ゲスト
(ka0000)
【猫譚】光の系譜
マスター:藤山なないろ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/11/06 19:00
- 完成日
- 2016/11/19 11:20
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●光の逝く先は
あの初夏の日の夜の事──。
『……時間だよ』
友が去り、ひとりきりになった自室の扉が音もなく開いた。
『君は本当に馬鹿だ。王国騎士団長の任をシスティーナに解かせ、なおかつ引き継ぎまで終えるなんて……何を考えているんだか』
ベッドサイドのランプのみが灯る暗がりのなか、許可なく押し入り、後ろ手で部屋の扉を閉める男の表情は、相変わらず伺えない。
『まぁ、君らしいけどね。でも、そんな“準備”をした以上、疑惑を抱かれる事は避け得ないだろう。君は“死ぬことを予感していた”ってね』
冷たい床の上を歩く男の靴音は聞こえない。靴自体、そういう風に作られているのだろう。気配だけが近づいてきて、無意識に身体を強張らせていた。
『どうする? 僕を殺す? その手で、その剣を僕の胸に突き立ててみるかい』
ひんやりとした男の手が自分の手に触れ、導くように剣を握らせてくる。間近に迫った男の顔は見慣れた“親友”の顔をしていたはずだが、どこか恐ろしく感じる心を俺は否定できなかった。
『……残念、君は“いまのところ”僕を殺す気がないみたいだ。僕を疑ってないんだね……愚かだよ、本当に』
突然、男が銃を取り出した。それは見覚えがあるようでいて、その実まるで本質が異なっていると解る。それは確かに人を殺すための銃だったからだ。
『この銃、わかる? “憤慨せしアリオト”じゃあない。あれはここに辿りつくまでのただの試作だ。これはね、紛うことなきホンモノさ。“アリオト”──いや、“エリオット”、君を殺すための銃だよ』
そう言って、男は愛しみすら感じるような手つきで銃身を撫で、そして……ゆっくりと禍禍しい銃口を俺の胸に突き立てて、笑った。
『ねえ、君はこの銃で撃ち抜かれたなら、僕に怒ってくれるかな?』
彼に張り付いた笑顔は、俺の知る笑顔ではない。その意味に、その事実に、縋りたい思いを強引に押し隠す。
『エリオット、君のその心が、その在り方が、その魂が、この国にとって光の一つだった。けどね、君は騎士団長である前に、ひとりの人間だ。だからこそ、僕はこうしてここに来た。 ……無論、僕を許して欲しいとは思わない』
突き付けられた銃身が、更に圧を増し、被服に食い込む。
試されている──恐らくは、測っているのだ。俺という人間を、この場に来てなお。
『……さぁ、最後にもう一度だけ問おう。君の“答え”を聞かせてくれないか』
●アークエルス領主フリュイ・ド・パラディ
法術陣の起源を記した碑文“エメラルドタブレット”。
この春、ある事件を契機に現代人がその秘宝中の秘宝を手に入れてしまった。極めて解読が困難なオーバーテクノロジー。手に入れるまでは“伝説”だとか“夢物語”だとか眉唾扱いされていたそれが、現存していたと解るや否や、国と教会は態度を変えた。とかく十全に管理しろ、直ちに謎を解明しろ、と。
本来この保管自体、国と教会の責任下においてなされているべきものだったはずだ。
長い歴史の中でこんな秘宝を存在から忘れ去っていたくせに、まったく現金なものである。
「これがもし歪虚の手に渡ったなら、僕の命はないかもね。ま、歪虚にこの神秘を解読できるとも思えないけど」
現在のエメラルドタブレットの管理者たる“少年”は、笑ってそう言った。
少年は、名を“フリュイ・ド・パラディ”と言う。
この情報は一般に知られることはないが、実のところこの名は偽名であるようだった。当人に後ろめたい事があって本名を隠しているということでもなく、彼はパラディ家が代々姓名を偽ってきたため、それに準じているだけかもしれない。あるいは、何か別の信念や目的があるのかもしれないが、定かではない。
加えて、彼はどうみても10歳そこらの幼い少年にしか思えないのだが、彼こそがアークエルス領主であり、春に手に入れた太古の碑文“エメラルドタブレット”の謎を解き明かした二人の天才のうちの一人である。彼の知識や知恵は外見年齢の事実から余りに剥離しすぎており、実年齢60代などという噂まで生み出しているのだが、当然、彼の年齢に関する情報も定かではない。
とにかく、“そんな得体の知れない少年”に──便宜上、ここは彼を少年と表記するが──王国が誇る古都たる学術都市アークエルスが統治されているという時点で、彼の特殊性は十分理解することができるだろう。
そんな少年の日常は至ってシンプルだ。
日がな一日、太古より現在までこの世に産み落とされた様々な知識を道楽のように貪っているか、或いは何がしか怪しげな研究に手を染めているかだ。
そんな自由気まま、好き勝手な日々には不満などないように思われるのだが、フリュイには常日頃より抱える超大な不満があった。
それは“時間の有限性”。時間こそが知識をむさぼる為の必要条件で、世界における制約条件だからだ。
この世界には“情報”が溢れすぎている。現存するものも、失われたものも、それら全てを知りたいと願ったとしても時間という障害が必ず目の前に立ちふさがる。
