ゲスト
(ka0000)
魁! ユグディランブル!!
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/08/11 19:00
- 完成日
- 2016/08/28 23:45
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「ナナナナナなんですとォォォォォォォォォォォッ!?」
轟いたのは、怒声。それも、並大抵の声量ではない。建物が震えるほどの大音声であった。
クリムゾンウェスト各地で暗躍(?)するプエル某も縮まり返るほどの絶唱に壁が震え、木枠が悲鳴を上げ窓ガラスが鳴動の果てに割れた。
パリーン。パリーン。パリーン。階下から上がる悲鳴。訓練中の兵達が突如海から現れた巨大生物から逃げ惑う市民のように可愛らしい悲鳴を上げて身を寄せあっている。「な、なんだ今の!?」「歪虚の襲撃!?」「いや、あれは……あれを見ろ!」「……何もいないぞ!?」「日中なのに煌々と輝く星が見える! 凄い!」「見えないけど」「えっ」「お前死ぬんじゃね……」「えっ」
などという騒動はさておき。
「な、なにごとですか?!」
飛び込んだのは、グラズヘイム王国北西部に位置するデュニクスの治安と未来を護る『デュニクス騎士団』の秘書、マリーベルである。金髪碧眼のクール属性の彼女だがその表情には動揺が深く刻まれていた。駆けつけたのは彼女一人だった。脅威を感じながらも扉を開いたのは、彼女の人の良さもあるだろうが、声の主が彼女の知り合いだったからだ。
「っっっ! これ! を!」
少女の視線の先で、丸っこい身体をブルブルと震わせたポチョム――元密偵の騎士にして、槍を扱う凄腕の疾影士はその顔を歪めながら、一枚の書面を示して見せた。
―・―
ハァイ、ポチョム。ヘクスだヨ。元気にしてた?
王国騎士団団長……あ、元団長だね……のエリーの訃報に心を痛めながら、僕はいまリゼリオでお祭りを開いています。
悲しいね。心が痛いね。でも、(「この仕事は金になるので」、という記述に二重線が引かれている)世の中の皆を笑顔にしたいから、そのことだけを心の支えに、異郷の地で頑張っているんだ。偉いだろ?
働き詰めで、心に癒やしが欲しい、そんなことを思ったことは無いかい?
君はいつもよく働いてくれているから、そう思うだろ?
だから、君は僕の気持ちが解ってくれることと思う。
そんな『僕』のために、ご褒美をあげたいと思ってさ。
いやー、あっはっは。それだけ、この間の君の仕事が嬉しかったのさ。Gnomeの仕様書を送ってくれただろ?
あれ、カッコいいよね。ありとあらゆるを轢き潰す破壊者って感じが、僕の逆剥けだらけの心に響いたのさ。
そんな折に、小耳に挟んだことがあってね。刻令術を使ったBIGな企画を、さ。それを聞いてさ、居ても立ってもいられなくなってさ。
発注しちゃった。えへへ。
かつて、光の神は良いことを仰ったよね。
無かったら、作ればいい。
――名づけて、《BIGnome》。
カッコイイだろ?
P.S.
鍛冶担当のヴェルドくん、だっけ?
彼には厳重に口止めしておいたから、君がこの手紙を見る頃には今更引き返せない所まで出来上がってるんじゃないかな?
出来上がったら連絡をヨ・ロ・シ・ク。
―・―
「……何ですか、これ」
「何もヘチマも!」
憤懣やる方なし、といった様子で、ポチョムは吐き捨てた。
「あのヘクス野郎! 私達に黙って勝手にデカイ買い物しやがったって事ですよクソァ……! しかも! 盛大に私達の活動の足を引っ張るような余計なお世話をねえ! 大口の仕事が入ったって街の連中が喜んでいたのはそういう……ぐぬうううゥゥ、もっと他にやることあるでしょうにィ……! この私がこんなにビッグなマターを掴めないとは何たる不覚……!」
「おぉ……」
なんとも説明的なポチョムの煩悶に、マリーベルの理解が追いつく。彼女は現地住人の勢力を吸い上げた、いわば《現地騎士団》の秘書に過ぎないが、財務や庶務に明るい都合と、この騎士団が窓口となって種々の大口業務を引き込んでいる事もあって内情には明るい。調整能力に優れたポチョムもまた、間に入ってあれやこれやと働き、特にヘクスが経営している『第六商会』の現主力商品――魔導銃やゴーレムの開発――に関しては特に労を割いていた。
「……ふふ」
怒り心頭のポチョムを前に、マリーベルは小さく、笑みを浮かべる。以前は、こう言ったことをあけすけに言う人じゃなかった。長い付き合いの中でお互いに得るものがあったのだろう、と思う。
そのことが、少しだけ胸を痛めたりも、するのだが。
「ところで、その……」
「……はい?」
「レヴィンさん達は、どこに……?」
●
以上、盛大な前フリである。
こちらは、次回に続く。
●
ニャー!
ニャー!
ギニャアーー!
ミ”ャ”ーー!
「……な、なんですか、これは」
グラズヘイム騎士団、青の隊所属の騎士、レヴィンは呻いた。北西に不審な影あり、という情報を掴んで臨んだ調査の折に奇妙なものを見つけた。ハンター達を含めた本隊を置いての先行調査である。ツーマンセルでの探索は――果たして、奏功したと言えるのだろうか。
「クク……」
その、傍ら。長身痩躯の男、ヴィサンは沈鬱な表情のまま口の端だけ釣り上げて笑うと、こう結んだ。
「猫だな……」
「……い、いえ、それじゃなく」
丘陵に身を隠しながら目を細めるレヴィンの頼りない前髪が風に揺れる。遠景に見えるは、尋常ならざる羊の影。上半身は逞しく膨隆した、二足歩行の。
「クク……それに羊、だ」
「ど、どう見てもふつうの羊じゃないですよね……!?」
こちらへと向かって駆けてくるのは、多量の猫。更には、その向こうから、多量の『羊』。
「……」
「……レヴィン、まさか、お前……」
「え……?」
見ろ、と、レヴィンが指し示す先を、見る。羊達よりも、『手前』。
「ね、ねね、猫も、二足歩行している……!?」
驚きの余り、後退した前髪がさらに幾本、風に流されて消えた。どうやら、羊達の姿に気を取られて見落としていたらしいが――そう!
