ゲスト
(ka0000)
【詩天】真実を求める手
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/11/11 22:00
- 完成日
- 2016/11/26 14:23
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●異邦の神
「こいつは……一体何だ?」
「この世界の外側にあるもの。異邦の神ですよ」
憤怒本陣、獄炎が座していた溶岩城で微笑む蓬生に青木 燕太郎(kz0166)は問う。
「俺達に時間稼ぎをさせた理由がこれか。だが、これは死転の儀とも違う。蓬生、お前は何を考えている?」
鋭く蓬生を見つめる青木。そこへ窓から死転鳥に乗った三条秋寿が飛び込んでくる。
「おい、蓬生! ありゃどういうことだ!? お前がやったのか!?」
「おや、いいところに。秋寿さん青木さんを連れてこの本陣から離脱してください」
「はあ? お前を置いてか?」
「私の心配をしてくれるとは、秋寿さんはお優しい」
「ばっ、お前の心配なんかしてねーよ! だが本陣が落ちて憤怒の協力が受けられないと俺が困るってだけだ!」
口元に手をやり、蓬生は微笑む。青木はそこにすっと槍を突き付けた。
「ここで死ぬつもりか? ならば報酬は今すぐ貰っていく」
「残念ながらまだ死ぬつもりはありませんよ。報酬のお支払いが遅れるのは申し訳ないと思っています。埋め合わせとして、再びお会いした時にはより素晴らしい力を与えましょう」
「そんな口約束を俺が信じると思うか?」
「思っていますよ」
穏やかな笑顔の裏、瞳の奥から鋭い殺意を感じ取り、青木はゆっくりと矛を収めた。
蓬生は正真正銘のバケモノだ。力を増した今の青木であっても、無傷の蓬生を正面から屠る事は困難である。
「二人とも、これまで私の我儘に付き合ってくれてありがとうございました。きっとまたお会いしましょう」
「ふん……約束は必ず守ってもらう。行くぞ秋寿」
「はあ~? なんでお前を死転鳥に乗せてやんなきゃならねーんだ? ……おい、人の話聞け! 勝手に乗るんじゃねぇ! くそ、蓬生! あとでちゃんと説明しろよ!」
去っていく二人を小さく手を振って見送り、蓬生は空を見上げる。
砕けた空を突き破り姿を現した邪神。それは呪詛と憎悪を代弁してくれているかのようだ。
「邪神……素晴らしい力です。ふふふ……あははははははっ!」
●2人のその後
秋寿と青木を乗せた死転鳥は、憤怒本陣を出て東へと向かっていた。
「ったく、蓬生の奴、いきなり無茶苦茶言いやがって……」
「おい、秋寿。貴様どこに向かうつもりだ。……この方角は詩天か?」
「勝手に人の死転鳥に乗っておいて何だその言い草は! ……そうだ。詩天にある俺の隠し玉回収するついでに真美を連れて行く。お前も付き合え」
「断る。貴様とは契約をしていないからな」
「契約契約ってうるせえ奴だなあ。死転鳥に乗っけてやってんだろ!? それくらい協力しろよ」
「……貴様、怪我も治ってないだろう。勝ち目があるとは思えん。俺は降りる」
「わっ。馬鹿か! 飛び降りようとしてんじゃねーよお前! だから隠し玉があるっつってんだろ! ……蓬生が何企んでんだか分からねえが、異邦の神とやらのお陰で各地は混乱してる。この機に乗じない手はねえ。俺達が詩天で騒ぎを起こせば、憤怒本陣に向かう兵にも多少影響は出るはずだ。お前だって蓬生に死なれたら困るだろ?」
ぶつかり合う秋寿と青木の鋭い目線。青木は小さくため息をついて口を開く。
「……報酬は何だ」
「は?」
「俺を動かしたいなら見合ったものを寄越せと言っている。……言っておくが俺は安くはないぞ」
「わーったよ。真美が連れ出せたら、もう1回『死転の儀』をやる。そしたらその時に出た負のマテリアルをお前に分けてやるよ。それでどうよ」
「……ふむ。いいだろう」
「あー。やだやだ。お前歪虚ってよかあこぎな商人みたいだよな……」
ぶつぶつと呟く秋寿。そうしている間も、死転鳥はまっすぐに詩天を目指す。
●真実を求める手
「恐れながら申し上げます! 鮎原の地に巨大な赤い鳥が出現! 歪虚も多数! 金髪と黒い歪虚も目撃されており、先日現れた高位歪虚と思われます!」
詩天は若峰の黒狗城。ドタバタと走り込んできた兵の声に、城内が一気に緊張が走る。
三条家軍師、水野 武徳(kz0196)はふむ……と呟いて顎に手をやると、三条 真美(kz0198)に向き直る。
「早々に舞い戻って参りましたな……。恐らく、邪神とやらが現れて混乱の最中、拙者達が体勢を立て直す前に……と考えたのでございましょう。さて真美様。いかが致しましょう。相手が空を飛んで来る以上、ここでの防衛は危険かと思われまするが……」
「私が鮎原まで参ります。秋寿兄様……いえ。三条 仙秋の狙いは私です。私がここにいては若峰が狙われます。それだけは避けねばなりません」
「その心意気や天晴にございますが、真美様をお守りする者が必要でございます。なれど詩天の防衛のことも考えますと兵を分けるのは得策ではございません。ここはハンターの力を借りるのが最善かと……」
「私もそう考えていました。鮎原には彼らに同行して貰います。武徳は兵達とここに残り万が一に備え、若峰を防衛してください」
「……御意。それでは急ぎ伝令を」
一礼して歩き出した武徳。その背に、真美は声をかける。
「……武徳」
「はい。何でございましょう」
「……今回撃退したところで、私がこの地にいる限り、仙秋は何度でもやって来るでしょう。何とかならないでしょうか」
「……左様でございますな。このままではいたちごっこが続くばかり。根本的な対策を取らねばなりますまいな。それはこの危機を乗り越えてから、また考えることに致しましょう」
「頼りにしていますよ」
「有り難き幸せ」
膝をつき、頭を下げて席を辞する武徳。
その背を見送り……真美は小さくため息をつく。
――この身に流れるおぞましい血。そのせいで、幾度も民や、臣下、大切なお友達を危機に晒している。
もっと私に力があれば……いや、それすらも仙秋を喜ばせる結果になるのかもしれない。
いっそ私がいなくなれば……。
首を振る真美。
答えが出ぬ問いを抱えて、幼き王は戦地へと向かう。
「こいつは……一体何だ?」
「この世界の外側にあるもの。異邦の神ですよ」
憤怒本陣、獄炎が座していた溶岩城で微笑む蓬生に青木 燕太郎(kz0166)は問う。
「俺達に時間稼ぎをさせた理由がこれか。だが、これは死転の儀とも違う。蓬生、お前は何を考えている?」
鋭く蓬生を見つめる青木。そこへ窓から死転鳥に乗った三条秋寿が飛び込んでくる。
「おい、蓬生! ありゃどういうことだ!? お前がやったのか!?」
「おや、いいところに。秋寿さん青木さんを連れてこの本陣から離脱してください」
「はあ? お前を置いてか?」
「私の心配をしてくれるとは、秋寿さんはお優しい」
「ばっ、お前の心配なんかしてねーよ! だが本陣が落ちて憤怒の協力が受けられないと俺が困るってだけだ!」
口元に手をやり、蓬生は微笑む。青木はそこにすっと槍を突き付けた。
「ここで死ぬつもりか? ならば報酬は今すぐ貰っていく」
「残念ながらまだ死ぬつもりはありませんよ。報酬のお支払いが遅れるのは申し訳ないと思っています。埋め合わせとして、再びお会いした時にはより素晴らしい力を与えましょう」
「そんな口約束を俺が信じると思うか?」
「思っていますよ」
穏やかな笑顔の裏、瞳の奥から鋭い殺意を感じ取り、青木はゆっくりと矛を収めた。
蓬生は正真正銘のバケモノだ。力を増した今の青木であっても、無傷の蓬生を正面から屠る事は困難である。
「二人とも、これまで私の我儘に付き合ってくれてありがとうございました。きっとまたお会いしましょう」
「ふん……約束は必ず守ってもらう。行くぞ秋寿」
「はあ~? なんでお前を死転鳥に乗せてやんなきゃならねーんだ? ……おい、人の話聞け! 勝手に乗るんじゃねぇ! くそ、蓬生! あとでちゃんと説明しろよ!」
去っていく二人を小さく手を振って見送り、蓬生は空を見上げる。
砕けた空を突き破り姿を現した邪神。それは呪詛と憎悪を代弁してくれているかのようだ。
「邪神……素晴らしい力です。ふふふ……あははははははっ!」
●2人のその後
秋寿と青木を乗せた死転鳥は、憤怒本陣を出て東へと向かっていた。
「ったく、蓬生の奴、いきなり無茶苦茶言いやがって……」
「おい、秋寿。貴様どこに向かうつもりだ。……この方角は詩天か?」
「勝手に人の死転鳥に乗っておいて何だその言い草は! ……そうだ。詩天にある俺の隠し玉回収するついでに真美を連れて行く。お前も付き合え」
「断る。貴様とは契約をしていないからな」
「契約契約ってうるせえ奴だなあ。死転鳥に乗っけてやってんだろ!? それくらい協力しろよ」
「……貴様、怪我も治ってないだろう。勝ち目があるとは思えん。俺は降りる」
「わっ。馬鹿か! 飛び降りようとしてんじゃねーよお前! だから隠し玉があるっつってんだろ! ……蓬生が何企んでんだか分からねえが、異邦の神とやらのお陰で各地は混乱してる。この機に乗じない手はねえ。俺達が詩天で騒ぎを起こせば、憤怒本陣に向かう兵にも多少影響は出るはずだ。お前だって蓬生に死なれたら困るだろ?」
ぶつかり合う秋寿と青木の鋭い目線。青木は小さくため息をついて口を開く。
「……報酬は何だ」
「は?」
「俺を動かしたいなら見合ったものを寄越せと言っている。……言っておくが俺は安くはないぞ」
「わーったよ。真美が連れ出せたら、もう1回『死転の儀』をやる。そしたらその時に出た負のマテリアルをお前に分けてやるよ。それでどうよ」
「……ふむ。いいだろう」
「あー。やだやだ。お前歪虚ってよかあこぎな商人みたいだよな……」
ぶつぶつと呟く秋寿。そうしている間も、死転鳥はまっすぐに詩天を目指す。
●真実を求める手
「恐れながら申し上げます! 鮎原の地に巨大な赤い鳥が出現! 歪虚も多数! 金髪と黒い歪虚も目撃されており、先日現れた高位歪虚と思われます!」
詩天は若峰の黒狗城。ドタバタと走り込んできた兵の声に、城内が一気に緊張が走る。
三条家軍師、水野 武徳(kz0196)はふむ……と呟いて顎に手をやると、三条 真美(kz0198)に向き直る。
「早々に舞い戻って参りましたな……。恐らく、邪神とやらが現れて混乱の最中、拙者達が体勢を立て直す前に……と考えたのでございましょう。さて真美様。いかが致しましょう。相手が空を飛んで来る以上、ここでの防衛は危険かと思われまするが……」
「私が鮎原まで参ります。秋寿兄様……いえ。三条 仙秋の狙いは私です。私がここにいては若峰が狙われます。それだけは避けねばなりません」
「その心意気や天晴にございますが、真美様をお守りする者が必要でございます。なれど詩天の防衛のことも考えますと兵を分けるのは得策ではございません。ここはハンターの力を借りるのが最善かと……」
「私もそう考えていました。鮎原には彼らに同行して貰います。武徳は兵達とここに残り万が一に備え、若峰を防衛してください」
「……御意。それでは急ぎ伝令を」
一礼して歩き出した武徳。その背に、真美は声をかける。
「……武徳」
「はい。何でございましょう」
「……今回撃退したところで、私がこの地にいる限り、仙秋は何度でもやって来るでしょう。何とかならないでしょうか」
「……左様でございますな。このままではいたちごっこが続くばかり。根本的な対策を取らねばなりますまいな。それはこの危機を乗り越えてから、また考えることに致しましょう」
