【闘祭】決勝トーナメント・ミドルリーグ

マスター:WTRPGマスター

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
5~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
4日
締切
2016/07/25 19:00
完成日
2016/08/08 18:52

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

『武闘大会イベント【闘祭】もついにクライマックス! 決勝リーグの開催です!』
 響き渡る竹村 早苗(kz0014)のマイク越しの声に続き、観客席からは歓声が上がる。
 リゼリオの特設ステージのボルテージは今、まさに最高潮に達しようとしていた。
 観光客の数は例年と比べるべくもない。この熱気を支えている物、それは武闘大会!
『皆の者、よくぞここまで戦い抜いてくれた! ソサエティ総長として誇りに思うぞ!』
『とまあ、そんな前置きはみんな聞き飽きてるだろうけどな』
 スメラギ(kz0158)がため息交じりに語ると、ナディアもそれに同意するように頷く。
『まあ一応アレじゃの。お約束っていうか、急に始まらない為の前置きっていうかの』
『それはもう十分だよな? それじゃあ野郎共、早速最高のハンターどもを紹介していくぜ!!』
『スメラギ様、ヤケになってない?』

『ミドルリーグの勇者たち、今入場です! Aブロック勝者! 誰にも奴を止められない! 鋼の筋肉、バリトン選手ーーーー!!』
 バリトン(ka5112)の筋骨隆々とした巨体がゲートをくぐると、わっと観客席が湧き上がる。
『でかァーーい! 説明不要ッ! 身長208㎝、体重104㎏ッ!! 77歳の外見にして、全く肉体に衰えは見えません!!』
『マッチョのじじいとか最高じゃな!』
『お前の男の趣味、迷走してねぇか?』
『これまでの試合でも圧倒的なパワーを誇る肉体を前面に、ガツン、ガツンと男らしいバトルを見せてくれました。王国勢希望の星です!』
『元傭兵という経歴も実戦経験を表しているな。武闘大会という舞台で最も映えるハンターかもしれないぜ』
『筋肉をじっくりと拝見したいの~』
『続きましてBブロックより登場! ポートレートも配布中! 霧の魔女型アイドル、ヴィルマ・ネーベルーーーー!!』
「……んん!? 今何か、意図せぬ紹介をされたような……気のせいかの?」
 ドヤ顔で紹介を聞いていたヴィルマ・ネーベル(ka2549)だが、困惑しながらの登場となった。
『外見年齢20歳、身長151㎝、体重秘密! 圧倒的な魔法威力でこれまでの試合を制してきたヴィルマ選手! 人によってはだいぶハントしてる顔です!』
『ヴィルマグッズを販売してソサエティも一儲けしたいっていう次第。ちなみにわらわと一緒にしゃべるとややこしいゾ』
『帝国オッズの期待を背負って今登場です! 皆様試合をご観覧の際には、是非ヴィルマグッズをお買い求めください!』
『お前ら……』
『続きましてCブロック! 地球からやってきたフィルメリア・クリスティアーーーー!!』
『フィルメリアは予選決勝でも見た顔だな。ギルドの後輩を破っての進出だ、是非頑張って貰いたいぜ』
『身長174㎝、外見年齢25歳! 機導術を駆使し、遠近共に戦える魔法剣士! どんなハンターが相手でも怖いものなーーし!!』
 モデルのように颯爽と歩くフィルメリア・クリスティア(ka3380)に口笛が飛び交う。
『まあ、あれじゃな。試合と言ったらある意味お約束というか、こういう美女が必要じゃからな』
『お前外見ばっかりだな……実は地球勢はかなり少ないんでな。オッズ的には一身に期待を受ける立場にあるぜ』
『何かサルヴァトーレ・ロッソとリアルブルーに関する戦いが始まりそうな予感もするが、とりあえずこっちを頑張って欲しいのじゃ』
『続きまして、Dブロック! 多くの戦いを頑強さと魔法で退けてきた聖導士! 顔と名前が一致しない男、シガレット=ウナギパイ選手ーーーー!!』
 シガレット=ウナギパイ(ka2884)はひらひらと手を振り、いつも通りにのしのしと歩いてくる。
『身長177㎝、体重55㎏、外見年齢32歳!! セイントヤンキー、ウナパイ先輩、同盟勢から堂々と登場です!!』
『逆に俺様の中ではかなり顔と名前が一致し始めてるんだが』
『セイントヤンキーっていう表現がわらわの中でツボすぎてつらい……』
『シガレットは不運でクリティカル貰ったり、戦術がうまくはまらず翻弄されたりすることもあったが、それを覆して余りある自力の持ち主。サラっと優勝する可能性はあるぜ』
『シガレットグッズも売り出してソサエティの資金源としたいので、皆ウナギパイを買って帰って欲しい』
『そして最後に、敗者復活戦より登場! マーーーッシュ、アクラシーーース!!』
 特に観客や解説の声を気に留める様子もなく、マッシュ・アクラシス(ka0771)はステージを目指す。
『混沌とした敗者復活戦を生き残った強運とサバイバル能力は、この決勝戦でどのような力を見せるのでしょうか!? 外見年齢24歳! 身長176㎝! 体重67㎏!! 闇を渡り歩く帝国の狩人、今登場です!』
『敗者復活戦か……いやな……事件じゃったの……』
『誰か死んだみたいに言うな、誰も死んでねぇから。マッシュ本人もギリギリのところでの勝利だったが、そいつが偶然ではなかったことを証明する戦いに期待したいぜ』
『王国、帝国、地球、同盟による戦いか。東方勢が入っておらんぞスメラギの』
『ミドルリーグは実に激戦だった。敗者復活戦含め、誰が勝ってもおかしくなかったからな。東方がないのは、たまたまだ』
『いや辺境もないんですけど……辺境勢と東方勢には残念ですが、個人トトカルチョもありますので、是非最後までお楽しみください!』
 ステージ上に5名の決勝進出者が揃った。いよいよ、ミドルリーグの決勝戦が始まる。
 数多のドラマを生み出してきたこの武闘大会がどのような決着を迎えるのか……。
『今、運命の対戦発表です!!』
 ソサエティの歴史に名を刻む戦いが、始まろうとしていた……!

