ゲスト
(ka0000)
【刻令】鉄壁の騎士、出港する
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/08/26 09:00
- 完成日
- 2016/09/02 00:23
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――王国歴1009年イスルダ沖海域
音を立てて3本マストの1本が中間部分から折れた。
その衝撃で船が転覆しなかったのは幸運だったかもしれない。
「船長! やばいっす!」
水兵の叫び声が聞こえるが、そんなのは言われる前から分かってる。
「回頭急げ! 海域を離脱するぞ!」
その間にも飛翔音を響かせて、固形物化した負のマテリアルが頭上から襲いかかってくる。
不幸にもメインマストに立て続けに命中した結果、マストが折れてしまったのだ。
「喫水線ではなく、頭上から直接船底を狙うとは……」
悔しそうに呟きながら船長は海上に浮かぶ歪虚船を見た。
元々帆船だったのを雑魔化させたのだ。帆はボロボロで風を捉えて走る事はできないだろう。それでも、速度は帆船並に出ている。
「僚艦が!」
もはや、海戦ではない惨状が広がっていた。
遠距離から一方的に攻撃されているのだ。一体、何隻が無事に離脱できるか……見当もつかない。
「船長ぉ!」
固形化した負のマテリアルが船を再び襲った――
●
13隊あった国内潜伏歪虚追跡調査隊は、度重なる激務と先のテスカ教団との戦いで大きな損害を受けた。
壊滅した隊も少なくない。残された小隊が再編されるのも当然。更に言えば、ゲオルギウスが騎士団長に就任した事で解体される可能性もあった。
「書類上は、小隊規模だけど……」
ソルラ・クート(kz0096)が青空を見上げた。
彼女が率いる『アルテミス小隊』は、13あった隊の中で比較的損害が少なく、また、ハンター達の協力があるからこそだが、戦果も上げている。
そういう訳で、再編統合されるに当たって、その中核となるのは必然であった。
「訓練もまだ途上ですが、行かなければなりませんし」
軍師騎士ノセヤからの協力要請で、王国の西の海、イスルダ島沖への威力偵察が決定した。
造船された巨大な刻令術式外輪船が最終艤装を行う為に、港町ガンナ・エントラータへと移動する。歪虚勢力に悟られないように、残存する王国海軍が囮になるという事だ。
「海での戦いとなると、勝手はいかないでしょうが……」
王国歴1009年『ホロウレイドの戦い』の関連する戦いは海上でも行われた。
イスルダ島と王国を結ぶ海上路での一連の海戦で、王国海軍は壊滅的な被害を受け、制海権を失った。
あの戦いから、数年しか経過していない。王国海軍は未だ復興途上であった。
●
港町でソルラを出迎えたのは、歴戦の船長ランドルだった。
髭もじゃで50歳を越えるが体格が良い上に、筋肉の衰えはなく、見た目で分かりやすい海の男だ。
「いよー! ソルラの嬢ちゃん、待ってたぜぇ!」
会うなり軽い抱擁。
磯の香りと汗の臭いと複雑な感じだ。
「お久しぶりです。ランドル船長……ですが、お尻を撫で回すのはやめて下さい」
「おっと、つい、いつもの癖でな。すまんすまん」
まったく悪い気がしていない様子でパッと手を離す。
「変わってませんね……奥さんに怒られますよ」
その台詞に船長は両手を広げる。
「俺はな、ソルラの嬢ちゃんのオムツだって交換したんだぜ。娘みたいなもんだ」
「その話は絶対に船員にしないでくださいね!」
顔を真っ赤にして抗議するソルラに豪快に笑うランドル。
「まぁ、積もる話もあるだろうが、先に要件だな。作戦の概要は伝わっている」
「それなら、頼りにして船に乗らせていただきます」
ニッコリと微笑んだソルラにランドルは困った表情で髭を触りながら言った。
「あぁ……それなんだがな……ぜひとも、ソルラの嬢ちゃんには乗船してもらいてぇ」
「え?」
間抜けな声がソルラから出た。
作戦ではアルテミス小隊が船に乗り込む事になっている。船長の言葉の意味をソルラは理解できなかった。
「知っていると思うが、王国海軍は再編中だ。本来ならば残存艦全てで陽動すべきだろうが、貴重な戦力だ。今後の事もある」
「は、はい……そうですよね」
「それに、人手不足で訓練もままならねぇ。おまけに海上での歪虚との戦闘が初めてっていう青二才だらけだ」
だんだん、船長が言いたい事が分かって来て、ソルラの顔は悲壮感を漂わせてきた。
「つまり、歪虚との戦闘はアルテミス小隊とハンター達に託される?」
「端的に言ってしまえばそういう事だ。ちなみに、歪虚艦隊との戦闘なんざ、経験者が少なくてな」
ランドル船長は手に持っていた白い水兵帽をソルラの頭にポンと乗せて言った。
「要は歪虚との戦闘経験が多い、ソルラ『艦隊司令』に作戦の詳細はお任せって事だ」
「え……えぇー!!!」
女騎士の叫び声が港町に響き渡った。
●作戦室
「……という事情により、アルテミス小隊が全体の指揮を采る事になりました」
集まったハンター達にソルラが呆れた様子で説明する。
今回の作戦の為の情報がまとめられた資料を手に取りながらソルラは次の説明を続ける。
「イスルダ沖に近づいたら、数隻の歪虚艦隊と遭遇する見込みです。これらを撃破します」
モニターに映し出されたのは大型帆船だ。
歪虚化しており、遠距離から固形化した負のマテリアルを打ち込んでくる。
「この他に、中型小型船を模した雑魔船の存在も確認しています」
表示が変わって船のような形をした異型な雑魔が表示される。