「ゆ、ユグディラですか……!?」
絶賛逃走中の猫は、王国各地で珍行を重ねる、ユグディラ達であった。
そのユグディラ達が、獣の感性で声をあげたレヴィン達の存在に気づいた。反応は様々だ。レヴィン達にすら怯えて散り散りに逃げる者。レヴィン達に縋るように、全力で加速してくる者。土を掘って逃げだそうとする者。
「っと、これは、良くないですよ……!?」
「ああ……」
多勢に無勢。ユグディラ達の逃避行に追われたレヴィン達も撤退を余儀なくされ愛馬のゴースロンに駆け乗る。高くなった視界で、丘陵から見下ろした。
ニ”ャ”ー”!”!”
なんとも哀れっぽい視覚効果を伴い、さらには健気極まる声で啼くユグディラ達が、何故だろう。とても、不憫に思えた。
「……ハンター達に、応援を頼みましょう」
「クク……振り切らんのか?」
ヴィサンの言は尤もだった。馬の足で往くのならば、彼らを振りきって本隊の安全を確保するのも容易い。
だが……それだけは、選べなかったのだ。
レヴィンは、愛猫家だった。
「ナナナナナなんですとォォォォォォォォォォォッ!?」
轟いたのは、怒声。それも、並大抵の声量ではない。建物が震えるほどの大音声であった。
クリムゾンウェスト各地で暗躍(?)するプエル某も縮まり返るほどの絶唱に壁が震え、木枠が悲鳴を上げ窓ガラスが鳴動の果てに割れた。
パリーン。パリーン。パリーン。階下から上がる悲鳴。訓練中の兵達が突如海から現れた巨大生物から逃げ惑う市民のように可愛らしい悲鳴を上げて身を寄せあっている。「な、なんだ今の!?」「歪虚の襲撃!?」「いや、あれは……あれを見ろ!」「……何もいないぞ!?」「日中なのに煌々と輝く星が見える! 凄い!」「見えないけど」「えっ」「お前死ぬんじゃね……」「えっ」
などという騒動はさておき。
「な、なにごとですか?!」
飛び込んだのは、グラズヘイム王国北西部に位置するデュニクスの治安と未来を護る『デュニクス騎士団』の秘書、マリーベルである。金髪碧眼のクール属性の彼女だがその表情には動揺が深く刻まれていた。駆けつけたのは彼女一人だった。脅威を感じながらも扉を開いたのは、彼女の人の良さもあるだろうが、声の主が彼女の知り合いだったからだ。
「っっっ! これ! を!」
少女の視線の先で、丸っこい身体をブルブルと震わせたポチョム――元密偵の騎士にして、槍を扱う凄腕の疾影士はその顔を歪めながら、一枚の書面を示して見せた。
―・―
ハァイ、ポチョム。ヘクスだヨ。元気にしてた?
王国騎士団団長……あ、元団長だね……のエリーの訃報に心を痛めながら、僕はいまリゼリオでお祭りを開いています。
悲しいね。心が痛いね。でも、(「この仕事は金になるので」、という記述に二重線が引かれている)世の中の皆を笑顔にしたいから、そのことだけを心の支えに、異郷の地で頑張っているんだ。偉いだろ?
働き詰めで、心に癒やしが欲しい、そんなことを思ったことは無いかい?
君はいつもよく働いてくれているから、そう思うだろ?
だから、君は僕の気持ちが解ってくれることと思う。
そんな『僕』のために、ご褒美をあげたいと思ってさ。
いやー、あっはっは。それだけ、この間の君の仕事が嬉しかったのさ。Gnomeの仕様書を送ってくれただろ?
あれ、カッコいいよね。ありとあらゆるを轢き潰す破壊者って感じが、僕の逆剥けだらけの心に響いたのさ。
そんな折に、小耳に挟んだことがあってね。刻令術を使ったBIGな企画を、さ。それを聞いてさ、居ても立ってもいられなくなってさ。
発注しちゃった。えへへ。
かつて、光の神は良いことを仰ったよね。
無かったら、作ればいい。
――名づけて、《BIGnome》。
カッコイイだろ?
P.S.
鍛冶担当のヴェルドくん、だっけ?
彼には厳重に口止めしておいたから、君がこの手紙を見る頃には今更引き返せない所まで出来上がってるんじゃないかな?
出来上がったら連絡をヨ・ロ・シ・ク。
―・―
「……何ですか、これ」
「何もヘチマも!」
憤懣やる方なし、といった様子で、ポチョムは吐き捨てた。
「あのヘクス野郎! 私達に黙って勝手にデカイ買い物しやがったって事ですよクソァ……! しかも! 盛大に私達の活動の足を引っ張るような余計なお世話をねえ! 大口の仕事が入ったって街の連中が喜んでいたのはそういう……ぐぬうううゥゥ、もっと他にやることあるでしょうにィ……! この私がこんなにビッグなマターを掴めないとは何たる不覚……!」
「おぉ……」
なんとも説明的なポチョムの煩悶に、マリーベルの理解が追いつく。彼女は現地住人の勢力を吸い上げた、いわば《現地騎士団》の秘書に過ぎないが、財務や庶務に明るい都合と、この騎士団が窓口となって種々の大口業務を引き込んでいる事もあって内情には明るい。調整能力に優れたポチョムもまた、間に入ってあれやこれやと働き、特にヘクスが経営している『第六商会』の現主力商品――魔導銃やゴーレムの開発――に関しては特に労を割いていた。
「……ふふ」
怒り心頭のポチョムを前に、マリーベルは小さく、笑みを浮かべる。以前は、こう言ったことをあけすけに言う人じゃなかった。長い付き合いの中でお互いに得るものがあったのだろう、と思う。
そのことが、少しだけ胸を痛めたりも、するのだが。
「ところで、その……」
「……はい?」
「レヴィンさん達は、どこに……?」
●
以上、盛大な前フリである。
こちらは、次回に続く。
●
ニャー!
