ゲスト
(ka0000)
雨上がりの水辺にて
マスター:音無奏
オープニング
ずっと雨宿りしてたせいか、久しぶりの日差しが眩しい。
足下には輝く水たまり、一際大きいのを飛び越えようとした子供が派手に水しぶきを上げ、ずぶ濡れになって仲間たちと笑っている。
「悪いね、雨で川が増水したから町への橋が流されちゃってさ。天気も落ち着いてきて、さっき仮設の橋が出来たって連絡が来たんだ」
ハンターオフィスから依頼先の町へと向かう、路上。
今回の依頼はとある町近くの川に発生した雑魔の討伐で、向かっている途中だった。
ハンター達の先頭を歩くのはまだ16才と言った見た目の少年だ、名をイオと名乗っていた。
肩を越えるくらいの茶髪を首の後ろでまとめ、残りはざっくばらんに切っている。かなりのくせっ毛なのか、あちこち跳ねまくってる様子はなんとなく柴犬を連想させた。
彼は町の使いでハンターオフィスに依頼を出しに来たらしい、そのまま雨に遭遇し、橋が崩れて戻れなくなったようだ。それでついでとばかりにハンター達の道案内を引き受ける事になった。
「うちは工房町なんだ、だから大量に水が必要で……小さい町だけど、その割に整備された水道が町の中を流れている」
ただ、その分騒音もかなりのものなので町を二つに分けたらしい。上流の工房区、下流の生活区だ。
「行き来するのに片道15分程度だけど、必ず川の近くを通る必要がある。化けモンがいるとおちおち渡れやしないから、先生たちに退治してもらおうと思ってさ」
先生? とハンター達は首をかしげる、恐らくは自分たちのことだと思うのだが。
ハンター達の困惑に気づかず、イオは話を続ける。
彼の話だと雑魔は空中と水中を自由に泳ぐ蛇のような奴で、水を利用した逃走と奇襲を好む、水から出る際には一時的に大規模な水流を発生させ、相手をよろめかせた後に水の中に引きずり込むらしい。
「中々すばしっこい奴で、臆病な感じもした。あんま脅かしすぎると逃げられるかもな、でもほら、先生たちなら一気に仕留める事も出来るだろ?」
そんな話をしてる間に―――例の仮設橋が見えてきた。
「ボロいけどちゃんと渡れるかな……俺が乗って試してみようか?」
えっ、と顔を見合わせたハンター達に、イオは板をつなげて固定しただけの橋を指差す。
「だって先生達は装備つけてるし……あー、いや、先生達が重くて橋が壊れるとかじゃなくてな……一番身軽な俺が強度を確認した方が安全だろ?」
身長は170を少し超えたくらい、かなりの痩せ型だから間違いなく軽いだろう。
目視では服を入れても50kg前後か、強度を確認するだけなら確かに妥当な体格に思えた。
「大丈夫だよ、例のやつはもっと上の方に出るんだ。それにほら、何かあるにしても先生達の目の前だろ?」
そして、ハンター達の方を向いたまま橋に向かって一歩踏み出して―――。
足下には輝く水たまり、一際大きいのを飛び越えようとした子供が派手に水しぶきを上げ、ずぶ濡れになって仲間たちと笑っている。
「悪いね、雨で川が増水したから町への橋が流されちゃってさ。天気も落ち着いてきて、さっき仮設の橋が出来たって連絡が来たんだ」
ハンターオフィスから依頼先の町へと向かう、路上。
今回の依頼はとある町近くの川に発生した雑魔の討伐で、向かっている途中だった。
ハンター達の先頭を歩くのはまだ16才と言った見た目の少年だ、名をイオと名乗っていた。
肩を越えるくらいの茶髪を首の後ろでまとめ、残りはざっくばらんに切っている。かなりのくせっ毛なのか、あちこち跳ねまくってる様子はなんとなく柴犬を連想させた。
彼は町の使いでハンターオフィスに依頼を出しに来たらしい、そのまま雨に遭遇し、橋が崩れて戻れなくなったようだ。それでついでとばかりにハンター達の道案内を引き受ける事になった。
「うちは工房町なんだ、だから大量に水が必要で……小さい町だけど、その割に整備された水道が町の中を流れている」
ただ、その分騒音もかなりのものなので町を二つに分けたらしい。上流の工房区、下流の生活区だ。
