ゲスト
(ka0000)
【猫譚】敵中央増援阻止戦
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/11/14 19:00
- 完成日
- 2016/11/22 21:30
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
王国西部リベルタース地方に上陸したベリアル軍という名の『嵐』は、王国南西部──港町ガンナ・エントラータの郊外にまで達しようとしていた。
多数の羊人型歪虚を左右に大きく展開し、鶴翼の陣を敷きながら。ガンガンと角や盾を得物を叩きながらゆったりと前進して来る歪虚軍──
その様は戦と言うよりも、まさに大規模な『狩り』であった。野っ原に点在するユグディラたちを、纏めて捕らえる為の追い込み猟だ。
彼らに対抗するべく前面に展開した王国軍は、歪虚全軍に比して明らかに数が少なく見えた。
それでも、逃げて来るユグディラたちを救う為。王国軍は下がらない。
●ベリアル軍中央部隊、最後衛──
中央で戦闘が始まった。
遠く響いて来る激しい喚声と剣戟の音── だが、最後衛に配置された羊たちに緊張の色はまるでない。
「退屈だメェ。自分たちもベリアル様の為に妖猫どもを長い棒でぶっ叩きたかったメェ」
「同感だメェ。早く前の奴らと交代して、人間どもの頭をスイカ(と訳された)みたいに叩き割りたいメェ」
形ばかりの隊列を維持しながら、ダレた様に呟き合う二足歩行の羊たち。どこでどう知ったのか、ハンチング帽にハントコート姿──見た目だけなら『ハンティングに興じるどこぞの貴族』の様に見えなくもない。
おまけに彼らは複数の狩猟犬型歪虚まで従えていた。ヒツジが狩猟犬を従える図と言うのは中々にシュールだが…… 今、リードに繋がれた『狩猟犬』たちは、前線から漂って来る血の臭いに大興奮して見境なく吠え捲っていた。
「……騒々しいメェ。早く大人しくさせるメェ」
「ずるいメェ。僕も貴族役が良いメェ。犬係役って言っても、こいつらちっとも言う事聞かないメェ」
「じゃんけん(と訳された。蹄で何をどうしているのだろう……?)に負けたお前が悪いメェ。いいから早くあっちに連れて行くメェ」
ブーブーと文句を言われながら、犬係役の羊は独り、犬たちを連れて隊列を離れた。
引っ張られるようにしながら、ちょっと小高い丘へと上がる。振り返れば、先程までよりちょびっと広い範囲までが見渡せた。
両翼を伸ばして広がった味方の大群── そこから自分を挟んで後方にはベリアル様の本陣が見える。中央前衛の前進は止まっていた。人間どもが善戦している。が、いずれこの大軍相手に呑み込まれて消えるだろう。
果たして自分たちの出番はあるだろうか……? 物思いに耽る犬係は、手の中のリードに現実へと引き戻された。
犬たちが自分を引っ張っている。丘の下を気にして盛んに吠え掛けている。
どうしたのだろう、と、犬係は丘の下へ──味方が布陣した反対側へと下りて行った。近づくにつれよく見ると、丘の下の地面に鋭い亀裂──クレバス(と訳された)の様な幅数mの峡谷が刻まれていることに気が付いた。犬たちはその下を盛んに気にしているようだった。
一歩、一歩、歩み寄る。緊張に犬係の身体が強張る……
と、次の瞬間。犬たちが一斉に後ろを振り返り、一斉にそちらへ吠え掛けた。犬係がパッと振り返ると、草場の陰に蹲るユグディラがいた。気付いた妖猫は慌てて逃げ出し……それを犬たちが追い。犬係は引きずられる様な格好で犬たちの後を追って行った。
やがて、喧騒が遠ざかり……沈黙が舞い降りる。位置を高く上げたカメラ(?)が視点を徐々に大地の亀裂の底へと移し。塹壕に籠る兵士の様な格好で潜んでいたCAM──大型ユニットの伏兵たちを映し出す。
「ふぅ。ひやひやさせてくれちゃって……」
愛機・魔導型デュミナスの操縦席で、無線機越しに羊が離れていったことを報されて──元地球統一連合宙軍少尉、リーナ・アンベールは、ふぅと大きく息を吐きつつ、顎に垂れた汗を拭った。
コックピットのハッチを開け、上へと伸ばした腕をよじ登るようにして大地の亀裂の上に出る。
「……本当に『何もないのに』行っちゃった。これもあなたたちのお陰ってわけ?」
リーナはそう言って傍らの地面を見下ろした。その視線の先には、『ギザ耳』と『片目に刀傷』を持つ、なんだかニヒルでクールな外見と佇まいを持った2匹のユグディラがいた。
「ニャ……」
彼らは静かに首肯した。彼らは他の妖猫たちとは違い、感情を表に出すことも、用無く人に媚びることもしない。
先に羊と犬たちが見たものは、彼らが掛けた幻覚だった。
「ユグディラの幻覚…… 使えそうですな」
ユニット部隊が籠る塹壕からほど近い雑木林── 歩兵部隊が籠るその大地の上で、元軍曹、ダニー・メイソンが、傍らに身を伏せた王国軍人──正確には大公マーロウが私兵、『ホロウレイド戦士団』の隊長、ロビン・A・グランディーに言った。
ロビンは彼から借りた双眼鏡でCAMやユニットたちを見やりながら、驚愕に返事も出来ないでいた。
クリムゾンウェストの物より遥かに優秀なこの双眼鏡は元より、遠く離れた味方と話せる通信機。そして、あの巨大な巨人──CAM。
「ロビン殿……?」
「あ、いや。そうだな。無事、敵中央はやり過ごした。早速、準備に取り掛かろう」
ロビンは背後の部下たちに、擬装を解き、ユニット部隊と合流するよう命じた。木々しかないと思われた光景に多数の兵士たちが現れ、手早く隊伍を整えて、林を出て走り出す。
リーナたちユニット部隊は既に機体を峡谷から出し、下ろしておいた複数の魔導トラックを谷から押し上げ、引き上げていた。無言のままダニーが運転席へと乗り込み、ロビンを初め戦士団の面々がその荷台へと上がっていく。
「作戦の最終確認を行います」
戦士団のセルマ・B・マクネアーが、居並んだトラックの荷台の兵士とユニットの操縦者たちに告げた。
「間もなくベリアルの本陣を味方部隊が急襲します。我々は本陣救出に赴かんと反転する敵中央部隊に横合いから奇襲を仕掛け、同時に歩兵部隊を素早く縦に展開。敵の行く手を遮る様に戦線を敷いて足止めします」
戦闘時間は敵本陣急襲部隊が戦闘を終えるまで。それまで、自分たちは圧倒的多数の敵部隊を押し留めなければならない。
「奇襲部隊という性格上、我々、歩兵部隊の数は決して多くはありません。ユニット部隊の方々の奮戦に期待します」
「始まった」
敵本陣の様子を確認していたリーナが呟く。
「ベリアル様が!?」
本陣が奇襲されたことを知り、慌てふためく羊たち。
そこへ右翼と左翼の部隊にも、伏せていた人間たちの奇襲部隊が襲い掛かる……
「急ぐメェ! 早くベリアル様の所へ!」
急転した状況に慌てふためきながら反転する敵中央後衛部隊。
それを確認した戦士団の切り込み隊長ハロルド・オリストが先陣に立ち、野太い声で号令する。
「突撃! 羊どもの横っ面をぶん殴ってやれ!」
多数の羊人型歪虚を左右に大きく展開し、鶴翼の陣を敷きながら。ガンガンと角や盾を得物を叩きながらゆったりと前進して来る歪虚軍──
その様は戦と言うよりも、まさに大規模な『狩り』であった。野っ原に点在するユグディラたちを、纏めて捕らえる為の追い込み猟だ。
彼らに対抗するべく前面に展開した王国軍は、歪虚全軍に比して明らかに数が少なく見えた。
それでも、逃げて来るユグディラたちを救う為。王国軍は下がらない。