摂取しても摂取しても、まだ足りない。まだこの世界の底は見えない。つまり、彼の様な人間図書館を以てしても「知らない」ことがある──彼の言葉に置き換えれば「僕が知識を得る余地が世界にはまだまだ残っている」のだ。
故に少年は、とかく非効率に時間を損ねることを厭う。
要領を得ない人間、非効率な組織体系、無駄な手間、そう言ったものは彼にとっては憎むべき悪であるのだ。
さて、この物語は今から1、2カ月ほど時を遡る。
少年領主がアークエルスのソサエティ出張所に現れた時、受付嬢は我が目を疑った。
「フリュイ様!? こっ、此度は、如何様な……」
「護衛を雇いたい。すぐ動ける人材は周囲にいる? なんなら立ち寄る予定の王都で人材を回収しても構わない」
「はっ、あの、雇用に際し、いくつかお伺いし…… 」
「目的地には転移門でいくから、拘束期間は1日で済む。有事の際は僕の命を最優先で守ることを誓約した人間。これが依頼の必要条件だね。金は相応でいい。市街地での要人警護だと伝えてくれ。普通はそれで解る」
せっかちなのか、急いている理由があるのか、少年は人の言葉を最後まで聞かずに話し出す。フリュイが“変人”であることはこの地に住むだれもが知っていることだ。受付嬢は気を害することもなく、丁寧に承るが、しかし。
「承知しました。目的地は、どちらへ……」
眼鏡の奥、フリュイの目が鈍く光った。
「あのさ、要人警護を頼んでいるのに、その行き先を依頼書に書かれでもしたら“どうぞ狙ってください”って言ってるようなもんだろ? 情報の開示先を絞るにこしたことはないんだ。僕が護衛人に直接話をする。ねぇ、急いでるんだよ、本当に」
「た、ただいま……ッ!」
あの初夏の日の夜の事──。
『……時間だよ』
友が去り、ひとりきりになった自室の扉が音もなく開いた。
『君は本当に馬鹿だ。王国騎士団長の任をシスティーナに解かせ、なおかつ引き継ぎまで終えるなんて……何を考えているんだか』
ベッドサイドのランプのみが灯る暗がりのなか、許可なく押し入り、後ろ手で部屋の扉を閉める男の表情は、相変わらず伺えない。
『まぁ、君らしいけどね。でも、そんな“準備”をした以上、疑惑を抱かれる事は避け得ないだろう。君は“死ぬことを予感していた”ってね』
冷たい床の上を歩く男の靴音は聞こえない。靴自体、そういう風に作られているのだろう。気配だけが近づいてきて、無意識に身体を強張らせていた。
『どうする? 僕を殺す? その手で、その剣を僕の胸に突き立ててみるかい』
ひんやりとした男の手が自分の手に触れ、導くように剣を握らせてくる。間近に迫った男の顔は見慣れた“親友”の顔をしていたはずだが、どこか恐ろしく感じる心を俺は否定できなかった。
『……残念、君は“いまのところ”僕を殺す気がないみたいだ。僕を疑ってないんだね……愚かだよ、本当に』
突然、男が銃を取り出した。それは見覚えがあるようでいて、その実まるで本質が異なっていると解る。それは確かに人を殺すための銃だったからだ。
『この銃、わかる? “憤慨せしアリオト”じゃあない。あれはここに辿りつくまでのただの試作だ。これはね、紛うことなきホンモノさ。“アリオト”──いや、“エリオット”、君を殺すための銃だよ』
そう言って、男は愛しみすら感じるような手つきで銃身を撫で、そして……ゆっくりと禍禍しい銃口を俺の胸に突き立てて、笑った。
『ねえ、君はこの銃で撃ち抜かれたなら、僕に怒ってくれるかな?』
彼に張り付いた笑顔は、俺の知る笑顔ではない。その意味に、その事実に、縋りたい思いを強引に押し隠す。
『エリオット、君のその心が、その在り方が、その魂が、この国にとって光の一つだった。けどね、君は騎士団長である前に、ひとりの人間だ。だからこそ、僕はこうしてここに来た。 ……無論、僕を許して欲しいとは思わない』
突き付けられた銃身が、更に圧を増し、被服に食い込む。
試されている──恐らくは、測っているのだ。俺という人間を、この場に来てなお。
『……さぁ、最後にもう一度だけ問おう。君の“答え”を聞かせてくれないか』
●アークエルス領主フリュイ・ド・パラディ
法術陣の起源を記した碑文“エメラルドタブレット”。
この春、ある事件を契機に現代人がその秘宝中の秘宝を手に入れてしまった。極めて解読が困難なオーバーテクノロジー。手に入れるまでは“伝説”だとか“夢物語”だとか眉唾扱いされていたそれが、現存していたと解るや否や、国と教会は態度を変えた。とかく十全に管理しろ、直ちに謎を解明しろ、と。
本来この保管自体、国と教会の責任下においてなされているべきものだったはずだ。
長い歴史の中でこんな秘宝を存在から忘れ去っていたくせに、まったく現金なものである。
「これがもし歪虚の手に渡ったなら、僕の命はないかもね。ま、歪虚にこの神秘を解読できるとも思えないけど」
現在のエメラルドタブレットの管理者たる“少年”は、笑ってそう言った。
少年は、名を“フリュイ・ド・パラディ”と言う。
この情報は一般に知られることはないが、実のところこの名は偽名であるようだった。当人に後ろめたい事があって本名を隠しているということでもなく、彼はパラディ家が代々姓名を偽ってきたため、それに準じているだけかもしれない。あるいは、何か別の信念や目的があるのかもしれないが、定かではない。
加えて、彼はどうみても10歳そこらの幼い少年にしか思えないのだが、彼こそがアークエルス領主であり、春に手に入れた太古の碑文“エメラルドタブレット”の謎を解き明かした二人の天才のうちの一人である。彼の知識や知恵は外見年齢の事実から余りに剥離しすぎており、実年齢60代などという噂まで生み出しているのだが、当然、彼の年齢に関する情報も定かではない。