リプレイ本文


『良い子の皆! 待ちに待ったミドルリーグの決勝トーナメントだよ!』
『……待て、お主、なんで実況席に居るのじゃ』
ナディアの訝しげな声を無視する男――ヘクス・シャルシェレットは実に愉しげに舞台を見渡し。
『解説役に僕が居ないとかありえないよね、興行アンド常識的に考えて。いやまあ、実のところ、そろそろ王国に帰らなくちゃいけないから直前に寄ってみたんだけどさ! スメラギくんにはちょっと休んで貰おうかなっていう配慮もありつつ……楽しそうだったし!』
『お主なあ……』

『さ! くだらない話はおいといて、決勝トーナメント開始開始!』


―・―


『早速だけど、この試合、有利なのは2:1くらいでヴィルマちゃんだね』
『ほう……それでも、オッズよりも随分とマッシュ寄りじゃが?』
トーナメントの初戦は、マッシュ・アクラシス(ka0771)対ヴィルマ・ネーベル(ka2549)。かたや激戦の敗者復活戦を乗り越えたタフガイ、かたや、その魔術の火力のみならず、運用で勝利をもぎ取ってきた自称霧の魔女。彼我のオッズ比は実に10倍を超えていた。
『魔術師は――とくにヴィルマちゃんは火力も射程も凄いけど、有利と同じだけ不利も抱えてる。下馬評ほど、心情は楽じゃないと思うよ。マッシュくんは弓も使ってたから、その点ではこの盤面は都合がいいだろうけど……』

――言ってくれるのぅ。
あけすけな実況に、ヴィルマの胸中に渦巻いていた闘志が熱を増す。
「確かに、敵に回ると厄介極まり無いことも事実じゃが……」
マッシュの人となりは知っている。それ故に、判断が鈍るところだった。冷めた男だが、その分手段を選ばない。ヘクスの言葉通り、ヴィルマの『不利』を衝くことに全力を出してくるだろう。
「じゃが、此処まで来たのじゃ。……我も全力を尽くさなくては、の』
肚を決め、試合開始を待っていた、その時だ。

『なら、何処で差をつけたのじゃ?』
『かわいいから応援したい、っていう所かな!』

格好良く決めた所に、これだ。ヴィルマはギリィ、と奥歯を噛み締めた。


―・―


試合開始を告げる声と同時に、状況は動いた。
『……おお、いきなり来たねえ!』
先手を取ったのは、ヴィルマだった。炎玉の魔術を壁の“上”に撃ちこむ一手。轟々と響く派手な開幕打に、何よりも会場が湧き上がる。
一方で、ヴィルマは油断なく周囲を警戒していた。先のファイアボールは、完全に勘の一撃だ。当たらずとも良い。だが、当たる可能性は決して低くはないともヴィルマは見ている。マッシュは遮蔽を取り、可能な限り近づいてくると予想していた。故に、マッシュが居そうな場所は限られる。
更に、炎の魔術を編む。当たればそれだけで勝利に繋がる。それを厭うて動いても、接近の過程、その《間》が勝機となる。
「我の魔術で絡めとってくれる……! さあ、どう出るのじゃ、マッシュ!」

(「……いやはや」)
一方、マッシュは、というと。
(「……これでは爆炎の魔女です」)
全力で伏せながら、歩を進める。ヴィルマの目論見通り、壁を遮蔽にしながらの接近であった。
再び、爆音。近くで爆ぜる魔術の余波に、より一層《作業》には集中を要した。
万が一にも露見しては、まずい。ヴィルマの方針は都合が良い点も無いでもないが――当たりどころが悪ければ、マッシュが巻き込まれる以外にも、敗北が確定する。
マッシュはこれまで標準装備としていた全身鎧を避け、皮鎧など静音に心を砕いていた。得物は大きいが、全身鎧であれば移動の度に鳴っていたであろう異音を最大限に抑えるべく、軽装だ。
しかし、これで状況がうまくいったとしても、勝算は五分――否、それよりも下、とマッシュは見ていた。
勝負は一瞬で決まる。マッシュにとってはそれは薄氷を踏み越えて、漸く手にすることが出来る機会に相違ない。
(「……はて、さて」)
状況はヴィルマによって強引に動かされようとしているが、マッシュは冷然と準備を進めていた。


―・―


炎球が爆ぜたと、同時のことだった。集中するヴィルマの耳朶に、異音が飛び込んでくる。
硬く澄んだ、金属質のそれ。ヴィルマに近しい壁の裏で響いた、それ。
――此処を押さえた方が、勝利を得る……ならば!
「勝負じゃ、マッシュ!」
マッシュは進むか。後退するか。ヴィルマは進む、と踏んだ。自らの位置が露見した時、マッシュはどう出るか。
仕切りなおしてもよいだろう。だが、それならヴィルマに負けは無い。突進。それからの一撃を、魔術師であるヴィルマは無視出来ない。何より、マッシュはそこに好機を見出すしか無い。
思考は、既に最適化されていた。この闘祭の中で、磨かれてきた戦闘判断だ。
故に、重ねて魔術を打ち込む。スリープクラウドの暗雲が、先程の残響を覆い隠すように顕現したと――同時の事だった。

――――――ッ!

