• 蒼乱

【蒼乱】月砂の憲兵と皇子の親征

マスター:稲田和夫

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/10/06 19:00
完成日
2016/10/18 22:53

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

 南方にある竜の巣にてコボルドと遭遇した帝国軍第一師団憲兵大隊兵長オレーシャは、コボルドが医薬品を必要としていること、歪虚の襲撃で彼らの使っていた地下道が閉ざされたことを受けて、彼らを住処まで護送することを決定した。
 そして、オレーシャとハンターたちはコボルドを護衛して、砂漠の地下にあるコボルドたちの住処である地下遺跡まで辿り着く。
 だが、そこで彼らを待っていたのは破壊し尽くされた遺跡と、聞いていたのより遥かに多い怪我をしたコボルドたちであった。
「どういうことだ。これは」
 流石に茫然とするオレーシャの前に、年老いたコボルド現れた。
「ニンゲン、ユウシャ、キテクレタ。クスリイッパイ。トテモウレシイ。デモ、オソカッタ」
 どうやら、この長老のような立場に居るコボルドは片言の古代語ながら、人語を話せるらしい。しかし、その口から伝えられた内容は衝撃的だった。
「リュウタチ、トツゼンアバレダシテ、スヲコワシニキタ。オソロシイ『キシ』、メイレイシテイタ」
「騎士……例の黙示騎士とかいう歪虚か?」
 突如竜の巣に現れた黙示騎士マクスウェルによって、強欲の竜たちが突然凶暴化したのはすでに報告されている通りである。
 どうやら、この遺跡も凶暴化した強欲の襲撃を受けたらしい。
「兵長。この数では医薬品も足りるかどうかわかりません。どういたしましょう?」
 同行して来た部下の一人が尋ねる。だが、オレーシャは事も無げにこう言い放った。
「コボルド共は取りあえず沿岸部にある帝国軍の拠点まで避難させる。ここにいても歪虚の餌食になるだけだ。ルートは来た道をそのまま戻れば良い。雑魔の掃討は済んでいるからな」


 オレーシャたちが、地下道から地上に帰還した時、時刻はすでに夜半を回っており、空には巨大な月と無数の星が輝いていた。
 陣営地は目と鼻の先であり、ここからでも機導術の照明が確認できる。
「砂漠の夜空とは豪勢なものだな。帝都で見るのとは大違いだ」
 柄にもなくオレーシャはそう呟いたが、その瞬間、複数のコボルドが鼻を鳴らし、次いで群れに動揺が広がった。
「総員戦闘準備」
 しかし、オレーシャがそう命令した瞬間、兵士の一人が慌てたように叫んだ。
「兵長! あれを! 前回のヤツです!」
 地平線の向こうから四足歩行で疾走して来るのは熱砂の鎧竜だった。
 彼もまた、黙示騎士に焚きつけられたのか、あるいは前回の戦闘で右目と武器を失ったせいか、遠目にも怒り狂っている様子が見て取れる。
「人間共! こんどこそ貴様らの建物も人形もバラバラにしてくれるぞ!」
 鎧竜の咆哮が周囲を圧する。
「このタイミングで襲撃だと!?」
 陣営地はすでに目と鼻の先であり、そこにはCAMや魔導アーマーなどハンターたちの機甲兵器も整備されている。
 しかし、覚醒者であるハンターとオレーシャだけなら何とか陣営地まで辿り着くことも出来るかもしれないが、今の彼らは怪我人を含むコボルドの群れを引き連れている状態だ。
「円陣を組め! コボルド共も女子供を中に入れて戦える者は戦闘に参加しろ!」
 咄嗟に命令を下すオレーシャ。
(だが、この状況で犠牲出さずに済ますことが出来るのか……?)
 しかし、オレーシャがそう思案した瞬間突如陣営地の方角から、CAM用のアサルトライフルが、鎧竜に向かって撃ち込まれた。
「ぬぅ!?」
 操縦者の技術が未熟なせいか、弾丸は命中しなかったもののどうやら鎧竜の気を惹くことには成功していた。
 そして、操縦者は銃撃を繰り返しながら機体を徐々に移動させ、鎧竜をオレーシャたちと、陣営地から引き離そうとする。
「あれは、私のドミニオンか? しかし、一体誰が……」
 機械に強いオレーシャはすでに、試験運用という名目で自らの部隊にドミニオンを配備していた。
 だが、幾らCAMの操縦が簡易とはいっても、今のところ彼女の部隊でCAMを動かせるのは彼女しかいない筈であった。
『オレーシャ兵長。急いでコボルドの皆さんを陣営地に送り届けてください』
 そのオレーシャの疑問に答えたのは、CAMに搭載された拡声器から響いた操縦者の声だった。
「その声……まさか」
 普段冷静なオレーシャも流石にこの時ばかりは蒼褪めた。
「カッテ殿下、貴方なのですか!?」
 今現在、ドミニオンに乗って鎧竜を陽動しているのはゾンネンシュトラール帝国の皇帝代理人カッテ・ウランゲル(kz0033)本人であった。


