ゲスト
(ka0000)
【夜煌】月光の下に祭り奏でる
マスター:惇克

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/21 19:00
- 完成日
- 2014/10/11 23:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
原野の果てのその先の地平線に日が落ちる。
夕闇は宵闇へと移り変わり、やがて、全てを吸い込むような澄んだ鉄紺の空に星が瞬き始めた。
その空の下。天空に散らばる星と対になるかのように、地上では篝火が燃えさかり、人々を照らしている。
辺境一丸となっての祭事。
清めに使う花や薬草の香気が漂う中、会場周辺では有志による屋台や催し物が開かれ、これまでになかったような賑わいをみせていた。
祭りに集った人々が醸し出す陽気な雑踏の伴奏を奏でるように、秋の訪れを告げる虫が涼しげな音を響かせている。
そこから僅かばかりに離れた丘の上、会場を一望できる場所に二つの人影があった。
会場周辺の安全は、ハンター達の協力を得て事前に確保していたものの、歪虚や盗賊などはいつ現れるか知れたものではない。
故に、祭りを離れ、警戒に当たる者も必要とされていたのだ。
「異常なし、と。そろそろ儀式も本番だぁなぃ」
「何十年ぶりの祭りってことだが……どんなもんだったんだ?」
「当時は子供たったがら、うっすらかんとだぁが……やっぱし、普段なかなか会えない人たちと会えるのが、一番楽しかったない。祭りの間はどこのだんじゃとか何族だとか、んだなことは関係なくなるんだわなぃ。同じぢべたの上に立ってる、同じ生き物としてツラ合わせてしゃべぐる」
酒を酌み交わし、歌い、踊り、祈り、大精霊に感謝を捧げ、憂いを忘れ、心に安らぎを抱く。
立場も建前もなく、しがらみや垣根を越えた交流がいっとう楽しかったのだと、追憶と郷愁とを綯い交ぜに、独特の訛りで語った男は、空を仰ぎ、ほぅ、と息をついた。
「……で、あんたは参加しなくていいのかい?」
「参加? してるけんじょ?」
「そうじゃなくてな」
「あぁ、『炎番』のお役目はハンターさん達に譲ったんだぁ。巫女様のご意思だしない。何よっか、余所から来た人に辺境(ウチ)の精神文化を知ってもらう、いい機会だぁから。会場にはオラの代理がいるし、何かあったら、んめぇことやってくれんだべ」
「随分と気楽なもんだな、族長さんよ」
「ていくいっといーじー、ってヤツだなぃ。この祭りで大事なのは、感謝と安らぎの気持ちだぁ。立場や役割じゃねぇ」
男……オソ・コリベリ族の長、ツマアサは屈託なく笑う。
その隣に立つ男、ヒュー・マクレガンは、何かを言いたげに口を開いたが、そのまま閉じ、斜めにかぶったカウボーイハットの上から頭をかいた。
原野の果てのその先の地平線に日が落ちる。
夕闇は宵闇へと移り変わり、やがて、全てを吸い込むような澄んだ鉄紺の空に星が瞬き始めた。
その空の下。天空に散らばる星と対になるかのように、地上では篝火が燃えさかり、人々を照らしている。
辺境一丸となっての祭事。
清めに使う花や薬草の香気が漂う中、会場周辺では有志による屋台や催し物が開かれ、これまでになかったような賑わいをみせていた。
祭りに集った人々が醸し出す陽気な雑踏の伴奏を奏でるように、秋の訪れを告げる虫が涼しげな音を響かせている。
そこから僅かばかりに離れた丘の上、会場を一望できる場所に二つの人影があった。
会場周辺の安全は、ハンター達の協力を得て事前に確保していたものの、歪虚や盗賊などはいつ現れるか知れたものではない。
故に、祭りを離れ、警戒に当たる者も必要とされていたのだ。
「異常なし、と。そろそろ儀式も本番だぁなぃ」
「何十年ぶりの祭りってことだが……どんなもんだったんだ?」
「当時は子供たったがら、うっすらかんとだぁが……やっぱし、普段なかなか会えない人たちと会えるのが、一番楽しかったない。祭りの間はどこのだんじゃとか何族だとか、んだなことは関係なくなるんだわなぃ。同じぢべたの上に立ってる、同じ生き物としてツラ合わせてしゃべぐる」
酒を酌み交わし、歌い、踊り、祈り、大精霊に感謝を捧げ、憂いを忘れ、心に安らぎを抱く。
立場も建前もなく、しがらみや垣根を越えた交流がいっとう楽しかったのだと、追憶と郷愁とを綯い交ぜに、独特の訛りで語った男は、空を仰ぎ、ほぅ、と息をついた。
「……で、あんたは参加しなくていいのかい?」
「参加? してるけんじょ?」
「そうじゃなくてな」
「あぁ、『炎番』のお役目はハンターさん達に譲ったんだぁ。巫女様のご意思だしない。何よっか、余所から来た人に辺境(ウチ)の精神文化を知ってもらう、いい機会だぁから。会場にはオラの代理がいるし、何かあったら、んめぇことやってくれんだべ」
「随分と気楽なもんだな、族長さんよ」
「ていくいっといーじー、ってヤツだなぃ。この祭りで大事なのは、感謝と安らぎの気持ちだぁ。立場や役割じゃねぇ」
男……オソ・コリベリ族の長、ツマアサは屈託なく笑う。
その隣に立つ男、ヒュー・マクレガンは、何かを言いたげに口を開いたが、そのまま閉じ、斜めにかぶったカウボーイハットの上から頭をかいた。
リプレイ本文
●
賑やかな祭りの中心からほんの少し離れたところに小さな焚き火が燃えていた。
ほぼ等間隔に祭りを囲むように配置されているそれは、宵闇を照らす灯りとして、また、祭りの喧噪に疲れた者が一息つくためにと用意されたものだった。
円形に並べられた石の真ん中で、雑木の小枝がパチパチと微かな音を立てて燃えている。
弥勒 明影(ka0189)はその傍らに腰を下ろし、煙草を燻らせながら、一人、月下に奏でられる祭りを、人の営みが生み出す輝きを見ていた。
(今日は月も満月なれば、それで肴には十二分。酒も進むと言う物)
空になった杯に手酌で酒を注ぎ入れる。
上等な酒特有の、芳醇な香気が立ち上り、満足げな笑みが明影の口元に零れた。
ふと、静けさの中に乾いた土を踏む音が小さく響き、そしてそれが近づいてくる。
「御相伴に預かっても良いかね?」
酒と自作の肴を手にした榊 兵庫(ka0010)が焚き火の手前にて歩を止め、先客である明影に伺いを立てた。
奥ゆかしい礼節に懐かしさを覚えながら、明影は静かな笑みを見せ、頷いた。
「……夜煌祭か。大地の恵みに感謝し、祈りを捧げ、魔を払う、か。やはり、祭りの本質という奴はどこでも変わらないな」
「平穏を求める人の心もまた然り。だが……俺自身が平穏の輪に入る必要はない。そもそれは場違いと言う物」
明影の言葉の意図を掴みかねた兵庫が軽く首をかしげる。
「別に平穏を厭う訳ではないがね。総ての物には多面性と言う物があり、唯一無二の解釈など存在しない。平穏もまた然り。良い一面にだけ目を向けると言うのも愚かに過ぎよう」
訥々と語り、乾いた唇を酒で湿らせ明影が続ける。
「故に、眺めているだけで十分なのさ。こうして、守るべき存在と言う物を見ているだけで」
「そうか。ならば、静かに祭りを楽しむこととしよう」
兵庫は得心したと笑み頷き、杯に口をつける。
両者の間に沈黙が落ちるが、それは居心地の悪いものではなく。
