ゲスト
(ka0000)
【剣機】遭遇、戦いの始まり
マスター:旅硝子

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 5~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/22 09:00
- 完成日
- 2014/09/30 09:04
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
――イルリヒト機関、校長室。
「大変お久しぶりですな、錬魔院院長。教育機関には興味がないものと思っておりましたが」
イルリヒト校長アンゼルム・シュナウダーは、無表情にナサニエル・カロッサ(kz0028)に言い放った。
向かいに設けられたソファに座りもせず歩き回るナサニエルは、対照的に嬉しそうな顔だ。
「実験体でもない思春期の少年少女なんて扱い方がわかりませんよぉ。人体実験は陛下に禁止されてるし」
その言葉にアンゼルムは、諦めたように首を振った。
「……それで、自らいらしたのはなぜでしょう? 人をよこしては済まない任務でも?」
「その通りです! 偉いですねぇさすが校長先生!」
にこにこ笑うナサニエルに、アンゼルムは溜息を隠そうともしなかった。
手の付けられないナサニエルの態度に対してでもあるが――イルリヒトの生徒にとって、過酷な任務が下されることへの嘆きでもあった。
確かにイルリヒトの生徒は覚醒者である。けれど同時に、まだ精神的にも肉体的にも若すぎる少年少女でもある。
持つ力が強くても、まだ脆い。だからこそアンゼルムは、軍であり実験施設であった、それでしかなかったイルリヒトを、教育機関へと作り変えたのだから。
とはいえ、覚醒者でありエリート軍人たる将来を約束されたイルリヒトの生徒達は、それゆえに危険な任務であっても赴かねばならぬのも事実。
表情を曇らせる彼には頓着せず、ナサニエルは部屋を歩き回りながら笑顔で語り出す。
「以前ハンターに手伝ってもらって設置したマテリアル観測装置がね、非常に大きな反応を示しているんですよ。当然雑魔じゃない。並の歪虚でもありえない。並以上の歪虚でもまだ足りない。要するに……」
ナサニエルは言葉を切って、びしりとアンゼルムに指を突きつける。
「剣機ですか」
「って僕の言葉取らないで下さいよぉ。まぁ、その通りなんですけどぉ」
アンゼルムに決め台詞を取られ、むぅと頬を膨らませ――すぐさま笑顔に戻ったナサニエルは、執務机の上に地図を広げてみせる。
「既に回収したデータから当たりは付けています。こことここ、それにここと、こことこことここの装置に通過反応が多かったから……」
地図上に次々に黒インクで付けられていく点。
そして最後にナサニエルは、ペンを無造作に赤インクに浸し、帝国北西、アネリブーベとカールスラーエ要塞、北海鎮守府の中央にバツ印を付けた。
「この辺り! 間違いありませんねぇ、ここで待ち構えていれば遭遇できます! ああ行きたいなぁ見たいなぁ解体したいなぁ! 研究材料にしたいなぁ! ねぇイルリヒトに剣機持って帰れるくらい優秀な生徒いないんですか?」
うっとりした表情から急に真顔になって尋ねられ、アンゼルムはそっと何かを堪えるように唇を結んでから、軽く溜息をついて口を開く。
「残念ながら。皇帝陛下が大勢いれば可能かもしれませんな」
「ぶっ壊されちゃうじゃないですかぁ!? ……あと怖いから嫌ですねぇ」
急にトーンダウンするナサニエル。
「じゃあまぁ、確認頼みますよぉ。僕、研究室で待ってますんで」
「わかっております。剣機の出現は、帝国の一大事でもありますから――」
アンゼルムの言葉を待たず、閉まる扉。
イルリヒト機関の校長は、深いため息をつき――4人のイルリヒト生徒を呼び出す。
「剣機は帝国が総出で相手をするような、非常な脅威だ。それと遭遇する可能性は非常に高い――今回の任務は剣機の存在の確認であり、撃破でも傷を与える事でもない。常に撤退を意識し、必ず全員揃って戻りなさい」
任務と共にそう厳しい口調で伝えた校長アンゼルムは、さらに自らハンターズソサエティで依頼を出し、集まったハンター達に頭を下げる。
どうか、まだ未熟な生徒達と共に征き――無事に帰って来てもらいたいと。
――ナサニエルの分析は確かだった。
正確すぎた、と言うべきかもしれない。
地図に印を付けられた岩山の中腹に、イルリヒト生徒達とハンター達が赴いたまさにその瞬間、遥か上空から急降下した巨大な竜のようなものが、爪に掴んでいたコンテナを落とし――そこに人間がいるのに気付いて敵意を剥き出しにしたのだから!
「あれが剣機!?」
イルリヒト生徒ベルフラウが声を上げ、聖機剣を展開する。ゲルトが眼鏡の奥の瞳を細め、後ろに下がれるよう体勢を整えながらガントンファーを構える。
双頭を持つ竜の形をしたそれは、腐敗と鋼鉄の塊であった。
片方の頭は紫色に変色し、今にも崩れ落ちそうに見える。片方の頭は鋼の装甲に覆われ、口の奥では光が揺らめいていた。
爪は運搬用に調整されたのか、さして長くも鋭くもないように見える。けれど、腋の下に付けられた二丁のガトリングガンが、殺意を露わにしていた。
ゆらりと弧を描いた二股の尾の先には、鋭く金属光を放つ巨大な剣。
さらに落下の衝撃で開いたコンテナから、同じように腐敗と鋼鉄に覆われたゾンビ達が現れる――!
「剣機確認、任務は達成された! 逃げるぞ!」
エルガーが叫ぶように声を掛けた瞬間、ごっ、と鋼鉄頭の口の奥で揺らめいていた光が爆ぜた。
咄嗟に避けたハンター達が、光の軌跡に顔を引きつらせる。
背後にあった大きな岩は、跡形もなく消し飛んでいた。
覚醒者であるハンター、そしてイルリヒト生徒が同じように一撃で消し飛ぶことはないだろう。しかし――無事でいられるはずもない。
「逃げるべ! 校長先生もそう言ってた!」
ハラーツァイの言葉に頷き、全員が一気に走り出す。その数秒後、さっきまで立っていた場所は、毒のブレスで紫に染まっていた。
「追ってきます!」
「当たり前だ!」
ベルフラウの叫びにゲルトが叫び返す。その背を狙ったのは――急降下をかけた剣機の尾の剣!
