ゲスト
(ka0000)
彼等と迷子
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/09/23 12:00
- 完成日
- 2016/10/01 03:23
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
蒸気工場都市フマーレの工業区の外れに、古ぼけた民家を改装した建物がある。
アパートを隣接したそこは、出来てからまだそれ程経っていない自警組織の詰め所として使われていた。
街の警邏を主に、迷子の子供や泥酔者の保護、依頼があれば失せ物を探したり、ときどきコボルトの駆除程度なら駆り出される。
初夏の頃には、強力な歪虚の出現に伴い見回りを強化し、ハンター達が戦っている間は近隣住民の避難を手伝って奔走していた。
先月は近所に住む少女を手伝って、出会ったハンターの協力を得ながら猫探し。
猫は遠くへ旅立ってしまっていたけれど、少女は時折彼等の詰め所に思い出を話しに来る。
その話し相手になっているのは盲目の女性。
詰め所の受付を手伝いながら、時折、茶菓子にクッキーを焼いている。
件の歪虚の事件の被害者で、気丈に振る舞ってはいるが、日に日に痩せて、夏の盛りの頃よりも大分窶れてしまっている。
歪虚との契約を強要されたと聞いていた。
その為にもう長くは生きられず、今、こうしてここにいることさえ奇跡のようだと、時折様子を見に来るハンターオフィスの職員は言う。
その歪虚に因縁が有り、猫探しにも奔走した組織の一員であるシオは、仲間の墓に花を供えて詰め所に戻ると彼女に声を掛けた。
「今日は、調子はどうだ? 悪くないなら籠もっているよりも出歩いて陽差しを浴びたり、人の笑う声を聞いていた方が良いと聞いた。ここも大概賑やかだが……少し外に出てみないか?」
手を取るとその女性は頷いて、片手をシオに、もう片方で杖を突いて、痩せた足をゆっくりと動かした。
良かった、まだ歩ける。彼女の浮かべた微笑みが、シオにはそう聞こえた。
●
見回りで歩いたばかりの道をのんびりと、女性の歩けるペースで進む。
足下の小石1つにも気を配りながら、近くの公園を目指した。
昼下がりと言うこともあって通りは賑やかだ。彼女やシオを知っている人が擦れ違う度に、散歩か、珍しいなと声を掛けていく。
中には近くで店を出している者もいて、今日は何が安いだとか、良いのが入ったとか勧誘しながら楽しげに、忙しなく。
「……人の声とは言ったが、少し煩かったかも知れないな」
シオの呟きに、彼女はゆっくりと首を横に揺らした。
目を閉じた白い顔が空を仰ぐ。秋口の陽差しはまだ彼女の瞼を透かす程眩しい。
その眩しさが心地良いと言う様に微笑んだ彼女の顔が急に強張った。
シオの手を掴んで引く力は弱いが、彼女の精一杯の強さだと知っている。
その手の導くままにシオは続いた。
彼女の歩みは公園に着くと止まって、あるベンチの方を向いた。
そこには小さな子供が座っていた。
幾つくらいだろう、とシオは首を捻る。
少しずつ近付くと子供は2人の姿を認めて、火の付いたように泣き出した。
「う、ぅあ、あああ、まぁ、ま。まぁ、まぁああ、うあぁぁ」
「……ま、ま? 母親を探しているのか」
そうみたいと彼女も頷いた。
「仕方ない。探してくるか。……ここで待っていてくれ。見付かったら戻る。遅くなりそうなら、迎えを寄越すから。いいかな? すまないな、連れ出しておきながら」
シオは子供を抱き上げてあやしながら、彼女をベンチに座らせた。
彼女は子供の方を見上げると静かに微笑んだ。
「――さーて、君の名前は何と言うのかな、ママとはどこではぐれたのかなー」
「……ぅー、あー、まぁ、まぁ――!」
「……大丈夫だぞー、怖くないからな-……」
シオが子供をあやし続けていると、吃逆を上げながら泣き止んだ子供は、小さな手で公園の外を指しながら、あっち、と言う。
