ゲスト
(ka0000)
黒伯爵からの招待状 ~騎士アーリア~
マスター:天田洋介

- シナリオ形態
- シリーズ(続編)
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/10/15 22:00
- 完成日
- 2016/10/24 03:08
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
グラズヘイム王国の南部に伯爵地【ニュー・ウォルター】は存在する。
領主が住まう城塞都市の名は『マール』。マールから海岸まで自然の川を整備した十kmに渡る運河が流れていた。そのおかげで内陸部にも関わらず海上の帆船で直接乗りつけることができる。
もっとも帆船が利用できるのは『ニュー港』まで。それ以降の水上航路は手こぎのゴンドラを利用しなければならない。
升の目のように造成された都市内の水上航路はとても賑やかだ。各地からやってきた行商もゴンドラに乗って売り買いの声を張り上げている。
橋を利用しての徒歩移動も可能だが、そうしている者は数少なかった。それだけマールの民の間に水上航路は溶け込んでいた。
この地を治めるのはアリーア・エルブン伯爵。ニュー・ウォルターを守護するオリナニア騎士団長を兼任する十七歳になったばかりの銀髪の青年だ。
前領主ダリーア・エルブン伯爵が次男である彼に家督を譲ったのは十四歳のとき。それからわずかな期間で亡くなっている。闘病の日々で死期を予感していたのだろうと当時は市井の者の間でも囁かれていた。
長男ドネア・エルブンも事故で亡くなっていたが、妹のミリア・エルブンは健在。幼い頃から秀才ぶりを発揮し、弱冠十五歳ながらも内政を担う。アーリアにとっては心強い片腕であった。
マール内で発生した偽金事件は想像し得ない様相を見せる。
偽の聖堂教会に残されていた暗号は『アスタロト』『闇の支配』『ドネア』と読み解けた。ドネアとはアーリアとミリアの死んだはずの長兄であった。
世間には事故と発表されたドネアの死因だが、現実には謀反に失敗して命を落としている。
ドネアが本当に死んだのか、真相を暴くべくハンター達が動く。謀反に加担した行方不明のバーンズを探しだす過程においてそれは白日の下に晒された。ドネアだけでなく、謀反に関与していた元ドネア親衛隊の女性ロランナ・ベヒも歪虚になっていた。
ドネアは歪虚軍長アスタロト。そしてロランナはネビロスを名乗った。
後日、マールにおいて武器防具を積んだゴンドラの沈没事件が頻繁に発生する。ハンター達が水中に潜んでいた雑魔を退治。これによって歪虚崇拝者達の手に武器防具が渡る手段を潰すことができた。
別の機会には町村巡回中のアーリア一行が罠にはめられてしまう。窮地に陥ったものの、火の手に囲まれた状態からの脱出に成功。この件においてもハンター達の貢献は大きかった。
ネビロスが企んだ穀倉地帯における蝗雑魔をも排除したハンター達だが、心中には疑問が残る。彼女が残した一言『堰の小さなひび割れ』が気になったからであった。
ネビロスの奥の手はマールの水没。これまでの作戦は搦め手の表の顔だった。運河の底にある湧水個所を破壊することで、それが達成される寸前にまで至っていたのである。
ハンター達が看破した直後に焦ったネビロスが突如の襲撃を開始した。アーリア側もこれに応戦。湧水個所を守りきる。
襲撃から一ヶ月強が過ぎ去った。その間に厳重な警戒体制が敷かれる。
地下水の噴出が心配された井戸の大半は埋め立てられた。運河底の湧水個所の補修にはさらに一ヶ月を要す。湧水個所周辺の城塞完成は半年後だ。
それまでアスタロト側が見過ごすはずがないのは明白であった。そこで集められたハンター達は作戦を立案する。
再び襲来したアスタロト側を率いていたのはネビロスだった。不気味なことにアスタロトの姿はどこにもない。
歪虚アイテルカイトの尊厳をかなぐり捨てたネビロスだったが、ハンター達の前に敗北。ついに最後を迎える。
勝利に沸く城塞都市マールの民達。アーリアが喜んでいたのも事実だが、振り払ったはずの兄への気持ちは心の奥底でかすかに残る。
アーリアはそれを断ち切ろうとして祝賀の席において多くの酒杯を飲み干した。
雷鳴轟き、横殴りの雨が窓戸を鳴らす。
嵐の最中に届いた一通の手紙のせいで、マール城はざわめきに満ちる。
執務室のアーリアは窓越しに薄暗い城下を望む。
「兄様、行ってはなりませんの!」
傍らのミリアが説得を続けていたものの彼の返事はずっと曖昧だった。
手紙の送り主はアスタロト。エルブン兄妹の長兄だったドネアが、歪虚としてなり果てた末路の存在だ。
内容は晩餐への招待状であり、兄妹だけで集まろうと綴られている。
「……ミリアはこの城に残ってくれ。アスタロトとゆっくり話すせっかくの機会だ。これに乗らなければ、この先には何もないだろう」
「でも、殺されますの。見逃すはずがありませんの!」