声をかけ、ゲルトが振り向いて、避ける……そんな余裕はない。動けるならば、己のみ。
(……それに、ゲルトの方が強いし、役に立つし……)
覚悟を決めたように、ベルフラウが笑う。そして――声にならぬ叫びと共に、自ら剣の軌跡に飛び込む。
それにゲルトが気付いて振り向いた時。
熱い血が、頬をべたりと濡らした。
同輩の少女が、胸から腹にかけて深い深い傷を負って、なのに仄かな笑顔を浮かべて、倒れていく――
「馬鹿! 何をして……!」
受け止めたベルフラウは、返事をしなかった。息はある――が、魔法による治療でも、今すぐ戦えるようにはならないだろう。
「一撃で、これか……」
ハンターの誰かが呟いた。傷一つなかったベルフラウを、一撃で戦闘不能に追い込むだけの威力。
この人数で相手できる敵ではない。けれど。
情報を持ち帰ることはできる。
誰一人欠けずに帰ることも――できるかどうかではない、やるのだ!
「みんなで、逃げ帰ろう!」
誰かが言った言葉に、賛同の声――それを阻まんと、剣機が、ゾンビが迫る!
「大変お久しぶりですな、錬魔院院長。教育機関には興味がないものと思っておりましたが」
イルリヒト校長アンゼルム・シュナウダーは、無表情にナサニエル・カロッサ(kz0028)に言い放った。
向かいに設けられたソファに座りもせず歩き回るナサニエルは、対照的に嬉しそうな顔だ。
「実験体でもない思春期の少年少女なんて扱い方がわかりませんよぉ。人体実験は陛下に禁止されてるし」
その言葉にアンゼルムは、諦めたように首を振った。
「……それで、自らいらしたのはなぜでしょう? 人をよこしては済まない任務でも?」
「その通りです! 偉いですねぇさすが校長先生!」
にこにこ笑うナサニエルに、アンゼルムは溜息を隠そうともしなかった。
手の付けられないナサニエルの態度に対してでもあるが――イルリヒトの生徒にとって、過酷な任務が下されることへの嘆きでもあった。
確かにイルリヒトの生徒は覚醒者である。けれど同時に、まだ精神的にも肉体的にも若すぎる少年少女でもある。
持つ力が強くても、まだ脆い。だからこそアンゼルムは、軍であり実験施設であった、それでしかなかったイルリヒトを、教育機関へと作り変えたのだから。
とはいえ、覚醒者でありエリート軍人たる将来を約束されたイルリヒトの生徒達は、それゆえに危険な任務であっても赴かねばならぬのも事実。
表情を曇らせる彼には頓着せず、ナサニエルは部屋を歩き回りながら笑顔で語り出す。
「以前ハンターに手伝ってもらって設置したマテリアル観測装置がね、非常に大きな反応を示しているんですよ。当然雑魔じゃない。並の歪虚でもありえない。並以上の歪虚でもまだ足りない。要するに……」
ナサニエルは言葉を切って、びしりとアンゼルムに指を突きつける。
「剣機ですか」
「って僕の言葉取らないで下さいよぉ。まぁ、その通りなんですけどぉ」
アンゼルムに決め台詞を取られ、むぅと頬を膨らませ――すぐさま笑顔に戻ったナサニエルは、執務机の上に地図を広げてみせる。
「既に回収したデータから当たりは付けています。こことここ、それにここと、こことこことここの装置に通過反応が多かったから……」
地図上に次々に黒インクで付けられていく点。
そして最後にナサニエルは、ペンを無造作に赤インクに浸し、帝国北西、アネリブーベとカールスラーエ要塞、北海鎮守府の中央にバツ印を付けた。
「この辺り! 間違いありませんねぇ、ここで待ち構えていれば遭遇できます! ああ行きたいなぁ見たいなぁ解体したいなぁ! 研究材料にしたいなぁ! ねぇイルリヒトに剣機持って帰れるくらい優秀な生徒いないんですか?」
うっとりした表情から急に真顔になって尋ねられ、アンゼルムはそっと何かを堪えるように唇を結んでから、軽く溜息をついて口を開く。
「残念ながら。皇帝陛下が大勢いれば可能かもしれませんな」
「ぶっ壊されちゃうじゃないですかぁ!? ……あと怖いから嫌ですねぇ」
急にトーンダウンするナサニエル。
「じゃあまぁ、確認頼みますよぉ。僕、研究室で待ってますんで」
「わかっております。剣機の出現は、帝国の一大事でもありますから――」
アンゼルムの言葉を待たず、閉まる扉。
イルリヒト機関の校長は、深いため息をつき――4人のイルリヒト生徒を呼び出す。
「剣機は帝国が総出で相手をするような、非常な脅威だ。それと遭遇する可能性は非常に高い――今回の任務は剣機の存在の確認であり、撃破でも傷を与える事でもない。常に撤退を意識し、必ず全員揃って戻りなさい」
任務と共にそう厳しい口調で伝えた校長アンゼルムは、さらに自らハンターズソサエティで依頼を出し、集まったハンター達に頭を下げる。
どうか、まだ未熟な生徒達と共に征き――無事に帰って来てもらいたいと。
――ナサニエルの分析は確かだった。
正確すぎた、と言うべきかもしれない。
地図に印を付けられた岩山の中腹に、イルリヒト生徒達とハンター達が赴いたまさにその瞬間、遥か上空から急降下した巨大な竜のようなものが、爪に掴んでいたコンテナを落とし――そこに人間がいるのに気付いて敵意を剥き出しにしたのだから!
「あれが剣機!?」
イルリヒト生徒ベルフラウが声を上げ、聖機剣を展開する。ゲルトが眼鏡の奥の瞳を細め、後ろに下がれるよう体勢を整えながらガントンファーを構える。
双頭を持つ竜の形をしたそれは、腐敗と鋼鉄の塊であった。
片方の頭は紫色に変色し、今にも崩れ落ちそうに見える。片方の頭は鋼の装甲に覆われ、口の奥では光が揺らめいていた。
爪は運搬用に調整されたのか、さして長くも鋭くもないように見える。けれど、腋の下に付けられた二丁のガトリングガンが、殺意を露わにしていた。
ゆらりと弧を描いた二股の尾の先には、鋭く金属光を放つ巨大な剣。
さらに落下の衝撃で開いたコンテナから、同じように腐敗と鋼鉄に覆われたゾンビ達が現れる――!
