ゲスト
(ka0000)
【猫譚】族! ユグディランブル!【刻令】
マスター:ムジカ・トラス

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/09/08 12:00
- 完成日
- 2016/09/26 08:05
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
あまりの事態に、グラズヘイム騎士団青の隊に属する騎士、レヴィンは脱毛していた。
「えええ……っ?」
眼前には羊達の『軍勢』。その数は三百を下るまい。その戦列にはレヴィンにも見慣れぬ個体も少なからず居た。
レヴィンの後方にはハンター達も含めたニンゲンの兵士と戦士たちが待機している。そう、戦場である。緊迫を極め、今まさに戦いの火蓋が切られようとしていた――所だったのだ。
横合いから土煙を上げて突撃してくる集団が、事態を一挙に混迷へと叩きこまなければ。
「な、何故!?」
突撃してくるのは、レヴィンにとっては見慣れた――《Gnome》の集団であった。
さらには、その先頭に輝く、あれは!
「《BIGnome》!?」
●
僕はユグディラである。名前は何だったかニャ。うーむ。木にぶつかってから調子が悪い。
恐ろしい羊達に追われた僕たちは、ニンゲンの街に来た。此処はゴハンも出る。採れたての果実は尾と髭が震えるほどに美味しかった。
ニンゲンたちはゴハンだけでなく、毛繕いもしてくれる。僕たちよりもニンゲンたちの方が数が多いから、もうずっと毛繕いされ通し。
ウーン、ニャんて極楽。
蕩けそう。いニャ(否)。蕩けてる。
そんな幸せニャ日々が続いていた、ある日のこと。僕たちはソレを目にした。
――そして、思い出したのニャ。僕たちが、今、ニャ(為)すべきコトを。
●
王国西部、リベルタース地方。その中でもさらに北西に位置するデュニクスの郊外で、男たちは向き合っていた。
「な、なんですかこれは……?」
「……まことに、申し訳ない……」
逃亡していたユグディラ達を助けて以来、レヴィンの生活は彩りに満ち溢れていた。野生に返そうと預かったユグディラ達だが、すっかり居着いてしまったのだ。ちょっとだけ率先して世話をしたら、秘書マリーベル、渉外役キャシー、その他イケイケなヤンキー系団員達がこぞって世話をしだした結果だと今なら解る。
つまり、成り行きだ。愛猫家のレヴィンは、思う様ユグディラを愛でて過ごしていた。そこに猛烈な存在感を伴って――《それ》が現れたのだ。
「こ、これは……《Gnome》……ですか?」
「ええ、一応は」
レヴィンの問いかけに、悄然と俯く樽腹の男ポチョム――かつての密偵であり、現騎士である――はそう応じた。
《Gnome》とは、ポチョムの古巣である『第六商会』というヘクス・シャルシェレット(kz0015)が運営する商会が開発した現代版ゴーレムである。魔術師協会によって禁呪指定されたゴーレムを作成するための術式、刻令術を利用して開発された機体だ。
禁呪指定されてなお大手を振って開発できている事が示すように刻令術は技術として未だ拙いが、利点もある。それらを活かして《Gnome》の性能は支援行動へと特化していた。整地、建築、開墾、輸送といった後方支援機能だ。
「は、はぁ……」
レヴィンは《それ》を見上げた。Gnomeのフォルムは特徴的だ。ハンター達の提言を受けた結果、脚部は無限軌道、上半身は人に似た形をしており、二つの腕を有している。今見上げている《それ》は、見た目としては《Gnome》そのままである。
だが。
「す、すごく……大きい……です」
《Gnome》というには、余りに大きい。軽く見積もっても本来のGnomeのサイズの2倍ほどに至る。元々の図体も大きく設計された《Gnome》であるから、その迫力たるや凄まじい。更には、その機体の表面には純金のコーティングがされているとなれば――その威容、筆舌に尽くしがたい。
項垂れたポチョムは、かつての上司の凶行を防げなかったことを悔恨しているのであった。
「《BIGnome》というらしいです。すみません、《Gnome》の増産を図らなくては行けない時期だというのに」
「い、いえ、そちらは私達が本来関与するべきところではありませんから……この機体の運用については、ヘクス卿は何か……?」
「……『僕が行くまで、飾っておいて』と」
「……」
レヴィンは考える事をやめた。漁村の出身であるレヴィンには、金持ちの道楽は理解し難い。
それよりも、考えるべきは他にあるのだ。
「……そ、それはそれとして……例の件、ですが」
「ああ……」
ポチョムは漸く顔を上げた。名誉挽回の機会と意気込んでいるのだろうか、言葉に、力が戻る。
「羊型歪虚の件、ですな」
●
羊型歪虚の動き有り。
それがデュニクス近辺、より広く言えば、王国西部、リベルタース地方に及んでいる。
レヴィン達も過日遭遇したばかりであるが、それはただの歪虚被害とは異なる意味を持つ。
即ち――ベリアルの、再々動である。
デュニクスは立地上、ベリアルの本拠地に近しい。故に、防備を固める必要もありデュニクスは現在、急ピッチで建設作業を進めていた。都市部と開墾地帯への防壁設置や、防戦のための資材の搬入その他諸々。加速度的に労務が増える中、ユグディラ達に憩いを求める団員が後を絶たない理由がそこにある。
「偵察班を指揮するヴィサンより羊型歪虚達の『軍勢』の動勢についての報告があり――彼奴らは矢張り、南下しております。遭遇した獣達を狩りながらとのことで、その進軍は疾くはありませんが」
ポチョムは一つ、間を置いて。
「戦闘は、避けられないかと」
「……そう、ですね」
大きく、息を吐いた。王国騎士団青の隊の隊長にして――前騎士団長が不詳の退任後であることを踏まえれば――ゲオルギウス『団長』の命を受けて周辺地域の混乱を収め、デュニクスで態勢を整えてきたのはこのためだ。
とはいえ、戦になるのは気が重い限りだ。保有戦力はその多くが一般国民の出である。覚醒者も決して多いとは言えない。
気のいい若者達ばかりなだけに、彼らを死地に送ることはレヴィンの胃袋を灼く。
それに、懸念は、それだけではない。
「と、ところで、デュニクス『伯』は……?」
「……未だ、動きはない、と」
ポチョムの返事に今度は安堵の息を吐いた。彼らが此処まで幅広く活動できるのも、この地を治めるべき貴族の不在、という異例の事態が寄与しているといっても過言ではない。
動くのならば、憂いが無い、今だ。
「……へ、兵を出します。ハンターズソサエティにも、依頼を」
それが、こんなことになろうとは。
●
対面から轟々と吹き付ける! 風! 荒ぶる野生!!
金ピカを目にした瞬間から、本能が絶叫していたのニャ。
報復を。あのいけ好かない羊達に、追いかけられたら超絶恐ろしいということを叩きこまねばニャらぬ!
「ニャー!!」
興奮が首の後ろくらいに漲るに至り、叫んだ。
「ニャ!」「ビニャ!」「ミャ!」
応答する声を、確かに聞く。絶好調ニャ!
手元の謎道具の雰囲気もつかめてきた。折よく、羊達の姿が見えてきた。だいぶ遠いケドニャ!
行け! 金ピカ!
「ニャァァァ!!」
あまりの事態に、グラズヘイム騎士団青の隊に属する騎士、レヴィンは脱毛していた。
「えええ……っ?」
眼前には羊達の『軍勢』。その数は三百を下るまい。その戦列にはレヴィンにも見慣れぬ個体も少なからず居た。
レヴィンの後方にはハンター達も含めたニンゲンの兵士と戦士たちが待機している。そう、戦場である。緊迫を極め、今まさに戦いの火蓋が切られようとしていた――所だったのだ。
横合いから土煙を上げて突撃してくる集団が、事態を一挙に混迷へと叩きこまなければ。
「な、何故!?」
突撃してくるのは、レヴィンにとっては見慣れた――《Gnome》の集団であった。
さらには、その先頭に輝く、あれは!
「《BIGnome》!?」
●
僕はユグディラである。名前は何だったかニャ。うーむ。木にぶつかってから調子が悪い。
恐ろしい羊達に追われた僕たちは、ニンゲンの街に来た。此処はゴハンも出る。採れたての果実は尾と髭が震えるほどに美味しかった。
ニンゲンたちはゴハンだけでなく、毛繕いもしてくれる。僕たちよりもニンゲンたちの方が数が多いから、もうずっと毛繕いされ通し。
ウーン、ニャんて極楽。
蕩けそう。いニャ(否)。蕩けてる。
そんな幸せニャ日々が続いていた、ある日のこと。僕たちはソレを目にした。
――そして、思い出したのニャ。僕たちが、今、ニャ(為)すべきコトを。
●
王国西部、リベルタース地方。その中でもさらに北西に位置するデュニクスの郊外で、男たちは向き合っていた。
「な、なんですかこれは……?」
「……まことに、申し訳ない……」
逃亡していたユグディラ達を助けて以来、レヴィンの生活は彩りに満ち溢れていた。野生に返そうと預かったユグディラ達だが、すっかり居着いてしまったのだ。ちょっとだけ率先して世話をしたら、秘書マリーベル、渉外役キャシー、その他イケイケなヤンキー系団員達がこぞって世話をしだした結果だと今なら解る。
つまり、成り行きだ。愛猫家のレヴィンは、思う様ユグディラを愛でて過ごしていた。そこに猛烈な存在感を伴って――《それ》が現れたのだ。
「こ、これは……《Gnome》……ですか?」
「ええ、一応は」
レヴィンの問いかけに、悄然と俯く樽腹の男ポチョム――かつての密偵であり、現騎士である――はそう応じた。
《Gnome》とは、ポチョムの古巣である『第六商会』というヘクス・シャルシェレット(kz0015)が運営する商会が開発した現代版ゴーレムである。魔術師協会によって禁呪指定されたゴーレムを作成するための術式、刻令術を利用して開発された機体だ。
禁呪指定されてなお大手を振って開発できている事が示すように刻令術は技術として未だ拙いが、利点もある。それらを活かして《Gnome》の性能は支援行動へと特化していた。整地、建築、開墾、輸送といった後方支援機能だ。
「は、はぁ……」
レヴィンは《それ》を見上げた。Gnomeのフォルムは特徴的だ。ハンター達の提言を受けた結果、脚部は無限軌道、上半身は人に似た形をしており、二つの腕を有している。今見上げている《それ》は、見た目としては《Gnome》そのままである。
だが。
「す、すごく……大きい……です」
《Gnome》というには、余りに大きい。軽く見積もっても本来のGnomeのサイズの2倍ほどに至る。元々の図体も大きく設計された《Gnome》であるから、その迫力たるや凄まじい。更には、その機体の表面には純金のコーティングがされているとなれば――その威容、筆舌に尽くしがたい。
項垂れたポチョムは、かつての上司の凶行を防げなかったことを悔恨しているのであった。
「《BIGnome》というらしいです。すみません、《Gnome》の増産を図らなくては行けない時期だというのに」
「い、いえ、そちらは私達が本来関与するべきところではありませんから……この機体の運用については、ヘクス卿は何か……?」
「……『僕が行くまで、飾っておいて』と」
「……」
レヴィンは考える事をやめた。漁村の出身であるレヴィンには、金持ちの道楽は理解し難い。
それよりも、考えるべきは他にあるのだ。
「……そ、それはそれとして……例の件、ですが」
「ああ……」
ポチョムは漸く顔を上げた。名誉挽回の機会と意気込んでいるのだろうか、言葉に、力が戻る。
「羊型歪虚の件、ですな」
●
羊型歪虚の動き有り。
それがデュニクス近辺、より広く言えば、王国西部、リベルタース地方に及んでいる。
レヴィン達も過日遭遇したばかりであるが、それはただの歪虚被害とは異なる意味を持つ。
即ち――ベリアルの、再々動である。
デュニクスは立地上、ベリアルの本拠地に近しい。故に、防備を固める必要もありデュニクスは現在、急ピッチで建設作業を進めていた。都市部と開墾地帯への防壁設置や、防戦のための資材の搬入その他諸々。加速度的に労務が増える中、ユグディラ達に憩いを求める団員が後を絶たない理由がそこにある。
「偵察班を指揮するヴィサンより羊型歪虚達の『軍勢』の動勢についての報告があり――彼奴らは矢張り、南下しております。遭遇した獣達を狩りながらとのことで、その進軍は疾くはありませんが」
ポチョムは一つ、間を置いて。
「戦闘は、避けられないかと」
「……そう、ですね」
大きく、息を吐いた。王国騎士団青の隊の隊長にして――前騎士団長が不詳の退任後であることを踏まえれば――ゲオルギウス『団長』の命を受けて周辺地域の混乱を収め、デュニクスで態勢を整えてきたのはこのためだ。
とはいえ、戦になるのは気が重い限りだ。保有戦力はその多くが一般国民の出である。覚醒者も決して多いとは言えない。
気のいい若者達ばかりなだけに、彼らを死地に送ることはレヴィンの胃袋を灼く。
それに、懸念は、それだけではない。
「と、ところで、デュニクス『伯』は……?」
「……未だ、動きはない、と」
ポチョムの返事に今度は安堵の息を吐いた。彼らが此処まで幅広く活動できるのも、この地を治めるべき貴族の不在、という異例の事態が寄与しているといっても過言ではない。
動くのならば、憂いが無い、今だ。
「……へ、兵を出します。ハンターズソサエティにも、依頼を」
それが、こんなことになろうとは。
●
対面から轟々と吹き付ける! 風! 荒ぶる野生!!