●ベリアル軍中央部隊、最後衛──
中央で戦闘が始まった。
遠く響いて来る激しい喚声と剣戟の音── だが、最後衛に配置された羊たちに緊張の色はまるでない。
「退屈だメェ。自分たちもベリアル様の為に妖猫どもを長い棒でぶっ叩きたかったメェ」
「同感だメェ。早く前の奴らと交代して、人間どもの頭をスイカ(と訳された)みたいに叩き割りたいメェ」
形ばかりの隊列を維持しながら、ダレた様に呟き合う二足歩行の羊たち。どこでどう知ったのか、ハンチング帽にハントコート姿──見た目だけなら『ハンティングに興じるどこぞの貴族』の様に見えなくもない。
おまけに彼らは複数の狩猟犬型歪虚まで従えていた。ヒツジが狩猟犬を従える図と言うのは中々にシュールだが…… 今、リードに繋がれた『狩猟犬』たちは、前線から漂って来る血の臭いに大興奮して見境なく吠え捲っていた。
「……騒々しいメェ。早く大人しくさせるメェ」
「ずるいメェ。僕も貴族役が良いメェ。犬係役って言っても、こいつらちっとも言う事聞かないメェ」
「じゃんけん(と訳された。蹄で何をどうしているのだろう……?)に負けたお前が悪いメェ。いいから早くあっちに連れて行くメェ」
ブーブーと文句を言われながら、犬係役の羊は独り、犬たちを連れて隊列を離れた。
引っ張られるようにしながら、ちょっと小高い丘へと上がる。振り返れば、先程までよりちょびっと広い範囲までが見渡せた。
両翼を伸ばして広がった味方の大群── そこから自分を挟んで後方にはベリアル様の本陣が見える。中央前衛の前進は止まっていた。人間どもが善戦している。が、いずれこの大軍相手に呑み込まれて消えるだろう。
果たして自分たちの出番はあるだろうか……? 物思いに耽る犬係は、手の中のリードに現実へと引き戻された。
犬たちが自分を引っ張っている。丘の下を気にして盛んに吠え掛けている。
どうしたのだろう、と、犬係は丘の下へ──味方が布陣した反対側へと下りて行った。近づくにつれよく見ると、丘の下の地面に鋭い亀裂──クレバス(と訳された)の様な幅数mの峡谷が刻まれていることに気が付いた。犬たちはその下を盛んに気にしているようだった。
一歩、一歩、歩み寄る。緊張に犬係の身体が強張る……
と、次の瞬間。犬たちが一斉に後ろを振り返り、一斉にそちらへ吠え掛けた。犬係がパッと振り返ると、草場の陰に蹲るユグディラがいた。気付いた妖猫は慌てて逃げ出し……それを犬たちが追い。犬係は引きずられる様な格好で犬たちの後を追って行った。
やがて、喧騒が遠ざかり……沈黙が舞い降りる。位置を高く上げたカメラ(?)が視点を徐々に大地の亀裂の底へと移し。塹壕に籠る兵士の様な格好で潜んでいたCAM──大型ユニットの伏兵たちを映し出す。
「ふぅ。ひやひやさせてくれちゃって……」
愛機・魔導型デュミナスの操縦席で、無線機越しに羊が離れていったことを報されて──元地球統一連合宙軍少尉、リーナ・アンベールは、ふぅと大きく息を吐きつつ、顎に垂れた汗を拭った。
コックピットのハッチを開け、上へと伸ばした腕をよじ登るようにして大地の亀裂の上に出る。
「……本当に『何もないのに』行っちゃった。これもあなたたちのお陰ってわけ?」
リーナはそう言って傍らの地面を見下ろした。その視線の先には、『ギザ耳』と『片目に刀傷』を持つ、なんだかニヒルでクールな外見と佇まいを持った2匹のユグディラがいた。
「ニャ……」
彼らは静かに首肯した。彼らは他の妖猫たちとは違い、感情を表に出すことも、用無く人に媚びることもしない。
先に羊と犬たちが見たものは、彼らが掛けた幻覚だった。
「ユグディラの幻覚…… 使えそうですな」
ユニット部隊が籠る塹壕からほど近い雑木林── 歩兵部隊が籠るその大地の上で、元軍曹、ダニー・メイソンが、傍らに身を伏せた王国軍人──正確には大公マーロウが私兵、『ホロウレイド戦士団』の隊長、ロビン・A・グランディーに言った。
ロビンは彼から借りた双眼鏡でCAMやユニットたちを見やりながら、驚愕に返事も出来ないでいた。
クリムゾンウェストの物より遥かに優秀なこの双眼鏡は元より、遠く離れた味方と話せる通信機。そして、あの巨大な巨人──CAM。
「ロビン殿……?」
「あ、いや。そうだな。無事、敵中央はやり過ごした。早速、準備に取り掛かろう」
ロビンは背後の部下たちに、擬装を解き、ユニット部隊と合流するよう命じた。木々しかないと思われた光景に多数の兵士たちが現れ、手早く隊伍を整えて、林を出て走り出す。
リーナたちユニット部隊は既に機体を峡谷から出し、下ろしておいた複数の魔導トラックを谷から押し上げ、引き上げていた。無言のままダニーが運転席へと乗り込み、ロビンを初め戦士団の面々がその荷台へと上がっていく。
「作戦の最終確認を行います」
戦士団のセルマ・B・マクネアーが、居並んだトラックの荷台の兵士とユニットの操縦者たちに告げた。
「間もなくベリアルの本陣を味方部隊が急襲します。我々は本陣救出に赴かんと反転する敵中央部隊に横合いから奇襲を仕掛け、同時に歩兵部隊を素早く縦に展開。敵の行く手を遮る様に戦線を敷いて足止めします」
戦闘時間は敵本陣急襲部隊が戦闘を終えるまで。それまで、自分たちは圧倒的多数の敵部隊を押し留めなければならない。
「奇襲部隊という性格上、我々、歩兵部隊の数は決して多くはありません。ユニット部隊の方々の奮戦に期待します」
「始まった」
敵本陣の様子を確認していたリーナが呟く。
「ベリアル様が!?」
本陣が奇襲されたことを知り、慌てふためく羊たち。
そこへ右翼と左翼の部隊にも、伏せていた人間たちの奇襲部隊が襲い掛かる……
「急ぐメェ! 早くベリアル様の所へ!」
急転した状況に慌てふためきながら反転する敵中央後衛部隊。
それを確認した戦士団の切り込み隊長ハロルド・オリストが先陣に立ち、野太い声で号令する。
「突撃! 羊どもの横っ面をぶん殴ってやれ!」
リプレイ本文
蒼の世界に伝わる平和の女神から名を取った純白の毛並みのイェジドが、丘の斜面に身を伏せたまま、その耳をピンとそばだてた。
相棒のその仕草に気付いて、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)も丘の向こうへ耳を澄ます。……微かに、遠雷のような空気の振動──それは無数の蹄が大地を踏み締める、地鳴りの様な音だった。主の危地を察した敵軍中央の後衛部隊が、慌てて後方へと転回する音だった。
「……始まったか」
丘の斜面の南側──その麓に膝立ちの姿勢で隠れた5機の魔導型デュミナス。その1機、30mm突撃銃と盾を装備した機体の操縦席で、門垣 源一郎(ka6320)が呟いた。
「戦いは準備の帰結……か。大公は入念に準備を整えていたようだが、さて……」
王国軍は事前の積極的な情報収集により、敵軍の進路とその目的、ベリアル本陣の配置をも突き止めた。そして、自軍を小勢と見せかけて敵の油断と前進を誘い、自らの望む戦場へ──左右両翼中央に伏兵を配した只中へと引き込んだ。
だが、この中央奇襲部隊は他とは異なり、圧倒的多数の敵を前に単独で守勢を担わなければならない。その任に比して兵は少なく、敵軍の進路遮断は時間との勝負で、急拵え──作戦が上手くいくかどうかは、まるで予断を許さない。
(増援の、阻止。失敗したら作戦全体に響く、重要な戦い……)
柏木 千春(ka3061)の身体がブルッと震えた。怖い……? からじゃないよね! ほら、隠れる為にずっと冷たい土の上にいたから……