「行き来するのに片道15分程度だけど、必ず川の近くを通る必要がある。化けモンがいるとおちおち渡れやしないから、先生たちに退治してもらおうと思ってさ」
先生? とハンター達は首をかしげる、恐らくは自分たちのことだと思うのだが。
ハンター達の困惑に気づかず、イオは話を続ける。
彼の話だと雑魔は空中と水中を自由に泳ぐ蛇のような奴で、水を利用した逃走と奇襲を好む、水から出る際には一時的に大規模な水流を発生させ、相手をよろめかせた後に水の中に引きずり込むらしい。
「中々すばしっこい奴で、臆病な感じもした。あんま脅かしすぎると逃げられるかもな、でもほら、先生たちなら一気に仕留める事も出来るだろ?」
そんな話をしてる間に―――例の仮設橋が見えてきた。
「ボロいけどちゃんと渡れるかな……俺が乗って試してみようか?」
えっ、と顔を見合わせたハンター達に、イオは板をつなげて固定しただけの橋を指差す。
「だって先生達は装備つけてるし……あー、いや、先生達が重くて橋が壊れるとかじゃなくてな……一番身軽な俺が強度を確認した方が安全だろ?」
身長は170を少し超えたくらい、かなりの痩せ型だから間違いなく軽いだろう。
目視では服を入れても50kg前後か、強度を確認するだけなら確かに妥当な体格に思えた。
「大丈夫だよ、例のやつはもっと上の方に出るんだ。それにほら、何かあるにしても先生達の目の前だろ?」
そして、ハンター達の方を向いたまま橋に向かって一歩踏み出して―――。
リプレイ本文
雨に濡れたせいか、世界はいつもより瑞々しく見える。
足に伝わる水を含んで柔らかくなった土の感触、湿気を経由して嗅覚に満ちる強い植物の匂い。
何も口にしなかったが、雨を告げる鳥(ka6258)は密かに満足感を覚えて―――。
前を賑やかに進んでいく一行に視線を戻した。
始まりから少し時間を遡った、水辺。
先頭にイオ、その隣にジャック・J・グリーヴ(ka1305)、少し後ろをカール・フォルシアン(ka3702)が歩いて――その後ろに賑やかな女子三人、最後尾にレインと続く。
「トッテモ良く晴れたネっ」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)の声にジャックが振り向く、同じように気づいたパティが屈託のない笑顔を見せると、ジャックは落ち着きがなさそうにおう……と口ごもってまた顔を引っ込めてしまった。
「先生大丈夫かー?」
隣を歩くイオが顔を上げて問う、そんな彼に視線を移し、ジャックは決まりが悪そうに頭をかいて。
「いや……」
ちょっと後ろが眩しくてな、と小さく呟く。
振り向かなくても後ろの気配は伝わってくる。希望、未来、天真爛漫、そんな光の欠片を凝縮したような三人だ、憧れを通り越して後ろめたさすら感じてしまう。
「パティたちはネ、どーきゅーせーなんダヨ。イオも同い年くらい?」
今度はイオが振り返って三人にそれぞれ視線を向ける。
ミコト=S=レグルス(ka3953)、……ちまい。とは言え頼りなさや幼さなどはなく、快活な様子と背中に背負った大剣から小回りの利くファイターというイメージの方が強い。
ミコトから少し視線を上げてリツカ=R=ウラノス(ka3955)、艶のある黒髪を二つに結い、レースをたっぷりあしらったドレスの上にアーマーを重ねている、余り着慣れてないのか、他の二人に比べるとやや落ち着きがない。ショートパンツとかに着替えたら活力を取り戻すんじゃないだろうかと思うが、イオにはおしゃれを気にする微妙な乙女心はわからなかった。
そして視線を更に上げてパティだ、リアルブルー特有の学生服のままで、三人の中では一番大人びて見える、同級生だと言っていたから彼女を基準にするなら確かに同い年くらいだろう。
三人に会釈して、イオは視線をまた前に戻す、ジャックの方を見上げて。
「先生って女慣れしてn」
「そんな事はない!!」
生意気な事を口走りかけたイオの首にジャックの腕が回る、うわーとイオが叫べば後ろについていたカールまでが慌てて「ジャックさん!」と止めに入った。
「降参! ギブ!」
「よろしい」