「皇子、説明を願えますか!?」
 陣営地に急ぎながらオレーシャが通信機に向かって声を張り上げる。
『コボルドについては、帝国軍の別の部隊とすでに協力関係が築かれ、共に転位門の設置を行ったそうです。彼らを援助することは竜の巣のゲートを調査するに当たって有益である、と帝国は判断しました』
「それは解りました。しかし、私が聞きたいのはそういうことではないのですが!」
『僕が何故ここに居るかと言えば、例の黙示騎士の出現で強欲の攻勢が激化したことを受けて、帝国がより大きな戦力をここに投入することを決定したからです。迅速な物資の輸送と円滑な部隊の配置のために、僕が直接指示を出します』
 カッテと同じレベルでその任を果たすことのできる能力を持った、彼の姉であるゾンネンシュトラール帝国皇帝ヴィルヘルミナの記憶は、未だ回復してはいなかった。
「それも解ります! 私が申し上げたいことは――!」
『何故僕がこんなことしているかといえば……この陣営地にCAMを動かせる人間が他に居なかったからです』
 堂々と言い切ってから、カッテは悪戯っぽい口調で付け加えた。
『数か月前、CAMの効率的な運用のためにその仕組みや操縦法も知っておきたい、といった僕に動かし方を教えてくれたのはオレーシャでしたよね?』
「……」
 走りながら頭を抱えたオレーシャだったが、ようやく気を取り直し不敵に笑った。
「……殿下がそれに乗っているということは、私のデュミナスが完成したという事ですね?」
『ご明察です。オレーシャはそっちを使ってください』
「この戦闘が終わったら、オズワルド師団長に伝えておきましょう。所詮、蛙の子は蛙ですね、と」
『……もしかして、バカにしてます?』
 一瞬の沈黙の後、やや拗ねた様な声で通信が返って来た。

「フン、ようやく数が揃ったか!」
 その愚直さ故にカッテのドミニオンに集中していた鎧竜だったが、陣営地から人間の援軍が現れたのを見てようやくそちらにも注意を向けた。
「だが、愚弄されたのは我慢ならん! 出でよ!」
 鎧竜の咆哮と共に、砂の中から新たな歪虚が姿を現す。大きさは鎧竜と同等だが、こちらは直立するリザードマンのような姿だ。ただし、その両手は土竜のような形状に変形しており鋭い爪が光っている。
「貴様は奴らの陣地を破壊しろ! 俺様はまず、あの目障りな人形を捻り潰す!」
 そう叫んで、鎧竜はカッテの乗るドミニオンを睨みつけた。

