路地裏工房コンフォートと精霊

マスター:佐倉眸

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/09/08 07:30
完成日
2016/09/16 00:22

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 極彩色の街ヴァリオス、その外れの路地裏にひっそりと佇む宝飾工房。閉店後の部屋にはぼんやりとランプの明かりが灯っている。
 工房の持ち主である老人はベッドに横たわって、住み込みの職人の少女を傍へと呼んだ。
「何、おじいちゃ、……エーレンフリートさん」
 エーレンフリートと呼ばれた老人は、目許の皺を増やしながら穏やかに笑った。
 少女、モニカの腕の中で小さな弟のピノは静かに眠っている。
「……いつもの、先生に、もう長くは無いだろうと、言われてしまってね」
 細い声、掠れた呼吸の音が混ざる。
 もう歳だから仕方ない、とはいえ、明日明後日に悪くなってぽっくりなんて事も無いだろうから、今の内に出来ることをしておくようにと言われたと、エーレンフリートの穏やかな低い声がゆっくりと告げる。
 少女は寸時、呼吸を忘れた。

 モニカはエーレンフリートとは何の縁もない。
 寄る辺の無かったモニカとピノをエーレンフリートが保護し、彼がフマーレに持っていた喫茶店のウェイトレスをさせていただけだ。
 喫茶店は既に閉めている。
 医師の言葉は、エーレンフリート亡き後の2人の行く当てを案じてのことだろう。
 エーレンフリートも、それを見届けなければ安心出来ないと皺の多い手でピノを撫でる。

「だからね」
 エーレンフリートがモニカを見上げた。
「そろそろ、彼と君の秘密を打ち明けてくれてもいいのではないかな?」
 君が常に負ぶっていなければ気が済まない程大切な彼に、何か事情があるのなら。
 今なら守ることも、守り続けてくれる場所を探すことも出来るから。
 モニカとピノがコンフォートに帰ってきて数ヶ月。
 モニカの宝石や装飾の貴金属を扱う技術は、素人のエーレンフリートが見ても分かるくらいに秀でており、とても、こんな寂れた工房へ「弟子にして下さい」と飛び込んできて、喫茶店で働かされるようなものではない。
 最近では、昔の、コンフォートがまだ賑わっていた頃の客や、その頃の品を引き継いだ持ち主が、修繕やリメイクに、或いは新しい掘り出し物を探しに来る程だ。
「……お祖父ちゃんにも、それは言えない。ピノはあたしの弟で、あたしはただ宝石が好きな田舎娘」
 きっぱりと言い放って、モニカはふと目を逸らして微笑んだ。
「――なーんてね? 秘密なんて無い。ピノは、生まれたときにちゃんとお世話が出来なくて、すごい熱を出したり、咳が止まなくなったりしたんです。だから、離れるのが心配なの。あたしが傍にいないと、って」
 それに、と、モニカは続ける。
「ピノはまだ1人で走れないんですよ」
 くすりと笑ったモニカの声に釣られた様に、眠っていたピノもふにゃふにゃと笑う。
 エーレンフリートは溜息を吐いて今夜はもう休むと目を閉じた。


 翌日、エーレンフリートはベッドで半身を起こし本を読んで、モニカは持ち込まれた指輪のサイズを直していた。
 不意にピノが手をばたつかせてモニカを呼んだ。
 その直後ドアのベルが鳴る。
 こんにちは、と客は分厚いレンズ越しの気弱そうな目で店内を見回した。
 工房から続くドアを慌てて開けて飛び出してきたモニカに目を瞠って、ぺこりと深く頭を下げた。
「ここで、買った物だと思うので……」
 そう言って、客は箱をカウンターに置いた。
 褪せた常磐色の箱には店の名前が綴られていた。
「祖母の物なんです」
 箱の中には割れたカメオと懐中時計が入っていた。
 止まった時計は全く手に負えないと断ってから、モニカは懐中時計を天鵞絨を貼ったトレイに取り出す。
「…………私、ポルトワールから来たんです。魔法使いになりたくて。……学院に行きたくて。祖母はそこの出身なんです。でも、私は才能が無くて……」
 割れてしまったカメオ、恐らく羽衣を纏う髪の長い女性の姿が掘られていたそれを並べ直しながら客は話しを続けた。
「みんなにやめておけって言われたんです。それを、祖母だけが応援してくれて……その時にこれを」
 ヴァリオスの小さい店で買った物だがちょっと前に不注意で落として仕舞った上に、馬車に踏まれてしまったと祖母は言っていた。
 お前の魔法で、直してくれと。
「――結局、本当に才能無くて……実家に帰ることになりまして」
 1つも欠けた破片の無いカメオを眺めてモニカは考え込む。
「魔法でくっつけて欲しいと言われたんですか?」
 客は頷いた。そして、出来なかったと溜息を吐いた。
「私は、魔法が使えないんです」