イレーネが唸り声を上げる。アルトがそれに気が付いた。普段は日向ぼっこの好きな、穏やかな気質のイェジドである。が、今はすぐ間近に迫った戦いの気配にその血を滾らせ始めている。
「このヒリヒリとした空気…… なんだか昔を思い出しますね」
「なかなか歯ごたえのある任務になりそうだ。全力で当たる事としよう」
並んだデュミナスのハッチの上で、言葉を交わした狭霧 雷(ka5296)と榊 兵庫(ka0010)が。丘の頂、稜線の陰から敵軍の動きを観察していたアメリア・フォーサイス(ka4111)が斜面を駆け下りて来るのを見て、それぞれ操縦席のシートへ戻る。
「『敵軍、我が方の正面に達しつつあり』、ですよ~」
肩に掛けた狙撃銃を弾ませつつ、斜面をとてとて駆け下り、アメリア。
「出来るだけ敵を長く足止めし、戦力を削ります。……今後の為にも」
生真面目に操縦席で待機していたサクラ・エルフリード(ka2598)が、淡々と操縦桿を操作し、機体をアクティブにした。
膝立ちの姿勢から立ち上がり、斜面を上り始めるサクラ機。それらに続いて進む前に、源一郎はコクピットハッチを開けて、すぐ近くに止まっていたトラックの分隊長に発煙手榴弾を投げ渡した。
「撤退時に使ってくれ。ピンを抜いてから投げればいい」
簡単にレクチャーを済ませて、ハッチを閉める源一郎。その傍らでアルトがイェジド『イレーネ』へと飛び乗り。それを見た千春も慌ててリーリー『リリィ』の背へ上がる。
その時、初めて気が付いた。リリィの全身は毛羽立ち、その身は小さく震えていた。
千春は気づけなかった己の不徳を恥じると、怯えるリリィの首の後ろを安心させるように撫でてやった。
(ごめんね。人間と歪虚との戦いに巻き込んじゃって……)
そして、それでも、と言葉を続けた。それでも、進まなければならないから……
「行こう、リリィ。……大丈夫。為すべきことを、為すだけ」
アリア・セリウス(ka6424)もまた、相棒のイェジド『コーギー』の首を両手で挟むようにして、正面から誓いを立てていた。
「誓うわ──何も奪わせはしない。私たちは何も喪ったりしない、と」
──己が為ではなく、誰かが為に為した事。それこそが、私の誇りであり、強さ。それを夢と信じて願い、剣に宿して──
「喪われる可能性こそを消すべく。幸せに続く日常を蝕み、蹂躙する魔の『嵐』を斬り祓う──!」
●
「大変だメェ! 本陣が襲われてるメェ!」
「急ぐメェ! 早くベリアル様の所へ!」
本陣奇襲を察知した敵中央後衛の混乱ぶりは、目に見えて酷いものだった。
『格好良い』隊列は既に見る影もなく。皆が皆、思い思いにただ本陣へ馳せ参じようとする。
そんな視野の狭くなった羊たちには、側方──丘の上に唐突に現れた『鋼鉄の巨人』に気付くものは少なく…… 丘に最も近い中央後衛部隊最左翼の幾匹だけが気が付けた。
「あれは……何だ、メェ……?」
気づいて足を止めた羊は、後方から走って来た羊に邪魔だと突き飛ばされた。倒れた羊はそれでも『巨人たち』から目を離さず…… 向けられた砲口を瞳に映し、その目を見開いた──
『雷電』と名付けられた兵庫の機体が腰溜めに構えた30mmガトリングガン──その束ねられた多砲身が高速で回転し始めた。
直後、轟音と共に砲口から吐き出される『炎の舌』と金属弾。同時に、雷機が膝射姿勢で構えた大型チェーンガンが、サクラ機頭部の対人機銃が、源一郎機とリーナ機の30mm突撃銃が一斉に羊たちへと撃ち放たれた。
弾丸が空気を切り裂く音と共に、その半身を粉々に吹き飛ばされる羊たち── 地面に次々と弾着が弾け、周囲のそこかしこで土くれと土煙が巻き上がる。
何が起きたか分からぬ内に、羊たちは身を伏せ、或いは弾け飛んだ。突如、自身の周囲に降り落ちて来た破滅の剣。目に見えぬまま振るわれる死神の鎌── 視覚と聴覚と嗅覚とを埋め尽くす圧倒的な弾丸の嵐の中、羊たちは恐怖し、パニックに陥った。
「……まずは敵の前列を崩して進軍を物理的に止める」
「この濃厚な弾丸の嵐の中に、飛び込んで来ようという物好きはそうそう居まい。ここで足止めを食らってもらうぞ」
絶やすことなく銃撃を続けながら、操縦席で源一郎と兵庫。サクラと雷は銃口を振って広い範囲に銃弾をバラ撒いた。精緻な照準は後回し。まずは当てる事より相手を攪乱、混乱を拡大させることを優先する。
兵庫機が重い多砲身銃を横へ振る。その度に砲口の指向する先で激しい弾着が巻き起こる。
そんな支援射撃の下、斜面を駆け下り、突撃を開始する幻獣3騎。それを見た源一郎が、照準を敵後方へと移していくよう合図を出した。突撃していく幻獣隊に合わせて各機の銃口が仰角を上げ、弾着が羊の群れの奥部へと移っていく。突如、砲弾の嵐が晴れ渡り、伏せていた羊の一匹が顔を上げ……直後、より至近からの銃撃によりその頭部を吹き飛ばされた。
慌てて再び頭を下げる羊たち。その視線の先には、コーディの背に乗り、側方から突っ込んでくるアリアの姿──彼女は雪風の如き薄刃の大太刀を軽やかに翻して肩へと掛けると、黄金色の西洋剣を弓代わりにして、バイオリンの如く刃を合わせた。
「アリア・セリウス。二つの刃に祈りを乗せて、勝利へと繋がる『希望』への道──斬り開くわ」
シャランと鋼音を引くアリア。同時にコーディが噛み締めた紐を引き、ダンッ! と獣機銃を発砲する。ボッ! と砕け散る羊の1匹。逃げ散る周囲の羊たち。直後、その空いた空間にアルトと千春の2騎が飛び込み、突破口を押し広げに掛かる。
「中央へ! 傷口を広げます!」
僚友たちに叫び、敵陣の薄い箇所を見極めて手綱を振るう千春。アルトはイレーネの背に両手をついて両足を揃えると、そこから一気に敵中へと跳躍した。その挙動に驚く羊たちを、駆け進んできたアリアが大太刀で大きく横へと薙ぎ払い。残敵に止めを刺すこともなく、更に奥へと踏み込んでいく。
更に、爆発的に炎のオーラを噴出させつつ、弾ける様に地を蹴るアルト。眼前に迫られた羊が慌てて得物を構え直した時には、既に彼女の姿はなかった。アルトが手首を翻してサーベルを振るった直後、羊の首が宙を舞い……舞い散る花弁の如くオーラの残滓だけを残して、次の敵へと移動している。
「何してるメェ! 取り囲んで討ち取るメェ!」
分隊長らしき羊が叫び、周囲の羊たちが我に返った。迫る包囲。その槍衾が完成する直前、アルトは手裏剣を敵分隊長へと投擲した。両者の間にピンと張り渡されるマテリアルの紅い鋼糸──アルトがそれを手繰る様に引いた瞬間、彼女の身体は瞬間的に分隊長の背後へと移動していた。ガッ!? と言う悲鳴と共に切り裂かれる羊の表皮──だが、分隊長は生きていた。踏ん張りつつ振り返り、背後からアルトを斬りつけようと振り被り。直後、更に背後から跳躍して来たイレーネによってぐしゃりと地面へ押し潰される……
千春はリリィに戦うことより、走ることに注力させていた。敵陣の密度の薄い場所を選んで進路を定め、戦場を走り回って敵を追い散らし、混乱を伝播させていく。
比較的混乱の少ない小集団と出くわした時は、敢えてその只中に突っ込み、足爪による一撃離脱で蹂躙した。ただし、足だけは絶対に止めなかった。足を止めれば、数に勝る羊たちにこちらが押し潰されてしまう。
「獣盾が邪魔? ごめんね。でも、これがないとリリィが怪我しちゃうから……」
相棒を気遣い、労りつつ、千春は周囲へ視線を振った。敵陣の様子を観察しつつ、常に味方の位置関係を把握する。回復役たる自分が、いつでも味方の危地に駆けつけられるように──
