• 猫譚

【猫譚】砲戦ゴーレム運用試験、vsデカ羊

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/09/09 09:00
完成日
2016/09/17 19:51

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 前兆はあった。
 王国の各地でそれは散見されていた。
 『何か』をきっかけに目撃例が増大した妖猫ユグディラと。そして、方々でなぜか歪虚に襲われている彼らを。

 そして、その日はやって来た。

 王国西部リベルタース地方── 海を隔てて歪虚本拠地イスルダ島と対するかの地の海岸線には監視塔が立ち並び、歪虚の上陸を警戒する『防人』たちが詰めている。
 その日、彼らは目の当たりにした。昏き海より現れ出でる、羊型歪虚の大群を。


「はんちょ~、はんちょ~! 海からおっきい何かがこちらに向かってやって来ますよ~?」
 同刻。同海岸、第十六監視塔──
 木組みの簡素な監視塔の上で見張りに立つ部下の女兵士、ノエラ・ソヌラの間延びした声を聞いて、班長ジャスパー・ダービーは己の眉間を指で揉みながら、監視塔へと怒鳴り返した。
「だから! お前は! 報告は明確に行えと……」
「え~。実際に見た方が早いですよぉ~」
 そう言って、監視塔の上からポイと望遠鏡(←舶来品=高価)を投げてよこすノエラ。ジャスパーはなぁっ!? と目を見開いて慌てつつ、どうにかそれを両手で受け止め、心底ホッと息を吐く。
「ないすきゃっちです~」
「ド阿呆ッ!」
「え~?」
 それ以上、バカの相手はせずに望遠鏡を海上へと向けるジャスパー。大型歪虚は既にその身体の半分以上を水上に現す所にまで来ていた。
「なんだ、アレは…… 水に濡れた長毛種の様に見えるが」
「ワンちゃんじゃありませんよぅ。ヒツジさんです。ほら、頭の所に巻角が」
 正直どうでもいい、と思いながら、ジャスパーは部下たちに後方への退避を命じた。とてもじゃないが自分たちでどうこうできるレベルの敵ではなかった。
「はいは~い。前衛基地まで退却ですね~?」
「何言っているんだ、お前…… 今頃、前衛基地でも大慌てで撤収準備をしているぞ?」
 監視塔の上から『梯子を』駆け下りて来たノエラに対し、部下の一人、ルイ・セルトンが呆れた様に答えた。
「大規模侵攻があった場合は前衛基地は放棄し、ハルトフォートへ合流する…… そんなの、海岸配備の兵隊なら常識だぞ?」
「ええっ!? どうしましょう、前衛基地にはお気に入りのぬいぐるみたちが!?」
「……私物を持ち込んでいたのか? ほんと、お前はバカだなぁ」
 ルイがバカにした瞬間、ノエラが剣を抜き放ち。ヒィッ!? としゃがみ込んだルイを目がけて高速で飛翔してきた『何か』を、ノエラが剣の腹で叩き落とす。
「敵、上陸です」
 海岸を見やって、だが、やはりどこかのんびりと、ノエラ。
 巨大ヒツジはその背に大勢の『人型羊』を乗せて来たようだった。わらわらと地面に下りて周囲に展開し始めた人型羊たちの一部が、同胞の角をパチンコ代わりにして礫の長距離射撃を仕掛けてきていた。
 残りの人型羊たちは大型ヒツジの周囲に展開し…… 両手をデカブツに向け、温風を吹かせ始めた。海水に濡れた大型ヒツジの長毛が見る間に乾き始め…… クルンと巻き毛に戻った体毛が白から鋼色へと変わる。
「これがほんとのスチールウール(?) さすがは傲慢の歪虚……! 身だしなみが整うまで前進はしないのですね……!」
「いいから」
 ジャスパーに耳を引っ張られて撤収していくノエラたち。狙撃の為に放たれた礫が、その周囲の地面に弾ける……