金ピカを目にした瞬間から、本能が絶叫していたのニャ。
報復を。あのいけ好かない羊達に、追いかけられたら超絶恐ろしいということを叩きこまねばニャらぬ!
「ニャー!!」
興奮が首の後ろくらいに漲るに至り、叫んだ。
「ニャ!」「ビニャ!」「ミャ!」
応答する声を、確かに聞く。絶好調ニャ!
手元の謎道具の雰囲気もつかめてきた。折よく、羊達の姿が見えてきた。だいぶ遠いケドニャ!
行け! 金ピカ!
「ニャァァァ!!」
リプレイ本文
●
轟々と上がる土煙。暴走するGnome。遠く聞こえる、ユグディラの鳴き声。
景気のよい光景だが、一軍と一軍が相対する、十全なる戦場だった。
「ふむ、あの象頭はデュニクスのものか」
目を細め、アルルベル・ベルベット(ka2730)。
「……ん?」
少女はさらに目を凝らす。Gnomeの象頭の上に乗っかっている影が気になった。
「あれは……ユグnomeにゃん!?」
「あ! 農具―! 共に汗を流した最新農具―!!」
正体に気づいて驚愕したアルルベルの声に、藤堂研司(ka0569)の怒声が乗った。
「何やっとんじゃ猫様ー!」
「あのユグディラって前に助けた子達だよね?」
「多分……」
吠える研司をよそに言うリューリ・ハルマ(ka0502)に、柏木 千春(ka3061)は淡い吐息をこぼして応じた。
「あれが、ユグディラ?」
誠堂 匠(ka2876)。王国に縁は深いハンターであるが、ユグディラを目にするのは初めてだったようだ。彼らの愛らしい外見に目を留めた後、その足元――BIGnomeに移る。
「……試作機、って高く付くんだよな」
既に、予感を抱いているようでもある匠は、「壊れませんように」と誰にともなく祈りを捧げた。
「このままだとユグディラも危険ですよね……?」
「コ、コホン」
千春の懸念に返った咳払いは、奇妙なことを口走ってしまったアルルベルのもの。
「……彼らの無謀は止めねばなるまい。整地用でカチ込めば大変な事になる」
なお、一見して冷静に告げるアルルベルの視線は依然としてユグディラに釘付けのままだった。
胸に手を当てた千春も頷きを返した後、真剣な眼差しでGnomeの集団を見つめる。そして。
「……私、止めてきます!」
そう、宣言したのだった。
「いやはや、これは酷い」
「元気だねぇ、あいつら」
けらけらと笑う金目(ka6190)に、大笑するテオバルト・グリム(ka1824)。
――大きな存在には、夢と希望が詰まってますからね。
ふふり、と金目は頷いた。
「……そういえば、この光景を見ることが出来ないヘクス卿は可哀想ですね……ん?」
横目にテオバルトの姿を見て、金目は愕然とした。『羊上等』『癒愚泥嵐武流』と掲げられた、旗。視線に気づきもしないテオバルトはさらに大笑すると、
「元気は一番だが、危ないから止めないと……ん? 止まってくれるかな?」
「……いやぁ、どうでしょうね」
楽しげな口調に、気合は入っているがそのスジではないと識り、金目も冗談交じりで応答した。
――せめて、写真だけでもとっておきましょうかね。
もしもの時に備えて、金目は内心でそう決めたようだった。
――もふるのは歪虚を退け憂いが無くなった後で……です。
Astarteに搭乗したメトロノーム・ソングライト(ka1267)は、静かに決意を固めた。彼女にしては、珍しいことかもしれないが――あるいはそれも、変化の一端、なのだろうか。思い至って、コクピットを開く。やはり、無数の視線を感じた。
「よろしくお願いしますね」
身を乗り出して、一つ、告げる。王国では、CAMの運用は殆ど無いことを思い出しての配慮だった。感嘆の声と注目が、少しばかり面映ゆく、すぐにコクピットを閉めてしまったのは、余談である。
「だから緊急停止スイッチ要るって言ったんでさ……!」
ぷー、と頬を膨らませる鬼百合(ka3667)。かつて、Gnomeに関する意見聴取の際に進言したことが採用されていれば、こんなことにはならなかったのに、と。
「し、しかし、外部にそういったものがあると作業の際に……という意見もありまして……」
「……」
「ま、前向きに検討します……」
言い訳をしようとしたレヴィンだったが、鬼百合の視線にすぐに心が折れたようだった。薄らハゲた中年がしおれる姿は、あまり心地よいものでもない。鬼百合は「仕方ねぇですねぃ」と慨嘆する。
「よぅ!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は馴染みの団員達に声を張る。
「わりぃが、このザマでね。出来る限りの事はするつもりだ。てめェらにはオレの分まで働いてもらうぜ!」
「「「ウス!」」」
その体は、重傷を負っていた。寄り添うイェジド、ヴァンがそれとなく支えになっているが、心は折れてはいない。顔見知りの団員たちが応じる様に、この団の長であるレヴィンが苦笑をこぼしていた。
会釈を一つ返す。指揮をある程度委ねる、という判断は上役である彼の下したものだった。
なればこそ、成果を挙げねばならない。
●
Gnomeは止まる気配も見せない。追う側としてはたまったものではなかったが、椿姫・T・ノーチェ(ka1225)は、バイクを全速で駆動。Gnome達の予測進路と接触地点から、すこしだけ右に進路を取った。
「あの子達はもう……!」
「困ったタマたちですね」
「ええ、本当に」
同じく魔導バイクに乗って並走する神城 誠一(ka2086)の言葉に、頷きを返す。全速ゆえに、視線は前に固定して――いたのだが、タマらず、振り返ってしまった。
「タマ?」
「タマですよ?」
アルルベルはそんな二人の様子を小首をかしげて眺めていた。
――タマ……?
生まれも育ちもクリムゾンウェストのアルルベルには馴染みの無いワードであった。
「ごめんって!」
そんな中、リューリは騎乗するイェジド、レイノを宥めていた。疾駆しながらも、度々鼻を鳴らしているのは、自らの背に木の棒がくくりつけられているからだ。それも、干物付き、である。
前方には、BIGnomeへと愛馬を駆る千春の背が見えた。
少し右方へと相棒の向きを転じる。Gnomeと羊たちの間に入れるように。
「にしてもうっかりしてたぜ!」
随伴するテオバルトは些か、悔しげである。
「のんびり火を起こしてる時間がなかったな!」
本当は炙って香り立てをしたかったところだが、戦場ではその時間がなかった。魔術や道具があれば違ったのだろうが……と、背に立てた旗がばっさばっさと不規則に揺れる。
そこにも、魚の干物がくくりつけられていた。
「まぁ、なるようになるか!」
●
――なんだか懐かしいような気のする光景ですねー。
葛音 水月(ka1895)は、遠き日を思い出していた。転移して間もないころの大規模戦闘。
あの時とは、大きく状況が異なっていることも、同時に意識する。例えば、彼が身を預ける『それ』もそうだ。
「失礼しますねー」
騎士団の間にCAMをいれると、補助脚を展開し、狙撃銃を構えた。重装備が要塞の如く静かに佇む姿に、戦列に並ぶ団員達から感嘆の声が溢れる。
央崎 遥華(ka5644)は戦列を眺めて、自らの配置を左翼に定めたようだった。
「よろしくお願いしますね」
微笑みと共に、団員の面々へと告げる。その優美さに最初こそ面食らった一同だが、すぐに眼差しが締まった。
「「「必ず御守りします!」」」
「……? は、はい」
元々、街の成らず者が多い一団である。どうも、変なスイッチが入ったようだった。
「行くよ、ミルティ!」
その視線の先、ジュード・エアハート(ka0410)の声に、相棒のミルティが高く嘶いて疾走を開始。
「またぞろ羊が騒いでいると聞いて来てみたが……さて」
そのジュードから少しばかり先行したエアルドフリス(ka1856)――エアが頭を掻く。
「アレが噂のGnomeとやらに……ハハッ!」
バイクを繰りながら、横目に伺うアルヴィン=オールドリッチ(ka2378)はいやに愉しげだ。
「見テ、ルールー! あのGnome、ユグディラが操ってイルヨ!」
「かわいいよね!」
「ホント、彼らナンでもスルナー」
寛容すぎる友人と、少しばかり目が曇っているようにも思える恋人に、エア。彼自身はそういう気質ではないのだが、同道者は今日も騒がしい。
とはいえ、求められれば応じる――ノセられる――性質でもある。不満があるわけでも無かった。
「行こうか、ゲアラハ」
短い唸り声を一つ返したイェジドは、進路を少し右方、Gnome側へと取った。素直な相棒の背を、一つ叩く。匠はジュード達と同じく右方を選び、併走している。
彼らとは進路を別にとったヴァルナ=エリゴス(ka2651)とブラウ(ka4809)、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリア。フィリアと共に愛馬に騎乗したブラウの足は遅くなるが、ヴァルナは馬足をあわせた。
中央寄りに進路を取る彼女たちの前方には、全力で魔導バイクを操る鬼百合もいる。
――羊型歪虚の再活発化……『あの方』が不在の内に王国を落とされる訳にはいきません。
どうしても、ベリアルの影がちらついてしまう。だからこそ、ヴァルナは決意を固めた。
「鬼灯の寝息に耳を澄ましても、北へ向かう風渡りの猫の影は踏めなくて……だから無くしたのなら、探しに行かなくちゃ」
「私のこと?」
その後ろ、相乗りするフィリアとブラウはまるで戦場とは思えないくらいに、のんびりと言葉を交わしていた。
「ええ、無くしものをしたのは、ブラウだもの」
「……無くしてないわよ?」
困惑するブラウに、フィリアはただ微笑むばかりであった。
「猫に羊……ふむ」
ちらり、と傍らを眺めたルイトガルト・レーデル(ka6356)はごく僅かに口の端を釣り上げると、
「手触りに興味は湧くが……と、冗句を言う場合でもないな」
「……数の差は、絶大ですしね」
駆けていく面々を眺めながら、天央 観智(ka0896)は短く応じた。騎士団達の直衛についている彼は、レギというイェジドに騎乗していた。
「頼りにしていますよ、レギ」
故に、観智はその背を撫でる。その脚が頼りになる、と予想していたから。
その前方、ルカ(ka0962)は己の装備の具合と、周囲を探し――見つけた。
「ポチョムさん」
「ほ?」
朱槍を構えるポチョムに、声をかけた。
「彼らは、頃合いを見て逃げ出すかもしれません」
「……ふむ」
思案が返った。元密偵と知っての発言だ。ルカも多くを語るつもりはない。判断は委ねた。
