ゲスト
(ka0000)
ワルサー総帥、街道に立つ
マスター:御影堂

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2014/09/25 09:00
- 完成日
- 2014/10/04 14:26
みんなの思い出
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オープニング
●
王国北部に位置するルサスール家の領主カフェ・ワ・ルサスールは、悩んでいた。
執務室に座りながら、眺めるのは複数枚の報告書。
そこに書かれている懸案が、カフェの眉間に皺を刻む。
穏やかでありながら、強かな政策によって大きな問題は未然に防ぐ。。
カフェの手腕は、一領主としては余りあるほどであった。
それ故、領民からの信頼も厚い。
「はぁ」
報告書を今一度読み直し、カフェは深いため息をつく。
予想外といえば、嘘になる。こうなる前に、何とか出来たのではないかという思いが頭をめぐる。
カフェは、領主としては一人前であったが父親としては、甘いところがあった。
「……サチコ」
報告書に刻まれた、愛娘の名前をつぶやくカフェの顔は疲労に満ちていた。
サチコ・ワ・ルサスール。
カフェの唯一の娘である。彼女の母親、つまりカフェの妻は、出産後に体調を崩して亡くなっている。
だからこそ、カフェは彼女のことを宝物のように可愛がっていた。
いいところへ嫁に出すべく、嫁修行には惜しみがなかった。
だというのに……家出をした。
●
サチコ・ワ・ルサスールは困っていた。
彼女は、ワルサー団という盗賊団(まがい)を作り、ワルサー総帥を名乗っていた。
構成員は彼女を含めて、三名。他二名は、屋敷の従者だった。
「わた……俺様が、ワルサー総帥です……だぜ」
「どこへ向かって話しているのですか、お嬢様」
「お嬢様ではあり……ないのだぜ。ワルサー総帥だってば!」
「はいはい、ワルサー総帥」
たどたどしい悪ぶった口調をサチコは練習していた。
これから、ワルサー団としての華々しいデビューが待っているのだ。
「お嬢……総帥。荷馬車がきましたよ」
「わかりま……だぜ」
サチコは不敵な笑みを浮かべて、荷馬車の前に従者とともに躍り出た。
慌てて馬を引き止め、農夫が降り立った。
「あんれ、サチコ様でねぇが」
「ち、ちが。わたく……俺様はワルサー総帥なのだぜ」
農夫が反応に困っていると、サチコは大きく息を吸い込んだ。
ハリセンの切っ先……があるのかはともかく、ハリセンを農夫にまっすぐつきつける。
「よく聞いてくだ……聞くのぜ。あな……あんたの一番大事なものをよこせなのだぜ」
キョトンとする農夫とは対照的に、サチコはドヤ顔を見せる。
サチコの後ろでは、従者たちが「合わせてください、お願いします」と合図を送っていた。
おずおずと農夫が荷馬車から、種籾の入った袋を取り出す。
「来年の稼ぎにするための、種籾ですじゃ」
「……種籾……」
価値がわからないのか、サチコは呆然としている。
「これが奪われると、一家離散ですじゃ」
「そ、そんな大事なもの奪え……いや、違いますわ。だからこそ、奪う……でも」
あれこれと悶えるサチコに、従者が一言添える。
「あとでお返ししておきますから、奪ってください」
「そ、そう?」
こほんっと咳払いをし、「ハーッハッハ」と笑い声を上げたサチコは種籾の入った袋を恐る恐る奪い取る。
「こ、これは頂いていきますわ……じゃなくて、頂いていくのぜ!」
そういってすたこらさっさとサチコが逃げ出す。
従者の一人が先行し、もう一人が後で返す旨を簡単に告げて後を追った。
残された農夫は、頭の後ろを掻きながら、
「んまぁ、領主様に告げておくべ」とのんきに空を見上げるのだった。
●
再びカフェの執務室。
目の前の報告書には、サチコが街道で強盗まがいの行為をしている旨が記されていた。
従者・領民の双方からの報告である。すぐに返還されるため、気にしなくていいと領民たちは書いてくれていた。
サチコもまた、領民から愛されるバカ……かわいい息女なのであった。
「領外の者には、申し訳が立つまいしな」
そう、領内の被害にとどまっている間は、サチコの悪戯に付き合っているだけで済む。
しかし、領の外から来たものにはそうはいかない。従者がコントロールしてくれているといっても、事故は起こりうる。
「そもそも、サチコの動機が問題だしな」
今回の一件は、ただ強盗したいというものではなかった。
おおよそ箱入り娘であったサチコにとって、物の価値というのがいまいち掴めないのだ。
「一番大事なもの、か」
何が大事なものなのかを知りたいという欲求が先なのだ。
これも、娘にとってはいい機会かもしれないとカフェは思い直す。
「それには、領民だけでは足りないかもしれぬな」
カフェは、執事長を呼ぶと手紙を受け渡した。
その手紙は、まもなくハンターオフィスへと届けられる。
書き出しは、こうだ。
「求む。被害者」
王国北部に位置するルサスール家の領主カフェ・ワ・ルサスールは、悩んでいた。
執務室に座りながら、眺めるのは複数枚の報告書。
そこに書かれている懸案が、カフェの眉間に皺を刻む。
穏やかでありながら、強かな政策によって大きな問題は未然に防ぐ。。
カフェの手腕は、一領主としては余りあるほどであった。
それ故、領民からの信頼も厚い。
「はぁ」
報告書を今一度読み直し、カフェは深いため息をつく。
予想外といえば、嘘になる。こうなる前に、何とか出来たのではないかという思いが頭をめぐる。
カフェは、領主としては一人前であったが父親としては、甘いところがあった。
「……サチコ」
報告書に刻まれた、愛娘の名前をつぶやくカフェの顔は疲労に満ちていた。
サチコ・ワ・ルサスール。
カフェの唯一の娘である。彼女の母親、つまりカフェの妻は、出産後に体調を崩して亡くなっている。
だからこそ、カフェは彼女のことを宝物のように可愛がっていた。
いいところへ嫁に出すべく、嫁修行には惜しみがなかった。
だというのに……家出をした。
●
サチコ・ワ・ルサスールは困っていた。
彼女は、ワルサー団という盗賊団(まがい)を作り、ワルサー総帥を名乗っていた。
構成員は彼女を含めて、三名。他二名は、屋敷の従者だった。
「わた……俺様が、ワルサー総帥です……だぜ」
「どこへ向かって話しているのですか、お嬢様」
「お嬢様ではあり……ないのだぜ。ワルサー総帥だってば!」
「はいはい、ワルサー総帥」
たどたどしい悪ぶった口調をサチコは練習していた。
これから、ワルサー団としての華々しいデビューが待っているのだ。
「お嬢……総帥。荷馬車がきましたよ」
「わかりま……だぜ」
サチコは不敵な笑みを浮かべて、荷馬車の前に従者とともに躍り出た。
慌てて馬を引き止め、農夫が降り立った。
「あんれ、サチコ様でねぇが」
「ち、ちが。わたく……俺様はワルサー総帥なのだぜ」
農夫が反応に困っていると、サチコは大きく息を吸い込んだ。
ハリセンの切っ先……があるのかはともかく、ハリセンを農夫にまっすぐつきつける。
「よく聞いてくだ……聞くのぜ。あな……あんたの一番大事なものをよこせなのだぜ」
キョトンとする農夫とは対照的に、サチコはドヤ顔を見せる。
サチコの後ろでは、従者たちが「合わせてください、お願いします」と合図を送っていた。
おずおずと農夫が荷馬車から、種籾の入った袋を取り出す。
「来年の稼ぎにするための、種籾ですじゃ」
「……種籾……」
価値がわからないのか、サチコは呆然としている。
「これが奪われると、一家離散ですじゃ」
「そ、そんな大事なもの奪え……いや、違いますわ。だからこそ、奪う……でも」
あれこれと悶えるサチコに、従者が一言添える。
「あとでお返ししておきますから、奪ってください」
「そ、そう?」
こほんっと咳払いをし、「ハーッハッハ」と笑い声を上げたサチコは種籾の入った袋を恐る恐る奪い取る。
「こ、これは頂いていきますわ……じゃなくて、頂いていくのぜ!」
そういってすたこらさっさとサチコが逃げ出す。
従者の一人が先行し、もう一人が後で返す旨を簡単に告げて後を追った。
残された農夫は、頭の後ろを掻きながら、
「んまぁ、領主様に告げておくべ」とのんきに空を見上げるのだった。
●
再びカフェの執務室。
目の前の報告書には、サチコが街道で強盗まがいの行為をしている旨が記されていた。
従者・領民の双方からの報告である。すぐに返還されるため、気にしなくていいと領民たちは書いてくれていた。
