【アルカナ】 焦がれた願い、天へと還る

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/08/26 15:00
完成日
2016/09/03 07:50

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 心が渇く。手が寂しい

 いつだって僕達は、偽善者だった。偽愛者だった。本当の善も愛も知らない癖に、掲げたハリボテの思想に縋り付いては愚行を繰り返してゆく。
 人は独りじゃない。独りであってはいけない。
 言葉だけ聞けば耳障りの良い言葉。
 けれど僕達にとってそれは、まるで呪いのような言葉だ。独りを否定する僕達こそ、本当に独りきりだったというのに。

 嗚呼、誰か、誰か

 この手を……。





「……皆様、お集まり頂き、ありがとうございます」
 タロッキ族の一人、エフィーリア・タロッキ(kz0077)が、集まったハンター達に一礼する。その顔は何かを決断したかのように引き締まっており、その手にはかの英雄の手記が握り締められていた。エフィーリアは決意したような面持ちのまま、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「先の襲撃で皆様にお守り頂き、ありがとうございます。……そのお陰で……アルカナに対する『打開策』の秘法を習得することができました」

 今までのアルカナ達は、封印から漏れ出した、言うなれば”断片”の存在だ。倒してもまた、力を付けて復活してくる。故に撃破したとしても、完全に滅する事は出来なかった。
「『アテュ・コンシェンス』。これはアルカナの『核』を解き放つ秘術……。これを使えば、アルカナの本体を引きずり出し、完全に滅する事が可能となる筈です……」
 エフィーリアが新たに会得したという術、それこそがアルカナを打倒する鍵だという。

「そして、部族の哨戒からの伝令です。この村の付近に、アルカナの一体、『Lovers』が現れたそうです」

 『Lovers』はアルカナのうちの一体。これまでも撃退を繰り返してきた敵だ。集落の存在を察知し、先の『Death』のように襲撃をかけてきたのかもしれない。

「……手記によれば、かつての『彼ら』は双子の姉弟だったようです。愛を説き、人と人を繋ぐ……とても優しい宣教師だったと記されています。しかし、同時にいつも何かに苦悩していたようにも見えた、とも書かれています……」

 アルカナはかつて『ファンタズマ』と呼ばれた戦士達だったらしい。歪虚との戦いで命を落とし、歪虚として生まれ変わった彼らはその性質を大きく変え、人の未来を滅ぼす為の存在と化した。『Lovers』のかつての姿も、英雄の手記には記されていたらしい。

「……此度から、私も作戦に同行します。秘術の発動の為には、私自身が接触する必要がありますし、何より……これ以上あの哀しい存在を放ってはおきたくありません」

 エフィーリアは決意の篭った強い瞳で、ハンター達一人ひとりに訴える。人の未来を勝ち取る為、そしてアルカナ達を真の意味で救済する為に、強い意思を持って立ち向かうことを決めたのだ。

「……今再び、どうか力をお貸し下さい」

 エフィーリアはハンター達に頭を下げる。その願いにはもはや、言葉は不要であった。




 辺境の森某所。

「ア、オオオオァ……」

 ずるり、ずるりと粘性のある巨体を引きずり、蠢く影がそこにいた。煌々と赤熱する翼、脈打つ心臓のような胴体を持つ、抱き合った男女の姿を象った歪虚『Lovers』。
 意思の感じられない、異形の怪物は、虚空に向けて手を伸ばす。
 虚しく空を切る腕、されど何かを求めてやまない手は、縋るように天へと伸びる。

「サミ、シイ……」

 瞳も、表情もない、ただそこに張り付いただけの『顔』の部分にあたる器官は。

 なぜかとても、物哀しく見えた。

リプレイ本文

●独白

「人は独りで生きているんじゃないんだ」
「手を取り合えば必ず分かり合える」

 僕達はずっとその言葉を説いていた。愛で救えぬものはないと、人を導く役割を担って。
 教えを受けた人は手をとってくれたし、自らが独りでない事を理解してくれた。

 なら、私達は?
 亡き親から譲り受けた教え。綺麗だったはずの言葉は、いつしか自分たちを縛り付ける枷になっていた。恋に焦がれる気持ちも知らないままに、愛を説く側になってしまった。