とにかく、“そんな得体の知れない少年”に──便宜上、ここは彼を少年と表記するが──王国が誇る古都たる学術都市アークエルスが統治されているという時点で、彼の特殊性は十分理解することができるだろう。
そんな少年の日常は至ってシンプルだ。
日がな一日、太古より現在までこの世に産み落とされた様々な知識を道楽のように貪っているか、或いは何がしか怪しげな研究に手を染めているかだ。
そんな自由気まま、好き勝手な日々には不満などないように思われるのだが、フリュイには常日頃より抱える超大な不満があった。
それは“時間の有限性”。時間こそが知識をむさぼる為の必要条件で、世界における制約条件だからだ。
この世界には“情報”が溢れすぎている。現存するものも、失われたものも、それら全てを知りたいと願ったとしても時間という障害が必ず目の前に立ちふさがる。
摂取しても摂取しても、まだ足りない。まだこの世界の底は見えない。つまり、彼の様な人間図書館を以てしても「知らない」ことがある──彼の言葉に置き換えれば「僕が知識を得る余地が世界にはまだまだ残っている」のだ。
故に少年は、とかく非効率に時間を損ねることを厭う。
要領を得ない人間、非効率な組織体系、無駄な手間、そう言ったものは彼にとっては憎むべき悪であるのだ。
さて、この物語は今から1、2カ月ほど時を遡る。
少年領主がアークエルスのソサエティ出張所に現れた時、受付嬢は我が目を疑った。
「フリュイ様!? こっ、此度は、如何様な……」
「護衛を雇いたい。すぐ動ける人材は周囲にいる? なんなら立ち寄る予定の王都で人材を回収しても構わない」
「はっ、あの、雇用に際し、いくつかお伺いし…… 」
「目的地には転移門でいくから、拘束期間は1日で済む。有事の際は僕の命を最優先で守ることを誓約した人間。これが依頼の必要条件だね。金は相応でいい。市街地での要人警護だと伝えてくれ。普通はそれで解る」
せっかちなのか、急いている理由があるのか、少年は人の言葉を最後まで聞かずに話し出す。フリュイが“変人”であることはこの地に住むだれもが知っていることだ。受付嬢は気を害することもなく、丁寧に承るが、しかし。
「承知しました。目的地は、どちらへ……」
眼鏡の奥、フリュイの目が鈍く光った。
「あのさ、要人警護を頼んでいるのに、その行き先を依頼書に書かれでもしたら“どうぞ狙ってください”って言ってるようなもんだろ? 情報の開示先を絞るにこしたことはないんだ。僕が護衛人に直接話をする。ねぇ、急いでるんだよ、本当に」
「た、ただいま……ッ!」
リプレイ本文
●往路
「マリエル(ka0116)と申します。本日はよろしくお願いしますね」
「あぁ、頼むよ」
マリエルの丁寧な挨拶にも生返事の依頼主は、アークエルス領主フリュイ・ド・パラディ。しかし、事前情報で相手がおかしな人間と聞き及んでいた少女は、相手の反応に屈さず、柔らかく微笑んだ。
「ちなみに、今日は何をしに行くのですか? 何で今日なんです?」
それは空気を読まないフリなのか、それとも天然か……真実は定かではないが、ほんわりとマリエルが問う。
それは"その日、二度目の問い"だった。
「……」
怪訝そうな少年の意を解し、少女は小さく息をつく。
「すみません。答えてくれなくても護衛に影響がないのは確かですが……ただ、知りたいんです。依頼人の貴方のこと」
「君の言わんとすることは理解できるが、護衛に影響ないと君が断言した以上、流石にそれは越権行為だよマリエルくん」
容姿に見合わぬ厳しい口調を以て、領主は問う。
「こんなでも国の一領地を治める主でね。一般人に公示すべきでない機密も多い。にも拘わらず『聞けば何でも明らかにしてもらえる』なんて思ってるのかい?」
「そんなつもりは……! ですが、答えてくれないならその事は教えてくれないという事が知れますから」
「人気料理店にレシピを訊ねて“教えてくれなかった”として、それに一体何の意味があるかな?」
その余りの物言いにマリエルが応じるより早く──
「ああああああん!?」
──強い怒声が、港町の一角を揺るがした。
子供用ローブを被ったフリュイの胸元をぐいと持ち上げ、怒声の主──ウィンス・デイランダール(ka0039)が凄む。
「どうしたのかなあああ、この糞ガキはあああ!? ちょおおっと口が悪すぎんじゃねえかなああああん??」
「僕が? 面白い事を言うね、ハンター2号」
「はああん? 2号だあ? あー、はいはい俺分かった。分かっちゃったわ! こいつあの微笑み糞野郎(kz0015)と同類だわ!」
「ふむ。物事を分かったなどと簡単に言わない方がいい」
「まぁまぁ、二人とも」
流石にそろそろ……という具合に出てきたグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が、二人の間に挟まって会釈。
「さておき、今回はよろしくお願いします。……貴方の傍に未知とそれを解き明かす喜びがあるなら、命を懸けて守ります」
「君は常識人のようだね。よろしく頼むよ、ハンター3号」
「……グリムバルド、です」
目的地まで人通りの少ない道を選んだ彼らは、必然、周囲の目が少ないなかを進んでいく。だからこそ、常なら気を遣う話題も口にする決断ができたようだった。何より、雇い主本人が“面白い連中”との交流を所望しているようにも見えたのだ。