リプレイ本文

「カッテおねにい様のためにも、頑張って土竜叩きですの~!」
 チョココ(ka2449)はそう叫ぶと、掌から小さな火球を上空に向かって打ち上げた。数秒後、火球は爆発し曳光弾のように周囲を照らし、前傾姿勢で砂漠を疾走して来る土竜の姿を鮮明に照らし出す。
 元々、星明かりや陣営地の照明などで周囲は戦闘に支障のない明るさだったが、これで視界が良くなったのも確かだ。
「行くよ、ドミニオン……」
 陣営地の防御柵の側に伏せたCAMのコックピットでレホス・エテルノ・リベルター(ka0498)が呟く。
『奴が射程に入ったぞ! 行けるか!?』
 その時、オレーシャからの通信がドミニオンのコックピットに響いた。
「兵長! こっちはいつでも行けます!」
『よし!』
 直後、陣営地から土竜に向かって二本の火線が同時に放たれる。
「……そんなっ!」
 だが、レホスが戸惑った声を上げる。火線の先には土竜ではなく、巨大な砂煙が立ち上っていたからだ。
「やっぱりね!」
 自機に新しく取り付けた新型レーダー『ロータスクイーン』の計器を確認したフォークス(ka0570)が不敵に笑う。計器の表示は鎧竜のロスト、つまり土竜が砂に潜った事を示していた。
「さあ、高い金出してんだ。しっかり働きなよ」
 ニヤリと笑うフォークス。勿論、地中に潜った土竜を補足する魂胆だ。
「ちょっと待て! 何で補足できない!? 欠陥品じゃないのかっ!」
 実際の所、レーダーは正常に作動していた。地中に潜った目標の位置を探るのは、幾ら最新型でも手に余るという事であった。
「イヤな感じですのー……アディ……」
 チョココが不安げに呟いて、自身のイェジドの首をぎゅっと抱きしめる。
「……?」
 そして、この時、索敵に集中していたフォークスだけが、飼い主本人であるチョココも気づかなかったイェジドのある行動に気付いた。
「あの犬……、何やってる?」
 他の人間やCAMがせわしなく周囲を見回すのとは対照的に、アディはその顔をただ一点に向け、ひくひくと鼻を動かし続ける。
「まさか……」
 何かに気付きかけるフォークス。しかし、彼女の思索はオレーシャの叫びによって中断された。
『下から来るぞ、気を付けろ!』
 まずは地響きが陣営地全体を襲う。そして、陣営地のど真ん中から間欠泉のように砂と土砂を巻き上げて土竜が飛び出した。
「マシンガンは迂闊に使えない……なら!」
 レホスのドミニオンがシールドを構え、スラスターを最大出力で吹かし土竜へと突進する。
「え!?」
 だが、レホスの目が驚愕に見開かれる。
 彼女の眼前で土竜は大きく跳躍し、レホスのドミニオンの頭上を飛び越えて背後にある物資の上に着地したのだ。
「何だと!?」
 続いて驚愕の声を上げたのはオレーシャだった。
 レホスと連携を取るべく、背後からスレッジハンマーを構えて接近して来たオレーシャの機体に、体当りを躱されたレホスの機体が突っ込んで来たのである。
CAM同士が激突する。二体の鋼鉄の巨人は、全身の部品を軋ませ、もつれ合うようにして陣営地の中に倒れ込んだ。
 一方、破壊された資材の中に立つ土竜には、チョココが跨ったアーデルベルドが向かっていた。
「これ以上暴れさせないですの!」
 土竜の足元に滑り込んだチョココが両手を掲げると、土竜の足元の空間に冷気が吹き荒れ、土竜を襲う。
 土竜は、再度跳躍して逃れようとするが、凍てつく冷気がその身体を蝕み、僅かに動きを鈍らせた。
「今度こそ逃がしゃしないよ!」
 そして、動きの鈍った土竜に向かってフォークスのデュミナスがワイヤードクローを放つ。狙われた土竜は空中へ跳躍しこれを回避するがデュミナスのロータスクイーンは土竜の動きを予測した射撃ポイントを示しておりワイヤーの先端は見事に土竜の胴体に撃ち込まれる。
「BINGO! 今度は仕事をしたじゃないか!」
 続いて、デュミナスの腕に取り付けられたリールが凄まじい速さでワイヤーを巻き取り、土竜を拘引し始める。
 激痛を感じ、甲高い悲鳴を上げる土竜。
 そして、デュミナスがゆっくりと巨大な刀を引き抜く。直後、遂に土竜の筋力にリールの巻き取る力が勝ち、土竜の胴体がデュミナスの方に引き寄せられ始めた。
「騒ぐんじゃないよ、今楽にしてやるからさ!」
 しかし、デュミナスが刀を振り上げさせた瞬間、土竜が唸り声をあげ、その鋭い爪を振り上げた。そして、固い岩盤をも容易に掘り進む爪はワイヤーを一撃で切断した。
「Shit!」
 突如、ワイヤーが切られたことでバランスを崩してよろめくデュミナス。土竜はまたもや地中へと潜り込んでしまった。
「またモグラ叩きに逆戻りですの~!」
 アーデルベルドに跨ったままチョココがじたばたと暴れる。今のところは集積されている資材などに被害が出ただけだが、これ以上陣営地の蹂躙を許す訳にはいかない。
「手はまだあるさ」
 フォークスが言う。
「何か当てはあるのか?」
 オレーシャが尋ねると、フォークスのデュミナスの指がびしっとチョココを指した。
「わ、わたくしですの!?」
「いいや」
 デュミナスのコックピットで、フォークスが首を横に振った。
「探すのはきみの相棒だよ。おチビちゃん」


