ゲスト
(ka0000)
噂の運び屋さん
マスター:真柄葉

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/08/03 07:30
- 完成日
- 2016/08/09 20:54
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●豪奢な一室
煌びやかと表現するにはあまりにも悪趣味。
油増し増しのラーメンの如く、こってりと施された装飾の数々が部屋のくどさに拍車をかける。
部屋の奥では、世の中金が全てと本気で考えていそうな主が、革張りの高級チェアーを軋ませていた。
「ななな……なぁああああいっっっ!?」
そんな部屋に突然、甲高い悲鳴が響き渡る。
「若様、いかがなさいましたか!」
「うおぉぉぉっ!? ノックもせんと入ってくる奴があるかっ!!」
「申し訳ありません。若様の悲鳴が聞こえましたもので……つい」
「ついでは無いわ、ついでは! 何でもないから、さっさと出ていけっ!!」
「は、はぁ……」
心配して入ってきたのにこの扱いである。しかし、長年この家に仕える老執事は不機嫌などおくびにも出さず一礼すると、音も立てずに退室した。
――まずい、まずいまずいまずい!
若様と呼ばれた男は、落ち着きなく革張りチェアーを揺らす。
――あれがもし世に出回れば、僕の輝かしい評判が……!
若様と呼ばれた男は、いらいらと器用に両手の親指の爪を同時に噛む。
――いや、その程度では済まない。もしあれがこの世に出れば、このノアーラ・クンタウが崩壊するほどの激震に見舞われる……!
若様と呼ばれた男が、カッと目を見開いた。
「誰か! 誰かいないか!!」
若様はハンドベルと鳴らし、先ほど下がらせたばかりの老執事を呼ぶ。
「ここに」
すると今度はちゃんとノックした老執事が、音もなく部屋へと滑り込んだ。
「おい! あれだ! あれを何とかしろ!」
「はて……あれ、とは何の事でしょうか?」
「あの運び屋に持たせた荷物の事だっ!!」
「運び屋……ああ、ケン殿ですな。彼に任せたのであれば、荷物の心配は何もございませんが?」
「ちがーーーーーーう!!」
「むむむ……若様のお怒りの意味がいまいち掴めないのですが」
長年この家に仕えてきた老執事ではあるが、これほどまでに狼狽する若様を見るのは初めてであった。
「これだ、これっ!」
そんな困惑する老執事に、若様は一冊の本を突きつけた。
「これは……? やや、これは今朝ケン殿に預けた書物ではありませんか。なぜここに?」
「なんでわからない! 取り違えだ、取り違え!! まったく、なんという初歩的なミスだ! いったい何年我が家の執事をしているのだお前は!!」
「はい、今年で丸50年になります。いやはや、先代様と二人三脚で始めたジャガイモ売りに始まり――」
「そんなことを聞いているのではなああぁぁーーい!! もう耄碌したのか!!」
柔らかな態度をまるで崩さない老執事に業を煮やした若様が手にした本を投げつける。
――なんとしても、取り返さなければ。あれは……あれだけは世に出してはならない! ………………親父に怒られるし。
「はて……? 何か申されましたか?」
投げつけられた本を軽々とキャッチした老執事が問いかけた。
「なっ、なんでもない! ってか、お前の耳は老い知らずか!?」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めておらんわっ!!」
恭しく首を垂れる老執事に、若様は唾を飛ばす。
「とにかく、早々に取り返して来い!!」
「ふむ……しかし、あのケン殿から荷物を取り返すと……ふむ……これは困りましたな」
命令はしたからさっさと行って来いと無言で訴えるように、高級チェアーをくるりと半回転させ背を向けた若様にむけ、老執事は深くため息をついた。
●商業区
市の賑わいはそのまま街の活気に比例する。
威勢のいい客引きの声がそこかしこから上がり、買い手である待ち人や観光客が人の波を作る。
西方東方辺境、果てはリアルブルーの品まで、ありとあらゆる品物が通りを行くそれらの人の目を楽しませていた。
そんな大いに賑わう通りを行く人々から頭一つ二つとびぬけた大男が一人。
着る物は旅に汚れ、それだけで重さ大人数人分はありそうな巨大な背嚢を背負い、通りを歩いていた。
「おや、ケンさん今日もせいが出るね!」
張り上げすぎて声の潰れた八百屋の親父に、目礼一つ。
「今日はどこまでお届けだい?」
恰幅の良すぎる魚屋の女将に、目礼一つ。
「あ、ケンさん! 今度飲みに来てよね!」
開店準備真っ最中の看板娘が向ける朗らかな営業スマイルに、目礼一つ。
馴染みの顔に目礼を返しつつ、ケンは商業区に溢れる怒涛の人波を、誰ともぶつかることなく最小限の動きで回避し続けていた。
やがてケンは一件の露店の前で立ち止まる。
「お、ケンさん。相変わらず時間ぴったりだね」
迎えたのは古物商を営む親父だ。
「今日はこれを図書館まで頼みたいんだ」
親父は早速と店の一番奥に積んでいた古めかしい燭台を持ってきた。
「少し重いが……って、ケンさんには愚問だったか」
ちょっとした子供の背丈ほどもある重厚な燭台を、ケンはフォークでも持つように軽々と手に取る。
「それにしても毎日毎日仕事ばっかりで大変じゃないのかい? たまにはゆっくり休んだらどうなんだい? もういい年なんだしさぁ」
受け取った燭台を巨大なリュックサックに詰めるケンに対し、古物商の親父は膝の上で大欠伸をする飼い猫の背を撫で、呆れるように呟いた。
「……自分、不器用ですから」
そんなお節介にケンは露天商の手元からはっと顔を上げ、今日初めての声を発したのだった。
煌びやかと表現するにはあまりにも悪趣味。
油増し増しのラーメンの如く、こってりと施された装飾の数々が部屋のくどさに拍車をかける。
部屋の奥では、世の中金が全てと本気で考えていそうな主が、革張りの高級チェアーを軋ませていた。
「ななな……なぁああああいっっっ!?」
そんな部屋に突然、甲高い悲鳴が響き渡る。
「若様、いかがなさいましたか!」
「うおぉぉぉっ!? ノックもせんと入ってくる奴があるかっ!!」
「申し訳ありません。若様の悲鳴が聞こえましたもので……つい」
「ついでは無いわ、ついでは! 何でもないから、さっさと出ていけっ!!」
「は、はぁ……」
心配して入ってきたのにこの扱いである。しかし、長年この家に仕える老執事は不機嫌などおくびにも出さず一礼すると、音も立てずに退室した。
――まずい、まずいまずいまずい!