サチコもまた、領民から愛されるバカ……かわいい息女なのであった。
「領外の者には、申し訳が立つまいしな」
そう、領内の被害にとどまっている間は、サチコの悪戯に付き合っているだけで済む。
しかし、領の外から来たものにはそうはいかない。従者がコントロールしてくれているといっても、事故は起こりうる。
「そもそも、サチコの動機が問題だしな」
今回の一件は、ただ強盗したいというものではなかった。
おおよそ箱入り娘であったサチコにとって、物の価値というのがいまいち掴めないのだ。
「一番大事なもの、か」
何が大事なものなのかを知りたいという欲求が先なのだ。
これも、娘にとってはいい機会かもしれないとカフェは思い直す。
「それには、領民だけでは足りないかもしれぬな」
カフェは、執事長を呼ぶと手紙を受け渡した。
その手紙は、まもなくハンターオフィスへと届けられる。
書き出しは、こうだ。
「求む。被害者」
リプレイ本文
●
晴れ渡る空の下、ルサスール領内の街道をシルフェ・アルタイル(ka0143)とジョン・フラム(ka0786)が歩いていた。
仲睦まじく歩く義兄妹の前に、仁王立ちの少女が姿を現す。
「わ、俺様は、ワルサー総帥です、だぜ」
少女ことサチコは辿々しく、名乗りを上げる。
「あな、お前たちの一番大事なものをくだ……よこせだぜ」
ドヤ顔を決めるサチコに、ジョンはおもむろにシルフェを差し出した。
「え」と驚くサチコを尻目に、ジョンはしれっという。
「一番大事なものは、妹のフィーをおいて他にありません」
「人攫いはさすがに」と言いかけたサチコへ、ジョンはぐいぐいシルフェを押し付けてくる。
「……ああ、なんということだ。非力な私では、こんな恐ろしい悪党に抗うことはできない」
シルフェは困惑しつつも、サチコの方へ押しやられていく。
当惑するサチコにシルフェをつかませると、スッとジョンは距離を取る。
「致し方ありません、さあ奪っていってください。さあ。さあさあ」
「お嬢様……」
呆気にとられていたサチコは、従者の言葉に我に返る。
されるがままのシルフェを従者に運ばせサチコは、逃げ出した。
ジョンは価値観はそれぞれ違うということを教えるのと別の目的が一つ。
「いやあ、フィーは困っている姿も可愛いですねえ」
そういいながら、穏やかなほほ笑みを浮かべるのだった。
小屋に帰り、念のためシルフェに縄をかける。
「ちなみにだけど、シルの大事なものは「自由」だよ」
「そうなの?」
「だから、縛られてるのは窮屈だけど今こうしてるのも楽しいよ」
意外そうなサチコに、シルフェは告げる。
「シルねーいろんなことたくさんやって、いろんなことできるようになりたんだ~」
サチコの反応を待つまでもなく、シルフェは語る。
「そしたら色んな人のお話もわかるようになるでしょ?」
シルフェの言葉をサチコは興味深げに聞いていた。
寂しさや悲しみ、楽しさを共有したいのだという。
加えて、「きっとみんな大事なものないから困ってると思うの」という。
「ね~、シルも一緒に謝るから返してあげようよ」
「ちゃんと、後で返してますわ。貴方はよいのですか?」
「シル? ジョン兄はシルのこと信じてるから帰ってくるまで待っててくれるよ。だから大丈夫なの!」
その後、返すところを見せて納得させてからジョンのもとへ返すのだった。
Charlotte・V・K(ka0468)はサチコの名乗りを、空を見上げ聞いていた。
「何ともまぁ、子育てとは難しいものだねぇ」と領主の苦悩を思う。
「どうしただぜ」
サチコが聞いてきたので、視線を戻す。
大事なものを告げる場面だった。
「そう言うならば、私は、矜恃だね」
Charlotteの言葉に、サチコは小首を傾げていた。
「民を守る為にあらゆる戦地で戦った、軍人としての、誇りと自信。今はもう、その矜恃しか残っていない」
黙って聴くサチコに、「後は……」と続ける。
「相応しい敵と、かつて自分が軍人であった事を思い戦火の中で死ぬ事位か」
「それは、困りま……だぜ」
「無理やり形にするなら、この軍人時代の、階級章や勲章がついた上着……かね」
その上着を、サチコに手渡す。
「私一人ではなく、戦火の中で命を落とした部下との仕事の証だからね」
まるで歴戦の戦士を見る目で、サチコは上着を眺めていた。
そして、いただくぞと宣言すると逃げ出す。その後ろ姿を眺めながら、Charlotteは苦笑する。
(とは言ったものの、実際にはただの布と鉄。そこまで大切でもないがね)
依頼を受け、誠堂 匠(ka2876)は悩んでいた。
亡き恩人一家と匠が写った写真を手に、街道を歩く。
「返ってくるとはいえ、流石に……これを渡すのは、ちょっとね」
思い出と無念が篭った写真を、一時的にも渡す気にはなれない。
IDカードを一番と言って渡すことを決め、懐に写真をしまう。
そして、サチコと出会い、一番大切なものを出そうとした……そのときである。
「あっ! それは……!」
風がふき、懐から写真が飛ばされた。
目の前に落ちた写真をサチコは拾いあげてしまう。しまったと思っても、遅かった。
「それ、形見でさ。もうそれしか残ってないんだ」
しげしげと写真を見つめる、サチコに告げる。
「だから……頼むよ、返してくれないかな。そんな物でも、俺にとってはとても大切な物なんだ」
サチコも知識では写真を知っていた。
一瞬迷うサチコに、匠は告げる。
「君も、楽しくなさそうだしね」
その言葉を否定するように、サチコは「違うのだぜ、楽しいのだぜ!」と意地を張って行ってしまった。
サチコの背中を匠は負わずに見送る。気落ちしながら、匠は一度街道を去るのだった。
「今のオレにとって大事なものはオレ特製のアメリカンクラブハウスサンド」
そう告げるのは、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)だ。
「空腹の胃袋をガッツリ満たしてくれる昼飯だ」
取り出したサンドウィッチを、差し出す。
思わずサチコはつばを飲み込んだ。
「トーストにハム、ローストチキン、レタス、トマト、チーズ、マヨネーズを挟んだ味も量も満足の自信作だぜ」
「……食べ物」
「食い物だからって軽く見るなよ。空腹のオレにしたら金塊より価値のあるもんだ」
「そうなのです、だぜ」
「命より大事じゃねぇけど、食わなきゃ人は生きちゃいけない」
お腹を鳴らして、レイオスは尋ねる。
「それでも奪っていくなら返せとは言わねぇ。だが全部しっかりと味わえよ」
「い、命まで取る気はありま、だぜ」と言うも食べたいのか、半分奪う。。
「半分頂くのだぜ!」
見送るレイオスに、従者がきちんと世話していることを告げる。
「家出中だと用意できる食事にも限界があると思ったが……杞憂?」
「いえ、我々以外の食事を食べてみるのも一興かと」
その言葉にレイオスは安心しつつ、自慢のサンドウィッチを食べるのだった。
●
「んーお姉さんは普通の自活生活覚えた方が良いよね。花嫁修業よりも」
サチコのアジトで、そんなことを言ってのけるのはユノ(ka0806)だ。
少し前の街道、
「うーわー、おねーさん超暇だねー」に始まり、
「でも、付き合ってくれる人が居るって事はお馬鹿だけどきっと良い人なんだよね」とサチコを当惑させ、
「なら仕方ないから僕も付き合ってあげるよー」と楽しげに付いてきて今に至る。
浚うつもりはなかったが、
「うーん……僕?」と一番大事なものに答えたのだから仕方がない。
家族もない、記憶も戻らないと重たいことをさらりと述べてみせた。
野良猫は好きらしいが、所持品ではない。
「ねーねー、もし一番大事なものが「みさお」だったら、どーやってうばうのー?」
自身も意味もわかっていない言葉でサチコを困惑させ、楽しんでいた。
「飢えの苦しさも、お芋一個の値段も知らないよね?」
「……領民を飢えさせるのは、嫌なのだぜ」とユノの思う回答と違うことを言う。
サチコとのやりとりが、やかましくなってきた頃、ユノは解放されたのだった。
弓月 幸子(ka1749)は、サチコの名前に親近感を感じていた。
「一番大事なものをいただいて……よこすのだぜ!」
幸子は、肩から掛けている学ランを取ると目の前でかざす。
「いつも羽織っている学ランなんだよ」
懐かしいものを見るような目つきで、幸子は学ランを見る。
一方のサチコは、学ランとは何なのか話を待っていた。
「これはリアルブルーで幼馴染のお兄ちゃんから奪った……じゃなくて貰った大切なものなんだよ」
