ゲスト
(ka0000)
【MN】 fragrance
マスター:葉槻
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
ふいにふわりと漂ってきた香り。
その瞬間にある映像が瞼の裏を過ぎった気がした。
……でもその映像が何だったのかを思い出せない。
もう一度その香りを嗅ごうと周囲を見回す。
しかし、意識してしまうとその香りそのものが何だったかを思い出せない。
あの香りは何だったのか。
あの映像は何だったのか。
さほど重要でもないはずなのに心に引っかかり、ふとした瞬間にその細い糸を掴もうと記憶を手繰ってしまう。
「どうした」
「どうしたの」
周囲には余程ぼんやりとしていたように見えたのか。
怪訝そうに問われ、「なんでも無い」と答えるに留める。
そう、なんでも無いのだ。
なんでも、ないはずだ。
それでも気にかかる。
あの匂いが何だったのか。
あの映像が何だったのか。
思い出せそうで、思い出せずに。
もやもやとした思いを抱えたまま。
結局思い出せないまま。
自室のベッドに横たわり、目を閉じた。
……あぁ、そうだ。あの匂いは……
その瞬間にある映像が瞼の裏を過ぎった気がした。
……でもその映像が何だったのかを思い出せない。
もう一度その香りを嗅ごうと周囲を見回す。
しかし、意識してしまうとその香りそのものが何だったかを思い出せない。
あの香りは何だったのか。
あの映像は何だったのか。
さほど重要でもないはずなのに心に引っかかり、ふとした瞬間にその細い糸を掴もうと記憶を手繰ってしまう。
「どうした」
「どうしたの」
周囲には余程ぼんやりとしていたように見えたのか。
怪訝そうに問われ、「なんでも無い」と答えるに留める。
そう、なんでも無いのだ。
なんでも、ないはずだ。
それでも気にかかる。
あの匂いが何だったのか。
あの映像が何だったのか。
思い出せそうで、思い出せずに。
もやもやとした思いを抱えたまま。
結局思い出せないまま。
自室のベッドに横たわり、目を閉じた。
……あぁ、そうだ。あの匂いは……
リプレイ本文
●天井そばの小さな格子窓の夢
鳥の鳴き声と夏の虫の騒々しさに目を覚ます。
明け方に降った雨のお陰か、少しだけ空気は湿り気を帯びていて、でもそれも時期に蒸し暑さへと変わるだろう。
徐々に人が動き出す音がする。
荷馬車の馬の蹄と車輪が回る音。
何か重い者を運ぶ踏みしめるような足音。
自分より幼い子ども達が虫を追い駆け回る音。
そのどれも、幼い金目(ka6190)が背丈の二倍ほどの高さにある格子付き窓から得た情報だった。
薄暗い蔵の中。
埃とカビの混じったような湿っぽい匂いが充満する、狭い狭い世界。
世界を隔てるのは一枚の土壁。
土壁とはいえ、強度はなかなかのもので、かつて削ろうと試してはみたが徒労に終わっていた。
母親が、子供を呼ぶ声がした。
「ここに、いるよ」
小さく蹲り、ぽとりと声を落とした。
あの窓に向かって叫んだ所で、金目の声が届いたことは無かった。
……いや、向こうの音が聞こえるのだから、こちらの声が聞こえない何てことは無いはずだが、誰からも返事が来たことは無い。
それならば、金目にとっては『自分の声は届かない』。とうに諦めていた。
ここは恐ろしい化物が出てくるでも、何かを失うでもない。
ただただ薄暗く、何もない。何もないだけ。
すこし、怖くなってくる。
内側からは開けることの出来ない役立たずの重たい戸が迫ってくるような不安に襲われる。
そしてオルウィンという名のソウルウルフを思い出す。
彼女の暖かな背に顔を埋めて眠りたいと願ったとき、これは夢なのだと気付いた。
それでも夢の中の自分は幼いまま。
あの格子窓に手は届かず、声を嗄らして叫んでも声は届かない。
「参ったな、もうそろそろ忘れても良い頃だろうに」
先の依頼で、暗い場所に居すぎたせいか。
あの停滞して澱んだ空気が、この蔵の匂いと似ていたせいか。