若様と呼ばれた男は、落ち着きなく革張りチェアーを揺らす。
――あれがもし世に出回れば、僕の輝かしい評判が……!
若様と呼ばれた男は、いらいらと器用に両手の親指の爪を同時に噛む。
――いや、その程度では済まない。もしあれがこの世に出れば、このノアーラ・クンタウが崩壊するほどの激震に見舞われる……!
若様と呼ばれた男が、カッと目を見開いた。
「誰か! 誰かいないか!!」
若様はハンドベルと鳴らし、先ほど下がらせたばかりの老執事を呼ぶ。
「ここに」
すると今度はちゃんとノックした老執事が、音もなく部屋へと滑り込んだ。
「おい! あれだ! あれを何とかしろ!」
「はて……あれ、とは何の事でしょうか?」
「あの運び屋に持たせた荷物の事だっ!!」
「運び屋……ああ、ケン殿ですな。彼に任せたのであれば、荷物の心配は何もございませんが?」
「ちがーーーーーーう!!」
「むむむ……若様のお怒りの意味がいまいち掴めないのですが」
長年この家に仕えてきた老執事ではあるが、これほどまでに狼狽する若様を見るのは初めてであった。
「これだ、これっ!」
そんな困惑する老執事に、若様は一冊の本を突きつけた。
「これは……? やや、これは今朝ケン殿に預けた書物ではありませんか。なぜここに?」
「なんでわからない! 取り違えだ、取り違え!! まったく、なんという初歩的なミスだ! いったい何年我が家の執事をしているのだお前は!!」
「はい、今年で丸50年になります。いやはや、先代様と二人三脚で始めたジャガイモ売りに始まり――」
「そんなことを聞いているのではなああぁぁーーい!! もう耄碌したのか!!」
柔らかな態度をまるで崩さない老執事に業を煮やした若様が手にした本を投げつける。
――なんとしても、取り返さなければ。あれは……あれだけは世に出してはならない! ………………親父に怒られるし。
「はて……? 何か申されましたか?」
投げつけられた本を軽々とキャッチした老執事が問いかけた。
「なっ、なんでもない! ってか、お前の耳は老い知らずか!?」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めておらんわっ!!」
恭しく首を垂れる老執事に、若様は唾を飛ばす。
「とにかく、早々に取り返して来い!!」
「ふむ……しかし、あのケン殿から荷物を取り返すと……ふむ……これは困りましたな」
命令はしたからさっさと行って来いと無言で訴えるように、高級チェアーをくるりと半回転させ背を向けた若様にむけ、老執事は深くため息をついた。
●商業区
市の賑わいはそのまま街の活気に比例する。
威勢のいい客引きの声がそこかしこから上がり、買い手である待ち人や観光客が人の波を作る。
西方東方辺境、果てはリアルブルーの品まで、ありとあらゆる品物が通りを行くそれらの人の目を楽しませていた。
そんな大いに賑わう通りを行く人々から頭一つ二つとびぬけた大男が一人。
着る物は旅に汚れ、それだけで重さ大人数人分はありそうな巨大な背嚢を背負い、通りを歩いていた。
「おや、ケンさん今日もせいが出るね!」
張り上げすぎて声の潰れた八百屋の親父に、目礼一つ。
「今日はどこまでお届けだい?」
恰幅の良すぎる魚屋の女将に、目礼一つ。
「あ、ケンさん! 今度飲みに来てよね!」
開店準備真っ最中の看板娘が向ける朗らかな営業スマイルに、目礼一つ。
馴染みの顔に目礼を返しつつ、ケンは商業区に溢れる怒涛の人波を、誰ともぶつかることなく最小限の動きで回避し続けていた。
やがてケンは一件の露店の前で立ち止まる。
「お、ケンさん。相変わらず時間ぴったりだね」
迎えたのは古物商を営む親父だ。
「今日はこれを図書館まで頼みたいんだ」
親父は早速と店の一番奥に積んでいた古めかしい燭台を持ってきた。
「少し重いが……って、ケンさんには愚問だったか」
ちょっとした子供の背丈ほどもある重厚な燭台を、ケンはフォークでも持つように軽々と手に取る。
「それにしても毎日毎日仕事ばっかりで大変じゃないのかい? たまにはゆっくり休んだらどうなんだい? もういい年なんだしさぁ」
受け取った燭台を巨大なリュックサックに詰めるケンに対し、古物商の親父は膝の上で大欠伸をする飼い猫の背を撫で、呆れるように呟いた。
「……自分、不器用ですから」
そんなお節介にケンは露天商の手元からはっと顔を上げ、今日初めての声を発したのだった。