ジャックが笑ってイオを放す。イオからは罰の悪そうなはにかみが、カールからは安堵したような気配が伝わってくる。
くだらない冗談で居心地の悪さがほぐれるのを感じる、女性たちに感じる敷居も少しは下がった気がした。
……こいつらがいてくれて良かった、そんな言葉を心に浮かべながら。
そして、橋の手前。
橋へと踏み出そうとしたイオを、複数の手が遮った。
と言うよりは、ほぼ全員に止められた。
「待ってください、上流にいるのが降りてきている可能性もありますから」
カールの言葉にレインが頷く。此処は件の雑魔が出るという川の下流だ、そして今まで雨が降っていて、人々は川に近づきすらしなかったに違いない。
橋が流されるほどの川の増水もあり―――食料的にも、地理的にも条件は揃っている、雑魔が移動している可能性は警戒して当然だった。
「だから、僕達の中から体重軽い人が先に渡りませんか?」
カールの一言に、最初から乗るつもりのないレインを除いた女性陣が凍りついた。
カールは『軽い人から誰か』と言ったのだが、女性陣には『この中で重くない人』に聞こえたらしい、それぞれが不自然に明後日の方向を向いている。
「おおおオモクナイヨ?」
「ああああ当たり前じゃん!?」
「パティもだいじょーぶダヨー」
最後はちゃんと理解出来てるか怪しい、唐突にカタコトになった女性陣にカールはあれ? と首を傾げる、うっすらとした感覚が自分に何か言う事を禁じていた、即ち『この中なら自分が一番軽い』と。
黙りっぱなしだったジャックがイオに視線を向ける、当然のようにイオも黙ったままで、ジャックの視線に気づくと唇に指を当てて『喋ると死ぬ』みたいなジェスチャーをした。
埒が明かない、レインは一つ息をつき、恐らくは彼女が適任だと思ったのだろう人物の名を呼ぶ。
「……ミコト=S=レグルス」
「ははは、はいなっ」
名を呼ばれ、なんとか通常モードに戻ったミコトが背中から剣をおろし、進み出た。
「私は行使する、万物流転の命脈を渡る加護を」
レインの足下に水面が出現し―――レインを中心に波紋を帯びて、直後に現れた七芒星の一角が水色の光を灯した。
ウォーターウォーク、水上を歩くための魔法。光がミコトに宿ると、レインは彼女と顔を見合わせて頷いた。
―――行って来いと。
レインはそれ以上説明する必要を感じなかったし、ミコトもその意図を正確に理解した。ロープを身につけ、命綱としてリツカに端を持っててもらう。覚悟を決めると橋に足を載せ、体重をかけた。
―――大丈夫、耐えられる。
装備ごと体重をかけても問題ないのを確認する。薄紅の瞳が色を変え、スキルの力を宿したミコトはしっかりした足取りで橋の上を渡っていく。
改めて見るとやはりこの川はでかい、橋に手すりはなく、剣を振り回すには都合がいいが押された時に掴まるものもない、落水しない魔法がかかっているとは言え多少の緊張は残っていた。
時折水面に視線を向けながら10mほど歩き―――気配を感じてとっさに身を引いた。
水を撒き散らす大声量を響かせながら、肩の辺りを大きな牙と、蛟の胴体がかすっていく。
近くを抜けただけでふらつきそうな衝撃、一瞬だけ見たのは錆灰色の水に紛れる姿、胴周りはミコト本人と同じか、ややでかいくらいだろう。
しっかりと踏みとどまりながら、ミコトはちらりと後ろを見る。
橋の上で戦うなら奥に向かって重量を分散した方がいい、しかしその場合捕まえて陸側に戻るのが難しくなる、下手に全力疾走したら重さの調整が間に合わずに橋が落ちかねない。
少し考えて、ミコトは重量分散のために奥へ向かう事を決めた。何なら捕まえた後に水の上を走ればいいのだ。
ミコトが奥に向かったのを見て、カールも橋の上に踏み出した。
保険、もしくは後詰。ミコトが上手く位置取りをしたため、岸側からの射線が取りやすくなる。
今の所見える敵は一体だ、後ろではレインが他の人の分のウォーターウォークを詠唱し始め、パティの敷いた生命感知の結界が橋を中心に川を覆った。
「潜伏ナシ……カナ?」
少なくともパティの感覚では他の方角からの『凶』は見えなかったし、魚が不自然にどこかを避けているような気配もしない。随時注意するが、当面の敵は一体だと思っていいだろう。
