「ご主人。単独でお出かけでしたかな？」
「ええ蛮蔵。…例の者たちが、予定通り動いたようだからね」
　シャツに仮面のその男は、振り向きもせずに、アジトに戻った直後己が配下に指示を言い渡す。
「……どうするのだご主人？動かせる兵力に限りはある。前回量産型のほとんどを破壊されたのが影響しているからして――」
「心配はいらないさ」
　おもむろに、『戦闘用の』白衣を羽織る。
　見た目は普段着ている物と代わりはない。しかし彼の能力を考慮すれば――

「こう言う時のために色んな所に連絡しておいたし、いろんな研究をしておいてあるんだ。蛮蔵、貴公は外回りが長かったからね。そういう研究、見てないでしょ？　後、事前に言っておいた各員に、作戦始動の合図、出しといて」
「ククッ……流石はご主人。了解した。連絡してくるとしよう」
　白衣の男――『錬金術の到達者』コーリアスは、その名が象徴する錬金術の能力によって、数々の物を製造する事が可能。
　だが、それとて『何でも自由に作れる』と言う訳ではない。彼が物を作り出すには、その理、構造を理解しなければならない。故に必要とされるのは『研究』。それを、彼は、蛮蔵が出かけていた間に終わらせていたと言うのだ。

「しかし、これだけの兵力を集めたならば、あの里を囲み、反応される前に叩くだけで勝利だろう」
「それじゃあ面白くないんだよなぁ」
　その言葉に、蛮蔵は僅かな不吉な感覚を覚える。
　主が『面白くない』と言う時。大体それは良い事にはならない。

「折角やるなら、面白い方がいいよね？
　ちょっと交渉してくるよ。ゲームルールを……ね」


●交渉と包囲とゲームと

　集まったハンターたち。急を極める召集によって呼び出された彼らの前には、『交渉人』ロレントが。
「……急に呼び出して申し訳ございません。ですが、厄介な事態が発生しています」
　一息置いて。地図を指しながら告げられたのは、厳しい状況。

「幻獣『ツキウサギ』、そしてオイマト族のバタルトゥ・オイマトが、この場所で歪虚『錬金術の到達者』コーリアスによって包囲されました」

　息を呑む音が聞こえる。
　ツキウサギは、前回――『幻森』と呼ばれる一件以来、幻獣の森から出る事は滅多になかった筈。
　そして、バタルトゥは言わずと知れた辺境部族会議の首長。
　その彼らが、どうしてここで――
「新たにツキウサギの眷属である『ユキウサギ』――以前に幻獣の森を出て行った者たちの末裔により作られた集落が、この周辺に見つかりました。それで、ツキウサギはそれを訪れ、バタルトゥはそれに同伴していたのですが……」
　沈痛な面持ちである。
「最初から追跡されていたか。あるいは、敵の『追跡の技量』が上回っていたか。いずれにしろ、集落への到着からあまり間をおかずにして、コーリアスによる包囲が完成しました」
　ユキウサギたちはある程度の戦闘能力を持つ。故に、迷い込んだ雑魔の１－２体程度は退治できた。今までそうやって集落を守ってきたのだが――
「さすがにコーリアスの用意した歪虚や装備は普通の雑魔とは違うようで。囲いを突破できません」

　――ならば直ぐにでも大軍を集結し攻め立てるべき、と考える者も居るのだが――
「コーリアスの方から連絡がありました。『ゲームをしたい』と。拒否する、あるいは大軍を動かせば、今すぐにでも全力を持って攻め込む、と」
　彼の全力を以ってすれば、人間側の戦力が到達する前に集落を完全に壊滅させる事も不可能ではない。それに、その『目的』が不明瞭なのもまた気がかりだ。
「……ですので、『ゲームにはルール設定が必要』と言う事で、交渉の場を設けさせました。これを逆手に取り、私たちに少しでも有利に状況を動かすか、あるいは彼の目的を探るか……と言うのが、今回の目的です」
　一息つき、地図上に座標が映し出され、そして解説が並べられる。
「交渉場所はこの地です。付近に障害物はなく、両者伏兵は不可能だと考えられます。先方からの初期ルールは三点。
『三週間後に決戦とし、その間を準備期間とする』
『少数精鋭での決戦とし、一定以上の兵力を用いない』
『お互いの兵力への妨害は許容するが、大将格（人間側ツキウサギ。歪虚側コーリアス）への攻撃は行わない』
『ハンターたちがルールに従っている限り、最終日までコーリアスは攻撃を仕掛けない』
と言う事らしい」

