【HW】Django!!!

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2016/10/31 07:30
完成日
2016/11/13 03:44

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

-
-
-
瓶底

オープニング

 地の果て、西部。その果ての果て。地獄の釜の、底の底。こびり付いた煤の、そのまた奥に根差した楽園──デッドウッド。
 彼の地の酒場ともなれば、そこは悪逆の坩堝に他ならない。何よりも純粋な悪党共の吹き溜まりだ。
 荒くれ共が酒を呑み飯を喰らうその場所に、一人の少女がスウィングドアを開き、足を踏み入れた。
 カーマイン染のポンチョに身を包み、赤毛頭にテンガロンハットを被った少女は、堂々とした足取りでカウンターへと向かう。
 軽い身のこなしで脚の高いカウンター席に腰掛けると、少女は愛嬌のある微笑みをバーテンダーへ向ける。
「レモネードをちょうだい。炭酸水があるなら、そっちの方が良いわ」
 注文を受け、応答する事もなくグラスを用意し、炭酸水に砂糖とレモン果汁を注ぐバーテンダーに、それと、と彼女は再び口を開いた。
「この子にミルクを。ああ、下らない下品な冗句は良いから。あるならある、ないならないでよろしく」
 少女が指差した隣の座席には、一匹の黒猫がいつの間にやら我が物顔で腰掛けていた。バーテンダーは、やはり無愛想なまま、平皿を用意し、ミルク瓶の中身をそこに注ぐ。
「ストローは自前があるから、必要ないわ」
 少女は懐から☆を模したストローを取り出すと、グラスに差して甘く爽やかな喉越しを楽しむ。
「ふぅ、生き返った。ここ最近のカンカン照りにはまいっちゃうわ」
 少女の独り言に、ミルクを舐めていた黒猫が顔を上げて、にゃう、と応じる。
「ふふ、そうね。あなたなんか真っ黒だから、よっぽどきつかったでしょうね」
 単なる独り言かと思いきや、少女はまるで猫と会話しているかのように微笑んだ。
 にゃお、と鳴く猫に、少女は肩を竦めてみせる。
「わかってるって、ちゃんと確認したわ。……あのテーブルでしょ?」
 彼女は、ポンチョの裾から手を出して、掌に納めた小さな手鏡をさり気なく垣間見た。そこに映っているのは、癖のある黒髪頭。
「でもまずは、人心地着いてからにしましょ、ルーナ」
 そう言って、再びストローに口を付ける少女。黒猫もまた、ミルクを舐め始める。
 しばらくして、と言う程の間は掛からなかった。──ストローが、ズズ、とグラスの中身が干された事を報せるまでには。
「むぅ、名残惜しいけど、ブレイクタイムはここまでね」
 濡れたストローを紙ナプキンで拭いて懐に仕舞うと、彼女は座席から飛び降りる。振り返る事なく、指で弾いた硬貨は、過たずグラスの中に落ちた。
 グラスの中で踊るそれは、シルバーダラー。レモネードとミルク一杯分の値段には、過ぎた代金だ。
「お釣りは要らないわ──」
 訝しむ視線を送るバーテンダーに、手を振り、目的のテーブルへと歩き出す。
「──今から、ちょーっと荒れるから。それで勘弁してね♪」
 親指と人差し指の二指で、ピストルを模しながら。



「はぁい、ミスター」
 黒髪頭の主は、背後から掛けられたその声に、フレンチフライを口に運ぶ手を止めた。
「FREEZE」
 もしも声だけなら、黒髪頭の主足る男は、気にする事なく食事を続けていただろう。──もしも後頭に突き付けられた、凍える鉄の感触さえなかったら。
「──人さまの食事にケチ付けるたぁ、何様のつもりだ、嬢ちゃん」
 男は、手を止めこそすれ、端をひん曲げた口を止める事はしなかった。
「わたし? わたしの名前を聞いたの、ミスター?」
「ああ、そうさ。何処のどいつだ、セニョリータ」
「あたしは、ラウラ。ラウラ=フアネーレ」
 そう、彼女こそはラウラ=フアネーレ。しかし人は、そして西部の乾いた風は、畏怖を籠めて彼女をこう呼ぶ──
「リトルクイン・ラウラか? へぇ、今売り出し中の賞金稼ぎのお出ましたぁな」
 ご苦労なこったと、嘯く男。
「そんで、何でまたこんな地の果ての酒場まで来やがった」
「とぼけとも無駄よ、キャロル=クルックシャンク。それとも──」
 ラウラは銃口を突き付けながら、ポンチョを掛けた男の肩越しに、一枚の紙切れをフレンチフライとバーガーが並ぶ天板の上に投げた。
 端の擦り切れた紙には、今ラウラに銃口を突き付けられた男の似顔絵と共に、二つ名が刻まれている。
「──キャロル・ザ・トリガーハッピーと呼んだ方が良いかしら?」
「俺の首が目当てか?」
「ええ。壁の穴強盗団、その頭目の首に掛けられた五万ドルを道端に捨てて置くのは惜しいでしょ? だからわたしが拾ってあげるの」
「そう、うまくいくかねぇ」
 未だ余裕の調を声に宿らすキャロルに、ラウラは訝しんだ視線を、その後頭に刺した。コッキングの音と共に。
「妙な真似したら、あなたのオミソはトッピングソースに早変わりよ」
 黄銅メッキ彩る彼女の銃は、ダブルアクション。本来コッキングは必要ない。つまりこれは、最後通告というわけだ。
「さあて、そいつはどうかな?」
 と言いつつ、キャロルは両腕を広げてみせた。その右手を見たラウラは眉を顰める。
 フレンチフライがない。食べた? いや、そんな素振りは──
「ッ!?」
 不意に──何かが鼻先を掠める。過る刹那、トマトケチャップの香りを立たせたそれは、キャロルが指で弾き上げた、フレンチフライ。
 虚を突かれ硬直したラウラは、半瞬遅れ、銃爪に掛けた指先へ四ポンドのトリガープルを乗せる。

 BAANG!