 避けたとはいえ、致命傷受けかねない状況だったことに警戒したのか、地中に退避した土竜は一旦、陣営地から遠ざかっていた。
 そして、ある程度距離を稼いだと判断した土竜は再度土を押しのけて地上に飛び出す。
「捕まえたですの~!」
 その瞬間、まるで土竜の浮上地点が解っていたかのようなタイミングでチョココを跨らせたイェジドが飛び掛かって来た。
 土竜が咄嗟のことで対抗できないのを良いことに、イェジドはマテリアルで強化した鋭い牙を土竜の首に突き立てた。
「アディ、一気に食い破るですの!」
 鎧竜とは対照的に強固な装甲を持たぬ土竜の首に牙は深い傷を与える。だが、土竜が苦し紛れに振り回した爪が遂にアディとチョココを空高く跳ね飛ばす。
「きゃあああー……」
 しかし、傷は深くよろめく土竜。そこに、先ほどと同じようにシールドを構えたレホスのドミニオンが突進して来た。
「そうか……イェジドには鋭い嗅覚がある。だから土竜の位置が分かったんだね」
 操縦桿を握りながらレホスが呟く。
 犬の優れた嗅覚については、例えば、訓練を受けた災害救助犬が瓦礫や土砂に埋まった人を嗅ぎ充てるなど枚挙に暇がない。
「まして、幻獣ともなればその嗅覚は推して知るべし、か」
 跳ね飛ばされたチョココとアディを自身のデュミナスで受け止めたオレーシャも感心したように呟いた。
 敢えて追記するならば、チョココ自身がこの能力を活用することを考えついていれば、苦戦することも無く陣営地への被害は避けられたかもしれない。
 しかし、それは結果論に過ぎないのも確かだ。
「今度こそ、止めるよ!」
 動きの鈍った土竜に、レホスのドミニオンが構えた盾が衝突し、横転した土竜はそのまま大地に叩きつけられた。
「良いザマだね、土竜野郎!」
 そして、その頭部に向かってフォークスのデュミナスが機刀を振り下ろす。
 その衝撃で砂が舞い上がり、それに混じって空中高く刎ね飛ばされた土竜の首は、大地に落下する前に黒い霧となって霧散する。
 続いて、頭部を失った胴体も大きく痙攣するとすぐに動かなくなり、頭部同様霧散するのであった。


