ゲスト
(ka0000)
【MN】STEAM COWBOY
マスター:楠々蛙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/08/18 09:00
- 完成日
- 2016/08/31 23:27
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
見渡す限り、地平線の彼方まで広がる砂の大地──通称、砂海と呼ばれる大砂漠を走る、鋼鉄の大蛇。いや、砂海を横断する線路を車輪の音を響かせ駆け抜けるそれは、蒸気機関車と呼ばれる走行機械である。
水を熱して蒸気に変え、その圧力を動力源とし、荷物や人間を運搬する文明の利器だが、軍用路線を使用しているそれは、随分と剣呑な代物だった。
二台の装甲を施した機関車を並列して連結させ、計八門のガトリング砲と、四門の旋回砲、更に先頭の連結部には、長大なカノン砲が備え付けられている。最早、走る要塞と化している、軍属の武装機関車。しかし、今それを乗り回しているのは、軍隊ではない。
「──で、何つったっけな、あの化物をかっさらった連中は」
武装機関車を追走する一台の馬車──その御者台で煙草を吹かしながら、問いを投げたのは、キャロル=クルックシャンク。
「ビッグスパイダーだ、それくらい憶えとけ」
隣で手綱を握るバリー=ランズダウンが、同じく紫煙を吐きながら答える。軍そのものが動けば、今回の騒動が明るみに出る。それを避ける為、彼らが雇われたのだ。
「なんで蜘蛛なんだ?」
「俺が知るか、映画か何かから引っ張って来たんだろ」
手綱の先で馬車を牽引するのは、馬ではない。正確には、“生身”の馬ではない、と言うべきか。
シルエットこそ馬に酷似しているものの、その鼻先から噴き出しているのは、白煙。
四足を構成しているのは肉と骨ではなく、シリンダーとピストン。心臓から送り出されるのは、血潮よりも熱い水蒸気。
二頭のレシプロ式蒸気機関駆動の機械馬が、彼らの馬車を牽いているのである。そもそも生身の馬では、砂海を走破し、蒸気機関車に追い縋るのは不可能だっただろう。
「おい見ろ、あの旋回砲、こっち向いてねえか?」
追跡者の存在にようやく気付いたのか、機関車に備え付けられた大砲の一つが動き、馬車に向けられる。
「気付かれたか!?」
バリーが手綱を操り、進行方向を大きく左へと切った直後、馬車の右側で砂柱が高く舞い上がる。同時に──「ひゃう!?」という悲鳴を聞いた二人が顔を見合わせる。
悲鳴の音源足る車内へと繋がる戸を押し開いた二人は、衝撃の弾みで転がった寝袋を見咎めた。
「出て来い、ガキンチョ」
キャロルの呼び掛けに寝袋はギクリと身動ぎすると、やや遅れて、中から赤毛の少女が顔を出した。
「じゃ、じゃじゃーん……」
間の抜けた台詞と共に登場した彼女は、ラウラ=フアネーレ。キャロルとバリーの旅に同行する少女である。
「何やってんだ、お前」
「……だって、置いてかれるの、イヤだったから」
この武装機関車奪還依頼を受ける折、街の宿に置いて来た筈だったが、どうやら二人の眼を盗んで乗り込んでいたらしい。
「──ああ、ごめんルーナ。今出してあげるから」
車内に猫の鳴声が響き、それを聞いたラウラが、根菜類を保存しておく壺の蓋を開ける。すると、中から一匹の黒猫が飛び出した。
「……ルーナまで付いて来たのか」
額に手をやるバリー。
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、付いて来たものは仕方ない。今更、砂漠のど真ん中で降ろすわけにもいかないしな。その代わり、しっかり掴まってろ」
「う、うん、わかった」
ラウラが頷き、固定した荷にしがみ付くのを確認すると、二人は改めて前へと視線を向けた。そして、更にもう二門の砲口までもが、こちらへ照準を合わせようと動く様を視認する。
「おいおい、冗談じゃないぞ」
「連中も冗句で済ます気はねえだろうさ。二発はどうにか躱せ、残り一発はこっちで何とかする」
キャロルが屋根に上がり、ガンベルトのホルスターからシングルアクションリボルバーを引き抜いた。銃把を握る右手の親指で撃鉄を起こし、足を開いて腰溜めに構える。左手を撃鉄の上に掲げた、ファニングショットの構え。
「何とかって、どうするつもりだ!?」
「ちょいとばかし、分の悪い博打だよ。良い目が出るよう、神サマにでも祈ってろ」
不敵な笑みを零した直後──
砲声がまず一つ、そして二つ。
「こっの──!」
バリーが手綱を引き、馬車が右に動く。馬車を追い詰めるように砲弾が着弾し、二本の砂柱が上がる。
KBOOOOOOM!!!
木霊す砲声、迫る砲弾。
BAANG!
BAANG!
BAANG!
刹那の間に重なり響いた、三つの銃声。藍色のポンチョが、間近で吹き荒れた突風に逆巻く。
そして、遥か後方で上がる、砂柱。
「Look here, JACPOT」
銃口から上がる硝煙を吹いて、キャロルが口端を曲げる。
「へーへー、大したもんだよ。──今の内に接近するからな、乗り移る準備をしておけよ!」
手綱を捌き機械馬の動力源足る蒸気機関の出力を上げながら、大音量のブラスト音にかき消されないよう、バリーは相棒に向けて声を張り上げた。
「任せろよ、いっぺんやってみてえと思ってたんだ、列車強盗をよ」
「口に気を付けろ、こいつは強盗じゃなく奪還だ」
「似たようなもんだろ? ──っと、おいバリー、お次はガトリングだ!」
「そっちは任せろ、この距離ならコイツが届く!」
バリーが御者台に立て掛けて置いた、やけに口径の大きな銃を手に取った。いや、樹脂製のチューブで機械馬の蒸気機関と直結したそれは、銃というより砲と呼んだ方が適切だろう。
バリーは、こちらに銃口を向けて複列銃身を回し始めるガトリング砲に照準を合わせ、鉄爪を引いた。
高圧蒸気が吹き抜ける音と共に、砲口から砲弾が射出。金切り声を上げるガトリング砲が爆発炎上する。
蒸気圧式榴弾筒の成果を見届けたバリーは、更に機関車へと馬車を接近させる。
「今だ、飛び移れ!」
「応よ!」
馬車の屋根から、機関車の屋根にキャロルが飛び移った。
すると、隣接する車両に乗ったギャング達が、無賃乗車を迎え撃つ。
「うおっ!?」
「キャロル!?」
窓から身を乗り出したラウラが、悲鳴を上げた。
「良いからお前は、頭引っ込めてろ!」
身を屈めて銃弾の雨をやり過ごしたキャロルは、牽制射撃で応戦しながら前の車両へと屋根伝いに駆け始めた。
「どうした、ノロマ共? ウィリアム・テルでもかけてや──っ、おいマジかよ!?」
調子付いて軽口を叩くと、屋上に取り付けられた旋回砲の砲口が向けられる。
「クソッ垂れっ!」
全力で屋根を疾走し、砲声が響く直前に、車両連結部に滑り込んだ。
「グベッ!?」
丁度居合わせた男の真上に着地すると、彼が今しがた開いたばかりの扉の奥へと、左ホルスターから抜いた拳銃を向ける。左手で銃把を握り、撃発の度に右手で撃鉄を起こしつつ、車両内に居たギャング達へとシリンダーの中身を全てぶち込んだ。
「阿保共め。知らなかったのか? こいつは地獄へまっしぐらの急行列車だってよ」
「──その通り」
鼻で哂うキャロルの後頭に、鉄の口づけ。
「切符を拝見しようか、カウボーイ?」
水を熱して蒸気に変え、その圧力を動力源とし、荷物や人間を運搬する文明の利器だが、軍用路線を使用しているそれは、随分と剣呑な代物だった。
二台の装甲を施した機関車を並列して連結させ、計八門のガトリング砲と、四門の旋回砲、更に先頭の連結部には、長大なカノン砲が備え付けられている。最早、走る要塞と化している、軍属の武装機関車。しかし、今それを乗り回しているのは、軍隊ではない。
「──で、何つったっけな、あの化物をかっさらった連中は」
武装機関車を追走する一台の馬車──その御者台で煙草を吹かしながら、問いを投げたのは、キャロル=クルックシャンク。
「ビッグスパイダーだ、それくらい憶えとけ」
隣で手綱を握るバリー=ランズダウンが、同じく紫煙を吐きながら答える。軍そのものが動けば、今回の騒動が明るみに出る。それを避ける為、彼らが雇われたのだ。
「なんで蜘蛛なんだ?」
「俺が知るか、映画か何かから引っ張って来たんだろ」
手綱の先で馬車を牽引するのは、馬ではない。正確には、“生身”の馬ではない、と言うべきか。
シルエットこそ馬に酷似しているものの、その鼻先から噴き出しているのは、白煙。
四足を構成しているのは肉と骨ではなく、シリンダーとピストン。心臓から送り出されるのは、血潮よりも熱い水蒸気。
二頭のレシプロ式蒸気機関駆動の機械馬が、彼らの馬車を牽いているのである。そもそも生身の馬では、砂海を走破し、蒸気機関車に追い縋るのは不可能だっただろう。
「おい見ろ、あの旋回砲、こっち向いてねえか?」
追跡者の存在にようやく気付いたのか、機関車に備え付けられた大砲の一つが動き、馬車に向けられる。
「気付かれたか!?」
バリーが手綱を操り、進行方向を大きく左へと切った直後、馬車の右側で砂柱が高く舞い上がる。同時に──「ひゃう!?」という悲鳴を聞いた二人が顔を見合わせる。
悲鳴の音源足る車内へと繋がる戸を押し開いた二人は、衝撃の弾みで転がった寝袋を見咎めた。
「出て来い、ガキンチョ」
キャロルの呼び掛けに寝袋はギクリと身動ぎすると、やや遅れて、中から赤毛の少女が顔を出した。
「じゃ、じゃじゃーん……」
間の抜けた台詞と共に登場した彼女は、ラウラ=フアネーレ。キャロルとバリーの旅に同行する少女である。
「何やってんだ、お前」
「……だって、置いてかれるの、イヤだったから」
この武装機関車奪還依頼を受ける折、街の宿に置いて来た筈だったが、どうやら二人の眼を盗んで乗り込んでいたらしい。
「──ああ、ごめんルーナ。今出してあげるから」
車内に猫の鳴声が響き、それを聞いたラウラが、根菜類を保存しておく壺の蓋を開ける。すると、中から一匹の黒猫が飛び出した。
「……ルーナまで付いて来たのか」
額に手をやるバリー。
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、付いて来たものは仕方ない。今更、砂漠のど真ん中で降ろすわけにもいかないしな。その代わり、しっかり掴まってろ」
「う、うん、わかった」
ラウラが頷き、固定した荷にしがみ付くのを確認すると、二人は改めて前へと視線を向けた。そして、更にもう二門の砲口までもが、こちらへ照準を合わせようと動く様を視認する。
「おいおい、冗談じゃないぞ」
「連中も冗句で済ます気はねえだろうさ。二発はどうにか躱せ、残り一発はこっちで何とかする」
キャロルが屋根に上がり、ガンベルトのホルスターからシングルアクションリボルバーを引き抜いた。銃把を握る右手の親指で撃鉄を起こし、足を開いて腰溜めに構える。左手を撃鉄の上に掲げた、ファニングショットの構え。
「何とかって、どうするつもりだ!?」
「ちょいとばかし、分の悪い博打だよ。良い目が出るよう、神サマにでも祈ってろ」
不敵な笑みを零した直後──
砲声がまず一つ、そして二つ。
「こっの──!」
バリーが手綱を引き、馬車が右に動く。馬車を追い詰めるように砲弾が着弾し、二本の砂柱が上がる。
KBOOOOOOM!!!