「少し伺いたい事が……」
「僕がその問いに応じるかは別として、勝手に訊ねる分には構わないよ」
「では、勝手にさせて頂きますよ。……俺が伺いたいのは、法術陣の事です」
直衛として傍に立つウィンスやマリエル、クリスティア・オルトワール(ka0131)も、グリムバルドの話の価値を瞬時に察知。みな慮って静かに口を閉ざす。
「内容は“法術陣へのマテリアル供給の設定について”。この鉱石でも補えるのではと思ったんだが……」
そう言ってグリムバルドが取りだしたのは“龍鉱石”だった。
「国の秘術を気安く語るつもりはないが」
少年はモノクルの位置を直し、淡々と語り始めた。
「それは神秘の秘匿に関わらないし、答えてもいいだろう。まず、基本的に鉱物性マテリアルは含有量が決まっているんだよ。解りよく君の世界の話で例えると“充電装置から取り外した電子機器”のようなものだ。使いきったら終了だね。再充填可能な鉱物もあるが、どのみち鉱物は放っておいてマテリアルを自動回復する事はない。大地・鉱山から人間が鉱物を掘り起こすことで、石とこの世界とを隔絶してしまった後だからね。もし仮に、例の法術陣に必要量のマテリアルをその手の石ころで補うとしたら……個々の含有量にバラつきがある以上、一概には言えないけど、まぁ何十万トン程度は最低限必要じゃないかな」
「それほど多量の鉱石を使うとしたら……鉱山が死の山になりかねん、か」
「それだけ人間、ひいては生物はすごいってことさ」
やり取りを黙って聞いていたウィンスが、不意にこんな問いをぶつける。
「マテリアルリンクは、法術陣に似ている──そう思わないか」
「視点は、面白いね」
「法術の力たる信仰の本質が『願い』や『祈り』なら、マテリアルリンクも同じだろ」
「厳密に同じではない。が、偶然にもコンセプトに共通点がある事は認めよう。それで?」
「単刀直入に言う。実験に興味ねーか、糞ガキ」
「……実験?」
胡散臭そうに見上げるフリュイに意を介さず、ウィンスは自らを指して言う。
「サンプルは俺達。豊富なマテリアルを持った覚醒者。コンセプトが似るなら『小規模な法術陣』を再現出来るんじゃねーの?」
まるで試すような問い。しかし、フリュイは事も無げに答えた。
「悪いけど、興味ないね」
絶対"悪い"なんて思ってねえだろ……そんな言葉を飲み込んで、ウィンスは次の言葉を待つ。
「まず、マテリアルリンクは多くの人間が実現可能な一般的技法であって、法術陣とは神秘の格が違う。第二に、小規模な法術陣は昨年オーレフェルトでオーラン・クロスが実行し、既に一定の成果を収めている。僕はね、法術陣に興味があるんじゃない。まだ見ぬ面白そうな……いや、僕が知るに相応しい神秘とその解明に価値を見出してるだけだ。その手の話はオーラン・クロスにしてやりなよ、“糞ガキくん”」
「ほんっとお前……世界が許せばぶん殴ったわ」
「あの……僭越ながら。私もお伺いしたい事が」
続いてクリスが話題に加わる。婉曲的表現を時間の無駄と嫌う少年のため、少女は覚悟を決めてこう切り出した。
「エリオット様が生死不明になっている件、疑念が残りませんか」
「その疑念に意味はあるのかい? 団長には新たな人物が就いてる。前の朴念仁の事なんて忘れればいいじゃないか」
「出来ません」
即応。強い眼差しのまま、少女はフリュイから視線をそらさない。やがて根負けした様子で少年が溜息をついた。
「で、疑念って?」
「まず、彼は世界屈指の実力者です。そう容易く消すことはできないはず」
「その考えは悪だよ、君。人はそれを“先入観”というんだ。君もあの男を知っているなら、考えてみたまえよ。例えば、人質を取られて身動きできず殺された、とかね」
「確かに有り得ます。ですがそれ以上に疑問視されるのは、彼の失踪が“翌日の新聞で大きく報じられたこと”です」
鋭い指摘──少年の瞳が明らかな好奇心を宿した。そう、冷静に考え直せばこんな指摘をせずにいられないのだ。
「翌日の新聞で彼の暗殺を報せるには、遅くとも深夜と呼べる時間帯には校了し、印刷にかけねばなりません。いかに室内に血痕が飛び散っていたとは言え、かの騎士団長が“深夜早朝に姿が無かっただけで暗殺されたなどという重大事を報じるには明らかに判断が早すぎる”のです」
「悪くないね。その通りだよ。4号」
「クリスティアです」
ぴしゃりとした声で窘められ、少年は肩を竦めて見せる。
「そもそも良い歳の立場ある男が、愛人宅や娼館で一夜を過ごすべくお忍びで……などよくある話だろう? なぜたかだか深夜早朝に姿が見えないだけで暗殺を報じる事態に至ったのか? そこがまさに気味の悪さを物語っている、と。ちなみに、この事実が何を指すか解るかい?」
クリスは逡巡。それは考えを言葉にすることを躊躇したようにも思え、見かねた領主はこう言い放った。
「つまり、騎士団長の暗殺は“予め仕組まれていた”し、“王国メディア、ないしは国にまで通じる誰かが関与していた”ってことさ」
余りに暗い推察。絞り出す問いは、少女の密やかな怒りにも似て。
「一体誰があの情報を……」
刹那、タイミングを見計らったように、マリエルの通信機に音声が飛び込んできた。
『誠堂です。……何者かが、我々を監視しています』
●待機時間
「……結局、例の監視者は行動を起こしませんでしたね」
ガンナ・エントラータ領主邸に消えてゆくフリュイの背を見つめながらマリエルが思案気に呟いた。
「念のため、パルムを屋敷の裏口に貼り付けたが、警戒すべきだな」