轟、と。歓声が高く上がった。その中で、ヴィルマは確かにその音を拾った。
柔らかく、だが靭やかに地を蹴り奔る、確かな足音。
「そこ……っ!」
右。すぐに魔術を編み、距離を取ろうとする。アースウォール。舞台上から迫り上がる土の壁が、かすかに見えたマッシュの影を覆い隠した。それを遮蔽にヴィルマは距離を取ろうとする。
先程の異音の正体は不明。ただ、マッシュが何らかの《仕掛け》を施して欺瞞したのはすぐに想像ができた。
――ならば、次はない!
此処を、凌ぎさえすれば。故に、全身全霊を込めて、刮目する。マッシュの一挙一投足に対応できるように――命綱である、距離を取らんとした、が。

「―――――届けば、私の勝ち。そうでなければ貴女の勝ち。シンプルですね」
思っていたよりも近くから続く声が、ヴィルマの心を縛り上げる。来る。杖を構えた。身を守るには些か心許ないそれだが、無いよりはまし。
紛れもなく、ヴィルマは戦慄していた。奇策にハマりこんだヴィルマにとって、今、この時、ここは戦場に近しい。マッシュは冷徹に、ヴィルマの命を摘み取ろうと作戦を組みて立てて来ていた。
「……っ!」
はたして、ヴィルマは認識することが、できただろうか。壮烈な斬撃が土壁を叩き切ったと知覚した瞬後には、ヴィルマの身体は横合いに吹き飛ばされ、壁に叩き付けられていた。
「っぐ、あ……っ!」
薙ぎ払いの一閃、であった。崩れ落ちる土壁の向こう、マッシュの得物が目に入る。
長大な大鎌が、不吉を漂わせる大鎌が、先程の斬撃の正体と知れた。

『入った……ッ!』
『この外道! って凄まじいクレームもたくさん入ってるね!』

ヴィルマの耳にも、それは聞こえていた。オッズが高い、ということは期待の現れだ。ならば、これはそれに依る反動で、更には女性であるヴィルマを殴るとは、という非難もある。
――……じゃが、なぁ。
見事な、一撃だった。受けも赦さぬ的中打。
土の壁が有効な攻撃ならば、届きはしなかった。この一撃が、孔隙を縫うような精緻な一撃でなければ、勝負は――『決まらなかった』。
一息に余力を削ぎ落とされて、最早立つこともままならない。
「――いやはや。運に助けられましたね」
「おぬし……」
不平や不満には慣れたもの、といった調子のマッシュに、呆れが先に立つ。震える両手を掲げて、こう宣言した。
「……降参じゃ」
「そうしていただけると」
これ以上非難されるような事に労を割かずに済みます、と。マッシュは小さく結び、ヴィルマの片手を取ると立ち上がらせた。
洗練された所作に、こちらも滑らかに立ち上がったヴィルマは暫く息を整えると――。
「マッシュは立派に戦った!」
そう、声を張った。批難渦巻く会場が、それだけではたりと静まり返る。

「不満は解る。我も詫びよう。じゃがそれは、然るべく勝者を讃えてからにせい!」
そう言って、ヴィルマは周囲の様子には目も留めず、微笑みを浮かべてマッシュにこう結んだのだった。
「良き勝負じゃった。なぁ?」



『あっはっは! 胸がこう、スッとしたね! いやー、ヴィルマちゃん最高!』
『……』
興奮冷めやらぬまま、次の試合の準備が進められている中、ヘクスは、ナディアのジト目に気づくと、
『はいはい、ちゃんと仕事するよ、ゴメンって! 魔術師の弱点……つまり、その脆弱さを突く手段は限られてる。彼らの魔法をくぐり抜ける、またはその間合いの外から攻撃するか、何らかの方法で上手く近づくか、だけど――』
『マッシュは後者を択んだ、という事じゃな』
『最後は運も絡んだけどねー。まあ、おめでとう! ってことで!』
なおざりな拍手の音を場内に響かせた後、ヘクスはこう結んだ。
『……しっかし、そういう意味では次は一筋縄ではいかないかもしれないね』
次のカードは、フィルメリア・クリスティア(ka3380) 対 シガレット=ウナギパイ(ka2884)。その二人が、舞台に姿を表した。大番狂わせの直後だ。観客の熱はこの上なく高まっている。
『どちらも、攻め方を誤るとドツボにハマっちゃうからね……いやー、楽しみだな!』

試合開始を待つ、僅かな時間。ぶはぁ、と、シガレットは紫煙を吐き出した。
「……いやァ、やりにくいったりゃありゃしねェ」
シガレットはこれまで、相手に合わせた立ち回りを重視してきた。歳の割に老練な動きを見せてきたが、今回の決勝の仕様は、少なからず頭を悩ませるところだった。
姿は見えないが――その中でも、フィルメリアは特にやりにくい。
「ま、やるしかねェよなァ……」
煙燻ぶる吸い殻を舞台に投げ捨て、踏み潰すと、シガレットはすぐに移動を開始した。

