ゲスト
(ka0000)
クリスとマリー ダフィールドの地
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/10/24 12:00
- 完成日
- 2016/10/31 18:05
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「この船に乗っていけば、大河ティベリスを下ってハルトフォートまで行けますから」
「うむ。世話になったの、オードラン家の娘、クリスティーヌよ」
山間に大河の源流流れる王国北東部・フェルダー地方── 王国巡礼の旅の途上、行き掛かりでこの地を訪れることとなった貴族の娘クリスティーヌと若き侍女マリーは、船旅の途中で出会った『迷い彷徨えるドワーフたち』を船着き場から見送った。
ユグディラ──二本足で歩く妖猫──を片腕に抱いて、ブンブンと元気よく手を振るマリー。その横でルーサーが──この『寄り道』の謂れとなった、大貴族ダフィールド侯爵家の四男坊──が、揺れる事のない大地のありがたさを噛み締めている。
「さて。これで問題の一つは片付きました」
川船の見送りを終えて…… ホゥと息を吐きながら、クリスはマリーへ──正確には、成長途上のマリーの胸元、そこに両腕で抱かれた妖猫へ──視線をやった。
クリスにジッと見つめられ、妖猫は怯えたような表情をした。ちょくちょく食べ物などを勝手に『拝借する』ユグディラという種は、地域や人によっては害獣として扱われることも多い。
だが……
「あれ? お前、もしかしてリンダールの森で私が助けた子?」
マリーは妖猫を目の高さまで抱え上げ、にっこり笑いながら尋ねた。彼女はユグディラが主人公のとあるおとぎ話のファンであり、妖猫に対する感情は悪くない。
気づいてもらえて、ぱぁ……と満面の笑みを浮かべる妖猫。しかし、「恩返しに来てくれたの!?」と前のめりになるマリーの問いに対してはツイと視線を逸らし、あいまいな笑みに終始する。
「じゃあ、なんでこんな所まで? わざわざ船にまで潜り込んで……」
クリスの問いに、ハッと我に返る妖猫(今の今まで自身の目的を失念していたらしい)。彼(或いは彼女)は身振り手振りで自分を下ろすようマリーに伝えると、ジェスチャーで己の旅の目的を表現するべく、その場でぐるぐると円を描くように走り始めた。
「マラソン?」
「ジョギング?」
「バターになるのが俺の夢?」
まるで伝わらない。妖猫はがっくり肩を落とし…… ふとクリスとマリーの服に気付いて、裾を掴んで指を差す。
「巡礼者の装束…… あ、もしかして、さっきのは『巡礼』?」
気付いたクリスをシュピッと指(短い)差し、笑顔でコクコク頷くユグディラ。そして、両手を垂直に上げ下げして柱を表現しつつ、その周囲に両手できらきらと光り輝く様子を渾身のジェスチャーで表し、見返す。
「花火?」
「花見?」
伝わらない。悶絶するユグディラ。クリスとマリーは顔を見合わせた。
「……巡礼の旅をしている私たちについてきたいと言うのであれば、残念ながら今はコースから外れてますよ? ルーサーをご実家まで送っていく途中ですから」
クリスの言葉に、ユグディラはガーン! と衝撃を受けた顔をした。そのままガクリと膝をつき…… やさぐれた表情でルーサーを見上げ、ケッと下顎を突き出し、舌を打つ。
気付いたルーサーがそれを睥睨しつつ、指を差し下ろしつつマリーを振り返った。
「……おい、なんかこいつ性格悪いぞ」
「あんたといい勝負よね」
●
船着き場を出て、道を下り…… クリスは護衛や同道者らと共に、真新しい標識の立てられた境界を越えてダフィールド領へと入った。
ようやっとここまで辿り着いたが、未だ目的地は遠かった。800年の歴史を誇るダフィールド家の領地は広大だ。侯爵家の館のある町まではいまだ数日を要する。
その日の宿を取る為に訪れた、とある小さな宿場町── 街は街道沿いにあるにも関わらず、人通りも少なく、寂しかった。
有体に言えば、寂れていた。その事を宿の主人に尋ねてみると、彼は吐き捨てるようにこう言った。
「この辺りは元々、スフィルト子爵様のご領地だったんだ。それが先年、ダフィールドの領地ということになって……何から何まで税金を掛けられるようになった。元の町長は実権を失い、今は侯爵家から派遣されて来た徴税官が大手を振って歩いている。お陰で宿代もこのざまさ。旅人たちは少しでも費用を浮かせようと、先へ先へと足を延ばす」
翌日── 幾台かの馬車に家財道具の一切を載せた数家族と同道することとなった。
無理をして荷を載せたのだろう。馬車の歩みは遅かった。傍らを歩く大人たちの顔は一様に疲れ切っていて…… ただ、子供たちの表情は明るく、年上のマリーやルーサーに遊んでくれるようにせがみ、(ルーサーは嫌々ながらも)一緒に野原を走り回った。
「嫁に行った姉の伝手を頼って、スフィルト領に移住しようと思っている」
道端の一本杉の袂で昼食を取りながら。数家族の大人たちがクリスに伝えた。農村部においても、侯爵家による税の取り立ては苛酷を極めていた。移住や逃散は禁じられてはいるが、最早、限界だと彼らは言った。
「しかし、なぜダフィールド侯爵家は自領の民にそこまでの仕打ちを……」
クリスは眉をひそめた。増税によって一時的に税収は増えるだろうが、苛酷な統治は民の疲弊を招き、結果的には領地の衰退を招く。……その程度のことが分からぬ、侯爵家でもあるまいに。
