【旭影】閉ざされた鉄扉

マスター:真柄葉

シナリオ形態
シリーズ(新規)
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~5人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/11/06 12:00
完成日
2016/11/15 06:21

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●深夜
 普段は賑わいを見せている大通りも、日を跨ぐと人気も消える。
 霧に霞む街灯が照らし出す石造りの街は、どこか退廃的な気配さえ感じさせた。
「あぁ~~のーみーすーぎーたー」
 なんて雰囲気をぶち壊す酔っぱらいの声。
 千鳥足で何とか歩を進めているのは、辺境の行商人エミルタニア=ケラーであった。
「まぁ~、これくらいの贅沢はいいよねぇー。やっと帰ってきたんだからぁー」
 瞳を閉じると一月にも及ぶ過酷な行商の旅が蘇る。
「きつかったけど、楽しかったなぁ」
 いくつもの苦難を乗り越えて手にした勝利の味。もちろんエミルは商人なので、手にしたものはずしりと重い黄金色だ。
「くふっ。ふふふふふっ」
 旅を共にしたハンター達や居合わせた者達と真昼間から酒場を貸し切って飲み明かしたのに、ちっとも減ったように感じない。
 酔ったエミルは自然と湧き出てくる笑みにしばらく身を任せた。
「……ん?」
 そんな、最上の時間を味わうエミルの目の前を何かが横切る。
「何だったん――――んんん!?」
 正体を確かめようと目を細めた、次の瞬間。背後から回された手に突然口を塞がれた。
 抵抗しようと身をよじるも、声は出せず体は押さえつけられ凍ったように動かない。
「……静かにしていろ」
 感情の無い声と共に首筋に走った鈍い痛みに、エミルは意識を失った。

 明けの空に小鳥たちの合唱が響く。
「まだ帰ってきてない……?」
 ドアを開ける音で目覚めれるようにと、リットは入り口近くで仮眠をとった。
「エミルさん、一体どこへ行ったんですか……」
 しかし、動き出した街とは対照的に、その音はいまだ聞かれなかった。

●執務室
「ビウタさん、その後、何か変わった動きはありましたか?」
 執務机の前におかれた本革のソファーにどっかと腰を下ろす男に、ヴェルナーはそう告げる。
「特にねぇなぁ。連中、騒ぐだけ騒いで悪さしねぇから質が悪い」
 ヴェルナーの問いに面倒くさそうに答えるこの男の名はビウタ・ココーズ。ノアーラ・クンタウで自警団『ノイツ』を組織する好漢だ。
「そっちはどうなんだ? 影だか何だかの目星はついたのか?」
「目星であればある程度は。しかし、決定打がありません」
「決定打ねぇ。扇動罪かなんかで適当に捕まえられないのか? 仮にもこの街のトップだろう」
「私を暴君か何かと勘違いしていませんか?」
「違うのか?」
「どうやら貴方との付き合い方を見つめなおす必要がありそうですね」
 と、ビウタは大仰に両手を上げた。
「正直な所、その程度では罪を問えません。確証といえば資金援助ですが、それもダウンタウンの若者への人道支援といえば、それ以上の追及は出来ないでしょう」
「そこで決定打か。ふむ……」
 逞しい両腕を組み合わせ、ビウタは口をへの字に曲げる。
「ん? あー、もしかしてあれは関係あるか?」
「聞かせていただいても?」
 何か思い出したのか、ポンと手を打ったビウタにヴェルナーが問いかけた。
「まぁ、全然関係ないかもしれねぇが。実は馴染みの商人が先日から行方知れずなんだ」
「行方不明? 商人ということは、ゴルドゲイルの関係者ですか?」
 口元のカップから視線だけを上げヴェルナーが聞き返す。
「いや、一介の行商人だ。とりあえず助手の坊主がハンター達に相談してみるつって、オフィスに駆け込んだが」
「助手の知らぬところで行方知れずですか。まさか、誘拐だとでも?」
「その辺も全部含めてわかんねぇ。自警団の方でも探してはいるが、まだ見つけれてねぇしな」
「そうですか。一応気にかけておきましょう」
 そう言って、ヴェルナーは幾分苦みの増した紅茶を口に運んだ。

●???
(汚水の臭い……? 違う、カビの臭いだ)
 すえた臭いに目を覚まし、視線を光へ向ける。
(部屋……? どこなの、ここ……)
 ランプ一つで十分照らし出せるほど小さな石造りの部屋。
(つぅ!)
 首と手足に走った痛みに顔を歪めた。
(なにこれ……) 
 両手両足を縄で椅子に縛り付けられ、いくら身をよじろうがびくともしない。
(そうだ私、あの時……)
 最後の記憶をたどる様に瞳を閉じた、その時。

