の間で金の亡者と呼ばれている男を。何故なら彼女も同盟商人。同業者の噂はよく耳にするからだ。
しかしそんな評判は関係無く、商人だからこそ気付いたジャックの先見の明に、ロザリーナは奮い立っていた。
(蒼界と繋がるかもしれないこの機は、きっと商業界に益々大きく影響を受ける事になる筈。どうしてその重みを、私は考えなかったのかしら。……彼の目を見る迄)
この時の胸の熱さを、胸が躍る嫉妬を、彼女は商人として生涯、忘れる事は無いだろう。
――それはきっと、ジャックの知らぬ話。
ミィナ・アレグトーリア(ka0317)は偶然、聴いてしまった。軍人達の立ち話を――。
「さっきの話、本当なのん? 軍人さんは転移実験に参加するって……」
「勿論だ。我々も当然ロッソに搭乗する」
無骨な軍人は淡々と答えると「失礼。急ぎの用があるので」と立ち去ってしまい、ミィナはぽつんと残された。
そこに現れたのは――真新しい軍服を着込む仲の良い彼だ。
「何してんだミィナ」
「ヴァレーリオさん……」
けれど今は……、目を合わせるのも、辛い。
「ん……? どうしたんだ、元気無ぇな」
「ううん、なんでもないんよ」
ミィナは、もやもやと浮かぶ想いを飛ばすようにふるふると首を振る。
(でもお仕事は、ちゃんとやらんと。ヴァレーリオさんが怒られちゃうのは、嫌やもん……)
そして彼から逃げるように、駆け足で歩き出した。
(…ヴァレーリオさん、軍人さんになるなんて思わんかったのん。フェリチタの人に認めてもらうのは、もうええんかな?)
聞きたい事、言いたい事。どちらもある筈なのに、胸が締め付けられて、纏まらなくて――目の前が、暗い。
●
(この世界に来たのが王国歴で1013年10月、約3年前……。思えば……短くない時間をこの世界で過ごしてきたのね)
セレンはサルヴァトーレ・ロッソを見上げ、双眸を細めていた。この三年間。色々あったな……、と思い出を振り返っていたのだ。
すると、
「ひゃあ !?」
――という誰かの悲鳴と共に、何かが崩れる音が聞こえ、目を見開く。何事かと様子を見に行くと、どうやら人が荷物の下敷きになって埋もれているようで……。
助けねばと想い、すぐに救出する事にした。
「大丈夫ですか?」
セレンは荷物の下敷きになっていた人物に手を差し伸べる。
その人物は連合軍の軍服を着た少女だった――見た所、年下だろうか。
「あっ、ありがとうございます! 助かりましたっ」
「いいえ。お怪我もなく、無事で何よりでした。ですが……それにしても、この量をお一人で運搬するのは大変では……?」
下敷きにしていた荷物は、少女が運搬するには少々重たすぎるように感じる。
少女が無理をしていたのは一目瞭然だ。
「あ、あはは……。ちょっと張り切りすぎちゃいました。蒼にやっと帰れると想ったら嬉しくて。情けないですよね」
少女は困ったように笑っていた。
するとセレンは、
「なるほど……」
ぽつりと呟いて、自然に、少女の荷物の半分を持った。
「そ、そんなっ。荷物まで持って貰っちゃったら申し訳無いです……!」
慌てている軍人の少女。
しかし、
「気にしないでください。無理はしないように、一緒に頑張りましょう」
セレンは双眸を細め、柔らかな微笑みを浮かべた。
その優しさには面倒見の良さが滲み出る。
礼儀正しく、優しく。
見ず知らずの相手でもさらりと助ける、その姿を見て――
「(かっこいい……!)」
少女から憧れの眼差しを向けられているとは知らぬまま――セレンはロッソの内部へと歩き出すのだった。
――今の蒼は曾祖父が居た時代とは変わっているだろう。
けれど帰りたかったであろうことを思うと、申し訳ないような、複雑な気持ちで心がざわつくような。気持ちを胸に……、
