ゲスト
(ka0000)
初恋とドレス
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/09/25 19:00
- 完成日
- 2016/10/01 03:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
こっそりこっそり、伝話を繋いでママと連絡を取った。
みんなに内緒でマウロとバースデイの船から逃げちゃったことはとても叱られたけど、ママは笑って許してくれるみたい。
帰ってからのお説教は怖いけど。
それよりも、「お針子をしてるのよ」って言ったら、聞こえちゃったらしい今はメイド長をしているナニーが卒倒したって言っていたけど。
大丈夫かしら?
●
コボルトに工場が襲われた翌々日に、ティナが実家の母親に連絡をしたと言った。
メイド長に心配を掛けてしまったと少し悄気ていたけれど、恐らく彼女の卒倒の原因は、そうじゃ無いと思う。
あの日から弁当屋が休みの日だけは僕が自転車で配達をするようになり、工場の所長とも顔見知りになって、一緒に弁当を食べながら世間話をするようになった。
それから、落ち葉用のフォークでコボルトを撃退する技も仕込まれた。
この辺りはハンターが見てくれたとは言っても、またいつ湧いてくるか分からないから。
所長はよくティナのことを話してくれる。
好奇心旺盛で意欲に溢れている。ティナが目を輝かせてドレスを縫う姿に、他の女性達も感化されているようだ。
それは良いことだけれど、と所長が呟く。
「あの子は、良いところのお嬢さんだろう?――何と言ったらいいのか、うちにはね一ヶ月も仕事を休めば生活が立ち行かなくなるような娘が多いんだ。だからね、例えこんな町工場で終わるのが惜しいような娘でも、学校に行けとか、修行に行けとか言えないわけだ。……だが、あの子には、学ぶ余裕があるだろう?」
勿体ないなと所長は溜息を吐いた。
所長の話を咀嚼しながら少し遅れて店に帰った。
自転車を片付けていると、店長がぽつりと言った。
「あんたにゃ、ここは窮屈だろう?」
「え?」
思わず振り返ると、店長はむっと怪訝そうに眉を寄せる。
「例えば、だ。この店をあんたに任せたらどうする? 改装して、品を増やして、そんで、そのうち支店が出るだろう。……それが、好かん。だが、いずれここを任せるなら、あんただと思っている」
「は、はい。……。……ええええ」
店長の言わんとすることが、理解出来なかった。
いつもより随分と口数の多い店長の機嫌はそう悪くなく、そして恐らく僕をとても買ってくれていることは分かる。だが、それはとても急な話だ。
「あんたが、ああ、何だ。でかい店をやるのに、ここを任されてからなんていうのは遅い。だからな、他所でやってこい」
解雇ということだろうかと尋ねると、店長はあっさり肯定した。
「自転車は持っていっていいぞ。乗れん……あ-、あとなぁ、嬢ちゃんを幸せにしてやれよ」
明日から放り出される訳では無く、ティナと話し合う時間は充分に貰えたが、好転はしないだろう。
いつかは家に帰らなければならないことは分かっていた。それが、少しだけ急かされた。それだけだ。
僕のこと、ティナの気持ちや家のこと、工場の所長に聞いたティナの未来のこと。
居候している家の奥さんにキッチンを借りてココアを入れる。
こんなに甘い物が好きなんて、2人ともまだまだ子供ねと奥さんは楽しそうに笑った。
ココアを飲んだティナは長い沈黙の後、僕を真っ直ぐに見詰めて、借りたい物が有ると言った。
●
お金と自転車、それを漕ぐ脚、それから時間。
ティナが僕に求めた物は、翌日に仕事を休んで、自転車で街へ出掛けることだった。
ティナの働く工場も仕入れているという布の卸しの店に行き、ティナは布や糸をあれこれと選ぶ。
それを購入して帰ると、所長に夜に工場のミシンと机を借りる許可を求めた。
「所長さんの言った通りにしてみようと思う。でも、家の奥さんにお礼をしたい。ドレスをプレゼントしようと思うの。ここの凄腕のお針子さんだった、って聞いたから……褒めて貰えたら、私はちゃんと勉強して、自分でブランドを作れるくらい頑張ってみる」
ティナの結論は、僕の想像よりも壮大な物になっていたらしい。
所長の許可した貸し出し期限の最後の日。
僕と所長も、手伝うわけでは無いけれど、コボルトの出た場所でティナを夜に1人には出来ないからと本を読んだり、フォーク捌きの素振りで過ごす。
庭で一汗掻いていたところに、悲鳴が聞こえた。
先に走り出した所長が、振り返ってティナを頼むと叫んだ。
闇の中に一対の目。
――ティナの邪魔は、させない――
ぎらりと光ったそれに向かって、僕は落ち葉の刺さったフォークの切っ先を突き付けた。
こっそりこっそり、伝話を繋いでママと連絡を取った。
みんなに内緒でマウロとバースデイの船から逃げちゃったことはとても叱られたけど、ママは笑って許してくれるみたい。
帰ってからのお説教は怖いけど。
それよりも、「お針子をしてるのよ」って言ったら、聞こえちゃったらしい今はメイド長をしているナニーが卒倒したって言っていたけど。
大丈夫かしら?