甲板はなく三角錐みたいな形状だ。この雑魔は歪虚船を守る役目を持っていると資料には書かれていた。
「可能であれば歪虚船を撃沈させたい所ですが、相手の戦力を見極めた上でという事で」
再びモニター表示が変わる。
今度は自分達の艦隊についての情報だった。
「今回の作戦では、5隻の帆船で戦列を組みます。皆さんには旗艦となる1番艦と後に続く2番艦に分乗あるいは、どちらかに乗っていただきます」
旗艦は中型帆船だ。それでも、歪虚船と比べると一回り程小さい。
「敵艦を撃沈させるには、中~近距離を維持しての射撃戦か、接舷しての白兵戦になります」
歪虚船や雑魔船はある一定ダメージを与えると沈没していったり消滅したりするという。
どのような戦い方を選ぶかはハンター達によって変わってくる所だろう。
「各艦にはアルテミス小隊員も分乗しますので、よろしくお願いします。もちろん、私も旗艦に乗りますね」
白い帽子が妙に似合っていた。
―――――――――――
〇解説
●目的
イスルダ島沖海域への威力偵察
●内容
威力偵察にて出現した歪虚艦隊を撃滅する
●NPC
ソルラ・クート(kz0096):下記NPC欄を参照の事
ランドル:歴戦の船長。1番艦の船長を務める。エロいおっさん
アルテミス小隊員・水兵:多数
●基本作戦
【敵艦隊発見時、戦列は一列。そのまま敵艦隊とすれ違いながら射撃戦。然る後、回頭し白兵戦】
変更がある場合は、別途『アルテミス艦隊作戦指示卓』にて出発日時までに表明の事
ただし、ソルラの読解力によるところがあるので、難解だったり複雑だったりすると、表明通りに作戦は実行されず、基本作戦に準じる。
音を立てて3本マストの1本が中間部分から折れた。
その衝撃で船が転覆しなかったのは幸運だったかもしれない。
「船長! やばいっす!」
水兵の叫び声が聞こえるが、そんなのは言われる前から分かってる。
「回頭急げ! 海域を離脱するぞ!」
その間にも飛翔音を響かせて、固形物化した負のマテリアルが頭上から襲いかかってくる。
不幸にもメインマストに立て続けに命中した結果、マストが折れてしまったのだ。
「喫水線ではなく、頭上から直接船底を狙うとは……」
悔しそうに呟きながら船長は海上に浮かぶ歪虚船を見た。
元々帆船だったのを雑魔化させたのだ。帆はボロボロで風を捉えて走る事はできないだろう。それでも、速度は帆船並に出ている。
「僚艦が!」
もはや、海戦ではない惨状が広がっていた。
遠距離から一方的に攻撃されているのだ。一体、何隻が無事に離脱できるか……見当もつかない。
「船長ぉ!」
固形化した負のマテリアルが船を再び襲った――
●
13隊あった国内潜伏歪虚追跡調査隊は、度重なる激務と先のテスカ教団との戦いで大きな損害を受けた。
壊滅した隊も少なくない。残された小隊が再編されるのも当然。更に言えば、ゲオルギウスが騎士団長に就任した事で解体される可能性もあった。
「書類上は、小隊規模だけど……」
ソルラ・クート(kz0096)が青空を見上げた。
彼女が率いる『アルテミス小隊』は、13あった隊の中で比較的損害が少なく、また、ハンター達の協力があるからこそだが、戦果も上げている。
そういう訳で、再編統合されるに当たって、その中核となるのは必然であった。
「訓練もまだ途上ですが、行かなければなりませんし」
軍師騎士ノセヤからの協力要請で、王国の西の海、イスルダ島沖への威力偵察が決定した。
造船された巨大な刻令術式外輪船が最終艤装を行う為に、港町ガンナ・エントラータへと移動する。歪虚勢力に悟られないように、残存する王国海軍が囮になるという事だ。
「海での戦いとなると、勝手はいかないでしょうが……」
王国歴1009年『ホロウレイドの戦い』の関連する戦いは海上でも行われた。
イスルダ島と王国を結ぶ海上路での一連の海戦で、王国海軍は壊滅的な被害を受け、制海権を失った。
あの戦いから、数年しか経過していない。王国海軍は未だ復興途上であった。
●
港町でソルラを出迎えたのは、歴戦の船長ランドルだった。
髭もじゃで50歳を越えるが体格が良い上に、筋肉の衰えはなく、見た目で分かりやすい海の男だ。
「いよー! ソルラの嬢ちゃん、待ってたぜぇ!」
会うなり軽い抱擁。
磯の香りと汗の臭いと複雑な感じだ。
「お久しぶりです。ランドル船長……ですが、お尻を撫で回すのはやめて下さい」
「おっと、つい、いつもの癖でな。すまんすまん」
まったく悪い気がしていない様子でパッと手を離す。
「変わってませんね……奥さんに怒られますよ」
その台詞に船長は両手を広げる。
「俺はな、ソルラの嬢ちゃんのオムツだって交換したんだぜ。娘みたいなもんだ」
「その話は絶対に船員にしないでくださいね!」
顔を真っ赤にして抗議するソルラに豪快に笑うランドル。
「まぁ、積もる話もあるだろうが、先に要件だな。作戦の概要は伝わっている」
「それなら、頼りにして船に乗らせていただきます」
ニッコリと微笑んだソルラにランドルは困った表情で髭を触りながら言った。
「あぁ……それなんだがな……ぜひとも、ソルラの嬢ちゃんには乗船してもらいてぇ」
「え?」
間抜けな声がソルラから出た。
作戦ではアルテミス小隊が船に乗り込む事になっている。船長の言葉の意味をソルラは理解できなかった。
「知っていると思うが、王国海軍は再編中だ。本来ならば残存艦全てで陽動すべきだろうが、貴重な戦力だ。今後の事もある」
「は、はい……そうですよね」
「それに、人手不足で訓練もままならねぇ。おまけに海上での歪虚との戦闘が初めてっていう青二才だらけだ」