「うまく言えないけども、蒼は曾祖父にとって帰る場所だった事には違いないんだ。晩年はもう、ここが帰る場所だっただろうけれど……それでも」
シェラリンデは語った。
「できれば、せめてあちらに……。曾祖父の事を知っている人に、ちゃんと伝えてあげたいんだよね……曾祖父の最期を」
秋子は俯いて、ぽつりと零す。
「そうなんですね。曾祖父さんの……」
「うん。たぶん、もう直接所縁がある人はなくなっているだろうけれどね。でも、血を継いでいる人はいるだろうから」
蒼の血を継ぐ騎士は、大きな翡翠の目の中で光を揺らしていた。
そして、ふと。秋子へと訊ねる。
「きみは蒼に帰る為にハンターになったって言ってたよね? 両親が待っているという事は、家族は向こうに……」
――“家族”。
その言葉は秋子の胸に深く響く。
そして問いに頷き、
「……はい」
目を伏して、静々と。家族への想いが溢れていた。
「ずーっと行けなかった世界だったのに……すごいよねっ! ブルーに行けるかもしれないなんて、とっても素敵なニュース」
すると流は、蒼界の街並みと変わらぬロッソ内部の都市を眺め見渡す。
「……あぁ、本当に」
その眼差しに秘めた想いはなんだろう――考え出すと、ミィリアの胸は締め付けられていた。
彼の横顔を見て思い出していたのは、ハンターになるより昔……雇ってくれていた主様の事だった。
残してきた家族の話の中で、ちょうどミィリアくらいの歳の孫がいるのだと、そう語っていた主様。
故郷をもう一度見ることは叶わず、もっとずっと遠い所へ旅立ってしまった人……。
(この世界の事も大切だと言ってくれたけれど、自分の生まれた地から突然離れて、帰る術もわからないというのは……どんな気持ちだったんだろう。ミィリアにはとても……想像なんてできない)
そして、流も。
蒼からの転移者である事は同じだ。
「変わっていくな……世界は」
そう呟く彼に頷くのが、今は精一杯だった。
もしも彼が蒼に帰るのだと決断した時は、笑顔で送り出したい、心からそう思っている。なのになぜだろう。なんだか悲しさも、一緒に込み上げてくる。
(あぁ……、苦しいな………)
胸が凄く痛くて、切なくて。
(どうすればいいのかな………)
気付かれないよう精一杯隠しながら、流を想い、ミィリアは初めて思い知る。
(――恋が、こんなにも苦しいなんて……知らなかった)
「もし、今戻れるのだとしたらそれは願ってもない事だわ。……だけど私にはこっちの世界でやらなきゃいけない事が出来たの。アイツを、見送らないといけない。きっとあの子の元へ行ってしまうアイツを……。私はこの目で見届けないといけなくちゃいけない――それを放棄して帰ってしまったら絶対に後悔すると思うわ。……元の職に戻れるのはありがたいけどね」
蒼でしていた仕事のこと。
こちらへ転移してきた今でも向こうの世界では患者が待っていること。
自分はどうすればいいのか――
答えは決まっている筈なのに、段々不安になってくること。
ロスが打ち明けた悩みを聴いて、ヴァレーリオの心臓は激しく鼓動を打っていた。
彼女が悩んでいたなんて、全然知らなかった。素直になれず、捻くれた事ばかり言って彼女に甘えてきたけれど――思えば、自分は彼女に何が出来ていただろうか。何も出来ていなかったんじゃないだろうか。そう、思い知らされたのだ。
「やーね、私ったら。……歳かしら。昔はこんな風に悩む事はあんまりなかったんだけどねぇ……」
どこか物悲しげな横顔を見つめ、ヴァレーリオは眉を潜める。
己の無力さは、自分が一番よく知っている。
――でも。
いつまでも頼りない年下のままでは居たくなかった。
「俺に、……出来る事は無ぇか?」
