ゲスト
(ka0000)
【西参】消魂の肺腑 ~中編~
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/09/02 09:00
- 完成日
- 2016/09/05 03:14
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
◆少女・牡丹
その里は天ノ都から離れていた。
「牡丹ちゃん、幸せにね!」
「男の子、いじめすぎるなよ」
「いつでも戻って来なさい」
大勢の人が、一人の少女をお見送りに来ていた。
少女の名は牡丹。厳格な武家に生まれ、幼い頃から武術の才能に恵まれていた。憤怒の歪虚に押されているこのご時世に生まれた一筋の希望。
「まるで、お嫁に行くみたいだけど、違うからね」
苦笑を浮かべる牡丹。
「牡丹ちゃんがお嫁に行ったら、嫁ぎ先は困るからな」
「相変わらず、洗濯以外はどうしようもないし」
少女をからかう言葉で笑い起こる。
これから牡丹が向かう先は、武家四十八家門の第五家門鳴月家だ。
父の従姉が鳴月家当主の側室になった事から、その保護を受ける事になったが、牡丹の類まれな武術の才能に養女として迎えたいと申し出があった。
断る理由などない。四十八家門でもない中小武家から、一気に第五家門鳴月家に駆け上がれるのだから。
「失礼のないようにね」
「はいはーい」
心配する母に牡丹は笑顔で応えながら、自身の名と同じ花を模した簪を渡した。
「もっともっと強く、里の皆を守れる位、強くなって帰ってくるね」
「期待してないで待ってるわ」
それが、母と子の別れになるとは、その時、誰も思わなかった。
◆女将軍
「牡丹! 先行しすぎだ!」
「でも、このままじゃ、里が!」
渾身の力を込めて歪虚を粉砕する牡丹。
牡丹の生まれ育った里が歪虚の強襲を受けているという知らせに、鳴月家は援軍を出した。しかし、群がる歪虚と雑魔の数は計り知れない。
「先に行くから!」
「落ち着け! くっ……仕方ない! 続けられる者は、前に!」
それから三日三晩、牡丹は休みもせずにひたすらに戦い続けた。
そして――
「――ッ」
牡丹が崩れ落ちたのは、壊滅した里に到着してからであった。
彼女の手には、真っ赤な血で染め直したような……1つの簪が握られていた。
「僕が、僕がもっと強ければ! 強ければ!!」
救われない慟哭が里に響いた――。
それから、牡丹は強さを求め、戦いを続けた。
幸いな事に敵は絶える事なく強大である。凄まじい死地と、多くの仲間の屍を越え、彼女は強くなった。
その圧倒的な闘争心と戦果の大きさ、そして、若さと才能に嫉妬した武家の一部から、『女将軍』と呼ばれるようになるのは、その後の事である。
◆緑髪の少女
その子は王国西部の生まれだという。
幼い頃に両親は離婚。生まれ育った村から別の村に移った。そこで母は再婚したが、その後、流行病で死んだ。
残ったのは血の繋がっていない義理の父。
横暴な性格で幼い少女を虐げていた。やがて、傲慢の歪虚の襲撃で王都へ避難するも、そこでも辛酸な日々を過ごす。名前もなく、楽しかった遠い記憶と絵本だけが、少女を保っていた。
傲慢の歪虚、そして、多くのハンター達との出会いにより、少女の運命の歯車は大きく変わった。
紆余曲折あったものの、少女は新しい歩みを踏み出そうとしていた――。
一通の戦死報告書が届くまでは。
憧れのハンターだった。絶望の淵から救ってくれた一人でもあり、そして――。
●戦闘開始
「来たな。西から歪虚の軍勢だ」
野太という名の征西部隊の隊員が見張り台の上から合図を出した。
ハンターが提案し、寄付していった道具を使っていた。
「それにしても、まぁ、堅固な陣地になったもんだぜ」
見張り台の眼下には陣地が広がっていた。
森の中で作られているので、ここからは全容を確認する事はできないが、深い掘りと盛土と柵が、ぐるりと陣地を取り囲んでいる。
「障子みたいな掘りに、逆茂木や柵が破損した場合の拒馬や壁車もあるしな」
これらの防御機能を使えば、非覚醒者でも有効打が与えられるはずである。
陣地内はドラが鳴り響く。戦闘態勢を整える合図だ。
野太も弓を構えた。梯子は下ろされているので、降りるにはロープを垂らすしかない。
「降りる気はないけどな……」
見張り台の僅かな物置のスペースに置かれた双眼鏡を見つめながら、野太は呟いた。
盾を構えた筋肉質で暑苦しい三兄弟が陣地の北西角で集まっていた。
「ここから中には一歩も入れねーぞ!」
「おう!」
「わかったよ、兄貴!」
イチガイとジゴロ、サブロウの三兄弟だ。
陣地の角は敵の攻撃が二方向から来る可能性が高い。崩されると、ここから敵の侵入を許して陣地が壊されるので、絶対死守である。
敵側もそれはわかっているはずである。ゆえに激戦地となる可能性が高い。
三兄弟とは反対側の南西角には、瞬とゲンタが他の兵士らと共に声を張り上げていた。
戦闘が始まっている訳ではない。気合を入れているのだ。
「どうやら、皆、死ぬ気のようだな」
「かなり待たされたからな。牡丹様は焦らすのが好きなようだ」
瞬の言葉にゲンタが冗談で返す。
このひと月ほど、ひたすら陣地の構築に追われていた。
歪虚の姿も見えないので抜け駆けもできなかった。だが、それも、今日で終わりだ。
「ここは私も配置に着きます」
紡伎 希(kz0174)は二丁拳銃を構えて宣言した。
「危なくなったら、すぐに下がって下さいね」
応えたのは正秋だった。
緑色の鉢巻きを頭に巻いている。それは、彼だけではなく征西部隊の隊員のほとんどが身につけている。
ハンターからの提案であり、一体感を演出するには良いアイデアじゃないかと牡丹が許可したのだ。
「忠告として聞いておきますね」
正秋の言葉を守るつもりはなさそうな雰囲気で希は森の中を見つめる。
二人が守る場所は陣地の西門に当たる。いわば、敵の真正面である。ハンターの提案により、敵をわざと引き込み易くした作りになっていた。
■災狐
真っ黒い巨大な犬のような姿をした憤怒の歪虚――災狐――は、苛立ちを隠しもしなかった。
「兄も兄だ! 余所者なぞに頼って!」
憤慨しているのは、『本拠地』での新しい動きである。
兄弟分であるはずの災狐には意見はおろか、情報すらまともに入って来ないのだ。人間達に対抗する為、なんでも強い歪虚を西方から呼んだとか呼ばないとか。
「……まぁ、いい。人間共の軍勢を粉砕して、天ノ都へ向けて進軍を開始すれば良いだけだ」
憤怒の歪虚の『本拠地』は天ノ都よりも南東である。災狐らが居る場所は天ノ都から見て北西だ。両方から同時に侵攻すれば挟み撃ちに出来る。
「人間共を喰らい尽くしてくるのだ!」
災狐は炎を吹き出しながら部下に命令したのであった。
その里は天ノ都から離れていた。
「牡丹ちゃん、幸せにね!」
「男の子、いじめすぎるなよ」
「いつでも戻って来なさい」
大勢の人が、一人の少女をお見送りに来ていた。
少女の名は牡丹。厳格な武家に生まれ、幼い頃から武術の才能に恵まれていた。憤怒の歪虚に押されているこのご時世に生まれた一筋の希望。
「まるで、お嫁に行くみたいだけど、違うからね」
苦笑を浮かべる牡丹。
「牡丹ちゃんがお嫁に行ったら、嫁ぎ先は困るからな」
「相変わらず、洗濯以外はどうしようもないし」
少女をからかう言葉で笑い起こる。
これから牡丹が向かう先は、武家四十八家門の第五家門鳴月家だ。
父の従姉が鳴月家当主の側室になった事から、その保護を受ける事になったが、牡丹の類まれな武術の才能に養女として迎えたいと申し出があった。
断る理由などない。四十八家門でもない中小武家から、一気に第五家門鳴月家に駆け上がれるのだから。
「失礼のないようにね」
「はいはーい」
心配する母に牡丹は笑顔で応えながら、自身の名と同じ花を模した簪を渡した。
「もっともっと強く、里の皆を守れる位、強くなって帰ってくるね」
「期待してないで待ってるわ」
それが、母と子の別れになるとは、その時、誰も思わなかった。
◆女将軍
「牡丹! 先行しすぎだ!」
「でも、このままじゃ、里が!」
渾身の力を込めて歪虚を粉砕する牡丹。
牡丹の生まれ育った里が歪虚の強襲を受けているという知らせに、鳴月家は援軍を出した。しかし、群がる歪虚と雑魔の数は計り知れない。
「先に行くから!」
「落ち着け! くっ……仕方ない! 続けられる者は、前に!」
それから三日三晩、牡丹は休みもせずにひたすらに戦い続けた。
そして――
「――ッ」
牡丹が崩れ落ちたのは、壊滅した里に到着してからであった。
彼女の手には、真っ赤な血で染め直したような……1つの簪が握られていた。
「僕が、僕がもっと強ければ! 強ければ!!」
救われない慟哭が里に響いた――。
それから、牡丹は強さを求め、戦いを続けた。
幸いな事に敵は絶える事なく強大である。凄まじい死地と、多くの仲間の屍を越え、彼女は強くなった。
その圧倒的な闘争心と戦果の大きさ、そして、若さと才能に嫉妬した武家の一部から、『女将軍』と呼ばれるようになるのは、その後の事である。
◆緑髪の少女
その子は王国西部の生まれだという。