「妙な話だが、アイテルカイトの傲慢さは本物だ。招いた屋敷での身の安全は保証すると文面にはある。それにかつて兄だった頃の性格も考えれば、尊厳にかけて守るだろう。……一歩外にでたのならわからないだろうが、やりようはある。兵はいくら連れてきてもよいそうだ」
「ダァメェですの!」
ミリアは最後までアーリアの説得をあきらめなかった。しかしアーリアも引き下がらないまま、出発の日を迎える。
選りすぐりの騎士団員百名以上を連れての往訪だ。城の守りは副長のミリオドに託される。
アーリアの近衛はハンター一行の役目となった。晩餐にも同席することとなるだろう。
多くの馬車がマールの城塞門を潜り抜けて郊外へ。目指したのは、今は誰も使っていないはずの古城跡であった。
領主が住まう城塞都市の名は『マール』。マールから海岸まで自然の川を整備した十kmに渡る運河が流れていた。そのおかげで内陸部にも関わらず海上の帆船で直接乗りつけることができる。
もっとも帆船が利用できるのは『ニュー港』まで。それ以降の水上航路は手こぎのゴンドラを利用しなければならない。
升の目のように造成された都市内の水上航路はとても賑やかだ。各地からやってきた行商もゴンドラに乗って売り買いの声を張り上げている。
橋を利用しての徒歩移動も可能だが、そうしている者は数少なかった。それだけマールの民の間に水上航路は溶け込んでいた。
この地を治めるのはアリーア・エルブン伯爵。ニュー・ウォルターを守護するオリナニア騎士団長を兼任する十七歳になったばかりの銀髪の青年だ。
前領主ダリーア・エルブン伯爵が次男である彼に家督を譲ったのは十四歳のとき。それからわずかな期間で亡くなっている。闘病の日々で死期を予感していたのだろうと当時は市井の者の間でも囁かれていた。
長男ドネア・エルブンも事故で亡くなっていたが、妹のミリア・エルブンは健在。幼い頃から秀才ぶりを発揮し、弱冠十五歳ながらも内政を担う。アーリアにとっては心強い片腕であった。
マール内で発生した偽金事件は想像し得ない様相を見せる。
偽の聖堂教会に残されていた暗号は『アスタロト』『闇の支配』『ドネア』と読み解けた。ドネアとはアーリアとミリアの死んだはずの長兄であった。
世間には事故と発表されたドネアの死因だが、現実には謀反に失敗して命を落としている。
ドネアが本当に死んだのか、真相を暴くべくハンター達が動く。謀反に加担した行方不明のバーンズを探しだす過程においてそれは白日の下に晒された。ドネアだけでなく、謀反に関与していた元ドネア親衛隊の女性ロランナ・ベヒも歪虚になっていた。
ドネアは歪虚軍長アスタロト。そしてロランナはネビロスを名乗った。
後日、マールにおいて武器防具を積んだゴンドラの沈没事件が頻繁に発生する。ハンター達が水中に潜んでいた雑魔を退治。これによって歪虚崇拝者達の手に武器防具が渡る手段を潰すことができた。
別の機会には町村巡回中のアーリア一行が罠にはめられてしまう。窮地に陥ったものの、火の手に囲まれた状態からの脱出に成功。この件においてもハンター達の貢献は大きかった。
ネビロスが企んだ穀倉地帯における蝗雑魔をも排除したハンター達だが、心中には疑問が残る。彼女が残した一言『堰の小さなひび割れ』が気になったからであった。
ネビロスの奥の手はマールの水没。これまでの作戦は搦め手の表の顔だった。運河の底にある湧水個所を破壊することで、それが達成される寸前にまで至っていたのである。
ハンター達が看破した直後に焦ったネビロスが突如の襲撃を開始した。アーリア側もこれに応戦。湧水個所を守りきる。
襲撃から一ヶ月強が過ぎ去った。その間に厳重な警戒体制が敷かれる。
地下水の噴出が心配された井戸の大半は埋め立てられた。運河底の湧水個所の補修にはさらに一ヶ月を要す。湧水個所周辺の城塞完成は半年後だ。
それまでアスタロト側が見過ごすはずがないのは明白であった。そこで集められたハンター達は作戦を立案する。
再び襲来したアスタロト側を率いていたのはネビロスだった。不気味なことにアスタロトの姿はどこにもない。
歪虚アイテルカイトの尊厳をかなぐり捨てたネビロスだったが、ハンター達の前に敗北。ついに最後を迎える。
勝利に沸く城塞都市マールの民達。アーリアが喜んでいたのも事実だが、振り払ったはずの兄への気持ちは心の奥底でかすかに残る。
アーリアはそれを断ち切ろうとして祝賀の席において多くの酒杯を飲み干した。
雷鳴轟き、横殴りの雨が窓戸を鳴らす。
嵐の最中に届いた一通の手紙のせいで、マール城はざわめきに満ちる。
執務室のアーリアは窓越しに薄暗い城下を望む。
「兄様、行ってはなりませんの!」
傍らのミリアが説得を続けていたものの彼の返事はずっと曖昧だった。
手紙の送り主はアスタロト。エルブン兄妹の長兄だったドネアが、歪虚としてなり果てた末路の存在だ。
内容は晩餐への招待状であり、兄妹だけで集まろうと綴られている。
「……ミリアはこの城に残ってくれ。アスタロトとゆっくり話すせっかくの機会だ。これに乗らなければ、この先には何もないだろう」