「うば……?」
聞き捨てならない言葉を耳にして、サチコは聞き返す。
が、幸子は気にせず続ける。
「ボクは一人でこっちに流されたから、お兄ちゃんとの思い出の品はこれしかないんだよ」
大事そうにギュッと掴んだ後、サチコに手渡す。
持っていったサチコを見送り、帰ろうとした。が、サチコが戻ってきた。
「これは違います……のだぜ」
「あ」
学ランに入ったままだった幸子の名前入りハンカチを返され、顔が赤くなるのだった。
「……は? 大事なもの?」
サチコに問われ、フェルム・ニンバス(ka2974)は思わずそう返した。
「そうなのだぜ」と重ねて問われ、フェルムは一冊の書を取り出す。
「俺にとって大事なものって言えば、この魔術書かな」
興味深げなサチコに、フェルムは続ける。
「家の人間が代々書き足してきたものらしいし、無くしたらもうおしまいだしな」
「なぜですかだぜ」
「なんでって、そりゃあ、書く人間がもう俺しかいねえからだろ。誰もいなくなっちまったしな」
手をワキワキさせるサチコに、
「で、これ持ってくわけ?」とフェルムは告げる。
「ふーん……すげえ悪党だな。命狙いたくなるぜ。何しろ俺んちのなけなしの歴史を丸ごと持っていこうってんだから」
「ワルサー総統ですからだぜ」
持っていったサチコを見送り、フェルムは苦笑する。
「とか言って、無駄に回りくどく判りにくくしてある、ただの一族の日記帳だけどな」
そういう表情は明るいとは言いがたい。
「……あいつらがここにしかもういないのは、違いないけどな」
返ってくるのを待つ間は、少し心寂しいかった。
(へぇ、このひとが例のお嬢様か)
ルオ(ka1272)は、高笑いするサチコをじっくりと観察していた。
大事なものを問われ、ルオは腕時計を外す。
「俺の一番大事なモノ……といえば、この腕時計かな」
精緻な作りと時計に、サチコは目を奪われる。
「ちきゅ……リアルブルーの思い出が詰まってる品だ」とルオは言う。
「当時、ちょっと無理して購入したんだ。はやくこの腕時計の持ち主にふさわしい実力を身に付けるんだって意気込んでね」
「つらい訓練も、コイツをみて耐えたもんさ」と遠い目をしながら、ルオは告げる。
サチコに腕時計を渡しながら、さらに語る。
「いまは、一刻も早く帰還して、ヴォイドからリアルブルーを守るんだって気持ちを思い起こさせるんだ」
ルオが手を離すとサチコは腕時計を優しく持って、後ずさる。
「こ、これは貰っていきますだぜ」
「わー、それは大事なものなんだー」
ルオは合わせるように、棒読みで叫ぶ。
「返してくれー」
大根な演技に、サチコは訝しむも、
「それがなくなったら……」と演技でない言葉が漏れた。
その言葉に、サチコは意を決して奪っていくのだった。
アルフィ(ka3254)の一番大事なものは、オカリナだった。
おばあさまからの贈り物だというオカリナを手に、
「ボク、おばあさまに音楽を教わったんだ」と嬉しそうにいう。
「いつか上手になって、聞かせる約束してるの。もちろん森の外のお話もいっぱいしたいなって思ってる」
懐かしそうに語るアルフィの話を、サチコは黙って聞いていた。
「ボクとおばあさまの約束の証、別々に暮らしても心はいつも傍にいるって証だよ」
「えと……」
ギュッと抱きしめるアルフィに、サチコは戸惑いつつ手を出す。
「……えっと、あの、その、総帥のお姉さん」とアルフィはサチコを見上げる。
「やっぱり大事なもの、あげなきゃ、ダメ?」
涙目である。
「ううう、おばあさまとの約束、なのに……っ」
それでも、手を出すサチコだったが、
「うわああん、何だよもうボク知らないっ、持ってけドロボーっ」
本泣きされては、オカリナを奪う気になれない。
しかも、見た目年下である。ギャン泣きである。
「わた俺様も泣く子からは奪えません……のだぜ」
手を引いてサチコは、踵を返す。その背中をオカリナを抱きしめ、アルフィは見送るのだった。
●
「俺の大事なものはこの命だ。さぁ、奪えるものなら奪ってみろよ」
ティーア・ズィルバーン(ka0122)は、正面切ってサチコに告げた。
わがまま娘に、薬代わりのいじわるというわけだ。
「命までは、取れないですだぜ」と動揺するサチコに、
「まさか、その覚悟もないのにこんなことやってるのか」
「ま、自分でその物の価値を考えないお子様じゃしょうがないよな」と畳み掛ける。
当惑しっぱなしのサチコに、ティーアは小さくため息を吐く。
「まぁ……そうだな。狩場で命を預けるこの刀かな」
刀を手渡しながら頭を撫でた。
「いいか、お嬢ちゃん。あんまりお遊びがすぎると本当に悪いやつに君の大事な物まで奪われてしまうよ」
と語りかける。
サチコは、まっすぐにティーアを見上げていた。
「そして、それは君一人ですむとは限らない」
「だから、やるなら物の本質をしっかり考えて中途半端はしちゃダメだぞ」と続ける。
「わ、俺様は中途半端はしませんだぜ」
きっぱりと言ってのけ、刀を手にサチコは去っていく。
「わかってくれてたなら、いいけどな」
ティーアは独りごち、その場を一度去っていった。
天竜寺 詩(ka0396)はワルサー総帥の登場に、「きゃあ」と驚いてみせた。
怯えた風を装うと、サチコは気を良くしたのか意気揚々と前口上を告げた。
「これだけは持っていかないで」
咄嗟に首のロザリオを詩はつかむ。
詩は、自分と姉が妾の子だったという境遇を語り出す。
「私は生まれてすぐお母さんが死んでお父さんの家に引き取られたの」
重たい話を、サチコは聞き入る。
「今のお母さんは妾の子にも関わらず私達に良くしてくれるけど、やっぱり本当のお母さんが恋しい」
ロザリオを掴む手が、より強くなる。
「このロザリオはお母さんのたった一つの形見。お母さんを感じられるただ一つの物だから」
ここまでの強盗で、サチコも迷いが生じていた。
それでも、名乗った以上、詩からロザリオを奪うと逃げ出す。
詩は、「待って」と訴えながら追いかけるも転倒してしまった。
起き上がると、目の前にはサチコがいた。
「返すのだぜ。奪って逃げたから、もういいのだぜ」
サチコからロザリオを取り返し握りしめる。
すぐさま逃げ去るサチコの背中を、微笑みながら詩は見送るのだった。
スヴィトラーナ=ヴァジム(ka1376)が取り出したのは、小さなお守りだった。
スヴィトラーナは、お守りを大事そうに両手で握りしめる。
「これはね。私が、とても辛い時に救ってくれたものだから……」と語りながら、サチコの目をじっと見つめる。
「想いが詰まっているの。そして、それに私は救われたの」
ゆっくりとサチコに訴えかけるように、語っていく。
「大事に想ってくれる人がいるって。私の幸せを願ってくれる人がいるって……これを見ると、分かるから」
「貴女には、ただの小さな汚いお守りかもしれないけれど、ね」とスヴィトラーナ自身が苦笑交じりにいう。
「これを取られると、私はとても悲しいわ。貴女は、私の悲しさを背負う覚悟があるのかしら?」
詰め寄るように近づきながら、告げるスヴィトラーナからお守りを取る。
「ワルサー総帥は、全てを背負うのだぜ」
ぱしっと言ってのけると、お守りを奪う。そして、すぐ返した。
「けれど、これはわた……俺様には必要ないものだぜ」
「ふふ、ありがとう」
スヴィトラーナはサチコの頭を優しく撫で、軽く抱きしめるのだった。
エディオラ・ローシュタイン(ka0351)は何の依頼を受けたのか忘れていた。
弟の弁当が食べたくて受けた依頼だったが、と街道を行く。
サチコが現れ前口上を述べた。そして、エディオラは考える。
「一番大切な物を寄越せ、とな? わしの一番の宝は、愛しき家族。愛しい姉弟。それを寄越せなど……ハッ!?」
目を見開いたエディオラは、サチコから距離を取る。
「ま、まさか、おぬし! 弟を……婿に欲しいということか!?」
「えぇ!?」
何故かサチコも驚いた。
「な、ならぬぞ! まだ結婚は早っ」
「そ、それは違うのだぜ」とサチコも動揺していた。
「何、違う。で、ではまさか妹の方を……!?」
すったもんだあって、
「それ以外でなら、作って貰った弁当くらいじゃが……」
「じゃあ、それ」というサチコもやりとりに疲れていた。
「ううむ、渡しても良いが。痛む前に、食すと約束して貰いたい」
「わしの為ではあったが、人を想い作った物が無駄になる事の方が、悲しきことじゃからな」というので、
「今食べればいいのぜ」とサチコは返した。