「頼りにしていますよ」
「有り難き幸せ」
膝をつき、頭を下げて席を辞する武徳。
その背を見送り……真美は小さくため息をつく。
――この身に流れるおぞましい血。そのせいで、幾度も民や、臣下、大切なお友達を危機に晒している。
もっと私に力があれば……いや、それすらも仙秋を喜ばせる結果になるのかもしれない。
いっそ私がいなくなれば……。
首を振る真美。
答えが出ぬ問いを抱えて、幼き王は戦地へと向かう。
リプレイ本文
詩天は鮎原の地。
大規模作戦での戦場となった山に囲まれた平地は、ついこの間初代詩天、三条 仙秋と戦闘になったばかりで……。
「皆さん、行きましょう」
「ちょっと待ってくださいです。その前にお話しがあるです」
その地を静かに見つめていた三条 真美(kz0198)は、エステル・ソル(ka3983)に呼び止められて首を傾げる。
「エステルさん、どうされました?」
「シンさん、自分が消えたら仙秋さんが詩天を襲うこともなくなるって思ってませんか?」
エステルの指摘に目が泳ぐ真美。嘘がつけない友人を、彼女は眉根を寄せて見つめる。
「私の先祖が引き起こしたことです。いっそ三条が絶えれば、とは少し考えましたが……」
「……それはちがいます。シンさんがいなくなったって、この戦いは終わりません」
「シン君は真面目だからね……。そう思ってしまう気持ちも分かるけど……」
小さくため息をつくバジル・フィルビー(ka4977)に目を伏せた真美。
その苦悩は真剣だけれど、先を見ていないような気がして……金鹿(ka5959)はそっと小さな友人の手を取る。
「未来を見据え、希望を示す。それが上に立つ者の責務。貴方という道標を失ってしまったら、この大戦に、国に……影が落ちてしまいますわ」
「そうです。自分の命を軽く見てはいけません! 先祖がしたことを償うにしても手段が間違ってます! 仙秋に詩天をあげるって言っているようなものです!」
「エステルの言う通りだぞ。仙秋は『秋寿の身体』を使ってる。……言い方は悪いが、死んでも使い道はあるということだ。何の解決にもならん」
「ああ。仙秋の野郎、他にも何か依代を用意する手段を持っているかもしれないしな。……あまり気負い過ぎるな」
ぷりぷりと怒るエステル。言い聞かせるような三條 時澄(ka4759)とラジェンドラ(ka6353)の声に目を丸くした真美は申し訳なさそうに俯く。
「ごめんなさい。私の考えが足りませんでした……」
「一人の考えが足りなかったら、皆で考えればいいんですの。それに私、頼って頂けるのとっても嬉しいんですのよ。きっと他の方々もそう仰るのではなくて?」
「勿論です。貴方の剣たる気持ちは変わりません」
「……己が血へ呪詛を紡ぐこと……覚え無しとは、言の葉とせず……。……血は、清められずとも……。救いはあるもの……ですよ……」
「そうでしょうか……」
微笑む金鹿に頷き、きっぱりと断じる七葵(ka4740)。
呟く外待雨 時雨(ka0227)に真美が小首を傾げると、彼女は独り言ですよ……と囁いて――。
七葵は姿勢を正すと、自然な動きで真美の前に膝をつく。
「真美様。突然ですが、少々不躾なことをお伺いしても宜しいでしょうか」
「ええ。私に分かることなら」
「ありがとうございます。……三条家に伝わる特別な呪具や符といったものはございませんか?」
「特別な法具……? それでしたら……」
言いかけた真美。そこにぱたぱたとディーナ・フェルミ(ka5843)が駆け込んで来た。
「お話中ごめんね! 敵が来たみたい!」
彼女の声と同時に聞こえた嘶き。うす曇りの空に赤い巨鳥が飛来する。
そしてその下には、沢山の橋姫や泥田坊達が蠢いていた。
「雑種が集まって何かやってるなぁ。お前下降りてあいつらの相手して来いよ。俺はその隙に真美を連れ出す」
「…………」
「そんなに睨むなよ。ちゃんと援護はしてやるっつーの」
「……報酬の件、忘れるなよ」
巨鳥の上で悪びれもせず言う仙秋に短くため息をつく青木。
迷わずそこから飛び降りた黒い影に、チョココ(ka2449)が目を丸くする。
「青木様が降って来ましたの!」
「あの高さから飛び降りるとは驚きですね。さすが歪虚と言ったところですか」
探求心を擽られたのか、眼鏡を上げてまじまじと見入る天央 観智(ka0896)。
リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が黒い歪虚の着地地点を目指して走り出す。
「アルトちゃん! 燕太郎さんだ! 行こう!」
「ああ」
「……あやつは我らが引き受ける! 死転鳥と仙秋を頼んだぞ!」
その後を追うフラメディア・イリジア(ka2604)に、へいよー、と軽く返事をしたアルト・ハーニー(ka0113)。
キャリコ・ビューイ(ka5044)は巨鳥を見上げて、小さくため息をつく。
「……暗黒海域で大規模戦闘をしたと思ったら、今度は東方で防衛戦闘か」
「本当忙しいったらないな。青木も気になるが、あの鳥を落とさないと因縁もクソもあったもんじゃないやね。ま、飛んでいられたら俺は何も出来んのだが」
「まずはこっちの土俵に引きずり落としてやらねぇとな。お前ら! 連携してくぞ!」
「おう。いっちょ気合入れますかね」
「了解。戦場は何処でも同じだ。問題ない」
「畏まりました」
「任せておきなさい!」
いつもの剣ではなく大弓を構えるエヴァンス・カルヴィ(ka0639)に頷く茶髪のアルトとキャリコ。
金鹿が呪符を、マリィア・バルデス(ka5848)が銃を構えて――。
そこに迫る泥田坊と橋姫の軍勢。死転鳥を守れ、とでも命令されているのだろうか。
湿っぽい音を立てて、ハンター達を取り囲むように近づいて来る泥田坊の前を過る一陣の風。
霧雨 悠月(ka4130)が狼の遠吠えのような刃音を響かせて歪虚を両断する。
「お前達の相手はこっちだよ!」
「この先には行かせん! 全てここで食い止める!」
「今まで何度も戦ってきた相手だ。恐れるに足りん」
吼える七葵。時澄も刀を手に走り出す。
「それにしても多いな……。囲まれたら厄介だ」
歪虚の大群に唇を噛むルシオ・セレステ(ka0673)
押し切られて、若峰の方に向かうようなことがあっては困る……と続けた彼女に、時雨がこくりと頷く。
「……支援、致しましょう」
――巡れ、雲よ。来たれ、空からの滴。優しき雨に包まれて。悲しき魂に安息を……。
戦場に響く、時雨の優しい、静かな歌声。
その声に縛られるように、泥田坊達の動きが鈍くなる。
「さすが時雨さん! 戦いやすくなった!」
「よし! 一気に畳みかける!」
「皆、孤立するなよ!」
時雨の支援に応えるように、次々と泥田坊を切り伏せる悠月と七葵、時澄。
好転した戦況。油断は出来ぬとルシオは光の波動を呼び起こそうとして……ふと、チョココが巨鳥を見てむむむと唸っていることに気づく。
「チョココ、どうしたんだい?」
「あのおっきな鳥さんを狙おうと思ったのですけれど、ちょっと射程が届かないですの」
「そうか。だったら泥田坊の相手をお願いできないかな。……少しでも数を減らしておきたい」
「わかったですの!」
元気に頷くチョココ。スタッフを握りしめて迫る歪虚を見据える。
「……闇を祓いし光。全てを照らすものよ。聖なる輝きで闇を打ち破れ」
「巻き込み注意ですのよー! そーれ! どーん!!」
続いたルシオとチョココの詠唱。広がる光の波動と放たれた火球が歪虚を薙ぎ払い――。
塵に戻る仲間を乗り越えてやってくる泥田坊。閃く大太刀。ピンヒールが泥を跳ね上げて……尾形 剛道(ka4612)が敵を横に打ち払う。
「チッ。……うるせェ、寝てろ」
吐き捨てるように言う剛道。仲間達が討ち漏らした歪虚を優先的に叩き潰していた彼は、横目で戦況を確認する。
――視界はぼやけているが、近くに青木の気配は感じず。死転鳥を狙うハンター達が必死に応戦しているのが分かる。
「ちっきしょう! 鳥の癖に硬い奴だな!」
「あー。ちょっと痺れたわ……」
放った矢は確かに当たっているはずなのに、動じる様子のない死転鳥に歯ぎしりするエヴァンス。
茶髪のアルトは降りて来た巨鳥に一撃入れた代償に雷撃を食らったらしい。
その横で、キャリコが連続して銃弾を叩きこむ。
「アルト! 来ている! 構えろ!」
「うわ! ちょっと待てって!」
「……瑞鳥招来! 急々如律令!」
キャリコの声に盾を構えたアルト。短い金鹿の詠唱。次の瞬間、彼の前に光り輝く鳥が現れる。
嘴の攻撃を防いだ符は消え去り……死転鳥に追撃をしたマリィアは、マシンガンを肩に置いて跨っているバイクの後ろを指差す。
「金鹿。ここ乗って」
「……マリィア様? どうなさいましたの?」
「……さっき悠月と話してたのよ。仙秋の方は傷も癒えてない。あの戦力で真美を攫えると思ってるんだから、何か勝算があるはずだってね」
「そういやあそうだな。で、その勝算に何か心当たりはあるのか?」
「真美を脅す手段なら思いつくわ。死転鳥を若峰に向かわせればあっという間に大量の人質の出来上がり。空を移動できるんだから容易だわ」
矢を番えながら問うエヴァンスにさらりと答えたマリィア。キャリコはふむ……と考え込む。
「……成程。考えられるな。了解した。即移動出来るようにしておこう。アルトは俺のバイクに乗れ」
「バイクの後ろは攻撃しにくいんだがなぁ……」
「じゃあ俺のゴースロンの後ろにすっか?」
「攻撃しにくいのは同じだって」
軽口を叩き合うエヴァンスとアルト。
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が死転鳥を見上げてにこにこと笑っている。
「わぁ、大きな鳥さんですねぇ……。そんな所にいないで、降りてきてくださいですよー」
空を舞う巨鳥を捕捉した彼。杖を掲げたその時――。
「アルマさん! 投擲槍来てる!」
「……!」
リューリの叫び。自分目掛けて飛んでくる黒い槍が見えて、アルマは飛びずさる。
槍が着地した瞬間、湧き上がる衝撃波。
それを盾で受け流すと、こちらに向かってくる黒い影が見えた。
「もー。燕太郎さんったら邪魔です」
「邪魔をしているんだから当然だな。貴様にあれを狙われると厄介だ。大人しくしていて貰おうか」
「嫌です。燕太郎さん可愛くないです」
「俺に可愛さを求めるな」
珍しく表情のない顔で言うアルマ。悪びれる様子もなく槍を呼び戻した青木の前に、花厳 刹那(ka3984)が立ち塞がる。
「さて、お相手願えますでしょうか」
「嫌だと言ったところで聞き入れる気はないのだろう?」
「あら。良くお分かりですね」
涼やかな笑みを浮かべる刹那。その体格も相俟って、文字通り壁のような米本 剛(ka0320)が鋭い目を青木に向ける。
「それにしても怠惰眷属って、こんなにお仕事好きでしたっけ……? 正直『三面六臂』の動きっぷりですよね。……青木さん」
「楽をしたいからこそ、厄介な芽は潰すし、先手を打つ。それだけの話だ」
「お前のことじゃ、どうせまた何か企んでおるのじゃろ? 我らがいる限り好きにはさせんぞ!」
「……フラメディアか。お前もいい加減しつこい女だな。何度も叩き伏せているのにまだ敵わないと理解できんか」
「生憎強敵と見ると燃える性質でのう。しつこいと言われようと何度でも立ちはだかってみせようぞ!」
フラメディアの叫びに心底面倒臭そうに舌打ちする青木。
再び距離を取ろうとする黒い歪虚に、ハンター達が追い縋る。
無数の歪虚で乱戦となっている状況。
真美の周辺には、橋姫が多く集まっていた。
「何故こんなに橋姫ばかりが集まっているんでしょうか……」