幼い頃に両親は離婚。生まれ育った村から別の村に移った。そこで母は再婚したが、その後、流行病で死んだ。
残ったのは血の繋がっていない義理の父。
横暴な性格で幼い少女を虐げていた。やがて、傲慢の歪虚の襲撃で王都へ避難するも、そこでも辛酸な日々を過ごす。名前もなく、楽しかった遠い記憶と絵本だけが、少女を保っていた。
傲慢の歪虚、そして、多くのハンター達との出会いにより、少女の運命の歯車は大きく変わった。
紆余曲折あったものの、少女は新しい歩みを踏み出そうとしていた――。
一通の戦死報告書が届くまでは。
憧れのハンターだった。絶望の淵から救ってくれた一人でもあり、そして――。
●戦闘開始
「来たな。西から歪虚の軍勢だ」
野太という名の征西部隊の隊員が見張り台の上から合図を出した。
ハンターが提案し、寄付していった道具を使っていた。
「それにしても、まぁ、堅固な陣地になったもんだぜ」
見張り台の眼下には陣地が広がっていた。
森の中で作られているので、ここからは全容を確認する事はできないが、深い掘りと盛土と柵が、ぐるりと陣地を取り囲んでいる。
「障子みたいな掘りに、逆茂木や柵が破損した場合の拒馬や壁車もあるしな」
これらの防御機能を使えば、非覚醒者でも有効打が与えられるはずである。
陣地内はドラが鳴り響く。戦闘態勢を整える合図だ。
野太も弓を構えた。梯子は下ろされているので、降りるにはロープを垂らすしかない。
「降りる気はないけどな……」
見張り台の僅かな物置のスペースに置かれた双眼鏡を見つめながら、野太は呟いた。
盾を構えた筋肉質で暑苦しい三兄弟が陣地の北西角で集まっていた。
「ここから中には一歩も入れねーぞ!」
「おう!」
「わかったよ、兄貴!」
イチガイとジゴロ、サブロウの三兄弟だ。
陣地の角は敵の攻撃が二方向から来る可能性が高い。崩されると、ここから敵の侵入を許して陣地が壊されるので、絶対死守である。
敵側もそれはわかっているはずである。ゆえに激戦地となる可能性が高い。
三兄弟とは反対側の南西角には、瞬とゲンタが他の兵士らと共に声を張り上げていた。
戦闘が始まっている訳ではない。気合を入れているのだ。
「どうやら、皆、死ぬ気のようだな」
「かなり待たされたからな。牡丹様は焦らすのが好きなようだ」
瞬の言葉にゲンタが冗談で返す。
このひと月ほど、ひたすら陣地の構築に追われていた。
歪虚の姿も見えないので抜け駆けもできなかった。だが、それも、今日で終わりだ。
「ここは私も配置に着きます」
紡伎 希(kz0174)は二丁拳銃を構えて宣言した。
「危なくなったら、すぐに下がって下さいね」
応えたのは正秋だった。
緑色の鉢巻きを頭に巻いている。それは、彼だけではなく征西部隊の隊員のほとんどが身につけている。
ハンターからの提案であり、一体感を演出するには良いアイデアじゃないかと牡丹が許可したのだ。
「忠告として聞いておきますね」
正秋の言葉を守るつもりはなさそうな雰囲気で希は森の中を見つめる。
二人が守る場所は陣地の西門に当たる。いわば、敵の真正面である。ハンターの提案により、敵をわざと引き込み易くした作りになっていた。
■災狐
真っ黒い巨大な犬のような姿をした憤怒の歪虚――災狐――は、苛立ちを隠しもしなかった。
「兄も兄だ! 余所者なぞに頼って!」
憤慨しているのは、『本拠地』での新しい動きである。
兄弟分であるはずの災狐には意見はおろか、情報すらまともに入って来ないのだ。人間達に対抗する為、なんでも強い歪虚を西方から呼んだとか呼ばないとか。
「……まぁ、いい。人間共の軍勢を粉砕して、天ノ都へ向けて進軍を開始すれば良いだけだ」
憤怒の歪虚の『本拠地』は天ノ都よりも南東である。災狐らが居る場所は天ノ都から見て北西だ。両方から同時に侵攻すれば挟み撃ちに出来る。
「人間共を喰らい尽くしてくるのだ!」
災狐は炎を吹き出しながら部下に命令したのであった。
リプレイ本文
●94
配置に着いたハンター達の構成が記されたメモを手に取り、鳴月 牡丹(kz0180)が口元を緩めた。
「花道の邪魔はさせないさ。さぁ、存分に戦いな。征西部隊」
戦闘の開始を知らせる鏑矢が指揮所の真上を通過していった。
●東
「戦闘が開始されたみたいだね」
陣地の東側には川が流れている。敵の奇襲を警戒し、リンカ・エルネージュ(ka1840)ら数名のハンター達は注意深く、周囲を見張る。
トランシーバーからは戦端が開かれた西側からの情報が流れている。
「攻める側は、守る側の数倍が必要って聞きますし、そうキツいってことはなさそー?」
葛音 水月(ka1895)が魔導機械式の拳銃をくるくると回した。
今回、攻め寄せて来ている災狐の勢力は、征西部隊の倍ぐらいと言われている。
純粋な防衛戦であれば、楽な戦いになりそうではあるのだが……。
そこへ、迷彩ジャケットを羽織ったロジャー=ウィステリアランド(ka2900)が、東側の森から姿を現した。
「こっち側は敵がいないみたいだぜ」
彼は陣地の東側へ斥候に出ていた。
その結果……東側へ迂回してくる敵は居ない様子だった。
「それなら、西側へ移動する?」
首を傾げるリンカの台詞に水月はくるくる回していた拳銃を止めた。
「こっちから打って出るのも手かもだけど……」
トランシーバーからは陣地西正門の苦戦が響いてくる。
「交戦中の隊と合流といこうか」
ロジャーの宣言にハンター達は頷くと、陣地西へと向かって駆け出した。
●西正門前
迫ってくるという勢いではない。
様々な動物が合わさった姿をした憤怒に属する歪虚や雑魔が、雪崩のように突撃してくるのを、ミィリア(ka2689)は長大な刀で薙ぎ払う。
「簡単に、越えて行けると思うなよ! で、ござる!」
その一撃が振るわれる度に、霧散するが敵の勢いは止まらない。
抜けて来た分を、七葵(ka4740)が素早い動きで白銀の刀身を雑魔へと突き立てた。
「正秋殿、継戦を意識だ」
共に戦い続けてきた正秋の額には緑の鉢巻がしっかりと巻かれていた。
それは、征西部隊の隊員だけではなく、ミィリアも七葵も、銀 真白(ka4128)も同様だった。
最前線で戦う仲間達よりも一歩後ろに下がり、弓を構えている。
「武人として、汚名を濯ぐ為、忠を貫く為、命をかける時はあるだろう」
全身からマテリアルの炎を放出する。身を呈して敵を引き寄せる炎だ。
「だが、それは、しかと、怨敵討果たし、生きて喜びあってこそと、私は思う」
向かって来る雑魔に対し、弓を構え弦を引き絞る――刹那、放たれた矢は宙を貫く音を立てて、雑魔へと突き刺さった。
動きが鈍った所へ、周囲の雑魔もろとも、ミィリアの刀が振るわれた。
「そうだよ。大切な人が守ったもの、切り開いていく未来。この目で見届けなくっちゃ」
敵からの無数とも言える攻撃を鎧で受け止め、征西部隊の隊員を庇う。
倒しきれなかった敵が口元から炎を吹き出して柵を焼こうとするが、刀を水平に構えた七葵が一気に距離を詰めて貫き斬る。
「先の先を取って、向こうのペースにはさせない」
引き抜いた刀を一振し、構え直すと、横で戦う正秋と並んだ。
そこへ、頭上から弧を描いて飛翔する雑魔。それに対し、門櫓から符術が放たれる。
「空から陣内にはいかせませんよ」
「ルンルン忍法とカードの力を駆使して、征西部隊陣地を防衛しちゃいます!」
夜桜 奏音(ka5754)とルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)の二人だった。
宙を稲妻が駆けて、門へと突撃を図る雑魔を粉砕した。
「あそこは危なそうですね」
空からの次は大地。先程から急流のよう勢いで攻め寄せて来ていた憤怒の歪虚だが、丸太のよな角を持つ猪モドキが数体迫って来るのを見つけ、奏音は符を掲げながら舞い始める。
「ジュゲームリリ(中略)マジカル……ルンルン忍法金縛りの術!」
ルンルンの符術により、一角に結界が張られ、敵の勢いが止まる。
その範囲に対し、奏音が放った複数の符が結界を形創り、その中を光が容赦なく焼き尽くす。
崩れた敵集団に追い打ちをかけるように、矢と機導術の光が駆けた。
門櫓の上で、小鳥遊 時雨(ka4921)と紡伎 希(kz0174)の二人が背を合わせていた。
●北西角
士気旺盛という言葉を通り過ぎて、今にも柵を越えてしまいそうな隊員達の姿を、Gacrux(ka2726)は視界内に留めながら拳銃を放つ。
(死にたがりとは、時に、自分本位だと思いますがね)
過去の報告書は読んだ。
(望むなら止めはしませんが)
それでも、作戦に協力できればと思う。
戦線は今の所、有利に進んでいるように思える。西正門前の方からは敵の勢いや量が多く、必死の攻防が繰り広げられている様だが、こちらはそれほどではない。
角は二方面から攻撃を受けやすい。
それでも、戦線を支えているのは、先程から続く爆発だった。
「この陣地を落とされる訳にはいきませんので……」
レイレリア・リナークシス(ka3872)が唱えていた魔法だ。
強力な火の爆発が群がる敵の中で広がり、吹き飛ばしていく。
「容赦はいたしません。参ります」