●
コボルトに工場が襲われた翌々日に、ティナが実家の母親に連絡をしたと言った。
メイド長に心配を掛けてしまったと少し悄気ていたけれど、恐らく彼女の卒倒の原因は、そうじゃ無いと思う。
あの日から弁当屋が休みの日だけは僕が自転車で配達をするようになり、工場の所長とも顔見知りになって、一緒に弁当を食べながら世間話をするようになった。
それから、落ち葉用のフォークでコボルトを撃退する技も仕込まれた。
この辺りはハンターが見てくれたとは言っても、またいつ湧いてくるか分からないから。
所長はよくティナのことを話してくれる。
好奇心旺盛で意欲に溢れている。ティナが目を輝かせてドレスを縫う姿に、他の女性達も感化されているようだ。
それは良いことだけれど、と所長が呟く。
「あの子は、良いところのお嬢さんだろう?――何と言ったらいいのか、うちにはね一ヶ月も仕事を休めば生活が立ち行かなくなるような娘が多いんだ。だからね、例えこんな町工場で終わるのが惜しいような娘でも、学校に行けとか、修行に行けとか言えないわけだ。……だが、あの子には、学ぶ余裕があるだろう?」
勿体ないなと所長は溜息を吐いた。
所長の話を咀嚼しながら少し遅れて店に帰った。
自転車を片付けていると、店長がぽつりと言った。
「あんたにゃ、ここは窮屈だろう?」
「え?」
思わず振り返ると、店長はむっと怪訝そうに眉を寄せる。
「例えば、だ。この店をあんたに任せたらどうする? 改装して、品を増やして、そんで、そのうち支店が出るだろう。……それが、好かん。だが、いずれここを任せるなら、あんただと思っている」
「は、はい。……。……ええええ」
店長の言わんとすることが、理解出来なかった。
いつもより随分と口数の多い店長の機嫌はそう悪くなく、そして恐らく僕をとても買ってくれていることは分かる。だが、それはとても急な話だ。
「あんたが、ああ、何だ。でかい店をやるのに、ここを任されてからなんていうのは遅い。だからな、他所でやってこい」
解雇ということだろうかと尋ねると、店長はあっさり肯定した。
「自転車は持っていっていいぞ。乗れん……あ-、あとなぁ、嬢ちゃんを幸せにしてやれよ」
明日から放り出される訳では無く、ティナと話し合う時間は充分に貰えたが、好転はしないだろう。
いつかは家に帰らなければならないことは分かっていた。それが、少しだけ急かされた。それだけだ。
僕のこと、ティナの気持ちや家のこと、工場の所長に聞いたティナの未来のこと。
居候している家の奥さんにキッチンを借りてココアを入れる。
こんなに甘い物が好きなんて、2人ともまだまだ子供ねと奥さんは楽しそうに笑った。
ココアを飲んだティナは長い沈黙の後、僕を真っ直ぐに見詰めて、借りたい物が有ると言った。
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お金と自転車、それを漕ぐ脚、それから時間。
ティナが僕に求めた物は、翌日に仕事を休んで、自転車で街へ出掛けることだった。
ティナの働く工場も仕入れているという布の卸しの店に行き、ティナは布や糸をあれこれと選ぶ。
それを購入して帰ると、所長に夜に工場のミシンと机を借りる許可を求めた。
「所長さんの言った通りにしてみようと思う。でも、家の奥さんにお礼をしたい。ドレスをプレゼントしようと思うの。ここの凄腕のお針子さんだった、って聞いたから……褒めて貰えたら、私はちゃんと勉強して、自分でブランドを作れるくらい頑張ってみる」
ティナの結論は、僕の想像よりも壮大な物になっていたらしい。
所長の許可した貸し出し期限の最後の日。
僕と所長も、手伝うわけでは無いけれど、コボルトの出た場所でティナを夜に1人には出来ないからと本を読んだり、フォーク捌きの素振りで過ごす。
庭で一汗掻いていたところに、悲鳴が聞こえた。
先に走り出した所長が、振り返ってティナを頼むと叫んだ。
闇の中に一対の目。
――ティナの邪魔は、させない――
ぎらりと光ったそれに向かって、僕は落ち葉の刺さったフォークの切っ先を突き付けた。
リプレイ本文
●
テーブルに縮尺の大きなこの町の地図を広げる。柵で囲まれた縫製の工場は裏にも細くは無い道が通っている。建物についてこれ以上の詳細な物は、オフィスに保管が無いという。
構わない、とエヴァンス・カルヴィ(ka0639)は愛馬に跨がる。
先行している仲間に追い付かなくては。
「セラフ、はっ!」
鐙を踏み込んで横腹を蹴る。土埃を上げて静まりかえった夜の街を駆る蹄の音が工場に届く前にいなして、その足を緩める。