「侯爵家が増税したのは旧スフィルト領だけだ。連中が欲しいのは『植民』する為の土地と資源で、そこに住んでいる人間は端から要らなかったんだ」
「まさか、侯爵家が逃散を誘発していると? でも、民の移動は禁止されているのですよね?」
「侯爵家は山賊紛いの連中に、逃散した者たちを取り締まる許可証を与えた。逃散を禁止しておいて逃散を誘発し、取り締まって全財産を没収した挙句、その『上がり』をも吸い上げようというんだ」
クリスはゾッとした。彼らの言う事が本当であれば── なんと空恐ろしいことを考える統治者なのだろう。
「嘘だ」
声変わり前の幼い声がして。クリスはハッと振り返った。子供たちと遊んでいたはずの、ルーサーがそこにいた。
「嘘だ。父上がそのような非道を働くはずがない」
「ルーサー!」
ルーサーは飛び出した。誰もいない草原を、誰もいない方へと向かって。
走って、走って、走り切って…… 息が上がった所で腰を折り、足を止めた。荒い呼吸を繰り返しながら、嘘だ、と声にならぬ声で呟くルーサー── 以前の彼であったら、平民が領主の為に尽くすのは当然の事と歯牙にも掛けなかった話だろう。だが、クリスやマリーと旅をして、同道するハンターたちと話をして…… 良きにしろ、悪しきにしろ、幾つかの出会いを経て、少年の価値観は変わり始めていた。
その視界に影が落ちた。
ルーサーは顔を上げた。
馬に乗った野卑た男たちが、少年に剣先を向けつつ、言った。
「こんな所にガキが一人でいるわけがねぇ。逃散者だ。……よぅ、坊主。お前ぇの家族はどこにいる?」
「うむ。世話になったの、オードラン家の娘、クリスティーヌよ」
山間に大河の源流流れる王国北東部・フェルダー地方── 王国巡礼の旅の途上、行き掛かりでこの地を訪れることとなった貴族の娘クリスティーヌと若き侍女マリーは、船旅の途中で出会った『迷い彷徨えるドワーフたち』を船着き場から見送った。
ユグディラ──二本足で歩く妖猫──を片腕に抱いて、ブンブンと元気よく手を振るマリー。その横でルーサーが──この『寄り道』の謂れとなった、大貴族ダフィールド侯爵家の四男坊──が、揺れる事のない大地のありがたさを噛み締めている。
「さて。これで問題の一つは片付きました」
川船の見送りを終えて…… ホゥと息を吐きながら、クリスはマリーへ──正確には、成長途上のマリーの胸元、そこに両腕で抱かれた妖猫へ──視線をやった。
クリスにジッと見つめられ、妖猫は怯えたような表情をした。ちょくちょく食べ物などを勝手に『拝借する』ユグディラという種は、地域や人によっては害獣として扱われることも多い。
だが……
「あれ? お前、もしかしてリンダールの森で私が助けた子?」
マリーは妖猫を目の高さまで抱え上げ、にっこり笑いながら尋ねた。彼女はユグディラが主人公のとあるおとぎ話のファンであり、妖猫に対する感情は悪くない。
気づいてもらえて、ぱぁ……と満面の笑みを浮かべる妖猫。しかし、「恩返しに来てくれたの!?」と前のめりになるマリーの問いに対してはツイと視線を逸らし、あいまいな笑みに終始する。
「じゃあ、なんでこんな所まで? わざわざ船にまで潜り込んで……」
クリスの問いに、ハッと我に返る妖猫(今の今まで自身の目的を失念していたらしい)。彼(或いは彼女)は身振り手振りで自分を下ろすようマリーに伝えると、ジェスチャーで己の旅の目的を表現するべく、その場でぐるぐると円を描くように走り始めた。
「マラソン?」
「ジョギング?」
「バターになるのが俺の夢?」
まるで伝わらない。妖猫はがっくり肩を落とし…… ふとクリスとマリーの服に気付いて、裾を掴んで指を差す。
「巡礼者の装束…… あ、もしかして、さっきのは『巡礼』?」
気付いたクリスをシュピッと指(短い)差し、笑顔でコクコク頷くユグディラ。そして、両手を垂直に上げ下げして柱を表現しつつ、その周囲に両手できらきらと光り輝く様子を渾身のジェスチャーで表し、見返す。
「花火?」
「花見?」
伝わらない。悶絶するユグディラ。クリスとマリーは顔を見合わせた。
「……巡礼の旅をしている私たちについてきたいと言うのであれば、残念ながら今はコースから外れてますよ? ルーサーをご実家まで送っていく途中ですから」
クリスの言葉に、ユグディラはガーン! と衝撃を受けた顔をした。そのままガクリと膝をつき…… やさぐれた表情でルーサーを見上げ、ケッと下顎を突き出し、舌を打つ。
気付いたルーサーがそれを睥睨しつつ、指を差し下ろしつつマリーを振り返った。
「……おい、なんかこいつ性格悪いぞ」
「あんたといい勝負よね」
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船着き場を出て、道を下り…… クリスは護衛や同道者らと共に、真新しい標識の立てられた境界を越えてダフィールド領へと入った。
ようやっとここまで辿り着いたが、未だ目的地は遠かった。800年の歴史を誇るダフィールド家の領地は広大だ。侯爵家の館のある町まではいまだ数日を要する。
その日の宿を取る為に訪れた、とある小さな宿場町── 街は街道沿いにあるにも関わらず、人通りも少なく、寂しかった。
有体に言えば、寂れていた。その事を宿の主人に尋ねてみると、彼は吐き捨てるようにこう言った。
「この辺りは元々、スフィルト子爵様のご領地だったんだ。それが先年、ダフィールドの領地ということになって……何から何まで税金を掛けられるようになった。元の町長は実権を失い、今は侯爵家から派遣されて来た徴税官が大手を振って歩いている。お陰で宿代もこのざまさ。旅人たちは少しでも費用を浮かせようと、先へ先へと足を延ばす」