 銃声と共に放たれた鉛玉は、しかし、標的を捉える事叶わず。
 椅子ごと横へ倒れ、射線を逃れたキャロルは、勢いのままに横転し、起き上がりざまにヒップホルスターからリボルバーを引き抜いていた。
 キャロル愛用、シングルアクションリボルバー七・五インチモデルが火を噴く──!

 BAANG!
  BAANG!
   BAANG!

   BAANG!
  BAANG!
 BAANG!

 ラウラ愛用、ダブルアクションリボルバー.三二口径モデルが火を噴いた──!
「「──ッ!?」」
 両者が放った弾丸は、双方共に標的を穿つ事はなかった。彼我の間に転がり込んだテーブルが、その悉くを阻んだからだ。
「──ったく、お前とつるんでると、どうしてこう厄介事ばかり舞い込んでくるんだ、キャロル」
 ダスターコートを掛けた肩に、レバーアクションライフルの銃身を預けた男。その姿を見るや、ラウラは左手にもう一挺の銃を握って、微笑を浮かべる。
「バリー=ランズダウン──ミスター・セーフティーまで揃うなんて。占めて、十万ドル。今日のわたしは、女神さまに愛されてるわ」
「それは早計だな、お嬢さん。女神と死神の区別はしっかり付ける事だ」
 バリーが、ライフルの銃口を突き付け応じる。
「死ぬにゃあ良い日取りだぜ、クソガキ」
 キャロルもまた、二挺拳銃の構えを取った。
 総計五つの殺人器械。いや、店内に存在する銃の数は、それだけに留まらない。
「「「十万ドルは俺のモンだ!」」」
 異口同音に叫ぶ荒くれ者達。直後──

 BRATATATA──!!

 銃声の大合唱が響き渡った──!

リプレイ本文

 銃火轟き、弾丸飛び交う酒場。そのカウンターの裏に隠れ、ウイスキー揺蕩うグラスを傾ける男が一人。バーリグ=XII(ka4299)である。
「うっひゃぁ、まぁるで戦場。おっかないねぇ」
 その口調は、言葉の割に暢気なものだ。
「そこのお兄さん」
 不意に、すぐ傍らから呼び掛けられ、彼はついと視線を巡らせた。
 視界に映ったのは、一人の美女。男物の服に身を包んでいても、男装の麗人である事は明らかだ。
「何か御用かな、見目麗しきお嬢さん」
 芝居がかった返答を寄越すと、彼女はクスリと笑みを零す。
「ここは一つ、手を組まないかと思ってね」
 バーリグはグラスの中身を干すや、軽薄な笑みを貼り付け、女に応じる。
「お誘いは嬉しいけど、俺で頼りになるかなぁ?」
「御謙遜ね。あなた、あのノット・ハングドマンでしょ?」
 素性を言い当てられたバーリグは、「あらま、知ってたの」と肩を竦めた。
 稀代の大泥棒、ノット・ハングドマン。二つ名の由来は、何度投獄されても絞首台に上がる前に、脱獄してしまうからだ。彼を縛る事ができる縄は、この西部には存在しない。
「新聞賑わす有名人だからね。最近は、そう確か、幻の宝石〈月の滴〉を盗んだとか。それって本当なの?」
「おぉっと、美女から質問攻めされんのは悪い気しないけど、そういう君は? なぁんで、こんなとこに居るのかな? そこら辺含めて、是非ともお名前をお聞きしたいねぇ」
 顎髭を擦りながら、美女を見遣るバーリグ。
「そうね。──ここを無事に出られたなら、ぜぇんぶ教えて上げてもいいかな」
 女は、しばし悩む素振りを見せた後、見る者の背筋を撫でるような、妖艶な笑みを浮かべてみせた。
「それはそれは、おいちゃん張り切っちゃうかも」
 バーリグは意気込み露に、腰元のホルスターから無骨なパーカッションリボルバーを抜き取った。それを見た女は、意外そうな顔を向ける。
「派手な噂の割に、随分面白味のない銃を使ってるのね」
「なにぶん臆病なモンでね。浪漫で銃選べる程、肝が太くないのさ」
 苦笑を浮かべ、バーリグは銃を掲げてみせた。
「ふぅん。なんだか拍子抜けね」
 そう零した女が手に取ったのは、胴メッキのダブルアクションリボルバー、その.四一口径モデル。銃把には、星を模したメダリオンが嵌っている。
「まぁまぁそう言わずに、働き振りで男見せるから」
「そう。それじゃぁ、期待しようかな」
 二人は互いに目配せを交わすと、足並み揃えてカウンターテーブルを跳び越える。
「うわっとぉ!?」
 商売敵が新たに現れたと勘違いしたゴロツキ達の銃口が、一斉に二人へ向けられる。咄嗟にバーリグが銃口を向けるも、先んじたのは彼らの撃鉄だった。
 撃針打つ音、死神の足踏みが木霊する。──が

 …………ふふ。

 銃声は響かず、代わりに女が笑声を漏らした。
 バーリグを含め呆然とする男達へ見せ付けるように掌を掲げて、一度翻したかと思えば、次の瞬間眩い真鍮の輝きが幾つも零れ落ち、彼女の足下に山を成す。
「♪──。たっのもしぃ」口笛吹くバーリグに、女は含んだ笑みを向ける「背中を預けてくれても構わないよ?」
「そいつはちょっと、情けなくて泣けてくるかな」
 肩を竦めたバーリグは、リボルバーの銃口を立ちはだかる男達へと向ける。
「ほぅら、そこ退けそこ退け、弾無し共め。俺達の逃げ道邪魔するやつぁ──
 ──タマぁ盗られても知んないよぉ?」