柵の外から庭への進行の機を覗うカッツ・ランツクネヒト(ka5177)は息遣いに気付いて口角を上げた。
抜き身の刃で飛び出してきたコボルトを貫く。
「相手はコボルトだ。辞世の句なんて風流は似合わねえからな」
金の瞳はその一瞬だけ姿を覗かせて、夜の闇に紛れる様に姿を隠す。
「あの工場の中で」
髪を揺らす風が起こる。
ハンター達の集まる柵の向こう、工場の建物へと視線を向ける夢路 まよい(ka1328)の青い双眸が欄と強い煌めきを放った。
「貴族のお嬢さんが作るドレスだから、きっとセンスがよくてきれーなんだろうな」
見てみたいのよね、と足音を殺して庭へ。マテリアルの風に夜の青に染めたローブを翻して走る。
鞍馬 真(ka5819)は馬を進めたエヴァンスと共に、コボルトと対峙するマウロの元へと庭を走る。
進めば既に侵入を果たしたらしい敵の気配をそこかしこに感じる。
身を潜めて走る夢路と、纏うマテリアルに彼の存在を暈かすカッツが、その気配の方へと向かう。
道のざわめきと進入の音に気付いたマウロは、こちらを気に掛けながらコボルトにフォークの先を向け続けている。
明かりが届くまで近付いて、見知った顔に気付いたらしくやっと僅かな安堵が浮かんだ。
「出来るだけ迅速に騒ぎを大きくせずにカタを付けたい所だ」
4人とは別に脇の通りから庭を覗いた鳳凰院ひりょ(ka3744)は敵を数える。
騒がずに片付けるにはやや多いコボルトに1つ溜息を吐いてライトを携える。
「……準備、出来ました」
灯したライトを腰に吊って、カティス・ノート(ka2486)が杖を構え、鳳凰院を見上げた。
流木の杖にあしらわれた透明な装飾がささやかな夜風に揺れ、雲が切れて覗いた月に煌めいた。
初めての夜の戦い、明かりの乏しく、ともすれば仲間の姿すら霞んでしまう。
気を付けなくてはと強く杖を握り締めた。
「うん、俺も。――行くよ」
柵を越え、マテリアルを燃やす。
鳳凰院の纏う光りは眩く、炎の様に立ち上って揺らめいた。
続いて庭に降り立ったカティスが杖を振るい、鳳凰院に風を纏わせる。
風の加護を知らず、炎に引き付けられたコボルトが向かってくる。
●
工場の入り口に着いたエヴァンスと鞍馬は振り返り状況を見て得物を取る。
感覚を澄ませて状況を辿るエヴァンスの頬がひくりと震え、笑う口許が犬歯を覗かせた。
太陽の輝きを放つ魔剣、その大振りな刀身を操ってマウロとコボルトの間に割り入った。
「きみは下がって」
鞍馬がマウロを背後に庇うと、エヴァンスの剣がコボルトに深く斬り込んだ。
息があるのか、倒れながら藻掻くその腹を、鞍馬の刀が貫いて黙らせる。
最後に零れた濁った声に反応したのか、闇の中から淀んだ色の視線が集まる。
「自分らが略奪側だと思い込んでいるコボルト諸君、その勘違い……教育してやるよ」
剣を肩に、エヴァンスが前に進み出る。
それを振るう、刃の風を裂く音、光りの軌跡が淀んでぎらついた目を怯ませ、歯を剥き爪を掲げたコボルトが向かってくる。
「……この辺り、本格的にコボルト駆除をした方が良さそうだ」
攻撃の、足捌きの、或いは肉を断つ音の隙間の静寂、ほんの微かな衣擦れを扉の向こうに聞く。
まだ気付かれてはいないようだと、鞍馬は得物を構え直す。
その刃がモーターの音立てた瞬間、金に輝いた瞳は冷静な青で戦況を見詰める。
風がコボルトの爪の軌道を歪める。
鳳凰院の炎に誘われたコボルトが怯んで構え直すまでに、刀の切っ先を突き付け、返す刀で喉を裂く。
絶命の声も無く斃れると、近くまで広がる眠りの雲に飲まれる数匹を置いて、次の敵へと視線を向ける。
狙いを合わせるようにカティスが放つ氷が動きを止める。
眠ったコボルトにはカッツが静かに近付いて止めを刺す。突き立てられる特徴的な拵えの直剣。
目覚めたコボルトが抗ったためかその刃の入りは浅いが、反撃の爪を受け留めて。もう一撃をより深く斬りつける。
庭が片付くと、その静寂の中、こちらへひたりと近付く足音を聞く。
前の通りだと気付いた4人は庭の外へ走り、エヴァンスは一旦鞍馬とマウロの傍へ引いた。
「鞍馬。ちょい、ここ任せるわ! 裏の警備もしておかんと不味いやも知れん……」
馬を走らせて裏へ、柵を跳び越えて闇の中を見回す。
刀身に被った血糊を振り払い、マウロの握るフォークの柄に手を掛ける。
「この辺りは片付いたから、もう下ろしてもいい」
マウロはいいえと首を振った。何度宥めても身を強張らせて動かない。
「分かった。では私の傍を離れないようにしてほしい」
鞍馬が手を引くと、マウロは小さくはいと答えて頷いた。