 そうだ、僕達は誰かに手を握って欲しかったんだ。私達と同じ、『独り』の人に。
 そうすれば、僕は、私は、『独り』じゃなくなると信じて。



●手と手をとって

「……いました、あそこですね」
 叢雲 伊織(ka5091)が発見する。爛れた草木の痕を慎重に追っていった先。異形の巨体が夜間の森に蠢いているのがわかる。赤々と煌めく、赤熱した翼をゆっくりと広げながら、心臓のように脈打ち、体液を滴らせる胴体を引きずって徘徊する歪虚、『恋人(Lovers)』がそこにいた。
「音には聞いていたが、かくも悍ましい姿だ」
 皆守 恭也(ka5378)がその姿を見て顔を顰める。『恋人』の姿は心臓部から生え伸びた男女の融合した姿を持つ歪虚だ。常人の感性を持つものであれば、嫌悪感を抱かずにはいられない様相をしている。
「……彼らは元々は人間……負のマテリアルによって変容した姿……。あの姿もにも起源があり、彼らの負の感情の具現だと思うと……」
 その傍ら、いつもは後方にいるエフィーリア・タロッキ(kz0077)が、きゅっと手を握りながら、その様子を見据える。彼女が『恋人』を直接見るのはこれが初めてだ。その有り様に、改めて哀しげな表情を覗かせる。そんな彼女の手を、十色 エニア(ka0370)が握る。
「大丈夫、だよ。終わらせに来たんだ、わたし達は……ね、わたし達がついてるから」
「エニア様……」
「ん……だいじょうぶ……二人、応援、する……」
 こくこくと頷きながら、小柄なシェリル・マイヤーズ(ka0509)がエニアの言葉を肯定し、エフィーリアの背中を押す言葉を投げかける。
「そうです、私達がついてますよっ」
 Uisca Amhran(ka0754)がエフィーリアの前に出ると、エフィーリアに何かを手渡す。
「これは?」
「星の雫っていう、法具として使える腕輪です。その杖ではエニアさん達と手を握りにくいですしね」
 エフィーリアはUiscaから腕輪を受け取ると、微笑みながら頷いて、自らの腕に装着する。
「……ありがとうございます、ウィスカ様」
「あとこれからは、ウィスカ様じゃなくてイスカって呼んで。私もエフィーリアさんのこと、エフィって呼ぶからね」
「え、ええっと……は、はい。ウィスカ様……じゃ、なくて、イスカ……?」
「かかっ、たどたどしいもんじゃのう。ま、ちょっとずつ慣らしてゆけばよかろ?」
 星輝 Amhran(ka0724)がその様子をくっくっと笑いながら微笑ましく見守る。妹が友に接するのを嬉しく思っているようだった。
「っと、お嬢さん方、お話はそこまでみたいだぜ。奴さん気づいたみてぇだ」
 クリスティーナ=VI(ka2328)が、遠目に見ていた『恋人』に動きがあった事に気づく。
「オオ、アオオオオオ……」
 うめき声を発しながら、その異形がゆっくりとこちらを向く。顔の部分は彫像のように動かず、心臓にぽっかりと開いた穴が、口を開けた深淵のように昏く咆哮を放つ。
「奴もこちらに気づいたようだ。皆、戦闘体勢だ」
「大物だな、全力でいくとしようか……」
 敵がこちらを捕捉したのを確認したアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が全員に臨戦態勢を促し、バルバロス(ka2119)が強大な敵を前に心を躍らせる。『恋人』の対策の為にハンター達はそれぞれが手を繋ぐ。
「お前達の独りよがりな感傷に巻き込まれてやるつもりはない」
「ナタナエルお兄さん、頑張りましょう!」
 目を細めると同時に髪が銀髪になり、覚醒したナタナエル(ka3884)の手を伊織が取り、アルトは恭也と、バルバロスはクリスティーナと手を繋ぐ。
「踏み込みの速度と合図はさっき確認した通りだ。合わせられるな?」
「歩幅を合わせて貰い、光栄とすら思える。その信には最高の戦働きで応えよう」
 アルトの足さばきは熟練の域であり、恭也は高い実力を持ったアルトに敬意を以って受け入れる。
「息を合わせる事なんて考えなくていいぜ。俺があんたに合わせる。好きに動いてくれ」
「感謝する。心置きなく全力を出せるというものだ」
 ナックルを片手に装着し、闘志を滾らせるバルバロス。Uiscaは当然、姉である星輝と手を繋ぐ。
「ふっ、貴様らが『恋人』であるならば、わしらは『姉妹(Sisters)』よ! 生きる為に殺し、また次の輪廻の為に殺すのが本質。もしかしたら貴様らと根源は似ておるのかもしれんのぅ?」
「巫女はときには葬送、ときには出産……辺境の生と死を司る者です。いきましょう、姉さまっ。今日も姉妹愛を見せましょう!」
 自らの在り方を眼前の『恋人』に当てはめながらも、決して交わらぬ道と断じ、星輝は武器を取る。『恋人』よりも強い絆があると見せつけるためだ。
「さ、行こうかエフィーリアさん」
「心配……しないで。ふたりは、絶対に……守ってみせる、から」
 エニアが微笑みながら、シェリルが小さく頷きながら、それぞれ手をエフィーリアの方に向ける。エフィーリアは決意をもって頷くと、二人の手を取る。
「……いきましょう。皆さん。目標、『アルカナ-The Lovers』! これより、討滅を開始します!」
 しっかりと握った手で繋がりを確認し、ハンター達は戦場へと飛び込んだのだった。


