【早暁】雌伏の立志

マスター:真柄葉

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~10人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/08/24 07:30
完成日
2016/08/27 21:28

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●ノアーラ・クンタウ
「そんなっ! 話が違うじゃない!!」
 堅木で出来た重厚な机さえ破壊しそうな勢いで、両手が叩きつけられた。
「いえ、なにも相違ありませんよ? ここに記してある契約通りです」
 たてられた音にも革張りの椅子に座る男は表情一つ変える事無く柔和な笑みを絶やさない。

 要塞都市にあっても、一層奥まった場所にある建物の更に奥まった一室。
 造詣のない者が一見してもそれが高価であるとわかる調度品が部屋を飾り、窓際におかれた重厚な机には壮年の男が座っていた。
 男の名前はノールド・セッテントリオーネ。
 最も死地に近い都市ノアーラ・クンタウにおける商業を一手に管理する『ゴルドゲイル』を任された頭目であり、大商会『ヴァリオス商工会』が送り込んだ辣腕である。

 目の前の女の威勢を受け流し、革張りの椅子に深く腰掛けるノールドが机に両肘を乗せた。
「エミルタニア=ケラー」
 笑顔の作りすぎで消えなくなった目尻の皺を更に深め、ノールドは女の名を呟く。
「な、なによ」
 エミルタニアと呼ばれた女が、突然の事に警戒の色を強める中。
「貴女は我が商会と商品売買の契約をなさいました。それは覚えておいででしょう?」
 ノールドはまったく似合っていない仕草で、かくりと小首をかしげた。
「当然よっ! だから、きっちり運んできたじゃないっ!」
「ええ、ええ、その通りです。商品『だけ』を見れば確かに運んでこられた」
「な、なら――」

「貴女は荷運びか何かですか?」

 感情の欠片すらも欠落した凍てつく声が部屋に響く。
「おっと、失礼」
 息を飲むエミルを見て、慌てた様に一呼吸。ノールトはゆっくりと顔を上げ、驚きに揺れる眼を射抜いた。
「運んできた商品の価値がどの程度か、貴女もわかっておいでですよね?」
「と、当然よっ! 私の眼に狂いはないわっ!」
「ええ、品は実に良いものでした。あれでしたら宮廷に出しても恥ずかしくはない」
 ノールドの浮かべる柔和な笑みは、好々爺そのもの。しかし、商人の笑顔程信用できないものは無い。
 エミルはノールドの笑顔が真に告げる意味を、じっと読み取っていく。
「…………ごめんなさい、降参。この無知な女商人に理由を教えて」
 だが、黙考も数秒の事。経験浅いエミルでは、百戦錬磨の猛商の機微を読み解くのはあまりにも困難。
 それが痛い程にわかるエミルは、相手の大きさと己の無力さとに打ちのめされ、肩を落として教えを乞うた。
「素直は美徳です」
 エミルの降参に、ノールドが纏った空気が和らぐ。
「理由は何という事はありません。貴方の持ち込んだ商品の売り上げが約束の額に届かないだけです」
 素直な生徒に教鞭をとる様に、笑顔のノールドはゆっくりと真実を告げた。
「そ、そんなはずないっ! 私は約束した金額を納入できるだけの商品を仕入れてきたわっ! 足りないなんてっ!」
 長く勤めてくれる老馬に鞭打って、辺境の各地を回り仕入れた商品が荷台にいっぱい。
 それはエミルの汗と涙の結晶であり、今持てる『力』の全てである。
「私は嘘は申しませんし、詐欺を働く気もありません」
 更に身を乗り出し、額でもくっ付きそうになる距離にまで迫ったエミルを気にもせず、ノールドは続けた。
「商品価値とは常に流動的であります。時に暢気で時に雄々しく流れるケリド河の流れの様に」
「そ、そんな……まさか値崩れしたって言うの……?」
「値崩れと言うほど大層なものではありません。ただ、同時期に同じ物を納品した商人が多かったというだけです」
 需要と供給のバランスを見極める事にこそ、商売の極意はある。
 需要のある物は高値で売れる。それは、至極単純な金儲けの法則。それをかぎ分けられないものなど、商人と名乗るにも値しない。
「貴女の仕事が実に迅速であった為、幸いなことにまだ返金期限には余裕があります」
 突きつけられた事実に愕然とするエミルに、ノールトは引き出しから取り出した小袋を提示した。
「種銭をお貸ししましょう。これで儲けを上げてきてください」
「に、二重債務をさせようっていうのっ!?」
「どのように取っていただいても構いません。ただ、当商工会程、良心的な所は無いと思いますが」
「くっ……!」
 金を借りるのなら、財源、金利、そして信用。どれをとっても、この西方においてヴァリオス商工会のお墨付きに勝るところなど無い。
「貴女も商人なのでしたらご存知でしょう? 商人にとって契約とは命よりも尊きもの。それを反故にする事は命を取られても文句は言えない」
「そ、そんなことわかって――」
「そして、これがそれに合意した貴女のサインです」
 最初に結んだ契約書を差し出し、ノールトはにこやかな笑顔で断頭台の綱を切った。
「……」
「新しい借用書はこちらに用意しました。ご面倒なようでしたら、私が代わりにサインしておきますが、筆跡模写はあまり得意では――」
「貸してっ!」
 新しく差し出された契約書を奪い取ると、エミルは机の上に置かれた如何にも高級そうな万年筆をひったくり、サインを書き殴る。
「これでいいんでしょ!」
「……確かに。しかしながら、淑女でしたらもう少しきれいな字を――」
「うっさいっ!」
 エミルは机の上に置かれた小袋を乱暴に掴むと、そのまま踵を返し扉へ向かう。
「……貴女に商神エビスの祝福があらんことを」
 そんな背中に向けリアルブルーの一部の地域で用いられる商神の名を出したノールドは、凝り固まった笑顔のまま契約書を山と積まれた書類の山の天辺に置いた。
 