翌日── 幾台かの馬車に家財道具の一切を載せた数家族と同道することとなった。
無理をして荷を載せたのだろう。馬車の歩みは遅かった。傍らを歩く大人たちの顔は一様に疲れ切っていて…… ただ、子供たちの表情は明るく、年上のマリーやルーサーに遊んでくれるようにせがみ、(ルーサーは嫌々ながらも)一緒に野原を走り回った。
「嫁に行った姉の伝手を頼って、スフィルト領に移住しようと思っている」
道端の一本杉の袂で昼食を取りながら。数家族の大人たちがクリスに伝えた。農村部においても、侯爵家による税の取り立ては苛酷を極めていた。移住や逃散は禁じられてはいるが、最早、限界だと彼らは言った。
「しかし、なぜダフィールド侯爵家は自領の民にそこまでの仕打ちを……」
クリスは眉をひそめた。増税によって一時的に税収は増えるだろうが、苛酷な統治は民の疲弊を招き、結果的には領地の衰退を招く。……その程度のことが分からぬ、侯爵家でもあるまいに。
「侯爵家が増税したのは旧スフィルト領だけだ。連中が欲しいのは『植民』する為の土地と資源で、そこに住んでいる人間は端から要らなかったんだ」
「まさか、侯爵家が逃散を誘発していると? でも、民の移動は禁止されているのですよね?」
「侯爵家は山賊紛いの連中に、逃散した者たちを取り締まる許可証を与えた。逃散を禁止しておいて逃散を誘発し、取り締まって全財産を没収した挙句、その『上がり』をも吸い上げようというんだ」
クリスはゾッとした。彼らの言う事が本当であれば── なんと空恐ろしいことを考える統治者なのだろう。
「嘘だ」
声変わり前の幼い声がして。クリスはハッと振り返った。子供たちと遊んでいたはずの、ルーサーがそこにいた。
「嘘だ。父上がそのような非道を働くはずがない」
「ルーサー!」
ルーサーは飛び出した。誰もいない草原を、誰もいない方へと向かって。
走って、走って、走り切って…… 息が上がった所で腰を折り、足を止めた。荒い呼吸を繰り返しながら、嘘だ、と声にならぬ声で呟くルーサー── 以前の彼であったら、平民が領主の為に尽くすのは当然の事と歯牙にも掛けなかった話だろう。だが、クリスやマリーと旅をして、同道するハンターたちと話をして…… 良きにしろ、悪しきにしろ、幾つかの出会いを経て、少年の価値観は変わり始めていた。
その視界に影が落ちた。
ルーサーは顔を上げた。
馬に乗った野卑た男たちが、少年に剣先を向けつつ、言った。
「こんな所にガキが一人でいるわけがねぇ。逃散者だ。……よぅ、坊主。お前ぇの家族はどこにいる?」
リプレイ本文
大人たちの話を聞いて走り去るルーサーの背を見やり── ヴァルナ=エリゴス(ka2651)とルーエル・ゼクシディア(ka2473)は心配そうに顔を見合わせた。
「ルーサーさんは変わりましたね。『家』の外を見て、知って……」
「……立て続けに現実を見せられているね。今まで見えていなかった分が巡り巡って一気に来ている感じ。……今は辛いところかな」
再び少年を見やる2人。昼食を終え、友人のサクラ・エルフリード(ka2598)の横で寝っ転がっていたシレークス(ka0752)が「そうやって少年は大人になっていくのですよ」とヒラヒラと手を振って。自身の食事が遅れがちである事に気付いた百々尻 うらら(ka6537)が、もきゅもきゅと慌ててパンを食べる速度を上げる……
「しかし、物騒な話ですね。ここらではそういった輩が出没するのが日常茶飯事なのでしょうか?」
黒耀 (ka5677)が改めて尋ねると、逃散者の大人たちは肩を落として「そういう地域になってしまった」と、故郷を捨て往く自らを恥じた。
「恥じることはない。家族を守る為の行動でしょう」
恥ずべきは、むしろ── ルーサーが走っていった方向を見やりつつ、『騎士』ユナイテル・キングスコート(ka3458)が少年の内心を慮って言葉を濁す。
「貴族の誇り、なんて結局はそんなものね。金に目が眩むのは、人であれば誰とて同じ…… 貴種の力とて錆びたなら、それは賊の振るう鈍らと何ら変わらない──『殺刃』よ」
アリア・セリウス(ka6424)は躊躇うことなく言い切った。彼女が希求するものは、鋼の様な実直さと誇り、磨かれた刃のような矜持と強さ。世俗の波間に消えかけても尚、燦然と屹立し続ける志や価値観、そのものだ。
「……さて、と。んじゃあ、そろそろルーサーを迎えに行ってやりますかね」
「……なんだかんだ言って、ずっと心配だったんですね」
ひょいと身を起こしてポキポキと関節を鳴らすシレークスに、分かってましたよ、としたり顔(と言っても無表情にしか見えない)で立ち上がるサクラ。ヴァルナが「私も」とそれに続き。ちょうどパンを口に詰め込み終わったうららも、昼食を食べ損ねたルーサー(と自分のおかわり)の為に残ったフルーツパンを持参して後を追う。
「……随分と遠くまで走ったみたいですね」
風と共に銀波渡る草原を歩きながら、ルーサーの内心を思って、サクラ。
緩やかな斜面を上り、小高い丘の稜線を越え…… その向こうにあった光景に足を止める。
下りに転じた丘の斜面に、怯え、立ち竦むルーサーの姿。その少年に剣を突きつける、一見で無法者と判る6騎のゴロツキたち──
「なっ…… えっ……!?」