「でも、殺されますの。見逃すはずがありませんの!」
「妙な話だが、アイテルカイトの傲慢さは本物だ。招いた屋敷での身の安全は保証すると文面にはある。それにかつて兄だった頃の性格も考えれば、尊厳にかけて守るだろう。……一歩外にでたのならわからないだろうが、やりようはある。兵はいくら連れてきてもよいそうだ」
「ダァメェですの!」
ミリアは最後までアーリアの説得をあきらめなかった。しかしアーリアも引き下がらないまま、出発の日を迎える。
選りすぐりの騎士団員百名以上を連れての往訪だ。城の守りは副長のミリオドに託される。
アーリアの近衛はハンター一行の役目となった。晩餐にも同席することとなるだろう。
多くの馬車がマールの城塞門を潜り抜けて郊外へ。目指したのは、今は誰も使っていないはずの古城跡であった。
リプレイ本文
●
馬車や騎馬が都市マールの城塞門を次々と潜り抜けていく。
「兄様……」
見送りのミリアは兄の身を案じながら胸元で拳を強く握りしめる。
ミリアの説得は届かず、アーリアの決意は変わらなかった。中隊規模の騎士編成によるアーリアの一団は三日をかけて目的地の古城跡周辺へと到達する。
大半の騎士は周辺の警戒に当たった。古城跡に向かうアーリアに同行したのは護衛騎士十名とハンター八名。全員が一騎当千の覚醒者であった。
「ここがそうか」
玄関前に乗りつけた馬車から降りたアーリアが建物を見あげる。かつては立派な佇まいだったのだろうが、今は蔓に覆われた廃墟に過ぎない。殆どは崩れて一部のみが残っていた。
「ほほいっと。窪みがあるので気をつけてくださいねー。あの御主人様、私達もお食事会にお呼ばれしているのでしょうか?」
「大丈夫、そのためにこれを用意してきたのだからな」
魔導バイクを軒下に停めた小宮・千秋(ka6272)は、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)へと近づく。そして彼が荷物から取りだした瓶を眺める。ラベルには『デュニクスワイン』と記されていた。
「間に合いました」
少し遅れて愛馬で到着したのはミオレスカ(ka3496)だ。城塞跡を囲むどの方角の門を守るのか、現場指揮官と取り決めてきたからである。
(アーリアさん、今でも私は反対です)
ミオレスカはこうなってしまった以上、アーリアを全力で護衛しようと考えていた。
玄関の大扉がゆっくりと開く。荒れ果てた外観とは違ってエントランス内は煌びやか。天井や壁、柱など目につくすべてが装飾や彫刻で溢れていた。
「よくぞお越し頂きました」
歪虚崇拝者と思しき出迎えの執事がアーリア一行を案内する。
「驚いたんだよ」
「アスタロトはここを根城にしていたのかも知れない」
弓月 幸子(ka1749)と鳳凰院ひりょ(ka3744)もアーリアに続いて二列に並ぶ会釈のメイド達の間を抜けていく。階段で二階へとあがった。
晩餐にはまだ時間があるので待機室へと案内される。
「自由に歩かせて頂いても構わないですよね?」
「黒伯爵様がお休みになられているお部屋だけはご遠慮して頂きたく」
「雑魔が隠れているのでは?」
「そのような無粋な真似をする方では御座いません」
ヴァルナ=エリゴス(ka2651)は仕方なく執事の条件を呑んだ。(散々攻め立てた相手を晩餐に誘うとは、一体どういった風の吹き回しなのでしょう?)と不信感を強めながら。
アメリア・フォーサイス(ka4111)も古城内を調査した一人だ。事前に入手した見取り図と照らし合わせた。
(この薄い壁なら簡単に壊せますね)
大切なのは脱出経路の確認。エントランスを通過する以外の方法を探しだしておく。
待機室のディーナ・フェルミ(ka5843)は飾られていた絵画を壁から外してみる。
「ドネアは……アスタロトは、傲慢だから。あの人には、世界の全てがただのチェスに見えてる気がするの。戦略としてロランナを切ったあの人は、それが当然で正しいことだと思ってる。だから同じことをどう切り抜けられるか、ミリアとアーリアに試しそうな気がするの」
「つまり騎士団長が考えていたように、帰路は荒事になると?」
ディーナと話す護衛騎士長も仕掛けが施されていないか、持ちあげた壺の裏側を覗きこんだ。
「貴族とか依頼人とかいう前に。アーリアもミリアもいい人だもの。私たちには、それで充分なの。貴方たちを守りたい、力になりたいと思うには、それで充分」
窓辺で立ち止まったディーナが野外に目を凝らす。建物へ入るまでは晴れていたはずのなのに、今では曇り空が広がっていた。
●
晩餐において一番慌ただしいのは調理場である。料理人や手伝いのメイド達が忙しく手足を動かしていた。
「パイ生地を練るのはお任せ下さい。ところでメインディッシュは何でしょう?」
「確かフォアグラのポワレ、トリュフソースがけよ」
ミオレスカがメイドと一緒に小麦粉を練り上げる。
(むしろ統制があって手際がいいような)