無理に何かを語る必要もなければ、気を遣う必要もない。そういった共通の相互理解があった。
静かに、ゆったりとした時間が流れる。
風に当たりながら、あてもなく気ままに散策していたレベッカ・アマデーオ(ka1963)がそこへとやってきた。
「船の上で見る月は大好きだけど……陸の月も悪くないね」
明影、兵庫らと共に焚き火を囲み、月を肴に慣れ親しんだラム酒のグラスを傾ける。
しばし静寂と沈黙を楽しむが、身の置き場がない、とレベッカが口を開く。
「……というか、静かに飲む酒って……。……記憶に無い。まあ、飲んでバカ騒ぎする連中ばっかだから仕方ないか」
酒を飲むとなれば、陽気なバカ騒ぎにしかならない父や兄達とその子分達を思い出して苦笑を浮かべるレベッカ。
「たまにはしみじみと飲むのもいいものだろう」
「そうだねぇ。違う雰囲気ってのは、いいけどね」
(でも、慣れないな。たまには帰るかなぁ……あ、ダメだ。こっち戻れる気がしない。……帰るのはあたしの船、手に入れてからだ。そうすれば一人前って認めてもらえるだろうし)
胸に過ぎる郷愁をラム酒の華やかな香りとともに飲み下し、気恥ずかしさにばつが悪そうに笑う。
空気を変えようとするレベッカの密かな焦りを察してか、兵庫はおもむろに懐からハーモニカを取り出し、軽く息を吹き入れる。
「祈りを捧げている大精霊も歌舞音曲が嫌いなはずもないからな。こうして奏でる分にはお目こぼし下さるだろうさ」
兵庫が子供時分に聞き覚えた、もの静かな曲を奏でる。透明な旋律が夜風に染み通る。
レベッカはそれにいささか救われたような心地となり、月を見上げた。
(今頃、みんなも同じ月を見てるよね)
兵庫の演奏が終わると、レベッカは勢いよく立ち上がり、快活な笑顔を見せた。
「ありがとね。……さって、あたしは向こうでちょっと騒いでくるよ! 陵の連中に海賊の芸を見せつけてきてやる!」
駆け出す少女を見送り、男二人はまた再びの静寂の中に身を落ち着けた。
そこから離れた別の焚き火の側に二人の姿があった。
「美き夜、佳き月、酒を飲むには良き夜ぞ」
夜であろうとなかろうと、終始酒を嗜んでいる朱殷(ka1359)だったが、月見の酒は格別とみえ、上機嫌といった様子で杯を重ねていく。
気が置けない幼馴染み、という間柄の蒼聖(ka1739)との他愛もない話に興じながら、酒を湯水のように飲み進める。
一方蒼聖は、美味そうに酒を飲む朱殷に見惚れ、酒を飲む事も忘れてしまっていた。
「飲まぬのか、蒼聖」
蒼聖の視線に気づいた朱殷が小首を傾げる。
「あまり月に見惚れておると主の分まで飲んでしまうわ」
「ん? ああ……飲んでるぞ。お前ほど多くは飲めないんだ」
指摘された蒼聖は心中で慌て、嘘でその場を取り繕う。
「月が、綺麗だからな」
「ああ」
朱殷は月を仰ぎ見て息をつく。
「げに、なれど……あまり妬かせるな」
その言葉に蒼聖の心が騒めく。胸に秘めた恋慕の情がそうさせる。
朱殷の言葉に深い意味はないのだと、そう理解はしていたが、酒のせいか夜の空気のせいか、酩酊感に任せて蒼聖は僅かな本音を零す。
「……さっきから見ていたのは、お前だけだ」
「私の顔など何時でも見れよう、然し友を月に取られるも癪ぞ」
朱殷は苦笑して、酌をしてやろうと酒の瓶を向ける。
「はは、気づけばフラフラ何処かに行ってしまっている癖に、よく言う」
杯に酒と言い分けを受けながら、笑う蒼聖。
(このまま時が止まってしまえばいいのに。お前が俺の傍にいて、俺だけを見ているこの時間が)
喜びと同時にこみ上げる片思いの苦さとやるせなさを、蒼聖は酒で押し流そうと次々に杯を重ね、ついには酔い潰れ、朱殷の肩にもたれかかりながら船をこぎ始めた。
朱殷は蒼聖の髪を優しく撫で、穏やかに呟く。
「私の月は、今宵も愛しき事」
(蒼聖、夜を照らす私の月)
愛しき人の温もりに触れながら、幸福な微睡みの中にいた蒼聖に、その言葉を聞くことは叶わなかった。
●
様々な屋台が建ち並び、最も賑わう一角にリュー・グランフェスト(ka2419)とベル(ka1896)の姿があった。
「どっから見てくか。ベル、お前ちっちゃくて迷子になりやすいんだから……」
気をつけろよ、というリューの言葉が終わる前にベルは駆け出していた。
「リュー! はーやーくー!」
屋台と屋台の間にできた道の先で、飛び跳ねながら手をぶんぶんと振っている。
祭りの賑わいに瞳を輝かせ、楽しくてたまらない、といった気持ちを全身で表している。
「お前なぁ……」
無邪気にはしゃぐベルの姿に、苦笑いとともにリューは駆け出した。
リューが追いつく頃、ベルは砂糖菓子の屋台の前で財布と深刻な相談をしていた。
砂糖の甘い香りと、白くもこもことした見た目が魅力的な菓子。
うーん、うーん、と悩んでいたベルはついに決断し、砂糖菓子を買い求めた。
悩んで手に入れた砂糖菓子は、ふわふわと軽く、口に入れればすぐ溶けてしまうが、その甘さはベルを優しく笑顔にするものだった。
その笑顔につられるように、リューも焼き菓子を買い求める。
二人が歩く先々に並ぶ数々の屋台、珍しい食べ物が軒に吊されたもの、見たこともないような雑貨が所狭しと並べられたもの、等々どの店も扱う品は違っていたが、一様に活気にあふれ、一夜限りの祭りを精一杯に盛り上げていた。
その中に、アシェ・ブルゲス(ka3144)の店もあった。
(祭りといえば日頃の成果の発表の機会だよね)
きちんと許可を得て構えた店には、謹製の廃材アートが並べられていた。
月見の邪魔しない照度のランタン、月をイメージした飾り的な置物、等々、アシェの感性を遺憾なく発揮したオブジェは人目を引き、材料費だけという良心的価格もあってなかなか盛況だった。
先ずは知ってもらうことが大事だ、という狙いは的中した。
「え、デザインが変わってる? 青の世界ではこういうのも有りらしいよ」
前衛的な造形のオブジェを前に首を傾げる客に対し、アシェは自慢げに講釈して行く。
そんな物珍しさと非日常的な空気を、リューとベルの二人は浮き立つ心そのままにはしゃぎ、楽しんでいた。
ふと、ベルが行き交う親子連れと子供が抱いたぬいぐるみを目で追う。
「ベル」
気を紛らわせようとリューが呼びかければ、ベルはすぐに目を逸らして笑顔を浮かべた。
「お祭り、たのしいね!」
「ん、欲しいもんあるか?」
リューは射的の屋台、奥に並んだ景品を指さし訪ねる。ベルは笑顔のままほんの少し困ったような表情を浮かべた。リューの好意はありがたいのだが、それを自分が受け取ってしまっていいのかどうか、迷っているような表情だった。
ベルがそうやって遠慮するだろうことをリューは理解しており「じゃあ、俺の好きなもの狙っていいよな」と嘯きながら、可愛らしい動物のぬいぐるみを真剣に狙う。
リューは見事にぬいぐるみを打ち落とし、店主から手渡されたそれをベルに押しつけた。
「狙いと違うもん落としちまった。お前にやる」
「……ありがとう」
抱きしめて少し大きいくらいのぬいぐるみを、嬉しそうに、大事そうにベルはぎゅっと胸に抱える。
「もう遅いし、そろそろ帰るか。楽しかったしまた来ようぜ」
月が頭上に昇り、夜も更けて来る頃、リューはベルへと手を差し述べる。
「……はい♪」