「うー……もどかしいなぁっ……!」
制限のある戦場とはなんとも歯がゆい、リツカは銃を構え、ミコトが交戦する合間を縫って射撃を加えていく。
ミコトに気を取られているのか、じわじわと削っていく分には飛び武器でも逃げられる様子がない。そういえば事前情報で『一方的』じゃなければ平気だと言われてた気がする、最初は牽制だけのつもりだったが、もう少し派手に行っても良さそうだった。
「私は詠唱する―――流転の精霊の加護よ、再び宿れ」
「おっし!」
今度はジャックがレインから術を貰い、橋を避けて水の上に踏み出した。
通常なら踏み抜く所だが、レインの魔法は水を足場としてくれる。雲を渡っているような、生き物の背中にいるような、不思議な感覚。数歩でバランス感覚を取り、ミコトが戦ってる場所まで駆ける。
「女子供を傷付かせるワケにゃいかねえんだよ!!」
「えーーーー!?」
代わりに囮になろうとした瞬間、不満の声を上げたのは当のミコトだった。
「庇われるより助けられた方が嬉しいですしっ!?」
抗議する傍らミコトは戦いの腕を止めない、女の子は難しい。
「ミコ!」
パティの合図に合わせ、わざと先手を取らせたミコトが蛟の噛みつきに大剣をあわせる。
攻撃を止めたところで片手に持ち変え、鉤爪を一撃。武器で敵を抱え込む形になったミコトは、そのまま岸側に向けて全力疾走を始める。ピチピチしてて持ちにくいが、食い込んでる武器はそうそう抜けない、陸側に叩きつけようとした瞬間―――いきなり増水した川が津波となって全員を呑み込んだ。
「!?」
誰かが叫んだかもしれないが、それは全て水に飲み込まれた。
魔法のかかっている二人も無事といえるかどうか怪しい、いきなり足場が傾き、水に沈む事もできずに投げ出されたはずだ。
陸に放り出されかけた蛟が水を呼んだのだろう、水棲生物と考えれば概ね納得の行く行動ではあった。
リツカは水の中に放り出されていた。
陣形が崩れ、混乱の中で誰がどこにいるのかもわからなくなる。まだ魔法のかかっていなかったリツカはどうにか水から抜けだそうとするが、視界を取り戻す前に腹を衝撃が襲った。
「かはっ……!」
腹に何かが巻き付き、抵抗も出来ずに水に引きずり込まれる。少し水を飲んだが、なんとか息を止める事は出来た。
蛟の標的になったらしい、でも、考えてみれば。
(好都合……!)
何しろリツカは近接の方が得意だ、パティやレイン、イオが標的になる可能性もあった事を考えると、自分の所に来てくれたのはむしろ都合がいい。
蛟の胴体をつかむ、事前に掌にロープを巻いてたおかげか思ったよりは滑らない。水が引いてきたのか、足も地面に届くようになっていた。
水が引いた後、カールは素早く状況を把握した。
川の中には引きずり込まれたらしきリツカ、奥にジャックとミコト、岸の上にいたパティとレイン、そしてイオはずぶ濡れにはなっていたが水を飲む以外のダメージは受けてないようだった。
(……しかし、まぁ)
標的にリツカが選ばれたため、結果的にこちらに有利な陣形になった。畳み掛けるなら今しかないと踏む、全員で囲んでる今ならそうそう逃がしはしない。
「レインさん、僕にウォーターウォークを!」
当初の予定にはなかったが、レインは聞き返さずにワンドをかざしてくれた。
カールの靴に羽根が生え、同時にレインの魔法がかかって体が水色の光に包まれる、水に踏み出すと同時に蹴られた水面から白花のようなしぶきが立った。
「はわっ、カールマデ……!」
正直羨ましい、というのがパティの思いだ。必要がなくてもやってみたい、だって楽しそうである、というか水の上を全力疾走し、蒼翼靴で羽根を散らしながら飛び上がるカールがめっちゃ楽しそうだった。
視界の先でリツカが蛟を振りほどく、間合いを取って剣を一閃、リツカの剣がウロコの上から蛟を薙ぎ、攻撃を受けてのたうち回る蛟にジャックが接敵する。
「よっと……!」
盾で蛟の体を受け止め、シールドバッシュ。蛟の体は思ったより重く、肩を入れるようにして勢いをつけて無理やり押し出した。
(……そろそろカナ?)