「……」
「なんだよその反応は……ッ!」
「いや……ね? りおちゃんがツンツンしてないだなんて、珍しいと思って」
「うるせぇな……!!」
ヴァレーリオは瞬く間に真っ赤になり、恥ずかしくなって顔を背けた。
やはり素直になるのは照れるのだ。
……だが。
「俺だってな。こういうふうに想う器ぐれぇあんだよ……」
周囲からは、ずっと蚊帳の外で腫れ物のように扱われ続けてきたと思う――自分の人生の中で、いつも近くに居てくれた。そんな彼女へ、今無性に感じていたのは温もりだ。支えたいと思うのは図々しいかもしれない。それでも、どうしようもなく。力になれたらと、思ってしまっていたのだ。
「真夕。そろそろ休憩に、しない?」
「仕事も大分片付いたしね。そうしましょっか♪」
ロッソの内部都市には、無人のカフェテリアが設置されていた。真夕と紅葉はそこの丸テーブルを借り、休憩を始める。
喫茶「スノウ・ガーデン」の看板娘――紅葉が運ぶのは、心地良い紅茶の香り。そのいつもの香りは、愛しい恋人がくれる優しい一刻であり、幸せな時間。真夕は心が安らぐ温もりを感じつつ、そして、ふと。気になっていた事を尋ねる。
「ねぇ、紅葉。さっき私……リアルブルーに帰りたいかって聞かれた時、帰りたいって答えたでしょう? 不安にならなかった? この先、私達はどうなるんだろうって」
思わず“帰りたい”と言ってしまったけれど、紅葉にとってはこの世界が故郷。自分が蒼を特別に想うように、紅葉にとっても紅がそうである筈だった。
だが……。
「不安になんてなってないよ。この先の事なら、最初から決めていたもの」
「えっ。最初から?」
驚いて目を見張った真夕に、紅葉はこくりと頷いた。
「もし真夕がどう選択しても、ボクは何処でだって、ずっと一緒のつもり」
「……!」
「……もし、真夕がリアルブルーに行きたいなら、ボクもついていく。好きな人と一緒にいたい、から。それ以上の理由なんて必要ないでしょ? だから、全部受け止める。そう決めたの。恋人さん、だもの」
紅葉はくすりと微笑んだ。
すると真夕は双眸を細め、敵わないなぁと笑った。
「……私ね。帰りたい気持ちは少なからずあるわ。でも、どうしても? と言うなら、私はそこまでではないのだと思う」
転移した頃は、親を喪った後の遺産相続の関係――そして面倒な家のしがらみから、逃げる様な想いでここで生きていく覚悟を決めていた。
だが……。
「一度は帰ってみたいけど、私の居場所はここ」
此処に残る覚悟も、理由も、今では全然違う。
「ここでの充実した時間。そして此処で出来た大切な友人達……。どちらもこの世界を私に愛させてくれたわ。私はこの世界が好き。ここで生きる皆を守りたい。あなたと、共に」
真夕が紅葉の瞳を見つめて囁いた。
そのまっすぐな想いと言葉に、紅葉の胸は密かにときめく。
アパートの付近にある公園のベンチで腰を下ろしていたのは、研司とギアン。
休憩中の彼らは、研司が持参したお弁当を広げつつ、ロッソの内部にある都市風景を眺めて、語り合っていた。
「蒼への帰還は悲願で、こっちの世界に骨を埋める気はありませんでした。ハンターだから支援を受けて店舗を持つこともできた……なのにそうしなかったのも、いつかは帰るつもりだった……んですよね」
「……」
「それだけじゃあ無ぇ。久々に故郷の静岡の飯もたらふく食いてぇし、俺の手でブルーを護りたいって気持ちも強いんです。でも……やっぱり……、」
研司にとって蒼は考えれば考える程、特別な世界だった。
親だって心配している筈だ。会いたいし、安心させてやりたい。
それは確かだ。
確かな筈なのだが……
“本当にこのまま帰っちまっていいのか?”