 数刻後。砲戦用ゴーレム実験場──
 大型ヒツジの上陸を知らされ、急遽、実験が中止となって。ハルトフォート砦の『特殊兵站幕僚』ジョアン・R・パラディールは、慌ただしく撤収準備を進める実験場を丘の上から不機嫌に見渡した。
 眼下に広がる平原には、立ち並んだ4台の砲戦用ゴーレム(実験機)──いずれも大砲運用の為に、自動装填・砲角調整・姿勢制御といった方面の刻令術を追加・修正した最新バージョン。機体数も以前の2機から4機へと倍増した。(ちなみに、貴重な刻令術師の増員は成されなかった為、担当者エレン・ブラッドリーは単純に倍の作業量。今も、突然の撤収命令に四苦八苦しながら大慌てで撤収準備を進めている……)
 本来ならば、今日は、それらの実験機を使って、ハンターたちのユニットと共に、他機種との連携を見据えた運用実験を行う予定であった。だが、突然の羊型歪虚の大規模上陸によって中止を余儀なくされた。
(まったく、なんだって、寄りにも寄って、こんな日に…… これだけの規模の実験準備に幾ら掛かったと思っているんだ。関係各所への根回しに、どれだけ苦労したと思っているんだ……!)
 軍人ジョアン・パラディールは『特殊兵站幕僚』──大砲開発をこよなく愛するハルトフォート砦司令ラーズスヴァンに、砲戦ゴーレムに関する書類仕事の諸々(予算の獲得とか関係各所との折衝とか)を丸投げされた新任士官である。いつの間にか彼の思考法は軍人というより商人のそれになっていた。
(だけど、仕方がない。万が一、戦闘に巻き込まれでもしたら…… ここで実験機を失うわけには…… でも、予算……)
 大慌てで撤収準備の進む実験場で、煩悶とするジョアンを呼ぶ声── 顔を上げると、そこには馬に跨った連絡将校の姿。ジョアンは慌ててそちらに駆け寄ると、手渡された命令書を広げた。
 そこに記されていたのは、大型ヒツジの最新の情報──前衛基地を蹂躙(と言っても、文字通り西から東へ通過していっただけだが)した大型ヒツジは現在も進撃中。現在のルートのまま東進すれば、実験場を直撃する、というもの──と。二枚目に、ラーズスヴァンの直筆で、「やれ!」と書かれた、ただ一言。
 ジョアンの思考法が、商人のそれから軍人のそれへと変わる。……どちらにせよ、大型歪虚を止められる戦力なんてそうそうないんだ。それに、今ならハンターたちのユニットも普通に戦力として計算できる……!
「砲戦用ゴーレムの撤収準備、終わったわよ」
 ぜいぜいと息を荒くして駆け寄って来たエレンに、ジョアンは命令書を見せ、再び戦闘態勢を取らせるよう指示を出した。
「はあっ!?」
 エレンは、開発者としての思考法で、その指示に反駁した。
「実戦ですって!? ちょっと、どうしちゃったのよ。こんなところで壊れでもしちゃったら……」
「こんなところで壊れるようなものでは困るんだよ、軍(=スポンサー)としては。それとも何か、『君の』ゴーレムたちは『この程度の』実戦に耐えられないとでも?」
 ぐっ、と言葉に詰まり、やってやろうじゃないの! と踵を返すエレン。彼女が向かった先の作業員たちからも悲鳴が上がるが、ジョアンは気にしないようにする。
(まったく、ろくでもないよね。僕も、誰も彼も……)
 ジョアンは大きく溜息を吐くと、事情をハンターたちに説明すべく、彼らが控えるテントに歩を進めた。