「剣機確認、任務は達成された! 逃げるぞ!」
エルガーが叫ぶように声を掛けた瞬間、ごっ、と鋼鉄頭の口の奥で揺らめいていた光が爆ぜた。
咄嗟に避けたハンター達が、光の軌跡に顔を引きつらせる。
背後にあった大きな岩は、跡形もなく消し飛んでいた。
覚醒者であるハンター、そしてイルリヒト生徒が同じように一撃で消し飛ぶことはないだろう。しかし――無事でいられるはずもない。
「逃げるべ! 校長先生もそう言ってた!」
ハラーツァイの言葉に頷き、全員が一気に走り出す。その数秒後、さっきまで立っていた場所は、毒のブレスで紫に染まっていた。
「追ってきます!」
「当たり前だ!」
ベルフラウの叫びにゲルトが叫び返す。その背を狙ったのは――急降下をかけた剣機の尾の剣!
声をかけ、ゲルトが振り向いて、避ける……そんな余裕はない。動けるならば、己のみ。
(……それに、ゲルトの方が強いし、役に立つし……)
覚悟を決めたように、ベルフラウが笑う。そして――声にならぬ叫びと共に、自ら剣の軌跡に飛び込む。
それにゲルトが気付いて振り向いた時。
熱い血が、頬をべたりと濡らした。
同輩の少女が、胸から腹にかけて深い深い傷を負って、なのに仄かな笑顔を浮かべて、倒れていく――
「馬鹿! 何をして……!」
受け止めたベルフラウは、返事をしなかった。息はある――が、魔法による治療でも、今すぐ戦えるようにはならないだろう。
「一撃で、これか……」
ハンターの誰かが呟いた。傷一つなかったベルフラウを、一撃で戦闘不能に追い込むだけの威力。
この人数で相手できる敵ではない。けれど。
情報を持ち帰ることはできる。
誰一人欠けずに帰ることも――できるかどうかではない、やるのだ!
「みんなで、逃げ帰ろう!」
誰かが言った言葉に、賛同の声――それを阻まんと、剣機が、ゾンビが迫る!
リプレイ本文
優雅、とは程遠いその姿が、上空に現れた時。
「ふふん、この偉大なる私が居れば撤退せずとも倒せるわ! 任せておきなさ……」
余裕の笑みを浮かべたアイヴィー アディンセル(ka2668)が――その唇の端を、笑みの形のまま引きつらせ――飛び退いけのは、ハンターとしての経験ゆえに体が動いてくれたから。
(ほわあああ~~~!? 何だっていうの、あの化け物!?)
完全に『消えた』岩があった場所を見、アイヴィーの身体がぞくりと震える。
「ありゃ、タバコの火をつけるには火力が高すぎだぜェ!」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)が顔を歪め、紙巻タバコを思わずぎりりと噛む。
「ふ、ふふん? 偉大なるわっわ、わわたしの、が、出る幕も無いわね! 逃げる訳無いじゃない、あいつらとは逆方向へ進むだけよ!」
普段ハンター達が相手にする歪虚とは、数段以上違う強さ。『剣機』――それは、暴食の眷属にして、機導術と思しき改造を受けし、凶悪なる歪虚。
まだ長いとは決して言えぬ帝国の歴史には、その文字がいくつも刻まれて、それぞれが『異なる個体』を表す。
「あれが当代の剣機……まさか、まさかまさかまさかこんなに早く、それも一番に逢えるなんて!」
南條 真水(ka2377)の瞳は厚い眼鏡に隠され見えないが、輝きに満ちていることだろう。
「嬉しいなあ、まるでとびっきり悪い夢の中にいるみたい!」
そしてこの場所に彼女の友人にしてこの邂逅を世話した張本人がいたならば、愉快そうに頷いただろう。
「悪い現実にならないようするしかないな」
そう呟いたエルガーに、米本 剛(ka0320)は全くですねと頷く。
「幸か不幸か……ドンピシャで『剣機』に鉢合わせするとはね」
そっと剛は額の汗を拭う。軍人として、武人であらんとして戦いに身を投じていたからこそ理解出来る相手の脅威が、ひしひしと身に迫る。
「本当に。早々に本命に遭遇できたのは幸か不幸か……」
落ち着いた表情で、僅かに眉を寄せるロニ・カルディス(ka0551)。けれどそれとは裏腹に、武器と盾を握り締める力は、腕まで筋が浮くほどだ。
「あれも斬ってみたいけどどう見ても勝てる相手じゃないよね」
十六夜(ka0172)が振り返りつつ呟いて、すぐに前へと向き直る。
「殺す気満々て感じだな」
ヴィルナ・モンロー(ka1955)の評は、さらに単純であった。
「こんな強いやつがいるなんて嬉しいねぇ。殺されてやる気はさらさらねえけどな!」
けらりと笑ったヴィルナは、むしろ剣機を倒さんとかかっていきたそうにすら見える。今は逃げるしかないけれど、彼女は心に誓うのだ。
「いつか絶対ぶっ壊す」
――ハンター達とイルリヒト生徒達は身を翻し、斜面を駆け下りていた。
追う剣機、逃げる者達――風切り音。叫び。自ら仲間を狙った刃に飛び込み、倒れていく少女。
急いで体格の良いエルガーが急いでベルフラウを背負う間、盾を持つハンター達がそれを守り――身体を反転させ剣機の元へと、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が飛び込んでいく。
「ヒース!」
思わず名を呼んだ仲間に、ヒースは振り向かず告げる。
「先に行ってなよ、囮さぁ」
その声に宿るのは、我が身に代えても皆を、という意志ではない。ひどく危険なのは間違いないが、それでも。
ヒースが追いつくことを信じ、一同は前へ向き直る。
「敵に背を見せるのは、大王たるボクの信条に反するが、まあ良い」
少し悔しげに、けれどディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)はすっと表情を引き締める。
今回の任務は、勝つことではない。――生きること。そして。
「重要なのはどうやって得た情報を伝えるかということだな。負傷者もいるのだ」
小さく細い体が凛と立つ。守りの構えを取り、バックラーの持ち手をしかと握って。
エルガーに背負われ、力なくぐったりとした少女に、十六夜が目を向ける。
「ベルちゃんは後でお仕置きが必要ね……」
おどけたような、ちょっと嗜虐的な言葉とは裏腹に、その口ぶりや表情には、心配がはっきりと滲んでいた。
「聖導士として……戦友としては良いかも知れませんが……」
剛もそう呟く。仲間を庇った行為は、褒められこそすれ責められることではない。けれど。
命を失うかもしれぬと思いながら、何故彼女はあの時、微笑んだまま仲間を庇ったのか?