あまりの急展開に困惑するうらら。シレークスは無言のまま、怒りの形相で飛び出していた。ヴァルナは素早く彼我の動きを確認しながら、抜き放った聖剣を下段にマテリアルを込めつつ構える。
サクラは言葉を交わすことなく、シレークスと連携した。ドッと槍を地面に突き立て、小弓に矢を番えて引き絞り。手早くルーサーへ剣を突きつけている男へ、放つ。
「なんだあ!?」
キラリと光った丘の上から、飛んできた矢を剣で弾くゴロツキリーダー。少年の喉元から剣先が外れたことを確認し、シレークスが大声で注意を惹く。
「だああああっ! ったくもおぉ、世話が焼けやがりますっ! てめぇらも何しくさってやがりますか、あ゛ぁ゛っ!?」
瞬間、ヴァルナが聖剣を振り放ち── マテリアルの衝撃波が敵隊列のど真ん中を引き裂いた。暴れる馬たちに男たちが混乱する間に、ルーサーに飛びつくシレークス。自身が危険に晒されるのも構わずに少年をギュッと引き庇いつつ、ヤケクソ気味に振るわれた剣先を躱しながら、身を挺して後ろへ倒れ込む。
「……おめーは毎回、懲りねぇですねぇ。今度のお説教はケツ叩きも追加しやがりますか」
言葉の内容とは裏腹に、驚くほど優しい表情と声音で少年へと笑いかけるシレークス。「野郎!」と口に泡飛ばすゴロツキたちたちが彼女らに襲い掛かるより早く、魔槍を構えたサクラが走り込む。彼女は最初の射撃を終えた瞬間に弓を捨て、魔槍を引き抜き、駆けていた。キィン、と音高く、シレークスに突き出された剣を槍先で弾くサクラ。そこへヴァルナとうららが続く。
「ルーサーくん、怪我ない? 大丈夫? ……ちょっと、きみたち! いきなり子供に刃物向けるとか、一体何考えてるんですか!?」
とたとたと遅れてやって来たうららが、(無防備なシレークスたちだけでなく)皆の前で両手を広げ、目の前の男たちにぷんぷん怒りながら叫ぶ。
「まったく、酷い連中ですねー! コイツらが何者だったとしても、とりあえず1度ぶっ飛ばしてやるべきです。話を聞くとかはその後で十分ですよ!」
ぷんすかとひどく怒りながら、うらら。え? とヴァルナはそちらを向いた。もしこの連中が想像通りの相手だったら、私たちが捕らえるには難しい──可能であれば穏便に済ませるべき立場の相手なんですけど……?
「ええ、ええ! どこから見ても立派な聖職者(注:武闘派)な私も剣を向けられましたです。これ即ち大聖堂に喧嘩を売られたも同じ! となれば一聖職者(武闘派)として、利息を付けて買ってやる他なし!」
ルーサーを背に庇って立ち上がりつつ、うららの言に続くシレークス。ヴァルナとゴロツキたちが「え? え?」と目を点にする。
「『弟』を怖がらせた報い…… 受けてもらいます」
サクラに至ってはもう手が出ていた。手にした魔槍を目の前にいた馬へと突き立てたのだ。嘶き、棹立ちになるリーダーの馬。乗っていた男が慌てて馬にしがみつく。
「手前ぇら、こんな可愛いお馬さんに……!?」
「馬に恨みはねぇです。が、相手の機動力は奪わなければ」
シレークスがサクラに続き、ぶんぶん振り回した棘鉄球で馬の脛をぶん殴った。ヴァルナは「……」と沈黙しながら……「ま、いっか」と諦めた。先に襲われたのはルーサーなのですから、責められる謂れもありませんし。少々尋ねたい事があるのも事実だし。
「……。死なない程度に留めておいてくださいね……?」
「はい。誰一人、逃がしません」
再び馬へと槍を繰り出しながら、きら~んと目を光らせるサクラ。ゴロツキたちは戦慄した。一般庶民(?)が馬を持つというのは、それだけで一財産なのだ。
「うわあぁぁ! 逃げろ! 相手にしてらんねぇ!」
ゴロツキたちは逃げ出した。馬が傷ついていたリーダーだけが落馬した。
痛みにしかめた顔をハッと上げた時。彼はハンターたちに囲まれていた。一人だけでも生きていればよしとしますか、と、何か怖い顔(無表情)してサクラが言うのを聞いて、リーダーの心が折れる。
「まるでこちらが極悪人みたいなんですが」
「気のせいでやがります」
ヴァルナに答えつつ、ルーサーの頭をポンポンしながら、シレークス。
「さあ! やるのならこの機械脚甲『モートル』で対応しますよ! って、あれ……?」
じゃき~ん! と戦闘態勢を取り終えたうららが、逃げていく男たちを見て小首を傾げた。
●
同刻。一本杉──
なだらかな丘の向こうに人影を見たような気がして── 食後、子供らと遊んでいたユナイテルとルーエルは互いに顔を見合わせた。
人影は既に無かった。それが人為的なものに思えた。──例えば、獲物を見つけた斥候が、本隊を呼びに戻った、とか。
「マリー。何か様子がおかしい…… 子供たちを集めてください」
ユナイテルは子供たちには気づかれないように、佩いた短剣の柄にそっと手を当てて荒事の可能性を示唆した。
「子供たちを馬車の所まで連れて行ってください。私は様子を見てきます」
そう告げ、一本杉に繋いだ愛馬へ向かって走り出すユナイテル。ルーエルは何事もないように柔和な笑顔で子供たちに呼びかけた。
「はーい、みんなー! 遊びはもうおしまい。お父さんとお母さんの所に戻るよー」
「えーっ?」
「後でまた遊んであげるから」
不平を言う子供たちを纏めながら、まるで引率のセンセの様に子供たちを引き連れ戻るルーエルたち。
馬車にいる黒耀とアリアもまた事態に気付いていた。
「おやおや?」
「弓を所持していますね」
稜線を越えてこちらへ歩いて来る8人の男たちを見やって、2人。