「橋姫は泥田坊より賢いからね。人の見分けもつく。多分、シン君を狙うように命じられたんじゃないのかな……」
バジルの呟きになるほど、と頷いた観智。その横で、星野 ハナ(ka5852)が考え込んでいた。
「……上空に居る人がどうやって真美さんを浚うと思いますぅ? 撃ち落とされたふりして一気に浚うとか、他の手駒に浚わせるとかだと思うんですよねぇ。メインは本人でも伏兵が居そうな気がするんですぅ」
「伏兵はあの燕の人じゃないんです?」
「うーん。その割にこっちを狙って来ないというか……それともこれもこちらの目を欺く作戦なんですかねぇ……」
小首を傾げるルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)に、更に考え込むハナ。
そうしている間に、巨鳥が急降下して……金髪の男が軽い身のこなしで降りて来るのが見えた。
「えっ。早速メインの登場ですかぁ!? 思ったより早かったですぅ……!」
「でも降りてきてくれたなら狙えますね!」
「それもそうですぅ」
にこにこ笑顔のルンルンに、頷き返すハナ。
こうして降りてきて一人で対峙するということは、何か勝算があるに違いない。
伏兵の存在もあるかもしれない。
ハナは真美の近くで、注意深く仙秋を見つめる――。
「……行け」
仙秋の命令に嘶きで応え、離れていく死転鳥。
自然と泥田坊達が集まり、仙秋の周囲を固める。
金髪の歪虚……秋寿の姿をした初代詩天は守りを固めるハンターを気にすることなく薄い笑いを浮かべて真美に手を伸ばした。
「真美。迎えに来た。いい加減諦めて一緒に来い」
「お断りします。『詩天』を再び『死天』にする訳にはいきません」
「本当に強情なガキだな。勘違いすんじゃねぇぞ。これは命令だ。……俺がいつまでも下手に出ると思うなよ」
「……命令には従えませんし、何を言われようと変わりません」
「そうか。このまま死転鳥を若峰に向かわせることだってできるんだぞ?」
「……!」
「嫌ですぅ。脅しには屈しないですよぅ」
微かに動揺を見せた真美の代わりに即答したハナ。ラジェンドラは苦笑して真美と仙秋の間に割って入る。
「ハナに先に言われちまったが、そーいうこった。脅しても無駄だし、シンも渡さない。お前こそ諦めるんだな、仙秋」
「……そうか。脅しのうちに言うこと聞いて欲しかったんだけどしゃーねぇなぁ。おい、死転鳥! 若峰に向かえ! 暴れて破壊の限りを尽くせ!」
「貴様……!!」
仙秋の笑い声。聞こえてくる死転鳥の嘶き。ラジェンドラが咄嗟に光の三角形を生み出し光線を放つも、歪虚が出した黒い鳥の形の符に打ち消される。
「泥田坊は守りを固めろ。橋姫、相手をしてやれ」
「今のは瑞鳥符か? いや、黒かったからちょっと違うか……しかし厄介だな」
2撃目の光線で橋姫を薙ぎ払いながら呟くラジェンドラ。ルンルンはぷりぷりと怒りながら符を空へ投げて雷撃を喚ぶ。
「歪虚を盾にするなんて卑怯です! 同じカード使いなのにあんなきしょいの召喚するなんて許せないです! 根性叩き直してあげるですよっ!」
「叩き直せるような根性してるんですかねぇ。とりあえず歪虚はブッコロですよぅ」
不穏なことを呟きながら、いくつもの符を投げるハナ。その符が光で繋がれ、結界となり……中にいた橋姫を焼け焦がす。
それでも数が減ったように見えぬ歪虚。エステルも冷気の嵐を呼び起こしながら、ぽつりと呟く。
「あれじゃ仙秋さんに近づけないです……」
「……仙秋に近づきたいのかい?」
「私もちょっと仙秋さんに試したいなって思うことがあるの。近づけるといいな」
バジルの問いにこくりと頷くエステル。ディーナの真剣な表情に、彼はそっか、と小さく呟く。
「……何か考えがあるんだね。分かった。何とかしてみるよ」
「そういうことなら僕も支援します。ただし、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「うん! 分かったの!」
「ありがとうです……!」
観智の言い聞かせるような声に頷き返すディーナ。エステルも頷いた後、真美を振り返る。
「……いいですか、シンさん。もう一度言います。これからやることは、自分の命を軽く見ている人にはできないことです。償いたいと思うなら、詩天をとびきり幸せな国にすること……そう考えることは出来るですか?」
「はい。分かっています。頼りなくてごめんなさい」
「最初から強い子はいないです。わたくしもコツコツ積み重ねて強くなったです」
エステルだって、最初は力の制御が出来なかった。
真美もそうだ。弱いというなら強くなればいい。これから色々なことを覚えていけばいい――。
「皆協力してくれます。……絶対に、わたくしの手を離さないでくださいです」
「とにかく1匹でも多く歪虚を減らすぞ!」
「やれるものならやってみやがれ……!」
魔導槍を振るうラジェンドラ。仙秋の笑い声が戦場に響き――。
「やっぱり読み通りだったな! 流石マリィアだ!」
「感心してる時間があったらさっさとあいつを撃ち落とすわよ!」
「了解した。……アルト。射撃に集中する。運転を代わってくれ」
「へいよ!」
死転鳥と並走しながら楽しげなエヴァンスにピシャリと言い返すマリィア。
アルトは器用に前に飛び移るとバイクのハンドルを握る。
――まっすぐに若峰を目指す死転鳥。
元々大規模戦で怪我を負っていたところに、今回ハンター達に雨のように銃弾や矢を浴びせられて着実にダメージが蓄積しているように見える。
それでも、動きを阻害するまでには至らなかったし、大きな身体も相俟って飛ぶスピードはなかなか速く……。
湧き上がる高揚感にニヤリと笑うエヴァンス。
死転鳥を追うということは、移動しながらの攻撃になる。
正直難易度が高い。
だが、ハードルは高ければ高い程、敵は強ければ強い程燃えてくる……!
……ハードルが高いのは歓迎だが、乗り越えられなければ意味がねえ。
狙うには速すぎるな……。
彼は死転鳥を見据えたまま声をあげる。
「金鹿! あいつ足止めできるか?」
「試そうと思っていたところですわ。成功することを祈っていてくださいませ」
空に向かって符を放つ金鹿。1枚、2枚……と増えて行ったそれが、死転鳥の周囲を囲み……短い詠唱。
五芒星を描いた符が結界となって、光が溢れ出し――。
響き渡る巨鳥の悲鳴。何とか飛び続けてはいるものの、動きが鈍くなったそれに、マリィアが微笑む。
「上手く行ったみたいね! このまま逃げ切られたら厄介だわ。一気に行くわよ! 金鹿は五色光符陣を続けて!」
「畏まりました」
再び空へ符を投げる金鹿。キャリコは愛用のアサルトライフルを構えて、スコープ越しに死転鳥を見る。
「……これこそ我が銃。銃は数あれど我がものは一つ。これぞ我が最良の友、我が命――」
キャリコの祈るような呟き。
――そうだ。この銃で数多の戦場を、死線を乗り越えて来た。
今回もただ、粛々と遂行するのみ――!
引き金を引く彼。ふらりふらりと飛ぶ巨鳥に、息をつかせぬ速さで銃弾を叩きこむ……!
「おー。キャリコやるなぁ!」
「エヴァンスも仕事して頂戴」
「わーってるよ」
金鹿とキャリコの猛攻を受けて身体を傾がせる死転鳥。
相変わらずな赤毛の傭兵にマリィアがため息をつく。
沢山の人の命を吸い、負のマテリアルで生み出された赤い巨鳥。何とおぞましく、可哀想なことか……。
「これ以上、奪わせねえぞ……!」
「終わらせてあげるわ……!」
同時に放たれたエヴァンスの矢とマリィアの銃弾。
それは死転鳥の翼を貫いて――巨体を支え切れなくなった鳥はバランスを崩して地面に落下した。
「……ようやく降りてきてくれたなぁ。さて、お仕置きの時間だぞ」
嘶きながらもがく死転鳥。今までの攻撃で傷だらけのそれに、渾身の力で振り下ろされるアルトのハンマー。
鈍い音。感じた手応え。
死転鳥は悲鳴を上げると、さらさらと塵に還っていく。
「……何とか仕留めたみたいね」
「どうぞ安らかにお眠りくださいませ」
消えていく巨鳥を見つめながら呟くマリィアと金鹿。同じくそれを見つめていたエヴァンスが思い出したように顔をあげる。
「やっべ! 青木!!」
「あー。そうだ。今から戻って間に合うかね」
「……貴方達、青木まで狙うつもりだったの?」
「当ったり前だ!! 強い敵とは戦ってナンボだろ!」
来た方角を振り返るアルト。呆れた顔をするマリィアに、エヴァンスが猛然と言い返す。
「それに同意するのはちょっと考えるとこだが……あっちは記憶にも無いだろうが、こっちには恨みがあるもんでね。どうせならぶつけさせて貰おうかと思ってな」
「その辺の事情は知る由もないが、戦いはまだ終わっていない。戻って仲間を支援した方が良いのは事実だ」
「死転鳥が落ちたのはあちらも気づいているとは思うのですけれど……。そろそろ逃げる算段をしているかもしれませんわね」
アルトの呟きに淡々と言うキャリコ。続けた金鹿に、エヴァンスが馬首を切り返す。
「うおおお! 総員急ぐぞ!!」
「ちょっと! あいつらを追い払うのが仕事でしょ!」
窘めるマリィアの声。死転鳥を退けたハンター達は、急いで来た道を戻る。
……その少し前。歪虚の軍勢とは依然混戦状態が続いていた。
「ルシオ様! あと2発で弾切れするですの!」
「こちらも……あと数発といったところですね……」
「そうか……。仲間と自分の身を守ることを優先に動いて欲しい。あと七葵、こちらへ。傷を癒そう」
指示にこくりと頷くチョココと時雨。ルシオは腕から血を滲ませて、肩で息をする七葵を呼び寄せる。
七葵は戦いが始まってからずっと最前線で刀を振るい、鬼神の如き働きを見せていた。
その為か、大分消耗しているように見えたのだが……七葵は鋭い目線をルシオに向ける。
「俺はまだ戦える……! そんな暇があるなら1体でも減らしたい」
「七葵、君が守ろうと必死なのは理解する。でも、無理と無謀は違うものだよ」
「しかし……!」
「例えハンターでも休息なしに戦い続けるのは不可能だ。効率も落ちる。……さあ、腕を出して」
宥めるような彼女の声に唇を噛む七葵。
――来たれ、聖なる光。繋がれ、命の源へ。癒しの光で満たせ。
続くルシオの詠唱。精霊に祈りを捧げ、癒しの光を呼び出しながら考える。
――長時間続く戦闘で、消耗する者も増えて来た。スキルも配分は考えているものの、尽きるのも時間の問題だ。
何とか活路を見出さないと……。
その時、風に流れてきた微かな嘶き。空に見えていた死転鳥がバランスを崩して落ちていくのが見えた。
悠月は泥田坊を袈裟懸けに斬り捨てると、隣で刀を振るう時澄をチラリと見る。
「……時澄さん、今の見た?」
「ああ。見た。どうやら死転鳥が落ちたようだな」
「皆もやるじゃない」
「俺達も負けていられんな」
「そうだね。フルスロットルで行こうか!」
「了解した」
「次、悠月を治療するから! 無理しちゃダメだよ!」
やけに爽やかに笑って駆け出す悠月と時澄。
その背に、ルシオが慌てて声をかけて――。
「うおおおおおお!!」
治療が終わるや否や、泥田坊に突っ込む七葵。右へ左へ。素早い動きで翻弄し、連撃を打ち込む。
「……皆さん……無茶なさいますね……。私もそろそろ、本気を出しましょうか……」
「えっ。時雨様、まだ本気じゃなかったですの?」
「……何事も、余力を残しておいた方がいいと……言いますでしょう……?」
「じゃあ、わたくしも花火打ち上げるですの」
薄く笑う時雨ににこにこ笑みを返すチョココ。すう……と息を吸い込んで詠唱が始まる。
――封印されし神の怒り。蔵書へ秘されし四肢を解放せしめれば、神は怒りによって瞼を開く……。
――炎よ。敵をどっかーんですの!