開始直後、フィルメリアは疾走を開始した。兎角、前方へ。射程はシガレットの方が長い、と予想していた。故に、所在は不明でも距離を詰める事が肝要。動かぬ理由は無い。
そして。
シガレットが、それを見逃す道理も、無い。
「……っ!?」
気配よりも先に、衝撃が襲ってきた。受けも赦さぬ、奇襲の一撃が疾走するフィルメリアを横合いから吹き飛ばす。
「……さァ、打ち合おうかァ!」
男の声が響く中、壁に打ち付けられながらフィルメリアはすぐに体勢を立て直して疾走を再開。索敵するが、その頃にはシガレットの姿はない。どうやら遮蔽に隠れたらしい。
「でも……っ!」
シガレットはすぐには長距離を動けないはずだ。この会場は遮蔽はあるが、広さに限りがある。大凡の当たりは付けられる。
次は、予兆を見逃すつもりはない。盾を構えながら、全力で予想地点へと歩を進めた。


―・―


――手応えはあったが、なァ。
さて、どうするか。シガレットは逡巡していた。移動に徹するフィルメリアの狙いは明白だ。近づいて、ぶん殴る。明快だが、変に距離を保たれるよりも、ことフィルメリアに限ればやり難い。装備を検分する限り、かなりの打たれ強さがは用意に予想できた。
「だがそれは、俺だってそうだからなァ……っ!」
攻撃をいれなければ勝機すら訪れない。遮蔽から身を乗り出す。すぐに、殺気を充てられる。見つかったとすぐに理解した。
「仕方ねェ、なァ!」
フィルメリアの予測を裏切れる位置取りは、この会場、更にはシガレットの移動速度では無理があった。すぐに闇色の法術を編み、放つ。射程に分があるシガレットには、一方的な間合い。

の、筈だった。

放ったシャドウブリットと、突進してくるフィルメリアが噛み合う。避ける素振りを見せたフィルメリアだが、弾速の方が早かった。
しかし、だ。
「……おいおい、無傷かよ」
シガレットの攻撃に合わせて、フィルメリアも機導術を発動していた。マテリアルの光鱗を曳きながら彼女の盾が踊る。その分厚い装甲を貫けず、シガレットの法術は忽ち霧散していた。
僅かな間に、シガレットはフィルメリアの装備を検分。魔力に特化した装備だが――特筆すべきは、その盾か。重厚なカイトシールド。それが、彼女の突進を可能にするものだと見極める。
やりにく言ったら、ありゃしない。シガレットの火力では、その防御を突破するのは骨だ。
「その首、貰い受けます!」
「穏やかじゃないなァ、おィ……!」
その行動動作から間合いに入った、と察したシガレットだが、フィルメリアのほうが早かった。符剣が振るわれるや否や、フィルメリアの前面にマテリアルが凝集。照準された、と知覚した時には、既に光芒が放たれていた。
「ずあ…………っ!」
回避できそうにもない。すかさず、盾を構えたが――それでも重い。衝撃がシガレットの身を震わせた。
一撃を打ち込んだ分、フィルメリアの足が鈍る。シガレットはもう一度法術を打ち込むと壁に飛び込み、続く猛撃を遮蔽で防ぐ。
誤算が在るとすれば、攻撃をする限り、間合いを維持し続ける事ができない点だ。全力で走り続ければ相手の間合いに捉えられる事もないが――それではただの速さ比べに他ならぬ。
攻機を得なければ勝機もない。そのことは十分にわかっていたが、フィルメリアの強引な突撃のせいで、真っ向からの地力勝負に持ち込まれてしまっていた。

――なら、その盾を使い切るまで粘るしかねェ!


―・―


法術を盾で防ぐと、再び。シガレットは遮蔽に隠れた。フィルメリアは迷わずに追走する。射線が通らなければ攻撃もできない。今は距離を詰めることを最優先。
すぐに、見つけた。壁のすぐ側で、シガレットは――さらなる法術を編んでいる。
「喰らいなァ!」
シガレットの身体から、聖光が爆ぜた。攻撃されることは想定済みだ。先程と同様に、ムーバルシールドで受け止める。反撃を――と、思った頃には、シガレットはシュッと踵を返していた。ここまで来るといっそ清々しい、が。
「でも……届く!」
機導砲で、狙い撃つ。猶予がないのはこちらも同じだ。受けられるうちに倒せなければ、負ける。
後背から打ち込んだ機導術を――しかし、シガレットは回避してみせた。
「なっ……!?」
「っ!? マジかァ、やったぜェ!」
聖導士とは思えぬ匠な動きに驚嘆するフィルメリア。しかし、それだけでなく、避けた当人が驚く始末だった。奔るシガレットは止まらない。そのまま、全力疾走でその場を離れようとするところに、更に追撃の機導砲を放つが、なんと、シガレットはこれも回避。すぐさま壁に飛び込み、さらに加速して消えた。
「…………ええっ!?」
神の御業か、というほど大げさな話でもないかもしれないが、更に三度の砲撃を躱すに至ると、場内が湧き上がる。シガレットらしく、ちゃっかり反撃を入れながらの後退だが、まさか聖導士の回避が光ろうとは、というものである。
――しかし、シガレットにはあいも変わらず、余力はない。襲い来る猛火力は翳る気配もなく、むしろ轟々と燃え上がるようですらあった。
「……ち、ィ……!」
ハッキリしているのは、回復を入れた所で、焼け石に水、という事だ。一手をそこに当てることが出来はしない。
今も、そうだ。機導術で盾をかざしながら飛び込んできたフィルメリアが――今度こそ、ゼロ距離まで詰めてきた。
どこまでも、貪欲だ。勝利を得るために、自らの身体を曝すことを厭うて居ない。
「……ら、ァ!」
接近へのカウンターとして、再び、セイクリッドフラッシュを放つ。光瀑を、前のめりになったフィルメリアは躱せない。
そして、ついに届いた。
「タネは尽きたみてェだなァ……!」
高速で機動していた盾が、マテリアルの光燐を喪い、フィルメリアの手に戻っていた。
此処を、凌げれば、切り崩せる。シガレットは正念場と定めて、盾を翳す。眼前。フィルメリアは既に、攻撃動作に移っていた。
これまで同様、前のめりに過ぎるほどの、苛烈な『踏み込み』。蒼光がフィルメリアの手から伸び、刀剣の如き光を返す。
機導剣。防御を失ったフィルメリアも、此処で決着を狙いに来ていた。
「これでっ!」
「おお……ッ!」
交錯は、一瞬。蒼光も、切り払いの刹那に余韻を残して、消えた。