料理人が味見している様子からいって毒の混入は大丈夫とは思われたが、ミオレスカは注視を怠らなかった。
ヴァルナは調理場の片隅で調理場全体の監視する。
(各部屋に兵や雑魔が伏せてはいませんでしたが、互いのためにも『不幸な事故』は未然に防がなくてはなりませんね)
玉葱に似た球根等の毒物。単独では大丈夫でも毒になってしまう食べ合わせ。そのような罠が仕掛けられていないかどうか目を光らせた。
「ここは大丈夫そうだね」
調理場の弓月幸子は仲間による監視の目が行き届いていると感じる。そこで城内を監視している護衛騎士達の様子を見回っておく。歪虚側が策を弄するのを防ぐために。
(これはジョークなのでしょうかねー)
小宮千秋は調理場の棚に並べられた銀食器を眺めながら心中で呟いた。銀はヒ素に含まれる硫黄と反応して黒ずむので、毒物の判定によく用いられる。
この場で毒殺を考えない者はおそらくない。銀食器の使用にはあきらかにからかいの冗談が込められていた。
ディーナはミリアのことを脳裏に浮かべる。今回の旅に同行しないと聞いたとき安心したほどに彼女のことを案じていた。
(ミリアに頼まれたからには絶対にアーリアのことを守るの)
護衛の騎士と共に隙のない護衛体制を敷き、さらに脱出の手筈も整えておく。
ミラーグラスをかけたアメリアは、アスタロトの待機室を除いて疑わしきすべてを確認し終わる。
「アスタロトが動かない限りは戦いにはならないでしょう。観察したところ、メイド等の歪虚崇拝者の中に覚醒者はいないと思われます」
アメリアからの報告にアーリアが頷く。招かれた以上、アーリアが料理を口にしない選択肢はない。
やがて雨音が耳に届く。日が暮れて古城の外は暗闇に覆われていた。
「晩餐の準備が整ったみたいだね」
「敵さんの大将をゆっくり拝めって訳だ」
鳳凰院とエヴァンスがソファから立ちあがった。アーリアも腰をあげて待機室から廊下へ。迎えの執事に導かれて仲間達と一緒に広間へと向かう。
長いテーブルには上品な銀食器が並べられ、天井には蜜蝋燭のシャンデリアが光り輝く。
「ようこそ。暗黒の晩餐へ」
奥席のアスタロトが両腕を広げた大仰な態度でアーリア一行を歓迎するのだった。
●
アーリアとハンター達は装飾が凝らされた座席へと着く。
騎士の何名かは、これから運ばれる料理に毒が盛られないよう調理場や廊下で見張り続けている。
「ミリアが来なかったのは至極残念だ。積もる話もあったのだが」
「それは無理な相談だ」
アスタロトとアーリアの他愛もない会話が交わされた。
(エルブンさんはアスタロトのことを兄と呼ぶつもりはないようですねー)
小宮千秋はオードブルの野菜和えを頂きながら元兄弟のやり取りに耳を傾ける。敵同士なのが嘘のような和やかさだ。しかし何気ない部分にアーリアの拒絶が感じられた。
オードブルが終わり、メインディッシュが運ばれてきたときにエヴァンスが指を鳴らす。
「そうそう、豪華な雰囲気に呑まれて忘れていたぜ。実は大将に是非ともな酒があってよ。料理を全部任せて申し訳ねぇ気持ちもあるし、よかったら飲んでくれねぇか?」
エヴァンスがアスタロトから小宮千秋へと視線を移す。一度広間を立ち去った彼女が持ってきたのは氷で冷やされたデュニクスワインだ。さっそく開けて各人のグラスに注がれた。
エヴァンスが乾杯の音頭をとって葡萄酒を口にする。
「ほう。これは」
アスタロトがカシスのような咆哮が香る赤葡萄酒の風味に笑みを零した。
「ところでよ。あんたの計画ってのはどのくらい進行してんだ? ほんのちょびっとか、半分以上か……それとも邪魔のおかげで一つも進んでねぇとか」
「それを知ってどうする? まあよい。お前達に食い止められたばかりだが、これからが本当だ。少しばかりの本気をださせてもらうおう」
「確かに散々計画とやらをぶち壊しちまったわけだが……俺はあんたの興味の入ってるのかね? どこかで名乗ったはずだが、エヴァンス・カルヴィだ」
「その名、覚えておこう。この葡萄酒と同じ色の血が流れているかどうか確かめるために」
獲物を前にしたような笑みを浮かべたエヴァンス。アスタロトが眼光の鋭さでそれに応える。
ミオレスカとアスタロトの目が合う。
「ドネアさんの、仲間のことはどう思っていますか?」
「仲間? そんな者はいない。黒伯爵たる俺の下僕に過ぎん」
ミオレスカはアスタロトの答えに「やはり」といった表情を浮かべた。
「だったら歪虚崇拝者さん達ってなんでアスタロトさんに着いてきているのかな、今の統治に不満でもあるの?」
フォアグラを堪能する弓月幸子の言葉にアスタロトは片眉を動かす。
「アーリアやミリアに大した恨みはないだろう。今の治政はそれほど酷くはない。だが先代の……、父の悪行は許せぬ」
弓月幸子が悪行について訊ねてみる。しかしアスタロトは口を噤んだままだった。
「もしかして生前に起こした謀反はそれが理由なのか?」
フォアグラを食べ終わった鳳凰院がフォークとナイフを皿の上に置く。