 ガチャ――。

「ようやく見つけましたよ、エミルタニア=ケラー」
 開けられた鉄製のドアから入ってきた男が名前を呼ぶ。
「んー! んー!」
 猿轡を嵌められ声を上げられないエミルが、ランプ明かりの逆光で顔の見えない男を睨み付けた。
「貴女を探し出すのにどれほどの年月がかかったか……下賤な名に身をやつし今までのうのうと生きて――おっと、失礼。それでは喋れませんね」
 無造作に近づいた男は引きちぎる様にエミルの猿轡を外した。
「これで喋れるでしょう。さて、聞かせてもらいますよ」
「ここはどこ! あなたは誰なの! 私をどうしようっていうの! 悪いけど、お金は……ちょっとは持ってるけど……え、やばっ!? どこ!? お金どこ!?」
「……まったく、なんと大きな声だ。品性の欠片もない」
 自由になった口から吐き出されるエミルの声に、男は顔を顰める。
「貴女の手持ち金など、そんなはした金に興味はありません」
「じゃ、じゃぁ何のために私なんか……い、言っとくけど、うちは貧乏だからね! 身代金とかそんなのないから!」
 男の意図が理解できず、エミルは思いつくままに言葉を並べた。
「身代金などと、僕をそこらの低能な猿と同じにしないでいただきたい。僕の目的はただ一つ――」
 必死さすら伺えるエミルに、男は呆れるように溜息をつくと言葉を続ける。
「貴女の祖父が奪い隠した我が家の宝を、取り戻しに来たのですよ」
「…………は?」
 予想の範疇を遥かに越えた男の言葉に、エミルは呆気にとられた。
「なんの話よ! 人違いじゃないの!? 私はただの行商人よ!」
「ふむ、白を切る、と」
「話通じてる!? そんなもの知らないって言ってるのよ!!」
「知らない……? 知らないだと!? グロースハイデンの血脈が、知らないとのたまうのか!!」
「っ!? ど、どうしてその名前を……」
 いきなり口調を強めた男の声よりも、エミルは出てきた名前に驚き戸惑う。
「うるさい! さっさと吐け! 我が家の宝はどこにあるんだ!!」
「だ、だから知らないって言ってるでしょう!!」
「まだ言うか! この売女が!!!」
 怒りに任せ繰り出した男の蹴りに、椅子がエミルの悲鳴と共に倒れた。
「はぁはぁ……ふん、いい様だな、この逆賊が! このまま縊り殺してやってもいいんだぞ!!」
 肩で息する男がまた一歩エミルに近寄ったのを見て、傍に詰めていた数人の黒服が宥めるように囲んだ。
「ちっ! わかった! わかったから離せ! ……ふん! まぁ、いいでしょう、時間はたっぷりあるんです。持久戦と行こうじゃありませんか」
 そう言うと男は黒服たちを伴って部屋を後にする。
「……な、なんなの。どうしてあの名前が」
 床を舐めるエミルの呟きは、かちゃりと錠の落ちる音にかき消された。

リプレイ本文

●ノアーラ・クンタウ
 いつもと変わらない朝が辺境の都市に訪れる。
 リットがハンターオフィスに飛び込んでから、すでに5日が経っていた。
「こ~んな街中で消息を絶つなんてねェ」
「何か闇を抱えていた、なんて事は?」
 街行く人々の奇異の視線など気にせず、ルキハ・ラスティネイル(ka2633)とジェシー=アルカナ(ka5880)は、失踪のあった晩、エミルが辿っただろう道を歩いていた。
「向こう見ずな所もある子だから、ないと断言はできないけれど、可能性は低いんじゃないかしらん?」
 掌の上で胡桃を2つ弄びながら、ルキハはふぅと溜息をつく。
「あれだけの祝勝会を盛大に行った後だもの、余計に理由がないのよねェ」
 エミルが失踪する前の晩、酒場を借り切って行われた大宴会に二人も参加していた。
「さりとて、当の本人は行方知れずっと。腑に落ちないことが多いわね」
 黒髪を指で遊ばせながら、ジェシーは街の様子を見回す。
「至って普通。いつもの街よね。行方不明の事件があったなんて思えないくらい」
「人が消えるなんて珍しくもないご時世だもの。誰も気にしてなんかないのかもねェ」
 両掌を天へと向け、ルキハが肩を竦めた。
 ハンターが持つ鋭敏な感覚を駆使しエミルの辿った通りを数百mも歩き続けたが、手掛かりとなる様な物は何も見つけられていない。
 ついには、通りを越え街の外れまで出た。
「さて、ここまでみたいね。あんたとのお散歩、なかなか楽しかったわ」
「あたしもよ。今度ショッピングでもどうかしら?」
「3人でなら、喜んで」
「あっは、楽しみにしておくわ」
 ジェシーは北へ、ルキハは南へ。二人は軽口を交わすと道を分かれた。