ニャー!
ギニャアーー!
ミ”ャ”ーー!
「……な、なんですか、これは」
グラズヘイム騎士団、青の隊所属の騎士、レヴィンは呻いた。北西に不審な影あり、という情報を掴んで臨んだ調査の折に奇妙なものを見つけた。ハンター達を含めた本隊を置いての先行調査である。ツーマンセルでの探索は――果たして、奏功したと言えるのだろうか。
「クク……」
その、傍ら。長身痩躯の男、ヴィサンは沈鬱な表情のまま口の端だけ釣り上げて笑うと、こう結んだ。
「猫だな……」
「……い、いえ、それじゃなく」
丘陵に身を隠しながら目を細めるレヴィンの頼りない前髪が風に揺れる。遠景に見えるは、尋常ならざる羊の影。上半身は逞しく膨隆した、二足歩行の。
「クク……それに羊、だ」
「ど、どう見てもふつうの羊じゃないですよね……!?」
こちらへと向かって駆けてくるのは、多量の猫。更には、その向こうから、多量の『羊』。
「……」
「……レヴィン、まさか、お前……」
「え……?」
見ろ、と、レヴィンが指し示す先を、見る。羊達よりも、『手前』。
「ね、ねね、猫も、二足歩行している……!?」
驚きの余り、後退した前髪がさらに幾本、風に流されて消えた。どうやら、羊達の姿に気を取られて見落としていたらしいが――そう!
「ゆ、ユグディラですか……!?」
絶賛逃走中の猫は、王国各地で珍行を重ねる、ユグディラ達であった。
そのユグディラ達が、獣の感性で声をあげたレヴィン達の存在に気づいた。反応は様々だ。レヴィン達にすら怯えて散り散りに逃げる者。レヴィン達に縋るように、全力で加速してくる者。土を掘って逃げだそうとする者。
「っと、これは、良くないですよ……!?」
「ああ……」
多勢に無勢。ユグディラ達の逃避行に追われたレヴィン達も撤退を余儀なくされ愛馬のゴースロンに駆け乗る。高くなった視界で、丘陵から見下ろした。
ニ”ャ”ー”!”!”
なんとも哀れっぽい視覚効果を伴い、さらには健気極まる声で啼くユグディラ達が、何故だろう。とても、不憫に思えた。
「……ハンター達に、応援を頼みましょう」
「クク……振り切らんのか?」
ヴィサンの言は尤もだった。馬の足で往くのならば、彼らを振りきって本隊の安全を確保するのも容易い。
だが……それだけは、選べなかったのだ。
レヴィンは、愛猫家だった。
リプレイ本文
●
どこまでも続く蒼穹。目に眩ゆき夏陽に燃える緑々しい草原。なだらかな丘陵を彩るのは。
「ハッハー! 肉だ!」
大量の羊達が猫を追い回している様を見て、役犬原 昶(ka0268)は吠え立てた。
「羊が大量! サイコーじゃねえか! こりゃジンギスカンやりまくだな!」
「……でも、あれは」
「でも! まだチャンスあるよ!」「ジンギスカンパーリーだ!」
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)が控えめに窘めようとするが、リューリ・ハルマ(ka0502)はポジティブ過ぎるし昶は聞いちゃいない。
「あ、そだ。はい、これ」
「……」
猫耳カチューシャを手渡され、その表情が固まる。偵察任務の擬態として夫々に趣向を凝らしているらしい。見れば、リューリもお揃いの猫耳をつけているし昶はZENRAだ。
ZENRA、である。といってもきぐるみだ。視線を転じれば、アーシェ(ka6089)の頭には猫耳に見えなくもない何かがある。
「自前、だよ……?」
「は、はぁ」
真偽のほどは分からないが、アーシェも現状に異論は無いらしい。アルルベル・ベルベット(ka2730)と目があうと、その手が動いた。
「何か?」
「……いえ、別に」
「これは猫に対する非敵対的要素であることと、羊に対する敵対的行動をとることを表明する為のものであって、他意は」
ザ・理論武装するその頭には、猫耳が据えられている。
「何か問題でも?」
「いえ、大丈夫です!」
灯實鶴・ネイ(ka5035)は狙撃姿勢を取りアサルトライフルを構えているが――。
「……あの猫、可愛くない……?」
と上の空だ。唯一まともなナリなのに。
柏木 千春(ka3061)を見やる。こちらは猫の……否、ユグディラのきぐるみ姿だ。その表情は真剣そのものである。その千春と、目があった。なんとなく居住まいを正す椿姫に、千春は――。
「話を聞く限りですけど、別な方向に逃げたユグディラもいるらしいので……私、そっちを探してみますっ!」
と言い切ると、駆け出していった。危なかったら呼んでくださいね、と言い残して駆ける千春を見送った椿姫は、手元に残ったカチューシャを見る。猫耳だ。《あれ》よりはマシかもしれない。《どれ》とは、言わないが。
「……て、偵察には全員が、その、従わないといけませんし!」
椿姫も、かつては年頃の娘だった。かわいい装飾に浮かれる気持ちはないでもない。
いや、でも、これは。リューリのナチュラルな期待が右頬に突き刺さるのを感じながら、息を整えた。