湧き上がる2つの業火。歪虚を飲み込み、衝撃ではじき飛ばされる。
「ほらほら! 瞬きしてると僕の牙で首が飛ぶよ!」
「残念ながら歪虚は瞬きせん、な!」
横に薙ぐ悠月の刀。吹き飛ぶ歪虚。
時澄の刀が連続して泥田坊に叩き込まれ――。
死転鳥の討伐成功は、確実に仲間達の士気をあげていた。
死転鳥や歪虚の軍勢が交戦している間。
黒い影とハンター達の戦いも続いていた。
――とはいえ、青木自身はあまり積極的には仕掛けて来ない。
露払いというか……ハンター達から仙秋を守るような行動を取っている気がする。
……仙秋と新たな契約でもしたんじゃろうか。それとも蓬生との契約の延長――?
そんなことを考えていたフラメディア。
その横を過る赤い疾風。青木に迫る残像を伴った赤毛のアルトの刃。
それを槍で受け流すと……アルトの背後から飛び込んで来たリューリを腕で払い除ける。
「……相変わらずだな。茨の王。エルフの小娘も一緒か……お前たちもしつこいな」
「……うるさい。お前は殺す」
「エルフの小娘じゃないよ! リューリだよ!! アルトちゃんいじめたの、許さないんだから! 大人しくぐーぱんちされなさい!」
「断る」
アルトの一閃を跳躍で避ける青木。その隙をつくように閃く刀。刹那の毒を纏わせた刃を槍で弾き返す。
「あそこから避けて来ますか。流石ですね」
微笑む刹那。返答代わりに槍を横に薙ぐ青木。
そこに現れた双璧――剛が無骨なガントレットで。フラメディアが盾でその一撃を受け止める。
「そうはさせませんよ……!」
「ほう? 受け止めたか」
「ええ。我々もやられっぱなしという訳にもいきませんからね……!」
睨み合う剛と青木。飛ぶフラメディア。振り抜く巨大な斧。
普通の歪虚なら塵に還っている一撃だが、青木は涼しい顔をしている。
「お前が盾を持つとは珍しいこともあるものだ。戦い方を変えたか? フラメディア」
「おぬしを倒すのに手段を選んではいられんからのう。……して。今回は何が目的じゃ。お前が何もなしに仙秋に協力するとも思えぬ。蓬生とやらの差し金か?」
「わざわざ手の内を明かすと思うか?」
「そう思えんから聞いているのじゃ」
跳躍し、再び距離を取る青木。
近づいて。離れて――ぶつかり合う武器。飛び散る火花。
幾度となく続く鍔迫り合い。
高速で移動し、青木に迫るアルト。
その影から飛び出し拳を当てようとしたリューリは、長身の歪虚の顔を覗き込む。
「……ねえ、燕太郎さん。どうして歪虚になったの……?」
「……そろそろその話は聞き飽きたぞ。小娘」
「誰かに裏切られたからかなって思ったけど、違う?」
「お前の勝手な妄想だな」
「だって、あの気持ちを抱えたままなのは辛すぎると思うんだよ!」
「……くどい! 俺をヒトの物差しで測るな!」
「リューリちゃん!」
苛立たしげに眉間に皺を寄せる青木。アルトが止める間もなく、リューリは肩を刺し貫かれて倒れ込む。
血が滴る槍。次にアルトに狙いを定めるも、剛とフラメディアに弾き返される。
「貴様もなかなかしつこいな」
「ええ。何度でも立ち塞がりますよ。自分の役目は守ることですからね……!」
不敵に笑う剛。動きに軽やかさはないが、その堅牢さと高い防御力は非常に安定感がある。
そして、仲間の盾となりながらもチクチクと攻撃を続けているフラメディア。
幾度となく青木の攻撃を受け止めている2人に、消耗の色が見え始めていた。
だが、この攻撃と防御の役割を分け、隙を少なくした波状攻撃は多少なりとも黒い歪虚の妨害が出来ているように見える。
その証拠に、まだ大技が出ていない――。
機会を伺っているだけかもしれぬ。まだ油断は出来ぬがな……!
歯を食いしばるフラメディア。
不意に感じた気配。咄嗟に飛びずさる青木。空から舞い降りた刹那が青木のコートの袖を斬り裂く。
「あら。今回は掠っただけでしたか。残念です」
「この動き……以前どこかで会ったか、女」
「覚えていて下さって光栄です。以前幻獣の森で……と言ったらお分かりかしら?」
「……あの時の女か。叩き潰す機会を得たことに感謝せねばな……!」
ニヤリと笑う青木。刹那に迫る影。そこに割って入るように、蒼い光線が地面を焼く。
振り返ると、無表情のアルマが立っていた。
「……アルマか。術を放つならもう少し上手くやるんだな」
「ええ。分かってますよ。わざと外したんです」
「どうした。仕掛けてこないのか? ……そういえば、今日はお前の盾がいないな。あれがなければ何も出来んか?」
「今日は一緒じゃないですよ。あと……あの子は僕の盾じゃないです。お嫁さんです」
「興味はないな」
「そうですか。……でも。僕のお嫁さんを傷つけて、盾呼ばわりして……その落とし前、っていうんですかね? つけて貰うことにしました。ねぇ、『青木さん』?」
瞬間。音を立てたピンヒール。黒い人物が現れ、一気に青木に迫る――。
「この時を待ってたぜェ! 青木ィ……!」
「くらえ……!」
大太刀を振り下ろす剛道。そこに重なる赤い風。アルトが青木の足にワイヤーウィップを巻き付け――。
2人同時に襲いかかられ、青木はこちらに気づいていない……。
そう確信して、流星のごとく滑り込むアルマ。
右手の義手に現れる蒼く輝く刃。
青木と一瞬目が合って――。
肉が割ける音。続いた衝撃。
続いた沈黙は長いようだったが、ほんの一瞬だったのかもしれない。
「貴様ァ……!」
「あはは……。相打ちですねえ」
見えるのは口の端に血を滲ませる青木。怒りの表情。腹を貫かれて、黒い服が赤に染まっている。
そして同時に腹を刺し貫かれたアルマ。満足気な顔をしてその場に膝をつく。
ぞくり、と。寒気を感じたアルト。見ると青木の目が金色に光り、急速に周囲の温度が下がっているように感じる。
そうだ。これは……!
「大技来るぞ!!」
叫ぶアルト。
気づいた仲間達が、攻撃を阻止すべく飛び込んで来るのが見えて――。
彼女がアルマを抱えて大地を蹴った次の瞬間。巻き起こる暴風。震える空気。
全方位を襲う衝撃波に、剛とフラメディア、刹那と剛道が巻き込まれて吹き飛ばされた。
酷い傷を負い、地に伏している仲間達。剛道が身を起こして青木の槍を掴む。
「まだだァ……! まだ終わっちゃいねェぞ……! 俺と戦え、青木ィ……!」
「……尾形。お前も大概だな。……殺しても死にそうにないお前の力なら少しは使えるか」
「何をする気だ……?!」
「動くなよ、茨の王。動いたらこいつの頭を踏み潰すぞ」
「させるか……!」
アルトを睨んだまま刹那の頭を踏みつける青木。
人質を取られぬよう気を払っていたフラメディア。阻止しようと立ち上がったが……深い傷を負い、気力だけで動いている彼女は本来の力が出せず、軽々と青木の槍に払われ大地に投げ出される。
青木はそのまま剛道の髪を掴んで引きずり上げ、手袋を外すと、剛道の首を握りつぶさんばかりに掴む。
「が……ぁっ!」
氷のように冷たい青木の手。いや、これは、マテリアルを吸い取られているから冷たく感じるのか……。
己の力が、目の前の歪虚に流れ込んでいくのを感じる。
身体が芯が凍り付くような感覚。剛道がそれに耐えながら目線を下すと……青木の腹の傷が急速に塞がっていくのが見えた。
「……マテリアルを吸収すンのは歪虚だけじゃねェのかよ。節操ねェなテメェも……」
「まだ喋れるのか。雑草並だな、お前は」
「テメェに言われたくねェよ……」
フン、と鼻で笑った青木。若峰の方角を見ると、小さくため息をついた。
「……死転鳥が落ちたか」
「そのようだね。まだやるか? やるなら相手をするが」
「いや、潮時だ。秋寿と歪虚は引かせる」
人が殺せそうな鋭い目線をぶつけてくるアルトを一瞥する青木。
剛道を放り出して踵を返し――。
青木との熾烈な戦いが続いている間、仙秋と対峙しているハンター達もまた、激戦の最中にいた。
「くそっ。こいつらどこから湧いて来やがるんだ!」
「新たに増えてる訳ではないと思うよ。少しづつだけど減ってはいる」
「しかし決め手には欠けてますね……」
敵をなぎ倒し続けて、肩で息をしているラジェンドラ。そんな彼の傷を癒すバジルに、観智はうーんと考え込む。
仙秋は泥田坊達を盾にして、離れたところから符を使って攻撃してくる。
遠くからハンター達を消耗させ、動けなくしてから真美を連れて行けばいい。わざわざこちらに近づく理由がないのだ。
その上で、仙秋に近づこうと思ったら、彼が盾にしている歪虚の軍勢を何とかしなければならない。
ハンター達も消耗している。スキルの残数も残り少ない。
ここで歪虚全てを討伐するという手段を取るのは現実的ではない。
だったら……。
「数を減らすより、動きを阻害して隙を作った方が建設的かもしれません」
「そうだね……。その手で行こうか。ルンルンもハナも協力して貰えるかな?」
腕を組んだまま言う観智。バジルの冷静な声に、ルンルンとハナはこくりと頷く。
「はいはーい! ルンルン忍法にお任せですよ☆」
「どうせ戦うならイケメンが良かったですけど仕方ないですぅ」
「トラップカードオープン! ルンルン忍法五星花! 光になれぇ!!」
「青は繁る木。炎の赤。黄色き土に閃く刃。水底の黒……五色を持って彼の者を縛れ。急ぎ律令の如くせよですぅ!」
「……氷結を纏いし風よ。来たりて全てを凍てつかせ!」
「眠れ、眠れ。常世の闇に。咲く一輪の花。貴方の為の……」
重なる詠唱。ルンルンとハナが作り出す光の五芒星。
観智が巻き起こす冷気の暴風。バジルの優しい、眠りを誘う歌声――。
動きが鈍くなる歪虚達。仙秋の前に立つ歪虚達を槍で薙ぎ払い、ラジェンドラが叫ぶ。
「今だ! やれっ!!」
「うん……!」
頷くディーナ。この方法は思い付きで、うまく行く保証はないけれど。
仲間が繋げてくれた機会を、無駄にしたくない――。
「浄化の風よ。歪みし力、虚しき哀れなるものを消し去り給え」
ディーナが放った浄化魔法。それが効いたようには見えず……仙秋はニヤリと口の端をあげて笑う。
場所に蔓延した負のマテリアルは浄化できても、歪虚は浄化できないということなのだろうか……。
「……俺にそれは効かねえよ。残念だったな」
「まだ終わりじゃないです……!」
ディーナの後ろから聞こえた声。エステルが真美と共に現れる。
「シンさん。しっかり秋寿さんに呼びかけるです……!」
「分かりました!」
エステルの手をしっかりと握ったまま、手を伸ばす真美。
「お前の方から来るとは。手間が省けた」
仙秋に掴まれる手。驚くほどに強い力。真美の手に握られた符。それは彼の身体に触れて……。
――秋寿兄様……!