リプレイ本文
●屋敷
「至極簡単な事じゃろう、ただ一筆したためるだけじゃぞ?」
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が、汗の迸る若様から若干の距離を取りつつ問いかけた。
「なぜ僕がそんなことをせねばならんのだ! 悪いのは間違って持って行ったあいつだ!」
「何を言うか。自分で招いた不手際じゃろう」
「ち、違うわ、馬鹿もん!」
と、こんな押問答がずっと続いている。
「ふむ……さすがにこれでは埒があかんの」
このままでは依頼遂行に支障をきたすと判断したのか、レーヴェは徐に腕を捲り――。
「おっと、お待ちくださいっ!」
拳を握りしめたレーヴェの肩を、同室していたエアルドフリス(ka1856)が掴んで止めた。
「なんじゃ、止めるのか?」
「いや、俺に考えがある」
「ほう?」
興味深げに見上げるレーヴェ。怪しく瞳を光らせ見返すエアルドフリス。
そして、耳打ちする事数秒。二人は全く同時に怪しく微笑んだ。
「コホン。若様もご存知の通り、彼の運び屋は非常に優秀であります」
レーヴェを後ろに、エアルドフリスが前へ出る。
「わかっておるわ! だからいつも使ってやっているのだ!」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。しかし、今回はその優秀さが実に厄介です。聞けば、一度受け取った物は届けるまで決して他人に渡さないとか。であれば取り返す手立てがない。もちろん若様が自ら取り返しに行かれるのであれば可能性はありますが、そのお体では何かとご苦労かと思います。あ、それについてはパンを少し減らして野菜を召し上がる事をお勧めいたします。おっと、話が逸れましたな。例えば方法として荒事に訴えるという事も出来ます。が、もしそれが若様の指示だと露見した場合、多分なご迷惑を御身に降りかかる。それはまずい。実にまずい。では、どうすればいいか。そこで我々は考えました」
ここまで一息。
「こっそりすり替えます」
「す、すり替える……?」
エアルドフリスがずいっと前に出た。
「ただし条件があります」
「な、なんだ」
「その書物、内容をお教えいただけないものでしょうか?」
両手をすりすり、目を糸にして微笑みかける。
「ば、馬鹿もーん! 極秘だ極秘!!」
「そうですか……内容は秘密と。ふむ、困りましたな……」
頑として書物に関する情報の開示を拒む若様に、エアルドフリスはわざとらしく困り顔。
「だた代替の書物を用意しただけでは、彼の運び屋の信は得られない」
「う、奪い返せばいいだろう!」
「御身の名に傷がついても?」
「うっ……」
「仕方ありません。これを使うしかありませんか」
「な、なんだ!?」
エアルドフリスのわざとらしい溜息に、若様の警戒色が濃くなった。
「さぁ、レーヴェ君。あれを用意してくれたまえ」
「結局実力行使ではないか……」
満面の営業スマイルを湛えるエアルドフリスに、レーヴェは大きくため息をついた。
●チョココ(ka2449)の旅
「暑いですの……」
ぎらぎら太陽さんは今日も容赦がありませんわ。
「ね、パルパル」
頭の上のお友達は大丈夫かしら?
「……あらあら? お返事がありませんわね。寝てしまいましたの?」
何度呼んでもお返事は無し。一体どうしてしまったのかしら。
どんっ。
「いたたた……申し訳ありませんのっ」
よそ見してたらぶつかってしまいましたの。お鼻が痛いですけど、ごめんなさいしないと。
「……こちらこそ申し訳ない」
あれ、この声って。
「どこかでお会いしまして?」
「……いや」
あれあれ? 勘違いでしたの。あ、思い出す間も与えずに行ってしまいましたわ。
「うーん、どなたでしたっけ?」
あら、さよならのご挨拶忘れてしまいましたわ。
●市場
今日も人でごった返す市場の一角。
「足を怪我してしまって……お願いします、私を運んで欲しいの!」
「……はぁ」
ぐっと拳を握るケイルカ(ka4121)に、ケンは怪訝に生返事。
「新聞社まででいいの!」
一応客かもしれない少女を無下にもできず、ケンは困り果てた。
「だめ……なの?」
「……わかりました。ただし、乗り心地は保証しませんよ」
「ありがとうなの! えっと、これに入ってもいいの……?」
ケンと大きなリュックを交互に見るケイルカは、目をキラキラと輝かせる。
「これは品物を入れるもの。人は入れません」