黒耀は大人たちに馬車を使って周囲に壁を作るよう指示を出すと、自らも戦闘準備を整えた。符術のカードバインダーを装着した瞬間、ギンッ! とその表情が物憂げな(そう見えないこともなかった)から凛々しいものへと変わる。
「カードドロー! 加護符使用! 3台の馬車の防御力を向上……これがデュエリストの力だ!」
まるで雰囲気が変わった黒耀の様子にビックリする大人たち。ルーエルらに連れられてやって来た子供たちが面白がって、ポーズを決めた黒耀をぺたぺた触ったり服の裾を引っ張ったりする。
「こんにちはぁ!」
逃散者たちに馬車の陰から出ないように言いつつ馬車の上に上がったルーエルが、男たちに挨拶の声を掛ける。それは同時にそれ以上近づくなとの意味も内包しており…… 馬上にて剣を佩き、ゆっくりと馬車の前へと進み出たユナイテルにも視線をやりつつ、男たちが足を止める。
「何か私たちに御用ですかぁ?!」
続けて声を掛けるルーエル。足を止めた、ということは、相手は自分たち(=戦闘員)の存在に気付いた。こっちは大勢の逃散民の方たちを抱えている。なるべく交戦は避けたいが……
「我々はダフィールド侯爵家より委託を受け、逃散民の取り締まりを行っている。臨検にご協力いただきたい」
ルーエルは言葉を失った。相手は真正面から堂々と正規の手続きを踏んできた。相手は『合法的に』逃散民を『逮捕』する権限が与えられている。憤怒の表情を浮かべるユナイテルと対照的にニヤニヤ笑うゴロツキたち。が……
「我々もダフィールド家より委託された者。この逃散民たちを捕らえて連行している最中なのです」
いつの間にか前に出て来たアリアがしれっとした表情で堂々とそんな嘘を、いや、方便を披露した。(えぇーっ!!!??? (なんだってーっ!))と内心で度肝を抜かれるルーエルとユナイテル。黒耀は動じない。いや、前髪をはらりと垂らす様は悪役を演じているようにも……いや、無いか。
「ちっ。ご同輩かよ」
「このすぐ近くにも別の逃散民がおりました。こちらは手一杯なので、そちらを任せてしまっていいかしら?」
アリアの『方便』になんだよ、と舌を打ちつつ、その場から離れて行こうとするゴロツキたち。
「待て」
頭と思しき男が部下たちを止めた。そして、アリアに向き直って言った。
「この辺りは俺らの縄張りだ。それに、女ばかりの逃散取締チームなんて聞いたことがねぇ」
あれ? 僕、また女の子と間違われている? ルーエルの小声をよそに頭は続ける。
「取締官だと言うなら、許可証を見せてみろ」
「……」
「……なんにせよ、獲物は頂く。なに、取締チーム同士がぶつかり合うなんて、この辺りじゃよくある話だ」
野郎ども! との号令と共に戦闘態勢へと移るゴロツキたち。8対4と人数比は倍。しかも女とあって士気高く、下卑た笑みと共に迫って来る。
「戯言を……! 我々は覚醒者だ。これ以上の狼藉は皆殺しの憂目を見ると知れ!」
「それ相応の反撃は覚悟してもらうよ? 神はしっかり見てるからね」
馬上にて抜刀しつつ、凛として声を通すユナイテル。馬車のルーエルもまた得物を取り出し、構えて叫ぶ。
「神だと!? 王都の大聖堂で金儲けに勤しむ奴らの神か?!」
弓手! と頭が叫び、馬車上のルーエルに向かって一斉に矢が放たれた。
瞬間、馬車上の黒耀が跳ねる様に立ち上がった。その表情はしてやったりとばかりに少年の様に活き活きと──
「トラップカード『瑞鳥符』発動! 続けて、マジックカード『五光』!」
叫び、宙へと放った符が鳥へと変化し、飛来する矢へと飛翔し、消滅しつつ矢を逸らし。続けて敵上へと飛んで行った5色5枚の符が空中を五行相生の位置へと固着。眼下、生じせしめた結果以内に瞬間的にマテリアルの洪水を生み出し、範囲内の敵を薙ぎ払う。
「はっはぁ! この程度すら受けられぬとはなんと脆弱なデュエリストよ! カードの基礎から学び直して来い!」
馬車上で高笑いをする黒耀に回復の光を飛ばすルーエル。その間に、ユナイテルが愛馬の横腹に拍車をかけて、剣と手綱を手に保持しながら、行動阻害中の敵前衛へと突撃する。
「馬蹄に掛かりたくなば、道を空けよ!」
わざわざ声を掛けて知らせてやるユナイテル。見えずとも高らかな蹄の音と地響きを感じてゴロツキどもが転がり逃げ。運悪く逃げ遅れた1人を馬体で弾き飛ばしつつ、難なく敵前衛を突破する。
その啓開された突破口に、しゃん! と鈴音も高く踏み込んで。アリアもまた後へと続いた。どうにか斬りかかって来たゴロツキの剣を神楽を舞う様な動きでクルリと躱し抜け。立ちはだかったもう一人へ鈴の音と共に宙を斬り。直後、朧か幽玄の如き体捌きにて行き過ぎる。
ユナイテルはそのまま歩速を緩めず、敵弓兵を弾き飛ばした。アリアは弓手が蛇に睨まれた蛙の様にその身を硬直させた瞬間、雪色の神楽刀にて、番えた矢や弦ごと弓を断った。
「私はね、守る刃を心に秘めたいの。烈風斬舞──敵には、その身を切り裂く向かい風の刃として」
「う……!」
「……まだ戦うなら相手するわ。ただし、戦うならば其は、我が刃の上で踊るものと知りなさい」
中央突破からの背面展開── 敵後方を蹂躙するユナイテルを背景に、アリアに剣を突きつけられた弓手が早々に降伏する。
「バカな」
頭が呟いた。彼の視界が、ルーサーらを追いかけて行ったハンターたちが戻って来るのを捉えた。
●
「さて、聞きたいことが幾つかあるので、ちゃんと答えてくださいね。答えないと安全は保障しませんので……」
「尋ねたい事は二点。本当にダフィールド侯爵家の許可を受けているのか。受けているなら、逃散民の取り締まり以外に指示は受けていないか、です」