彼女が放つ攻撃魔法によって仕留め切れなかった雑魔に鞍馬 真(ka5819)は刀先を突き刺す。
「敵の数が増えてきた」
弓から刀に持ち替え、前線に出ている状態だ。
思ったより早いと思ったが全体的には問題はないだろう。
「逃げる敵は深追いするな」
近くにいた征西部隊の隊員に声を掛ける。
目的は防衛戦だ。勢い余って追撃に出て逆襲を受けては話にならない。
「聖騎士アティ。参ります」
短杖を構えて前線に立つのはアティ(ka2729)だった。
敵が集中する場へと駆けつけては盾で庇いつつ、回復魔法を行使していく。
その横で、歩夢(ka5975)がカードバインダーから符を取り出すと符術を唱える。
「陽で照らし、陰を広げ、世の理りを知らしめよ。吉凶の方角を示せ! 禹歩!」
戦機を見い出す符術である。
符が示す西の方角に向かって符を向けた。
「次は西から来るぜ」
続けて空中に投げつた符は、稲妻となって、新たに現れた雑魔共を焼いていく。
「死んでは、何にもなりません。 例え辛くても、生きなければ」
宣言しつつ眼前に迫った雑魔を盾で押し返しながらアティは回復魔法を使う。
こうして、北西角は、攻守バランス良く征西部隊と共に敵襲を受け止めていた。
●南西角(西側)
戦闘は苛烈だ。誰一人として傷つかず、死なないという事はない。
冷たくなった隊員の一人の手をシェルミア・クリスティア(ka5955)は降ろすと、胸元で組んでやる。
瞬が泥と血が混じり合って汚れた姿で振り返った。
「……ここは、“俺ら”の戦場だ。どこでどうしようと“俺ら”の自由なはずだ」
「違うよ。この戦いは、征西部隊だけじゃない……わたしにとっても大切な戦い……」
自身の両手を合わせ、瞳を閉じた。
受け取った想いと託されたモノの為に――。
「皆、それが分かって戦っている」
奮戦を続ける仲間のハンター達に視線を向けた。
護る誓いを立てた者もいれば、大切な人の為の者もいる。供養の者もいれば、命を煌めかせ前へと進む者もいた。
シェルミアは感じていた。“彼ら”の死にたがりの根底にあるものを。
それは――怒り――だ。
自分自身を赦せない怒りだ。過去に囚われ、振り切れずに、死に場所を求める怒りだ。
「名誉を取り戻す為に、命を賭ける事を非難はしないよ。でも……此処でそうして死なれたら困るんだ」
符に描かれた呪文が赤く輝き、シェルミアが符術を行使する。
「今、此処で命を捨てるつもりなら、わたしに預けてよ。『託して』おいて逃げるのは無しだよ?」
瞬の頭を今まさに噛み砕こうとした歪虚を光の結界が焼く。
「……後悔してもしらないぞ」
それだけ言い残し、瞬は刀を正眼に構えた。
二方向から同時に攻めて来る歪虚や雑魔。動物が複数合わさったような姿の者が多い。中には翼を持って飛び回る存在も居て厄介である。
その一角がマテリアルの銃弾雨によって動きが止まる。
「妹への手向けだ。一匹残らず、この私が摘み取ってやる、来い!」
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)による援護射撃だ。
空になった弾倉を素早い動きでリロードしつつ、周囲の状況を注意深く警戒する。
直後、雑魔が射出したなにかの塊が飛翔してきたが、柵と樹木の影に身を隠してやり過ごしたが、不幸にも陣地内にいた征西部隊の隊員の頭を直撃した。
「やっかいな攻撃を」
ここは西と南の二方向から狙われているのだ。この状態での防衛戦はやっかいだ。
注意力が二分されるだけではない。相手側は戦力を広く展開できるのに対し、こちらは別々の方向に向かって攻撃を広げなければならない。
これを解決するには、どちらか一方に対して逆襲して勢力を落とす必要がある。
「それは、あの二人に任せるか……壮介! 西側の援護だ!」
その呼び掛けに連城 壮介(ka4765)は手を挙げて応える。
東方出身の彼は、隊員達の気持ちは痛いほど分かる。
憤怒の歪虚との戦いは、西方からの援軍が来るまで絶望の一言だったから。
「命を大事にとは、言えません。自分の戦いも似たようなものですし」
刀を振り回して割って入り、危なげな隊員を助ける。
「その代り、全力で戦ってくださいね。早く死ねるからって、手抜きは駄目ですよ」
「そうだな。手抜きをしない事には賛同だ」
壮介の言葉に槍を構えた隊員の一人が言った。
おっさんの兵士だ。名前は確か、ゲンタと呼ばれていたか。
「死ぬ気で戦って、それでも生き残ったなら……『向こう』へ、持っていく土産が足りないんでしょう」
「そういう事だ」
「なら、さっさと此処を切り抜けて、西へ進みましょうか」
ここで死ぬ気はない。ここで死なせる気もない。
まだ、西へと向かう必要がある。憤怒の歪虚である災狐は、まだ、その姿を現していないのだ。
「それじゃ、文字通り『死ぬ気』で挑むか。なぁ、お前ら!」
ゲンタは槍を垂直に立てながら周囲の隊員らに呼びかけた。
その呼び掛けに一斉に応じる隊員達。
「私が、責任を持って援護する。存分に戦え」
コーネリアが後方からその様に言いながら、援護の為の射撃を放つ。
足並みが崩れた雑魔の集団に対し、隊員達による槍衾が襲いかかった――。
●南西角(南側)
南側を支えていたのは二人のハンターだった。
「私の前で、一人も死なせない」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が疾走する度に歪虚も雑魔も崩れ落ちていく。
隊員らに前に無理やり割って入る程の勢いだ。
「命を捨てるように戦って、大切な人に、頑張ったよって報告できるのか!?」
獅子奮迅の活躍を見せるアルトに隊員達は息を飲んだ。
人とは、これほど、強くなれるのかと。それは同時に、こうも思わせた。
――ここは、自分達にとって死に場所なのかと。
否だった。
彼女の戦いぶりを見れば、ここで死ぬのは早い。そう感じずにはいられなかった。
それでも戦いは非情だ。
押し寄せる憤怒の歪虚に否応なく飲み込まれる。
一刻を争うと判断したアルトはリューリ・ハルマ(ka0502)の名を叫んだ。
「リューリちゃん! いくよ!」
「アルトちゃん! 任せて!」
リューリが手にしていた槍を掴み、渾身の力を込めて身体を捻りながら彼女を敵の集団へと投げ込む。
宙を駆けるリューリは霊闘士の奥義を発した。
ドワーフの戦士の様な幻影が彼女を包み込み――リューリの身体が巨大化する。
轟音と共に、地面に着地すると、槍と長いリーチで持って全周囲を薙ぎ払った。その勢いはまるで竜巻だ。
「仲間が死んだら、悲しいんだよ!」
願いにも似た彼女の台詞。
リューリのその一撃は、木々諸共、歪虚や雑魔を砕き倒す。
「だ、か、ら!」
ドン! っと踏み込み、大地が揺れる。
再びぐるんぐるんと奥義状態が維持されている間、リューリが回った。倒れた歪虚は吹き飛び、雑魔は粉々に消滅する。
同時に奥義が解除され、元のサイズに戻るリューリに、やはり、敵を突破したアルトが駆け寄った。
突出した二人を囲むように歪虚や雑魔が迫る。
それらをアルトは冷静な目で見つめながら口を開いた。
「『茨の王』。お前の名は、ずっと重いと感じていた――」
大切な友にポーションを渡しつつ、片方の手は刀を構える。
「――だが、お前が種のために戦ったように、私も、人を守るために」
「誰も悲しまないように」
アルトの言葉を続けるかのようにリューリが拳を握る。
直後、二人のハンターが再び嵐となった。
●西正門前
わざと敵を引き込みやすくし、火力を集中させる。
それが、陣地構築時にあるハンターが計画した事であった。その為、計画通りに、西正門前には多くの敵が雪崩込む。
その勢いは戦闘開始時に配置していたハンター達だけでは倒しきれなくなる。西正門前が押されている理由は、ずばり、火力不足だった。
「こうなったら……」
一度、膝を着いた正秋が立ち上がると鋭い視線を敵へ向ける。
彼の周りにいた隊員らも同じ顔をしていた。ジリ貧になる前に、と。
そんな彼らの視線を傷だらけの七葵が遮った。
「有終の美を、否定はしない」
肩で荒く呼吸をしながら、言葉を続ける。
「だが、まだ、その時ではなかろう」
「共に戦った仲間が失われるのは、私は嫌だ。皆と笑い合う未来の為に、私は戦う」
真白も真剣な表情で告げる。
手にした弓を構えながら。
「この鉢巻はその為の護り。それを、皆は身に付けてくれた……おいそれと、死なせるものか!」
放った矢は超低空で侵入を試みようとした雑魔を叩き落とす。
隊員らはお互い顔を見合わせた。ハンター達がここまで必死に自分達に命を掛ける事に。
「志半ばで倒れるより、災狐討ち取って、これからも国を支えて……な方が、名誉だと思うんだよね」
最前線でボロボロなミィリアが笑って言った。
立っているのも不思議だ。それでも、彼女は自信満々で言葉を発する。
「成功だけは、保証する気満々だけど、どうでござる?」
「……まだまだ、踏ん張ろう」
正秋は隊員らを見渡してから返事をした。
その台詞に一同は態勢を整える。額の緑色の鉢巻きが一体感を持った動きをみせた。
そして、壁のように迫ってくる敵の集団へ武器を構える。
正しく死闘となった。