ずっと様子を見ていたパティの符が空中に放たれる。臆病な敵への対処法は一つ、逃げられる前に畳み掛ける事だ。
だから、少しの間だけ好きに逃げさせた、その後連続行動で畳み掛けられるように。
「ふっふー。逃さないんダヨ、ミズチちゃん♪」
タイミングを確信して、パティの符から雷が落ちた。穿たれた蛟は弾き飛ばされ、カールの方に飛ぶ。
一瞬だけ目を見開いたカールは、その後きっと真剣な表情を見せ、障壁を張り巡らせた。
蛟の体がカールに触れる直前、激しい閃光と何か競り合うような衝撃音が起きる。一瞬の後、やや黒く焦げて硬直した蛟が跳ね飛ばされた。
動きが止まった、それは確信出来る。だからカールは声を上げ―――。
「レインさん!」
声を投げかける先ではレインが既に魔法陣を広げていた、浮かぶ七芒星には一角が橙色の光を放っている。
「―――私は応える、地に眠る者よ。全てを食らう顎となれ」
魔力を溜めていたレインの一撃が、蛟を食い破った。
―――雑魔の消滅を確認した。
幸い大きな被害もなく、リツカが引きずり込まれた時に締め上げられたのが一つ、それ以外だとジャックとミコトを除いたメンバーが盛大に水をかぶった位だった、それも夏の強い日差しの元で生乾きになりつつある。
全員の負傷状況を確認して、カールはようやく一息をついた。
「ネネネ、アメツゲちゃん、パティもウォーターウォークかけて欲しいんダヨっ」
横ではパティがレインに妙な事をおねだりしていた、どうやら彼女も水の上を走ってみたりしたいらしい。
「私は思案する、……一度くらいなら構わないと思う、この後他の水路も見て回るためにある程度は温存するべきだと思うが」
「待って待って私もー」
結局水上を走りそこねたリツカまでが混ざり始めた、多分この後リツカが囮を兼ねて水の上を走って見回るあたりに落ち着くのだろう。
依頼の山場は越えたか、とジャックは息をつく。
自分を先生だと慕ってくれるイオも無事で、仲間にも怪我人はいない、万々歳だった。
依頼が終わったら町を案内してくれるか、とイオに声をかければ「いいぜー」って実に気安い返事が返って来る。
「先生、工房に興味あるのか?」
「そうだな……」
興味はある、どっちかというと商談の比重の方が高いが。
誰かが声をかけるでもなく、ハンター達は身だしなみを整えると各々町へと向かって歩き始めた。川の近くを通るというから、残りの雑魔チェックも道沿いでやる事になるだろう。
水辺で暴れまわったせいか、未だ雨上がりのような錯覚。
手を伸ばせば触れられそうな水の気配に、水を得て潤う、滲むような緑の景色。
雲を払って晴れた空を見上げ、レインは目を細める。日差しから目を守るように帽子を下げて―――来た時と同じように、ハンター達の最後尾を歩いて町へと向かっていった。
足に伝わる水を含んで柔らかくなった土の感触、湿気を経由して嗅覚に満ちる強い植物の匂い。
何も口にしなかったが、雨を告げる鳥(ka6258)は密かに満足感を覚えて―――。
前を賑やかに進んでいく一行に視線を戻した。
始まりから少し時間を遡った、水辺。
先頭にイオ、その隣にジャック・J・グリーヴ(ka1305)、少し後ろをカール・フォルシアン(ka3702)が歩いて――その後ろに賑やかな女子三人、最後尾にレインと続く。
「トッテモ良く晴れたネっ」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)の声にジャックが振り向く、同じように気づいたパティが屈託のない笑顔を見せると、ジャックは落ち着きがなさそうにおう……と口ごもってまた顔を引っ込めてしまった。
「先生大丈夫かー?」
隣を歩くイオが顔を上げて問う、そんな彼に視線を移し、ジャックは決まりが悪そうに頭をかいて。
「いや……」
ちょっと後ろが眩しくてな、と小さく呟く。
振り向かなくても後ろの気配は伝わってくる。希望、未来、天真爛漫、そんな光の欠片を凝縮したような三人だ、憧れを通り越して後ろめたさすら感じてしまう。