 棚の酒瓶が爆ぜ割れる度、カウンター裏で仏頂面を更に顰めるバーテンダー。
「唐突ですまんが、今日限りでお暇させて貰うのじゃ」
 そんな彼に辞職を願い出る、給仕服に身を包んだ女が一人。彼女は返答を待つまでもなく、革製のキャリーケースを転がして、カウンター裏を後にしようとする。その表情は、バーテンダーに負けず劣らず不機嫌顔だ。
「けっけっけ、良い感じに火が回って来やがった。こいつぁまるでポップコーンさ。さあさ、もっと弾けな。そしたらあたしが、良い塩梅で味付けしてやっからよぉ」
 そんな彼女とは相対的に上機嫌な声、それもやけに聞き覚えのあるその声に、給仕姿の女──ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は、ふとそちらを見遣る。と──
「っ! そこのお主!」
 そこに見覚えのある顔を見付け、ヴィルマは目を剥いて声を上げた。
 声を掛けた相手──金髪ショートに黒いハンチング帽を被った女は、ヴィルマの方を見るや「うげ」と顔を顰める。
「よ、よう、あんた確か、インビシブル・ビッチだったよなぁ?」
「誰が、ビッチじゃ! B(ビ)ではない、W(ウィ)じゃ!」
 神出鬼没、正体不明の賞金稼ぎ。それ故与えられた二つ名が、インビシブル・ウィッチ。
 そしてつい先月、ヴィルマにコンタクトを図って来た新聞記者兼情報屋が、この女──リコ・ブジャルド(ka6450)である。
 その二つ名は、ザ・チェシャキャット。確かにその名の通り、終始ニヤニヤと人を喰った笑みを浮かべていた。
 彼女が提供して来た情報を信用する気になったのは、ひとえに不可視の魔女の正体を看破したからである。
 だが、それは過ちだったと言わざるを得ない。確かに、壁の穴強盗団はこの酒場に現れた。しかし、この騒ぎは何事か。
「おいお主、情報を売るのは我一人という話ではなかったのか!? よくも、この我をたばかりおったな!」
「おいおい、人聞きが悪いな。そもそも何を証拠に、あたしがこの騒ぎの出火元だと決め付けてるんだよ」
「言いたい事はそれだけかの? 続きがしたければ、地獄で思う存分して来るのじゃ!」
 伸縮自在の持ち手を付けた旅行鞄を持ち上げるヴィルマ。それを見るや、リコは機敏な動きでカウンターテーブルを跳び越える。
「そいつは御免だね」
「待ち居れ、この詐欺師め!」
 ヴィルマもまた、鞄を抱えながら後を追う。
「おぅい、賞金稼ぎ共! 見なよ、あの女を。あれこそは噂に名高い、インビシブル・ビッチサマだ。ボケっとしてたらテメエらの十万ドル掻っ攫われちまうぜ!」
 視線の先に、テーブルの上に乗ったリコが周囲に屯す男達を煽る様を見咎め、舌打ちを漏らす。
「邪魔じゃ、うぬら。早々に去ね!」
 怒声上げるヴィルマ。男達が銃口を持ち上げるのを見ると、鞄の底マチに穿たれた昏い洞穴を彼らに向ける。
「──然もなくば、死ぬるがよいわ!」
 洞穴の先に立つ男が、爆音と同時に吹き飛んだ。無惨な銃痕は、紛れもなく散弾によるものだ。
 間を置かず、ヴィルマは横マチに取り付けた手提げ用の把手を握りながら、伸縮式の持ち手を後ろに引っ張った。内蔵したショットガン、そのフォアグリップが連動してスライドする。と、薬室の空薬莢が排莢され、持ち手を戻すと新たなショットシェルが薬室に装填──同時に撃発。
 スラム・ラピッドファイア。
 ポンプアクションショットガンにおける、連射技術である。
 更に続く銃声は、総じて五度。都合五つの挽肉塊を生産し終えて、ヴィルマはようやく鞄を下ろした。
「ヒィィホォォオウ! イイネ、イイネ。この調子なら新聞どころか、パルプフィクションだって書けんぜ? ま、専らあたしは聞屋専門だけどな」
 インビシブル・ウィッチの暴れ振りを見て、拍手喝采を謳うリコ。ヴィルマは、ショットガンの再装填を済ませると、銃口と共に彼女を睨み付ける。
「次はうぬじゃ、挽肉になる準備は済ませたかのぅ?」
「だっから言ってんだろ? そんなのは御免だってよぉ!」
 リコはテーブルの上で姿勢を下げ、足を左右に広げつつ、ヒップホルスターより、ノンフルートシリンダーのパーカッションリボルバーを抜き放った。
 抜銃と同時に撃鉄を起こす。その早抜きは見事な早業。しかし、続くファニングは、それと比較して粗末と言わざるを得なかった。
 放たれた六発全て悉くが標的を掠める事すら果たせず、カウンターに銃痕を穿つ。
「他愛ないのぅ」嘲笑零すヴィルマに、リコは変わらず余裕ある笑みを返す「そいつは、どうかなぁっ!」
 撃鉄を煽いだ左手、その袖口から三本のナイフが飛び出し、人差し指から小指の四指がそれを握るや、一呼吸も置かずして投擲。その全てが、狙い過たずヴィルマの急所へと伸びる。
「ッ!?」危うい所で鞄を盾にするヴィルマ。すぐに銃口を戻し、射線上の確認もそぞろに撃発──!
 しかし、既にリコは体重移動でテーブルを倒しその陰へ隠れた後。構わず、猛烈な連射を浴びせるものの、木片と化したテーブルの向こうは――無人だった。
「おのれ、あのドラ猫め。何処へ行きおったぁ!」
 憤怒に燃ゆる瞳を巡らすヴィルマ。しかし、リコの姿はなく、ただただ彼女の瞳にあの憎き笑みだけが残像として焼き付くのみ。
「ケッケッケッ、姿隠すのはテメエの専売特許じゃねえんだぜ、ビッチ」
 当のチェシャ猫は、いつの間にやら、吹き抜けになった二階に悠々と立っていた。
「ほいじゃま、あとは高みの見物と洒落込もうかね」
 ニヤニヤと笑みを浮かべ、階下を見下ろしながら。