木霊す砲声、迫る砲弾。
BAANG!
BAANG!
BAANG!
刹那の間に重なり響いた、三つの銃声。藍色のポンチョが、間近で吹き荒れた突風に逆巻く。
そして、遥か後方で上がる、砂柱。
「Look here, JACPOT」
銃口から上がる硝煙を吹いて、キャロルが口端を曲げる。
「へーへー、大したもんだよ。──今の内に接近するからな、乗り移る準備をしておけよ!」
手綱を捌き機械馬の動力源足る蒸気機関の出力を上げながら、大音量のブラスト音にかき消されないよう、バリーは相棒に向けて声を張り上げた。
「任せろよ、いっぺんやってみてえと思ってたんだ、列車強盗をよ」
「口に気を付けろ、こいつは強盗じゃなく奪還だ」
「似たようなもんだろ? ──っと、おいバリー、お次はガトリングだ!」
「そっちは任せろ、この距離ならコイツが届く!」
バリーが御者台に立て掛けて置いた、やけに口径の大きな銃を手に取った。いや、樹脂製のチューブで機械馬の蒸気機関と直結したそれは、銃というより砲と呼んだ方が適切だろう。
バリーは、こちらに銃口を向けて複列銃身を回し始めるガトリング砲に照準を合わせ、鉄爪を引いた。
高圧蒸気が吹き抜ける音と共に、砲口から砲弾が射出。金切り声を上げるガトリング砲が爆発炎上する。
蒸気圧式榴弾筒の成果を見届けたバリーは、更に機関車へと馬車を接近させる。
「今だ、飛び移れ!」
「応よ!」
馬車の屋根から、機関車の屋根にキャロルが飛び移った。
すると、隣接する車両に乗ったギャング達が、無賃乗車を迎え撃つ。
「うおっ!?」
「キャロル!?」
窓から身を乗り出したラウラが、悲鳴を上げた。
「良いからお前は、頭引っ込めてろ!」
身を屈めて銃弾の雨をやり過ごしたキャロルは、牽制射撃で応戦しながら前の車両へと屋根伝いに駆け始めた。
「どうした、ノロマ共? ウィリアム・テルでもかけてや──っ、おいマジかよ!?」
調子付いて軽口を叩くと、屋上に取り付けられた旋回砲の砲口が向けられる。
「クソッ垂れっ!」
全力で屋根を疾走し、砲声が響く直前に、車両連結部に滑り込んだ。
「グベッ!?」
丁度居合わせた男の真上に着地すると、彼が今しがた開いたばかりの扉の奥へと、左ホルスターから抜いた拳銃を向ける。左手で銃把を握り、撃発の度に右手で撃鉄を起こしつつ、車両内に居たギャング達へとシリンダーの中身を全てぶち込んだ。
「阿保共め。知らなかったのか? こいつは地獄へまっしぐらの急行列車だってよ」
「──その通り」
鼻で哂うキャロルの後頭に、鉄の口づけ。
「切符を拝見しようか、カウボーイ?」
リプレイ本文
「切符を拝見しようか、カウボーイ?」
獲物の生殺与奪の権利を得て、笑みを浮かべるガンマン。しかし──
「伏せて下さいっ、キャロルおねえさまぁ!」
高らかな声が聞こえるや否や、視界からキャロルの後頭が消える。
「な……げぽあ!?」
銃口を下げる暇もなく、視界を埋め尽くした鉄の塊に驚愕の声を上げ、状況を理解する暇もなく、鼻面に衝撃を受けて吹き飛んだ。
「一体何が起きやがった……?」
鼻から血を垂れ流しながら身を起こしたガンマンは、脇に転がる拳大の鉄塊に気付く。
「グ、グレッ──」
悲鳴を上げて逃れようとするガンマン。しかし、時は既に遅く、光の奔流が爆ぜた鉄塊から溢れ出す。
非殺傷の閃光手榴弾──車内を光の爆発が埋め尽くした。
「今です、おねぇさま!」
「言われるまでもねえ」
閃光を背に受けながら、キャロルは交差した両の腕を広げる。左右の手に握られたリボルバーのシリンダーが火花を散らして擦れ合い、回転。
用心金に掛けた指を軸にして、ガンスピン。開放したローディングゲートから、空薬莢が排出される。
真鍮の輝きの中、キャロルは旋転。外套が翻り、ネックホルダーのコルセットが露になる。と、コルセットの釦が弾け飛んだ。
締め付けられていた褐色の胸元が弾む。
深い谷間から、新たに弾薬が飛び出し、左右のリボルバー、そのローディングゲートへと吸い込まれる。
薬室を殺意で満たした双銃を動かし、霞み始めた光の奥へと銃口を向け、コッキング──
「ほらよ、受け取れ──地獄への片道切符だ」
二閃のマズルフラッシュが、目を眩ませるガンマンの身体を灼いた。
「きゃあああ♪ 格好良いですぅ、素敵過ぎですよぅ、おねぇさまぁ!」
黄色い悲鳴と共に、エキゾチックなチョコレートキャニオン──レディガンナー、キャロル=クルックシャンクの胸元に飛び付いたのは、星野 ハナ(ka5852)。彼女は、単発式のグレネードランチャーを革製のストラップで肩掛けにしており、首元には遮光機能付きのゴーグルを提げていた。
「離れろ、百合娘!」
「あいたっ! んもぅ、おねぇさまのいけずぅ」
リボルバーの銃把で小突かれ、星野は手を離して額を抑える。
「それに私はれっきとしたノンケですよぅ。でもでもぉ、おねぇさまは特別なんですぅ。魅惑のレディガンナーなんですよぅ! だからもう一回だけ、ハグを──」
拳を握り締め、力説する星野。しかし、振り返って見れば、そこにキャロルの姿はなかった。
「もぉう、相変わらず三度の飯より鉄火場が好きなんですからぁ。待って下さいよぅ、おねぇさまぁ~!」
「……キャロルって、女の人だったっけ」
「……その筈だが、おかしいな。どうにも違和感が拭い切れん」
レディガンナーの活躍振りを目撃しラウラとバリーが訝しむ顔を見合わせていると、後ろから驚きの声を上げる者があった。
「なにゃにゃ!?」
「どうしたの? ディーナ」
奇声の主は、ディーナ・フェルミ(ka5843)。彼女は、抵抗するルーナを抱え上げ、そのお腹を眺め回していた。
「ま、まままさか、そんな事が!?」
驚愕するディーナの手からルーナが逃れ、その肉球で不届き者の横面に、猫パンチをお見舞いする。
「この感触はっ!? スチームアニマルじゃない、これはまさしく伝説のナマ肉球! か、神にも等しいナマおねこさまになんて事を。ごめんないさいなの!」
彼女は己の犯した罪を知り、黒猫の前に平伏した。その頭の上に、前足が置かれる。
「な、なんと慈悲深い……! 一生、お仕えしますなの」
お猫様教、その誕生の瞬間である。
「……なにこれ。──うわっ!?」
ガトリング砲の銃火の音が轟き渡り、馬車が大きく振動。
列車の方から爆発音が響き、続いて御者台の方から舌打ちが聞こえた。
「どうしたの!?」
「ブケパロスが弾を貰っちまった。マズいな、出力が落ちれば引き離される」
見れば、黒鉄の機械馬は銃創を受け、そこから蒸気が漏れていた。
「任せてなの!」
ディーナが意気揚々と立ち上がる。彼女は、一振りの杖を手に握っていた。
先端に幾つも歯車が取り付けてある、奇妙な杖。その一つとして互いに歯を噛みあわせているものはない。
寄り集まった歯車の中央には、一枚の鉄板が備え付けてあった。どの文献にも例を見ない文字列が刻まれた、モノリスの一種である。分析の結果、このモノリスは、完全純度の鉄である事がわかっている。
「真%&# &YA# &%T」
古代遺跡より発掘された杖を掲げ、古代神学の探究者であるディーナは、二言、三言詠唱した。どの言語の発音にも区分されない、異形の言霊。歯車の一部が回り始める。
それが引き起こした現象もまた、異形のそれ。
「銃痕が、塞がった……!?」
黒鉄の膚に穿たれた銃創が、時を遡るようにして癒えていく。生物に対する治癒魔法を操る魔法使いは少なからず存在する。だが、機械の損傷を手も触れずに直す術、あちらこちらを旅して回るバリー達とて、耳にした事すらなかった。
「これで大丈夫なのっ」
「理屈が良くわからんが、助かった」
バリーが手綱を手繰ると、蒸気の嘶きを上げて、黒鉄と白銀の機械馬が以前にも増した速度を以って、武装列車へと追い縋った。