「カッテ……すぐ……行く……」
 時間は戦闘開始直後に戻る。
 シェリル・マイヤーズ(ka0509)は音桐 奏(ka2951)の操縦する魔導トラックの荷台から、砂漠の向こうに立つ巨大な鎧竜に向かって、トラックに装備された銃での威嚇射撃を繰り返していた。
「こっちを……見て……!」
 シェリルが焦りを顕にして、小さく叫ぶ。
 鎧竜の装甲のあちこちに銃弾が着弾し、その度に甲高い金属音が砂漠に木霊する。弾丸は弾かれており、鎧竜にダメージを与えられていないのだ。
 しかし、この牽制が相手の傷にならないことは、ハンターたちにとっても想定の範囲内である。問題は、この攻撃によって鎧竜の注意を此方に引きつけられないことであった。
 鎧竜は銃撃の来た方向に注意を払う事すらなく、執拗にカッテのドミニオンを追い詰めているのだ。
「リリ……力を貸して……!」
 業を煮やしたシェリルは、意を決したように立ち上がり、傍らに蹲るリーリーの『リリ』を撫でる。
 だが、その瞬間焦るシェリルを制止するように十色 エニア(ka0370)が前に出た。
「ここは私に任せてくれないかな? ……考えがあるんだ」
「……エニア……でも……」
 しかし、エニアは不安そうなシェリルを安心させるように笑うと、こう言った。
「大丈夫。だって私、シェリルと皇子の事、応援してるからっ!」
「え……っ」
 見る見る顔が赤くなるシェリルにもう一度、悪戯っぽく笑うと、エニアはまるで妖精が舞うような動きで夜の砂漠へと溶け込んでいく。
「……違う……! そう言う事じゃ……ないからっ……!」
 そのエニアの背中に、赤面したシェリルの叫びは最早届かなかった。


