【早暁】細橋の先へ

マスター:真柄葉

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/09/21 09:00
完成日
2016/09/25 00:02

みんなの思い出? もっと見る

-
あおみ

オープニング

●集落
 煌々と焚かれた松明が照らし出す一室は、笑い声と酒気に満ちていた。
「そ、そんなに呑めなって!」
「まぁまぁ、そう言わず」
 ぐぐっと酒瓶を近づけてくる老人に、さっと盃を背に隠す。
「いやぁ、本当に助かりました。お蔭で疫病に備える事ができる」
「遠くで噂を聞いたから。でも、間に合ってよかったわ」
 引っ込める様子の無い酒瓶を、乾いた笑みで見つめていたエミルタニア=ケラー。
「このまま疫病がこの集落に広まっていたかと思うと……ぞっとしますわい。本当に、本当に感謝の言葉しかありませぬ」
「そ、そう。そこまで感謝されると、私もうれしいわ」
 心の底から感謝の意を表す老人の笑顔に、エミルは観念したのか背に隠してあった盃をそっと差し出した。

 辺境で疫病の広がっていると噂がある。
 そう聞いたのはノアーラ・クンタウのとある酒場でだった。
 ハンター達がよく集まるそこには、辺境の情報がかなりの速度且つなかなかの精度で集まってくる。
 エミルは先日の依頼で初めてハンター達と仕事を共にし、その知識と力量に感服。これからの商売にハンター達の協力は欠かせないと結論付けた。
 そして、今回もハンター達との交流を通じて得た情報を元に、疫病に対応できる薬を仕入れ、この集落を訪れたのだ。
 もちろんエミルは商人である。慈善事業はしない。今回の訪問ももちろん商売の内。薬と引き換えに、報酬として少なくない金額を得た。
 しかし、事は商売だけで終わらなかった。
 疫病を回避できると知った集落の人々の感激はかなりのもので、商売を終えたエミルを半ば無理やり引き止め、宴を始めると言い出したのだった。

「私はもういいからさ、ハンターの皆に振舞ってあげてよ」
 酒の注がれた盃をちびちびと口元に運んでいたエミルが、老人に願い出る。
「それはもう」
 と、答えは相変わらず笑みに包まれていた。
「あちらで、うちの若い衆に酌をさせておりますわい」
「え?」
 見ればハンター達を囲んで大きな輪ができている。
 宴会に招かれたのは、薬を売りに来たエミルだけではなかった。
 従者のリットはもちろん、護衛のハンター達まで巻き込んだ大宴会が催されたのだ。
 部族の若い娘や青年が代わる代わる酌をして回っている様はとてもとても楽しそうだ。
 若者たち特有の活気ある笑い声。酒の力を借りて弾む様々なトーク。果ては、歌やダンスまで飛び出す始末。
「……」
「うん? どうかされましたかな?」
 その光景を目撃し、一気に表情の熱が冷めていくエミルに、老人は問いかけた。
「な、な、な……なんで私だけこっちなのよぉ!?」
 どんと割れんばかりの勢いでエミルは盃を地面に叩きつけたのだった。

●朝
「いやぁ~、すっかり長居しちゃったわねぇ」
 ほんのりと頬を染め、上機嫌でトラックに揺られる助手席のエミル。
「まさか、完徹だとは思いませんでしたよ……」
 トラックのハンドルを握るリットは、諦めにも似た溜息をつく。
 結局、宴会は夜を迎え、日を跨ぎ、朝日を拝むまで続けられた。
「仕方ないじゃない、あちらがどうしてもっていうんだし~」
「まぁ、今後の付き合いを考えると、お誘いを断るのは得策じゃないですけど……」
「でしょ! 私の判断は間違ってないのよっ」
「場の雰囲気に流されただけでしょうに……」
 そんなリットの愚痴など聞いているのかどうか、エミルはにへらとだらしない笑みを浮かべている。
「うっぷ……っ。リットぉ、もうちょっとゆっくり走ってよぉ~」
 エミルは胸の奥から込み上げてくるものを何とか堪え、リットに文句を放つ。
 ちゃんと舗装もされていない道である。いくらゴムのタイヤを履いたトラックと言えど、揺れる揺れる。
「エミル。出発が随分遅れたのはわかってますよね?」
「そんなの、私のせいじゃないしぃ」
 まるで悪びれる様子もないエミルは、ツーンとそっぽを向くとそのまま瞳を閉じた。