その千春を背後から飛び道具で狙った敵を、源一郎はHMDの照準越しに三点射で狙撃した。
ボッとその身体に大穴を開けて、倒れて黒光と化す羊。気づかず走り去る千春に恩に着せることもなく、源一郎は淡々とした表情で幻獣班への支援射撃を続けながら、淡々とした声音でCAMのパイロットたちに告げる。
「敵の一部が初期の混乱から立ち直りつつある」
「私も突撃します。この混乱を更に拡大させ、ベリアルの所へ向かわせないようにしないと」
源一郎の報せに応じ、サクラがマイクに「援護を」と告げる。応じた兵庫がガトリングガンを機の背部へ回し、腕部に取り付けた対人機銃へスイッチしつつ、機を歩かせ前進する。
背後の安全を確認した後、スティックを操作するサクラ。応じて機のスラスターが陽炎に歪み、直後、推進剤を噴かして跳躍する。
その着地地点へ向け対人機銃を撃ち捲る兵庫。逃げ惑う羊たちの只中に着地し、再びスラスターを噴射して更に北側──敵中央後衛部隊、その中央前衛(ややこしい……)へと飛んでいく。
「……羊を追い立てる狼の気分ですね」
跳躍しながら眼下へ対人機銃を撃ち捲りつつ……逃げ惑う羊たちの様子をモニタ越しに見やって、サクラはポツリと呟いた。
メェメェと逃げ惑う羊たち。ずっと沈黙していたサクラが、小さく、がおー、と呟いた。そして、まったく真顔のままで、狼さんだぞー、ふふふ……とか続けてみる。
「ん? がお? 何かあったか、サクラ?」
機銃の弾倉を切り替えつつ、サクラ機に後続しながら兵庫が言った。
無線は生きていた。サクラはカァ~っと体温を上昇させ、全身から汗を噴き出した。
「……忘れてください」
「何だって?」
「いいから。忘れてください……!///」
そんなやり取りを無線機越しに聞きながら、無表情のまま幻獣隊への支援射撃を行う源一郎。雷は苦笑を漏らしながら照準から目を離し、スラスターライフルの構えを解いて、機を膝射姿勢から立ち上がらせた。
そのままモニタ右面で敵の様子を確認しつつ、全力で丘の西側前面へと移動を始める。
モニタ左面に映った味方部隊──縦列で北上を始めた、魔導トラックに直掩する為に。
「高所を取れる丘の上か、彼我の間に『クレバス』を挟む箇所に防衛線を展開してください」
隊列の先陣を切り、全速力で草原を北へと進み、ガタガタと跳ねる魔導トラックの荷台の上で。前方の地形に目をやりながら、アメリアは傍らに立つ戦士団の副将ハロルドにそう進言した。
なんだと? と反駁しかけた巨躯の男は、とりあえず、話を聞くことにした。以前、ハンターたちに危地を救われた。以来、多少の聞く耳は持ち合わせるようにしている。
「銃を使った防衛戦には、そういった地形が好適なのです」
「銃だと!?」
ハロルドは益々嫌な顔をした。飛び道具はあまり好かない。
「ダメです」
アメリアはぴしゃりと言い切った。そして、にっこり微笑みながら言葉を続ける。
「覚醒者ではないかもしれないですけど、戦士団の皆さんの事は頼りにしているんですから」
「~~~~~///」
やがて、隊列最後方から順次、停止し、置き盾と魔導銃を手に防衛線の構築を始める歩兵部隊。最後にアメリアたちが乗る車が停止し、北端の防衛線を展開し始める。
その最北端に位置し、シールドを地面に置いて──その上に大型チェーンガンの砲身を乗せ、雷が即席の銃座を組み上げた。
彼らの正面に位置する敵中央後衛部隊右翼(……)には、未だ中央と左翼の混乱は波及していなかった。突如眼前に現れた敵に、士気高く突撃を開始する。
「ステンバ~イ、ステンバ~イ……」
兵たちに銃を構えさせ、待機の指示を出すアメリア。「まだか」と訴えるハロルドを手で制し。4足で疾駆して来る羊たちが大地の裂け目へ差し掛かった瞬間、その手を振り下ろす。
「撃て!」
一斉に打ち鳴らされる銃声──裂け目を跳躍した羊たちが、見えざる壁に激突したように次々と地面へ落ちていった。運よく裂け目に落ちなかった羊たちは、再び裂け目を飛び越えるべく転回して助走を始め。そこを雷機のチェーンガンに次々と狙い撃ちにされていく……
●
「優勢な敵集団、第二波が接近中」
丘の斜面の途上、CAMの視点の高さを活かし、敵集団後方の動きを察知した源一郎が皆に警告を発した。
「やれやれ。まだ第一波を粉砕したばかりだというのにな」
操縦席で首と肩を回しつつ、そう愚痴を零す兵庫。とは言え、その声には悲壮感はまるでなく。ここからが本番だ、とでも言いたげに溌溂とした表情で操縦桿を握り直す。
最早、巨人に対する畏れもなく、死兵と化して突っ込んでくる羊たち。応射する兵庫機。砕け散る正面の羊たち──怯むことなくその両脇から突っ込んできた羊たちが、両側面から兵庫機に飛び掛かり、魔力を込めた蹄で以って、纏わりつく様に殴って来た。
更に、背部へ回り込んだ1匹の羊が、魔力角による4足突撃でもって兵庫機の膝裏部を強打した。ガクリと膝をつく機体。そのコクピットで「やる!」と敵を賞賛しながら兵庫は機に槍を引き抜かせた槍をその羊へと突き入れる。
纏わりついた羊たちを振り払いながら、近くにいるサクラに視線を振る。サクラ機もまた、同様に羊たちの攻撃を受けていた。一旦下がるぞ、と告げる兵庫に応じるサクラ。羊たちを振り落としながらスラスターを噴射し、後方へと跳躍。空中から機銃弾の火線を扇状に撃ち捲る……
「新手です! 後退を!」
戦場を駆け巡りながら、千春が幻獣組の2人へ呼びかける。その彼女もまた周囲を羊たちに囲まれつつあった。ガンッ、という衝撃と共に、側方から魔力蹄で獣盾を殴られる。がっし、と盾に手を掛けた、羊のその手を聖杖で叩き剥がし。更に後続して来る羊たちを『セイクリッドフラッシュ』──自身から発する聖光の波動で周囲を纏めて吹き飛ばす。
「後退します。このままでは孤立しかねません」
アリアもまたその進路を翻し、千春に後続して西へと疾走を開始した。
アルトもまた同様に。ただ、その身体にはただの一つも傷が無かった。チリチリと宙を舞うオーラの花弁──2人がかり、3人がかりで囲まれてもなお、この飛花の火が燃えてる限り、何人たりとも私に指一本触れることはできない──
高揚もなくただ冷静にそう断じ、敵を斬り払いながら。ふと違和感に気付いて足を止め、背後を振り返る。
……イレーネの足が止まっていた。多数の敵に囲まれ、その進路を封じられていた。
アルトは羊の一人に手裏剣を投擲し、一瞬で距離を手繰ると背後から切り捨てた。呼応し、包囲を抜けるアルト。
飛花の火が消える。アルトは相棒と身を寄せ合い、西へと戦線を下げていく……
そんな幻獣班の後退を射撃で支援し続ける源一郎機とリーナ機の元にも、羊たちの群れが到達し始めた。
斜面の上という高所を活かし、上って来る羊たちを三点射で撃ち捲る2機。だが、それも数に押されて接近を許し、源一郎はあっけなくその場の放棄を決定する。
「跳ぶぞ。防衛線の味方と合流する」
側方より飛び掛って来た羊を盾でもって打ち弾き。地面に落ちたその羊を盾の淵でもって断ち割りつつ。源一郎機は僚機と共に、銃撃を撃ち下ろしながらスラスターでもって大きく西へと跳躍する。
犬使いたちによって放たれた狩猟犬型雑魔の群れが、羊たちの先頭に立って一斉に、波の様に防衛線に襲い掛かって来た。
雷は灼熱する銃身に気遣わし気な視線をやりつつ、その銃口を左右に振って扇状に弾をばら撒いた。防衛線まで後退して来た源一郎機もまた銃に弾倉を叩き込みつつ、着地して狼たちに迎撃の銃火を浴びせかける。