貴方に会いたい。無事でいて欲しかった――そんな祈りに似た想いを符に乗せて……。
次の瞬間。目を見開く仙秋。放される手。
身体をぶるぶると振わせて真美とエステルと睨む。
「貴様……! 俺に一体何をした……ッ!」
「……! シンさん下がって下さいです」
苦しそうな仙秋に戸惑う真美。やって来た黒い影に気づいて、エステルが引き寄せる。
「……秋寿。死転鳥が落ちた。潮時だ。引き上げるぞ」
「所詮は出来損ないか……。仕方ねぇ、な」
苦しげな息を漏らす仙秋。
青木は彼を引きずるようにして肩に担ぐ。
「おい青木……! もうちょっと、丁重に扱え……!」
「移動手段は消されてお前は思うように動けない。違うか? ……気に入らぬなら捨てて行くぞ」
「……チッ。覚えていろハンター! 貴様ら……全員皆殺しだ!!」
「覚悟すんのはお前の方だ、仙秋。次こそは仕留めてやるからな……!」
ラジェンドラの研ぎ澄ました刃のような目線。
仙秋は怒りに燃えた目で歪虚達に撤退を命じ――それからまもなくして、芦原に静寂が戻った。
「くっそ! 逃げられたか! 青木と戦いたかったぜ!」
「八つ当たりは次回に持ち越しだな」
「そもそも戻って戦うこと自体に無理があったでしょうに……」
悔しがるエヴァンスと茶髪のアルトに、呆れたように肩を竦めるマリィア。
金鹿がくすくすと笑う横で、キャリコが黙々とライフルの手入れをしている。
「随分ひどくやられちゃいましたね。大丈夫ですか?」
「……ええ。でもちょっとだけスッキリしました。次は燕太郎さん燃やします! あ、剛道さんも協力して戴いてありがとうございました」
「気にすンな。たまたま利害が一致した。そんだけだ」
ルンルンに傷口を固定してもらいながら、あはは……と笑うアルマ。軽く頭を下げた彼に、剛道は肩を竦める。
「剛道さん、動いちゃダメですぅ!」
「……このくらい何てことねェ。放っとけ」
ハナの制止を振り切り、ふらつく身体で立ち上がる剛道。
窓から見えるうす曇りの空。
――この空の下のどこかにいるあの黒い歪虚。次に見えるのはいつになるのか……。
ハンター達がいるのは若峰の城下町。
歪虚達が撤退して暫くの後。怪我を負った者の手当てをしたいと真美が強く希望し……真美の住まいである黒狗城に戻ってきていた。
「刹那さん、大丈夫?」
「……うん。ありがとう」
「無理しないで欲しかったけど、青木相手じゃ仕方ないね……。僕看病するから、傷しっかり治そうね」
「えっ!? そ、そこまでして貰わなくても……痛っ」
「ほら、じっとしてて」
心配そうな悠月の申し出に慌てて手を振った刹那。怪我をしていることを身を持って感じている彼女に、悠月は小さくため息をつく。
「……それでは、その三条家の宝というのは今は行方不明、ということでしょうか」
「はい。父上の時代には確かにあったのですが……」
「あった筈のものがなくなった、ということは……先代が持ち出したんですかね」
七葵の確認するような声に頷く真美。
観智の呟きに七葵が考え込む。
先代……氏時様がその宝を持ち出したとしても、何か理由があるはずだ。
一体何の為に……?
「真美様。その三条家の宝、というのはどういったものかお分かりになりますか?」
「毎年新年に一度出して、三条家の象徴として飾る風習はありましたが……見た目は普通の法具ですし、何に使われていたものかは私も詳しくは聞いておりません。……武徳は何か知っていますか?」
「いいえ。詩天が始まりし時からあったもの、としか聞き及んでおりませぬな」
「三条家の宝というのは、仙秋が作ったのか?」
「断言は出来ませぬが、その可能性は高いですな」
「……先代詩天さんはどうして亡くなられたです?」
三条家軍師、水野 武徳の返答に考え込む時澄。続いたエステルの問いに、彼は遠い目をする。
「病を得たということになっておりますが……本当に病だったのかは分かっておりませぬ。眠れないと訴えられて、みるみる衰弱されましてな……。薬師や巫女たちが手を尽くしたのですがその甲斐なく……」
「そうでしたか……」
「それからはあっという間でしてな……。己の死後は荼毘に伏したあと、骨も砕け。形を残すなと……そういい残されて身罷られました」
目を伏せるバジル。続いた武徳の言葉に、赤毛のアルトとラジェンドラが目を丸くする。
「……形を残すな? 本当にそう言ったの?」
「遺言にしては妙だよな……」
「妙っていうか。それじゃまるで……」
「『遺体を残しておいたら何かが起きる』ことを知っていたかのような口ぶりじゃな……」
「先代詩天は、仙秋について何か知っていた、ということですかね」
フラメディアと剛の呟きに眉根を寄せるアルト。聞いた話を頭の中で整理しながら、三条家軍師を見る。
「……もう1つ聞いてもいいかな。秋寿さんの遺体ってどこに、どういう状態であったのか」
「……秋寿様は千石原の乱の後、自害召されて……ご遺体は、三条家の代々の墓に埋葬致しました。……が、その後まもなく墓荒らしが現れましてな」
「……秋寿さんのご遺体は……火葬はなさらなかった、と。そういうことですね……?」
「それで、秋寿さんの身体が消えたということなのね……」
「遺体を持っていくなんて悪趣味ですのよ」
「……その遺体こそが仙秋の目的だったんだろうけどね。そういうことだろう? 七葵」
「ああ……」
時雨とディーナの声に頷く武徳。ぷりぷりと憤慨するチョココをルシオが宥めて……七葵は血が出そうなくらい、拳を強く握り締める。
「ねえねえ。仙秋さんって今までどうしてたのかな」
「分かりません。まさか初代詩天が歪虚化していたとは思いませんでしたので……」
手当を受けながら首を傾げるリューリに申し訳なさそうな顔をする真美。
「仙秋の身体はどこかに残っていたりはしないの?」
「初代様も三条家の墓に埋葬されたはずですし、亡くなられたのは大分昔です。身体が残っているとは考え難いかと……」
ふむ……と呟き、赤い髪をくしゃくしゃとしながら考えに沈むアルト。
仙秋は強い依代を求めていた。
その為に巫女や符術師を誘拐し、幾度となく真美も連れ去ろうとしている。
そこまで必死になって依代を求める理由――きっとそこに、答えはある。
――そして七葵はある可能性に気づいた。
己の遺体を残すなと言い残した氏時。
――もしかしたら。先代詩天の死すらも、仙秋が仕組んだことなのかもしれない。
そうなのだとしたら……決して、許す訳にはいかない……!
――苦難を乗り越え、真美と若峰の町を守り抜いたハンター達。
見え始めた仙秋の企みと、詩天の騒乱の真相。それは、あまりにも命を軽んじた残酷なもので――。
必ず打ち破ると心に誓い……ハンター達は雌伏の時を過ごすのだった。
大規模作戦での戦場となった山に囲まれた平地は、ついこの間初代詩天、三条 仙秋と戦闘になったばかりで……。
「皆さん、行きましょう」
「ちょっと待ってくださいです。その前にお話しがあるです」
その地を静かに見つめていた三条 真美(kz0198)は、エステル・ソル(ka3983)に呼び止められて首を傾げる。
「エステルさん、どうされました?」
「シンさん、自分が消えたら仙秋さんが詩天を襲うこともなくなるって思ってませんか?」
エステルの指摘に目が泳ぐ真美。嘘がつけない友人を、彼女は眉根を寄せて見つめる。
「私の先祖が引き起こしたことです。いっそ三条が絶えれば、とは少し考えましたが……」
「……それはちがいます。シンさんがいなくなったって、この戦いは終わりません」
「シン君は真面目だからね……。そう思ってしまう気持ちも分かるけど……」
小さくため息をつくバジル・フィルビー(ka4977)に目を伏せた真美。
その苦悩は真剣だけれど、先を見ていないような気がして……金鹿(ka5959)はそっと小さな友人の手を取る。
「未来を見据え、希望を示す。それが上に立つ者の責務。貴方という道標を失ってしまったら、この大戦に、国に……影が落ちてしまいますわ」
「そうです。自分の命を軽く見てはいけません! 先祖がしたことを償うにしても手段が間違ってます! 仙秋に詩天をあげるって言っているようなものです!」
「エステルの言う通りだぞ。仙秋は『秋寿の身体』を使ってる。……言い方は悪いが、死んでも使い道はあるということだ。何の解決にもならん」
「ああ。仙秋の野郎、他にも何か依代を用意する手段を持っているかもしれないしな。……あまり気負い過ぎるな」
ぷりぷりと怒るエステル。言い聞かせるような三條 時澄(ka4759)とラジェンドラ(ka6353)の声に目を丸くした真美は申し訳なさそうに俯く。
「ごめんなさい。私の考えが足りませんでした……」
「一人の考えが足りなかったら、皆で考えればいいんですの。それに私、頼って頂けるのとっても嬉しいんですのよ。きっと他の方々もそう仰るのではなくて?」
「勿論です。貴方の剣たる気持ちは変わりません」
「……己が血へ呪詛を紡ぐこと……覚え無しとは、言の葉とせず……。……血は、清められずとも……。救いはあるもの……ですよ……」
「そうでしょうか……」
微笑む金鹿に頷き、きっぱりと断じる七葵(ka4740)。
呟く外待雨 時雨(ka0227)に真美が小首を傾げると、彼女は独り言ですよ……と囁いて――。
七葵は姿勢を正すと、自然な動きで真美の前に膝をつく。
「真美様。突然ですが、少々不躾なことをお伺いしても宜しいでしょうか」
「ええ。私に分かることなら」
「ありがとうございます。……三条家に伝わる特別な呪具や符といったものはございませんか?」
「特別な法具……? それでしたら……」
言いかけた真美。そこにぱたぱたとディーナ・フェルミ(ka5843)が駆け込んで来た。
「お話中ごめんね! 敵が来たみたい!」
彼女の声と同時に聞こえた嘶き。うす曇りの空に赤い巨鳥が飛来する。
そしてその下には、沢山の橋姫や泥田坊達が蠢いていた。
「雑種が集まって何かやってるなぁ。お前下降りてあいつらの相手して来いよ。俺はその隙に真美を連れ出す」
「…………」
「そんなに睨むなよ。ちゃんと援護はしてやるっつーの」
「……報酬の件、忘れるなよ」
巨鳥の上で悪びれもせず言う仙秋に短くため息をつく青木。
迷わずそこから飛び降りた黒い影に、チョココ(ka2449)が目を丸くする。
「青木様が降って来ましたの!」
「あの高さから飛び降りるとは驚きですね。さすが歪虚と言ったところですか」
探求心を擽られたのか、眼鏡を上げてまじまじと見入る天央 観智(ka0896)。
リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が黒い歪虚の着地地点を目指して走り出す。
「アルトちゃん! 燕太郎さんだ! 行こう!」
「ああ」
「……あやつは我らが引き受ける! 死転鳥と仙秋を頼んだぞ!」
その後を追うフラメディア・イリジア(ka2604)に、へいよー、と軽く返事をしたアルト・ハーニー(ka0113)。
キャリコ・ビューイ(ka5044)は巨鳥を見上げて、小さくため息をつく。
「……暗黒海域で大規模戦闘をしたと思ったら、今度は東方で防衛戦闘か」
「本当忙しいったらないな。青木も気になるが、あの鳥を落とさないと因縁もクソもあったもんじゃないやね。ま、飛んでいられたら俺は何も出来んのだが」
「まずはこっちの土俵に引きずり落としてやらねぇとな。お前ら! 連携してくぞ!」
「おう。いっちょ気合入れますかね」
「了解。戦場は何処でも同じだ。問題ない」
「畏まりました」
「任せておきなさい!」
いつもの剣ではなく大弓を構えるエヴァンス・カルヴィ(ka0639)に頷く茶髪のアルトとキャリコ。
金鹿が呪符を、マリィア・バルデス(ka5848)が銃を構えて――。