リプレイ本文

 砲戦ゴーレムの実戦投入が決まる少し前の事──
 ちびっこエルフのメイム(ka2290)は、刻令術師エレンのゴーレム撤収作業を手伝いながら……同時に口も動かしていた。
「ねえ、エレンさん。『これ』の本体って、第六商会が売り込んだノーム?」
「え? ええ。色々と違う部分もあるけど、基本的には同じ構造のものよ。……もっとも、『中身』──刻令術はまるで別物になってるけど」
 よく喋る娘だなあ、と半ば呆れながら、エレンは律儀に質問に答えた。……もっとも、口が回る以上にメイムは作業を回す手も早く、あれだけ話しながらよくぞ、と感心させられもする。
「あたしも刻令術覚えたいなー♪」
「まだそこまで便利なものでもないのよ? 特にゴーレムは帰納的な段階というか、表層を流用しているに過ぎないというか」
 話ながら最後のゴーレムの撤収準備を終えて。エレンはそれを報告する為、ジョアンの元へと走っていった。
 そして、すぐに戻って来た。そして、不機嫌な表情で、撤収の合図を待つ作業員たちに再び戦闘態勢を取らせる。
「……実戦で運用テスト? 試作兵器……ですらない、実験機で?」
「実地試験、と言えば聞こえはいいが……要はぶっつけ本番だな」
 ヒース・R・ウォーカー(ka0145)とロニ・カルディス(ka0551)が呆れたように言葉を返し。埴輪マークのエンブレムを誇らしげに掲げた魔導アーマー『埴輪1号』── その日除けの幌が張られた操縦席に足を投げ出し、撤収準備が済むまで昼寝を決め込んでいたアルト・ハーニー(ka0113)が、喧騒に眠気眼のまま身を起こす。
「『上』からの命令です! ほらほら、文句言わずに手を動かす!」
 文句たらたらの部下たちを、エレンが尻を叩いて散らしに掛かる。
 ロニはやれやれと肩を竦めて準備に走り。ヒースは深く嘆息しながら、相棒──黒きイェシド『アーベント』の元へと向かう。
「……急遽、実戦になってしまったようだ。が、ゴーレムの性能を見るには好都合と考えるべきかな?」
「対応は可能である。……とは言え、不測の事態である事は否めない。十分に警戒を要するぞ」
 会話をする外見年齢10のドワーフ娘・イレーヌ(ka1372)と、これまたちびっこドワーフ、ミグ・ロマイヤー(ka0665)の後ろを通り過ぎ…… 丘の一角。伏せの姿勢から身を起こしたアーベントの耳元に口を寄せる。
「それじゃ行こうか、アーベント。馴れ合いはなし。ただお互いにやるべき事を成す為に、ねぇ」
 呟くヒース。砲撃にはFO──前進観測班が必要だ。前に出て、出来得る限りの情報を集めて送る。それを活用できるかはFDC──砲撃指揮所の方の仕事だ。
 相棒の背に飛び乗り、出発しようとするヒース。だが、アーベントは動かない。見れば、相棒の尻尾を、追いかけて来たイレーヌが掴んでいた。何か言いたげな瞳でヒースを見上げるアーベント。代わってヒースが彼女に言った。
「止めないでよ。あと尻尾は止めたげて」
「止めないわ。情報は私が中継して皆に伝える。余裕があれば、敵の損害状況とか展開具合とか、細かい報告を貰えるとありがたい」
 イレーヌの言葉にヒースは一瞬、キョトンとした顔をして…… 苦笑しつつ、後ろ手にひらひらと手を振った。
 丘を駆け下りて行くヒースとアーベント。あっ! とそれに気づいたメイムが慌てて、彼女の頭の上で休んでいた桜型妖精「アリス」を揺り起こし。ヒースたちの後を追うよう、指示を出す……