「気負い過ぎないでって言ったつもりだったのですが……」
門櫓から降りようとする希の姿を視界の隅に捉えながら奏音は呟いた。
「無理しすぎですよ、希さん……ルンルンさん!」
「任せて下さい! ルンルン忍法で援護です!」
豊満な胸を揺らしながら頼もしい返事をするルンルン。
希が門櫓から降りようとしているのは、前衛に出るつもりなのだろう。
しかし、前衛の専門である闘狩人や舞刀士ですら苦戦する最前線だ。
「血気盛んなのはいいですが、無理は禁物です」
「これ以上、歪虚の好きになんてさせないもの!」
二人の符術師は同時に符を投げつけ、結界を作る。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
「ジュ(中略)ルンルン忍法五星花! 煌めく星の花弁を纏い、召喚メガネ、ウクレレ、おいーっす!」
門に迫る一団を光の結界で焼き尽くした。
門櫓を降りようとした希の手を取ったのは時雨だった。
「行かせて下さい、時雨さん」
「私、会ってきたよ……見事にフラレちゃったけど」
何の話かと思った希だったが、すぐに意味を理解したようで驚く希。
対して、時雨は今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
「勝手に抱え込んで、覚悟決めたはず、なのに……なのに……」
黒い折り鶴のイヤリングが小刻みに揺れている。
「あの人の想いを聞いて、もう、どうしようもなくて……私にできる事、しなきゃって……」
「だったら、私を引き止めないで下さい!」
掴まれた手を強引に放そうとした希を時雨は決して離さなかった。
「何もできずに、また……失いたく、ないから……だから、ノゾミは……ノゾミだけは、生きて……お願い……」
懇願するような言葉と共に時雨は希を抱き締めた。
「生きて……そうだ……私……『約束』……」
思い出したようにハッとなる希は時雨を見つめた。
それまでの怒りに満ちた希の瞳が一転し、哀しみが溢れ出てきた。
「時雨さんも『約束』……忘れないで、下さいね」
「うん……たぶん……ね?」
「ずるいです。時雨さんは」
ぷくっと頬を膨らませた希に、時雨はぎこちない笑顔を見せた。
少女が――『約束』を取り戻した瞬間だった。
時雨と希が門櫓から降り、指揮所へと駆け出すのと入れ違うように東側にいたハンター達が駆けつけた。
「何があっても、戦意は捨てない、あきらめない!」
剣を片手にリンカが颯爽と現れ、剣先を雑魔の集団に向かって突き出すと冷気の嵐が吹き荒れる。
動きが鈍った所に、水月が斬りかかる。
「さてと、こっちの被害はー?」
ぐるりと周囲を見渡す。
ハンター達も征西部隊の隊員らも消耗しきっている様子だが、戦えないという訳ではないだろう。
消耗していない自分達が積極的に前に出れば十分に守りきれるはずだ。
「憤怒には、自爆してくるのもいるから気をつけろよ」
ロジャーが弓を素早く番えて狙いを定めながら忠告する。
今の所、自爆攻撃を仕掛けてくる敵はいないが、警戒した方が良いに決まっている。
「おっと、近づきさせないぜ!」
引き絞った矢にマテリアルを込め――ロジャーが放った矢は無数の矢雨と成り、敵の一団の動きを制した。
もちろん、そのチャンスを水月が見逃す訳がない。
「簡単に倒れないで下さいね」
深紅の刀身が宙で軌道を描く度に、雑魔が切り刻まれていく。
その様子に征西部隊の隊員らも力を振り絞り、攻勢へと転じた。
「よぉーし! もっと、士気をあげちゃうよ! リチュエルフラム!」
青白い炎を自身の剣に付与し、リンカは剣を高々と掲げて前衛に躍り出た。
加勢したハンターらによって、西側正門は劣勢から持ち直す兆しを見せる。
「さっさと片付けて、牡丹ちゃんをナンパしに、行くぜ!」
「あれ? さっき、指揮所通った時、男の人と居なかった?」
軽口を叩いたロジャーの台詞に水月が疑問形で応えた。
「そうなのか? ……なら、お相手居るみたいだし、止めとくわ」
「……女性は、他にも多くいる気がするけど……」
諦め早いロジャーにリンカが小さな声で呟いた。
間に合ってはいるが、女性として、それは言っておかなければならない。そんな気がしたからだった。
●北西角
戦況に陰りが見えたのは、西正門前の戦いに東側に居たハンター達が加勢に駆けつけ、劣勢から立て直す時であった。
不幸だったのは、それまで持ち堪えられていた事だろう。それよりも前に劣勢になっていれば、西正門前同様に援軍がすぐに駆けつけていたかもしれない。
「回復が追いつかないです」
アティが苦しそうな表情を浮かべる。
自身が傷ついている訳ではない。助ける事ができない命が増えているのだ。
「これは、ちょっとまずいかな」
最後となる符術を放ち、やや後方に下がりながら、歩夢は征西部隊の隊員が放置した槍を手に取る。
なにも無いよりかはなにかの足しにはなるだろう。
「劣勢になりつつある。至急、増援を」
トランシーバーで指揮所へ連絡すると、真は温存していたスキルを出し惜しみせずに、行使する。
少なくとも、戦線を維持できればいい。時間を稼げれば他所から援軍が来るのだから。
「持ち堪えろよ」
Gacruxが盾を損傷した柵にはめ込む。
幾度も柵は攻撃を受けている。既に損壊した部分には拒馬が応急処置的に置かれていた。
そこを狙って歪虚や雑魔の攻撃が集中するが、そちらに気を取られていると別の箇所の柵が攻撃を受けるのだ。
「いよいよ、持久戦だな」
ハンター達のマテリアルも消耗してきた。
特にスキルに関しては打ち切った者もいる。そういう状態の中でも、レイレリアは変わらず炎の魔法を放ち続けていた。
「……炎よ、森羅万象を灰燼と帰す絶対なる力となり、あらゆるものを焼き尽くせ!」
強力な魔法ではあるが、押し寄せてくる敵全てを排除できるという訳ではない。
もう何人か、居れば違ったかもしれないが。
「私にできる事は、撃ち続ける事だけ」
レイレリアは冷静に呟くと意識を集中させる。
数え切れない程の魔法を撃ち込んでも、後から後から湧いて出てくる敵の集団。
やがて、その勢いは陣の限界を突破するだろう。
「運が悪いといえば、その通りかもしれないが……」
「戦力不足だったのでしょうか……」
歩夢の呟きにアティが返事をした。
序盤、特に問題はなかった。
綻びが生じたのはどこだったのか。南西角も同様であれば向こうも苦戦を伝えてくるはず。
だが、南西は持ち堪えたようだった。違いがあるとすれば、それは何だったのか。
「作戦をもっと煮詰めるべきだった、な」
真が刀を渾身の力で振り下ろして雑魔を消滅させた。
彼らは知る由もないが、南西角も、本来であれば北西角と同様の状態に追い込まれていたはずであった。
西側正門での突破が難しいと判断したのだろう。敵は勢力を北西角と南西角へと振り分けた。
両角に違いがあったとすれば、それは圧倒的な殲滅力の違いだった。それが終盤になって敵戦力の差となったのだ。
「なんにせよ、俺達に出来る事は変わらない」
Gacruxが一直線に突き出した槍は複数体の雑魔を貫いた。
崩れていく雑魔。だが、すぐに新手も現れる。
「まだ、魔法は使えます」
そんなレイレリアの頼もしい言葉と共に炎の魔法が爆発した。
それで雑魔集団を四散させても、やはり、新手が再び迫る。
「ヌォォォ! 我らが三兄弟!」
征西部隊の隊員らが各々獲物を構えて敵集団へと駆けていく。
柵もあちらこちらで突破されて来た。
隊員らは文字通り、必死の抵抗を見せて陣内深くへの侵入を抑える事態となった。
●北西櫓
「野太! 降りて来い! その櫓はもうダメだ」
櫓の上で見張りを続ける征西部隊の隊員の名を春日 啓一(ka1621)は呼んだ。
啓一は北側の森と陣地周辺で戦っていた。
「ダメだ。敵の動きを見張る必要がある……それに、この怪我だ」
飛行能力を有する雑魔や歪虚に狙われ、すでに櫓は崩れそうだ。野太も攻撃を受け負傷していた。
「今、行く!」
「来るな! 自分の役目を果たせ!」
踏み出そうとした所で歪虚が邪魔をする。その間にも櫓に迫る鳥のような雑魔。
せめて援護だけと啓一は弓を構えた。
「野太!!」
見上げた櫓の上で、野太が鳥のような雑魔の嘴で身体を貫かれていた。
同時に別の鳥型雑魔が櫓に突撃し、轟音と共に櫓が崩れる。
投げ出されるように地面へと落下した野太に啓一は駆けつけた。
「……おい、しっかりしろ!」
だが、助からないと啓一は瞬時に理解した。野太は薄目を開けて弱々しい声で言った。
「俺は……守れなかった……お前は、守り、きれ、よ……」
それだけ言い残すと、野太の首は力なく折れ――啓一の怒号が戦場に響き渡った。
●指揮所
『女将軍』鳴月 牡丹(kz0180)は戦況の行方に満足そうな笑みを浮かべていた。
対して、星輝 Amhran(ka0724)の表情は堅い。
「ボタンよ。最初から推測していたという訳かの?」
「確実ではないけどね」
星輝は陣の東側の罠を確認していた。必要なら補修もした。
だが、その割には東側に歪虚や雑魔は回ってこない。
「星輝君のおかげで、災狐はこちらの戦力を過大評価すると……ね。だから、包囲戦はせずに、まずは手持ちの戦力を正面からぶつけてくると読んだのさ」
