金衣公子のカンタータ

マスター:鹿野やいと

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/09/14 22:00
完成日
2014/09/22 11:27

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●嵐の夢

「すまない……本当にすまない」
 何も悪いことをしたわけでも無いのに、彼は泣いていた。
「俺達がもっと早くついていれば」
 確かにそうであれば漁師の父は死ななかったかもしれない。けどそれは、やっぱり泣いて謝る彼の責任ではない。毎日沖で戦っていたのを知っている。昼夜問わず働いていたのを知っている。だから伝えたかった、ありがとうの言葉を。けれども私の唇は動かない。あの日と同じもどかしさを繰り返す。伸ばした手が彼の頬に触れ、そこで今日も夢は途切れた。

●嵐の後

 食堂に入った瞬間、匂いでわかった。今日は御馳走だ。豆だけを煮てこんな匂いにはならない。海兵隊隊長のルッジエロが、部下に遅れること20分後に席につくと、すぐに夕食のシチュー、白いパン、バターが配膳された。シチューの材料の豆、玉ねぎ、ニンジンは海兵が持ち込んだものだ。入っている肉は豚か猪か。そういえば3班の連中が野生の猪を狩ったと言っていた。何にせよ有り難かった。
 この近辺の補給は安定しているが護衛につける人員の問題で頻度は多くなく、最近は肉の入っていない味気ない豆のスープばかりだった。贅沢を言わせて貰えるなら、魚が食いたい。海に歪虚が大挙して漁を一時的に禁じられ、魚がほとんど出回ってないのはわかってはいるが、それでも港に住む人間として魚の味が恋しかった。とはいえ、今は猪が旨い。時期で言えば食べ頃で、シチューに浮かぶ猪肉はそこまで脂身も多くない。臭みが少ないのはひとえに猟師と料理人の腕のおかげだろう。現金な自分に感謝したり呆れたりしながら、ルッジエロはあっという間にスープを平らげた。腹に満ちる滋養に幸福感を覚えながら、食後のエールを満喫した。
「いやあ、旨かった。親父さんに伝えておいてくれ」
「あいよ。つっても、聞かなくてもわかってるぜ。みんな良い食べっぷりだったからな」
 給仕をしていたサリナは手の上に手早く皿を重ね、軽い足取りで持ち去っていく。口調は乱暴で気が強く、ショートカットがまるで男子のような娘だった。しかし長く給仕を続けてるだけあって気遣いは本物だった。良い嫁になるだろうなと他人事の気分でルッジエロは彼女の背を視線で追った。村との関係は良好だった。彼女のみならず、漁師村の村人は大よそ海兵隊に好意的だ。
 この村は本来、海軍の管轄ではなく陸軍の管轄になる。それを曲げて進駐しているのには理由があった。ラッツィオ島への侵攻やそれ以前の沿岸防衛で海軍のほとんどは海に張り付き、内陸部は援軍としてやってきた王国騎士、帝国騎士、辺境の各部族にゆだねられている。上同士は納得の上で分担で仕事をこなしているが、問題は影響を受ける領民達の心証にあった。
 元から陸軍は弱小で信頼に値しないと思われているが、そこに来て他国ばかりが防衛に務めていては同盟の信用にも関わる。国の体裁を保つ為に自身で賄うことができると内外に示すことは意味がある。今回の進駐はここに理由があり、同盟軍の仕事ぶりを喧伝することにこそ意味があった。
 ルッジエロが食事を終えてストックしていた最後の紙巻煙草に火をつけると、隊の尉官2人が席を寄せてきた。ここでの会話が最近は連絡会のような役割になっていた。
「トマーゾ、今日は特に何もなかったか?」
「特には何も。静かなもんです」
 トマーゾ少尉は逆三角形の筋肉が目立つ男だ。四角くて厳つい見かけだが、面倒見が良く気遣いは繊細だ。足元が疎かになりがちな隊長業務を支えてくれる、隊に必要不可欠な人物だ。
「ニーコはどうだ?」
「僕のほうも特には何も」
「そうか」
 ニーコは見た目15か16にしか見えない少年のような人物だった。海軍で士官の教育を終えているのでしっかり成人はしているのだが、発育はどうにも悪かったらしい。おかげでその手の好みの女性には大変気に入られているが、ニーコ本人はトマーゾのような体格が理想らしい。弱々しい外見ではあるが彼も荒くれの海兵を指揮する立場。戦場では銃を持って前線で指揮する豪胆さもある。
「そういえば大尉! ニーコ少尉が、また村の娘に言い寄られてましたよ!」
 話が終わったのを見計らっていたのか、海兵の1人が大声で喋りだす。
「トマーゾ少尉も見張っててくださいよ」
「間違いが起きては大変ですからね!」
「僕が間違いを起こすって言うのか!」
 口々に囃し立て始めた部下達にニーコが真っ赤になって言い返す。
 それは面白がられるだけだと何度も言っているのだが、ニーコは若いせいか今ひとつ実践できない。
「いえいえ、少尉殿が襲われるかもしれんということですよ」
「羨ましいですな」「はははははははは」
 口々に笑ってはいるが何人かの顔は笑っていない。1人で女を掻っ攫って楽しみを奪うのかと、今にも血の涙を流さんばかりの視線が集まる。 過去に実際に寝込みを襲われた事例があるから、ニーコも強く言い返せない。
 ルッジエロは兵士達を見て同じように笑った。欲望をこうして話題に載せているうちは大丈夫だ。
 引き続きトマーゾが海兵を統括し、ニーコは村の反応に心を配ってくれている。行儀良くしているなら部下にはしっかりと金を出そう。あとはトマーゾが良い店を宛がってくれるだろう。ルッジエロは名残惜しい気持ちに目をつぶり、吸いかけの煙草を灰皿に押し付けた。