●歪んだ宣教者の暴走

「貴方に、この歌を捧げます……」
 開戦と同時にUiscaは鎮魂歌を歌い上げる。美しく、清浄なる力を込め、想いを音色に乗せて奏でてゆく。
(貴方は一人じゃない。かつての仲間たち、そして貴方の魂を救おうとしている英雄さんと、その遺志を継ぐ私達が傍にいるっ!)
 Uiscaは傍らにいる星輝の手を強く握り、込めた想いを力に変える。『恋人』に向けた想い。それは彼らに孤独じゃないと訴える言葉だ。彼らを救うため、彼らを止める為、Uiscaは伝えられてきた想いを受け継ぎ、歌を戦場に響き渡らせる。
「オォ、オオオオオオオオオオオッ!」
 歌に束縛される『恋人』は心臓部から次々と真っ赤な体液に塗れた腕を生み出し、ハンター達に襲いかかる。無数の手が物量をもって殺到し、津波の如き破壊をもって周囲の木々をなぎ倒し、Uiscaへと襲いかかってゆく。
「おっと、可愛い妹には触れさせんぞ!」
 Uiscaへと手が伸びた時、手を繋いでいた星輝が入れ替わるように前に出る。手裏剣を投げて迫り来る手の群れを撃ち落とし、抜き放った大刀で無数の腕を切り払い、レクイエムを歌うUiscaに触れさせんと攻撃を迎撃していく。しかし数多の腕は受け切れるものではなく、迎撃に限界がきたところで今度はUiscaが星輝の腕を引っ張る。
 星輝はUiscaと目をあわせ、そして交互に引っ張り合って次々と襲い来る腕を回避してゆく。彼女らの間に言葉はない。目と目のアイコンタクトだけで、お互いが何を求めているかを察し、まるでダンスを踊るようなステップで互いの身体を動かし合う。赤く液を滴らせながら襲い来る手の雨の隙間を、二人の巫女は華麗に踊るようにやり過ごしてゆく。
 数多の手の攻撃はAmhran姉妹だけに留まらず、他のハンターにも襲いかかる。
「おおっと……激しいアプローチもいいが、生憎今は手が塞がっててね」
 近くにいたクリスティーナは殺到する腕を守りの構えをもって攻撃をいなし、相方であるバルバロスが前に出る隙を作り出す。彼の立ち回りは完全に相方のサポート。バルバロスが全力で前に出られるよう、彼の動きに立ち回りをあわせ、彼を自由に動かせるのが目的だ。
「ぬうぅぅぅぅっ!」
 それに応えるか、はたまた元々彼のやることは最初から決まっていると言わんばかりに、『恋人』に接近したバルバロスは渾身の拳をその胴体めがけて叩き込む。鍛え上げられた筋肉から繰り出される拳はまるで砲弾のような衝撃で『恋人』の胴体を襲うが、『恋人』の体表を覆っている粘液が衝撃を吸収する。
「ぬんっ!!!」
 だがバルバロスはそんな事はお構いなしだ。威力を弱められたなら更にもう一発。それでも届かなければ更に威力を込めた一撃をお見舞いする。その尽くが粘液に阻まれるが、一念鬼神に通じる彼の気迫が、『恋人』に着実なダメージを累積させていく。
「小細工ができるほど、器用ではないのでな」
「っと、バルバロスの旦那、そろそろ一旦下がるぞ」
 片腕にも関わらず怒涛のラッシュを繰り出し続けていたバルバロスの腕を引きつつ声をかける。それに応じて後方へ飛び退くと、一瞬遅れてバルバロスの鼻先を灼熱の熱気が掠める。『恋人』が熱された翼を両側から振り下ろしたのだった。
(好きにさせてやるさ。その為に俺がいるんだ。満足するまで暴れな、旦那)
 クリスティーナの役割は守りの型によって敵の攻撃を受け流す事だけではない。彼は繋いだ手を引いたり、自らの立ち位置をさり気なく変えたりして、一気呵成に攻撃するバルバロスの立ち回りの補助を行っていた。その甲斐あってバルバロスは危険な攻撃を食らいそうになるタイミングで距離を取る事が可能となる。