黙ったままゲルトが唇を噛む。彼は、エルガーに背負われたベルフラウの方を向こうとはしなかった。――向けなかった、のかもしれない。
「英雄気取りなんざ、ごめんだ。あの世で讃えられたかねェ」
吐き捨てるようにそう言ったロクス・カーディナー(ka0162)は、全員の顔を見渡す。
「ンなもん押し付けるつもりも無ェ、だからよ、お前らも生き残れや?」
普段の気だるさはなりを潜め、戦いに挑むロクスの表情は闘志に溢れ、けれどその口調はどこか優しかった。
生き延びる。それもまた、この凶悪な強さを誇る敵の前では、立派な戦いに他ならぬ。
「お嬢ちゃんも回復したらよ、一杯引っ掛けようぜ、俺の奢りでな」
その言葉に思わず明るい声が上がる。ここにいる14人、全員奢るとは剛毅な計らいだ。
「よし! 傾斜を利用しろ、お前らは前だけ見て逃げろ! 後ろは俺に任せとけ!」
イルリヒト生徒達にそう声を掛け、シガレットは煙管を抜く。名前通りのシガレットを愛する彼だが、攻守に使えるのは煙管の方だ。
「……まぁ、ここから生きて帰ってから考えるとしよう」
ロニが駆け出す仲間達の状況を確認してから、己も一気に地を蹴り傾斜を転がるように走り出す。
剣機との遭遇は、幸いであったのか。不幸であったのか。
それを決めるのは――これからだ。
銃声。決して長くはないデリンジャーの射程をいっぱいに使い、気を惹いたヒースはすっと目を細める。
「お前に挑む者が1人いるよ。雑魚1匹倒せずに進むほど無様なのかな、お前はぁ?」
僅かに間をおいて、2つの頭が順にブレスを吐く。先に来た毒のブレスはマルチステップで、光のブレスはすぐ傍の岩を盾にして、目を逸らさぬまヒースは攻撃をかわす。
己の挑発に乗ったようには、感じられなかった。近くの者を単に攻撃するという、一種機械的なものすら感じさせる動き。
射程を見極めるように距離を離す。大きな翼を羽ばたかせながら、両脇のガトリングガンがヒースを狙う。雨の如き弾丸は、彼をしても全て避けること能わず肩に、腕に穴を穿つ。
ブレスに比べれば威力は少ないようだと、己の傷や銃痕から冷静に測る己がいた。それと同時に、近付いてくる死の足音を聞きながら、嗤いを浮かべる己がいた。
距離を取ればその分だけ追ってくる。まるでその巨体そのものが死の如く。
体が震える。歯がガチガチと鳴る。なのに笑んでいる。
生きている。生きている! 生きている!!
闇があるから光があるように、生死の狭間に踏み入るほど、彼は生を実感できる。
けれど。
死ねない。
この命は、友を殺して得たものだから。
「犠牲の上に立つ者は、道半ばで無様に倒れるわけにはいかないんでねぇ」
そろそろ己も限界だが、仲間達もかなりの距離を稼いだとみて、一気にマテリアルを活性化させた脚で駆け抜ける。斜面を、飛ぶかのように。
時折バランスを崩し地面に叩き付けられるたびに血が岩を染める。そのたびに命を感じながら、ヒースは生に向かい思い切り駆けた。
石に躓いた大柄な体が、ごろりと斜面を転がった。好機とばかりに近付いてきたゾンビに、立ち上がりざまに一閃を浴びせる。
(ぬぅ、やはり絞った方が良いのですか……ね!)
ヴィルナへと視線を向ければ、転んだ気配に気付いたのか向こうも振り向いたところだった。
「おう気ぃつけな! そこから右斜めの方はずっと足場が悪ぃ。自信ねぇなら斜面に向かって真っすぐ降りろ!」
「そうさせてもらいます!」
返事をしながら、ヴィルナの動きを参考に動いてみる。剛の身体も決して脂肪によって膨れているのではなく、むしろ鍛え上げられた筋肉に覆われているだが――俊敏性はまた別の問題だ。
「ちと先に行かせてもらうぜ。気ぃ付けてもう転ばないようにしろよ!」
それでも転ぶ回数を抑えられているのは、俊敏性に優れたヴィルナが先導し、危ない場所を確認してくれているからだ。
剣機はある程度ヒースが囮になって引き離していたが、ゾンビは逃げる者達をも追ってくる。特にエルガーは、ベルフラウを背負っていることもあり、攻撃されてしまえば回避は困難だ。
ある程度は、左右で受けに優れた武器を持つゲルトとハラーツァイが受け流していく。
けれど。
「っとぉ!?」
ハラーツァイが足を取られ、斜面に叩き付けられる。エルガーの隣が空いた瞬間、そこに一気に迫るゾンビ――!