●要塞都市内商業区
「っっっっとに、あったまにくるっ!!」
 およそ商人とは思えぬエミルの態度に、顔見知りの商人達は視線を合わせず陰で笑っている。
「なぁにが、商神エビスの祝福があらんことを、よっ!」
 商人にとって神頼みするほど哀れな事は無い。それ即ち、自らに実力がないと認める同義なのだから。
「だからもっと思慮深く考えて、情報を集めないとって言ったじゃないですか」
 そう言ってエミルに焼き鳥を差し出したのは、背丈の変わらぬ童顔の少年だった。
「わかってるわよっ! わかってるから、リットも何か考えてよねっ!」
「なんで僕が……」
「何か言ったかなぁ?」
 リットと呼ばれた少年に、太陽のような笑顔を向けられる。
「……はぁ。それにしても後6日ですか、選択肢は絞られますね」
 この太陽の様な真っ直ぐで暑苦しくて美しい隣人からの無茶振りは日常茶飯事。
 リットは隣にも聞こえるように深くため息をついて呟いた。
「幸い資金は十分ですか。まぁ、借金ですけど」
「一言多いわねっ!」
「とにかく、何とか期限までに稼がないと……」
「うじうじ考えてないで、まずは動く!」
「いやだから考えてなかったからこんな事態になったんでしょう……」
「返事は、はい!」
「……はぁ、はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
 緊迫感の欠片もない気の抜けたやり取りだけが、いつもの変わらぬ風景だった。