●凪の前触れ

 イルダは今日もその光景を見ている。歪虚から助けてもらった日以来、彼女の視線はいつもルッジエロを追っていた。
「イルダ。ほら、エール持っていきなよ」
 同僚のサリナは気を遣って給仕の役をサリナに譲ろうとする。しかしイルダは、その盆を受け取れなかった。
「サリナ……でも私は……」
 歪虚の襲撃に巻き込まれ、イルダの身体には大きな傷が残った。胸や腕についた傷は内臓には達せず、胴や脚の怪我は大事には至らなかった。
 問題は左眼だ。左目と頬、頭部の一部を大きく爪で抉られ、左眼は失明してしまった。今は眼帯の代わりに布を巻き、残った傷を隠して居る。大尉は文字通り傷物になってしまった村娘の自分などに見向きもしないだろう。街に戻ればきっと彼を好いているきれいな女の人がたくさん居るに違いない。
「あと1週間したら、皆帰っちまうぜ」
 わかっている。理由をつけて前に出ないのは、私の恐怖が理由だ。確かに海兵達を刺激しないようにと通達はあるけども、誰もそれを真面目には捉えていない。通達がある中で彼に話しかけ、嫌われてしまうことが怖いだけだ。
「……」
 イルダはふと気付いた。その一団の端にハンター達が集まっている。海軍は再度の注意を受けているが、ハンター達はどうだろうか。彼らは海軍ではないし男女混成が常だ。彼らなら、助けになってくれるのではないだろうか。
 イルダは一晩悩みぬき翌日の朝、彼らに相談を持ちかけた。