差し伸べられた手にベルは少し悩み、思い至ってその手にぬいぐるみを乗せて微笑んだ。
「いや違う!」
「え? やっぱり欲しくなったんじゃないの?」
「お前なぁ……」
きょとんとした顔のベルにリューは苦笑いを浮かべて、「まあいいや」と後ろ頭をかいた。
二人並んで歩く
「お祭り、また、来ようね」
「星の配置は変わりましたが、月も星も輝きは変わりませんね……」
静架(ka0387)は青いパルムのアスと黒い梟のヤマを伴い、弓の名手との出会いを求めて祭りの喧噪の中を渡り歩いていた。
クリムゾンウェストに来てから静架は弓と出会い、その奥深さと面白さに熱中している。
様々な場所から幾人もが集うこの祭りの最中、弓の名手などと会って是非とも話を聴きたいと思っていた。
その希望はすぐに叶い、弓を扱うことに長けた部族と出会うことができた。
長老と思わしきご老体の長い話しにも静架は顔色一つ変えず、といっても素面では変わる程豊かな表情筋は持ち合わせておらず、酒を酌み交わしながら根気よく付き合い、存分に弓談義を行うことができた。
弓の他に静架が興味を示したのが、現地伝統の香辛料や味付け。
当初は調理方法や調味料について聞いていたのだが、酒の酔いが回ってきたのか「肉は良く焼いた方が歯ごたえもあります」などといっては肉を焼き焦がし、手近な人間に酔った勢いで背後から抱きつき、笑顔で肉を勧めるなどして、混乱と笑いを引き起こしていった。
「さあ祭りだ、今日も素敵な記憶を紡ごう」
賑わう祭りの様子に、瞳を輝かせる響ヶ谷 玲奈(ka0028)
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)も、はしゃいだ様子でトライフ・A・アルヴァイン(ka0657)とネグロ・ノーチェ(ka0237)の二人と手を繋ぎ、引っ張るようにして歩き出す。
「賑やかでいいね」
エヴァに誘われ、気分転換に祭へと来ていたルピナス(ka0179)は、初対面となるエヴァの友人達に挨拶を済ませ、物珍しそうに出店を流し見していた。
トライフは(玲奈も居たから誘いに乗ったが、どうにも気が乗らない)と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「トライフは不機嫌だね、折角の美形が台無しじゃないか」
玲奈がご機嫌取りをしてみるが、彼は口の端を引きつらせたような笑みを浮かべるのみ。
(駄目だな。猫を被るのすら億劫だ)
どうしようもない苛立ちにトライフは舌打つ。
口にくわえたタバコのフィルターを噛みしめ、心中で吐き捨てる。
(──祈り、ね。はっ、下らない。祈って何になる。祈ったって腹が膨れるわけでも、寒さを凌げるわけでもないだろうに)
ネグロもまた、あまり気乗りしない様子であった。
基本的に周りに合わせるといった形をとり、面倒事を避けようとはしていたが、推されたら断るのも面倒だから、と相手に強く出られれば押し切られることが多い。この度も例外なく押しに負けて渋々参加したのであるから当然である。
「月か……夜は好きだが、月は不気味に思えてくるし、俺はあんま好きじゃねーな」
(何よりあいつと同じ名前らしいし……)
彼の小さな呟きは雑踏にかき消され、誰にも届かなかった。
そんな、彼ら二人の心中を知ってか知らずか、玲奈とエヴァは目にするもの全てが珍しいとばかりに、あれを見ては驚き、これを見てははしゃぎ、と全身全霊で祭りを楽しんでいた。
祭りの物資の運搬を手伝っていたシヴァ(ka2784)が通りすがりにトライフらを見つけ、またナンパかと呆れつつも声をかける。
「この間の女から早々に乗り換えたのか?」
この言にトライフは舌打ちで答え、シヴァは軽く肩をすくめた。
「俺は運び屋のシヴァだ。報酬次第で何でも運んでやる。以後、ご贔屓に」
初対面となる人々に愛想を振りまくシヴァ。
丁度良いとシヴァを身代わりにトライフはその場から立ち去る。
彼の剣呑な様子に引き留めることを早々に諦めた玲奈は笑って軽く手を振り、エヴァは何かをいいだけにしていたが、ただ黙って見送った。
シヴァも仕事の途中だと愛想よく手を振り分かれ、トライフの後を追う。
(顔が広い奴について行けば客も増える。この程度の面倒は損ではない)
という目論見で。
(──酒でも飲んで帰るか)
トライフは人波をかき分けて進むが、エジヴァ・カラウィン(ka0260)とシャトン(ka3198)と鉢合わせしてしまった。
「トライフ~、あれ、何?」
「何だよシャトン纏わり付くな鬱陶しい、食い物くらい自分で買えよ」
「エジヴァさんにあれ買って」
「……ああもう駄々こねるな買ってやるよ。だがこれはお前にじゃなくてエジヴァさんに、だからな」
シャトンとトライフのじゃれあいを見て和むエジヴァ。
そこへとシヴァが現れ、先ほどと同じように顔を売るが、仕事も差し迫っていたため早々に切り上げていった。
足早に雑踏を進むシヴァは、ふと、途中で空を見上げる。
(いい満月だ。明るい夜は仕事がしやすくて助かる。今日の報酬は……祭りに関わる人間の笑顔ということにしておこう)
「エジヴァさん、何か食べる?」
「シャトンも味見してくださいね?」
トライフも立ち去り、再び二人きりとなった彼女らは屋台を巡り、美味しそうなものに目をつけては半分ずつに分けて食べていた。
食の細いシャトンを心配し、味見だけでもといえば食べてくれるのではないか、とエジヴァは考えあれこれと選んでいく。
そんな彼女らと玲奈、エヴァ、ネグロ、ルピナスが鉢合わせる。
それぞれ挨拶を交わし、袖振り合うも多生の縁、としばし行動を共にすることとなった。
エジヴァはお店関連の方がこれほどこられていたとは、と嬉しそうに笑みを浮かべた。
やがて、一行は会場の外れにまで到達する。
一休みしようとネグロが持参してきた団子を取り出した。
「リアルブルーでは月が出てる時に団子を食う習慣があるって聞いたから、作ってみたんだが……」
まぁ、よかったら、だが、とやや遠慮がちに供された団子に、玲奈とエヴァがそろって瞳を輝かせる。
『美味しい! もう一個頂戴』
エヴァの絶賛に満更でもない、といった表情のネグロ。
ルピナスもまた美味しいと顔を綻ばせていた。
賑やかな祭りと友人たちとの楽しい語らい、美味しい団子に興が乗ったルピナスは、人形を出して小戯曲を演じる。明るい歌で人形を踊らせる。
(ああ、やっぱり演ってる時が一番楽しいな。こういう夜も悪くない)
エヴァは玲奈と手を取り、ルピナスの歌に合わせてくるくると踊る。
戯曲が終わり、笑顔を交わし合う一行。
シャトンとエジヴァは夜風に当たると輪から離れ、エヴァも祭り会場の全体を見渡せる場所へひょこひょこ移動し、絵を描き始めた。
「エヴァちゃんはどんな絵を描いたのかな」
描きかけの絵をのぞき込むルピナス。エヴァとしっかりと目線を合わせ会話を楽しむ。
「へえ、すごく良いね。今度うちで展示すればいいよ」
『ありがとう。ねぇ、星は何色で描いたら「楽しい」を一番表せるかしら。全部描きたいわ、強欲かしら』
無邪気にはしゃくエヴァを玲奈とネグロは静かに見守っていた。
賑わいから離れたシャトンは、人波を眺めながら小さく故郷の歌を口ずさんでいたが、エジヴァの視線に、少し決まりが悪そうな表情を浮かべる。