激しい銃火に晒されて、櫛の歯が欠ける様に脱落していく雑魔たち。アメリアの号令で放たれた一斉射撃が跳躍する犬たちを迎え撃つ。
だが、その犬たちの犠牲の下に、後続する羊たちは大地の裂け目を飛び越えた。その内の一部が銃火を突破し、防衛線の一部へ突っ込み。兵と置き盾とトラックたちの一部を魔力角で突き上げ、吹き飛ばす。
「ベリアル様の所に辿り着くことだけ考えるメェ! 正面の敵、決して多くはないメェ!」
周囲へ叫ぶ貴族服羊。同じね、とアリアが呟いた。仲間の為に戦い、勝利を求める──だからこそ、その想いで負けるわけにはいかない。
「ここは任せます」
言うなり、トラックの荷台から飛び降りて、穴の開いた防衛線へと駆けるアメリア。雷もまたシールドを持ち上げ、スラスターを噴かして南へ跳ぶ。
「使ってください!」
横転したトラックの前にシールドを置き、その前に膝をついてライフルを撃ち捲る雷機。その背後を通って防衛線の『穴』へと到達したアメリアは、味方の只中で暴れる羊たち向かって、両手で構えた魔導拳銃を立て続けに撃ち放った。パスッ、パスッ、パスッ、と背中に銃弾を受け、ウッ、と呻いて倒れる羊たち。銃を構えたまま歩み寄ったアメリアが、倒れた羊たちに向かって1発ずつ発砲して止めを刺す。
「皆、大丈夫ですか!?」
戦場からそちらへ駆け戻りながら、叫ぶ千春。同行するアリアが防衛線へと向かう敵を背後から薙ぎ払い。そのまま置き盾を飛び越えると急停止。休む間もなくコーディを反転させて獣機銃で迎撃に加わる。
同様に盾の後ろ飛び込む千春と、入れ替わる様に前に出るアメリア。運よく軽傷だった兵たちが続いて銃を手に盾へと戻り。傷を負った者たちが、より深手の者たちを後方へと引きずっていく。
「挫けそうになる心に矜持を。怯みそうになる魂に勇を。状況に利あらぬ中、己を支えるのは想いなれば」
戦歌を奏でるように、朗々と皆を励ますアリア。アメリアが盾の陰から両手で構えた銃を前へと突き出し、押し迫る大群に笑顔で「ワオ♪」と呟きつつ。とりあえず迫る敵の眼前へと弾倉空になるまで制圧射撃。その攻撃に思わず多々良を踏んだ羊たちが、直後、兵たちの一斉射撃で穴だらけになって倒れ伏す。
「もう大丈夫ですよ。傷は今、癒しますから……」
一方、千春はリリィの背から飛び降りながら、並べられた負傷者の元へと駆け寄り、次々と癒しの光をその身に翳した。
負傷者の数は多く、しかも各所で増え続けていた。アルトもまたそこへイレーネと共に戻って来たが、彼女は相棒の回復を千春に頼むと、自らは再び戦場へと戻っていく。
引き時だ、と千春は判断した。戦士団長ロビンが応じ、兵たちに撤収の指示を出した。
千春は負傷者たちの治療を住まえると、すぐにトラックへ乗せるよう指示を出した。
「それが……」
言い淀む兵たち。理由は千春にもすぐに分かった。
羊の突き上げを食らったトラックは横転し、大破していた。千春は暫し呆然とし……覚悟を決めて頷いた。
「わかりました…… 私が『癒し』ます……!」
撤収の合図に、兵士たちが置き盾から離れ、一斉にトラックの荷台へと飛び乗り始めた。
「歩兵部隊の撤収準備完了まで、これを支援する」
淡々と無線に告げて。源一郎が迫る羊たちへ向けて淡々と機にナイフを振らせる。
「アメリアさん!」
「先に乗って。私は最後でいいから」
アメリアが防衛線からトラック方面へと後退しつつ、置き盾を蹴散らして突っ込んできた羊へ銃撃を浴びせかける。
絵に描いた様な大ピンチ──だが、源一郎は汗一つ掻かず、別の事を考えていた。
「やはり歪虚相手では、いくら潰しても『殺した』という感触は薄いな……」
やがて、準備を終えたトラックから、順次、戦場からの離脱を始める。しかし、撤退を報せる煙幕は上がらなかった。それを手渡した分隊長は戦死していた。
「これで……!」
横転したトラックのフルリカバリーを終えた千春が、リーナ機にそれを起こすよう頼んだ。マジか、と驚愕しつつリーナが従い、兵たちが急ぎ、最後の『バス』へと乗り込む。
「アメリアさん!」
最後に乗った千春とアリアが走るトラックから身を乗り出し、最後まで地上に残ったアメリアへと手を伸ばした。
アメリアが背後を振り返り、羊たちが迫る中、間一髪、その手を掴み、走るトラックへと飛びついて戦場を離脱する。
源一郎は無言でコクピットのハッチを開けると、彼にレクチャーした通りに発煙手榴弾のピンを抜き、それを外へと投擲した。
そして、跳び迫る羊たちを無視してハッチを閉めると、最後のトラックの直掩について戦場を離脱していった。
背後の防衛線に、撤退を報せる煙幕が上がる。
それをモニタで確認して、兵庫はニヤリと笑みを浮かべた。
彼は防衛線が崩れかけるのを見るや、敢えて防衛線の前方に展開し、突出して敵を打ち払ってきた。自身の機体を盾にして、味方の撤収準備を守ってきた。
「さて。もう一頑張りといったところかな」
少し離れた所にアルトがいた。生身で、相棒の姿もない。
「先に戦場を離脱してくれ。殿は俺が引き受ける」
「しかし、お前1機では……」
「なに、機体は壊れればまた直せばいい」
言った傍から機体に衝撃──羊の蹄にタコ殴られた。さすがに厳しいか、と呟く兵庫。何言っているんですか、と無線機越しに声がした。
直後、兵庫機の周囲に銃弾と……スラスターを噴かしたサクラ機とが降って来た。
「潮時です。殿は私が代わりますので、素早く撤退をお願いします」
兵庫機とアルトの前に立ち、機銃を撃ち捲るサクラ。その傍らへ、「付き合いますよ」と両腕でチェーンガンを構えた雷機が並ぶ。
「羊相手なら生身よりは長く持ちこたえられるはず。後ろには一体たりとも行かせません」
自分と似た様なサクラの物言いに、兵庫は笑い声を上げ。その場を託して後退を始めた。
乗るか? と兵庫機に手を差し伸べられたアルトは、しかし、それを謝絶した。
「イレーネ」
駆けつけて来た相棒に、飛び乗って北へと逃れるアルト。
それをモニタで確認しながら、サクラと雷が機をスラスター噴射で後退させつつ、銃身も焼けよとばかりに撃ち捲りながら戦場を離脱していく……
●
中央奇襲部隊の戦いは終わった。
ハンターたちは必要十分な時間を稼いで後方へと退いた。
羊たちは休む間もなく、主の元へと駆けていく。
相棒のその仕草に気付いて、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)も丘の向こうへ耳を澄ます。……微かに、遠雷のような空気の振動──それは無数の蹄が大地を踏み締める、地鳴りの様な音だった。主の危地を察した敵軍中央の後衛部隊が、慌てて後方へと転回する音だった。
「……始まったか」
丘の斜面の南側──その麓に膝立ちの姿勢で隠れた5機の魔導型デュミナス。その1機、30mm突撃銃と盾を装備した機体の操縦席で、門垣 源一郎(ka6320)が呟いた。
「戦いは準備の帰結……か。大公は入念に準備を整えていたようだが、さて……」
王国軍は事前の積極的な情報収集により、敵軍の進路とその目的、ベリアル本陣の配置をも突き止めた。そして、自軍を小勢と見せかけて敵の油断と前進を誘い、自らの望む戦場へ──左右両翼中央に伏兵を配した只中へと引き込んだ。
だが、この中央奇襲部隊は他とは異なり、圧倒的多数の敵を前に単独で守勢を担わなければならない。その任に比して兵は少なく、敵軍の進路遮断は時間との勝負で、急拵え──作戦が上手くいくかどうかは、まるで予断を許さない。