 スマートに、されど気取られる事なく。相方の長所を最大限活かす立ち回り。彼のお陰で高い戦闘力を持つバルバロスが攻撃に専念できている。
「其方ばかりに気を取られてくれるなよ」
 『恋人』がバルバロスの方に集中したタイミングで、遠方から赤と白の疾風が襲来し、翼の根本を鋭く穿つ。疾風の如き踏み込みで奇襲をかけたのはアルト&恭也ペアだ。バルバロスにヘイトが向いた時点で遠方から一気に距離を詰め、超重刀と大太刀による同時攻撃で斬撃を放つ。恭也の電光石火とアルトの『踏鳴』による鋭い踏み込みは翼の射程外からの攻撃を可能にした。翼の根本は切傷が入り、気を取られていた『恋人』はすぐさまその翼を振るう。
「右だ!」
「応!」
 しかし翼の振るわれたタイミングではもう既に襲来者は射程距離外に出ている。恭也は流れるような動作で攻撃後に移動し、アルトはその体術を以って翼を凌ぐ。移動と攻撃、回避行動が一体化した二人のペアは着実なヒットアンドアウェイを可能にしていた。事前にしっかりと動きを打ち合わせていたのも大きいが、アルトがその感覚を研ぎ澄まし恭也の動きに合わせ、恭也もまたアルトの動きを疑わない。持ちあわせている技能が似通ってるのも手伝って、一体化したような剣術で『恋人』を翻弄していく。
 しかし『恋人』もただ打たれるだけではない。胴体部分から肉片を分離させ、それらを周囲一体に射出する。肉塊の弾丸は周辺一帯を無差別に攻撃し、ハンター達の体力を削ってゆく。
「させません!」
 その弾幕に対抗するかのように弾幕が展開され、飛来する肉塊を撃ち落としながら『恋人』の体表に斉射したのは伊織だ。拳銃の早撃ちで制圧するように射撃を行い、『恋人』の全方位射撃に拮抗する。しかし拳銃一本ではそのすべてに対応できる筈もなく、また『恋人』の体表には庇護液が滴っており、弾丸も滑って直撃しない。敵の攻撃を制したのはほんの一瞬だ。
「そこだね」
 しかしその一瞬を見逃すナタナエルではなかった。彼の目は射抜くように弾丸の滑った胴体を狙い銀飛輪を投擲。鋭く楕円を描く軌道が、出来たほんの隙間を寸断する。
「オオオオオッ!」
「狙い通りだ」
 『恋人』の胴体から血が滴る。伊織の放った弾丸は確かに粘液で滑ったが、逆に言えばその一瞬は粘液が体表から弾き飛んでいる。ナタナエルはその一瞬の隙を突き、部位狙いによる投擲で攻撃、直撃を与えることに成功し、肉塊の弾幕は停止する。
「やりましたねっ、ナタナエルお兄さん!」
「油断しないでね。今のうちにリロードを」
 ナタナエルは伊織の攻撃のタイミングに合わせるように攻撃を計画していた為、伊織の攻撃の瞬間を縫うように攻撃する事ができた。二人のコンビネーションで全方位弾幕が止み、伊織はこの隙に拳銃を振ってマガジンを破棄し、腰を跳ね上げた反動で飛んだ新しいマガジンをオートマチックに装填する。
 ハンター達の激しい攻撃は着実に『恋人』の体力を削る。クリスティーナがバルバロスが攻撃に専念できるように立ち回り、豪胆かつ繊細な主力攻撃を可能にし、その大胆な立ち回りが、鋭く疾いアルトと恭也の高速の奇襲を覆い隠す。星輝の防護と連携のお陰でUiscaのレクイエムが絶えず『恋人』の動きを阻害し、肉塊射撃をはじめとする無差別攻撃には伊織、ナタナエルのペアが対抗する。隙のない立ち回りが『恋人』を肉迫し、徐々に追い詰めてゆく。
「ア、アァァ……! ウオオオオオオオァァァァ」