　ルール無用でコーリアスが攻撃に動けば、すべての物理的な障害は彼の前では無いに等しい。
　それに対する対策を考慮する時間稼ぎも兼ねているのだろう。
　何が変えられるかは、君たち次第――そう言って、ロレントはハンターたちを送り出したのであった。

●投げられる賽

「……さて、交渉の続きと行こうか」
　既に交渉も酣。様々な条件が出され、吟味された。
「先に纏めさせていただきますねー」
　ほわほわした雰囲気で、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が書類を差し出す。
　『備忘書』とされたその書類に記載されたのは、三点。

『準備期間中に於ける　人間側：ツキウサギ、バタルトゥ　及び　歪虚側　コーリアスへ危害を加える事の禁止』
『人間側勝利条件：コーリアスの撃退、または殺害　歪虚側勝利条件：コーリアスがツキウサギに触れる事』
『可能な限り両陣営共にゲーム終了後の追撃はしない』

「…書類は作りましたが、別にあなたの押印が必要と言った事はありません。飽くまでも記録と言った類の物です。…人は、記憶が曖昧になりがちなので。　不要ならば撤回いたしますが、どうしますか？」
「僕は不要だ。記憶しているし、そもそも貴公たちがルール違反した時は…総攻撃をすればいいだけなのだからね」
「……」
　これだ。この飄々とした遊び人のような態度が、文書の製作者であるガーベラ・Ｍ・ベッドフォード(ka2401)の不思議とする事項であった。
（「彼はそんな酔狂なだけの人物だったのかしら？」）
　――ガーベラの疑問は尤もな物だ。コーリアスは過去にも、技術の強奪などを行っている。今回もまた、狙いがある物と考えるのが普通だ。
「僕は面白い事と、新しい知識が大好きだ。……それさえ満足できるのなら、何でもするさ」
　それを読んだのかそれとも偶然なのか。そうコーリアスは答えた。
「力押しで事を進めれば、僕の目的は達成できる。けど…それだと『面白くない』んだよね」
　それが真実か、それとも偽装か。ガーベラには分からなかった。ならば――
（「付近の警備を強めておくべきね」）
　どうせ、このルールに沿えば、軍の部隊は出撃できない。ならば閑置させて置くよりは、付近の監視を…と言う事だ。
「うん、現状はこれで問題ないね」
　一通り紙の内容を確認すると、頷くコーリアス。
「…なら、交渉の続きと行こうか」
　そう、切り出したのは……ウィンス・デイランダール(ka0039)。

「先ず、準備時間だが……三週間は長すぎる」
　切り出したのは、期間に対する要求。
「あんたの錬金術とやら、成る程見事なものだろうし、様々な応用が利く。だが反面俺達が使う“スキル”は刹那的な効果しか生めない。…そう考えると、その期間で行く場合、あんたの力には何かしらの制限が必要だ。例えば、あんたが能力を使って準備できる回数に制限を掛けるとかな」
　それに対して、コーリアスの表情は、成る程『不可解極まりない』と言った感じの物だった。
「この三週間は、寧ろ君たちに対するハンデなのだけれども……？」
　表情が固まるウィンス。
「村を一瞬で包囲できたと言う事実からも分かるように、僕の準備は既に『殆ど完了して』いる。また、僕の能力を知っているのなら、『ゲーム開始後』にも準備の続きが出来ると言う事は想像できるんじゃないかな？」
　彼の錬金術は、一瞬で物を変化させる。やろうと思えば、戦闘中に後ろで延々と兵器を生産し続ける……そんな芸当も不可能ではない。
「だから、兵力の調達。武器、補給類の調達。そして僕たちの能力を調査する等、偵察の為に君たちへ与えられた時間が三週間だ。そのハンデを『要らない』と言うのであれば、僕に異論は無いよ」
　固まる空気。
　条件自体はおおよそ和泉　澪(ka4070)の想定通りだった。寧ろ彼女はこれを元に、準備時間の短縮と引き換えに当日の戦闘時間の短縮を提案する予定だったが…仲間内での意見統一が出来なかった故に、この提案は出来ない。一に『戦闘時間が過ぎた際にどちらの勝ちとするのか』の問題がある。コーリアスには目的がある故に、この『ゲーム』には『引き分け』と言う事はありえない。彼が勝利する、即ち彼の目的を達成するか、彼の撤退、或いは死亡による『敗北』しかありえないのだ。そして二に、仲間内での意見の統一が出来なかった事。時間切れをコーリアスの敗北とする場合、彼が追加条件を出すのは必至。その追加条件のリスクを恐れる者が居たので、反対者が出たのだ。
　――固まる状況を見て、両手を広げて『やれやれ』とするコーリアス。
「まぁ、三週間の内の僕の錬金術使用に条件をつけたいならそれでもいい。一週間に一回と言わず、君たちがルールを破らない限り、僕は決戦の開始まで錬金術を使用しない」
　要求が通ったのみならず、それ以上の条件を、ウィンスはコーリアスから引き出した。
　だが、何故だろうか。状況が好転したようには思わないのは。