「パティたちはネ、どーきゅーせーなんダヨ。イオも同い年くらい?」
今度はイオが振り返って三人にそれぞれ視線を向ける。
ミコト=S=レグルス(ka3953)、……ちまい。とは言え頼りなさや幼さなどはなく、快活な様子と背中に背負った大剣から小回りの利くファイターというイメージの方が強い。
ミコトから少し視線を上げてリツカ=R=ウラノス(ka3955)、艶のある黒髪を二つに結い、レースをたっぷりあしらったドレスの上にアーマーを重ねている、余り着慣れてないのか、他の二人に比べるとやや落ち着きがない。ショートパンツとかに着替えたら活力を取り戻すんじゃないだろうかと思うが、イオにはおしゃれを気にする微妙な乙女心はわからなかった。
そして視線を更に上げてパティだ、リアルブルー特有の学生服のままで、三人の中では一番大人びて見える、同級生だと言っていたから彼女を基準にするなら確かに同い年くらいだろう。
三人に会釈して、イオは視線をまた前に戻す、ジャックの方を見上げて。
「先生って女慣れしてn」
「そんな事はない!!」
生意気な事を口走りかけたイオの首にジャックの腕が回る、うわーとイオが叫べば後ろについていたカールまでが慌てて「ジャックさん!」と止めに入った。
「降参! ギブ!」
「よろしい」
ジャックが笑ってイオを放す。イオからは罰の悪そうなはにかみが、カールからは安堵したような気配が伝わってくる。
くだらない冗談で居心地の悪さがほぐれるのを感じる、女性たちに感じる敷居も少しは下がった気がした。
……こいつらがいてくれて良かった、そんな言葉を心に浮かべながら。
そして、橋の手前。
橋へと踏み出そうとしたイオを、複数の手が遮った。
と言うよりは、ほぼ全員に止められた。
「待ってください、上流にいるのが降りてきている可能性もありますから」
カールの言葉にレインが頷く。此処は件の雑魔が出るという川の下流だ、そして今まで雨が降っていて、人々は川に近づきすらしなかったに違いない。
橋が流されるほどの川の増水もあり―――食料的にも、地理的にも条件は揃っている、雑魔が移動している可能性は警戒して当然だった。
「だから、僕達の中から体重軽い人が先に渡りませんか?」
カールの一言に、最初から乗るつもりのないレインを除いた女性陣が凍りついた。
カールは『軽い人から誰か』と言ったのだが、女性陣には『この中で重くない人』に聞こえたらしい、それぞれが不自然に明後日の方向を向いている。
「おおおオモクナイヨ?」
「ああああ当たり前じゃん!?」
「パティもだいじょーぶダヨー」
最後はちゃんと理解出来てるか怪しい、唐突にカタコトになった女性陣にカールはあれ? と首を傾げる、うっすらとした感覚が自分に何か言う事を禁じていた、即ち『この中なら自分が一番軽い』と。
黙りっぱなしだったジャックがイオに視線を向ける、当然のようにイオも黙ったままで、ジャックの視線に気づくと唇に指を当てて『喋ると死ぬ』みたいなジェスチャーをした。
埒が明かない、レインは一つ息をつき、恐らくは彼女が適任だと思ったのだろう人物の名を呼ぶ。
「……ミコト=S=レグルス」
「ははは、はいなっ」
名を呼ばれ、なんとか通常モードに戻ったミコトが背中から剣をおろし、進み出た。
「私は行使する、万物流転の命脈を渡る加護を」
レインの足下に水面が出現し―――レインを中心に波紋を帯びて、直後に現れた七芒星の一角が水色の光を灯した。
ウォーターウォーク、水上を歩くための魔法。光がミコトに宿ると、レインは彼女と顔を見合わせて頷いた。
―――行って来いと。
レインはそれ以上説明する必要を感じなかったし、ミコトもその意図を正確に理解した。ロープを身につけ、命綱としてリツカに端を持っててもらう。覚悟を決めると橋に足を載せ、体重をかけた。
―――大丈夫、耐えられる。