だんだん、船長が言いたい事が分かって来て、ソルラの顔は悲壮感を漂わせてきた。
「つまり、歪虚との戦闘はアルテミス小隊とハンター達に託される?」
「端的に言ってしまえばそういう事だ。ちなみに、歪虚艦隊との戦闘なんざ、経験者が少なくてな」
ランドル船長は手に持っていた白い水兵帽をソルラの頭にポンと乗せて言った。
「要は歪虚との戦闘経験が多い、ソルラ『艦隊司令』に作戦の詳細はお任せって事だ」
「え……えぇー!!!」
女騎士の叫び声が港町に響き渡った。
●作戦室
「……という事情により、アルテミス小隊が全体の指揮を采る事になりました」
集まったハンター達にソルラが呆れた様子で説明する。
今回の作戦の為の情報がまとめられた資料を手に取りながらソルラは次の説明を続ける。
「イスルダ沖に近づいたら、数隻の歪虚艦隊と遭遇する見込みです。これらを撃破します」
モニターに映し出されたのは大型帆船だ。
歪虚化しており、遠距離から固形化した負のマテリアルを打ち込んでくる。
「この他に、中型小型船を模した雑魔船の存在も確認しています」
表示が変わって船のような形をした異型な雑魔が表示される。
甲板はなく三角錐みたいな形状だ。この雑魔は歪虚船を守る役目を持っていると資料には書かれていた。
「可能であれば歪虚船を撃沈させたい所ですが、相手の戦力を見極めた上でという事で」
再びモニター表示が変わる。
今度は自分達の艦隊についての情報だった。
「今回の作戦では、5隻の帆船で戦列を組みます。皆さんには旗艦となる1番艦と後に続く2番艦に分乗あるいは、どちらかに乗っていただきます」
旗艦は中型帆船だ。それでも、歪虚船と比べると一回り程小さい。
「敵艦を撃沈させるには、中~近距離を維持しての射撃戦か、接舷しての白兵戦になります」
歪虚船や雑魔船はある一定ダメージを与えると沈没していったり消滅したりするという。
どのような戦い方を選ぶかはハンター達によって変わってくる所だろう。
「各艦にはアルテミス小隊員も分乗しますので、よろしくお願いします。もちろん、私も旗艦に乗りますね」
白い帽子が妙に似合っていた。
―――――――――――
〇解説
●目的
イスルダ島沖海域への威力偵察
●内容
威力偵察にて出現した歪虚艦隊を撃滅する
●NPC
ソルラ・クート(kz0096):下記NPC欄を参照の事
ランドル:歴戦の船長。1番艦の船長を務める。エロいおっさん
アルテミス小隊員・水兵:多数
●基本作戦
【敵艦隊発見時、戦列は一列。そのまま敵艦隊とすれ違いながら射撃戦。然る後、回頭し白兵戦】
変更がある場合は、別途『アルテミス艦隊作戦指示卓』にて出発日時までに表明の事
ただし、ソルラの読解力によるところがあるので、難解だったり複雑だったりすると、表明通りに作戦は実行されず、基本作戦に準じる。
リプレイ本文
●
風を切って進む王国海軍の中型帆船。
その船首付近に大型の弓を手に持った小鳥遊 時雨(ka4921)が、フードを深く被り、遠くに見えるイスルダ島をジッと見つめながら独り言を呟いた。
「これで、一区切り……きっちり、終わらせたい、トコだけ、ど……な……」
歪虚に占拠されたイスルダ島から、嫌な予感を感じ――静かに首を降る。
“これ”は嫌な予感ではない。胸に広がる不快感に耐える事にした。
そんな時雨の様子を船首よりもやや後ろに下がった場所で夜桜 奏音(ka5754)が符を手に持った。
「今回は、とうとう司令になりましたねソルラさん……いえ、ソルラ司令」
「『司令』とか響き良いですけど、そんなにエラくないですから!」
わざとらしく右手で敬礼した奏音に、『艦隊司令』ソルラ・クート (kz0096) は顔を真っ赤にして照れる。
「初めは矢面に立ってもらう可能性がありそうですけど。司令なのに」
「むしろ、望む所です! 『私達の女子力』を見せてあげますから!」
そんなやり取りの横を澄ました表情のままで鈴胆 奈月(ka2802)が通り過ぎる。
「奈月さんも、見てて下さいね!」
ソルラの焦ったような口調の言葉に奈月は一瞬、視線を向けた。
「……クートさんより、歪虚の攻撃を見ているから」
そのままトトトと船首に向かって歩いて行く奈月だった。
アルテミス艦隊の旗艦が、そんな微妙な雰囲気だとは知らず、二番艦に乗船したヴァルナ=エリゴス(ka2651)は、イスルダ島に鋭い視線を向けていた。
「あの島には、黒大公・ベリアル (kz0203)が……」
王国暦1009年の『ホロウレイドの戦い』。そして、1014年の侵攻で王国は大きなダメージを受けた。
だが、王国とハンターも非力ではなかった。直属配下の幹部フラベル、クラベルを打ち倒している。
いつか必ず決戦の時が訪れるはずだ。その為に今は――。
「――今は、目の前の事に集中しましょう」
余計な事に気を取られて、失敗しては、“あの人”に呆れられてしまうというもの。
強い眼差しのヴァルナと同じ表情で央崎 遥華(ka5644)は手にしている杖を力強く握った。
「アルテミスに入隊しての初陣ね……」
グラズヘイム王国騎士団国内潜伏歪虚追跡調査隊、通称アルテミス。
13あった小隊に過ぎなかったのが、統合されて1つの隊となった。小隊長だったソルラも、肩書きは小隊長だが、今は艦隊司令だ。
「ソルラ司令に時雨砲術長にヴァルナ女子力長……みんな肩書きカッコいいな。私も頑張ろうっと!」
まずは目の前の作戦に集中である。
「俺は……海の上は初めてだと思うので、ちょっと緊張しますね……」
二人の猛き女性とは真逆に自信なさげなのは、鳳城 錬介(ka6053)だった。