気がつけば、どうしてこうなったのか、二人でその弁当を味わっているのだった。
「これをどうぞ」
大切なモノといわれ、摩耶(ka0362)はサチコにメイド服を手渡した。
給仕用に作られたメイド服を手に、サチコはキョトンとする。
「私の大切なものは、仕事です」
キッパリと述べた摩耶は、サチコを引き摺るように仕事場の酒場へ連れ去っていった。
「え、え?」
混乱するサチコに、メイド服を着せ給仕の仕事を任せる。
当然、やったことがないサチコを摩耶はフォローすることを忘れない。
「ワルサー総帥、持っていくのはあちらです」
「ご、ごめんなさい」
「ワルサー総帥、テーブルの片付けがまだですよ」
「はい、すぐにやります~」
もともと良家のお嬢様だけに、経験のないことばかり。
花嫁修業やメイドの仕事を見ていただけ、マシだったのだろうか。
それでも、終わった時にはサチコはへとへとだった。
「よく頑張りましたね。こちらが、仕事によって得られた賃金ですよ」
「……こ、これを奪うのだぜ」
「えぇ、ワルサー総帥の成果ですから」
どこか心地よい疲労感を感じながら、サチコは賃金を受け取る。
どこか嬉しそうなサチコを見て、摩耶も静かに微笑むのだった。
●
時音 ざくろ(ka1250)は、ルサスール領を歩きながら考え事をしていた。
海に現れた歪虚や受けてきた依頼のこと……。これからのこと……。
「わた、俺様が(略)」とワルサー総帥が現れたのは折しもそんなタイミングだった。
大切な物を問われ、
「たっ、大切な物って、ざくろの唇……」
咄嗟に唇に手を当てて、俯きながらそう答えてしまっていた。
思わず頬を染め、
「わわわ、今の無し、無しだから」
耳まで真っ赤にした。気を落ち着かせ、
「正義の冒険家として、悪にこの大切なご先祖の手記を渡したりは絶対しない……」と、替わりに古びた手記を取り出す。
「ただのボロイ手帳に見えるかも知れないけど、これにはざくろの夢や希望が一杯詰まってるんだ。例えば総統の団の様に……」
話が長くなりそうだったので、スッと奪う。
「……って、わわ、返して」
語りの途中であっさりと持って行かれ、ざくろは慌てるのだった。
返ってきた時、従者の前で
「もし、奪われたのが唇だったら、どうやって返してくれたんだろう?」
と赤くなるざくろだったが、
「……お嬢様の唇で?」
従者に睨まれ、笑ってごまかすのだった。
「……誰だって大切なものを取られたら悲しい想いをすると思うの」
ファリス(ka2853)は、うさぎのぬいぐるみイリーナを抱きしめ、街道を歩いていた。
「だから、きちんとサチコ姉様にも分かって貰うの!」
そのために、頑張ると意気込むファリスの目の前に、ワルサー総帥サチコが姿をあらわす。
イリーナを抱きしめる力が、少し強くなる。
そして、
「奪わせてもらうのですわ、だぜ」
サチコがイリーナをファリスから受け取ると、
「……イリーナを返して、なの!」
ファリスは、咄嗟にサチコのぽかぽかと殴り始めた。
痛くない程度の、駄々っ子がやるようなパンチだ。
「その子はファリスの大切なお友達なの!」
涙を浮かべて、ファリスはサチコへパンチを繰り返す。
「母様が残してくれた大切な子なの!」
イリーナは、ファリスの母親が作ったことを聞いていた。
母親が、すでに他界していることも。
「返して、なの……」と本泣きが近づいてくると、サチコはイリーナを返す。
見た目、年下のファリスから奪うことに気が引けた。
何より、「母親の思いは大事に、だぜ」と自身に重ねてサチコは告げて去るのだった。
クレール(ka0586)は現れたサチコの問いに、上着の裾を掴んだ。
「この上着、かな、やっぱり」
誕生日に家族がくれたという上着を、サチコの前で掲げる。
「父さんが昔使ってた冒険用の上着を、母さんが私用に仕立て直してくれて……弟が、仕上げしてくれたんです」
父の頃から20年以上使用した上着は、売っても二束三文。
それでも、とクレールはいう。
「でも、これは家族の思いがいっぱい詰まった宝物なんです」
懐かしむような表情で、クレールは続ける。
「……私みたいな親不孝者の家出娘でも、支えはやっぱり家族の思い出なんです」
サチコとは事情が異なるも、家出中に違いはない。
近いものを感じながらも、するりと奪ってサチコは去る。
「あ、ほんとに行っちゃう。戻ってくるんだよね? でも、万一……」
「や、やっぱり待っ」と追いかけようとしてこけてしまう。
「……ひぐ。まって……かえしてぇ」
思わず泣きだしたクレールのところへ、何故かサチコがすぐに戻ってきた。
「奪ったから、返すのだぜ」とあっさり返してもらう。
ばっと受け取ると、クレールは大事そうに上着を抱きしめるのだった。
「ワルサー団! 人々の大切な物を奪い悲しませるなど ゆ る さ ん !」
と意気込む鳴神 真吾(ka2626)だが、被害者役である。
サチコと出会った真吾は、「この写真だな」と一枚の写真を取り出す。
「夢を叶えてヒーローのスーツアクターになれた時に、同僚の奴等ととった写真でね」
「あの時は俺たちで最高のヒーローにしようぜって盛り上がったなあ」と、真吾は懐かしむ。
「……今はあっちに戻れるかも分からねえ。事故とはいえ、俺はその約束を投げ出してこっちにきちまったんだけどな」
悔やむような真吾からサチコは写真をスッと奪う。
「あんた、人のものをっ」
一瞬怒りを見せた真吾だったが、
「俺には、もう、それを持ってる資格もないよな」
わざと落ち込む様子を見せて立ち去ろうとした。
そのときだ。
「待つのだぜ!」と、 サチコは写真を真吾へ突き返した。
「俺様も、義賊。ならば、相手のヒーローが必要なのだぜ」とポーズを決める。
すぐさま真吾も、
「そのときは、あんたを止めるため最高のヒーローをしてみせるさ」と返す。
「また会うのだぜ」
そのときは敵同士だといいながら、去るのだった。
「えぇ、大事なものを渡せって!?」
Jyu=Bee(ka1681)は、サチコの要求にわざとらしく声を上げてみせた。
「これね」とジュウベエは、コレクションの斬馬刀をサチコに掲げる。
ビクッとしたサチコを気にせず、ジュウベエは語る。
「刀はサムライの魂そのものなのよ。地面に引きずったりして傷がついたら」
チラリとサチコを見て、
「ジュウベエちゃん、泣いちゃうかも」とあざとい悲しみ表情を浮かべる。
手渡すと身の丈ほどある斬馬刀の重みに、サチコが揺れる。
傷つけまいと努めるサチコを両脇から従者が支えた。
「これが無くなったら。ハンターとして仕事もできなくなるし。 飢え死にして死んじゃうかも」
俯きながらサチコをちら見し、棒読みにトドメの一言を放つ。
「ワルサー総帥は悪だから、私達が死んじゃっても気にしないのよね」
「死なれるのは困りますわ、だぜ」
慌ててサチコは、その斬馬刀をジュウベエに返す。
もとより、重すぎて奪い去るに奪い去れない。
「い、いつかその斬馬刀を持てるようになってみせ、のだぜ」
負け惜しみのように去っていくサチコをジュウベエは、からっとした顔で見送るのだった。
●
「一番大事な物ねえ~……。私はやっぱり、この美貌かしらん?」
ナナート=アドラー(ka1668)はサチコの問いかけに、あっけからんと答えてみせた。
ぽかんとするサチコに、
「困ったわぁ。美貌をお渡しする訳にも行かないし……。仕方が無いから、私毎連れて行ってくださる?」
そう告げて、同行許可を取り付ける。
道すがら、ナナートは家を捨てた自分にとって美貌は唯一の武器であり、財産なのだと語ってくれた。
「さぁ、何をすればいいのかしら?」
アジトに着くなり、ナナートは家事手伝いを申し出た。
「人質にそんなことさせるわけにはいかないですわ、だぜ」
慌てるサチコと従者を、「いいから、いいから」となし崩し的に納得させる。
掃除をしながら、ナナートはサチコにいう。
「恵まれているが故に物への執着が無いだけで」
振り返った時、サチコと目があった。
「私の目には貴女が『大切な物』の分からない人間には見えないのだけれど……」
丁寧に使われている食器や家具。アジトとサチコの人となりをみて告げる。
バツが悪そうなサチコに優しく告げる。
「大切な物って物品とは限らないのよ? お嬢さん」
今までの経過で、サチコもわかってきているのだった。
柏木 千春(ka3061)は、サチコの問いにペンダントを外した。
「一番大切なもの……このペンダントですかねー」
サチコの手に乗せ、まだ奪わせないようにしながら千春は語る。