エジヴァはシャトンの頭を撫で、そして、受け継ぐように歌った。
「いいのですよ、悲しいときは悲しみ、懐かしむ時は懐かしみ、心のままに、生きて」
慈愛に満ちた言葉にシャトンはおずおずと頷き、エジヴァとともに歌を重ねた。
●
「ちょいと邪魔するぜ」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は、屋台の裏手に並べられていた空の木箱の上に腰を下ろし、相棒である漆黒のクラシックギター『パラダイス・ブラック』を膝に乗せてふと天を仰いだ。
星々が霞むほど煌々と白く輝く満月が頭上に浮かんでいる。
「満月が観客なら、この天才たるデスドクロ様が弾き語るしかねぇだろ」
どこか不敵ともいえるような笑顔を浮かべたデスドクロの無骨な指が弦を爪弾き奏でる。
激しく攻撃的な装いとは裏腹に、紡ぎ出されるメロディーは繊細で精緻なものだった。
(ボサノヴァなんざ、こっちの連中には馴染みはねーだろうが、名曲は世界すら超越するってな)
甘い響きを持つ錆びた歌声が夜空に染み渡る。
聞き慣れない音楽に通りすがりが一人二人ぽつぽつと足を止め始め、すぐさまにその数は増えていった。
(本来なら10万人収容のスタジアムすら埋め尽くす俺様のリサイタル。だがこの星空と満月に免じて、特別に聞き惚れ酔いしれることを許してやろう)
「万民に等しく娯楽を与え、幸福感で包み込むのも皇帝としての責務だからな。グハハ!」
爪弾く手はそのままに高笑うデスドクロ。
言葉の意味はわからないがとにかくすごい自信だと聴衆たちから拍手が沸き起こった。
祭りを縁取る篝火の下をそぞろ歩いていたアルメイダ(ka2440)は、聞こえてくる耳新しい旋律につられるようにして人の輪の中に入っていった。
竪琴を手にしたアルメイダを目敏く見つけたデスドクロは、目配せで演奏を誘う。
音楽を嗜むもの同士、そこに通じるものがあり、アルメイダは応えるように竪琴の弦を弾いた。
「部族の垣根なく交流し、楽しむと言うことならエルフの音楽もアリだよな?」
アルメイダが自分の村の音楽をゆったりと奏でれば、デスドクロが伴奏を添え、デスドクロがボサノヴァのスタンダードナンバーを演じれば、アルメイダがメロディを追う。
この音と音の会話、掛け合いに触発され、音楽の心得のある部族の若者たちも得意とする楽器を手に集まり、いつの間にか大きな演奏会となっていた。
持ち込んだ廃材アートが完売し、気儘に祭りを楽しんでいたアシェも、それに大きな拍手を送る。
(青の世界の音楽、新鮮で刺激的だ。そういえば最近、向こうからのハンターが増えたんだっけ。興味深いしどんどん関わっていけたらいいな)
聴衆は流れるメロディー、刻まれるリズムに身を委ね、思い思いにステップを踏む。
いっそうの盛り上がりを見せるその場所に、レベッカも乱入し、海賊の歌や宴会での踊りを披露すれば歓声が沸き上がった。
競演が一段落する頃、アルメイダとデスドクロはお互いの演奏を称え、どちらからともなく握手を交わし、アルメイダは雑踏の中へ、デスドクロはアンコールの声に応じ、賑わいの中にそれぞれ別れていった。
(感謝と安らぎの気持ちが大事たァ、本質ってもんを分かってるぜ。実に……ああ、実に悪くねぇ雰囲気だ)
種族と世界を超えた即席のセッション。
見ず知らずの者同士、理屈なく通じ合ったという快事に、デスドクロは上機嫌で『皇帝としての責務』を果たすべく、再びギターを抱いた。
●
(ああ……良い夜だね。各々形は違っても祈りはきっと星や月に届くに違いない)
ルシオ・セレステ(ka0673)は以前に依頼で同行したことのあるリューと、その幼なじみの少女との仲睦まじい様子を目にして、微笑ましく、満足げに目を細めた。
(こうして祭りを楽しめるのも、事前の努力と、今を支えてくれている人たちがいるからだね)
せめて、自分にも何かできることはないかとルシオは暫し考え、祭りにて振る舞われる食事が作られる野外厨房へと足を向けた。
そこでは料理の心得のある人々がせわしなく動き回っていた。
「見回りに出ている人たちに差し入れを届けたいのだけど……」
ルシオの言葉に厨房の人々は快く材料と調理場を提供してくれた。
一隅を借りたルシオは、干し肉を出汁に野菜を煮込み、特性のスープを手際よく作り、警邏巡回している人々の待機場所へと向かう。
ツマアサはそこで丁度、休憩に入っていたらしく、焚き火のそばにちょこなんと座っていた。
日に焼けて深い皺の刻まれた顔、顎の先に白い髭が伸びている様から、老齢であることは一目瞭然だったが、溌剌とした生気に満ちあふれている。
「見回りお疲れ様。差し入れを持ってきたよ」
「お役目、お疲れ様です」
ルシオが特製スープを、こなゆき(ka0960)は羊の串焼きと肉まんじゅうといった軽食を手土産に訪れ、警戒の労をねぎらえば、ツマアサは手を打って喜び、さらには
「お客さんにぢべたに座らせるわけにゃらんね」
「お茶が必要だべ」
部族の若者たちがあれこれと世話を焼き、焚き火の周りはあれよあれよという間に小宴会といった様になっていった。
ツマアサの用心棒といった風で、少し離れた場所に腰を下ろしているヒュー・マグレガン。どうかと誘われるも片手で気にするなとジェスチャーを示す。
そこへと竪琴を手にしたアルメイダも訪れ、小さな集まりはいよいよ賑やかとなった。
「そう言えば、辺境にエルフの部族っているのかな? 」
「いるんじゃねがと思うけんじょ、オラにもよっくどわがんね」
いるのであれば話を聞き、親交を深めたいというアルメイダに、ツマアサは申し訳ない、といった表情を向けた。
辺境と言っても範囲は広く、部族同士の交流も地域によって偏りがある。歪虚に脅かされている今現在は尚更滞りがちになってた。
「じゃあ、もし、どこかでエルフの部族に会ったら、よろしく伝えておいてくれないかな?」
「ああ、それは任せてくなんしょ」
笑顔で請け負うツマアサに、アルメイダはお礼と彼女の村に伝わる音曲を披露する。
「異界の菓子らしいけれど、これが中々いいアクセントになるんだよ」
鍋を火にかけ、温め直したスープを椀に注ぎ、砕いたポテトチップスを乗せるルシオ。
「油で揚げた芋だか? こりゃまた珍しいものだぁね」
「温まるなぃ。いい出汁が出てて、野菜もよっく煮えてて……」
齢の割に旺盛な食欲を見せるツマアサは、ゆっくりのんびりと串焼きとスープを味わっては、美味い美味いと破顔した。
食事が一息ついたところで、こなゆきがおずおずと口を開く。
「ツマアサ様、不躾とは思いますが、お話を聞かせて頂けませんか? 先の夜煌祭の事以外にも、部族や思い出深い出来事……何でも構いません」
こなゆきは各地を放浪しながら、その土地に暮らす人々の思い出話に耳を傾けるのを趣味としていた。
話を聞いただけで何もかもがわかるというわけではないが、語り手の表情や雰囲気、話に込められた想いといったものを感じ取ることを、こなゆきは好んでいた。
「としょりの長話はわがい人にゃ、へでもねかもしれんよ? ほんじぇもよければ」
快諾したツマアサは顎髭を撫でながら、昔日を追うように目線を僅かに上に向け、語り始める。
内容は夜煌祭に関するもので、本当に素朴なものだった。