装備ごと体重をかけても問題ないのを確認する。薄紅の瞳が色を変え、スキルの力を宿したミコトはしっかりした足取りで橋の上を渡っていく。
改めて見るとやはりこの川はでかい、橋に手すりはなく、剣を振り回すには都合がいいが押された時に掴まるものもない、落水しない魔法がかかっているとは言え多少の緊張は残っていた。
時折水面に視線を向けながら10mほど歩き―――気配を感じてとっさに身を引いた。
水を撒き散らす大声量を響かせながら、肩の辺りを大きな牙と、蛟の胴体がかすっていく。
近くを抜けただけでふらつきそうな衝撃、一瞬だけ見たのは錆灰色の水に紛れる姿、胴周りはミコト本人と同じか、ややでかいくらいだろう。
しっかりと踏みとどまりながら、ミコトはちらりと後ろを見る。
橋の上で戦うなら奥に向かって重量を分散した方がいい、しかしその場合捕まえて陸側に戻るのが難しくなる、下手に全力疾走したら重さの調整が間に合わずに橋が落ちかねない。
少し考えて、ミコトは重量分散のために奥へ向かう事を決めた。何なら捕まえた後に水の上を走ればいいのだ。
ミコトが奥に向かったのを見て、カールも橋の上に踏み出した。
保険、もしくは後詰。ミコトが上手く位置取りをしたため、岸側からの射線が取りやすくなる。
今の所見える敵は一体だ、後ろではレインが他の人の分のウォーターウォークを詠唱し始め、パティの敷いた生命感知の結界が橋を中心に川を覆った。
「潜伏ナシ……カナ?」
少なくともパティの感覚では他の方角からの『凶』は見えなかったし、魚が不自然にどこかを避けているような気配もしない。随時注意するが、当面の敵は一体だと思っていいだろう。
「うー……もどかしいなぁっ……!」
制限のある戦場とはなんとも歯がゆい、リツカは銃を構え、ミコトが交戦する合間を縫って射撃を加えていく。
ミコトに気を取られているのか、じわじわと削っていく分には飛び武器でも逃げられる様子がない。そういえば事前情報で『一方的』じゃなければ平気だと言われてた気がする、最初は牽制だけのつもりだったが、もう少し派手に行っても良さそうだった。
「私は詠唱する―――流転の精霊の加護よ、再び宿れ」
「おっし!」
今度はジャックがレインから術を貰い、橋を避けて水の上に踏み出した。
通常なら踏み抜く所だが、レインの魔法は水を足場としてくれる。雲を渡っているような、生き物の背中にいるような、不思議な感覚。数歩でバランス感覚を取り、ミコトが戦ってる場所まで駆ける。
「女子供を傷付かせるワケにゃいかねえんだよ!!」
「えーーーー!?」
代わりに囮になろうとした瞬間、不満の声を上げたのは当のミコトだった。
「庇われるより助けられた方が嬉しいですしっ!?」
抗議する傍らミコトは戦いの腕を止めない、女の子は難しい。
「ミコ!」
パティの合図に合わせ、わざと先手を取らせたミコトが蛟の噛みつきに大剣をあわせる。
攻撃を止めたところで片手に持ち変え、鉤爪を一撃。武器で敵を抱え込む形になったミコトは、そのまま岸側に向けて全力疾走を始める。ピチピチしてて持ちにくいが、食い込んでる武器はそうそう抜けない、陸側に叩きつけようとした瞬間―――いきなり増水した川が津波となって全員を呑み込んだ。
「!?」
誰かが叫んだかもしれないが、それは全て水に飲み込まれた。
魔法のかかっている二人も無事といえるかどうか怪しい、いきなり足場が傾き、水に沈む事もできずに投げ出されたはずだ。
陸に放り出されかけた蛟が水を呼んだのだろう、水棲生物と考えれば概ね納得の行く行動ではあった。
リツカは水の中に放り出されていた。
陣形が崩れ、混乱の中で誰がどこにいるのかもわからなくなる。まだ魔法のかかっていなかったリツカはどうにか水から抜けだそうとするが、視界を取り戻す前に腹を衝撃が襲った。
「かはっ……!」
腹に何かが巻き付き、抵抗も出来ずに水に引きずり込まれる。少し水を飲んだが、なんとか息を止める事は出来た。
蛟の標的になったらしい、でも、考えてみれば。
(好都合……!)
