【碧剣】半藏討滅戦線:準備編

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,300
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/11/22 07:30
完成日
2016/12/05 00:44

みんなの思い出

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オープニング


 “生前”の半藏イエとユエは、双子の忍であった。
 歪虚と凌ぎを削っている時代に生まれた忍びだ。双子であることは、嘗てと比べて些か異なる意味合いを有している。さらに言えば、ユエは女性で、イエは男性。互いに果たせる事は異なっている。それでも、生まれてから長じるまでのほぼすべての時間を、二人で過ごしていた。

 彼らが歪虚に転じたのは、戦場でのことであった。持てる術のすべてを用い、彼らはその本拠を探った。そして、彼らはそこで憤怒の王、獄炎に出会った。
 捕われたわけではない。だが――囚われてしまった。その巨大さに。その、偉大さに。
 そして。その、言葉に。
 配下になれば、半藏イエとユエの望みを、叶えてやれる。
 都合のよい言葉に――二人は、飛びついてしまったのだ。飛びつく程に、狂っていた。
 結果として、半藏の二人はこの世のものとは思えぬ愉悦を知った。

 混じり合い、一つになるという、彼らの本願を余さず叶えた快楽を。

 ――それが取り返しのつかない過ちと、知らないままに。



『そこにいるんだろう、シュリ・エルキンズ!』

「…………っ」
 シュリ・エルキンズはたまらず、目を覚ました。夜気を孕んだ大気が頬を撫で、浮かんだ汗を瞬く間に冷やしていく。重ねられた毛布が、汗を吸って重くなっていた。ひどく、喉が乾く。
 ベッドサイドテーブルの水差しに手を伸ばした時――初めて、自分の手が震えていることに気がついた。
「………………くそ」
 震えた手を、震える別な手で握り込む無意味に気づいて、シュリは思わずそう零した。
 半藏イエと、半藏ユエとの遭遇戦で、ヒトが――学友が、仲間が、死んだ。シュリ自身も、死ぬ所だった。ハンター達が来なければ、間違いなく死んでいた。
 生首一つとなった学友を思う。跡形もなく飲み込まれた学友を。手裏剣に刺し貫かれ、泥に灼かれた学友を。
 無惨だった。
 闘うことの覚悟は出来ていた。死ぬことは怖い。それでも、護るために剣を取ったのだから。しかし、死に直面し、生き残ったからこそ、シュリの胸中は惨たらしく揺れていた。

 その時だ。
 部屋の扉が開いた――気がした。
「……?」
 しかし、誰もいない。すぐに剣を引き寄せた。微かだが、足音が聞こえる。何者かが――居る。すぐに剣を抜けるように構えるべく、ベッドから降りた。その動きに合わせて、足音が寄って来た。
 正体不明の接近者に確信を抱くにいたり、シュリは刃を抜こうとした。
 瞬後。
「スターーーーーップ!!」
 下から湧いた声に、シュリの理解が追いつかない。だが、声の気配をたどる、と。
「……え?」
 立派な髭を蓄え、スーツ的な何かを着込んだパルムが、居た。



「取材……?」
「うむ!」
 イェスパーと名乗ったパルムは、分け与えられたパンの耳を頬張りながら、威勢よく応じた。
「吾輩の弟子は生意気にも忙しいというものだからな! 吾輩自身がこうして来た次第!」
「……はあ」
「驚愕のあまり声もないか! まあ一般人……パンピー! パンピーはそうだろうな! 小市民だものなあ!」
「…………」
 日常的に刺激されてるコンプレックスを突かれてぐうの音も出ないシュリである。
「こうして来たのは他でもない!」
「……はい。なんでも聞いてください」
 さっさと終わってくれ、という願いを籠めて、即応した。なにせ、未明である上に、精神的不調甚だしいのだ。
「最近の、学生達について取材したいのだ」
「……へ?」