薬草を摘みにいって崖から降りられなくなっただの、張り切りすぎて腹を下しただの。
中でも一番の思い出というのは、夜煌祭当日の夜に仲良くなった友達の話。
出店で同時に同じ品を求めたのが切っ掛けで、一言二言交わすだけで馬が合ったという、一つ年上の少年。ツマアサは彼と夜通し遊んだことが心の底から楽しかったと言う。
「夜が白む頃、的当てで揃いの鈴を手に入れてなぁ、それがどしても嬉しかったんだぁ」
各地にそれぞれ散らばって暮らす部族たち、平素であれば出会うことすらない人々も多かった。
「そん鈴を目印にまた会おうって約束して別れたけんじょ……それっきりになったんだない」
その年、聖なる山リタ・ティトが歪虚に閉ざされた。
巫女の存在なくしては夜煌祭を続けることも叶わず、数十年という月日が過ぎた。疎遠となりがちな部族が一堂に会して、垣根なく忌憚なく交流するという貴重な機会が歪虚に奪われたのだ。今現在の部族の分断の遠因でもあるだろう。
「じゃから、今日の祭りは本当に嬉しんだぁ」
にこにこと朗らかに笑うツマアサ。
部族の人々が夜煌祭に抱く想いの一端がここにあった。
「今日この日の巫女様の祈り、皆の祈りはきっと大精霊様に届いたに違いねぇ」
この目出度い日に縁あってお目にかかることができた皆の行く末堅固に幸福であることを、とツマアサは締めくくった。
ツマアサの話を聞き終え、場を辞したルシオは丘の中腹で足を止め、胸に手をあて、ささやかながら、と祈りを捧げる。
(故郷の森よ水風よ数多を司る精霊達よ、命を営む我らと赤き大地に祝福を……)
祈りを終え、ルシオは天を仰ぐ。
「祈りに種族も国も無い。生きる今を楽しむ心も同様にね」
厳しすぎる大自然、歪虚の脅威、辺境の地は生き物にはあまりにも過酷であった。
例え何をしていなくとも容易く命を落とす、明日をも知れぬ恐怖と苦境に晒されながら、それでも、この地に生きる者たちは懸命に己の生を全うしようとしていた。
一日、一日を生き抜いたことに感謝を捧げ、また大事と思う人間の息災を願い、願われる。
辺境において祈りというものは、単純な都合のよい神頼みでもなければ、現実逃避の空想でも、願掛けでもない。大精霊という、大地、世界そのものとも言える存在への、自己の証明。生命がここにあり生き続けているという証であった。
この場に集まった種々様々な人々が個々の想いを胸に、成就と解放を意味する月下に奏でた祭りは、祈りとともに確かな証として、世界の記憶に刻まれるのだろう。
賑やかな祭りの中心からほんの少し離れたところに小さな焚き火が燃えていた。
ほぼ等間隔に祭りを囲むように配置されているそれは、宵闇を照らす灯りとして、また、祭りの喧噪に疲れた者が一息つくためにと用意されたものだった。
円形に並べられた石の真ん中で、雑木の小枝がパチパチと微かな音を立てて燃えている。
弥勒 明影(ka0189)はその傍らに腰を下ろし、煙草を燻らせながら、一人、月下に奏でられる祭りを、人の営みが生み出す輝きを見ていた。
(今日は月も満月なれば、それで肴には十二分。酒も進むと言う物)
空になった杯に手酌で酒を注ぎ入れる。
上等な酒特有の、芳醇な香気が立ち上り、満足げな笑みが明影の口元に零れた。
ふと、静けさの中に乾いた土を踏む音が小さく響き、そしてそれが近づいてくる。
「御相伴に預かっても良いかね?」
酒と自作の肴を手にした榊 兵庫(ka0010)が焚き火の手前にて歩を止め、先客である明影に伺いを立てた。
奥ゆかしい礼節に懐かしさを覚えながら、明影は静かな笑みを見せ、頷いた。
「……夜煌祭か。大地の恵みに感謝し、祈りを捧げ、魔を払う、か。やはり、祭りの本質という奴はどこでも変わらないな」
「平穏を求める人の心もまた然り。だが……俺自身が平穏の輪に入る必要はない。そもそれは場違いと言う物」
明影の言葉の意図を掴みかねた兵庫が軽く首をかしげる。
「別に平穏を厭う訳ではないがね。総ての物には多面性と言う物があり、唯一無二の解釈など存在しない。平穏もまた然り。良い一面にだけ目を向けると言うのも愚かに過ぎよう」
訥々と語り、乾いた唇を酒で湿らせ明影が続ける。
「故に、眺めているだけで十分なのさ。こうして、守るべき存在と言う物を見ているだけで」
「そうか。ならば、静かに祭りを楽しむこととしよう」
兵庫は得心したと笑み頷き、杯に口をつける。
両者の間に沈黙が落ちるが、それは居心地の悪いものではなく。
無理に何かを語る必要もなければ、気を遣う必要もない。そういった共通の相互理解があった。
静かに、ゆったりとした時間が流れる。
風に当たりながら、あてもなく気ままに散策していたレベッカ・アマデーオ(ka1963)がそこへとやってきた。
「船の上で見る月は大好きだけど……陸の月も悪くないね」
明影、兵庫らと共に焚き火を囲み、月を肴に慣れ親しんだラム酒のグラスを傾ける。
しばし静寂と沈黙を楽しむが、身の置き場がない、とレベッカが口を開く。
「……というか、静かに飲む酒って……。……記憶に無い。まあ、飲んでバカ騒ぎする連中ばっかだから仕方ないか」
酒を飲むとなれば、陽気なバカ騒ぎにしかならない父や兄達とその子分達を思い出して苦笑を浮かべるレベッカ。
「たまにはしみじみと飲むのもいいものだろう」
「そうだねぇ。違う雰囲気ってのは、いいけどね」
(でも、慣れないな。たまには帰るかなぁ……あ、ダメだ。こっち戻れる気がしない。……帰るのはあたしの船、手に入れてからだ。そうすれば一人前って認めてもらえるだろうし)
胸に過ぎる郷愁をラム酒の華やかな香りとともに飲み下し、気恥ずかしさにばつが悪そうに笑う。
空気を変えようとするレベッカの密かな焦りを察してか、兵庫はおもむろに懐からハーモニカを取り出し、軽く息を吹き入れる。
「祈りを捧げている大精霊も歌舞音曲が嫌いなはずもないからな。こうして奏でる分にはお目こぼし下さるだろうさ」
兵庫が子供時分に聞き覚えた、もの静かな曲を奏でる。透明な旋律が夜風に染み通る。
レベッカはそれにいささか救われたような心地となり、月を見上げた。
(今頃、みんなも同じ月を見てるよね)
兵庫の演奏が終わると、レベッカは勢いよく立ち上がり、快活な笑顔を見せた。
「ありがとね。……さって、あたしは向こうでちょっと騒いでくるよ! 陵の連中に海賊の芸を見せつけてきてやる!」
駆け出す少女を見送り、男二人はまた再びの静寂の中に身を落ち着けた。
そこから離れた別の焚き火の側に二人の姿があった。
「美き夜、佳き月、酒を飲むには良き夜ぞ」
夜であろうとなかろうと、終始酒を嗜んでいる朱殷(ka1359)だったが、月見の酒は格別とみえ、上機嫌といった様子で杯を重ねていく。
気が置けない幼馴染み、という間柄の蒼聖(ka1739)との他愛もない話に興じながら、酒を湯水のように飲み進める。
一方蒼聖は、美味そうに酒を飲む朱殷に見惚れ、酒を飲む事も忘れてしまっていた。
「飲まぬのか、蒼聖」
蒼聖の視線に気づいた朱殷が小首を傾げる。
「あまり月に見惚れておると主の分まで飲んでしまうわ」
「ん? ああ……飲んでるぞ。お前ほど多くは飲めないんだ」
指摘された蒼聖は心中で慌て、嘘でその場を取り繕う。