 苦しそうに呻く『恋人』は、赤く熱され煌々と光る翼を更に大きく広げる。さっきまでのように小刻みに振るっていた動きではなく、荒れ狂う竜巻のように激しく振り回している。接近する事が難しくなる。その様子を、後方から観察していたエフィーリアが察知する。
「……『恋人』は、体力の減少で出し惜しみをしなくなってきたようです。今なら……」
 エフィーリアは秘術の行使が可能になった合図をする。だが、その為にはあの、荒れ狂う高熱の竜巻とも比喩できる翼の乱撃の中を突破する必要があるというのだ。
「…………」
 翼が木を容易くへし折りなぎ倒す。あれを自分が喰らってしまえば……という恐ろしい予測が足を竦ませる。
(情けない……皆さんはいつも、あんな危険な目に遭っているというのに。私はどうして、こんなに弱いの……)
 覚悟が揺らぐ。決意が崩れる。開戦の号令をしたにも関わらず、いざ戦場という場に立って、改めて自分の弱さを実感する。しかしその手を、ぎゅっと握りしめる者がいた。
「だいじょうぶ……だよ? エフィーリア。私が、絶対……護るから」
 傍らのシェリルは盾を構え、エフィーリアを元気付ける為に小さく微笑む。そして逆側の手も、同じようにきゅっと、包み込むように握られる。
「うん。任せてエフィーリアさん。わたし達が必ず、送り届けてみせるよ」
 真摯な眼差しで、エフィーリアの瞳をエニアが覗きこみながら言う。強い感情の篭った、されど優しい視線に、エフィーリアの心が少しずつ解れてゆく。手から伝わる暖かさが、恐怖という寒さに震える足を暖め、震えを止めてくれる。
「……シェリル様。……エニア、様」
「……あなたの為なら何でも手伝ってあげたいと思ってるよ。……エフィーリアさんの事、大好き……ですから」
 エニアの言葉に心臓が強く打つ。エニアの感情を伝えられ、そんな場合ではないと解っていても、鼓動が早まり顔が紅潮する。
「……はい、ありがとう……ございます。エニア様……」
「……っと、ごめんね、今はあいつをなんとかしなきゃ。動ける?」
 やや照れくさそうに視線を『恋人』に戻すエニア。エフィーリアの胸の奥で芽吹いた感情が、感じていた恐怖心を取り払った。震えていた足はしっかりと地面を踏み締めており、その瞳にもう、迷いなどない。
「……ええ、いけます。……いきましょう!」
「了解!」
「……うん!」
 エフィーリアは言葉と同時に2人の手を強く握り返す。エニアとシェリルは、それに応えるようにしっかりと手を繋ぎ、3人で一斉に『恋人』へと足を踏み出す。一歩、二歩と荒れ狂う『恋人』に接近する度、赤熱する翼から振るわれる熱波がエフィーリアの頬をなぜる。
(もう怯みません、私は……私も、愛する人を護るために、戦います……!)
 そうして遂に『恋人』の射程内へと入る。暴れる『恋人』の翼が、エフィーリアに振り下ろされる。
「シェリルさん!」
「わかってる……っ!」
 エニアが素早くマテリアルを凝縮。炎の加護をシェリルの持つ盾に付与し、その盾を使って強引に赤熱の翼を受け流すシェリル。強い衝撃が腕を走り抜けるが、炎が相殺しあったお陰でダメージは最低限に抑えられている。
「やらせない!」
 もう一振りの翼がエフィーリアを狙って振り下ろされようとしたところで、その翼にワイヤーウィップが巻きつけられ、動きが一瞬止まる。アルトの援護だ。同時にウィップ付近に、伊織の放った冷気の弾丸が着弾する。凍らせる事は出来なかったが、ワイヤーウィップが高熱で融解するのを遅らせる事に成功する。
「……今です!!」
 伊織が叫ぶ。シェリルが片側の翼を受け流し、アルトがもう片方の翼を抑える。両翼を封じられた『恋人』は再び胴体部分から無数の腕を生み出して迎撃しようとするが……。