「なぜ、そう思ったのなら、皆に言わないのじゃ。そこが分からんのじゃ!」
思わず声を荒げる星輝。
短気――ではない。星輝が怒るには理由があったからだ。
「キララ姉さま……」
指揮所に現れたのは横の救護所で負傷者に回復魔法を行使していたUisca Amhran(ka0754)だった。
疲労感は感じさせない――いや、それほど、疲れた様子はないのだ。
救護所が暇だった訳ではない。負傷した者が続々と運ばれて来ていた。だが、それは最前線の兵士というよりかは、工兵や通信兵らであった。
「前線からの負傷者はほとんど……」
ほとんど、『来ない』のだ。
それは、征西部隊が『死にたがり』の部隊である事と関係しているのかもしれない。
瀕死の怪我を負ったとしても、それはそれで、“彼ら”が望む事だから。
「死に場所は、今後いくらでもあります……生き残ることを最優先できれば……」
悔しそうな表情のUisca。
それを見て、ますます星輝が怒る。
「何故じゃ、ボタンよ。兵力が消耗しては西へと進めないのじゃぞ」
征西部隊の目的は、赤き大地のホープだ。
牡丹は不敵な笑みを浮かべて説明する。
「僕一人でも『征西部隊』さ。僕なら一人でもホープへ行ける」
「それでは、なぜ、部隊を率いているのですか?」
食い付くようなUiscaの質問に応えたのは牡丹ではなく、龍崎・カズマ(ka0178)だった。
「『死にたがり』で命令を無視したり無茶をする者は居るだけで組織運営に問題があるから、か」
「そういった連中を集めたのか」
星輝が口をへの字に曲げた。
ある意味、死を恐れない戦士達だ。東方から西方へと向かう危険な陸路横断には持って来いなのかもしれない。
カズマは真剣な眼差しを牡丹へと向けた。
「そんなに、『今』は、生きるに値しないのか?」
「それは“彼ら”が決める事さ」
あっさりとした牡丹の返答にカズマは拳を握る。
「俺は、生きて欲しいよ。残っちまったのは辛いよ、苦しいよ。それでも、俺は……」
その時、トランシーバーから北西角から増援の要請が入った。
だが、牡丹は特に慌てる様子なく、耳を疑うような一言を口にする。
「持ち場を死守せよ」
それだけ言うと、増援を指示する事なく、通信機を置く。
「牡丹さん! 例え、死にたがる人が居たとしても、死を誘うのは、違うはずです!」
Uiscaの悲痛な言葉に牡丹は両手を挙げた。
「陣は君達、ハンターが守ってくれるのだろう」
「そのような事を言っているのではありません!」
なおも咎めようとするUiscaを星輝が止める。
「獅子身中の虫とは、こういう事じゃの。イスカ、急ぐのじゃ」
二人の巫女は北西角へと向けて指揮所を飛び出していった。
残ったカズマは深いため息と共にマシンガンを手にした。
「なんで、本当の事を言わねぇんだ?」
「なんの事かな」
惚ける牡丹の頭を小突いてカズマも指揮所を出る。一言言い残して。
「敵を倒すには攻勢に出ないといけねぇ。その為には、消耗を最低限に抑えたい。次の為に、な」
戦力の集中を欠けたハンター達であったが、各々の実力と通信機を使った情報伝達による機動防御により陣地の防衛に成功した。
征西部隊の損害は大きかったが、襲来した災狐の勢力をほぼ撃滅したのであった。歓声が沸き起こるのも束の間、新しい情報が陣地内を駆け巡った。
いよいよ、歪虚王、九蛇頭尾大黒狐 獄炎の近親者と名乗る、災狐とその本隊が森を抜けた荒地に姿を現したのだった。
【西参】消魂の肺腑 ~後編~ へ続く。
●94⇒65
陣地の東側で待機していたユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)とアルファス(ka3312)は仲間のハンター達と共に、西正門前へ移動し戦闘。
その後、北西角での劣勢が伝わると、西正門前は仲間のハンター達に任せ、急いで北西角へと向かっていた。
「……イチガイ達の人生を、敵討ちで終わらせたくない……」
暑苦しい程の筋肉質な三兄弟の無事を祈りながら駆けた。
途中、陣の中に入り込んだ雑魔や飛んで侵入してきた歪虚を打倒しながら向かう。
「だいぶと押し返したようだね」
周囲の状況を確認しながらアルファスは呟く。
陣地内での戦闘は一時的であったようだ。程なく、一番外側の柵へと辿り着く。しかし、そこで、ユーリの足は止まる。
「…………」
落とした視線の先。三兄弟は地に伏せていた。
「ユーリ……」
「だい……じょうぶ……」
ゆっくりと近づいて状態を確認する。
サブロウとジロウは既に絶命していた。傷跡から壮絶な戦いだったと想像出来る。
イチガイだけが虫の息だった。意識は混濁しているようで、ブツブツとなにかを口にしていた。
「……よく……よく、頑張った。イチガイ」
ユーリの言葉は聞こえたようだった。
「……お嬢、やりましたよ。お嬢のお父上を、お救いました」
不器用に笑って見せるイチガイ。意識が朦朧として、目の前にいるユーリを別の人物と思い込んでいるようだ。
イチガイの震える手を、ユーリはしっかりと握った。
「……よくやった。ありがとう……」
「お嬢、どうか、お幸せに……それが、我ら仕える者共の、願い……で……」
最後までは言葉にならず、イチガイは力尽きた。
それでも、しばし手を握り続けていたユーリはやがて、手を離し、イチガイの瞳を閉じると立ち上がった。
「……私を……似てるって……ね。イチガイ達の……主の……娘に……私、そんなに……似てたの……かな……」
立ち上がったまま俯いて黙するユーリをアルファスは後ろから優しく抱き締める。
「……きっと、似ていたと僕は思うよ」
最愛の人の言葉に、ユーリは小さく何度も頷いた。暑苦しい三兄弟との別れを惜しむかのように。
そして、一歩、大きく踏み出すと、蒼き刀身の刀をスラリと抜いた。
「今の私にやれる事を……」
「分かってる。僕は、ユーリの背中を守るから」
ユーリは、優しく微笑んだアルファスの顔を振り返って見てから、刀を持つ手に強い決意を込めた。
配置に着いたハンター達の構成が記されたメモを手に取り、鳴月 牡丹(kz0180)が口元を緩めた。
「花道の邪魔はさせないさ。さぁ、存分に戦いな。征西部隊」
戦闘の開始を知らせる鏑矢が指揮所の真上を通過していった。
●東
「戦闘が開始されたみたいだね」
陣地の東側には川が流れている。敵の奇襲を警戒し、リンカ・エルネージュ(ka1840)ら数名のハンター達は注意深く、周囲を見張る。
トランシーバーからは戦端が開かれた西側からの情報が流れている。
「攻める側は、守る側の数倍が必要って聞きますし、そうキツいってことはなさそー?」
葛音 水月(ka1895)が魔導機械式の拳銃をくるくると回した。
今回、攻め寄せて来ている災狐の勢力は、征西部隊の倍ぐらいと言われている。
純粋な防衛戦であれば、楽な戦いになりそうではあるのだが……。
そこへ、迷彩ジャケットを羽織ったロジャー=ウィステリアランド(ka2900)が、東側の森から姿を現した。
「こっち側は敵がいないみたいだぜ」
彼は陣地の東側へ斥候に出ていた。
その結果……東側へ迂回してくる敵は居ない様子だった。
「それなら、西側へ移動する?」
首を傾げるリンカの台詞に水月はくるくる回していた拳銃を止めた。
「こっちから打って出るのも手かもだけど……」
トランシーバーからは陣地西正門の苦戦が響いてくる。
「交戦中の隊と合流といこうか」
ロジャーの宣言にハンター達は頷くと、陣地西へと向かって駆け出した。
●西正門前
迫ってくるという勢いではない。
様々な動物が合わさった姿をした憤怒に属する歪虚や雑魔が、雪崩のように突撃してくるのを、ミィリア(ka2689)は長大な刀で薙ぎ払う。
「簡単に、越えて行けると思うなよ! で、ござる!」
その一撃が振るわれる度に、霧散するが敵の勢いは止まらない。
抜けて来た分を、七葵(ka4740)が素早い動きで白銀の刀身を雑魔へと突き立てた。
「正秋殿、継戦を意識だ」
共に戦い続けてきた正秋の額には緑の鉢巻がしっかりと巻かれていた。
それは、征西部隊の隊員だけではなく、ミィリアも七葵も、銀 真白(ka4128)も同様だった。
最前線で戦う仲間達よりも一歩後ろに下がり、弓を構えている。
「武人として、汚名を濯ぐ為、忠を貫く為、命をかける時はあるだろう」
全身からマテリアルの炎を放出する。身を呈して敵を引き寄せる炎だ。
「だが、それは、しかと、怨敵討果たし、生きて喜びあってこそと、私は思う」
向かって来る雑魔に対し、弓を構え弦を引き絞る――刹那、放たれた矢は宙を貫く音を立てて、雑魔へと突き刺さった。
動きが鈍った所へ、周囲の雑魔もろとも、ミィリアの刀が振るわれた。
「そうだよ。大切な人が守ったもの、切り開いていく未来。この目で見届けなくっちゃ」
敵からの無数とも言える攻撃を鎧で受け止め、征西部隊の隊員を庇う。
倒しきれなかった敵が口元から炎を吹き出して柵を焼こうとするが、刀を水平に構えた七葵が一気に距離を詰めて貫き斬る。
「先の先を取って、向こうのペースにはさせない」