リプレイ本文

 イルダの話は概ね好意的に受け入れられた。温度差は若干あるものの、皆が協力的だ。
 全員一致で協力すると決まれば、ハンター達の行動は早かった。告白をするどさくさを演出するために、カミーユ・鏑木(ka2479)は連れて村長宅へ、天音 恭一郎(ka3034)と薄氷 薫(ka2692)はルッジエロら海軍士官の集まる部屋へ、それぞれ足早に駆けて行った。
 宴を目眩ましに使う算段だが、許可も体裁も必要だ。他方、 トライフ・A・アルヴァイン(ka0657)と月詠クリス(ka0750)は下準備をすると、下の酒場へ向かう。イレギュラーな行動をする可能性のある海兵をリストアップする為だ。イルダと共に残ったマリエル(ka0116)と浅黄 小夜(ka3062)はカミーユの指示通り、イルダの飾りつけを始める。サリナはイルダが抜ける分の仕事をこなすために部屋を抜けていった。
 あぶれた春次 涼太(ka2765)は部屋にいるわけにもいかず、男性が不意に部屋に入らぬように見張りに立たされた。内陸の寒暖差は大きく、夜の廊下はそろそろ肌寒い。
「……ひどい」
 呟いてみても、事態は改善しそうになかった。それはさておきである。
「イルダさんは、そのルッジエロという方のどういう所を好きになったのですか?」
 座らせたイルダの爪をやすりで整えていたマリエルが、顔を近づける。後ろで髪型とリボンを整える小夜も聞き耳を立てていた。
「え? それは……」
「顔が良いとかじゃないでしょ。最初のきっかけとか、どうだった?」
 答えを考えて色々思い出したのか、イルダは耳まで赤くなる。
「助けてもらったのが、最初ですけど、その……」
 その日以来、彼女はルッジエロの姿を追っていた。よく笑う人で、ちいさな変化を喜ぶ人だった。理由として言葉に出来るのはそこまでで、後は気が付けば、らしい。
 マリエルはイルダが恋心を言葉にするのを嬉しそうに聞いていた。彼女は人が変わっていくのを見るのが好きだ。記憶を失った喪失感を、優しく埋めていくような気がするからだ。
「でもやっぱり……」
 イルダは眼帯の上から目に触れた。彼女の気持ちのネックは、やはりそこに帰結していた。小夜はそっとその布を取り、カミーユの選んだ花柄の眼帯を巻いていく。
「傷の事も……気になるの解る。けどそれは……大変な目に会うても……おねえはんが頑張った証。小夜も転んで傷ができても……お母さんは頑張ったねって褒めてくれる」
 イルダは小夜の顔を見上げる。この傷を前向きに捉えた言葉は、彼女には新鮮だった。
「せやから小夜は……おねえはん綺麗やと思うし、おねえはんの事……大事に思てる人も頑張る事……褒めてくれると思う
 だから気にせんと、素直に伝えるんが……良いと思う」
「……うん、わかった。ありがとう」
 イルダは小さく頷いた。
 服装の準備が終わった頃、村長と話していたカミーユが戻ってきた。カミーユはイルダの姿を見るなり歓声をあげた。
「まぁー、素敵じゃない! 見違えたわ!」
 眼帯代わりの布も花柄の物に変え、簡素なものだがリボンもつけた。基本は普段着ている無地のワンピースを使い、けばけばしく無い範囲で整っている。
 今までと完全に違う服を着るのも違和感になる。現状ではこれ以上ない出来栄えだ。
「お返事はどうどした?」
 騒ぎ始めたカミーユを宥めるように小夜は言った。カミーユの表情が渋くなる。
 村長達は宴会の意図は汲んでくれた。海軍への心証も良く、それぐらいならしても良いという雰囲気はある。しかし実現しようにも冬を控えて食糧も現金も貴重で、今この時に出す余裕が無い。金銭の問題さえ解決できるなら、期日までに近隣の町で買い揃える事も可能だが。逆に資金さえなんとかなれば、とも取れる。海軍の返事次第だ。
 丁度そこで、残りの人間が帰って来た。コンコンと静かに鳴らされたノックの音に一堂はドアを振り返る。
「入っても大丈夫かな?」
「かまいませんよ」
 浅黄が答えると外に居た天音 恭一郎は同じく音を立てない所作で部屋の扉を開いた。続いた薄氷が外を確認し扉を閉める。天音は他に座るところもなく、ベッドの上に腰を下ろした。
「大尉は何て?」
「うん。それを海軍から提案することはできない、だってさ」
「そう……。困ったわね」
 海兵たちへの労いと村との懇親会を兼ねた宴の提案は受け入れられなかった。村と同じく金銭の話題もあったが、それ以上に遠征先で宴会という事に彼らは難色を示した。彼らは非番の時であっても行儀の良さが求められている。自分から息抜きを提案することは出来なかった。先日持ち帰った猪を捌いてくれたように、村側が用意してくれるものなら問題は無いが、やはり建前の問題があるのだ。
「村側は提案してもいいけどお金が無い。海軍は提案してもらえたら問題ないと……」
 マリエルは唸る。両者の譲歩は噛み合っていない。もう一押し、ハンターが動くしかないだろう。
「仕方ないわね。私達がお金を出しましょう」
「いいのですか?」
 イルダが不安そうに胸を張るカミーユに視線を送った。宴を大きくするならそれなりの額になる。
「良いのよ。こう見えて私達、高給取りなのよ。貴方は目の前のことに集中しなさい」
 カミーユは器用にウィンクをしてみせた。