この想いを断ち切る事が出来ない故に、実感する。
「俺はきっと……残る想いの方が、強ぇんだ」
研司は眉を潜めて俯いた。
――覚悟しなければならない。
残ると決めたのなら、もう二度と故郷に帰れないかもしれない事を。
もう二度と親の顔を見る事が叶わないかもしれない事を。
――哀しいが、研司に迫られていた選択とはそういう事だった。
しかしギアンが卵焼きを咀嚼して云った。
「大丈夫。君は行けるさ」
「え……?」
「君はいつか帰れる――“今”ではなくともな」
彼の慰めに、研司は目を見張らせる。
そして頬を緩ませ、穏やかに微笑むのだった。
「家族はきっと、君を心配しているだろうね」
シェラリンデがそう言うと、秋子は思い出していた。
――胸を痛ませながら、祈り続ける両親の顔を。
「心配、してくれていると思います。ショックもきっと、大きかった筈……」
そして、もう一人……。
皆で帰ってくる事を待ち望んでいた、“姉”の存在を。
「私、姉が居るんです」
「お姉さん……?」
「はい……。でも私の物心がつく前に、居なくなってしまったそうで……」
「え…?」
「――ずっと行方不明で。だから、ずっとずっと見てきました。姉の帰りを待ち望む、両親の顔を」
そして、おそらく今は。
(……私も、両親にその顔をさせてしまっている)
今、蒼に残された秋子の両親が、どんな想いで日々を過ごしているのか。
それはシェラリンデにも、あまりにも辛いものだと想像がつく。
ずっと近くで見つめてきた秋子は猶更――そんな自分が許せなくて。遣る瀬無くて。だから、何としてでも。
帰るための努力を、惜しみたくないと。
強く強く、秋子は想いを抱いていた。
ヴァレーリオはミィナが心配で、様子を窺っていた。
休憩中も膝を抱えて俯いたままで、心此処に在らずなようで。それでも何でもないとミィナは言うのだが、ヴァレーリオの目には勿論そうは見えない。
きっとなにか、想いを秘めている筈だ。だが考えても分からなくて――隣に座り、悩んでいると――ミィナは「ごめん」と切り出した。
「うち……なんて言ったらいいか分かんなくて。でも、ヴァレーリオさんに迷惑も掛けたくなくて……。だから、気にせんといて」
ヴァレーリオは少しの間、驚いた表情をした。
そして「何言ってんだよ」と言い返す。
「気にするに決まってる――お前が辛いのは、俺も辛ぇんだ……。幾らでも待つから、ちゃんと話せよ」
放っておくなんて、出来る筈がない。
落ち込んでいるミィナの背を優しく叩きながら、寄り添った。
“最悪、還れなくても良い”
――以前はその程度にしか思っていなかった。
“妹さえ還せればいい”
――と。
日本の様子も気になるし、親戚の顔も気になってはいるが、……きっと生きてはいるだろう。
ならば、それで良かったのだ。
しかし奇跡が起きてしまった。
自分も還れるかもしれないのだ。
だが、ふと。
喜びとは別の感情が己の胸を占めた。
“俺はあの世界で、生きていけるのか?”
「……そう考えている内に、分からなくなってきてしまった。己の道を」
流が呟くと、ミィリアはまっすぐ見つめていた。
「……不安なの? あっちの世界に戻ること」
「……」
流は、遠くを見つめながら言った。
「俺は……何ぞあれば鎮護となるべく、刀や槍や、そういったものの振るい方を学んだ。しかしもはやそれが戦場の技としては風化してしまったあの世界において、精神の象徴でしかない」
この世界は流にとって、とても居心地が良かった。
「生きる為に戦う。戦わねば死ぬ。戦ったとて、死ぬかもしれない。そんなふうに単純で、しかし救いようがなく、平等な戦のならいを。そのような原始的な摂理を……。この世界は、元の世界よりもう少しだけ、大事にしていた。この世界だからこそ、俺は学んだことを……本来意図された以上に発揮できていた」
――だからこそ、なんと、皮肉な巡り合わせだろうか。
「この在り方を望んだのはあの世界の筈だったのにな……。望まれた以外の在り方をそぎ落として生きたが故に――あの世界で居場所を見つける等、恐らく叶わぬ」
流は哀しげに視線を下に向けた。
彼の心には、日本を恋しく思う気持ちが少なからず在った。
故にミィリアは、真剣に聴き入りながら、眸の中で光を揺らす。
蒼と紅の狭間で苦悩する、不器用で優しい彼。
大好きだから。苦しんで欲しくないから。怖いけど、勇気を振り絞って・・・