依頼に同行しているメンバーをみると、皆、実力者揃いだから大丈夫とは思うが、若輩者の自分自身がいらぬ事をしてしまわないか多少不安にはなるようだ。
「やる事はいつもと変わらないのですが……」
結局は、歪虚を討伐すればいいだけの話だ。
精一杯頑張ろうと、心の中で呟いた。
●
轟くような飛翔音。
負のマテリアルの塊――負マテ塊――が頭上から降ってくる。
その様子に狼狽える船員に遥華が堂々と胸を張って宣言した。
「“もしも”は今は使わない。私達は。アルテミスは――」
意識を杖に集中する。マテリアルの青白い輝きが大きくなっていく。
「――必ず勝つ、間違いなく成功する――我が意を! 示し穿て!」
負マテ塊へ向けた杖の先端から、青白く光る矢が放たれた。
一直線に伸び、負マテ塊に直撃すると、塊の勢いと大きさが減少する。
同時に船員達から歓声が響いた。
アルテミス艦隊は意図する事があり、艦隊機動で回頭している。その間、歪虚船から放たれる負マテ塊に襲われているのだ。
だが、それに対する対策をハンター達は怠らなかった。
船首付近で炎が上がる。
本物の炎ではない。ヴァルナ女子力長の女子力(ソウルトーチ)だ。
「効果ありですね。船には傷一つつけさせません」
落下してくる負マテ塊を、鍔元にはエリゴスの家紋が彫られている聖剣で打ち払ったヴァルナ。
一般人では困難だろうが覚醒者だからこそ出来る芸当だろう。
「ソルラさん。ソウルトーチは有効ですよ」
無線連絡を入れて一番艦のソルラへと連絡を入れると、聖剣を再び正眼へと構えた。
「ソウルトーチによる被害の分担が上手くいきましたね」
錬介はいつでも回復魔法が使えるようにヴァルナの近くで待機していた。
被害担当艦となって敵の攻撃を引き付ければ、その分、僚艦への被害を減らせる。
「接近まで、被害は出させません」
アウトレンジでの攻撃で怪我人が居れば回復させればいい。
相手の長所を封じ――こちらの長所を最大限に活かす。錬介の目にも作戦は今の所、順調に推移しているように見えた。
その時、グッと一番艦が回頭して、敵戦列へと向きを変えた。
「敵の砲撃が来るよー」
時雨の元気な声が船に響いた。
彼女はマストの見張り台から、身を乗り出しながら双眼鏡を構えて敵船の動きを見つめていた。
下から見るとヒラヒラしているスカートが些か危なっかしい。
「こちらでも確認しました。時雨さん、敵旗艦に歪虚船長を確認しました」
双眼鏡を降ろし奏音は代わりに符を手にした。
意識を集中させながら、符を船首付近に居るソルラへと向ける。
「少しでもこれで軽減できればいいのですが」
防御力が上昇する加護の力を込めた符だ。
優れた回復スキルを持つ聖導士がこの船には居ない以上、少しでも防御力を上げて備えたい所だ。
「ありがとうございます! 奏音さん!」
ソルラは短く振り返り、お礼を言うと、女子力(ソウルトーチ)に集中した。
飛翔してくる負マテ塊を打ち落とすつもりなのだ。
「そろそろ射程内だろう」
ぐっと弓を引いた奈月。距離は離れているので、当たるかどうかは分からないし、狙撃は難しいかもしれない。
それでも、矢を放つ事はできる。どこかに当たればいい。七色に輝く弓身から放たれた矢は虹色の軌跡を一瞬残して飛ぶ。
「機導術の有効範囲まで近づけば」
強力なスキルを叩き込める。
端的に言ってしまえば、こちら側の戦力が十二分に発揮できる距離まで詰める事ができれば、勝利なのだ。
●
積極的に船上で立ち位置を変えながら、奈月は歪虚船に向けて矢を放つ。
もう少し接近すれば、機導術や拳銃が使えるのだが。
「とても小舟は使えそうにない、か」
波の状態、船の速度。それだけ見ても、小舟を使うのは難しそうだ。
「六行の天則に従い、清き風よ、貫く雷となり、魔を滅せよ! 風雷陣!」
奏音が符術を行使し、飛翔してきた負マテ塊にマテリアルの稲妻を直撃させた。
同時に回避の為に急回頭した為、負マテ塊は直撃コースを避けて、近くの海へと落下した。
「やられたら、やり返すから」
くふっと小さく笑みを浮かべ、時雨を弓を大空に向ける。
放物線を描く軌道で矢を放って歪虚船長を狙っているからだ。
二番艦の船首で、先を行く一番艦の様子を見ていたヴァルナが体内のマテリアルを活性化させた。
吹き上がる女子力――ソウルトーチ――。スキル回数には限りがある。ソルラとタイミングが被らないように注意していた。
「どちらかに被害に偏りがでないように注意が必要ですね」
ハンター達の作戦では、一番艦、二番艦共に重要な役目があるからだ。
「単縦陣は、前方からの急回避に難があるのよね」
風の動きを読みつつ、遥華は杖を掲げて、さっと右へと振った。
予めの指示通り、敵戦列を分断する作戦を実行させる為だ。
「良い角度ですね。これなら」
自艦隊の動きをみて錬介は呟く。
振り返って僚艦を確認したが、問題なく航行していた。
●
あざやかな艦隊機動で敵戦列へと喰い込むアルテミス艦隊。
一番艦が戦列に割って入り、二番艦の鋭い衝角が、歪虚船の土手っ腹を貫いた。
「今がチャンスです! 分断した雑魔船に対し、一斉発射!」
ソルラが大型の魔導銃を床から拾い上げて雑魔船へと向けて放つ。
近くにいた奈月の手に持ったLEDライトから、機導術の光が三筋伸びた。
「どこを狙っても有効なら、ただのでかい的だな……」
雑魔船の船体に大きな穴ができた。
それでも真っ直ぐ突撃してくる雑魔船に向けて、一番艦と三番艦以下の砲撃が一斉に火を吹く。
丁時の形になっているので、集中砲火を受けた雑魔船はひとたまりもない。ブクブクと海の中に沈むように消えていった。