「学生たちの動きが奇妙、ですか……?」
「うむ」
 ぺらぺらとノート――パルム用だろうか、とても小さいものだ――を器用に捲ったイェスパーは、
「明らかなのは、ベリト……メフィスト襲来後だな。停戦を結んだ筈のメフィストの部下達を、王国民を扇動して追撃したのは学生である、という調べが付いている。その多くが貴族子弟であるのは……まぁ、当然であるな。王立学校の生徒であるからして」
「……」
「行動の理由は、義憤に駆られた、ということらしい。とにかく、激しい怒りがあったのだと。これは参加していた市民にしても同様なため、特筆すべき点ではないかもしれんがな!」
 シュリの表情が強張った。知っている。シュリ自身も、その場にいたからだ。尤も、彼らを止める側に、だが。
「……他にも、何かあるんですか?」
「何かとは?」
「質問に質問で返さないでくださいよ……」
「ぬはは、失敬失敬」
 冗談か、はたまた本気なのかは分からないが、笑うイェスパーは、表情を引き締めると、こう続けた。

「シュリ・エルキンズ。“まさか気づいていない”のか?」
「え……?」

 その後、イェスパーはふむむ、と唸る。固唾を飲んで見守るシュリの前で、ついにイェスパーは――小首を傾げた。
「なるほど、分からん」
「…………はぁ」
「ぬはは」
 そうしてイェスパーは再び笑い、ビシリ、とシュリに万年筆を突きつけた。
「いずれにしても、吾輩は文筆家であるからして、取材をしたいわけだ。手垢にまみれた言葉だが、我輩は、事実は小説より奇なり、という言葉を骨の髄まで愛しているからして!」
 言い放つと、イェスパーは立ち上がった。
「馳走になった! 吾輩は帰る!」
「え?」
「外が暗い! パンを食べたら眠くなった! もう眠ってしまいそうだ!」
「……えええええ?」
 床に飛び降りると、そのまま駆け出して扉へと向かうイェスパーを、シュリはただただ見送るしかない。
「また来るぞ!」
「あ、はい……」
「さらば!」



 一悶着あったものの夜は明け、授業を受ける。その後、『歪虚対策会議』――学生有志による、対歪虚戦闘の課外活動である――の集合場所に向かったシュリは、驚くべきものを目にした。

「……え?」
「遅かったな、シュリ・エルキンズ」
 金髪碧眼の美男子にして歪虚対策会議のリーダー、ロシュは腕を組んで誇らしげだ。彼が見やる先では、それまで簡素な作りだったプレハブは空き地になっており、建設途中であった建物が誇り高く立ちそびえている。
 だが、それはいい。完成間近ことは知っていた。問題なのは、空き地になったソコにそびえ立つ代物だ。大きい。
「あれは……?」
「Gnome。第六商会――シャルシェレット卿が発売している刻令ゴーレムらしい。砲戦型も開発中らしいな」
 実に良い、と頷くロシュをよそに、シュリは呆然としていた。
「お金ありすぎでしょう……」
「少しばかり値は張ったがな。先般の羊歪虚退治の礼金も各領からあったから、さして懐は痛まなかった」
「……はぁ」
 パンの耳とササミを食して生きているシュリにとっては想像もできない景気の良さだ。
「我々の銃撃を活かす為に配備を決めたのだが――まあ、君には未だ関係はない」
 胸元に下げたペンダント。そこに据えられた宝玉を撫でながら、ロシュはこう言った。
「シュリ・エルキンズ。出発するぞ」
「どこに、ですか?」
「決まっている。半藏を討ちにだ」
「……えっ」

リプレイ本文


 ジャック・J・グリーヴ(ka1305)の沈思は、苦い後悔に裏打ちされていた。
 ――助けると、誓ったのによ。
 貴族子弟だろうが、護るべきものだった。その絶叫が、奇しくも半藏が扱う泥のように彼の心を蝕む。
 だから。
 シュリを、呼びつけたのだ。