ウィンスに促されるハンター達のなか、髪をがしがし掻きながらラスティ(ka1400)が申し出た。
「悪い、俺と匠は街で調べモンしてくる。時間までには戻るよ」
ラスティは、酒場や裏路地を見て回りながら何人かに情報聴取を行った。お目当ては、領主ヘクスや第六商会に関する噂、他領への金の流れや派閥など。だがしかし──
「結構好き勝手させてくれる放蕩貴族だろ? ココで見かけたら縁起がいいって話だ」
「異端審問に召喚されたらしいが、真偽はどうだかな」
「商いか別の都合かは知らんが、昔からしばしば領を明けることがある」
──収穫は、得られなかった。
彼は仮にもこの地の領主で、王家の傍流たる貴族で、大商人だ。噂が出回ってないことこそ不自然に感じられたが、そもそもヘクスが商売人としてもかなり上層に位置することは理解している。末端の商人を捕まえてもレイヤーが異なることはどうしようもない。
ラスティの心には違和感や疑念が沸々と湧くばかりだった。
一方、誠堂 匠(ka2876)は街の門へ向かうと、非礼のないよう気遣いながら門番へ声をかけた。
「ある人物の依頼で“夜逃げした者”を探しているのです。奇しくも“元王国騎士団長暗殺発覚前夜”のことなんですが……あの日の深夜早朝、こちらを通過した不審者や馬車は?」
「あの晩のことは色んな連中に何べんも聴取されたから嫌でも覚えてるよ。団長さんは気の毒だが、不審者なんか通っちゃいないぜ」
「港町ですし、人や物の出入りは激しいと思ったのですが」
「不審者はともかく“物”ってんなら話は別だ。貿易品の定期便はいつも通り出入りしてたしな」
「……それは馬車ですか?」
「“荷馬車など”だ。いずれも身元は明らかで認可された交易の……」
「そこに“領主の荷馬車”は?」
「そりゃもちろん。ほぼ毎日のように出入りしてるからな。特別な事は何もないぞ」
●復路
「どこか楽しそうな顔をしていますね。いい事でもあったんですか?」
「やあ、マリエルくん。そう見えるかい? ま、君たちもいずれ解るさ」
依頼人フリュイが機嫌よさそうな足取りで領主邸から出てきたところをハンターらは揃って出迎えた。
しかし、彼がご機嫌のワケを懇切丁寧に語るはずもなく、一同はそのまま帰途についたのだった。
「あれは、また……?」
後方から周辺を探るグリムバルドは、往路に匠が発見した例の“監視者”が未だ張り付いていることに気付く。だが……
『深追いはしない』
これがハンターらの共通認識である以上、手を出してこない者にむやみに接触するつもりはない。
「恐らく、シャルシェレット家の手の者だろう。こいつが邸の裏口で見た人物と同一の可能性が高そうだ」
パルムを肩に載せ、声を潜めてウィンスが言う。パルムが言葉を話せない以上YES/NOの問いを数度繰り返した結果、少年の根気と勘に軍配が上がったようだ。
「大貴族様が、どんな理由でフリュイを監視するってんだ?」
嫌悪するように眉を顰めたラスティに、当の領主は楽しげに応じる。
「あれは本当に“僕”を監視してるのかな? ま、なんでもいいけど」
他意のある笑みを浮かべ、それきり領主は口を閉ざす。
妙な空気を気まずく思ったか、ややあってラスティがこんな話を振った。
「そういや、初夏に起こった騎士団長暗殺事件について、アンタはどう思う。フリュイ?」
「君もそれかい、5号」
「ラ・ス・ティ・だ!」
「解ってるよ5号。しかしなぜあの朴念仁を気にかける?」
「なぜって、知らない間柄じゃなかったんだ。それに……」
視線を落とし、少年は抱えていた心情を吐露する。
「本当に奴さんは死んだのか、ってね。俺は、未だに納得してない」
思い悩む少年に空々しく笑うが、やがてフリュイは肩を竦めてみせた。
「さっき4号に言った通りさ。暗殺は“仕組まれていた”し、“王国メディア、ないしは国に通じる誰かが関与していた”ってとこだ」
「キナ臭ぇ話だ。そんな事を出来るヤツも限られてる気がするが」
ラスティの指摘に思案していた匠が、突如物騒な切り口を示して見せる。
「ラスティさん。そんな事を出来る人間、かつ“そんな思想を持つ人間”、と考えるとどうだろう」
瞬間、空気がヒリつく気配がした。時刻は夕方、闇の訪れを待つばかりで。
「エリオットさんを殺したい有力者の存在……ですか」
マリエルの脳裏に、あの初夏の日、団長室で共に過ごした青年の顔が思い浮かんでくる。
少女の体を労り、友を慮るあの優しい男を暗殺するような思想の持ち主など、この国にいるのだろうか。
──否、全ての民に100%支持される人間などいない。有り得ない事では、ないのだろう。
◇
無事フリュイを送り届けたハンターらは、任務完了の報を受け、随時解散していく。
最後に残ったのは──匠、ひとり。
「どうみても僕に用事があるみたいだね」
「はい、質問が。例の禁書区域、貴方の他にも開けられるのですか?」
自身の領域に関する問いに、慎重味が増した顔色のフリュイ。しかし匠はなおも続ける。
「先の依頼の時、碑文区画に“先に誰か入ったような痕跡”があったので……」
「ふむ。まぁ、僕より以前の領主が開封した際の痕跡かもしれないし、正直“この世で僕だけが封印を開けられる”とは思ってないよ。それだけだね」
──幾つか追及すべき事もあったが、しかし、フリュイはそれ以上を許していない。
「解りました。では最後に、禁書区域再探索のご予定は?」
「さて」
即答に溜息をつき、それでも匠は食い下がった。そこには強い思いがあったからだ。