「そうか、あっちか、あっちから来たのか? ママはあっちにいるんだな、よし、お兄さんと一緒に行くぞ」
「まぁまぁ、あっちいったー、ばいばい、ゆったぁ……ぅー、まぁ、まぁ……」
●
あっちに行った、バイバイ言った。
子供の言葉を考えながらシオは溜息を吐く。置き去りでなければ良いんだが。
どちらにしても厄介なことになりそうだ。
ベンチに座る彼女に、もし母親が戻って来たら、詰め所で保護していると伝えてくれと、振り返り様に頼みながら公園を出る。
彼女はベンチに座っている。
風が吹いて髪を揺らし揺らし、彼女が頷いたように見せた。
蒸気工場都市フマーレの工業区の外れに、古ぼけた民家を改装した建物がある。
アパートを隣接したそこは、出来てからまだそれ程経っていない自警組織の詰め所として使われていた。
街の警邏を主に、迷子の子供や泥酔者の保護、依頼があれば失せ物を探したり、ときどきコボルトの駆除程度なら駆り出される。
初夏の頃には、強力な歪虚の出現に伴い見回りを強化し、ハンター達が戦っている間は近隣住民の避難を手伝って奔走していた。
先月は近所に住む少女を手伝って、出会ったハンターの協力を得ながら猫探し。
猫は遠くへ旅立ってしまっていたけれど、少女は時折彼等の詰め所に思い出を話しに来る。
その話し相手になっているのは盲目の女性。
詰め所の受付を手伝いながら、時折、茶菓子にクッキーを焼いている。
件の歪虚の事件の被害者で、気丈に振る舞ってはいるが、日に日に痩せて、夏の盛りの頃よりも大分窶れてしまっている。
歪虚との契約を強要されたと聞いていた。
その為にもう長くは生きられず、今、こうしてここにいることさえ奇跡のようだと、時折様子を見に来るハンターオフィスの職員は言う。
その歪虚に因縁が有り、猫探しにも奔走した組織の一員であるシオは、仲間の墓に花を供えて詰め所に戻ると彼女に声を掛けた。
「今日は、調子はどうだ? 悪くないなら籠もっているよりも出歩いて陽差しを浴びたり、人の笑う声を聞いていた方が良いと聞いた。ここも大概賑やかだが……少し外に出てみないか?」
手を取るとその女性は頷いて、片手をシオに、もう片方で杖を突いて、痩せた足をゆっくりと動かした。
良かった、まだ歩ける。彼女の浮かべた微笑みが、シオにはそう聞こえた。
●
見回りで歩いたばかりの道をのんびりと、女性の歩けるペースで進む。
足下の小石1つにも気を配りながら、近くの公園を目指した。
昼下がりと言うこともあって通りは賑やかだ。彼女やシオを知っている人が擦れ違う度に、散歩か、珍しいなと声を掛けていく。
中には近くで店を出している者もいて、今日は何が安いだとか、良いのが入ったとか勧誘しながら楽しげに、忙しなく。
「……人の声とは言ったが、少し煩かったかも知れないな」
シオの呟きに、彼女はゆっくりと首を横に揺らした。
目を閉じた白い顔が空を仰ぐ。秋口の陽差しはまだ彼女の瞼を透かす程眩しい。
その眩しさが心地良いと言う様に微笑んだ彼女の顔が急に強張った。
シオの手を掴んで引く力は弱いが、彼女の精一杯の強さだと知っている。
その手の導くままにシオは続いた。
彼女の歩みは公園に着くと止まって、あるベンチの方を向いた。
そこには小さな子供が座っていた。
幾つくらいだろう、とシオは首を捻る。
少しずつ近付くと子供は2人の姿を認めて、火の付いたように泣き出した。
「う、ぅあ、あああ、まぁ、ま。まぁ、まぁああ、うあぁぁ」
「……ま、ま? 母親を探しているのか」
そうみたいと彼女も頷いた。
「仕方ない。探してくるか。……ここで待っていてくれ。見付かったら戻る。遅くなりそうなら、迎えを寄越すから。いいかな? すまないな、連れ出しておきながら」
シオは子供を抱き上げてあやしながら、彼女をベンチに座らせた。
彼女は子供の方を見上げると静かに微笑んだ。
「――さーて、君の名前は何と言うのかな、ママとはどこではぐれたのかなー」