「僕が今までに既に作り出した何かが、自分たちを改造する…と言うのは、自由だよね？　『僕は』手を加えていないのだから――」


●提案のその裏に

「さて、僕の方からも、確認したい事が一つある。……ルールの一つ『大将格には手を出さない』と言うのは、飽くまでも準備期間の話であり、僕が先ほど言った様に『最終決戦の日に於いては全てのルールが解除される』との事から、決戦の日に於いては大将格への手出しも自由だ。…でなければ、君たちの勝利条件の一つ――『僕の殺害』と衝突する事になるからね」
　その言葉に、エリス・ブーリャ(ka3419)の表情が僅かに変わる。
　戦闘後の追撃はしなくても問題ない……彼女の考えていたそれは、両側が共に大将格に攻撃が仕掛けられないと言うルールを前提としていた。
　だが、考え込むのは飽くまでも一瞬。話術と交渉術を所有する彼女は、直ぐに取り繕い、元の表情に変わる。
「了解よ。ウチはそれで大丈夫」
　考え方を変えてみれば、それはこちらが敗退しても追撃を受けないと言う事でもある。最低限の保障…死者を減らす面から見れば、これも一つの選択肢。歪虚を倒すのは――またのチャンスにでも出来る事だ。
「…所で、マティリアちゃんは元気？」
「貴公たちが壊したのに、何故僕に聞くのかな？」
　その回答に、恐らく完全に修復できていないのだろう、と言う事がエリスには推測できた。
　自信家の彼の事。修復できたのであれば、残念だったね、とでもからかって来る可能性の方が高い。

（「然し、何故彼はああも速く、集落を包囲できたのでしょうか」）
　交渉が成されていた間に、澪はコーリアスの目的に考えを巡らしていた。
（「或いは、私たちが彼の体組織を手に入れたように、彼もツキウサギに同様の事をしていたか…然しそうだとしたら、何故もう一度ツキウサギに触る必要が……？」）
　ロジックが成たたない。既に情報を手に入れているのならば、もう一度知識を得る必要は無い筈だ。
　そこから導き出される回答は――
（「…監視していた？」）
　コーリアスの部下に、強烈なステルス能力を持つ『甲鬼　蛮蔵』なる者が居るとも聞く。
　それが隠れたまま、幻獣の森の周囲を警戒していたとしたら、不思議ではなくなる。
　途上で襲撃しなかったのは、恐らく逃走を警戒しての事なのだろう。故に、確実に包囲を敷き、逃げられないようにした上で仕掛けたのだ。

「ところで、何でツキウサギなのかな？　ウサギはそこが不思議だよ？」
　コーリアスは、この幻獣をゲームの目的にした。ならばそこには何らかの目的があると考えるのが普通だろう。玉兎　小夜(ka6009)が問うのは、その裏にある目的。
「ウサギだから速そう。そして、目立つ……トロフィーとしては最適である、そう思わないかい？」
　それが本音ではない事は、ガーベラには良く分かった。今までコーリアスは確かやる事成すことに何かしら『遊び』を持たせていたが、全ては自身の目的を達成させる上での追加要素として行ってきた事だ。――このように、目的抜きにただ遊ぶだけ…と言うのは、ありえない。
　裾を引っ張るように小夜にそれを促すと、彼女もまた頷く。
「……うーん、仕方ないね？　答えられない話なら、それでもいいや」
　味方の影に身を隠し、隙を見て文字通り『脱兎』の如く、場から離れる小夜。
（『コーリアスから聞き出せないなら…本人から聞くしかないね』）
　向かう先は、ツキウサギの元。