武装列車の武器庫内、銃器や弾薬、携行用の小型蒸気機関の陰に潜むようにして、寝転がる少女が一人。彼女の名は、霧崎 灯華(ka5945)という。
「トーカ、いつまで寝てるケロ! さっさと起きるケロ!」
そんな少女を揺さぶるのは、喋る蛙のぬいぐるみ。ちなみに彼は、スマイリーという魔法生物だ。
「さっさと手頃な武器をかき集めろ!」
と、庫内へ二人の男達が入って来た。
「……あと五分」
「ベタな寝言言ってる場合じゃないケロ、早く起きるケロ……!」
「うっさい!」
「理不尽っ!」
蛙の頭頂に拳骨を叩き込んで、灯華はようやく目を覚ました。
「な、なんだテメエら!?」
すると、彼女達の存在に男達が気付き、手に持つリボルバーの銃口を向ける。
「はぁ? あんたらこそ何なのよ。人が折角寝てる時に、何様のつもり?」
己を狙う銃口を意に介さず、灯華はすっくと立ちあがった。
「止まれ、動くんじゃねえ!」
「三下があたしに命令? 笑わせないでくれるかしら?」
彼らの指が銃爪に掛かるも、構わずに一歩前に踏み出す──瞬間、銃声が響き渡った。
「「なっ!?」」
放たれた銃弾が、灯華の眼前で停止する。
驚愕を振り切り、男達は更に撃発。しかし、次々と放った銃弾もまた、悉くが不可視の障壁に阻まれる。
そして彼らは聞いた、銃声を呑み込まんばかりに膨れ上がっていく、蒸気の産声を。
その源は、灯華の太腿を覆う機械。蒸気を噴き出すそれは、紛れもない蒸気機関。その蒸気には、淡く輝く粒子が混じっている。灯華はそれを見るや、舌打ちを漏らした。
「エーテルが薄いわね。砂漠のド真ん中じゃ仕方ないけど、こんなんじゃろくな使い魔も喚べやしない」
彼女は粒子を掬い取るように、手を振るう。
「ま、三下の相手には丁度良いでしょ」
燐光の軌跡を描く指先が示したのは、辺りに備蓄してある、武器や蒸気機関。
「顕現せよ、煌々魔犬(バスカヴィル)」
それらは灯華の前に集いて、一匹の獣の姿を象り始める。
蒸気機関が心臓に、銃のフレームが骨格に。銃剣が並ぶ口腔と、眼球のない五つの眼窩の奥には、燃ゆる焔が揺らめく。──鋼の肉体を持つ、地獄犬の姿がそこに現れた。
灯華は、自身の肩に届く程の巨躯へと命じる。
「喰らい尽くしなさい──駄犬」
砂上を駆け抜ける、美少女。
「駆け抜けろ、俺様のさおり号!」
否、美少女のイラストを恥ずかし気──いや、惜し気もなく晒す蒸気機関式イタトラが、砂塵を巻き上げながら、猛進する。
武装列車の迎撃を物ともせずにアクセルを踏み締めるのは、二次元の檻に心を囚われた哀れな──いや、漢の中の漢、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)。
銃弾を受けて、火花散らす装甲。防弾仕様のフロントガラスに、潰れた鉛弾がへばりつく。ルームミラーに取り付けた美少女ストラップが激しく揺れる。
「無駄無駄無駄ぁ!」
蒸気トラックが並行した二編成列車の間へ侵入。車体を両隣に並ぶ車両に擦れ合わせながら、先頭を走る機関車目掛けて突っ走る。
「何だ、あいつは?」
並走する二編成の車両、その車間に鋼の巨体。
中央の頭胸部から伸びるのは、蒸気機関を内蔵した尻部と、四対の節足。節足の先が列車の装甲を穿ち、本体を支える。
機械化タランチュラが、トラックの進行方向に立ち塞がった。毒牙の代わりに顎に生やすは、二挺の機関銃。
「俺様の花道を邪魔するたあ、上等じゃねえか。こっちもとっておきを見せてやらあ!」
幌を固定するボルトの一部が外れる。幌が捲れ、その内に納められた重機械が露になった。
アームが稼働し、車体の前面へとマウントされたそれは、螺旋状の溝を持つ円錐状の掘削機械──ドリル。
回転を始めるドリルを掲げ、トラックは機械タランチュラ目掛けて突進──否、跳躍した。サスペンションに仕込まれたギミックが作動し、車体を跳ね上げたのだ。
機関銃より放たれる銃火を弾きながら、ドリルの矛先が頭胸部を捉える。
機械タランチュラの成れの果て、雑多な部品を撒き散らしながら、トラックは放物線を描いて飛び、二編成の車両を繋ぐ連結部へと着地。車体を横滑りさせながら停止した。
運転席から、ジャックが意気込み勇んで躍り出る。その身を飾るは、絢爛豪華な黄金の鎧。
「ようやく、主人公のお出ましだ。──覚悟しやがれ、雑種共!」
「相も変わらねェじゃじゃ馬だな、こいつは」
大型蒸気機関を搭載した暴れ機械馬を御しながら、J・D(ka3351)はストラップを取り付け肩に掛けた、スチームガジェットを手に取る。
ポンチョの内に装備した円筒状の機械から伸びる数本のチューブを接続した、ライフルタイプのスチームガジェット。薬品揺蕩うガラス管を埋め込んだ銃床を、肩に当てる。
装填ボルトを操作し、薬室に弾丸を装填。更に充填レバーを上げて、弾頭内に二種類の薬品を充填する。
一つは、ガラス管に蓄えたエチルアルコール。
そしてもう一つは、ポンチョの内に装備している蒸気圧縮式冷凍機によって精製した、液体空気である。
圧縮空気を使用して、弾頭内に充填・混合された二種の薬品は、氷点下百度の起寒剤へと変わる。
レバーを下げ、薬品充填を完了。排出孔から噴き出した余剰な起寒剤が、炎天下に霧をたなびかせる。
照準を、武装列車のガトリング砲を取り付けた銃座へ。標的との距離は八百ヤード。望遠ゴーグルに取り付けた複数の補助レンズが稼働して、自動的に最適値へ倍率を調整。左腕に装備した油圧ダンパーが射撃姿勢を矯正し、固定。
銃火の音を轟かせ、弾丸は陽炎を裂きながら飛んだ。
過たず、標的へと命中。着弾と同時に弾頭が潰れ、圧縮して封じ込められた起寒剤が球形状に拡がった。
薬品が瞬時に気化し、周囲の熱量を爆発的に奪い取る。
ガトリング砲に霜が張り、ガンオイルが凍結したのか、複列銃身の回転が止まる。銃座に座る砲手もまた、その生命活動を停止させた。
「ほゥら、素直に前に進みやがれィ」
ブーツの踵に取り付けた電気拍車を機械馬の尻に押し当てると、小さな火花が散り、機械馬が棹立ちになる。
怒号めいたブラスト音を轟かせ、機械馬は武装列車に向けてまっしぐらに駆け抜けた。
「いやっほぉぉう!」
高らかに声を張り上げる操縦者──レイン・レーネリル(ka2887)を乗せた、四気筒蒸気機関を搭載したオートバイが、砂丘の頂上から飛び立った。
放物線を描いて跳んだバイクが、砂丘に沿うように敷かれた線路上を走る列車の屋根に、前輪から着地──後輪を振って、フロントを列車の先頭へと向ける。
「かっ飛べぇ!」
後輪が落ち、サスペンションが沈むと同時に、スロットルを解放──ブラスト音もけたたましく、前輪を跳ね上げ急発進。ウィリー走行を維持した車体の前輪で、列車が作り出す気流の乱れを切り裂きながら、蒸気バイクは屋上を駆け抜ける。
屋上の道が途絶える──バイクは宙を舞い、平台の貨車に車体を横滑りさせながら着地した。
三面楚歌。
前方車両、後方車両、そして隣接するもう一方の列車から注がれる殺意が、肌身に突き刺さる。
「────♪」
口笛を吹き鳴らし、レインは左右のヒップホルスターから、二挺の銃を引き抜いた。
両の太腿に取り付けた小型蒸気機関と樹脂製のチューブで繋がったそれは、蒸気圧式短機関銃。
「アーユーレディ?」
一対の銃口を左右に向けると同時に、レインはフロントのリアサスペンションの両脇に固定した、両手の得物と同じ短機関銃の銃身を蹴り上げる。下方を向いていた銃口が、車体の前方──隣接する列車へとその視線を向ける。
左右の人差し指にトリガープルを掛けると同時──車体の銃に取り付けたレバーを蹴り、自動撃発装置を銃爪に噛ませた。
「レッツ、ダンシング!」
計四挺の殺人器械が、同時に撃発──!