そこに迫る泥田坊と橋姫の軍勢。死転鳥を守れ、とでも命令されているのだろうか。
湿っぽい音を立てて、ハンター達を取り囲むように近づいて来る泥田坊の前を過る一陣の風。
霧雨 悠月(ka4130)が狼の遠吠えのような刃音を響かせて歪虚を両断する。
「お前達の相手はこっちだよ!」
「この先には行かせん! 全てここで食い止める!」
「今まで何度も戦ってきた相手だ。恐れるに足りん」
吼える七葵。時澄も刀を手に走り出す。
「それにしても多いな……。囲まれたら厄介だ」
歪虚の大群に唇を噛むルシオ・セレステ(ka0673)
押し切られて、若峰の方に向かうようなことがあっては困る……と続けた彼女に、時雨がこくりと頷く。
「……支援、致しましょう」
――巡れ、雲よ。来たれ、空からの滴。優しき雨に包まれて。悲しき魂に安息を……。
戦場に響く、時雨の優しい、静かな歌声。
その声に縛られるように、泥田坊達の動きが鈍くなる。
「さすが時雨さん! 戦いやすくなった!」
「よし! 一気に畳みかける!」
「皆、孤立するなよ!」
時雨の支援に応えるように、次々と泥田坊を切り伏せる悠月と七葵、時澄。
好転した戦況。油断は出来ぬとルシオは光の波動を呼び起こそうとして……ふと、チョココが巨鳥を見てむむむと唸っていることに気づく。
「チョココ、どうしたんだい?」
「あのおっきな鳥さんを狙おうと思ったのですけれど、ちょっと射程が届かないですの」
「そうか。だったら泥田坊の相手をお願いできないかな。……少しでも数を減らしておきたい」
「わかったですの!」
元気に頷くチョココ。スタッフを握りしめて迫る歪虚を見据える。
「……闇を祓いし光。全てを照らすものよ。聖なる輝きで闇を打ち破れ」
「巻き込み注意ですのよー! そーれ! どーん!!」
続いたルシオとチョココの詠唱。広がる光の波動と放たれた火球が歪虚を薙ぎ払い――。
塵に戻る仲間を乗り越えてやってくる泥田坊。閃く大太刀。ピンヒールが泥を跳ね上げて……尾形 剛道(ka4612)が敵を横に打ち払う。
「チッ。……うるせェ、寝てろ」
吐き捨てるように言う剛道。仲間達が討ち漏らした歪虚を優先的に叩き潰していた彼は、横目で戦況を確認する。
――視界はぼやけているが、近くに青木の気配は感じず。死転鳥を狙うハンター達が必死に応戦しているのが分かる。
「ちっきしょう! 鳥の癖に硬い奴だな!」
「あー。ちょっと痺れたわ……」
放った矢は確かに当たっているはずなのに、動じる様子のない死転鳥に歯ぎしりするエヴァンス。
茶髪のアルトは降りて来た巨鳥に一撃入れた代償に雷撃を食らったらしい。
その横で、キャリコが連続して銃弾を叩きこむ。
「アルト! 来ている! 構えろ!」
「うわ! ちょっと待てって!」
「……瑞鳥招来! 急々如律令!」
キャリコの声に盾を構えたアルト。短い金鹿の詠唱。次の瞬間、彼の前に光り輝く鳥が現れる。
嘴の攻撃を防いだ符は消え去り……死転鳥に追撃をしたマリィアは、マシンガンを肩に置いて跨っているバイクの後ろを指差す。
「金鹿。ここ乗って」
「……マリィア様? どうなさいましたの?」
「……さっき悠月と話してたのよ。仙秋の方は傷も癒えてない。あの戦力で真美を攫えると思ってるんだから、何か勝算があるはずだってね」
「そういやあそうだな。で、その勝算に何か心当たりはあるのか?」
「真美を脅す手段なら思いつくわ。死転鳥を若峰に向かわせればあっという間に大量の人質の出来上がり。空を移動できるんだから容易だわ」
矢を番えながら問うエヴァンスにさらりと答えたマリィア。キャリコはふむ……と考え込む。
「……成程。考えられるな。了解した。即移動出来るようにしておこう。アルトは俺のバイクに乗れ」
「バイクの後ろは攻撃しにくいんだがなぁ……」
「じゃあ俺のゴースロンの後ろにすっか?」
「攻撃しにくいのは同じだって」
軽口を叩き合うエヴァンスとアルト。
アルマ・A・エインズワース(ka4901)が死転鳥を見上げてにこにこと笑っている。
「わぁ、大きな鳥さんですねぇ……。そんな所にいないで、降りてきてくださいですよー」
空を舞う巨鳥を捕捉した彼。杖を掲げたその時――。
「アルマさん! 投擲槍来てる!」
「……!」
リューリの叫び。自分目掛けて飛んでくる黒い槍が見えて、アルマは飛びずさる。
槍が着地した瞬間、湧き上がる衝撃波。
それを盾で受け流すと、こちらに向かってくる黒い影が見えた。
「もー。燕太郎さんったら邪魔です」
「邪魔をしているんだから当然だな。貴様にあれを狙われると厄介だ。大人しくしていて貰おうか」
「嫌です。燕太郎さん可愛くないです」
「俺に可愛さを求めるな」
珍しく表情のない顔で言うアルマ。悪びれる様子もなく槍を呼び戻した青木の前に、花厳 刹那(ka3984)が立ち塞がる。
「さて、お相手願えますでしょうか」
「嫌だと言ったところで聞き入れる気はないのだろう?」
「あら。良くお分かりですね」
涼やかな笑みを浮かべる刹那。その体格も相俟って、文字通り壁のような米本 剛(ka0320)が鋭い目を青木に向ける。
「それにしても怠惰眷属って、こんなにお仕事好きでしたっけ……? 正直『三面六臂』の動きっぷりですよね。……青木さん」
「楽をしたいからこそ、厄介な芽は潰すし、先手を打つ。それだけの話だ」
「お前のことじゃ、どうせまた何か企んでおるのじゃろ? 我らがいる限り好きにはさせんぞ!」
「……フラメディアか。お前もいい加減しつこい女だな。何度も叩き伏せているのにまだ敵わないと理解できんか」
「生憎強敵と見ると燃える性質でのう。しつこいと言われようと何度でも立ちはだかってみせようぞ!」
フラメディアの叫びに心底面倒臭そうに舌打ちする青木。
再び距離を取ろうとする黒い歪虚に、ハンター達が追い縋る。
無数の歪虚で乱戦となっている状況。
真美の周辺には、橋姫が多く集まっていた。
「何故こんなに橋姫ばかりが集まっているんでしょうか……」
「橋姫は泥田坊より賢いからね。人の見分けもつく。多分、シン君を狙うように命じられたんじゃないのかな……」
バジルの呟きになるほど、と頷いた観智。その横で、星野 ハナ(ka5852)が考え込んでいた。
「……上空に居る人がどうやって真美さんを浚うと思いますぅ? 撃ち落とされたふりして一気に浚うとか、他の手駒に浚わせるとかだと思うんですよねぇ。メインは本人でも伏兵が居そうな気がするんですぅ」
「伏兵はあの燕の人じゃないんです?」
「うーん。その割にこっちを狙って来ないというか……それともこれもこちらの目を欺く作戦なんですかねぇ……」
小首を傾げるルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)に、更に考え込むハナ。
そうしている間に、巨鳥が急降下して……金髪の男が軽い身のこなしで降りて来るのが見えた。
「えっ。早速メインの登場ですかぁ!? 思ったより早かったですぅ……!」
「でも降りてきてくれたなら狙えますね!」
「それもそうですぅ」
にこにこ笑顔のルンルンに、頷き返すハナ。
こうして降りてきて一人で対峙するということは、何か勝算があるに違いない。
伏兵の存在もあるかもしれない。
ハナは真美の近くで、注意深く仙秋を見つめる――。
「……行け」
仙秋の命令に嘶きで応え、離れていく死転鳥。
自然と泥田坊達が集まり、仙秋の周囲を固める。
金髪の歪虚……秋寿の姿をした初代詩天は守りを固めるハンターを気にすることなく薄い笑いを浮かべて真美に手を伸ばした。
「真美。迎えに来た。いい加減諦めて一緒に来い」
「お断りします。『詩天』を再び『死天』にする訳にはいきません」
「本当に強情なガキだな。勘違いすんじゃねぇぞ。これは命令だ。……俺がいつまでも下手に出ると思うなよ」
「……命令には従えませんし、何を言われようと変わりません」
「そうか。このまま死転鳥を若峰に向かわせることだってできるんだぞ?」
「……!」
「嫌ですぅ。脅しには屈しないですよぅ」
微かに動揺を見せた真美の代わりに即答したハナ。ラジェンドラは苦笑して真美と仙秋の間に割って入る。
「ハナに先に言われちまったが、そーいうこった。脅しても無駄だし、シンも渡さない。お前こそ諦めるんだな、仙秋」
「……そうか。脅しのうちに言うこと聞いて欲しかったんだけどしゃーねぇなぁ。おい、死転鳥! 若峰に向かえ! 暴れて破壊の限りを尽くせ!」
「貴様……!!」
仙秋の笑い声。聞こえてくる死転鳥の嘶き。ラジェンドラが咄嗟に光の三角形を生み出し光線を放つも、歪虚が出した黒い鳥の形の符に打ち消される。
「泥田坊は守りを固めろ。橋姫、相手をしてやれ」
「今のは瑞鳥符か? いや、黒かったからちょっと違うか……しかし厄介だな」
2撃目の光線で橋姫を薙ぎ払いながら呟くラジェンドラ。ルンルンはぷりぷりと怒りながら符を空へ投げて雷撃を喚ぶ。
「歪虚を盾にするなんて卑怯です! 同じカード使いなのにあんなきしょいの召喚するなんて許せないです! 根性叩き直してあげるですよっ!」
「叩き直せるような根性してるんですかねぇ。とりあえず歪虚はブッコロですよぅ」
不穏なことを呟きながら、いくつもの符を投げるハナ。その符が光で繋がれ、結界となり……中にいた橋姫を焼け焦がす。
それでも数が減ったように見えぬ歪虚。エステルも冷気の嵐を呼び起こしながら、ぽつりと呟く。
「あれじゃ仙秋さんに近づけないです……」
「……仙秋に近づきたいのかい?」
「私もちょっと仙秋さんに試したいなって思うことがあるの。近づけるといいな」
バジルの問いにこくりと頷くエステル。ディーナの真剣な表情に、彼はそっか、と小さく呟く。
「……何か考えがあるんだね。分かった。何とかしてみるよ」
「そういうことなら僕も支援します。ただし、くれぐれも無理はしないでくださいね」
「うん! 分かったの!」
「ありがとうです……!」
観智の言い聞かせるような声に頷き返すディーナ。エステルも頷いた後、真美を振り返る。
「……いいですか、シンさん。もう一度言います。これからやることは、自分の命を軽く見ている人にはできないことです。償いたいと思うなら、詩天をとびきり幸せな国にすること……そう考えることは出来るですか?」
「はい。分かっています。頼りなくてごめんなさい」
「最初から強い子はいないです。わたくしもコツコツ積み重ねて強くなったです」
エステルだって、最初は力の制御が出来なかった。
真美もそうだ。弱いというなら強くなればいい。これから色々なことを覚えていけばいい――。
「皆協力してくれます。……絶対に、わたくしの手を離さないでくださいです」
「とにかく1匹でも多く歪虚を減らすぞ!」
「やれるものならやってみやがれ……!」
魔導槍を振るうラジェンドラ。仙秋の笑い声が戦場に響き――。
「やっぱり読み通りだったな! 流石マリィアだ!」
「感心してる時間があったらさっさとあいつを撃ち落とすわよ!」
「了解した。……アルト。射撃に集中する。運転を代わってくれ」
「へいよ!」
死転鳥と並走しながら楽しげなエヴァンスにピシャリと言い返すマリィア。
アルトは器用に前に飛び移るとバイクのハンドルを握る。
――まっすぐに若峰を目指す死転鳥。
元々大規模戦で怪我を負っていたところに、今回ハンター達に雨のように銃弾や矢を浴びせられて着実にダメージが蓄積しているように見える。
それでも、動きを阻害するまでには至らなかったし、大きな身体も相俟って飛ぶスピードはなかなか速く……。
湧き上がる高揚感にニヤリと笑うエヴァンス。
死転鳥を追うということは、移動しながらの攻撃になる。
正直難易度が高い。
だが、ハードルは高ければ高い程、敵は強ければ強い程燃えてくる……!