 酒場に下りたトライフは考えた。海兵の反応を見るのに一番良い方法は何か。女に飢えた相手をあぶりだすには、やはり女を使うのが一番。そう考えたトライフは、給仕に走り回っていたサリナを呼び止めた。
「なあ、サリナ。そういえば聞いてなかったけど、誰か付き合ってる男はいるのか?」
 ハンター達に行儀良さの規定は無い。サリナを呼び止めたことで、幾つかの怖い視線がトライフに集中する。彼はあえて視線を合わせた。過剰反応をした者を要注意リストとして頭の隅に記録する。
「バカ言うな。俺みたいな男女と付き合うようなのは居ないよ」
「なんなら僕と付き合わない?」
「ば……ばか言うな! 俺なんかとそんな……」
 反応が初心だ。これは簡単に物にできるかもしれない。
「嘘じゃないって。俺、あんたのこと本当に可愛いって思ってるんだぜ」
 トライフは立ち上がり、サリナの手をとって近くに寄せようとする。顔を近づけ、相手を覗き込むように視線を合わせた。
「!」
 ぱしんっ、と軽快な音が響いた。頬を張られた。痛くはないが流石に驚く。頬を叩いたサリナの顔は、耳まで赤くなっていた。
「からかうんじゃねえ! バカにすんな!」
 怒ったサリナは大きな足音を立てながら奥へ引っ込んでしまった。海兵からどっと笑いが起こる。見事な振られっぷりで、気が晴れたのだろう。
 ここまでトライフの想定通りだった。失敗にせよ成功にせよ、気は引ける。失敗すれば負け組同士の親近感にもなる。
(けど、これは違うな)
 トライフはこの過剰反応に、別の答えを見ていた。場所を変えてもう一度試せば、あるいは。彼は結果の両取りを狙いながらも、それを気取られぬよう、表情だけは神妙に作り変えた。
 その様子をルッジエロら士官達と薄氷は遠巻きに眺める。今日も仕事は遅くまでかかり、ルッジエロはようやく食事を終えたところだった。
「それにしてもルッジって忙しいのな。飲んだりしないのか?」
「休憩中も仕事のうちだ。娯楽は煙草までだよ」
 シガーケースを開いてその紙巻煙草さえ無いのに気付く。わかりやすく溜息をつくルッジエロに、トマーゾが苦笑しつつ自分のストックを1本差し出した。
「忙しい中じゃ自分で巻く時間もなくてね」
「じゃあ巻いてくれる嫁を貰えば良い」
 薄氷は話題に食い込んでいく。最低でも彼女が告白する前に、ルッジエロの希望を引き出しておきたい。 
「そろそろ俺も結婚とか考える年でさ。ルッジは考えないの?」
「そんな余裕はないが、周りから急かされるな。そのうちお見合いをさせられるだろうよ」
「なら、先に自分で選んじまえよ」
 薄氷は村の女の子の名前を順番に上げてみせる。ルッジエロは何を言っても苦笑するばかりで反応は薄い。
 だが、サリナへの評価を聞くにつけ、反応は悪くないようだった。薄氷は他の女の子の評価を聞くのと同じように、わからぬように本命の名前をあげた。
「給仕に傷だらけの子がいたな。イルダちゃんだっけ? あの子とか器量も良さそうだし、ルッジどうよ?」
「…………」
 ルッジエロから返事はなかった。薄氷を見る目には、先程のような柔らかさがない。
 彼は返事の代わりに煙草を深く吸うと、まだ残りの多いそれを灰皿で押しつぶした。
「まだ少し仕事が残っている。君達はゆっくり休め」
 ルッジエロは制帽を深く被ると1人立ち上がる。薄氷も立ち上がり護衛につこうとしたが、隣に座ったニーコに腕を掴まれた。代わりにトマーゾが立ち上がりルッジエロに付いていく。
 その時の薄氷には、何が彼の逆鱗に触れたのか想像出来なかった。