「切っ掛けはそうだが、今は違う。あの父が愛した伯爵地を蹂躙し、そして我が手に収めてこそ望みだ」
アスタロトがグラスに残っていた赤葡萄酒を飲み干す。
「血が通うと思えない貴方を領主の器に足らずと下したのは前エルブン伯。だから貴方は傲慢の歪虚になったのでしょう、ドネア。だから訊くの……傲慢である貴方にとって、アーリアは何?」
「俺は悪たれ子僧だったが、あの父に人でなしの烙印を押される云われはないぞ。亡き父に向けるべき恨みだろうが、それはもう敵わぬ夢幻。なら伯爵を継いだアーリアで晴らさせてもらおう」
ディーナの問いをアスタロトは笑い飛ばす。
アメリアも広間にいたが食事はせず、廊下へと繋がる扉の横で立っていた。
(ここで逃げるとすればあの窓からが無難ですね。拳銃二挺も――)
今この時アスタロトが牙を剥いたとしてもアーリアを速やかに逃がせるよう、ディーナは心構えを持つ。
アーリアの横に座っていたヴァルナはおもむろにアスタロトに訊ねてみた。
「先程、アスタロト様は歪虚崇拝者の方々を下僕と仰っていましたが、それは本心でしょうか? どうなってもまったく関係ないと」
「俺のために死ぬことこそがあの者達の幸せであろう。そこに一点の曇りもない」
ヴァルナにアスタロトが答え終わった直後、アーリアが床にグラスを落とす。割れる音を切っ掛けにして元兄弟が睨み合う。
「つまりロランナのことはどうでもよかったということか?」
「知れたこと。人であった頃を思いだせば、彼女に情があったやも知れぬ。しかし黒伯爵となった俺にそのような弱さはどこにも見当たらぬ」
「ロランナは歪虚に身をやつしても、お前のことを慕っていたぞ」
「戯れ言を――」
アスタロトとアーリアの言い合いは食事が終わってもしばらく続いた。宿泊を勧めたアスタロトだったが、アーリアはすぐさま古城跡を立ち去った。
●
雨降りの暗闇の中、百超えの人員を抱えた一団が泥道を駆ける。古城跡を出立してまもなく、進行方向に無数の小さな輝きが浮かび上がった。
「角付きの狼ですね」
「あの異形の姿、おそらくは雑魔です」
落雷の瞬間、ミオレスカとアメリアが正体を看破。輝いていたのは角狼雑魔の眼光であった。
「突破せよ!」
アーリアの号令に従って一団がそのまま前進し続ける。
「さっき一緒にご飯を食べたかもしれない人なのに……でもかかってくるなら容赦はしないよ。ドロー!!」
魔導バイクを駆る弓月幸子がアーリアにウィンドガストを付与。次にスリープクラウドで迫る角狼雑魔をまとめて眠らせていく。
「アーリア様に一指たりとも触れさせません」
馬車から飛びおりたヴァルナが大きく踏み込んで魔剣を振るう。炸撃と呼ばれるその技によって角狼雑魔六体が泥水に塗れながら消散していった。
「このまま進みますね」
ずぶ濡れで騎乗するディーナが馬車へと近づく。車窓ごしにアーリアと話してから先頭へと戻った。屯する角狼雑魔の群れを引き裂くように突き進む。
「想像していた通りですね。ミリアさんが待つニューウォルターにアーリアを無事送り届けなくては」
ミオレスカは雨に濡れるのも厭わず車窓から身を乗りだした。まずは制圧射撃で多数の角狼雑魔の動きを制す。リロード後は妨害射撃で味方の仲間や騎士を狙う雑魔の角を撃ち砕いた。
(城に残っているミリアが少し気がかりだな。杞憂であってくれればいいが)
鳳凰院はアーリアとは別の最前線の馬車に乗っていた。ソウルトーチの炎オーラで引きつけると角狼雑魔が牙を剥いて襲いかかってくる。カウンターアタックで頭蓋ごと真っ二つに。
「気を緩めるつもりはないが……妙だな」
愛馬を駆るエヴァンスは角狼雑魔で溢れる道のりを刃で切り拓きながら呟いた。派手な襲撃にしては手応えがない。何よりも肝心のアスタロトの姿が見当たらなかった。
馬車の屋根にあがっていたアメリアは二挺拳銃による妨害射撃で味方を支援する。そして屋根越しに馬車内のアーリアに話しかけた。
「敵が枝道に誘おうとしている節があります」
「それは問題だな。誘導に引きずられないよう指示をだしておこう」
アメリアの意見を採り入れたアーリアが御者の助手役に命じる。その者がラッパを吹き鳴らして一団全体に指示をだした。
「変な感じですねー。なんというか、敵の本気が感じられませんです」
アーリアの隣で状況を見守っていた小宮千秋が首を傾げる。
「つまりこれは、アスタロトの戯れ……ということか」
数こそ多かったが、アーリアを本気で仕留めようとする気概は感じられない。アスタロトからのあらための宣戦布告。そのようにアーリアは受け取った。
●
アーリアの一団は二日後に伯爵地ニュー・ウォルターの城塞都市マールへと帰還する。襲われたのは一度のみ。軽傷を負った者こそいたものの全員が無事であった。
マール城へ着いたアーリアはハンター達も同席してもらい、ミリアに伝える。
「歪虚に身をやつしたとしても父様への恨みを果たそうとしている、そういうことなのですの?」