 ロニが風吹く丘の西に立ち。眼下に広がる草原を見下ろす。
 敵は既に丘の上から目視が可能な場所まで進出していた。その呆れる程の大きさが、遠目にも理解できる。
「……。あのサイズだと、金たわしが幾つできるのだろうな……」
 珍しく冗談口を叩くロニの背後に、戦闘準備を終えたゴーレムたちがドシン、ドシンと歩み寄り。背後を振り返ったロニが全機に砲撃姿勢を取るよう指示を出す。
 一方、クオン・サガラ(ka0018)は、待機状態にあった自身の愛機──各部の陸戦向け改修により直線的なフォルムを持つに至った、白地に真紅のカラーリングの魔導型デュミナスのカスタム機──のコクピットの中にいた。
 脳波感知装置を兼ねたHMDを被り、各種スイッチ類に手を伸ばして機体各部のチェックを行う。
 元々移動が予定されていた為、最終確認は最小限の手間で済んだ。無意識によし、呟いて。機体を起こそうとスティックに力を込めたところで、ふと気づく。
(何気に、僕たちも自前の機体で実戦を行うのは初めてなんだよな……)
 感慨は、だが、一瞬。眼前の戦闘に気持ちを切り替えたクオンは、スティックとペダルを操作して愛機『Phobos』の身を起こす。
 そのまま機体を歩かせて、砲撃体勢を取ったゴーレムたちの後ろに、邪魔にならぬよう機体をしゃがませた。そして、トランシーバーの周波数を合わせ、ゴーレム付きのメグ、中継役のイレーヌらと情報伝達に関する基本的な話を詰める。
 その後、クオンは光学センサに大型ヒツジを捉えながら、機体のFCSで測距に役立ちそうな機能を探ったが、やはり歪虚を正確に捉えられるセンサー類はなかった。そこで実験場の地形を元に、地形とヒツジの相関位置から彼我の距離を導き出した。更に、敵の移動距離と時間から、現時点での大型ヒツジの移動速度を割り出し、伝える。
「敵大型ヒツジ1、人型羊20を伴い東へ直進中。位置は──」
「よーし! 全機、砲撃準備! メイム殿、砲撃プランは任せるのである!」
「りょうかーい! じゃあ、ゴーレム2機ずつでA組、B組の2班を編成。以後、各ゴーレムをそれぞれA1、A2、B1、B2と呼称するよ!」
 クオンから報告された敵情を元に、『砲術士官』役のメグが命を発し、『下士官』役のメイムが装填の指示を出す。
「了解。全機、装填。弾種、炸裂弾! まずは随伴する人型羊たちを吹き飛ばすぞ!」
 復唱したロニ(『役職』は辞退した)が操作手たちに発破を掛けつつ、手にした有線コントローラーの砲角調節の摘まみを回し、使用する弾種を選択してから装填のボタンを押した。
 砲撃姿勢を取ったゴーレムたちの両腕が動き出し。右腕が右肩部の大砲を掴んで砲の仰角を調節。左腕は背部の砲弾ラックから砲弾を取り出し、滑らかな動きで砲口へと入れる。
(は? ゴーレムが自分で砲弾を砲に入れた? え? 自動装填ってそういうこと?)
 驚くクオンをよそに、装填よし、とロニがメグらに報告する。
 メイムがチラとメグを見た。
 コクリとメグは頷いた。
 メイムは大きく頷くと、唇をペロと舐めてから、最初の砲撃の指示を出した。
「砲戦ゴーレム、修正射開始ー!」
「修正射開始! A組、撃てー!」
 耳を塞いで叫ぶメイムとロニに応じて、ゴーレムの大砲が『火を噴いた』。比喩である。魔導砲は実際には火は噴かない。が、撃ち出された砲弾は砲口を出る際に衝撃波を砲声として轟かせ、目にも留まらぬ速さで空中に弧を描き…… そして、大型ヒツジから離れたあさっての場所に着弾。土煙を巻き上げた。
「あー、うん、弾は右手前に落ちたねぇ。距離は──」
「了解。FDC、こちらイレーヌ。FOより報告。弾着右近し──」
「全機、砲角を修正! 左二、上げ三」
「……照準良し!」
「B組、撃てー!」
 アーベントの背に乗り草原を疾走するヒースからイレーヌ、メグ、ロニ、メイムとやり取りがなされ、今度はB組の2機が大砲をぶっ放す。先程のA組同様に砲弾が宙を飛び…… 先程よりは近い場所へ、今度は奥側に外れて着弾する。
「……命中率に難がある、ってのは本当みたいだねぇ…… まぁ、あの距離で当てられるユニットなんて存在しないけど、っと」
 丘の上、『埴輪1号』の操縦席。幌の下であぐらを組んだアルトがゴーレムたちの砲撃を見物しながら軽口を叩く。……まあ、敵がある程度近づくまでは出番がないから仕方がない。まずはゴーレムだけでどこまでやれるか、が実験ってことだから。
「やはり、砲戦ゴーレムの数が少なすぎますね。数で面制圧をするという運用コンセプトが崩壊しています」
 双眼鏡で着弾の様子を確認しながら、天央 観智(ka0896)が焦れた口調で傍らのジョアンに話し掛けた。
「まだ実験機の段階ですからね…… 4機あるだけでも贅沢ですよ」
「……せめて、命中率を上げる為の各種提言が実現できていれば良かったのですが」
「そうですね…… でも、今は、現場は今あるものでどうにかやりくりするしかない」
 王国は大国である。が、未だ工業化は成されていない。国内に魔導機械は殆ど普及しておらず、騎士団には騎兵砲も配備されてない。国内に近代的な星形城塞はハルトフォート以外に存在せず、それも未だ改装中の中途半端な状態だ。砲戦ゴーレムにしてもそのコンセプトは『大砲と刻令術、王国の拙い技術を組み合わせて、どうにか戦力化できるものを』というのが始まりだった。
「駐退復座器や後装式施条砲の構造は理解できても、それを大量生産できるだけの工業力が今の王国にはない…… 全てを一足飛びには達成できない。ここは我慢の為所です」
 それをコクピットで聞きながら、クオンはポツリと呟いた。
「『戦車のない世界での砲撃戦』、か……」
 クオンにも、砲戦ゴーレムについて幾つかアイデアはある。が、ここでヒントを与えても実用化は無理そうなので、今後の技術的発展に期待している。
 航空機もなく、機械化もされていないクリムゾンウェストでの『砲撃戦』は、現代リアルブルー人から見ると歪に見えてしまう。それは、本来、化石燃料のないこの世界に、青世界の技術の知識や概念だけが急速に流入してしまった──その影響が如実に表れているからかもしれない。
 そんなクオンの思考をよそに、機外では観智とジョアンの会話は続いている。
「……まあ、実戦から学ぶことも多いですか。良きにつれ、悪しきにつれ、ですが。今は無事に乗り切ることを最優先に……でしょうね」
 助かります、と告げるジョアンに手を振って、観智は自分の機体──魔導型デュミナス(射撃戦仕様機)へと戻った。HMDを装着し、スティックとペダルを動かして待機状態から機を起こし。アサルトライフルを手にゴーレムの傍に立ち、いつでも動けるように警護する。
(確かにデータ取りは重要だけれど…… それだって、砲戦ゴーレムやその操縦者が無事なのが大前提だからね)
 幾度目かの砲声が鳴る。
 砲撃の弾着は、確実に目標に近づきつつあった。


