【西参】希望の大地

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~50人
サポート
0~0人
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2016/11/20 07:30
完成日
2016/11/28 17:46

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

栗山チオ

オープニング

――想像してみてくれよ、一面に広がる緑の畑を……信じられるかい?
  天ノ都より北にあるはずなのに、ここの大地は豊かで冬でも、多くの作物を作っているんだ――
                          ~東方へと送られた手紙より~

●赤き大地『ホープ』
 征西部隊は暴食に属する歪虚軍団を突破し、西方世界へと入った。
 天ノ都を出発したのは今年の5月の事。数度の大きな会戦を経て、部隊は半数程となっていた。通信や補給隊は引き上げ……残ったのは、征西部隊の――死にたがりの――戦士達。
「ここが、ホープ……」
 眼前に広がる光景に、征西部隊の面々は驚いていた。
 どこまでも続く畑。豆のような、なにかが冬でも育っているようだった。
 復興のモニュメント、整然と整理された通路や畑の区画、薬草を育てる温室や行商人とのやり取りを行う巨大な市場、作物を加工する施設などなど……建物の作りも、東方から来た彼らにとっては新鮮に映る。
「すげぇな、正秋……」
 正秋と瞬の二人は、その風景を、ただただ眺めているだけだ。
 誰もが興味深く周囲を見渡しながら、征西部隊はホープの中心地へとたどり着く。
 出迎えたのは、ハンターズソサエティの関係者やこの地に移住した住民らであった。
「ようこそ、希望の大地『ホープ』へ!」
 その言葉と共に、様々な楽器が鳴り、爆竹が響き、色とり取りのテープや紙吹雪が舞う。
 この日、征西部隊は、当初の目的であったホープへと到着したのだった。おおよそ、100年程前に歪虚によって分断された東と西が、改めて、繋がった事を意味するものでもあった。

●希望の先へ
 盛大――とは言えないものの、征西部隊を歓迎する宴が開かれた。
 死地を乗り越えた隊員達の顔は、天ノ都を出発する前とは違う。そこには、死にたがりは、もう居ない。
「えーと、盛り上がっている所で悪いけど、良いかな?」
 言葉とは裏腹に、全く以て、悪い気がしていない様子の『女将軍』鳴月 牡丹(kz0180)が、唐突に宣言した。
 隊員らは何事かと思って静まる。この女将軍の強さは隊員の誰もが認める事であり、先の台地を突破する際も、強引ではあったが、その強さを見せつけていた。
「君達の今後の事なんだけど、実は、本国から連絡が来ている」
 お互いに顔を見合わす隊員達。
 死ぬ覚悟で天ノ都を出発したのに、生き残って、西方までたどり着いたのだ。
 そもそも、『先』を考えていた者は居なかっただろう。
「……征西部隊は、ホープにて解散する」
 その宣言に、さすがにどよめきがおこった。
 それを腕を伸ばして制する牡丹はなおも続ける。
「希望すればホープへ移住できる。あるいは、西方世界で安住の地を探す事もできる。その際は、本国から、これまでの報償金を手に出来る事を約束するよ」
 征西部隊のほとんどが非覚醒者だ。
 東方に戻る場合は、再び、陸路で戻る事になるが、それは現実的な事ではない。
「覚醒者の場合は、転移門を使って本国にも帰れると付け加えるよ。その場合は報酬は減っちゃうけど、別の部隊への編入という形になるかな。実力があるなら、僕が推薦してもいい」
 自身の豊かな胸に手を当てながら、自信げに牡丹は言った。
 つまり、征西部隊はホープにて解散。ホープや西方世界へ移住。覚醒者は本国へ帰るか、こちらに移住するかという選択のようだ。
「……今更、戻りたいという奴の方が少ないだろうな」
 おっさん兵士――ゲンタ――がボソリと呟いた。
 もともと、身内や親しい者がいないか少ないか、色々と事情を抱えていた面々である。生き延びてここまで来た以上、こちらで余生を過ごす……というのも選択なのかもしれない。
 それに、ホープはまだまだ復興途上である。戦の経験があった者は、雑魔の出現やホープの防衛という意味で歓迎されるだろう。
「という事で、期日までに各自、僕の所にどうするか申し出てねー」
 軽い感じで宣言すると、牡丹は手を振って立ち去る。
 自身に割り当てられた宿の一室に戻る途中で、牡丹は正秋の傍を通った。
「あぁ、正秋君は後で僕の部屋に来てね」
 意味深な微笑みと共にそれだけ言って立ち去る。
「……」
 なんで自分が呼ばれたのかを正秋は瞬に視線で訴えた。
 瞬は両方を竦めてから、ポンと肩を叩く。
「……とりあえず、マテリアルを吸い尽くされないようにな」


 正秋が緊張した趣きで牡丹の部屋の戸を開けた。
 そこには、これまで同行していたハンターズソサエティの受付嬢見習いである紡伎 希(kz0174)も居た。
 緑髪の少女は、正秋の姿を確認すると微笑を浮かべて頭を軽く下げる。一方、部屋の主である牡丹は、西方の果実酒を平然と呷って飲んでいた。
「いかなるご要件でしょうか?」
 バカ丁寧に一礼してから正秋は訪ねた。
 牡丹は一通の書状を正秋に投げた。それを受け取ると書状に目を通す。
「これ、は……」
「征西部隊のホープ到着は十分な名誉と成果だからね。正秋君は災狐との合戦時に大きな役割も果たしたし、妥当な所じゃないかな」
「返事は今すぐにでしょうか?」
 正秋の質問に首を横に降る牡丹。
「他の隊員らと一緒で良いよ。もちろん、幾人かを君の専属としてもいい」
「……少し……考えさせて、貰います……」
 書状を大事そうに丸め、懐に収めた。