「ダメなの……?」
「……荷袋の上ならいいです」
「はいですの!」
断られなかったことに満面の笑みを浮かべ、ケイルカは何度も頷いた。
「少し揺れるかもしれません」
「大丈夫なの! とっても高くて気持ちいいの!」
肩車をされる形となったケイルカは、普段見慣れぬ高い視線に興奮気味。
「ほんと、お父さんに肩車されてるみたいなの……」
「……何か言いましたか?」
「何でもないの! 新聞社に向けてれっつごー! なの!」
怪我してるのかもしれない足をばたつかせ、ケイルカは進行方向を指さした。
●酒場
「いよぉ、ねぇちゃん。もう一杯だー」
「はいはーい」
景気のいい客には満面の営業スマイルを。
からからとだらしない笑みを浮かべ空のジョッキを振る鵤(ka3319)に、看板娘はとっておきの笑みを向ける。
「くっぅはぁ……昼酒最高ぉー!」
お代わりを一気にかっ喰らった鵤は、文字通り酒精が飛び出してきそうな大きな息をついた。
「んでぇ、例の巨人さんはどこかなぁっと」
鵤は明り取りの窓からそっと外を眺めた。
街は今日も熱気に満ち満ちている。看板娘の情報では、そろそろ通るはずだが――。
「ほぉ、こりゃまた目立つねぇ。つか、ケイルカの嬢ちゃんうまくやりやがったか。あ、ねぇちゃんお代わり、次は二杯な」
街を闊歩する巨体、肩の上で目を輝かせる少女。鵤は口元を歪ませ、次の一杯を頼む。
「さぁてと、街の人気者って奴に挨拶と行きますかねっと」
長居で痛んだ腰をさすりながら立ち上がった鵤は、運ばれてきた二杯のジョッキを片手に持ち、店を後にした。
●
バイクに二人乗り、レーヴェとエアルドフリスは図書館へと急ぐ。
「まったく、こんな手段に出るとはのぉ」
「本人確認にはもってこいだろう?」
「まぁ、そうじゃな」
油ギッシュな若様のからようやく採れた顔拓をバイクの尻に靡かせながら、レーヴェは感心する。
「しかし、本の内容については一切話さなかったのぉ」
「ああ、そうだな。この街を崩壊に導く書物。実に興味を惹かれる」
「それも本人が言っておるだけじゃ。どうせ、しょーもない代物じゃろう」
二人が乗るバイクが、何度目かの角を曲がると、鵤がケンに絡んでる場面に遭遇した。
「絡み方が堂に入ってるな。完璧な演技だ」
「普通に酔っぱらっとるだけじゃろ……」
鵤の巧みな時間稼ぎ術?を横目に、二人は一路、図書館へ向かう。
●図書館
「気が進みませんね……」
建物の日陰に座り込んだメトロノーム・ソングライト(ka1267)が、何度目かの溜息をついた。
「……来ましたか」
小さく呟き立ち上がると、こちらに歩いてくるケンに向かう。
「すみません、あなたは運び屋ですか?」
そのなりを見て、メトロノームは問いかけた。
「うん、この人はケンさん。凄腕の運び屋さんなの!」
と、答えたのは肩に乗るケイルカであった。
「それはよかった……実はお願いしたい事があるのですが」
ちらりとケイルカを見上げたメトロノームは、交わった視線から『我、今ダ任務完遂セザリ』の合図を受け取る。
「実はこの子が」
そして、メトロノームは体を少しずらした。そこには、苦しそうに呼吸を繰り返す一匹の犬が。
「私の連れなのですが、この暑さに中てられてしまって」
「お、おぉ……」
「あれれ、ケンさんどうしたの?」
ケイルカが頭上から問いかけるが、ケンは魅入られた様に金色の毛並みをじーっと見つめている。
「うわわ! ケンさん?!」
突然、ケンがしゃがみこんだ拍子にケイルカが転げ落ちた。
「大変です。至急診療所へ……!」
そんなケイルカの事など忘れてしまったのか、ケンは犬を軽々と抱き上げると、近くの一軒へ駆け込んだ。
診療所の前でそわそわと待つケンを見つめ、少女二人はこそこそと内緒話。
「あの子、大丈夫なの?」
「大丈夫です。あれは演技です。賢い子なので」
と、メトロノームはドレスに手を添える。
懐には先ほど二人が届けてくれた本物を忍ばせてあった。
「それで、鞄は開けられそうですか?」
「うん、たぶん大丈夫なの。鍵をかけてる様子もなかったし。だけど、リュックを触るとすごく怖くなるの……」
何を思い出したのか、ぶるりと身震いするケイルカ。
「抜き取るのは困難、という事ですか。それなら――ミカサ」
ケンのリュックの詳細を受け、メトロノームはもう一匹の連れを呼ぶ。
「かわいい子なの」
「ありがとう。ミカサ、これと同じ本を持ってきて」