「月が、綺麗だからな」
「ああ」
朱殷は月を仰ぎ見て息をつく。
「げに、なれど……あまり妬かせるな」
その言葉に蒼聖の心が騒めく。胸に秘めた恋慕の情がそうさせる。
朱殷の言葉に深い意味はないのだと、そう理解はしていたが、酒のせいか夜の空気のせいか、酩酊感に任せて蒼聖は僅かな本音を零す。
「……さっきから見ていたのは、お前だけだ」
「私の顔など何時でも見れよう、然し友を月に取られるも癪ぞ」
朱殷は苦笑して、酌をしてやろうと酒の瓶を向ける。
「はは、気づけばフラフラ何処かに行ってしまっている癖に、よく言う」
杯に酒と言い分けを受けながら、笑う蒼聖。
(このまま時が止まってしまえばいいのに。お前が俺の傍にいて、俺だけを見ているこの時間が)
喜びと同時にこみ上げる片思いの苦さとやるせなさを、蒼聖は酒で押し流そうと次々に杯を重ね、ついには酔い潰れ、朱殷の肩にもたれかかりながら船をこぎ始めた。
朱殷は蒼聖の髪を優しく撫で、穏やかに呟く。
「私の月は、今宵も愛しき事」
(蒼聖、夜を照らす私の月)
愛しき人の温もりに触れながら、幸福な微睡みの中にいた蒼聖に、その言葉を聞くことは叶わなかった。
●
様々な屋台が建ち並び、最も賑わう一角にリュー・グランフェスト(ka2419)とベル(ka1896)の姿があった。
「どっから見てくか。ベル、お前ちっちゃくて迷子になりやすいんだから……」
気をつけろよ、というリューの言葉が終わる前にベルは駆け出していた。
「リュー! はーやーくー!」
屋台と屋台の間にできた道の先で、飛び跳ねながら手をぶんぶんと振っている。
祭りの賑わいに瞳を輝かせ、楽しくてたまらない、といった気持ちを全身で表している。
「お前なぁ……」
無邪気にはしゃぐベルの姿に、苦笑いとともにリューは駆け出した。
リューが追いつく頃、ベルは砂糖菓子の屋台の前で財布と深刻な相談をしていた。
砂糖の甘い香りと、白くもこもことした見た目が魅力的な菓子。
うーん、うーん、と悩んでいたベルはついに決断し、砂糖菓子を買い求めた。
悩んで手に入れた砂糖菓子は、ふわふわと軽く、口に入れればすぐ溶けてしまうが、その甘さはベルを優しく笑顔にするものだった。
その笑顔につられるように、リューも焼き菓子を買い求める。
二人が歩く先々に並ぶ数々の屋台、珍しい食べ物が軒に吊されたもの、見たこともないような雑貨が所狭しと並べられたもの、等々どの店も扱う品は違っていたが、一様に活気にあふれ、一夜限りの祭りを精一杯に盛り上げていた。
その中に、アシェ・ブルゲス(ka3144)の店もあった。
(祭りといえば日頃の成果の発表の機会だよね)
きちんと許可を得て構えた店には、謹製の廃材アートが並べられていた。
月見の邪魔しない照度のランタン、月をイメージした飾り的な置物、等々、アシェの感性を遺憾なく発揮したオブジェは人目を引き、材料費だけという良心的価格もあってなかなか盛況だった。
先ずは知ってもらうことが大事だ、という狙いは的中した。
「え、デザインが変わってる? 青の世界ではこういうのも有りらしいよ」
前衛的な造形のオブジェを前に首を傾げる客に対し、アシェは自慢げに講釈して行く。
そんな物珍しさと非日常的な空気を、リューとベルの二人は浮き立つ心そのままにはしゃぎ、楽しんでいた。
ふと、ベルが行き交う親子連れと子供が抱いたぬいぐるみを目で追う。
「ベル」
気を紛らわせようとリューが呼びかければ、ベルはすぐに目を逸らして笑顔を浮かべた。
「お祭り、たのしいね!」
「ん、欲しいもんあるか?」
リューは射的の屋台、奥に並んだ景品を指さし訪ねる。ベルは笑顔のままほんの少し困ったような表情を浮かべた。リューの好意はありがたいのだが、それを自分が受け取ってしまっていいのかどうか、迷っているような表情だった。
ベルがそうやって遠慮するだろうことをリューは理解しており「じゃあ、俺の好きなもの狙っていいよな」と嘯きながら、可愛らしい動物のぬいぐるみを真剣に狙う。
リューは見事にぬいぐるみを打ち落とし、店主から手渡されたそれをベルに押しつけた。
「狙いと違うもん落としちまった。お前にやる」
「……ありがとう」
抱きしめて少し大きいくらいのぬいぐるみを、嬉しそうに、大事そうにベルはぎゅっと胸に抱える。
「もう遅いし、そろそろ帰るか。楽しかったしまた来ようぜ」
月が頭上に昇り、夜も更けて来る頃、リューはベルへと手を差し述べる。
「……はい♪」
差し伸べられた手にベルは少し悩み、思い至ってその手にぬいぐるみを乗せて微笑んだ。
「いや違う!」
「え? やっぱり欲しくなったんじゃないの?」
「お前なぁ……」
きょとんとした顔のベルにリューは苦笑いを浮かべて、「まあいいや」と後ろ頭をかいた。
二人並んで歩く
「お祭り、また、来ようね」
「星の配置は変わりましたが、月も星も輝きは変わりませんね……」
静架(ka0387)は青いパルムのアスと黒い梟のヤマを伴い、弓の名手との出会いを求めて祭りの喧噪の中を渡り歩いていた。
クリムゾンウェストに来てから静架は弓と出会い、その奥深さと面白さに熱中している。
様々な場所から幾人もが集うこの祭りの最中、弓の名手などと会って是非とも話を聴きたいと思っていた。
その希望はすぐに叶い、弓を扱うことに長けた部族と出会うことができた。
長老と思わしきご老体の長い話しにも静架は顔色一つ変えず、といっても素面では変わる程豊かな表情筋は持ち合わせておらず、酒を酌み交わしながら根気よく付き合い、存分に弓談義を行うことができた。
弓の他に静架が興味を示したのが、現地伝統の香辛料や味付け。
当初は調理方法や調味料について聞いていたのだが、酒の酔いが回ってきたのか「肉は良く焼いた方が歯ごたえもあります」などといっては肉を焼き焦がし、手近な人間に酔った勢いで背後から抱きつき、笑顔で肉を勧めるなどして、混乱と笑いを引き起こしていった。
「さあ祭りだ、今日も素敵な記憶を紡ごう」
賑わう祭りの様子に、瞳を輝かせる響ヶ谷 玲奈(ka0028)
エヴァ・A・カルブンクルス(ka0029)も、はしゃいだ様子でトライフ・A・アルヴァイン(ka0657)とネグロ・ノーチェ(ka0237)の二人と手を繋ぎ、引っ張るようにして歩き出す。
「賑やかでいいね」
エヴァに誘われ、気分転換に祭へと来ていたルピナス(ka0179)は、初対面となるエヴァの友人達に挨拶を済ませ、物珍しそうに出店を流し見していた。
トライフは(玲奈も居たから誘いに乗ったが、どうにも気が乗らない)と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「トライフは不機嫌だね、折角の美形が台無しじゃないか」
玲奈がご機嫌取りをしてみるが、彼は口の端を引きつらせたような笑みを浮かべるのみ。
(駄目だな。猫を被るのすら億劫だ)
どうしようもない苛立ちにトライフは舌打つ。
口にくわえたタバコのフィルターを噛みしめ、心中で吐き捨てる。
(──祈り、ね。はっ、下らない。祈って何になる。祈ったって腹が膨れるわけでも、寒さを凌げるわけでもないだろうに)
ネグロもまた、あまり気乗りしない様子であった。