「……ぅー、あー、まぁ、まぁ――!」
「……大丈夫だぞー、怖くないからな-……」
シオが子供をあやし続けていると、吃逆を上げながら泣き止んだ子供は、小さな手で公園の外を指しながら、あっち、と言う。
「そうか、あっちか、あっちから来たのか? ママはあっちにいるんだな、よし、お兄さんと一緒に行くぞ」
「まぁまぁ、あっちいったー、ばいばい、ゆったぁ……ぅー、まぁ、まぁ……」
●
あっちに行った、バイバイ言った。
子供の言葉を考えながらシオは溜息を吐く。置き去りでなければ良いんだが。
どちらにしても厄介なことになりそうだ。
ベンチに座る彼女に、もし母親が戻って来たら、詰め所で保護していると伝えてくれと、振り返り様に頼みながら公園を出る。
彼女はベンチに座っている。
風が吹いて髪を揺らし揺らし、彼女が頷いたように見せた。
リプレイ本文
●
仕事を終えてバイクに跨がったまま手を組んで、ぐっと背筋を伸ばす。
秋晴れの爽やかな空を見上げると、どこからか子供の泣く声が聞こえてきた。
エリオ・アスコリ(ka5928)はその声の方へと、バイクを再び走らせる。
手紙を届けて回った住宅街を走り抜けると、泣きわめく子供を抱えて途方に暮れる男性を見付けた。
近付いて、ブレーキを握り声を掛ける。
「何か、困っているみたいだけど」
「……迷子なんだ、母親とはぐれたらしい」
シオと名乗った彼は、子供をあやしながら母親のことを尋ねようとすると泣き出してしまい困っていると言う。
エリオは肩を竦めてバイクから下りる。
「手伝うよ。……泣き止ませてあげたいけど、甘い物は好きかな」
ポケットを探り、飴玉を取り出した。
鮮やかな色が陽差しに煌めき、子供は一時泣くのを忘れる。
何色が好きかなと蓋を開けると、ぽろぽろと涙を零して喚くようにピンクと答えた。
母親も好きな色だったのだろうと、変わらない泣き声に溜息をピンクの飴を選んで差し出すと、食べることは難しいらしく、口の周りがべたついていく。
吃逆を上げながらも飴の甘さに時折涙を引っ込めるようになったがまだ母親のことは聞き出せない。
もし彼女が働いている女性なら、この辺りよりも商店街の方では無いだろうかと、エリオはバイクを押しながら、シオは子供をあやしながら歩いて行く。
途次の人々も子供も母親も知らないらしい。
食べ物を多く並べた店の前、シオは見知った姿を見付ける。
「こんにちは、えっと……」
先日お世話になったと声を掛ける。あの子も、元気にしていると。
振り返るザレム・アズール(ka0878)に子供が再び泣き出した。探しているのは彼では無いと言う様に頭を振って。
すみませんと立ち去ろうとするシオを引き留め、ザレムは連れていたパルムを子供の傍へふわりと寄せた。
「ギュッて、してごらん?」
穏やかな声で囁くと、怖々と小さな手が触れ、涙に濡れた赤い頬に懐いてきた柔らかなパルムを抱き竦めた。
「その子はパルタ」
パルタは子供の腕の中で揺れている。
この子はパルパル、そう呼ばれたもう1匹は子供の髪を撫でるようにくっついている。
「君の名前も教えてくれるかい?」
「ぺーるぅ、ゆ」
聞き取れない言葉に、ザレムとエリオは、顔を見合わせ、首を傾げた。
子供は数回名乗ったが、「ペル」の他は分からなかった。
「ペルちゃん、かな? 実は、ママは隠れんぼしたくなったんだって。だからさ、お兄ちゃん達と一緒に見つけてあげないか?」
頼まれているんだと視線を合わせてにっこりと笑むと、母親を求めて泣き出しそうに震えながら、ん、と堪えて頷いた。
「ぺるゅ、まんま、さがす」
ぐずと啜る音を立てながら、涙を堪えるペルを抱き上げて肩車する。高い視線に驚いたらしくザレムの帽子を握って何かを喚いている。
家は見えるかいと尋ねる。
家の目印から探すのも良いだろうと。けれどペルは見えないと首を横に振った。
ザレムが肩車しながら子供を連れ、エリオとシオも回りを見回しながら商店街を歩いて行く。