 その書状には、十鳥城の城主として正秋を受け入れる用意がある事が記されていたのだった。

 宴は続き、仲間達と語る者。静かに過ごしている者。様々だった。
 正秋は宴の隅で1人、悩んでいた。
「父上……矢鳴文様……」
 故郷に戻り、代官であった父の跡を継ぐ……それは、一つの運命のようでもあった。
 しかし、同時に別の事も思っていた。
「西方世界、そして、ハンター……」
 世界は広い。
 自分を支えてくれた多くのハンターと同じ道を歩みたい――という思いもある。
 顔を上げて征西部隊の仲間達を見る。覚醒者は転移門で戻れるので、天ノ都経由で、十鳥城へと行ける。誘えば、快く来てくれるだろう。
「だけど、それは……」
 十鳥城の復興は行う事が多い上に、雑魔や憤怒歪虚の残党もいるので、戦闘になる事もあるだろう。
「悩んでいますね」
 そこへ声を掛けて来たのは、希だった。
 隣に座ると手にしていたパインタルトを正秋に渡す。それを受け取りながら正秋は応えた。
「そうですね……簡単には決められないので」
「この後、ハンターの方々を呼ぶ事になっています。そこで、相談されるのも、一つかと」
「……ありがとうございます」
 城主となるか、ハンターとして生きるか、大きな選択が迫っていた。

リプレイ本文


 征西部隊の到着をハンターらと共に祝う宴の開始が宣言され、舞台の上に真っ先にあがる巨乳――ではなく、忍者が一人。
「まずは、みんな、西方到着、おめでとぉぉぉ!」
 大袈裟に左から右へと向きを変えながら叫んだのはルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)だった。
 彼女を知らない隊員はいない。忍者というより女性らしい体型の所でという意味だが。
「お祝いの歌と踊りを、私からみんなに……聞いてください♪」
 直後、符が舞い、眩い光を放つと共に曲が流れ始めた。
 歌って踊って、ホープや西方世界の事を伝えるためだ。
「新しい生活で不安な人も居るだろうから、私からの応援です!」
 たゆんたゆんと派手に揺れるナニが気になり、ルンルンのアドバイスどころではないが、そんな感じで宴が始まったのだった。


 征西部隊だけで100人以上はいるのだ。
 兵士らは思い思いの場所にいるので、ジャック・エルギン(ka1522)は酒を注いで回っていた。
「オウ、飲んでるかい? 東方の酒も良いが、西方の酒も楽しんでくれよ」
 そしてワイン瓶を掲げてみせた。
 ここの兵士らは移住先について悩んでいるみたいだった。西方地図を開いていた。
「移住なら、俺の故郷の自由都市同盟も良いところだぜ」
 酒も肴も美味いし、リアルブルーからの移住者の街もあるのだ。
 真剣に悩む兵士らのテンションが下がっているかと勘違いして、宴を楽しんで大興奮中のクロード・N・シックス(ka4741)が輪の中に飛び込んで来た。
「さあ! 思いっきりPartyを楽しみますヨ!」
 勢い余って、ジャックの身体にぶち当たり、溢れた酒が飛沫となる。
「シャー! 宴だー! たくさん食べて飲んで騒ぐぞー!」
「おい、クロード。盛り上げるのはいいが、移住先を決める邪魔はするなよ」
 ジャックが苦笑を浮かべる。
 疑問マークを頭の上に浮かべていたクロードだったか、どういう事か察したみたいで、ポンと手を叩いた。
「そういう事なら、移住するって人は遠慮なく質問してくだサイ!」
 激なテンションにジャックも含め、兵士達は、「お、おう」と応えるしかできなかった。


「大丈夫ですか? 星輝様」
 珍しく希の焦った声。
 地面に転がってUisca Amhran(ka0754)から回復魔法を受けているのは、星輝 Amhran(ka0724)だった。
 模擬訓練の覚悟が出ない希に対し、一喝しての攻撃を放ったら、カウンターに攻勢防壁からの威力をチャージした炎の力を持った衝撃を直撃したのだ。
「だ、大丈夫じゃ」
 マテリアルチャージャーのスキルは覚えたてらしいが……。
「攻撃力を確認するのは私だったのですが……とりあえず、問題はないみたいですね」
 推定ではあるが、高威力ではあるようだ。
 Uiscaは杖を握った。今度は防御力を確認するのだ。
「よろしくお願いします! イスカさん!」
 緊張した希の声だった。

 一撃で気絶した希を回復魔法で起こし、模擬訓練は終了となった。
 攻撃は問題ないものの、回避や防御に不安を覚えるが、これを機に改善していけばいい。
「奴には、強制能力もある……力を行使するに値する、強く揺るがぬ心も鍛えるのじゃ!」
 星輝のアドバイスに希は深く頷いた。
 その希の手にUiscaは優しく自身の手を重ねる。
「決着のつけ方は、倒す事だけじゃないよ」
「イスカさん……」
「彼に、なぜ自分を助けたのか、そして、今の『望み』を問い質してみては?」
 その為には、直接会って会話する機会がなければない。
 気持ちの整理が……必要だろう。
「さぁ、喉も渇いた所ですし」
 イスカが牛乳を希と星輝に渡したのであった。


 いくつもの屋台が並ぶ中、一際、長大な列が出来ている屋台があった。
 ホープの人々と作った即席のピザ釜でミオレスカ(ka3496)がピザを作っていたのだ。
 材料は主催者側が用意したので、尽きる心配はない。
「どんどん焼きあがりますので~」
 薄めの生地に、細かく裂いたチーズを贅沢な程使い、トマトや香草など混ぜた特製ソース。
 帝国から仕入れた燻製、王国から取り寄せた野菜、同盟から運ばれたばかりの魚介類の具材。
 誰が名付けたのか『西方ピザ』の人気は凄まじい事になった。
「焼けた分から、順次切り分けてお出ししますね」
 まるで戦のような忙しさだったが、これはこれで、彼女にとって楽しい一時であった。

「お待たせしました~」
 ミオレスカが、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)へと出来立てのピザを渡した。
 軽くお礼を告げ、彼女は宴が見渡せる場所に一人で陣取る。
 そして、自分と“3人分”の食事や酒を並べた。
「……終わったよ、イチガイ、ジロウ、サブロウ……。皆のお陰で無事に辿り着いたよ」
 宴の会場からは賑やかな音が聞こえてくる。
 暑苦しい筋肉質の3兄弟はいない……目撃者の話によると災狐の軍団の中に、堕落者と化した、かつての主人との戦いで相討ちしたそうだ。
 壮絶な戦いだったのは最後を看取ったユーリには分かっていた。それでも……。
「三人には、敵討ちよりも自分達の幸せを掴む為に、生きて欲しかったんだと思う」
 兄弟の主も、その娘も、イチガイ達も、そう願ったように、多くの人々もまた、同じはずだ。勿論、自身も……。
 ユーリは鞘から静かに刀を出した。
「だから、誰もが不要な悲しみを背負わない……そんな世界を目指す為に、戦うよ」
 打合う相手は居ない。だが、不思議と鞘に戻した時の音が幾重にも響いた――。