両手に握る銃の反動をいなしつつ、背を反り片足でハンドルを操りながら車体に取り付けた銃の射線を横薙ぎにする。
弾倉の中身をしこたま吐き出し終えて、ようやくレインは銃口を下ろした。
「……もう、おしまい?」
倒れ伏した敵の群れをを見渡して、レインは退屈そうに呟いた。が、
「そうでなくっちゃ♪」
呟きに対して、否と応えるかのように響いた破壊音に、口許を綻ばせる。
貨車の出入り口を破壊しながら現れたるは、蒸気機関を背負った、真鍮甲冑。
空欠の短機関銃をホルスターに仕舞い、空いた両の手を、蒸気バイクのハンドルグリップに掛ける。右手でアクセルグリップを捻り、ハンドルを切って、真鍮甲冑目掛けて疾駆。
真鍮甲冑もまた、全身の至る所から蒸気を噴き上げつつ、疾走する。蒸気圧の補助を受けたその動きは、巨体に反して俊敏。
速度と質量を乗せた、黄銅の拳が唸りを上げた。
拳が迫る刹那、ブレーキグリップを握り、リアタイヤをロックして車体を傾斜。貨車の床に黒い軌跡を残しながら後輪が滑る。
見るも鮮やかな、ブレーキターン。
頭上一インチ上を過ぎる暴力の塊──左拳を甲冑の脇腹に突き入れる。拳を覆う手甲、その先端に取り付けた二本の鋭いスパイクが装甲に突き刺さる。
直後──蒼い焔が、真鍮甲冑の全身を灼いた。
総身に雷光が走った瞬間、一度痙攣した甲冑が、その動きを停める。軽く蹴ると、重々しい音を立てながら、後方へと倒れた。
「あっちゃあ、やっぱりイカれちゃったか」
拳から肘までを覆う籠手の装甲を開き、その中に焼け焦げた部品を見付けるや、レインは顔を顰めてみせた。蒸気タービンから送電された電気に電圧を負荷する変圧器を摘まみ出し、新しい部品と交換する。
更に短機関銃の弾倉を交換。布きれを取り出し、先程足蹴にしたハンドルを丹念に拭いておくのも忘れずに。
「そんじゃ改めて、お仕事再開といきますか♪」
「おねぇさまが考えもなく前に出るから、囲まれちゃいましたよぅ?」
キャロルと星野、二人を前と後ろから睨み付ける、銃口の群れ。
「ばらけられるより、都合が良いじゃねえか」
「さっすが、おねぇさま。そういう無茶な所も素敵ですぅ。背中はこの私にお任せあれ♪」
「好きにしな」
リボルバーとランチャーが、同時に火を噴く。
鉛弾が前方の敵を喰らい──
──閃光が後方の敵を灼く。
両者の得物、その装弾が切れる。
ガンスピンによる排莢──
──バレルをブレイクオープン。
「代われ──」
「──言われずとも」
キャロルと星野が、立ち位置をスイッチ。
弾んだ胸元から零れ落ちる弾薬を装填──
──新たな閃光手榴弾を薬室に込め、バレルを戻す。
リボルバーとランチャーが、新たな獲物へその中身を見舞いした。
「おっと」
炸裂する閃光、その奥から拳大の鉄塊が、星野の足下に転がり出る。表面に刻印されているのは『GRENADE HAND FLAG DELAY』の文字。
「こういうのは──」
鉄塊──破片手榴弾を爪先で蹴り上げた。
「──ビビった方の負けですよぅ♪」
胸元に上げた打ちごろの球を、ランチャーのバレルで飛んで来た方向へ打ち返す。
爆炎が隣の車両を埋め尽くし、熱風が星野のローブをはためかせた。
「ホームラン、です☆」
その異変を最初に察知したのは、JDだった。
「砂が、波打ってやがる」
望遠ゴーグルが、地平線の彼方から近付いて来る、波紋を捉えたのだ。
砂海に立つさざれ波。風の仕業ではない。砂面から現れた細長い胴を見て、そう確信する。
「砂蚯蚓……、厄介なモンを誘き寄せちまったもんだ」
眼も鼻も触覚すら見当たらない、名の通り蚯蚓のような見掛け。しかし、従来の蚯蚓と異なるのは、その埒外な大きさと、棘のような歯を無数に生やした口腔を持つ事。そして何より──
「……よゥ、虫けら。この俺を腹に納めようってかィ?」
涎垂らす口腔を拡げる砂蚯蚓を見上げ、JDは笑みを浮かべる。だが、表情とは裏腹に、その心中は緊張を孕んでいた。
──その食性が、肉食であるという事だ。
起寒剤を用いた氷結弾、況してや腰に提げたリボルバーが通じる相手ではない。
JDは、左腕を砂蚯蚓の口腔に向けて掲げた。
「悪いが、そいつはできねェ相談だ」
手首を下に曲げる。と、関節から機械的な音が上がり、手首が外れた。
「代わりと言っちゃァ何だが。とっておきのモンをくれてやる」
現れたるは、無骨な大砲。精緻な飾り所か、機能美すらも見当たらない、原始的な火器。だが、それ故に、秘めたる破壊の衝動が、如実に表れていた。
響く砲声──放たれた榴弾を喰らった砂蚯蚓の頭が、跡形もなく吹き飛ぶ。
「どうでィ、悪くない味だったろゥ?」
ヒンジで繋がった手首を義腕に戻し、砂に沈んだ巨大な死骸に一瞥をくれてから、再び機械馬を走らせた。
「ひゃっほぉぉぉぉう!」
己の叫びすら、風音に掻き消される。それでも尚、空舞う昂揚にレインは歓声を上げた。
「うわっとぉ!」
その身を喰らわんと、砂飛沫を散らして飛び掛かる砂蚯蚓を、身を捩らせて躱す 。
側近を過ぎる波打つ体表──砂蚯蚓は、体表を振動させ、周囲の砂を流体状に変える事によって自在に砂中を泳ぎ回るのである──を、不快感を堪えて蹴る。靴底から噴き出る蒸気の反動を得て、更に空高くレインは飛んだ。
その拳に握るは、手榴弾。安全ピンを口に咥えて引き抜くと、また自分を呑み込まんとする巨大な口腔へと投げ込む。
手榴弾は、砂蚯蚓に達する前に炸裂する。放射状に散ったのは、爆炎でも閃光でもなく、無色無臭の可燃ガス。
その中心に左拳を向け、レインはスパイクを射出した。
「吹っ飛べ!」
ワイヤーで繋がったスパイクが目標地点に達すると、その先端に火花が散る。直後──
凄まじい爆炎が、熱砂より立つ陽炎を吹き飛ばした。
「うわちっ!?」
天上より降り注ぐ日差しより熱い熱波に煽られ、レインは悲鳴を上げる。
「ちょっと、威力上げ過ぎたかな……? でもまあ、派手なのに越した事はないしね。気にせずもう一丁いってみよー!」
電動リールでワイヤーを巻き取ると、レインは更なる標的を求めて空を蹴った。
武装列車に迫る、砂蚯蚓。
その猛威を前にして、ジャックは右腕を天に突き上げ、声も高らかに叫ぶ。
「カムヒアッ、さおり号!」
列車の屋根に仁王立ちする彼の背後に、蒸気イタトラがその身を跳ね上げて現れた。車体のフロントが割れ、主をその内に呑み込む。
「LOVE・フュージョンッ!」
蒸気トラックが変形を始める。噴き出した蒸気が立ち込め、衆目を阻む白煙の暗幕を作り出した。
濃霧が晴れ、現れたるは五体を備えた、人機の姿。
装甲に黄金の輝きを宿し、幌を翻るマントに変え、右腕には雄々しきドリルを備えた、胸部に二次元美少女を侍らせし、その勇姿。
ここに、二次元嫁との合体(メカ的な意味で)を果たした、真の英雄が誕生した。その名も──
英雄王、ゴールデンJ──!
『端からアクセル全開で行くぜ!』
雄々しきドリルが、猛回転を始める。旋風を起こし、巻き上げた砂塵を纏って、更に猛々しい威容へと変わる。
『ドリール・ジャック&さおりん!』
破亜嗚呼嗚呼──亜!
雄叫びを上げながら、ゴールデンJは押し寄せる砂蚯蚓へと特攻した。脚部に備える車輪が砂塵の軌跡を残す。
次元を超える愛を籠めた必殺のドリルが、その進攻を阻む敵を悉く破砕する。
『見たか、俺達の愛の結晶を!』
如何なる原理か、爆発四散する砂蚯蚓。
マントをはためかせ、爆炎を背負う黄金の立姿は、何者よりも気高かったと言う。
辺り一面に広がる血の海。
その真っ只中に立つのは、灯華とその使い魔たる、地獄犬。焔を宿した吐息を発する口腔に並んだ剣歯は、赤く血濡れている。
ちなみに、蛙のスマイリーは隅の方で、血臭に吐き気を催していた。
「マジで、何でこんな凶悪な小娘と契約しちゃったケロか……」
反面、灯華は窓の向こうに出現した砂蚯蚓を見て、喜悦の表情を浮かべている。
「歯応えのありそうなのが出て来たわね。エーテルも結構溜まってきたとこだし、本気出しちゃおうかしら」
細い指先を振るう。と、周囲の血が渦となり、燈華の大腿を覆う蒸気機関へと吸い込まれて行く。
蒸気機関が高らかな駆動音を立て始め、光の粒子が混じる蒸気を吐き出した。その光の濃度は、先のそれとは比べるまでもなく、濃い。
エーテル、それがその粒子の正体だ。生命の源足る、世界の第一構成元素である。
粒子は流れる帯となって、燈華の身体を覆い始める。
「──蒸着完了」
具現せしは、真紅の魔女──いや、どうにも認め難い事だが、その身は愛と正義を執行する、蒸気魔法少女。マジカル☆スチーム クリムゾン・トーカ──!