「……ミィリアが流の傍に居る」
緊張して震えている彼女の告白に、流は驚いて目を見張っていた。
そして彼女は続ける。
「これからどうするかとか、まだ決まってない所だと思うけど……! でも……! 流が歩んでいく道に、ミィリアも一緒についていく!」
――心臓が早鐘となって胸を突き、頬は火照るけれど。ミィリアは溢れる想いを頑張って伝えた。
流は驚きを隠せないままだった。
けれど問い掛ける。
望んだ世界よりも己を望む世界があるとしたら。
……教えて欲しい。
「……君は、俺に理由をくれるのか?」
するとミィリアは満面の笑顔を浮かべ、頷いた。
彼女の答えはきっと。
彼の歩む道を、明るく照らす。
「ヴァレーリオさん、本当に転移実験に参加するん…?」
「え……?」
「うち、聞いたのん。軍人さんも一緒にロッソに乗るんよって……」
ミィナはやっとの思いで口にした。
長い時間一緒に居て、心の整理も沢山して――
ようやく言えるような気がしていた。
でも。
目頭が急激に熱くなるのを感じて、言葉にした瞬間、抑えつけていた気持ちが溢れ出していくのが自分で分かる。
――折角彼が、やりたい事を見つけたなら頑張って欲しいと思っていた。
応援したい、と。
けれど彼の気持ちを聴くのも、怖くて。
その想いは想像していたよりもきっと遥かに、大きかった。
「うちは、エルフだから……。同じ様に老いる事ができんし、同族のお相手見つかったら――悲しいけど、悔しいけど、遠くから幸せな姿を見るだけでもよかったのん。でも……、本当にいないトコに行っちゃってお別れするのは、ヤダ……」
自然と涙が溢れて、止まらない。
だからこの場から立ち去ろうとしていたけれど――彼女の体は、彼の腕の中にあった。
強く抱きしめられて、けれど大事にされていると分かる優しさが切なくて。
「……ごめんな」
謝られると余計に苦しさでいっぱいになっていく。
そんなふうに微かに嗚咽を漏らすミィナをゆっくり撫でながら、彼女だけに聞こえるようにヴァレーリオは囁いた。
「俺は……残される方の苦しさを知ってるんだ。優しかった爺ちゃんをずっと昔に亡くしたから。……でも。今度は俺が、いつかお前を悲しませてしまうのかもな」
しかし彼は約束する。何処にも行かない、と。
「嫌になる事も多いし、空回ってばっかだけど……。それでもフェリチタの事は嫌いじゃねぇんだ。それに……」
――お前を置いてまで行きたい世界なんて何処にも無ぇよ。
腕の中から覗いたヴァレーリオの表情は愁いを帯びていて。けれど。優しい微笑みを浮かべていた。
「残る事に決めたぜ」
「なんだって!?」
研司の決断を聴いて、ジャンルカは驚きを隠せなかった。研司の顔に、笑顔が浮かぶ。
「いっぱい考えてみたんだけどさ、今はまだ帰れねぇ。
思えば料理という道をくれたのも紅で……
他にも、沢山。
友達、お客さん、仲間…全部、かけがえのない、大切なもの――
こっちに来てからの2年で得たものは…きっと、ブルーじゃ貰えなかったものばかりだった。
それにダウンタウンの皆にも…飛龍達にも…その恩を返していきたいしな。
って事で、また暫く世話になるよ。これからも宜しく」
研司が握手を求めた。
「ああっもう、お前って奴は……。こちらこそだぜ、兄弟!」
するとジャンルカは強く握り返して、心から嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ。こっちの世界に暫く居るならさ、いっそダウンタウンに棲もうぜ?」
「ダウンタウンに!?」
「名案だろ?」
「きゅ、急すぎるなぁ……!」
斯くして研司は、ロッソの搭乗員に両親への手紙を託す。
綴ったのはこちらの世界で元気に過ごしているという事――そして己の想いを沢山閉じ込めた、分厚い手紙だった。
ロザリーナは、弱気な言葉を吐いていた。“寂しい”と。
だからこそ、
「元気を出して」
シェラリンデは微笑みを浮かべながら慰める。
彼女は騎士道に通ずる面があり、女性に優しい――。
「ごめんなさい…」
ロザリーナは、ぽつりと零した。
弱っている時に優しくして貰えて、感情が溢れ出しそうになるのを堪えながら。
そして秋子は、双眸を細めて言った。