 繰り返される砲撃の手順。それをあざ笑うかのように直進を続けるヒツジと羊の群れ──
 だが、遂に。彼らの努力は結実する。再び宙を切り裂いて飛翔した砲弾は…… 大型ヒツジの傍ら、随伴する人型羊たちの只中に飛び込み、轟音と共に炸裂した。
 巻き上がる砂塵とスチールウール。何が起こったのかも分からず砕け散った羊の角や手足が千切れ飛び、大型ヒツジの周囲にいた羊たちが蜘蛛の子を散らす様にワッと離れる。
「ようやく命中が期待できるところまで来たな…… いよいよ本格的な砲撃を加えるぞ!」
 歓声を上げる作業員たちに、ロニが珍しく拳を突き上げ、その熱き内心を発露する。
「A組、引き続き炸裂弾。B組、粘着弾装填。済み次第、効力射始め。撃ち捲れー!」
 メイムの声に応じて、ゴーレムたちから立て続けに砲撃が放たれた。
 それまでが嘘の様に砲弾は次々と大型ヒツジの周囲へ落ち始めた。炸裂弾が身を揺らし、粘着弾が自慢の『羽毛』をべちょりと濡らしていく…… その光景を「ほー」と感心しながら眺めていたヒースは、だが、分散した人型羊たちの一部がこちらに向かって来るのに気づいた。ぴゅんぴゅんと宙を切り裂く音── 幾組かは角にパチンコを張り、魔力を込めた礫で長距離射撃を仕掛けて来る。
「ちっ。気づかれたぁ」
 一旦、距離を取って離れようとするも、人型羊たちも四つ足で駆け、包囲する様に追い縋る。中には羊の背に乗りながら、パチンコ射撃を継続してくる者までいた。
 ヒースはアーベントに停止を命じ、相棒から飛び降りた。羊どもは数が多い。手分けして当たらないとすぐにタコ殴りにされてしまう。
「狼刀を主軸に、牙も交えた近接戦重視で戦う事。安易に跳びかかって足を止める様なことは……」
 言い切る前に、黒狼はツイと顔を背けた。そんな事はわかっているとでも言うように。
「……そうだった。んじゃ、任せるよぉ」
 ヒースは刀を抜き放つと、相棒から離れて前に出た。猛り狂って迎え撃たんとする羊へ右手に隠し持っていた手裏剣を投擲し。不意の一撃に慌てて体勢を崩したところへ肉薄。踏み込みつつ斬り下ろす……