「――承りましょう」
決め手は、ちらと盗み見たボルディアの存在、だったろうか。兎角、そういう事になった。
●
紅薔薇(ka4766)はデュミナス『夜叉姫』のコクピット内で一つ、息を付いた。
敵陣容を知らせた後、狙撃姿勢を取らせる。赤羊に照準を合わせて、息を詰める。
「……最悪Gnomeは壊れても、猫達は確保してやらんとまずいのう」
戦列に大きな動きはない。強いて言えば、先行するCAMやハンター達の動きに、少しずつ対応する気配が見えているくらいである。取り立てて、伝達の必要はないだろう。
距離が詰まる。ゆっくりと、息を、吐いた。
「――往くぞ、夜叉姫」
その距離、実に一二四メートル。
●
全速力で走るよう機体を繰りながら、研司は遠く、羊達を観る。
「……この視点は、見晴らしがいいな」
これまで歩兵として相対していた巨大な相手を見てそう思うと同時、後方から銃弾が走った。射線が高い。
瞬後、銃撃で赤羊が弾け飛んだと知る。紅薔薇の狙撃だ。サイズ差を活かして、黒羊を飛び越えて赤羊を狙撃している。
更に、メトロノーム機の狙撃が巨大羊へと届く。命中するたびに、巨大羊の巨体が激しく揺れ、血飛沫が上がる。見る見るうちに銃痕が重なり、血だるまのようになっていった。
「おお……!」
後方で、騎士団達の喝采が上がっていた。
「はっはー、痺れるなぁ!」
研司も感嘆しつつ、突っ込んだ、その時だ。
『何か来るでさ!』
通信機から、鬼百合の声。巨大羊達に動きがあった。
その巨腕で周囲の灰色羊達を引っ掴むと――無造作に放り投げた。
哀れっぽい声と共に飛来する灰色羊。
「させるか……ッ!」
それを、研司は制動し、銃撃で撃ち落とす。一匹を撃墜。しかし、それ以上は手数が足りない――と、思った、その時だ。
後方から、銃撃。正体不明の銃撃支援だったが、狙いすました一撃に、慧眼を見た。
「ありがとう!!」
援護がある、ということは良いことだ。少なくとも、歩みを止める理由にはならない。
往った。
水月のそれは、その挙動を予期していたからこその対応であった。
「……あ」
巨大羊の投擲は些か不規則で、水月としても対応に困るところではあったが、出来る限りを投擲中に撃ち落とすべく、ガトリングガンを乱射して弾幕とした。撃墜とまでは行かないが、着弾までに傷を負わせることは叶う。
だが、水音が痛恨を感じているのは、他事である。
「……無線機とか、忘れてましたね」
CAMには連絡手段が無いことを失念していた。
研司機の傍ら、リュミア・ルクス(ka5783)が繰るデュミナス、カンナさんも全速で駆動していた。
「さあ行くのだカンナさん! 今夜はジンギスカンパーティなんだよ!!」
女性的な造形のカンナさんだが、その機動はいやに勇ましい。コクピットの中で愉快げに見回すリュミアは、狙いを巨大羊に定める、が。
――ちょーっと、邪魔だなあ。
黒羊と灰色羊のせいで巨大羊までの距離があり、格闘戦仕様のカンナさんでは手が届かない。ならば、と、いそいそと用意を始めることにした。
●
エアは周囲を俯瞰する。巨大羊の投擲は、前方の集団への奇襲としてのもので、こちらには脅威は無い。後方のジュードの矢が敵陣を貫き続けている都合か、じわじわと敵がこちらに偏ってきている。
距離が十分に詰まるのを待った後――。
「ゲアルハ」
エアの意を汲んで、ゲアルハが転進した。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す――」
マテリアルを制御し、言の葉を刻み、編み上げる。
「理に叛く代償の甘受を誓約せん――鎖せ!」
褐色の指で指した先、雪結晶の文様が浮かぶ。その文様を突き破るように、氷の針が吹き上がり、直系六メートルの空間を薙ぎ払った。
マテリアルの奔流を、しかし、最前衛の黒羊達は耐えて見せた。
「頑丈だね」
側方。騎馬にて併走していた匠が告げる。重装甲の黒羊達が近づいてくるに至り――想起するのはデュニクスでの悔恨。
――集中しろ。
命じて、左手を振った。マテリアルが籠められた手裏剣が、その機動を変じながら黒羊達の後背の灰色羊たちに直撃すると、混雑に後続の脚が鈍った。
エアは次の呪文を編み始めるが、敵視を集めすぎたか、前線を構築する多量の黒羊が一挙に匠とエアに迫ってくる。
「ルールーはそのままでいいカラ!」
ひらり、と。バイクを操ったアルヴィンが前へ。エアが魔術を完成させるための時間稼ぎだ。耐えるための法術には、十分余裕がある。
4メートルを残したところで黒羊達の巨躯が霞むように消え――瞬後、掲げた十字盾に、衝撃。それが連続して襲ってくるのを、アルヴィンが「ハハ、激しいネ★」と、快活に受け止めていると、
「そこまでだよっ!」
すぐに、矢弓の支援が届いた。制圧射撃の掃射で、敵の後続の足が鈍る。ジュードだ。
エアの眼前に至った敵をゲアルハが装着した鎌と牙、そしてその体躯で振り払う。衝撃と、獣の躍動を感じながら、エアは魔術を解き放った。
「――灰燼に帰せ!」
眼前の敵は無視し、最大効率を優先した。アルヴィンの前方、大量に固まっている敵を飲み込んだ蒼炎が、無数の矢に転じて内部の敵を穿つ。
「ジンギスカン……」
後方からの声に、食い気を出しているな、とエアは苦笑した。
多勢を覆すには、些か手が足りなかった。特に左方から溢れた敵が、後方――ジュードの方へと流れていく。反射的に、手が動いた。
「大丈夫だヨ、ルールー」
敵を打擲するアルヴィンは、戦場の只中でもなお明るく言う。稚気混じりな言動に、エアは思わず閉口した。
「やっちゃえ、ミルティ!」
得物が弓と見て無策に飛び込んだ黒羊達だが、ミルティの鍛え上げられた脚力で、一蹴されていた。
「ひゃっはー! ばっちい羊さんは消毒だー!!」
気持ちが昂ぶったか、そう言うジュードに、エアは暫し、呆然としていたが、
「……っと」
その顔を、相棒であるゲアラハの長い尾が触れていった。
「気持ちはわからないでもないケド、集中しなくちゃネ★」
「――は、は」
ごまかしの愛想笑いを浮かべ、次の魔術を編む。疾く終わらせよう。そう思った。
「僕タチはアッチに引っ張ってくケド、君はどうスル?」
「俺も同道します」
アルヴィンの問いに、次の投擲を、更に右翼の奥へと投じた匠が応じた。羊たちの悲鳴の大合唱と共に、目に見えて右翼の動きが鈍る。
――このまま、引き寄せられれば。
戦列は後ろにも長く、そこまでは手が届かないが、時間を稼ぐ事ができた手応えは、十分に得ていた。
中央付近。鬼百合は、ヴァルナ達が突撃するであろう地点に至ると、
「切り開くんでさ!」
魔術を、編む。小さい指が踊った直後、氷雪の嵐が黒羊達から向こうを包み込むのを確認すると、すぐに転進した。鬼百合は転戦しつつ、前線の支援をする算段になっている。
「――分厚いですね」
狙撃が打ち込まれ、対応するように巨大羊達が灰色羊たちを投擲する中でも、敵の陣容には大きな乱れは無い。ヴァルナは刻々と迫る敵陣を一つ眺めた上で、妖剣を構える。
「行きます」
「ええ」
簡潔な意思表明に、ブラウもまた、短く答えた。同時、妖刀が白光を押し返すように、剣身にマテリアルが収斂し、光を放つ。
「――ッ!」
気迫と共に、解き放った。彼女自らが徹閃と名付けた、光の槍を思わせる一閃が、妖剣を突き通す。
それは、八メートル余りを貫く一閃となり、黒羊後方に位置する灰色羊をも貫いた。その空隙に、ブラウとフィリアが続く。
「沢山毛を刈らなくちゃ、おじさんは寒がりだもの」
「……おじさん?」
魔導鋏の如く改造された得物を楽しげに鳴らしながら、フィリアが言う。意味はわからないままに、ブラウは羊たちの只中へと飛び込んだ。
抜刀。しゃらり、と音がなった直後――血の華が咲いた。鬼百合、そしてヴァルナの一撃で傷ついていた黒羊と、その奥の灰色羊たちから一斉にアカイロが散る。瞬間、むせ返る程の血の香りに、ブラウの脳に閃光が走った。
「……堪らないわ」
「どんな『匂い』がするの? ねえ……『雨音』を聴かせて?」
陶酔し、慄えてすら居るブラウに、フィリアはその鋏で黒羊の血飛沫を散らすと、朗らかに問いかけた。戦場の、只中で。
「ええ……教えてあげるわ」
陶酔したブラウは更に、刃を振るうのだった。そして、血煙と共に、言葉を紡ぐ。幾重にも。幾重にも。
●
「集合!」
投石を警戒し、散開を指示していたボルディアが言う。
「にしても頑丈だなアイツ……」
狙撃されているにもかかわらず、巨羊もその数を減じていない。それだけで、その頑強さは理解できようものだった。彼女はとん、と背筋よく待機していたヴァンを軽く叩いた。「今日の食事は豪勢だぜ」という主の声に、ヴァンは唸る声を一つ残して、疾走。
「近づいてきたヤツは覚醒者があたれ! 他の面々は突っ込んでくる羊共を狙いな!」
声に、騎士団所属の覚醒者が気勢と共に前進した。ヴァンが向かう目を回している羊たちに切り込んでいく。
『援護します』
言葉と共に、メトロノーム機が側面へと移動しはじめる。紅薔薇の狙撃によって赤羊をあらかた潰された灰色羊達の動きは統制を欠いているが、それでも、包囲は騎士団にとって鬼門だ。
死者をなくす。その為に、抑えに回った。黒光を返すAstarteは巨大羊に銃撃を重ねながら、好位置を得るべく移動。
「僕も、行きますね」
「おぅ!」
観智も、相棒であるレギの背に乗って往った。構築される盤石の構えにボルディアは咆哮の如く応じると、更に、声を張る。
「――気合見せやがれ、野郎どもォ!」
●
ルカは、騎士団よりも前方に構えた。
敵の動きを確かめながら、法術を編み――放つ。仕込んですぐに、眼前まで迫っていた敵の姿が霞んだ。
多数の敵が、ほぼ同時にルカへと突撃した結果である。だが、それはルカにとって予想できた事だ。羊達との戦闘経験は少なくない。
直前に紡いだ結界が、その『進行』を押しとどめた。射撃などならいざしらず、身一つで飛び込む突撃を妨げる事は可能であったらしい。
「……今は、殲滅させて頂きますね」
解き放たれた聖光は、ルカを轢き潰さんと接近していた羊たちを瞬く間に飲み込んだ。すぐに、支援の銃撃が騎士団から届く。生き残りの羊達も、その尽くが消え失せることとなった。
「何度も使えるものではありませんが……」
機先は取った。態勢さえ整えられれば、後は敵の動きに対応すればいい。ルカは己の為すべきを為すべく、今度は後退して騎士団の支援に回ることにした。
●
Gnomeと羊たちの間に、ハンター達は滑り込んだ。
――届いた!