引き抜いた刀を一振し、構え直すと、横で戦う正秋と並んだ。
そこへ、頭上から弧を描いて飛翔する雑魔。それに対し、門櫓から符術が放たれる。
「空から陣内にはいかせませんよ」
「ルンルン忍法とカードの力を駆使して、征西部隊陣地を防衛しちゃいます!」
夜桜 奏音(ka5754)とルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)の二人だった。
宙を稲妻が駆けて、門へと突撃を図る雑魔を粉砕した。
「あそこは危なそうですね」
空からの次は大地。先程から急流のよう勢いで攻め寄せて来ていた憤怒の歪虚だが、丸太のよな角を持つ猪モドキが数体迫って来るのを見つけ、奏音は符を掲げながら舞い始める。
「ジュゲームリリ(中略)マジカル……ルンルン忍法金縛りの術!」
ルンルンの符術により、一角に結界が張られ、敵の勢いが止まる。
その範囲に対し、奏音が放った複数の符が結界を形創り、その中を光が容赦なく焼き尽くす。
崩れた敵集団に追い打ちをかけるように、矢と機導術の光が駆けた。
門櫓の上で、小鳥遊 時雨(ka4921)と紡伎 希(kz0174)の二人が背を合わせていた。
●北西角
士気旺盛という言葉を通り過ぎて、今にも柵を越えてしまいそうな隊員達の姿を、Gacrux(ka2726)は視界内に留めながら拳銃を放つ。
(死にたがりとは、時に、自分本位だと思いますがね)
過去の報告書は読んだ。
(望むなら止めはしませんが)
それでも、作戦に協力できればと思う。
戦線は今の所、有利に進んでいるように思える。西正門前の方からは敵の勢いや量が多く、必死の攻防が繰り広げられている様だが、こちらはそれほどではない。
角は二方面から攻撃を受けやすい。
それでも、戦線を支えているのは、先程から続く爆発だった。
「この陣地を落とされる訳にはいきませんので……」
レイレリア・リナークシス(ka3872)が唱えていた魔法だ。
強力な火の爆発が群がる敵の中で広がり、吹き飛ばしていく。
「容赦はいたしません。参ります」
彼女が放つ攻撃魔法によって仕留め切れなかった雑魔に鞍馬 真(ka5819)は刀先を突き刺す。
「敵の数が増えてきた」
弓から刀に持ち替え、前線に出ている状態だ。
思ったより早いと思ったが全体的には問題はないだろう。
「逃げる敵は深追いするな」
近くにいた征西部隊の隊員に声を掛ける。
目的は防衛戦だ。勢い余って追撃に出て逆襲を受けては話にならない。
「聖騎士アティ。参ります」
短杖を構えて前線に立つのはアティ(ka2729)だった。
敵が集中する場へと駆けつけては盾で庇いつつ、回復魔法を行使していく。
その横で、歩夢(ka5975)がカードバインダーから符を取り出すと符術を唱える。
「陽で照らし、陰を広げ、世の理りを知らしめよ。吉凶の方角を示せ! 禹歩!」
戦機を見い出す符術である。
符が示す西の方角に向かって符を向けた。
「次は西から来るぜ」
続けて空中に投げつた符は、稲妻となって、新たに現れた雑魔共を焼いていく。
「死んでは、何にもなりません。 例え辛くても、生きなければ」
宣言しつつ眼前に迫った雑魔を盾で押し返しながらアティは回復魔法を使う。
こうして、北西角は、攻守バランス良く征西部隊と共に敵襲を受け止めていた。
●南西角(西側)
戦闘は苛烈だ。誰一人として傷つかず、死なないという事はない。
冷たくなった隊員の一人の手をシェルミア・クリスティア(ka5955)は降ろすと、胸元で組んでやる。
瞬が泥と血が混じり合って汚れた姿で振り返った。
「……ここは、“俺ら”の戦場だ。どこでどうしようと“俺ら”の自由なはずだ」
「違うよ。この戦いは、征西部隊だけじゃない……わたしにとっても大切な戦い……」
自身の両手を合わせ、瞳を閉じた。
受け取った想いと託されたモノの為に――。
「皆、それが分かって戦っている」
奮戦を続ける仲間のハンター達に視線を向けた。
護る誓いを立てた者もいれば、大切な人の為の者もいる。供養の者もいれば、命を煌めかせ前へと進む者もいた。
シェルミアは感じていた。“彼ら”の死にたがりの根底にあるものを。
それは――怒り――だ。
自分自身を赦せない怒りだ。過去に囚われ、振り切れずに、死に場所を求める怒りだ。
「名誉を取り戻す為に、命を賭ける事を非難はしないよ。でも……此処でそうして死なれたら困るんだ」
符に描かれた呪文が赤く輝き、シェルミアが符術を行使する。
「今、此処で命を捨てるつもりなら、わたしに預けてよ。『託して』おいて逃げるのは無しだよ?」
瞬の頭を今まさに噛み砕こうとした歪虚を光の結界が焼く。
「……後悔してもしらないぞ」
それだけ言い残し、瞬は刀を正眼に構えた。
二方向から同時に攻めて来る歪虚や雑魔。動物が複数合わさったような姿の者が多い。中には翼を持って飛び回る存在も居て厄介である。
その一角がマテリアルの銃弾雨によって動きが止まる。
「妹への手向けだ。一匹残らず、この私が摘み取ってやる、来い!」
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)による援護射撃だ。
空になった弾倉を素早い動きでリロードしつつ、周囲の状況を注意深く警戒する。
直後、雑魔が射出したなにかの塊が飛翔してきたが、柵と樹木の影に身を隠してやり過ごしたが、不幸にも陣地内にいた征西部隊の隊員の頭を直撃した。
「やっかいな攻撃を」
ここは西と南の二方向から狙われているのだ。この状態での防衛戦はやっかいだ。
注意力が二分されるだけではない。相手側は戦力を広く展開できるのに対し、こちらは別々の方向に向かって攻撃を広げなければならない。
これを解決するには、どちらか一方に対して逆襲して勢力を落とす必要がある。
「それは、あの二人に任せるか……壮介! 西側の援護だ!」
その呼び掛けに連城 壮介(ka4765)は手を挙げて応える。
東方出身の彼は、隊員達の気持ちは痛いほど分かる。
憤怒の歪虚との戦いは、西方からの援軍が来るまで絶望の一言だったから。
「命を大事にとは、言えません。自分の戦いも似たようなものですし」
刀を振り回して割って入り、危なげな隊員を助ける。
「その代り、全力で戦ってくださいね。早く死ねるからって、手抜きは駄目ですよ」
「そうだな。手抜きをしない事には賛同だ」
壮介の言葉に槍を構えた隊員の一人が言った。
おっさんの兵士だ。名前は確か、ゲンタと呼ばれていたか。
「死ぬ気で戦って、それでも生き残ったなら……『向こう』へ、持っていく土産が足りないんでしょう」
「そういう事だ」
「なら、さっさと此処を切り抜けて、西へ進みましょうか」
ここで死ぬ気はない。ここで死なせる気もない。
まだ、西へと向かう必要がある。憤怒の歪虚である災狐は、まだ、その姿を現していないのだ。
「それじゃ、文字通り『死ぬ気』で挑むか。なぁ、お前ら!」
ゲンタは槍を垂直に立てながら周囲の隊員らに呼びかけた。
その呼び掛けに一斉に応じる隊員達。
「私が、責任を持って援護する。存分に戦え」
コーネリアが後方からその様に言いながら、援護の為の射撃を放つ。
足並みが崩れた雑魔の集団に対し、隊員達による槍衾が襲いかかった――。
●南西角(南側)
南側を支えていたのは二人のハンターだった。
「私の前で、一人も死なせない」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が疾走する度に歪虚も雑魔も崩れ落ちていく。
隊員らに前に無理やり割って入る程の勢いだ。
「命を捨てるように戦って、大切な人に、頑張ったよって報告できるのか!?」
獅子奮迅の活躍を見せるアルトに隊員達は息を飲んだ。
人とは、これほど、強くなれるのかと。それは同時に、こうも思わせた。
――ここは、自分達にとって死に場所なのかと。
否だった。
彼女の戦いぶりを見れば、ここで死ぬのは早い。そう感じずにはいられなかった。
それでも戦いは非情だ。
押し寄せる憤怒の歪虚に否応なく飲み込まれる。
一刻を争うと判断したアルトはリューリ・ハルマ(ka0502)の名を叫んだ。
「リューリちゃん! いくよ!」
「アルトちゃん! 任せて!」
リューリが手にしていた槍を掴み、渾身の力を込めて身体を捻りながら彼女を敵の集団へと投げ込む。
宙を駆けるリューリは霊闘士の奥義を発した。
ドワーフの戦士の様な幻影が彼女を包み込み――リューリの身体が巨大化する。
轟音と共に、地面に着地すると、槍と長いリーチで持って全周囲を薙ぎ払った。その勢いはまるで竜巻だ。
「仲間が死んだら、悲しいんだよ!」
願いにも似た彼女の台詞。
リューリのその一撃は、木々諸共、歪虚や雑魔を砕き倒す。
「だ、か、ら!」
ドン! っと踏み込み、大地が揺れる。
再びぐるんぐるんと奥義状態が維持されている間、リューリが回った。倒れた歪虚は吹き飛び、雑魔は粉々に消滅する。
同時に奥義が解除され、元のサイズに戻るリューリに、やはり、敵を突破したアルトが駆け寄った。
突出した二人を囲むように歪虚や雑魔が迫る。
それらをアルトは冷静な目で見つめながら口を開いた。