●終焉に向かって

「もう一つ、提案がある」
　ここで再度切り出したのはウィンス。特に反論が無かった事を確認すると、徐に口を開く。
「そこに居る……ロレント・フェイタリ。このオッサンはこのゲームを整えるに当たって、何度も里とハンターオフィスを行き来するハメになると思う。まったく同情する限りだ」
「恐縮です」
　笑顔のまま、ロレントが回答する。
　この状況に至って尚、動揺の一つ見せていない辺り、流石は『交渉人』と言った所か。

「ま、そのおっさんは一般人だ。だから…『歪虚陣営は彼に対して手出ししない』これを約束してほしい。あんたの部下が間違って殺してしまったらかなわねぇからな」
　ウィンスの言い分は、筋が通っていると言える。それに対して、コーリアスはあまり考えもせずに――
「いいよ」
　了承した。
「――但し、条件がある。僕の部下である『甲鬼　蛮蔵』に対して、人間側が同様に手出ししないと言う事、かな。僕からのメッセージは彼が君たちに伝えてくれる。メッセンジャーを叩くのは、君たちとしても本意ではないだろう？」
　一見、ウィンスの出した理論にそのまま乗っかったように見え、非の打ち所はないように見える。だが――
「――その蛮蔵ってやつぁ、戦闘力はあるんだろう？先に襲ってきたらどうすんだ？」
「その心配はご尤も。ロレント君も合わせて、大将ルールに合わせる。つまり、『先制攻撃した場合この者達への反撃は許可されるようになる』って事だね。…尤も、蛮蔵がルール違反した場合は、僕直々からの制裁も下るだろうけどね」
　ここまで言われては、食い下がりにくい。
　ウィンスは、この交換条件を飲むことにした。

「……このくらいですかねー？」
　にこにこ笑顔を浮かべたまま、アルマが確認を取る。
「ええ。僕からは以上だ。貴公らに異論が無ければね」
　書類を整理したガーベラが彼に頷くと、アルマはそのままの表情で、コーリアスに近づく。
「お互い、ルールをしっかり守るですー。指切り……もいいですけど、今はこっちのがそれっぽいですね」
　差し出された左手。然し、コーリアスはそれを一目見ると…拒否の意を示した。
「残念ながら、ゲームをやっていても僕たちは敵同士。いずれ殺し合いする事にもなるんだ。……その中の仮初の友情は、僕は好きじゃないからね」
「そうですか……」
　アルマの表情は、心なしか残念そう。だが直ぐに顔を上げる。
「あのっ…もう一つ、個人的なお願いがありますっ」

「――それならなお更、自分で伝えるべきだ」
　それが、『お願い』を聞いたコーリアスの回答だった。
「他人の口を通した謝罪ほど、空しい物は無い。…それに――」
　口角が、跳ね上がる。
「怒っている時のアレクサンドルは、僕も触りたくは無いからね――」


●Aftermath

「はふぅ……」
　コーリアスが去った直後。へたり込むアルマ。
「大丈夫ですか？」
「……あはは、力抜けちゃいまして…大丈夫です。……もう、本当心臓に悪いんですから…」
　駆け寄り、彼を起こす澪に、そう答える。
　――その体には、いくつもの傷跡が刻まれている。前の戦闘にて重傷を負った彼とウィンスは、未だ傷が治りきっておらず、若しも戦闘になってしまえば――
「これで少しでも良くなったなら……」
　リスクを取った甲斐もある、そう言う事だろう。

「これで、あんたは監視されているだろうバタルトゥとツキウサギを除けば最も自由になった」
　それぞれの『後処理』を進めるハンターたち。
　ウィンスが行ったのは、ロレントへの『お願い』。
「何でもいい。出来るだけ情報を集めてくれ」
　コーリアスの目的然り。それが『仕掛けた』物然り。
「…分かりました。可能な限りの情報を収集いたしましょう」

　一方、ウサギ――こと小夜は、ツキウサギと会っていた。その目的の1は、交渉の結果を彼に伝える事。そして――
「へいへい、お仲間さん。コーリアス＝サンが君が目立つっていってたけど、君、他の兎となんか違うとことかある？」
　ツキウサギは奇妙そうな表情を浮かべ、そして――
「僕は大幻獣ッス。一人しかいないッスよ」
　そう答えた。