「任せろ!」
そこに飛び込んだのは、ハラーツァイよりもさらに小柄な体。
転がるように傾斜を使って走り込み、その勢いのままバックラーを使って敵の拳を思いきり逸らす。ロクスが咄嗟に弓を引き、バランスを崩したゾンビの首の後ろを正確に貫く。
さらに起き上がろうとしたハラーツァイの手を、アイヴィーが引っ張り上げる。
「ふふん、この! 偉大なる私に! 感謝すると良いわ♪」
「ありがとなっ!」
ちょっと尊大に胸を張るアイヴィーに、屈託なく礼を言うハラーツァイ。割といいコンビかもしれない。
頷いたアイヴィーは、けれど後方から思わぬ速度で迫ってくる影に、振り向かぬまま顔を引きつらせる。
「……ってあああ! 早くあっちに進みなさい!!」
さっと手を離し、互いに全力で駆ける少女2人。その後方では、転んだ上に銃口を向けられていたヒースを、十六夜が射程外まで引っ張り出してそのまま引きずり駆けていた。
向かってくるゾンビに真っ直ぐ突っ込み、やや出っ張った岩を登って飛び降りざまに顔を蹴りつける。横にあった岩に飛び込んだ次の瞬間、岩が砕け散る。
けれどその一瞬で、十六夜はヒースの首筋を離し、ヒースは体勢を整えていた。
「まだ生きてるよぉ。けど油断は禁物だねぇ」
いつもの調子に戻って言うヒースに、十六夜は無茶するわね、と呆れたように肩を竦める。かなり距離を稼げたのは、その無茶のおかげだと認めてもいるのだが。
けれど最後尾になったロニと真水が、ついに剣機のガトリング掃射を受ける。
「っ……護りの力を!」
剛からのプロテクションを受けつつ、さらに真水はムーバブルシールドで防御を補助して傷を最低限に留めて、ロニはすぐさま己の傷を祈りによって癒し、遅れ気味になったエルガーに届きかけた分はシガレットが煙管を盾に防いだが――特にベルフラウを背負ったエルガーと、これまでゾンビの攻撃をかなり引きつけていたロニは危ない。
「八百万の神々よ……癒しの力を!」
最悪の場合は最後尾で攻撃を受け止める覚悟で、剛が足を緩め連続でヒールをかける。けれど――1つ舌打ちし、守りの構えを取りながら、ロクスが身を翻し剣機の前へと躍り出る。
「――クソ……どうしてこうもまァ、ツいて無ェな!」
弓を背に負い構えるは当然、盾。
「来やがれ腐れ継ぎ接ぎ野郎ォ、ドラ猫1匹仕留めれねェか!?」
叩き付けるように上げた叫びの効果か、それとも近くに来た獲物を仕留めようとするのみか――逃げながらも注意深く観察していた尾の動きを、ロクスは必死に見切り岩陰へと飛び込む。次の瞬間、粉砕された岩の欠片がロクスの身体にいくつも叩き付けられる。
それでも剣の一撃を受けなかったのは、攻撃の時の尾を曲げるクセを読み取り、岩陰に入った瞬間方向転換してみせたから。
岩の破片に殴られたとはいえ傷のうちにも入らない。だが――素早すぎる二撃目を盾で受け止めながらも流しきれずに傷を負う。三撃目はさすがに外れ、地面に深く突き刺さった。
その間にロクスは次の岩陰に狙いを定め――再び、岩を身代わりに攻撃を避け、さらに連続で叩き付けられたもう1本の尾を盾で弾き飛ばす。今度は上に逸れた剣が、額を割り血を噴き出させる。
凄惨、と言うしかない姿。見た目ほど深い傷ではないが、出血が続けば消耗もする。
軽く下を見れば、仲間達は充分に距離を稼いでいる。役目は果たしたと判断し、ロクスは即座に地を蹴った。
「エルガー、そこの足元あぶなっ……あっ」
アイヴィーの注意が僅かに間に合わず、エルガーが数度目の転倒をした。転んだ回数以上にアイヴィーの注意で助かってもいるのだが、背中のベルフラウを庇うため、腕を使わず身体で彼女を守るように転ぶため、何度か打ち付けた顔が腫れあがりひどく痛々しい。
そして――立ち上がったエルガーの足取りがおかしい。見れば、足を捻挫しかけていた。
「エルガー、ボクが代わろう」
「っ……いや、問題ない」
「大ありだ。第一このままエルガーが倒れたら、ベルフラウの命も危ないぞ」
む、と唸り、エルガーがディアドラの申し出に悔しげに顔を歪めた。ディアドラの言葉に対してではない――己の力不足を、悔やむように。
「……すまない、お願いする」
「ああ、民を守るのは大王の務めだ!」
安心させるように笑ったディアドラは、ベルフラウを受け止め体の前で抱える。体躯は小さいが覚醒者、それに筋力は低くはない。
そして、代わりにディアドラのバックラーを指し、エルガーが尋ねる。
「どうやら、今回は槍よりもこっちが必要になりそうだ。大王よ、守りの手伝いをさせてはもらえないか?」
「おお、頼むぞ!」
――そろそろ、岩の斜面が終わる。
逃走という名の戦は、終盤を迎えつつあった。
「同門を見捨てるなよ! 男気みせろや番長ォ!」
シガレットの、エルガーへの発破は、どんな感情であれ傷に耐える力となり支えとなれとの想い。
斜面の最後で、アイヴィーが前につんのめる――が、受け身を取るかのように肩を巻き込んで前転し勢いを殺さぬまま立ち上がる。
「ふ、ふふん! けけけっ計算通りよ!」
強がりを言いながら、そのまま足を動かすアイヴィー。満身創痍のロクスが転がるように皆に追いつく。
坂を利用できぬ分平地の方が速度は下がる。特にシガレットやロニが、適時回復を行いつつだから尚更だ。
剣機の影が、また一同に迫る。
「まだついてくるのか。しつこい奴等だが、なにか残していくかもしれないな」
剣機に、そして追いすがるゾンビ達に、ヴィルナが呆れと興味の混じった呟きを零し、デリンジャーを構える。
意識して、真水やロニ、十六夜が互いの距離を離す。シガレットがディアドラの背中を狙った光のブレスを、煙管で思い切り弾き飛ばす。
己が一番傷に耐えられるだろうと剛が覚悟を決めて、最後方へ、剣機から見れば最前線へ飛び込む。
両手で構えた刀を、受け流しに備え――ギィン、と刃が光を弾き、同時に守りの加護が剛の身体を包む。
弾き切れなかった分のブレスが、胴を穿とうとし――金に光る鎧にある程度を弾かれる。防御の一番厚い場所を狙われたのは、幸運であった。
けれど、もう一撃は――ヒールがあれば。いけるか……そう思い、覚悟を決め癒しの言葉を口にした瞬間。
くるり、と剣機が反転した。
「……っ?」
思わず言葉もなく、誰もが振り向く。
剣機はとっくに背を向けていた。一瞥もくれず、見る間にその巨体が点となり、空の彼方に消える。
――最初に動いたのは、真水。続いてロニが、十六夜が、全員が素早くゾンビの掃討へと移る。
ゾンビの方は撤退する様子はなかったが、剣機とは強さを比べるべくもない。
やがて全てのゾンビが倒れ、消えた草原で――シガレットがベルフラウの応急手当てをする間に、ヴィルナ達が剣機の残したものがないかと漁る。
毒ガスは弾を使い放ってはいないらしく、吐かれた場所の草が枯れた他は残っていない。恐らくは、改造された機械的なものではなく、暴食の眷属としての能力なのだろう。
また、ガトリングガンの弾丸をいくつか拾うことができる。解析すれば、何かがわかるかもしれない。
戻ってきたところで――シガレットが、仲間達に親指を立てる。
「これ以上の無理はさせれねェが、出来る限り早く病院に連れてけば完全に治る怪我だ。……帰ろうぜ」
ほっとしたような声、歓声、頷き――近くの町から転移門をくぐり、一同は全員の命と共に、剣機襲来、その能力の情報を持ち帰ったのだった。
帝都の病院で、起き上がれるようになったベルフラウに、十六夜がデコピンを喰らわせた。
「あてっ!?」
「戦友を庇い護るのは尊い行為だけど、それは自分の命も守れて初めて出来ることだよ?」
ベルフラウにも、何か考えがあったのかもしれないが――それでも、言いたかった。
命を粗末にはしてほしくないと。
やや離れた場所で花瓶に花を活けていた剛が、振り返る。
「そもそも、ゲルトくんの方が優秀だから、彼が生きるべきだ、なんて間違いです」
「でも」
「両方、生きるべきなんです。それに今の力で、将来など計れない」
にこりと笑って、剛は大きな胸板を叩く。
「齢三十の自分ですが……未だ『成長期』の意気。まだまだ伸びますよ『我々』は!」
小さな頬に浮かんだ笑顔。それがあの時の笑みとは違うものであるのに十六夜は安堵して。
「もう心配かけたら駄目だよ?」
「気を付けます!」
――それは、剣機遭遇から、剣機襲来の間の一幕であった。
「ふふん、この偉大なる私が居れば撤退せずとも倒せるわ! 任せておきなさ……」
余裕の笑みを浮かべたアイヴィー アディンセル(ka2668)が――その唇の端を、笑みの形のまま引きつらせ――飛び退いけのは、ハンターとしての経験ゆえに体が動いてくれたから。
(ほわあああ~~~!? 何だっていうの、あの化け物!?)