 その瞬間、エニアが繋いでいた手を離し、『恋人』を抱きしめる。
「大丈夫……怖がらなくていいから……」

 以前もエニアは、『恋人』を抱きしめた。本来、独りとなった人間を『恋人』は捕食してしまうが、前回は何故か、激しく動揺した末にエニアを振りほどいた。今回もまた『恋人』は、その動きを停止させる。
「……寂しいなら……また傍にいるから……」
「……ア……」

 『恋人』の動きが、止まる。
 そして、エフィーリアが、エニアの後ろから飛び込む。その手を翳して、『恋人』に接触する。

「6番目の使徒……真なる姿をここに!―――『アテュ・コンシェンス』!」

 エフィーリアの手から、光が放たれ

 暗闇の森が、白い光に包まれた――――。



●行間


 光の中で見たもの、それは2人の宣教師。姉と、弟の2人の宣教師がいた。

 彼らは愛を説いていた。『独り』でいる人には、熱心に、親身に声をかけた。
 きっと素敵な人が現れる。隣人はいつも味方だと、説いていた。

 結果として彼らの行いは実を結ぶ。『独り』だった人たちは、誰かと一緒になり、幸福を手にする。
 だがそのせいで、彼らには特別と呼べる存在が出来なかった。

 彼らに親はいなかった。彼らに教えを告げたあと、貧困に倒れてこの世を去った。

 ”愛”は教えられた。けれど……”恋”は知らない。
 焦がれる程の感情を、感じることができない。

 そんな歪な感情を抱えたまま、彼らは親の教えを信じ続けた。
 いつしかそれは、『独りであってはならない』という呪縛へと変わっていってしまったのだった。



 場面は変わる。炎に撒かれた森の中、血だまりに沈む二人の光景。彼らの人としての命が終わろうとしていた。
 彼らは愛の為に戦った。人の為に戦った。だが、ついに彼らの手を握ってくれる者は現れなかった。彼らはいつも、二人ぼっちだったのだ。

 彼らは死の間際に願った。誰かにこの手を握っていて欲しいと。自分達と同じ、『孤独』を感じている人を欲した。
 自分たちもまた、誰かにとっての『特別』になりたかった。


 そうして、その願いは――――歪められてしまった。





●打ち壊せ、『孤独』の呪い


「……ア、アアァァ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 ビリビリと絶叫が轟く。耳をつんざき、衝撃波すら発生させる程の叫びに、エフィーリアが吹き飛び、シェリルがとっさに横抱きで受け止める。

「イヤダ……嫌ダ嫌ダ嫌ダ!! 独リデイチャイケナイノニ! 誰カト誰カハ、繋ガッテナケレバナラナイノニ!」

 呻くだけだった『恋人』が、軋むような声をあげる。悲鳴にも似たその声は、狂気ではない確かな感情が浮き出ていた。

 『恋人』の身体が膨張する。翼が2枚から4枚になり、心臓のような胴体から伸びる手は更に多く、そして大きくなっていく。手から更に手が生え、引きずるだけだった胴体にはまるで蜘蛛の足のような『手』が生える。

「ナノニ、私ハ、僕ハ、誰カヲ繋ゲナキャナラナイ! イツダッテ独リノママ、知リモシナイ『愛』ヲ説カナキャナラナイ! ソレダケガ……オ父サント、オ母サンガ、残シテクレタモノナノニ……!」

「……違うよ」

 その言葉に、シェリルはエフィーリアを抱きながら言う。静かで小さいが、確かに届く言葉で、『恋人』へと言葉を訴えかける。
「……独りになっちゃいけないから、誰かといるんじゃない……よ。その人と一緒に居たいと思うから、一緒にいる……。セカイに絶望して、伸ばされた手も見ない振りをして……けど、それでも傍に居てくれた人がいた……」
 半狂乱に苦しむ『恋人』に、シェリルが言葉を紡ぎ出す。