●酒場
「……ふぅ。これでもう大丈夫だ」
 大げさとも思える治療を終え、ウルヴァン・ダイーヴァ(ka0992)は安堵のため息をついた。
「お、おう。すまんな」
「なに、俺の前方不注意が原因だ。きみが謝る事は無い。そうだ、詫びといってはなんだが、どうかな一杯。奢らせてもらうぞ」
 盃を傾けるウルヴァンの仕草に、<極北の番人>のメンバーである男が喉を鳴らす。
「いいのか?」
 頷いたウルヴァンは手を上げ給仕の娘を呼んだ。
「しかし、どこかで見た顔だと思ったが、先ほど門前で演説をしていたのはきみか」
 互いにエールを傾け、ウルヴァンはさらに続けた。
「今日の演説はもう終わったのか?」
「ああ、後は仲間に託してきた」
 酒気に頬を染め始めた男が、饒舌に語りだす。
「奴の演説もなかなか聞きごたえがあるぞ!」
「ほう、それは機会があればぜひ聞いてみたいものだな。……うん? ということはまだ他にもメンバーがいるのか」
「おう、20人は下らないぞ!」
「なかなかな規模だな。流石はヴルツァライヒを称するだけはある」
「そうだろう!」
 上機嫌に酒を進める男は勝手に次の一杯を注文した。
「それほど人数がいる組織だ、もしかしたら知っているか……」
 口元に手を当て、ウルヴァンは店の喧騒でも聞こえる声量で呟く。
「うん? なんだ、探しものか?」
「ん? ああ、すまない独り言だ」
「おいおい、なんだよ兄弟! 俺達の間に隠し事はなしだぜ!」
 3杯目を空けた時点ですっかり上機嫌となった男がぐっと身を乗り出した。
「……そうか、ならば、尋ねよう。実は人を探している」
「人? おう、俺達で力になれることがあったら何でも言ってくれ!」
「金の髪に深紅の瞳を持った女性なんだ」
 4杯目に手を付けた男を、ウルヴァンはじっと見つめる。
「い、いや、知らねぇなぁ。流石にそれだけじゃ、探しようがないぜ、兄弟」
「……そうか、そうだな。確かに漠然とし過ぎていると俺も思う」
 視線を合わせず答える男に、ウルヴァンはゆっくり一つ頷いた。
「つまらないことを聞いたな。さぁ、どんどん飲んできみ達の事をもっと聞かせてくれ」

●裏路地
「ほう、あなた方に誘いが」
 路地裏で捨てられた木箱をテーブルに小さな酒宴が繰り広げられていた。
「ああ、あったあった! 変な黒服連れたいいとこの坊ちゃんだったぜ」
 丑(ka4498)の問いかけに、ごろつきの一人が上機嫌に話す。
「それはまたここでは随分と珍しい組み合わせですねぇ。帝国から来たんでしょうか?」
「さぁな。まぁ、成りからして帝国の元貴族とかじゃねぇの?」
「帝国の元貴族……ふむ。しかし、なぜあなた方は誘いに乗らなかったので? 対立していたグループは誘いに乗ったと聞きますが」
 対抗勢力の名を出した途端、ごろつき達の雰囲気が一気に沈むのが分かった。
「……どうも、何やら訳ありの様で。よろしければ聞かせてもらっても?」
 丑は「秘蔵の品です」と酒瓶を取り出し木箱の上に置く。
「……あいつ等、ちょっと熱に浮かされているだけなんだ」
「それはあの演説と関係があるのでしょうか?」
「もともとあんなことする奴らじゃねぇよ……」
 しぼんでいく空気はやがて沈黙に変わった。
「なるほど。では、少し聞き方を変えましょうかねぇ。――その貴族風の男に誑かされた『お友達』を助けたくはありませんか?」
「お、お友達だぁ……?」
 丑の口から飛び出したワードに、ごろつき達は露骨に表情を顰める。
「おや、違いましたか? 部外者が見聞きする限り、随分と仲がよろしいように思えたものでねぇ」
「な、仲がよろしいわけあるかよ! あいつ等とは……えー、なんだ。――そうだ! ライバルだ!」
「ライバル。いい響きですねぇ。切磋琢磨できる相手というのは、実に得難いものですよ」
「そ、そうなのか?」
 うんうんと頷く丑に、ごろつき達は互いに顔を見合わせた。
「そんな大切な相手がどこぞの馬の骨ともわからない男の誑かされている現状を憂いはしませんか?」
「うっ……それは」
 丑の言葉に返す文句を思いつかず、皆、視線を下げる。
「あぁら、なんだか楽しそうなお話ね、あたしも混ぜてくれないかしらん?」
「だ、誰だ!?」
 突然路地からかけられた声に、ごろつき達は一斉に腰を浮かせた。
「ああ、俺の知り合いです。追加の酒を頼んでましてね」
 と、殺気立つごろつき達を宥めながら、丑はあらわれたルキハに片目を閉じて合図を送る。
「あぁん、美男のウィンクは最高の肴ねェ」
 合図に頬を染めながらルキハは、丑の傍に腰を下ろすと木箱の上に追加の酒瓶を並べていく。
「さぁ召し上げれ。丑ちゃんのモノほどじゃないけど、あたしのも一級品よ?」
 そう言ってつつーっと視線を下げていくルキハから素早く視線を外した丑は、ごろつき達に酒を勧めた。

 路地裏からはごろつき達の陽気な笑い声が響く。
「ふーん、貴方達はこのダウンタウンに詳しいのねェ」
「当たり前だ! 俺達は生まれも育ちもダウンタウンだからな!」
 ささ、もう一杯と酒を注ぐルキハに、男は上機嫌に仲間の肩を抱いた。
「あらぁ、自信満々ねェ。ならちょっと教えてもらいたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「うん? なんだ?」
「俺達はこの街の『下』に用がありましてね。詳しい人達を探していたんですよ」
「下? 上水道の事か?」
「ええ、協力してくれるのなら、あたし達が全力で『お友達』を取り返してあげるわ」
 どうかしら? と互いの顔を見合わせる男達の答えを、二人はゆっくりと待った。