――シガレットの胴に、深い傷跡を刻んで。

「ってェ……」
たまらず膝を付くシガレット。フィルメリアの渾身の一閃が、彼の余力を根こそぎ奪い尽くしていた。
「……まだ、続けますか?」
その首元に符剣を突きつけたフィルメリアは、蒼い光をその手から伸ばす。剣を這ってシガレットの首元まで伸びる光。それを見つめたシガレットは、「あー……」と呻き、ポケットに手を突っ込んだ。
「降参だァ」
そう言って、皺だらけの煙草を銜え、空を仰いだのだった。

勝者、フィルメリア・クリスティア。
決勝戦進出、である。



『いやあ、押し切ったねー!』
『ぐあ……イケメンがまた一人……』
会場の反応は様々だ。ナディアと同じように――意味合いは違うかもしれないが――落胆を示すものもいれば、喝采を上げるものも少なくない。それほどまでに、勝利を予感させる戦いぶりだったのだ。シガレット・ウナギパイの戦い振りは。
『しっかし、フィルメリアくんのスキルチョイスは中々予想外な感じだねえ。ムーバブルシールドに機導砲、そして機導剣、か』
『ふーむ……?』
『まあ、理由はわからないでもないかな。機導師の術は強力なやつは大体『色』付きだからねえ……』
『対策を嫌った、というとこかのぅ?』
『多分、だけど……と。そういう意味じゃあ、次の彼は結構頑張ってる方かもしれないね?』


―・―


次のカードは、マッシュ・アクラシス対バリトン(ka5112)。一戦目は虚を突いて勝利をもぎ取り、多くの観客に絶望を撒き散らしたマッシュと、歴戦の武勇を全身から撒き散らす老戦士、バリトン。二人の在りようは実に対照的であった。


「……ふん、待ちくたびれた」
最早代名詞ともいえる大剣を手に、バリトンは肩を鳴らす。戦いぶりは存分に眺めた。何れにしても、此処まで勝ち上がってきた強者だ。バリトンにとって、その腕を振るうに異論などありはしない。
バリトンは大剣の柄にワイヤーを括りつけ、それを自らの腕へと伸ばす。もしもの時の予防策のつもりだった。今大会、既に多数の奇策が見受けられている。その備えを怠るつもりは、歴戦の傭兵たる彼には無かったのだ。

対してマッシュは、というと、ただ、静かに呼吸を整えている。
此処まで来たのだ。勝利を捨てるつもりはないが、まあ。
「……十分、ではありますか」
相応に戦果――つまり稼ぎは得ただろう。その点に関しては、マッシュは割り切りができてい――。
「しかし、折角の追加報酬の機会……出来ることならば……」
なかった。煩悶というには些か大げさに過ぎるが、どうにも後ろ髪は引かれているようであった。


―・―


試合開始。今度は、初戦と比して静かな立ち上がりとなった。
「さぁて、鬼ごっこじゃ」
老武を裡に宿らせて、バリトンは歩を進める。巨躯を包む全身鎧に、長大な両手剣を構える姿は要塞の如き威容。
方針は、明快だ。近づき、斬るのみ。
「その為にはまずは見つけなくてはならんが……ふん」
気配を探るが、一切の感触も得られない。
「隠形か」


―・―


初戦同様、マッシュは無音を徹底していた。
『ある意味において、闘狩人らしい立ち回り、だよねえ』
『小器用じゃのぅ……』
特に所在を示すでもなく、実況をするヘクスとナディアだが、その口数は減っていた。
何れも接近を得手とするクラスの二人だ。勝負が始まったら、決着は早かろう。
なにせ、初戦でヴィルマを一刀の元に切り捨てたマッシュと見るからに強者の香りを出すバリトンである。

ヘクスとナディアだけじゃない。だれしもが、そう、思っていたのだ。

この時までは。


―・―


きし、きしと。微かな音が響く。バリトンの全身鎧が、主の歩行にしたがって鳴らす金属音である。
それを、マッシュは壁越しに聞きながら――往った。
逸りも、焦りもしない。気配を絶無にとどめたまま、僅かに一歩。そうして、自然な所作で構え、