 助手席にエミル、荷台にハンター達を乗せたトラックが、ケリド川にかかる橋へと差し掛かる。
「ふぅ……またここを渡るんですね」
 リットは目の前を横切る大河と、それにかかる心細い橋を陰鬱に見やる。
 トラックを手に入れたのはごく最近。そこからリアルブルーの技師の猛特訓を受け、何とか人並みに運転できるようになった。
 しかし、目の前の橋はトラックが一台ギリギリ通れる程度の幅しかない上に、橋板は置いただけの簡易なもの。
「誰か代わって……とは言えない状況ですよね。はぁ……よしっ!」
 隣では微かに寝息を立てだしたエミル。そして、荷台に乗るハンター達も同じ状況だろう。
 リットは深くため息をつくと意を決し、アクセルを踏み込んだ。

●渡河
 先ほどの舗装されていない道が王都の大通りに思える程、酷い揺れがトラックを襲う。
 リットはハンドルを握る手に汗しながらも、エンストしないギリギリの速度を保って、トラックはゆっくりと橋を渡っていた。

 ゴンっ。

 橋も3分の1ほど来ただろうか。その時突然、窓を何かが叩く音がした。
「うん?」
 何事かとリットは横目で助手席側の窓を見やる。
「……気のせい――うあっ!?」
 再び硬いものが窓に当たり、その正体にリットは驚きのあまり声を上げた。
「こ、これって、飛喰魚!? なんでこんな所に!?」
 窓に突撃してきたのは、巨大な牙が特徴的な怪魚であった。
「んー? リット、どうしたのぉ?」
「飛喰魚ですよ、飛喰魚!!」
「飛喰魚……? ふー……ん? うん!? 飛喰魚!?」
 睡魔の魅了に屈しようとしていたエミルは、ようやくその単語に覚醒する。
「どういう事!? なんでこんな所に居るのよ!」
「僕にもわかりませんよ! とにかく急いで荷台で寝てる人を起こしてください! タイヤをやられたらお終いです!」
「わ、わかったわ!」
 そう答えたエミルは咄嗟に助手席の窓を開けそうになったが何とか思いとどまり、くるりと体の向きを変えると荷台が見えるのぞき窓をたたき割った。
「皆起きてっ!! 敵よ……! 歪虚が出たわっ!!」
 ガラスの割れる甲高い音とエミルの叫び声が重なる。
「何とかこの橋さえ渡りきれば……!」
 エミルの機転に胸を撫で下ろし、リットは再びハンドルを握る手に力を込めた。
 飛喰魚は鋭い牙をもった捕食者であるものの、幸いにして鉄の車体に穴を穿つほどの力はない。
 しかし、タイヤをやられれば、パンクからの脱輪、転落……そこに待っているものは、考えたくもない。
 渡河は三分の一。行くか戻るか。
 座席の後部に空いたのぞき窓から後方を確認し、リットは転進は出来ない、と即座に判断した。
 橋の幅はトラック一台がようやく通れるほどに細く、橋板は不安定で脆い。
 ここをバックで戻るなど、今の自分の技量ではとてもではないが無理だ。
「このまま、進みます! 皆さん、よろしくお願いします!」
 リットは即座に決断すると、エミルの開けたのぞき窓からハンター達へ声をかけた。