 盛況なピザの屋台とは反対方向に位置する屋台でも人の行列が出来ていた。
 レベッカ・アマデーオ(ka1963)が焼肉を振舞っているのだ。
「昼間獲って来た、新鮮な肉だよー。酒と一緒にやると、進むこと間違いなし!」
 そんな呼び掛けと共に漂う濃厚なタレが焦げる匂いが、人々の意識を強制的に向ける。
 直伝の特製タレに、骨や肉を出汁にした野菜スープも体が温まりそうだ。
「あ、そのまま食べると、タレがかなり濃いから、酒以外なら、パンとかに乗せてね」
 そう言いながら、次の肉を準備する。主催者の手配でかなりの量がある。
 材料が捌けたら、舞台で踊ったり歌ったりしようと思ったが、それは随分と先になるかもと思う程だった。

「はい! どうぞ~」
 レベッカから濃く光り滴るタレの肉を受け取ったヴィルマ・ネーベル(ka2549)は、鼻の奥深くを刺激的に弄る焼肉の香りに思わず生唾を飲み込んだ。
 食べる前から分かる。これは、美味い肉だ。
 例えるなら、その味は、聖地よりも高く、海底神殿よりも深いだろう。
 適当な席に座り、ゆっくりと頬ぼると、口の中に広がったタレと肉汁の味が脳天へと突き抜けた。
 あまりの美味しさに心臓が強く鼓動する。
「お……美味しいのぅ……これは、酒が進んでしまうのじゃ」
 しかし、お酒を一気に飲む事はしなかった。
 そう――今日はセーブしようとらしくなく思う。
 歓迎する側が泥酔するのは、さすがに、マズイ……そう、自分に言い聞かせたヴィルマは、その後も宴を楽しむのであった。


 軽く微笑みながらNon=Bee(ka1604)が、希に飲み物を振る舞った。
 決して、ここは、カマバーではない。
「あなたも、皆もここまで、よく引っ張ってきたわね。偉いわ」
 陸路での東方から西方へ。
 その目標を、希が達成できた事を祝いたく、同時に嬉しく、誇りに思う。
「ありがとうございます」
 希が感謝の言葉を告げながら飲み物に口をつけた。
「一時はどうなるかと思ったけどね」
 同席しているアルラウネ(ka4841)もNonと同じくお酒を飲んでいた。
 天ノ都を出発してから、希の様子は変わった。理由が分かるだけに、胸が痛んだ。
「……夢があるんです」
 僅かな間の後に希は言い出した。
 憧れた人、これまで出会った転移者の事を、リアルブルーで伝えたいという夢を――その表情を見て、隣に座っていたラジェンドラ(ka6353)がウィスキーが入ったグラスを回す。
「その顔を見たら、俺も沈んではいられないな」
 王都である情報を探し求めていた――その結果は、ハンターオフィスで調べた報告書の数々と辛い結果だった。
 だが、自身にとって大切な存在が繋げた希望は、試練を乗り越え、一つの決断へと至ったのだ。
「ノゾミは王国に戻るの?」
 Nonの質問に希は頷く。
「決着をつける為に」
「王国か……ちゃんと行ってみたいな」
 あいつが守りたかったものを知る為にと心の中で続けるラジェンドラ。
「それなら、ラジェンドラ様も、一緒にですね」
 希の微笑に、これから先の事も考えなければなと思った。転移してから色々とありすぎたのもある。
 アルラウネがいたずら好きそうな表情で、希の肩に手を回した。
「決着、ね……。最後に一晩過ごして大人になるとか?」
 冗談で言ったつもりだったが、希の反応は“大人”な反応だった。
「従者で居た頃は、身も心も捧げていましたが?」
「え……」
 絶句するアルラウネの様子にNonが豪快な笑い声をあげた。
 どういう訳か勝ち誇ったような希の微笑ましい表情に、Nonは嬉しそうにお酒を飲んだ。


 会場でもっとも盛り上がっている一角に、多くの征西部隊の隊員とハンター達が集まっていた。
「あはん♪」
 嬉しそうな笑顔を魅せながら男装姿のルーン・ルン(ka6243)が次々に串焼きを振舞っていた。
 調理中というのに興が乗ってしまっているのか、厨房内で華麗な動き。
「……この世は螺旋。きっと、絡み縺れ合うものよ」
 カップルのハンターに串焼きを渡し、おまけも添える。
 顔を真っ赤にして赤髪のハンターが受け取り、その様子に、一人、うんうんと頷く。
「姉さま、楽しそうな雰囲気です!」
 ルーネ・ルナ(ka6244)が、新たに準備した串を手渡す。
 串焼きは手頃に食べられるからか、大人気であった。
 おまけに麗しき姉妹の笑顔が見られるのだ。人が集まらない訳がない。
「姉さま、そこのお酒くださいね!」
 ルナが一瞬の隙を突いて、ルンのお酒を掴むと、タレの隠し味に足す。
 姉から返事が無いので顔を上げると、いつの間にか、屋台の前にある舞台に上がっていた。
「ご一緒させていただいても?」
「あぁ、構わない」
 グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が、ルンの申し出に応える。
 彼はグラズヘイム王国の商会「第六商会」が開発したギターを手にしていた。
「ね、姉さま! 屋台が」
 慌てるルナ。舞台へと上がろうとし、急いで火を消す。
 一方、舞台ではどこからかマイクのような物が投げ渡された。
「到達を祝して!」
 その掛け声と共に、ギターを激しく奏で始める。
 酔いも回っているが、演奏には問題ないだろう。
 征西部隊の大変さを隊員らから聞いた。苦しい道中、絶望――それらを聞いていたら、宴はもっと盛り上げるべきだと思った訳だ――多分。酔っているだけかもしれないが。
「それじゃ、ロックなのでいくぜ!」
「オレもそれでいいと思うよ」
 演奏開始早々、スピード感ある曲にサクソフォーンで合わせるルン。
 二人が背中合わせで場を響かせて震わせる。この後も演奏はルンも交え、宴は最高潮へと達した。