「部屋へ帰るんじゃ無かった」
酒場へ寄って、旨い飯と酒の匂い、それから人の語らう喧騒で満たしておけば良かった。
此処へ来た後で其れを思い出そうとしても、あまりに遠く、あの小さな窓と分厚い壁の向こう側にしか感じられない。
目が覚めるまで、此処に居るしか無い。
欠伸が出そうなほど退屈なのに、夢のなかで眠る方法を金目は知らなかった。
「……早く醒めないかな」
抱えた膝の上に頬を乗せて。
来ない迎えを待って、金目はそっと両目を閉じた。
●闇に揺れる陽光の夢
忘れようとしたって、忘れられない。
僕らは双子で、君は僕の『対』、この世で唯一人の『半身』。
「わたしは、カフカのお嫁さまになるの」
春の花のような無邪気な笑顔。
しかし、ひたと僕を見る瞳は激情を伴っていることを僕、カフカ・ブラックウェル(ka0794)は知っていた。
「ね? カフカ」
5歳の双子が頬を寄せ合い笑い合う。
最初は誰もが冗談だと、家族の親愛の情だと見ていた。
しかし、徐々にそれがそうでは無い事を知った大人達は驚いた。
そして僕に告げる。
それが禁忌に触れる想いであると言うことを。
困り顔で教え込む。
この世界の理を。
何故、兄妹では結婚出来ないのかと言うことを。
丁寧に繰り返し、丁寧に。
恐れるように諭していった。
僕は小さな熱い手を、冷たい手で握り締める。
どうか、この想いが君に伝わりませんようにと願いながら。
揺れる瞳が、震える声が、ばれませんようにと祈りながら。
「ぼくらは、きょうだいなんだからムリだよ」
全ての感情を殺した硬い表情でそう告げた。
いつものように笑顔で受け止めてくれると信じて疑っていなかった妹は、顔面を蒼白にして一歩よろめいた。
僕の一言が、嘘では無く君からの愛情を否定した事を、察しの良い君は気付いてしまっていた。
見開かれた大きな瞳から、一粒の涙が零れ、頬を伝った。
そこからは堰を切ったようにぽろぽろと涙が溢れては頬を濡らす。
何かを告げようと戦慄く唇は、結局声にならないまま、ただ瞳だけは僕を見つめたまま。
――そう、この時の匂いだ。
春の花の様な仄かな甘さと喉の奥が焼け付く様な苦みを伴う、涙の香り。
君の想いは心臓が引きちぎれそうな程、知っていたし嬉しかった。
応える事の出来ない運命を呪いもした。
違う腹から産まれていれば叶っただろうか。
でもそれではただの別人だ。
違う世界なら許されただろうか。
でもそれはリアルブルーでも許されていないと聞いた。
結局、ありのままの僕らを受け入れてくれる場所なんてどこにもないと知った。
だから、せめて君の幸せを祈る。
その為の、拒絶だった。
幼い僕がいなくなった後も、小さく震え涙を流し続ける幼い妹をそっと抱きしめる。
僕には君の涙を止めることは出来ないから、幼い僕の代わりに「ごめんね」と告げる。
こんな方法でしか君を守れなかった。
でも、今も心の底から誰よりも君の幸せを祈っている。
頭頂から髪を撫で、その毛先にキスを落とす。
膝を付いてその額に、瞼にキスを贈ると強く強く抱きしめる。
いつか、僕以外の半身が君に出来る事を……祈っている。
●あなたと燻らす紫煙の夢
サルヴァトーレ・ロッソ。
VOIDとの交戦に備えて、艦のハンガーでCAMを整備していた私、ロベリア・李(ka4206)は歩き煙草で近寄ってくる姿を見て手を止めた。
「あんたねー。ここは禁煙だっつってんでしょ」
「…………、……。……、……………」
「えぇ? もぅ、仕方が無いわね。あともうチョットで終わるから、待ってて」
悪びれも無く軽口を叩く相棒の様子に諦めて、私は手早く整備を終わらせると工具を纏めてハンガーから出る。
隣り合って歩き出し、禁煙区間を抜けた瞬間に煙草に火を付け、他愛もない話しに花を咲かせた。
私が吸う銘柄はリアルブルーではありふれた安煙草で、それを久しぶりに肺に取り入れ、ゆっくりと吐き出す。
……ああ、こんな匂いだったわ。
……ん? 久しぶり?