「きっと、ロザリーナさんのお友達も寂しいと思っていると思いますよ。私にも、こちらの世界に来て、出会った人がいますから……分かります。別れが惜しくないかと言ったら、嘘になる。行くなと言われたら、戸惑いもする。“帰る”と決心した気持ちの中には、そんな想いを多分、皆も隠してるんじゃないかなって」
人との出逢いがあれば、別れがあるものだ。
後悔をしない為に、別れにも向き合わなければならない時だってあると思う――。
けれどそれは、忘れるという事ではなくて。
「奇跡のような出会いがあったこと。
それをなかったことにはしないで、ずっとずっと、心の中に抱えて。
……いつまでも、語り継げたらなと」
秋子はそう思っている事を告げた。
(……でも、それは、私が、蒼に帰る人達が、抱く想い)
その中でふと、姉の事が脳裏に過る。
――もしかしたら姉は、この世界にいるのかもしれない。
奇跡のような話だけれど、でも、有り得ない話ではなくて。
そしてもしそうだとしたら……。
人生の殆どをこちらの世界で過ごして、お世話になっている人がいて、仲の良い友達がいるのだろう。
きっと……。
「シェラリンデちゃん、秋子ちゃん……。本当にありがとう。私、秋子ちゃんの言うように手紙を書こうと思うわ」
ロザリーナが明るくなると、シェラリンデと秋子は互いを見合わせ、微笑んだ。
するとロザリーナは二人に、美しく咲いた薔薇を一輪ずつ手渡す。
それは彼女達の幸運と、願いが叶うようにと、想いを込めて――。
セレンは仕事をきっちりとこなした後、銃の点検を行っていた。
そして人知れず物思いに耽る。
(ロッソのCAM部隊に所属し、軍人としては新人だった当時――ロッソを離れ、ハンターとして生きる道を選んだ私は、戸惑う事もあったけれど、あっという間に紅での生活に慣れた。友人も出来た。だからこそ、この世界の事は嫌いじゃない。どちらかと言えば好きだと思う)
だがセレンの決意は揺るがなかった。
それでも帰りたい、帰らないといけない――と。
蒼に残してきてしまっているのだ。
かけがえのない人たちを。
(私の友人はここだけじゃない……。幼少期からの縁のある人、軍学校の同期もいる。そして何より――家族が地球にいる)
それに新たな転移者から伝わった今の蒼の状況には、不安を覚えずにはいられない……。
はたして、無事で居てくれているだろうか。
どう過ごしているのだろうか。
今迄なら、どうする事もできない状態に苦しみながら、皆の無事を信じるしかなかった。
だが今、状況は大きく変わった。
ロッソで蒼の世界へと転移できる可能性が生まれたのだ。
――ならば自分はやはり、この機会を逃す訳にはいかない。
(転移の成功確率は6割ほど……。さらにリアルブルーからクリムゾンウェストに戻ろうと思えば4割。まぁ、それだけあるなら十分でしょう。戦闘中に転移という、もっと低そうな確率の転移に成功してるのですから、きっと今回だって――いけるはず)
確固たる意志を秘めた双眸は、世界を越えて、蒼を見据える。
“私は帰る、必ずあの世界へ”
待っている者達の顔を思い浮かべながら、そう誓うのだった。
「真夕ちゃんっ、紅葉ちゃんーっ♪」
真夕と紅葉の姿を見つけた途端走ってきたロザリーナは、満面の笑顔で手を振りながら駆け寄った。
そして指を絡ませるように手を繋ぐ二人の仲睦まじさを見て――
「ふふ、相変わらずらぶらぶね?」
思わずきゃっきゃと嬉しがると、紅葉が頬を赤く染める。
真夕はそんな恋人が可愛くて癒されていたら……そうだ! と、思い出し、ロザリーナに報告した。
「そうそう。私、紅に残る事にしたわ」
「えっ!? 本当?」
するとロザリーナの目が輝く。
「ええ。私の蒼への想いは、蒼の世界に赴く人達に託そうと思うの。そして彼ら彼女達の紅への想いを、任されるつもり」
そう聞いた瞬間、真夕と紅葉の手を取った。
そして心からの喜びを、嬉しさを、目一杯伝え、幸せそうな笑顔をみせていた。
「あっ、そーそー! りおちゃん? もし何か、……そうね。何か思い詰まった時があったら遠慮なく! このロゼさんに相談なさい? オネェさんがちゃーんと聞いてあげる! ……いいわね?」
「なんだよ。急に改まって……」
「ほら、生活環境が変化したばかりって、悩みが付き物でしょう? それに……りおちゃんって尖ってるように見えて、心は兎ちゃんなんだものぉ」
「はぁッ!? う、兎っ!?」
「ふふ、冗談よv 冗談v」
ヴァレーリオがしかめっ面をすると、ロスはくすっと笑った。