青果店に差し掛かると、シオはもう1人の知人を見付けた。
詰め所に女性を尋ねてよく詰所に会いに来てくれる少女だ。
「こんにちは、買い物ですか」
振り返ったカリアナ・ノート(ka3733)はハンター達とシオを見て、何かあったのかと首を傾げた。
ザレムが子供を示し、シオが母親を探している最中だと告げる。
その話の途中、ペルがまた愚図り始めた。
「……わっ!」
カリアナは大きな声を上げて子供の気を引くとその眼前で縫いぐるみを揺らした。
「ぼ、ボクは、……えっと、……リアナ。リアナっていうんだ。きみは、なんてなまえかな?」
くぐもった高い声で、縫いぐるみの黒猫を装いながら話し掛ける。
相変わらず聞き取りづらい声でペルと答えると、また円らな瞳一杯に涙を溜める。
「ほいほーい」
猫の縫いぐるみとパルムが泣き止ませようと撫でたりあやしたりするところに、弾んだ声で飛び跳ねる。
小宮・千秋(ka6272)は迷子さんですかと尋ね、頷くシオに満面の笑みで頷いた。
「先月は猫さんをお探しする御依頼がありましたが、こちらは迷子さんですね-」
ペルの声に耳を澄ませて、お母さんをお探しするのですねと連れる動物たちを呼ぶ。
頑張ってさがしますよと話し掛けると、伝わってはいるらしい様子で、ペルの小さな頭がこくんと揺れた。
マルチーズを傍らに、小宮は泣き止んだ様子のペルを見る。
「ペットさんにご協力頂きましょうと思ったのですが……」
くん、と小さく鳴いたマルチーズは大人しく座って尻尾を揺らす。
お貸し頂けるでしょうか、と涙の跡の濃い顔を見て首を傾げた。
小宮の黒猫がにゃあと鳴いて前足を舐めて顔を洗うのを、カリアナの縫いぐるみが目の前で揺れるのを、興味深く眺めている。
今なら聞いてくれるでしょうか、とペルの表情を覗いながら話し掛ける。
「お母さんの匂いの残っている物が有ればお借りしたいのですが……」
母親の話に反応するペルが泣き出す前に、マルチーズが飛び跳ねて気を引いた。
「わんわ、……まんま、言った。わんわん、まんま。さがす」
犬が匂いで辿るというのは、母親に聞いているらしく、着ているスモックを引っ張って犬に寄せようとする。母親の手製だと言いたいらしく、母親を呼ぶ声が繰り返される。
さすがにそれでは難しいかと、小宮がマルチーズを見ていると、ぽとりと刺繍の入ったハンカチが落ちてきた。ハンカチにはペルとは異なる匂いが残っていたらしく、マルチーズは1つ吠えて尻尾を振った。
「では、別行動をお願いしまして」
頑張って下さいと、走って行くマルチーズを見送った。
●
ザレムとエリオはペルに家の近くの様子、公園までの道程を、泣き出さないようにあやしながら母親の容姿を聞き出そうとする。
ペルの目が潤むとパルムや飴玉でフォローしながら話し掛けたが、髪が長く背が高いらしい容姿の他は、家の場所も分からなかった。
商店街の店に聞き込みに向かうカリアナに、ご一緒しますよ、と小宮も続く。
戻った2人からも有益な情報はもたらされなかった。
エリオの眉間に皺が寄った。隠されているような、置き去りにしたのなら、胸くそ悪い事件だと。
ハンター達が集まるとシオは公園の方を気に掛けるように視線を向けた。
「おねーさん、どうしてるかしら?」
見舞いを買いに来たところだったとカリアナが尋ねる。
「今日は散歩に、……だが、疲れさせてしまって休ませている」
子供を見付けた公園だから、一旦戻って詰め所に連れて帰ろうとそちらへ向かう。
ハンター達に抱き上げられたり撫でられたりしながら、ザレムの肩に戻ったペルは公園が近付くとぎゅっと帽子を握って頭にしがみつきながら母親を呼ぶ。その声がふつりと途切れた。
「ねー、しゃ?」
お姉さん、小さな指がベンチを指した。
シオとカリアナが駆け寄る。
座っていた女性は青い顔で座面に横たわり目を閉じていた。
「おねーさん!」
カリアナが声を掛けるが目を開ける様子は無い。