その時、初めてコレが夢だと言う事に気付いた。
隣でくだらない話しを続ける相棒が不思議そうに私を見るが、「なんでも無い」と続きを促すと楽しそうに話しの続きをしゃべり始める。
どうでもいい話し。日常の、良くある話し。
夢の中だってのに、相棒の飄々とした笑い顔は意外にはっきりと思い出せるものねー……なんて、感傷に浸りながら相づちを打つ。
感傷か……あんたが知れば、似合わないだとか何とか言って茶化すんでしょうけど。
私だって、夢に見るほど過去を引き摺るなんて思わなかったわよ。
「吸うか?」
手持ち煙草の切れた私へと、差し出された煙草ケース。
私のとはメーカーが違う上に、タールもニコチンもヘビーな銘柄。
「じゃぁ、一本だけ貰うわ」
珍しい、と笑いながらサッサッとケースを揺する。
私は無言のまま浮き上がった一本を引き抜く。
「どうぞ」
戯けた様子でライターを構えるので、思わず笑いながら「ありがと」と大きな手の中の小さな火へ、咥えた煙草をそっと近付ける。
火が付く瞬間、世界が変わる。
それは白黒のフィルム映画を見るように。
LH044救出作戦後、ほぼ無傷で帰還した相棒のCAM。
コクピットから降りてきた別人。
白兵戦。
遺品の煙草。
機体だけ無傷で、無事に戻ってきて。
乗り手だけが居ない。
なんの意味があるのよ……馬鹿野郎……
チリチリと先を焼き、長くのびた灰がぽとりと落ちて、フィルムに穴を空ける。
相棒。あんたのは、苦い煙草だわ……本当に。
●とある戦闘民族の血塗られた夢
「私に勝てたらお前は一人前だ」
そう師匠に言われたブラウ(ka4809)は、真剣での勝負に挑んでいた。
師匠の視線、息づかい、筋肉繊維の動き一つまで見逃さないように、ブラウは師匠を見つめ続ける。
それは師匠も同じ事で、両者は触れれば爆発しそうなほどの緊張感を孕んだまま睨み合っていた。
枯れ草と乾いた土の匂いを纏い、一陣の風が吹いた。
今までの静寂が嘘のように激しい打ち合いが繰り広げられる。
互いの剣がぶつかり、鍔迫り合いもつかの間、すぐに押し返し両者同時に跳び下がると同時に地を蹴った。
激しい打ち合いに汗が散る。張り付く前髪が邪魔くさかった。でもそれ以上に、目の前の師に一太刀浴びせることだけに集中していた。
そして、ついにブラウの逆袈裟斬りが師を捕らえた。
鮮血がブラウの全身に降り注ぐ。
剣を扱う者としてこの一太刀は致命傷に成り得ると直感で判った。
「し、師匠……っ!?」
勝つ気でいた。真剣の勝負だったが、それでも殺す気は無かったブラウは驚きと絶望に打ち拉がれつつも倒れる師を抱きかかえた。
そこに充満するは師の傷から溢れる血の香り。
べたり、と血に染まった手がブラウの頬を撫で、それは力なく鼻先を掠め、落ちた。
「あぁ……あぁぁああああああ!!!!」
――どうして、こんなにも興奮するのかしら
――もっと、もっと欲しい
師を失った絶望よりも、血の香りに、酔った。
師の朱で染まった刀を持ち、ふらりと立ち上がると、そのまま父、母、妹や家族同然の部族の民を一人残らず惨殺した。
土には埋めず、臓腑が腐り果てるまで移り変わるその香りを堪能した。
――あぁ、なんて素晴らしい香りなのかしら
それはブラウが『香り』による性的倒錯に目覚めた瞬間だった。
目覚めたブラウは恍惚とした表情で、まだその手に残る感触を味わうようにゆっくりと握った。
「とてもいい夢だった。……もう一度、匂いを感じられた気がしたわ。わたしだけの至高の香り」
握った手を鼻先に持ってきてスン、と匂いを嗅ぐが、残念ながらあの匂いはもう感じられない。