「ヴァイスさん、嬉しそう」
 アニス・エリダヌス(ka2491)が恋人に話し掛けた。
 先程まで、希という少女と会って話していた。緑髪の少女と、ある歪虚の関係。そして、そこに深く関わり続けていたヴァイス(ka0364)。
「アニスをちゃんと、紹介できたしな」
 照れながら言うヴァイスに、アニスは微笑みを返した。
 希はこれからまた一つ、大きな試練に臨むだろう。その時、二人……いや、大勢の仲間達で支えられればと思う。
 そこから、屋台で串焼きを買いつつ、征西部隊を労いに二人は回っていた。
 二人の事をよく覚えている兵も居て話しが盛り上がる。
 中でもアニスの女神っぷり、あるいは天使っぷりには、征西部隊の兵士らからは人気が高く、吸い寄せられるように近づく者も多い。
「さて、少しお話をしようか?」
 慣れなれしく恋人の迫る兵の両肩を掴み、ヴァイスが眼光鋭く割って入る。
 まるで歪虚王ですらも怖気ずくような、あるいは、先の大規模作戦で現われた邪神の瞳をも凌ぐような威圧感を持った瞳に、辺りの空気が一瞬固まる。
「死ぬために戦っているなどと言っていたのが嘘のようですね」
 アニス本人には、ヴァイスのそうした無言の圧力は感じられていないようだった。盛り上がる宴の様子にそっと呟くアニス。
 慈愛に満ちた雰囲気のアニスを、純粋無垢な少女を守るかのように、ヴァイスが周囲を威圧続ける。
 そんな仲睦まじいの様子に、通りすがりのハンターらから野次が飛び、都度、照れ慌てるヴァイスであった。


 宴がまだまだ続く。
 食べて飲んで歌って踊って模擬戦もすれば、体力の限界を迎える者もいるというものだ。
 夜桜 奏音(ka5754)が舞踊り終わり、舞台から降りる。入れ替わるように別の者がすれ違いに駆け上がっていった。
「ちゃんと、舞いが披露できたでしょうか」
 そんな事を呟きながら席に戻ると、東方出身の連城 壮介(ka4765)が潰れていた。
 食べ終わったピザや肉の皿とお酒の空瓶が散乱している。
 空を見上げてボーとしているので、心配になり、奏音は声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「……えぇ……そうなんです……」
 相当に酔い潰れているようだ。
 手を空に伸ばす壮介。
「……本当に、西に着いたのですね……良かった」
 ここまで到達するのに多くの出来事があり過ぎた。
 全員が無事という訳にはいかないが、それでも、今、ここに居る。
 奏音は介抱するように壮介の脇に座る。
「そうですね。本当に良かったです」
 空へと伸ばした壮介の手に冷たいおしぼりを渡した。
 おしぼりを広げ、顔に乗せた壮介は瞳を閉じながら呟く。
「ああ、佳い日ですね……」
 一つの戦いの旅が終わったのだ。


 部屋の一室で真剣な表情で見つめ合う二人。
「クリスティン君、その話しは本当なのかい?」
「胸は強さに依存するかも知れんのだ」
 真面目に答えるのはクリスティン・ガフ(ka1090)だった。
 自身も豊かと言えるが、牡丹のそれの方が上回っている。
 かつて、王国北部で亜人が引き起こした動乱の際に活躍した『北の戦乙女』もまた、素晴らしいものを持っていた。
「脂肪の塊だと彼女は言ったが、母性があった。では、牡丹は何があるのだろう」
「つまり……この中に、詰まっている可能性があると」
「確かめたいと思う」
 クリスティンの言葉に牡丹は深く頷いた。
 戦闘中は邪魔だと感じていたが、女子力が詰まっているのであれば、問題ない。むしろ、もっと大きくなるべきだ。
 宴の最中、それを確かめ合う二人だった。


 皆守 恭也(ka5378)が、これから移住を考えている征西部隊の侍や兵らに、西方世界の事をまとめた書物を渡していた。
 東方と西方で隔たりがあってから長い。当然のことながら文化も風習も違うので、気をつける点はあるはずだ。
 それと美味しい物や良い店まで懇切丁寧に記してあった。
「俺にできる、せめてものねぎらいと手助けだ」
 ハンターオフィスで依頼を見かける度に心配していた。
 転移門を使わず、陸路を通る――その偉業は尊敬に値する。
 酒を交わしながら労っていると、主である綿狸 律(ka5377)が、征西部隊の誰かと親しげに話している様子が見えた。
(律も律で、目的があるのだな)
 嬉しい気持ちで見守るのだった。

「そうでしたか……綿狸家の」
 懐かしむように正秋は呟く。まさか、西方まで来て東方出身の人と逢えるとは思いもしなかった。
「綿狸家の当主としての跡継ぎしねぇといけなくてさ。めんどくせぇって思ってんだよな」
 苦笑を浮かべ両方を竦める律。
「なぜ、ハンターに?」
「『今の世界の状況を見て学べ』とか親父に、な。でもよ、色んな奴に会えて、色んな戦いを学んで、すっげー、今、楽しいんだ」
 律は和やかに白い歯を輝かせて笑った。
「オレ、このまま、ハンターやってもいいんじゃねぇかって思ってきててさ」
「やはり……そうですよね」
 考え込む正秋の背中を律は力強く叩いた。
「お前がやりたいようにやればいいと思うぞ? やらずに、後悔よりやる後悔! お前の道は、お前が決めるべきだ」