「二番艦への援護は不要のようですね」
チラリと二番館と歪虚船の状況を確認した奏音は構えた符を向かって来る雑魔船へと向ける。
先程1隻沈めたので、残り雑魔船は3隻だ。
舞うような動きと共に符を放ち、マテリアルを集中させる奏音。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
雑魔船の1隻を包んだ結界が眩い光を放った。
その威力は絶大だったような。光が消え去った時には跡形も残らなかった。
それでも残った雑魔船は怯みはしないで真っ直ぐにハンター達が乗る船へ向かって来る。
「無茶特攻は勘弁だしな」
立て続けに奈月はデルタレイを放ち、アルテミス艦隊の砲撃もそれに続く。
雑魔船から放たれた負マテ塊が船体に直撃する。強化板が粉々に粉砕されるが、航行に支障が出るレベルではない。
後で暇が出来たら直しておこうかななどと思いながら、奈月は再びデルタレイを放った。
「このまま雑魔船を殲滅させてから、二番艦の援護にいきましょう」
奏音が行使する符術は絶大なる威力だった。
サイズが大きいのもあるが、属性も関係しているのだろう。彼女が放った二撃目の五色光符陣で最後まで残っていた雑魔船は消滅した。
雑魔船へと戦闘が開始されて間もない時、歪虚船と二番艦との白兵戦も開始されていた。
「突撃!」
遥華の士気のもと、無造作な感じに、どーんと置かれた木板の渡しを通り、歪虚船へと乗り込むハンター達や船員達。
幸いにも衝角が深く突き刺さったようで簡単には外れないようだ。
数人が歪虚船へと乗り込んだと同時に強力な負のマテリアルを放つ――歪虚船長――とゾンビのような雑魔が囲い始める。
その一角の足並みが遅れる。
「援護するよー!」
声の主は時雨だ。
一番艦の見張り台マストからマテリアルが込められた矢を広範囲に放っている。
それらはゾンビのような雑魔らの動きを止めた。
「行きます!」
先頭に居たヴァルナが聖剣の光を残しながら振るって、歪虚船長と斬り払い、ゾンビ雑魔を吹き飛ばす。
「ニンゲンめ! 我が意に従い、海へ飛び込め!」
「【強制】は想定済みです!」
意識を集中し、傲慢の歪虚が持つ特殊能力【強制】を撥ね除けるヴァルナは、そのまま必殺の一撃を叩き込もうと姿勢を整えた。
その動きを支援するように錬介が近づく
「どこを殴っても、攻撃になるとは何と素晴らしい状況でしょう」
マテリアルを込めた一撃を歪虚船長へと叩き込み、続いて、武器を振りかぶって振り下ろした。
歪虚船は船自体が本体のようだ。攻撃を外す心配はないが、いつまでも、船の上に居るという状況は、好ましくはないかもしれない。
「ちょっと、鬼の血が騒いでまいりましたよ」
剣を握っている手に思わず力が入る。
その時、再び、時雨の援護射撃が歪虚船に降り注いだ。
「さぁ! 一気に! だよ!」
途切れ途切れの彼女の声が響く中、猛烈な吹雪が船上を覆った。
遥華が放ったブリザードだ。幾度となく氷が吹き荒れ、歪虚船長の動きが鈍くなる。
「ヴァルナさん、今です」
「はい! これで、終わらせます!」
聖剣に込めたマテリアルが剣先から打ち出され――光の軌跡が、一本の槍を形作った。
それは、歪虚船長の胸元を貫き、背後の歪虚船のマストを打ち砕く。
粉々に歪虚船長が消え去ると同時に、轟音と共に歪虚船も崩れ始める。
アルテミス艦隊の完全勝利だ。
●
「これは……こうかな……いや、違うか……」
工具を手に奈月が破損した船体の箇所を応急修理していた。
航行に問題はないが、負のマテリアルの塊でダメージを受けたのだ。気持ち的にもこのままにする訳にはいかない。
「これぐらいの木板で大丈夫ですか?」
奏音が手頃な大きさなの板を持ってきた。
お守りのつもりなのだろうか、一枚の符が貼られている。
「……こういうのは、いいかもね」
「私の部族は、風の精霊を信仰していますから。船乗りの皆さんにはピッタリかと思いまして」
風を意匠化したその符を見て、船員達は今日の大勝利を誇りに思い続ける事ができるだろう。
聖剣を鞘に収め、杖のように立てると、そこに両手を置いて、ヴァルナはイスルダ島を眺めていた。
「あの島を取り返すには、この海をまずは取り返さないといけないのですね」
彼女の呟きに、船縁に並んでいた錬介と遥華は頷いた。
「奪われた制海権。やがて、取り戻す戦いが来るのでしょうか」
「私も、その様に、思います」
それがいつの事になるのか、想像もつかない。
だが、果たさなければならない日が来る……という確信もあった。
「その為には、この様な海戦で勝利を積み重ねていくしかありませんね」
ヴァルナが口にした言葉は正鵠を射ていた。
イスルダ島を占拠している傲慢の歪虚の勢力は大きい。制海権を取り戻すには海戦での勝利は必須だ。
「その時が来たら、俺は今よりも、もっとお役に立てると嬉しいですね」
爽やかな表情で錬介が自分自身に言い聞かせるように言った台詞に遥華は再び頷いた。
そして、杖の先端を掲げる。
「足手纏いにならないように、もっともっとですね」
今回は作戦と実力が噛み合っての大勝利だった。けれど、これで満足してはいけないと心の中で呟いた。
見張りマストから降り立った時雨は、フードをのけた。
海よりも青いのではないかという程、真っ青な表情をしている。
「やっぱ、砲術長とか、向いて、な……ぅぷっ!」
へろへろになって崩れた。マテリアルも消耗していたというのもあるかもしれない。
そんな時雨にソルラがやって来た。
「お疲れ様です、時雨さん。実は、登録ハンターの件なのですが」