(増援の、阻止。失敗したら作戦全体に響く、重要な戦い……)
柏木 千春(ka3061)の身体がブルッと震えた。怖い……? からじゃないよね! ほら、隠れる為にずっと冷たい土の上にいたから……
イレーネが唸り声を上げる。アルトがそれに気が付いた。普段は日向ぼっこの好きな、穏やかな気質のイェジドである。が、今はすぐ間近に迫った戦いの気配にその血を滾らせ始めている。
「このヒリヒリとした空気…… なんだか昔を思い出しますね」
「なかなか歯ごたえのある任務になりそうだ。全力で当たる事としよう」
並んだデュミナスのハッチの上で、言葉を交わした狭霧 雷(ka5296)と榊 兵庫(ka0010)が。丘の頂、稜線の陰から敵軍の動きを観察していたアメリア・フォーサイス(ka4111)が斜面を駆け下りて来るのを見て、それぞれ操縦席のシートへ戻る。
「『敵軍、我が方の正面に達しつつあり』、ですよ~」
肩に掛けた狙撃銃を弾ませつつ、斜面をとてとて駆け下り、アメリア。
「出来るだけ敵を長く足止めし、戦力を削ります。……今後の為にも」
生真面目に操縦席で待機していたサクラ・エルフリード(ka2598)が、淡々と操縦桿を操作し、機体をアクティブにした。
膝立ちの姿勢から立ち上がり、斜面を上り始めるサクラ機。それらに続いて進む前に、源一郎はコクピットハッチを開けて、すぐ近くに止まっていたトラックの分隊長に発煙手榴弾を投げ渡した。
「撤退時に使ってくれ。ピンを抜いてから投げればいい」
簡単にレクチャーを済ませて、ハッチを閉める源一郎。その傍らでアルトがイェジド『イレーネ』へと飛び乗り。それを見た千春も慌ててリーリー『リリィ』の背へ上がる。
その時、初めて気が付いた。リリィの全身は毛羽立ち、その身は小さく震えていた。
千春は気づけなかった己の不徳を恥じると、怯えるリリィの首の後ろを安心させるように撫でてやった。
(ごめんね。人間と歪虚との戦いに巻き込んじゃって……)
そして、それでも、と言葉を続けた。それでも、進まなければならないから……
「行こう、リリィ。……大丈夫。為すべきことを、為すだけ」
アリア・セリウス(ka6424)もまた、相棒のイェジド『コーギー』の首を両手で挟むようにして、正面から誓いを立てていた。
「誓うわ──何も奪わせはしない。私たちは何も喪ったりしない、と」
──己が為ではなく、誰かが為に為した事。それこそが、私の誇りであり、強さ。それを夢と信じて願い、剣に宿して──
「喪われる可能性こそを消すべく。幸せに続く日常を蝕み、蹂躙する魔の『嵐』を斬り祓う──!」
●
「大変だメェ! 本陣が襲われてるメェ!」
「急ぐメェ! 早くベリアル様の所へ!」
本陣奇襲を察知した敵中央後衛の混乱ぶりは、目に見えて酷いものだった。
『格好良い』隊列は既に見る影もなく。皆が皆、思い思いにただ本陣へ馳せ参じようとする。
そんな視野の狭くなった羊たちには、側方──丘の上に唐突に現れた『鋼鉄の巨人』に気付くものは少なく…… 丘に最も近い中央後衛部隊最左翼の幾匹だけが気が付けた。
「あれは……何だ、メェ……?」
気づいて足を止めた羊は、後方から走って来た羊に邪魔だと突き飛ばされた。倒れた羊はそれでも『巨人たち』から目を離さず…… 向けられた砲口を瞳に映し、その目を見開いた──
『雷電』と名付けられた兵庫の機体が腰溜めに構えた30mmガトリングガン──その束ねられた多砲身が高速で回転し始めた。
直後、轟音と共に砲口から吐き出される『炎の舌』と金属弾。同時に、雷機が膝射姿勢で構えた大型チェーンガンが、サクラ機頭部の対人機銃が、源一郎機とリーナ機の30mm突撃銃が一斉に羊たちへと撃ち放たれた。
弾丸が空気を切り裂く音と共に、その半身を粉々に吹き飛ばされる羊たち── 地面に次々と弾着が弾け、周囲のそこかしこで土くれと土煙が巻き上がる。
何が起きたか分からぬ内に、羊たちは身を伏せ、或いは弾け飛んだ。突如、自身の周囲に降り落ちて来た破滅の剣。目に見えぬまま振るわれる死神の鎌── 視覚と聴覚と嗅覚とを埋め尽くす圧倒的な弾丸の嵐の中、羊たちは恐怖し、パニックに陥った。
「……まずは敵の前列を崩して進軍を物理的に止める」
「この濃厚な弾丸の嵐の中に、飛び込んで来ようという物好きはそうそう居まい。ここで足止めを食らってもらうぞ」
絶やすことなく銃撃を続けながら、操縦席で源一郎と兵庫。サクラと雷は銃口を振って広い範囲に銃弾をバラ撒いた。精緻な照準は後回し。まずは当てる事より相手を攪乱、混乱を拡大させることを優先する。
兵庫機が重い多砲身銃を横へ振る。その度に砲口の指向する先で激しい弾着が巻き起こる。
そんな支援射撃の下、斜面を駆け下り、突撃を開始する幻獣3騎。それを見た源一郎が、照準を敵後方へと移していくよう合図を出した。突撃していく幻獣隊に合わせて各機の銃口が仰角を上げ、弾着が羊の群れの奥部へと移っていく。突如、砲弾の嵐が晴れ渡り、伏せていた羊の一匹が顔を上げ……直後、より至近からの銃撃によりその頭部を吹き飛ばされた。
慌てて再び頭を下げる羊たち。その視線の先には、コーディの背に乗り、側方から突っ込んでくるアリアの姿──彼女は雪風の如き薄刃の大太刀を軽やかに翻して肩へと掛けると、黄金色の西洋剣を弓代わりにして、バイオリンの如く刃を合わせた。
「アリア・セリウス。二つの刃に祈りを乗せて、勝利へと繋がる『希望』への道──斬り開くわ」
シャランと鋼音を引くアリア。同時にコーディが噛み締めた紐を引き、ダンッ! と獣機銃を発砲する。ボッ! と砕け散る羊の1匹。逃げ散る周囲の羊たち。直後、その空いた空間にアルトと千春の2騎が飛び込み、突破口を押し広げに掛かる。
「中央へ! 傷口を広げます!」
僚友たちに叫び、敵陣の薄い箇所を見極めて手綱を振るう千春。アルトはイレーネの背に両手をついて両足を揃えると、そこから一気に敵中へと跳躍した。その挙動に驚く羊たちを、駆け進んできたアリアが大太刀で大きく横へと薙ぎ払い。残敵に止めを刺すこともなく、更に奥へと踏み込んでいく。
更に、爆発的に炎のオーラを噴出させつつ、弾ける様に地を蹴るアルト。眼前に迫られた羊が慌てて得物を構え直した時には、既に彼女の姿はなかった。アルトが手首を翻してサーベルを振るった直後、羊の首が宙を舞い……舞い散る花弁の如くオーラの残滓だけを残して、次の敵へと移動している。
「何してるメェ! 取り囲んで討ち取るメェ!」
分隊長らしき羊が叫び、周囲の羊たちが我に返った。迫る包囲。その槍衾が完成する直前、アルトは手裏剣を敵分隊長へと投擲した。両者の間にピンと張り渡されるマテリアルの紅い鋼糸──アルトがそれを手繰る様に引いた瞬間、彼女の身体は瞬間的に分隊長の背後へと移動していた。ガッ!? と言う悲鳴と共に切り裂かれる羊の表皮──だが、分隊長は生きていた。踏ん張りつつ振り返り、背後からアルトを斬りつけようと振り被り。直後、更に背後から跳躍して来たイレーネによってぐしゃりと地面へ押し潰される……
千春はリリィに戦うことより、走ることに注力させていた。敵陣の密度の薄い場所を選んで進路を定め、戦場を走り回って敵を追い散らし、混乱を伝播させていく。
比較的混乱の少ない小集団と出くわした時は、敢えてその只中に突っ込み、足爪による一撃離脱で蹂躙した。ただし、足だけは絶対に止めなかった。足を止めれば、数に勝る羊たちにこちらが押し潰されてしまう。