『撃った』。

銃撃だ。全身を覆う鎧に阻まれるるが、衝撃がたしかにバリトンの身体を震わせる。
「ぬ……ッ!」
想定外、ではあった。だが、一貫して詭道を往くマッシュが相手だ。平常心を持って鎮めると、バリトンは反転。その頃には、二撃目が放たれていた。手元の得物を確認する暇もない。すぐに、手に構える大剣でそれを払った。
「……そうきたか」
にわかに響いた衝撃で、銃弾の正体が解った。具体的な銃は定かではないが、『風』属性の銃撃。こちらの得物を想定した上での装備選択だと知れ、バリトンは目を細め――巨体を感じさせぬ動きで、疾走を開始する。
ほぼ自動的に発動した擬似マテリアルリンクで損害は無い。もとより重装甲に加え、相性差はあるにしても剣の防御は兎に角硬い。先程のようによほどの不意を突かれないかぎり、アドバンテージを奪われる道理もない。
バリトンの目算では、初戦のマッシュの立ち回りを見る限りでは、防御、火力共にこちらの方が、上。故に、距離を詰めて己の優位を得る事が優先と知れた。


―・―


「いやはや、頑強だ……」
マッシュは移動しながら、吐き零す。重装甲に、厚い剣。そして、確かに、目にした『受け流し』。
なるほど、難敵である。今更、自らの身体が立てる音を隠すつもりもないのだろう。老兵は既にマッシュを捕捉している。足の速さが同じであるかぎりにおいて、二人の距離が開くことは本質的にはありえない現状では、先程のような一方的な銃撃機会は訪れまい。
とはいえ、マッシュにも誤算があった。
「まさか、銃をもってしても貫けないとは……」
バリトンの、常識はずれの頑強さである。スキルを抜きにしても自身の銃撃は届かないことはいやというほどに解った。
さて、と。剣を構える。かたや後退しながら銃撃するマッシュに、全力で距離を詰めるバリトン、という構図である。
当然、突っ込んできた。


―・―


「さて、どれだけ持ち堪えるか……!」
見せてみよ、と、老人は咆哮と共に、大上段に大剣を構えた。一撃を持って、決める。斬滅せん、との意志と共に取られた構えは、舞刀士の戦技、一之太刀である。
そこから繰り出されたのは、壮烈な、あまりにも、壮烈な踏み込みであった。大上段からの剣撃は――大剣の間合いを活かして叩きつけられるように振るわれる。
達人の剣撃は音すらも断って見せる、というのか。会場から一切の音が絶えた。
だからこそ、観客は意表を突かれすらしたのだろう。驚嘆の声が湧き上がる。遅れて、音が奔った。そして、殷々と響くは――剣戟の高音。
バリトンの一閃を躱して踏み込んだマッシュが、聖剣を振るって打ち込んだ音である。方や豪快に、かたや静謐に得物を振るう二人の剣舞。
『これは……あー、なるほどなあ!』
それを興味深げに見守っていたヘクスは、何かに気づくと感嘆の声をあげた。
『ど、どうしたのじゃ!?』
こちらは固唾を呑んで目を見開いていたナディアがそう問えば、ヘクスは、
『驚いたね。彼はどうやら、ヴィルマちゃんだけじゃなくてバリトンくん……っていうのもしまらないかな。バリトン老にも対策を盛り込んできてたみたいだ』

微かに交代した上で、大上段からの振り下ろし。そして、首元を狙う薙ぎ払いの剣閃を受け流しては、更に足を使って切り下げ、すぐに食らいついてくる聖剣を、さらに打ち払う。
――こちらの攻撃が、当る気配が微塵も無い。
「お主、本当に闘狩人か……?」
自然、口の端が釣り上がる。こうも適切に対策を打ってきた相手を、讃えたい心中になってきた。
「皆様の火力が高すぎますから、苦肉の策ですよ」
冷え込んだ声が、至近から返ってきた。愉快だ。バリトンは軋むような笑い声をあげた。マッシュの布石は、風属性の銃撃だけではなかった。疾影士顔負けの、超回避。無音と隠密を狙うだけの装備と思いきや、更に要所を抑えてきている。
六度振るい、その何れも躱された。こちらも、マッシュの剣戟を払い続けている――が、然し。
「ぬゥ……ッ!」
一閃が、バリトンの構えを擦り受けて兜に包まれた顎を撃ち抜いた。しかし、打った手がしびれるほどの硬質な手応えが返ってくる。
「……っ!」
振り下ろされる、颶風を纏うが如き剣撃を紙一重でマッシュは回避。

――大方の予想を覆して、戦闘は持久戦へと持ち込まれたのであった。


―・―


威力こそ違うが手数も等しい二人の立ち会い――とはいえ、その応酬は、実に永きに渡った。
如何せん、互いに妙手が中々でない。回避と防御の凌ぎ合いはもつれにもつれ、なんと、交わした剣戟は五二合にも及んだ。
如何に硬くとも、急所に撃ちこめばマッシュの剣撃は通る。バリトンの攻撃は当るだけで大きくマッシュの余力を損なう。マッシュが四度、バリトンが二度の刃を打ち込んでいた。
喝采や歓声は、最早途絶えて久しい。互いに一撃を加える度に俄に湧き上がっては、決着がついていないと知るやいなや、押し黙る。
その只中で、二人が刃を交わす時間だけが、過ぎていく。