「両親も妹も師匠もわたしが殺してしまったけれど今こうやって一緒にいるから寂しくないの。だからわたしはこれからも匂いを求め続けるわ」
宣言と共に覚醒したブラウのネグリジェの裾から、ぞろりと4本の腕のような触手が蠢いた。
ブラウはその触手に微笑みかけると、もう一度夢を見る為にシーツの海へと身を横たえた。
●忘れ得ぬラストノートの夢
「オルガ」
もう誰も呼ばなくなった名を呼ばれ、これが夢の中だと尾形 剛道(ka4612)は瞬時に理解する。
「オルガ」
耳朶をくすぐる低く甘い声。
昔愛し、殺した男がそこにいた。
剛道と同じ、喰うか喰われるかの殺戮愛好<ボレアフィリア>を背負っていたその男は、何時も同じ香りをさせていた。
男から漂う香りは好きだった。
一方で今思えば、それも香水だったのか、血の臭いだったのか定かでは無い。
ただ街中ですれ違った中に居た、ということは香水だったのかと知る。
目の前に立ち、剛道を見る穏やかな瞳。
夢だと分かっている。
だが、何か伝えたいことがある。
一歩、踏み出す。
刹那、目の前の男は、胸元に深々と剛道の刀を突き刺されてた。
崩れ落ちそうになる男を思わず抱き留める。
男から漂うラストノートの香りが、むせ返るような血の臭いに塗り潰されていく。
伝えたいことがあったのに。
急速に失われていく体温と、反対に重くなる身体。
また、伝えることが出来ないのかと、剛道は男の顔をのぞき込む。
目が合う瞬間、男は嬉しそうに笑った。
「お前の想いにかかって死ぬなら、幸せだ」
――そう、また呪いの言葉を男は紡いだ。
反射的に飛び起きた剛道は、シャツの胸元を握り締め、荒い呼吸を繰り返す。
「……夢」
手負いの獣のように、愛刀をたぐり寄せ、注意深く周囲を見回す。
いつもの廃墟、いつものソファ。見慣れたねぐら。
机の上には愛用の煙管。
まだ深夜なのか。窓から入る月明かりに照らされて、桟に吊された枯れた薔薇――ドライフラワーらしい――が目に入った。
深い溜息と共にぐしゃりと乱れた前髪を掻くように掴む。
その左腕にはいつもの……腕輪。
今想う男と揃えた腕輪を握りしめて、奥歯を噛みしめる。
「……二度と出て来ンじゃねェよ、クソ……」
……もうあいつはいない。前に向かう覚悟も決めた。
昔とは状況が違う。共に歩きたいと想う男がもう居る。
それなのに、あの呪いの言葉が鼓膜の奥に張り付いて消えない。
剛道はソファに座り直すと、強く強く目を瞑り、幽かな薔薇の香りを嗅ごうと意識を向ける。
――煙管用のタバコの葉の匂いだけが鼻腔を満たし、そうじゃねェと毒吐くと薔薇のそばまで歩いて行った。
●もう動かない小鳥の夢
小さな子供の泣き声が聞こえる。
あぁ、泣いているのはあたしなのかとシャルア・レイセンファード(ka4359)は俯瞰するように子供を見る。
子供の小さな両手の平には、包まれるようにして小鳥が1羽倒れている。
それがどうしようもなく悲しくて、泣いている。
シャルアはそれを知っている。
視点が、変わる。
小鳥を何度も撫でながら泣いていると、隣にふわりと暖かな気配を感じて、あたしは顔を上げた。
優しい懐かしい気配。
でも、その人は笑顔で。とても嬉しそうに微笑っている。
それが理解出来なくて、半ば怒りとも取れる感情であたしは問う。
「おかーさん、どうして、笑っているの? 悲しく、無いの?」
「もし、私が泣いていたら。シャルアは、どう思う?」
質問に質問で返されて、あたしはすこし困りながら、それでも一生懸命考えて答えた。
「えっと…どうしたの?って、思う」