頭を抱えて震えるシオに代わり、エリオが女性の身体を抱えてバイクに座らせる。
「郵送代はサービスしとく。詰所は?」
シオが低い声で案内するというが、力の入らない身体は手を離せばバイクから落ちそうになる。
「一寸だけ寄り道良いかな? お姉さん、ベッドに運んであげような」
ザレムが支えに手を貸しながら、歩く速さでバイクを押して詰め所に向かった。
肩車では不安定なペルは小宮が預かり、重たげに抱えながらも戻ってきた黒猫とマルチーズの様子を眺め、ペルをあやすように撫でる。
「続きは暫く、黒猫さんと、マルチーズさんにお任せしましょうねー」
朗らかな声にペルはこくんと頷いた。
詰め所に戻ると、すぐにベッドに移され、呼吸や熱を測りながら、誰かが医者をと走って行った。
シオはベッドの側に座り項垂れている。
ザレムがその肩に手を乗せた。
こちらを向いた表情は暗く、先程までペルを連れて奔走していた覇気が無い。
「……自分を責めるな」
慰める言葉に応えはない。
暫く傍についていたザレムは給湯室へ、女性が使っていただろういくつかの材料からココアを探して湯を沸かす。
温かなココアをカップに注いで、小宮の膝に抱えられて座るペルの前に置いた。
「偉かったな」
ペルはココアを指して飲んで良いのかと首を傾げるように体ごと揺らした。ザレムがどうぞと頷いて頭を撫でると、ふうと冷ましながら一口飲んで美味しいと言う様に手をばたつかせた。
向かいの席に掛けながらエリオも暫し考える。探してきた道や子供の様子。
遠出の仕事で離れたのではないだろうか。そして、1人で待つのが寂しくて。
母親の仕事や出掛けたときの用事が分かれば安心だが、そろそろ聞き出せないだろうか。
「お母さんのこと、教えてくれないかな?」
「まんま?」
「名前は、分かるかな? それから……どんなお仕事をしていたのかな」
「まんま、ね、なまえ?……むぅ」
名前、と首を傾げて、仕事にはぶんと首を振った。
働いている場所を尋ねると、あっちというように指を指すが、それがどこからの方角かは分からない。
子供に知らせていなかったのだろう。
エリオは軽い溜息を吐いた。ペルが不安げな目を向ける。
「……見付かったら、運んであげる。……ボクの気分と風向きが良ければ、だけれどね」
ココアを飲み終えた頃、ペルはこくりこくりと首を揺らした。
「おや、おねむのようですね」
眠気に抗うように目を擦り、藻掻くペルを眺めて、エリオは荷物からヴァイオリンを取り出した。
奏でる子守歌に寝かしつけられるペルが大人しくなると、小宮はベッドの女性の傍らに横たえて捜索に戻る。
ザレムもPDAに写真を保存して聞き込みに向かう。カリアナも、女性を気に掛けながら外に出た。
日が落ちて、子供が眠ってしまっても、優しい旋律の子守歌は、夜を温かく包み込むように響き続けた。
●後日談
ある女性の亡骸がフマーレからポルトワールへ向かう街道に見付かった。フマーレを出て然程行かない辺りに倒れていた彼女は、片足を食いちぎられていたが、残った方はすらりとして長く、引き千切られて辺りに散らかった髪が生前の美しさを思わせた。
薄い肉を食いちぎったのはゴブリンだろうか、腹を食い荒らしたのはカラスだろうか。検分した男達は首を傾げる。
近くに毛や羽でも落ちていればいいのだが、と。
女性の身体には襲われた後の他にも痣や人為的な傷が見られ、その痩せた身体から、苦しい生活を強いられていたと察せられた。
綺麗な顔だと誰かが言った。ここが無事なら身内の者もすぐ見付かるだろうと。
その情報がもたらされた詰め所でペルの相手をしていたシオは蟀谷を押さえた。
憶測だが、と詰め所にいた1人が呟いた。
「仕事でも探しに行こうとしたんじゃないか? 子供を連れて徒歩で街道を行くのは厳しいからなぁ……」
あの日、ペルのために走り回ってくれた、ハンター達のことを思い出す。
抱き上げたペルを見上げながら、押し潰されそうな痛みを誤魔化すように微笑んだ。