それから、少しずつ話し始めた。見かけることが増えており、巣の駆除も継続しているらしいことと、それがあまり上手くいっていないらしいこと。そして、巣を追われたコボルトが。
例えば、1匹だけはぐれていたり。
工場の裏でも駆除が行われたと聞き鞍馬はエヴァンスの走った先を視線で追う。
マウロは首を横に揺らした。
「でも、欲しいのは食べ物みたいで、表に出てくるのが多いんです。……夜に襲われたのは初めてですが」
「……こっちは、静かだな」
馬を静めてゆっくりと歩かせる。巣穴を埋めた跡を見付けたエヴァンスの琥珀の瞳が警戒を強め気配を探る。
集団からはぐれたのかふらつく足取りで影から頭を覗かせたコボルトを音を立てずに斬ると、馬を留めて建物とその向こう側へ、片付いただろうかと振り返る。
●
道幅を、出歩く人影の無い事を、仲間との距離を量り、足下にカンテラを置く。
広がる光りの中に月と星の装飾が浮かび上がった。
「夜は静かにしなきゃね。良い子はもうおねんねの時間だよ」
不思議な装飾の杖を向ける。
密やかな声は子守歌を囁く様に。
「……私? ふふっ、私は悪い子だからいいの」
潜んでいたコボルトが顔を覗かせた。
それを集めて包む様に眠りの雲を浮かばせる。コボルト達が斃れるのを眺めながら瞼を伏せて高めるマテリアルを感じる。
放たれた吹雪を避け、傾く身体は発条のように、すぐに次の攻撃の姿勢を取る。
「派手だねえ」
好戦的に笑いながら、凍える吹雪から逃げだそうと藻掻くコボルトに止めを刺した。
「背は任せろ。今のうちに距離を取ってくれ」
2人の背後から近付くコボルトの前によりその目を惹く炎を纏う鳳凰院が飛び出してくる。
「オーケイ!」
「あいよ!」
コボルトを全て倒した方へと前進し、踵を返すとそれぞれの得物を向けた。
盾を構えて飛び込むように、携えたライトの光を揺らしながら。
同じ光りを吊したカティスは狙う先をサポートするように氷を放つ。
「……っとと、あ、こちらは、大丈夫です」
炎を逸れて飛び出してきたコボルトを躱し、水の礫で弾きながら鳳凰院へ視線を戻す。
距離を保ちながら途切れぬように風の加護を纏わせて。
爪に噛んだ刀が辺りに音を響かせ、それを防ぐように一歩下がると、風のたゆたう眼前を鋭い切っ先が薙いでいった。
退かなければ倒せていただろうそれを喉を深く貫いて地面に斃しながら、煩わしさに僅かに眉を寄せた。
「意外と……」
意外と骨が折れるものだなと、小さな呟きは夜風に攫われる。
辺りの音と気配が消える。
「この辺りのコボルトさんは、これで全部でしょうか」
思ったよりも集まっていたらしいと、カティスは亡骸を眺めて不安そうに辺りに視線を巡らせた。
そうらしいと見回って戻ってきたハンター達が頷く。
こっちはいないぜ、とカッツは得物を収め、夢路も広がったローブの裾を落ち付かせながら杖を下ろした。
「ふぅ……なんだか疲れました」
「お疲れ様、集まろうか」
カティスが溜息交じりに呟くと、鳳凰院が庭を鞍馬とマウロの待つ方へと示す。
ハンター達が服の埃を払い、声を潜めながら辺りの安全を鞍馬に伝えた頃、裏手に回って柵の外を一周走らせたエヴァンスも戻ってきた。
全員とマウロの無事に安堵していると、重たげな足音が近付いてくる。
開けたままの柵に手を突いて肩を上下に揺らす男性の姿。
「……所長」
「おお、無事だったか」
マウロの手からフォークが離れた地面に落ちて音を立てる前にエヴァンスが柄を掴む。
ずっとそれを握り締めていた細い少年の、日頃から剣を持ち戦っている自身とは全く異なった、その指が震えていた。
緊張が一気に解けたのか、その場に座り込んでハンター達を見上げながら震える声で礼を告げた。
●
改めて礼を、と所長がハンター達に頭を下げる。
集めたカンテラやライトの明かりに照らされたハンター達の中に見知った顔を見付けると先日振りだと頭を掻きながら。今夜で大分減った事だろうとしみじみと言う。
工房の方はと騒ぎを気にしたハンター達に、所長は暫く考えてから壁の少し高い場所に設えた窓を指す。
そこからなら、見付からずに覗けるらしい。
「どんなドレスを、作ってるのかなー」
木箱を踏み台に夢路が窓の隅から中を覗う。
少し離れた机に布を広げ忙しなく手を動かしている若い女性、髪を乱し、埃と糸くずに塗れながら、テーブルに広げられた、空と海の2色の青。
裁たれた布の形から出来上がりを想像する。
「ふーん、随分大人しい形みたい? 楽しみ―」
音を立てずに飛び降りると、カティスも躊躇いながら木箱に乗った。こちらにはやはり気付かぬ様子で手を進めている。