「そう、シャルアは優しいのね。でも、きっと小鳥さんもそう思うわ。大好きなシャルアが泣いていたら、心配で小鳥さんも泣いちゃうわよ? だから……」
柔らかな体温が頭を撫でて、その手のひらが気持ち良くて、あたしの涙はいつの間にか止まっていた。
母に寄り添い、陽だまりに包まれるような多幸感の中、あたしはそっと目を閉じる。
ふわりと鼻孔をくすぐる花の香りに、あぁと気付いた。
あの花の香は、両親の大好きだった花……その香り。
顔を上げた先に見えたのは、開かれた窓。
空は東から白み始めていて、パンの焼ける匂いに早朝であることを察した。
そして昨日、窓を開けたときに掠めたあの香りの正体に思い至る。
「もう、そんな季節なのですね……」
シャルアはすっかり開きグセが付いてしまった本を閉じると立ち上がって、大きく伸びをした。
そして棚の上に置かれた鏡に向かって微笑んでみせる。
「『ずっと笑顔でいて。私の中の貴女が、ずっと笑顔でいられるように』」
それはずっとシャルアを支えてくれている言葉。
夢の中で聞き取れなかった母の言葉は、きっとこの言葉だとシャルアは微笑む。
そうだ、これから、二人に会いに行ってきましょう。
あの花を、お供えに沢山買って。
そうと決めたシャルアは窓を閉めると足取り軽く部屋を後にした。
●香りがみせた夢
失っていた想い出
忘れたかった過去
優しい記憶
あなただけの物語
今のあなたを形作った欠片の一部
どうか安らかに
『おやすみなさい』
鳥の鳴き声と夏の虫の騒々しさに目を覚ます。
明け方に降った雨のお陰か、少しだけ空気は湿り気を帯びていて、でもそれも時期に蒸し暑さへと変わるだろう。
徐々に人が動き出す音がする。
荷馬車の馬の蹄と車輪が回る音。
何か重い者を運ぶ踏みしめるような足音。
自分より幼い子ども達が虫を追い駆け回る音。
そのどれも、幼い金目(ka6190)が背丈の二倍ほどの高さにある格子付き窓から得た情報だった。
薄暗い蔵の中。
埃とカビの混じったような湿っぽい匂いが充満する、狭い狭い世界。
世界を隔てるのは一枚の土壁。
土壁とはいえ、強度はなかなかのもので、かつて削ろうと試してはみたが徒労に終わっていた。
母親が、子供を呼ぶ声がした。
「ここに、いるよ」
小さく蹲り、ぽとりと声を落とした。
あの窓に向かって叫んだ所で、金目の声が届いたことは無かった。
……いや、向こうの音が聞こえるのだから、こちらの声が聞こえない何てことは無いはずだが、誰からも返事が来たことは無い。
それならば、金目にとっては『自分の声は届かない』。とうに諦めていた。
ここは恐ろしい化物が出てくるでも、何かを失うでもない。
ただただ薄暗く、何もない。何もないだけ。
すこし、怖くなってくる。
内側からは開けることの出来ない役立たずの重たい戸が迫ってくるような不安に襲われる。
そしてオルウィンという名のソウルウルフを思い出す。
彼女の暖かな背に顔を埋めて眠りたいと願ったとき、これは夢なのだと気付いた。
それでも夢の中の自分は幼いまま。
あの格子窓に手は届かず、声を嗄らして叫んでも声は届かない。
「参ったな、もうそろそろ忘れても良い頃だろうに」
先の依頼で、暗い場所に居すぎたせいか。
あの停滞して澱んだ空気が、この蔵の匂いと似ていたせいか。
「部屋へ帰るんじゃ無かった」
酒場へ寄って、旨い飯と酒の匂い、それから人の語らう喧騒で満たしておけば良かった。
此処へ来た後で其れを思い出そうとしても、あまりに遠く、あの小さな窓と分厚い壁の向こう側にしか感じられない。
目が覚めるまで、此処に居るしか無い。