メトロノームに一撫でされ、ミカサは喜び勇んでケンの元へ掛けていった。
「それじゃ、私も行ってくるの!」
「はい、では手筈通りに」
「――そうですか。それはよかった」
獣医師の言葉にケンはほっと胸を撫で下ろしていた。
「大切な荷物はもう少し大切に扱ってほしいの!」
そんな声は足元から。そこには頬を膨らせて腰に手を当てるケイルカが。
「こ、これは大変申し訳ない……」
「ケンさんはれでぃの扱いがなってないの!」
「うっ……しかし、自分はただの荷運びで……」
「口答えはダメなのっ!」
「――ミカサ、今です」
ケイルカに意識を奪われ、ケンのリュックは今、完全に無防備。メトロノームはこの時を逃すまいと、距離を詰めていたミカサに視線で合図した。
合図を受けたミカサはリュックへと潜り、例の本を咥えるとすぐさま飛びだしたのだが――。
●
「ケケケケンさん!? スピード違反なのぉぉ!!」
信じられない速度で疾駆するケンの首に、ケイルカは必死でしがみつく。
「……喋ると舌を噛むぞ」
息の一つも切らさずに、細い路地を疾走するケン。
奪われた品物を奪還せんと、ケンはリュックを担ぐとミカサの追跡に入った。
何とかケイルカがしがみつく中、ケンは猫の俊敏性すらも凌駕する勢いでミカサを追う。
そして、恐怖したミカサがメトロノームの所へ戻ったのを目撃したケンは、一連の作為を敵性と認識したのだ。
「乗れ!」
迫力に押され後ずさるメトロノームの首根っこを引っ掴み、強引に後部座席に座らせたレーヴェは、バイクのアクセルをフルスロットル。
「ごめんなさい、怒らせてしまったようで……」
「なってしまったものは仕方ない。とにかく今は逃げの一手じゃ」
下町を縫うように走る細い路地を、バイクと巨漢が疾走していく。何度も角を曲がり、カーブを越え、坂を上る。
しかし、地の利はケンにあった。レーヴェにも気付かせぬ巧みな誘導の結果――。
「まずい、袋小路じゃ……!」
急ブレーキにタイヤが焼ける。激突は免れたものの、すぐ後ろには。
「誰かは知らないが、俺の獲物を横取りするとはいい度胸だ」
人が変わったように饒舌なケンがゆっくりと詰めよっていた。
「ケンさん、待ってください! これはお返ししま――んぐっ!」
「今は逆効果じゃ。見てみぃ、完全に目がイっとる……」
咄嗟に本を差し出し返そうとするメトロノームの口をレーヴェが塞ぐ。
「ケンさん、落ち着いてくださいの!」
何とか止めようとケイルカがケンを羽交い絞めにするが効果は無く、歩みは着実に二人に迫っていた。
「立てよ、アースウォール!!」
突然、何もない地面から巨大な石壁が立ち上がった。
「今のうちだ、逃げろ――って、なにっ!?」
エアルドフリスが妨害にと立ち上げた石壁は、ケンの一振りであっけなく破壊される。
「まずい……!」
「ほいほい、今度はおっさんの番だぁね」
焦るエアルドフリスを脇にどかし、鵤が歩み出た。
「こういう輩には、こういうのが――ういっく」
と、鵤は手にしてあった酒瓶を一気に煽る。
「一番効くんだわぁ」
にたぁとだらしなく笑う鵤は、空瓶をそのまま転がした。
ころころつるんどんっがしゃん!
「ほぅら、引っかかった……って、無傷かよぉ」
盛大に土煙を上げ、壁に広大な穴を穿ったにも関わらす、ケンは無傷で立ち上がる。
肩に乗っていたケイルカはくるくると目を回し、小脇に抱えられていた。
だが、二人の作った僅かな隙を逃さず、レーヴェはバイクを反転させるとエンジンをふかす。
再び始まる逃走劇。来た道を戻り、別の路地に逃げ込む。
バイク一台ようやく通れるような細い道を、壁すれすれに突き抜け、大きな通りへ。
「ぬっ!」
突然飛び出してきた影に咄嗟にブレーキを握る。
何とか衝突を避けたものの、バイクは横転し横滑り。二人は投げ出された。
「わわっ! ケンさん、まえまえっ!!」
「……むっ!」
一方、後を追っていたケンは、勢いの止まらないに小さな影に突っ込んだ。
衝撃で濛々と立ち込める煙の中から現れたのは。
「いたたたた……あらぁ、またぶつかってしまいましたのね」
膨らんだコブを撫でながら、にこりと笑うチョココだった。
「……す、すまない。怪我はないだろうか」
チョココの幼気な瞳に見上げられ、ケンの怒気が急速にしぼんでいく。
「大丈夫ですわ。お爺様もだいじょうぶですの?」
「あ、ああ……」
差し出された手を取ったチョココが立ち上がり、パタパタと埃を払っていると。
ひゅるる――ぶぎゅ!