「お見苦しいとは思いますが、どうか、はい……。し、仕事ですから」
「見苦しくないよ? かわいいよ?」
「…………」
そいや、と胸中で気合を一ついれ、猫耳を被った。
「行きましょう!」
こうなれば、ヤケである。
●
疾走。疾走。疾走。ユグディラ達の逃亡を助けるべく、ハンター達は往く。昶、アルルベル、リューリ、椿姫、アーシェはそれぞれの得物を手に――そして多くのものが耳に――風を切って奔る。中でも騎乗する昶とリューリが先行していた。
「クク……追いかけっこは終わり、だな」
「おお!」
ハンター達の姿を認めて、逃亡劇に疲れたか、陰鬱に言うヴィサンに比べて嬉しげなレヴィン。愛猫家の鑑である。
昶のZENRAには大人の配慮を見せた。
「……ハッ!」
灯實鶴は我に返った。狙撃姿勢のままユグディラの虜になっていたらしい。
「カワイ過ぎるのも罪ね……っと」
射程一杯。研ぎ澄ました集中と共に、先頭付近に居る赤羊に照準を合わせ――撃った。
「羊はね、毛を剥げばいいと思うの」
銃撃。
「あ、ジンギスカンもあり?」
銃撃。昶の言葉を思い出す。なるほど、結構な量の羊肉は間違いない。
「……でもあれ、どう見ても歪虚だよね」
重ねて、銃撃。三射で、二匹の赤羊が霞に消えた。何となくいつもより狙撃のノリが良い。
「ああ、癒される……ヤル気でちゃうなー……!」
そうして改めて、赤羊を狙い撃つ。命中。
「やっぱり猫は偉大……!」
●
悶え撃つ灯實鶴の狙撃で司令官が欠けると、羊達の一部で動揺が走る。
「脚が鈍ったな」
「……本当に、羊みたい、だね」
困惑の只中にある群れの足並みが乱れる様をみてのアルルベルの言葉に、アーシェが応じた。ふわふわした響きの中に、肉食獣じみた血の香りが滲む。
「惜しむらくは歪虚という点だな」
眼前、レヴィンと、ユグディラ達との距離が詰まっている。リューリと昶、そして椿姫はレヴィン達との交差を終え――接敵していた。
リューリよりも先行した昶は集団の周囲を舐めるようにしてバイクを駆動。轟音を響かせながら、羊達を前に舌なめずりする。
「ハッハー! 十分、身も締まってらぁ!」
戦斧の一撃をハンドル捌き一つで回避しながら、ユグディラを追走しようとする羊達の目を引く。たくましい上腕二頭筋。羊毛に覆われていても解る、豊かな三角筋と大胸筋の隆々たることよ。
「(師匠……見ていてくださいっす…今夜はジンギスカン鍋っすよ!)」
もはや肉と師匠と鍋しか目にはいってなかった。
「ここでいいよ!」
十分接近したリューリはトン、と愛馬の背を叩いて、馬を逃がしていた。得物が得物だ。近すぎると巻き込む恐れがある。リューリはそのまま、巨斧を持ち上げた。鍛えぬかれた殲斧が陽光を返す。
「懐かしいなぁ」
重い感触に、言葉が漏れる。以前もユグディラを前にしてこの斧を振るったのだ。
「あの時の子も可愛かったなぁ……」
そうして、つい先程通り過ぎたユグディラ達を想う。地獄に仏をみたかの如きユグディラ達であったが、自分だけやけに遠回りに逃げられた気がする。気のせいだろうか?
兎角、ユグディラ達との間に入ってきたリューリめがけて羊達が殺到してくる。その光景を前に、リューリは快活に笑った。ユグディラが居る。それだけで愉しい気持ちになれた。
「……ふふ。さ、一気にいくよ!」
「援護します!」
声と共に、無数の手裏剣が殺到した。マテリアル操作で尋常ならぬ軌跡をたどったそれは、リューリの前方の敵を穿つ。椿姫が放った支援の投擲だ。護衛対象と定めていたユグディラたちは既に一目散に逃げており、更には羊達の動きが滞ったことでユグディラ自身の確保が不要になったため前に出ていた。
とはいえユグディラ達に敵が流れぬとも知れず、すこしばかり距離をとっての相対。
十全な支援に、朽ち斃れる羊達。そしてそれによって生まれた空隙は、リューリにとって都合がいい。
「アリガト!」
殲斧は巨大だ。故に、最大効率を求め、こじ開けられた空間に自ら飛び込んでいく。
「せ、ィ……!」
瞬後。殲風が直径六メートルを一息に薙ぎ払った。
●
メェェ、と。哀れっぽい悲鳴と共に羊達がはじけ飛んでいく。
「よっしゃァァァ! 肉ゥゥゥーー!!」
という昶の喝采をよそに、アルルベルとアーシェは共に接近を果たす。
「……やはり、歪虚だな」
「ぅ?」
飛んで行く羊達の行く末をちらと眺めて、アルルベル。消えていく羊達の亡骸に気づいていない昶が嬉しそうなのが悲喜劇的だ。二足歩行で駆けていくユグディラ達に後ろ髪を引かれながらも、視線は前へ。灯實鶴と昶、リューリの動きで乱れた羊達だが、徐々に統制を取り戻そうとしている。
「赤いのを撃つ。寄ってくる羊達を頼むよ」
「ん、わかった」
正直なところ、アーシェの存在は有難かった。敵は多勢。それを前にしても、純後衛としての役目に専念出来る。
足を止め、機導術を編む。間合いは十分。勾配のおかげで、視界も通る。狙いは――合う!