 人々の楽しむ声が、音が風に乗って聞こえてくる。
 宴の様子を眺めながら、鞍馬 真(ka5819)が静かに笛を吹いていた。
「長い道程だったが、ここまで来れたか……感慨深いものだな」
 ここまでの道のりと共に、逝ってしまった侍達の姿に思い返す。
 あの時、もっと自分が強かったら……侍達は死なずに済んだのだろうか……。それとも、変わらなかっただろうか。それは、誰にも分からない。
「真さん、真さん。うち、歌って騒いで演奏してくるよ?」
 骸香(ka6223)が笑顔で告げにきた。真は負傷しているので、激しい動きはできないからだ。
 彼女は屋台で得たお酒と少量の肴を、真の傍の机にそっと置き、感謝を伝えると共に、言葉を続けた。
「私は、ここから見ていますね」
 傷が痛むのを顔を出さずに真は言う。
 折角の祝いの席だ。変に心配は掛けたくはない。
「ここまで届くように、歌うっすよ」
 宴を楽しもうという気持ちと多くの人に出会えた感謝……そして、真にも出会えた事も――そのまま歌にのせて。
 舞台の上はちょっと恥ずかしいかもしれないけれど。
 満面の笑みを浮かべ立ち去る恋人を見送りながら真はグッと拳を握る。
 もっと強くなって……せめて、自分の手が届く範囲の命は守りたい。
 青臭い事かもしれないが、自身の力量不足で誰かを目の前で喪うのは、嫌なのだ。
「では、私も」
 真が笛の音を、再び響かせ始めた。


「おい、お前の姉さん、すげぇ美人だな」
 瞬がヒソヒソとシェルミア・クリスティア(ka5955)に耳打ちする。
 妹が世話になったとフィルメリア・クリスティア(ka3380)が瞬と正秋の二人に挨拶をしている最中だ。
 これまでの経緯を聞き、今後の事について人生の先輩としての立場として正秋に思いを伝えていた。
「ハンターとして各地を回って見聞を広めた後、城主として治世に活かすと言うのも出来ますし、その逆も然り、ですよ」
 正秋はまだ若い。城主とハンターという二つの道以外にも多くの道があるはずだと。
 そんな真面目な話しをしているフィルメリアに熱い視線を向ける瞬の頭をシェルミアがひっぱたく。
「言っとくけど、人妻だからね」
「ぐぬぬ……」
「悔しがってる位なら、正秋を手伝ってあげなよ。戻っても、直ぐにやりたい事ないんでしょ?」
 それでも、まだフィルメリアに視線を向け続ける瞬は放置して、正秋に話を振る。
「立花院さんと話す機会があってね。十鳥城の後任は、私にも縁がある人かもって、教えてもらってたんだ」
「将軍様が……」
 一瞬、驚きの顔を浮かべる正秋。
「なんだったら、両方って選択肢もあると思うし」
「それなら、国の事は俺も手伝うかな」
「……その台詞は格好つけないで言って欲しいけど……」
 明らかにフィルメリアの視線を気にしての台詞と身振りの瞬に呆れながらシェルミアは言うと、二人の侍にお守りを渡した。
「コレは餞別、新しい門出のお祝いだよ」
 どうするかはまだ決めていないが、近いうちには何かの道筋はできるだろう。
「せっかくだから、写真でも撮りましょう」
 フィルメリアが魔導カメラを掲げる。
「はい! 是非とも!」
 嬉しそうにお守りを身に付ける正秋を押しのけ、姉の横に迫る瞬の頭をシェルミアは再びひっぱたくのであった。


 勝気な顔をして歩く牡丹を見かけ、閏(ka5673)が、おにぎりを差し出しながら呼び止めた。
「これから模擬戦……ですか?」
「そうだよ。僕はもっと、もっと、強くなりたいからね」
「強くなりたい……俺も同じ気持ちです。大切な人を護りたい。その一心で強くなりたいと思ってます」
 まだまだひよっこなのかもしれないがと心の中で呟く。
「牡丹さんは、どうして、そこまで強くなりたいのですか?」
 女将軍と呼ばれる彼女の実力は、相当なものだ。
 純粋な力だけではなく、闘争心のまた高い。
「より、強くなりたいから、強くなる。そういう事だよ」
「……その気持ちを持っていれば、自ずと強くなれるのではないでしょうか? 焦らず、無理は禁物に、ですよ」
 閏の忠告に牡丹はおにぎりを食べながら手を挙げて応える。
 そのまま去ろうとした牡丹の歩みが止まる。
「そっこの難しい顔したお姉さ~ん。当たるも八卦、気分転換に占いでもどうですぅ?」
 星野 ハナ(ka5852)が、占いをやっていたのだ。
 ただの占いではない。符術師が行うのだ。結構当たる……かもしれない。
「面白そうだね。僕を占ってもらっていいかい?」
「お代は――」
 酒と言いかけた所で、牡丹がハナの耳元で呟く――機会があれば、未だ独身である八代目征夷大将軍に紹介すると――。
 俄然、やる気を出したハナが両袖を捲る。
 両手でぐるぐると回すようにシャッフルし、牡丹が選んだ1枚の面を返す。

 カードは――正位置の塔。

「……も、もう一度、やりましょう」
 気を取り直して二度、三度と繰り返すが、結果は――。
「正位置の塔ですね」
 閏が牡丹の後ろから覗き込んで言った。
「どういう意味か分からないけど、とりあえず、高い所に登れば良いって事かな?」
「……そ、そうなのですぅ!」
 意気揚々に立ち去る牡丹を見送りながら、ハナは占い結果に震えていたのであった。


 歌や踊り、飲食がだいたい落ち着いて来た頃、会場の中心で一際大きい歓声があがる。
「長いようで短かった旅も、一旦はこれで終わりだのぅ。だが、戦いはまだ終わってないのじゃ」
 のじゃと続けた紅薔薇(ka4766)の声がスピーカーから流れる。
 状況が分からない人らが何事かとキョロキョロして――その意味を知った。
「これより、模擬戦の開始なのじゃ! 妾は審判役の紅薔薇じゃ」
 割れんばかりの大歓声。
「解説を務めさせていただきます。米本です」
 米本 剛(ka0320)の野太い声もスピーカーから会場に響いた。
「対戦表は……全て、牡丹さんになっていますね」
「そうなのじゃ。かの有名な女将軍に挑む猛者達、その最初は、この男じゃ!」


 激しい太鼓の音と共に現われたのは、万歳丸(ka5665)だった。
「目指してンのは将軍じゃねェ。万夫不当、救世の大英雄よ!」
 気合は十分のようだ。
 既に模擬戦会場で準備万端な牡丹に拳を向けた。
「だからこそ……牡丹、アンタと闘う意味がある!」
「蓬生を怯ませた鬼と聞いているよ。僕を失望させないでね」
 両者共に闘争心はマックスだ。
 試合開始の鐘が鳴り、万歳丸は拳に力を込める。
 大英雄になる事で平安な世を目指す。そこに『将軍』牡丹が持つ将の器を感じ、今の自身を識り、目標とする。
「一本、ヤろうや」
 拳と言葉で将器を見つける。
 交わす言葉が無くなった時――今、出せる最大の必殺技を叩き込む――のだ。
 それが、未来の大英雄、怪力無双、万歳丸だ!