「Hi Mr」
 不意に背後から呼び掛けられて、バリーは振り返った。勿論、銃口を添えて、である。
「うわっと、待って待って、あたしは敵じゃないってば」
 二対の視線の先には、彼に声を掛けた女が一人。慌てて手を挙げて敵意がない事を主張した。
「これは失礼。だが、そう言った相手が味方だった例は一度もなくてね」
 銃口を逸らさぬまま、バリーは女の腰に吊り下げられた、二挺の銃に目をやる。
 どちらも彼と同じく、レバーアクションライフル。最大の差は、銃床と銃身を切り詰めてある事だ。左ホルスターには、バリーと同じ.四四口径モデル。しかしもう片方には、その後継モデル──.五十口径の撃発を可能とする猛獣殺しが納まっている。女が護身として選ぶ銃ではない。
「まあ、確かにお友達でもないけどね」
 女は肩を竦めるや、銀髪の上に黒いフードを被せて見せた。
「でもここは、賞金首同士のよしみで手を組まない?」
「……成程、噂には聞いてる。腕利きの逃がし屋、ブラックフード・リンクスの名は」
 女だてらにメアーズレッグ仕様のライフルを提げ、あらゆる危機から依頼人と共に逃げおおせるという、逃亡請負人──ブラックフード・リンクス。それこそが、彼女、ディーナ ウォロノフ(ka6530)が冠する二つ名である。
「いやいや、ワイルドバンチの悪名には負けるって」
 はにかみ、手を振るディーナ。対して、周囲のその他大勢に銃火を放ちながら、キャロルが噛み付く。
「そいつは、ピンカートンズが勝手に付けた仇名だ。俺らは壁の穴強盗団。よぉく憶えとけ!」
 ナイフ片手に襲って来た賞金稼ぎを銃床で叩き払い、バリーが相棒に応じる。
「んな事に構ってる場合か。──あのリンクスが付いてくれるってんなら、是非もない。よろしく頼む」
「オーケィ、ならこの子の相手はあたしがやるわ」
 ディーナは膝まで届くホルスターから、二挺のメアーズレッグライフルを手に取り、ラウラの前へ進み出た。
「一万ドル、か。ま、行掛けの駄賃に拾ってあげるわ」
「拾えるかな、そんな豆鉄砲で」
 二人は互いに微笑を交わし、

 ────!
 動いたのは、双方同時。
 
 横に疾走したラウラに対し、ディーナは左のライフル、その銃口を振り上げた。
 放たれた弾丸は、しかし本来の標的を逃し、背後に立つ男の腹に風穴を開ける。初弾を躱しせしめたラウラは、手近な椅子を踏み台にテーブルの上へ飛び乗った。
 即座に右手を振り、照準を走らせるディーナ。紅い矮躯を捉えるや、銃爪を引き絞る。
 だが、ラウラは天板を蹴って、更に上へと飛翔した。.五十口径の強装弾は、哀れ巻き添えを喰った外野の頭を血煙に変える。

 直後、降り注ぐ.三二口径の雨──!

 咄嗟に横転して、弾時雨を逃れたディーナは、起き上がり様にスピンコックで左右の銃、その薬室に次弾を装填して、視線を巡らした。
 落下地点のテーブルを引っ繰り返し、その陰に隠れるラウラを見咎めるや、直径半インチの殺眼を向ける。
 強装弾なら、容易く貫く。銃爪を引こうとしたその時──
「いい加減にしないか、このロクデナシ共──!」
 銃声の狂騒を吹き飛ばす怒号が響き渡った。
 酒場に怒号を響かせたのは、このデッドウッドの女性保安官、Holmes(ka3813)である。
「お前達は他人様に迷惑を掛けなければ、食い扶持稼ぐ事もままならんのか」
 彼女は、誰の物か足下に転がる空薬莢を忌々し気に見下ろし鼻を鳴らすと、腰に提げた木製ホルスターから、一挺の拳銃を引き抜いた。
 ブルームハンドルと呼ばれる特徴的な銃把を持つ、ドイツ製の自動拳銃だ。
「シェリフは引っ込んでろ!」
 彼女の言うロクデナシ共が、手に持つリボルバーを、ホームズへと向けた。
 集う照準は、数えて三筋。

 BAANG!
  BAANG!
   BAANG!

 轟く銃声も、総じて三つ。
「──ロクデナシに馬鹿まで付くか。保安官殺しがどれ程の罪か、まさか知らないわけでもないだろうに」
 しかし、硝煙上げる銃口は、唯一つのみ。
「まったく、度し難い屑共だ」
 ホームズは、傍らに銃を取り落し、血を滴らせる利き手を反対の手で抑えながら蹲る男共に一瞥を寄越す。
「牢屋の中で一晩、己の愚昧を悔やみ給え。……む」
 銃を下ろした彼女は、しかし、微かに眉を顰めると、スンと鼻を嗅がせた。そして不意に銃口を先行させるようにして、振り返る。と──

 BAANG!!
  BAANG!!

 空を劈く、猛々しい銃声が轟いた。
 ホームズの背後を取ろうとした二人の男──腹に風穴を開けた骸が、断末魔すら零さずに崩れ落ちる。
「へっへー♪ 地獄で悔いな、ベイベェ」
 ホームズが視線を骸から上げると、向こう側が覗ける程の大穴を開けた凶弾──.三五七マグナムを吐き出した怪蛇を右手に納める東洋系の少女が居た。
「あー、柚子君……」
「ホームズ先輩、お疲れさまでっす! お怪我はありませんでしたでしょーか!」
 複雑な表情を浮かべるホームズの呼び掛けに気付いた──その心情まで悟れはしなかったようだが──少女、松瀬 柚子(ka4625)が、敬礼と共に快活に応じた。彼女は、ホームズの助手である。
「今日は、このバカ騒ぎを止めれば良いんですね! どうかこの私にお任せあれ♪」
 肩に掛けた、枯れた色合いをした群青のポンチョを揺らし、ホームズの前へ飛び出そうとする松瀬。それを止めようと手を伸ばしたホームズは、二階の通用口が開くのを見咎めるや、舌を打って新たな闖入者を迎える。
 この乱痴気騒ぎを、更に掻き回しに現れたのは、果たして──