「う、うぅん」
「実は取り決めがなくてですね。登録されているだけで、正式な入隊とは違うというらしいので。それに、私の気持ちとしては、ここまで一緒だったから……って、時雨さん?」
ソルラの台詞が途切れる。
時雨の船酔いはここが限界だった。彼女はこれから起きる惨劇にソルラを巻き込まないように船尾へと走り去ったのだった。
ハンター達とアルテミス小隊の活躍により、イスルダ島沖での海戦は大勝利だった。
これにより、歪虚勢力の注意を引き、その間に、造船された巨大な刻令術式外輪船は、港町まで無事に航海ができたという。
おしまい。
風を切って進む王国海軍の中型帆船。
その船首付近に大型の弓を手に持った小鳥遊 時雨(ka4921)が、フードを深く被り、遠くに見えるイスルダ島をジッと見つめながら独り言を呟いた。
「これで、一区切り……きっちり、終わらせたい、トコだけ、ど……な……」
歪虚に占拠されたイスルダ島から、嫌な予感を感じ――静かに首を降る。
“これ”は嫌な予感ではない。胸に広がる不快感に耐える事にした。
そんな時雨の様子を船首よりもやや後ろに下がった場所で夜桜 奏音(ka5754)が符を手に持った。
「今回は、とうとう司令になりましたねソルラさん……いえ、ソルラ司令」
「『司令』とか響き良いですけど、そんなにエラくないですから!」
わざとらしく右手で敬礼した奏音に、『艦隊司令』ソルラ・クート (kz0096) は顔を真っ赤にして照れる。
「初めは矢面に立ってもらう可能性がありそうですけど。司令なのに」
「むしろ、望む所です! 『私達の女子力』を見せてあげますから!」
そんなやり取りの横を澄ました表情のままで鈴胆 奈月(ka2802)が通り過ぎる。
「奈月さんも、見てて下さいね!」
ソルラの焦ったような口調の言葉に奈月は一瞬、視線を向けた。
「……クートさんより、歪虚の攻撃を見ているから」
そのままトトトと船首に向かって歩いて行く奈月だった。
アルテミス艦隊の旗艦が、そんな微妙な雰囲気だとは知らず、二番艦に乗船したヴァルナ=エリゴス(ka2651)は、イスルダ島に鋭い視線を向けていた。
「あの島には、黒大公・ベリアル (kz0203)が……」
王国暦1009年の『ホロウレイドの戦い』。そして、1014年の侵攻で王国は大きなダメージを受けた。
だが、王国とハンターも非力ではなかった。直属配下の幹部フラベル、クラベルを打ち倒している。
いつか必ず決戦の時が訪れるはずだ。その為に今は――。
「――今は、目の前の事に集中しましょう」
余計な事に気を取られて、失敗しては、“あの人”に呆れられてしまうというもの。
強い眼差しのヴァルナと同じ表情で央崎 遥華(ka5644)は手にしている杖を力強く握った。
「アルテミスに入隊しての初陣ね……」
グラズヘイム王国騎士団国内潜伏歪虚追跡調査隊、通称アルテミス。
13あった小隊に過ぎなかったのが、統合されて1つの隊となった。小隊長だったソルラも、肩書きは小隊長だが、今は艦隊司令だ。
「ソルラ司令に時雨砲術長にヴァルナ女子力長……みんな肩書きカッコいいな。私も頑張ろうっと!」
まずは目の前の作戦に集中である。
「俺は……海の上は初めてだと思うので、ちょっと緊張しますね……」
二人の猛き女性とは真逆に自信なさげなのは、鳳城 錬介(ka6053)だった。
依頼に同行しているメンバーをみると、皆、実力者揃いだから大丈夫とは思うが、若輩者の自分自身がいらぬ事をしてしまわないか多少不安にはなるようだ。
「やる事はいつもと変わらないのですが……」
結局は、歪虚を討伐すればいいだけの話だ。
精一杯頑張ろうと、心の中で呟いた。
●
轟くような飛翔音。
負のマテリアルの塊――負マテ塊――が頭上から降ってくる。
その様子に狼狽える船員に遥華が堂々と胸を張って宣言した。
「“もしも”は今は使わない。私達は。アルテミスは――」
意識を杖に集中する。マテリアルの青白い輝きが大きくなっていく。
「――必ず勝つ、間違いなく成功する――我が意を! 示し穿て!」
負マテ塊へ向けた杖の先端から、青白く光る矢が放たれた。
一直線に伸び、負マテ塊に直撃すると、塊の勢いと大きさが減少する。
同時に船員達から歓声が響いた。
アルテミス艦隊は意図する事があり、艦隊機動で回頭している。その間、歪虚船から放たれる負マテ塊に襲われているのだ。
だが、それに対する対策をハンター達は怠らなかった。
船首付近で炎が上がる。
本物の炎ではない。ヴァルナ女子力長の女子力(ソウルトーチ)だ。
「効果ありですね。船には傷一つつけさせません」
落下してくる負マテ塊を、鍔元にはエリゴスの家紋が彫られている聖剣で打ち払ったヴァルナ。
一般人では困難だろうが覚醒者だからこそ出来る芸当だろう。
「ソルラさん。ソウルトーチは有効ですよ」
無線連絡を入れて一番艦のソルラへと連絡を入れると、聖剣を再び正眼へと構えた。
「ソウルトーチによる被害の分担が上手くいきましたね」
錬介はいつでも回復魔法が使えるようにヴァルナの近くで待機していた。
被害担当艦となって敵の攻撃を引き付ければ、その分、僚艦への被害を減らせる。
「接近まで、被害は出させません」
アウトレンジでの攻撃で怪我人が居れば回復させればいい。
相手の長所を封じ――こちらの長所を最大限に活かす。錬介の目にも作戦は今の所、順調に推移しているように見えた。
その時、グッと一番艦が回頭して、敵戦列へと向きを変えた。
「敵の砲撃が来るよー」
時雨の元気な声が船に響いた。