●カフェテラス
 朝にはここの一杯だ、とイルム=ローレ・エーレ(ka5113)に連れられ一軒のカフェテラスに着いた3人。
「さて、リット君。少し突っ込んだところを聞かせてもらえるかな? ボク達はエミル君が失踪したのではなく、何者かに拉致又は誘拐されたとみている。しかしだ、ボク達にはその理由となるところが全く見えないんだよ。彼女はいったいなぜ姿を消さなければならなかったのか。いや、攫われたのか。ボクも彼女とは短くない付き合いのつもりだったけど、実のところエミル君についてはほとんど知らない。だから、リット君、君の知っている事を教えてはもらえないだろうか」
 珈琲のカップをテーブルに置いたイルムが、対面居座るリットに問いかけた。
「イルムさん、焦らないで。リットも混乱しているんだ、ゆっくり一つずつ聞いていこう」
 と、そんなイルムに金目(ka6190)が釘を刺した。
「アッハソー! これはボクとした事が失礼した。それじゃ、最初にボク達の推測を話そう」
 そう言って一息入れたイルムが語りだす。
「まず、行方不明になってから5日。リット君に何の連絡もない所を見ると、身代金目当ての誘拐ではないと考えられる。ならば、他の理由は? 一番に思いつくのは、最近羽振りのいいエミル君に向けられた同業者の嫉妬だ。しかし、これもまだ駆け出しといってもいいエミル君に向けられる感情としては、些か度が過ぎている。ライバルでもいれば別だが、そういう人物に思い当たる節もないしね」
 ここまで言ってようやくイルムはカップに口を付け一呼吸し、そして。
「彼女が辺境の出でないことは以前聞いた。リット君、彼女はいったい何者なんだい?」
「女性の素性を根掘り葉掘りと聞くことは失礼に値すると重々承知の上で質問させてもらう。リット、僕達はエミルを助けるに彼女の『過去』が知りたいんだ。君の話せる範囲でいい。教えてはもらえないか?」
 二人の真剣な眼差しに射抜かれ、リットは何か決意したのか、ずっと真一文字に結んでいた口をゆっくりと開いた。
「エミルさんは……いえ、エミルさんの家系は元は帝国にありました――」

 ゆっくりとリットが語るエミルの過去。
 エミルの家系のルーツが帝国にあり、低いながらも爵位を得ていた事。
 祖父は技術士官として帝国に仕えていた事。
 何かの事件をきっかけに、エミルの祖父は辺境に逃れ、家名を捨て行商の道を選んだ事。
 この事件については、リット本人も聞かされていない事。
 そして、エミルの本当の名は、『エミルタニア=グロースハイデン』というのだと。

「……僕の知っていることは以上です」
「……ありがとう、リット君。きっとエミル君には口外を禁止されていただろうに、よく話してくれたね」
 エミルとの約束を違えた事に、ぐっと唇を噛むリットの頭をイルムが優しく撫でる。
「この事は、誰にも話さないと約束しよう。いずれ本人から聞くまでは」
 項垂れるリットの肩に金目が手を置いた。
「安心して待っていておくれ。エミル君は必ずボク達が連れて戻る」
 空になったカップを音もなくソーサーへと戻したイルムは、すっと立ち上がる。
「ひょっこりエミルが帰ってきても困る。リットは家で待っていてくれ。そうだな、飛び切りの一本でも用意してな」
 追うように金目も立ち上がった。
「よろしく……お願いします!」
 街の雑踏へ向け歩み始める二人の後ろ姿へ、リットは深く頭を下げた。

●路地裏
 一度迷い込めば一生出られないのではないかと思えるほど複雑に入り組んだ迷路のような路地の奥にある一軒の店。
 立ち込める紫煙に視界を曇らされ奥に座る人物の表情が伺えない。
「随分と素敵なお部屋ね」
 何に使うのかまるで見当もつかない植物やら鉱石、そして道具が所狭しと並ぶ店内を見渡し、ジェシーが漏らした。
「……なにか用か?」
 声から老人と推測できるが、それも本当かどうか。
「ダウンタウンの観光案内ならここが一番と聞いたのだけれど?」
「……」
 ジェシーの問いかけに、老人は無言で三枚のカードを机の上に放った。
「『天秤』『死神』『梟』ね。それじゃ、今日はこれで」
 と、ジェシーが手に取ったのは『梟』のカード。
「……陽が落ち四刻。闇夜の知恵は水を求める」
「水……広場ね。わかったわ、ありがと」
 老人の言葉に口元を綻ばせたジェシーは、色良いコインをカードの代わりに机に置いた。