 ――水をぶっかけられ、万歳丸は意識を取り戻した。
 何が起こったのか、全く分からないまま模擬戦は終わっていた。


「……まぁ、強者同士の戦い、こういう事もあるのじゃ」
「まさか、初手の打合いで終わるとは思いませんでした」
 紅薔薇の言葉に、剛は難しい顔をしていた。
 気を取り直して次の挑戦者を読み上げる。


「決め手の一手というのは無いけれど、戦い方はそれだけじゃないからね……舐めてかからないでね?」
 アイビス・グラス(ka2477)が拳を固く握る。
「もちろん、油断はしないさ。アイビス君には越えなきゃいけない壁があるんでしょ」
 牡丹がニヤリと告げた言葉に、一つの影を思い浮かべ――アイビスは気合を入れる。
 安易な攻撃が危険なのは、先の戦いで分かっている。
 牡丹が放つ白虎神拳は、強力無比だ。一撃を受ければ気絶させられて、模擬戦は終了してしまう。
「それなら……っ!」
 マテリアルの残像を残し、アイビスは牡丹の周囲を駆ける。
 隙を見て死角から一撃を叩き込むが、あっさりと避けられてしまった。だが、牡丹の反撃をアイビスも避ける。
 立体的な動きも組み込んで迫るアイビスが繰り出した一撃が牡丹を直撃した。
「認めるよ。君が絶対無二の戦い方へと至った事にね。でも、まだだよ」
 攻撃は確かに牡丹へ直撃した。だが、その手を掴まれた。
 牡丹のマテリアルが流れ込んでくる――。


「勝負ありじゃ」
「決め手は竜巻返しでの転倒による移動不能ですね」
 剛が冷静に解説する。
 そう、これが、模擬戦の解説者だ。


 次に牡丹の前に立ったのは、紫月・海斗(ka0788)だった。
「ほぉー。噂の女将軍さんがアレか……はっ、か、可愛いじゃねーのよ」
「面白そうな人が来たね。海斗君というのかな?」
「ちと、手合わせしてもらうぜ。なに、余興だ余興」
 まずは受けに回って牡丹の攻撃スタイルを観るかなと思う。
 チャイナ服の際どいスリットから白く艶かしい脚が見えた。
「おーけーおーけー。分かったよ」
「僕も十分に分かったよ」
 双方が一度間合いを取り、再び接近戦を挑む。
 タイミングをズラして攻撃した手が豊かな胸に届く前に、海斗は呆気なく足を掬われた。
 地面に転がると同時に生暖かく柔らかい両足に首を挟まれる。横三角絞めだ。
「お……あ……」
 嬉しそうな苦しそうなそんな表情を浮かべたまま、海斗は落ちた。


「呆気ない程、情けないのぅ」
「抵抗する意思があるようには見えませんでしたね」
 冷めた視線を海斗に向ける二人。
 その後も何人かのハンターや征西部隊の侍、兵士らを相手にし、牡丹は勝ち続けていた。


「持ち越しの白黒をつけに来たよ」
 牡丹の前に立つは、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)だ。
 愛刀を手にし、本気モードである。
(アルトちゃん、頑張って!)
 リューリ・ハルマ(ka0502)が今にも声を出して声援を送りたい所をグッと堪る。
「ここで、アルト君か」
 汗を拭って牡丹は不敵な笑みを浮かべた。
 戦闘狂とはああいうのを言うのかもしれない。
 間合いを保って戦うアルトに対し、牡丹はひたすら詰めるように動く。
(詰められたら負けるよ!)
 模擬戦を見ているだけしかできないが、リューリは声を出さずに叫んだ。
 それはアルトも分かっているだろう。特に安易な攻撃は、カウンターを受けやすく、接近時に放たれる強力なスキルは一撃で気絶してしまう。
「息が上がっているんじゃないのか、牡丹さん?」
「そっちだって!」
 拮抗している状態が続いている。ここは、双方のマテリアル勝負だろう。
 牡丹は必殺技を打ち出そうとしない。アルトの回避力を知っている為だ。
(慌てないでね、アルトちゃん!)
 どちらのマテリアルが先に枯渇するか……永劫と思われる戦いは呆気ない幕切れを迎えた。
 このままジリ貧になると感じた牡丹が賭けに出て、一撃必殺のスキルを放つ。それをアルトは紙一重で回避すると、反撃とばかりに一気に叩き込む。
 何度か猛攻を凌いだものの、結局、牡丹の首元にアルトの刀先が向けられていた。


「そこまで! 勝者アルトじゃ!」
「見事でしたね」
 剛が何度も頷いている。これほどの戦い、そう滅多には見られないからだ。
 こうして、大いに盛り上がった模擬戦が終了した。