三叉の光条が、魔導拳銃を通じて顕現した。鋭角な放物線に似た軌跡を刻んで、指揮を出している赤羊を打ち貫く。灯實鶴の狙撃は意識していたようだが、こちらは想定していなかったか、何れも直撃。
しかし、だ。
当たりどころが良かった羊が撃滅される中、メェェ、と、今度は怒気を孕んだ声が響き渡った。地響きが明らかな指向性を持って迫る。
「来る、ね」
「……仕方ないな」
アーシェの言葉に、頷きを返す。灯實鶴よりもアルルベルの方が位置が近しい上に、下手人がハッキリと解る立ち回りだった。妥当なところだろう。
敵は大別して、リューリ達とアーシェ達の二手に分かれた形だ。羊達の動きに引き出されるように前衛に立つアーシェが動いた。
「……止める、ね」
霊呪を意識するよりも先に、祖霊の力を感じた。身軽になった身体で十数匹の接近へと相対する。多勢に無勢。それでも、怖じることもなく少女は往く。
ふと思った。ユグディラ達に羊達。どちらも、ヒトみたいに立っている。もっとも、可愛げで言えばユグディラ達に軍配が上がるのだが。
すると、敵も突進にも似た勢いで――否。
「わ……っ!」
少しだけ、声が乱れた。まごう事なき、突進だ。十余体の一斉の猛突。先程の哀れっぽい鳴き声はナリを潜め、唸る豪風がアーシェの耳朶を叩く。
「……っ!」
遅れて避けることができたと気づき、体勢を立て直す。敵の体勢も十分ではないが――分断された。それでもアーシェは一体に狙いを定め、殺気を飛ばす。ブロウビート。『アルルベルに向かおうとしていた』羊の一体の足を止める。
アルルベルは次の機導術を紡いでいた。収斂したマテリアルが燐光と共に炎に転じていく、が。
「……っ、間に合わ、ない……」
アーシェ一人では、手が足りない。動ける羊は、眼前に居るアルルベルへと殺到していく。
そこに。
「ジン!」
響いたのは、咆哮、というには余りに愉しげな声だった。
「ギス!」
遅れて、魔導バイクの駆動音に気づく。そして。
「カーーーン!」
旋風一過。交差の瞬間に、渦巻く拳で一息に羊の息の根を止めた。
「「…………」」
通り過ぎていったZENRAの姿にアルルベルはそっと目を閉じた。アーシェもまた、「ハアーッハッハッハ!」と高笑いを上げる昶の姿を見送っている。
見てはいけない、と、年長であるアルルベルは思った。今更かもしれないが、道徳上良くない。レヴィン達が接近する気配もある。
よし。
「疾く終わらせよう」
一息に、ファイアスローワーの術式を解き放った。
●MAMA
一匹のユグディラが森の中を激走していた。恐ろしげな羊達彼を見失う事なく追撃してくる。
ああ、僕も、死ぬ。自らの不運を嘆いた。それでも、走る。故郷を出たのはこんな所で野垂れ死ぬ為じゃない。
――ん? 何のためだったかニャ?
などと過る思考が徒となったか、眼前に迫っていた木枝をよけきれずに激突した。
「ブニャッ!?」
一瞬にして酩酊し、前後不覚に陥った。迫る足音を前に、死を覚悟する。
「大丈夫ですか?!」
ヒトの声と共に――何か、柔らかいものに抱きとめられた。
●
見つけた、と思った瞬間に、よそ見をしていたユグディラが木々に激突していた。
――野生動物として余りに矛盾しているような……?
余りの醜態に千春はツッコミを入れつつ駆け寄る。足を留める訳にはいかない。『彼』の後方には既に敵が至っている。
「止めます……!」
目を回すユグディラの前に駆け出ると。
何だテメェェ。
という、羊達の誰何の視線を感じた(気がした)。無言の抗議のようでもあった(気がする)。彼らは馬鹿ではない。千春が、こんな《ナリ》でも人間であることを了解しているよう(な気がした)。
一瞬の交錯。
「ユ、ユグディラちゃん、かわいいですし!?」
言い訳にもならない言い訳を紡ぎつつ、同時に法術を解き放った。不意を打ったセイクリッドフラッシュの聖光が、眼前の羊達の無言の抗議ごと焼き払った。
●
戦闘は、そのまま実にあっけなく終了した。加勢に入ったレヴィンとヴィサンはそれなりに働いたが、割愛させて頂く。
●
「オォォ……!」
漢、昶は膝をついて蒼天に向かって慟哭した。
「肉ゥゥ…………ジンギスカンンンンン……!!」
転がる魔導バイクを背に、哀愁と悲哀を背に、昶は人目も憚ることなく絶望していた。
「すまねえ、師匠ゥゥゥ………」
「……あの人、なんで泣いてるの?」
「放っておこう」
アーシェの問いに、アルルベルは微かに首を振って答える。不幸な巡り合わせだったのだ。
「そんなことより」
もふ、と。少女は前抱きにしたそれに顔を埋めた。夏らしく、毛は少し短い。さわさわした肌触りの向こうに、小動物らしい軽やかな鼓動を感じた。うむ、機能的な美だな、と想う。
アーシェは毛を撫でながら、満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「気持ちいい、ね」
「至福の時だ……」
少女たちの膝上には、ユグディラ達。助けてもらった、という恩義を感じたか、はたまた頭上の猫耳の影響か、戻ってきたユグディラ達のほうから飛び込んできたのだった。
なお、逃亡先に居た灯實鶴が真っ先にユグディラ達にもみくちゃにされていた。牛乳を分け与えると、感涙すらしたユグディラ達に眼福した後、その手はユグディラ達の局所へと伸びた。
そして。
「にくきゅー……ぷにぷに……」
「ニャァァ……?」
「可愛いなぁ……もうっ」
余りの幸福に理性が焼ききれそうになっていた。
ユグディラの傷の手当を終えると、椿姫は一息ついた。手に残る熱は、彼女がよく識る子供たちのように暖かく、そして重い。無条件の信頼の重さを思い自然と頬が緩んだ。
リューリの方へと視線を送る、と。
「そぉーれ、モフモフモフー!」
「ビニャァァ……」
至極楽しそうなリューリとは打って変わって、ユグディラは畏怖を覚えているように思えた。幸運なコトに前抱きにしているリューリにはユグディラの表情は見えないようだが。
「……あの斧が原因だとは思いますが……」
理由はわからないが、そんな気がした。とはいえ、水を差すのも良くない。そっとしておくことにした。
「ち、千春さん、その子は……!」
「……ああ、えと」
戻ってきた千春に、レヴィンは刮目した。まるごとゆぐでぃらを着込んだ千春に抱えられたユグディラが全力で甘える姿。猛烈な勢いでツナ缶を食し、甘えた声を出すユグディラは――そう、まるで赤子のよう。