●アジト
(何か、わかっ、たか……?)
 汗と血の滲んだ歩夢(ka5975)の包帯を解き、静玖(ka5980)は湯の染みた布で体を拭く。
 二人は傷を負った者とその介護者という立場で<極北の番人>のアジトへと潜入していた。
(この大部屋をでたとこにずっと奥まで続いとる廊下があるんよ。奥にも部屋があるんとちがうやろうか)
 傷口に怪我によく効くという軟膏を塗ると、歩夢の表情がぐっと歪んだ。
 それもそのはず、歩夢の傷は見せかけではない。
(……奥の、部屋か。怪しいな……潜入できそう、か?)
(今の所はいく理由があらへんよって、行けてへん。夜にでも、こっそり探ってみようとは思てますぇ)
(気を、付けろよ……何かあっても、俺は、助けに入れない……)
 軟膏の上にガーゼを当て、ポンと軽く叩くのを返事とする。
(歩夢はんこそどないなん? ええお話でも聞けたりしはりました?)
(残念ながら、口を開けば、黙って寝ておけ、の一点張り、だよ……)
(まぁ、重病人やから)
 真っ白な包帯で傷を隠すように巻いていく。
(うちは引き続き雑用しながら情報を集めますぇ。歩夢はんはあんまり無理したらあかんよ?)
 包帯の端をきゅっと結び終えた静玖が立ち上がると同時に、メンバーの男が部屋に入ってきた。
「飯だぞ」
「もうそんな時間なんやね、おおきに、お兄はん」
 パタパタと子気味のいい足音を響かせ静玖は男に駆け寄ると、食事を受け取る。
「……連れは本当にいいのか? 横になれといってもずっとああしたままだぞ?」
 部屋の隅に腰を下ろし、剣を抱いた歩夢をちらりと見やり、メンバーの男が静玖に囁きかけた。
「ええんよ、お兄はん、ちょっと訳ありやから……でも、心配せんといて。お兄はんの分もうちが働かせてもらいますぇ!」
「そ、そりゃ助かるが……」
「おおきに。やっぱりうちが思った通りのお人やねぇ」
「うん?」
「お兄はん、いいお人やぇ」
 育ちの良さを感じさせる静玖の笑みの奥に女の艶を見て、男はハッと視線を背けた。
「うちはお掃除の続きがありますよって、お兄はんの面倒、お願いできやしますやろか?」
「あ、ああ。任せておけ」
 やはり視線は合わせずどんと胸と叩いた男に、静玖はくすりと笑い部屋のドアを開ける。

 どんっ。

「わっ、えらいすんません。怪我とかあらへんやろか?」
「……誰だ、お前は」
 ぺこぺこと頭を下げる静玖に、入ってきた男は殺気すら感じる低い声で問いかけた。
「そいつはちょっと訳ありで……えっとその、給仕とか雑用をやらせてるんだ!」
 答えたのはメンバーの男。どこか恐れるように声を張り上げる。
「部外者は入れないようにとお願いしていたはずだが?」
 部屋を出ようとしていた静玖をそのまま元の部屋まで押し戻し、黒服は男に再び問いかけた。
「そ、そうはいっても、大怪我して助けを求めてきたんだ、ほっとけるか!」
「大怪我?」
 そこで黒服が部屋の隅で只ならぬ視線を送る歩夢の存在に気が付く。
「……なるほど、確かにひどい怪我だ」
 つかつかと歩夢の元まで歩み寄った黒服は、真新しい包帯に滲む血を見て頷いた。
「しかし、ここは部外者が入っていい場所ではない。即刻、出て行ってもらおうか」
 そう言って、黒服は歩夢に手を伸ばす。
「お、おい! やめろ! こいつらはあの女を連れ戻しに来た組織にやられたかもしれないんだぞ!?」
「……何?」
 メンバーの言葉に動きを一瞬止めた黒服は、二人をゆっくりと睥睨した。
「それならば事情が変わってくる。わかった、この二人はこちらで『手厚く』保護しよう。知らせてくれてありがとう、同志よ」
「お、おう。――って、待てよ!」
「君達に聖導師はいないだろう?」
「そ、そうだけど……」
「我々が手当てをする。心配するな、決して『組織』の手には渡さんよ」
「そ、それなら……」
 それ以上反論できず、メンバーの男は二人の前から身を引いた。
「さて『組織』の話を詳しく聞かせていただきたい」
「う、うちらは『組織』やなんて知らしませんぇ!」
「や、めろ! そいつに、手を出す、な!」
 黒服に腕を掴まれる静玖。そして、剣を杖にし立ち上がる歩夢。
 そんな二人の声など無視し、黒服は指を鳴らした。
「連れていけ」
 合図にぞろぞろと部屋へと入ってきた別の黒服は全部で5名。
 静玖と歩夢は5人に囲まれるように、大部屋を後にした。

●自警団『ノイツ』詰所
 ハンター達は捜索の拠点として、その一角を借り受けていた。
「貴族か……イルムさん、そちらに詳しいのでは?」
「残念ながら『元』貴族さ。今の宮廷内がどうなっているのかはわからない」
「伝手は?」
「今の所はないかな。その貴族風の男の姓名でもわかれば、動きようもあるんだけれど……」
 金目とイルムはそれぞれ独自の調査を行うと共に、リットから得たエミルの情報を精査していた。
「邪魔するぞ。頼まれていた地図だ。随分前のものだがそんなに変わってないだろう」
 ノックと共に部屋に入ってきた『ノイツ』のリーダー、ビウタが金目に古びた地図を手渡した。
「ついでに審問隊にも許可を取っだぞ。上水道には自由に入ってよしだとさ」
「何から何まですまない」
 いいって事よと笑うビウタに金目が頭を下げる。
「ビウタさん、ボクの渡した資料は見てもらえたかな?」
「うん? ああ、見せてもらったが、あれじゃ俺達は動けねぇぜ?」
「……なるほど、理由を聞かせてもらっても?」
 イルムは詰所に来る前に寄ったゴルドゲイル直営の商店から、販売記録の写しを手に入れていた。
「いくら、あいつらに売ったものだってわかってもなぁ。流石に量が増えたってだけで誰かが捕えられていると決めつけることはできないぞ」
 ビウタはせっかくの努力を無駄にさせたと申し訳なさそうに、紙束を返す。
「そうか、君達を動かすに足りないか――」