「獣盾が邪魔? ごめんね。でも、これがないとリリィが怪我しちゃうから……」
相棒を気遣い、労りつつ、千春は周囲へ視線を振った。敵陣の様子を観察しつつ、常に味方の位置関係を把握する。回復役たる自分が、いつでも味方の危地に駆けつけられるように──
その千春を背後から飛び道具で狙った敵を、源一郎はHMDの照準越しに三点射で狙撃した。
ボッとその身体に大穴を開けて、倒れて黒光と化す羊。気づかず走り去る千春に恩に着せることもなく、源一郎は淡々とした表情で幻獣班への支援射撃を続けながら、淡々とした声音でCAMのパイロットたちに告げる。
「敵の一部が初期の混乱から立ち直りつつある」
「私も突撃します。この混乱を更に拡大させ、ベリアルの所へ向かわせないようにしないと」
源一郎の報せに応じ、サクラがマイクに「援護を」と告げる。応じた兵庫がガトリングガンを機の背部へ回し、腕部に取り付けた対人機銃へスイッチしつつ、機を歩かせ前進する。
背後の安全を確認した後、スティックを操作するサクラ。応じて機のスラスターが陽炎に歪み、直後、推進剤を噴かして跳躍する。
その着地地点へ向け対人機銃を撃ち捲る兵庫。逃げ惑う羊たちの只中に着地し、再びスラスターを噴射して更に北側──敵中央後衛部隊、その中央前衛(ややこしい……)へと飛んでいく。
「……羊を追い立てる狼の気分ですね」
跳躍しながら眼下へ対人機銃を撃ち捲りつつ……逃げ惑う羊たちの様子をモニタ越しに見やって、サクラはポツリと呟いた。
メェメェと逃げ惑う羊たち。ずっと沈黙していたサクラが、小さく、がおー、と呟いた。そして、まったく真顔のままで、狼さんだぞー、ふふふ……とか続けてみる。
「ん? がお? 何かあったか、サクラ?」
機銃の弾倉を切り替えつつ、サクラ機に後続しながら兵庫が言った。
無線は生きていた。サクラはカァ~っと体温を上昇させ、全身から汗を噴き出した。
「……忘れてください」
「何だって?」
「いいから。忘れてください……!///」
そんなやり取りを無線機越しに聞きながら、無表情のまま幻獣隊への支援射撃を行う源一郎。雷は苦笑を漏らしながら照準から目を離し、スラスターライフルの構えを解いて、機を膝射姿勢から立ち上がらせた。
そのままモニタ右面で敵の様子を確認しつつ、全力で丘の西側前面へと移動を始める。
モニタ左面に映った味方部隊──縦列で北上を始めた、魔導トラックに直掩する為に。
「高所を取れる丘の上か、彼我の間に『クレバス』を挟む箇所に防衛線を展開してください」
隊列の先陣を切り、全速力で草原を北へと進み、ガタガタと跳ねる魔導トラックの荷台の上で。前方の地形に目をやりながら、アメリアは傍らに立つ戦士団の副将ハロルドにそう進言した。
なんだと? と反駁しかけた巨躯の男は、とりあえず、話を聞くことにした。以前、ハンターたちに危地を救われた。以来、多少の聞く耳は持ち合わせるようにしている。
「銃を使った防衛戦には、そういった地形が好適なのです」
「銃だと!?」
ハロルドは益々嫌な顔をした。飛び道具はあまり好かない。
「ダメです」
アメリアはぴしゃりと言い切った。そして、にっこり微笑みながら言葉を続ける。
「覚醒者ではないかもしれないですけど、戦士団の皆さんの事は頼りにしているんですから」
「~~~~~///」
やがて、隊列最後方から順次、停止し、置き盾と魔導銃を手に防衛線の構築を始める歩兵部隊。最後にアメリアたちが乗る車が停止し、北端の防衛線を展開し始める。
その最北端に位置し、シールドを地面に置いて──その上に大型チェーンガンの砲身を乗せ、雷が即席の銃座を組み上げた。
彼らの正面に位置する敵中央後衛部隊右翼(……)には、未だ中央と左翼の混乱は波及していなかった。突如眼前に現れた敵に、士気高く突撃を開始する。
「ステンバ~イ、ステンバ~イ……」
兵たちに銃を構えさせ、待機の指示を出すアメリア。「まだか」と訴えるハロルドを手で制し。4足で疾駆して来る羊たちが大地の裂け目へ差し掛かった瞬間、その手を振り下ろす。
「撃て!」
一斉に打ち鳴らされる銃声──裂け目を跳躍した羊たちが、見えざる壁に激突したように次々と地面へ落ちていった。運よく裂け目に落ちなかった羊たちは、再び裂け目を飛び越えるべく転回して助走を始め。そこを雷機のチェーンガンに次々と狙い撃ちにされていく……
●
「優勢な敵集団、第二波が接近中」
丘の斜面の途上、CAMの視点の高さを活かし、敵集団後方の動きを察知した源一郎が皆に警告を発した。
「やれやれ。まだ第一波を粉砕したばかりだというのにな」
操縦席で首と肩を回しつつ、そう愚痴を零す兵庫。とは言え、その声には悲壮感はまるでなく。ここからが本番だ、とでも言いたげに溌溂とした表情で操縦桿を握り直す。
最早、巨人に対する畏れもなく、死兵と化して突っ込んでくる羊たち。応射する兵庫機。砕け散る正面の羊たち──怯むことなくその両脇から突っ込んできた羊たちが、両側面から兵庫機に飛び掛かり、魔力を込めた蹄で以って、纏わりつく様に殴って来た。
更に、背部へ回り込んだ1匹の羊が、魔力角による4足突撃でもって兵庫機の膝裏部を強打した。ガクリと膝をつく機体。そのコクピットで「やる!」と敵を賞賛しながら兵庫は機に槍を引き抜かせた槍をその羊へと突き入れる。
纏わりついた羊たちを振り払いながら、近くにいるサクラに視線を振る。サクラ機もまた、同様に羊たちの攻撃を受けていた。一旦下がるぞ、と告げる兵庫に応じるサクラ。羊たちを振り落としながらスラスターを噴射し、後方へと跳躍。空中から機銃弾の火線を扇状に撃ち捲る……
「新手です! 後退を!」
戦場を駆け巡りながら、千春が幻獣組の2人へ呼びかける。その彼女もまた周囲を羊たちに囲まれつつあった。ガンッ、という衝撃と共に、側方から魔力蹄で獣盾を殴られる。がっし、と盾に手を掛けた、羊のその手を聖杖で叩き剥がし。更に後続して来る羊たちを『セイクリッドフラッシュ』──自身から発する聖光の波動で周囲を纏めて吹き飛ばす。
「後退します。このままでは孤立しかねません」
アリアもまたその進路を翻し、千春に後続して西へと疾走を開始した。
アルトもまた同様に。ただ、その身体にはただの一つも傷が無かった。チリチリと宙を舞うオーラの花弁──2人がかり、3人がかりで囲まれてもなお、この飛花の火が燃えてる限り、何人たりとも私に指一本触れることはできない──
高揚もなくただ冷静にそう断じ、敵を斬り払いながら。ふと違和感に気付いて足を止め、背後を振り返る。
……イレーネの足が止まっていた。多数の敵に囲まれ、その進路を封じられていた。
アルトは羊の一人に手裏剣を投擲し、一瞬で距離を手繰ると背後から切り捨てた。呼応し、包囲を抜けるアルト。
飛花の火が消える。アルトは相棒と身を寄せ合い、西へと戦線を下げていく……
そんな幻獣班の後退を射撃で支援し続ける源一郎機とリーナ機の元にも、羊たちの群れが到達し始めた。
斜面の上という高所を活かし、上って来る羊たちを三点射で撃ち捲る2機。だが、それも数に押されて接近を許し、源一郎はあっけなくその場の放棄を決定する。
「跳ぶぞ。防衛線の味方と合流する」
側方より飛び掛って来た羊を盾でもって打ち弾き。地面に落ちたその羊を盾の淵でもって断ち割りつつ。源一郎機は僚機と共に、銃撃を撃ち下ろしながらスラスターでもって大きく西へと跳躍する。