 なにこれ怖い。
 ジャックは偉丈夫だ。対して、シュリは小柄である。そんな彼に遠慮もなく、ジャックは少年を見下ろした。
「おい」
「は、はい!?」
「てめぇは半藏のクソと実際に会った時、ビビらずに逃げる事出来るか?」
 端的に、そう告げた。
「……」
「少し、考えろ。年端もいかねぇ学生のてめぇが絶対に逃げられると言えるか?」
 撃ち抜かれた少年が、すぐにその意味を思索するほどに、真っ直ぐな問いだった。
「死への恐怖ってのはんな簡単に克服出来るモンじゃねぇ。この作戦で行くんなら、骨は囮のてめぇになる」
 お前は死ぬ、と。明確に告げていた。その事は、ジャック自身の胸中を不吉に曇らせるが、それでも、言い切った。
 ジャックは再び舌打ちを残すと、視線を切って、会議の場へと戻っていった。
「ムリなら別の奴が囮になった方が良いと思うぜ」



「戻ったか」
 意味ありげな色を瞳に載せたヴィルマ・ネーベル(ka2549)は、そう言ってジャックとシュリを迎えた。
「もう、始まっちゃいましたか?」
「や、まだなのじゃが……」
 恐る恐るのシュリの問いに、ヴィルマは苦笑して、視線を巡らせた。
 集められたハンター達と、『歪虚対策会議』の面々の空気は、何とも重苦しかった。
「全員揃ったし、そろそろ始めるとしようかの」
 ヴィルマの言葉に、神城・錬(ka3822)が軽く挙手をして、告げる。
「まず、いくつか気になることはある。半藏は、なぜロシェの」
「ロシュだ」
「……ロシュの、関係者を狙う」
 間髪入れず入ったロシュの訂正の言葉に、僅かに罰の悪い表情を浮かべた後、続けた。
「どういうことだ?」
 怪訝そうなロシュに、それまで腕を組んで考え込む――フリをして退屈を噛み潰していた龍華 狼(ka4940)が、応えた。
「何故、『半藏』がロシュさん周りの情報を入手出来たのか……ということですよね。今回の襲撃が、敢えてロシュさんが覚知できる範囲で起っていたのなら」
「狙いは、君たち学生、ということも考えられる」
 アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、言葉を継いだ。静かだが、懸念の気配の滲む声に、ロシュは「ふむ」と俯く。
「この件に関しては保留にしよう。どのみち確証は得られん」
「でも、情報が筒抜けだとしたら、かなり危険ですよ?」
「そもそも検討が不可能だが、半藏が情報を得た可能性は低い。奴の手に掛かった当会議の面々はその場で絶命しているし」
 狼の確認の声に、ロシュは抑揚の乏しい言葉で、告げる。
「我々の情報が漏れる線が僅少だ。別の目論見はあるかもしらんが、それは別の話だな」
「ロシュさんがそれでいいなら、いいんですけど……」
 ――せっかく助かった命を態々囮に使うなんて……何を考えているのやら。
 あっさりと引き下がる狼だが、内心では、この状況に対して倦んだ思いがあるが、おくびにも出さない辺り、中々スレている。
 錬は静かに、周囲の反応を、伺っていた。
 ロシュ達の背景がなんだとしても、それが一介の学生に過ぎないロシュ達まで届けられるのか。錬には、その流れが、了解できない。かといって、歪虚が調べた、と考えるのも無理筋だろう。だから。
「…………」
 学生たちの様子に、目を光らせていた。ロシュやシュリに二心が無いとしても、その他の学生たちがそうかは、見定めなければならない。
「――♪」
 雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリアは、軋む空気をいっそ心地よい音楽を味わうように、目をつぶって耳を傾け、クッキーを頬張りながら、不安定に明るい声色で、呟いた。
「だからおにいさん達は泥遊びが大好きなのね。一杯居なくなって怒られちゃったでしょう?」
「…………つまみ出せ、というわけには行かんか」
「あ、ええと……」
 鼻から、その言葉を斟酌するつもりはないのかもしれない。対応はすべて、シュリに任せるつもりのようだった。フィリアが言わんとすることが分かったシュリとしては、ロシュの機嫌を思えば有り難い所ではあるのだが。
 応対の最中も、少女の言葉は微かな旋律となって、会議室に響いていく。

 ♪でも

 ♪泥遊びしたいのは本当にみんな?