欠伸が出そうなほど退屈なのに、夢のなかで眠る方法を金目は知らなかった。
「……早く醒めないかな」
抱えた膝の上に頬を乗せて。
来ない迎えを待って、金目はそっと両目を閉じた。
●闇に揺れる陽光の夢
忘れようとしたって、忘れられない。
僕らは双子で、君は僕の『対』、この世で唯一人の『半身』。
「わたしは、カフカのお嫁さまになるの」
春の花のような無邪気な笑顔。
しかし、ひたと僕を見る瞳は激情を伴っていることを僕、カフカ・ブラックウェル(ka0794)は知っていた。
「ね? カフカ」
5歳の双子が頬を寄せ合い笑い合う。
最初は誰もが冗談だと、家族の親愛の情だと見ていた。
しかし、徐々にそれがそうでは無い事を知った大人達は驚いた。
そして僕に告げる。
それが禁忌に触れる想いであると言うことを。
困り顔で教え込む。
この世界の理を。
何故、兄妹では結婚出来ないのかと言うことを。
丁寧に繰り返し、丁寧に。
恐れるように諭していった。
僕は小さな熱い手を、冷たい手で握り締める。
どうか、この想いが君に伝わりませんようにと願いながら。
揺れる瞳が、震える声が、ばれませんようにと祈りながら。
「ぼくらは、きょうだいなんだからムリだよ」
全ての感情を殺した硬い表情でそう告げた。
いつものように笑顔で受け止めてくれると信じて疑っていなかった妹は、顔面を蒼白にして一歩よろめいた。
僕の一言が、嘘では無く君からの愛情を否定した事を、察しの良い君は気付いてしまっていた。
見開かれた大きな瞳から、一粒の涙が零れ、頬を伝った。
そこからは堰を切ったようにぽろぽろと涙が溢れては頬を濡らす。
何かを告げようと戦慄く唇は、結局声にならないまま、ただ瞳だけは僕を見つめたまま。
――そう、この時の匂いだ。
春の花の様な仄かな甘さと喉の奥が焼け付く様な苦みを伴う、涙の香り。
君の想いは心臓が引きちぎれそうな程、知っていたし嬉しかった。
応える事の出来ない運命を呪いもした。
違う腹から産まれていれば叶っただろうか。
でもそれではただの別人だ。
違う世界なら許されただろうか。
でもそれはリアルブルーでも許されていないと聞いた。
結局、ありのままの僕らを受け入れてくれる場所なんてどこにもないと知った。
だから、せめて君の幸せを祈る。
その為の、拒絶だった。
幼い僕がいなくなった後も、小さく震え涙を流し続ける幼い妹をそっと抱きしめる。
僕には君の涙を止めることは出来ないから、幼い僕の代わりに「ごめんね」と告げる。
こんな方法でしか君を守れなかった。
でも、今も心の底から誰よりも君の幸せを祈っている。
頭頂から髪を撫で、その毛先にキスを落とす。
膝を付いてその額に、瞼にキスを贈ると強く強く抱きしめる。
いつか、僕以外の半身が君に出来る事を……祈っている。
●あなたと燻らす紫煙の夢
サルヴァトーレ・ロッソ。
VOIDとの交戦に備えて、艦のハンガーでCAMを整備していた私、ロベリア・李(ka4206)は歩き煙草で近寄ってくる姿を見て手を止めた。
「あんたねー。ここは禁煙だっつってんでしょ」
「…………、……。……、……………」
「えぇ? もぅ、仕方が無いわね。あともうチョットで終わるから、待ってて」
悪びれも無く軽口を叩く相棒の様子に諦めて、私は手早く整備を終わらせると工具を纏めてハンガーから出る。
隣り合って歩き出し、禁煙区間を抜けた瞬間に煙草に火を付け、他愛もない話しに花を咲かせた。
私が吸う銘柄はリアルブルーではありふれた安煙草で、それを久しぶりに肺に取り入れ、ゆっくりと吐き出す。
……ああ、こんな匂いだったわ。
……ん? 久しぶり?