「『茨の王』。お前の名は、ずっと重いと感じていた――」
大切な友にポーションを渡しつつ、片方の手は刀を構える。
「――だが、お前が種のために戦ったように、私も、人を守るために」
「誰も悲しまないように」
アルトの言葉を続けるかのようにリューリが拳を握る。
直後、二人のハンターが再び嵐となった。
●西正門前
わざと敵を引き込みやすくし、火力を集中させる。
それが、陣地構築時にあるハンターが計画した事であった。その為、計画通りに、西正門前には多くの敵が雪崩込む。
その勢いは戦闘開始時に配置していたハンター達だけでは倒しきれなくなる。西正門前が押されている理由は、ずばり、火力不足だった。
「こうなったら……」
一度、膝を着いた正秋が立ち上がると鋭い視線を敵へ向ける。
彼の周りにいた隊員らも同じ顔をしていた。ジリ貧になる前に、と。
そんな彼らの視線を傷だらけの七葵が遮った。
「有終の美を、否定はしない」
肩で荒く呼吸をしながら、言葉を続ける。
「だが、まだ、その時ではなかろう」
「共に戦った仲間が失われるのは、私は嫌だ。皆と笑い合う未来の為に、私は戦う」
真白も真剣な表情で告げる。
手にした弓を構えながら。
「この鉢巻はその為の護り。それを、皆は身に付けてくれた……おいそれと、死なせるものか!」
放った矢は超低空で侵入を試みようとした雑魔を叩き落とす。
隊員らはお互い顔を見合わせた。ハンター達がここまで必死に自分達に命を掛ける事に。
「志半ばで倒れるより、災狐討ち取って、これからも国を支えて……な方が、名誉だと思うんだよね」
最前線でボロボロなミィリアが笑って言った。
立っているのも不思議だ。それでも、彼女は自信満々で言葉を発する。
「成功だけは、保証する気満々だけど、どうでござる?」
「……まだまだ、踏ん張ろう」
正秋は隊員らを見渡してから返事をした。
その台詞に一同は態勢を整える。額の緑色の鉢巻きが一体感を持った動きをみせた。
そして、壁のように迫ってくる敵の集団へ武器を構える。
正しく死闘となった。
「気負い過ぎないでって言ったつもりだったのですが……」
門櫓から降りようとする希の姿を視界の隅に捉えながら奏音は呟いた。
「無理しすぎですよ、希さん……ルンルンさん!」
「任せて下さい! ルンルン忍法で援護です!」
豊満な胸を揺らしながら頼もしい返事をするルンルン。
希が門櫓から降りようとしているのは、前衛に出るつもりなのだろう。
しかし、前衛の専門である闘狩人や舞刀士ですら苦戦する最前線だ。
「血気盛んなのはいいですが、無理は禁物です」
「これ以上、歪虚の好きになんてさせないもの!」
二人の符術師は同時に符を投げつけ、結界を作る。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
「ジュ(中略)ルンルン忍法五星花! 煌めく星の花弁を纏い、召喚メガネ、ウクレレ、おいーっす!」
門に迫る一団を光の結界で焼き尽くした。
門櫓を降りようとした希の手を取ったのは時雨だった。
「行かせて下さい、時雨さん」
「私、会ってきたよ……見事にフラレちゃったけど」
何の話かと思った希だったが、すぐに意味を理解したようで驚く希。
対して、時雨は今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
「勝手に抱え込んで、覚悟決めたはず、なのに……なのに……」
黒い折り鶴のイヤリングが小刻みに揺れている。
「あの人の想いを聞いて、もう、どうしようもなくて……私にできる事、しなきゃって……」
「だったら、私を引き止めないで下さい!」
掴まれた手を強引に放そうとした希を時雨は決して離さなかった。
「何もできずに、また……失いたく、ないから……だから、ノゾミは……ノゾミだけは、生きて……お願い……」
懇願するような言葉と共に時雨は希を抱き締めた。
「生きて……そうだ……私……『約束』……」
思い出したようにハッとなる希は時雨を見つめた。
それまでの怒りに満ちた希の瞳が一転し、哀しみが溢れ出てきた。
「時雨さんも『約束』……忘れないで、下さいね」
「うん……たぶん……ね?」
「ずるいです。時雨さんは」
ぷくっと頬を膨らませた希に、時雨はぎこちない笑顔を見せた。
少女が――『約束』を取り戻した瞬間だった。
時雨と希が門櫓から降り、指揮所へと駆け出すのと入れ違うように東側にいたハンター達が駆けつけた。
「何があっても、戦意は捨てない、あきらめない!」
剣を片手にリンカが颯爽と現れ、剣先を雑魔の集団に向かって突き出すと冷気の嵐が吹き荒れる。
動きが鈍った所に、水月が斬りかかる。
「さてと、こっちの被害はー?」
ぐるりと周囲を見渡す。
ハンター達も征西部隊の隊員らも消耗しきっている様子だが、戦えないという訳ではないだろう。
消耗していない自分達が積極的に前に出れば十分に守りきれるはずだ。
「憤怒には、自爆してくるのもいるから気をつけろよ」
ロジャーが弓を素早く番えて狙いを定めながら忠告する。
今の所、自爆攻撃を仕掛けてくる敵はいないが、警戒した方が良いに決まっている。
「おっと、近づきさせないぜ!」
引き絞った矢にマテリアルを込め――ロジャーが放った矢は無数の矢雨と成り、敵の一団の動きを制した。
もちろん、そのチャンスを水月が見逃す訳がない。
「簡単に倒れないで下さいね」
深紅の刀身が宙で軌道を描く度に、雑魔が切り刻まれていく。
その様子に征西部隊の隊員らも力を振り絞り、攻勢へと転じた。
「よぉーし! もっと、士気をあげちゃうよ! リチュエルフラム!」
青白い炎を自身の剣に付与し、リンカは剣を高々と掲げて前衛に躍り出た。
加勢したハンターらによって、西側正門は劣勢から持ち直す兆しを見せる。
「さっさと片付けて、牡丹ちゃんをナンパしに、行くぜ!」
「あれ? さっき、指揮所通った時、男の人と居なかった?」
軽口を叩いたロジャーの台詞に水月が疑問形で応えた。
「そうなのか? ……なら、お相手居るみたいだし、止めとくわ」
「……女性は、他にも多くいる気がするけど……」
諦め早いロジャーにリンカが小さな声で呟いた。
間に合ってはいるが、女性として、それは言っておかなければならない。そんな気がしたからだった。
●北西角
戦況に陰りが見えたのは、西正門前の戦いに東側に居たハンター達が加勢に駆けつけ、劣勢から立て直す時であった。
不幸だったのは、それまで持ち堪えられていた事だろう。それよりも前に劣勢になっていれば、西正門前同様に援軍がすぐに駆けつけていたかもしれない。
「回復が追いつかないです」
アティが苦しそうな表情を浮かべる。
自身が傷ついている訳ではない。助ける事ができない命が増えているのだ。
「これは、ちょっとまずいかな」
最後となる符術を放ち、やや後方に下がりながら、歩夢は征西部隊の隊員が放置した槍を手に取る。
なにも無いよりかはなにかの足しにはなるだろう。
「劣勢になりつつある。至急、増援を」
トランシーバーで指揮所へ連絡すると、真は温存していたスキルを出し惜しみせずに、行使する。
少なくとも、戦線を維持できればいい。時間を稼げれば他所から援軍が来るのだから。
「持ち堪えろよ」
Gacruxが盾を損傷した柵にはめ込む。
幾度も柵は攻撃を受けている。既に損壊した部分には拒馬が応急処置的に置かれていた。
そこを狙って歪虚や雑魔の攻撃が集中するが、そちらに気を取られていると別の箇所の柵が攻撃を受けるのだ。
「いよいよ、持久戦だな」
ハンター達のマテリアルも消耗してきた。
特にスキルに関しては打ち切った者もいる。そういう状態の中でも、レイレリアは変わらず炎の魔法を放ち続けていた。
「……炎よ、森羅万象を灰燼と帰す絶対なる力となり、あらゆるものを焼き尽くせ!」
強力な魔法ではあるが、押し寄せてくる敵全てを排除できるという訳ではない。
もう何人か、居れば違ったかもしれないが。
「私にできる事は、撃ち続ける事だけ」
レイレリアは冷静に呟くと意識を集中させる。
数え切れない程の魔法を撃ち込んでも、後から後から湧いて出てくる敵の集団。
やがて、その勢いは陣の限界を突破するだろう。
「運が悪いといえば、その通りかもしれないが……」
「戦力不足だったのでしょうか……」
歩夢の呟きにアティが返事をした。
序盤、特に問題はなかった。
綻びが生じたのはどこだったのか。南西角も同様であれば向こうも苦戦を伝えてくるはず。
だが、南西は持ち堪えたようだった。違いがあるとすれば、それは何だったのか。
「作戦をもっと煮詰めるべきだった、な」
真が刀を渾身の力で振り下ろして雑魔を消滅させた。
彼らは知る由もないが、南西角も、本来であれば北西角と同様の状態に追い込まれていたはずであった。
西側正門での突破が難しいと判断したのだろう。敵は勢力を北西角と南西角へと振り分けた。
両角に違いがあったとすれば、それは圧倒的な殲滅力の違いだった。それが終盤になって敵戦力の差となったのだ。
「なんにせよ、俺達に出来る事は変わらない」
Gacruxが一直線に突き出した槍は複数体の雑魔を貫いた。