「それがアスタロトの本心だろう。語ろうとはしなかったが、どうも幼かった私達が知らない出来事があり、それによる父への確執があるようだ」
どのような真実が隠されていても伯爵地を護る気持ちに変わりはない。そうエルブン兄妹は誓い合うのだった。
馬車や騎馬が都市マールの城塞門を次々と潜り抜けていく。
「兄様……」
見送りのミリアは兄の身を案じながら胸元で拳を強く握りしめる。
ミリアの説得は届かず、アーリアの決意は変わらなかった。中隊規模の騎士編成によるアーリアの一団は三日をかけて目的地の古城跡周辺へと到達する。
大半の騎士は周辺の警戒に当たった。古城跡に向かうアーリアに同行したのは護衛騎士十名とハンター八名。全員が一騎当千の覚醒者であった。
「ここがそうか」
玄関前に乗りつけた馬車から降りたアーリアが建物を見あげる。かつては立派な佇まいだったのだろうが、今は蔓に覆われた廃墟に過ぎない。殆どは崩れて一部のみが残っていた。
「ほほいっと。窪みがあるので気をつけてくださいねー。あの御主人様、私達もお食事会にお呼ばれしているのでしょうか?」
「大丈夫、そのためにこれを用意してきたのだからな」
魔導バイクを軒下に停めた小宮・千秋(ka6272)は、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)へと近づく。そして彼が荷物から取りだした瓶を眺める。ラベルには『デュニクスワイン』と記されていた。
「間に合いました」
少し遅れて愛馬で到着したのはミオレスカ(ka3496)だ。城塞跡を囲むどの方角の門を守るのか、現場指揮官と取り決めてきたからである。
(アーリアさん、今でも私は反対です)
ミオレスカはこうなってしまった以上、アーリアを全力で護衛しようと考えていた。
玄関の大扉がゆっくりと開く。荒れ果てた外観とは違ってエントランス内は煌びやか。天井や壁、柱など目につくすべてが装飾や彫刻で溢れていた。
「よくぞお越し頂きました」
歪虚崇拝者と思しき出迎えの執事がアーリア一行を案内する。
「驚いたんだよ」
「アスタロトはここを根城にしていたのかも知れない」
弓月 幸子(ka1749)と鳳凰院ひりょ(ka3744)もアーリアに続いて二列に並ぶ会釈のメイド達の間を抜けていく。階段で二階へとあがった。
晩餐にはまだ時間があるので待機室へと案内される。
「自由に歩かせて頂いても構わないですよね?」
「黒伯爵様がお休みになられているお部屋だけはご遠慮して頂きたく」
「雑魔が隠れているのでは?」
「そのような無粋な真似をする方では御座いません」
ヴァルナ=エリゴス(ka2651)は仕方なく執事の条件を呑んだ。(散々攻め立てた相手を晩餐に誘うとは、一体どういった風の吹き回しなのでしょう?)と不信感を強めながら。
アメリア・フォーサイス(ka4111)も古城内を調査した一人だ。事前に入手した見取り図と照らし合わせた。
(この薄い壁なら簡単に壊せますね)
大切なのは脱出経路の確認。エントランスを通過する以外の方法を探しだしておく。
待機室のディーナ・フェルミ(ka5843)は飾られていた絵画を壁から外してみる。
「ドネアは……アスタロトは、傲慢だから。あの人には、世界の全てがただのチェスに見えてる気がするの。戦略としてロランナを切ったあの人は、それが当然で正しいことだと思ってる。だから同じことをどう切り抜けられるか、ミリアとアーリアに試しそうな気がするの」
「つまり騎士団長が考えていたように、帰路は荒事になると?」
ディーナと話す護衛騎士長も仕掛けが施されていないか、持ちあげた壺の裏側を覗きこんだ。
「貴族とか依頼人とかいう前に。アーリアもミリアもいい人だもの。私たちには、それで充分なの。貴方たちを守りたい、力になりたいと思うには、それで充分」
窓辺で立ち止まったディーナが野外に目を凝らす。建物へ入るまでは晴れていたはずのなのに、今では曇り空が広がっていた。
●
晩餐において一番慌ただしいのは調理場である。料理人や手伝いのメイド達が忙しく手足を動かしていた。
「パイ生地を練るのはお任せ下さい。ところでメインディッシュは何でしょう?」
「確かフォアグラのポワレ、トリュフソースがけよ」
ミオレスカがメイドと一緒に小麦粉を練り上げる。
(むしろ統制があって手際がいいような)
料理人が味見している様子からいって毒の混入は大丈夫とは思われたが、ミオレスカは注視を怠らなかった。
ヴァルナは調理場の片隅で調理場全体の監視する。
(各部屋に兵や雑魔が伏せてはいませんでしたが、互いのためにも『不幸な事故』は未然に防がなくてはなりませんね)
玉葱に似た球根等の毒物。単独では大丈夫でも毒になってしまう食べ合わせ。そのような罠が仕掛けられていないかどうか目を光らせた。
「ここは大丈夫そうだね」
調理場の弓月幸子は仲間による監視の目が行き届いていると感じる。そこで城内を監視している護衛騎士達の様子を見回っておく。歪虚側が策を弄するのを防ぐために。
(これはジョークなのでしょうかねー)