仕事を終えてバイクに跨がったまま手を組んで、ぐっと背筋を伸ばす。
秋晴れの爽やかな空を見上げると、どこからか子供の泣く声が聞こえてきた。
エリオ・アスコリ(ka5928)はその声の方へと、バイクを再び走らせる。
手紙を届けて回った住宅街を走り抜けると、泣きわめく子供を抱えて途方に暮れる男性を見付けた。
近付いて、ブレーキを握り声を掛ける。
「何か、困っているみたいだけど」
「……迷子なんだ、母親とはぐれたらしい」
シオと名乗った彼は、子供をあやしながら母親のことを尋ねようとすると泣き出してしまい困っていると言う。
エリオは肩を竦めてバイクから下りる。
「手伝うよ。……泣き止ませてあげたいけど、甘い物は好きかな」
ポケットを探り、飴玉を取り出した。
鮮やかな色が陽差しに煌めき、子供は一時泣くのを忘れる。
何色が好きかなと蓋を開けると、ぽろぽろと涙を零して喚くようにピンクと答えた。
母親も好きな色だったのだろうと、変わらない泣き声に溜息をピンクの飴を選んで差し出すと、食べることは難しいらしく、口の周りがべたついていく。
吃逆を上げながらも飴の甘さに時折涙を引っ込めるようになったがまだ母親のことは聞き出せない。
もし彼女が働いている女性なら、この辺りよりも商店街の方では無いだろうかと、エリオはバイクを押しながら、シオは子供をあやしながら歩いて行く。
途次の人々も子供も母親も知らないらしい。
食べ物を多く並べた店の前、シオは見知った姿を見付ける。
「こんにちは、えっと……」
先日お世話になったと声を掛ける。あの子も、元気にしていると。
振り返るザレム・アズール(ka0878)に子供が再び泣き出した。探しているのは彼では無いと言う様に頭を振って。
すみませんと立ち去ろうとするシオを引き留め、ザレムは連れていたパルムを子供の傍へふわりと寄せた。
「ギュッて、してごらん?」
穏やかな声で囁くと、怖々と小さな手が触れ、涙に濡れた赤い頬に懐いてきた柔らかなパルムを抱き竦めた。
「その子はパルタ」
パルタは子供の腕の中で揺れている。
この子はパルパル、そう呼ばれたもう1匹は子供の髪を撫でるようにくっついている。
「君の名前も教えてくれるかい?」
「ぺーるぅ、ゆ」
聞き取れない言葉に、ザレムとエリオは、顔を見合わせ、首を傾げた。
子供は数回名乗ったが、「ペル」の他は分からなかった。
「ペルちゃん、かな? 実は、ママは隠れんぼしたくなったんだって。だからさ、お兄ちゃん達と一緒に見つけてあげないか?」
頼まれているんだと視線を合わせてにっこりと笑むと、母親を求めて泣き出しそうに震えながら、ん、と堪えて頷いた。
「ぺるゅ、まんま、さがす」
ぐずと啜る音を立てながら、涙を堪えるペルを抱き上げて肩車する。高い視線に驚いたらしくザレムの帽子を握って何かを喚いている。
家は見えるかいと尋ねる。
家の目印から探すのも良いだろうと。けれどペルは見えないと首を横に振った。
ザレムが肩車しながら子供を連れ、エリオとシオも回りを見回しながら商店街を歩いて行く。
青果店に差し掛かると、シオはもう1人の知人を見付けた。
詰め所に女性を尋ねてよく詰所に会いに来てくれる少女だ。
「こんにちは、買い物ですか」
振り返ったカリアナ・ノート(ka3733)はハンター達とシオを見て、何かあったのかと首を傾げた。
ザレムが子供を示し、シオが母親を探している最中だと告げる。
その話の途中、ペルがまた愚図り始めた。
「……わっ!」
カリアナは大きな声を上げて子供の気を引くとその眼前で縫いぐるみを揺らした。
「ぼ、ボクは、……えっと、……リアナ。リアナっていうんだ。きみは、なんてなまえかな?」
くぐもった高い声で、縫いぐるみの黒猫を装いながら話し掛ける。
相変わらず聞き取りづらい声でペルと答えると、また円らな瞳一杯に涙を溜める。
「ほいほーい」
猫の縫いぐるみとパルムが泣き止ませようと撫でたりあやしたりするところに、弾んだ声で飛び跳ねる。