リプレイ本文

●市場
 辺境最大の街だけあって、このノアーラ・クンタウの市はかなりの規模を誇っている。
 左右に商店が軒を連ね、王国、帝国、同盟を問わず、様々な品物が北へ南へ行き来していた。
「俺様なら1300までは行けたな」
「あら、それじゃ次のお店でお手並み拝見と行こうかしら」
「ははっ! 俺様の手腕を見てビビるなよ?」
 受け取った商品をリットが丁寧に梱包し荷台へと乗せるのを横目に見ながら、エミルとジャック・J・グリーヴ(ka1305)は二人ほくそ笑む。
「……二人とも、鏡を見た方がいいぞ? とても、人に見せられる顔じゃない」
 と、黒々しいオーラを纏う二人にタラサ=ドラッフェ(ka5001)が溜息まじりに呟いた。
「あら、一人前の商人の顔してるでしょ?」
「あくどいの形容詞が抜けてるぞ?」
「失礼ね。ちゃんとした値段交渉よ。正当なと・り・ひ・き」
 ぐふふと黒く笑う二人にタサラは再びの溜息。
「多くを口出すつもりはないが、あまり後腐れを残すんじゃないよ?」
 強引な手法は利益こそ上がるものの、どうしても対人関係がこじれやすい。
 人の不信は人を殺す。一歩間違えば死と隣り合わせの海の商売に身を置いたことがあるタラサにとっては、それはとても重要な事だった。
「そうか。うん、そうね。ありがとうタサラ、気を付けるわ」
「素直なのが、エミル、君の美徳だな」
「褒めても銅貨一枚でないわよ?」
「期待してないさ」
 先ほどの黒いオーラから一転、うら若い乙女達が軽やかなやり取りに花を咲かせた。
「なんだ、つまんない。タラサは海商だって聞いてたから、もっとお金にうるさいかと思ってた」
「海は大らかだからね。小銭程度では動じないんだよ」
「へぇ、すごいのね、海って。見てみたいわ」
「そうか、見たことが無いのか。いずれ連れて行ってあげるよ」
「ほんと! 約束よ!」
「おやおや、そこにボクの席は無いのかい?」
 と、そんな二人の元へ現れたイルム=ローレ・エーレ(ka5113)。
「あら色男さん。タラサ、あんなこと言ってるけどどうなの?」
「えっ……?」
「ふむ、ではタラサ君、僕の席があるのかどうか、はっきりとしておこうか?」
「なんで私に聞くんだ……海を見るくらい好きにすればいいだろ?」
「アァ! ダメだ! ダメだよタラサ君! 僕は海が見たいんじゃない、二人と海が見たいんだ!」
「……どう違うんだ」
 理解されぬ苦しみに拳を握るイルムに、困惑するタラサ。
「ずいぶんと賑やかね」
 そんな街の一角に咲いた賑やかしに、花厳 刹那(ka3984)も引き寄せられてきた。
「やぁ刹那君、どうだい、僕と海へランデブーでも!」
「い、いきなり何の話……?」
「タラサにフラれて落ち込んでるみたいよ?」
「落ち込んでいるようには見えないけど……」
 キラキラととっておきの笑顔を向けてくるイルムに、刹那は頬を引きつらせ一歩引く。
「あーえっと……皆さん、注目の的になっていますよ?」
 更には、自分もここに入るのかと恐る恐る近づいてきたレオナ(ka6158)。
「あぁ、レオナ君。君だけが僕の癒しだよ」
 その声が終わるより早く、手を取ったイルムが素晴らしき笑顔を向けた。
「は、はぁ……」
「あら、レオナもいらっしゃい。ほら、イルム。レオナにばかり構ってると、他の子が寂しそうよ?」
 と、困惑するレオナにエミルが助け舟を出す。
「ああぁ……夏の日差しはなんて罪作りなんだ! こんなにも色取り取りの花達をボクの前に差し出すなんて……! これは交易品を選ぶより、何倍も困難な課題なのではないだろうか!」
「はいはい、ずっとやってなさい」
 究極の選択を迫られ打ち震えるイルムに、エミルは溜息をつく。
「それじゃ、そろそろ行きましょ。金目(ka6190)が待ってるわ。――ジャック! ジャック、行くわよ……って、あれ?」
 と、ふと在るはずの人影が無くなっていることに気付いたエミルが辺りを見回した。
「あのー、そこにいらっしゃるようですが……」
「……そんなところで何してるのよ、ジャック」
 と、レオナが指差した場所をエミルが見やった。
「気にせず続けろ。俺様の事は路傍に転がる大理石の彫像だとでも思ってくれていい。だから続けろオネガイシマス」
 物影では、何故かもじもじと落ち着きなく五人の乙女を伺う、若干頬が赤く、若干前かがみなジャックの姿。
「置いてくわよ?」
「馬鹿か! キャッキャウフフなお買い物イベントはこれから盛り上がりを見せるんだよ! こんな所で帰るとか! バットエンド一直線かよ!?」
「はぁ? わけのわからないこと言ってないで行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待て! 落ち着けっ!? 今公衆の面前に出るのは色々とまずい! 主に俺が社会的に死ぬ!!」
 襟首をつかんで引きずり出そうとするエミルに、ジャックは最大限の抵抗を見せた。
「む……。誰かちょっと手伝って」
「ああ、喜んで」
 きっとジャックの事情が一番よく理解できているであろうイルムが、コキコキと拳を鳴らしながら歩み寄ってくる。
「やぁ、ジャック君。――あの天使達は、僕のものだよ?」
 エミルには聞こえないトーンで囁かれた声に、ジャックは色々縮み上がった。