彼女はマストの見張り台から、身を乗り出しながら双眼鏡を構えて敵船の動きを見つめていた。
下から見るとヒラヒラしているスカートが些か危なっかしい。
「こちらでも確認しました。時雨さん、敵旗艦に歪虚船長を確認しました」
双眼鏡を降ろし奏音は代わりに符を手にした。
意識を集中させながら、符を船首付近に居るソルラへと向ける。
「少しでもこれで軽減できればいいのですが」
防御力が上昇する加護の力を込めた符だ。
優れた回復スキルを持つ聖導士がこの船には居ない以上、少しでも防御力を上げて備えたい所だ。
「ありがとうございます! 奏音さん!」
ソルラは短く振り返り、お礼を言うと、女子力(ソウルトーチ)に集中した。
飛翔してくる負マテ塊を打ち落とすつもりなのだ。
「そろそろ射程内だろう」
ぐっと弓を引いた奈月。距離は離れているので、当たるかどうかは分からないし、狙撃は難しいかもしれない。
それでも、矢を放つ事はできる。どこかに当たればいい。七色に輝く弓身から放たれた矢は虹色の軌跡を一瞬残して飛ぶ。
「機導術の有効範囲まで近づけば」
強力なスキルを叩き込める。
端的に言ってしまえば、こちら側の戦力が十二分に発揮できる距離まで詰める事ができれば、勝利なのだ。
●
積極的に船上で立ち位置を変えながら、奈月は歪虚船に向けて矢を放つ。
もう少し接近すれば、機導術や拳銃が使えるのだが。
「とても小舟は使えそうにない、か」
波の状態、船の速度。それだけ見ても、小舟を使うのは難しそうだ。
「六行の天則に従い、清き風よ、貫く雷となり、魔を滅せよ! 風雷陣!」
奏音が符術を行使し、飛翔してきた負マテ塊にマテリアルの稲妻を直撃させた。
同時に回避の為に急回頭した為、負マテ塊は直撃コースを避けて、近くの海へと落下した。
「やられたら、やり返すから」
くふっと小さく笑みを浮かべ、時雨を弓を大空に向ける。
放物線を描く軌道で矢を放って歪虚船長を狙っているからだ。
二番艦の船首で、先を行く一番艦の様子を見ていたヴァルナが体内のマテリアルを活性化させた。
吹き上がる女子力――ソウルトーチ――。スキル回数には限りがある。ソルラとタイミングが被らないように注意していた。
「どちらかに被害に偏りがでないように注意が必要ですね」
ハンター達の作戦では、一番艦、二番艦共に重要な役目があるからだ。
「単縦陣は、前方からの急回避に難があるのよね」
風の動きを読みつつ、遥華は杖を掲げて、さっと右へと振った。
予めの指示通り、敵戦列を分断する作戦を実行させる為だ。
「良い角度ですね。これなら」
自艦隊の動きをみて錬介は呟く。
振り返って僚艦を確認したが、問題なく航行していた。
●
あざやかな艦隊機動で敵戦列へと喰い込むアルテミス艦隊。
一番艦が戦列に割って入り、二番艦の鋭い衝角が、歪虚船の土手っ腹を貫いた。
「今がチャンスです! 分断した雑魔船に対し、一斉発射!」
ソルラが大型の魔導銃を床から拾い上げて雑魔船へと向けて放つ。
近くにいた奈月の手に持ったLEDライトから、機導術の光が三筋伸びた。
「どこを狙っても有効なら、ただのでかい的だな……」
雑魔船の船体に大きな穴ができた。
それでも真っ直ぐ突撃してくる雑魔船に向けて、一番艦と三番艦以下の砲撃が一斉に火を吹く。
丁時の形になっているので、集中砲火を受けた雑魔船はひとたまりもない。ブクブクと海の中に沈むように消えていった。
「二番艦への援護は不要のようですね」
チラリと二番館と歪虚船の状況を確認した奏音は構えた符を向かって来る雑魔船へと向ける。
先程1隻沈めたので、残り雑魔船は3隻だ。
舞うような動きと共に符を放ち、マテリアルを集中させる奏音。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
雑魔船の1隻を包んだ結界が眩い光を放った。
その威力は絶大だったような。光が消え去った時には跡形も残らなかった。
それでも残った雑魔船は怯みはしないで真っ直ぐにハンター達が乗る船へ向かって来る。
「無茶特攻は勘弁だしな」
立て続けに奈月はデルタレイを放ち、アルテミス艦隊の砲撃もそれに続く。
雑魔船から放たれた負マテ塊が船体に直撃する。強化板が粉々に粉砕されるが、航行に支障が出るレベルではない。
後で暇が出来たら直しておこうかななどと思いながら、奈月は再びデルタレイを放った。
「このまま雑魔船を殲滅させてから、二番艦の援護にいきましょう」
奏音が行使する符術は絶大なる威力だった。
サイズが大きいのもあるが、属性も関係しているのだろう。彼女が放った二撃目の五色光符陣で最後まで残っていた雑魔船は消滅した。
雑魔船へと戦闘が開始されて間もない時、歪虚船と二番艦との白兵戦も開始されていた。
「突撃!」
遥華の士気のもと、無造作な感じに、どーんと置かれた木板の渡しを通り、歪虚船へと乗り込むハンター達や船員達。
幸いにも衝角が深く突き刺さったようで簡単には外れないようだ。
数人が歪虚船へと乗り込んだと同時に強力な負のマテリアルを放つ――歪虚船長――とゾンビのような雑魔が囲い始める。
その一角の足並みが遅れる。
「援護するよー!」
声の主は時雨だ。
一番艦の見張り台マストからマテリアルが込められた矢を広範囲に放っている。
それらはゾンビのような雑魔らの動きを止めた。
「行きます!」
先頭に居たヴァルナが聖剣の光を残しながら振るって、歪虚船長と斬り払い、ゾンビ雑魔を吹き飛ばす。
「ニンゲンめ! 我が意に従い、海へ飛び込め!」
「【強制】は想定済みです!」