リプレイ本文


「エミル君ってば、熱烈な目覚ましだねぇ」
 割れたのぞき窓から顔を出した、イルム=ローレ・エーレ(ka5113)が完徹とは思えぬ爽やかな笑顔を浮かべた。
「でも、ボクとしてはビロードの様な柔らかなキスで起こしてほしかったんだけれど?」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃないのよ! 敵よ敵!! 皆起きて!!」
 イルムの吐息に頬を染めながらも、エミルは荷台に転がるハンター達に向かって叫ぶ。
「んん? なぁによ一体……敵襲ぅ? こんな所でぇ?」
 車体を揺らす衝撃にルキハ・ラスティネイル(ka2633)は、眠い目を擦りポケットから眼鏡を取り出した。
「あらほんとにぃ。はぁやだわぁ……徹夜しちゃってお肌の荒れが心配なのに……なーんて言ってられない状況かしら?」
「うむ。月見の酒宴の後祭としては些か無粋に過ぎるがの」
 慣れぬトラックに揺られるながらも蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、煙管の火種を落とし腰を上げた。
「ほれ、丑(ka4498)。おんしも起きんか。年長者がその様な為体では若人に示しがつかぬぞ?」
「……はぁ、やはりただ遊んで帰るだけ、とはいきませんか。あぁ、言っておきますが、俺はまだ二十代です」
 蜜鈴の言に重い頭を振って丑がのそりと立ち上がる。
「ほーらほら、お嬢ちゃーん。こんな所でおねんねしてると、その美味しそうなお肉を齧られて骨っ子になぁるぜぇ?」
 最後方では鵤(ka3319)が座ったまま、「もう飲めないってば……おなか一杯……」と幸せそうな寝言を漏らすブラウ(ka4809)の背を、コツコツとつま先で小衝いた。

●冷たき女王の腕。包む御手より舞うは氷華
「――想いの槍に貫かれ、大地にその身を結ぶが良い!」
 虚空に現れた氷柱の切っ先が飛喰魚を目標と捉える。
「ルキハ、続け!」
「はっぁい、おまかせっ」
 次々と飛びかかってくる飛喰魚を前に、大きく両手を広げたルキハは。
「悪戯好きなお魚ちゃぁん。マズそうなタイヤなんかほっといて、あたしの胸に飛び込んでいらっしゃぁい」
 バチコンっと愛苦しいウィンクをかますと、チアバトンの様に回すワンドに氷粒を呼び寄せる。
「そぅそうぅ、いい子よぉ」
 ワンドから吐き出された氷粒が次々と呼び込んでくる飛喰魚を氷の棺桶に閉じ込めていった。
 交互に放たれる氷の嵐は広範囲にわたり飛喰魚の突撃を阻止するものの、全てを押し止めるには至らなかった。
「抜けるぞ! 刀衆、心して打ち落とせよ!」
 蜜鈴の声に、刀を携える者達が立ち上がる。
「ンー……もう少しエミル君の蕩けた顔が見ていたかったのだけど、蜜鈴君からそんなに期待されると、応えないわけにはいかないよね!」
 名残惜しそうにのぞき窓から体を離したイルムは、普段の色男然とした態度を微塵も崩さず腰のレイピアを抜いた。
「エミル君、そこからボクの活躍を見ていておくれ! 君の声援がボクの内なる闘志を、火酒の口づけの様に熱く燃え上がらせる!」
 高らかに声を上げたイルムの突き。花弁の幻を纏わせ切っ先すら視認させない神速が、飛喰魚の眉間を次々と撃ちぬいてゆく。
「んもぉ! ぜんっぜん当たらないじゃないの!」
 一方、ブラウは銃をむやみやたらとぶっ放すが、酔いのせいでまるで当たらない。
「おっとブラウ君、そんな構えじゃ当たるものも当たらないよ。その白磁の様な可憐な腕をボクが支えてあげようじゃないかっ!」
 片手でレイピアを煌かせながら、イルムはブラウの腕に手を添える。
「そうそう、いい子だね。大丈夫、ボクを信じて。――ほら、今だよ! あぁ、おしい! 実に惜しいよブラウ君。でも、気にしてはいけない。君の討ち漏らした敵は、一夜を共にしたこのボクが責任を持って処理するから。君は何も心配しなくていいんだ。気の赴くままに、撃鉄を引けばいい」
 それでも当たらない事に、ブラウは不機嫌にイルムを見上げ――。
「うー! こんなのいらないもんっ!!」
 添えられていたイルムの手を弾き飛ばすと、銃を放り投げたブラウは、音も立てずに刃を抜き放った。
「ふふふふふふふふふふふ…………これよこれ、この色この艶、やっぱり武器は刀じゃないとね……」
 悪魔の嘲笑の様に低い含み笑いを浮かべながら、ブラウは引き抜いた愛刀に頬を寄せる。
「さぁ、かかってきなさい……わたしがきれいにさばいてあげるから……」
 刀を手に氷の微笑を浮かべるブラウは、ふらふらと荷台を移動していく。
 しかし、その足元はおぼつかず、終いには右足に左足をひっかけ――。

 びたんっ!