基本的に周りに合わせるといった形をとり、面倒事を避けようとはしていたが、推されたら断るのも面倒だから、と相手に強く出られれば押し切られることが多い。この度も例外なく押しに負けて渋々参加したのであるから当然である。
「月か……夜は好きだが、月は不気味に思えてくるし、俺はあんま好きじゃねーな」
(何よりあいつと同じ名前らしいし……)
彼の小さな呟きは雑踏にかき消され、誰にも届かなかった。
そんな、彼ら二人の心中を知ってか知らずか、玲奈とエヴァは目にするもの全てが珍しいとばかりに、あれを見ては驚き、これを見てははしゃぎ、と全身全霊で祭りを楽しんでいた。
祭りの物資の運搬を手伝っていたシヴァ(ka2784)が通りすがりにトライフらを見つけ、またナンパかと呆れつつも声をかける。
「この間の女から早々に乗り換えたのか?」
この言にトライフは舌打ちで答え、シヴァは軽く肩をすくめた。
「俺は運び屋のシヴァだ。報酬次第で何でも運んでやる。以後、ご贔屓に」
初対面となる人々に愛想を振りまくシヴァ。
丁度良いとシヴァを身代わりにトライフはその場から立ち去る。
彼の剣呑な様子に引き留めることを早々に諦めた玲奈は笑って軽く手を振り、エヴァは何かをいいだけにしていたが、ただ黙って見送った。
シヴァも仕事の途中だと愛想よく手を振り分かれ、トライフの後を追う。
(顔が広い奴について行けば客も増える。この程度の面倒は損ではない)
という目論見で。
(──酒でも飲んで帰るか)
トライフは人波をかき分けて進むが、エジヴァ・カラウィン(ka0260)とシャトン(ka3198)と鉢合わせしてしまった。
「トライフ~、あれ、何?」
「何だよシャトン纏わり付くな鬱陶しい、食い物くらい自分で買えよ」
「エジヴァさんにあれ買って」
「……ああもう駄々こねるな買ってやるよ。だがこれはお前にじゃなくてエジヴァさんに、だからな」
シャトンとトライフのじゃれあいを見て和むエジヴァ。
そこへとシヴァが現れ、先ほどと同じように顔を売るが、仕事も差し迫っていたため早々に切り上げていった。
足早に雑踏を進むシヴァは、ふと、途中で空を見上げる。
(いい満月だ。明るい夜は仕事がしやすくて助かる。今日の報酬は……祭りに関わる人間の笑顔ということにしておこう)
「エジヴァさん、何か食べる?」
「シャトンも味見してくださいね?」
トライフも立ち去り、再び二人きりとなった彼女らは屋台を巡り、美味しそうなものに目をつけては半分ずつに分けて食べていた。
食の細いシャトンを心配し、味見だけでもといえば食べてくれるのではないか、とエジヴァは考えあれこれと選んでいく。
そんな彼女らと玲奈、エヴァ、ネグロ、ルピナスが鉢合わせる。
それぞれ挨拶を交わし、袖振り合うも多生の縁、としばし行動を共にすることとなった。
エジヴァはお店関連の方がこれほどこられていたとは、と嬉しそうに笑みを浮かべた。
やがて、一行は会場の外れにまで到達する。
一休みしようとネグロが持参してきた団子を取り出した。
「リアルブルーでは月が出てる時に団子を食う習慣があるって聞いたから、作ってみたんだが……」
まぁ、よかったら、だが、とやや遠慮がちに供された団子に、玲奈とエヴァがそろって瞳を輝かせる。
『美味しい! もう一個頂戴』
エヴァの絶賛に満更でもない、といった表情のネグロ。
ルピナスもまた美味しいと顔を綻ばせていた。
賑やかな祭りと友人たちとの楽しい語らい、美味しい団子に興が乗ったルピナスは、人形を出して小戯曲を演じる。明るい歌で人形を踊らせる。
(ああ、やっぱり演ってる時が一番楽しいな。こういう夜も悪くない)
エヴァは玲奈と手を取り、ルピナスの歌に合わせてくるくると踊る。
戯曲が終わり、笑顔を交わし合う一行。
シャトンとエジヴァは夜風に当たると輪から離れ、エヴァも祭り会場の全体を見渡せる場所へひょこひょこ移動し、絵を描き始めた。
「エヴァちゃんはどんな絵を描いたのかな」
描きかけの絵をのぞき込むルピナス。エヴァとしっかりと目線を合わせ会話を楽しむ。
「へえ、すごく良いね。今度うちで展示すればいいよ」
『ありがとう。ねぇ、星は何色で描いたら「楽しい」を一番表せるかしら。全部描きたいわ、強欲かしら』
無邪気にはしゃくエヴァを玲奈とネグロは静かに見守っていた。
賑わいから離れたシャトンは、人波を眺めながら小さく故郷の歌を口ずさんでいたが、エジヴァの視線に、少し決まりが悪そうな表情を浮かべる。
エジヴァはシャトンの頭を撫で、そして、受け継ぐように歌った。
「いいのですよ、悲しいときは悲しみ、懐かしむ時は懐かしみ、心のままに、生きて」
慈愛に満ちた言葉にシャトンはおずおずと頷き、エジヴァとともに歌を重ねた。
●
「ちょいと邪魔するぜ」
デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は、屋台の裏手に並べられていた空の木箱の上に腰を下ろし、相棒である漆黒のクラシックギター『パラダイス・ブラック』を膝に乗せてふと天を仰いだ。
星々が霞むほど煌々と白く輝く満月が頭上に浮かんでいる。
「満月が観客なら、この天才たるデスドクロ様が弾き語るしかねぇだろ」
どこか不敵ともいえるような笑顔を浮かべたデスドクロの無骨な指が弦を爪弾き奏でる。
激しく攻撃的な装いとは裏腹に、紡ぎ出されるメロディーは繊細で精緻なものだった。
(ボサノヴァなんざ、こっちの連中には馴染みはねーだろうが、名曲は世界すら超越するってな)
甘い響きを持つ錆びた歌声が夜空に染み渡る。
聞き慣れない音楽に通りすがりが一人二人ぽつぽつと足を止め始め、すぐさまにその数は増えていった。
(本来なら10万人収容のスタジアムすら埋め尽くす俺様のリサイタル。だがこの星空と満月に免じて、特別に聞き惚れ酔いしれることを許してやろう)
「万民に等しく娯楽を与え、幸福感で包み込むのも皇帝としての責務だからな。グハハ!」
爪弾く手はそのままに高笑うデスドクロ。
言葉の意味はわからないがとにかくすごい自信だと聴衆たちから拍手が沸き起こった。
祭りを縁取る篝火の下をそぞろ歩いていたアルメイダ(ka2440)は、聞こえてくる耳新しい旋律につられるようにして人の輪の中に入っていった。
竪琴を手にしたアルメイダを目敏く見つけたデスドクロは、目配せで演奏を誘う。
音楽を嗜むもの同士、そこに通じるものがあり、アルメイダは応えるように竪琴の弦を弾いた。
「部族の垣根なく交流し、楽しむと言うことならエルフの音楽もアリだよな?」
アルメイダが自分の村の音楽をゆったりと奏でれば、デスドクロが伴奏を添え、デスドクロがボサノヴァのスタンダードナンバーを演じれば、アルメイダがメロディを追う。
この音と音の会話、掛け合いに触発され、音楽の心得のある部族の若者たちも得意とする楽器を手に集まり、いつの間にか大きな演奏会となっていた。
持ち込んだ廃材アートが完売し、気儘に祭りを楽しんでいたアシェも、それに大きな拍手を送る。
(青の世界の音楽、新鮮で刺激的だ。そういえば最近、向こうからのハンターが増えたんだっけ。興味深いしどんどん関わっていけたらいいな)
聴衆は流れるメロディー、刻まれるリズムに身を委ね、思い思いにステップを踏む。