頭の上からパルムの潰れる音と共に、一冊の本がチョココの手元へ落ちてきた。
「あれれ、これはなんですの……?」
後方で「あ、それは!」と声が上がるものの、チョココは小首をかしげ徐に本を開いた。
「あらぁ、素敵なポエムですの~」
ぺらぺらとページをめくるチョココがうっとりと本の世界に浸る。
「……そ、それは」
チョココが「あ、落とし物ですの」とにっこり微笑み、例の本を差し出した。
●新聞社
「はぁ……ではこれを」
差し出した証書を確認した新聞社職員は、随分困惑していたが本の交換に応じた。
レーヴェとエアルドフリスが用意した顔拓がここに来て効果を発揮。
ケンが届けた例の本と、本物を「配達後」に取り換える事に成功したのだ。
「初めからこうしておればよかったのじゃ」
「そぉう? 私は楽しかったからおーるおっけーなの!」
心底疲れた風に肩を落とすレーヴェと、ほくほくと楽しそうなケイルカ。
「さぁてと、俺は若様にお会いしてこようかねぇ。いやぁ、楽しみ楽しみ」
「本を返しに行くのが楽しみ……?」
やたら上機嫌の鵤を訝しみ、エアルドフリスが問いかける。
「ほれ、飯のネタ」
と、鵤が悪そうな顔で取り出したのは、ペンと紙。
「おまっ……写す気か?」
「へっへ」
にたりと口元を歪ませた鵤に、エアルドフリスは呆れるように両手を上げた。
「私はケンさんに謝罪してきます。同好の士としてこのまま済ませる訳には……」
しかし、四人とは対照的にメトロノームだけは、真剣な面持ちでケンの元へ向かっていった。
「至極簡単な事じゃろう、ただ一筆したためるだけじゃぞ?」
レーヴェ・W・マルバス(ka0276)が、汗の迸る若様から若干の距離を取りつつ問いかけた。
「なぜ僕がそんなことをせねばならんのだ! 悪いのは間違って持って行ったあいつだ!」
「何を言うか。自分で招いた不手際じゃろう」
「ち、違うわ、馬鹿もん!」
と、こんな押問答がずっと続いている。
「ふむ……さすがにこれでは埒があかんの」
このままでは依頼遂行に支障をきたすと判断したのか、レーヴェは徐に腕を捲り――。
「おっと、お待ちくださいっ!」
拳を握りしめたレーヴェの肩を、同室していたエアルドフリス(ka1856)が掴んで止めた。
「なんじゃ、止めるのか?」
「いや、俺に考えがある」
「ほう?」
興味深げに見上げるレーヴェ。怪しく瞳を光らせ見返すエアルドフリス。
そして、耳打ちする事数秒。二人は全く同時に怪しく微笑んだ。
「コホン。若様もご存知の通り、彼の運び屋は非常に優秀であります」
レーヴェを後ろに、エアルドフリスが前へ出る。
「わかっておるわ! だからいつも使ってやっているのだ!」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。しかし、今回はその優秀さが実に厄介です。聞けば、一度受け取った物は届けるまで決して他人に渡さないとか。であれば取り返す手立てがない。もちろん若様が自ら取り返しに行かれるのであれば可能性はありますが、そのお体では何かとご苦労かと思います。あ、それについてはパンを少し減らして野菜を召し上がる事をお勧めいたします。おっと、話が逸れましたな。例えば方法として荒事に訴えるという事も出来ます。が、もしそれが若様の指示だと露見した場合、多分なご迷惑を御身に降りかかる。それはまずい。実にまずい。では、どうすればいいか。そこで我々は考えました」
ここまで一息。
「こっそりすり替えます」
「す、すり替える……?」
エアルドフリスがずいっと前に出た。
「ただし条件があります」
「な、なんだ」
「その書物、内容をお教えいただけないものでしょうか?」
両手をすりすり、目を糸にして微笑みかける。
「ば、馬鹿もーん! 極秘だ極秘!!」
「そうですか……内容は秘密と。ふむ、困りましたな……」
頑として書物に関する情報の開示を拒む若様に、エアルドフリスはわざとらしく困り顔。
「だた代替の書物を用意しただけでは、彼の運び屋の信は得られない」
「う、奪い返せばいいだろう!」
「御身の名に傷がついても?」
「うっ……」
「仕方ありません。これを使うしかありませんか」
「な、なんだ!?」
エアルドフリスのわざとらしい溜息に、若様の警戒色が濃くなった。
「さぁ、レーヴェ君。あれを用意してくれたまえ」
「結局実力行使ではないか……」
満面の営業スマイルを湛えるエアルドフリスに、レーヴェは大きくため息をついた。
●チョココ(ka2449)の旅
「暑いですの……」
ぎらぎら太陽さんは今日も容赦がありませんわ。
「ね、パルパル」
頭の上のお友達は大丈夫かしら?
「……あらあら? お返事がありませんわね。寝てしまいましたの?」
何度呼んでもお返事は無し。一体どうしてしまったのかしら。
どんっ。
「いたたた……申し訳ありませんのっ」
よそ見してたらぶつかってしまいましたの。お鼻が痛いですけど、ごめんなさいしないと。
「……こちらこそ申し訳ない」
あれ、この声って。
「どこかでお会いしまして?」
「……いや」
あれあれ? 勘違いでしたの。あ、思い出す間も与えずに行ってしまいましたわ。
「うーん、どなたでしたっけ?」
あら、さよならのご挨拶忘れてしまいましたわ。
●市場
今日も人でごった返す市場の一角。
「足を怪我してしまって……お願いします、私を運んで欲しいの!」
「……はぁ」
ぐっと拳を握るケイルカ(ka4121)に、ケンは怪訝に生返事。
「新聞社まででいいの!」
一応客かもしれない少女を無下にもできず、ケンは困り果てた。
「だめ……なの?」