KAWAII。
そんな言葉にレヴィンの思考が埋め尽くされようとしていた。
「……この子しか、見つけられませんでした」
「はっ」
千春が憐憫の色と共に言うにいたり、我に返る。
逃げ出したユグディラはもっと居た筈だ。羊達に狩られてしまったと考えるのが妥当だろう。
哀しみの深さに、思わず前髪に手が伸びた。
「……い、一体、何が起こっているんでしょうね」
「ええ……」
絞りだすように、そう言う。デュニクスの防衛を預かる騎士として、今回の一件と尊い犠牲を心に刻む。千春も、沈鬱な表情のまま、胸元のユグディラの額を撫でた。
レヴィンは幸せそうに喉を鳴らすユグディラを見下ろすと、意を決してこう言った。
「……な、撫でてもっ?」
「ええ、いいですよ」
微笑と共に応じた千春は、実に母性に満ちあふれていたという。
どこまでも続く蒼穹。目に眩ゆき夏陽に燃える緑々しい草原。なだらかな丘陵を彩るのは。
「ハッハー! 肉だ!」
大量の羊達が猫を追い回している様を見て、役犬原 昶(ka0268)は吠え立てた。
「羊が大量! サイコーじゃねえか! こりゃジンギスカンやりまくだな!」
「……でも、あれは」
「でも! まだチャンスあるよ!」「ジンギスカンパーリーだ!」
椿姫・T・ノーチェ(ka1225)が控えめに窘めようとするが、リューリ・ハルマ(ka0502)はポジティブ過ぎるし昶は聞いちゃいない。
「あ、そだ。はい、これ」
「……」
猫耳カチューシャを手渡され、その表情が固まる。偵察任務の擬態として夫々に趣向を凝らしているらしい。見れば、リューリもお揃いの猫耳をつけているし昶はZENRAだ。
ZENRA、である。といってもきぐるみだ。視線を転じれば、アーシェ(ka6089)の頭には猫耳に見えなくもない何かがある。
「自前、だよ……?」
「は、はぁ」
真偽のほどは分からないが、アーシェも現状に異論は無いらしい。アルルベル・ベルベット(ka2730)と目があうと、その手が動いた。
「何か?」
「……いえ、別に」
「これは猫に対する非敵対的要素であることと、羊に対する敵対的行動をとることを表明する為のものであって、他意は」
ザ・理論武装するその頭には、猫耳が据えられている。
「何か問題でも?」
「いえ、大丈夫です!」
灯實鶴・ネイ(ka5035)は狙撃姿勢を取りアサルトライフルを構えているが――。
「……あの猫、可愛くない……?」
と上の空だ。唯一まともなナリなのに。
柏木 千春(ka3061)を見やる。こちらは猫の……否、ユグディラのきぐるみ姿だ。その表情は真剣そのものである。その千春と、目があった。なんとなく居住まいを正す椿姫に、千春は――。
「話を聞く限りですけど、別な方向に逃げたユグディラもいるらしいので……私、そっちを探してみますっ!」
と言い切ると、駆け出していった。危なかったら呼んでくださいね、と言い残して駆ける千春を見送った椿姫は、手元に残ったカチューシャを見る。猫耳だ。《あれ》よりはマシかもしれない。《どれ》とは、言わないが。
「……て、偵察には全員が、その、従わないといけませんし!」
椿姫も、かつては年頃の娘だった。かわいい装飾に浮かれる気持ちはないでもない。
いや、でも、これは。リューリのナチュラルな期待が右頬に突き刺さるのを感じながら、息を整えた。
「お見苦しいとは思いますが、どうか、はい……。し、仕事ですから」
「見苦しくないよ? かわいいよ?」
「…………」
そいや、と胸中で気合を一ついれ、猫耳を被った。
「行きましょう!」
こうなれば、ヤケである。
●
疾走。疾走。疾走。ユグディラ達の逃亡を助けるべく、ハンター達は往く。昶、アルルベル、リューリ、椿姫、アーシェはそれぞれの得物を手に――そして多くのものが耳に――風を切って奔る。中でも騎乗する昶とリューリが先行していた。
「クク……追いかけっこは終わり、だな」
「おお!」
ハンター達の姿を認めて、逃亡劇に疲れたか、陰鬱に言うヴィサンに比べて嬉しげなレヴィン。愛猫家の鑑である。
昶のZENRAには大人の配慮を見せた。
「……ハッ!」
灯實鶴は我に返った。狙撃姿勢のままユグディラの虜になっていたらしい。
「カワイ過ぎるのも罪ね……っと」
射程一杯。研ぎ澄ました集中と共に、先頭付近に居る赤羊に照準を合わせ――撃った。
「羊はね、毛を剥げばいいと思うの」
銃撃。
「あ、ジンギスカンもあり?」
銃撃。昶の言葉を思い出す。なるほど、結構な量の羊肉は間違いない。
「……でもあれ、どう見ても歪虚だよね」
重ねて、銃撃。三射で、二匹の赤羊が霞に消えた。何となくいつもより狙撃のノリが良い。
「ああ、癒される……ヤル気でちゃうなー……!」
そうして改めて、赤羊を狙い撃つ。命中。
「やっぱり猫は偉大……!」
●
悶え撃つ灯實鶴の狙撃で司令官が欠けると、羊達の一部で動揺が走る。
「脚が鈍ったな」
「……本当に、羊みたい、だね」
困惑の只中にある群れの足並みが乱れる様をみてのアルルベルの言葉に、アーシェが応じた。ふわふわした響きの中に、肉食獣じみた血の香りが滲む。
「惜しむらくは歪虚という点だな」
眼前、レヴィンと、ユグディラ達との距離が詰まっている。リューリと昶、そして椿姫はレヴィン達との交差を終え――接敵していた。
リューリよりも先行した昶は集団の周囲を舐めるようにしてバイクを駆動。轟音を響かせながら、羊達を前に舌なめずりする。
「ハッハー! 十分、身も締まってらぁ!」
戦斧の一撃をハンドル捌き一つで回避しながら、ユグディラを追走しようとする羊達の目を引く。たくましい上腕二頭筋。羊毛に覆われていても解る、豊かな三角筋と大胸筋の隆々たることよ。
「(師匠……見ていてくださいっす…今夜はジンギスカン鍋っすよ!)」
もはや肉と師匠と鍋しか目にはいってなかった。
「ここでいいよ!」
十分接近したリューリはトン、と愛馬の背を叩いて、馬を逃がしていた。得物が得物だ。近すぎると巻き込む恐れがある。リューリはそのまま、巨斧を持ち上げた。鍛えぬかれた殲斧が陽光を返す。
「懐かしいなぁ」
重い感触に、言葉が漏れる。以前もユグディラを前にしてこの斧を振るったのだ。
「あの時の子も可愛かったなぁ……」
そうして、つい先程通り過ぎたユグディラ達を想う。地獄に仏をみたかの如きユグディラ達であったが、自分だけやけに遠回りに逃げられた気がする。気のせいだろうか?