意識を集中し、傲慢の歪虚が持つ特殊能力【強制】を撥ね除けるヴァルナは、そのまま必殺の一撃を叩き込もうと姿勢を整えた。
その動きを支援するように錬介が近づく
「どこを殴っても、攻撃になるとは何と素晴らしい状況でしょう」
マテリアルを込めた一撃を歪虚船長へと叩き込み、続いて、武器を振りかぶって振り下ろした。
歪虚船は船自体が本体のようだ。攻撃を外す心配はないが、いつまでも、船の上に居るという状況は、好ましくはないかもしれない。
「ちょっと、鬼の血が騒いでまいりましたよ」
剣を握っている手に思わず力が入る。
その時、再び、時雨の援護射撃が歪虚船に降り注いだ。
「さぁ! 一気に! だよ!」
途切れ途切れの彼女の声が響く中、猛烈な吹雪が船上を覆った。
遥華が放ったブリザードだ。幾度となく氷が吹き荒れ、歪虚船長の動きが鈍くなる。
「ヴァルナさん、今です」
「はい! これで、終わらせます!」
聖剣に込めたマテリアルが剣先から打ち出され――光の軌跡が、一本の槍を形作った。
それは、歪虚船長の胸元を貫き、背後の歪虚船のマストを打ち砕く。
粉々に歪虚船長が消え去ると同時に、轟音と共に歪虚船も崩れ始める。
アルテミス艦隊の完全勝利だ。
●
「これは……こうかな……いや、違うか……」
工具を手に奈月が破損した船体の箇所を応急修理していた。
航行に問題はないが、負のマテリアルの塊でダメージを受けたのだ。気持ち的にもこのままにする訳にはいかない。
「これぐらいの木板で大丈夫ですか?」
奏音が手頃な大きさなの板を持ってきた。
お守りのつもりなのだろうか、一枚の符が貼られている。
「……こういうのは、いいかもね」
「私の部族は、風の精霊を信仰していますから。船乗りの皆さんにはピッタリかと思いまして」
風を意匠化したその符を見て、船員達は今日の大勝利を誇りに思い続ける事ができるだろう。
聖剣を鞘に収め、杖のように立てると、そこに両手を置いて、ヴァルナはイスルダ島を眺めていた。
「あの島を取り返すには、この海をまずは取り返さないといけないのですね」
彼女の呟きに、船縁に並んでいた錬介と遥華は頷いた。
「奪われた制海権。やがて、取り戻す戦いが来るのでしょうか」
「私も、その様に、思います」
それがいつの事になるのか、想像もつかない。
だが、果たさなければならない日が来る……という確信もあった。
「その為には、この様な海戦で勝利を積み重ねていくしかありませんね」
ヴァルナが口にした言葉は正鵠を射ていた。
イスルダ島を占拠している傲慢の歪虚の勢力は大きい。制海権を取り戻すには海戦での勝利は必須だ。
「その時が来たら、俺は今よりも、もっとお役に立てると嬉しいですね」
爽やかな表情で錬介が自分自身に言い聞かせるように言った台詞に遥華は再び頷いた。
そして、杖の先端を掲げる。
「足手纏いにならないように、もっともっとですね」
今回は作戦と実力が噛み合っての大勝利だった。けれど、これで満足してはいけないと心の中で呟いた。
見張りマストから降り立った時雨は、フードをのけた。
海よりも青いのではないかという程、真っ青な表情をしている。
「やっぱ、砲術長とか、向いて、な……ぅぷっ!」
へろへろになって崩れた。マテリアルも消耗していたというのもあるかもしれない。
そんな時雨にソルラがやって来た。
「お疲れ様です、時雨さん。実は、登録ハンターの件なのですが」
「う、うぅん」
「実は取り決めがなくてですね。登録されているだけで、正式な入隊とは違うというらしいので。それに、私の気持ちとしては、ここまで一緒だったから……って、時雨さん?」
ソルラの台詞が途切れる。
時雨の船酔いはここが限界だった。彼女はこれから起きる惨劇にソルラを巻き込まないように船尾へと走り去ったのだった。
ハンター達とアルテミス小隊の活躍により、イスルダ島沖での海戦は大勝利だった。
これにより、歪虚勢力の注意を引き、その間に、造船された巨大な刻令術式外輪船は、港町まで無事に航海ができたという。
おしまい。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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【質問卓】ソルラの作戦室 ソルラ・クート(kz0096) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/08/26 01:23:39 |
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『アルテミス艦隊作戦指示卓』 ソルラ・クート(kz0096) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/08/26 00:21:56 |
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![]() |
【相談卓】アルテミス艦隊、出撃 小鳥遊 時雨(ka4921) 人間(リアルブルー)|16才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/08/26 05:00:18 |
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![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/08/24 08:35:31 |