「このペンダント、母のものだと思うんですよ」
「思う……?」
サチコの問いに千春は応える。
名前も言えないような小さい頃に、クリムゾンウェストへ来たこと。
故郷のことも、親の顔すら覚えていないこと。
「だけど、生みの親に会ってみたいという気持ちはもちろんあって」
千春の手が若干力む。
「でも、お母さんもお父さんも、私の顔を見てもわからないと思うから……このペンダントが、橋渡しになればいいなって」
娘だとわかってもらうため、肌身離さず持っていると述べ、顔を上げる。
千春の前でサチコは、薄っすらと涙を浮かべていた。
感化されながらも、ワルサー総帥として奪ってはいく。
(ちゃんと、戻ってきます、よね……)
心配そうに見送ろうとしていたが、サチコは踵を返してきた。
「やっぱり、これはもっていけないのだぜ」
格好つけながら、サチコはペンダントを返してしまうのであった。
「リアルブルーの軍にいた頃のね、父から貰った命の恩人」
坂斎 しずる(ka2868)は懐中電灯を差し出し、そう告げた。
「その時の衝撃で壊れてしまったのだけれども、今でもお守り代わりに持っているの」
サチコの手に懐中電灯をのせ、手を被せる。
「売っても二束三文にもならないと思うわ。それでも奪う?」
「奪います、だぜ」
「お金にならないものでも?」
「わた、俺様が義賊。ワルサー総帥だからなのだぜ」
義賊だから、奪う。間違っている気もするが、あえて指摘はしない。
「そして、奪ってはいけないものを知るのだぜ」
このあたりは、領主もいっていたかもしれない。
返却するというのも、サチコ自身がそうしたいからなのだろう。
「義賊として、あなたは何がしたいの?」
「困っている人を助けるのです、だぜ」
かつて誘拐されたときに助けてくれた義賊に憧れ、その生き方に殉じたい。
まずは、形から。とりあえずは、納得できた。
一度、逃げ去らせたとき、しずるは従者に聴く。
「こういう父娘に仕えると、従者さん達も大変ね。――それとも、退屈しないから意外と楽しいのかしら?」
返ってきたのは、肯定の笑みだった。
フラヴィ・ボー(ka0698)は考えた結果、写真付の学生証を見せる。
「ボクはかつて記憶を全て失くしてしまった。そのボクを『フラヴィ・ボー』だと証明したのが、これだ」
確かに名前欄には、フラヴィ・ボーと書かれている。
いつかまた忘れてしまった時の為に、常に携帯しているのだという。
「でも多分、これってボク自身より周囲にとって大事なものなんだ」
確認するように、フラヴィは語る。
「ボクはまた記憶喪失になっても何とかなると思ってるから」
「でも家族の人は心配するよね。あの人達を困らせるのは何だか悪い」とバツが悪そうにいう。
記憶喪失だからか。家族を「あの人」とフラヴィは呼ぶ。
「だからこれは、あの人達の為に失くしたくない物なんだな」
そういいながら、素直に学生証を手渡す。
若干戸惑いをみせるサチコに、フラヴィは問う。
「大事なものを奪うというキミにとって、一番大事なものは何なのかな?」
「領民、ですわ。ワルサー総帥は領民を、困った人を助ける義賊なのだぜ」
キッパリといってのけるサチコはいってのける。
フラヴィはそれ以上何も言わず、去っていくサチコを見送っていた。
「自由、じゃな」
あっけからんと笑みを浮かべ、レーヴェ・W・マルバス(ka0276)は告げる。
人それぞれ様々なものが大事だからとレーヴェはいう。
「困ります……だぜ」
「困る? ああ物であったか」
レーヴェは懐中時計を取り出し、戸惑っていたサチコに見せる。
「この懐中時計かの。1日の時間管理に割と重宝しておる」
正確な時を刻む懐中時計の針音が、小さく響く。
「時間を奪われる事を嫌う者もいるじゃろうしな」
受け取り、逃げようとしたサチコに、レーヴェはいう。
「ヒトによっては時に、命より大切なものというのがある。それを奪うという事は、じゃよ」
立ち止まったサチコに、レーヴェは続ける。
「お主が一番大事な物は何かね。それが奪われたらどうする」
サチコは言葉に詰まる。
「後で考えてみるがよい。根っからの悪人になる気がないのなら」
レーヴェは笑みを絶やさず、サチコに告げる。
「領民が……」
「ほれ、後でよいといっておるじゃろ」
呆けてしまいそうなサチコに声をかけ、そのまま見送る。
「ああ、時計は後で返しておくれ?」
忘れぬよう大声で念押しするレーヴェであった。
●
物の価値を知り、考えさせられたサチコは、街道から姿を消した。
だが、ワルサー総帥サチコ・ワ・ルサスールの物語は始まったばかりである。
”本物”になれるその日まで、サチコの日々は続く。続くったら、続く!
晴れ渡る空の下、ルサスール領内の街道をシルフェ・アルタイル(ka0143)とジョン・フラム(ka0786)が歩いていた。
仲睦まじく歩く義兄妹の前に、仁王立ちの少女が姿を現す。
「わ、俺様は、ワルサー総帥です、だぜ」
少女ことサチコは辿々しく、名乗りを上げる。
「あな、お前たちの一番大事なものをくだ……よこせだぜ」
ドヤ顔を決めるサチコに、ジョンはおもむろにシルフェを差し出した。
「え」と驚くサチコを尻目に、ジョンはしれっという。
「一番大事なものは、妹のフィーをおいて他にありません」
「人攫いはさすがに」と言いかけたサチコへ、ジョンはぐいぐいシルフェを押し付けてくる。
「……ああ、なんということだ。非力な私では、こんな恐ろしい悪党に抗うことはできない」
シルフェは困惑しつつも、サチコの方へ押しやられていく。
当惑するサチコにシルフェをつかませると、スッとジョンは距離を取る。
「致し方ありません、さあ奪っていってください。さあ。さあさあ」
「お嬢様……」
呆気にとられていたサチコは、従者の言葉に我に返る。
されるがままのシルフェを従者に運ばせサチコは、逃げ出した。
ジョンは価値観はそれぞれ違うということを教えるのと別の目的が一つ。
「いやあ、フィーは困っている姿も可愛いですねえ」
そういいながら、穏やかなほほ笑みを浮かべるのだった。
小屋に帰り、念のためシルフェに縄をかける。
「ちなみにだけど、シルの大事なものは「自由」だよ」
「そうなの?」
「だから、縛られてるのは窮屈だけど今こうしてるのも楽しいよ」
意外そうなサチコに、シルフェは告げる。
「シルねーいろんなことたくさんやって、いろんなことできるようになりたんだ~」
サチコの反応を待つまでもなく、シルフェは語る。
「そしたら色んな人のお話もわかるようになるでしょ?」
シルフェの言葉をサチコは興味深げに聞いていた。
寂しさや悲しみ、楽しさを共有したいのだという。
加えて、「きっとみんな大事なものないから困ってると思うの」という。
「ね~、シルも一緒に謝るから返してあげようよ」
「ちゃんと、後で返してますわ。貴方はよいのですか?」
「シル? ジョン兄はシルのこと信じてるから帰ってくるまで待っててくれるよ。だから大丈夫なの!」
その後、返すところを見せて納得させてからジョンのもとへ返すのだった。
Charlotte・V・K(ka0468)はサチコの名乗りを、空を見上げ聞いていた。
「何ともまぁ、子育てとは難しいものだねぇ」と領主の苦悩を思う。
「どうしただぜ」
サチコが聞いてきたので、視線を戻す。
大事なものを告げる場面だった。
「そう言うならば、私は、矜恃だね」
Charlotteの言葉に、サチコは小首を傾げていた。
「民を守る為にあらゆる戦地で戦った、軍人としての、誇りと自信。今はもう、その矜恃しか残っていない」
黙って聴くサチコに、「後は……」と続ける。
「相応しい敵と、かつて自分が軍人であった事を思い戦火の中で死ぬ事位か」
「それは、困りま……だぜ」
「無理やり形にするなら、この軍人時代の、階級章や勲章がついた上着……かね」
その上着を、サチコに手渡す。
「私一人ではなく、戦火の中で命を落とした部下との仕事の証だからね」
まるで歴戦の戦士を見る目で、サチコは上着を眺めていた。
そして、いただくぞと宣言すると逃げ出す。その後ろ姿を眺めながら、Charlotteは苦笑する。
(とは言ったものの、実際にはただの布と鉄。そこまで大切でもないがね)
依頼を受け、誠堂 匠(ka2876)は悩んでいた。
亡き恩人一家と匠が写った写真を手に、街道を歩く。
「返ってくるとはいえ、流石に……これを渡すのは、ちょっとね」
思い出と無念が篭った写真を、一時的にも渡す気にはなれない。