「……わかりました。ただし、乗り心地は保証しませんよ」
「ありがとうなの! えっと、これに入ってもいいの……?」
ケンと大きなリュックを交互に見るケイルカは、目をキラキラと輝かせる。
「これは品物を入れるもの。人は入れません」
「ダメなの……?」
「……荷袋の上ならいいです」
「はいですの!」
断られなかったことに満面の笑みを浮かべ、ケイルカは何度も頷いた。
「少し揺れるかもしれません」
「大丈夫なの! とっても高くて気持ちいいの!」
肩車をされる形となったケイルカは、普段見慣れぬ高い視線に興奮気味。
「ほんと、お父さんに肩車されてるみたいなの……」
「……何か言いましたか?」
「何でもないの! 新聞社に向けてれっつごー! なの!」
怪我してるのかもしれない足をばたつかせ、ケイルカは進行方向を指さした。
●酒場
「いよぉ、ねぇちゃん。もう一杯だー」
「はいはーい」
景気のいい客には満面の営業スマイルを。
からからとだらしない笑みを浮かべ空のジョッキを振る鵤(ka3319)に、看板娘はとっておきの笑みを向ける。
「くっぅはぁ……昼酒最高ぉー!」
お代わりを一気にかっ喰らった鵤は、文字通り酒精が飛び出してきそうな大きな息をついた。
「んでぇ、例の巨人さんはどこかなぁっと」
鵤は明り取りの窓からそっと外を眺めた。
街は今日も熱気に満ち満ちている。看板娘の情報では、そろそろ通るはずだが――。
「ほぉ、こりゃまた目立つねぇ。つか、ケイルカの嬢ちゃんうまくやりやがったか。あ、ねぇちゃんお代わり、次は二杯な」
街を闊歩する巨体、肩の上で目を輝かせる少女。鵤は口元を歪ませ、次の一杯を頼む。
「さぁてと、街の人気者って奴に挨拶と行きますかねっと」
長居で痛んだ腰をさすりながら立ち上がった鵤は、運ばれてきた二杯のジョッキを片手に持ち、店を後にした。
●
バイクに二人乗り、レーヴェとエアルドフリスは図書館へと急ぐ。
「まったく、こんな手段に出るとはのぉ」
「本人確認にはもってこいだろう?」
「まぁ、そうじゃな」
油ギッシュな若様のからようやく採れた顔拓をバイクの尻に靡かせながら、レーヴェは感心する。
「しかし、本の内容については一切話さなかったのぉ」
「ああ、そうだな。この街を崩壊に導く書物。実に興味を惹かれる」
「それも本人が言っておるだけじゃ。どうせ、しょーもない代物じゃろう」
二人が乗るバイクが、何度目かの角を曲がると、鵤がケンに絡んでる場面に遭遇した。
「絡み方が堂に入ってるな。完璧な演技だ」
「普通に酔っぱらっとるだけじゃろ……」
鵤の巧みな時間稼ぎ術?を横目に、二人は一路、図書館へ向かう。
●図書館
「気が進みませんね……」
建物の日陰に座り込んだメトロノーム・ソングライト(ka1267)が、何度目かの溜息をついた。
「……来ましたか」
小さく呟き立ち上がると、こちらに歩いてくるケンに向かう。
「すみません、あなたは運び屋ですか?」
そのなりを見て、メトロノームは問いかけた。
「うん、この人はケンさん。凄腕の運び屋さんなの!」
と、答えたのは肩に乗るケイルカであった。
「それはよかった……実はお願いしたい事があるのですが」
ちらりとケイルカを見上げたメトロノームは、交わった視線から『我、今ダ任務完遂セザリ』の合図を受け取る。
「実はこの子が」
そして、メトロノームは体を少しずらした。そこには、苦しそうに呼吸を繰り返す一匹の犬が。
「私の連れなのですが、この暑さに中てられてしまって」
「お、おぉ……」
「あれれ、ケンさんどうしたの?」
ケイルカが頭上から問いかけるが、ケンは魅入られた様に金色の毛並みをじーっと見つめている。
「うわわ! ケンさん?!」
突然、ケンがしゃがみこんだ拍子にケイルカが転げ落ちた。
「大変です。至急診療所へ……!」
そんなケイルカの事など忘れてしまったのか、ケンは犬を軽々と抱き上げると、近くの一軒へ駆け込んだ。
診療所の前でそわそわと待つケンを見つめ、少女二人はこそこそと内緒話。
「あの子、大丈夫なの?」
「大丈夫です。あれは演技です。賢い子なので」
と、メトロノームはドレスに手を添える。
懐には先ほど二人が届けてくれた本物を忍ばせてあった。
「それで、鞄は開けられそうですか?」
「うん、たぶん大丈夫なの。鍵をかけてる様子もなかったし。だけど、リュックを触るとすごく怖くなるの……」
何を思い出したのか、ぶるりと身震いするケイルカ。
「抜き取るのは困難、という事ですか。それなら――ミカサ」
ケンのリュックの詳細を受け、メトロノームはもう一匹の連れを呼ぶ。
「かわいい子なの」
「ありがとう。ミカサ、これと同じ本を持ってきて」
メトロノームに一撫でされ、ミカサは喜び勇んでケンの元へ掛けていった。
「それじゃ、私も行ってくるの!」
「はい、では手筈通りに」
「――そうですか。それはよかった」
獣医師の言葉にケンはほっと胸を撫で下ろしていた。
「大切な荷物はもう少し大切に扱ってほしいの!」
そんな声は足元から。そこには頬を膨らせて腰に手を当てるケイルカが。
「こ、これは大変申し訳ない……」
「ケンさんはれでぃの扱いがなってないの!」
「うっ……しかし、自分はただの荷運びで……」
「口答えはダメなのっ!」
「――ミカサ、今です」
ケイルカに意識を奪われ、ケンのリュックは今、完全に無防備。メトロノームはこの時を逃すまいと、距離を詰めていたミカサに視線で合図した。
合図を受けたミカサはリュックへと潜り、例の本を咥えるとすぐさま飛びだしたのだが――。
●
「ケケケケンさん!? スピード違反なのぉぉ!!」