「フン! デク人形一体でよく戦ったと褒めておこう。だが、ここまでだ!」
 そして、シェリルたちの牽制も空しく、鎧竜は遂にカッテのドミニオンを追い詰めていた。
 唯一の武器であるアサルトライフルの弾はもはや尽きかけ、退避しようにも鎧竜の尻尾の間合いである。
「万事休す、ですね。でも……」
 カッテの額に汗が浮かぶ。しかし、彼には最後まで諦めるつもりなどなかった。
「父上、姉上……」
 何か、手は無いか。そうカッテが思案した時、突如ドミニオンの計器が背後から接近する人影を捕えた。
「妖精……? 僕は幻を見ているのですか?」
 一瞬だけモニターの中を横切った存在が纏っていた雰囲気に、カッテが思わずそう呟いた瞬間、突如彼のドミニオンに異変が起きた。
「これは……マテリアルの出力が増大している……?」
「この期に及んで余所見などしおって!」
 カッテが思わずドミニオンの頭部を動かしたのを見て、激昂した鎧竜が遂に尻尾を振り上げた。
「皇子、避けて!」
 その瞬間、コックピットにエニアの声が響く
「……!」
 歯を食い縛って操縦桿を引くカッテ。その瞬間、ドミニオンは本来のカタログスペック以上の瞬発力を発揮し、紙一重で瘤の一撃を回避した。
「ぬうううっ!?」
 鎧竜が唸る。
「やった……! 二人共、今だよ!」
 そして、たった今カッテの機体にマテリアルで一時的に機動力を高める「悪戯」をしたばかりのエニアは、砂の上に着地すると此方に近づくトラックに向かって叫んだ。
「……幻獣か!?」
 ここまで、ハンターたちの牽制に注意を払わず、カッテのドミニオンに集中していたことが、ここに来て鎧竜の仇となっていた。
 彼は、砂煙を立てて此方に疾走して来るリリに気付くのが遅れたのだ。
「ぐぬぅ!」
 そして、リリがその鋭い爪で鎧竜を蹴りつける。爪は足を覆う装甲に阻まれて傷を与えることが出来なかったが、鎧竜を怯ませるには十分だった。
「鳥如きがぁ!」
 怒りに任せて拳をリリに叩きつけようとする鎧竜。しかし、リリは持ち前の素早さを生かして、あっという間に鎧竜の尻尾の届かない範囲へと逃げ去った。
 そして、その隙にリリとは反対の方向から接近して来ていたシェリルが、すかさずワイヤーを鎧竜の体表の突起に絡みつけるとその身体にロッククライマーのように、あるいは城壁を攻める兵士のようによじ登った
「よくも……カッテをいじめた……許さない……」
 これだけ密着すれば、体の小ささはむしろ有利だ。シェリルは遠くからでは解らない鎧竜の装甲の隙間を難なく見つけると、怒りに任せて刀を突き立てる。
「この虫共め!」
 鎧竜は咄嗟に手を伸ばしてシェリルを捕まえようとする。
「虫じゃなくて、妖精って呼んで欲しいかな!」
 しかし、突然闇の中から姿を現したエニアが鎧竜に鎌で切りつけた。刃は狙い違わず装甲の隙間に食い込み、鎧竜は激痛に咆哮を上げる。
「かくなる上は……纏めて叩き潰してくれる!」
 そして、鎧竜はその逞しい両腕を大地に叩きつけ、四足歩行形態をとった。
「残念ですが……貴方の事は十分に観察させてもらいました。ご自分で理解しておられますか? 固い装甲では守れない場所を」
 だが、その瞬間を待っていたかのように岩陰から奏がライフルを構えた。
「カナデ……!」
 シェリルが叫んだ直後、ライフルから弾丸が放たれる。そして、見事に鎧竜の右足の隙間に命中した弾丸は、纏っていた冷気で急速に鎧竜の足を冷却していく。
「バカ……な……!」
 突撃のために四肢に力を漲らせていた鎧竜は、後足が利かなくなったことで、がくんとバランスを崩してしまう。
「……止めを刺す……エニア……リリ……!」
「任せてっ!」
 そして、シェリルとリリ、そしてエニアはここぞとばかり鎧竜への猛攻を開始した。


 そして、その隙に奏は再度トラックに乗ると、車体をカッテのドミニオンに横付けしてこう呼びかけていた。
「損傷の酷いCAMよりは魔導トラックの方が何かと有用でしょう。乗り換えの為の時間は今、皆さんが稼いでくれています」
「ありがとう、奏。ですが……」
 カッテは迷っていた。
それは、自分も皆と戦いたい、というような理由ではなかった。
彼の経験や知識が、この状況で降車と乗り換えを行うということについて警告を発していたのだ。
「もしもの場合はおひとりで離脱してください。貴方が背負うものの為に」
 奏が言い募る。
「……わかりました」
 結局、カッテは奏に従った。それは、この状況では言い争う方がより危険であると判断したからである。
「何……? 彼奴め、この局面で何を……!」
 シェリルたちの攻撃を受け続ける鎧竜の眼に入ったのは、今まさにCAMのコックピットから出ようとするカッテの姿であった。
「逃げる……というのか! この戦の最中に! この俺を散々愚弄しておいて……!」
 鎧竜の殺気、いや負のマテリアルが膨れ上がる。
 いわゆる、戦士の誇りとでもいうべき感情が、敵前逃亡とも取れる行為に嫌悪を抱いたのか。あるいはこの戦闘で最初から鎧竜を翻弄し続けたドミニオンのパイロットを逃がすのが癪に障ったのか。
 いずれにしろ、このカッテの行動は鎧竜の怒りを爆発させることとなった。
「腰抜けが!」
 鎧竜は、未だに奏の攻撃で強張っている後ろ脚に頼らず、前足だけに力とマテリアルを込めた。
 鎧竜の前足が膨れ上がり。濃密な負のマテリアルが周囲に渦巻く。
「まさか、皇子を……? やらせないよっ!」
 エニアは、鎧竜が突進を行おうとするのを見て、咄嗟にシェリルと同じようにワイヤーで鎧竜に掴まった。
 しかし、これは却って逆効果だった。
「逃がさんぞ!」
 鎧竜は前足の力だけで、その巨体をカッテのドミニオンに向けて跳躍させた。
 四肢を使った突進に比べて、距離こそ短いが衝撃力では引けを取らないその一撃は、まずリリを跳ね飛ばし、続いてワイヤーで鎧竜と繋がったままのエニアとシェリルを引きずったまま、カナデのトラックとカッテのドミニオンに激突する。
「「……!」」
 砂漠に木霊した悲鳴は誰のものだったか。
 トラックとドミニオンはその操縦者ごと宙を舞い、シェリルとエニアもしなったワイヤーに振り回され、地面に激しく叩きつけられた。