半刻後── 囚われたチームAのリーダーとチームBのゴロツキたちはハンターたちに取り囲まれて尋問を受けていた。
彼らは、ハンターたちが逃散民から聞かされていた事実関係を全て認めた。
「侯爵家が本当にそんな所業を成しているのであれば……殿下のお耳に入れる必要がありますね」
彼らが与えられていた許可証とやらをひらひらしながら、ヴァルナが呟いた。ルーサーには申し訳ないが、民の為にも見過ごすわけにはいかない。
「お飾りの王女に、円卓会議にも参加するダフィールド侯爵家をどうこうできる力があるとでも?」
取引をしないか、と頭は言った。
シレークスが呟いた。
「ったく、きな臭くなってきやがったです……」
「ルーサーさんは変わりましたね。『家』の外を見て、知って……」
「……立て続けに現実を見せられているね。今まで見えていなかった分が巡り巡って一気に来ている感じ。……今は辛いところかな」
再び少年を見やる2人。昼食を終え、友人のサクラ・エルフリード(ka2598)の横で寝っ転がっていたシレークス(ka0752)が「そうやって少年は大人になっていくのですよ」とヒラヒラと手を振って。自身の食事が遅れがちである事に気付いた百々尻 うらら(ka6537)が、もきゅもきゅと慌ててパンを食べる速度を上げる……
「しかし、物騒な話ですね。ここらではそういった輩が出没するのが日常茶飯事なのでしょうか?」
黒耀 (ka5677)が改めて尋ねると、逃散者の大人たちは肩を落として「そういう地域になってしまった」と、故郷を捨て往く自らを恥じた。
「恥じることはない。家族を守る為の行動でしょう」
恥ずべきは、むしろ── ルーサーが走っていった方向を見やりつつ、『騎士』ユナイテル・キングスコート(ka3458)が少年の内心を慮って言葉を濁す。
「貴族の誇り、なんて結局はそんなものね。金に目が眩むのは、人であれば誰とて同じ…… 貴種の力とて錆びたなら、それは賊の振るう鈍らと何ら変わらない──『殺刃』よ」
アリア・セリウス(ka6424)は躊躇うことなく言い切った。彼女が希求するものは、鋼の様な実直さと誇り、磨かれた刃のような矜持と強さ。世俗の波間に消えかけても尚、燦然と屹立し続ける志や価値観、そのものだ。
「……さて、と。んじゃあ、そろそろルーサーを迎えに行ってやりますかね」
「……なんだかんだ言って、ずっと心配だったんですね」
ひょいと身を起こしてポキポキと関節を鳴らすシレークスに、分かってましたよ、としたり顔(と言っても無表情にしか見えない)で立ち上がるサクラ。ヴァルナが「私も」とそれに続き。ちょうどパンを口に詰め込み終わったうららも、昼食を食べ損ねたルーサー(と自分のおかわり)の為に残ったフルーツパンを持参して後を追う。
「……随分と遠くまで走ったみたいですね」
風と共に銀波渡る草原を歩きながら、ルーサーの内心を思って、サクラ。
緩やかな斜面を上り、小高い丘の稜線を越え…… その向こうにあった光景に足を止める。
下りに転じた丘の斜面に、怯え、立ち竦むルーサーの姿。その少年に剣を突きつける、一見で無法者と判る6騎のゴロツキたち──
「なっ…… えっ……!?」
あまりの急展開に困惑するうらら。シレークスは無言のまま、怒りの形相で飛び出していた。ヴァルナは素早く彼我の動きを確認しながら、抜き放った聖剣を下段にマテリアルを込めつつ構える。
サクラは言葉を交わすことなく、シレークスと連携した。ドッと槍を地面に突き立て、小弓に矢を番えて引き絞り。手早くルーサーへ剣を突きつけている男へ、放つ。
「なんだあ!?」
キラリと光った丘の上から、飛んできた矢を剣で弾くゴロツキリーダー。少年の喉元から剣先が外れたことを確認し、シレークスが大声で注意を惹く。
「だああああっ! ったくもおぉ、世話が焼けやがりますっ! てめぇらも何しくさってやがりますか、あ゛ぁ゛っ!?」
瞬間、ヴァルナが聖剣を振り放ち── マテリアルの衝撃波が敵隊列のど真ん中を引き裂いた。暴れる馬たちに男たちが混乱する間に、ルーサーに飛びつくシレークス。自身が危険に晒されるのも構わずに少年をギュッと引き庇いつつ、ヤケクソ気味に振るわれた剣先を躱しながら、身を挺して後ろへ倒れ込む。
「……おめーは毎回、懲りねぇですねぇ。今度のお説教はケツ叩きも追加しやがりますか」
言葉の内容とは裏腹に、驚くほど優しい表情と声音で少年へと笑いかけるシレークス。「野郎!」と口に泡飛ばすゴロツキたちたちが彼女らに襲い掛かるより早く、魔槍を構えたサクラが走り込む。彼女は最初の射撃を終えた瞬間に弓を捨て、魔槍を引き抜き、駆けていた。キィン、と音高く、シレークスに突き出された剣を槍先で弾くサクラ。そこへヴァルナとうららが続く。
「ルーサーくん、怪我ない? 大丈夫? ……ちょっと、きみたち! いきなり子供に刃物向けるとか、一体何考えてるんですか!?」
とたとたと遅れてやって来たうららが、(無防備なシレークスたちだけでなく)皆の前で両手を広げ、目の前の男たちにぷんぷん怒りながら叫ぶ。
「まったく、酷い連中ですねー! コイツらが何者だったとしても、とりあえず1度ぶっ飛ばしてやるべきです。話を聞くとかはその後で十分ですよ!」
ぷんすかとひどく怒りながら、うらら。え? とヴァルナはそちらを向いた。もしこの連中が想像通りの相手だったら、私たちが捕らえるには難しい──可能であれば穏便に済ませるべき立場の相手なんですけど……?