「……本当に、あなたはヒトリだった?」


「ウ、アア……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 『恋人』の攻撃が激しくなる。4枚の翼が周囲の木々を薙ぎ倒し、岩を粉砕し、地面を抉り取る。しかし、それでもハンター達は武器をとる。この悪夢を終わらせる為に。

「……今度こそ、眠らせてあげる。大丈夫、それでもあなたが『独り』でいたくないって言うのなら」
 エニアは大鎌を携える。鎌で空を切り、魔力を練りあげてゆく。その背にほんの一瞬だけ、9つの羽が放出されるように吹き出す。

「わたしが傍にいる。還る時まで、ずっと。あなたの焦がれる程の想いは、ちゃんとわたしが貰っていくから……!」

 収束した魔力が、極寒の猛吹雪を作り出す。放たれた吹雪は『恋人』全体を多い、灼熱を纏う翼と体全体の動きを緩慢にさせる。その隙に、ハンター達は全員で飛びかかってゆく。
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 バルバロスのやることは変わらない。自分の全身全霊を賭けて、渾身の一撃を叩き込むだけだ。本気を出した彼は、ただそれだけで体内のマテリアルが活性化し、隆々とした筋力が殊更に膨れ上がった。唸りをあげて鉄拳を叩き込む。踏み締めた地面が粉砕されかねない程の衝撃が『恋人』の巨体を、凍りついた粘液ごと跳ね上げる。
「魂の片割れがすぐ傍にいるのに、孤独は拭えなかったのか……可哀想だね」
 ナタナエルは銀飛輪を投げつける。その投擲は腕の防御で阻まれるが、影から這うように現れたワイヤーが、『恋人』の胴体を絡めとる。銀飛輪はフェイントだ。
「だけど、その苦悩は『人』にだけ許されるんだ。……だから、歪虚である君たちは今ここで葬ってあげる。早く、還れるようにね」
 ワイヤーを引き、動きを封じるナタナエル。吹雪の中健在している灼熱の翼がナタナエルに振るわれるが、割り込んだ伊織が横合いから銃床で翼を叩いて無理矢理軌道を変える。
「援護は任せて下さい!」
 動きを封じられた『恋人』に次に飛び込んだのはアルト、そして恭也だ。
「ここだ!」
 恭也が大太刀を振るい、斬り上げる。次々と生み出される腕の渦中においてその剣技は冴えを見せ、荒れ狂う波のように押し寄せる腕を、避けながら切り伏せてゆく。
「歪虚に堕ちた以上、人に戻す術はない。終わらせてやるべきだ」
 アルトは目を細め、異形と化した『恋人』を見上げる。自らの出せる全てのマテリアル、仲間から受け取ったマテリアルを腕に蓄積し、それを一瞬の内に解放する。

「剣閃――――連華!」

 爆発的に解放されたアルトの剣閃は神速の域にも達そうとしていた。目にも止まらない剣戟の嵐が『恋人』の無数の腕を一瞬の内に両断し、斬撃痕は胴体の深くにまで達する。
「……だが、滅びるその瞬間まで、傍にいることくらいは許されてもいいだろう。かつて『人』であった者への、最期の手向けとして」
「ア、アアアアアアアア……!!」
 苦しみにもがく『恋人』。深いダメージを負った事で更に攻撃が激しくなるが、クリスティーナがそれをさせない。手にした斧で防御に徹し、守りの構えを取る。そして、クリスティーナは、恋人にかけるような甘い声で『恋人』に呟いた。

「独りは怖い。そんなもん俺だって嫌だ。でもまぁ……独りになってもいいんだ」

 独りは嫌なのに、独りになってもいい。そんな不可解な言葉に、理性を取り戻した『恋人』の動きが一瞬、止まる。
「俺は、あいつらが幸せでいてくれるなら、俺が独りになるくらい、どうってことない。それくらい、俺には愛している奴らがいるんだ。それが、人を愛するってことさ」
 『恋人』は戦慄する。『愛は独りでも構わない』というクリスティーナの言葉は、彼らの中には無かった感情だ。例え自らが孤独に陥ろうとも、大切な者を想う気持ち。揺るがぬ強い想いこそ『愛』と言えるものだ。