「にしても、だ。てめぇら、半藏を舐めすぎじゃねぇか?」
 浮ついた、不安定な旋律を他所にジャック。オブラートに包む気など微塵もない、不躾な言葉に場の空気が固まる。ロシュは厳然と睨み返した。
「……一応、理由を聞いておこうか」
「貴族領で事件を起こし続けてんのが半藏だってんなら、この分かりやすさだ。明らかに俺様達を向こうも誘き出そうとしてんだろ。それに」
「戦力不足、という懸念もある。半蔵ユエは九尾直属だった九尾御庭番衆。王国で言うならば、最低でもベリアルの腹心のレベル、と見た方がいい」
「調べたら分かる程度の、既知の情報をわざわざ語りに来たのか、君たちは」
 ジャックの言は直截的だが、その態度は同じ貴族とはいえ水と油に過ぎる。アルトの注釈も火に油を注ぐようなものだったか、ロシュの言動に不快な色が滲んだ。
「……すみません。彼は彼で、半藏については、色々調べたんです。その」
 言外に『情報不足のままの交戦が、前回の結果に繋がったことを悔いている』ということを示すシュリに、アルトは軽く瞑目した。
 しばし時を置いて、アルトは続けた。
「非礼は詫びよう。だが、ユエは大量の傀儡を操る。奇襲に備える意味でも、囮が傀儡に囲まれて逃げられない場合の突破力は必要だろう」
 シュリを見るアルトの目には、力量を測る意図がある。逃げに専心したとして、果たして適うものかと。
 だからこそ。
「一人が二人で二人は一人だけど、ポケットを叩けばとっても沢山。賑やかだけどシュリおにいさんは独りぼっち」
 フィリアはそんな言葉と意図を嗤うように、謳うように、言う。
「――パクって食べられちゃうわ」
「……そうですね」
 ひたりと視線を定められたシュリは、その未来に抗うように、小さく顎を引いて応えた。
 覚悟は、出来ている。その問いは、先程受けたばかりだから。
「でも、行きます」
 頑なな言葉に、ヴィルマは目を細めて、言葉をかぶせた。
「勝算は、あるのかの?」
「あります。待ち構えている半藏は確かに脅威ですが、単体なら」
「……一応、根拠を聞かせて欲しいのじゃ。徒に死なれては寝覚めがわるい」
「半藏は、あの場で『僕達』を生かしておく理由なんて無かったんです」
「……」
 返った言葉と眼差しに、ヴィルマは言葉を飲み込んだ。そこに籠められた色は、ヴィルマの裡にも、通じるものがあった。
 生き残った者の悔恨と、同じ熱量の決意。
「僕達は逃げて、隠れる所まで持ち込めました」
「……状況が違うことは、わかっておろうな?」
「どうしても、やりたいんです」
「その行動は」
 割って入った声は――なんと、狼だった。まっすぐにシュリを見つめながら、告げる。
「亡くなった仲間への弔いですか? 復讐ですか? 自身への憤怒ですか?
 それともロシュさんに言われたからですか?」
「……」
「今一度問います。シュリ・エルキンズ。貴方のその剣は何の為にありますか?」
「理由は、分かりません。全部が全部、理由です。ただ……」
 その目が、手が、腰元の剣に移る。
「僕は、護れなかった。次こそ、護りたいんです」
 強い言葉に、ヴィルマはついに苦笑をこぼした。
 ――頑固じゃなぁ……。
「……なら、よい。その上でどうするのか、も妾達の仕事じゃからな」
「……」
 安堵の息を零すシュリであったが、その背が、力強く叩かれた。
 慌てて振り向くと、ジャックが、そこに居た。青年の真剣極まる表情が真っ先に目に入り、言葉を無くす。
 だが、ジャックは短く、こう言っただけだった。
「何があってもてめぇだけは助けてやる」