いっそうの盛り上がりを見せるその場所に、レベッカも乱入し、海賊の歌や宴会での踊りを披露すれば歓声が沸き上がった。
競演が一段落する頃、アルメイダとデスドクロはお互いの演奏を称え、どちらからともなく握手を交わし、アルメイダは雑踏の中へ、デスドクロはアンコールの声に応じ、賑わいの中にそれぞれ別れていった。
(感謝と安らぎの気持ちが大事たァ、本質ってもんを分かってるぜ。実に……ああ、実に悪くねぇ雰囲気だ)
種族と世界を超えた即席のセッション。
見ず知らずの者同士、理屈なく通じ合ったという快事に、デスドクロは上機嫌で『皇帝としての責務』を果たすべく、再びギターを抱いた。
●
(ああ……良い夜だね。各々形は違っても祈りはきっと星や月に届くに違いない)
ルシオ・セレステ(ka0673)は以前に依頼で同行したことのあるリューと、その幼なじみの少女との仲睦まじい様子を目にして、微笑ましく、満足げに目を細めた。
(こうして祭りを楽しめるのも、事前の努力と、今を支えてくれている人たちがいるからだね)
せめて、自分にも何かできることはないかとルシオは暫し考え、祭りにて振る舞われる食事が作られる野外厨房へと足を向けた。
そこでは料理の心得のある人々がせわしなく動き回っていた。
「見回りに出ている人たちに差し入れを届けたいのだけど……」
ルシオの言葉に厨房の人々は快く材料と調理場を提供してくれた。
一隅を借りたルシオは、干し肉を出汁に野菜を煮込み、特性のスープを手際よく作り、警邏巡回している人々の待機場所へと向かう。
ツマアサはそこで丁度、休憩に入っていたらしく、焚き火のそばにちょこなんと座っていた。
日に焼けて深い皺の刻まれた顔、顎の先に白い髭が伸びている様から、老齢であることは一目瞭然だったが、溌剌とした生気に満ちあふれている。
「見回りお疲れ様。差し入れを持ってきたよ」
「お役目、お疲れ様です」
ルシオが特製スープを、こなゆき(ka0960)は羊の串焼きと肉まんじゅうといった軽食を手土産に訪れ、警戒の労をねぎらえば、ツマアサは手を打って喜び、さらには
「お客さんにぢべたに座らせるわけにゃらんね」
「お茶が必要だべ」
部族の若者たちがあれこれと世話を焼き、焚き火の周りはあれよあれよという間に小宴会といった様になっていった。
ツマアサの用心棒といった風で、少し離れた場所に腰を下ろしているヒュー・マグレガン。どうかと誘われるも片手で気にするなとジェスチャーを示す。
そこへと竪琴を手にしたアルメイダも訪れ、小さな集まりはいよいよ賑やかとなった。
「そう言えば、辺境にエルフの部族っているのかな? 」
「いるんじゃねがと思うけんじょ、オラにもよっくどわがんね」
いるのであれば話を聞き、親交を深めたいというアルメイダに、ツマアサは申し訳ない、といった表情を向けた。
辺境と言っても範囲は広く、部族同士の交流も地域によって偏りがある。歪虚に脅かされている今現在は尚更滞りがちになってた。
「じゃあ、もし、どこかでエルフの部族に会ったら、よろしく伝えておいてくれないかな?」
「ああ、それは任せてくなんしょ」
笑顔で請け負うツマアサに、アルメイダはお礼と彼女の村に伝わる音曲を披露する。
「異界の菓子らしいけれど、これが中々いいアクセントになるんだよ」
鍋を火にかけ、温め直したスープを椀に注ぎ、砕いたポテトチップスを乗せるルシオ。
「油で揚げた芋だか? こりゃまた珍しいものだぁね」
「温まるなぃ。いい出汁が出てて、野菜もよっく煮えてて……」
齢の割に旺盛な食欲を見せるツマアサは、ゆっくりのんびりと串焼きとスープを味わっては、美味い美味いと破顔した。
食事が一息ついたところで、こなゆきがおずおずと口を開く。
「ツマアサ様、不躾とは思いますが、お話を聞かせて頂けませんか? 先の夜煌祭の事以外にも、部族や思い出深い出来事……何でも構いません」
こなゆきは各地を放浪しながら、その土地に暮らす人々の思い出話に耳を傾けるのを趣味としていた。
話を聞いただけで何もかもがわかるというわけではないが、語り手の表情や雰囲気、話に込められた想いといったものを感じ取ることを、こなゆきは好んでいた。
「としょりの長話はわがい人にゃ、へでもねかもしれんよ? ほんじぇもよければ」
快諾したツマアサは顎髭を撫でながら、昔日を追うように目線を僅かに上に向け、語り始める。
内容は夜煌祭に関するもので、本当に素朴なものだった。
薬草を摘みにいって崖から降りられなくなっただの、張り切りすぎて腹を下しただの。
中でも一番の思い出というのは、夜煌祭当日の夜に仲良くなった友達の話。
出店で同時に同じ品を求めたのが切っ掛けで、一言二言交わすだけで馬が合ったという、一つ年上の少年。ツマアサは彼と夜通し遊んだことが心の底から楽しかったと言う。
「夜が白む頃、的当てで揃いの鈴を手に入れてなぁ、それがどしても嬉しかったんだぁ」
各地にそれぞれ散らばって暮らす部族たち、平素であれば出会うことすらない人々も多かった。
「そん鈴を目印にまた会おうって約束して別れたけんじょ……それっきりになったんだない」
その年、聖なる山リタ・ティトが歪虚に閉ざされた。
巫女の存在なくしては夜煌祭を続けることも叶わず、数十年という月日が過ぎた。疎遠となりがちな部族が一堂に会して、垣根なく忌憚なく交流するという貴重な機会が歪虚に奪われたのだ。今現在の部族の分断の遠因でもあるだろう。
「じゃから、今日の祭りは本当に嬉しんだぁ」
にこにこと朗らかに笑うツマアサ。
部族の人々が夜煌祭に抱く想いの一端がここにあった。
「今日この日の巫女様の祈り、皆の祈りはきっと大精霊様に届いたに違いねぇ」
この目出度い日に縁あってお目にかかることができた皆の行く末堅固に幸福であることを、とツマアサは締めくくった。
ツマアサの話を聞き終え、場を辞したルシオは丘の中腹で足を止め、胸に手をあて、ささやかながら、と祈りを捧げる。
(故郷の森よ水風よ数多を司る精霊達よ、命を営む我らと赤き大地に祝福を……)
祈りを終え、ルシオは天を仰ぐ。
「祈りに種族も国も無い。生きる今を楽しむ心も同様にね」
厳しすぎる大自然、歪虚の脅威、辺境の地は生き物にはあまりにも過酷であった。
例え何をしていなくとも容易く命を落とす、明日をも知れぬ恐怖と苦境に晒されながら、それでも、この地に生きる者たちは懸命に己の生を全うしようとしていた。
一日、一日を生き抜いたことに感謝を捧げ、また大事と思う人間の息災を願い、願われる。
辺境において祈りというものは、単純な都合のよい神頼みでもなければ、現実逃避の空想でも、願掛けでもない。大精霊という、大地、世界そのものとも言える存在への、自己の証明。生命がここにあり生き続けているという証であった。
この場に集まった種々様々な人々が個々の想いを胸に、成就と解放を意味する月下に奏でた祭りは、祈りとともに確かな証として、世界の記憶に刻まれるのだろう。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 8人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/21 18:10:28 |