「ラーウラ♪」
 聞き覚えのある陽気な声を聞き咎めたラウラは、テーブルの影から二階へと視線を向けた。
 そこに、やはり見覚えのある少女を見付け「パティ!?」と焦燥濃い声を上げる。
 フリルで飾り立て、幾個所をベルトで締めた鮮明な蒼の衣装に身を包んだ彼女の名はパティ──パトリシア=K=ポラリス(ka5996)。ラウラとルーナ、彼女らの旅の道連れだ。
「待っててネ、今すぐお助けしちゃうカラ♪」
 ウェストポーチを探るパティ。「やめて、大丈夫だから!」と叫ぶラウラの制止も虚しく、彼女は目当ての物を探り当てると、「テケテーン♪」と頭上に掲げた。
 それを見るや、ラウラはテーブルを起こして、天板を上へと向ける。「へ?」と呆気に取られるディーナを、気にも留めずに。
「いっくヨォ──」
 パティはもう一方の手に取った黄燐マッチを、手摺の木目に擦り付け、弾けた火花を導火線へ着火した。――そう、導火線である。
「ソォレ♪」
 都合三本のダイナマイト。その至極剣呑な代物を、パティは眩しいばかりの笑みと共に放り投げる。当然、真下の一階へと向けて。
「柚子君!」「ぐぼっ」
 ホームズは松瀬のポンチョを掴むと、力任せに後方──スウィングドアへ投げ飛ばした。彼女自身もまた、舌打ちを残して、頭のカウボーイハットを押さえつつ酒場から脱出する。直後──

 KBOOOOM!!

 デッドウッドの乾いた空気を、凄まじい爆音が震わせた。


「もう! あんの、発破ムスメはぁ!」
 煤けたテーブルを蹴り倒し、顔を出したラウラは、怒りの叫びを吐き出した。
「ラーウラ♪」
 その背へ、階段を駆け下りて飛び付く、パティ。「ひにゃ!?」しかし、ラウラに身を躱され、床に落下する。
「ぅぅ、よけるなんてヒドイんだよ……」
「ヒドイ目見たのはこっちの方よ! 見なさい、これを!」
 戦場痕のような様相を呈する酒場を示し、怒り心頭に発するラウラ。幸いなのは、天井も壁も無事であるという事か。
 流石に爆風を直接受けた床は吹っ飛び、その付近には人間大の生焼け肉が転がっている。元の顔形は窺い知れない。
「み、ミディアムレア……だネ♪」
「いっつも言ってるでしょ! いくら生死問わずだってね、賞金首のステーキにはだぁれもお金払ってくれないって!」
 誤魔化し笑いを浮かべるパティに、怒声を浴びせるラウラ。
「だ、だって……あ、ルーナ♪」
 足元に寄って来た黒猫の姿を見て取るや、再び喜色満面の笑みを浮かばせるパティ。しかし、頭を撫でようと伸ばした手は、長い尻尾で打ち払われる。「ル、ルーナまで……」こちらを睨む一対の蒼い双瞳にパティは後退る。と──
「や、やってくれたな──」
 後頭に当る鉄の感触と同時に、コッキングの音を、彼女は聞いた。
「この、クソガキャァ!」
 咄嗟に何らかのリアクションを取る間もなく、撃鉄が撃針を打つ、致命的な音を鼓膜が捉える。

 …………

「へ?」
 ただそれのみで沈黙した己の銃を呆然と見る、名も知れぬ男。彼は知らない、シリンダーの薬室は、何処ぞの誰かの手癖によって全て空になっている事を。そして目の前に居る少女の二つ名を。
 アンラッキーガール。常に眩い笑顔と、はた迷惑な不幸を周囲に振り撒く、少女の姿をした災厄の女神。それが、パトリシア=K=ポラリスである。
「えへへ♪」
 振り返ったパティは、にぱぁ♪ としか形容しようのない笑みを彼に向けると、右腕を差し伸べた。
 直角に手首を曲げる、独特の動作──袖口から飛び出した、上下二連のデリンジャーを両手で構えるや、パティは銃爪に重いトリガープルを乗せた。
「ひぁ」.四一口径の反動で尻餅を突く、パティ。放たれた弾丸は、辛うじて男の右肩に突き刺さった。しかし、男に苦鳴を漏らす暇があったかと言えば、それは否だ。

 BOOM!

 胸から上が吹き飛んだのだから、当然だろう。
「……なにやったの?」
「た、弾の中に、ニトロを少々……。えっと、ミートパテなら、大丈夫カナ?」「なわけ──」
 出来損ないの挽肉の塊を指して恐る恐ると問うパティに、再び怒声を放とうとしたラウラ。だが、三度目の破裂音を聞いて「今度は、なに!?」と音源へ振り向いた。
 視界の先にあったのは、煙幕。眼晦まし? いや、ただの煙でない事は、霧中に囚われた男達が喉元を掻き毟っている事から明らかだ。
 毒霧は、最初の爆発によって割れた窓から吹き込む風に煽られ、徐々にラウラ達の下へ近付いて来る。
「パティ、今度こそ出番よ。派手にやっちゃって!」
「お任せアレ。──火はどうスル?」
 首を傾がすパティに、ラウラはリボルバーを突き出して、応じる。
「コレで十分♪」
「オーケィ、ヒァ・ウィ・ゴゥ♪」
 パティが放り投げたダイナマイトを、ラウラが放った鉛玉が撃ち抜き──

 KABOOM!