トーカは紅い装甲を纏う右腕を真上に向けて掲げた。その掌中に火焔が生じ、火柱と化して天井に大穴を開ける。
「ほら、出るわよ」
「ゲロッ!?」
トーカはふわりと宙に浮きあがると、地獄犬を従えて屋根上に出た。ついでに、スマイリーも首根っこを不可視の手に掴まれるようにして連行される。
「煌々魔犬──バスターモード」
トーカの詠唱に応え、地獄犬はその鋼の身体を、有機的なフォルムから無機的な機械兵器のそれへと変化させる。
果たして、トーカの右腕を覆ったそれは、一種の砲門だった。
「どうしてこうなったケロ!?」
何故か砲口に半身を嵌め込んだスマイリーが抗議の声を上げる。
「仕方ないでしょ、砲弾が見当たらなかったんだから」
「武器庫に腐る程あったケロ!」
「細かい事気にしない。ほら、行くわよ。腹括りなさい」
大砲に埋め込まれた蒸気機関と、トーカのニーソ型蒸気機関が、けたたましい稼働音を上げる。
「エーテル充填、蒸気出力最大──吹っ飛べ、マジカルスチームバスター・ビームキャノン!」
「弾要らねえ――!」
砲口から伸びる、一条の光線。砂蚯蚓の群れ、その中心に着弾するや、ドーム状の閃光へと膨れ上がった。
爆心地から、蛙の形をした雲が昇る。
「……きったない散り際だこと」
「Y$# &¥阻9」
異形の言霊が紡ぐ、空間の歪み──重力の檻が、馬車の周囲を取り囲む。その檻の役割は、拘束ではなく、内に在る者の守護。砂蚯蚓の突進の悉くを一切の例外なく阻んだ。
「デタラメだな」
半ば呆れた声を上げながら、バリーはランチャーの砲口を、押し寄せる砂蚯蚓の一匹へと向ける。砲口の先、檻の一部の歪みが消える。開口部から飛び出した榴弾が標的に着弾し、爆炎を上げた。
「だが、あっちの数も並じゃない。撃てども撃てども、湧いて来やがる」
死骸が倒れ巻き上げる砂塵、その奥から続々と姿を現す砂蚯蚓に、舌打ちを漏らす。
「これじゃ、こっちが消耗しちゃうの」
額に玉の汗浮かべるディーナ。その汗を、傍らに立つラウラがそっと拭う。二人の足下には、ルーナが腰を下ろしている。
「大丈夫、ディーナ。ごめんね、こんな事しかできなくて」
「ううん、そんな事ないの。ラウラちゃんとルーナさまが傍に居るから百人力な──うわわ!?」
突如、馬車を振動が襲う。砂蚯蚓の猛攻が重力の檻を破ったわけではない。その振動は足下から伝わって来た。
「地震か? いや、まさかこれは──」
バリーは手綱を手繰り、機械馬の出力を限界まで上げると共に、馬車を大きく左へ旋回させた。
直後──取り残された砂蚯蚓の真下、砂海の砂面が割れた。
砂飛沫が高く上がる。
バリーが御する馬車のみならず、武装列車までも呑み付くさんばかりの巨大な影が、砂ばかりの大地に落ちた。
バリーは天を仰いで、呆然と呟く。口元には、引き攣った笑み。
「……砂海の王のお出ましか」
「なに、あれ……?」
空を舞うレインもまた、上空にあるその影を見上げて唖然と口を開いた。
マイルを優に越す、途方もなく巨大な物体。
「飛行船?」
否、太陽を遮るそのシルエットには、もっと生物的なラインを描いていた。何より特徴的なのは、曲線的なシルエットから突き出した、あれは、胸鰭と尾鰭……だろうか。
「鯨……?」
巨大な鯨が、砂飛沫の軌跡を描きながら、天空を泳いでいた。
「あれって砂鯨!? 初めて見たわ」
御者台に身を乗り出し、興奮の声を上げるラウラ。
「マズい……」
反して、バリーは苦々しい表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「大砂嘯(デザートインパクト)だ。あれだけの巨体が、あの高さから落ちてみろ。地形を一瞬で変えちまう程の、砂の大波が起きるぞ!」
バリーは無線を取り出し、オープンチャンネルで声を張り上げた。
「全員、列車に集まれ! おい、キャロル、カノン砲だ。そいつで──あの大波をどうにかしろ!」
列車の遥か前方、線路より離れた場所に落ちる砂鯨。
舞い上がる砂柱は、さながら入道雲の如く。
砂海最大の災害、大砂嘯が顕現す。
「おい、百合娘! 蒸気機関の出力は限界まで上げた、カノン砲の発射準備はまだか!?」
武装列車の機関車両に備え付けられた伝声管に向かって怒鳴るキャロル。
『今やってますよぅ。でもでもぉ、これじゃ全然出力が足りないですぅ』
伝声管から返って来た星野の声に舌打ちを漏らし、キャロルは無線機に向けてがなり立てた。
「おい、バリー! 馬力が足りねえよ! 他にやりようはねえのか!」
「他に手立てなんかあるか……!」
キャロルの通信に苛立ち交じりに返すバリー。その時──
「──やれやれ、仕方にゃいわね」
色香を漂わせながら、妙に舌足らずな声が馬車の内に木霊した。
バリーが振り返ると、視界にラウラとディーナ、そして見慣れない女性が立っていた。
蒼月の瞳。背まで伸びる、紫が掛かった絹糸のような黒髪。
肩から足下まで覆う漆黒のドレス。首元には、銀細工をあしらい、リボンを括り付けた紅革の首輪。
人間とは思えない程の、妖艶な美女。
「……にゃ、にゃ、な。これで良し」
自分を見つめる三対の視線にも意を介さず、彼女は一人頷くと、呆然と自分を見詰めるディーナへ振り向いた。
「ほら、その杖を寄越しなさいな」
「え? ええと、はい。ど、どうぞなの」
唐突に、半ば命令めいた声を掛けられ、ディーナは唯々諾々と従った。差し出された杖を受け取り、美女はモノリスの表面を撫でて微笑を浮かべる。
「デウス・エクス・マーキナ」
機械仕掛けの神──美女が口にしたその名の意味を、ディーナだけが理解した。
杖に備わる全ての歯車が、一斉に回転し始める。その回転音からは、意思のようなモノが感じられた。
「久しいわね、デウス。いきなりで悪いのだけれど、貴方の権限、今だけ私に寄越しなさいな。この杖でできるのは、精々が第二構成元素──ナノマシンのプログラムに少々手を加える事だけでしょう?」
歯車が、抗議めいた音を立てる。
「誰に口を利いているかわかってるの? ──貴方の物は私の物、何度言えば理解できるのかしら」
歯車の回転が、数秒ぎこちないものに変わる。かと思えば、その位置が組み変わり、全ての歯車が噛み合わさる。
「世界との連動を確認、と。最初から素直に従えば良いのよ」
呆れ交じりに呟いた美女は、無造作に杖を掲げた。
「世界を組み替える力、とは言え、あまり勝手が過ぎれば因果律が崩壊しかねないわね。ま、こんな所が妥当かしら」
「出力が上がった? でもぉ、ちょっと普通じゃない数値ですよぉ?」
『何でも良いから、ちゃっちゃと撃て!』
「はいはい、わかりましたよぉ」
肩を竦めた星野は、照準器を覗き込み迫る砂嘯を捉えると、カノン砲の発射ボタンに拳を振り下ろした。
「カノン砲、てぇーーー!」
────!!!
轟音。
巻き上がる砂塵が、本来なら見えざる筈の衝撃波を可視化させた。
列車を噛み砕かんと迫る砂嘯を、砲弾が蹴散らす。こじ開けた間隙を、悲鳴めいたブラスト音を響かせ、武装列車は突破した。
「助かった、の?」
馬車の床にへたり込むディーナ。その額を、細く長い指が撫でる。
「貴方にしては良く頑張ったじゃない、ディーナ」
「あ、あなたは、ルーナさまなの?」
ディーナは、額を撫でる手の主──黒衣の美女、その蒼い瞳を見上げた。彼女は、ディーナの問いには応えず、微笑を浮かべる。
「精々、これからも精進なさいな、我が下僕」
その時、砂埃混じる一陣の風が、馬車の内に吹き込み、ディーナは思わず目を閉じた。
次に目を開いた時には、目の前に元の形状に戻った杖と、黒猫が一匹尻尾をくねらせ佇むのみ。
同乗者達が注視する中、黒猫は片目を閉じてみせた。
SEE YOU STEAM COWBOY……
獲物の生殺与奪の権利を得て、笑みを浮かべるガンマン。しかし──
「伏せて下さいっ、キャロルおねえさまぁ!」
高らかな声が聞こえるや否や、視界からキャロルの後頭が消える。
「な……げぽあ!?」
銃口を下げる暇もなく、視界を埋め尽くした鉄の塊に驚愕の声を上げ、状況を理解する暇もなく、鼻面に衝撃を受けて吹き飛んだ。
「一体何が起きやがった……?」
鼻から血を垂れ流しながら身を起こしたガンマンは、脇に転がる拳大の鉄塊に気付く。
「グ、グレッ──」
悲鳴を上げて逃れようとするガンマン。しかし、時は既に遅く、光の奔流が爆ぜた鉄塊から溢れ出す。
非殺傷の閃光手榴弾──車内を光の爆発が埋め尽くした。
「今です、おねぇさま!」
「言われるまでもねえ」
閃光を背に受けながら、キャロルは交差した両の腕を広げる。左右の手に握られたリボルバーのシリンダーが火花を散らして擦れ合い、回転。
用心金に掛けた指を軸にして、ガンスピン。開放したローディングゲートから、空薬莢が排出される。
真鍮の輝きの中、キャロルは旋転。外套が翻り、ネックホルダーのコルセットが露になる。と、コルセットの釦が弾け飛んだ。
締め付けられていた褐色の胸元が弾む。
深い谷間から、新たに弾薬が飛び出し、左右のリボルバー、そのローディングゲートへと吸い込まれる。
薬室を殺意で満たした双銃を動かし、霞み始めた光の奥へと銃口を向け、コッキング──
「ほらよ、受け取れ──地獄への片道切符だ」
二閃のマズルフラッシュが、目を眩ませるガンマンの身体を灼いた。
「きゃあああ♪ 格好良いですぅ、素敵過ぎですよぅ、おねぇさまぁ!」
黄色い悲鳴と共に、エキゾチックなチョコレートキャニオン──レディガンナー、キャロル=クルックシャンクの胸元に飛び付いたのは、星野 ハナ(ka5852)。彼女は、単発式のグレネードランチャーを革製のストラップで肩掛けにしており、首元には遮光機能付きのゴーグルを提げていた。
「離れろ、百合娘!」
「あいたっ! んもぅ、おねぇさまのいけずぅ」
リボルバーの銃把で小突かれ、星野は手を離して額を抑える。
「それに私はれっきとしたノンケですよぅ。でもでもぉ、おねぇさまは特別なんですぅ。魅惑のレディガンナーなんですよぅ! だからもう一回だけ、ハグを──」
拳を握り締め、力説する星野。しかし、振り返って見れば、そこにキャロルの姿はなかった。
「もぉう、相変わらず三度の飯より鉄火場が好きなんですからぁ。待って下さいよぅ、おねぇさまぁ~!」