「ヒースからの情報が途絶えた」
 イレーヌからの報告に、メイムは『ファミリアアイ』を使って上空の桜型妖精の視界を借りた。アリスは必死に上へ上へと羽ばたいていた。あんまり高くは飛べていないが、一応、鳥瞰的視点で戦場を見下ろすことは出来る。うん、後でご褒美を上げないと。
 情報を得た瞬間、斜面を駆け下りていくイレーヌ。メイムはアリスの視界を使って弾着修正を引き継ぐ。
「円弾装填! 大型ヒツジ本体を叩くぞ!」
 好機と判断したロニが、通常弾による集中攻撃を決断する。
 その大型ヒツジは多数の粘着弾の直撃を受け、ポマードを塗ったくられた様にべちゃべちゃになっていた。自慢の巻き毛を台無しにされて怒り心頭、全力でこちらへ向かって来るのを、直掩に残った人型羊たちが必死に追っている。
 瞬間、大型ヒツジの目がぐりんと回り。真っ赤な怪光線が丘の上へと放たれた。
「っ!」
 大地を照らす赤き閃光── 直後、何かが砕ける様な破壊音が鳴り響き…… そちらを振り仰いだロニが慌てて側方へと飛び転がった。直後に地面に落ち来る岩塊── 赤い怪光線に左腕部を引き千切られたゴーレムA1が、轟音と共に後ろへ倒れ込む。
「彼我の間に煙幕弾を撃て! 急げ! 照準はある程度適当でも構わない!」
 舞い上がる砂塵の中、叫ぶロニ。メイムは装填動作を中止し弾を捨てると、急ぎ煙幕弾を装填、発射する。
「目からビーム!? 羊と言えばふわふわなんだから、癒し系として生きてて欲しい所なんだぞ、と!」
 急ぎ魔導アーマーを前に出しつつ、アルトが悪態を飛ばす。……うん。そのセリフを黒大公べリアルの前で直接言えたら、きっと王女殿下から勲章が貰える(嘘
「随時、煙幕を展張。煙の壁を絶やすでないぞ! ……撤収の方法とタイミングはメイム殿に任せる。煙の壁を抜けて来たやつらにはキャニスター弾でも喰らわせてやれい」
 メグはメイムにそう言い残すと、自らも愛機『ハリケーン・バウ』へと駆け寄った。──彼女が個人資産の全てを注ぎ込み、購入・改修した魔導型ドミニオン。装甲、足回り(と生活スペース)を中心に強化が図られており、どっしりとした安定感のある足回りは最早、元の外観を留めていない。
「これより遅滞戦闘を行うのである! 前に出るぞ、アルト!」
「実験はここまで、ってことだな! なんかしらんが了解した!」
 チェーンガンを手にドシンドシンと斜面を下り始める『ハリケーン・バウ』。アルトもまた『埴輪1号』の両手にアイアンボール──鉄球鎖をぐるんぐるんぶん回しながら(誰か知人の影響ですか?)、ガッシャンガッシャンと跳ねる様に、優速を活かして先行する。
 メイムはA組の砲撃体勢を解除すると、段階的撤収をさせ始めた。腕の破壊されたA1はエレンが操作した。マニュアル操作で手早く落ちた左腕を右手で拾い上げ、急ぎ後方へと走らせる。
 メイムはB組とその場に残った。先に後退したA班が支援砲撃の態勢を整えるまで、味方を支えなければならぬ。
「メグ機とアルト機が前進するよ! 援護の煙幕弾発射! 味方が敵に取り付いたら粘着弾装填。A班による炸裂弾砲撃後に追随して砲撃! その後、あたしたちも撤収するよー!」
 ロニもまたその場に残った。ゴーレムが撤収を終えるまで、殿として残る為だ。黄金の柄を持つ大鎌をブゥンと振るい、丘の西端へと立つ聖導士── その姿に、作業員たちはどれだけ励まされたことだろう。
 背後で砲声が鳴る── ロニは丘の西端から戦場全体を見渡した。
 眼下に広がる草原に、幾筋も棚引く煙幕の煙──その煙に阻まれ、丘の上から大型ヒツジの姿は見えなかった。時々、煙と煙の間に、前進して来る人型羊の姿が見えた。その辺りに大型ヒツジがいるとすれば…… 敵は既に丘の麓にまで到達したことになる。
「できれば乱戦は避けたいところだけど…… 多数の人型羊に押し寄せられ、捌き切れなくなるようなら、範囲攻撃の使用も視野に入れとかないといけないね」
 その為には、杖を手に機体から降りなきゃならないけれど── 魔導型デュミナスをゴーレムの直衛につけつつ、観智が傍らのクオンに告げる。
 クオンもまた『Phobos』に大太刀『鬼霧雨』を引き抜かせると、ゴーレムたちを守る様に陣取り、丘の上から戦場を見渡した。
「私たちが最終防衛線を担います」
 スピーカーをONにして、クオンがロニやメイムに告げた。
「まあ、他の味方がいるので、敵がここまで来れるとは限りませんけどね」