 そう魔法で何でも直されちゃ、うちみたいに修理くらいしか稼ぐあての無い店は、商売あがったりなので、とモニカは笑う。
「時計は時計屋さんに頼んで下さい。この辺だと表に出た向かいの、2つ目か3つ目の角にあります。カメオというか、蓋の方はどうにかなると思います。少し手を入れても良ければ、目立つ割れ目に小さい石なら埋め込んで、切れてしまっているので縁のデザインも、面影を残しながら流行風にするくらい。ですけどね……これくらいで。……いつまでにいりますか?」
 期日だけを空けた伝票を見せると客は意外そうな顔をした。
 もっと費用が掛かると思ったと。
 そして、出来るだけ早いほうが良いと言った。

「――では、時計の修理の終わる頃に合わせましょうか」
 モニカの提案に、客は言われた通りに時計屋を目指す。
 しかし。
「あ、あれれ?……嫌だなぁ、私って何でこんなに方向音痴なんだろう……ええと、ええと」
 時計屋さん、確か場所は聞いたはずなんだけど。

 目を閉じて真剣に思い出そうと考え込む彼女は、自身の周囲が淡く輝いて、光りの微風を起こした小さな精霊が彼女の背中を、ぽん、と押したことに気付かない。

「あ、そうそう、思い出した!」
 時計屋に走って向かい、修理を依頼する。
 パーツが幾つも傷んでおり、直るのは1週間後だと告げられた。
 それをモニカに伝えると、では蓋も1週間後にと預かりの控えを渡されてこう言われた。

「――今更かもですが、うちを見付けるの、大変じゃなかったですか?」

 こんなに小さい店だもの。
 そう言われて、え、と思わず首を傾げた。

●1週間後
 箱に収められた懐中時計を抱え、余り多くは無い荷物を背負って、客はハンターを待つ。
 時計に蓋を付け直して貰いながら、実家までの長い道程を話すと、危ないことになりそうだったら雇うと良いと勧められた。
 何度も世話になっているとも言われて、ハンターオフィスまでの道も聞いた。
 当たり前のように迷子になりかけたが、考え込んでいる内に唐突に思い出して、オフィスの前へ辿り着いた。そこで偶然依頼を見に来たハンターに出会い、手伝われながら依頼を出した。