心の中で喝采を上げたリューリはレイノに届けと念じる。撫でてやりたいが、両手は斧で塞がっている。
そして、眼前には敵。羊側へと進路を取っていたリューリは鍛え上げられた巨斧を轟然と振るう。真正面から接近していた黒羊が受け止めるが、二撃目で弾けて消える。
「かったいなぁ……!」
次いで、敵がなだれ込んできた。
リューリの視界が乱れた。加速、躍動したレイノが、羊達に飛びかかった為だ。その爪と重量で黒羊を押し倒すと、喉笛に噛み付いた。押しのけようとする黒羊と拮抗する中、リューリは、
「やっちゃれ、レイノ!」
と、声高に告げると、自らも別な羊へと切りかかっていった。ふと、側面から、音。
「やっぱ匂いがないとダメだったみたいだ!」
最初に、声。次に、その旗が見えた。『羊上等』と描かれた旗がばっさばさと揺れながら、くくりつけられた干物が揺れる。
横断してユグディラ達を誘引しようとしたが、無反応だったら。まあ、それなら良い、と、Gnomeへとなだれ込もうとする羊たちへと斬りかかっていった。
一方、Gnome達にも接触を果たしていた。最前を往くBIGnomeではなく、随伴するGnomeに追いついた誠一は、
「こっちのタマは俺が引き受けます!」
と椿姫に一声かけて、バイクを乗り捨てる形でGnomeに飛び移った。当初はワイヤーで操作機を絡め取ろうとしたのだが、どうやらスキルの用意を忘れていたらしい。
「椿姫さんはあっちのタマを頼みます!」
「はい……気をつけて!」
応じて、バイクを更に加速させる。車体を寄せながら、「……タマ」と、呟く。誠一は真面目な人となりなのだが、時折、そういう所がある。
くす、と笑いをこぼしながら、椿姫も別なGnomeに飛び移った。疾影士のマテリアル制御で、複雑な構造を駆けるように登っていく。
――なんだか、最高に盛り上がっているな。
そんな二人を横目にバイクを飛ばし、反対側に在るGnomeへと向かっていったアルルベル。マテリアルで空中を泳ぐように機動させ、一息に、とはいかないが、機体への着地を経ての二度の機動を経て、頭頂部へとたどり着く。
「ナァァン!」
操作機を手に気合充分、といった調子のユグディラの背中が見えた。こちらには気づきもしない。
「君たちは、本当に野生を捨ててるな」
「ニャニャァ!?」
驚愕したユグディラが振り向くや否や、アルルベルは、
「そら」
手元の缶を押し開いた。瞬後に漂うツナの芳醇な香りに、ユグディラの目が大きく見開かれる。さっ、とお腹に伸びた手は、空腹を意識したからだろうか。
「……差し上げよう」
「ナァァン!!」
「これは預かっておこうかな」
ツナ缶に飛びつくユグディラが落ちぬよう、柔らかく受け止め、同時に片手持ちになった操作機を取り上げたところで、ユグディラは罠に掛かった事に気がついたらしい。
「たしかこうだったかな」
その視線には気が付きつつも、アルルベルはかつての手順をなぞるように機体を停止させた。
「ニ、ニアァァン!!」
「はっはっは、渡さないぞー」
すがりつくユグディラに心持ち愉快な気分になりながら、アルルベルは操作機を操り――その進行を停止させた。
●
――その、最前。
千春は、BIGnomeの前方で下馬した。万が一にも馬が怪我をしないように下げさせると、その身の光芒が一際、光を強くする。
「…………」
無言のまま、目を閉じ、強く想う。傷つけることなく、この場を収めるための力を。
「止めます……!」
光が、解き放たれた。瞬後には辺り一帯には何の余韻も残ってはいない。BIGnomeは止まらない。足元の千春のことなど、まるで気づいていないかのように。
――轢かれる。
その危険性を知っている筈なのに、千春は身動き一つ取りはしなかった。
転瞬。眼前のBIGnomeが、不可視の壁に阻まれたかのように急停止した。凄まじきは、そのBIGnomeは、その巨体で一切のスピードを緩めることなく、不可視の壁に追突したのだ。
不吉な音を立てて、その首と肩がもげた。
「あっ」
千春はただ眺めることしかできなかった。
「…………」
気を取り直して、ユグディラを探す。すぐに、見つけた。
「あっ」
衝突の勢いのまま、不可視の壁にぶつかってズルズルと落ちていく――否、自然落下しようとしているユグディラを。
「わ、わ、わ……」
殺してしまう、と覚悟すらした。遮二無二走り寄り、落下地点に飛び込む。重い手応えで、無事に助けられたと知り、深く安堵する。傍らには、今なお駆動し続けるBIGnomeの機体。結界が解ければ、すぐにでも前進しはじめるだろう。
ユグディラは、固く操作機を握ったまま、意識を失っている。
「交渉……え、ええと」
しようと、思っていたのに。現実はそう上手くは行かないようだった。
「ほ、ほら、BIGnome、弱かったですよね。じゃあ、これは……お借りしちゃいますね……?」
●
騎士団側は、集団白兵戦闘になだれ込んだ。
「――Gnome側の様子を見ている場合じゃないですね」
水月の呟き。生き残りの黒羊達が後方から接近してきている。騎士団の動きは――鍛錬の成果だろうか、はたまた指揮の影響か、均質的だ。しかし、敵の配置にムラがあることは俯瞰するとよく解った。
巨大羊が考え無しに放り投げた結果かな、と思う。唇を尖らせながら、水月は敵集団に銃撃を重ねていった。
瞬後、照準の先で氷嵐が爆ぜた。それが魔術によるものだと、水月は知っている。視線を巡らせると、レギに騎乗した観智が構えていた。更にもう一手を見舞おうと集中する観智は、騎士団の直衛として集団への攻撃に終始するようだ。
「なら……」
彼のほうが、CAMよりも集団戦に向いている。故に、水月は撃ち漏らしに集中することにした。長大な射程が可能にする、広範囲支援である。
次いで、左翼。こちらは遥華が構えていた。接近する敵は、右翼や中央とくらべて無傷なものが多い。
「よく引きつけて、それから撃ってください」
そうして、馬首を巡らせ、
「行くよ、トリスタン!」
――往った。
その背を追うように、魔導狙撃銃の弾幕が雨霰の如く羊たちに至る。最前の黒羊は頑健だが、数が募る事でその動きに遅滞が出た、と遥華は見た。
必要以上に接近し過ぎぬよう馬の歩みを止めたのち、魔術を編む。
「切り開きます」
氷雪の魔術が、銃撃で傷ついた黒羊達を蹂躙。そして、
「もう一射!」
声につづいて、更に銃弾。黒羊は硬いが、その奥から詰めてくる灰色羊は、脆い。
「……後は、どう黒羊達を仕留めるか、ですが」
後詰のハンターは、ルイトガルトのみ。その彼女も、人員不足と見て駆けつけてくれたのだった。
「来るぞ。構えろ」
「「「応!!」」」
ルイトガルトの冷然とした声が届く。響いた咆哮に、遥華は満足げに頷くと馬を後退させながら更に魔術を編んだ。今のうちに、削れる限りを削っておきたい。
――じきに、乱戦になるだろうから。
と、思ったその時だ。魔導トライクに乗った金目が、戦場を横断する形で近づいて来ている。
「いやぁ、遅くなってすみません!」
懐に魔導カメラをしまい込むと、斧を掲げた金目が揚々と告げる。
「結構いいのが撮れました! あとは此処を抑えるだけですね!」
「……ん? あ、ああ」
怜悧な表情が、怪訝に曇るのも気にも止めず、金目は「さ、頑張りますか」と、斧を構えた。
マイペースな男だった。
『敵の方が数が多い。敵群に飲み込まれないように固まって動くのじゃ!』
声が走る。ソニックフォン・ブラスターで拡声された、紅薔薇の声だ。
『この身、お主らに預けたぞ!』
言いつつ、只管に銃撃を重ねていく。巨大羊の影に隠れようとしている赤羊を執拗に狙い撃ちし、ついに撃破。
手を緩めることはしない。彼女の場合、刀を手に地上で抗う方が強くても。それだけが強さではないことを、彼女は既に知っているから。
――この日、紅薔薇は赤羊の多くを単機で屠るという、大戦果を上げた。
●
「ット、ゴメン!」
「構わんさ!」
一方、アルヴィンとエア、匠は敵の波に飲まれつつ在った。きっかけは、攻撃に合わせて動いた敵の影響で、アルヴィンと匠がバイクと馬を操るスペースが絶無になった事だ。
遠距離から届くジュードの支援の中、三人と一匹は踊る。
――随分ト数は減ったケド……。
癒やしの聖光を紡ぎながら、アルヴィンは周囲を見渡す。指揮を取っていたと思われる赤色羊は目に見える範囲には既に居ない。となれば、戦況は終盤に差し掛かったと見ていい。
「……っ」
混戦の只中で、匠の振動刀が黒羊を装甲ごと叩き切った。次いで押し寄せる黒羊の猛襲を体捌きだけで回避すると、装甲の隙間から刃を差し込み、切り捨てる。乱戦の中で手傷は負うているが、アルヴィンのおかげで戦闘に支障は無い。
「此処を、凌げば……!」
匠が気勢を放った、その時だ。
「―――ッ!」
「縛れ!」
ゲアラハが獰猛な怒声と共に勇躍した。押し倒した勢いのまま牙で灰色羊の首を噛み千切る。同時、ゲアラハが押し開いた空間の先に、エアが解き放った氷雪の嵐が吹き荒れる。
哀れっぽい鳴き声が響く中、アルヴィンは盾で受け止めていた灰色羊を押し退ける。その感触が、先程までと変わっていることに気づいた。
「……君タチ、恐慌シテルネ?」
為らば、終わりは近かろう。そう思い、今は耐える。何れ、敵の方に動きが出るだろうと。
「いい香りね……ッ!」
多量の血煙を自ら戦場に塗りつけるブラウは、嬌笑に似た狂笑をあげる。黒羊達を屠ると、柔らかい灰色羊たちの群れに突き当たる。
「一端退きますか……!?」
同じく剣を振るいながら、それでも、周囲を見渡していうヴァルナ。いつの間にやら、フィリアの姿がなくなっていた。
周囲の敵はエア達やヴァルナ達の立ち回りで数を随分と減らしてはいるが、こうなってしまうと移動をするだけでも随分と労がかかる。継続戦闘で、既にマテリアルを練り上げることができない。
「もう退けないんじゃないかしら!」
ブラウは特に拘りを見せるでもなく、只管に斬って斬って斬りまくる。歪虚の返り血に汚れるブラウは、既に酸化してきた血液の香りに掻き立てられ――そうになっていた、その時だ。
「大丈夫ですかぃ!!」
後方から、雷撃が走った。ブラウ達への道を繋ぐべく放たれた魔術が、黒羊と灰色羊たちを貫いたのだ。魔術の紡ぎ手は鬼百合。蜘蛛の糸の如き間隙に、ブラウとヴァルナはすぐに飛び込んでいった。血に酔っては居るが、好んで不利を背負うつもりもない。
「ありがとうございます!」
「へい。それじゃあ、ご武運を!」
言い置いて、鬼百合は再び転戦していく。
「――仕切り直しですね。参ります!」
そうして、局所的な優勢を保つべく、ヴァルナも前へ。ブラウに攻撃を加えようとした灰色羊の腕を切り落とした。
もはや戦線は互いに近接し、巨大羊は灰色羊を投げる事もなくなった。投げる必要も無いくらいに、混戦になっている。灰色羊は勿論だが、巨大羊の中にもCAMに向かっていくものも出てきている。
「おおおらあああ……ッ!」
そんな中、研司はパリスを全速で駆動させた。狙うは巨羊。無理な突進に灰色羊たちが取り付いてくる中、巨大羊の一体と相対を果たす。道中射撃し続けた甲斐もあって、その片腕はすでに使い物ならなくなっていた。研司はその死角から切り込んで、一閃。首を断ち切る。
「次ィ!」
周囲を羊達に取り囲まれてはいるが、そんなことお構いなしに、研司は咆哮した。
「その素っ首、片っ端から叩き落としてやる!」
獣の如き挙動で最前線で機動するCAMに、生き残りの巨大羊達が集い始めていた。
『たーーーっ!』
パイルバンカーで黒羊を撃ち貫いた後、後退していたカンナさんが、その動きに応じるように前に出た。敵が程よく密集してきている。
「ふっふっふ。括目するがいいんだよ!」
『射線』は、巨大羊まで通る。だから。
「これぞカンナさんの切り札にして最強兵器。そーのー名ーもー、竜咆リュミアルクス!」
ガイーン! カンナさんが勇ましいポージングをしたのち、そのコクピットが大きく開け放たれた!
「つまりあたしだー!!」
ズコーン! 高らかに謳い上げた声と共に、マテリアルが爆炎となって奔った。呆気に取られていた巨大羊や、その至近の羊たちが焔に呑まれて消えていく。巨体故に、この一撃は良く効いた。
「そぉい!」
そうしてすぐさま、コクピットへ逃げ隠れた。羊たちが矢弓を使ってこないことが幸いした。生身を曝す危険もあったから――と、その時だ。
「どわわっ!」
機体が、大きく傾いだ。すぐに操作して姿勢を立て直すと、眼前には巨大羊の影。危険とみて、羊たちを押し退けて組み付いてきたらしい。
「――へっへ、イイもん持ってるじゃーん! 行け! カンナさん!」
カンナさんはすぐに反応し、巨大羊と組み合う。貫かんとするパイルバンカーを留める動きと、殴打の拳を留める機腕。
――駆動と筋力の均衡は、すぐに終わった。
「あ、イケるじゃん!」
開けっ放しのコクピットから、今度はポージングは無しで、魔術を解き放った。
「あたしだー!」
雷撃に、巨大羊は太くしかし哀れっぽい声を残して、霞と消えた。
●
「ナァァン……!」
「タマ、ごめんな」
膝に取り付いて、嘆きの声を上げるユグディラをいっそ優しく撫で回しながら、奇襲で取り上げた操作機に打ち込む。
「あとでバイクに乗せてやるから、さ」
悲しげなユグディラの目が返った。ボク達はあの傲慢な羊達に応報しなくちゃニャらんのだ。そう言われた気がしたが、定かではない。
「じゃあ、後でな!」
操作機の代わりに魚の干物を渡すと、次のGnomeへと向かっていった。見れば、椿姫も操作機を手にして、Gnome一機を停めていた。誠一と同じように鞠を渡しているところをみると、平和的解決――鞠と操作機――の交換はできなかったようだ。ナァァ、ナァァ、と泣き縋るユグディラの頭をぽん、と叩く姿には、幼子を叱りつける母親の風格が滲んでいる。
「「あ」」
そして、二人して、声を上げた。
この機体に取り付くため、バイクを、乗り捨ててしまった。後方に取りに戻らねばならないが、そうこうしている内に距離が開いてしまう。
しかし、だ。
まだ、一機残っている。暴走車両と化したGnomeが迫る先には、ハンターと歪虚の混戦がある。
凄惨な光景が予測され、どちらともなく「危ない!」と声を張った。
そこに。
「ごめん!」
声と共に、矢が届く。ジュードが放った、『青霞』。矢に籠められたマテリアルが、Gnomeに突き刺さると同時、その挙動が凍りついたように静止した。
「フニャァァァ!」
「あ」
マテリアルの奇跡によって、Gnomeは急静止した。しかし、そこに乗っていたユグディラはたまらない。速度を殺せずに滑落していた。壮烈な勢いで打ち出されそうになるユグディラ。
「タマ!」「あぶない……っ!」誰とも知れず、悲鳴が響く。
転瞬。
影が奔った。それは停滞なくGnomeの凹凸を駆け上ると、
「……ユグディランブル! ニャア!」
フィリアだ。機体を駆け上がっていた少女が、滑落のユグディラを抱きとめていた。抱きとめると同時に、愉しげにユグディラに声を上げたフィリアは地面に着地すると――暫し、様子を伺っていた。
返事がない。
「……あら? 脅かしすぎて、死んじゃったかしら?」
「タ、タマ!?」
着地して小首を傾げるフィリアの言葉に、たまらず駆け寄る誠一。慌てて、ユグディラの首の脈を取ると――ある。安堵に座り込みそうになった。ぷひー、と、小さな鼻息が鳴る。
「はは……」
ユグディラは、落下の恐怖に耐えられずに失神していたようだった。
●
Gnomeは全機活動停止。それでも、敵は依然として在り続けている。
「黒羊は全て討ち果たした。勝鬨を上げろ」
「えっ?」
いつ終わるとも知れぬ混戦の中、返り血に汚れたルイトガルトが、手近な兵士にそう告げた。一般兵と並び立ち周囲を鼓舞しながら戦列を支えていた女の声に、兵士たちは虚を突かれたようだった。
「勝鬨だ」
マテリアルヒーリングで傷を癒やしながら、繰り返す。持久戦、消耗戦で、彼女自身も少なからず手傷を負っていた。だが、その働きもあって、騎士団に死者は居ない。
「――は、はい!」
その事が、実感となって満ちたのだろうか。相手はやけに嬉しげに応じると、
「勝鬨を―――ッ!」
と、声も枯れんばかりに叫んだ。すぐに、応答の咆哮が返る。
――――――ッ!!!!!!