果たして。
「思いの他、骨があったのう……!」
「……くっ」
次に機会を得たのは、バリトンが先だった。踏み込みながらの一撃が、旋風となってマッシュの身体に届き――打ち弾いた。衝撃と疲労が酩酊を伴ってマッシュを縛り、たまらず膝をつく。
――……届き、ませんでしたか。
その立ち回りという点で言えば、マッシュに過失は無かった。そのことは彼自身が十全に理解していたことだ。勝負は時の運。そこに言及するほど、野暮な男ではない。
悔いがあるとすれば、ただ――。
「できることなら、報酬が欲しかったですねえ……」
壁に背を預け、流れる汗を拭うこともないまま言うマッシュに、
「それであれだけ刃が震えるのだから、なぁ……」
さしものバリトンも、呆れを隠すことは出来ないようだった。



『それにしても凄い(長い)試合だったねぇ!』
『お主、途中で実況を諦めておったな』
『ついつい、見入っちゃったよね』
『……』
『……いやー、マッシュくんは大健闘だったけど、一歩及ばず、だったかな』
『銃の効きが今ひとつだったのが響いた、かのぅ?』
『そうだねえ。あの爺さんの装甲を銃で抜くのはこの階級では厳しかった……』
『ふーむむ……』
試合を振り返るナディアとヘクスをよそに、着々と準備が進められている。先程の反動か、会場の騒がしさは頂点を迎えようとしていた。

それも、宜なるかな。
大番狂わせがあった。死力を尽くした戦いがあった。
その結びである決勝が、もう間もなく、始まろうとしている。

フィルメリアの眼前には、リングに敷設された壁がある。それを見るともなく、彼女はただ、精神を研ぎ澄ます。
この祭典――闘祭は、彼女にとって極めて都合がいい。己が望むところを望むままに叶える。その為に、求め続けられる。
強さを。勁さを。毅さを。
静かに、開始の時を待つ。やることは、既に決まっていた。
「……私は、私に出来る全力を尽くすまで」

「――ハ」
対して、バリトンには些かの緊張も認められなかった。彼にとっては、この祭りは些か、お遊びが過ぎる。彼が身を置く戦場とは、その感触は異なるものだ。
だが、と。老人はそれでも、逆接で結ぶ。
思いの外、楽しめた、と。
数多の子弟に技を教えた老練の武人だからこそ――こうして、次代、あるいは当代の戦士と直接刃を交わすことは意義深い。
「さぁ、て……」
自然体のまま、老人は笑みを浮かべた。
この試合もまた、愉しめるだろう、という確信と共に。


―・―


『さて、ヘクス。試合開始を前に、見どころをまとめてもらおうかの?』
『お、いいね。最後くらいはちゃんと仕事しよっかな』
ヘクスはえへん、とわざとらしい咳払いを一つ。
『二人の戦い方はよく似てる。フィルメリアくんは機導砲と機導剣、それから盾を使っての――短期的だけど、中近距離の重装甲タイプ。バリトン老はより間合いは短いけど、フィルメリアくんよりも堅牢だ。でも、火力に関してはフィルメリア君に分がありそうだね』
『ふむふむ?』
『ただ、フィルメリアくんも決して、頑健ではない。そこは機導師の泣き所でもあるけど……』
『つまり?』
『この試合、長くはないってことさ』

だから皆、よそ見はせずに愉しむんだよ、と。ヘクスは笑い――そして、決勝戦は始まった。


―・―


バリトンの動きは明快だ。探し、奔り、寄って斬る。マッシュの時と方針は同じ。
フィルメリアに、彼が最も警戒している攻撃手段は、『無い』。その事が解っているこの決勝で、遠慮は要らない。
ふと、その脚が止まる。遮蔽をとっていた壁の終わりだ。そこでバリトンは、一瞬だけ大剣を壁から先へと出した。
――反応は、無い。


―・―


フィルメリアからも、その剣は見えていた。
撃たなかったのは――勘、ではない。彼女は一つ、自らに課していたことがあった。
『一度撃てば、距離は詰められる』。バリトンが近づいてこない筈がない以上、当然の事だ。
為らば、無駄弾など撃てようもない。彼女の機導砲の射程は決して長くはないから、尚更だ。

故に。

バリトンが、今度こそ前に出た。
その瞬間を、待って、待って、待って――撃った。



―・―


バリトンは、マテリアルの収束を直感した。剣を出す『フリ』が奏功しないことは折り込み済みだ。何なら、奇襲は先ほど徹底的に受けたばかりである。
――だからこそ、間に合った。真っ直ぐに伸びる光条を、大剣で受け、流す。舞刀士の技に、重装甲、巌の如き重剣。加えて、擬似マテリアルリンクの効能と、四重に重ねられた、この階級における最硬の防御だ。
「ぬ、ぉぉ……ッ!」
しかし、それを貫くのもまた、磨きぬかれた矛である。マッシュの時のような余裕を抱かせる筈もない、圧倒的な火力だった。猛火に晒され、気勢を上げながら老人は加速した。距離にして14メートル。その距離を詰めることを逡巡することが、即ち“死”に直結すると判断していた。
フィルメリアも、そのことは解っているのだろう。接近してくる事に動じることなく、符剣と盾を構え、僅かに腰を落とした。