 大本の路線は変わらないのであれば、ということで、作戦のすり合わせに話しが移った。

 今回は囮をシュリに立て、更にハンターを一名つける。彼らを囮隊として、彼らを見張る隊――後詰を用意する。
 全体の指針としては、錬からは、事前の周辺地域の調査と、いざという時に隠れられる立地を勘案しておく、というものがあったのが一つ。
 そこから更に、ハンター達で一致した意見としたのは、そこから更に、もう一手あった。
 この後詰を見張る部隊をもう一つ用意する、という事だ。
 半藏が後詰を狙った動きに対応するための動きである。
「シュリに一人つけるのは兎も角、後詰を分散する、ということか」
「強襲の可能性は、どうしてもありますから……」
 ロシュはしばし唸っていたが、狼が言うように強襲のリスクを踏まえての意見であることは、十分に了解できる。
「……」
 思索するロシュを、アルトは冷然と見つめた。
 本来であれば、この状況そのものがナンセンスだ。動員できる戦力を動員することもなく、大物退治に挑もうというのだから。
 蒸し返すようだが、と一言置いて。
「強襲を警戒しなければならない程度には、根本的に、戦力が不足している。騎士団を頼るわけでもない未熟な学生は狩り易い。なぜ自分達ですることにそこまで拘る?」
「……」
 ロシュは沈黙をもって、応えとしたようだった。
 ――揃いも揃って頑固とは、な。
 アルトは微かに首を振って、胸中で呟いた。
 感情か。それとも、この『歪虚対策会議』とやらの背景が関与しているかは、定かではないが、面倒な仕事を請け負ったものである。
 アルトは追求を辞めたが、もう一人、くすくすと微笑みながら、こう言った。
「ねえ、どうして? 皆で遊んだ方が楽しいでしょう? 『影這うハタハタ鳥』だって、蜜集めの季節以外はきっとそう言うわ?」
「……」
「仲が良くないの? そうなの?」
 驚きを示すでもなく、フィリアはついに、満面の笑みを浮かべる。
「だから、おにいさんたちが騎士団の代わりに『成る』のね?」
「……狂女が」
 ロシュは忌々しげに吐き捨て、こう結んだ。
「怨恨だ。答えとしてはそれで、十分だろう」



「装備についての提案もしておくが」
 会議の最中、学生たちの動きをそれとなく見張っていたが妖しい動きは見られなかった。作戦も煮詰まり、頃合いとして、そう切り出した。
「前回、狼の斬撃が有効だった」
 得物が変わっている事をちらりと見やりつつ、錬が言えば、狼は少しばかり不機嫌そうな表情を見せた。すぐに気を取り直したか、狼が続けた。
「泥への対策も、必要だと思います。特にあの泥は特殊なので、盾とかだけでなくて、マントもあるといいんじゃいかな、と」
「当たっておこう」
「……あとは、銃は避けるくらい、かのぅ」
「ふむ」
 ちらり、と学生たちに目を走らせるロシュ。猟撃士の少年を見すえると、頷きが返った。考えておく、という事だろう。

 このあたりで意見は出尽くしたとして、後は訓練の運びとなった。


 囮を担うシュリは、特に念入りな訓練が施された。
 錬は、シュリと刃を交わしていた。相手にすると、碧剣の刃筋は背筋が凍る程に鋭い。
「……強いな、シュリ・エルキンズ!」
「ありがとうございます!」
 その刃には、一切の迷いは無い。強くなるのだ、という渇望が、錬には感じられ、自然、笑みが零れる。
「武器に意味を与えるのは持ち手だ。シュリ・エルキンス。何の為に剣をとった?」
「……護るため、です」
 今度こそ、という響きに、錬は心地良さを感じた。存分に、前向きだ。だから。
 遠慮なく剣を振るった。死ぬな、という願いと共に。