 爆風が吹き荒れ、毒霧を吹き飛ばし、紅いポンチョと蒼いスカートをはためかす。
「…………?」
 舞い上がる粉塵の中、木霊す悲鳴にラウラは訝しんだ表情を浮かべた。爆発に巻き込まれた不運な輩の苦鳴だろうか。それにしては悲鳴が矢鱈と、そう、アクティブだ。
「…………ッ!?」
 悲鳴の由縁は、粉塵を突き抜ける真紅の影として現れた。
 血と脂に塗れ、それでも尚、その威力を損なう事はないと確信できる程、無骨な大斧。その柄を握るは、返り血で染まる赤銅色の肌を持つ女。
「ホワイトォォォォ!」
 ただただ殺意に満ちた咆哮。故にラウラもまた、同じ殺意の咆哮を返す。
 双銃が上げる銃火の吼え声、放たれた弾丸が斧女の総身を叩く。しかし──
「ウソ、でしょ……」
 その特攻は些かも衰えず、彼女はその刃圏にラウラを捉えるや、振り上げた斧を叩き落とした。
「冗談ッ……!」
 視界の隅に飛び散る木片を捉えつつ、危うい所で身を躱したラウラ。二歩、三歩と距離を取り、彼女は双銃を斧女へと向ける。対する相手は、ぬらりと首を巡らせて、銃口越しに射手の緑眼を睨み付けた。怨念の焔を灯した両眼で以って。
 とその時、彼女の傍らに転がる死体が動いた。いや、正確には、その下敷きになった者が蹴り上げたのだ。
「死ぬかと思った……! ていうか、意識飛んでた?」
 ディーナである。彼女のお蔭で場が白けたその一瞬の隙を見逃さず、ラウラは斧女に声を掛ける。
「あ、あー、そこのあなた? ニ……、インディアンよね?」
 斧女の風体は、明らかに大陸の先住民のそれだ。
「まあ、いきなり斬り掛かって来た理由も察しは付くわ。でもね、ほらわたし、カンザスの生まれだから。自由州よ自由州」
 ラウラの弁舌を聞いた斧女の瞳に宿る焔が一層激しく燃え上がる。
「関係ないんダヨゥ。テメエらの生まれモ育ちモ。その肌が白いというダケデ十分ナンダ」
「わたし、そんな白くないんだけど……」
「オレの名は、ボルディア・コンフラムス(ka0796)。精霊ガ与えモウタ名と、部族の誇りに誓イ、ホワイトは絶滅サセル」
「そう、それはご立派。でも待ちなさいってば、そこの人はなんと、テキサス生まれのテキサス育ちよ」
「テキ、サス……」ぎこちなく首を動かして、ディーナを見遣るボルディア。対してディーナは「へ?」と首を傾げる。
「いや、あたしもカンザ──」
 顔の前で手を振るディーナ。しかし──
「コロす……!」「は、ハイ?」「テキサス人は二回コロす……!」
 猪突妄信。怨念に目を潰したボルディアは斧を振り回し、悲鳴上げて逃げ回るディーナを追いかけ回し始めた。
「ああいう手合いは、扱い易くて助かるわ」
 肩を竦めるラウラ。とそこへ──
「あまり同族を揶揄わないで貰おうか」
 男が一人声を掛けた。
 振り返り、その風体を見て取ったラウラは、へぇ、と口許に微笑を浮かべる。ガンマンめいた服装に身を包んでいても、その褐色の肌は隠せない。羽根飾りの付いたカウボーイハットの下を彩る先住民特有の化粧が、何よりも雄弁に男の素性を物語っていた。
「さっきの人のお仲間さん?」
「一応ね。俺はエアルドフリス(ka1856)という。君はリトルクイン、だったかな?」
「そういうあなたは、ザ・ヴァイパー?」
 あの毒霧が彼の仕業だとすると、推測は容易い。先住民族の秘薬を駆使する賞金稼ぎ。その二つ名は、ザ・ヴァイパー。
「ああ。そこでどうだろう。手を組まないかね?」
「……意外ね。相方さんは納得しないんじゃないかしら?」
 窺うような視線を向けるラウラに、エアルドフリスは肩を竦める。
「俺は彼女程、盲目になれんのでね。──それで、返答は?」
 首を傾がすエアルドフリス。対するラウラは、口端を持ち上げる。
「──パティ、相手はもう逃げ出してるかもだから、先に壁の穴強盗団の足を押さえて来て」
「アイアイサ~♪」陽気に返答し走り去って行くパティと後に続くルーナを横目で見送ったラウラは、エアルドフリスに向き直る。
「交渉、決裂かな?」
「お生憎さま、割り算は苦手なの。二で割るのが精いっぱいよ」
 微笑みを浮かべて応えるラウラに「それは残念」と苦笑を浮かべるエアルドフリス。と──
「──本当に残念だ」
 彼の足下から破裂音が響き、視界を白煙が覆った。
「安心すると良い、これは単なる煙幕だ」
 咄嗟に口許押さえるラウラの耳が声を捉える。そこへ銃口を向けたラウラは、しかし背筋に走った悪寒に従って前へ身体を泳がせた。
「ッ……!」
 直後、背を掠める刃線。
「ほぅ、勘が良いな」
 霧中に響く、称賛の声。しかしすぐにそれは、嘲笑へと変わる。
「だが無意味だ」
 続く声、その出所が掴めない事にラウラは愕然とする。
「な、に……これ……」
 異常は聴覚に留まらない。視覚は揺らぎ、体幹がぶれて足下すら覚束ない。先程肌を裂いたナイフに毒でも仕込んであったのか。
「欲の皮を張らせた報いだな。まあ、気持ちはわかるよ。金(ドル)というのは素晴らしい発明だ」
 余裕に耽り、悠長に御説を垂れる、エアルドフリス。
「金さえあれば、何もかもが想いのまま。酒に食い物、女さえ容易く股を開く。いやはや、実に素晴らしい力だ」
 その声は、段々と喜悦の調を高めてゆき、彼は高らかに声を上げて謳う。
「VIVA! Dollars」