小宮・千秋(ka6272)は迷子さんですかと尋ね、頷くシオに満面の笑みで頷いた。
「先月は猫さんをお探しする御依頼がありましたが、こちらは迷子さんですね-」
ペルの声に耳を澄ませて、お母さんをお探しするのですねと連れる動物たちを呼ぶ。
頑張ってさがしますよと話し掛けると、伝わってはいるらしい様子で、ペルの小さな頭がこくんと揺れた。
マルチーズを傍らに、小宮は泣き止んだ様子のペルを見る。
「ペットさんにご協力頂きましょうと思ったのですが……」
くん、と小さく鳴いたマルチーズは大人しく座って尻尾を揺らす。
お貸し頂けるでしょうか、と涙の跡の濃い顔を見て首を傾げた。
小宮の黒猫がにゃあと鳴いて前足を舐めて顔を洗うのを、カリアナの縫いぐるみが目の前で揺れるのを、興味深く眺めている。
今なら聞いてくれるでしょうか、とペルの表情を覗いながら話し掛ける。
「お母さんの匂いの残っている物が有ればお借りしたいのですが……」
母親の話に反応するペルが泣き出す前に、マルチーズが飛び跳ねて気を引いた。
「わんわ、……まんま、言った。わんわん、まんま。さがす」
犬が匂いで辿るというのは、母親に聞いているらしく、着ているスモックを引っ張って犬に寄せようとする。母親の手製だと言いたいらしく、母親を呼ぶ声が繰り返される。
さすがにそれでは難しいかと、小宮がマルチーズを見ていると、ぽとりと刺繍の入ったハンカチが落ちてきた。ハンカチにはペルとは異なる匂いが残っていたらしく、マルチーズは1つ吠えて尻尾を振った。
「では、別行動をお願いしまして」
頑張って下さいと、走って行くマルチーズを見送った。
●
ザレムとエリオはペルに家の近くの様子、公園までの道程を、泣き出さないようにあやしながら母親の容姿を聞き出そうとする。
ペルの目が潤むとパルムや飴玉でフォローしながら話し掛けたが、髪が長く背が高いらしい容姿の他は、家の場所も分からなかった。
商店街の店に聞き込みに向かうカリアナに、ご一緒しますよ、と小宮も続く。
戻った2人からも有益な情報はもたらされなかった。
エリオの眉間に皺が寄った。隠されているような、置き去りにしたのなら、胸くそ悪い事件だと。
ハンター達が集まるとシオは公園の方を気に掛けるように視線を向けた。
「おねーさん、どうしてるかしら?」
見舞いを買いに来たところだったとカリアナが尋ねる。
「今日は散歩に、……だが、疲れさせてしまって休ませている」
子供を見付けた公園だから、一旦戻って詰め所に連れて帰ろうとそちらへ向かう。
ハンター達に抱き上げられたり撫でられたりしながら、ザレムの肩に戻ったペルは公園が近付くとぎゅっと帽子を握って頭にしがみつきながら母親を呼ぶ。その声がふつりと途切れた。
「ねー、しゃ?」
お姉さん、小さな指がベンチを指した。
シオとカリアナが駆け寄る。
座っていた女性は青い顔で座面に横たわり目を閉じていた。
「おねーさん!」
カリアナが声を掛けるが目を開ける様子は無い。
頭を抱えて震えるシオに代わり、エリオが女性の身体を抱えてバイクに座らせる。
「郵送代はサービスしとく。詰所は?」
シオが低い声で案内するというが、力の入らない身体は手を離せばバイクから落ちそうになる。
「一寸だけ寄り道良いかな? お姉さん、ベッドに運んであげような」
ザレムが支えに手を貸しながら、歩く速さでバイクを押して詰め所に向かった。
肩車では不安定なペルは小宮が預かり、重たげに抱えながらも戻ってきた黒猫とマルチーズの様子を眺め、ペルをあやすように撫でる。
「続きは暫く、黒猫さんと、マルチーズさんにお任せしましょうねー」
朗らかな声にペルはこくんと頷いた。
詰め所に戻ると、すぐにベッドに移され、呼吸や熱を測りながら、誰かが医者をと走って行った。
シオはベッドの側に座り項垂れている。
ザレムがその肩に手を乗せた。