随分と集中しているようで、その様子からも先程までの戦いの音も聞こえていなかったように見える。
ほっと胸を撫で下ろした。
「どうやら気が付かないで済んだみたい、なのです。よかった……」
そっと呟き、暫く見守ってから箱を下りる。
夢路とカティスがドレスの仕上がりを予想しながら、楽しげな声を潜めて語らう隣、鳳凰院が首を傾がせた。
「……何か、訳ありの2人だったのかな?」
カッツとエヴァンスに挟まれ、フォークの柄を支えにどうにか立っていて、とても答えられそうに無いマウロを一瞥し、鞍馬は曖昧に頷いた。
将来を誓った恋人で、遠くから逃げてきている。コボルトに襲われるのは知る限りでは2度目だと。
「彼らのこれからについて私が口を出せることはないと思うけど……きっと良い未来が待っていると思う……」
建物を軽く振り返り、彼女の方は邪魔出来ないが、マウロとは落ち付いたら少しくらい話せるだろうと。
「良き結末を迎えてくれるといい」
こんなに忙しなく、備えの無い者には恐ろしい夜を越えたのだから。鳳凰院はそう呟くと穏やかに微笑む。
「逃避行は無事に成功したようだねえ、少年」
マウロの落ち着きを待って、カッツが親しげな笑みを向けた。
戸惑ったように肩を跳ねさせたマウロは慇懃な程の礼を告げてから、深々と息を吐いて背筋を伸ばす。
先日は世話になった、ティナも今は忙しいが元気で、楽しそうにしていると幸せそうに告げる。
「順調そうじゃあないの。いやあ、この前の依頼を蹴っ飛ばした甲斐があったってもんだ」
カッツがマウロとティナを守って海を渡った日、本来の仕事は彼の捕獲だったと頬を掻く。
幸せそうな笑顔と、ティナとドレスを覗いたらしい夢路とカティスの様子からも、2人の充実が窺える。良い選択をしたと頷いた。
睦まじい恋人達を前に、ふと過ぎるものがある。少年、とマウロを呼ぶ声は低く、固い。俯く顔に影が落ちる。
「その手を放しちゃあいけねえぜ。何があってもな」
マウロが表情を強張らせると、ふっと陽気に笑ってみせる。
「なあに、失恋した先輩からのお小言さ。少年ならきっと問題ないだろうよ」
空を見上げた。流れた雲に月が隠れる、瞬いく星の光りを数えて、大切なものを離してしまった手を握り締める。
星空を眺めるマウロに鞍馬が声を掛ける。
先日と、それからボートの護衛と、と慌てる声で礼を告げ、今日は落ち付かないと溜息を吐いた。
「さっきも、すみません、……下がれって、言われたのに」
構わないと鞍馬は首を横にそっと揺らした。無事で良かったと、穏やか眼差しを向ける。
「私は君たちがどんな道を選んだとしても、応援しているよ」
私たちかも知れない、と目を細めてハンター達を見回した。
壁に触れ中の僅かな衣擦れの音に耳を澄ませて佇むマウロの頭に大きな手が乗せられて、くしゃりと撫でた。
「初々しいねぇ……っと」
少年。呼ばれたマウロが見上げると、エヴァンスが獰猛さの引いた静かな笑みで見下ろす。
よく頑張っていたじゃないか、と今は傍らに立てかけられたフォークを示す。
怯えながら、震えながら、それでも退かずに。その壁1枚隔てた恋人を守る為に。
「――やるよ」
マウロの手に握らせたのは、刃の鋭い透き通った刀身のナイフ。よく手入れはされているが、細かな傷が幾重にも残っている。
受け取れないとマウロが言い出す前に壁を、その先のティナを指して、守ってやれと肩を叩いた。
●
奥さん、と2人が呼ぶ下宿先の女性は贈られたドレスにとても喜んだらしい。
ローウェストのマーメイド。肩を斜めに裁って幅広のフリルを飾った秋空に溶けそうな空色のドレス。
腰と裾の切替とフリルに使った濃い青の差し色は鮮やかに。
青で纏めた上に羽織るボレロは、羽ばたく鳥を描いた地に、雲を思わせるレースを重ねた。
少しヒールの高い靴を履いて。
おしゃれをするなんて久しぶりと、少女のようにはしゃぎながら。
2人を見送る日に少しだけ涙ぐんで。
いい子達だったのよ。とその日のハンター達へ自慢げに言う。
助けてくれてありがとう。そう、若い2人の旅立ちを見詰めて。
テーブルに縮尺の大きなこの町の地図を広げる。柵で囲まれた縫製の工場は裏にも細くは無い道が通っている。建物についてこれ以上の詳細な物は、オフィスに保管が無いという。
構わない、とエヴァンス・カルヴィ(ka0639)は愛馬に跨がる。
先行している仲間に追い付かなくては。
「セラフ、はっ!」
鐙を踏み込んで横腹を蹴る。土埃を上げて静まりかえった夜の街を駆る蹄の音が工場に届く前にいなして、その足を緩める。