「なんであの人、私なんかをハンター仲間だと思ったんだろう……」

 小さな精霊が背後でくすくすと笑っている声に、彼女は気付かず首を傾げた。

リプレイ本文


 よろしくお願いしますとハンター達に頭を下げた依頼人が、婆(ka6451)をじっと見詰め、見張った両の目を潤ませる。
「ば、ばっちゃ……っ、じゃない。ごめんなさい、えっと、えっと……」
 言葉に詰まる彼女に、婆は穏やかに声を掛ける。
 地図を広げるハンター達の方へと誘い、柔和な黒い目を細くしながら、皺塗れの細い指で道を辿る。
「遠い道を大変じゃのう……」
 婆の言葉に道程を辿るザレム・アズール(ka0878)も頷いて顔を上げた。
「俺はバイクで良いとして、依頼人や徒歩組には移動手段が欲しいな」
 歩いて行くのは大変だろうと、依頼人を招き経路を説明する。
 傍で地図を見ていたカリアナ・ノート(ka3733)がにこりと青い目で慕わしげに笑った。
「よろしくお願いするわ」
 憧れるレディーよりもずっと年の近い依頼人には親近感を感じ、溌剌とした明るい声を掛ける。
 反射的にぺこりと頭を下げた依頼人の背後から、緑の光が覗いた。婆やザレムの気遣いに、カリアナの挨拶に応じているようなその光は微かに瞬いて、すぐに依頼人の背後に隠れた。
 精霊さん、よね。とカリアナは見張った目をぱちくりと瞬いた。
 好きなのかしらと、依頼人を見て首を傾げる。
 その光を傍で見ていた鞍馬 真(ka5819)も覚醒者でもない依頼人が懐かれている様子を、珍しく思いながら移動手段の話し合いに加わった。
 乗り合いの馬車に空きが無いだろうかと見に行ったマキナ・バベッジ(ka4302)とカリアナは出発したばかりとの報せを受け取って戻り、代わりにザレムと鞍馬と婆が出向く。
 不安そうにする依頼人に、婆が何でも無いと言うように微笑んで、ザレムもその笑みを依頼人の背後で揺れた精霊に向けた。
 よろしくと言う様に細められた瞳に応えるように精霊は小さく光りを瞬かせた。
 依頼人と彼等を待ちながら夢路 まよい(ka1328)はその横顔を覗き込む。
「魔法使いに憧れてたんだー」
 好奇心に煌めいた青い瞳が精霊の光りの残滓を追って揺れる。
 わかるな、と頷きながらしみじみと。絵本の魔法使いに憧れた幼い頃を思いながら告げる言葉がふつりと途切れ、夢路を見詰める依頼人の肩に止まった精霊を見た。
「諦めてお家帰っちゃうんだ? 勿体ないなー」
 夢路の言葉に、才能が無いからと依頼人が竦めた肩を揺らすと、振り落とされるようにその傍らを離れた精霊が、ふわりと夢路の足下に小さな風を起こした。
 小さな小さなつむじ風を見下ろしながら、依頼はあくまで護衛だからね、と夢路は笑む。
 馬車は小さなもので構わない。
 依頼人の少女を乗せられるだけの、一頭立てで、荷物も無いから幌も無くて構わない。
 そんな条件で貸し馬車を探し、最近掘りに行った鉱石が上手く売れたと言う婆が支払いを済ませた。
 馬車に繋いだ馬の手綱を引いて戻りながら婆が懐を探り、2人を呼び止める。
「すまんのう、物は買ってみたんじゃが……」
 魔導短伝話。
 覚醒者が自身のマテリアルを神霊樹のネットワークにリンクさせて使う通信機器。
 受話器の形をしたその装置を手許で弄びながら首を捻った。
「どうにも使い方がのう? 分からんのじゃよ」
 ザレムと鞍馬はそれぞれ自身の伝話を取り出す。
 慣れた手付きで通信のための指定を行い婆の電話を耳へと促す。
「聞こえるか?……私はあの子を乗せて手綱を執ることになるだろうから、連携は取れるようにしておきたい。あまり離れすぎると、聞こえなくなってしまうから気を付けてくれ」
 鞍馬が伝話の話口から告げると、聞こえたとはしゃぐ婆がにっこりと笑んだ。
 ザレムも電話の設定を済ませてそれを見詰めながら頷く。距離を伸ばすことは出来るが、それでも限界はあるし、回数制限もある。
「出来れば、これの届く距離で行きたい」
 馬車を引いて再度集合すると、トランシーバーを取り出して、1つを依頼人に渡す。
「気付いたことがあれば教えてくれ」
 声を張ると馬車の方へと興味深げに流れた淡い光が微かに瞬いた。


 バイクを押して馬車の傍らへ、マキナが依頼人の様子を見ると荷物を抱えて乗り込みながら頭を下げた。
 馬車までお世話になってしまったと、良いのだろうかと恐縮しながら。
「コンフォートの人が言っていたの、本当だったんですね」
 優しい人って聞いたんです、と朗らかに。
 愛されているらしい店の様子に安堵しマキナが僅かに口角を上げた。
 お店の人が言っていたハンターさんって、とマキナを見詰める依頼人の視線に首を傾げた。
「どうでしょうか。けれど付き合いは長いですから、……関わりのあるハンターが多いことは知っています」
 自身もその1人だと瞼を伏せる。
 陽差しに手を翳せばその光に紛れる様に揺れる精霊に、気付かぬ内は黙っていようと目を逸らした。
「では、僕は先に……」
 マキナが魔導機のエンジンを吹かすと、ザレムと婆も続く。
「疲れたらいつでも言うんじゃよお」
 鞍に跨がり鐙を揺らし横腹を宥めながらそっと言い置くと、婆を乗せたゴースロンが駆っていく。
 膝の上にトランシーバーを握る依頼人を乗せた馬車は、3人と距離を取るように馬を走らせる。
 最初に手綱を執った夢路は、辺りを見回しながら退屈だと頬を膨らませる。
 狼なんか、出てこないかなと茂みを眺めながら呟くと、依頼人が首を横に振って身を竦ませた。
 暫く走って交代したカリアナが大丈夫だと励ます様に声を掛ける。
 依頼人は少し緊張を解いたようだが、馬車の荷台からその下の隙間、車輪の間から手綱、それを握る手を掠め、忙しなく動く精霊はそれに興味を持ったように、茂みに掛かる度にその草を微かに揺らす微風を起こした。
 精霊を気にしながら更に走って鞍馬に手綱を代わる。
「何か話そうか」
 自身の伝話と依頼人に預けられたトランシーバーを気に掛けながら鞍馬が声を掛けた。
 魔法は私もからきしだと、吊った得物を示しながら。
 学校ではどんなことを。そう問われた依頼人が一つ一つ思い出す様に、寂しげな表情が次第に紅潮し、声が弾んで。
「――唯の火と魔法の火を比べたり……あとは、杖をえいって振る練習を」