犬使いたちによって放たれた狩猟犬型雑魔の群れが、羊たちの先頭に立って一斉に、波の様に防衛線に襲い掛かって来た。
雷は灼熱する銃身に気遣わし気な視線をやりつつ、その銃口を左右に振って扇状に弾をばら撒いた。防衛線まで後退して来た源一郎機もまた銃に弾倉を叩き込みつつ、着地して狼たちに迎撃の銃火を浴びせかける。
激しい銃火に晒されて、櫛の歯が欠ける様に脱落していく雑魔たち。アメリアの号令で放たれた一斉射撃が跳躍する犬たちを迎え撃つ。
だが、その犬たちの犠牲の下に、後続する羊たちは大地の裂け目を飛び越えた。その内の一部が銃火を突破し、防衛線の一部へ突っ込み。兵と置き盾とトラックたちの一部を魔力角で突き上げ、吹き飛ばす。
「ベリアル様の所に辿り着くことだけ考えるメェ! 正面の敵、決して多くはないメェ!」
周囲へ叫ぶ貴族服羊。同じね、とアリアが呟いた。仲間の為に戦い、勝利を求める──だからこそ、その想いで負けるわけにはいかない。
「ここは任せます」
言うなり、トラックの荷台から飛び降りて、穴の開いた防衛線へと駆けるアメリア。雷もまたシールドを持ち上げ、スラスターを噴かして南へ跳ぶ。
「使ってください!」
横転したトラックの前にシールドを置き、その前に膝をついてライフルを撃ち捲る雷機。その背後を通って防衛線の『穴』へと到達したアメリアは、味方の只中で暴れる羊たち向かって、両手で構えた魔導拳銃を立て続けに撃ち放った。パスッ、パスッ、パスッ、と背中に銃弾を受け、ウッ、と呻いて倒れる羊たち。銃を構えたまま歩み寄ったアメリアが、倒れた羊たちに向かって1発ずつ発砲して止めを刺す。
「皆、大丈夫ですか!?」
戦場からそちらへ駆け戻りながら、叫ぶ千春。同行するアリアが防衛線へと向かう敵を背後から薙ぎ払い。そのまま置き盾を飛び越えると急停止。休む間もなくコーディを反転させて獣機銃で迎撃に加わる。
同様に盾の後ろ飛び込む千春と、入れ替わる様に前に出るアメリア。運よく軽傷だった兵たちが続いて銃を手に盾へと戻り。傷を負った者たちが、より深手の者たちを後方へと引きずっていく。
「挫けそうになる心に矜持を。怯みそうになる魂に勇を。状況に利あらぬ中、己を支えるのは想いなれば」
戦歌を奏でるように、朗々と皆を励ますアリア。アメリアが盾の陰から両手で構えた銃を前へと突き出し、押し迫る大群に笑顔で「ワオ♪」と呟きつつ。とりあえず迫る敵の眼前へと弾倉空になるまで制圧射撃。その攻撃に思わず多々良を踏んだ羊たちが、直後、兵たちの一斉射撃で穴だらけになって倒れ伏す。
「もう大丈夫ですよ。傷は今、癒しますから……」
一方、千春はリリィの背から飛び降りながら、並べられた負傷者の元へと駆け寄り、次々と癒しの光をその身に翳した。
負傷者の数は多く、しかも各所で増え続けていた。アルトもまたそこへイレーネと共に戻って来たが、彼女は相棒の回復を千春に頼むと、自らは再び戦場へと戻っていく。
引き時だ、と千春は判断した。戦士団長ロビンが応じ、兵たちに撤収の指示を出した。
千春は負傷者たちの治療を住まえると、すぐにトラックへ乗せるよう指示を出した。
「それが……」
言い淀む兵たち。理由は千春にもすぐに分かった。
羊の突き上げを食らったトラックは横転し、大破していた。千春は暫し呆然とし……覚悟を決めて頷いた。
「わかりました…… 私が『癒し』ます……!」
撤収の合図に、兵士たちが置き盾から離れ、一斉にトラックの荷台へと飛び乗り始めた。
「歩兵部隊の撤収準備完了まで、これを支援する」
淡々と無線に告げて。源一郎が迫る羊たちへ向けて淡々と機にナイフを振らせる。
「アメリアさん!」
「先に乗って。私は最後でいいから」
アメリアが防衛線からトラック方面へと後退しつつ、置き盾を蹴散らして突っ込んできた羊へ銃撃を浴びせかける。
絵に描いた様な大ピンチ──だが、源一郎は汗一つ掻かず、別の事を考えていた。
「やはり歪虚相手では、いくら潰しても『殺した』という感触は薄いな……」
やがて、準備を終えたトラックから、順次、戦場からの離脱を始める。しかし、撤退を報せる煙幕は上がらなかった。それを手渡した分隊長は戦死していた。
「これで……!」
横転したトラックのフルリカバリーを終えた千春が、リーナ機にそれを起こすよう頼んだ。マジか、と驚愕しつつリーナが従い、兵たちが急ぎ、最後の『バス』へと乗り込む。
「アメリアさん!」
最後に乗った千春とアリアが走るトラックから身を乗り出し、最後まで地上に残ったアメリアへと手を伸ばした。
アメリアが背後を振り返り、羊たちが迫る中、間一髪、その手を掴み、走るトラックへと飛びついて戦場を離脱する。
源一郎は無言でコクピットのハッチを開けると、彼にレクチャーした通りに発煙手榴弾のピンを抜き、それを外へと投擲した。
そして、跳び迫る羊たちを無視してハッチを閉めると、最後のトラックの直掩について戦場を離脱していった。
背後の防衛線に、撤退を報せる煙幕が上がる。
それをモニタで確認して、兵庫はニヤリと笑みを浮かべた。
彼は防衛線が崩れかけるのを見るや、敢えて防衛線の前方に展開し、突出して敵を打ち払ってきた。自身の機体を盾にして、味方の撤収準備を守ってきた。
「さて。もう一頑張りといったところかな」
少し離れた所にアルトがいた。生身で、相棒の姿もない。
「先に戦場を離脱してくれ。殿は俺が引き受ける」
「しかし、お前1機では……」
「なに、機体は壊れればまた直せばいい」
言った傍から機体に衝撃──羊の蹄にタコ殴られた。さすがに厳しいか、と呟く兵庫。何言っているんですか、と無線機越しに声がした。
直後、兵庫機の周囲に銃弾と……スラスターを噴かしたサクラ機とが降って来た。
「潮時です。殿は私が代わりますので、素早く撤退をお願いします」
兵庫機とアルトの前に立ち、機銃を撃ち捲るサクラ。その傍らへ、「付き合いますよ」と両腕でチェーンガンを構えた雷機が並ぶ。
「羊相手なら生身よりは長く持ちこたえられるはず。後ろには一体たりとも行かせません」
自分と似た様なサクラの物言いに、兵庫は笑い声を上げ。その場を託して後退を始めた。
乗るか? と兵庫機に手を差し伸べられたアルトは、しかし、それを謝絶した。
「イレーネ」
駆けつけて来た相棒に、飛び乗って北へと逃れるアルト。
それをモニタで確認しながら、サクラと雷が機をスラスター噴射で後退させつつ、銃身も焼けよとばかりに撃ち捲りながら戦場を離脱していく……
●
中央奇襲部隊の戦いは終わった。
ハンターたちは必要十分な時間を稼いで後方へと退いた。
羊たちは休む間もなく、主の元へと駆けていく。
依頼結果
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質問卓 アリア・セリウス(ka6424) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/11/11 18:03:53 |
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相談卓 アリア・セリウス(ka6424) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2016/11/14 13:05:03 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/11/11 19:17:39 |