その時、初めてコレが夢だと言う事に気付いた。
隣でくだらない話しを続ける相棒が不思議そうに私を見るが、「なんでも無い」と続きを促すと楽しそうに話しの続きをしゃべり始める。
どうでもいい話し。日常の、良くある話し。
夢の中だってのに、相棒の飄々とした笑い顔は意外にはっきりと思い出せるものねー……なんて、感傷に浸りながら相づちを打つ。
感傷か……あんたが知れば、似合わないだとか何とか言って茶化すんでしょうけど。
私だって、夢に見るほど過去を引き摺るなんて思わなかったわよ。
「吸うか?」
手持ち煙草の切れた私へと、差し出された煙草ケース。
私のとはメーカーが違う上に、タールもニコチンもヘビーな銘柄。
「じゃぁ、一本だけ貰うわ」
珍しい、と笑いながらサッサッとケースを揺する。
私は無言のまま浮き上がった一本を引き抜く。
「どうぞ」
戯けた様子でライターを構えるので、思わず笑いながら「ありがと」と大きな手の中の小さな火へ、咥えた煙草をそっと近付ける。
火が付く瞬間、世界が変わる。
それは白黒のフィルム映画を見るように。
LH044救出作戦後、ほぼ無傷で帰還した相棒のCAM。
コクピットから降りてきた別人。
白兵戦。
遺品の煙草。
機体だけ無傷で、無事に戻ってきて。
乗り手だけが居ない。
なんの意味があるのよ……馬鹿野郎……
チリチリと先を焼き、長くのびた灰がぽとりと落ちて、フィルムに穴を空ける。
相棒。あんたのは、苦い煙草だわ……本当に。
●とある戦闘民族の血塗られた夢
「私に勝てたらお前は一人前だ」
そう師匠に言われたブラウ(ka4809)は、真剣での勝負に挑んでいた。
師匠の視線、息づかい、筋肉繊維の動き一つまで見逃さないように、ブラウは師匠を見つめ続ける。
それは師匠も同じ事で、両者は触れれば爆発しそうなほどの緊張感を孕んだまま睨み合っていた。
枯れ草と乾いた土の匂いを纏い、一陣の風が吹いた。
今までの静寂が嘘のように激しい打ち合いが繰り広げられる。
互いの剣がぶつかり、鍔迫り合いもつかの間、すぐに押し返し両者同時に跳び下がると同時に地を蹴った。
激しい打ち合いに汗が散る。張り付く前髪が邪魔くさかった。でもそれ以上に、目の前の師に一太刀浴びせることだけに集中していた。
そして、ついにブラウの逆袈裟斬りが師を捕らえた。
鮮血がブラウの全身に降り注ぐ。
剣を扱う者としてこの一太刀は致命傷に成り得ると直感で判った。
「し、師匠……っ!?」
勝つ気でいた。真剣の勝負だったが、それでも殺す気は無かったブラウは驚きと絶望に打ち拉がれつつも倒れる師を抱きかかえた。
そこに充満するは師の傷から溢れる血の香り。
べたり、と血に染まった手がブラウの頬を撫で、それは力なく鼻先を掠め、落ちた。
「あぁ……あぁぁああああああ!!!!」
――どうして、こんなにも興奮するのかしら
――もっと、もっと欲しい
師を失った絶望よりも、血の香りに、酔った。
師の朱で染まった刀を持ち、ふらりと立ち上がると、そのまま父、母、妹や家族同然の部族の民を一人残らず惨殺した。
土には埋めず、臓腑が腐り果てるまで移り変わるその香りを堪能した。
――あぁ、なんて素晴らしい香りなのかしら
それはブラウが『香り』による性的倒錯に目覚めた瞬間だった。
目覚めたブラウは恍惚とした表情で、まだその手に残る感触を味わうようにゆっくりと握った。
「とてもいい夢だった。……もう一度、匂いを感じられた気がしたわ。わたしだけの至高の香り」
握った手を鼻先に持ってきてスン、と匂いを嗅ぐが、残念ながらあの匂いはもう感じられない。
「両親も妹も師匠もわたしが殺してしまったけれど今こうやって一緒にいるから寂しくないの。だからわたしはこれからも匂いを求め続けるわ」
宣言と共に覚醒したブラウのネグリジェの裾から、ぞろりと4本の腕のような触手が蠢いた。
ブラウはその触手に微笑みかけると、もう一度夢を見る為にシーツの海へと身を横たえた。
●忘れ得ぬラストノートの夢
「オルガ」
もう誰も呼ばなくなった名を呼ばれ、これが夢の中だと尾形 剛道(ka4612)は瞬時に理解する。
「オルガ」
耳朶をくすぐる低く甘い声。
昔愛し、殺した男がそこにいた。
剛道と同じ、喰うか喰われるかの殺戮愛好<ボレアフィリア>を背負っていたその男は、何時も同じ香りをさせていた。
男から漂う香りは好きだった。