こちらを向いた表情は暗く、先程までペルを連れて奔走していた覇気が無い。
「……自分を責めるな」
慰める言葉に応えはない。
暫く傍についていたザレムは給湯室へ、女性が使っていただろういくつかの材料からココアを探して湯を沸かす。
温かなココアをカップに注いで、小宮の膝に抱えられて座るペルの前に置いた。
「偉かったな」
ペルはココアを指して飲んで良いのかと首を傾げるように体ごと揺らした。ザレムがどうぞと頷いて頭を撫でると、ふうと冷ましながら一口飲んで美味しいと言う様に手をばたつかせた。
向かいの席に掛けながらエリオも暫し考える。探してきた道や子供の様子。
遠出の仕事で離れたのではないだろうか。そして、1人で待つのが寂しくて。
母親の仕事や出掛けたときの用事が分かれば安心だが、そろそろ聞き出せないだろうか。
「お母さんのこと、教えてくれないかな?」
「まんま?」
「名前は、分かるかな? それから……どんなお仕事をしていたのかな」
「まんま、ね、なまえ?……むぅ」
名前、と首を傾げて、仕事にはぶんと首を振った。
働いている場所を尋ねると、あっちというように指を指すが、それがどこからの方角かは分からない。
子供に知らせていなかったのだろう。
エリオは軽い溜息を吐いた。ペルが不安げな目を向ける。
「……見付かったら、運んであげる。……ボクの気分と風向きが良ければ、だけれどね」
ココアを飲み終えた頃、ペルはこくりこくりと首を揺らした。
「おや、おねむのようですね」
眠気に抗うように目を擦り、藻掻くペルを眺めて、エリオは荷物からヴァイオリンを取り出した。
奏でる子守歌に寝かしつけられるペルが大人しくなると、小宮はベッドの女性の傍らに横たえて捜索に戻る。
ザレムもPDAに写真を保存して聞き込みに向かう。カリアナも、女性を気に掛けながら外に出た。
日が落ちて、子供が眠ってしまっても、優しい旋律の子守歌は、夜を温かく包み込むように響き続けた。
●後日談
ある女性の亡骸がフマーレからポルトワールへ向かう街道に見付かった。フマーレを出て然程行かない辺りに倒れていた彼女は、片足を食いちぎられていたが、残った方はすらりとして長く、引き千切られて辺りに散らかった髪が生前の美しさを思わせた。
薄い肉を食いちぎったのはゴブリンだろうか、腹を食い荒らしたのはカラスだろうか。検分した男達は首を傾げる。
近くに毛や羽でも落ちていればいいのだが、と。
女性の身体には襲われた後の他にも痣や人為的な傷が見られ、その痩せた身体から、苦しい生活を強いられていたと察せられた。
綺麗な顔だと誰かが言った。ここが無事なら身内の者もすぐ見付かるだろうと。
その情報がもたらされた詰め所でペルの相手をしていたシオは蟀谷を押さえた。
憶測だが、と詰め所にいた1人が呟いた。
「仕事でも探しに行こうとしたんじゃないか? 子供を連れて徒歩で街道を行くのは厳しいからなぁ……」
あの日、ペルのために走り回ってくれた、ハンター達のことを思い出す。
抱き上げたペルを見上げながら、押し潰されそうな痛みを誤魔化すように微笑んだ。
依頼結果
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面白かった! | 5人 |
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依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/09/23 11:31:15 |
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相談卓 エリオ・アスコリ(ka5928) 人間(クリムゾンウェスト)|17才|男性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2016/09/19 09:00:22 |