 模擬戦が盛り上がっている頃、アルスレーテ・フュラー(ka6148)は屋台で見つけた美容と健康に良さそうな東方由来の飲み物を飲みながら、ツナサンドを頬張っていた。
 ただのツナサンドではない。クロウら、錬成工房がマテリアルを練って――まぁいいか。美味しいから。
「アルスお姉様……あの……」
 同じベンチに座っているリン・フュラー(ka5869)が、ツナサンドで膨らんだ頬の姉の名を遠慮気味に呼ぶ。
「ダイエット? まあ、なんだかんだで、普段結構動いてるし。お祭りのとき位はね?」
「いえ……そうではなくて……私、場違いではないでしょうか……?」
 暇をしていたら、姉に誘われて宴に参加する事になったが、どうも、場違いのような気がしていた。
 そんな妹の態度に――ツナサンドをしっかり咀嚼して飲み込んだアルスレーテが答える。
「……いいんじゃない。居て。祭りなんだし」
「そんな……軽すぎます……」
 そこへ模擬戦で牡丹に勝負を挑んだテノール(ka5676)がやって来た。模擬戦は善戦したものの、基礎能力の違いがあり過ぎた。だが、鍛え続ければ届きそうな、そんな手応えも感じる。
「お邪魔する」
「お疲れさんよ、テノール」
 ツナサンドと飲み物をアルスレーテがテノールに渡した。
 模擬戦の痛みに耐えながら、それらを受け取るテノールは立ったまま、パンを口に運ぶ。
「あ……どうぞ……座れます」
 姉の方へ身体を詰め、スペースを作るリン。
 この辺の気の使い方が姉妹の性格の差というものなのか……と、ふと、テノールは自身の家族の事を思い浮かべた。
「ありがとう」
 礼儀正しく一礼してから詰めてできたスペースに座った時だった。
 ベンチの足の固定が甘かったようだ。重さで脚が畳まれ、ベンチが傾く。
 模擬戦での疲労もあり、全く反応できなかったテノールの上にリンが滑るように崩れ込む。

 二人がお互いに柔らかい感触を感じ――慌てて離れる。

「えと……ご、ごめんなさい」
 口元を抑えながらリンが顔を真っ赤にして謝る。
「いや、僕が油断した」
 平静な態度で返すテノール。
 二人の視線が宙で絡まる。今のはきっと――そう、事故だ。なにも起きてはいない。
 難を逃れたアルスレーテが、妹と仕事仲間のそんな様子に、ニヤニヤしながら言い放った。
「いや、明らか、今、キスしたように見えたけど」
「アルスお姉様!」
 リンの悲鳴にも近い声が響いた。


 牡丹との模擬戦大会が終わっても、宴は終わらない。
 多くのハンターや征西部隊の侍、兵らが集まる中央の会場は、ずと盛り上がっていた。
「代官さん……お父さんにも、報告がてらちょっと分けたげてよ」
 ミィリア(ka2689)が、とっておきのお酒を瓶ごと、正秋へ押し付けて渡す。
「いただきます。きっと、父も皆さんの話を聞きたい事だと思いますし」
 正秋はお酒を大事に布袋の中へと入れた。
 出していたら、飲み干してしまいそうな宴の雰囲気だったから。
 そこへ、銀 真白(ka4128)が飲み物を持ったまま、ぐいぐいと迫る。
「正秋殿。この先どうするのか」
 その質問に同席している七葵(ka4740)らも頷いた。
 征西部隊はホープで解散なのだが、正秋には、十鳥城の城主というポストが用意されているからだ。
「経緯を思えば、城主になるも天命の気はするが……同じハンターなら、今後も共に戦える楽しみもあろう」
 真白の言葉が正秋に置かれた状況を如実に説明していた。
 視線が自然と正秋に集まる中、エステル・クレティエ(ka3783)がお盆に沢山のお酒や肴を載せて帰って来た。
「皆さん、おかわりもってきましたよ」
 ピザや焼肉、串と色々な肴を手馴れた手付きでよそって配るエステル。
 一通り配り終わると、空になっていたドロテア・フレーベ(ka4126)のグラスに酒を注ぐ。
「こういう時は人生の先輩方に助言を求めるのも良いと思うのです」
「そぉねぇ……」
 東方のお酒の香りを愉しみながら周囲の宴の様子に視線を向けた。
 ここに至るまで色々とあった。今、この宴に参加している皆は生きて、東西の希望を繋げた。それだけでも感慨深く充分である。
「……あたしが言えるのは、人生は油断してると、すぐ終わるって事」
 グッとグラスに入っていたお酒を飲み干す。
 人生、こんな風に呆気なく空になる場合もある。
「やりたい事は、全部やったら良いわ。周りへの影響なんか、後で考えれば良いわよ!」
「そうだぜ。悩んで止まる事はねぇからな」
 兵士らと飲み交わしていた劉 厳靖(ka4574)が、ちょうどいいタイミングで戻ってきた。
 彼は先程から浴びるように酒を飲んでいる。
「一仕事終わった後の酒は、美味いねぇ」
 厳靖が不敵な笑みを浮かべて手酌しそうな所を横からエステルが注ぐ。
「……という事が先輩らのアドバイスのようですが」
「全部……ですか……」
 途方に暮れるように空を仰ぐ正秋の肩を七葵(ka4740)が叩いた。
「俺は、詩天の守護とハンターの二足草鞋を履いていた身だが、意外となんとかなるものだ」
 意外と走り出したらなんとかなるかもしれないものも世の中にはある。
「城主の務めは重責かもしれんが……噂によると、名のある武家の人間も要職につきながらハンターと行動を共にする事もあると聞く」
「二足草鞋……できるでしょうか?」
「やりたいことは全部やってみるといい……御父上も、きっと正秋殿には、正秋殿の人生を歩んで欲しいはずだ」
 その七葵の言葉に推され、正秋は迷っていた想いの決心がついたようだ。
 多くのハンターらが心配して相談に乗ってくれたというのもあるが。
 正秋は七葵の両手をしっかりと握った。
「認められるか分かりませんが……城主ではなく、代官として、ハンターとして十鳥城へ行きたいと思います」
「やりたいと思う事をされるが良い。どうあれ今後も仲間であり、助けになる事に変わりない」
 真白が緑の鉢巻を巻いた腕の手を、正秋と七葵の手に重ねた。
 それに、ミィリアも、エステルも、ドロテアと厳靖も手を重ね合わせ――頷きあった。
「皆さん……ありがとうございます」
 正秋は瞳を閉じ、心の底から仲間達に感謝の言葉を口にした。
 十鳥城の復興は多難を極めるだろう。だが、この仲間達やハンターの助けがあれば、乗り越えられない事はないはずだ。
「一区切りついた所で、酔い覚ましに体を動かすでござるか」
 ミィリアが宣言すると立ち上がった。
 どうやら、手合わせしたい様子だ。無邪気で残酷な程、可愛らしい笑顔を魅せながら、正秋へと手を伸ばした。
「……する? しちゃう?」
「は、はい……手合わせ、お願いします」
 ビシっと背を伸ばして正秋が立ち上がり、その青臭い緊張した様子に、周りからの笑い声が流れた。