 右から左へたなびく硝煙が、銃口の軌跡を描く。
 馬賊撃ち。
 水平薙ぎ撃ちの銃技によって、ごろつき共の脚へ鉛玉をくれてやったホームズは、傍らの松瀬を解き放つ。
「そぅら、柚子君。行ってきたまえ!」
「イエッサァ! 待ぁってましたぁ♪」
 歓喜を叫び、飛び出す松瀬。黒革の手袋嵌めたその手には何の得物もなく、彼女は空手で敵陣へと馳せ参ず。
 銃口の群れが、真正面から突撃して来る松瀬を捉えた。撃発の寸前、横合いから飛来したテーブルが障壁となって鉛玉を受け止める。
 弾雨を受け、木片と化す天板――その奥に、松瀬の姿はなく。
「ヒィヤッハァァァ♪」
 彼女は宙を踊り、男達の頭上を跳び越えた。
 別のテーブルの上に舞い降りたその姿を睨む、百挺拳銃。
 松瀬は、身を翻す事もせず、ただ両の腕を広げてみせる。男達は口許に嘲りと悦びを籠めた笑みを浮かべ、各々の銃、その銃爪を引き絞った。

 BRATATATA──!!

 轟く銃火の嵐──立ち込める硝煙。
「「「ッ……!?」」」
 黒色火薬が作り出した霧の帳が晴れるや、男達は瞠目した。無理もない。霞む硝煙の奥に、掠り傷一つない松瀬の姿を見咎めたのだから。そして、その理由を知ると同時に、彼らを更なる驚愕が襲う。
 銃が動かない。いや、銃把を握る腕そのものが、己が意思とは無縁にピクリともしない。
「ギィアァア!?」
 戦慄した男達の一人が苦鳴を上げる。彼の腕を見遣れば、鋭利な切り口の、骨肉覗く切り株が。
「これは失礼」
 一礼する松瀬。その周囲を取り囲むようにして、一筋の細い朱線が揺らめく。指抜きした手袋、その人指し指と中指の二指をついと動かすと、銀閃が閃き、宙に紅い玉滴を散らした。
「柚子君、ここはもう良い。彼らを拘束したら、別の方を当たりたまえ」
 ホームズの指示に、「ラジャ♪」と素直に従う松瀬。
「やれやれ。素直で優秀なのは良いが、私では少々持て余してしまうな」
 ホームズは苦笑を浮かべると、今しがた弾倉に弾薬を込め終えた装填クリップを放り捨てる。
「さて、諸君──」
 撃鉄をフルコックに起こすと遊底が前進し、薬室に初弾を装填――殺人器械の機能を取り戻した得物を構える。
「──彼女程ではないが、私もそこそこやるぞ?」


「バッカみたい……」
 額に脂汗伝わせながら、ラウラはそう吐き捨てた。
「お金(ドル)も暴力(テロル)も、人生愉快に過ごす為のちょっとしたコツみたいなものでしょ? たかがコツにそんな躍起になって、おメメ潰してるのはあなたの方だわ」
「…………」
 沈黙するエアルドフリスに対し、ラウラは銃をホルスターに仕舞った。
「……今更、降参か」
「まさか。今から目に物見せたげる」
 直立を保つのがやっとの態勢で、ラウラはそれでも笑みを浮かべる。
 五感の不確かな状況でも、膨れ上がる怒気を察する事はできた。だが、その方向まではわからない。
 続く、コッキングの音──撃鉄が告げる死の宣告もまた、何処から発せられたものか、彼女にはわからない。

 BAANG!

 だが、それでも尚──
「な、ん、だと……!?」
 彼女の銃は吼え立てた。
 スウィベルドロゥ。ホルスターに納められた、そのままで。
 ラウラの背後、彼女の後頭に突き付けていたリボルバーを取り落し、鉛弾突き抜けた胴を押さえて、エアルドフリスは呻き声の代わりに、問いを吐き出す。
「何故、だ……」
 何故、銃口を向けるべき先を見出したのか、と。
「お見通し、よ。人の、裏ばかり突こうと、考えてる人のやりそうな事……な、ん──」
 とうとう体幹を崩したラウラは、糸の切れた操り人形のように頽れた。
「…………」
 落とした銃を手に取り、倒れた矮躯を見下ろす、エアルドフリス。やがて銃口を微動する少女の胸に向けると、銃爪に指を掛けた。

 BAANG!

 銃火の咆哮上げる、ライフル。その照準の奥で褐色が弾け、紅が散る。
「ぶちコロォォス!」
 放ったのは.四四口径。それを肩口に受けても尚、ボルディアの進攻は止まらない。斧を振り上げ猛進して来る敵を正面に見据え、ディーナは右の銃を振り上げた。
 必中のタイミングを捉え、銃爪を引き絞る。
 放たれるは.五十口径の強装弾。人喰い熊をも一撃で屠る、猛獣殺し。故に、必中は必殺を意味する。
 銃声と同時に、仰け反るボルディアの首。──いや待て、仰け反る? 人間の首など、着弾したその瞬間、血煙に変える弾丸を受けて?
 仰け反ったあまり、上を向いた褐色の首筋がピクリ、と動く。
 肩の稜線、その向こうに消えた首が持ち上がる様を見て、ディーナは今度こそ戦慄を覚えた。
「バケ、モノ……」
「──こんなモノカ?」
 地獄のように笑う口、その間に覗く歯牙に囚われた鉛弾が潰される。血の混じった唾と共に、それを吐き出し、ボルディアは斧を振り上げた。
 その姿は、不死身の化物。ウォーキング・レッドの二つ名に相応しい。
「こんなモノカ……! ホワイトォォォォ!」
 瀑布の如き一撃を前に、ディーナは為す術なく立ち尽くし──

 ────!