それはすぐに戦列全体へと波及し、うねりとなって響き渡り、残った巨大羊と、歩兵たる灰色羊を打ちのめした。一匹が転進すると、すぐにもう一匹、更に、と、動きが生まれていく。
「敵が撤退します! 追撃を!」
遥華の指示が響くと同時、背を向けた敵に対して、剣、あるいは銃での追撃が重なる。遥華自身の魔術も羊たちを飲み込み、その歩みを押しとどめる。ルイトガルトは浅く息を吐いた。勝利の手応えに、浸るでもなく。
「……終わったな」
短く、そう結んだのだった。
●
踵を帰して撤退――というよりも、散り散りに散開していく羊たち。
「逃がすかァァ!」
研司の操るパリスがスラスターを全開にして追撃していった。CAMの損壊など気にせず、周囲が止める間もない猪突猛進っぷり、まこと、脳筋の鑑である。
それだけではない。戦闘中、姿を消していたヴィサンとポチョムが後方へと回っており、逃げる敵戦力の中でも大物――巨大羊と、紅薔薇の狙撃を恐れて『変容』して逃げ隠れていた赤色羊を捕らえ、これを討ち果たしていた。
ルカの依頼の結果であるが、彼ら二人が抜けた穴を埋めるため、彼女自身も奔走していたのだ。故に、こちらもルカが挙げた首級として数えられることとなった。
●
「おおォ」
ポチョムは斜陽を浴びて金色に光るBIGnomeを見上げて、膝をついた。
「これは……」
隣まで歩いてきた水月が声を漏らす。急制動したBIGnomeは、今やキャタピラに胴体が乗っかっているだけ、となっていた。
「……お悔やみ申し上げます」
匠が、破損している巨大なそれを見て、ポチョムの背に言葉を投げた。試作機ということを抜いても、金に飽かせて作ったものであることは想像に難くない。同じものを見上げて、紅薔薇は小首を傾げる。
「仕組み上、つなげたら治りそうなものじゃが……」
「修理のための工程を……と思うと、情けなくて……ですな」
紅薔薇の呟きに、ポチョムは項垂れたまま、絞り出すように言った。紅薔薇は、その肩に手を置いた。言葉だけでは、ポチョムの傷は癒せまいと感じて。
「こんだけ大事になることですし、ねぃ」
「……は、はい」
鬼百合が、レヴィンに詰め寄っていた。
「し、しかし、皆さんが……いらっしゃったら……なんとかなるような気も……」
「……人力でやれってことですかぃ」
「近づいたら止まるのは、今回証明されちゃいましたし……」
「……」
確かに、スイッチで稼働不能なぐらいに破壊されるのと、Gnome自体を破壊することと、結果は変わらない。
「……い、いや、だまされないですよぅ!?」
危うくはぐらかされそうになった鬼百合の声が、辺り一帯に木霊したのだった。
●
「危ないことしたらメッ!」
目を回しているユグディラを抱えたジュードは頬を膨らませて言うが、同時に毛づくろいする手に合わせてユグディラの足がへにゃへにゃと動く様に、どうしても笑みが浮かんでしまう。
エアがその光景を眺めていると、ゲアラハが寄ってきた。甘えというには些か遠い距離。苦笑を一つこぼすと、エアは手を伸ばした。
「……そうだな、今日はよく頑張った」
「いい子ですね」
メトロノームは至福に包まれていた。とにかく、温かい。膝下で寝転がるユグディラは――羊たちも居なくなったおかげか――満足げである。
ふと。
その視線が、メトロノームの愛機Astarteに向いていた。最初は物珍しさから、とも思ったが――。
「……流石に、CAMは動かせないですよね?」
「ナァァン」
「ダメですよ??」
「コイツらはホントに……」
テオバルトは呆れ笑いを一つ。
「……さて、それじゃあ」
と、揚々と手を掲げた。CAMに夢中になっているユグディラに向かいつつ、メトロノームの様子を伺うと、承諾の頷き。
「それじゃ、罰として――モフモフの刑だ!」
「!? ウナァァァッ!!」
その様子を微笑みと共に眺めていたリューリが、小さく身震いをしているユグディラを撫で回しながら、ふと、思った。
「……なんだか最近、この子達を見る機会がおおいような……」
伝わる手の感触に、すぐにまあいいか、と思い直す。今は、此の子達を目一杯可愛がろう。
●
こうして、此度の合戦は無事に終幕を向かえた。負傷者はいたものの、死者は無し。この規模の戦闘を考えれば、破格の成果であったことは、添えておこう。
――かくして、ユグディラと王国の物語。
その諸端が、良き形で開かれたのであった。
なお、余談であるが、故障したBIGnomeの件を報告されてもヘクスは特に悲嘆にくれる事は無かったという。
その手元には、千春に向かって迫る黄金のBIGnomeの威容をおさめた写真があったからかもしれない――というのは、ポチョムの弁であった。
轟々と上がる土煙。暴走するGnome。遠く聞こえる、ユグディラの鳴き声。
景気のよい光景だが、一軍と一軍が相対する、十全なる戦場だった。
「ふむ、あの象頭はデュニクスのものか」
目を細め、アルルベル・ベルベット(ka2730)。
「……ん?」
少女はさらに目を凝らす。Gnomeの象頭の上に乗っかっている影が気になった。
「あれは……ユグnomeにゃん!?」
「あ! 農具―! 共に汗を流した最新農具―!!」
正体に気づいて驚愕したアルルベルの声に、藤堂研司(ka0569)の怒声が乗った。
「何やっとんじゃ猫様ー!」
「あのユグディラって前に助けた子達だよね?」
「多分……」
吠える研司をよそに言うリューリ・ハルマ(ka0502)に、柏木 千春(ka3061)は淡い吐息をこぼして応じた。
「あれが、ユグディラ?」
誠堂 匠(ka2876)。王国に縁は深いハンターであるが、ユグディラを目にするのは初めてだったようだ。彼らの愛らしい外見に目を留めた後、その足元――BIGnomeに移る。
「……試作機、って高く付くんだよな」
既に、予感を抱いているようでもある匠は、「壊れませんように」と誰にともなく祈りを捧げた。
「このままだとユグディラも危険ですよね……?」
「コ、コホン」
千春の懸念に返った咳払いは、奇妙なことを口走ってしまったアルルベルのもの。
「……彼らの無謀は止めねばなるまい。整地用でカチ込めば大変な事になる」
なお、一見して冷静に告げるアルルベルの視線は依然としてユグディラに釘付けのままだった。
胸に手を当てた千春も頷きを返した後、真剣な眼差しでGnomeの集団を見つめる。そして。
「……私、止めてきます!」
そう、宣言したのだった。
「いやはや、これは酷い」
「元気だねぇ、あいつら」
けらけらと笑う金目(ka6190)に、大笑するテオバルト・グリム(ka1824)。
――大きな存在には、夢と希望が詰まってますからね。
ふふり、と金目は頷いた。
「……そういえば、この光景を見ることが出来ないヘクス卿は可哀想ですね……ん?」
横目にテオバルトの姿を見て、金目は愕然とした。『羊上等』『癒愚泥嵐武流』と掲げられた、旗。視線に気づきもしないテオバルトはさらに大笑すると、
「元気は一番だが、危ないから止めないと……ん? 止まってくれるかな?」
「……いやぁ、どうでしょうね」
楽しげな口調に、気合は入っているがそのスジではないと識り、金目も冗談交じりで応答した。
――せめて、写真だけでもとっておきましょうかね。
もしもの時に備えて、金目は内心でそう決めたようだった。
――もふるのは歪虚を退け憂いが無くなった後で……です。
Astarteに搭乗したメトロノーム・ソングライト(ka1267)は、静かに決意を固めた。彼女にしては、珍しいことかもしれないが――あるいはそれも、変化の一端、なのだろうか。思い至って、コクピットを開く。やはり、無数の視線を感じた。
「よろしくお願いしますね」
身を乗り出して、一つ、告げる。王国では、CAMの運用は殆ど無いことを思い出しての配慮だった。感嘆の声と注目が、少しばかり面映ゆく、すぐにコクピットを閉めてしまったのは、余談である。
「だから緊急停止スイッチ要るって言ったんでさ……!」
ぷー、と頬を膨らませる鬼百合(ka3667)。かつて、Gnomeに関する意見聴取の際に進言したことが採用されていれば、こんなことにはならなかったのに、と。
「し、しかし、外部にそういったものがあると作業の際に……という意見もありまして……」
「……」
「ま、前向きに検討します……」
言い訳をしようとしたレヴィンだったが、鬼百合の視線にすぐに心が折れたようだった。薄らハゲた中年がしおれる姿は、あまり心地よいものでもない。鬼百合は「仕方ねぇですねぃ」と慨嘆する。
「よぅ!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は馴染みの団員達に声を張る。
「わりぃが、このザマでね。出来る限りの事はするつもりだ。てめェらにはオレの分まで働いてもらうぜ!」
「「「ウス!」」」
その体は、重傷を負っていた。寄り添うイェジド、ヴァンがそれとなく支えになっているが、心は折れてはいない。顔見知りの団員たちが応じる様に、この団の長であるレヴィンが苦笑をこぼしていた。
会釈を一つ返す。指揮をある程度委ねる、という判断は上役である彼の下したものだった。
なればこそ、成果を挙げねばならない。
●
Gnomeは止まる気配も見せない。追う側としてはたまったものではなかったが、椿姫・T・ノーチェ(ka1225)は、バイクを全速で駆動。Gnome達の予測進路と接触地点から、すこしだけ右に進路を取った。
「あの子達はもう……!」
「困ったタマたちですね」
「ええ、本当に」
同じく魔導バイクに乗って並走する神城 誠一(ka2086)の言葉に、頷きを返す。全速ゆえに、視線は前に固定して――いたのだが、タマらず、振り返ってしまった。
「タマ?」
「タマですよ?」
アルルベルはそんな二人の様子を小首をかしげて眺めていた。
――タマ……?