……ハードルが高いのは歓迎だが、乗り越えられなければ意味がねえ。
狙うには速すぎるな……。
彼は死転鳥を見据えたまま声をあげる。
「金鹿! あいつ足止めできるか?」
「試そうと思っていたところですわ。成功することを祈っていてくださいませ」
空に向かって符を放つ金鹿。1枚、2枚……と増えて行ったそれが、死転鳥の周囲を囲み……短い詠唱。
五芒星を描いた符が結界となって、光が溢れ出し――。
響き渡る巨鳥の悲鳴。何とか飛び続けてはいるものの、動きが鈍くなったそれに、マリィアが微笑む。
「上手く行ったみたいね! このまま逃げ切られたら厄介だわ。一気に行くわよ! 金鹿は五色光符陣を続けて!」
「畏まりました」
再び空へ符を投げる金鹿。キャリコは愛用のアサルトライフルを構えて、スコープ越しに死転鳥を見る。
「……これこそ我が銃。銃は数あれど我がものは一つ。これぞ我が最良の友、我が命――」
キャリコの祈るような呟き。
――そうだ。この銃で数多の戦場を、死線を乗り越えて来た。
今回もただ、粛々と遂行するのみ――!
引き金を引く彼。ふらりふらりと飛ぶ巨鳥に、息をつかせぬ速さで銃弾を叩きこむ……!
「おー。キャリコやるなぁ!」
「エヴァンスも仕事して頂戴」
「わーってるよ」
金鹿とキャリコの猛攻を受けて身体を傾がせる死転鳥。
相変わらずな赤毛の傭兵にマリィアがため息をつく。
沢山の人の命を吸い、負のマテリアルで生み出された赤い巨鳥。何とおぞましく、可哀想なことか……。
「これ以上、奪わせねえぞ……!」
「終わらせてあげるわ……!」
同時に放たれたエヴァンスの矢とマリィアの銃弾。
それは死転鳥の翼を貫いて――巨体を支え切れなくなった鳥はバランスを崩して地面に落下した。
「……ようやく降りてきてくれたなぁ。さて、お仕置きの時間だぞ」
嘶きながらもがく死転鳥。今までの攻撃で傷だらけのそれに、渾身の力で振り下ろされるアルトのハンマー。
鈍い音。感じた手応え。
死転鳥は悲鳴を上げると、さらさらと塵に還っていく。
「……何とか仕留めたみたいね」
「どうぞ安らかにお眠りくださいませ」
消えていく巨鳥を見つめながら呟くマリィアと金鹿。同じくそれを見つめていたエヴァンスが思い出したように顔をあげる。
「やっべ! 青木!!」
「あー。そうだ。今から戻って間に合うかね」
「……貴方達、青木まで狙うつもりだったの?」
「当ったり前だ!! 強い敵とは戦ってナンボだろ!」
来た方角を振り返るアルト。呆れた顔をするマリィアに、エヴァンスが猛然と言い返す。
「それに同意するのはちょっと考えるとこだが……あっちは記憶にも無いだろうが、こっちには恨みがあるもんでね。どうせならぶつけさせて貰おうかと思ってな」
「その辺の事情は知る由もないが、戦いはまだ終わっていない。戻って仲間を支援した方が良いのは事実だ」
「死転鳥が落ちたのはあちらも気づいているとは思うのですけれど……。そろそろ逃げる算段をしているかもしれませんわね」
アルトの呟きに淡々と言うキャリコ。続けた金鹿に、エヴァンスが馬首を切り返す。
「うおおお! 総員急ぐぞ!!」
「ちょっと! あいつらを追い払うのが仕事でしょ!」
窘めるマリィアの声。死転鳥を退けたハンター達は、急いで来た道を戻る。
……その少し前。歪虚の軍勢とは依然混戦状態が続いていた。
「ルシオ様! あと2発で弾切れするですの!」
「こちらも……あと数発といったところですね……」
「そうか……。仲間と自分の身を守ることを優先に動いて欲しい。あと七葵、こちらへ。傷を癒そう」
指示にこくりと頷くチョココと時雨。ルシオは腕から血を滲ませて、肩で息をする七葵を呼び寄せる。
七葵は戦いが始まってからずっと最前線で刀を振るい、鬼神の如き働きを見せていた。
その為か、大分消耗しているように見えたのだが……七葵は鋭い目線をルシオに向ける。
「俺はまだ戦える……! そんな暇があるなら1体でも減らしたい」
「七葵、君が守ろうと必死なのは理解する。でも、無理と無謀は違うものだよ」
「しかし……!」
「例えハンターでも休息なしに戦い続けるのは不可能だ。効率も落ちる。……さあ、腕を出して」
宥めるような彼女の声に唇を噛む七葵。
――来たれ、聖なる光。繋がれ、命の源へ。癒しの光で満たせ。
続くルシオの詠唱。精霊に祈りを捧げ、癒しの光を呼び出しながら考える。
――長時間続く戦闘で、消耗する者も増えて来た。スキルも配分は考えているものの、尽きるのも時間の問題だ。
何とか活路を見出さないと……。
その時、風に流れてきた微かな嘶き。空に見えていた死転鳥がバランスを崩して落ちていくのが見えた。
悠月は泥田坊を袈裟懸けに斬り捨てると、隣で刀を振るう時澄をチラリと見る。
「……時澄さん、今の見た?」
「ああ。見た。どうやら死転鳥が落ちたようだな」
「皆もやるじゃない」
「俺達も負けていられんな」
「そうだね。フルスロットルで行こうか!」
「了解した」
「次、悠月を治療するから! 無理しちゃダメだよ!」
やけに爽やかに笑って駆け出す悠月と時澄。
その背に、ルシオが慌てて声をかけて――。
「うおおおおおお!!」
治療が終わるや否や、泥田坊に突っ込む七葵。右へ左へ。素早い動きで翻弄し、連撃を打ち込む。
「……皆さん……無茶なさいますね……。私もそろそろ、本気を出しましょうか……」
「えっ。時雨様、まだ本気じゃなかったですの?」
「……何事も、余力を残しておいた方がいいと……言いますでしょう……?」
「じゃあ、わたくしも花火打ち上げるですの」
薄く笑う時雨ににこにこ笑みを返すチョココ。すう……と息を吸い込んで詠唱が始まる。
――封印されし神の怒り。蔵書へ秘されし四肢を解放せしめれば、神は怒りによって瞼を開く……。
――炎よ。敵をどっかーんですの!
湧き上がる2つの業火。歪虚を飲み込み、衝撃ではじき飛ばされる。
「ほらほら! 瞬きしてると僕の牙で首が飛ぶよ!」
「残念ながら歪虚は瞬きせん、な!」
横に薙ぐ悠月の刀。吹き飛ぶ歪虚。
時澄の刀が連続して泥田坊に叩き込まれ――。
死転鳥の討伐成功は、確実に仲間達の士気をあげていた。
死転鳥や歪虚の軍勢が交戦している間。
黒い影とハンター達の戦いも続いていた。
――とはいえ、青木自身はあまり積極的には仕掛けて来ない。
露払いというか……ハンター達から仙秋を守るような行動を取っている気がする。
……仙秋と新たな契約でもしたんじゃろうか。それとも蓬生との契約の延長――?
そんなことを考えていたフラメディア。
その横を過る赤い疾風。青木に迫る残像を伴った赤毛のアルトの刃。
それを槍で受け流すと……アルトの背後から飛び込んで来たリューリを腕で払い除ける。
「……相変わらずだな。茨の王。エルフの小娘も一緒か……お前たちもしつこいな」
「……うるさい。お前は殺す」
「エルフの小娘じゃないよ! リューリだよ!! アルトちゃんいじめたの、許さないんだから! 大人しくぐーぱんちされなさい!」
「断る」
アルトの一閃を跳躍で避ける青木。その隙をつくように閃く刀。刹那の毒を纏わせた刃を槍で弾き返す。
「あそこから避けて来ますか。流石ですね」
微笑む刹那。返答代わりに槍を横に薙ぐ青木。
そこに現れた双璧――剛が無骨なガントレットで。フラメディアが盾でその一撃を受け止める。
「そうはさせませんよ……!」
「ほう? 受け止めたか」
「ええ。我々もやられっぱなしという訳にもいきませんからね……!」
睨み合う剛と青木。飛ぶフラメディア。振り抜く巨大な斧。
普通の歪虚なら塵に還っている一撃だが、青木は涼しい顔をしている。
「お前が盾を持つとは珍しいこともあるものだ。戦い方を変えたか? フラメディア」
「おぬしを倒すのに手段を選んではいられんからのう。……して。今回は何が目的じゃ。お前が何もなしに仙秋に協力するとも思えぬ。蓬生とやらの差し金か?」
「わざわざ手の内を明かすと思うか?」
「そう思えんから聞いているのじゃ」
跳躍し、再び距離を取る青木。
近づいて。離れて――ぶつかり合う武器。飛び散る火花。
幾度となく続く鍔迫り合い。
高速で移動し、青木に迫るアルト。
その影から飛び出し拳を当てようとしたリューリは、長身の歪虚の顔を覗き込む。
「……ねえ、燕太郎さん。どうして歪虚になったの……?」
「……そろそろその話は聞き飽きたぞ。小娘」
「誰かに裏切られたからかなって思ったけど、違う?」
「お前の勝手な妄想だな」
「だって、あの気持ちを抱えたままなのは辛すぎると思うんだよ!」
「……くどい! 俺をヒトの物差しで測るな!」
「リューリちゃん!」
苛立たしげに眉間に皺を寄せる青木。アルトが止める間もなく、リューリは肩を刺し貫かれて倒れ込む。
血が滴る槍。次にアルトに狙いを定めるも、剛とフラメディアに弾き返される。
「貴様もなかなかしつこいな」
「ええ。何度でも立ち塞がりますよ。自分の役目は守ることですからね……!」
不敵に笑う剛。動きに軽やかさはないが、その堅牢さと高い防御力は非常に安定感がある。
そして、仲間の盾となりながらもチクチクと攻撃を続けているフラメディア。
幾度となく青木の攻撃を受け止めている2人に、消耗の色が見え始めていた。
だが、この攻撃と防御の役割を分け、隙を少なくした波状攻撃は多少なりとも黒い歪虚の妨害が出来ているように見える。
その証拠に、まだ大技が出ていない――。
機会を伺っているだけかもしれぬ。まだ油断は出来ぬがな……!
歯を食いしばるフラメディア。
不意に感じた気配。咄嗟に飛びずさる青木。空から舞い降りた刹那が青木のコートの袖を斬り裂く。
「あら。今回は掠っただけでしたか。残念です」
「この動き……以前どこかで会ったか、女」
「覚えていて下さって光栄です。以前幻獣の森で……と言ったらお分かりかしら?」
「……あの時の女か。叩き潰す機会を得たことに感謝せねばな……!」
ニヤリと笑う青木。刹那に迫る影。そこに割って入るように、蒼い光線が地面を焼く。
振り返ると、無表情のアルマが立っていた。
「……アルマか。術を放つならもう少し上手くやるんだな」
「ええ。分かってますよ。わざと外したんです」
「どうした。仕掛けてこないのか? ……そういえば、今日はお前の盾がいないな。あれがなければ何も出来んか?」
「今日は一緒じゃないですよ。あと……あの子は僕の盾じゃないです。お嫁さんです」
「興味はないな」
「そうですか。……でも。僕のお嫁さんを傷つけて、盾呼ばわりして……その落とし前、っていうんですかね? つけて貰うことにしました。ねぇ、『青木さん』?」
瞬間。音を立てたピンヒール。黒い人物が現れ、一気に青木に迫る――。
「この時を待ってたぜェ! 青木ィ……!」
「くらえ……!」
大太刀を振り下ろす剛道。そこに重なる赤い風。アルトが青木の足にワイヤーウィップを巻き付け――。
2人同時に襲いかかられ、青木はこちらに気づいていない……。
そう確信して、流星のごとく滑り込むアルマ。
右手の義手に現れる蒼く輝く刃。
青木と一瞬目が合って――。
肉が割ける音。続いた衝撃。
続いた沈黙は長いようだったが、ほんの一瞬だったのかもしれない。
「貴様ァ……!」
「あはは……。相打ちですねえ」
見えるのは口の端に血を滲ませる青木。怒りの表情。腹を貫かれて、黒い服が赤に染まっている。
そして同時に腹を刺し貫かれたアルマ。満足気な顔をしてその場に膝をつく。
ぞくり、と。寒気を感じたアルト。見ると青木の目が金色に光り、急速に周囲の温度が下がっているように感じる。
そうだ。これは……!