IDカードを一番と言って渡すことを決め、懐に写真をしまう。
そして、サチコと出会い、一番大切なものを出そうとした……そのときである。
「あっ! それは……!」
風がふき、懐から写真が飛ばされた。
目の前に落ちた写真をサチコは拾いあげてしまう。しまったと思っても、遅かった。
「それ、形見でさ。もうそれしか残ってないんだ」
しげしげと写真を見つめる、サチコに告げる。
「だから……頼むよ、返してくれないかな。そんな物でも、俺にとってはとても大切な物なんだ」
サチコも知識では写真を知っていた。
一瞬迷うサチコに、匠は告げる。
「君も、楽しくなさそうだしね」
その言葉を否定するように、サチコは「違うのだぜ、楽しいのだぜ!」と意地を張って行ってしまった。
サチコの背中を匠は負わずに見送る。気落ちしながら、匠は一度街道を去るのだった。
「今のオレにとって大事なものはオレ特製のアメリカンクラブハウスサンド」
そう告げるのは、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)だ。
「空腹の胃袋をガッツリ満たしてくれる昼飯だ」
取り出したサンドウィッチを、差し出す。
思わずサチコはつばを飲み込んだ。
「トーストにハム、ローストチキン、レタス、トマト、チーズ、マヨネーズを挟んだ味も量も満足の自信作だぜ」
「……食べ物」
「食い物だからって軽く見るなよ。空腹のオレにしたら金塊より価値のあるもんだ」
「そうなのです、だぜ」
「命より大事じゃねぇけど、食わなきゃ人は生きちゃいけない」
お腹を鳴らして、レイオスは尋ねる。
「それでも奪っていくなら返せとは言わねぇ。だが全部しっかりと味わえよ」
「い、命まで取る気はありま、だぜ」と言うも食べたいのか、半分奪う。。
「半分頂くのだぜ!」
見送るレイオスに、従者がきちんと世話していることを告げる。
「家出中だと用意できる食事にも限界があると思ったが……杞憂?」
「いえ、我々以外の食事を食べてみるのも一興かと」
その言葉にレイオスは安心しつつ、自慢のサンドウィッチを食べるのだった。
●
「んーお姉さんは普通の自活生活覚えた方が良いよね。花嫁修業よりも」
サチコのアジトで、そんなことを言ってのけるのはユノ(ka0806)だ。
少し前の街道、
「うーわー、おねーさん超暇だねー」に始まり、
「でも、付き合ってくれる人が居るって事はお馬鹿だけどきっと良い人なんだよね」とサチコを当惑させ、
「なら仕方ないから僕も付き合ってあげるよー」と楽しげに付いてきて今に至る。
浚うつもりはなかったが、
「うーん……僕?」と一番大事なものに答えたのだから仕方がない。
家族もない、記憶も戻らないと重たいことをさらりと述べてみせた。
野良猫は好きらしいが、所持品ではない。
「ねーねー、もし一番大事なものが「みさお」だったら、どーやってうばうのー?」
自身も意味もわかっていない言葉でサチコを困惑させ、楽しんでいた。
「飢えの苦しさも、お芋一個の値段も知らないよね?」
「……領民を飢えさせるのは、嫌なのだぜ」とユノの思う回答と違うことを言う。
サチコとのやりとりが、やかましくなってきた頃、ユノは解放されたのだった。
弓月 幸子(ka1749)は、サチコの名前に親近感を感じていた。
「一番大事なものをいただいて……よこすのだぜ!」
幸子は、肩から掛けている学ランを取ると目の前でかざす。
「いつも羽織っている学ランなんだよ」
懐かしいものを見るような目つきで、幸子は学ランを見る。
一方のサチコは、学ランとは何なのか話を待っていた。
「これはリアルブルーで幼馴染のお兄ちゃんから奪った……じゃなくて貰った大切なものなんだよ」
「うば……?」
聞き捨てならない言葉を耳にして、サチコは聞き返す。
が、幸子は気にせず続ける。
「ボクは一人でこっちに流されたから、お兄ちゃんとの思い出の品はこれしかないんだよ」
大事そうにギュッと掴んだ後、サチコに手渡す。
持っていったサチコを見送り、帰ろうとした。が、サチコが戻ってきた。
「これは違います……のだぜ」
「あ」
学ランに入ったままだった幸子の名前入りハンカチを返され、顔が赤くなるのだった。
「……は? 大事なもの?」
サチコに問われ、フェルム・ニンバス(ka2974)は思わずそう返した。
「そうなのだぜ」と重ねて問われ、フェルムは一冊の書を取り出す。
「俺にとって大事なものって言えば、この魔術書かな」
興味深げなサチコに、フェルムは続ける。
「家の人間が代々書き足してきたものらしいし、無くしたらもうおしまいだしな」
「なぜですかだぜ」
「なんでって、そりゃあ、書く人間がもう俺しかいねえからだろ。誰もいなくなっちまったしな」
手をワキワキさせるサチコに、
「で、これ持ってくわけ?」とフェルムは告げる。
「ふーん……すげえ悪党だな。命狙いたくなるぜ。何しろ俺んちのなけなしの歴史を丸ごと持っていこうってんだから」
「ワルサー総統ですからだぜ」
持っていったサチコを見送り、フェルムは苦笑する。
「とか言って、無駄に回りくどく判りにくくしてある、ただの一族の日記帳だけどな」
そういう表情は明るいとは言いがたい。
「……あいつらがここにしかもういないのは、違いないけどな」
返ってくるのを待つ間は、少し心寂しいかった。
(へぇ、このひとが例のお嬢様か)
ルオ(ka1272)は、高笑いするサチコをじっくりと観察していた。
大事なものを問われ、ルオは腕時計を外す。
「俺の一番大事なモノ……といえば、この腕時計かな」
精緻な作りと時計に、サチコは目を奪われる。
「ちきゅ……リアルブルーの思い出が詰まってる品だ」とルオは言う。
「当時、ちょっと無理して購入したんだ。はやくこの腕時計の持ち主にふさわしい実力を身に付けるんだって意気込んでね」
「つらい訓練も、コイツをみて耐えたもんさ」と遠い目をしながら、ルオは告げる。
サチコに腕時計を渡しながら、さらに語る。
「いまは、一刻も早く帰還して、ヴォイドからリアルブルーを守るんだって気持ちを思い起こさせるんだ」
ルオが手を離すとサチコは腕時計を優しく持って、後ずさる。
「こ、これは貰っていきますだぜ」
「わー、それは大事なものなんだー」
ルオは合わせるように、棒読みで叫ぶ。
「返してくれー」
大根な演技に、サチコは訝しむも、
「それがなくなったら……」と演技でない言葉が漏れた。
その言葉に、サチコは意を決して奪っていくのだった。
アルフィ(ka3254)の一番大事なものは、オカリナだった。
おばあさまからの贈り物だというオカリナを手に、
「ボク、おばあさまに音楽を教わったんだ」と嬉しそうにいう。
「いつか上手になって、聞かせる約束してるの。もちろん森の外のお話もいっぱいしたいなって思ってる」
懐かしそうに語るアルフィの話を、サチコは黙って聞いていた。
「ボクとおばあさまの約束の証、別々に暮らしても心はいつも傍にいるって証だよ」
「えと……」
ギュッと抱きしめるアルフィに、サチコは戸惑いつつ手を出す。
「……えっと、あの、その、総帥のお姉さん」とアルフィはサチコを見上げる。
「やっぱり大事なもの、あげなきゃ、ダメ?」
涙目である。
「ううう、おばあさまとの約束、なのに……っ」
それでも、手を出すサチコだったが、
「うわああん、何だよもうボク知らないっ、持ってけドロボーっ」
本泣きされては、オカリナを奪う気になれない。
しかも、見た目年下である。ギャン泣きである。
「わた俺様も泣く子からは奪えません……のだぜ」
手を引いてサチコは、踵を返す。その背中をオカリナを抱きしめ、アルフィは見送るのだった。
●
「俺の大事なものはこの命だ。さぁ、奪えるものなら奪ってみろよ」
ティーア・ズィルバーン(ka0122)は、正面切ってサチコに告げた。
わがまま娘に、薬代わりのいじわるというわけだ。
「命までは、取れないですだぜ」と動揺するサチコに、
「まさか、その覚悟もないのにこんなことやってるのか」
「ま、自分でその物の価値を考えないお子様じゃしょうがないよな」と畳み掛ける。
当惑しっぱなしのサチコに、ティーアは小さくため息を吐く。
「まぁ……そうだな。狩場で命を預けるこの刀かな」
刀を手渡しながら頭を撫でた。
「いいか、お嬢ちゃん。あんまりお遊びがすぎると本当に悪いやつに君の大事な物まで奪われてしまうよ」
と語りかける。
サチコは、まっすぐにティーアを見上げていた。
「そして、それは君一人ですむとは限らない」