柵の外から庭への進行の機を覗うカッツ・ランツクネヒト(ka5177)は息遣いに気付いて口角を上げた。
抜き身の刃で飛び出してきたコボルトを貫く。
「相手はコボルトだ。辞世の句なんて風流は似合わねえからな」
金の瞳はその一瞬だけ姿を覗かせて、夜の闇に紛れる様に姿を隠す。
「あの工場の中で」
髪を揺らす風が起こる。
ハンター達の集まる柵の向こう、工場の建物へと視線を向ける夢路 まよい(ka1328)の青い双眸が欄と強い煌めきを放った。
「貴族のお嬢さんが作るドレスだから、きっとセンスがよくてきれーなんだろうな」
見てみたいのよね、と足音を殺して庭へ。マテリアルの風に夜の青に染めたローブを翻して走る。
鞍馬 真(ka5819)は馬を進めたエヴァンスと共に、コボルトと対峙するマウロの元へと庭を走る。
進めば既に侵入を果たしたらしい敵の気配をそこかしこに感じる。
身を潜めて走る夢路と、纏うマテリアルに彼の存在を暈かすカッツが、その気配の方へと向かう。
道のざわめきと進入の音に気付いたマウロは、こちらを気に掛けながらコボルトにフォークの先を向け続けている。
明かりが届くまで近付いて、見知った顔に気付いたらしくやっと僅かな安堵が浮かんだ。
「出来るだけ迅速に騒ぎを大きくせずにカタを付けたい所だ」
4人とは別に脇の通りから庭を覗いた鳳凰院ひりょ(ka3744)は敵を数える。
騒がずに片付けるにはやや多いコボルトに1つ溜息を吐いてライトを携える。
「……準備、出来ました」
灯したライトを腰に吊って、カティス・ノート(ka2486)が杖を構え、鳳凰院を見上げた。
流木の杖にあしらわれた透明な装飾がささやかな夜風に揺れ、雲が切れて覗いた月に煌めいた。
初めての夜の戦い、明かりの乏しく、ともすれば仲間の姿すら霞んでしまう。
気を付けなくてはと強く杖を握り締めた。
「うん、俺も。――行くよ」
柵を越え、マテリアルを燃やす。
鳳凰院の纏う光りは眩く、炎の様に立ち上って揺らめいた。
続いて庭に降り立ったカティスが杖を振るい、鳳凰院に風を纏わせる。
風の加護を知らず、炎に引き付けられたコボルトが向かってくる。
●
工場の入り口に着いたエヴァンスと鞍馬は振り返り状況を見て得物を取る。
感覚を澄ませて状況を辿るエヴァンスの頬がひくりと震え、笑う口許が犬歯を覗かせた。
太陽の輝きを放つ魔剣、その大振りな刀身を操ってマウロとコボルトの間に割り入った。
「きみは下がって」
鞍馬がマウロを背後に庇うと、エヴァンスの剣がコボルトに深く斬り込んだ。
息があるのか、倒れながら藻掻くその腹を、鞍馬の刀が貫いて黙らせる。
最後に零れた濁った声に反応したのか、闇の中から淀んだ色の視線が集まる。
「自分らが略奪側だと思い込んでいるコボルト諸君、その勘違い……教育してやるよ」
剣を肩に、エヴァンスが前に進み出る。
それを振るう、刃の風を裂く音、光りの軌跡が淀んでぎらついた目を怯ませ、歯を剥き爪を掲げたコボルトが向かってくる。
「……この辺り、本格的にコボルト駆除をした方が良さそうだ」
攻撃の、足捌きの、或いは肉を断つ音の隙間の静寂、ほんの微かな衣擦れを扉の向こうに聞く。
まだ気付かれてはいないようだと、鞍馬は得物を構え直す。
その刃がモーターの音立てた瞬間、金に輝いた瞳は冷静な青で戦況を見詰める。
風がコボルトの爪の軌道を歪める。
鳳凰院の炎に誘われたコボルトが怯んで構え直すまでに、刀の切っ先を突き付け、返す刀で喉を裂く。
絶命の声も無く斃れると、近くまで広がる眠りの雲に飲まれる数匹を置いて、次の敵へと視線を向ける。
狙いを合わせるようにカティスが放つ氷が動きを止める。
眠ったコボルトにはカッツが静かに近付いて止めを刺す。突き立てられる特徴的な拵えの直剣。
目覚めたコボルトが抗ったためかその刃の入りは浅いが、反撃の爪を受け留めて。もう一撃をより深く斬りつける。
庭が片付くと、その静寂の中、こちらへひたりと近付く足音を聞く。
前の通りだと気付いた4人は庭の外へ走り、エヴァンスは一旦鞍馬とマウロの傍へ引いた。
「鞍馬。ちょい、ここ任せるわ! 裏の警備もしておかんと不味いやも知れん……」
馬を走らせて裏へ、柵を跳び越えて闇の中を見回す。
刀身に被った血糊を振り払い、マウロの握るフォークの柄に手を掛ける。
「この辺りは片付いたから、もう下ろしてもいい」
マウロはいいえと首を振った。何度宥めても身を強張らせて動かない。
「分かった。では私の傍を離れないようにしてほしい」
鞍馬が手を引くと、マウロは小さくはいと答えて頷いた。