「……キャロルって、女の人だったっけ」
「……その筈だが、おかしいな。どうにも違和感が拭い切れん」
レディガンナーの活躍振りを目撃しラウラとバリーが訝しむ顔を見合わせていると、後ろから驚きの声を上げる者があった。
「なにゃにゃ!?」
「どうしたの? ディーナ」
奇声の主は、ディーナ・フェルミ(ka5843)。彼女は、抵抗するルーナを抱え上げ、そのお腹を眺め回していた。
「ま、まままさか、そんな事が!?」
驚愕するディーナの手からルーナが逃れ、その肉球で不届き者の横面に、猫パンチをお見舞いする。
「この感触はっ!? スチームアニマルじゃない、これはまさしく伝説のナマ肉球! か、神にも等しいナマおねこさまになんて事を。ごめんないさいなの!」
彼女は己の犯した罪を知り、黒猫の前に平伏した。その頭の上に、前足が置かれる。
「な、なんと慈悲深い……! 一生、お仕えしますなの」
お猫様教、その誕生の瞬間である。
「……なにこれ。──うわっ!?」
ガトリング砲の銃火の音が轟き渡り、馬車が大きく振動。
列車の方から爆発音が響き、続いて御者台の方から舌打ちが聞こえた。
「どうしたの!?」
「ブケパロスが弾を貰っちまった。マズいな、出力が落ちれば引き離される」
見れば、黒鉄の機械馬は銃創を受け、そこから蒸気が漏れていた。
「任せてなの!」
ディーナが意気揚々と立ち上がる。彼女は、一振りの杖を手に握っていた。
先端に幾つも歯車が取り付けてある、奇妙な杖。その一つとして互いに歯を噛みあわせているものはない。
寄り集まった歯車の中央には、一枚の鉄板が備え付けてあった。どの文献にも例を見ない文字列が刻まれた、モノリスの一種である。分析の結果、このモノリスは、完全純度の鉄である事がわかっている。
「真%&# &YA# &%T」
古代遺跡より発掘された杖を掲げ、古代神学の探究者であるディーナは、二言、三言詠唱した。どの言語の発音にも区分されない、異形の言霊。歯車の一部が回り始める。
それが引き起こした現象もまた、異形のそれ。
「銃痕が、塞がった……!?」
黒鉄の膚に穿たれた銃創が、時を遡るようにして癒えていく。生物に対する治癒魔法を操る魔法使いは少なからず存在する。だが、機械の損傷を手も触れずに直す術、あちらこちらを旅して回るバリー達とて、耳にした事すらなかった。
「これで大丈夫なのっ」
「理屈が良くわからんが、助かった」
バリーが手綱を手繰ると、蒸気の嘶きを上げて、黒鉄と白銀の機械馬が以前にも増した速度を以って、武装列車へと追い縋った。
武装列車の武器庫内、銃器や弾薬、携行用の小型蒸気機関の陰に潜むようにして、寝転がる少女が一人。彼女の名は、霧崎 灯華(ka5945)という。
「トーカ、いつまで寝てるケロ! さっさと起きるケロ!」
そんな少女を揺さぶるのは、喋る蛙のぬいぐるみ。ちなみに彼は、スマイリーという魔法生物だ。
「さっさと手頃な武器をかき集めろ!」
と、庫内へ二人の男達が入って来た。
「……あと五分」
「ベタな寝言言ってる場合じゃないケロ、早く起きるケロ……!」
「うっさい!」
「理不尽っ!」
蛙の頭頂に拳骨を叩き込んで、灯華はようやく目を覚ました。
「な、なんだテメエら!?」
すると、彼女達の存在に男達が気付き、手に持つリボルバーの銃口を向ける。
「はぁ? あんたらこそ何なのよ。人が折角寝てる時に、何様のつもり?」
己を狙う銃口を意に介さず、灯華はすっくと立ちあがった。
「止まれ、動くんじゃねえ!」
「三下があたしに命令? 笑わせないでくれるかしら?」
彼らの指が銃爪に掛かるも、構わずに一歩前に踏み出す──瞬間、銃声が響き渡った。
「「なっ!?」」
放たれた銃弾が、灯華の眼前で停止する。
驚愕を振り切り、男達は更に撃発。しかし、次々と放った銃弾もまた、悉くが不可視の障壁に阻まれる。
そして彼らは聞いた、銃声を呑み込まんばかりに膨れ上がっていく、蒸気の産声を。
その源は、灯華の太腿を覆う機械。蒸気を噴き出すそれは、紛れもない蒸気機関。その蒸気には、淡く輝く粒子が混じっている。灯華はそれを見るや、舌打ちを漏らした。
「エーテルが薄いわね。砂漠のド真ん中じゃ仕方ないけど、こんなんじゃろくな使い魔も喚べやしない」
彼女は粒子を掬い取るように、手を振るう。
「ま、三下の相手には丁度良いでしょ」
燐光の軌跡を描く指先が示したのは、辺りに備蓄してある、武器や蒸気機関。
「顕現せよ、煌々魔犬(バスカヴィル)」
それらは灯華の前に集いて、一匹の獣の姿を象り始める。
蒸気機関が心臓に、銃のフレームが骨格に。銃剣が並ぶ口腔と、眼球のない五つの眼窩の奥には、燃ゆる焔が揺らめく。──鋼の肉体を持つ、地獄犬の姿がそこに現れた。
灯華は、自身の肩に届く程の巨躯へと命じる。
「喰らい尽くしなさい──駄犬」
砂上を駆け抜ける、美少女。
「駆け抜けろ、俺様のさおり号!」
否、美少女のイラストを恥ずかし気──いや、惜し気もなく晒す蒸気機関式イタトラが、砂塵を巻き上げながら、猛進する。
武装列車の迎撃を物ともせずにアクセルを踏み締めるのは、二次元の檻に心を囚われた哀れな──いや、漢の中の漢、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)。
銃弾を受けて、火花散らす装甲。防弾仕様のフロントガラスに、潰れた鉛弾がへばりつく。ルームミラーに取り付けた美少女ストラップが激しく揺れる。
「無駄無駄無駄ぁ!」
蒸気トラックが並行した二編成列車の間へ侵入。車体を両隣に並ぶ車両に擦れ合わせながら、先頭を走る機関車目掛けて突っ走る。
「何だ、あいつは?」
並走する二編成の車両、その車間に鋼の巨体。
中央の頭胸部から伸びるのは、蒸気機関を内蔵した尻部と、四対の節足。節足の先が列車の装甲を穿ち、本体を支える。
機械化タランチュラが、トラックの進行方向に立ち塞がった。毒牙の代わりに顎に生やすは、二挺の機関銃。
「俺様の花道を邪魔するたあ、上等じゃねえか。こっちもとっておきを見せてやらあ!」
幌を固定するボルトの一部が外れる。幌が捲れ、その内に納められた重機械が露になった。
アームが稼働し、車体の前面へとマウントされたそれは、螺旋状の溝を持つ円錐状の掘削機械──ドリル。
回転を始めるドリルを掲げ、トラックは機械タランチュラ目掛けて突進──否、跳躍した。サスペンションに仕込まれたギミックが作動し、車体を跳ね上げたのだ。
機関銃より放たれる銃火を弾きながら、ドリルの矛先が頭胸部を捉える。
機械タランチュラの成れの果て、雑多な部品を撒き散らしながら、トラックは放物線を描いて飛び、二編成の車両を繋ぐ連結部へと着地。車体を横滑りさせながら停止した。
運転席から、ジャックが意気込み勇んで躍り出る。その身を飾るは、絢爛豪華な黄金の鎧。
「ようやく、主人公のお出ましだ。──覚悟しやがれ、雑種共!」
「相も変わらねェじゃじゃ馬だな、こいつは」
大型蒸気機関を搭載した暴れ機械馬を御しながら、J・D(ka3351)はストラップを取り付け肩に掛けた、スチームガジェットを手に取る。
ポンチョの内に装備した円筒状の機械から伸びる数本のチューブを接続した、ライフルタイプのスチームガジェット。薬品揺蕩うガラス管を埋め込んだ銃床を、肩に当てる。
装填ボルトを操作し、薬室に弾丸を装填。更に充填レバーを上げて、弾頭内に二種類の薬品を充填する。
一つは、ガラス管に蓄えたエチルアルコール。
そしてもう一つは、ポンチョの内に装備している蒸気圧縮式冷凍機によって精製した、液体空気である。
圧縮空気を使用して、弾頭内に充填・混合された二種の薬品は、氷点下百度の起寒剤へと変わる。
レバーを下げ、薬品充填を完了。排出孔から噴き出した余剰な起寒剤が、炎天下に霧をたなびかせる。
照準を、武装列車のガトリング砲を取り付けた銃座へ。標的との距離は八百ヤード。望遠ゴーグルに取り付けた複数の補助レンズが稼働して、自動的に最適値へ倍率を調整。左腕に装備した油圧ダンパーが射撃姿勢を矯正し、固定。
銃火の音を轟かせ、弾丸は陽炎を裂きながら飛んだ。
過たず、標的へと命中。着弾と同時に弾頭が潰れ、圧縮して封じ込められた起寒剤が球形状に拡がった。
薬品が瞬時に気化し、周囲の熱量を爆発的に奪い取る。
ガトリング砲に霜が張り、ガンオイルが凍結したのか、複列銃身の回転が止まる。銃座に座る砲手もまた、その生命活動を停止させた。
「ほゥら、素直に前に進みやがれィ」
ブーツの踵に取り付けた電気拍車を機械馬の尻に押し当てると、小さな火花が散り、機械馬が棹立ちになる。
怒号めいたブラスト音を轟かせ、機械馬は武装列車に向けてまっしぐらに駆け抜けた。
「いやっほぉぉう!」
高らかに声を張り上げる操縦者──レイン・レーネリル(ka2887)を乗せた、四気筒蒸気機関を搭載したオートバイが、砂丘の頂上から飛び立った。
放物線を描いて跳んだバイクが、砂丘に沿うように敷かれた線路上を走る列車の屋根に、前輪から着地──後輪を振って、フロントを列車の先頭へと向ける。
「かっ飛べぇ!」
後輪が落ち、サスペンションが沈むと同時に、スロットルを解放──ブラスト音もけたたましく、前輪を跳ね上げ急発進。ウィリー走行を維持した車体の前輪で、列車が作り出す気流の乱れを切り裂きながら、蒸気バイクは屋上を駆け抜ける。
屋上の道が途絶える──バイクは宙を舞い、平台の貨車に車体を横滑りさせながら着地した。
三面楚歌。
前方車両、後方車両、そして隣接するもう一方の列車から注がれる殺意が、肌身に突き刺さる。
「────♪」
口笛を吹き鳴らし、レインは左右のヒップホルスターから、二挺の銃を引き抜いた。
両の太腿に取り付けた小型蒸気機関と樹脂製のチューブで繋がったそれは、蒸気圧式短機関銃。
「アーユーレディ?」
一対の銃口を左右に向けると同時に、レインはフロントのリアサスペンションの両脇に固定した、両手の得物と同じ短機関銃の銃身を蹴り上げる。下方を向いていた銃口が、車体の前方──隣接する列車へとその視線を向ける。
左右の人差し指にトリガープルを掛けると同時──車体の銃に取り付けたレバーを蹴り、自動撃発装置を銃爪に噛ませた。
「レッツ、ダンシング!」
計四挺の殺人器械が、同時に撃発──!