 宴が終わる気配なく、むしろ、朝に向けて妙なテンションが上がっていく中、キヅカ・リク(ka0038)が淡々と片付けに専念していた。
「リク、どうだ、飲むか?」
 厳靖が声を掛けてきたが、キヅカは顔をしかめた。
「うわ……酒臭……いらない」
「そうかい。じゃ、済まないが、真白を運んでおいてくれ。ドロテアが部屋で準備してるからよ」
 見れば酔い潰れた少女の侍が一人。
 ため息をついてからキヅカは少女を背負った。
「これじゃ、お持ち帰りだ……」
「任せとけ! ある事、無い事、面白可笑しく報告するぜ!」
「けんせーさん……ほら、お酒あげるから大人しくしてて!」
 残っていたお酒を厳靖へ押し付け、キヅカは真白を背負い歩き出した。


 多くの戦士達の名が刻まれた記念碑の資料を手にしながら龍崎・カズマ(ka0178)は宴を遠くから見守っていた。
 賑やかになってきて場所を移ろうとして歩き出した所で、体育座りの牡丹を見かけた。篝火で照らされたチャイナドレスが白く煌めいている。
「……ひっく……うぅ……」
 飲み過ぎかと思ったが、牡丹は啜り泣いているようだった。
 思えば初めてみる姿である。
「泣いているのか?」
 カズマは言葉を掛けながら、牡丹の横に座った。
 牡丹は顔を伏せたまま、頷く。
「……負けちゃった。僕は……僕は、強くならなきゃいけないのに」
 どうやら模擬戦で負けたのが悔しいみたいだ。
 牡丹の頭をカズマはポンポンと叩いた。
「……牡丹、何か欲しいものはあるか?」
 労いにも励ましにもならないだろうが、叶えられるならと思う。
「強くなりたい……誰よりも、どの時代の人よりも、僕は……僕の名と里の名を……」
「……そうか」
 スっとカズマは立って、牡丹へ手を伸ばした。
 首を傾げた牡丹に向かって、カズマは告げる。
「強くなりたいんだろ? 稽古の相手ぐらいなら、俺でもできるからな」
 牡丹は涙を乱暴に拭い、カズマの手を取り立ち上がった。


 宴は真夜中になっても続き……やがて、希望の朝を迎えようとしていた。
 飲みに飲みまくったエヴァンス・カルヴィ(ka0639)は、深い傷を負っていたが、酒は手放さなかった。
「傷にはアルコール消毒だぜ。まだまだ、足らねぇぞ!」
 そんな事を口走りながら、まだまだ宴を続けている征西部隊の兵士らを見かけると、勢いよく飛び込んでいた。
「生き残った奴は、死んだ仲間達の分まで飲んで弔う。それが、礼儀ってもんだ」
 自身も含め、浴びるように酒をひたすら飲み続けていた時、視界の隅で宴から離脱する人影を見つけた。
「ん? あれは……【VCU】の……」
 どこぞの戦場で見たことがありそうな黒髪の青年が、幼そうな少女を背負っていた。
「……ほぅ! 『お持ち帰り』って奴か」
 これは酒の肴になるなとばかり、少女を背負っていたハンターを、酔った兵士らがひやかした。


 ホープに到着した征西部隊は、後日解散した。
 それは、各々が新しい一歩を踏み出した、希望ある一歩としてだ。


 ―完―

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  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    米本 剛(ka0320
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • 赤髪の勇士
    エヴァンス・カルヴィ(ka0639
    人間(紅)|29才|男性|闘狩人
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 自爆王
    紫月・海斗(ka0788
    人間(蒼)|30才|男性|機導師
  • 天に届く刃
    クリスティン・ガフ(ka1090
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • Beeの一族
    Non=Bee(ka1604
    ドワーフ|25才|男性|機導師
  • 嵐影海光
    レベッカ・アマデーオ(ka1963
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • 戦いを選ぶ閃緑
    アイビス・グラス(ka2477
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌス(ka2491
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 燐光の女王
    ドロテア・フレーベ(ka4126
    人間(紅)|25才|女性|疾影士
  • 正秋隊(雪侍)
    銀 真白(ka4128
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  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • 正秋隊(紫龍)
    劉 厳靖(ka4574
    人間(紅)|36才|男性|闘狩人
  • 千寿の領主
    本多 七葵(ka4740
    人間(紅)|20才|男性|舞刀士
  • 双棍の士
    葉桐 舞矢(ka4741
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • 三千世界の鴉を殺し
    連城 壮介(ka4765
    人間(紅)|18才|男性|舞刀士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士
  • 仁恭の志
    綿狸 律(ka5377
    人間(紅)|23才|男性|猟撃士
  • 律する心
    皆守 恭也(ka5378
    人間(紅)|27才|男性|舞刀士
  • パティの相棒
    万歳丸(ka5665
    鬼|17才|男性|格闘士
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師
  • ―絶対零度―
    テノール(ka5676
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 紅の鎮魂歌
    リン・フュラー(ka5869
    エルフ|14才|女性|舞刀士
  • 符術剣士
    シェルミア・クリスティア(ka5955
    人間(蒼)|18才|女性|符術師
  • お約束のツナサンド
    アルスレーテ・フュラー(ka6148
    エルフ|27才|女性|格闘士
  • 孤独なる蹴撃手
    骸香(ka6223
    鬼|21才|女性|疾影士

  • ルーン・ルン(ka6243
    エルフ|26才|女性|符術師

  • ルーネ・ルナ(ka6244
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
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    ラジェンドラ(ka6353
    人間(蒼)|26才|男性|機導師

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紡伎 希(kz0174
人間(クリムゾンウェスト)|14才|女性|機導師(アルケミスト)
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2016/11/20 02:22:38
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銀 真白(ka4128
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/11/20 05:46:58
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/20 04:57:30