生まれも育ちもクリムゾンウェストのアルルベルには馴染みの無いワードであった。
「ごめんって!」
そんな中、リューリは騎乗するイェジド、レイノを宥めていた。疾駆しながらも、度々鼻を鳴らしているのは、自らの背に木の棒がくくりつけられているからだ。それも、干物付き、である。
前方には、BIGnomeへと愛馬を駆る千春の背が見えた。
少し右方へと相棒の向きを転じる。Gnomeと羊たちの間に入れるように。
「にしてもうっかりしてたぜ!」
随伴するテオバルトは些か、悔しげである。
「のんびり火を起こしてる時間がなかったな!」
本当は炙って香り立てをしたかったところだが、戦場ではその時間がなかった。魔術や道具があれば違ったのだろうが……と、背に立てた旗がばっさばっさと不規則に揺れる。
そこにも、魚の干物がくくりつけられていた。
「まぁ、なるようになるか!」
●
――なんだか懐かしいような気のする光景ですねー。
葛音 水月(ka1895)は、遠き日を思い出していた。転移して間もないころの大規模戦闘。
あの時とは、大きく状況が異なっていることも、同時に意識する。例えば、彼が身を預ける『それ』もそうだ。
「失礼しますねー」
騎士団の間にCAMをいれると、補助脚を展開し、狙撃銃を構えた。重装備が要塞の如く静かに佇む姿に、戦列に並ぶ団員達から感嘆の声が溢れる。
央崎 遥華(ka5644)は戦列を眺めて、自らの配置を左翼に定めたようだった。
「よろしくお願いしますね」
微笑みと共に、団員の面々へと告げる。その優美さに最初こそ面食らった一同だが、すぐに眼差しが締まった。
「「「必ず御守りします!」」」
「……? は、はい」
元々、街の成らず者が多い一団である。どうも、変なスイッチが入ったようだった。
「行くよ、ミルティ!」
その視線の先、ジュード・エアハート(ka0410)の声に、相棒のミルティが高く嘶いて疾走を開始。
「またぞろ羊が騒いでいると聞いて来てみたが……さて」
そのジュードから少しばかり先行したエアルドフリス(ka1856)――エアが頭を掻く。
「アレが噂のGnomeとやらに……ハハッ!」
バイクを繰りながら、横目に伺うアルヴィン=オールドリッチ(ka2378)はいやに愉しげだ。
「見テ、ルールー! あのGnome、ユグディラが操ってイルヨ!」
「かわいいよね!」
「ホント、彼らナンでもスルナー」
寛容すぎる友人と、少しばかり目が曇っているようにも思える恋人に、エア。彼自身はそういう気質ではないのだが、同道者は今日も騒がしい。
とはいえ、求められれば応じる――ノセられる――性質でもある。不満があるわけでも無かった。
「行こうか、ゲアラハ」
短い唸り声を一つ返したイェジドは、進路を少し右方、Gnome側へと取った。素直な相棒の背を、一つ叩く。匠はジュード達と同じく右方を選び、併走している。
彼らとは進路を別にとったヴァルナ=エリゴス(ka2651)とブラウ(ka4809)、雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリア。フィリアと共に愛馬に騎乗したブラウの足は遅くなるが、ヴァルナは馬足をあわせた。
中央寄りに進路を取る彼女たちの前方には、全力で魔導バイクを操る鬼百合もいる。
――羊型歪虚の再活発化……『あの方』が不在の内に王国を落とされる訳にはいきません。
どうしても、ベリアルの影がちらついてしまう。だからこそ、ヴァルナは決意を固めた。
「鬼灯の寝息に耳を澄ましても、北へ向かう風渡りの猫の影は踏めなくて……だから無くしたのなら、探しに行かなくちゃ」
「私のこと?」
その後ろ、相乗りするフィリアとブラウはまるで戦場とは思えないくらいに、のんびりと言葉を交わしていた。
「ええ、無くしものをしたのは、ブラウだもの」
「……無くしてないわよ?」
困惑するブラウに、フィリアはただ微笑むばかりであった。
「猫に羊……ふむ」
ちらり、と傍らを眺めたルイトガルト・レーデル(ka6356)はごく僅かに口の端を釣り上げると、
「手触りに興味は湧くが……と、冗句を言う場合でもないな」
「……数の差は、絶大ですしね」
駆けていく面々を眺めながら、天央 観智(ka0896)は短く応じた。騎士団達の直衛についている彼は、レギというイェジドに騎乗していた。
「頼りにしていますよ、レギ」
故に、観智はその背を撫でる。その脚が頼りになる、と予想していたから。
その前方、ルカ(ka0962)は己の装備の具合と、周囲を探し――見つけた。
「ポチョムさん」
「ほ?」
朱槍を構えるポチョムに、声をかけた。
「彼らは、頃合いを見て逃げ出すかもしれません」
「……ふむ」
思案が返った。元密偵と知っての発言だ。ルカも多くを語るつもりはない。判断は委ねた。
「――承りましょう」
決め手は、ちらと盗み見たボルディアの存在、だったろうか。兎角、そういう事になった。
●
紅薔薇(ka4766)はデュミナス『夜叉姫』のコクピット内で一つ、息を付いた。
敵陣容を知らせた後、狙撃姿勢を取らせる。赤羊に照準を合わせて、息を詰める。
「……最悪Gnomeは壊れても、猫達は確保してやらんとまずいのう」
戦列に大きな動きはない。強いて言えば、先行するCAMやハンター達の動きに、少しずつ対応する気配が見えているくらいである。取り立てて、伝達の必要はないだろう。
距離が詰まる。ゆっくりと、息を、吐いた。
「――往くぞ、夜叉姫」
その距離、実に一二四メートル。
●
全速力で走るよう機体を繰りながら、研司は遠く、羊達を観る。
「……この視点は、見晴らしがいいな」
これまで歩兵として相対していた巨大な相手を見てそう思うと同時、後方から銃弾が走った。射線が高い。
瞬後、銃撃で赤羊が弾け飛んだと知る。紅薔薇の狙撃だ。サイズ差を活かして、黒羊を飛び越えて赤羊を狙撃している。
更に、メトロノーム機の狙撃が巨大羊へと届く。命中するたびに、巨大羊の巨体が激しく揺れ、血飛沫が上がる。見る見るうちに銃痕が重なり、血だるまのようになっていった。
「おお……!」
後方で、騎士団達の喝采が上がっていた。
「はっはー、痺れるなぁ!」
研司も感嘆しつつ、突っ込んだ、その時だ。
『何か来るでさ!』
通信機から、鬼百合の声。巨大羊達に動きがあった。
その巨腕で周囲の灰色羊達を引っ掴むと――無造作に放り投げた。
哀れっぽい声と共に飛来する灰色羊。
「させるか……ッ!」
それを、研司は制動し、銃撃で撃ち落とす。一匹を撃墜。しかし、それ以上は手数が足りない――と、思った、その時だ。
後方から、銃撃。正体不明の銃撃支援だったが、狙いすました一撃に、慧眼を見た。
「ありがとう!!」
援護がある、ということは良いことだ。少なくとも、歩みを止める理由にはならない。
往った。
水月のそれは、その挙動を予期していたからこその対応であった。
「……あ」
巨大羊の投擲は些か不規則で、水月としても対応に困るところではあったが、出来る限りを投擲中に撃ち落とすべく、ガトリングガンを乱射して弾幕とした。撃墜とまでは行かないが、着弾までに傷を負わせることは叶う。
だが、水音が痛恨を感じているのは、他事である。
「……無線機とか、忘れてましたね」
CAMには連絡手段が無いことを失念していた。
研司機の傍ら、リュミア・ルクス(ka5783)が繰るデュミナス、カンナさんも全速で駆動していた。
「さあ行くのだカンナさん! 今夜はジンギスカンパーティなんだよ!!」
女性的な造形のカンナさんだが、その機動はいやに勇ましい。コクピットの中で愉快げに見回すリュミアは、狙いを巨大羊に定める、が。
――ちょーっと、邪魔だなあ。
黒羊と灰色羊のせいで巨大羊までの距離があり、格闘戦仕様のカンナさんでは手が届かない。ならば、と、いそいそと用意を始めることにした。
●
エアは周囲を俯瞰する。巨大羊の投擲は、前方の集団への奇襲としてのもので、こちらには脅威は無い。後方のジュードの矢が敵陣を貫き続けている都合か、じわじわと敵がこちらに偏ってきている。
距離が十分に詰まるのを待った後――。
「ゲアルハ」
エアの意を汲んで、ゲアルハが転進した。
「我均衡を以て均衡を破らんと欲す――」
マテリアルを制御し、言の葉を刻み、編み上げる。
「理に叛く代償の甘受を誓約せん――鎖せ!」
褐色の指で指した先、雪結晶の文様が浮かぶ。その文様を突き破るように、氷の針が吹き上がり、直系六メートルの空間を薙ぎ払った。
マテリアルの奔流を、しかし、最前衛の黒羊達は耐えて見せた。
「頑丈だね」
側方。騎馬にて併走していた匠が告げる。重装甲の黒羊達が近づいてくるに至り――想起するのはデュニクスでの悔恨。
――集中しろ。
命じて、左手を振った。マテリアルが籠められた手裏剣が、その機動を変じながら黒羊達の後背の灰色羊たちに直撃すると、混雑に後続の脚が鈍った。
エアは次の呪文を編み始めるが、敵視を集めすぎたか、前線を構築する多量の黒羊が一挙に匠とエアに迫ってくる。
「ルールーはそのままでいいカラ!」
ひらり、と。バイクを操ったアルヴィンが前へ。エアが魔術を完成させるための時間稼ぎだ。耐えるための法術には、十分余裕がある。
4メートルを残したところで黒羊達の巨躯が霞むように消え――瞬後、掲げた十字盾に、衝撃。それが連続して襲ってくるのを、アルヴィンが「ハハ、激しいネ★」と、快活に受け止めていると、
「そこまでだよっ!」
すぐに、矢弓の支援が届いた。制圧射撃の掃射で、敵の後続の足が鈍る。ジュードだ。
エアの眼前に至った敵をゲアルハが装着した鎌と牙、そしてその体躯で振り払う。衝撃と、獣の躍動を感じながら、エアは魔術を解き放った。
「――灰燼に帰せ!」
眼前の敵は無視し、最大効率を優先した。アルヴィンの前方、大量に固まっている敵を飲み込んだ蒼炎が、無数の矢に転じて内部の敵を穿つ。
「ジンギスカン……」
後方からの声に、食い気を出しているな、とエアは苦笑した。
多勢を覆すには、些か手が足りなかった。特に左方から溢れた敵が、後方――ジュードの方へと流れていく。反射的に、手が動いた。
「大丈夫だヨ、ルールー」
敵を打擲するアルヴィンは、戦場の只中でもなお明るく言う。稚気混じりな言動に、エアは思わず閉口した。
「やっちゃえ、ミルティ!」
得物が弓と見て無策に飛び込んだ黒羊達だが、ミルティの鍛え上げられた脚力で、一蹴されていた。
「ひゃっはー! ばっちい羊さんは消毒だー!!」
気持ちが昂ぶったか、そう言うジュードに、エアは暫し、呆然としていたが、
「……っと」
その顔を、相棒であるゲアラハの長い尾が触れていった。
「気持ちはわからないでもないケド、集中しなくちゃネ★」
「――は、は」
ごまかしの愛想笑いを浮かべ、次の魔術を編む。疾く終わらせよう。そう思った。
「僕タチはアッチに引っ張ってくケド、君はどうスル?」
「俺も同道します」
アルヴィンの問いに、次の投擲を、更に右翼の奥へと投じた匠が応じた。羊たちの悲鳴の大合唱と共に、目に見えて右翼の動きが鈍る。
――このまま、引き寄せられれば。
戦列は後ろにも長く、そこまでは手が届かないが、時間を稼ぐ事ができた手応えは、十分に得ていた。
中央付近。鬼百合は、ヴァルナ達が突撃するであろう地点に至ると、
「切り開くんでさ!」
魔術を、編む。小さい指が踊った直後、氷雪の嵐が黒羊達から向こうを包み込むのを確認すると、すぐに転進した。鬼百合は転戦しつつ、前線の支援をする算段になっている。
「――分厚いですね」
狙撃が打ち込まれ、対応するように巨大羊達が灰色羊たちを投擲する中でも、敵の陣容には大きな乱れは無い。ヴァルナは刻々と迫る敵陣を一つ眺めた上で、妖剣を構える。
「行きます」
「ええ」
簡潔な意思表明に、ブラウもまた、短く答えた。同時、妖刀が白光を押し返すように、剣身にマテリアルが収斂し、光を放つ。
「――ッ!」
気迫と共に、解き放った。彼女自らが徹閃と名付けた、光の槍を思わせる一閃が、妖剣を突き通す。
それは、八メートル余りを貫く一閃となり、黒羊後方に位置する灰色羊をも貫いた。その空隙に、ブラウとフィリアが続く。
「沢山毛を刈らなくちゃ、おじさんは寒がりだもの」
「……おじさん?」
魔導鋏の如く改造された得物を楽しげに鳴らしながら、フィリアが言う。意味はわからないままに、ブラウは羊たちの只中へと飛び込んだ。
抜刀。しゃらり、と音がなった直後――血の華が咲いた。鬼百合、そしてヴァルナの一撃で傷ついていた黒羊と、その奥の灰色羊たちから一斉にアカイロが散る。瞬間、むせ返る程の血の香りに、ブラウの脳に閃光が走った。
「……堪らないわ」
「どんな『匂い』がするの? ねえ……『雨音』を聴かせて?」
陶酔し、慄えてすら居るブラウに、フィリアはその鋏で黒羊の血飛沫を散らすと、朗らかに問いかけた。戦場の、只中で。
「ええ……教えてあげるわ」
陶酔したブラウは更に、刃を振るうのだった。そして、血煙と共に、言葉を紡ぐ。幾重にも。幾重にも。
●
「集合!」
投石を警戒し、散開を指示していたボルディアが言う。
「にしても頑丈だなアイツ……」
狙撃されているにもかかわらず、巨羊もその数を減じていない。それだけで、その頑強さは理解できようものだった。彼女はとん、と背筋よく待機していたヴァンを軽く叩いた。「今日の食事は豪勢だぜ」という主の声に、ヴァンは唸る声を一つ残して、疾走。
「近づいてきたヤツは覚醒者があたれ! 他の面々は突っ込んでくる羊共を狙いな!」
声に、騎士団所属の覚醒者が気勢と共に前進した。ヴァンが向かう目を回している羊たちに切り込んでいく。
『援護します』
言葉と共に、メトロノーム機が側面へと移動しはじめる。紅薔薇の狙撃によって赤羊をあらかた潰された灰色羊達の動きは統制を欠いているが、それでも、包囲は騎士団にとって鬼門だ。
死者をなくす。その為に、抑えに回った。黒光を返すAstarteは巨大羊に銃撃を重ねながら、好位置を得るべく移動。
「僕も、行きますね」
「おぅ!」
観智も、相棒であるレギの背に乗って往った。構築される盤石の構えにボルディアは咆哮の如く応じると、更に、声を張る。
「――気合見せやがれ、野郎どもォ!」
●
ルカは、騎士団よりも前方に構えた。
敵の動きを確かめながら、法術を編み――放つ。仕込んですぐに、眼前まで迫っていた敵の姿が霞んだ。
多数の敵が、ほぼ同時にルカへと突撃した結果である。だが、それはルカにとって予想できた事だ。羊達との戦闘経験は少なくない。
直前に紡いだ結界が、その『進行』を押しとどめた。射撃などならいざしらず、身一つで飛び込む突撃を妨げる事は可能であったらしい。
「……今は、殲滅させて頂きますね」
解き放たれた聖光は、ルカを轢き潰さんと接近していた羊たちを瞬く間に飲み込んだ。すぐに、支援の銃撃が騎士団から届く。生き残りの羊達も、その尽くが消え失せることとなった。
「何度も使えるものではありませんが……」
機先は取った。態勢さえ整えられれば、後は敵の動きに対応すればいい。ルカは己の為すべきを為すべく、今度は後退して騎士団の支援に回ることにした。
●
Gnomeと羊たちの間に、ハンター達は滑り込んだ。
――届いた!