両手に握る銃の反動をいなしつつ、背を反り片足でハンドルを操りながら車体に取り付けた銃の射線を横薙ぎにする。
弾倉の中身をしこたま吐き出し終えて、ようやくレインは銃口を下ろした。
「……もう、おしまい?」
倒れ伏した敵の群れをを見渡して、レインは退屈そうに呟いた。が、
「そうでなくっちゃ♪」
呟きに対して、否と応えるかのように響いた破壊音に、口許を綻ばせる。
貨車の出入り口を破壊しながら現れたるは、蒸気機関を背負った、真鍮甲冑。
空欠の短機関銃をホルスターに仕舞い、空いた両の手を、蒸気バイクのハンドルグリップに掛ける。右手でアクセルグリップを捻り、ハンドルを切って、真鍮甲冑目掛けて疾駆。
真鍮甲冑もまた、全身の至る所から蒸気を噴き上げつつ、疾走する。蒸気圧の補助を受けたその動きは、巨体に反して俊敏。
速度と質量を乗せた、黄銅の拳が唸りを上げた。
拳が迫る刹那、ブレーキグリップを握り、リアタイヤをロックして車体を傾斜。貨車の床に黒い軌跡を残しながら後輪が滑る。
見るも鮮やかな、ブレーキターン。
頭上一インチ上を過ぎる暴力の塊──左拳を甲冑の脇腹に突き入れる。拳を覆う手甲、その先端に取り付けた二本の鋭いスパイクが装甲に突き刺さる。
直後──蒼い焔が、真鍮甲冑の全身を灼いた。
総身に雷光が走った瞬間、一度痙攣した甲冑が、その動きを停める。軽く蹴ると、重々しい音を立てながら、後方へと倒れた。
「あっちゃあ、やっぱりイカれちゃったか」
拳から肘までを覆う籠手の装甲を開き、その中に焼け焦げた部品を見付けるや、レインは顔を顰めてみせた。蒸気タービンから送電された電気に電圧を負荷する変圧器を摘まみ出し、新しい部品と交換する。
更に短機関銃の弾倉を交換。布きれを取り出し、先程足蹴にしたハンドルを丹念に拭いておくのも忘れずに。
「そんじゃ改めて、お仕事再開といきますか♪」
「おねぇさまが考えもなく前に出るから、囲まれちゃいましたよぅ?」
キャロルと星野、二人を前と後ろから睨み付ける、銃口の群れ。
「ばらけられるより、都合が良いじゃねえか」
「さっすが、おねぇさま。そういう無茶な所も素敵ですぅ。背中はこの私にお任せあれ♪」
「好きにしな」
リボルバーとランチャーが、同時に火を噴く。
鉛弾が前方の敵を喰らい──
──閃光が後方の敵を灼く。
両者の得物、その装弾が切れる。
ガンスピンによる排莢──
──バレルをブレイクオープン。
「代われ──」
「──言われずとも」
キャロルと星野が、立ち位置をスイッチ。
弾んだ胸元から零れ落ちる弾薬を装填──
──新たな閃光手榴弾を薬室に込め、バレルを戻す。
リボルバーとランチャーが、新たな獲物へその中身を見舞いした。
「おっと」
炸裂する閃光、その奥から拳大の鉄塊が、星野の足下に転がり出る。表面に刻印されているのは『GRENADE HAND FLAG DELAY』の文字。
「こういうのは──」
鉄塊──破片手榴弾を爪先で蹴り上げた。
「──ビビった方の負けですよぅ♪」
胸元に上げた打ちごろの球を、ランチャーのバレルで飛んで来た方向へ打ち返す。
爆炎が隣の車両を埋め尽くし、熱風が星野のローブをはためかせた。
「ホームラン、です☆」
その異変を最初に察知したのは、JDだった。
「砂が、波打ってやがる」
望遠ゴーグルが、地平線の彼方から近付いて来る、波紋を捉えたのだ。
砂海に立つさざれ波。風の仕業ではない。砂面から現れた細長い胴を見て、そう確信する。
「砂蚯蚓……、厄介なモンを誘き寄せちまったもんだ」
眼も鼻も触覚すら見当たらない、名の通り蚯蚓のような見掛け。しかし、従来の蚯蚓と異なるのは、その埒外な大きさと、棘のような歯を無数に生やした口腔を持つ事。そして何より──
「……よゥ、虫けら。この俺を腹に納めようってかィ?」
涎垂らす口腔を拡げる砂蚯蚓を見上げ、JDは笑みを浮かべる。だが、表情とは裏腹に、その心中は緊張を孕んでいた。
──その食性が、肉食であるという事だ。
起寒剤を用いた氷結弾、況してや腰に提げたリボルバーが通じる相手ではない。
JDは、左腕を砂蚯蚓の口腔に向けて掲げた。
「悪いが、そいつはできねェ相談だ」
手首を下に曲げる。と、関節から機械的な音が上がり、手首が外れた。
「代わりと言っちゃァ何だが。とっておきのモンをくれてやる」
現れたるは、無骨な大砲。精緻な飾り所か、機能美すらも見当たらない、原始的な火器。だが、それ故に、秘めたる破壊の衝動が、如実に表れていた。
響く砲声──放たれた榴弾を喰らった砂蚯蚓の頭が、跡形もなく吹き飛ぶ。
「どうでィ、悪くない味だったろゥ?」
ヒンジで繋がった手首を義腕に戻し、砂に沈んだ巨大な死骸に一瞥をくれてから、再び機械馬を走らせた。
「ひゃっほぉぉぉぉう!」
己の叫びすら、風音に掻き消される。それでも尚、空舞う昂揚にレインは歓声を上げた。
「うわっとぉ!」
その身を喰らわんと、砂飛沫を散らして飛び掛かる砂蚯蚓を、身を捩らせて躱す 。
側近を過ぎる波打つ体表──砂蚯蚓は、体表を振動させ、周囲の砂を流体状に変える事によって自在に砂中を泳ぎ回るのである──を、不快感を堪えて蹴る。靴底から噴き出る蒸気の反動を得て、更に空高くレインは飛んだ。
その拳に握るは、手榴弾。安全ピンを口に咥えて引き抜くと、また自分を呑み込まんとする巨大な口腔へと投げ込む。
手榴弾は、砂蚯蚓に達する前に炸裂する。放射状に散ったのは、爆炎でも閃光でもなく、無色無臭の可燃ガス。
その中心に左拳を向け、レインはスパイクを射出した。
「吹っ飛べ!」
ワイヤーで繋がったスパイクが目標地点に達すると、その先端に火花が散る。直後──
凄まじい爆炎が、熱砂より立つ陽炎を吹き飛ばした。
「うわちっ!?」
天上より降り注ぐ日差しより熱い熱波に煽られ、レインは悲鳴を上げる。
「ちょっと、威力上げ過ぎたかな……? でもまあ、派手なのに越した事はないしね。気にせずもう一丁いってみよー!」
電動リールでワイヤーを巻き取ると、レインは更なる標的を求めて空を蹴った。
武装列車に迫る、砂蚯蚓。
その猛威を前にして、ジャックは右腕を天に突き上げ、声も高らかに叫ぶ。
「カムヒアッ、さおり号!」
列車の屋根に仁王立ちする彼の背後に、蒸気イタトラがその身を跳ね上げて現れた。車体のフロントが割れ、主をその内に呑み込む。
「LOVE・フュージョンッ!」
蒸気トラックが変形を始める。噴き出した蒸気が立ち込め、衆目を阻む白煙の暗幕を作り出した。
濃霧が晴れ、現れたるは五体を備えた、人機の姿。
装甲に黄金の輝きを宿し、幌を翻るマントに変え、右腕には雄々しきドリルを備えた、胸部に二次元美少女を侍らせし、その勇姿。
ここに、二次元嫁との合体(メカ的な意味で)を果たした、真の英雄が誕生した。その名も──
英雄王、ゴールデンJ──!
『端からアクセル全開で行くぜ!』
雄々しきドリルが、猛回転を始める。旋風を起こし、巻き上げた砂塵を纏って、更に猛々しい威容へと変わる。
『ドリール・ジャック&さおりん!』
破亜嗚呼嗚呼──亜!