『あぁーーーーーーー!!』

 夏の熱気に照らされた大賑わいの市場に、ジャックの断末魔が響き渡ったのだった。

●酒場
5人を迎えた金目が椅子を勧めた。
「うん? ジャックの奴はどうしたました?」
「彼はお星様になったわ」
「……そうか」
 何を納得したのか、金目はそれ以上追及する事無く話を進める。
「で、仕入れはうまくいきましたか?」
「ほどほどにね。皆の助言で」
 と、答えるエミル。
 買い出しはハンター達の助言を受け、衣類と医薬品に絞った。薬品のビンを保護する様に置かれた衣類が積まれた荷台は、今外でリットが見張っている。
「そっちは? 情報の方はどうだった?」
「正直、商会の必要な物が見えない」
「まぁ、何でも扱うしね、奴等」
「む、知っていましたか?」
「そりゃ、仮にも商人の端くれですから?」
 さも当然のように、エミルはかくりと首を傾げた。
「なにか……そうねぇ、私の方ではわからない、王国とか帝国とかの動向がわかればいいんだけど……」
「ふむ、南の動向……」
「ええ、その辺はハンターの皆の方が詳しいんじゃない?」
「確かに色々な依頼は受けているけど、動向って言われてもピンとこないわね」
 数多くの依頼をこなしてきた刹那であっても、商的な動向など意識したことが無い。
「うーん、例えば疫病が広まったとか、大規模な戦闘があったとか、どこかが豊作に沸いてるとか?」
「ああ、そういえば、帝国がヴォイドゲートの捜索を大々的に行っているわ」
「ヴォイドゲート?」
「簡単に言えば歪虚が沸いてくる穴、かな?」
「うわ、なにそれ迷惑この上ないわね」
 刹那の説明にエミルはあからさまに眉を顰める。
「私も参戦する予定の東方の暗黒海域での歪虚討伐。あとは南方では新たな大陸へと至る計画が進んでいるようですね」
「ああ、確かにオフィスにそんな告知が出ていたな。大規模な海洋進出を行うから、と」
「海洋進出……それよ!!」
 レオナとタラサの話に、エミルは椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「タラサ!」
「な、なんだ?」
「この目録の中にある品の中で、船に必要な物をピックアップして!」
「この中……」
 と、突きつけられたのは、行商の目的地であるケイ族の集落の特産品一覧。タラサは目録を上から下まで目を通した。
「……銅だな。銅板まで加工すれば、船底の補強材になる」
「他は!」
「他には……」
「漆も使えるわ。和船……こっちでは東方の船になるのかしら、その防水に使ってるはず。歴史の教科書で読んだことがあるわ」
 と、タラサの言葉を継いだ刹那が、青の世界の知識を提供する。
「銅に漆ね! よしっ、決まった! 二人ともありがとう!」
 目録を鞄に詰め込み背負ったエミルは、くるりと振り返り。
「ほら皆、何ぼさっとしてるの!」
 きょとんと見つめる五人を置いて、さっさと酒場を出てしまった。
「おやおや、今回の雇い主様は人使いが荒そうだ」
 どこか嬉しそうに、イルムが立ち上がると、他の皆もこれに続く。