兎角、ユグディラ達との間に入ってきたリューリめがけて羊達が殺到してくる。その光景を前に、リューリは快活に笑った。ユグディラが居る。それだけで愉しい気持ちになれた。
「……ふふ。さ、一気にいくよ!」
「援護します!」
声と共に、無数の手裏剣が殺到した。マテリアル操作で尋常ならぬ軌跡をたどったそれは、リューリの前方の敵を穿つ。椿姫が放った支援の投擲だ。護衛対象と定めていたユグディラたちは既に一目散に逃げており、更には羊達の動きが滞ったことでユグディラ自身の確保が不要になったため前に出ていた。
とはいえユグディラ達に敵が流れぬとも知れず、すこしばかり距離をとっての相対。
十全な支援に、朽ち斃れる羊達。そしてそれによって生まれた空隙は、リューリにとって都合がいい。
「アリガト!」
殲斧は巨大だ。故に、最大効率を求め、こじ開けられた空間に自ら飛び込んでいく。
「せ、ィ……!」
瞬後。殲風が直径六メートルを一息に薙ぎ払った。
●
メェェ、と。哀れっぽい悲鳴と共に羊達がはじけ飛んでいく。
「よっしゃァァァ! 肉ゥゥゥーー!!」
という昶の喝采をよそに、アルルベルとアーシェは共に接近を果たす。
「……やはり、歪虚だな」
「ぅ?」
飛んで行く羊達の行く末をちらと眺めて、アルルベル。消えていく羊達の亡骸に気づいていない昶が嬉しそうなのが悲喜劇的だ。二足歩行で駆けていくユグディラ達に後ろ髪を引かれながらも、視線は前へ。灯實鶴と昶、リューリの動きで乱れた羊達だが、徐々に統制を取り戻そうとしている。
「赤いのを撃つ。寄ってくる羊達を頼むよ」
「ん、わかった」
正直なところ、アーシェの存在は有難かった。敵は多勢。それを前にしても、純後衛としての役目に専念出来る。
足を止め、機導術を編む。間合いは十分。勾配のおかげで、視界も通る。狙いは――合う!
三叉の光条が、魔導拳銃を通じて顕現した。鋭角な放物線に似た軌跡を刻んで、指揮を出している赤羊を打ち貫く。灯實鶴の狙撃は意識していたようだが、こちらは想定していなかったか、何れも直撃。
しかし、だ。
当たりどころが良かった羊が撃滅される中、メェェ、と、今度は怒気を孕んだ声が響き渡った。地響きが明らかな指向性を持って迫る。
「来る、ね」
「……仕方ないな」
アーシェの言葉に、頷きを返す。灯實鶴よりもアルルベルの方が位置が近しい上に、下手人がハッキリと解る立ち回りだった。妥当なところだろう。
敵は大別して、リューリ達とアーシェ達の二手に分かれた形だ。羊達の動きに引き出されるように前衛に立つアーシェが動いた。
「……止める、ね」
霊呪を意識するよりも先に、祖霊の力を感じた。身軽になった身体で十数匹の接近へと相対する。多勢に無勢。それでも、怖じることもなく少女は往く。
ふと思った。ユグディラ達に羊達。どちらも、ヒトみたいに立っている。もっとも、可愛げで言えばユグディラ達に軍配が上がるのだが。
すると、敵も突進にも似た勢いで――否。
「わ……っ!」
少しだけ、声が乱れた。まごう事なき、突進だ。十余体の一斉の猛突。先程の哀れっぽい鳴き声はナリを潜め、唸る豪風がアーシェの耳朶を叩く。
「……っ!」
遅れて避けることができたと気づき、体勢を立て直す。敵の体勢も十分ではないが――分断された。それでもアーシェは一体に狙いを定め、殺気を飛ばす。ブロウビート。『アルルベルに向かおうとしていた』羊の一体の足を止める。
アルルベルは次の機導術を紡いでいた。収斂したマテリアルが燐光と共に炎に転じていく、が。
「……っ、間に合わ、ない……」
アーシェ一人では、手が足りない。動ける羊は、眼前に居るアルルベルへと殺到していく。
そこに。
「ジン!」
響いたのは、咆哮、というには余りに愉しげな声だった。
「ギス!」
遅れて、魔導バイクの駆動音に気づく。そして。
「カーーーン!」
旋風一過。交差の瞬間に、渦巻く拳で一息に羊の息の根を止めた。
「「…………」」
通り過ぎていったZENRAの姿にアルルベルはそっと目を閉じた。アーシェもまた、「ハアーッハッハッハ!」と高笑いを上げる昶の姿を見送っている。
見てはいけない、と、年長であるアルルベルは思った。今更かもしれないが、道徳上良くない。レヴィン達が接近する気配もある。
よし。
「疾く終わらせよう」
一息に、ファイアスローワーの術式を解き放った。
●MAMA
一匹のユグディラが森の中を激走していた。恐ろしげな羊達彼を見失う事なく追撃してくる。
ああ、僕も、死ぬ。自らの不運を嘆いた。それでも、走る。故郷を出たのはこんな所で野垂れ死ぬ為じゃない。
――ん? 何のためだったかニャ?