完全に『消えた』岩があった場所を見、アイヴィーの身体がぞくりと震える。
「ありゃ、タバコの火をつけるには火力が高すぎだぜェ!」
シガレット=ウナギパイ(ka2884)が顔を歪め、紙巻タバコを思わずぎりりと噛む。
「ふ、ふふん? 偉大なるわっわ、わわたしの、が、出る幕も無いわね! 逃げる訳無いじゃない、あいつらとは逆方向へ進むだけよ!」
普段ハンター達が相手にする歪虚とは、数段以上違う強さ。『剣機』――それは、暴食の眷属にして、機導術と思しき改造を受けし、凶悪なる歪虚。
まだ長いとは決して言えぬ帝国の歴史には、その文字がいくつも刻まれて、それぞれが『異なる個体』を表す。
「あれが当代の剣機……まさか、まさかまさかまさかこんなに早く、それも一番に逢えるなんて!」
南條 真水(ka2377)の瞳は厚い眼鏡に隠され見えないが、輝きに満ちていることだろう。
「嬉しいなあ、まるでとびっきり悪い夢の中にいるみたい!」
そしてこの場所に彼女の友人にしてこの邂逅を世話した張本人がいたならば、愉快そうに頷いただろう。
「悪い現実にならないようするしかないな」
そう呟いたエルガーに、米本 剛(ka0320)は全くですねと頷く。
「幸か不幸か……ドンピシャで『剣機』に鉢合わせするとはね」
そっと剛は額の汗を拭う。軍人として、武人であらんとして戦いに身を投じていたからこそ理解出来る相手の脅威が、ひしひしと身に迫る。
「本当に。早々に本命に遭遇できたのは幸か不幸か……」
落ち着いた表情で、僅かに眉を寄せるロニ・カルディス(ka0551)。けれどそれとは裏腹に、武器と盾を握り締める力は、腕まで筋が浮くほどだ。
「あれも斬ってみたいけどどう見ても勝てる相手じゃないよね」
十六夜(ka0172)が振り返りつつ呟いて、すぐに前へと向き直る。
「殺す気満々て感じだな」
ヴィルナ・モンロー(ka1955)の評は、さらに単純であった。
「こんな強いやつがいるなんて嬉しいねぇ。殺されてやる気はさらさらねえけどな!」
けらりと笑ったヴィルナは、むしろ剣機を倒さんとかかっていきたそうにすら見える。今は逃げるしかないけれど、彼女は心に誓うのだ。
「いつか絶対ぶっ壊す」
――ハンター達とイルリヒト生徒達は身を翻し、斜面を駆け下りていた。
追う剣機、逃げる者達――風切り音。叫び。自ら仲間を狙った刃に飛び込み、倒れていく少女。
急いで体格の良いエルガーが急いでベルフラウを背負う間、盾を持つハンター達がそれを守り――身体を反転させ剣機の元へと、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が飛び込んでいく。
「ヒース!」
思わず名を呼んだ仲間に、ヒースは振り向かず告げる。
「先に行ってなよ、囮さぁ」
その声に宿るのは、我が身に代えても皆を、という意志ではない。ひどく危険なのは間違いないが、それでも。
ヒースが追いつくことを信じ、一同は前へ向き直る。
「敵に背を見せるのは、大王たるボクの信条に反するが、まあ良い」
少し悔しげに、けれどディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)はすっと表情を引き締める。
今回の任務は、勝つことではない。――生きること。そして。
「重要なのはどうやって得た情報を伝えるかということだな。負傷者もいるのだ」
小さく細い体が凛と立つ。守りの構えを取り、バックラーの持ち手をしかと握って。
エルガーに背負われ、力なくぐったりとした少女に、十六夜が目を向ける。
「ベルちゃんは後でお仕置きが必要ね……」
おどけたような、ちょっと嗜虐的な言葉とは裏腹に、その口ぶりや表情には、心配がはっきりと滲んでいた。
「聖導士として……戦友としては良いかも知れませんが……」
剛もそう呟く。仲間を庇った行為は、褒められこそすれ責められることではない。けれど。
命を失うかもしれぬと思いながら、何故彼女はあの時、微笑んだまま仲間を庇ったのか?