崩れていく雑魔。だが、すぐに新手も現れる。
「まだ、魔法は使えます」
そんなレイレリアの頼もしい言葉と共に炎の魔法が爆発した。
それで雑魔集団を四散させても、やはり、新手が再び迫る。
「ヌォォォ! 我らが三兄弟!」
征西部隊の隊員らが各々獲物を構えて敵集団へと駆けていく。
柵もあちらこちらで突破されて来た。
隊員らは文字通り、必死の抵抗を見せて陣内深くへの侵入を抑える事態となった。
●北西櫓
「野太! 降りて来い! その櫓はもうダメだ」
櫓の上で見張りを続ける征西部隊の隊員の名を春日 啓一(ka1621)は呼んだ。
啓一は北側の森と陣地周辺で戦っていた。
「ダメだ。敵の動きを見張る必要がある……それに、この怪我だ」
飛行能力を有する雑魔や歪虚に狙われ、すでに櫓は崩れそうだ。野太も攻撃を受け負傷していた。
「今、行く!」
「来るな! 自分の役目を果たせ!」
踏み出そうとした所で歪虚が邪魔をする。その間にも櫓に迫る鳥のような雑魔。
せめて援護だけと啓一は弓を構えた。
「野太!!」
見上げた櫓の上で、野太が鳥のような雑魔の嘴で身体を貫かれていた。
同時に別の鳥型雑魔が櫓に突撃し、轟音と共に櫓が崩れる。
投げ出されるように地面へと落下した野太に啓一は駆けつけた。
「……おい、しっかりしろ!」
だが、助からないと啓一は瞬時に理解した。野太は薄目を開けて弱々しい声で言った。
「俺は……守れなかった……お前は、守り、きれ、よ……」
それだけ言い残すと、野太の首は力なく折れ――啓一の怒号が戦場に響き渡った。
●指揮所
『女将軍』鳴月 牡丹(kz0180)は戦況の行方に満足そうな笑みを浮かべていた。
対して、星輝 Amhran(ka0724)の表情は堅い。
「ボタンよ。最初から推測していたという訳かの?」
「確実ではないけどね」
星輝は陣の東側の罠を確認していた。必要なら補修もした。
だが、その割には東側に歪虚や雑魔は回ってこない。
「星輝君のおかげで、災狐はこちらの戦力を過大評価すると……ね。だから、包囲戦はせずに、まずは手持ちの戦力を正面からぶつけてくると読んだのさ」
「なぜ、そう思ったのなら、皆に言わないのじゃ。そこが分からんのじゃ!」
思わず声を荒げる星輝。
短気――ではない。星輝が怒るには理由があったからだ。
「キララ姉さま……」
指揮所に現れたのは横の救護所で負傷者に回復魔法を行使していたUisca Amhran(ka0754)だった。
疲労感は感じさせない――いや、それほど、疲れた様子はないのだ。
救護所が暇だった訳ではない。負傷した者が続々と運ばれて来ていた。だが、それは最前線の兵士というよりかは、工兵や通信兵らであった。
「前線からの負傷者はほとんど……」
ほとんど、『来ない』のだ。
それは、征西部隊が『死にたがり』の部隊である事と関係しているのかもしれない。
瀕死の怪我を負ったとしても、それはそれで、“彼ら”が望む事だから。
「死に場所は、今後いくらでもあります……生き残ることを最優先できれば……」
悔しそうな表情のUisca。
それを見て、ますます星輝が怒る。
「何故じゃ、ボタンよ。兵力が消耗しては西へと進めないのじゃぞ」
征西部隊の目的は、赤き大地のホープだ。
牡丹は不敵な笑みを浮かべて説明する。
「僕一人でも『征西部隊』さ。僕なら一人でもホープへ行ける」
「それでは、なぜ、部隊を率いているのですか?」
食い付くようなUiscaの質問に応えたのは牡丹ではなく、龍崎・カズマ(ka0178)だった。
「『死にたがり』で命令を無視したり無茶をする者は居るだけで組織運営に問題があるから、か」
「そういった連中を集めたのか」
星輝が口をへの字に曲げた。
ある意味、死を恐れない戦士達だ。東方から西方へと向かう危険な陸路横断には持って来いなのかもしれない。
カズマは真剣な眼差しを牡丹へと向けた。
「そんなに、『今』は、生きるに値しないのか?」
「それは“彼ら”が決める事さ」
あっさりとした牡丹の返答にカズマは拳を握る。
「俺は、生きて欲しいよ。残っちまったのは辛いよ、苦しいよ。それでも、俺は……」
その時、トランシーバーから北西角から増援の要請が入った。
だが、牡丹は特に慌てる様子なく、耳を疑うような一言を口にする。
「持ち場を死守せよ」
それだけ言うと、増援を指示する事なく、通信機を置く。
「牡丹さん! 例え、死にたがる人が居たとしても、死を誘うのは、違うはずです!」
Uiscaの悲痛な言葉に牡丹は両手を挙げた。
「陣は君達、ハンターが守ってくれるのだろう」
「そのような事を言っているのではありません!」
なおも咎めようとするUiscaを星輝が止める。
「獅子身中の虫とは、こういう事じゃの。イスカ、急ぐのじゃ」
二人の巫女は北西角へと向けて指揮所を飛び出していった。
残ったカズマは深いため息と共にマシンガンを手にした。
「なんで、本当の事を言わねぇんだ?」
「なんの事かな」
惚ける牡丹の頭を小突いてカズマも指揮所を出る。一言言い残して。
「敵を倒すには攻勢に出ないといけねぇ。その為には、消耗を最低限に抑えたい。次の為に、な」
戦力の集中を欠けたハンター達であったが、各々の実力と通信機を使った情報伝達による機動防御により陣地の防衛に成功した。
征西部隊の損害は大きかったが、襲来した災狐の勢力をほぼ撃滅したのであった。歓声が沸き起こるのも束の間、新しい情報が陣地内を駆け巡った。
いよいよ、歪虚王、九蛇頭尾大黒狐 獄炎の近親者と名乗る、災狐とその本隊が森を抜けた荒地に姿を現したのだった。
【西参】消魂の肺腑 ~後編~ へ続く。
●94⇒65
陣地の東側で待機していたユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)とアルファス(ka3312)は仲間のハンター達と共に、西正門前へ移動し戦闘。
その後、北西角での劣勢が伝わると、西正門前は仲間のハンター達に任せ、急いで北西角へと向かっていた。
「……イチガイ達の人生を、敵討ちで終わらせたくない……」
暑苦しい程の筋肉質な三兄弟の無事を祈りながら駆けた。
途中、陣の中に入り込んだ雑魔や飛んで侵入してきた歪虚を打倒しながら向かう。
「だいぶと押し返したようだね」
周囲の状況を確認しながらアルファスは呟く。
陣地内での戦闘は一時的であったようだ。程なく、一番外側の柵へと辿り着く。しかし、そこで、ユーリの足は止まる。
「…………」
落とした視線の先。三兄弟は地に伏せていた。
「ユーリ……」
「だい……じょうぶ……」
ゆっくりと近づいて状態を確認する。
サブロウとジロウは既に絶命していた。傷跡から壮絶な戦いだったと想像出来る。
イチガイだけが虫の息だった。意識は混濁しているようで、ブツブツとなにかを口にしていた。
「……よく……よく、頑張った。イチガイ」
ユーリの言葉は聞こえたようだった。
「……お嬢、やりましたよ。お嬢のお父上を、お救いました」
不器用に笑って見せるイチガイ。意識が朦朧として、目の前にいるユーリを別の人物と思い込んでいるようだ。
イチガイの震える手を、ユーリはしっかりと握った。
「……よくやった。ありがとう……」
「お嬢、どうか、お幸せに……それが、我ら仕える者共の、願い……で……」
最後までは言葉にならず、イチガイは力尽きた。
それでも、しばし手を握り続けていたユーリはやがて、手を離し、イチガイの瞳を閉じると立ち上がった。
「……私を……似てるって……ね。イチガイ達の……主の……娘に……私、そんなに……似てたの……かな……」
立ち上がったまま俯いて黙するユーリをアルファスは後ろから優しく抱き締める。
「……きっと、似ていたと僕は思うよ」
最愛の人の言葉に、ユーリは小さく何度も頷いた。暑苦しい三兄弟との別れを惜しむかのように。
そして、一歩、大きく踏み出すと、蒼き刀身の刀をスラリと抜いた。
「今の私にやれる事を……」
「分かってる。僕は、ユーリの背中を守るから」
ユーリは、優しく微笑んだアルファスの顔を振り返って見てから、刀を持つ手に強い決意を込めた。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
---|
面白かった! | 19人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 ロジャー=ウィステリアランド(ka2900) 人間(クリムゾンウェスト)|19才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/09/02 02:02:35 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/08/30 21:01:36 |
|
![]() |
質問卓 シェルミア・クリスティア(ka5955) 人間(リアルブルー)|18才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2016/09/01 04:32:01 |