「大技来るぞ!!」
叫ぶアルト。
気づいた仲間達が、攻撃を阻止すべく飛び込んで来るのが見えて――。
彼女がアルマを抱えて大地を蹴った次の瞬間。巻き起こる暴風。震える空気。
全方位を襲う衝撃波に、剛とフラメディア、刹那と剛道が巻き込まれて吹き飛ばされた。
酷い傷を負い、地に伏している仲間達。剛道が身を起こして青木の槍を掴む。
「まだだァ……! まだ終わっちゃいねェぞ……! 俺と戦え、青木ィ……!」
「……尾形。お前も大概だな。……殺しても死にそうにないお前の力なら少しは使えるか」
「何をする気だ……?!」
「動くなよ、茨の王。動いたらこいつの頭を踏み潰すぞ」
「させるか……!」
アルトを睨んだまま刹那の頭を踏みつける青木。
人質を取られぬよう気を払っていたフラメディア。阻止しようと立ち上がったが……深い傷を負い、気力だけで動いている彼女は本来の力が出せず、軽々と青木の槍に払われ大地に投げ出される。
青木はそのまま剛道の髪を掴んで引きずり上げ、手袋を外すと、剛道の首を握りつぶさんばかりに掴む。
「が……ぁっ!」
氷のように冷たい青木の手。いや、これは、マテリアルを吸い取られているから冷たく感じるのか……。
己の力が、目の前の歪虚に流れ込んでいくのを感じる。
身体が芯が凍り付くような感覚。剛道がそれに耐えながら目線を下すと……青木の腹の傷が急速に塞がっていくのが見えた。
「……マテリアルを吸収すンのは歪虚だけじゃねェのかよ。節操ねェなテメェも……」
「まだ喋れるのか。雑草並だな、お前は」
「テメェに言われたくねェよ……」
フン、と鼻で笑った青木。若峰の方角を見ると、小さくため息をついた。
「……死転鳥が落ちたか」
「そのようだね。まだやるか? やるなら相手をするが」
「いや、潮時だ。秋寿と歪虚は引かせる」
人が殺せそうな鋭い目線をぶつけてくるアルトを一瞥する青木。
剛道を放り出して踵を返し――。
青木との熾烈な戦いが続いている間、仙秋と対峙しているハンター達もまた、激戦の最中にいた。
「くそっ。こいつらどこから湧いて来やがるんだ!」
「新たに増えてる訳ではないと思うよ。少しづつだけど減ってはいる」
「しかし決め手には欠けてますね……」
敵をなぎ倒し続けて、肩で息をしているラジェンドラ。そんな彼の傷を癒すバジルに、観智はうーんと考え込む。
仙秋は泥田坊達を盾にして、離れたところから符を使って攻撃してくる。
遠くからハンター達を消耗させ、動けなくしてから真美を連れて行けばいい。わざわざこちらに近づく理由がないのだ。
その上で、仙秋に近づこうと思ったら、彼が盾にしている歪虚の軍勢を何とかしなければならない。
ハンター達も消耗している。スキルの残数も残り少ない。
ここで歪虚全てを討伐するという手段を取るのは現実的ではない。
だったら……。
「数を減らすより、動きを阻害して隙を作った方が建設的かもしれません」
「そうだね……。その手で行こうか。ルンルンもハナも協力して貰えるかな?」
腕を組んだまま言う観智。バジルの冷静な声に、ルンルンとハナはこくりと頷く。
「はいはーい! ルンルン忍法にお任せですよ☆」
「どうせ戦うならイケメンが良かったですけど仕方ないですぅ」
「トラップカードオープン! ルンルン忍法五星花! 光になれぇ!!」
「青は繁る木。炎の赤。黄色き土に閃く刃。水底の黒……五色を持って彼の者を縛れ。急ぎ律令の如くせよですぅ!」
「……氷結を纏いし風よ。来たりて全てを凍てつかせ!」
「眠れ、眠れ。常世の闇に。咲く一輪の花。貴方の為の……」
重なる詠唱。ルンルンとハナが作り出す光の五芒星。
観智が巻き起こす冷気の暴風。バジルの優しい、眠りを誘う歌声――。
動きが鈍くなる歪虚達。仙秋の前に立つ歪虚達を槍で薙ぎ払い、ラジェンドラが叫ぶ。
「今だ! やれっ!!」
「うん……!」
頷くディーナ。この方法は思い付きで、うまく行く保証はないけれど。
仲間が繋げてくれた機会を、無駄にしたくない――。
「浄化の風よ。歪みし力、虚しき哀れなるものを消し去り給え」
ディーナが放った浄化魔法。それが効いたようには見えず……仙秋はニヤリと口の端をあげて笑う。
場所に蔓延した負のマテリアルは浄化できても、歪虚は浄化できないということなのだろうか……。
「……俺にそれは効かねえよ。残念だったな」
「まだ終わりじゃないです……!」
ディーナの後ろから聞こえた声。エステルが真美と共に現れる。
「シンさん。しっかり秋寿さんに呼びかけるです……!」
「分かりました!」
エステルの手をしっかりと握ったまま、手を伸ばす真美。
「お前の方から来るとは。手間が省けた」
仙秋に掴まれる手。驚くほどに強い力。真美の手に握られた符。それは彼の身体に触れて……。
――秋寿兄様……!
貴方に会いたい。無事でいて欲しかった――そんな祈りに似た想いを符に乗せて……。
次の瞬間。目を見開く仙秋。放される手。
身体をぶるぶると振わせて真美とエステルと睨む。
「貴様……! 俺に一体何をした……ッ!」
「……! シンさん下がって下さいです」
苦しそうな仙秋に戸惑う真美。やって来た黒い影に気づいて、エステルが引き寄せる。
「……秋寿。死転鳥が落ちた。潮時だ。引き上げるぞ」
「所詮は出来損ないか……。仕方ねぇ、な」
苦しげな息を漏らす仙秋。
青木は彼を引きずるようにして肩に担ぐ。
「おい青木……! もうちょっと、丁重に扱え……!」
「移動手段は消されてお前は思うように動けない。違うか? ……気に入らぬなら捨てて行くぞ」
「……チッ。覚えていろハンター! 貴様ら……全員皆殺しだ!!」
「覚悟すんのはお前の方だ、仙秋。次こそは仕留めてやるからな……!」
ラジェンドラの研ぎ澄ました刃のような目線。
仙秋は怒りに燃えた目で歪虚達に撤退を命じ――それからまもなくして、芦原に静寂が戻った。
「くっそ! 逃げられたか! 青木と戦いたかったぜ!」
「八つ当たりは次回に持ち越しだな」
「そもそも戻って戦うこと自体に無理があったでしょうに……」
悔しがるエヴァンスと茶髪のアルトに、呆れたように肩を竦めるマリィア。
金鹿がくすくすと笑う横で、キャリコが黙々とライフルの手入れをしている。
「随分ひどくやられちゃいましたね。大丈夫ですか?」
「……ええ。でもちょっとだけスッキリしました。次は燕太郎さん燃やします! あ、剛道さんも協力して戴いてありがとうございました」
「気にすンな。たまたま利害が一致した。そんだけだ」
ルンルンに傷口を固定してもらいながら、あはは……と笑うアルマ。軽く頭を下げた彼に、剛道は肩を竦める。
「剛道さん、動いちゃダメですぅ!」
「……このくらい何てことねェ。放っとけ」
ハナの制止を振り切り、ふらつく身体で立ち上がる剛道。
窓から見えるうす曇りの空。
――この空の下のどこかにいるあの黒い歪虚。次に見えるのはいつになるのか……。
ハンター達がいるのは若峰の城下町。
歪虚達が撤退して暫くの後。怪我を負った者の手当てをしたいと真美が強く希望し……真美の住まいである黒狗城に戻ってきていた。
「刹那さん、大丈夫?」
「……うん。ありがとう」
「無理しないで欲しかったけど、青木相手じゃ仕方ないね……。僕看病するから、傷しっかり治そうね」
「えっ!? そ、そこまでして貰わなくても……痛っ」
「ほら、じっとしてて」
心配そうな悠月の申し出に慌てて手を振った刹那。怪我をしていることを身を持って感じている彼女に、悠月は小さくため息をつく。
「……それでは、その三条家の宝というのは今は行方不明、ということでしょうか」
「はい。父上の時代には確かにあったのですが……」
「あった筈のものがなくなった、ということは……先代が持ち出したんですかね」
七葵の確認するような声に頷く真美。
観智の呟きに七葵が考え込む。
先代……氏時様がその宝を持ち出したとしても、何か理由があるはずだ。
一体何の為に……?
「真美様。その三条家の宝、というのはどういったものかお分かりになりますか?」
「毎年新年に一度出して、三条家の象徴として飾る風習はありましたが……見た目は普通の法具ですし、何に使われていたものかは私も詳しくは聞いておりません。……武徳は何か知っていますか?」
「いいえ。詩天が始まりし時からあったもの、としか聞き及んでおりませぬな」
「三条家の宝というのは、仙秋が作ったのか?」
「断言は出来ませぬが、その可能性は高いですな」
「……先代詩天さんはどうして亡くなられたです?」
三条家軍師、水野 武徳の返答に考え込む時澄。続いたエステルの問いに、彼は遠い目をする。
「病を得たということになっておりますが……本当に病だったのかは分かっておりませぬ。眠れないと訴えられて、みるみる衰弱されましてな……。薬師や巫女たちが手を尽くしたのですがその甲斐なく……」
「そうでしたか……」
「それからはあっという間でしてな……。己の死後は荼毘に伏したあと、骨も砕け。形を残すなと……そういい残されて身罷られました」
目を伏せるバジル。続いた武徳の言葉に、赤毛のアルトとラジェンドラが目を丸くする。
「……形を残すな? 本当にそう言ったの?」
「遺言にしては妙だよな……」
「妙っていうか。それじゃまるで……」
「『遺体を残しておいたら何かが起きる』ことを知っていたかのような口ぶりじゃな……」
「先代詩天は、仙秋について何か知っていた、ということですかね」
フラメディアと剛の呟きに眉根を寄せるアルト。聞いた話を頭の中で整理しながら、三条家軍師を見る。
「……もう1つ聞いてもいいかな。秋寿さんの遺体ってどこに、どういう状態であったのか」
「……秋寿様は千石原の乱の後、自害召されて……ご遺体は、三条家の代々の墓に埋葬致しました。……が、その後まもなく墓荒らしが現れましてな」
「……秋寿さんのご遺体は……火葬はなさらなかった、と。そういうことですね……?」
「それで、秋寿さんの身体が消えたということなのね……」
「遺体を持っていくなんて悪趣味ですのよ」
「……その遺体こそが仙秋の目的だったんだろうけどね。そういうことだろう? 七葵」
「ああ……」
時雨とディーナの声に頷く武徳。ぷりぷりと憤慨するチョココをルシオが宥めて……七葵は血が出そうなくらい、拳を強く握り締める。
「ねえねえ。仙秋さんって今までどうしてたのかな」
「分かりません。まさか初代詩天が歪虚化していたとは思いませんでしたので……」
手当を受けながら首を傾げるリューリに申し訳なさそうな顔をする真美。
「仙秋の身体はどこかに残っていたりはしないの?」
「初代様も三条家の墓に埋葬されたはずですし、亡くなられたのは大分昔です。身体が残っているとは考え難いかと……」
ふむ……と呟き、赤い髪をくしゃくしゃとしながら考えに沈むアルト。
仙秋は強い依代を求めていた。
その為に巫女や符術師を誘拐し、幾度となく真美も連れ去ろうとしている。
そこまで必死になって依代を求める理由――きっとそこに、答えはある。
――そして七葵はある可能性に気づいた。
己の遺体を残すなと言い残した氏時。
――もしかしたら。先代詩天の死すらも、仙秋が仕組んだことなのかもしれない。
そうなのだとしたら……決して、許す訳にはいかない……!
――苦難を乗り越え、真美と若峰の町を守り抜いたハンター達。
見え始めた仙秋の企みと、詩天の騒乱の真相。それは、あまりにも命を軽んじた残酷なもので――。
必ず打ち破ると心に誓い……ハンター達は雌伏の時を過ごすのだった。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/11/08 10:24:29 |
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相談卓 外待雨 時雨(ka0227) 人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2016/11/11 20:23:47 |