小宮千秋は調理場の棚に並べられた銀食器を眺めながら心中で呟いた。銀はヒ素に含まれる硫黄と反応して黒ずむので、毒物の判定によく用いられる。
この場で毒殺を考えない者はおそらくない。銀食器の使用にはあきらかにからかいの冗談が込められていた。
ディーナはミリアのことを脳裏に浮かべる。今回の旅に同行しないと聞いたとき安心したほどに彼女のことを案じていた。
(ミリアに頼まれたからには絶対にアーリアのことを守るの)
護衛の騎士と共に隙のない護衛体制を敷き、さらに脱出の手筈も整えておく。
ミラーグラスをかけたアメリアは、アスタロトの待機室を除いて疑わしきすべてを確認し終わる。
「アスタロトが動かない限りは戦いにはならないでしょう。観察したところ、メイド等の歪虚崇拝者の中に覚醒者はいないと思われます」
アメリアからの報告にアーリアが頷く。招かれた以上、アーリアが料理を口にしない選択肢はない。
やがて雨音が耳に届く。日が暮れて古城の外は暗闇に覆われていた。
「晩餐の準備が整ったみたいだね」
「敵さんの大将をゆっくり拝めって訳だ」
鳳凰院とエヴァンスがソファから立ちあがった。アーリアも腰をあげて待機室から廊下へ。迎えの執事に導かれて仲間達と一緒に広間へと向かう。
長いテーブルには上品な銀食器が並べられ、天井には蜜蝋燭のシャンデリアが光り輝く。
「ようこそ。暗黒の晩餐へ」
奥席のアスタロトが両腕を広げた大仰な態度でアーリア一行を歓迎するのだった。
●
アーリアとハンター達は装飾が凝らされた座席へと着く。
騎士の何名かは、これから運ばれる料理に毒が盛られないよう調理場や廊下で見張り続けている。
「ミリアが来なかったのは至極残念だ。積もる話もあったのだが」
「それは無理な相談だ」
アスタロトとアーリアの他愛もない会話が交わされた。
(エルブンさんはアスタロトのことを兄と呼ぶつもりはないようですねー)
小宮千秋はオードブルの野菜和えを頂きながら元兄弟のやり取りに耳を傾ける。敵同士なのが嘘のような和やかさだ。しかし何気ない部分にアーリアの拒絶が感じられた。
オードブルが終わり、メインディッシュが運ばれてきたときにエヴァンスが指を鳴らす。
「そうそう、豪華な雰囲気に呑まれて忘れていたぜ。実は大将に是非ともな酒があってよ。料理を全部任せて申し訳ねぇ気持ちもあるし、よかったら飲んでくれねぇか?」
エヴァンスがアスタロトから小宮千秋へと視線を移す。一度広間を立ち去った彼女が持ってきたのは氷で冷やされたデュニクスワインだ。さっそく開けて各人のグラスに注がれた。
エヴァンスが乾杯の音頭をとって葡萄酒を口にする。
「ほう。これは」
アスタロトがカシスのような咆哮が香る赤葡萄酒の風味に笑みを零した。
「ところでよ。あんたの計画ってのはどのくらい進行してんだ? ほんのちょびっとか、半分以上か……それとも邪魔のおかげで一つも進んでねぇとか」
「それを知ってどうする? まあよい。お前達に食い止められたばかりだが、これからが本当だ。少しばかりの本気をださせてもらうおう」
「確かに散々計画とやらをぶち壊しちまったわけだが……俺はあんたの興味の入ってるのかね? どこかで名乗ったはずだが、エヴァンス・カルヴィだ」
「その名、覚えておこう。この葡萄酒と同じ色の血が流れているかどうか確かめるために」
獲物を前にしたような笑みを浮かべたエヴァンス。アスタロトが眼光の鋭さでそれに応える。
ミオレスカとアスタロトの目が合う。
「ドネアさんの、仲間のことはどう思っていますか?」
「仲間? そんな者はいない。黒伯爵たる俺の下僕に過ぎん」
ミオレスカはアスタロトの答えに「やはり」といった表情を浮かべた。
「だったら歪虚崇拝者さん達ってなんでアスタロトさんに着いてきているのかな、今の統治に不満でもあるの?」
フォアグラを堪能する弓月幸子の言葉にアスタロトは片眉を動かす。
「アーリアやミリアに大した恨みはないだろう。今の治政はそれほど酷くはない。だが先代の……、父の悪行は許せぬ」
弓月幸子が悪行について訊ねてみる。しかしアスタロトは口を噤んだままだった。
「もしかして生前に起こした謀反はそれが理由なのか?」
フォアグラを食べ終わった鳳凰院がフォークとナイフを皿の上に置く。
「切っ掛けはそうだが、今は違う。あの父が愛した伯爵地を蹂躙し、そして我が手に収めてこそ望みだ」
アスタロトがグラスに残っていた赤葡萄酒を飲み干す。
「血が通うと思えない貴方を領主の器に足らずと下したのは前エルブン伯。だから貴方は傲慢の歪虚になったのでしょう、ドネア。だから訊くの……傲慢である貴方にとって、アーリアは何?」
「俺は悪たれ子僧だったが、あの父に人でなしの烙印を押される云われはないぞ。亡き父に向けるべき恨みだろうが、それはもう敵わぬ夢幻。なら伯爵を継いだアーリアで晴らさせてもらおう」
ディーナの問いをアスタロトは笑い飛ばす。
アメリアも広間にいたが食事はせず、廊下へと繋がる扉の横で立っていた。