 意思が固まれば動くのが早いのは海軍も同じだ。ハンター達の出資の下、最終日の宴は無事に始まった。
 小夜やマリエルはチャンスを見計らうため、サリナやイルダらと共に給仕を手伝っている。宴会の真ん中ではここぞとばかりに春次が場を仕切っていた。
「海兵のみなさーん! お勤めマジお疲れ様っす! 今日はたっくさん飲んで騒いで、疲れ吹き飛ばしちゃってくださ~い!」
「「かんぱーい!」」
 陽気な連中は騒ぐのも大好きで、何の疑いも無く酒をかっくらい始めた。春次も気を良くして更に畳み掛ける
「そんでは、リアルブルーで有名なゲームをやってみましょう! その名も山手線ゲーム!」
「ヤマノテセン?」
「リアルブルーの乗り合い馬車の名前みたいなもんと思ってくだせえ。まずはルールを説明するっす!」
 誰も知らない遊びとなればやはり興味津々で、男達は子供のように盛り上がる。
「間違ったら罰ゲームで……」
「いや、ここは勝ち残ったら賞品をつけよう」
 割り込んだのはトライフだった。彼は自分の取っておきのブランデーを机の上に置いた。
「勝ったらこの杯で一杯でどうだ? 飲酒の許可は大尉からとってるぞ」
「よし乗った!」
 酒好きの海兵達が嬉しそうに前に出てくる。春次はトライフに親指を立てた。
「じゃあ最初のお題はー……」
 春次が楽しそうに盛り上げている様子を眺めながら、トライフは醒めた目で海兵の動き満遍なく見渡した。変な動きをする輩はいない。チャンスだ。小夜に視線を送り、そっとイルダを送り出す。
(5杯ぐらいは飲まれるか。許容範囲だな。サリナからは十分『ご褒美』ももらったし、差し引きなら悪くない)
 昨晩の事を思い出し、小さく笑みを浮かべる。トライフは仕事は終わったとばかりに、自前の煙草に火をつけた。
 眺める先で春次のゲームが終えると、サリナを連れたカミーユが上座に現れた。
「さあ、次は腕相撲大会をやるわよ。商品はサリナちゃんのキッスよ!」
「「うおおおおおっ!!」」
 大喜びするマッチョ達。女を知らない者は少ないほうだが、こういう甘酸っぱいイベントは別腹だ。誰もが腕力には自慢のある猛者達ばかり。もはやキッスは戴いたも同然。そんな甘い考えは、次の一言であっさりと挫かれる。
「相手はこのあたし、カミーユ・鏑木が務めさせて貰うわ!」
「えー…」
「負けたら代わりに、私が熱いベーゼをプレゼントしてあげる!」
「えー…」
「さあボウヤ達、かかってらっしゃい!!」
 覚醒者の中でも前線向きのガチムチエンフォーサー相手に、さすがの海兵もほとんどが及び腰になる。
 それでも万に一つ以下の可能性に賭ける無謀なやつは居た。男とは、無謀な戦いでもやらねばならないときがある。今がその時かどうかはさておき、覚悟を済ませておくのが男というもの。
「くそ、俺がやってやらあ!!」
 自身を奮い立たせ、前に出るのは若手一番の怪力を誇る二等兵。マッチョとカミーユの手ががっしりと組まれる。
「うおりゃああああっ!!」
「ふんっっ!!」
「ぎゃあああああっ!!」
 男の断末魔が響く。結果は誰もが予想したとおりである。それでもその後、カミーユに疲労が蓄積し、いつか突破できるのではないかと、そんな甘い夢を抱いた男達が何度となく表れ、そして散っていった。
 男が夢破れる度にカミーユのキッスが頬に、首筋に、耳に、鼻の上に、瞼に、情熱的に炸裂する。この大騒ぎはカミーユが適当なところで負けるまで延々と続いた。トマーゾはバカ騒ぎの渦中。ニーコは1人、憂鬱な顔でその状況を眺めていた。
「貴方、何か隠し事をしていますね!?」
「ぶっ!」
 唐突に横からクリスに話しかけられ、ニーコは口に含んでいたエールでむせ返った。
「……ち……違うよ」
「なら、どうしてそんな難しい顔していたんですか?」
 クリスの直感は正しかったが、内容は少し違っていた。隠していたのでなく……。
「……もう遅いからさ。こういう事なら相談して欲しかったなって思ったんだ」
「……もしかして、ばれてました?」
「そりゃあね」
 ニーコは苦笑してエールを呷る。彼は元々、村の動向の把握に務めている。女性関係に疎いわけでもないため、ハンターの不可思議な動きはすぐに目に止まっていた。
「ルッジエロさんはイルダさんを悪く思っていません。何か問題でも?」
「……そうだね。それだけじゃダメなんだ。それだけじゃ……ね」
 ニーコは寂しそうに笑う。クリスが答えを聞こうとしても、その後ははぐらかすばかりだった。