「まさか狼が羊の群れに囲まれるとはねぇ」
 数に任せた羊たちに再び中央へと押し戻されて──相棒と共にすっかり包囲されたヒースはそう皮肉気に呟いた。
「ボクが牽制、お前がとどめ。まだやれるだろ、アーベント」
 当然と言いたげに泰然と佇む相棒の姿にヒースは笑みを浮かべ、共に駆けだすべく得物を構え── 実行に移す前に包囲網の一角が崩れた。
 彼らの背後から立て続けに撃ち込まれる黒き影の魔弾── 空いた包囲網の隙間に捻じ込むように突入して来たその人影がパチンと指を鳴らした瞬間、見えざる波動によって周囲の羊たちが仰け反り、膝をつく。
 現れた人影は…… 20歳くらいの、腰まで長い髪を伸ばした女性だった。なぜか無理矢理子供服でも着せられたような、ぱっつんぱっつんの格好をしている。
「誰だぁ!?」
「……ああ、この格好だと気づかんか。私だ。イレーヌだ」
「は?」
「覚醒するとこうなる」
 ……まあ、ハンターならそういうこともあるだろう。珍しいことではない。
「来てくれたのか」
「私だけではないがな」
 イレーヌが指差す先で、羊たちがドカンと宙を舞う。両手に鉄球鎖を振り回した幌付きの魔導アーマーが、集まった羊たちの群れにじゃらじゃらと得物を叩きつけながら、背後から突入したのだ。
「あー、誰か埴輪型ゴーレムとか作ってくれないかねぇ!」
 逃げ散る羊たちを追いかけ回しながら、アルト。露出した操縦席、パチンコの銃撃に身を屈めながら、一通り包囲を崩しつつ大型ヒツジへ進路を取る。
 それに後続して来たミグは散逸する羊たちには目もくれず、煙の合間に見える大型ヒツジの頭部にスラスターライフルの銃口を振り向け、側方から銃撃を開始した。曳光弾の火線が伸び、銃弾が角に当たって跳弾する。ギロリ、とヒツジがこちらを見た。喰らってはやばいヤツが来る、と直感し、ミグは機体を倒れる様に横へ傾ける。
 赤色──
 視界を染めたそれが『ハリケーン・バウ』の傍らの大地へ一直線に傷を刻む。第二射目は来なかった。『埴輪1号』が全力移動で羊の内懐へ飛び込んだからだ。
「あのふわふわの毛……打撃緩和とかだったら嫌だけど」
 操縦席で呟きながら、鎖付き鉄球を投げつける。案の定というべきか、鉄球はぽよんとスチールウールに弾かれた。
「はいはい、予想通りでしたー! いやいや、まだまだやりようは……!」
 例えば、脚。或いは、毛がべったり張り付いた箇所。そこなら攻撃も通るかも、と試しに突っ込むアルトの前で…… 巨大な大型ヒツジが更に大きく──二本足で立ち上がった。
 睥睨する羊の巨大さに、一瞬、我を忘れるアルトとミグ。ヒツジが殴り掛かろうと大きく蹄を振り上げて…… 途端、バランスを崩して、背中から倒れ込む。
「……は?」
 呆気に取られるハンターたちの目の前で暫しバタバタ暴れるヒツジ。
 ようやく四足で起き上がった時…… 大型ヒツジはべちゃべちゃで土塗れになっていた。
 それでやる気をなくしたのか、しゅんとする大型ヒツジ。ハンターたちを放置して踵を返すと、そのまま海の方へと帰っていった。