「だから、やるなら物の本質をしっかり考えて中途半端はしちゃダメだぞ」と続ける。
「わ、俺様は中途半端はしませんだぜ」
きっぱりと言ってのけ、刀を手にサチコは去っていく。
「わかってくれてたなら、いいけどな」
ティーアは独りごち、その場を一度去っていった。
天竜寺 詩(ka0396)はワルサー総帥の登場に、「きゃあ」と驚いてみせた。
怯えた風を装うと、サチコは気を良くしたのか意気揚々と前口上を告げた。
「これだけは持っていかないで」
咄嗟に首のロザリオを詩はつかむ。
詩は、自分と姉が妾の子だったという境遇を語り出す。
「私は生まれてすぐお母さんが死んでお父さんの家に引き取られたの」
重たい話を、サチコは聞き入る。
「今のお母さんは妾の子にも関わらず私達に良くしてくれるけど、やっぱり本当のお母さんが恋しい」
ロザリオを掴む手が、より強くなる。
「このロザリオはお母さんのたった一つの形見。お母さんを感じられるただ一つの物だから」
ここまでの強盗で、サチコも迷いが生じていた。
それでも、名乗った以上、詩からロザリオを奪うと逃げ出す。
詩は、「待って」と訴えながら追いかけるも転倒してしまった。
起き上がると、目の前にはサチコがいた。
「返すのだぜ。奪って逃げたから、もういいのだぜ」
サチコからロザリオを取り返し握りしめる。
すぐさま逃げ去るサチコの背中を、微笑みながら詩は見送るのだった。
スヴィトラーナ=ヴァジム(ka1376)が取り出したのは、小さなお守りだった。
スヴィトラーナは、お守りを大事そうに両手で握りしめる。
「これはね。私が、とても辛い時に救ってくれたものだから……」と語りながら、サチコの目をじっと見つめる。
「想いが詰まっているの。そして、それに私は救われたの」
ゆっくりとサチコに訴えかけるように、語っていく。
「大事に想ってくれる人がいるって。私の幸せを願ってくれる人がいるって……これを見ると、分かるから」
「貴女には、ただの小さな汚いお守りかもしれないけれど、ね」とスヴィトラーナ自身が苦笑交じりにいう。
「これを取られると、私はとても悲しいわ。貴女は、私の悲しさを背負う覚悟があるのかしら?」
詰め寄るように近づきながら、告げるスヴィトラーナからお守りを取る。
「ワルサー総帥は、全てを背負うのだぜ」
ぱしっと言ってのけると、お守りを奪う。そして、すぐ返した。
「けれど、これはわた……俺様には必要ないものだぜ」
「ふふ、ありがとう」
スヴィトラーナはサチコの頭を優しく撫で、軽く抱きしめるのだった。
エディオラ・ローシュタイン(ka0351)は何の依頼を受けたのか忘れていた。
弟の弁当が食べたくて受けた依頼だったが、と街道を行く。
サチコが現れ前口上を述べた。そして、エディオラは考える。
「一番大切な物を寄越せ、とな? わしの一番の宝は、愛しき家族。愛しい姉弟。それを寄越せなど……ハッ!?」
目を見開いたエディオラは、サチコから距離を取る。
「ま、まさか、おぬし! 弟を……婿に欲しいということか!?」
「えぇ!?」
何故かサチコも驚いた。
「な、ならぬぞ! まだ結婚は早っ」
「そ、それは違うのだぜ」とサチコも動揺していた。
「何、違う。で、ではまさか妹の方を……!?」
すったもんだあって、
「それ以外でなら、作って貰った弁当くらいじゃが……」
「じゃあ、それ」というサチコもやりとりに疲れていた。
「ううむ、渡しても良いが。痛む前に、食すと約束して貰いたい」
「わしの為ではあったが、人を想い作った物が無駄になる事の方が、悲しきことじゃからな」というので、
「今食べればいいのぜ」とサチコは返した。
気がつけば、どうしてこうなったのか、二人でその弁当を味わっているのだった。
「これをどうぞ」
大切なモノといわれ、摩耶(ka0362)はサチコにメイド服を手渡した。
給仕用に作られたメイド服を手に、サチコはキョトンとする。
「私の大切なものは、仕事です」
キッパリと述べた摩耶は、サチコを引き摺るように仕事場の酒場へ連れ去っていった。
「え、え?」
混乱するサチコに、メイド服を着せ給仕の仕事を任せる。
当然、やったことがないサチコを摩耶はフォローすることを忘れない。
「ワルサー総帥、持っていくのはあちらです」
「ご、ごめんなさい」
「ワルサー総帥、テーブルの片付けがまだですよ」
「はい、すぐにやります~」
もともと良家のお嬢様だけに、経験のないことばかり。
花嫁修業やメイドの仕事を見ていただけ、マシだったのだろうか。
それでも、終わった時にはサチコはへとへとだった。
「よく頑張りましたね。こちらが、仕事によって得られた賃金ですよ」
「……こ、これを奪うのだぜ」
「えぇ、ワルサー総帥の成果ですから」
どこか心地よい疲労感を感じながら、サチコは賃金を受け取る。
どこか嬉しそうなサチコを見て、摩耶も静かに微笑むのだった。
●
時音 ざくろ(ka1250)は、ルサスール領を歩きながら考え事をしていた。
海に現れた歪虚や受けてきた依頼のこと……。これからのこと……。
「わた、俺様が(略)」とワルサー総帥が現れたのは折しもそんなタイミングだった。
大切な物を問われ、
「たっ、大切な物って、ざくろの唇……」
咄嗟に唇に手を当てて、俯きながらそう答えてしまっていた。
思わず頬を染め、
「わわわ、今の無し、無しだから」
耳まで真っ赤にした。気を落ち着かせ、
「正義の冒険家として、悪にこの大切なご先祖の手記を渡したりは絶対しない……」と、替わりに古びた手記を取り出す。
「ただのボロイ手帳に見えるかも知れないけど、これにはざくろの夢や希望が一杯詰まってるんだ。例えば総統の団の様に……」
話が長くなりそうだったので、スッと奪う。
「……って、わわ、返して」
語りの途中であっさりと持って行かれ、ざくろは慌てるのだった。
返ってきた時、従者の前で
「もし、奪われたのが唇だったら、どうやって返してくれたんだろう?」
と赤くなるざくろだったが、
「……お嬢様の唇で?」
従者に睨まれ、笑ってごまかすのだった。
「……誰だって大切なものを取られたら悲しい想いをすると思うの」
ファリス(ka2853)は、うさぎのぬいぐるみイリーナを抱きしめ、街道を歩いていた。
「だから、きちんとサチコ姉様にも分かって貰うの!」
そのために、頑張ると意気込むファリスの目の前に、ワルサー総帥サチコが姿をあらわす。
イリーナを抱きしめる力が、少し強くなる。
そして、
「奪わせてもらうのですわ、だぜ」
サチコがイリーナをファリスから受け取ると、
「……イリーナを返して、なの!」
ファリスは、咄嗟にサチコのぽかぽかと殴り始めた。
痛くない程度の、駄々っ子がやるようなパンチだ。
「その子はファリスの大切なお友達なの!」
涙を浮かべて、ファリスはサチコへパンチを繰り返す。
「母様が残してくれた大切な子なの!」
イリーナは、ファリスの母親が作ったことを聞いていた。
母親が、すでに他界していることも。
「返して、なの……」と本泣きが近づいてくると、サチコはイリーナを返す。
見た目、年下のファリスから奪うことに気が引けた。
何より、「母親の思いは大事に、だぜ」と自身に重ねてサチコは告げて去るのだった。
クレール(ka0586)は現れたサチコの問いに、上着の裾を掴んだ。
「この上着、かな、やっぱり」
誕生日に家族がくれたという上着を、サチコの前で掲げる。
「父さんが昔使ってた冒険用の上着を、母さんが私用に仕立て直してくれて……弟が、仕上げしてくれたんです」
父の頃から20年以上使用した上着は、売っても二束三文。
それでも、とクレールはいう。
「でも、これは家族の思いがいっぱい詰まった宝物なんです」
懐かしむような表情で、クレールは続ける。
「……私みたいな親不孝者の家出娘でも、支えはやっぱり家族の思い出なんです」
サチコとは事情が異なるも、家出中に違いはない。
近いものを感じながらも、するりと奪ってサチコは去る。
「あ、ほんとに行っちゃう。戻ってくるんだよね? でも、万一……」
「や、やっぱり待っ」と追いかけようとしてこけてしまう。
「……ひぐ。まって……かえしてぇ」
思わず泣きだしたクレールのところへ、何故かサチコがすぐに戻ってきた。
「奪ったから、返すのだぜ」とあっさり返してもらう。
ばっと受け取ると、クレールは大事そうに上着を抱きしめるのだった。
「ワルサー団! 人々の大切な物を奪い悲しませるなど ゆ る さ ん !」
と意気込む鳴神 真吾(ka2626)だが、被害者役である。