「ええ、ええ! どこから見ても立派な聖職者(注:武闘派)な私も剣を向けられましたです。これ即ち大聖堂に喧嘩を売られたも同じ! となれば一聖職者(武闘派)として、利息を付けて買ってやる他なし!」
ルーサーを背に庇って立ち上がりつつ、うららの言に続くシレークス。ヴァルナとゴロツキたちが「え? え?」と目を点にする。
「『弟』を怖がらせた報い…… 受けてもらいます」
サクラに至ってはもう手が出ていた。手にした魔槍を目の前にいた馬へと突き立てたのだ。嘶き、棹立ちになるリーダーの馬。乗っていた男が慌てて馬にしがみつく。
「手前ぇら、こんな可愛いお馬さんに……!?」
「馬に恨みはねぇです。が、相手の機動力は奪わなければ」
シレークスがサクラに続き、ぶんぶん振り回した棘鉄球で馬の脛をぶん殴った。ヴァルナは「……」と沈黙しながら……「ま、いっか」と諦めた。先に襲われたのはルーサーなのですから、責められる謂れもありませんし。少々尋ねたい事があるのも事実だし。
「……。死なない程度に留めておいてくださいね……?」
「はい。誰一人、逃がしません」
再び馬へと槍を繰り出しながら、きら~んと目を光らせるサクラ。ゴロツキたちは戦慄した。一般庶民(?)が馬を持つというのは、それだけで一財産なのだ。
「うわあぁぁ! 逃げろ! 相手にしてらんねぇ!」
ゴロツキたちは逃げ出した。馬が傷ついていたリーダーだけが落馬した。
痛みにしかめた顔をハッと上げた時。彼はハンターたちに囲まれていた。一人だけでも生きていればよしとしますか、と、何か怖い顔(無表情)してサクラが言うのを聞いて、リーダーの心が折れる。
「まるでこちらが極悪人みたいなんですが」
「気のせいでやがります」
ヴァルナに答えつつ、ルーサーの頭をポンポンしながら、シレークス。
「さあ! やるのならこの機械脚甲『モートル』で対応しますよ! って、あれ……?」
じゃき~ん! と戦闘態勢を取り終えたうららが、逃げていく男たちを見て小首を傾げた。
●
同刻。一本杉──
なだらかな丘の向こうに人影を見たような気がして── 食後、子供らと遊んでいたユナイテルとルーエルは互いに顔を見合わせた。
人影は既に無かった。それが人為的なものに思えた。──例えば、獲物を見つけた斥候が、本隊を呼びに戻った、とか。
「マリー。何か様子がおかしい…… 子供たちを集めてください」
ユナイテルは子供たちには気づかれないように、佩いた短剣の柄にそっと手を当てて荒事の可能性を示唆した。
「子供たちを馬車の所まで連れて行ってください。私は様子を見てきます」
そう告げ、一本杉に繋いだ愛馬へ向かって走り出すユナイテル。ルーエルは何事もないように柔和な笑顔で子供たちに呼びかけた。
「はーい、みんなー! 遊びはもうおしまい。お父さんとお母さんの所に戻るよー」
「えーっ?」
「後でまた遊んであげるから」
不平を言う子供たちを纏めながら、まるで引率のセンセの様に子供たちを引き連れ戻るルーエルたち。
馬車にいる黒耀とアリアもまた事態に気付いていた。
「おやおや?」
「弓を所持していますね」
稜線を越えてこちらへ歩いて来る8人の男たちを見やって、2人。
黒耀は大人たちに馬車を使って周囲に壁を作るよう指示を出すと、自らも戦闘準備を整えた。符術のカードバインダーを装着した瞬間、ギンッ! とその表情が物憂げな(そう見えないこともなかった)から凛々しいものへと変わる。
「カードドロー! 加護符使用! 3台の馬車の防御力を向上……これがデュエリストの力だ!」
まるで雰囲気が変わった黒耀の様子にビックリする大人たち。ルーエルらに連れられてやって来た子供たちが面白がって、ポーズを決めた黒耀をぺたぺた触ったり服の裾を引っ張ったりする。
「こんにちはぁ!」
逃散者たちに馬車の陰から出ないように言いつつ馬車の上に上がったルーエルが、男たちに挨拶の声を掛ける。それは同時にそれ以上近づくなとの意味も内包しており…… 馬上にて剣を佩き、ゆっくりと馬車の前へと進み出たユナイテルにも視線をやりつつ、男たちが足を止める。
「何か私たちに御用ですかぁ?!」
続けて声を掛けるルーエル。足を止めた、ということは、相手は自分たち(=戦闘員)の存在に気付いた。こっちは大勢の逃散民の方たちを抱えている。なるべく交戦は避けたいが……
「我々はダフィールド侯爵家より委託を受け、逃散民の取り締まりを行っている。臨検にご協力いただきたい」
ルーエルは言葉を失った。相手は真正面から堂々と正規の手続きを踏んできた。相手は『合法的に』逃散民を『逮捕』する権限が与えられている。憤怒の表情を浮かべるユナイテルと対照的にニヤニヤ笑うゴロツキたち。が……
「我々もダフィールド家より委託された者。この逃散民たちを捕らえて連行している最中なのです」
いつの間にか前に出て来たアリアがしれっとした表情で堂々とそんな嘘を、いや、方便を披露した。(えぇーっ!!!??? (なんだってーっ!))と内心で度肝を抜かれるルーエルとユナイテル。黒耀は動じない。いや、前髪をはらりと垂らす様は悪役を演じているようにも……いや、無いか。