 ビービー――。

「おっと、すまない、仲間からの連絡だ」
 と、イルムの会話も最中に、金目の魔導短伝話が着信を知らせる。着信は丑とルキハからだ。
「――そうか、よくやってくれた。これで死角は随分となくなる」
 伝話から聞こえる報告に、金目は小さく頷いた。
「二人はなんと?」
「協力者を得たそうだ。上水道の出口の殆どは見張れる」
「ヤー! それは重畳だね」
「ああ、僕達は地下に集中できる――え? 何だって?」
 伝話からの話はそれで終わりではなかった。
 皆との伝達役を引き受けていた二人から、もう一つの重大な知らせが金目達に知らされる。
「……楽しい話ではなさそうだね」
「ぇー……『下』の二人から連絡が途絶えたそうだ」
 イルムの問いに金目は視線を床に落とす。
「なんてことだ。潜入調査は失敗した、ということか」
「ええ、僕達が動いている事も漏れた可能性がある」
「行こうか金目君。ブレイクタイムは終了だ」
 短く会話を交わした二人は、すぐさま別の仲間へと連絡を入れると共に、部屋の出口へと向かう。
「俺達は動けないぞ! いいんだな!」
 背中越しに聞こえたビウタの問いに、手を上げて答えた金目とイルムは急いで部屋を出た。

●小部屋
「カメラに魔導短伝話。貴様等ハンターか」
「……『組織』なんか知らしませんぇ。せやから帰してくれへんやろか?」
 粉砕された残骸から視線を上げ、静玖は黒服を睨み付けた。
「はいどうぞ、と返してくれるとは思ってないんだろう?」
 と、ほくそ笑む黒服に笑みを返した静玖は素早く懐に手を入れる。
「おっと、覚醒しようなどと思わない事だ」
「ぐあぁっ!!」
 だが、静玖の思惑を読んだ黒服は、歩夢の傷口を容赦なく踏みつけた。
「歩夢はん!」
「懐だ。奪え」
 命令に後ろに控えていた黒服達が一斉に静玖に手を伸ばし、着物を剥ぐように懐の符を奪い取った。
「あの女を取り戻しに来たのか」
「……さぁ、何の事やろか?」
 乱された着物を整えながら、静玖は尚も黒服を睨み続ける。
「白を切るか。まぁ、それもいいだろう……おい、用は済んだ、黙らせておけ」
 興味をなくした黒服の命令に、黒服達が再び動き出した。

「ハンターが嗅ぎ付けたか。もう少し時間を稼げると思ったが」
「このアジトは放棄だな。『坊ちゃん』を回収して出るぞ」
「ちぃ、わざわざ辺境くんだりまで出張ってきて成果なしかよ。こんな事なら同盟で仕事してた方がましだぜ」
 無情の暴力に晒され地を舐める静玖と歩夢は意識が途切れる寸前、確かに黒服達の会話を聞いた――。

●アジト
「お、お前は……どうしてここに?」
「すまないな兄弟、少し急ぎの用があるんだが、通してもらえないか?」
 盃を交わした相手との挨拶もそこそこに、ウルヴァンはアジトの扉に手を掛けた。
「ま、待てよ! いくら兄弟でも、はいそうですかって通すわけにはいかねぇよ!」
「兄弟」
「な、なんだよ……?」
「俺は今、重罪人を追っている」
「な、何の話だ……?」
 引き止める男の手に自分の手を重ねたウルヴァンは、男の眼をじっと見据える。
「俺は辺境に派遣された帝国の諜報員だ」
「なっ!?」
「一人の少女と俺の仲間が二人、死の危機に瀕している。頼む、君の助けが必要だ」
 そう言ってウルヴァンは添えた手に力を込めた。
「お、俺の……じ、事情は聞かせてもらうからな!」
「ああ、後で必ず話そう。……君のおかげで尊い命が救われた、ありがとう」
 囁かれたウルヴァンの言葉に身震いした男は自らアジトの扉を開けた。