サチコと出会った真吾は、「この写真だな」と一枚の写真を取り出す。
「夢を叶えてヒーローのスーツアクターになれた時に、同僚の奴等ととった写真でね」
「あの時は俺たちで最高のヒーローにしようぜって盛り上がったなあ」と、真吾は懐かしむ。
「……今はあっちに戻れるかも分からねえ。事故とはいえ、俺はその約束を投げ出してこっちにきちまったんだけどな」
悔やむような真吾からサチコは写真をスッと奪う。
「あんた、人のものをっ」
一瞬怒りを見せた真吾だったが、
「俺には、もう、それを持ってる資格もないよな」
わざと落ち込む様子を見せて立ち去ろうとした。
そのときだ。
「待つのだぜ!」と、 サチコは写真を真吾へ突き返した。
「俺様も、義賊。ならば、相手のヒーローが必要なのだぜ」とポーズを決める。
すぐさま真吾も、
「そのときは、あんたを止めるため最高のヒーローをしてみせるさ」と返す。
「また会うのだぜ」
そのときは敵同士だといいながら、去るのだった。
「えぇ、大事なものを渡せって!?」
Jyu=Bee(ka1681)は、サチコの要求にわざとらしく声を上げてみせた。
「これね」とジュウベエは、コレクションの斬馬刀をサチコに掲げる。
ビクッとしたサチコを気にせず、ジュウベエは語る。
「刀はサムライの魂そのものなのよ。地面に引きずったりして傷がついたら」
チラリとサチコを見て、
「ジュウベエちゃん、泣いちゃうかも」とあざとい悲しみ表情を浮かべる。
手渡すと身の丈ほどある斬馬刀の重みに、サチコが揺れる。
傷つけまいと努めるサチコを両脇から従者が支えた。
「これが無くなったら。ハンターとして仕事もできなくなるし。 飢え死にして死んじゃうかも」
俯きながらサチコをちら見し、棒読みにトドメの一言を放つ。
「ワルサー総帥は悪だから、私達が死んじゃっても気にしないのよね」
「死なれるのは困りますわ、だぜ」
慌ててサチコは、その斬馬刀をジュウベエに返す。
もとより、重すぎて奪い去るに奪い去れない。
「い、いつかその斬馬刀を持てるようになってみせ、のだぜ」
負け惜しみのように去っていくサチコをジュウベエは、からっとした顔で見送るのだった。
●
「一番大事な物ねえ~……。私はやっぱり、この美貌かしらん?」
ナナート=アドラー(ka1668)はサチコの問いかけに、あっけからんと答えてみせた。
ぽかんとするサチコに、
「困ったわぁ。美貌をお渡しする訳にも行かないし……。仕方が無いから、私毎連れて行ってくださる?」
そう告げて、同行許可を取り付ける。
道すがら、ナナートは家を捨てた自分にとって美貌は唯一の武器であり、財産なのだと語ってくれた。
「さぁ、何をすればいいのかしら?」
アジトに着くなり、ナナートは家事手伝いを申し出た。
「人質にそんなことさせるわけにはいかないですわ、だぜ」
慌てるサチコと従者を、「いいから、いいから」となし崩し的に納得させる。
掃除をしながら、ナナートはサチコにいう。
「恵まれているが故に物への執着が無いだけで」
振り返った時、サチコと目があった。
「私の目には貴女が『大切な物』の分からない人間には見えないのだけれど……」
丁寧に使われている食器や家具。アジトとサチコの人となりをみて告げる。
バツが悪そうなサチコに優しく告げる。
「大切な物って物品とは限らないのよ? お嬢さん」
今までの経過で、サチコもわかってきているのだった。
柏木 千春(ka3061)は、サチコの問いにペンダントを外した。
「一番大切なもの……このペンダントですかねー」
サチコの手に乗せ、まだ奪わせないようにしながら千春は語る。
「このペンダント、母のものだと思うんですよ」
「思う……?」
サチコの問いに千春は応える。
名前も言えないような小さい頃に、クリムゾンウェストへ来たこと。
故郷のことも、親の顔すら覚えていないこと。
「だけど、生みの親に会ってみたいという気持ちはもちろんあって」
千春の手が若干力む。
「でも、お母さんもお父さんも、私の顔を見てもわからないと思うから……このペンダントが、橋渡しになればいいなって」
娘だとわかってもらうため、肌身離さず持っていると述べ、顔を上げる。
千春の前でサチコは、薄っすらと涙を浮かべていた。
感化されながらも、ワルサー総帥として奪ってはいく。
(ちゃんと、戻ってきます、よね……)
心配そうに見送ろうとしていたが、サチコは踵を返してきた。
「やっぱり、これはもっていけないのだぜ」
格好つけながら、サチコはペンダントを返してしまうのであった。
「リアルブルーの軍にいた頃のね、父から貰った命の恩人」
坂斎 しずる(ka2868)は懐中電灯を差し出し、そう告げた。
「その時の衝撃で壊れてしまったのだけれども、今でもお守り代わりに持っているの」
サチコの手に懐中電灯をのせ、手を被せる。
「売っても二束三文にもならないと思うわ。それでも奪う?」
「奪います、だぜ」
「お金にならないものでも?」
「わた、俺様が義賊。ワルサー総帥だからなのだぜ」
義賊だから、奪う。間違っている気もするが、あえて指摘はしない。
「そして、奪ってはいけないものを知るのだぜ」
このあたりは、領主もいっていたかもしれない。
返却するというのも、サチコ自身がそうしたいからなのだろう。
「義賊として、あなたは何がしたいの?」
「困っている人を助けるのです、だぜ」
かつて誘拐されたときに助けてくれた義賊に憧れ、その生き方に殉じたい。
まずは、形から。とりあえずは、納得できた。
一度、逃げ去らせたとき、しずるは従者に聴く。
「こういう父娘に仕えると、従者さん達も大変ね。――それとも、退屈しないから意外と楽しいのかしら?」
返ってきたのは、肯定の笑みだった。
フラヴィ・ボー(ka0698)は考えた結果、写真付の学生証を見せる。
「ボクはかつて記憶を全て失くしてしまった。そのボクを『フラヴィ・ボー』だと証明したのが、これだ」
確かに名前欄には、フラヴィ・ボーと書かれている。
いつかまた忘れてしまった時の為に、常に携帯しているのだという。
「でも多分、これってボク自身より周囲にとって大事なものなんだ」
確認するように、フラヴィは語る。
「ボクはまた記憶喪失になっても何とかなると思ってるから」
「でも家族の人は心配するよね。あの人達を困らせるのは何だか悪い」とバツが悪そうにいう。
記憶喪失だからか。家族を「あの人」とフラヴィは呼ぶ。
「だからこれは、あの人達の為に失くしたくない物なんだな」
そういいながら、素直に学生証を手渡す。
若干戸惑いをみせるサチコに、フラヴィは問う。
「大事なものを奪うというキミにとって、一番大事なものは何なのかな?」
「領民、ですわ。ワルサー総帥は領民を、困った人を助ける義賊なのだぜ」
キッパリといってのけるサチコはいってのける。
フラヴィはそれ以上何も言わず、去っていくサチコを見送っていた。
「自由、じゃな」
あっけからんと笑みを浮かべ、レーヴェ・W・マルバス(ka0276)は告げる。
人それぞれ様々なものが大事だからとレーヴェはいう。
「困ります……だぜ」
「困る? ああ物であったか」
レーヴェは懐中時計を取り出し、戸惑っていたサチコに見せる。
「この懐中時計かの。1日の時間管理に割と重宝しておる」
正確な時を刻む懐中時計の針音が、小さく響く。
「時間を奪われる事を嫌う者もいるじゃろうしな」
受け取り、逃げようとしたサチコに、レーヴェはいう。
「ヒトによっては時に、命より大切なものというのがある。それを奪うという事は、じゃよ」
立ち止まったサチコに、レーヴェは続ける。
「お主が一番大事な物は何かね。それが奪われたらどうする」
サチコは言葉に詰まる。
「後で考えてみるがよい。根っからの悪人になる気がないのなら」
レーヴェは笑みを絶やさず、サチコに告げる。
「領民が……」
「ほれ、後でよいといっておるじゃろ」
呆けてしまいそうなサチコに声をかけ、そのまま見送る。
「ああ、時計は後で返しておくれ?」
忘れぬよう大声で念押しするレーヴェであった。
●
物の価値を知り、考えさせられたサチコは、街道から姿を消した。
だが、ワルサー総帥サチコ・ワ・ルサスールの物語は始まったばかりである。
”本物”になれるその日まで、サチコの日々は続く。続くったら、続く!
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2014/09/24 21:29:58 |