「ちっ。ご同輩かよ」
「このすぐ近くにも別の逃散民がおりました。こちらは手一杯なので、そちらを任せてしまっていいかしら?」
アリアの『方便』になんだよ、と舌を打ちつつ、その場から離れて行こうとするゴロツキたち。
「待て」
頭と思しき男が部下たちを止めた。そして、アリアに向き直って言った。
「この辺りは俺らの縄張りだ。それに、女ばかりの逃散取締チームなんて聞いたことがねぇ」
あれ? 僕、また女の子と間違われている? ルーエルの小声をよそに頭は続ける。
「取締官だと言うなら、許可証を見せてみろ」
「……」
「……なんにせよ、獲物は頂く。なに、取締チーム同士がぶつかり合うなんて、この辺りじゃよくある話だ」
野郎ども! との号令と共に戦闘態勢へと移るゴロツキたち。8対4と人数比は倍。しかも女とあって士気高く、下卑た笑みと共に迫って来る。
「戯言を……! 我々は覚醒者だ。これ以上の狼藉は皆殺しの憂目を見ると知れ!」
「それ相応の反撃は覚悟してもらうよ? 神はしっかり見てるからね」
馬上にて抜刀しつつ、凛として声を通すユナイテル。馬車のルーエルもまた得物を取り出し、構えて叫ぶ。
「神だと!? 王都の大聖堂で金儲けに勤しむ奴らの神か?!」
弓手! と頭が叫び、馬車上のルーエルに向かって一斉に矢が放たれた。
瞬間、馬車上の黒耀が跳ねる様に立ち上がった。その表情はしてやったりとばかりに少年の様に活き活きと──
「トラップカード『瑞鳥符』発動! 続けて、マジックカード『五光』!」
叫び、宙へと放った符が鳥へと変化し、飛来する矢へと飛翔し、消滅しつつ矢を逸らし。続けて敵上へと飛んで行った5色5枚の符が空中を五行相生の位置へと固着。眼下、生じせしめた結果以内に瞬間的にマテリアルの洪水を生み出し、範囲内の敵を薙ぎ払う。
「はっはぁ! この程度すら受けられぬとはなんと脆弱なデュエリストよ! カードの基礎から学び直して来い!」
馬車上で高笑いをする黒耀に回復の光を飛ばすルーエル。その間に、ユナイテルが愛馬の横腹に拍車をかけて、剣と手綱を手に保持しながら、行動阻害中の敵前衛へと突撃する。
「馬蹄に掛かりたくなば、道を空けよ!」
わざわざ声を掛けて知らせてやるユナイテル。見えずとも高らかな蹄の音と地響きを感じてゴロツキどもが転がり逃げ。運悪く逃げ遅れた1人を馬体で弾き飛ばしつつ、難なく敵前衛を突破する。
その啓開された突破口に、しゃん! と鈴音も高く踏み込んで。アリアもまた後へと続いた。どうにか斬りかかって来たゴロツキの剣を神楽を舞う様な動きでクルリと躱し抜け。立ちはだかったもう一人へ鈴の音と共に宙を斬り。直後、朧か幽玄の如き体捌きにて行き過ぎる。
ユナイテルはそのまま歩速を緩めず、敵弓兵を弾き飛ばした。アリアは弓手が蛇に睨まれた蛙の様にその身を硬直させた瞬間、雪色の神楽刀にて、番えた矢や弦ごと弓を断った。
「私はね、守る刃を心に秘めたいの。烈風斬舞──敵には、その身を切り裂く向かい風の刃として」
「う……!」
「……まだ戦うなら相手するわ。ただし、戦うならば其は、我が刃の上で踊るものと知りなさい」
中央突破からの背面展開── 敵後方を蹂躙するユナイテルを背景に、アリアに剣を突きつけられた弓手が早々に降伏する。
「バカな」
頭が呟いた。彼の視界が、ルーサーらを追いかけて行ったハンターたちが戻って来るのを捉えた。
●
「さて、聞きたいことが幾つかあるので、ちゃんと答えてくださいね。答えないと安全は保障しませんので……」
「尋ねたい事は二点。本当にダフィールド侯爵家の許可を受けているのか。受けているなら、逃散民の取り締まり以外に指示は受けていないか、です」
半刻後── 囚われたチームAのリーダーとチームBのゴロツキたちはハンターたちに取り囲まれて尋問を受けていた。
彼らは、ハンターたちが逃散民から聞かされていた事実関係を全て認めた。
「侯爵家が本当にそんな所業を成しているのであれば……殿下のお耳に入れる必要がありますね」
彼らが与えられていた許可証とやらをひらひらしながら、ヴァルナが呟いた。ルーサーには申し訳ないが、民の為にも見過ごすわけにはいかない。
「お飾りの王女に、円卓会議にも参加するダフィールド侯爵家をどうこうできる力があるとでも?」
取引をしないか、と頭は言った。
シレークスが呟いた。
「ったく、きな臭くなってきやがったです……」
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/22 02:59:23 |
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相談です・・・ サクラ・エルフリード(ka2598) 人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/10/23 23:15:25 |