 顔面から荷台とキスをしたブラウは、赤くなった鼻をさすりながら顔を上げた。
「…………ふ、ふん! ひくいうおってのも、たいしたことないわね!」
 付くはずもないのに服についた埃を落としつつ、ブラウは薄い胸を張る。
「ブ、ブラウ……大丈夫?」
 明らかに無理をしているブラウに荷台中が騒然とする中、窓から覗いていたエミルが何とか声をかけた。
「もちろんにょ……! 大丈夫にきまってるじゃない!」
「にょって言ってるわよ……」
「い、言ってないわよ! エミルの耳は節穴なんじゃないの!?」
 がるるとエミルに牙を剥いたブラウは、空気を読まず突っ込んできた飛喰魚を一刀の元に両断した。

 二人の術師の氷嵐、二人の刀士の剣撃。見事な連携で四人が次々と敵を処理していく中、一人迎撃に参加する隙さえ見つけられず所在なさげにしていた丑が地面にしゃがむ。
 そこには、討ち漏らされ荷台でぴちぴちと暴れる飛喰魚が一匹。
「うーん……こいつの刺身って美味いんでしょうかねぇ」
 哀れな歪虚を見下ろし、丑がぼそっと呟いた。
「止めといた方がいいんじゃないの? 負のマテリアル漬けの魚なんか喰っても腹壊すのがオチよ?」
「やっぱりそうですかねぇ。動く物はとりあえず喰ってみろっていうのが里の教えなんですが」
 鵤の忠告に、残念そうに小太刀を腰に納めた丑。
「へぇ、それは随分と変わった教えだねぇ。ってぇことはなに、もしかして……虫とかもぱくっといっちゃうわけぇ?」
「あー、虫美味いですよ? コオロギとか炙ると、パリパリッと香ばしくなって……おや、どうかしましたか?」
 いくら酒を飲んでも酔う事の無い鵤が気持ち悪そうに口元に手を当てているさまに、丑は不思議そうに問いかけた。
「んあぁ、気にしないでぇ。ちょっと昔の古傷をクリティカルに抉られただけだから」
「そうですか? ……って、鵤さん何を?」
「うん? 口直しの一杯だけどぉ?」
 丑の話から逃れるように酒樽に抱きつくと、鵤は慣れて手つきで栓を外し、ビーカーに酒を注いでいく。
「それ……お土産なんじゃ?」
「お土産よ?」
「お土産ですよ……ね?」
「お土産よ?」
「は、はぁ……」
 困惑する丑の事など気にもせず、鵤は気持ちよさそうにぷはぁと酒気臭い息を吐いた。