信じられない速度で疾駆するケンの首に、ケイルカは必死でしがみつく。
「……喋ると舌を噛むぞ」
息の一つも切らさずに、細い路地を疾走するケン。
奪われた品物を奪還せんと、ケンはリュックを担ぐとミカサの追跡に入った。
何とかケイルカがしがみつく中、ケンは猫の俊敏性すらも凌駕する勢いでミカサを追う。
そして、恐怖したミカサがメトロノームの所へ戻ったのを目撃したケンは、一連の作為を敵性と認識したのだ。
「乗れ!」
迫力に押され後ずさるメトロノームの首根っこを引っ掴み、強引に後部座席に座らせたレーヴェは、バイクのアクセルをフルスロットル。
「ごめんなさい、怒らせてしまったようで……」
「なってしまったものは仕方ない。とにかく今は逃げの一手じゃ」
下町を縫うように走る細い路地を、バイクと巨漢が疾走していく。何度も角を曲がり、カーブを越え、坂を上る。
しかし、地の利はケンにあった。レーヴェにも気付かせぬ巧みな誘導の結果――。
「まずい、袋小路じゃ……!」
急ブレーキにタイヤが焼ける。激突は免れたものの、すぐ後ろには。
「誰かは知らないが、俺の獲物を横取りするとはいい度胸だ」
人が変わったように饒舌なケンがゆっくりと詰めよっていた。
「ケンさん、待ってください! これはお返ししま――んぐっ!」
「今は逆効果じゃ。見てみぃ、完全に目がイっとる……」
咄嗟に本を差し出し返そうとするメトロノームの口をレーヴェが塞ぐ。
「ケンさん、落ち着いてくださいの!」
何とか止めようとケイルカがケンを羽交い絞めにするが効果は無く、歩みは着実に二人に迫っていた。
「立てよ、アースウォール!!」
突然、何もない地面から巨大な石壁が立ち上がった。
「今のうちだ、逃げろ――って、なにっ!?」
エアルドフリスが妨害にと立ち上げた石壁は、ケンの一振りであっけなく破壊される。
「まずい……!」
「ほいほい、今度はおっさんの番だぁね」
焦るエアルドフリスを脇にどかし、鵤が歩み出た。
「こういう輩には、こういうのが――ういっく」
と、鵤は手にしてあった酒瓶を一気に煽る。
「一番効くんだわぁ」
にたぁとだらしなく笑う鵤は、空瓶をそのまま転がした。
ころころつるんどんっがしゃん!
「ほぅら、引っかかった……って、無傷かよぉ」
盛大に土煙を上げ、壁に広大な穴を穿ったにも関わらす、ケンは無傷で立ち上がる。
肩に乗っていたケイルカはくるくると目を回し、小脇に抱えられていた。
だが、二人の作った僅かな隙を逃さず、レーヴェはバイクを反転させるとエンジンをふかす。
再び始まる逃走劇。来た道を戻り、別の路地に逃げ込む。
バイク一台ようやく通れるような細い道を、壁すれすれに突き抜け、大きな通りへ。
「ぬっ!」
突然飛び出してきた影に咄嗟にブレーキを握る。
何とか衝突を避けたものの、バイクは横転し横滑り。二人は投げ出された。
「わわっ! ケンさん、まえまえっ!!」
「……むっ!」
一方、後を追っていたケンは、勢いの止まらないに小さな影に突っ込んだ。
衝撃で濛々と立ち込める煙の中から現れたのは。
「いたたたた……あらぁ、またぶつかってしまいましたのね」
膨らんだコブを撫でながら、にこりと笑うチョココだった。
「……す、すまない。怪我はないだろうか」
チョココの幼気な瞳に見上げられ、ケンの怒気が急速にしぼんでいく。
「大丈夫ですわ。お爺様もだいじょうぶですの?」
「あ、ああ……」
差し出された手を取ったチョココが立ち上がり、パタパタと埃を払っていると。
ひゅるる――ぶぎゅ!
頭の上からパルムの潰れる音と共に、一冊の本がチョココの手元へ落ちてきた。
「あれれ、これはなんですの……?」
後方で「あ、それは!」と声が上がるものの、チョココは小首をかしげ徐に本を開いた。
「あらぁ、素敵なポエムですの~」
ぺらぺらとページをめくるチョココがうっとりと本の世界に浸る。
「……そ、それは」
チョココが「あ、落とし物ですの」とにっこり微笑み、例の本を差し出した。
●新聞社
「はぁ……ではこれを」
差し出した証書を確認した新聞社職員は、随分困惑していたが本の交換に応じた。
レーヴェとエアルドフリスが用意した顔拓がここに来て効果を発揮。
ケンが届けた例の本と、本物を「配達後」に取り換える事に成功したのだ。
「初めからこうしておればよかったのじゃ」
「そぉう? 私は楽しかったからおーるおっけーなの!」
心底疲れた風に肩を落とすレーヴェと、ほくほくと楽しそうなケイルカ。
「さぁてと、俺は若様にお会いしてこようかねぇ。いやぁ、楽しみ楽しみ」
「本を返しに行くのが楽しみ……?」
やたら上機嫌の鵤を訝しみ、エアルドフリスが問いかける。
「ほれ、飯のネタ」
と、鵤が悪そうな顔で取り出したのは、ペンと紙。
「おまっ……写す気か?」
「へっへ」
にたりと口元を歪ませた鵤に、エアルドフリスは呆れるように両手を上げた。
「私はケンさんに謝罪してきます。同好の士としてこのまま済ませる訳には……」
しかし、四人とは対照的にメトロノームだけは、真剣な面持ちでケンの元へ向かっていった。
依頼結果
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相談卓、です メトロノーム・ソングライト(ka1267) エルフ|14才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/08/03 01:05:11 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/07/30 00:57:38 |