雄叫びを上げながら、ゴールデンJは押し寄せる砂蚯蚓へと特攻した。脚部に備える車輪が砂塵の軌跡を残す。
次元を超える愛を籠めた必殺のドリルが、その進攻を阻む敵を悉く破砕する。
『見たか、俺達の愛の結晶を!』
如何なる原理か、爆発四散する砂蚯蚓。
マントをはためかせ、爆炎を背負う黄金の立姿は、何者よりも気高かったと言う。
辺り一面に広がる血の海。
その真っ只中に立つのは、灯華とその使い魔たる、地獄犬。焔を宿した吐息を発する口腔に並んだ剣歯は、赤く血濡れている。
ちなみに、蛙のスマイリーは隅の方で、血臭に吐き気を催していた。
「マジで、何でこんな凶悪な小娘と契約しちゃったケロか……」
反面、灯華は窓の向こうに出現した砂蚯蚓を見て、喜悦の表情を浮かべている。
「歯応えのありそうなのが出て来たわね。エーテルも結構溜まってきたとこだし、本気出しちゃおうかしら」
細い指先を振るう。と、周囲の血が渦となり、燈華の大腿を覆う蒸気機関へと吸い込まれて行く。
蒸気機関が高らかな駆動音を立て始め、光の粒子が混じる蒸気を吐き出した。その光の濃度は、先のそれとは比べるまでもなく、濃い。
エーテル、それがその粒子の正体だ。生命の源足る、世界の第一構成元素である。
粒子は流れる帯となって、燈華の身体を覆い始める。
「──蒸着完了」
具現せしは、真紅の魔女──いや、どうにも認め難い事だが、その身は愛と正義を執行する、蒸気魔法少女。マジカル☆スチーム クリムゾン・トーカ──!
トーカは紅い装甲を纏う右腕を真上に向けて掲げた。その掌中に火焔が生じ、火柱と化して天井に大穴を開ける。
「ほら、出るわよ」
「ゲロッ!?」
トーカはふわりと宙に浮きあがると、地獄犬を従えて屋根上に出た。ついでに、スマイリーも首根っこを不可視の手に掴まれるようにして連行される。
「煌々魔犬──バスターモード」
トーカの詠唱に応え、地獄犬はその鋼の身体を、有機的なフォルムから無機的な機械兵器のそれへと変化させる。
果たして、トーカの右腕を覆ったそれは、一種の砲門だった。
「どうしてこうなったケロ!?」
何故か砲口に半身を嵌め込んだスマイリーが抗議の声を上げる。
「仕方ないでしょ、砲弾が見当たらなかったんだから」
「武器庫に腐る程あったケロ!」
「細かい事気にしない。ほら、行くわよ。腹括りなさい」
大砲に埋め込まれた蒸気機関と、トーカのニーソ型蒸気機関が、けたたましい稼働音を上げる。
「エーテル充填、蒸気出力最大──吹っ飛べ、マジカルスチームバスター・ビームキャノン!」
「弾要らねえ――!」
砲口から伸びる、一条の光線。砂蚯蚓の群れ、その中心に着弾するや、ドーム状の閃光へと膨れ上がった。
爆心地から、蛙の形をした雲が昇る。
「……きったない散り際だこと」
「Y$# &¥阻9」
異形の言霊が紡ぐ、空間の歪み──重力の檻が、馬車の周囲を取り囲む。その檻の役割は、拘束ではなく、内に在る者の守護。砂蚯蚓の突進の悉くを一切の例外なく阻んだ。
「デタラメだな」
半ば呆れた声を上げながら、バリーはランチャーの砲口を、押し寄せる砂蚯蚓の一匹へと向ける。砲口の先、檻の一部の歪みが消える。開口部から飛び出した榴弾が標的に着弾し、爆炎を上げた。
「だが、あっちの数も並じゃない。撃てども撃てども、湧いて来やがる」
死骸が倒れ巻き上げる砂塵、その奥から続々と姿を現す砂蚯蚓に、舌打ちを漏らす。
「これじゃ、こっちが消耗しちゃうの」
額に玉の汗浮かべるディーナ。その汗を、傍らに立つラウラがそっと拭う。二人の足下には、ルーナが腰を下ろしている。
「大丈夫、ディーナ。ごめんね、こんな事しかできなくて」
「ううん、そんな事ないの。ラウラちゃんとルーナさまが傍に居るから百人力な──うわわ!?」
突如、馬車を振動が襲う。砂蚯蚓の猛攻が重力の檻を破ったわけではない。その振動は足下から伝わって来た。
「地震か? いや、まさかこれは──」
バリーは手綱を手繰り、機械馬の出力を限界まで上げると共に、馬車を大きく左へ旋回させた。
直後──取り残された砂蚯蚓の真下、砂海の砂面が割れた。
砂飛沫が高く上がる。
バリーが御する馬車のみならず、武装列車までも呑み付くさんばかりの巨大な影が、砂ばかりの大地に落ちた。
バリーは天を仰いで、呆然と呟く。口元には、引き攣った笑み。
「……砂海の王のお出ましか」
「なに、あれ……?」
空を舞うレインもまた、上空にあるその影を見上げて唖然と口を開いた。
マイルを優に越す、途方もなく巨大な物体。
「飛行船?」
否、太陽を遮るそのシルエットには、もっと生物的なラインを描いていた。何より特徴的なのは、曲線的なシルエットから突き出した、あれは、胸鰭と尾鰭……だろうか。
「鯨……?」
巨大な鯨が、砂飛沫の軌跡を描きながら、天空を泳いでいた。
「あれって砂鯨!? 初めて見たわ」
御者台に身を乗り出し、興奮の声を上げるラウラ。
「マズい……」
反して、バリーは苦々しい表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「大砂嘯(デザートインパクト)だ。あれだけの巨体が、あの高さから落ちてみろ。地形を一瞬で変えちまう程の、砂の大波が起きるぞ!」
バリーは無線を取り出し、オープンチャンネルで声を張り上げた。
「全員、列車に集まれ! おい、キャロル、カノン砲だ。そいつで──あの大波をどうにかしろ!」
列車の遥か前方、線路より離れた場所に落ちる砂鯨。
舞い上がる砂柱は、さながら入道雲の如く。
砂海最大の災害、大砂嘯が顕現す。
「おい、百合娘! 蒸気機関の出力は限界まで上げた、カノン砲の発射準備はまだか!?」
武装列車の機関車両に備え付けられた伝声管に向かって怒鳴るキャロル。
『今やってますよぅ。でもでもぉ、これじゃ全然出力が足りないですぅ』
伝声管から返って来た星野の声に舌打ちを漏らし、キャロルは無線機に向けてがなり立てた。
「おい、バリー! 馬力が足りねえよ! 他にやりようはねえのか!」
「他に手立てなんかあるか……!」
キャロルの通信に苛立ち交じりに返すバリー。その時──
「──やれやれ、仕方にゃいわね」
色香を漂わせながら、妙に舌足らずな声が馬車の内に木霊した。
バリーが振り返ると、視界にラウラとディーナ、そして見慣れない女性が立っていた。
蒼月の瞳。背まで伸びる、紫が掛かった絹糸のような黒髪。
肩から足下まで覆う漆黒のドレス。首元には、銀細工をあしらい、リボンを括り付けた紅革の首輪。
人間とは思えない程の、妖艶な美女。
「……にゃ、にゃ、な。これで良し」
自分を見つめる三対の視線にも意を介さず、彼女は一人頷くと、呆然と自分を見詰めるディーナへ振り向いた。
「ほら、その杖を寄越しなさいな」
「え? ええと、はい。ど、どうぞなの」
唐突に、半ば命令めいた声を掛けられ、ディーナは唯々諾々と従った。差し出された杖を受け取り、美女はモノリスの表面を撫でて微笑を浮かべる。
「デウス・エクス・マーキナ」
機械仕掛けの神──美女が口にしたその名の意味を、ディーナだけが理解した。
杖に備わる全ての歯車が、一斉に回転し始める。その回転音からは、意思のようなモノが感じられた。
「久しいわね、デウス。いきなりで悪いのだけれど、貴方の権限、今だけ私に寄越しなさいな。この杖でできるのは、精々が第二構成元素──ナノマシンのプログラムに少々手を加える事だけでしょう?」
歯車が、抗議めいた音を立てる。
「誰に口を利いているかわかってるの? ──貴方の物は私の物、何度言えば理解できるのかしら」
歯車の回転が、数秒ぎこちないものに変わる。かと思えば、その位置が組み変わり、全ての歯車が噛み合わさる。
「世界との連動を確認、と。最初から素直に従えば良いのよ」
呆れ交じりに呟いた美女は、無造作に杖を掲げた。
「世界を組み替える力、とは言え、あまり勝手が過ぎれば因果律が崩壊しかねないわね。ま、こんな所が妥当かしら」
「出力が上がった? でもぉ、ちょっと普通じゃない数値ですよぉ?」
『何でも良いから、ちゃっちゃと撃て!』
「はいはい、わかりましたよぉ」
肩を竦めた星野は、照準器を覗き込み迫る砂嘯を捉えると、カノン砲の発射ボタンに拳を振り下ろした。
「カノン砲、てぇーーー!」
────!!!
轟音。
巻き上がる砂塵が、本来なら見えざる筈の衝撃波を可視化させた。
列車を噛み砕かんと迫る砂嘯を、砲弾が蹴散らす。こじ開けた間隙を、悲鳴めいたブラスト音を響かせ、武装列車は突破した。
「助かった、の?」
馬車の床にへたり込むディーナ。その額を、細く長い指が撫でる。
「貴方にしては良く頑張ったじゃない、ディーナ」
「あ、あなたは、ルーナさまなの?」
ディーナは、額を撫でる手の主──黒衣の美女、その蒼い瞳を見上げた。彼女は、ディーナの問いには応えず、微笑を浮かべる。
「精々、これからも精進なさいな、我が下僕」
その時、砂埃混じる一陣の風が、馬車の内に吹き込み、ディーナは思わず目を閉じた。
次に目を開いた時には、目の前に元の形状に戻った杖と、黒猫が一匹尻尾をくねらせ佇むのみ。
同乗者達が注視する中、黒猫は片目を閉じてみせた。
SEE YOU STEAM COWBOY……
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 12人 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/08/14 22:37:37 |
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必要なさそうな相談卓(笑 星野 ハナ(ka5852) 人間(リアルブルー)|24才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2016/08/14 21:13:00 |
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某ラジオ出張所(注:質問卓 霧崎 灯華(ka5945) 人間(リアルブルー)|18才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2016/08/15 14:44:43 |