 地形や道を見ながら走らせるゴースロンの蹄鉄の音。
「そっちはどうじゃ?」
 張り出した枝と長く伸びた草に阻まれながら手綱を操る。
 先に見てくるとマキナが身体を傾けてバイクで影を迂回して進み、異常は無いと伝えた。
 ザレムと婆が茂みを越え、両側を確認した後、後方へも安全を伝える。
 幾つものカーブを慎重に進み、暫くしてマキナがゆっくりとブレーキを掛けてバイクを降り、スタンドを立てて得物をぱらりと地面に這わせた。
「……いるみたいです」
 グローブの中で浮かび上がった歯車の文様、噛み合って針を緩やかに進め始める。
 マテリアルの巡る感覚に合わせて敵を感知した方向へと地面を駆った。
 ザレムもその隣にバイクを止める。跨がったまま白銀の拳銃を構える。照星を敵に据え、照門を覗いた深紅の瞳が煌めく。
 背中に皮膜の翼の幻影が現れて空気を撫でる様に悠々と羽ばたいた。
 微風一つ起こさぬその翼を広げ、マキナの攻撃に遭わせるように3方への光線が森を走り、敵を射抜く。
――1匹逃しました――
 婆が馬を止めるとまだ扱い慣れない伝話にマキナの声が届いた。
 その1匹が放っただろう礫を手甲に弾きながら、ザレムと後方へそれを伝える。
「戻るぞ」
 ハンドルを引き付けるように土埃を巻き上げて反転させたバイクのエンジン音が耳を劈く。
 数十メートル先に飛び出してきたゴブリンへ、機動術で制御した車体ごと飛び掛かる。

 鞭の射程を逃れたゴブリンは馬車の方へと逃走を始める。
 その1匹には容易く追い付いたが、濁った鳴き声に呼び寄せられた他のゴブリンが集まってくる気配を感じる。
 バイクへ戻るよりも走った方が早い。
 茂みの中、風を裂くようにマテリアルを巡らせて走った。
 後方へ、状況の連絡を終えた婆も馬の横腹を蹴って走らせる。
 マテリアルの熱を感じる腕でヌンチャクを振り回しながら駆け戻り、馬車に迫ると手綱を引いて飛び降りた。呼応するように止まる馬の嘶きが響く。

 婆からの伝話とザレムからのトランシーバーへの連絡を受け、身構えた3人の前に飛び出してきたゴブリン。
 鞍馬は手綱を引いて馬車を留まらせ、怯えた依頼人を落ち付かせるように声を掛ける。
 傍らに同行していた夢路が杖を握って腕を伸ばす。
 独特な装飾を施された短杖はしっくりと手に馴染んで、敵に向かって振り翳せば青白い雲が彼等を包み込んだ。
 動きを止めたゴブリン達に口角を上げた夢路の青い双眸が欄と強い光を放ち、ローブの裾が空気を含んだように膨らんで、灰色の髪が風に遊ばれて舞い踊る。
 倒れるゴブリンを注視し、彼等の中に弓を握ったものを見付けたカリアナは、そちらに向けて大鎌を振るう。
 宝玉の煌めきの中放たれた氷の矢はそれを凍て付かせ、暫くの痙攣の後に動きを止めさせた。
「やっぱり」
 いた。弓を持っているゴブリン。そう呟きながら柄のハンドルを取り回して振り下ろした刃を引き上げる。
「えっと。経験上……あ! もう1匹発見、っと」
 七色のローブを翻し、遠方から馬車を狙う手段を持つ者から順に狙って、放つ。
 馬を止めた鞍馬は片手に手綱を巻き付けたままで、拳銃を取り出した。
 夢路の雲を逃れたのか、ふらつく1匹が馬車に淀んだ目を向けた瞬間。
「――掴まっていてくれるか?」
 その小さな手に手摺りを掴ませながら、鉛玉はゴブリンの腹を貫いた。
 夢路が重ねる眠りの雲に包まれて、藻掻いたゴブリンは動きを止めた。
「伏せろ」
 迫るエンジン音と、声が響く。
 その刹那頭上を抜けていった光りが、馬車の後方へ回り込む影を貫いた。
 茂みから放たれた鞭が石礫を握った腕を叩き、空気を薙ぐヌンチャクの回転音が駆け抜けて、込めたマテリアルを叩き付けるようにそれを弾き飛ばした。
 先行の3人が戻ると、馬車の周囲を固めるように敵へ向かいそれぞれに敵へ対峙する。
 カリアナが鎌を翳し、ヌンチャクに、鞭にと順次炎を纏わせて、夢路は杖を振り翳して雲を浮かべてゴブリンの足を止めさせる。
 ハンター達の攻撃の光りが引いていく中、この場所に留まらない方が良いとザレムはバイクを走らせる。
 鞍馬が頷いて襲撃に竦んだ依頼人を励ます様に声を掛けながら馬車を走らせた。
 額が染みた。鉢金を避けた棍棒か礫か、小さな傷になっていたらしいと血を拭いマテリアルを集めるように疵を塞ぐ。そして婆も馬へ戻り、マキナも止めたバイクに馬車が追い付くと、気に掛けながらも先行の2人に加わった。