黙ったままゲルトが唇を噛む。彼は、エルガーに背負われたベルフラウの方を向こうとはしなかった。――向けなかった、のかもしれない。
「英雄気取りなんざ、ごめんだ。あの世で讃えられたかねェ」
吐き捨てるようにそう言ったロクス・カーディナー(ka0162)は、全員の顔を見渡す。
「ンなもん押し付けるつもりも無ェ、だからよ、お前らも生き残れや?」
普段の気だるさはなりを潜め、戦いに挑むロクスの表情は闘志に溢れ、けれどその口調はどこか優しかった。
生き延びる。それもまた、この凶悪な強さを誇る敵の前では、立派な戦いに他ならぬ。
「お嬢ちゃんも回復したらよ、一杯引っ掛けようぜ、俺の奢りでな」
その言葉に思わず明るい声が上がる。ここにいる14人、全員奢るとは剛毅な計らいだ。
「よし! 傾斜を利用しろ、お前らは前だけ見て逃げろ! 後ろは俺に任せとけ!」
イルリヒト生徒達にそう声を掛け、シガレットは煙管を抜く。名前通りのシガレットを愛する彼だが、攻守に使えるのは煙管の方だ。
「……まぁ、ここから生きて帰ってから考えるとしよう」
ロニが駆け出す仲間達の状況を確認してから、己も一気に地を蹴り傾斜を転がるように走り出す。
剣機との遭遇は、幸いであったのか。不幸であったのか。
それを決めるのは――これからだ。
銃声。決して長くはないデリンジャーの射程をいっぱいに使い、気を惹いたヒースはすっと目を細める。
「お前に挑む者が1人いるよ。雑魚1匹倒せずに進むほど無様なのかな、お前はぁ?」
僅かに間をおいて、2つの頭が順にブレスを吐く。先に来た毒のブレスはマルチステップで、光のブレスはすぐ傍の岩を盾にして、目を逸らさぬまヒースは攻撃をかわす。
己の挑発に乗ったようには、感じられなかった。近くの者を単に攻撃するという、一種機械的なものすら感じさせる動き。
射程を見極めるように距離を離す。大きな翼を羽ばたかせながら、両脇のガトリングガンがヒースを狙う。雨の如き弾丸は、彼をしても全て避けること能わず肩に、腕に穴を穿つ。
ブレスに比べれば威力は少ないようだと、己の傷や銃痕から冷静に測る己がいた。それと同時に、近付いてくる死の足音を聞きながら、嗤いを浮かべる己がいた。
距離を取ればその分だけ追ってくる。まるでその巨体そのものが死の如く。
体が震える。歯がガチガチと鳴る。なのに笑んでいる。
生きている。生きている! 生きている!!
闇があるから光があるように、生死の狭間に踏み入るほど、彼は生を実感できる。
けれど。
死ねない。
この命は、友を殺して得たものだから。
「犠牲の上に立つ者は、道半ばで無様に倒れるわけにはいかないんでねぇ」
そろそろ己も限界だが、仲間達もかなりの距離を稼いだとみて、一気にマテリアルを活性化させた脚で駆け抜ける。斜面を、飛ぶかのように。
時折バランスを崩し地面に叩き付けられるたびに血が岩を染める。そのたびに命を感じながら、ヒースは生に向かい思い切り駆けた。
石に躓いた大柄な体が、ごろりと斜面を転がった。好機とばかりに近付いてきたゾンビに、立ち上がりざまに一閃を浴びせる。
(ぬぅ、やはり絞った方が良いのですか……ね!)
ヴィルナへと視線を向ければ、転んだ気配に気付いたのか向こうも振り向いたところだった。
「おう気ぃつけな! そこから右斜めの方はずっと足場が悪ぃ。自信ねぇなら斜面に向かって真っすぐ降りろ!」
「そうさせてもらいます!」
返事をしながら、ヴィルナの動きを参考に動いてみる。剛の身体も決して脂肪によって膨れているのではなく、むしろ鍛え上げられた筋肉に覆われているだが――俊敏性はまた別の問題だ。
「ちと先に行かせてもらうぜ。気ぃ付けてもう転ばないようにしろよ!」
それでも転ぶ回数を抑えられているのは、俊敏性に優れたヴィルナが先導し、危ない場所を確認してくれているからだ。
剣機はある程度ヒースが囮になって引き離していたが、ゾンビは逃げる者達をも追ってくる。特にエルガーは、ベルフラウを背負っていることもあり、攻撃されてしまえば回避は困難だ。
ある程度は、左右で受けに優れた武器を持つゲルトとハラーツァイが受け流していく。
けれど。
「っとぉ!?」
ハラーツァイが足を取られ、斜面に叩き付けられる。エルガーの隣が空いた瞬間、そこに一気に迫るゾンビ――!
「任せろ!」
そこに飛び込んだのは、ハラーツァイよりもさらに小柄な体。
転がるように傾斜を使って走り込み、その勢いのままバックラーを使って敵の拳を思いきり逸らす。ロクスが咄嗟に弓を引き、バランスを崩したゾンビの首の後ろを正確に貫く。
さらに起き上がろうとしたハラーツァイの手を、アイヴィーが引っ張り上げる。
「ふふん、この! 偉大なる私に! 感謝すると良いわ♪」
「ありがとなっ!」
ちょっと尊大に胸を張るアイヴィーに、屈託なく礼を言うハラーツァイ。割といいコンビかもしれない。
頷いたアイヴィーは、けれど後方から思わぬ速度で迫ってくる影に、振り向かぬまま顔を引きつらせる。
「……ってあああ! 早くあっちに進みなさい!!」
さっと手を離し、互いに全力で駆ける少女2人。その後方では、転んだ上に銃口を向けられていたヒースを、十六夜が射程外まで引っ張り出してそのまま引きずり駆けていた。
向かってくるゾンビに真っ直ぐ突っ込み、やや出っ張った岩を登って飛び降りざまに顔を蹴りつける。横にあった岩に飛び込んだ次の瞬間、岩が砕け散る。
けれどその一瞬で、十六夜はヒースの首筋を離し、ヒースは体勢を整えていた。
「まだ生きてるよぉ。けど油断は禁物だねぇ」
いつもの調子に戻って言うヒースに、十六夜は無茶するわね、と呆れたように肩を竦める。かなり距離を稼げたのは、その無茶のおかげだと認めてもいるのだが。
けれど最後尾になったロニと真水が、ついに剣機のガトリング掃射を受ける。
「っ……護りの力を!」
剛からのプロテクションを受けつつ、さらに真水はムーバブルシールドで防御を補助して傷を最低限に留めて、ロニはすぐさま己の傷を祈りによって癒し、遅れ気味になったエルガーに届きかけた分はシガレットが煙管を盾に防いだが――特にベルフラウを背負ったエルガーと、これまでゾンビの攻撃をかなり引きつけていたロニは危ない。
「八百万の神々よ……癒しの力を!」
最悪の場合は最後尾で攻撃を受け止める覚悟で、剛が足を緩め連続でヒールをかける。けれど――1つ舌打ちし、守りの構えを取りながら、ロクスが身を翻し剣機の前へと躍り出る。
「――クソ……どうしてこうもまァ、ツいて無ェな!」
弓を背に負い構えるは当然、盾。
「来やがれ腐れ継ぎ接ぎ野郎ォ、ドラ猫1匹仕留めれねェか!?」
叩き付けるように上げた叫びの効果か、それとも近くに来た獲物を仕留めようとするのみか――逃げながらも注意深く観察していた尾の動きを、ロクスは必死に見切り岩陰へと飛び込む。次の瞬間、粉砕された岩の欠片がロクスの身体にいくつも叩き付けられる。