 一方、その頃。


「半藏の泥は毒の如しじゃ! 直接当るなど言語道断じゃ、そりゃぁ!」
「ひぁあ!」「……っ!」
 びしゃぁ、とソノマ・マ・ユグディラを振るって地面のぬかるみを払いあげ、泥を学生たちに浴びせている。
 近接職が欠けた学生たちにとって、その動作は不得手極まる動作なのだろう。
「瞬発力が足りんぞぃ! そりゃぁ!」
 なにせ、得物が大きい。幅広く、大量の泥がヴィルマを中心に咲いていた。
 試策せんとしていたウォーターウォークを使った実験は不発に終わったため、全ての労力を学生たちの猛特訓に注ぎ込めるのも、大きいのか。はたまた、スポーツと根性的ななにものかに、適性があったのか。
 その傍らでは、狼が器用に泥をかわしながら、学生たちを厳しい眼で採点していた。つい、と学生のローブをめくって検分すると、泥が付いている一点を指して、言う。
「急所が汚れてますよ。そのざまじゃ、今ので死んでます」
「…………」
 ぐうの音も出ない学生たちを尻目に、ヴィルマは我が意を得たり、と大きく頷いて、さらにもう一度、と杖を振るうのであった。
「よく見るのじゃ! 半藏の泥はもっと早い! 悲鳴を上げてるうちに死んでしまうのじゃ! そりゃぁ!」


「……何も、無かった、か」
「はい」
 訓練の休憩中、先日の遭遇戦。その際、誰も逃亡を訴えなかったかをシュリに訪ねた返事に、錬は唸った。
 ロシュが撤退を決心するほどの被害が重なるまで、誰も彼も、勇敢に戦った。ただ、それだけだと。錬が思索に耽る中、
「あちらは大変そうですね……あの、もう一本、お願いします!」
 惨状から目を反らしたシュリが勢い良くそう云う。
 すると、錬は薄く笑った。
「次は、あちらだ」
「えっ」
 二人の視線の先で、刀を携えたアルトが、すらりとした立ち姿で待ち構えていた。

 その日、シュリはこれまでの戦闘訓練が児戯のようなものだと知った。
 教えに、引き出されるように動きが改善されたシュリは、アルトとの訓練を振り返って、
「攻撃箇所を教えてくれたんですけど、言ってくれた場所がだんだん容赦なくなってきて、三十回くらい死んだと思いました」
 と、真顔で告げたという。


 諸々の訓練や準備、会話を終え、独りになったロシュは深い息を吐いた。胸元の宝玉に、手が伸びる。
「ねえ、おにいさん」
「……っ」
 その背に、唐突に、声が落ちた。
「ねえ」
 それはまるで、曇天から降り落ちるように。
「歪虚がとっても嫌い? この会議を作ったのはどうして? 泥遊びは本当に好き?」
 沁み入り、耳朶を打つ問いは、少女の声で発せられていた。
「ねえ」
 振り返ればフィリアがロシュを見つめていた。
「『ソレ』は本当におにいさんのモノ?」
 ──ねえ、『雨音』を聞かせて?
「……下らん」
 少女の言葉に、ロシュは頭を振った。
「歪虚は憎いさ。仲間を殺した歪虚なら、なおのこと」
 フィリアを真っ向から射抜く視線には、明確な、怒気があった。
「『コレ』は、私のものだ。耳障りな声で喚くな、狂女。次は赦さん」
「あら……」
 そんな男の声に、フィリアはころころと笑ったのだった。

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    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
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  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 良き羅針盤
    神城・錬(ka3822
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ”Scar"let
    フライス=C=ホテンシア(ka4437
    人間(紅)|18才|女性|猟撃士
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草(ka4538
    人間(紅)|12才|女性|疾影士
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    龍華 狼(ka4940
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ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/11/22 05:50:29
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/19 20:31:33