心の中で喝采を上げたリューリはレイノに届けと念じる。撫でてやりたいが、両手は斧で塞がっている。
そして、眼前には敵。羊側へと進路を取っていたリューリは鍛え上げられた巨斧を轟然と振るう。真正面から接近していた黒羊が受け止めるが、二撃目で弾けて消える。
「かったいなぁ……!」
次いで、敵がなだれ込んできた。
リューリの視界が乱れた。加速、躍動したレイノが、羊達に飛びかかった為だ。その爪と重量で黒羊を押し倒すと、喉笛に噛み付いた。押しのけようとする黒羊と拮抗する中、リューリは、
「やっちゃれ、レイノ!」
と、声高に告げると、自らも別な羊へと切りかかっていった。ふと、側面から、音。
「やっぱ匂いがないとダメだったみたいだ!」
最初に、声。次に、その旗が見えた。『羊上等』と描かれた旗がばっさばさと揺れながら、くくりつけられた干物が揺れる。
横断してユグディラ達を誘引しようとしたが、無反応だったら。まあ、それなら良い、と、Gnomeへとなだれ込もうとする羊たちへと斬りかかっていった。
一方、Gnome達にも接触を果たしていた。最前を往くBIGnomeではなく、随伴するGnomeに追いついた誠一は、
「こっちのタマは俺が引き受けます!」
と椿姫に一声かけて、バイクを乗り捨てる形でGnomeに飛び移った。当初はワイヤーで操作機を絡め取ろうとしたのだが、どうやらスキルの用意を忘れていたらしい。
「椿姫さんはあっちのタマを頼みます!」
「はい……気をつけて!」
応じて、バイクを更に加速させる。車体を寄せながら、「……タマ」と、呟く。誠一は真面目な人となりなのだが、時折、そういう所がある。
くす、と笑いをこぼしながら、椿姫も別なGnomeに飛び移った。疾影士のマテリアル制御で、複雑な構造を駆けるように登っていく。
――なんだか、最高に盛り上がっているな。
そんな二人を横目にバイクを飛ばし、反対側に在るGnomeへと向かっていったアルルベル。マテリアルで空中を泳ぐように機動させ、一息に、とはいかないが、機体への着地を経ての二度の機動を経て、頭頂部へとたどり着く。
「ナァァン!」
操作機を手に気合充分、といった調子のユグディラの背中が見えた。こちらには気づきもしない。
「君たちは、本当に野生を捨ててるな」
「ニャニャァ!?」
驚愕したユグディラが振り向くや否や、アルルベルは、
「そら」
手元の缶を押し開いた。瞬後に漂うツナの芳醇な香りに、ユグディラの目が大きく見開かれる。さっ、とお腹に伸びた手は、空腹を意識したからだろうか。
「……差し上げよう」
「ナァァン!!」
「これは預かっておこうかな」
ツナ缶に飛びつくユグディラが落ちぬよう、柔らかく受け止め、同時に片手持ちになった操作機を取り上げたところで、ユグディラは罠に掛かった事に気がついたらしい。
「たしかこうだったかな」
その視線には気が付きつつも、アルルベルはかつての手順をなぞるように機体を停止させた。
「ニ、ニアァァン!!」
「はっはっは、渡さないぞー」
すがりつくユグディラに心持ち愉快な気分になりながら、アルルベルは操作機を操り――その進行を停止させた。
●
――その、最前。
千春は、BIGnomeの前方で下馬した。万が一にも馬が怪我をしないように下げさせると、その身の光芒が一際、光を強くする。
「…………」
無言のまま、目を閉じ、強く想う。傷つけることなく、この場を収めるための力を。
「止めます……!」
光が、解き放たれた。瞬後には辺り一帯には何の余韻も残ってはいない。BIGnomeは止まらない。足元の千春のことなど、まるで気づいていないかのように。
――轢かれる。
その危険性を知っている筈なのに、千春は身動き一つ取りはしなかった。
転瞬。眼前のBIGnomeが、不可視の壁に阻まれたかのように急停止した。凄まじきは、そのBIGnomeは、その巨体で一切のスピードを緩めることなく、不可視の壁に追突したのだ。
不吉な音を立てて、その首と肩がもげた。
「あっ」
千春はただ眺めることしかできなかった。
「…………」
気を取り直して、ユグディラを探す。すぐに、見つけた。
「あっ」
衝突の勢いのまま、不可視の壁にぶつかってズルズルと落ちていく――否、自然落下しようとしているユグディラを。
「わ、わ、わ……」
殺してしまう、と覚悟すらした。遮二無二走り寄り、落下地点に飛び込む。重い手応えで、無事に助けられたと知り、深く安堵する。傍らには、今なお駆動し続けるBIGnomeの機体。結界が解ければ、すぐにでも前進しはじめるだろう。
ユグディラは、固く操作機を握ったまま、意識を失っている。
「交渉……え、ええと」
しようと、思っていたのに。現実はそう上手くは行かないようだった。
「ほ、ほら、BIGnome、弱かったですよね。じゃあ、これは……お借りしちゃいますね……?」
●
騎士団側は、集団白兵戦闘になだれ込んだ。
「――Gnome側の様子を見ている場合じゃないですね」
水月の呟き。生き残りの黒羊達が後方から接近してきている。騎士団の動きは――鍛錬の成果だろうか、はたまた指揮の影響か、均質的だ。しかし、敵の配置にムラがあることは俯瞰するとよく解った。
巨大羊が考え無しに放り投げた結果かな、と思う。唇を尖らせながら、水月は敵集団に銃撃を重ねていった。
瞬後、照準の先で氷嵐が爆ぜた。それが魔術によるものだと、水月は知っている。視線を巡らせると、レギに騎乗した観智が構えていた。更にもう一手を見舞おうと集中する観智は、騎士団の直衛として集団への攻撃に終始するようだ。
「なら……」
彼のほうが、CAMよりも集団戦に向いている。故に、水月は撃ち漏らしに集中することにした。長大な射程が可能にする、広範囲支援である。
次いで、左翼。こちらは遥華が構えていた。接近する敵は、右翼や中央とくらべて無傷なものが多い。
「よく引きつけて、それから撃ってください」
そうして、馬首を巡らせ、
「行くよ、トリスタン!」
――往った。
その背を追うように、魔導狙撃銃の弾幕が雨霰の如く羊たちに至る。最前の黒羊は頑健だが、数が募る事でその動きに遅滞が出た、と遥華は見た。
必要以上に接近し過ぎぬよう馬の歩みを止めたのち、魔術を編む。
「切り開きます」
氷雪の魔術が、銃撃で傷ついた黒羊達を蹂躙。そして、
「もう一射!」
声につづいて、更に銃弾。黒羊は硬いが、その奥から詰めてくる灰色羊は、脆い。
「……後は、どう黒羊達を仕留めるか、ですが」
後詰のハンターは、ルイトガルトのみ。その彼女も、人員不足と見て駆けつけてくれたのだった。
「来るぞ。構えろ」
「「「応!!」」」
ルイトガルトの冷然とした声が届く。響いた咆哮に、遥華は満足げに頷くと馬を後退させながら更に魔術を編んだ。今のうちに、削れる限りを削っておきたい。
――じきに、乱戦になるだろうから。
と、思ったその時だ。魔導トライクに乗った金目が、戦場を横断する形で近づいて来ている。
「いやぁ、遅くなってすみません!」
懐に魔導カメラをしまい込むと、斧を掲げた金目が揚々と告げる。
「結構いいのが撮れました! あとは此処を抑えるだけですね!」
「……ん? あ、ああ」
怜悧な表情が、怪訝に曇るのも気にも止めず、金目は「さ、頑張りますか」と、斧を構えた。
マイペースな男だった。
『敵の方が数が多い。敵群に飲み込まれないように固まって動くのじゃ!』
声が走る。ソニックフォン・ブラスターで拡声された、紅薔薇の声だ。
『この身、お主らに預けたぞ!』
言いつつ、只管に銃撃を重ねていく。巨大羊の影に隠れようとしている赤羊を執拗に狙い撃ちし、ついに撃破。
手を緩めることはしない。彼女の場合、刀を手に地上で抗う方が強くても。それだけが強さではないことを、彼女は既に知っているから。
――この日、紅薔薇は赤羊の多くを単機で屠るという、大戦果を上げた。
●
「ット、ゴメン!」
「構わんさ!」
一方、アルヴィンとエア、匠は敵の波に飲まれつつ在った。きっかけは、攻撃に合わせて動いた敵の影響で、アルヴィンと匠がバイクと馬を操るスペースが絶無になった事だ。
遠距離から届くジュードの支援の中、三人と一匹は踊る。
――随分ト数は減ったケド……。
癒やしの聖光を紡ぎながら、アルヴィンは周囲を見渡す。指揮を取っていたと思われる赤色羊は目に見える範囲には既に居ない。となれば、戦況は終盤に差し掛かったと見ていい。
「……っ」
混戦の只中で、匠の振動刀が黒羊を装甲ごと叩き切った。次いで押し寄せる黒羊の猛襲を体捌きだけで回避すると、装甲の隙間から刃を差し込み、切り捨てる。乱戦の中で手傷は負うているが、アルヴィンのおかげで戦闘に支障は無い。
「此処を、凌げば……!」
匠が気勢を放った、その時だ。
「―――ッ!」
「縛れ!」
ゲアラハが獰猛な怒声と共に勇躍した。押し倒した勢いのまま牙で灰色羊の首を噛み千切る。同時、ゲアラハが押し開いた空間の先に、エアが解き放った氷雪の嵐が吹き荒れる。
哀れっぽい鳴き声が響く中、アルヴィンは盾で受け止めていた灰色羊を押し退ける。その感触が、先程までと変わっていることに気づいた。
「……君タチ、恐慌シテルネ?」
為らば、終わりは近かろう。そう思い、今は耐える。何れ、敵の方に動きが出るだろうと。
「いい香りね……ッ!」
多量の血煙を自ら戦場に塗りつけるブラウは、嬌笑に似た狂笑をあげる。黒羊達を屠ると、柔らかい灰色羊たちの群れに突き当たる。
「一端退きますか……!?」
同じく剣を振るいながら、それでも、周囲を見渡していうヴァルナ。いつの間にやら、フィリアの姿がなくなっていた。
周囲の敵はエア達やヴァルナ達の立ち回りで数を随分と減らしてはいるが、こうなってしまうと移動をするだけでも随分と労がかかる。継続戦闘で、既にマテリアルを練り上げることができない。
「もう退けないんじゃないかしら!」
ブラウは特に拘りを見せるでもなく、只管に斬って斬って斬りまくる。歪虚の返り血に汚れるブラウは、既に酸化してきた血液の香りに掻き立てられ――そうになっていた、その時だ。
「大丈夫ですかぃ!!」
後方から、雷撃が走った。ブラウ達への道を繋ぐべく放たれた魔術が、黒羊と灰色羊たちを貫いたのだ。魔術の紡ぎ手は鬼百合。蜘蛛の糸の如き間隙に、ブラウとヴァルナはすぐに飛び込んでいった。血に酔っては居るが、好んで不利を背負うつもりもない。
「ありがとうございます!」
「へい。それじゃあ、ご武運を!」
言い置いて、鬼百合は再び転戦していく。
「――仕切り直しですね。参ります!」
そうして、局所的な優勢を保つべく、ヴァルナも前へ。ブラウに攻撃を加えようとした灰色羊の腕を切り落とした。
もはや戦線は互いに近接し、巨大羊は灰色羊を投げる事もなくなった。投げる必要も無いくらいに、混戦になっている。灰色羊は勿論だが、巨大羊の中にもCAMに向かっていくものも出てきている。
「おおおらあああ……ッ!」
そんな中、研司はパリスを全速で駆動させた。狙うは巨羊。無理な突進に灰色羊たちが取り付いてくる中、巨大羊の一体と相対を果たす。道中射撃し続けた甲斐もあって、その片腕はすでに使い物ならなくなっていた。研司はその死角から切り込んで、一閃。首を断ち切る。
「次ィ!」
周囲を羊達に取り囲まれてはいるが、そんなことお構いなしに、研司は咆哮した。
「その素っ首、片っ端から叩き落としてやる!」
獣の如き挙動で最前線で機動するCAMに、生き残りの巨大羊達が集い始めていた。
『たーーーっ!』
パイルバンカーで黒羊を撃ち貫いた後、後退していたカンナさんが、その動きに応じるように前に出た。敵が程よく密集してきている。
「ふっふっふ。括目するがいいんだよ!」
『射線』は、巨大羊まで通る。だから。
「これぞカンナさんの切り札にして最強兵器。そーのー名ーもー、竜咆リュミアルクス!」
ガイーン! カンナさんが勇ましいポージングをしたのち、そのコクピットが大きく開け放たれた!