それから、少しずつ話し始めた。見かけることが増えており、巣の駆除も継続しているらしいことと、それがあまり上手くいっていないらしいこと。そして、巣を追われたコボルトが。
例えば、1匹だけはぐれていたり。
工場の裏でも駆除が行われたと聞き鞍馬はエヴァンスの走った先を視線で追う。
マウロは首を横に揺らした。
「でも、欲しいのは食べ物みたいで、表に出てくるのが多いんです。……夜に襲われたのは初めてですが」
「……こっちは、静かだな」
馬を静めてゆっくりと歩かせる。巣穴を埋めた跡を見付けたエヴァンスの琥珀の瞳が警戒を強め気配を探る。
集団からはぐれたのかふらつく足取りで影から頭を覗かせたコボルトを音を立てずに斬ると、馬を留めて建物とその向こう側へ、片付いただろうかと振り返る。
●
道幅を、出歩く人影の無い事を、仲間との距離を量り、足下にカンテラを置く。
広がる光りの中に月と星の装飾が浮かび上がった。
「夜は静かにしなきゃね。良い子はもうおねんねの時間だよ」
不思議な装飾の杖を向ける。
密やかな声は子守歌を囁く様に。
「……私? ふふっ、私は悪い子だからいいの」
潜んでいたコボルトが顔を覗かせた。
それを集めて包む様に眠りの雲を浮かばせる。コボルト達が斃れるのを眺めながら瞼を伏せて高めるマテリアルを感じる。
放たれた吹雪を避け、傾く身体は発条のように、すぐに次の攻撃の姿勢を取る。
「派手だねえ」
好戦的に笑いながら、凍える吹雪から逃げだそうと藻掻くコボルトに止めを刺した。
「背は任せろ。今のうちに距離を取ってくれ」
2人の背後から近付くコボルトの前によりその目を惹く炎を纏う鳳凰院が飛び出してくる。
「オーケイ!」
「あいよ!」
コボルトを全て倒した方へと前進し、踵を返すとそれぞれの得物を向けた。
盾を構えて飛び込むように、携えたライトの光を揺らしながら。
同じ光りを吊したカティスは狙う先をサポートするように氷を放つ。
「……っとと、あ、こちらは、大丈夫です」
炎を逸れて飛び出してきたコボルトを躱し、水の礫で弾きながら鳳凰院へ視線を戻す。
距離を保ちながら途切れぬように風の加護を纏わせて。
爪に噛んだ刀が辺りに音を響かせ、それを防ぐように一歩下がると、風のたゆたう眼前を鋭い切っ先が薙いでいった。
退かなければ倒せていただろうそれを喉を深く貫いて地面に斃しながら、煩わしさに僅かに眉を寄せた。
「意外と……」
意外と骨が折れるものだなと、小さな呟きは夜風に攫われる。
辺りの音と気配が消える。
「この辺りのコボルトさんは、これで全部でしょうか」
思ったよりも集まっていたらしいと、カティスは亡骸を眺めて不安そうに辺りに視線を巡らせた。
そうらしいと見回って戻ってきたハンター達が頷く。
こっちはいないぜ、とカッツは得物を収め、夢路も広がったローブの裾を落ち付かせながら杖を下ろした。
「ふぅ……なんだか疲れました」
「お疲れ様、集まろうか」
カティスが溜息交じりに呟くと、鳳凰院が庭を鞍馬とマウロの待つ方へと示す。
ハンター達が服の埃を払い、声を潜めながら辺りの安全を鞍馬に伝えた頃、裏手に回って柵の外を一周走らせたエヴァンスも戻ってきた。
全員とマウロの無事に安堵していると、重たげな足音が近付いてくる。
開けたままの柵に手を突いて肩を上下に揺らす男性の姿。
「……所長」
「おお、無事だったか」
マウロの手からフォークが離れた地面に落ちて音を立てる前にエヴァンスが柄を掴む。
ずっとそれを握り締めていた細い少年の、日頃から剣を持ち戦っている自身とは全く異なった、その指が震えていた。
緊張が一気に解けたのか、その場に座り込んでハンター達を見上げながら震える声で礼を告げた。
●
改めて礼を、と所長がハンター達に頭を下げる。
集めたカンテラやライトの明かりに照らされたハンター達の中に見知った顔を見付けると先日振りだと頭を掻きながら。今夜で大分減った事だろうとしみじみと言う。
工房の方はと騒ぎを気にしたハンター達に、所長は暫く考えてから壁の少し高い場所に設えた窓を指す。
そこからなら、見付からずに覗けるらしい。
「どんなドレスを、作ってるのかなー」
木箱を踏み台に夢路が窓の隅から中を覗う。
少し離れた机に布を広げ忙しなく手を動かしている若い女性、髪を乱し、埃と糸くずに塗れながら、テーブルに広げられた、空と海の2色の青。
裁たれた布の形から出来上がりを想像する。
「ふーん、随分大人しい形みたい? 楽しみ―」
音を立てずに飛び降りると、カティスも躊躇いながら木箱に乗った。こちらにはやはり気付かぬ様子で手を進めている。