「ある程度は片付いたわよぉ。リット君もエミルちゃんも大丈夫ぅ?」
 ガラスの割れたのぞき窓からルキハが運転席を覗き込む。
「ええ、なんとか」
 振り向く余裕などないリットは、ルキハの気遣いに正面を向いたまま答えた。
「しかし、異様じゃったのぉ」
 運転席の上から依頼者二人の無事を感じながら、蜜鈴は下流へ視線を向ける。
「この辺には居らぬ歪虚なのじゃろう?」
「ええ、ここよりだいぶ下流に生息する歪虚のはずです。ここまで登って来るなんて……」
 辺境を故郷とする丑が今だに散発的に飛び出してくる飛喰魚を処理しつつ答えた。
「新たな獲物を求めて――とは思えない感じだね。そもそも、もう少し組織的に狩りをする歪虚なのだろう? それがどうだい。――シュ! こんなにも弱い」
 飛び込んできた飛喰魚を一刺しに倒し、イルムは下流を見やる。
「何かから逃げている……?」
「なれば、本当の脅威はこれからと言う――主等! 構えよ!」
 一段高居場所から水面を見下ろせる蜜鈴が最初の異変に気付いた。
 畳んだ扇子が指すそこは、濁り流れる河水が幾重にも波頭を起こす河の中心だった。
「なにか来よる……」
 皆の視線が一点に集中した、まさにその時――盛大な水柱を巻き上げ、それは空中へ飛び上がった。
「な、何なのよあれ!」
 ようやく酔いも醒めてきたブラウが、陽光を遮った巨体を目で追う。
 橋を挟んで上流にまで達した大跳躍の跡は、巨大な波紋となって今も残っていた。
「ひゅー! こりゃまぁ、でっかい鯰だこと」
 一人表情を変えず、まるで祭りの出し物でも見物するかのように鵤が口笛を吹く。
「大きいわね……5mはあるんじゃないかしら」
 いつもは飄々と言葉の軽いルキハの声に緊張が滲む。
「どうやら、あいつが飛喰魚の捕食者みたいだね」
 飛喰魚との対峙では危機感のかけらも無かったイルムでさえ、目が真剣を宿していた。
「何をぼさぼさしてるのよ! また来るわよ!」
 ブラウが言い終えるよりも早く、波紋を割って大鯰が巨体を水面に現す。
「まずいわ……あいつ橋ごと落とす気よ!!」
 ブラウには見えていた。下流へ回頭する大鯰の小さな瞳が、確かにこのトラックを捉えた事を。
「なれば、止めるまで! ――轟く雷、穿つは我が怨敵……」
 扇子の先に生まれた雷光の粒に、蜜鈴がふっと吐息をかける。
「一閃の想いに貫かれ、己が矮小さを識れ!」
 瞬間、雷の粒は一条の光となり、大鯰へ向け閃跡を引いた。
「くっ、止まらぬか!」
 しかし、大鯰は雷の直撃を受けてさえ怯む様子も見せず、トラックへ向け突撃してくる。
「っとと、雷はあまり効果ないみたいねぇ。一体どんな体してるのかしらぁ」
 蜜鈴に続けて雷撃を放とうとしていたルキハは即座に詠唱を中止。
「それなら手を変えて、こんなのはどうかしらァ?」
 正回転させていたワンドを逆回転させ――。
「起ち上がりなさい!」
 ドスの利いた声と共に腕を突き出した。
「あ、そういう意味じゃないからね?」
 視線を向けられた丑がびくりと肩を竦ませる中、水中から巨大な土壁がせり上がり、大鯰の進路を阻んだ。

 佇立する土壁が大きく軋む。
 大鯰の進路を塞いだ土壁が盛大な水飛沫と轟音を響かせた。


 大鯰が執拗に繰り返す突撃を、蜜鈴の放つ炎雷撃とルキハの土壁が幾度となく防ぐ。
「んー、これは少し厳しいわねぇ……」
「なんじゃ、斯様な怪異の餌となるが望みか?」
「そんなわけないじゃない。残念ながら次でネタ切れなだけよぉ」
 幾度もの迎撃に、ルキハのスキルには使用限界が迫っていた。
「ふむ……ここでおんしの壁が無くなるは、実に不味いの」
 再び向かって来る大鯰に炎撃を加えながら、蜜鈴は橋の先を見る。
 渡河まで残り1km。逃げ切るにはあまりに遠い。
「蜜鈴君、少しいいかな?」
「なんじゃイルム。良き案でも浮かんだかの?」
「いやぁ、ボクも君への報告が吉報以外であるのが実に心苦しいところなんだよ」
「凶報であれば早う言え」
 イルムの芝居がかった答えに、蜜鈴は呆れながら問いかける。
「下流に二匹目が現れた」
「っ!?」
 この答えに流石の蜜鈴も息を飲んだ。
 見れば上流の鯰よりやや小さい魚影が、不気味に影を揺らしていた。


 大鯰の突進をルキハの八度目の土壁が止める。
 しかし、反対側では小鯰がその身を大きく跳躍させた。
「はは……まっ、たく……モテる男は、辛いですねぇ!!」
 頭から喰らおうと広げられた小鯰の上下の顎を、丑の両腕が押し止める。
「ですが、生憎とあなたの様な大口の女性は、好みではありません……でね!」
 両の腕には4mにも迫ろうかと言う巨体の全体重が伸し掛かった。
 腕に額に血管が浮きあがり、こすれ合う奥歯から軋む音が響く。
「丑さん、五秒持たせて! 行くわよ、イルムさん!」
「ヤー! 待ってましたよブラウ君! 君がボクを頼りにしてくれるこの瞬間を! これはやはり運命を感じずにはいられないね!」
 丑に持ち上げられ焦る様に身をよじる小鯰に、イルムとブラウが刃を向ける。
「戦場の華騎士が舞踏を見せてあげられないのは実に残念で仕方ないけど、それはまた改めて。そう、二人きりの夜にでも、ね?」
「余計なこと言ってないでさっさと斬りなさい。……こんな仕事っさっさと終わらせるわよ!!」
「了解だよ、ボクの可愛いお姫様」
 空中で交わった太刀と刺剣。交差しながら上昇する二刃の切っ先が、無体となった小鯰を無残に切り裂いた。