 一時的にではあるが、上陸して来た大型ヒツジの脅威は去った。
 一行は実験場を後にし、一路、ハルトフォートへ進路を取る。
「試験としてはあれくらいで十分か?」
 エレンやメイムにゴーレムの操作方法を教わるイレーヌの横で、ロニがジョアンに尋ねた。
「十分です。十分すぎます」
 ジョアンは答えた。ヒツジを倒す事はできなかったが、ハンターたちは実験機をフルに使ってくれた。
「ゴーレム…… なかなかに面白い兵器があるものだな。あれだな、『浪漫がある』というやつだ」
 コントローラーを握って嬉しそうに言うイレーヌに、ジョアンが苦笑しながら答えた。
「むしろ、今は浪漫しかない……かも」

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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    フォボス
    Phobos(ka0018unit001
    ユニット|CAM
  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ハニワイチゴウ
    埴輪1号(ka0113unit001
    ユニット|魔導アーマー
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    アーベント
    アーベント(ka0145unit001
    ユニット|幻獣
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    マドウガタデュミナス
    魔導型デュミナス射撃戦仕様(ka0896unit003
    ユニット|CAM
  • 白嶺の慧眼
    イレーヌ(ka1372
    ドワーフ|10才|女性|聖導士
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン ▼これはプレイング
メイム(ka2290
エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2016/09/08 17:38:01
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/09/05 21:18:33
アイコン 作戦相談所
ヒース・R・ウォーカー(ka0145
人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/09/09 08:52:19