それでも剣の一撃を受けなかったのは、攻撃の時の尾を曲げるクセを読み取り、岩陰に入った瞬間方向転換してみせたから。
岩の破片に殴られたとはいえ傷のうちにも入らない。だが――素早すぎる二撃目を盾で受け止めながらも流しきれずに傷を負う。三撃目はさすがに外れ、地面に深く突き刺さった。
その間にロクスは次の岩陰に狙いを定め――再び、岩を身代わりに攻撃を避け、さらに連続で叩き付けられたもう1本の尾を盾で弾き飛ばす。今度は上に逸れた剣が、額を割り血を噴き出させる。
凄惨、と言うしかない姿。見た目ほど深い傷ではないが、出血が続けば消耗もする。
軽く下を見れば、仲間達は充分に距離を稼いでいる。役目は果たしたと判断し、ロクスは即座に地を蹴った。
「エルガー、そこの足元あぶなっ……あっ」
アイヴィーの注意が僅かに間に合わず、エルガーが数度目の転倒をした。転んだ回数以上にアイヴィーの注意で助かってもいるのだが、背中のベルフラウを庇うため、腕を使わず身体で彼女を守るように転ぶため、何度か打ち付けた顔が腫れあがりひどく痛々しい。
そして――立ち上がったエルガーの足取りがおかしい。見れば、足を捻挫しかけていた。
「エルガー、ボクが代わろう」
「っ……いや、問題ない」
「大ありだ。第一このままエルガーが倒れたら、ベルフラウの命も危ないぞ」
む、と唸り、エルガーがディアドラの申し出に悔しげに顔を歪めた。ディアドラの言葉に対してではない――己の力不足を、悔やむように。
「……すまない、お願いする」
「ああ、民を守るのは大王の務めだ!」
安心させるように笑ったディアドラは、ベルフラウを受け止め体の前で抱える。体躯は小さいが覚醒者、それに筋力は低くはない。
そして、代わりにディアドラのバックラーを指し、エルガーが尋ねる。
「どうやら、今回は槍よりもこっちが必要になりそうだ。大王よ、守りの手伝いをさせてはもらえないか?」
「おお、頼むぞ!」
――そろそろ、岩の斜面が終わる。
逃走という名の戦は、終盤を迎えつつあった。
「同門を見捨てるなよ! 男気みせろや番長ォ!」
シガレットの、エルガーへの発破は、どんな感情であれ傷に耐える力となり支えとなれとの想い。
斜面の最後で、アイヴィーが前につんのめる――が、受け身を取るかのように肩を巻き込んで前転し勢いを殺さぬまま立ち上がる。
「ふ、ふふん! けけけっ計算通りよ!」
強がりを言いながら、そのまま足を動かすアイヴィー。満身創痍のロクスが転がるように皆に追いつく。
坂を利用できぬ分平地の方が速度は下がる。特にシガレットやロニが、適時回復を行いつつだから尚更だ。
剣機の影が、また一同に迫る。
「まだついてくるのか。しつこい奴等だが、なにか残していくかもしれないな」
剣機に、そして追いすがるゾンビ達に、ヴィルナが呆れと興味の混じった呟きを零し、デリンジャーを構える。
意識して、真水やロニ、十六夜が互いの距離を離す。シガレットがディアドラの背中を狙った光のブレスを、煙管で思い切り弾き飛ばす。
己が一番傷に耐えられるだろうと剛が覚悟を決めて、最後方へ、剣機から見れば最前線へ飛び込む。
両手で構えた刀を、受け流しに備え――ギィン、と刃が光を弾き、同時に守りの加護が剛の身体を包む。
弾き切れなかった分のブレスが、胴を穿とうとし――金に光る鎧にある程度を弾かれる。防御の一番厚い場所を狙われたのは、幸運であった。
けれど、もう一撃は――ヒールがあれば。いけるか……そう思い、覚悟を決め癒しの言葉を口にした瞬間。
くるり、と剣機が反転した。
「……っ?」
思わず言葉もなく、誰もが振り向く。
剣機はとっくに背を向けていた。一瞥もくれず、見る間にその巨体が点となり、空の彼方に消える。
――最初に動いたのは、真水。続いてロニが、十六夜が、全員が素早くゾンビの掃討へと移る。
ゾンビの方は撤退する様子はなかったが、剣機とは強さを比べるべくもない。
やがて全てのゾンビが倒れ、消えた草原で――シガレットがベルフラウの応急手当てをする間に、ヴィルナ達が剣機の残したものがないかと漁る。
毒ガスは弾を使い放ってはいないらしく、吐かれた場所の草が枯れた他は残っていない。恐らくは、改造された機械的なものではなく、暴食の眷属としての能力なのだろう。
また、ガトリングガンの弾丸をいくつか拾うことができる。解析すれば、何かがわかるかもしれない。
戻ってきたところで――シガレットが、仲間達に親指を立てる。
「これ以上の無理はさせれねェが、出来る限り早く病院に連れてけば完全に治る怪我だ。……帰ろうぜ」
ほっとしたような声、歓声、頷き――近くの町から転移門をくぐり、一同は全員の命と共に、剣機襲来、その能力の情報を持ち帰ったのだった。
帝都の病院で、起き上がれるようになったベルフラウに、十六夜がデコピンを喰らわせた。
「あてっ!?」
「戦友を庇い護るのは尊い行為だけど、それは自分の命も守れて初めて出来ることだよ?」
ベルフラウにも、何か考えがあったのかもしれないが――それでも、言いたかった。
命を粗末にはしてほしくないと。
やや離れた場所で花瓶に花を活けていた剛が、振り返る。
「そもそも、ゲルトくんの方が優秀だから、彼が生きるべきだ、なんて間違いです」
「でも」
「両方、生きるべきなんです。それに今の力で、将来など計れない」
にこりと笑って、剛は大きな胸板を叩く。
「齢三十の自分ですが……未だ『成長期』の意気。まだまだ伸びますよ『我々』は!」
小さな頬に浮かんだ笑顔。それがあの時の笑みとは違うものであるのに十六夜は安堵して。
「もう心配かけたら駄目だよ?」
「気を付けます!」
――それは、剣機遭遇から、剣機襲来の間の一幕であった。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/17 19:04:53 |
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共通認識のための連絡板 シガレット=ウナギパイ(ka2884) 人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/09/21 23:40:27 |
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依頼相談卓 シガレット=ウナギパイ(ka2884) 人間(クリムゾンウェスト)|32才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2014/09/22 07:29:23 |