(ここで逃げるとすればあの窓からが無難ですね。拳銃二挺も――)
今この時アスタロトが牙を剥いたとしてもアーリアを速やかに逃がせるよう、ディーナは心構えを持つ。
アーリアの横に座っていたヴァルナはおもむろにアスタロトに訊ねてみた。
「先程、アスタロト様は歪虚崇拝者の方々を下僕と仰っていましたが、それは本心でしょうか? どうなってもまったく関係ないと」
「俺のために死ぬことこそがあの者達の幸せであろう。そこに一点の曇りもない」
ヴァルナにアスタロトが答え終わった直後、アーリアが床にグラスを落とす。割れる音を切っ掛けにして元兄弟が睨み合う。
「つまりロランナのことはどうでもよかったということか?」
「知れたこと。人であった頃を思いだせば、彼女に情があったやも知れぬ。しかし黒伯爵となった俺にそのような弱さはどこにも見当たらぬ」
「ロランナは歪虚に身をやつしても、お前のことを慕っていたぞ」
「戯れ言を――」
アスタロトとアーリアの言い合いは食事が終わってもしばらく続いた。宿泊を勧めたアスタロトだったが、アーリアはすぐさま古城跡を立ち去った。
●
雨降りの暗闇の中、百超えの人員を抱えた一団が泥道を駆ける。古城跡を出立してまもなく、進行方向に無数の小さな輝きが浮かび上がった。
「角付きの狼ですね」
「あの異形の姿、おそらくは雑魔です」
落雷の瞬間、ミオレスカとアメリアが正体を看破。輝いていたのは角狼雑魔の眼光であった。
「突破せよ!」
アーリアの号令に従って一団がそのまま前進し続ける。
「さっき一緒にご飯を食べたかもしれない人なのに……でもかかってくるなら容赦はしないよ。ドロー!!」
魔導バイクを駆る弓月幸子がアーリアにウィンドガストを付与。次にスリープクラウドで迫る角狼雑魔をまとめて眠らせていく。
「アーリア様に一指たりとも触れさせません」
馬車から飛びおりたヴァルナが大きく踏み込んで魔剣を振るう。炸撃と呼ばれるその技によって角狼雑魔六体が泥水に塗れながら消散していった。
「このまま進みますね」
ずぶ濡れで騎乗するディーナが馬車へと近づく。車窓ごしにアーリアと話してから先頭へと戻った。屯する角狼雑魔の群れを引き裂くように突き進む。
「想像していた通りですね。ミリアさんが待つニューウォルターにアーリアを無事送り届けなくては」
ミオレスカは雨に濡れるのも厭わず車窓から身を乗りだした。まずは制圧射撃で多数の角狼雑魔の動きを制す。リロード後は妨害射撃で味方の仲間や騎士を狙う雑魔の角を撃ち砕いた。
(城に残っているミリアが少し気がかりだな。杞憂であってくれればいいが)
鳳凰院はアーリアとは別の最前線の馬車に乗っていた。ソウルトーチの炎オーラで引きつけると角狼雑魔が牙を剥いて襲いかかってくる。カウンターアタックで頭蓋ごと真っ二つに。
「気を緩めるつもりはないが……妙だな」
愛馬を駆るエヴァンスは角狼雑魔で溢れる道のりを刃で切り拓きながら呟いた。派手な襲撃にしては手応えがない。何よりも肝心のアスタロトの姿が見当たらなかった。
馬車の屋根にあがっていたアメリアは二挺拳銃による妨害射撃で味方を支援する。そして屋根越しに馬車内のアーリアに話しかけた。
「敵が枝道に誘おうとしている節があります」
「それは問題だな。誘導に引きずられないよう指示をだしておこう」
アメリアの意見を採り入れたアーリアが御者の助手役に命じる。その者がラッパを吹き鳴らして一団全体に指示をだした。
「変な感じですねー。なんというか、敵の本気が感じられませんです」
アーリアの隣で状況を見守っていた小宮千秋が首を傾げる。
「つまりこれは、アスタロトの戯れ……ということか」
数こそ多かったが、アーリアを本気で仕留めようとする気概は感じられない。アスタロトからのあらための宣戦布告。そのようにアーリアは受け取った。
●
アーリアの一団は二日後に伯爵地ニュー・ウォルターの城塞都市マールへと帰還する。襲われたのは一度のみ。軽傷を負った者こそいたものの全員が無事であった。
マール城へ着いたアーリアはハンター達も同席してもらい、ミリアに伝える。
「歪虚に身をやつしたとしても父様への恨みを果たそうとしている、そういうことなのですの?」
「それがアスタロトの本心だろう。語ろうとはしなかったが、どうも幼かった私達が知らない出来事があり、それによる父への確執があるようだ」
どのような真実が隠されていても伯爵地を護る気持ちに変わりはない。そうエルブン兄妹は誓い合うのだった。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/15 20:49:54 |
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相談掲示板 ディーナ・フェルミ(ka5843) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/10/15 22:10:08 |