何しろリツカは近接の方が得意だ、パティやレイン、イオが標的になる可能性もあった事を考えると、自分の所に来てくれたのはむしろ都合がいい。
蛟の胴体をつかむ、事前に掌にロープを巻いてたおかげか思ったよりは滑らない。水が引いてきたのか、足も地面に届くようになっていた。
水が引いた後、カールは素早く状況を把握した。
川の中には引きずり込まれたらしきリツカ、奥にジャックとミコト、岸の上にいたパティとレイン、そしてイオはずぶ濡れにはなっていたが水を飲む以外のダメージは受けてないようだった。
(……しかし、まぁ)
標的にリツカが選ばれたため、結果的にこちらに有利な陣形になった。畳み掛けるなら今しかないと踏む、全員で囲んでる今ならそうそう逃がしはしない。
「レインさん、僕にウォーターウォークを!」
当初の予定にはなかったが、レインは聞き返さずにワンドをかざしてくれた。
カールの靴に羽根が生え、同時にレインの魔法がかかって体が水色の光に包まれる、水に踏み出すと同時に蹴られた水面から白花のようなしぶきが立った。
「はわっ、カールマデ……!」
正直羨ましい、というのがパティの思いだ。必要がなくてもやってみたい、だって楽しそうである、というか水の上を全力疾走し、蒼翼靴で羽根を散らしながら飛び上がるカールがめっちゃ楽しそうだった。
視界の先でリツカが蛟を振りほどく、間合いを取って剣を一閃、リツカの剣がウロコの上から蛟を薙ぎ、攻撃を受けてのたうち回る蛟にジャックが接敵する。
「よっと……!」
盾で蛟の体を受け止め、シールドバッシュ。蛟の体は思ったより重く、肩を入れるようにして勢いをつけて無理やり押し出した。
(……そろそろカナ?)
ずっと様子を見ていたパティの符が空中に放たれる。臆病な敵への対処法は一つ、逃げられる前に畳み掛ける事だ。
だから、少しの間だけ好きに逃げさせた、その後連続行動で畳み掛けられるように。
「ふっふー。逃さないんダヨ、ミズチちゃん♪」
タイミングを確信して、パティの符から雷が落ちた。穿たれた蛟は弾き飛ばされ、カールの方に飛ぶ。
一瞬だけ目を見開いたカールは、その後きっと真剣な表情を見せ、障壁を張り巡らせた。
蛟の体がカールに触れる直前、激しい閃光と何か競り合うような衝撃音が起きる。一瞬の後、やや黒く焦げて硬直した蛟が跳ね飛ばされた。
動きが止まった、それは確信出来る。だからカールは声を上げ―――。
「レインさん!」
声を投げかける先ではレインが既に魔法陣を広げていた、浮かぶ七芒星には一角が橙色の光を放っている。
「―――私は応える、地に眠る者よ。全てを食らう顎となれ」
魔力を溜めていたレインの一撃が、蛟を食い破った。
―――雑魔の消滅を確認した。
幸い大きな被害もなく、リツカが引きずり込まれた時に締め上げられたのが一つ、それ以外だとジャックとミコトを除いたメンバーが盛大に水をかぶった位だった、それも夏の強い日差しの元で生乾きになりつつある。
全員の負傷状況を確認して、カールはようやく一息をついた。
「ネネネ、アメツゲちゃん、パティもウォーターウォークかけて欲しいんダヨっ」
横ではパティがレインに妙な事をおねだりしていた、どうやら彼女も水の上を走ってみたりしたいらしい。
「私は思案する、……一度くらいなら構わないと思う、この後他の水路も見て回るためにある程度は温存するべきだと思うが」
「待って待って私もー」
結局水上を走りそこねたリツカまでが混ざり始めた、多分この後リツカが囮を兼ねて水の上を走って見回るあたりに落ち着くのだろう。
依頼の山場は越えたか、とジャックは息をつく。
自分を先生だと慕ってくれるイオも無事で、仲間にも怪我人はいない、万々歳だった。
依頼が終わったら町を案内してくれるか、とイオに声をかければ「いいぜー」って実に気安い返事が返って来る。
「先生、工房に興味あるのか?」
「そうだな……」
興味はある、どっちかというと商談の比重の方が高いが。
誰かが声をかけるでもなく、ハンター達は身だしなみを整えると各々町へと向かって歩き始めた。川の近くを通るというから、残りの雑魔チェックも道沿いでやる事になるだろう。
水辺で暴れまわったせいか、未だ雨上がりのような錯覚。
手を伸ばせば触れられそうな水の気配に、水を得て潤う、滲むような緑の景色。
雲を払って晴れた空を見上げ、レインは目を細める。日差しから目を守るように帽子を下げて―――来た時と同じように、ハンター達の最後尾を歩いて町へと向かっていった。
依頼結果
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面白かった! | 6人 |
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- 金色のもふもふ
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 カール・フォルシアン(ka3702) 人間(リアルブルー)|13才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2016/07/26 13:02:17 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/07/21 23:07:38 |