「嘘がお上手ね」
「……無駄な争いを避けるに越した事は無い」
 薄暗い廊下を駆けながら、からかうジェシーにウルヴァンは視線を逸らす。
「この先もそうであればいいんですけどねぇ。さぁ、あの部屋のようです。一気に行きますよ」
 腰に下げてあった鬼の面を装着し、丑が右の扉を指さした。
「あたしにおまかせっ! いくわよぉ! 起ぁち上がりなさぁい!」
 ドスの利いた声にびくりと肩を竦ませる丑に熱い視線を投げかけつつ、ルキハはワンドを振るう。
 地面からせり上がった土壁に突き上げられ、部屋の鉄扉はあっさりとへしゃげた。
「歩夢さん! 静玖さん!」
 土壁の隙間を縫って部屋に踏み入った丑は、隅で床に倒れる二人を発見する。
「す、まん……しくじった……」
 傷をおして静玖を庇い更なる重傷を負った歩夢に、ジェシーが駆け寄った。
「喋らないで。すぐに傷の手当てをするわ」
 ジェシーは治療具を取り出すと、手際よく二人の治療にかかる。
「うちらは、大丈夫やぇ……おくの、部屋に、えみるはんが、おる……」
「……わかったわ。ありがと。皆、奥の部屋よ。あたしもすぐに行くわ」
 治療を見守っていた三人は、互いに頷きあうとすぐさま部屋を出た。

 アジトでも最も奥にある部屋の鉄扉を蹴り破り、丑が部屋へと侵入する。
「こ、これは……エミルさん!」
 薄暗い部屋に一人、エミルは椅子に括り付けられたまま気を失っていた。
「拷問……なんてことを……」
 ふつふつと沸き起こる怒りを面の内に隠し、丑は静かにエミルに近寄る。
 暴行によりできたのだろうエミルの顔は至る所に青痣が浮かび、口や瞼は腫れ、髪は乱れる。
 何よりも、着ている服が無残に切り裂かれていた。
「丑ちゃぁん、それ以上はストップよ」
「何を言っているんですか。早く治療しないと」
「乙女の柔肌を本人の了承もなしに見るのはマナー違反よ? あたしに任せて。さぁ、男共はさっさと部屋を出る出る」
 椅子に近づく丑を呼び止め、エミルを隠すように立ち塞がったルキハが後ろの三人に睨みを利かせる。
「いや、ルキハさんも男なんじゃ……」
 との丑のツッコミももっとも。そもそも、この場には男しかいない。
「何言ってるのよ。あたしは乙女だから、問題ないのよ」
 何なら試してみる?との追加要求にぶんぶんと首を振った丑は、すぐに回れ右。
「仕方ないわね。ウルヴァン、あたし達も出ましょ」
「あ、ああ……」
 二人の応急手当てを終え駆け付けたジェシーがウルヴァンに声をかけ、丑と共に部屋を出る。
「あら、ジェシーちゃんは残らないの?」
「生憎、あたしの対象は女の子よ」
「あら、そうだったのね。残念」
 そんなルキハの溜息に、ジェシーはふと歩みを止め振り返った。
「……まさかあんた、両方じゃないわよね?」
「さぁ、どうかしら?」
「……信用してるわよ?」
 満面の笑みで返事をするルキハを残し、三人は首謀者達を求めアジトの捜索を始めた。
 しかし、アジトは極北の番人が所在なくうろつくだけで、首謀者達の姿はない。
 三人は状況を報告する為に魔導短伝話を取り出し、地上で待機する仲間達に連絡を入れた。

●廃屋
 埃を舞い上げ廃屋の床板がずれる。
「こちらです。お早く」
 するりと地上へと上がった黒服が、地下へと続く穴へ手を差し入れた。
「なんでこんなことに! あいつらはいったい何をやっているんだ!」
「お静かに」
 引っ張り上げられた男の喚きを、黒服が一喝する。
 日が落ち、街の明かりからも切り離された、廃屋は深い闇に包まれていた。
「おい! あの女がいないぞ!」
「侵入者はアレが目的のはず。ここは捨てていきましょう」
「なにっ!?」
 場所もわきまえず騒ぎ立てる貴族の男を、黒服は根気強く宥める。
「また捕えればいいだけの話。まずは御身の安全を――」

「動くな」

 突然照射された光に、黒服達が目を顰めた。
「ちっ……よくここがわかりましたね、どなたから聞いたのですか?」
「その質問に答える義理はないよね? と言いたいところだけれど、教えてあげるよ。ボク達の様な正義のハンターには、善良なる支援者がたくさんいるのさ。君達の様な卑劣な連中を懲らしめたいと立ち上がる友がね」
「……なるほど、我々は追い詰められたと。しかし見る所、あなた方二人だけのようですが?」
 人工の光を手で制しながら、黒服は立ち上がる。
「二人だって? 君にはそう見えるのかい?」
「なに……?」
 含みを残すイルムの言葉に、黒服はピクリと眉を動かす。
「少し遅刻してしまったようですね。女性をお待たせして申し訳ない」
 LEDの残光を浴び、おどろおどろしい鬼の面がゆらりと揺れる。
「……なるほど、こういうことですか」
 黒服達が抜けてきた穴からアジトを解放した四人が現れた。
「さぁて、あたしのお仲間ちゃんが随分とお世話になったみたいねェ」
 手のひらの上で胡桃を二つころころと転がしながら、ルキハが挟撃に対する為、円陣を組む黒服達に近づいていく。
「たーっぷりとお礼させてもらうから、すこーしの間だけ我慢してくれるかしらん? ああ、大丈夫よ、片方は残してあげるから♪」
 そう言うと、ルキハは弄んでいた胡桃をめきめきと握りつぶした。
「大人しく武器を捨ててもらおう。それとも一戦交えるか?」
 反対側からは金目がすっと距離を詰めていく。
「……なるほど、これは王手というわけですか」
「王手? チェックメイトの間違いじゃないの?」
 床板にヒールを打ち付けながらジェシーが拳を握った。
「いえ、王手です。では、交渉をしましょうか」
「交渉だと? 一体どちらが優位なのかわかっているんだろうな」
 両出口を塞がれ逃げ道はない。誰が見ても不利なのは貴族側だとわかるのに、黒服の余裕はまるで消えない。
 そのあまりに不遜な態度に、ハンター達が身構えた。
「もちろん、承知していますよ。こちらが優位だと、ね!」