「でも、オネェさんが心配しているのは本当。だからね、なんでも言って頂戴?」
「……」
ヴァレーリオはじと目でロスを見た。だが、
分かったよ。でもそりゃまた今度な――と、口にする。
そして、ぽつりと零した。
「使命……果たせるといいな」
――と。
ロスの紅に残る意思は揺るがない。
これから多くの人々が蒼に帰還するのだとしても。
もう二度と蒼に帰還できるチャンスが巡ってこないかもしれないのだとしても。
脳裏に過った不安も、様々な想いも、全て飲み込んで……。
ロスは微笑みながら頷いた。
「ええ。使命は必ず果たすわ。絶対にね」
そうして蒼を想わせる都市に背中を向けて、歩き出す。
人知れず――紅の使命を、胸に抱きながら。
「本当に良いんだよね・・・?」
紅葉がおそるおそる尋ねると、真夕は頷いた。
「私がここにいる理由なら、私の腕の中に全てあるもの」
「……!」
そして優しく抱き寄せて、恋人である紅葉だけに囁く。紅葉は照れるように顔を赤くしつつ、繋いだ手の指の絡みを深めて、腕の中で支える様に引っ付いた。
「ボクね……真夕には頼って欲しいし、甘えて欲しい。一人で悩むのも、二人なら軽くなるからね。勿論、ボクも、かな? ……う、ちょっと気恥ずかしくはあるけれど」
この先もずっと一緒で、二人で笑いあって支え合っていけるなら……。
とても幸せで、とても嬉しくて。
「……ありがとう。愛してるわ、紅葉」
――二人なら、何だって出来る。
お互いはそう想い合い、傍に居る事を誓った。
俺様は王国生まれの王国育ち。
守りてぇ家族も王国に居て、これから先も王国で生きていく。
そう、思ってたんだ。
……けどよ、ある日大転移でロッソがやって来てからというもの、色んなもんが変わった。
商人達の取り扱う品も蒼界の物が増えてからはガラッと変わったし、俺様がぎゃるげえに出会ったのだって、その関係が深い。
そしてこれから先も、色んなもんが変わっていくのだろう。
だからこそ俺様はその変化を確認していきてぇし、参加してみてぇと思った。
学びてぇんだ。
生活に根差した蒼界の道具とか、生活様式とか、どうやって金を回してるのかとか色々を。
だが世の中そんなに甘くはねぇ――この実験にはひとつ大きな問題がある。
それは無事に戻って来れる保障が無ぇって事だ。
蒼に行けるのは嬉しいが、行ったっきり王国に戻って来れねぇんじゃ意味がねぇ。
俺様が守りてぇと、変えていきたいと思うのは王国だ。
冷てぇと想われるかもしれねぇが、リアルブルーじゃない……。
――なら、やめておくか?
そういう選択肢もあるだろう。
……だが。
此処に来て、ロッソの中に丸ごと入ってるっていう都市を眺めて、分かった事がある。
それは紅界に流通してねぇ蒼界のもんの多さへの実感。
そして王国の商業を変えられる“確信”だ。
俺は、ジャック・J・グリーヴは……
俺様で、ジャック・J・グリーヴ様であるべきなんだ
ジャック様ならよ……
こんな事で悩むなんざ、全くもってらしくねぇ
もっと我を通してこそ、
常に不敵でこそ、ジャック様なんだ
蒼で学んだ知識を活かして王国をより良くしていきたい。
誰もが明日の飯の心配しねぇ――貧困に喘がず笑って生きていける、そんな国にする為に。
でけぇ一歩を踏み出せるなら、俺様は……
「上等だぜ、リアルブルー……!」
一寸先は闇だろうがなんだろうが、ンなもん取っ払うぐれぇの気概で居てやるぜ。
実験が成功するかとか、何が起こるかなんて、今の時点じゃあ誰にも分からねぇ。
――だがそれでも。
俺様は俺様の選択を信じて、一歩、前へ。
(どうしよう。さっきはついつい恥ずかしい事ばっかり言っちゃったなぁ…!)
ミィリアは恥ずかしくなって悶えていた。
だが一方で――流の表情は、とても穏やかだ。
「そうだ。次の春……共に桜を見に行かないか?」
ミィリアは目を丸くした。
今は未だ遠い、次の春。
今は未だ遠くて、だからこそ嬉しい約束。
「うんっ!」
“ミィリアはあなたの居場所になれますか?”
――それはまだ、怖くて聞けやしないけれど。
一つ言えるのは。
季節は廻り、移ろうとも・・
約束する。
あなたの傍に、共に居ると。
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最終発言 2016/07/17 22:48:50 |