などと過る思考が徒となったか、眼前に迫っていた木枝をよけきれずに激突した。
「ブニャッ!?」
一瞬にして酩酊し、前後不覚に陥った。迫る足音を前に、死を覚悟する。
「大丈夫ですか?!」
ヒトの声と共に――何か、柔らかいものに抱きとめられた。
●
見つけた、と思った瞬間に、よそ見をしていたユグディラが木々に激突していた。
――野生動物として余りに矛盾しているような……?
余りの醜態に千春はツッコミを入れつつ駆け寄る。足を留める訳にはいかない。『彼』の後方には既に敵が至っている。
「止めます……!」
目を回すユグディラの前に駆け出ると。
何だテメェェ。
という、羊達の誰何の視線を感じた(気がした)。無言の抗議のようでもあった(気がする)。彼らは馬鹿ではない。千春が、こんな《ナリ》でも人間であることを了解しているよう(な気がした)。
一瞬の交錯。
「ユ、ユグディラちゃん、かわいいですし!?」
言い訳にもならない言い訳を紡ぎつつ、同時に法術を解き放った。不意を打ったセイクリッドフラッシュの聖光が、眼前の羊達の無言の抗議ごと焼き払った。
●
戦闘は、そのまま実にあっけなく終了した。加勢に入ったレヴィンとヴィサンはそれなりに働いたが、割愛させて頂く。
●
「オォォ……!」
漢、昶は膝をついて蒼天に向かって慟哭した。
「肉ゥゥ…………ジンギスカンンンンン……!!」
転がる魔導バイクを背に、哀愁と悲哀を背に、昶は人目も憚ることなく絶望していた。
「すまねえ、師匠ゥゥゥ………」
「……あの人、なんで泣いてるの?」
「放っておこう」
アーシェの問いに、アルルベルは微かに首を振って答える。不幸な巡り合わせだったのだ。
「そんなことより」
もふ、と。少女は前抱きにしたそれに顔を埋めた。夏らしく、毛は少し短い。さわさわした肌触りの向こうに、小動物らしい軽やかな鼓動を感じた。うむ、機能的な美だな、と想う。
アーシェは毛を撫でながら、満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「気持ちいい、ね」
「至福の時だ……」
少女たちの膝上には、ユグディラ達。助けてもらった、という恩義を感じたか、はたまた頭上の猫耳の影響か、戻ってきたユグディラ達のほうから飛び込んできたのだった。
なお、逃亡先に居た灯實鶴が真っ先にユグディラ達にもみくちゃにされていた。牛乳を分け与えると、感涙すらしたユグディラ達に眼福した後、その手はユグディラ達の局所へと伸びた。
そして。
「にくきゅー……ぷにぷに……」
「ニャァァ……?」
「可愛いなぁ……もうっ」
余りの幸福に理性が焼ききれそうになっていた。
ユグディラの傷の手当を終えると、椿姫は一息ついた。手に残る熱は、彼女がよく識る子供たちのように暖かく、そして重い。無条件の信頼の重さを思い自然と頬が緩んだ。
リューリの方へと視線を送る、と。
「そぉーれ、モフモフモフー!」
「ビニャァァ……」
至極楽しそうなリューリとは打って変わって、ユグディラは畏怖を覚えているように思えた。幸運なコトに前抱きにしているリューリにはユグディラの表情は見えないようだが。
「……あの斧が原因だとは思いますが……」
理由はわからないが、そんな気がした。とはいえ、水を差すのも良くない。そっとしておくことにした。
「ち、千春さん、その子は……!」
「……ああ、えと」
戻ってきた千春に、レヴィンは刮目した。まるごとゆぐでぃらを着込んだ千春に抱えられたユグディラが全力で甘える姿。猛烈な勢いでツナ缶を食し、甘えた声を出すユグディラは――そう、まるで赤子のよう。
KAWAII。
そんな言葉にレヴィンの思考が埋め尽くされようとしていた。
「……この子しか、見つけられませんでした」
「はっ」
千春が憐憫の色と共に言うにいたり、我に返る。
逃げ出したユグディラはもっと居た筈だ。羊達に狩られてしまったと考えるのが妥当だろう。
哀しみの深さに、思わず前髪に手が伸びた。
「……い、一体、何が起こっているんでしょうね」
「ええ……」
絞りだすように、そう言う。デュニクスの防衛を預かる騎士として、今回の一件と尊い犠牲を心に刻む。千春も、沈鬱な表情のまま、胸元のユグディラの額を撫でた。
レヴィンは幸せそうに喉を鳴らすユグディラを見下ろすと、意を決してこう言った。
「……な、撫でてもっ?」
「ええ、いいですよ」
微笑と共に応じた千春は、実に母性に満ちあふれていたという。
依頼結果
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サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
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【相談】にゃんことジンギスカン リューリ・ハルマ(ka0502) エルフ|20才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/08/11 17:22:51 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/08/09 01:41:54 |