「法術陣を使った今、別の切り札が必要です。それに……」
「僕はね、“いま食べたいものだけ食べて生きてる”のさ。目的なく何でもいいから神秘を暴きたいなんて思ってない」
「とんだ失礼を……。ですが、不躾は承知。ただ俺は、“友”に……!」
「誠堂匠」
呼ばれ、匠はハッとした表情で領主を見る。
「そうか、君だな? あの朴念仁が何か託したとかいう人間は」
「……俺の名は報道規制され公になっていないはず。それに、何も託されてなど……」
「別にいい、朴念仁にも君にも興味はない。けどまぁ、言い方を変えよう」
それが何を意味するか匠には解らぬまま、まるで子供らしからぬ表情でフリュイは宣言した。
「Q:禁書区域再探索の予定。A:未定。──“王命でもない限り”は」
──余りに不敵な笑み。
やがて少年領主は、長い白衣を引きずりながら古き学術都市の町並みに消えて行った。
「マリエル(ka0116)と申します。本日はよろしくお願いしますね」
「あぁ、頼むよ」
マリエルの丁寧な挨拶にも生返事の依頼主は、アークエルス領主フリュイ・ド・パラディ。しかし、事前情報で相手がおかしな人間と聞き及んでいた少女は、相手の反応に屈さず、柔らかく微笑んだ。
「ちなみに、今日は何をしに行くのですか? 何で今日なんです?」
それは空気を読まないフリなのか、それとも天然か……真実は定かではないが、ほんわりとマリエルが問う。
それは"その日、二度目の問い"だった。
「……」
怪訝そうな少年の意を解し、少女は小さく息をつく。
「すみません。答えてくれなくても護衛に影響がないのは確かですが……ただ、知りたいんです。依頼人の貴方のこと」
「君の言わんとすることは理解できるが、護衛に影響ないと君が断言した以上、流石にそれは越権行為だよマリエルくん」
容姿に見合わぬ厳しい口調を以て、領主は問う。
「こんなでも国の一領地を治める主でね。一般人に公示すべきでない機密も多い。にも拘わらず『聞けば何でも明らかにしてもらえる』なんて思ってるのかい?」
「そんなつもりは……! ですが、答えてくれないならその事は教えてくれないという事が知れますから」
「人気料理店にレシピを訊ねて“教えてくれなかった”として、それに一体何の意味があるかな?」
その余りの物言いにマリエルが応じるより早く──
「ああああああん!?」
──強い怒声が、港町の一角を揺るがした。
子供用ローブを被ったフリュイの胸元をぐいと持ち上げ、怒声の主──ウィンス・デイランダール(ka0039)が凄む。
「どうしたのかなあああ、この糞ガキはあああ!? ちょおおっと口が悪すぎんじゃねえかなああああん??」
「僕が? 面白い事を言うね、ハンター2号」
「はああん? 2号だあ? あー、はいはい俺分かった。分かっちゃったわ! こいつあの微笑み糞野郎(kz0015)と同類だわ!」
「ふむ。物事を分かったなどと簡単に言わない方がいい」
「まぁまぁ、二人とも」
流石にそろそろ……という具合に出てきたグリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が、二人の間に挟まって会釈。
「さておき、今回はよろしくお願いします。……貴方の傍に未知とそれを解き明かす喜びがあるなら、命を懸けて守ります」
「君は常識人のようだね。よろしく頼むよ、ハンター3号」
「……グリムバルド、です」
目的地まで人通りの少ない道を選んだ彼らは、必然、周囲の目が少ないなかを進んでいく。だからこそ、常なら気を遣う話題も口にする決断ができたようだった。何より、雇い主本人が“面白い連中”との交流を所望しているようにも見えたのだ。
「少し伺いたい事が……」
「僕がその問いに応じるかは別として、勝手に訊ねる分には構わないよ」
「では、勝手にさせて頂きますよ。……俺が伺いたいのは、法術陣の事です」
直衛として傍に立つウィンスやマリエル、クリスティア・オルトワール(ka0131)も、グリムバルドの話の価値を瞬時に察知。みな慮って静かに口を閉ざす。
「内容は“法術陣へのマテリアル供給の設定について”。この鉱石でも補えるのではと思ったんだが……」
そう言ってグリムバルドが取りだしたのは“龍鉱石”だった。
「国の秘術を気安く語るつもりはないが」
少年はモノクルの位置を直し、淡々と語り始めた。
「それは神秘の秘匿に関わらないし、答えてもいいだろう。まず、基本的に鉱物性マテリアルは含有量が決まっているんだよ。解りよく君の世界の話で例えると“充電装置から取り外した電子機器”のようなものだ。使いきったら終了だね。再充填可能な鉱物もあるが、どのみち鉱物は放っておいてマテリアルを自動回復する事はない。大地・鉱山から人間が鉱物を掘り起こすことで、石とこの世界とを隔絶してしまった後だからね。もし仮に、例の法術陣に必要量のマテリアルをその手の石ころで補うとしたら……個々の含有量にバラつきがある以上、一概には言えないけど、まぁ何十万トン程度は最低限必要じゃないかな」
「それほど多量の鉱石を使うとしたら……鉱山が死の山になりかねん、か」
「それだけ人間、ひいては生物はすごいってことさ」
やり取りを黙って聞いていたウィンスが、不意にこんな問いをぶつける。
「マテリアルリンクは、法術陣に似ている──そう思わないか」
「視点は、面白いね」
「法術の力たる信仰の本質が『願い』や『祈り』なら、マテリアルリンクも同じだろ」