 どんっ。

「……へ?」
「そいつが首謀者だ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
 その場に居た誰もが唖然とする中、黒服は首謀者たる貴族をハンター達に突き出した。
「な、な、な!? 貴様、裏切――」
「黙れ。状況が変わった。貴様には最後の働きをしてもらう」
「な、なに……?!」

 ひゅ――。

「うぐっ!」
 突然、後ろの黒服が放った吹き矢が貴族を捉える。
「黙らせたぞ。さっさと連れていけ」
 黒服は倒れた貴族を睥睨すると、ハンター達に顎をしゃくった。
「まさか、これで逃がすと思っているのですか?」
 鬼面の内に戦気を膨らませ、丑が獲物を抜き放つ。
「逃すしかないさ」
 しかし、対する黒服は、打ち合うための獲物ではなく、小さな瓶を取り出した。
「そんなもので俺に勝てるとでも思っているのですかねぇ?」
「……待って、あれは毒よ」
 小瓶に入った薄青の液体を見た途端、ジェシーが呟く。
「ご明察。どうやらこちらの世界に精通している者がいるようだ」
 話す手間が省けたとでも思っているのか、黒服はニヤリと口元を釣り上げた。
(何の毒だ?)
(わからないわ、舐めてみないとね)
 ウルヴァンの問いに、ジェシーは小瓶を見つめたまま答える。
「下で寝ている女と、そこの坊ちゃんにご馳走してやったものだ。わりと強力な奴でな。覚醒者には残念ながら効かないが、一般人なら3日ほどで死ぬ」
「なっ!?」
 ハンター達の動揺に黒服は一層笑みを濃くした。
「さて、殺すのは簡単だが、それだけでは芸がない」
 と、黒服は更に別の小瓶を取り出した。
「しかし、残念ながら解毒剤は品薄でな。用意できるのは一人分だ」
 黒服の言葉に、ハンター達が再び絶句する。
 毒を盛られた人間が二人、それに対し、解毒剤が一人分。それは暗に、どちらかを見殺しにしろということだ。
「お仲間を助けるか。首謀者から事件の全容を知るか。どちらでも好きな方を選ぶといい」
 無言で睨み付けるハンター達に黒い笑みを浮かべながら、黒服はゆっくりと出口へと歩み始める。
「おっと手を出すなよ? うっかり瓶を落として割ってしまうかもしれない」
 睨み付けるハンター達をあざ笑うかのように、黒服達は小瓶をお手玉のように手で遊ばせた。
「そう悲観することもないだろう? 対象は無事救出。首謀者は捕縛。上々の出来じゃないか」
 残りの黒服達も勝利にほくそ笑みながら、悠々と出口へと歩き出す。
「待て! 見逃してやる! だが、その瓶は置いていけ!」
「焦るなよ、ハンター諸君。心配しなくても、明日にでもオフィスに送ってやるさ」
 すれ違いざまに交わした金目の要求にも余裕を滲ませる黒服達は、悠々と夜の街へと消えていった。

 翌日、差出人不明の小包がハンターオフィスへ届く。
 その中身は黒服達が約束を違える事無く届けてきた解毒剤であった――。

依頼結果

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MVP一覧

  • 真実を包み護る腕
    ルキハ・ラスティネイルka2633
  • 真実を斬り拓く牙
    ka4498
  • 細工師
    金目ka6190

重体一覧

  • 真実を照らし出す光
    歩夢ka5975

参加者一覧

  • 戦場の美学
    ウルヴァン・ダイーヴァ(ka0992
    人間(蒼)|28才|男性|機導師
  • 真実を包み護る腕
    ルキハ・ラスティネイル(ka2633
    人間(紅)|25才|男性|魔術師
  • 真実を斬り拓く牙
    丑(ka4498
    人間(紅)|30才|男性|闘狩人
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • 救済の宝飾職人
    ジェシー=アルカナ(ka5880
    ドワーフ|28才|男性|格闘士
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 機知の藍花
    静玖(ka5980
    鬼|11才|女性|符術師
  • 細工師
    金目(ka6190
    人間(紅)|26才|男性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
金目(ka6190
人間(クリムゾンウェスト)|26才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/11/05 16:50:26
アイコン エミル捜索相談
金目(ka6190
人間(クリムゾンウェスト)|26才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/11/06 11:05:08
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/02 11:21:40
アイコン 宴会卓 ※RP推奨
エミルタニア=ケラー(kz0201
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/09 00:02:19