「つまりあたしだー!!」
ズコーン! 高らかに謳い上げた声と共に、マテリアルが爆炎となって奔った。呆気に取られていた巨大羊や、その至近の羊たちが焔に呑まれて消えていく。巨体故に、この一撃は良く効いた。
「そぉい!」
そうしてすぐさま、コクピットへ逃げ隠れた。羊たちが矢弓を使ってこないことが幸いした。生身を曝す危険もあったから――と、その時だ。
「どわわっ!」
機体が、大きく傾いだ。すぐに操作して姿勢を立て直すと、眼前には巨大羊の影。危険とみて、羊たちを押し退けて組み付いてきたらしい。
「――へっへ、イイもん持ってるじゃーん! 行け! カンナさん!」
カンナさんはすぐに反応し、巨大羊と組み合う。貫かんとするパイルバンカーを留める動きと、殴打の拳を留める機腕。
――駆動と筋力の均衡は、すぐに終わった。
「あ、イケるじゃん!」
開けっ放しのコクピットから、今度はポージングは無しで、魔術を解き放った。
「あたしだー!」
雷撃に、巨大羊は太くしかし哀れっぽい声を残して、霞と消えた。
●
「ナァァン……!」
「タマ、ごめんな」
膝に取り付いて、嘆きの声を上げるユグディラをいっそ優しく撫で回しながら、奇襲で取り上げた操作機に打ち込む。
「あとでバイクに乗せてやるから、さ」
悲しげなユグディラの目が返った。ボク達はあの傲慢な羊達に応報しなくちゃニャらんのだ。そう言われた気がしたが、定かではない。
「じゃあ、後でな!」
操作機の代わりに魚の干物を渡すと、次のGnomeへと向かっていった。見れば、椿姫も操作機を手にして、Gnome一機を停めていた。誠一と同じように鞠を渡しているところをみると、平和的解決――鞠と操作機――の交換はできなかったようだ。ナァァ、ナァァ、と泣き縋るユグディラの頭をぽん、と叩く姿には、幼子を叱りつける母親の風格が滲んでいる。
「「あ」」
そして、二人して、声を上げた。
この機体に取り付くため、バイクを、乗り捨ててしまった。後方に取りに戻らねばならないが、そうこうしている内に距離が開いてしまう。
しかし、だ。
まだ、一機残っている。暴走車両と化したGnomeが迫る先には、ハンターと歪虚の混戦がある。
凄惨な光景が予測され、どちらともなく「危ない!」と声を張った。
そこに。
「ごめん!」
声と共に、矢が届く。ジュードが放った、『青霞』。矢に籠められたマテリアルが、Gnomeに突き刺さると同時、その挙動が凍りついたように静止した。
「フニャァァァ!」
「あ」
マテリアルの奇跡によって、Gnomeは急静止した。しかし、そこに乗っていたユグディラはたまらない。速度を殺せずに滑落していた。壮烈な勢いで打ち出されそうになるユグディラ。
「タマ!」「あぶない……っ!」誰とも知れず、悲鳴が響く。
転瞬。
影が奔った。それは停滞なくGnomeの凹凸を駆け上ると、
「……ユグディランブル! ニャア!」
フィリアだ。機体を駆け上がっていた少女が、滑落のユグディラを抱きとめていた。抱きとめると同時に、愉しげにユグディラに声を上げたフィリアは地面に着地すると――暫し、様子を伺っていた。
返事がない。
「……あら? 脅かしすぎて、死んじゃったかしら?」
「タ、タマ!?」
着地して小首を傾げるフィリアの言葉に、たまらず駆け寄る誠一。慌てて、ユグディラの首の脈を取ると――ある。安堵に座り込みそうになった。ぷひー、と、小さな鼻息が鳴る。
「はは……」
ユグディラは、落下の恐怖に耐えられずに失神していたようだった。
●
Gnomeは全機活動停止。それでも、敵は依然として在り続けている。
「黒羊は全て討ち果たした。勝鬨を上げろ」
「えっ?」
いつ終わるとも知れぬ混戦の中、返り血に汚れたルイトガルトが、手近な兵士にそう告げた。一般兵と並び立ち周囲を鼓舞しながら戦列を支えていた女の声に、兵士たちは虚を突かれたようだった。
「勝鬨だ」
マテリアルヒーリングで傷を癒やしながら、繰り返す。持久戦、消耗戦で、彼女自身も少なからず手傷を負っていた。だが、その働きもあって、騎士団に死者は居ない。
「――は、はい!」
その事が、実感となって満ちたのだろうか。相手はやけに嬉しげに応じると、
「勝鬨を―――ッ!」
と、声も枯れんばかりに叫んだ。すぐに、応答の咆哮が返る。
――――――ッ!!!!!!
それはすぐに戦列全体へと波及し、うねりとなって響き渡り、残った巨大羊と、歩兵たる灰色羊を打ちのめした。一匹が転進すると、すぐにもう一匹、更に、と、動きが生まれていく。
「敵が撤退します! 追撃を!」
遥華の指示が響くと同時、背を向けた敵に対して、剣、あるいは銃での追撃が重なる。遥華自身の魔術も羊たちを飲み込み、その歩みを押しとどめる。ルイトガルトは浅く息を吐いた。勝利の手応えに、浸るでもなく。
「……終わったな」
短く、そう結んだのだった。
●
踵を帰して撤退――というよりも、散り散りに散開していく羊たち。
「逃がすかァァ!」
研司の操るパリスがスラスターを全開にして追撃していった。CAMの損壊など気にせず、周囲が止める間もない猪突猛進っぷり、まこと、脳筋の鑑である。
それだけではない。戦闘中、姿を消していたヴィサンとポチョムが後方へと回っており、逃げる敵戦力の中でも大物――巨大羊と、紅薔薇の狙撃を恐れて『変容』して逃げ隠れていた赤色羊を捕らえ、これを討ち果たしていた。
ルカの依頼の結果であるが、彼ら二人が抜けた穴を埋めるため、彼女自身も奔走していたのだ。故に、こちらもルカが挙げた首級として数えられることとなった。
●
「おおォ」
ポチョムは斜陽を浴びて金色に光るBIGnomeを見上げて、膝をついた。
「これは……」
隣まで歩いてきた水月が声を漏らす。急制動したBIGnomeは、今やキャタピラに胴体が乗っかっているだけ、となっていた。
「……お悔やみ申し上げます」
匠が、破損している巨大なそれを見て、ポチョムの背に言葉を投げた。試作機ということを抜いても、金に飽かせて作ったものであることは想像に難くない。同じものを見上げて、紅薔薇は小首を傾げる。
「仕組み上、つなげたら治りそうなものじゃが……」
「修理のための工程を……と思うと、情けなくて……ですな」
紅薔薇の呟きに、ポチョムは項垂れたまま、絞り出すように言った。紅薔薇は、その肩に手を置いた。言葉だけでは、ポチョムの傷は癒せまいと感じて。
「こんだけ大事になることですし、ねぃ」
「……は、はい」
鬼百合が、レヴィンに詰め寄っていた。
「し、しかし、皆さんが……いらっしゃったら……なんとかなるような気も……」
「……人力でやれってことですかぃ」
「近づいたら止まるのは、今回証明されちゃいましたし……」
「……」
確かに、スイッチで稼働不能なぐらいに破壊されるのと、Gnome自体を破壊することと、結果は変わらない。
「……い、いや、だまされないですよぅ!?」
危うくはぐらかされそうになった鬼百合の声が、辺り一帯に木霊したのだった。
●
「危ないことしたらメッ!」
目を回しているユグディラを抱えたジュードは頬を膨らませて言うが、同時に毛づくろいする手に合わせてユグディラの足がへにゃへにゃと動く様に、どうしても笑みが浮かんでしまう。
エアがその光景を眺めていると、ゲアラハが寄ってきた。甘えというには些か遠い距離。苦笑を一つこぼすと、エアは手を伸ばした。
「……そうだな、今日はよく頑張った」
「いい子ですね」
メトロノームは至福に包まれていた。とにかく、温かい。膝下で寝転がるユグディラは――羊たちも居なくなったおかげか――満足げである。
ふと。
その視線が、メトロノームの愛機Astarteに向いていた。最初は物珍しさから、とも思ったが――。
「……流石に、CAMは動かせないですよね?」
「ナァァン」
「ダメですよ??」
「コイツらはホントに……」
テオバルトは呆れ笑いを一つ。
「……さて、それじゃあ」
と、揚々と手を掲げた。CAMに夢中になっているユグディラに向かいつつ、メトロノームの様子を伺うと、承諾の頷き。
「それじゃ、罰として――モフモフの刑だ!」
「!? ウナァァァッ!!」
その様子を微笑みと共に眺めていたリューリが、小さく身震いをしているユグディラを撫で回しながら、ふと、思った。
「……なんだか最近、この子達を見る機会がおおいような……」
伝わる手の感触に、すぐにまあいいか、と思い直す。今は、此の子達を目一杯可愛がろう。
●
こうして、此度の合戦は無事に終幕を向かえた。負傷者はいたものの、死者は無し。この規模の戦闘を考えれば、破格の成果であったことは、添えておこう。
――かくして、ユグディラと王国の物語。
その諸端が、良き形で開かれたのであった。
なお、余談であるが、故障したBIGnomeの件を報告されてもヘクスは特に悲嘆にくれる事は無かったという。
その手元には、千春に向かって迫る黄金のBIGnomeの威容をおさめた写真があったからかもしれない――というのは、ポチョムの弁であった。
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羊さん撃退相談卓 ジュード・エアハート(ka0410) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2016/09/08 01:34:00 |
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質問卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/09/05 23:33:04 |
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【相談卓】羊と猫と人間と石人形 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/09/08 00:46:31 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/09/07 23:58:57 |