「厳密に同じではない。が、偶然にもコンセプトに共通点がある事は認めよう。それで?」
「単刀直入に言う。実験に興味ねーか、糞ガキ」
「……実験?」
胡散臭そうに見上げるフリュイに意を介さず、ウィンスは自らを指して言う。
「サンプルは俺達。豊富なマテリアルを持った覚醒者。コンセプトが似るなら『小規模な法術陣』を再現出来るんじゃねーの?」
まるで試すような問い。しかし、フリュイは事も無げに答えた。
「悪いけど、興味ないね」
絶対"悪い"なんて思ってねえだろ……そんな言葉を飲み込んで、ウィンスは次の言葉を待つ。
「まず、マテリアルリンクは多くの人間が実現可能な一般的技法であって、法術陣とは神秘の格が違う。第二に、小規模な法術陣は昨年オーレフェルトでオーラン・クロスが実行し、既に一定の成果を収めている。僕はね、法術陣に興味があるんじゃない。まだ見ぬ面白そうな……いや、僕が知るに相応しい神秘とその解明に価値を見出してるだけだ。その手の話はオーラン・クロスにしてやりなよ、“糞ガキくん”」
「ほんっとお前……世界が許せばぶん殴ったわ」
「あの……僭越ながら。私もお伺いしたい事が」
続いてクリスが話題に加わる。婉曲的表現を時間の無駄と嫌う少年のため、少女は覚悟を決めてこう切り出した。
「エリオット様が生死不明になっている件、疑念が残りませんか」
「その疑念に意味はあるのかい? 団長には新たな人物が就いてる。前の朴念仁の事なんて忘れればいいじゃないか」
「出来ません」
即応。強い眼差しのまま、少女はフリュイから視線をそらさない。やがて根負けした様子で少年が溜息をついた。
「で、疑念って?」
「まず、彼は世界屈指の実力者です。そう容易く消すことはできないはず」
「その考えは悪だよ、君。人はそれを“先入観”というんだ。君もあの男を知っているなら、考えてみたまえよ。例えば、人質を取られて身動きできず殺された、とかね」
「確かに有り得ます。ですがそれ以上に疑問視されるのは、彼の失踪が“翌日の新聞で大きく報じられたこと”です」
鋭い指摘──少年の瞳が明らかな好奇心を宿した。そう、冷静に考え直せばこんな指摘をせずにいられないのだ。
「翌日の新聞で彼の暗殺を報せるには、遅くとも深夜と呼べる時間帯には校了し、印刷にかけねばなりません。いかに室内に血痕が飛び散っていたとは言え、かの騎士団長が“深夜早朝に姿が無かっただけで暗殺されたなどという重大事を報じるには明らかに判断が早すぎる”のです」
「悪くないね。その通りだよ。4号」
「クリスティアです」
ぴしゃりとした声で窘められ、少年は肩を竦めて見せる。
「そもそも良い歳の立場ある男が、愛人宅や娼館で一夜を過ごすべくお忍びで……などよくある話だろう? なぜたかだか深夜早朝に姿が見えないだけで暗殺を報じる事態に至ったのか? そこがまさに気味の悪さを物語っている、と。ちなみに、この事実が何を指すか解るかい?」
クリスは逡巡。それは考えを言葉にすることを躊躇したようにも思え、見かねた領主はこう言い放った。
「つまり、騎士団長の暗殺は“予め仕組まれていた”し、“王国メディア、ないしは国にまで通じる誰かが関与していた”ってことさ」
余りに暗い推察。絞り出す問いは、少女の密やかな怒りにも似て。
「一体誰があの情報を……」
刹那、タイミングを見計らったように、マリエルの通信機に音声が飛び込んできた。
『誠堂です。……何者かが、我々を監視しています』
●待機時間
「……結局、例の監視者は行動を起こしませんでしたね」
ガンナ・エントラータ領主邸に消えてゆくフリュイの背を見つめながらマリエルが思案気に呟いた。
「念のため、パルムを屋敷の裏口に貼り付けたが、警戒すべきだな」
ウィンスに促されるハンター達のなか、髪をがしがし掻きながらラスティ(ka1400)が申し出た。
「悪い、俺と匠は街で調べモンしてくる。時間までには戻るよ」
ラスティは、酒場や裏路地を見て回りながら何人かに情報聴取を行った。お目当ては、領主ヘクスや第六商会に関する噂、他領への金の流れや派閥など。だがしかし──
「結構好き勝手させてくれる放蕩貴族だろ? ココで見かけたら縁起がいいって話だ」
「異端審問に召喚されたらしいが、真偽はどうだかな」
「商いか別の都合かは知らんが、昔からしばしば領を明けることがある」
──収穫は、得られなかった。
彼は仮にもこの地の領主で、王家の傍流たる貴族で、大商人だ。噂が出回ってないことこそ不自然に感じられたが、そもそもヘクスが商売人としてもかなり上層に位置することは理解している。末端の商人を捕まえてもレイヤーが異なることはどうしようもない。
ラスティの心には違和感や疑念が沸々と湧くばかりだった。
一方、誠堂 匠(ka2876)は街の門へ向かうと、非礼のないよう気遣いながら門番へ声をかけた。
「ある人物の依頼で“夜逃げした者”を探しているのです。奇しくも“元王国騎士団長暗殺発覚前夜”のことなんですが……あの日の深夜早朝、こちらを通過した不審者や馬車は?」
「あの晩のことは色んな連中に何べんも聴取されたから嫌でも覚えてるよ。団長さんは気の毒だが、不審者なんか通っちゃいないぜ」
「港町ですし、人や物の出入りは激しいと思ったのですが」
「不審者はともかく“物”ってんなら話は別だ。貿易品の定期便はいつも通り出入りしてたしな」
「……それは馬車ですか?」
「“荷馬車など”だ。いずれも身元は明らかで認可された交易の……」
「そこに“領主の荷馬車”は?」