 長い距離を行くからと開けた場所に馬車を止めて休憩を取る。
 先行から戻った3人もそれぞれに休んだり回りを見張っている。
 ザレムもバイクを止めると、馬車を降りた依頼人に声を掛けた。
 名前を聞こうと思っていたと話しながら様子を見ると、襲撃の恐怖も幾らか和らいでいるらしく微笑んでいる。
 馬を繋いだ鞍馬も、その様子には安堵して会話に加わる。何度か馭者も交代しながら、時計の話しをしていたと言うと、ザレムも興味を持って見たいと言った。
 依頼人は少し困ったように頷いた。
 素敵な仕上がりだから見て欲しいけれど、荷物の底に仕舞い込んでいると。
 抱えていた包みを開けると何度も開いた癖の付いた魔術の本が何冊も、捨てられなかったと言いながら傍らに積んでいく。そして、その下から小さな箱を取り出した。
 箱を開けると女性の姿を刻んだカメオ、割れた羽衣の割れ目は磨いて、顔やドレスは石を埋め込んで隠されている。
 その女性の横顔、頬の辺りに埋め込まれた小さな青い石が、陽差しを受けて涙のように煌めいた。
 依頼人がザレムに箱を渡し、手持ち無沙汰に本を取ると淡く緑に煌めいた風が、そのページを末尾までぱらぱらと捲って吹き抜けていった。
「……小さなお友達がいるようだね」
 くっと喉を鳴らして笑いながら鞍馬が言った。その友達は、どうやら少々嫉妬深いところがあるようだ。
 馬車を迂回して木陰に溶けたその光を追った夢路とマキナは声を潜める。
「どうしてあの子がそんなに好きなの?」
 夢路の問いに小さな光りは数枚の木の葉を振らせたり、短い茂みを揺らして何かを訴えているが、夢路は分からないと首を振って匙を投げる。
 こんなのがくっついている辺り、なんかの素質はありそうだけど。依頼人の横顔を覗って瞼を伏せた。
「触れ合いたい。話をしたいと望まれるのなら……」
 淡い光を瞬かせる精霊に、マキナは道の先を眺めながら言う。
 この先はリゼリオ。ソサエティに向かえば儀式を行うことも出来る。そうすれば触れ合うことも出来るだろうと、赤い瞳が小さな光りと微風を辿る。
「……今のままの関係を望まれるなら何も言いませんが」
 光りはふわりとマキナの手許に揺れて飛び去っていった。
 昇り掛けた薄い月を見上げ、見張りを買って出ている婆とカリアナの2人の方へ、微かな風が届いた。
 頬を擽ったその風に、婆は挨拶するようににっこりと笑んだ。

 長い旅を経てポルトワールに到着すると、道中のリゼリオでの補給ついでに寄り道をしていたザレムが、別れ際に小さなお守りを依頼人の手に握らせた。
「幸運には感謝したり話しかけるともっと幸せがくるっていうし、見えなくても話しかけるのも良いんじゃないかな」
 トランシーバーを返しながら、首を傾げた依頼人がその言葉の意味を知るのはずっと先のこと。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 7
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 真白き抱擁
    カリアナ・ノート(ka3733
    人間(紅)|10才|女性|魔術師
  • 時の守りと救い
    マキナ・バベッジ(ka4302
    人間(紅)|16才|男性|疾影士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 婆の拳
    婆(ka6451
    鬼|73才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/09/06 20:11:41
アイコン 相談卓
マキナ・バベッジ(ka4302
人間(クリムゾンウェスト)|16才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/09/07 23:02:58