「さぁ、皆! ジャックを拾って、出発よ!」
 夜も只中にエミルの快活な声が響き渡った。

●道中
「イルムごめんね、大切な馬貸してもらって」
「なに、君の笑顔に変える事ができるなら、馬の一頭や二頭安いものだよ」
 二頭立てにし速度を上げた馬車は一路、目的地を目指す。
 翌日を予定していた出発を前倒しし、行程を強行したのには訳があった。
「金目、オフィスにそのゲートの募集が出てどれくらい経つの?」
「うん? そうですね、二週間ほどでしょうか」
「二週間……ジャック!」
「募集を受けて出発するまでに一週間。出港して戦闘までに五日かかる仮定すれば――勝敗どちらに転んでも帰港は出発から二週間――六日後だ」
 名を呼んだだけですらすらと出てくる考察に、エミルは思わず口元を釣り上げる。
「精度は?」
「舐めるなよ? 商機を嗅ぎ取るのは商人として当然の嗜みだぜ」
「となると……この四日が勝負ね」
「できれば三日だな」

「あの……どういう事でしょう?」
 きっと頭の中では目まぐるしい交易シュミレーションが行われているであろう商人二人を遠巻きに見つめ、レオナは小声でタラサに聞いた。
「私もさすがに本職じゃないから正確な事はわからないが、二人は港に補材を届けるつもりなんだろう」
「さっき言ってた銅と漆の事?」
 こちらも商売とは縁遠い刹那が混ざってくる。
「ああ、それも帰港と同時に用意する勢いで」
「修理で必要な事はわかるのですが……そんなに急ぐ理由があるのですか?」
「それこそ、あれだ。エミルが今回の二重債務に陥ってる理由だよ」
「あ、商材のダブり!」
「そう、きっとこの商売に気付く商人は他にも沢山いる。だからこそ、一日でも早く手に入れる必要がある」
「兵は神速を尊ぶとはよく聞くけど、まさか商売の世界にも当てはまるとはね」
 頼もしいエミルの後ろ姿に、イルムは感心するように頷いた。

●集落
 濃霧の影響を受ける事無く深夜に沼地を踏破した一行は、早朝に集落入りを果たしていた。

「ほ、本当にいいの? せっかく買ったんでしょ?」
「問題なし! これで集落の人達の心証が良くなるなら安いものよ!」
 驚く刹那に、エミルは衣類の束を押し付ける。
「それにほら、売り子してくれるんでしょ?」
「うっ……やっぱりしないとダメ?」
「あら、女に二言はなくてよ?」
「あーもう。エミルちゃんのその言い方妙に堂に入ってるんだから」
 どことなく反論しにくいエミルの物言いに、刹那は諦める様に項垂れた。
「私が宣伝を担当しましょう。刹那さん、頑張ってくださいね」
「ううっ、レオナさんまで……」
 集落へ運んできた衣類と医薬品は、刹那とレオナの手に託された。
 レオナが竪琴の演奏で人目を惹き、刹那が売り子として医薬品を格安で販売する。更には衣料品をおまけで付ける大盤振る舞い。
 この興行を兼ねた商法はすぐに話題となり、集落の広場は早朝にも関わらず、人だかりの大賑わいを見せた。

「私達は何をすればいい?」
 と、広場の賑わいを横目にタラサが問いかける。
「ジャックと金目が鉱山の方に行ってくれてるから、二人は漆の方をお願いできる?」
「ああ、任されよう。出来る限り値切って見せるさ」
 頼られることに笑みを浮かべ胸を打つイルム。
「うんん、それはダメ」
「うん? 少しでも安い方がいいだろう?」
「相手が商人ならね。でも職人からは一切値切らないわ!」
 それは金目からも重々言われていたことだった。