「そりゃもちろん。ほぼ毎日のように出入りしてるからな。特別な事は何もないぞ」
●復路
「どこか楽しそうな顔をしていますね。いい事でもあったんですか?」
「やあ、マリエルくん。そう見えるかい? ま、君たちもいずれ解るさ」
依頼人フリュイが機嫌よさそうな足取りで領主邸から出てきたところをハンターらは揃って出迎えた。
しかし、彼がご機嫌のワケを懇切丁寧に語るはずもなく、一同はそのまま帰途についたのだった。
「あれは、また……?」
後方から周辺を探るグリムバルドは、往路に匠が発見した例の“監視者”が未だ張り付いていることに気付く。だが……
『深追いはしない』
これがハンターらの共通認識である以上、手を出してこない者にむやみに接触するつもりはない。
「恐らく、シャルシェレット家の手の者だろう。こいつが邸の裏口で見た人物と同一の可能性が高そうだ」
パルムを肩に載せ、声を潜めてウィンスが言う。パルムが言葉を話せない以上YES/NOの問いを数度繰り返した結果、少年の根気と勘に軍配が上がったようだ。
「大貴族様が、どんな理由でフリュイを監視するってんだ?」
嫌悪するように眉を顰めたラスティに、当の領主は楽しげに応じる。
「あれは本当に“僕”を監視してるのかな? ま、なんでもいいけど」
他意のある笑みを浮かべ、それきり領主は口を閉ざす。
妙な空気を気まずく思ったか、ややあってラスティがこんな話を振った。
「そういや、初夏に起こった騎士団長暗殺事件について、アンタはどう思う。フリュイ?」
「君もそれかい、5号」
「ラ・ス・ティ・だ!」
「解ってるよ5号。しかしなぜあの朴念仁を気にかける?」
「なぜって、知らない間柄じゃなかったんだ。それに……」
視線を落とし、少年は抱えていた心情を吐露する。
「本当に奴さんは死んだのか、ってね。俺は、未だに納得してない」
思い悩む少年に空々しく笑うが、やがてフリュイは肩を竦めてみせた。
「さっき4号に言った通りさ。暗殺は“仕組まれていた”し、“王国メディア、ないしは国に通じる誰かが関与していた”ってとこだ」
「キナ臭ぇ話だ。そんな事を出来るヤツも限られてる気がするが」
ラスティの指摘に思案していた匠が、突如物騒な切り口を示して見せる。
「ラスティさん。そんな事を出来る人間、かつ“そんな思想を持つ人間”、と考えるとどうだろう」
瞬間、空気がヒリつく気配がした。時刻は夕方、闇の訪れを待つばかりで。
「エリオットさんを殺したい有力者の存在……ですか」
マリエルの脳裏に、あの初夏の日、団長室で共に過ごした青年の顔が思い浮かんでくる。
少女の体を労り、友を慮るあの優しい男を暗殺するような思想の持ち主など、この国にいるのだろうか。
──否、全ての民に100%支持される人間などいない。有り得ない事では、ないのだろう。
◇
無事フリュイを送り届けたハンターらは、任務完了の報を受け、随時解散していく。
最後に残ったのは──匠、ひとり。
「どうみても僕に用事があるみたいだね」
「はい、質問が。例の禁書区域、貴方の他にも開けられるのですか?」
自身の領域に関する問いに、慎重味が増した顔色のフリュイ。しかし匠はなおも続ける。
「先の依頼の時、碑文区画に“先に誰か入ったような痕跡”があったので……」
「ふむ。まぁ、僕より以前の領主が開封した際の痕跡かもしれないし、正直“この世で僕だけが封印を開けられる”とは思ってないよ。それだけだね」
──幾つか追及すべき事もあったが、しかし、フリュイはそれ以上を許していない。
「解りました。では最後に、禁書区域再探索のご予定は?」
「さて」
即答に溜息をつき、それでも匠は食い下がった。そこには強い思いがあったからだ。
「法術陣を使った今、別の切り札が必要です。それに……」
「僕はね、“いま食べたいものだけ食べて生きてる”のさ。目的なく何でもいいから神秘を暴きたいなんて思ってない」
「とんだ失礼を……。ですが、不躾は承知。ただ俺は、“友”に……!」
「誠堂匠」
呼ばれ、匠はハッとした表情で領主を見る。
「そうか、君だな? あの朴念仁が何か託したとかいう人間は」
「……俺の名は報道規制され公になっていないはず。それに、何も託されてなど……」
「別にいい、朴念仁にも君にも興味はない。けどまぁ、言い方を変えよう」
それが何を意味するか匠には解らぬまま、まるで子供らしからぬ表情でフリュイは宣言した。
「Q:禁書区域再探索の予定。A:未定。──“王命でもない限り”は」
──余りに不敵な笑み。
やがて少年領主は、長い白衣を引きずりながら古き学術都市の町並みに消えて行った。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 11人 |
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MVP一覧
- 黒の懐刀
誠堂 匠(ka2876)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/11/05 02:23:58 |
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相談卓 誠堂 匠(ka2876) 人間(リアルブルー)|25才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2016/11/06 14:33:53 |