一方で今思えば、それも香水だったのか、血の臭いだったのか定かでは無い。
ただ街中ですれ違った中に居た、ということは香水だったのかと知る。
目の前に立ち、剛道を見る穏やかな瞳。
夢だと分かっている。
だが、何か伝えたいことがある。
一歩、踏み出す。
刹那、目の前の男は、胸元に深々と剛道の刀を突き刺されてた。
崩れ落ちそうになる男を思わず抱き留める。
男から漂うラストノートの香りが、むせ返るような血の臭いに塗り潰されていく。
伝えたいことがあったのに。
急速に失われていく体温と、反対に重くなる身体。
また、伝えることが出来ないのかと、剛道は男の顔をのぞき込む。
目が合う瞬間、男は嬉しそうに笑った。
「お前の想いにかかって死ぬなら、幸せだ」
――そう、また呪いの言葉を男は紡いだ。
反射的に飛び起きた剛道は、シャツの胸元を握り締め、荒い呼吸を繰り返す。
「……夢」
手負いの獣のように、愛刀をたぐり寄せ、注意深く周囲を見回す。
いつもの廃墟、いつものソファ。見慣れたねぐら。
机の上には愛用の煙管。
まだ深夜なのか。窓から入る月明かりに照らされて、桟に吊された枯れた薔薇――ドライフラワーらしい――が目に入った。
深い溜息と共にぐしゃりと乱れた前髪を掻くように掴む。
その左腕にはいつもの……腕輪。
今想う男と揃えた腕輪を握りしめて、奥歯を噛みしめる。
「……二度と出て来ンじゃねェよ、クソ……」
……もうあいつはいない。前に向かう覚悟も決めた。
昔とは状況が違う。共に歩きたいと想う男がもう居る。
それなのに、あの呪いの言葉が鼓膜の奥に張り付いて消えない。
剛道はソファに座り直すと、強く強く目を瞑り、幽かな薔薇の香りを嗅ごうと意識を向ける。
――煙管用のタバコの葉の匂いだけが鼻腔を満たし、そうじゃねェと毒吐くと薔薇のそばまで歩いて行った。
●もう動かない小鳥の夢
小さな子供の泣き声が聞こえる。
あぁ、泣いているのはあたしなのかとシャルア・レイセンファード(ka4359)は俯瞰するように子供を見る。
子供の小さな両手の平には、包まれるようにして小鳥が1羽倒れている。
それがどうしようもなく悲しくて、泣いている。
シャルアはそれを知っている。
視点が、変わる。
小鳥を何度も撫でながら泣いていると、隣にふわりと暖かな気配を感じて、あたしは顔を上げた。
優しい懐かしい気配。
でも、その人は笑顔で。とても嬉しそうに微笑っている。
それが理解出来なくて、半ば怒りとも取れる感情であたしは問う。
「おかーさん、どうして、笑っているの? 悲しく、無いの?」
「もし、私が泣いていたら。シャルアは、どう思う?」
質問に質問で返されて、あたしはすこし困りながら、それでも一生懸命考えて答えた。
「えっと…どうしたの?って、思う」
「そう、シャルアは優しいのね。でも、きっと小鳥さんもそう思うわ。大好きなシャルアが泣いていたら、心配で小鳥さんも泣いちゃうわよ? だから……」
柔らかな体温が頭を撫でて、その手のひらが気持ち良くて、あたしの涙はいつの間にか止まっていた。
母に寄り添い、陽だまりに包まれるような多幸感の中、あたしはそっと目を閉じる。
ふわりと鼻孔をくすぐる花の香りに、あぁと気付いた。
あの花の香は、両親の大好きだった花……その香り。
顔を上げた先に見えたのは、開かれた窓。
空は東から白み始めていて、パンの焼ける匂いに早朝であることを察した。
そして昨日、窓を開けたときに掠めたあの香りの正体に思い至る。
「もう、そんな季節なのですね……」
シャルアはすっかり開きグセが付いてしまった本を閉じると立ち上がって、大きく伸びをした。
そして棚の上に置かれた鏡に向かって微笑んでみせる。
「『ずっと笑顔でいて。私の中の貴女が、ずっと笑顔でいられるように』」
それはずっとシャルアを支えてくれている言葉。
夢の中で聞き取れなかった母の言葉は、きっとこの言葉だとシャルアは微笑む。
そうだ、これから、二人に会いに行ってきましょう。
あの花を、お供えに沢山買って。
そうと決めたシャルアは窓を閉めると足取り軽く部屋を後にした。
●香りがみせた夢
失っていた想い出
忘れたかった過去
優しい記憶
あなただけの物語
今のあなたを形作った欠片の一部
どうか安らかに
『おやすみなさい』
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 |