「いいかい、これは作り手からの助言です」
 別れ際、金目が語り掛けてきた。
 金属の細工師である金目は、生産者として販売者である商人と対立することもある。
 数多くの商人と向き合ってきた経験から、金目は一つの結論を導き出していた。
「作り手の想いや心を知ってください。そうすれば金銭の先にある本当の価値を共に見る事ができる」
 エミルの表情が真剣なものに変化したことに口元を緩めた金目は。
「あと、契約書はちゃんと読むように」
 エミルの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でると、鉱山へと向かっていった。


 刹那とレオナの行った商法は大いに成果を上げる。集落のご婦人達の心をがっちりと鷲掴みにした二人の業績は、買い付けに向かった他の四人にも大きな助けとなった。
 気前のよい行商人の来訪に噂はたちまち広がり、影響は家族である職人達にも及んだ。結果、質の良い品を値切ることなく格安で譲ってもらえることとなる。
「面白れぇな」
 荷台に積み上げられていく精錬した銅の塊に、ジャックが感嘆する。
 いつもは強引な手口で敵を作ることも多いジャックだが、このやり方には素直に関心を示していた。
「商売にも心が必要という事です」
「心、ねぇ」
 金目の格言に、ジャックはどこか遠くを見つめ複雑な表情を浮かべていた。

「これでこの集落の人々からは贔屓にしてもらえそうだね」
 人々と出会う度に感じる好感触に、イルムは満足げに頷く。
「本当に良く考えている。これから彼女がどんな商人になるか楽しみだ」
「とんでもなく化けるかもしれないよ? 今のうちに唾を付けとかなければね」
「あんたが言うと別の意味に聞こえるよ……」
 ぺろりと唇を舐めたイルムにタラサは大きく肩を落とした。

「お、終わったぁ……」
「お疲れ様でした」
「こんなに着替えたの中学の文化祭以来だわ……」
「ぶんかさい?」
「あ、いえ気にしないで、あっちの話」
 きょとんと問いかけるレオナに、刹那はあははと疲れた笑みを向けた。

「皆、お疲れ様!」
 朝から働き詰めの六人を迎えたエミルは、宿屋を指さし財布の紐を緩める。
「明日からまた忙しくなるわ。だから、今夜はゆっくり休んでね! 朝の霧が晴れたら、ノアーラ・クンタウまで一気に駆けるわよ!」
 一気に表情を曇らせる六人に向け、エミルはとっておきの笑顔を向けたのだった。

●ノアーラ・クンタウ
「ほう、銅と漆ですか」
「銅は鋳造済み、インゴットにしてあるわ。それから、漆。純度は保証付きよ。さぁ、これで足りないとは言わせないわ」
 重厚な机の上に納品目録を叩きつけたエミルが胸を張る。
「ふむ……しかしなぜこの品を? それほど需要があるとは思いませんが」
 しかし、ノールドは目録を見ながらのらりくらりと言葉を並べた。
「需要がない? そう。ゴルドゲイルで要らないのなら、私が自分で持っていくわ。――帝国の港にね」
 そんなノールドを、エミルは強い視線で射貫く。
「…………なるほど、わかりました」
 ふぅと瞳を閉じたノールドは。
「その商品、あなたの言い値で買わせていただきましょう」
 エミルの目の前で納品目録にサインすると、書類の山から引っ張り出してきた借用書二枚を破り捨てたのだった。

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MVP一覧

  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレka5113
  • 細工師
    金目ka6190

重体一覧

参加者一覧

  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 紅花瞬刃
    花厳 刹那(ka3984
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • 誓いの隻眼
    タラサ=ドラッフェ(ka5001
    人間(紅)|23才|女性|闘狩人
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • 遊演の銀指
    レオナ(ka6158
    エルフ|20才|女性|符術師
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/08/19 08:49:52
アイコン エミル君商い日誌(相談卓)
イルム=ローレ・エーレ(ka5113
人間(クリムゾンウェスト)|24才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2016/08/23 12:01:26