 イルダが戻ってきたのは、そんなバカ騒ぎでほとんどの者が疲れて眠ろうとする頃合だった。 
「どうでした?」
 イルダは寂しさの滲んだ顔で首を横に振る。耐えていたのか、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そう……。頑張りましたね」
 マリエルはそっとイルダを抱きしめる。イルダは震えてはいたが、嗚咽することはなかった。
「特別扱いに見えるような事はできないって言われちゃった」
「……そうか」
 居合わせたトライフには、何となく心当たりがあった。立場のある人間として最大の安全策を取ったのだ。彼女の傷が話題に上るうちは、彼は何があってもイエスとは言えなかったのだろう。
「でも、すっきりしました。嫌いって言われたわけじゃないですし」
 失恋はしたものの、衝撃から立ち直ったイルダの表情は晴れやかだった。
「みなさん、本当にありがとうございました」
 そのお礼を素直には受け取れなかったが、ハンター達は彼女のこれからを祈って精一杯の笑顔を作った。



 本命のイルダの恋は成就される事はなかったが、宴の中で幾つかのカップルが成立した。
 今すぐ一緒に街に帰るわけにはいかないが、何組かは前向きな話がなされたらしい。それは誰にとっても望外の結果であった。それだけでも宴には価値があった。
 翌朝。海兵達は村人達に見送られながら、最寄の港へと出立していった。

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参加者一覧

  • 聖癒の奏者
    マリエル(ka0116
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • 大口叩きの《役立たず》
    トライフ・A・アルヴァイン(ka0657
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • めい探偵
    月詠クリス(ka0750
    人間(蒼)|16才|女性|機導師
  • 黒豹の漢女
    カミーユ・鏑木(ka2479
    人間(蒼)|28才|男性|闘狩人
  • 不器用、なれど優しき言葉
    薄氷 薫(ka2692
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • 目指せハーレムマスター
    春次 涼太(ka2765
    人間(蒼)|14才|男性|魔術師

  • 天音 恭一郎(ka3034
    人間(蒼)|28才|男性|聖導士
  • きら星ノスタルジア
    浅黄 小夜(ka3062
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師

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アイコン 相談卓
浅黄 小夜(ka3062
人間(リアルブルー)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2014/09/15 14:36:21
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/09/09 11:59:27