「う……」
 カッテが意識を取り戻したのは、鎧竜の立てる地響きによってだった。
「貴様……覚醒者ではないのか」
 鎧竜の大声が完全にカッテの目を覚まさせる。
 カッテは未だ操縦桿を握っており、衝撃でハッチが吹き飛んだコックピットからは鎧竜が此方を見ているのが良く解った。
「……がっかりしましたか?」
 額から流れる血で、半分が赤く染まった顔で、カッテは片目を瞑って見せる。
「……フン、この期に及んでその心意気や良し! 良かろう、一撃で楽にしてやる」
 鎧竜がゆっくりと尻尾を振り上げる。
「ここまで、なんですね……」
 怪我により意識が朦朧としてきたせいか、全てがゆっくりに感じるカッテの視界の端に、鎧竜の後ろで必死に身を起こし、此方に向かって手を伸ばす姿だった。何か叫んでいるようだが、その内容までは聞こえなかった。
(シェリル……ごめんなさい。姉上、父上……)
 カッテの視界が徐々に暗くなり始める。
『赤毛は、デコイになる宿命でも背負わされてるのかい?』
 スラスターの光と共に突っ込んで来たフォークスの機体がワイヤーを放ったのは、尻尾が限界まで引き絞られた正にその瞬間だった。
 ワイヤーが上手く尻尾に絡みついたのを確認したフォークスは早速、ワイヤーのリールを巻き取る。
「貴様!」
 突然重量がかけられたことで、尻尾の軌道はドミニオンとカッテからずれる。更に、尻尾の拘引と、ワイヤーの巻き取りにより一瞬で自機を鎧竜に密着させたフォークスは、驚愕に叫ぶ鎧竜の口にクローを叩き込んだ。
「暫くぶりじゃないか石頭! 挨拶代わりにこれでも食らいな!」
「ぐあっ……!」
 口から血を吹き出してよろめく鎧竜の背中に、レホスの機体がマシンガンを浴びせる。
「遅くなってごめん! 皇子様は絶対に守るよ!」
「やれやれ、これは始末書ものか」
 オレーシャも援護射撃を行いながら、溜息をつく。しかし、その顔は安堵の表情を見せていた。