 直後、壁を破って店内に突っ込んで来た鉄の塊が、ボルディアを跳ね飛ばした。
 彼女は空中で態勢を整えると、斧を床板に突き立てて勢いを殺し、着地する。
「ナニゴトダ!?」
 叫ぶ彼女が耳にしたのは、ブラスト音──蒸気の産声だった。
 蒸気機関式自走車──オートモービル。
「逃がし屋! 死にたくなけりゃ、さっさと乗れ!」
 オープンカー仕様の車上でハンドルを握るバリーの隣、助手席に立つキャロルが、ボンネットに片足を掛けながら叫んだ。
「っ、助かったわ!」駆け寄るディーナ。「待テ、ホワイトォ!」追おうとするボルディアを「もう……退き時だ」とエアルドフリスの声が制止する。
「どうシタ、エア! まさかケガを──」
 その声に、苦痛の色を感じたボルディアが振り返ろうとしたその時──
「ふっふー、ここまでだ、覚悟しやがレ♪」
「逃がすと思うてか、賞金首!」
 二つの声が響き渡った。
 一つは、オートモービルの後部座席、そこに掛けられた麻布より顔を出した、パティ。その左腕に抱えているのは、束になったダイナマイトだ。そして右手に火の着いた燐寸を持っている。
 そしてもう一つは、外装の弾け飛んだ鞄を構えるヴィルマ。内より現れたるは、大振りのクロスボウ。彼女はオートモービルの前部、そこに納まる蒸気機関へ鏃を向けた。
「やらせっかぁ!」
 させじとファニングを放つキャロル。「のじゃっ!?」たわんだ弩を解放するその瞬間、鉛弾を肩口に受けたヴィルマは、僅か上方へ照準を逸らした。
「ひぁぁぁぁ──」
 標的を逃した矢は、パティが身に着けたドレス、その肩部の生地を巻き込んで、壁に空いた穴を抜けて店外へと飛ぶ。
「──ぁぁぁぁにゃっ!?」
 外に生えた枯れ木の幹に矢が突き刺さり、宙に吊り下げられるパティ。左隣には、枝からロープでぶら下げられた、誰とも知れぬ骸が。「ハ、はろー……?」と左手を上げて挨拶した彼女は、そこでその手に抱えていた物が消えた事に気が付いた。
「あ、アレ、アレレ!?」
 なぁう。
 慌てふためくパティの頭上で、猫が鳴く。直後──

KBOOOOOOOOM!!!

「♪──。これまたド派手なこって」
 遠方で上がった爆炎を、口笛吹きながら暢気に見物するその男は、誰あろう、バーリグである。いつの間にやら、あの乱痴気騒ぎから抜け出ていたのだろう。ノット・ハングドマンの二つ名は、伊達で付けられたモノではないらしい。
「ほれほれ、ミズ・ノーバディ。見て見なよ──」
 脱出を期したのは、彼一人ではない。共に抜け出た名の無い女へ、振り返るバーリグ。が──
「──って、居ないし」
 そこに居た筈の女の姿は既になく、ただただタンブルウィードが虚しく転がるばかり。
「せぇっかく美女とお近づきになれるかしらと期待したってぇのに。これじゃくたびれ儲けも良いとこだぜ、まったく」
 爪先で足下の石ころを蹴り、唇尖らせ嘆くバーリグ。しかし一転、笑みを浮かべると懐を探り出す。
「ま、湿気ててもしゃあないか。気を取り直して、もう一人の美女と、ごたぁいめぇん、と──」
 が、彼は「んん?」と硬直すると、チノパンツのポケットから靴の中まで手当り次第に探り出した。最後に襟の裏を探ると、ひらりと何かが地面に舞い落ちる。
「これは……スパディル?」
 拾い上げたそれは、トランプの一枚──スペードのA。空白部分に何か文字が刻まれているのを見て、彼はトランプを摘まんだ親指を退ける。と、

I took "Tear of Moon"
THANKS

「Dammit! 俺とした事が……!」
 頭を抱える、バーリグ。彼はまだ知らない。トランプの裏面には、ステラ=XVII(ka3687)という名と共に、キスマークが添えられている事を。



「ん、ここは……?」
 ラウラが目を覚ましたのは、安宿の一室だった。ベッドの縁にはパティが頭を乗せて寝息を立てて居り、その傍らに一紙の新聞が置かれている。
 ラウラはそれを広げて、紙面に目を通した。
 見出しに載っていたのは、一枚の写真。色の抜け落ちた風景は、件の酒場の正面を写したものだろう。保安官とその助手らしき二人組の背に写るそれは、半ば廃墟と化していたが。
 紙面の文面を流し見した限り、死傷者多数。しかし、あの場に集まった二つ名持ちの賞金首や賞金稼ぎの死体は見付かっていないらしい。捕縛者もなし。壁の穴強盗団は見事逃げおおせたという事か。紙面によると、逃げた方角は西という事らしい。
「ん?」ラウラは、紙面の間から何かが零れ落ちた事に気付いた。拾い上げてみると、それは見覚えのある羽根飾り。「ふぅん?」しげしげと見詰め、懐に仕舞う。
「パティ、ほら起きなさい。出発するわよ」
 丸めた新聞紙でブロンド頭を叩き、ラウラはベッドから降りる。
「ほぇぇ? ドコにぃ~?」
 寝ぼけ眼で問うパティへ、布端を翻してポンチョを身に着けたラウラは意気揚々と告げる。

「Go, West!」

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 20
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 星かげのステラ
    ステラ=XVII(ka3687
    人間(紅)|22才|女性|疾影士
  • 唯一つ、その名を
    Holmes(ka3813
    ドワーフ|8才|女性|霊闘士
  • ノット・ハングドマン
    バーリグ=XII(ka4299
    エルフ|35才|男性|猟撃士
  • むなしい愛の夢を見る
    松瀬 柚子(ka4625
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師
  • 《キルアイス》
    リコ・ブジャルド(ka6450
    人間(蒼)|20才|女性|機導師
  • ブラックフード・リンクス
    ディーナ ウォロノフ(ka6530
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン Go West!!!(相談卓)
リコ・ブジャルド(ka6450
人間(リアルブルー)|20才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/10/30 19:18:44
アイコン オールナイト蛙ウエスタン(質問
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/10/31 01:12:10
アイコン 延長戦!
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/12/08 19:35:49
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/10/27 19:47:21