「ごめぇん、あたしネタ切れぇ」
「済まぬな。妾も種子が尽きた」
 ぺたんとへたり込むルキハに、煙管に火を入れた蜜鈴。術師二人の仕事は終わった。
「ほら、あんたの出番よ」
 そんな二人を労いながらも、ブラウは空になった酒樽の底を名残惜しそうに指で舐める鵤に蹴りを入れる。
「えっ、なんでおっさんに振るの!?」
「なによ、どうせ持ってるんでしょ? その余裕の裏付けを」
 若干悔しそうに見上げるブラウの瞳に、鵤は一瞬笑みを消す。
「おっさん、働きたくないんですけどぉ?」
「そうね。死んだらずっと働かなくていいわね。おめでとう、ご愁傷さま」
 早口に言い放ったブラウは、イルムや丑と共に剣で迎撃する為、荷台の縁に足を掛けた。
「……」
 このままトラックの上から迎撃するつもりか、三人は切っ先を水面へ向ける。
 しかし、斬撃が水中を行く敵にどれほど効果があるのか。有利不利の天秤は圧倒的にあちらに在る。
 鵤は諦めるように深く息を吐くと、立ち上がりポツリと呟いた。
「いいな。チャンスは三秒だ」
「十分よ!」
 鵤の短い言葉にうなずいた三剣士は、大きな水飛沫を上げ突撃してくる大鯰に集中する。
 そんな三人の背を見つめながら、鵤は水中に鏡の様に朝日を反射する巨大な障壁を発生させた。
 障壁はルキハの土壁同様に大鯰の突撃を受け止めると――。
「爆ぜろ」
 鵤の声に呼応する様に、無数の鏡片へと砕け散る。
「写せ」
 そして、鏡片は大鯰の姿を映すと、その突撃をコピーする。
 コピーにより再現された幻視の衝撃は、大鯰を大きく弾き飛ばした。――上流へではなく川底へ。

 弾き飛ばされた衝撃に河水が大きな水冠を作り空へ立ち上る。そして、大鯰は水の無くなった川底へ打ち付けられた。
「行け!」
 鵤の合図を待たずに三人は荷台の縁を蹴ると、衝撃に川底でのたうち回る大鯰へ刃を振り下ろした。


「リット君、エミルちゃん、お疲れ様ぁ、よく頑張ったわね」
 ルキハが放心する二人に声をかけた。
「もぉ、早くお風呂入りたい……」
「おぉ! それならボクがとっておきの温泉を紹介しようじゃないか! 実はノアーラ・クンタウにいい温泉地を見つけたんだ!」
「つくまでに乾いてしまいそうですね……」
 大鯰にとどめを刺した三人は共に還り水により濡れ鼠。
「ねぇねぇ、煙草わけてくんなぁい?」
「生憎と妾の葉もずぶ濡れじゃ」
 天井の上でからからと笑う蜜鈴に、湿った煙草を咥えがっくりと肩を落とす鵤。

 突然の困難を見事乗り越え一行を乗せたトラックは、無事?橋を渡り切った。

依頼結果

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MVP一覧

  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレka5113

重体一覧

参加者一覧

  • 真実を包み護る腕
    ルキハ・ラスティネイル(ka2633
    人間(紅)|25才|男性|魔術師
  • は た ら け
    鵤(ka3319
    人間(蒼)|44才|男性|機導師
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 真実を斬り拓く牙
    丑(ka4498
    人間(紅)|30才|男性|闘狩人
  • 背徳の馨香
    ブラウ(ka4809
    ドワーフ|11才|女性|舞刀士
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 宴会場 ※RP推奨
エミルタニア=ケラー(kz0201
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/09/21 07:49:34
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/09/16 19:26:55
アイコン 酔っ払い?素面?
ブラウ(ka4809
ドワーフ|11才|女性|舞刀士(ソードダンサー)
最終発言
2016/09/19 19:33:38