「……ごめん……ごめんね……カッテ……」
 そして、次にカッテが意識を取り戻したときにはドミニオンのコックピットにシェリルが辿り着いていた。
(シェリル……)
 何とか喋ろうとするカッテだが、言葉が出てこない。
 一方、シェリルはカッテが気絶していると思っているのか、カッテに息があることを確認した後はひたすらコンソールを操作していたが、やがて歓声を上げた。
「まだ……鉄の心……生きてる!」
 シェリルの操作で、ドミニオンは全身を軋ませつつも、なんとかアサルトライフルを持ち上げる。
「人間共があああっ!」
 一方、鎧竜はフォークスとレホスの攻撃で満身創痍になりながらも、何とか二機を引き剥がす。しかし、その瞬間シェリルの操縦するドミニオンがそのライフルの銃口を鎧竜の口に突っ込んだ。
「がっ……」
「……今度こそ……!」
 しかし、止めを刺すべくトリガーのボタンを押そうとしたシェリルの片腕に激痛が走った。
「……!」
 どうやら、落下の衝撃で相当な傷を負っていたらしく力が入らない。
「!……カッテ……?」
 だが、次の瞬間にはカッテの掌がシェリルの動かない方の掌に重ねられていた。
「シェリル……!」
 カッテの手の温もりがシェリルの掌に伝わる。
(あったかい……)
 そして、シェリルはこの瞬間カッテの想いを唐突に理解した。
「……そっか……カッテも……痛かったんだね……」
 陛下と父上があんなことになって、でも帝国という国家が止まることは許されなくて。
「……カッテも……戦いたかったんだね……」
 自分が戦えないもどかしさを抱えて。
「……大丈夫……!」
 シェリルは我知らずの内に、声に出して呟いていた。
「……一緒に……戦うから……!」
「……ありがとう、シェリル」
 カッテはそう呟き、シェリルの代わりにトリガーのスイッチを押し込む。
「……!」
 その一瞬、ドミニオンのコックピットを見ていた鎧竜とカッテの目が合い――カッテは確かに鎧竜の眼が笑うのを見た。

 ――小僧、貴様か

 口に銃口が突き刺さった状態でそれが言葉になる筈も無く、次の瞬間にはアサルトライフルが残っていた銃弾を全て吐き出し、頭部を吹き飛ばされた鎧竜は地響きを立てて、仰向けになり、夜の砂漠へと霧散して行った。


「専用機といっても実質は憲兵大隊の共用だ。首都の治安を守る我々はこういう形で国民に力を示していかなければならない。あの装飾はパレードのためだよ」
戦闘が終わり静けさを取り戻した砂漠で水を飲みながらオレーシャがレホスに説明していた。
「まあ、立場上私が乗ることが多くなるだろうがな……」
 レホスは難しい顔をしていたが、笑顔になってこういった。
「でも、それだって必要なことだよ。リアルブルーの軍隊にだって同じような事はあったし……CAMの量産が確立されたことを知らせるのは良い事だと思う」
「だが、CAMが量産されれば、こんな光景は帝国のどこでも見れなくなるぞ」
 そう言ってオレーシャは満天の星空を見上げた。
「……」
 かつて、CAMや魔導アーマーの燃料となる鉱石マテリアルを採取するために任務でもそんな会話があったことを思い出し、俯くレホス。
「それに、星空の下であんな微笑ましい光景が繰り広げられることもな」
 レホスの気分をほぐすためか、悪戯っぽく言ったオレーシャがドミニオンのコックピットを指さす。
 そこでは、コックピットに差し込む星明かりに照らされたシェリルとカッテがお互いに寄りそうにして眠りに落ちていた。
 傍らのエニアは人差し指を唇に当てて、悪戯っぽくレホスたちの方を振り向いて見せる。
「この世界には、まだまだ観察するべきことが多いということですね」
 その光景に背を向け、奏が帽子を被り直すのだった。

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  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 理由のその先へ
    レホス・エテルノ・リベルター(ka0498
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ランチャードミニオン
    射撃支援型ドミニオンMk.IV(ka0498unit001
    ユニット|CAM
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    リリ
    リリ(ka0509unit001
    ユニット|幻獣
  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
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    マドウガタデュミナス
    魔導型デュミナス(ka0570unit001
    ユニット|CAM
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    ユニット|幻獣
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    音桐 奏(ka2951
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
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    魔導トラック
    魔導トラック(ka2951unit001
    ユニット|車両

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 皇子への質問所
音桐 奏(ka2951
人間(リアルブルー)|26才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/10/04 22:31:18
アイコン 【相談卓】VENGEANCE
フォークス(ka0570
人間(リアルブルー)|25才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/10/05 23:00:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/10/01 22:06:45