「”恋人たち”は渡さねえよ。――その名前は、俺のものだ。愛するって気持ちを、ちゃんとわからせてやる」

 アルトから受けた決定的なダメージに加え、クリスティーナの言葉に、一瞬だが完全に動きを止める『恋人』。その隙に潜り込んだ星輝が、大刀を構える。黒い霧と刻印を身に纏い、射抜くような視線が『恋人』を捉える。
「せめてもの餞じゃ……」
 星輝は抜刀した瞬間にマテリアルを爆発的に解放し、その一閃に全霊を込めて横薙ぎする。

「――――穂垂」

 横に薙がれた居合の一閃は、胴体から伸びる男女の融合体を同時に両断した。

「僕ハ……私、ハ……」

 抱き合うその身体を、Uiscaがまた受け止める。

「次に生まれ変わってきた時……あなたには愛がいっぱい降り注ぎますよ。だから今は、静かに天へお還りなさい」

 白竜の翼とも見紛う淡い光を纏うUiscaの手から、翡翠色の光が放たれる。龍の姿となったそれは『恋人』を包み込み、そして爆ぜた。
 その一撃が決定打となり、『恋人』は、完全にその動きを止めた。




●天へと旅立つ、焦がれた願い

「…………」

 ”2人”は天を見上げる。東の空から暁の光が漏れ出し、淡いグラデーションのかかった夜明けの空がその目に映り込む。

「……おはよう。夢見は……良くなかったみたいね?」

 光となって崩れていく2人の傍に座り込んだのは、エニアだった。
 2人に言葉はなかった。もう声も出せないのか、口を動かす力も残ってないように見えた。
「大丈夫、最期の瞬間まで、わたしは傍にいるから。……あなたたちはきっと、『愛』を、見落としていただけ」
 エニアはそう言って、2人の間を見る。その手はしっかりと繋がれていた。

 クリスティーナは言った。愛は誰かを愛おしく、大切に想う事。
 星輝は言った。家族を愛する気持ちは恋人よりも強いと。
 ナタナエルは言った。魂の片割れはすぐ傍にいると。

「だから、きっと大丈夫。『愛』を知ってたあなたたちは……きっと、またどこかで、素敵な出会いを果たせるから」

 2人は、向き合って笑った。見落としていたものを見つけたように、気付けなかったものに気づいたように、ハンター達の訴えが、2人を呪縛から解き放ったのだ。

 2人の身体が崩れ、光になる。光が、天へとゆっくりと昇ってゆく。

「……『恋人(Lovers)』……またね」

 エニアが、天へと昇っていく二人を見上げながら呟いた。ハンター達は全員で、その光が昇ってゆくのを見届けていた。
「ま、次の輪廻が何時の世になるかは知らぬが、番で逝くのじゃ。その絆は幾星霜経ようとも切れはせん。次は真っ当な生を謳歌して参れよ!」
 送り人となった星輝は、昇ってゆく光に向けて、底抜けに明るく笑ってみせた。また次の生で。その気持ちを込めて見送った。

「……きっとまだ……遅くない。あなたたちを大切に想っていた、人……あなたたちが、取りそこねていた手は……みんな、空で待ってるはず……」

 光を見上げ、シェリルもまた、2人に届くように祈りながら呟いてゆく。

「だから、今度こそ……手をとって……ね」

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 13
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニアka0370
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズka0509
  • 【Ⅵ】愛にこの身を捧ぐ
    クリスティーナ=VIka2328
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109

重体一覧

参加者一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 狂戦士
    バルバロス(ka2119
    ドワーフ|75才|男性|霊闘士
  • 【Ⅵ】愛にこの身を捧ぐ
    クリスティーナ=VI(ka2328
    人間(紅)|49才|男性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 《死》を翳し忍び寄る蠍
    ナタナエル(ka3884
    エルフ|20才|男性|疾影士
  • 双星の兆矢
    叢雲 伊織(ka5091
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • 律する心
    皆守 恭也(ka5378
    人間(紅)|27才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【質問卓】if
十色・T・ エニア(ka0370
人間(リアルブルー)|15才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/08/25 05:58:41
アイコン 【相談卓】独り思う
十色・T・ エニア(ka0370
人間(リアルブルー)|15才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/08/24 22:27:56
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/08/21 17:02:28