そのことが、バリトンにはどうにも、可笑しい。
この決勝戦、誰も彼も逃げぬ。真っ向から、バリトンの領域――即ち、接近戦を挑んでくる。
「――――ッ!」
為らば、それに応えよう。そうでなければ、野暮というものだ。バリトンは高く、剣を構ええ、咆哮した。
一之太刀。更には、全力の一太刀。耐えてみせよ、と、振り抜いた。


―・―


豪快にして、練熟の斬撃であった。違わずフィルメリアを捕えたそれは、盾の上から彼女の身体を吹き飛ばす。こちらも機導術に加え、擬似マテリアルリンクも重ねての防御だったが――それでもなお、凄まじい。
「か、は……っ」
マッシュは回避していたが、まともに喰らえばそれだけで意識を持っていかれる。威力だけで言えば、フィルメリアとも遜色ない――!
宙に浮いた身体が壁にぶつかるや否や、彼女は無理やりに体勢を立て直す。壁をブーツで蹴り、覚醒者の筋力で強引に姿勢を転じる。
――疾く! 疾く! 疾く……ッ!
斬り下ろしたバリトンが、その剣を再び構えるよりも、疾く。ここからは、唯の殴り合いだ。今更距離を取れる相手じゃない。
「アァ……ッ!」
フィルメリアの手から蒼光が伸びる。『ENSIS EXSEQUENS』と自ら名付けた『剣』を以って、殺界に飛び込む。一之太刀に全力を注ぎ込んだバリトンは、その動きが鈍っている。

そこを、貫いた。


―・―


煌々と迸るマテリアルの剣刃と、大剣の刃身が噛み合う。回避が鈍っていても、受けは果たせる。練武を持って、フィルメリアの強欲を払う。
「見事ォ……ッ!」
フィルメリアの蒼剣の威力の凄まじさに、舌を撒く思いだった。自暴自棄に過ぎる戦術。彼我の戦力傾向を思えば、何たる無駄の極みか、とも想う。それでも間違いではないことを、老人は既に理解している。フィルメリアは身を持って証明している。
二撃。僅か、二撃だ。それだけで、頑健極まる筈の老人の身体が、悲鳴をあげていた。当たりどころが悪ければ、それだけで吹き飛びかねない威力である。もう一撃は持つまい。

だが、それは相手も同じだ。

互いにあと一打。マッシュの時とは違う。より濃密に、より至近に迫る決着の気配。
もぎ取ってみせる。思考と同時に、剣を振った。間合いは既に詰まっている。バリトンはただ、構え、そのままに刃を落とすだけでよかった。
あと一打。その先手は、耐久力の差で、バリトンが掴んでいた。
「喰らえィ……!」
殲撃。フィルメリアの細身を挽き潰してしまいそうなほどの一撃に、観客が惨劇を想起した。静まり返った場内の中、バリトンはフィルメリアから目を離さない。フィルメリアも、然りだ。加速する思考速度の中で、フィルメリアは――歩を、進めていた。大上段から振るわれる刃に対応するが如く、勝利の為の僅かな可能性を掴むために。
「…………ッ!」
刃に対して身を投げ出すように、フィルメリアは動いた。半身になったそれは――次の剣撃、蒼光剣を振るうための、踏み込みであり。
「届かせる……ッ!」
眼前、そう叫ぶ声を最後に、バリトンは刃を振り切った。


―・―


転瞬、音が止んだ。交錯し、互いに身を預け合うような形になった二人が、動きを止めたからだ。観客は皆、黙りこんで声を無くしていた。
舞台上で、重なる影。その影が――崩れた。片方は仰向けに空を仰ぎ、片方は膝をつく。
静寂を貫くように、硬い金属音が響いた。
バリトンが振るっていた大剣が、老人の手から離れた音だった。それを聞いてフィルメリアは初めて、自失から我に返る。ひたり、と。その手で自らの頬に触れる。
「……、ぇ……?」
殺された、と。そう思っていた。それほどに怖ろしい剣だった。
軍人の時の習い性で、脈を触れる。
「…………」

生の実感が、

――『勝利』のそれに変わったのは、観客の大歓声が響いた時だった。

『勝者、フィルメリア・クリスティア…………ッ!!』
ナディアの声と、会場の大喝采が轟々とフィルメリアの世界を包む。賭けに勝利したものだけじゃない。負けた者も、その健闘を称えるために、誰も彼もと席を立ち、歓声をあげる。

祭りだ。どうせなら、客も愉しませよう、そう臨んだトーナメントだった。
なのに、これは、どういうことだろう。
この場にいるありとあらゆる人間の感情が、フィルメリアと、バリトンに向かって雪崩れ込んできている。凄まじい熱が、フィルメリアの身体を包んでいる。暖かく、優しくて、それでいて、原始的な、それ。

「……っ」
感極まり、深く、息を吐いた。傍ら、バリトンは意識を喪っている。だが、酷く満足気な顔をしていた。
そうして初めて、先程の戦いを思い返し――フィルメリアは、高く、その右手を掲げた。
その華奢な腕で掴んだ勝利を、謳うように。より深い喝采が、それを包み込んだ。


――ミドルリーグ決勝トーナメントは、こうして幕を下ろした。

(執筆:ムジカ・トラス)

依頼結果

依頼成功度普通

MVP一覧

  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティアka3380

重体一覧

参加者一覧

  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • (強い)爺
    バリトン(ka5112
    人間(紅)|81才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 控室という名の舞台裏
フィルメリア・クリスティア(ka3380
人間(リアルブルー)|25才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/07/23 08:13:08
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/07/24 23:19:32