随分と集中しているようで、その様子からも先程までの戦いの音も聞こえていなかったように見える。
ほっと胸を撫で下ろした。
「どうやら気が付かないで済んだみたい、なのです。よかった……」
そっと呟き、暫く見守ってから箱を下りる。
夢路とカティスがドレスの仕上がりを予想しながら、楽しげな声を潜めて語らう隣、鳳凰院が首を傾がせた。
「……何か、訳ありの2人だったのかな?」
カッツとエヴァンスに挟まれ、フォークの柄を支えにどうにか立っていて、とても答えられそうに無いマウロを一瞥し、鞍馬は曖昧に頷いた。
将来を誓った恋人で、遠くから逃げてきている。コボルトに襲われるのは知る限りでは2度目だと。
「彼らのこれからについて私が口を出せることはないと思うけど……きっと良い未来が待っていると思う……」
建物を軽く振り返り、彼女の方は邪魔出来ないが、マウロとは落ち付いたら少しくらい話せるだろうと。
「良き結末を迎えてくれるといい」
こんなに忙しなく、備えの無い者には恐ろしい夜を越えたのだから。鳳凰院はそう呟くと穏やかに微笑む。
「逃避行は無事に成功したようだねえ、少年」
マウロの落ち着きを待って、カッツが親しげな笑みを向けた。
戸惑ったように肩を跳ねさせたマウロは慇懃な程の礼を告げてから、深々と息を吐いて背筋を伸ばす。
先日は世話になった、ティナも今は忙しいが元気で、楽しそうにしていると幸せそうに告げる。
「順調そうじゃあないの。いやあ、この前の依頼を蹴っ飛ばした甲斐があったってもんだ」
カッツがマウロとティナを守って海を渡った日、本来の仕事は彼の捕獲だったと頬を掻く。
幸せそうな笑顔と、ティナとドレスを覗いたらしい夢路とカティスの様子からも、2人の充実が窺える。良い選択をしたと頷いた。
睦まじい恋人達を前に、ふと過ぎるものがある。少年、とマウロを呼ぶ声は低く、固い。俯く顔に影が落ちる。
「その手を放しちゃあいけねえぜ。何があってもな」
マウロが表情を強張らせると、ふっと陽気に笑ってみせる。
「なあに、失恋した先輩からのお小言さ。少年ならきっと問題ないだろうよ」
空を見上げた。流れた雲に月が隠れる、瞬いく星の光りを数えて、大切なものを離してしまった手を握り締める。
星空を眺めるマウロに鞍馬が声を掛ける。
先日と、それからボートの護衛と、と慌てる声で礼を告げ、今日は落ち付かないと溜息を吐いた。
「さっきも、すみません、……下がれって、言われたのに」
構わないと鞍馬は首を横にそっと揺らした。無事で良かったと、穏やか眼差しを向ける。
「私は君たちがどんな道を選んだとしても、応援しているよ」
私たちかも知れない、と目を細めてハンター達を見回した。
壁に触れ中の僅かな衣擦れの音に耳を澄ませて佇むマウロの頭に大きな手が乗せられて、くしゃりと撫でた。
「初々しいねぇ……っと」
少年。呼ばれたマウロが見上げると、エヴァンスが獰猛さの引いた静かな笑みで見下ろす。
よく頑張っていたじゃないか、と今は傍らに立てかけられたフォークを示す。
怯えながら、震えながら、それでも退かずに。その壁1枚隔てた恋人を守る為に。
「――やるよ」
マウロの手に握らせたのは、刃の鋭い透き通った刀身のナイフ。よく手入れはされているが、細かな傷が幾重にも残っている。
受け取れないとマウロが言い出す前に壁を、その先のティナを指して、守ってやれと肩を叩いた。
●
奥さん、と2人が呼ぶ下宿先の女性は贈られたドレスにとても喜んだらしい。
ローウェストのマーメイド。肩を斜めに裁って幅広のフリルを飾った秋空に溶けそうな空色のドレス。
腰と裾の切替とフリルに使った濃い青の差し色は鮮やかに。
青で纏めた上に羽織るボレロは、羽ばたく鳥を描いた地に、雲を思わせるレースを重ねた。
少しヒールの高い靴を履いて。
おしゃれをするなんて久しぶりと、少女のようにはしゃぎながら。
2人を見送る日に少しだけ涙ぐんで。
いい子達だったのよ。とその日のハンター達へ自慢げに言う。
助けてくれてありがとう。そう、若い2人の旅立ちを見詰めて。
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作戦相談卓 夢路 まよい(ka1328) 人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/09/25 18:27:59 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/09/25 17:31:20 |